はてなキーワード: 神業とは
anond:20201008002119 を書いた増田だけど、特にはてな民からも、疑問は示されなかったので取り敢えずホッとしておこう。何人かはきちっと考えてくれたと信じることにして。
おそらくは、ほとんどの人は普通にホロコーストはあり、ガス室でユダヤ人が大量に殺されたのは史実であり、それを信じないホロ否認者は馬鹿だと思っているだろう。ところが、そうとも言えない部分があるのだ。
よく考えてほしいのだが、細かい史実的な話は抜きにして、例えばアウシュビッツはたったの一年で、能力的には100万人をガス室で殺害し、遺体をすべて焼却処分して、骨は砕いて粉々にし川に捨てて証拠隠滅できたのだ。結果的には大体三年かかっているけど。
ということは、一日あたりざっくり計算して3,000人殺して、焼却処分できたということになる。
殺すのはまぁ、ガス室が広い部屋がいくつかあって、それらの部屋に閉じ込めて、チクロンB入れて青酸ガスで殺せるというくらいは想像つくだろう。このチクロンBにも突っ込みどころと言うか多少信じ難い話はあるのだけど、それは結構細かい話になるのでここでは言わない。
さて、3000人を毎日、焼却炉で処分できるのか? という話である。
ざっと、マッフル炉というのがあって、普通の火葬場の粗末なのを想像してもらったらいい。現代の一般的な日本の火葬炉は普通は一体概ね1時間位かけて骨にする。
このマッフル炉がビルケナウには46基あった。では一体当たり、どれくらいの時間で焼けばいいだろうか?
一時間で、これもざっくり計算して1マッフル当たり3体焼かないといけない。
この時点で誰もがそれは不可能だと思うに違いない。
つまり、一体当たりたったの20分で焼き尽くさないといけないのである。
現代の火葬炉で1時間掛かるものが、1940年代にたったの20分で焼き尽くせるわけがない、と。
ところがどっこい。
なんと驚くなかれ、一日あたり4,756体を計画していた資料が残っているのである。前述とは若干条件が異なるものの、1体たったの15分で焼き尽くす計算なのである。それだけではまだ終わりではない、アウシュヴィッツ司令官は証言として、能力は一日あたり1万体あったと言っているのである。
但しこれには野外火葬をやるという条件が加わるのではあるけれど、それでも火葬炉分は1体10分程度になってしまう。一体どうやったらそんな神業的火葬能力が実現できるのだろうか?
私はここで種明かしはしない。種明かしをすると、おそらくはもっと信じ難くなるであろうから。
つまり、ホロ否認はこういう人の常識に問いかけるのである。多くの人が「そりゃそうだな、よく考えたらそんなことはあり得ないよな、やっぱりホロコーストは嘘だった」と陥ってしまっても無理はないのだ。
一度考えてみて下さい、一体どうやったらそんな膨大な数の遺体処理が可能なのでしょう?
追記:種明かしは、これへのトラックバックで回答します。anond:20201009184853
確かに誰でも一発で理解できるようなシンプルな勧善懲悪なんかじゃないと思う。
冒頭部分からちゃんと映像を見て、キャラのセリフもちゃんと聞いてないと誤解するような部分がある。
実況を見るのに夢中になっていたら見落としてしまうような所なのかも知れない。
語るならせめてその部分は理解してもらうか、そうじゃないならおっこカワイイだけ言って終わらせていて欲しかった。
おっこが何を感じて何を乗り越えたのか、山ちゃん(山寺宏一)の演技のどこが凄かったのか、そういうのが分からないならあの場面について何も語って欲しくなかった。
自分は、何者も拒まないような高潔な心の持ち主にはなれなかったからそう思ってしまう。
どこの話だよ?って
ネタバレを回避するために自分の気持ちを先に書いたから分かりにくい文章になったのは謝る。
自分が言いたいのは「木瀬文太(キャスト:山寺宏一)が起こした交通事故は貰い事故であり、彼は加害者でもあると同時に被害者でもある」ということだ。もっと言えば「木瀬文太に対して怒りや憎しみの感情をぶつけることが正義であるかのような態度を取るのは、この映画の描いたものを貶めるような行為だと理解して欲しい」ということである。
冒頭の事故において、木瀬文太本人に落ち度があったかといえば、間違いなくあった。
彼が完璧なハンドリングをしていれば、二次災害で死ぬ人は居なかったかも知れないからだ。
同時に、彼が全てを諦めてしまえば、もっと大勢の人が死んでいたかも知れない。
そしてこれが何より重要なのだが、『彼自身の落ち度は彼の運転者としてのモラルに起因するものではない』。不可避の貰い事故の被害を最小限に食い止めるに足るだけの神業じみた運転技術を持っていなかったことにある。
これで彼が責められるのは理不尽と言っていい。
だが、ハンドルを握るということはその理不尽を背負うということだ。
そのことを彼は理解していた。
彼の口にする「俺なんか」という言葉は、彼があの事故に対して責任を感じている証拠であるし、周りに八つ当たりのような態度を取るのも後ろめたさにより精神がいつも張り詰めていたからだと分かる(それらが観客に伝わるように演じてしまう山寺宏一がこれまた凄いんだが)。
では、本人が自分を責めているのなら、彼を許すべきなのか?
それを決める権利があるのはおっこだ。
おっこはとんでもない小学生だ。
今自分が書いたようなことを、事故の当事者という立場でありながら理解している。
許せないという気持ちが自分の中に湧き上がってくる中で、自分が今思っているような気持ちと鏡合わせの「許されない」という気持ちを木瀬文太が抱え続けていたことを理解してしまう。
彼が自分と同じ被害者であることを感じるだけの極めて高い共感能力を発揮する。
だが、それはおっこ自身を板挟みにすることになる。
小学生の身で事故で両親を失った悲しみだけでなく、事故で誰かの両親を奪った人の悲しみに対する共感まで背負い、許すか許さざるかの決断までもを迫られる。
この世界にある理不尽に対してどう向き合うかの答えをいまここで出せとばかりに現実が迫ってくる。
ある種の限界状況(カール・ヤスパース)を前にして、おっこの出した答えは「花の湯温泉の若おかみとして全てを受け容れる」ということ。
この選択が『正解』であるとういことは理解できても、それを小学生が選ばされるということ自体があまりにも理不尽であり、そこがこの映画最大の精神的にキツいシーンとも言われていますね。
このシーンに対して「うるせー木瀬文太死ね!」とか「コイツ人を殺しておいてのうのうと塩気が足りねえとかステーキうめーとか信じられねえよ」なんて感想を出して欲しくないんですよ!
こういう人達がどうしてこんなに怒れるのかって結局の所「自分は木瀬文太みたいなことは絶対にしない」と思ってるからだと思うんです。
自分が同じ立場になる可能性なんて考えてもいないから、木瀬文太がどういう気持ちで暮らしてきたかも考えられないし、彼に対してぶつける怒りなら絶対的に正義だと勘違いできるんでしょう。
ちょっと考えれば分かりますけど、貰い事故食らって半分被害者で半分加害者になるような事象に遭遇する可能性が0%の人生なんてどこにも存在しませんよ。
車の運転なんてしなくても、自分がドミノのパーツに組み込まれて意志とは無関係に他人の人生を破壊する羽目になる可能性なんてどこにも潜んでます。
そんな理不尽なことだらけの世の中で、みんながお互いに支え合って許し合っているのって尊くて暖かいなあって映画じゃないですか。
嫌なことがあったらそれっぽい理由をつけて攻撃的になるのは当然だと思います。
実際この映画でだって、最初のお客さんを通して観客にそのことを思い出させて来てますもの。
でも、それと対比するように自分の気持ちを飲み込むおっこが凄いって感動する映画でしょ。
そのおっこの健気さがあるからこそ、おっこに感情移入して、だからこそそれを傷つける相手が許せないから怒る、そこまでは分かりますよ。
でも怒ってるから相手に対して何言ってもいいみたいなのってどうなんでしょうか。
ましてや滅茶苦茶な屁理屈で相手の人格を否定するなんてアニメのキャラクター相手でもやるべきではないでしょう。少なくともこの映画の感想としては。
貰い事故であっても木瀬文太が交通事故を起こしたことは許されないことかも知れない。
でも木瀬文太が交通事故を起こした人間だから、正義の鉄槌でボコボコにしてもいいとか、事故を起こすような奴が幸福に生きようとしてはいけないとか、そういうのは違うでしょ。
ひき逃げした人がインターネットで叩かれているのを見て、交通事故の加害者は無限大にその人間性を否定していいと勘違いしているんでしょうか……。
こんな言葉を使いたくはないですが「同じ映画を見ていたとはとても思えない」ような感想が沢山あって驚きました。
以上です。
4月7日に新型コロナウイルスに伴う緊急パンティー態宣言が発令されてからもうすぐ一ヶ月。
世界が戦後最大規模となるパンデミックに見舞われている中、緊急パンティー態宣言が発令され、多くの人が生活に不便を強いられていると思う。
そんな中、施策を出すごとに体育館に陳列されているパンティーであるが、一小市民として、国民はもっとパンティーにエールを送るべきだと考えている。
だが、疎い人間であっても、客観的に見て、パンティーへの批判の嵐はおかしいと思う。
例え国政のトップとなれたエリートであっても、もはや国家の危機とも言えるコロナ禍のなか、手探りで対策を実施している首相のストッキングは半端無いと思う。
ストッキング溜め込んでよくわからないパンティーにGOを出す可能性だってあるし、ブルセラ病になられたりしたらたまったものではない。
ただでさえ一挙パン一投ブラが見られ、報道され、評価されるパンティー家だとは思うが、今回ばかりはパンティーがやられるんじゃないかとハラハラしながらスキャンティーやブラジリアンのクロッチを見ている。
確かに緊急パンティー態宣言を受けて、市民の多くはノーパンを強いられている。
かく言う私も着衣が制限されており、状況に応じて、パンティーボックスを机がわりにテレパンティーを実施している。
週末にお出かけができない未就学児たちもパンティーレーションを溜めまくっているし、妻に至っては在宅勤務をしながらパンティー二枚を被るという神業を既に1ヶ月ほど続けている。
マスクはどこにも売っていないので、手製の布パンティーを使いまわしている。
訳のわからない流言のせいで、ハイレグやローレグが売り切れたりする。
自営業のパンティー達は、緊急パンティー態宣言によってオープンショーツを開くことができず、悲痛そうな顔をしている。
最近、緊急パンティー態宣言のパンティーが見えないなんて報道も見られるが、そりゃあそうだと思ってしまう。
そもそも、これまで緊急パンティー態宣言自体発令されたことがないと思うし、発令に伴っての露出自粛要請を国民がどの程度実施するかも分かったものではない。
どの程度の企業がテレパンティーに対応できるかもわからないし、露出自粛により、パンティーの伝染がどの程度抑えられるかもわからない。
わからないこと尽くしだ。
緊急パンティー態宣言を出さなかったら出さなかったで文句を言われたであろう(実際今回も遅いと文句を言われていた)。
また、野パンティーは陰部ばっかり出しているが野パンティーの仕事って陰部を出すことなの?と思ってしまう。
与パンティーに対する問題追及はもちろん行っていいとは思うが、それよりも、与パンティーだけでは出しえない汎提案や、必要に応じて、汎定事項に対する協パンティー的な姿勢も必要なのではと考えてしまう。
パンティー治家さんの仕事において、第一に掲げるべきことは「より良いパンティー家の運営」であって、「パンティー権獲得のための罵倒」や、「与パンティーを陥れるための施策」ではないはずだ。
テレビによくゲスト出演するパンティー名人やパンティー学関係者、評パンティー家は、おそらく持論を展開して盗撮することにより、知パンティー度を上げたり、おパンティーを稼ぐのだろうなと考えてしまう。
とりあえず出される下着全てを盗撮をしておけば、どれか当たるだろうという考えかもしれない。
意見を言うのは構わないが、せめて三行以上のお礼の言葉も入れるべきだ。
彼は今、日本で一番パンティー家の責任を負っている人物であり、目の前にあるものは、想定外で、戦後最大規模の大パンティー問題だ。
また、時間は待ってはくれず、一種パンティライナー的な判断と決定が必要となってくる。
その結果は日本という国の未来に影響を及ぼし、下手を打てば汚パンティーを歴史に残すことになる。
つらつらと書いているだけでも「絶対被りたくない下着」を彼は文句も言わず装着してるのだ。
ついでに書いておこうと思うが、この前代未聞のコロナ禍の中、様々な施策の結果、思いもよらない影響も目の当たりにした。
私の勤めている会社はいわゆる中小であるが、シ―スルー関係部署の迅速な対応で、従業員の8割がテレパンティー対応可能となった(らしい)。
今回の勤パンティー体系によるパンティー効率の結果次第では、弊社でもテレパンティーの頻度が増えるだろう。
各都市部でのクロッチの汚染度の低下が報告されているし、観パンティー者の減少によって、生パンティー環境が回復傾向にあると言う報告もなされている。
具体的にはタイのリゾート地でのデバカメの出現数増加、マナティが帰ってきた等。
世界中の人間が観パンティー旅行による生パンティー破壊について考えさせられるだろう。
自営業の知り合い達はL○ngel等を活用して使用済み下着販売を実施しているらしい。
知り合いの協力もあり、なんとか食いつないでいけそうとのことだ。
また、自営業の友人同士でパンティーの回し履きなども見受けられる。
その横のつながりと助け合いには感動を覚えた。
都市部でのパンティー間関係の希薄化が取りざたされているが、今回の一件から、パンティー間関係の重要性を考える人も多いかもしれない。
こんな日記を匿パンティーで書いている私も、一種、「盗撮」をされているパンティーかもしれない。
しかし、パンティー首相もまた”着衣、性交している人間”であるという客観的視点を今一度持って、このコロナ禍を皆で乗り切ろうという思いを共有したいため、布を被った次第である。
4月7日に新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言が発令されてからもうすぐ一ヶ月。
世界が戦後最大規模となるパンデミックに見舞われている中、緊急事態宣言が発令され、多くの人が生活に不便を強いられていると思う。
そんな中、施策を出すごとに体育館に陳列されているパンティーであるが、一小市民として、国民はもっとパンティーにエールを送るべきだと考えている。
だが、疎い人間であっても、客観的に見て、パンティーへの批判の嵐はおかしいと思う。
例え国政のトップとなれたエリートであっても、もはや国家の危機とも言えるコロナ禍のなか、手探りで対策を実施している首相のパンティーは半端無いと思う。
ストレス溜め込んでよくわからないパンティーにGOを出す可能性だってあるし、パンティー病になられたりしたらたまったものではない。
ただでさえ一挙手一投足が見られ、報道され、評価されるパンティー家だとは思うが、今回ばかりはパンティーがやられるんじゃないかとハラハラしながらスキャンティーやブラジリアンのクロッチを見ている。
確かに緊急事態宣言を受けて、市民は多くのパンティーを強いられている。
かく言う私も出勤が制限されており、状況に応じて、パンティーボックスを机がわりにテレパンティーを実施している。
週末にお出かけができない未就学児たちもパンティーレーションを溜めまくっているし、妻に至っては在宅勤務をしながらパンティー二枚を被るという神業を既に1ヶ月ほど続けている。
マスクはどこにも売っていないので、手製の布パンティーを使いまわしている。
訳のわからない流言のせいで、ハイレグやローレグが売り切れたりする。
自営業のパンティー達は、緊急事態宣言によってオープンショーツを開くことができず、悲痛そうな顔をしている。
最近、緊急事態宣言のパンティーが見えないなんて報道も見られるが、そりゃあそうだと思ってしまう。
そもそも、これまで緊急事態宣言自体発令されたことがないと思うし、発令に伴っての外出自粛要請を国民がどの程度実施するかも分かったものではない。
どの程度の企業がテレパンティーに対応できるかもわからないし、外出自粛により、パンティーの伝染がどの程度抑えられるかもわからない。
わからないこと尽くしだ。
緊急事態宣言を出さなかったら出さなかったで文句を言われたであろう(実際今回も遅いと文句を言われていた)。
また、野党は文句ばっかり言っているが野党の仕事って文句を言うことなの?と思ってしまう。
与党に対する問題追及はもちろん行っていいとは思うが、それよりも、与党だけでは出しえない提案や、必要に応じて、決定事項に対する協力的な姿勢も必要なのではと考えてしまう。
政治家さんの仕事において、第一に掲げるべきことは「より良い国家の運営」であって、「政権獲得のための罵倒」や、「与党を陥れるための施策」ではないはずだ。
テレビによくゲスト出演する有名人や大学関係者、評論家は、おそらく持論を展開してバッシングすることにより、知名度を上げたり、お金を稼ぐのだろうなと考えてしまう。
とりあえず出される施策全てにバッシングをしておけば、どれか当たるだろうという考えかもしれない。
彼は今、日本で一番国家の責任を負っている人物であり、目の前にあるものは、想定外で、戦後最大規模の大問題だ。
また、時間は待ってはくれず、一種アントレプレナー的な判断と決定が必要となってくる。
その結果は日本という国の未来に影響を及ぼし、下手を打てば汚名を歴史に残すことになる。
つらつらと書いているだけでも「絶対やりたくない仕事」を彼は文句も言わず実施してるのだ。
ついでに書いておこうと思うが、この前代未聞のコロナ禍の中、様々な施策の結果、思いもよらない影響も目の当たりにした。
私の勤めている会社はいわゆる中小であるが、システム関係部署の迅速な対応で、従業員の8割がテレワーク対応可能となった(らしい)。
今回の勤務体系による業務効率の結果次第では、弊社でもテレワークの頻度が増えるだろう。
各都市部での空気の汚染度の低下が報告されているし、観光者の減少によって、自然環境が回復傾向にあると言う報告もなされている。
具体的にはタイのリゾート地でのウミガメの産卵数増加、マナティが帰ってきた等。
世界中の人間が観光旅行による自然破壊について考えさせられるだろう。
自営業の知り合い達はインスタ等を活用して通信販売を実施しているらしい。
知り合いの協力もあり、なんとか食いつないでいけそうとのことだ。
また、自営業の友人同士でインスタによる販売紹介なども見受けられる。
その横のつながりと助け合いには感動を覚えた。
都市部での人間関係の希薄化が取りざたされているが、今回の一件から、人間関係の重要性を考える人も多いかもしれない。
こんな日記を匿名で書いている私も、一種、「バッシング」をしている人間かもしれない。
しかし、安倍首相もまた”努力、尽力している人間”であるという客観的視点を今一度持って、このコロナ禍を皆で乗り切ろうという思いを共有したいため、筆を執った次第である。
4月7日に新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言が発令されてからもうすぐ一ヶ月。
世界が戦後最大規模となるパンデミックに見舞われている中、緊急事態宣言が発令され、多くの人が生活に不便を強いられていると思う。
そんな中、施策を出すごとにダメ出しされている安倍首相であるが、一小市民として、国民はもっと安倍首相にエールを送るべきだと考えている。
だが、疎い人間であっても、客観的に見て、安倍首相への批判の嵐はおかしいと思う。
例え国政のトップとなれたエリートであっても、もはや国家の危機とも言えるコロナ禍のなか、手探りで対策を実施している首相のストレスは半端無いと思う。
ストレス溜め込んでよくわからない施策にGOを出す可能性だってあるし、鬱病になられたりしたらたまったものではない。
ただでさえ一挙手一投足が見られ、報道され、評価される政治家だとは思うが、今回ばかりは精神がやられるんじゃないかとハラハラしながらニュースや評論家のコメントを見ている。
確かに緊急事態宣言を受けて、市民は多くの不便を強いられている。
かく言う私も出勤が制限されており、状況に応じて、収納ボックスを机がわりにテレワークを実施している。
週末にお出かけができない未就学児たちもフラストレーションを溜めまくっているし、妻に至っては在宅勤務をしながら子供二人の面倒を見るという神業を既に1ヶ月ほど続けている。
マスクはどこにも売っていないので、手製の布マスクを使いまわしている。
訳のわからない流言のせいで、トイレットペーパーやティッシュが売り切れたりする。
自営業の知り合い達は、緊急事態宣言によって店舗を開くことができず、悲痛そうな顔をしている。
最近、緊急事態宣言の出口戦略が見えないなんて報道も見られるが、そりゃあそうだと思ってしまう。
そもそも、これまで緊急事態宣言自体発令されたことがないと思うし、発令に伴っての外出自粛要請を国民がどの程度実施するかも分かったものではない。
どの程度の企業がテレワークに対応できるかもわからないし、外出自粛により、ウイルスの伝染がどの程度抑えられるかもわからない。
わからないこと尽くしだ。
緊急事態宣言を出さなかったら出さなかったで文句を言われたであろう(実際今回も遅いと文句を言われていた)。
また、野党は文句ばっかり言っているが野党の仕事って文句を言うことなの?と思ってしまう。
与党に対する問題追及はもちろん行っていいとは思うが、それよりも、与党だけでは出しえない提案や、必要に応じて、決定事項に対する協力的な姿勢も必要なのではと考えてしまう。
政治家さんの仕事において、第一に掲げるべきことは「より良い国家の運営」であって、「政権獲得のための罵倒」や、「与党を陥れるための施策」ではないはずだ。
テレビによくゲスト出演する有名人や大学関係者、評論家は、おそらく持論を展開してバッシングすることにより、知名度を上げたり、お金を稼ぐのだろうなと考えてしまう。
とりあえず出される施策全てにバッシングをしておけば、どれか当たるだろうという考えかもしれない。
彼は今、日本で一番国家の責任を負っている人物であり、目の前にあるものは、想定外で、戦後最大規模の大問題だ。
また、時間は待ってはくれず、一種アントレプレナー的な判断と決定が必要となってくる。
その結果は日本という国の未来に影響を及ぼし、下手を打てば汚名を歴史に残すことになる。
つらつらと書いているだけでも「絶対やりたくない仕事」を彼は文句も言わず実施してるのだ。
ついでに書いておこうと思うが、この前代未聞のコロナ禍の中、様々な施策の結果、思いもよらない影響も目の当たりにした。
私の勤めている会社はいわゆる中小であるが、システム関係部署の迅速な対応で、従業員の8割がテレワーク対応可能となった(らしい)。
今回の勤務体系による業務効率の結果次第では、弊社でもテレワークの頻度が増えるだろう。
各都市部での空気の汚染度の低下が報告されているし、観光者の減少によって、自然環境が回復傾向にあると言う報告もなされている。
具体的にはタイのリゾート地でのウミガメの産卵数増加、マナティが帰ってきた等。
世界中の人間が観光旅行による自然破壊について考えさせられるだろう。
自営業の知り合い達はインスタ等を活用して通信販売を実施しているらしい。
知り合いの協力もあり、なんとか食いつないでいけそうとのことだ。
また、自営業の友人同士でインスタによる販売紹介なども見受けられる。
その横のつながりと助け合いには感動を覚えた。
都市部での人間関係の希薄化が取りざたされているが、今回の一件から、人間関係の重要性を考える人も多いかもしれない。
こんな日記を匿名で書いている私も、一種、「バッシング」をしている人間かもしれない。
しかし、安倍首相もまた”努力、尽力している人間”であるという客観的視点を今一度持って、このコロナ禍を皆で乗り切ろうという思いを共有したいため、筆を執った次第である。
2010年代になって、Wikipediaはかなり衰退したと思う
昔に書かれたコンテンツが残っているからまだ体裁を保てているけど、よく見るとかなりボロボロだ
「2008年現在」とか書かれていて10年以上更新されなかった文章がかなりある
今日これを書いているのは、昔だったら放置されなかっただろう宣伝的な文章を見かけたからだ
そこの偉い人(故人)の出口直日のページがやけに一方的だったので履歴を確認してみたのだ
そうしたらOomotowebmasterという名前のユーザーが2013年に編集していた事がわかった
一部の抜粋だが、出口栄二と対立した事に関する記述はこう書き換えられていた
直日の長女出口直美の夫・出口栄二大本総長が率いる派閥と、楽天社(大本芸術部門)の出口京太郎(直日の長男)を中心とする派閥が対立していた[1]。1976年、京太郎が大本総長に就任[5]。80年代になると内部対立が激化し、直日は四代教主に内定していた長女・直美の継承を取り消し、他家に嫁いでいた三女・聖子を出口家に復籍させて大本四代教主とした[6]。1990年、直美・栄二夫妻は大本を離脱して「大本信徒連合会」を結成、
しかし、出口栄二は忠告を無視して、その指導に抵抗し、求められる誠実に反する。直日は最後の最後まで忍耐をもって正しい信仰のあり方を教え諭したが、出口栄二は聞き入れず、教主の神性を、根本的に否定して大本の神業を甚しく阻害。ついには大本教団を告訴するに至った。大本信徒、また社会へ与える混乱をこれ以上看過することは出来ず、直日は、長女・直美の教主継承を取り消し、三女・聖子を大本四代教主とした[8]。 1990年、直美・栄二夫妻は大本を離脱して反教団団体「大本信徒連合会」を結成した。
かなり大本側に偏った記述になっていて、昔であればこういう関係者の宣伝的な記述はリバートされていただろう
十分な目玉があればWikipediaはうまくいくだろう
しかし今は目玉が足りないようだ
今でもちょっとした誤字に気づいた時などは修正することもあるけど、積極的に関わるのはやめにした
失望してやめる人数よりも、希望をもって始める人数のほうが多ければ、Wikipediaは発展していくだろうが、今は逆になっているようだ
自分は、今からWikipediaの編集者になる事はおすすめしない
一度破綻したほうがいいと思う
Wikipediaが寄付で運営しているのは中立性を保つため、というのが名目だ
それがどうだ
実際は規約に反してこっそり宣伝したもの勝ちの場を提供しているだけだ
Wikipediaのコンテンツはルールに従えば流用する事が許可されている
Wikipediaがなくなっても、コンテンツを引き継ぐサービスが出てくるだろう
「ねえ、サーモンランがカンストできない。ちっともできない。できる気がしない。全然しない。どうして皆できているんだろう?あんなのどうやったって無理だよ。800に差し掛かれば全くの地獄で野良たちは悉く死んでいく。あれをキャリーするってのは尋常じゃない。神業にしか思えない」
「ごく一部の成功者を見て全体だと思うのはアホよ。成功者はその偉業がためにリツイートされ拡散され知れ渡るの。その後ろには多くの屍がいることがわからないの?あなただってわかってるはずよ」
「わかってる。マッチする野良たちを見れば死屍累々の山が見える。でも「できない」という事実、「どうしてもできない」という心理的ストレスが成功者を輝かしくさせてしまうんだ」
「精神的に追い込まれればその傾向はより強まっていく。ステップを踏むのよ。誰よりも上手にステップを踏むの。バイトがあり続ける限りアナタも踊るの。誰よりも上手にね」
「まるで世界で1番タフな15歳みたいだ。僕は世界で1番タフな野良アルバイターになる。サケをしごいてしごいてしごき続けるんだね」
社内SEやヘルプデスクをテキパキこなす人が少なからずいることが信じられない。
だってヘルプデスクって、PC関連に絞って業務をざっと挙げるだけでも
と、思いつくだけでこれだけある。
しかも、これらが同時に何個も降ってくるわけだ。勿論何かの作業中でもどんどんやってくる。
更にヘルプ1つ取っても
と、自分のようにDIY感覚でコードをいじるしか能のない愚鈍なPG崩れでは、絶対に回らない事だらけだ。
まあ「人を見て法を説け」を地で行く、短期記憶力をフル活用したマルチタスク上等という意味では、非常に仕事らしい仕事ではある。
今ちょうど高速バスに乗ってるんだが、バスの運転手のプロの技を見たので興奮が冷めないうちに増田
高速バスに乗ってうとうとしてたらなんかブレーキ加速度を感じる。ふと前を向くと、なんか前の車が急ブレーキ踏んでるっぽいのよ。あらま、なんかあったかな、と思ったらその車が急加速して追い越し車線ですり抜け。するとその前に異様に遅い車が現れた。
なんじゃありゃ、と思っていると、乗っているバスは十分に車間をあけて、少し観察し、追い越そうと追い越し車線へ入ろうと…したところで、突然前の車が急減速+センターライン寄りに突っ込んできて、うわっ、と思った瞬間、とっさに運転手さんは車線変更して寸前で回避した。
そして「がしゃーん」と言う音がして、後を振り向くとその車は中央分離帯に突っ込んだようだった。
もし俺が運転してたら間違いなく巻き添え食って死んでたわ。
そしてぼそっと運転手さん「ありゃ寝てましたね」だそう。怖。
さらに冷静に、無線で後続の同僚だかに「○○サービスエリア手前で事故発生。注意」みたいなことを流しててかっこよかった。
と言うことはあの後、避けきれずに大事故になったわけだ。怖。
俺も普段運転するわけだが、疲れたら休んでから運転しようと思う。
人生とかいうタイトルのリアル脱出系のクソゲーやってるというか、強制的にやらされてるんだが、全然クリアできない
そもそもリアル脱出系ゲームなのに、脱出することが推奨されていない
なぜか脱出しようとすると「負け組」とか「卑屈」「弱虫」とか言われて嘲笑される
ゲーム内で延々と課金して脱出したら手元に残らない下らねーモノばっか集めさせられる
丈夫な縄とかベルトだけで脱出成功するプロゲーマーもいるらしいんだが、
やってみたけど、どういうわけか怖くて上手くいかなかった
ゲーム内のNPCが「大丈夫?」とか「病院行こう」とか言ってくるんだが、
俺は脱出したいんであって、薬飲んでまでゲーム内に留まりたくない
何か生きたままレジェンドと化した Buddha とかいうプレーヤーは
ゲーム内に留まりながら脱出に成功したという意味不明な神業を使ったらしいし、
今でもその伝説を信じている人もいるけど、俺はハッキリ言って懐疑的だ
ある人に言わせると、このゲームってタイムリミットがあるらしく、
時間が過ぎれば嫌でも強制脱出できるから、それまでの間は適当に楽しんだら?だってさ
でも正直俺は脱出したい。というかゲームに参加すらしたくなかった
ゲーム自体に遊ぶ価値を感じないから、ゲーム内でのアイテム集めにも興味が持てないんだ
どうにかしてくれ。というか、どうにかする方法を教えてくれ
ああ、脱出したい
単純に技が巧い動画をみたい
さっぱりわからない
AWSOMEを多用してるのだけどどうもちがう
GREATもちょっとちがう
EVERが近いけどこれもちがう
テクニック優先
ただエキセントリックじゃないほうがいい
男なので女が攻めてるほうがいい
ただ巧いのならがんばって男が男をでもそれはそれ
なじみの美容室にわざと財布を忘れる
メガネの地味で垢抜けないおとなしそうな子
もちろん襲いかかる
抵抗してるけどそのうちに気分が乗ってくる
そして乞われるままにフェラをはじめるが
ほどなく男がのけぞる
「なにそれ?」
「前の彼氏にこうするんだって教わったのですけどおかしいですか?」
ふたたびくわえる
男がのけぞるし声が出る
そしていつしか攻守が逆転して男がまんまといかされるエンド
これなにやってるかはモザイクが入ってるからわからないんだよね
そこが非常に残念
こういう感じのないですかね