はてなキーワード: iwgpとは
自分は獣神サンダーライガーの最盛期はまだプロレスを見てなかったけど、過去の映像を見て獣神サンダーライガーの凄さを知ってるだけに、最後の引退セレモニーを見て号泣してしまった。
獣神サンダーライガーの最も大きな功績は、おそらく団体の垣根を超えたジュニア・ヘビー級のトーナメントであるSUPER J-CUPだろう。
SUPER J-CUPの開催により見出されたプロレスラーも多くいるし(ハヤブサやTAKAみちのくなど)、何よりジュニア・ヘビー級の存在を大きくアピールすることに成功した。
そして獣神サンダーライガーは新日本プロレス一筋で30年以上マットに上がり続けた名レスラーだ。
新日本プロレスは過去に様々なトラブルから闘魂三銃士を筆頭に多くの名選手が離脱している(これは新日本プロレスに限ったことでは無いが…)。
雨後の筍のように選手がプロレス団体を立ち上げるなど様々な事が行われたが獣神サンダーライガーはずっと新日本プロレスに在籍して活躍していた。
獣神サンダーライガーは新日本プロレスだけじゃなくプロレス界全体の功労者なのだ。
そんな訳で獣神サンダーライガーの引退に至る試合は華々しく行われた。
当時IWGPヘビー級王者だったオカダ・カズチカやIWGPジュニア・ヘビー級の王者の高橋ヒロムとやるなど新日本プロレスも出来る限りの誠意を尽くしたと言える。
最近は表舞台にあまり出てこなくなったアントニオ猪木がビデオメッセージを送ったのもそれを証明している。
きっとアントニオ猪木がこんな笑顔でビデオメッセージを送るのは獣神サンダーライガーが最後だろう。
バラエティー番組では獣神サンダーライガーが後輩から嫌われてるとか罰ゲームに登場するおじさんだけど、本当は後輩から慕われてるレジェンドのプロレスラーなんだ。
獣神サンダーライガー今まで本当にありがとう。
IWGPはプロレス界における世界最強の男を決めるという考えの下にアントニオ猪木が提唱したものである。各地域や各々の団体にチャンピオンベルトがある事で真のチャンピオンを決めるべき姿を確立する為の目的で当初の計画では日本で開幕戦を行い、韓国→中近東→欧州→メキシコと転戦して決勝戦をニューヨークで行う予定だったが計画が壮大すぎたことに加え、「プロレス界における世界最強の男を決める」と言うプランから、それぞれの地区で王者を抱えていたプロモーターからの協力も得られず、紆余曲折の末1983年5月6日に蔵前国技館で第1回「IWGPリーグ戦」を開催。第1回「IWGPリーグ戦」決勝のハルク・ホーガン対アントニオ猪木戦におけるハルク・ホーガンのアックスボンバーによるアントニオ猪木の失神KOシーンが有名。第2回「IWGPリーグ戦」でも両者は決勝で戦ったが長州力の乱入によるリングアウトでアントニオ猪木が勝利。
IWGPヘビー級王座に先駆ける形で1985年12月12日にIWGPタッグ王座、1986年2月6日にIWGPジュニアヘビー王座が創立され、本来の目的であったIWGPヘビー級のリーグ戦は1987年の第5回まで行われ、6月12日、第5回「IWGPリーグ戦」を制したアントニオ猪木に初代IWGPヘビー級王者としてチャンピオンベルトが授与された。以降IWGPはチャンピオンベルトの名称として現在まで受け継がれている。
いくつかの勢力が、縄張りみたいのを持って小競り合いを続けてるやつ。
HiGH&LOW もそうなのかな。みてないから分からないけど。
小競り合いが戦争・合戦なら、戦国時代とか、世界各地の歴史の小国が乱立してた時代なんだろうけど、もう少し最近の例でモデルになる何かがあるような気がしている。
追記:
あれは戦国時代がもとなんだっけ。
条件が足りないということなので、
・原則として死者が出ない
の条件を追加でお願いします
ブコメのIWGP(とその一部の元ネタであるカラーギャング)はちょっとそれっぽいと思ってました
雑な質問にもかかわらず、皆さんたくさんの反応ありがとうございました。
勉強になりました。
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20180819/1534658400
を読んでいてなんかちげーなと思っていた過疎出身36歳なんだが、俺の時にツッパリ、ヤンキーみたいなのはほぼなくなっていた。
ただ、東京ではチーマーがいて、IWGPとか見てて、都会怖いと思っていた。
社会的にはシートベルトが厳罰化されたのは90年代後半だったと思う。それまでは普通に酔っ払い運転とかしてたはずだ。
で、大学入った前後(2000年)にアメ村の客引きビルに行ってすげー強引な客引きとかにあった。ギャル全盛だったし、OCATでパラパラをギャル男が練習してた。
ぼったくりバーとか歌舞伎町がヤバいみたいな時代だったと思う。
だが、就職して東京に住み始めて(2007年頃)、ビクビクしながら初めて渋谷に行った時は、危なそうなヤツはいなくて、あれ?と思ったのだ。
だから、多分、東京とかがキレイな街になったのは21世紀になってから、小泉政権とか、石原都政になってからじゃないかと思うのだ。
ふいに昔付き合っていた人のことを思い出した。
当時私は大学生で、暇つぶしにどこかのチャットにアクセスしてた。
特に有名なサイトってわけでもなかったけど、すぐにチャット相手は見つかって、そのまま通話することに。
1個年下の男の子で、喋りやすい雰囲気だったし会話も弾んだので
なんだかんだで1時間くらい話したと思う。
最初はその場限りで終わるつもりだったんだけど、
その数日後がその人の誕生日で、
「おめでとう」を伝えるために私から連絡をした。
そこから頻繁に連絡取り合うようになって、会うようにもなって
知り合ってから2ヶ月後には私から告白する形で付き合うことになった。
当時の彼はフリーターで、高校は卒業してるけれども職なし状態。
ただ、さすがにこのままじゃまずいって思いもあったようで、
彼の仕事は3交代のシフト制で、日によって出勤時間が異なっていた。
私は大学3年だったけど、1・2年でかなり単位は取れていたので、
夏になって二人で海に行ったり、海で着る水着を一緒に買いに行ったりした。
彼の家族にも紹介してもらったり、
自分の中では上手くいってる、そう思ってた。
ただ、聞かされた時はそこまで疑問に思わなかったけど、
後々振り返ってみると彼の言葉にはかなり嘘が多かった。
例えば、
・彼の友達の妹は井上真央であり、彼に対しては生意気な態度を取ってくる
(当時の井上真央はそこまで露出は多くなくて、まだキッズ・ウォーのイメージが強かった)
・スノボがかなり好きで、私と付き合う前の年の冬は雪山にこもっており、
・IWGPが流行った頃カラーギャングに誘われて、一時期池袋で活動していた
などなど。
「あれ?」って思いつつも調べる方法がなかった。
それにたとえそれが嘘であっても、私にはそこまで影響がない事柄が多かったので、
そんな彼とも少しずつうまくいかないことが増えてきた。
大学4年になった私は実習もあり、かなり忙しい日々を送っていた。
彼ともくだらないことでケンカをすることが増えていた。
彼曰く、彼の家庭はちょっと複雑で、当時の彼は祖父母と暮らしていた。
旅行後、その時のおみやげを渡すという名目で私は彼とデートの約束をしていたのだけど、
昼を過ぎても彼と連絡がとれない日があった。
やっと電話に出たと思ったら、祖父母と外食中で電話に出れなかった+まだ時間がかかるとのこと。
私は用事があるならそれはそれで連絡してほしいということを伝え、
このまま別れることになるのかもなぁ、という予感はしていた。
私の実習が終わって余裕ができれば関係は改善されるかもっていう思いもあった。
そんな時、彼は急にブログを始めたいと言い始めた。
あまりネットには詳しくない彼は、YahooIDの作り方がわからず
「郵便番号って何?」という驚愕の質問を受けつつも、彼のID作成はなんとか終わったが、
彼はこの時にミスを犯した。
この時作ったIDを口に出して言っていたのだ
私は特にツッコミも入れずに聞き流したけど、そのIDは密かに覚えていた。
ID作成から少し経ったある日、私は彼と華屋与兵衛で食事をしていた。
そこで、ふとブログのことを思い出したかのように彼に聞いてみた。
私「そういえば、前に行っていたブログってどうなったの?」
彼「本の感想とかオリジナル小説とか載せてるんだけど、すごい人気なんだよ!」
私はこの時既に彼のブログは閲覧済みだった。
「俺はお前を傷つけてばかりだ」
「でも、やっぱり俺にはお前が必要なんだ」
ブログの内容からそこに出てくる女性は私ではないことが明らかだった。
彼に他の女がいたというショックよりも、
なんでこんな嘘ばっかりつくのかが理解できなくて、すべてがどうでも良くなった。
「つい寂しくて浮気した、ごめん」という誠意の欠片もない返事が返ってきた。
彼からは連絡がなかった。
そして繰り返される嘘。「ごめん。小さいころかかった黄疸が再発して動けなかったんだ」
見慣れない名前、だけど明らかに誰かを連想させる名前が表示されていた。
仮に彼の名前が「まこと」だとしたら、そこには「まこLOVER」という名前が表示されていた。
私は迷うこなく、「まこLOVER」のページヘアクセスした。
その横では知らない女の人が彼の頬にキスをしていた。
二人の付き合い始めた日は私と付き合い始めたすぐ後だった。
あぁ、温泉旅行はおばあちゃんたちじゃなくてこの子と行ったのね。
付き合ってから1年以上経っていたけど、ここまで気づかせないってすごいと思った。
しょっちゅう彼の家にも行っていたし、彼の母親や友達に会ったこともあったし、
週1~2のペースで会っていたし、イベントごとも時間を作ってくれていた。
でも、きっと彼はお得意の嘘で全部をごまかしていたんだろうなぁ。
結局、彼はメアドも変え電話にも出てくれなかったので、直接別れ話はできなかった。
彼宛に書いたメールはmixiから彼女に送り、彼に見せてもらうように伝えた。
彼の部屋に残っている私の痕跡を感じて彼女もイライラしていたようなので、
それはそれでよかったのかな、と思う。
その後、あてつけのように彼女のmixiページにはフォトアルバムが作られ、
彼とのラブラブっぷりが公開されていた。
心底別れてよかった、と思った。
今の時代、タトゥーが入っていることなんてデメリットしかないからね。
その趣味の悪さも含めて、二人はお似合いだったんだと思う。
その後、彼らは結婚し、子供が生まれ、離婚し、再婚し、今は二人の子供がいるようだ。
彼に対しての未練はないし、なんで今さらこんな思い出を書いているのかもわからない。
飲みの場で鉄板ネタとして話せるネタを提供してくれたことには感謝している。
彼ももういい年になってると思うけど、病的な嘘つきは治ったのかな?
ちゃんと良い夫・良い父となっているのかな?
子供のために消す人は多いようだしね。