はてなキーワード: 頭が悪いとは
YouTubeで誰も見に来ないゲーム配信をはじめて半年になる。
本当に誰も見に来ないので、何をこんな時間の無駄になることを…と思う一方で、好き放題やれていいなと思っているのだが
他の大きなYoutuberや配信者とくらべると、ゲームの上手さもさることながら、なんでこんなことも自分はできないんだろうと思っていることが出てきた。
それは雑談がものすごく下手だということ。ゲームのキャラクターきっかけで喋れる雑談がまったくない。
これは自分のいわば妄想力や感受性、感じてから言葉にする力が死んでいるからだと思う。頭が悪いともいうだろう
喋れても多少の雑学とストーリーを整理することだけで、そこからの雑談ができない。感想がないのか?と自分でアーカイブを見ても思う。
他の人たちを見れば、キャラに共感したり、ない話で盛り上がったりしている。そのなんと感受性の豊かなことか。
一方自分はというと、自分の下手なプレイを「下手だなー!」と言ったり、ストーリーについていけなくてなんだよーって言ってしてゲラゲラ笑っているのだ。
こんな配信、まかり間違っても流行るわけもない。俺一人だけが楽しんでいる極小の身内配信だ(もちろん恥ずかしいの配信しているなんて言っていないので、身内は見てないのだが)
自分の頭のにぶさ、口数の少なさを多少なりとも良くしたいのだが、どうしたらいいのだろうか。
あと彼らは収益のある仕事だからもちろんやるんだろうが、サムネイルを作ることに対して何故か照れがありできない。
そりゃ少しは見てほしいという欲望はあるのにも関わらず、そういう集客に対するアプローチが恥ずかしくて仕方ないのだ。
簡単です。
序論、本論、結論といった文章構成の粒度が一段階に収まらないからです。
書く文章が100文字であれば文章構成が二段構造になることはまずありません。
それどころか単に言い切ったり、列挙しただけで終わることも多いでしょう。
多少の折返しはあっても起承転転転結ぐらいがせいぜいで、これにしたって文章構造が二重化されてはいません。
ですが文章が長くなると段々とそれが入れ子構造になってきます。
序論の中において序論と本論と結論があり、そこから今度は本論の序論が始まるわけです。
長い文章を描き慣れていない人は、序論の結論でしかないものをまるで結論の結論であるかのように書いてしまったりします。
そこからまた別の序論が始まってしまっては読む側はすっかり迷子になってしまう。
なにせ語っている側がすでに迷子になっているのですから、今自分たちが何の話をしているのかなんてさっぱり分からなくなってしまうのです。
それを防ぐためのコツはいくつかあり、「目次をつける」「集合ごとに段落を分ける」「結論から述べるPREP型を使う」などがあります。
これらの小手先の技術を使っていけば、よっぽど文章が下手でもなんとか読める形になるものです。
ですが、今まで100文字で文章は書くものだと慣れきってしまっている人達はそもそもそういうった技術がなぜ必要なのかを理解できません。
文章構造が単純な一段構造でないから、自分が迷子にならないために自分で地図や目印を用意する必要がある事自体に無自覚なのです。
だから平然と粒度がグチャグチャのままでロジックを書き散らし、何度も何度も自己満足の結論を繰り返しては、結局なぜその結論に至るのかが相手に伝わらない文章を書くわけです。
そして、「何度も結論を書いているはずなのに理解されない。きっと相手の頭が悪いのだ」と勝手に不機嫌になっていく。
全く困ったものですね。
学校の作文が原稿用紙2枚を要求しがちなのも、それぐらいの文章量にすることで初めて浮かび上がる文章構成力の問題について適切な指導をするためなのでしょうね。
それを文字数稼ぎで乗り切ってしまった人達は、長い文章を書く際に自分に生じる悪癖に無自覚なまま学習機会を逸し、結果として100文字以上の文章は書けない人間になってしまったのかと思われます。
哀れ。
正直言って俺も胡散臭いと思っているし、信用もしていない。
理由は簡単。マナー講師の奨めるマナーというものが一般的ではないように感じるため。
マナー講師が独自のマナーを作ってそれを流布しようとしている。
だが少し待ってほしい。
恣意的なものというのは果たしてマナー講師のマナーだけだろうか?
本題に入ろう。
掻い摘んでいえば助詞の使い方についてであり、文法規則のことだ。
例えば、次のような文章があるとしよう。
一般的に正しいのは1。
では2はどうだろうか?
違和感を覚える?そうだろうね。
でも、2が間違っているわけではない。
それはただ読み難いというだけに過ぎない。
そもそも我々が「は」を「が」と同様にしない理由はあるのだろうか。
はっきり言おう。
そんなものはない。
ええ、その通り。だからこそ世の中のルールというのはおおよそが恣意的である。
にもかかわらず、恣意性であることに気づいていない人が大半なのは悲しいことだ。
しかしこれは悪いことではない。寧ろ必要なことであり通念がなければ社会は成立しない。
だからこそ必然性のない恣意性を我々は教育として受け入れ、それを是として正しいと認識する。
緩やかな洗脳。必要悪。それは洗脳と呼べばそうであろうし、常識と呼べば好まれる。
だからこそマナー講師を糾弾するというのは同時に、自分の洗脳に対する嫌悪でもあるはずなのだ。
世はSNS全盛期。
人々は情報に踊らされ、偏った情報に洗脳されている人々を笑う。
洗脳されている奴らを洗脳されていることに気づいていない奴らが笑う。
拙い文章ながらブクマやコメントをいただきありがとうございます。
そしてコメントにおいて何点か気になるものがあったため追記しました。
君は自分が思ってるほど頭良くないし作文も上手くない。もってまわった言い回しを全部切って文量を半分にすると頭良くなるし作文も上手くなる。騙されたと思ってやってみな。
まず、これは頭が「良い」や「悪い」の話ではありません。
そのため本文の内容を理解できたのであれば感想として「頭が良い」「頭が悪い」といったものは出てきません。
何故なら本文が示す意味は準拠するものを問うからであり、意味を理解したなら「そもそも頭が良いとは何か?」といった感想になるはずです。
つまり「分かりやすい文章を書けた方が”頭が良い”のならば、その分かりやすさはどの程度の知能を基準とするのか?」という問題です。
本題と言いつつ本題ではない部分だけど、文法的に通じることと同じ意味として通じることを混同している。愛の告白をする時に「僕は君は好きだ」なんて言ったら十中八九「じゃあ誰が嫌いなの?」って返されるよ。
その上で「じゃあ、どうしてそれを”混同”と呼び、差異を認めるのか?」といった話です。
ただ例として出した文章が分かり難いといったことは否めず、それは完全にこちら側のミスと言えるでしょう。
すみません…。
問題は、それら「が」と「は」が同じではないとして、では何故同じではないのか?という話です。
本文を書くきっかけは、部下と言語についての話をしたことでした。
私は言語学や記号論を学んでおり、当時はそれらが時代の潮流に乗り、栄えた時代でもありました。
そこで私がジェラール・ジュネットやマリー=ロール・ライアンを持ち出して話をしたところ、ポカンとした表情を見せられ、
じゃあロラン・バルトについてはどう思うのかと聞きました。
すると彼は「それってガンダムのキャラクターですか?」と笑って尋ね、私は愕然とし、構造主義としての思想はもはや廃れてしまったのか?
ある自衛隊員が訓練施設に向かう途中、車内からマスコミに向け中指を立てて挑発行為をしていた事がスクープされた
この自衛隊員が向かっていた訓練施設は以前に銃乱射事件が発生し、3人もの死傷者を出して訓練が中断されていた場所であり
そんな場所での訓練がようやく再開されるという事で、自衛隊のモラルや動向に注目が集まっていた中での愚行だった
だがしかし陸上自衛隊守山駐屯地は当初この件について「指さし確認をしていたのがそのように見えてしまったのではないか」などとクソアホな言い訳をほざき
それを受けてネットでは馬鹿なネトウヨが「自衛隊様は中指なんて立ててない!マスゴミのデマ!」と大暴れ
マスコミへのアクロバティック批判と自衛隊へのアクロバティック擁護が吹き荒れた
しかし後に木原防衛相が自衛隊に確認した所、やはり中指を立てて挑発行為をしていたのは事実である事が分かり
「指摘は事実だと確認した。大変遺憾だ」「ようやく射撃再開に至った日に不適切な行為を行った隊員がいたことは大変遺憾に感じている」「今後、確認を進める中で判明した事実に基づき厳正に対処していく」
というコメントを発表した
とある国で社会貢献活動をしてた時に、現地人にぼったくられたという話をよく聞いてた
当人は被害にあったつもりでいるんだけど、先進国で生きる人と現地人が同じ値段でサービスを受けることはできないと理解して貰うにはどう説明したらいいのか
当たり前だけども、先進国民にとっては100円、現地人にとっては1万円の価値なら現地人はとりあえず1万円を要求するに決まってる
当たり前のように餓死する人がいて虫歯で死んでいくやつがいる環境で、相手にとって100円の価値を突き付けてどこが悪いことなのか
今日の稼ぎが生き死に関わることを理解せずに、渡航して来て良いことをする為に来たのに詐欺にあったみたいな顔をしてるのが本当理解出来ない
理解度が低すぎて効率が改善できるところとできないところを分けられない、だからこそ見積もりが狂いまくってる奴
まぁいわんとすることも分からなくはないけど、その2つは違う問題だよっていうことだけ言いたかった
自分がよく理解できてない対象で楽観的な見積もりを使おうとするタイプのバカは根本的に性格も終わっているので、そもそも相手にしないのが一番だとは思うけど、どうしようもないときは同じくらいの能力に到達するまでやらせて骨身に染みさせるくらいしかないだろうな
同じだけの(一定以上の)能力が最初からあるならそういうこと起こらんっていうのはそうなんだけど、同じ能力でも2人のバカ同士がつるんでたら多分バカがバカにポテサラ作ってよって言い出すだけでたぶんそこは変わらん