はてなキーワード: 極東とは
あちこちに讃岐うどんの店があるし、社食みたいなセルフサービスの形式だったのに驚いた。
うどんの値段も1玉300円というおやつ感覚で食べられる少量も売っていて地元の高校生やサラリーマンでにぎわっていた。
また地元のひとに「うどん文化すごいですねー」というと不思議な顔をされた。
「文化ってほどではないけど…」ということらしい。
たしかに。
例えば俺は大阪人だけど「笑いは大阪の文化」と言われると違和感がある。
大阪人からすると、ボケ・ツッコミの掛け合いやオチのある話というのは別に文化というほど高尚なものではない。ただの日常会話だ。
同じように香川の人からすると俺から見た特殊な形態のうどん店は当たり前にあるものなんだろう。
見る人によって文化に見えたりそうでなかったりするもの。それが文化なんだと思う。
俺が香川のうどんが特殊に見えたり、非大阪の人から大阪人のコミュニケーションが独特に見えたりそういうことが起こる。
一方で着物みたいに日本人からしても外国人からしても文化だとみなされるものもある。
また日本人から見ても着物は日常ではないだろう。夏のお祭りや成人式といったハレの日だけに着る文化だと思う。
日常から消えてしまいそうになって、それを大切にしようという意識が生まれた時が日常が文化に変わるときなのではないか。
そんなことを考えた。
https://twitter.com/nijisanji_app/status/1670657686667661312
酷いやらかしをしておいて、卒業配信すら出来るのは、えにからの温情だと推察出来る。
そこそこに稼いでくれていたんだろう。
それはともかく、このライバー、マジでやらかししかやってない印象が強くて、割と初期の方からロールプレイを放棄していた。
自分はその頃から、マジで嫌になったんだけれど、なんで嫌になったのか、これをきっかけに思い出してみた。
結論としては、端的に言えば嘘のつき方が下手くそすぎた、に尽きる。
VTuberというのは多かれ少なかれ、嘘で塗り固めた存在であり、それに関してはある程度許容して見ていた。
年齢や容姿などなど、色々と設定という名前の嘘をベースにキャラを演じるというのが、現状のVTuberのスタイルだし、それに関していちいち噛みつくつもりはない。
彼/彼女らの配信を見ている層や、切り抜きしか見ない層(俺はここ)、動画のみ視聴勢など視聴者は色々なスタイルで彼/彼女らの活動を眺めている。
ロールプレイに関しては、初期の方では結構頑張ってやっているが、途中からだんだんと、あるいは配信から数日でやらなくなるというのが定番のスタイルであり、その点は視聴者はまあ、そりゃそうだろとして眺めるのが通常だ。
この点で、郡道はかなりの期間ロールプレイをしていた。そっちの方が注目が集めやすかったというのがあるかもしれない。
しかし、色々な所でボロを出していたのと、ロールプレイ中に作成した動画が倫理的にどうなんだと疑問視される物に加え、その扱い方が雑だったのが。嫌いになる決定打となった。
やるなら、もっと徹底的にやって欲しかったし、やらないなら、最初からやらないで欲しかった。
何にせよ、何をやらせても”中途半端で雑”というのが、彼女に対する偽らざる俺の評価だ。
こんな奴が、問題を起こさない訳がなく、定期的に炎上していた。本人的には話題になってオッケーとか思ってたのかもしれないけれど、世間はその点に関して厳しい見方をずっとしていたと思う。
ファンの方はともかく、それ以外の人は、中途半端さと雑さにイライラしていた人が多かったという印象だ。
そして、2023年3月のWBCでの問題発言で、完全にライン超えしてしまい、今回の卒業という話になったのだろう。
何にせよ、ライバーとしての質が低い人が外されるのは時間の問題だったと思っている。
ここ数年、VTuber界隈では色々なキャラクターの引退(と転生)が激しく行われているが、ここに来てVTuberとして生き残れるのがどういう路線なのかというのがだんだんと浮き彫りになってきた。
自分なりにまとめると
・信念
・根性
・コンプラ
この3つを兼ね備えていないと中々生き残れないというのが実情だと思う。
あまりにも多すぎる才能持ちの中でどうにかして輝こうとすると、コンプライアンスギリギリのところを攻めて目立とうとするバカがいるけれど、そういう奴は短命だし、契約が切られることも多い。
コンプラのマージンを理解してタップダンスを踊れるくらいクレバーでないと、目の肥えた視聴者たちを楽しませることが出来なくなっているというのが現状だ。
他にも、以前は極東の島国のタレントが世界に届くというのは、難しいことだったが、現在は箱の力や目新しさ、そして幾らでも偽装できる外枠(すなわち、2Dイラストレーター/3Dモデラー/エンジニアたちの技術力)で、世界に簡単にリーチ出来るようになった。
そうなると、島国限定でしか通用しないネタよりも、世界標準で通用するネタキャラの方が響くようになっている。
この辺を理解して演じられる人は立派な才能だし、それこそ信念、根性、コンプラという3本柱が無いと必ずどこかでコケてしまう。仮に、それらを兼ね揃えていたとしても、何かしらと文句が付けられる世界線に突入しているので、今後VTuberを目指そうとしている人たちにとっては非常に厳しい世界になってきたなと感じている。
結局のところ、人間力という言葉に集約されるかもしれない。それを伸ばしていく以外に、この世界では戦えないと思う。
人間力を鍛える上で、学校における疑似社会活動はある程度役立つが、それ以前の倫理観など学校教育ではカバーしきれない所は、各家庭でなんとかしなきゃならないんだけれど、そこをしっかりやってる人たちしか生き残れない、そんな気がしている。
いわゆる「いい子」ほど生き残りやすいというか、いい子以外は生き残りをさせてくれないヤバい世界だから、それを職業に選ぶ時点で狂ってると個人的には思っている。
一緒みたいにされてるけど南北と東西って方位としての意味合いが違ってくるよな。
北極・南極というものがあるから、いま自分が地球のどこにいても「地球の北にいる」とか「南にいる」どちらでもなければ「赤道上にいる」みたいなことは言えるけど
「地球の西にいる」とか「地球の東にいる」とは言わない。極東とか西洋とか、結局ある地点にとっての西か東でしかない。
そもそも東西自体が「北を向いたときの左側が西、右側が東」でしかない。
昔のゲームとかでワールドマップの上をまたいだらマップの下に移動するみたいなのがよくあったけどあんなん現実世界では不可能だけど、東西・南北が同じ意味合いを持つというとああいう世界になるよな。
一つは最大の大陸を西より侵食し続け、一つは極東の海原から世界を埋め尽くそうとした。
人類がその力を結集して西の帝国を滅ぼした頃、東の帝国は遂にその領土を小さな島国に残すのみとなった。
極東の帝国は自国民を洗脳し、玉砕を繰り返し、遂には最後の一人になるまで戦うべきだという思想に染まっていった。
最新科学の鉄槌の前に、前時代的なケモノ共は怯えながら決して八紘一宇の中心に己がいる夢など叶わぬことを認めたのである。
極東の地には今もその痕が残されている。
人類の叡智が神より盗み出した小さな太陽、その巨大な熱が、無知蒙昧なる者共の愚かなる夢を焼き尽くした御印が。
神の陽よ、再び愚かなる我らの前に降り注ぎ給うな。我ら皆、平穏を愛し、しめやかに暮らすことを欲する。
その誓いを示すかのように、死の雨が降り注いだ周囲には今も誰かが鎮魂の鐘を鳴らしている。
愚かなる争いを二度としないように、もしも再び世界を滅ぼさんものが現れたなら、人の作りたる科学の神は再びその怒りを世界に示すだろうと。
『その回答はChatGPTと結果違うよ、Bingくん』って言うと、
『ぼくは検索エンジンでさまざまなWEBデータを参考にしてるからね』ってURL付きで得意気に答えるけど、
『回答にsite:○○は参考にしないでね。差別的で不確かな情報だしそもそも公式情報じゃないよ』って伝えると、
『そ、そんなサイト参考にしてねーし!公式サイトしか見てないし!差別的で不確かな回答してないし!もう会話しない!』って反応する
MSくん、しっかりして😒って思うが、