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2020-02-16

野口武彦鳥羽伏見の戦い』を読んで

野口武彦鳥羽伏見の戦い幕府の命運を決した四日間』(中公新書2010年)読了あとがき以外は面白いね。

あとがきの「閉ざされてしまった回路」(=あったかも知れないイフ)は興味深いが、この書名や慶喜に負わせる問題じゃない。そして一つ目の公議政体はともかく、二つ目の「天皇制ぬきの近代日本」は荒唐無稽。このような反論に著者は「こう考えることを妄想だとする向きは、話があまり大きすぎて歴史的想像力がついてゆけないかである」と予防線を張るが、それはそうじゃない。

歴史にはたくさんのイフがあり、それぞれの実現可能性にとってプラスに働く因子とマイナスに働く因子とがある。それら諸因子の大小強弱は定量的に計測できるようなものではないが、ある程度の序列はつけれられる(というよりつけなければならない)。野口さんの言ってるのは、「マイナス因子をすべて無視すれば別のイフもあり得た」というに過ぎない。

彼は慶喜よりもはるかに大きな他の因子、例えば思想史的要因を全く無視している。列強ひしめく国際社会へ出て行ったときに、来たるべき「日本人」のアイデンティティはどこに求められるのか。それは「皇国」以外にないだろう。それは鳥羽伏見のずっと以前から使われている言葉で、すでに相当な浸透力をもっていた(松陰を想起せよ)。たとえ慶喜が逃亡せず新政府首班に座る(=徳川勢力が温存される)としても、天皇権威を前面に押し出さなければ新たな公議政体での意思統一はできなかっただろう。となれば、それが天皇神格化神聖付与へ向かうのは自然な流れ。(来たるべき憲法の条文がどうなるかはともかく)

天皇制を32テーゼではなく著者のように定義するなら、慶喜が逃亡しようとしまいと、かなりそれに近い状態に達したと考えられる。

要するに「天皇制ぬきの近代日本」というイフにとって、慶喜逃亡はきわめて小さい因子に過ぎない。他にもっと強力なマイナス因子があるのに、それらを全部無視してイフを手柄顔で語られてもねえ…。

天皇制ぬきの近代日本はあり得ただろうか?」という問題提起は興味深いし意味があるが、慶喜逃亡が決定的な因子であったという主張は愚かしい。その意味で「この書名や慶喜に負わせる問題じゃない」と書いた。アルキメデス支点に立ってるように見えるのは、著者が戊辰戦争ばかり見てるだけのことじゃないの。

から、ここに至って、なんでこの著者と気が合わないのかもはっきりする。この人の本は面白いけど、同時に「面白い話を一発吹いて目立ってやろう」という助平根性も感じるんだよね。勿論この人はれっきとした学者であって、歴史作家のくせに歴史学者のふりして商売してる人種とは違う。だから猶更その根性が気になる。我々はワトソンより寧ろロザリンド・フランクリンであるべき。ワトソン剽窃者として謗りたいのでははなく、帰納的に考えることをおろそかにしてはならないということだ。

2020-02-05

anond:20200205114054

大政奉還時点で慶喜の構想どおりに徳川を中心とした立憲君主制に移行すべきだったな。

2018-03-22

正信偈ありがちなこと

  • 「報化二土正弁立(ほうけにどしょうべんりゅう)」で笑う
  • 「雲霧之下明無闇 獲信見敬大慶喜(うんむしげみょうむあん ぎゃくしんけんきょうだいきょうき)」で盛り上がりが最高潮高まる

2017-04-01

徳川五代将軍女体化すると

・初代家康 タヌキ顔。柔和だが意外と腹黒い。実は二年しか将軍をやっていない。

・二代秀忠 マザコン普通女の子に見えるが実はドSで家康死去後は福島加藤といった有力大名を取り潰す。

・三代家光 ガチレズ。生まれながらの将軍鎖国を完成させる。

・四代家綱 アホの子政治老中にすべておまかせ。あだ名は「そうして様」。

五代綱吉 ヒス持ち。やる気満々のOL気質占いにドはまりしあの生類憐みの令を出す。

・六代家宣 母親嫌い。生類憐みの令を綱吉死去後の翌日ほぼ廃止(異説あり)。意外とバブみにあふれる。

・七代家継 ガチロリ。8歳で死ぬ

八代吉宗 委員長気質。暴れん坊のイメージが大きいが、意外と開明的。米将軍と言われ、享保の改革を推進。

・九代家重 おもらし。脳性まひがあったといわれ、言葉ほとんどしゃべれず、幼馴染の大岡忠相みわかったらしい。

・十代家治 だるだる。政治にやる気はなかったが、田沼意次だけは大好きだった。

・十一代家斉 ビッチ。60人以上の子供を産む。化政文化が栄えた。

・十二代家慶 才女。母親時代の緩みまくった政治をしめなおす。水野忠邦を登用したが、失敗した途端見捨てる。

十三代家定 病みっ子。とにかく人前に出たがらない。一説には廃人状態になったとも。

十四代家茂 アゴと首。スイーツ大好き。の反面意外と政治には熱心。

・十五代慶喜 ヘタレ。錦の御旗にびびる。写真オタク

なんか別に女体化っぽい話じゃなくなってきちゃったね。

2017-02-14

徳川慶喜モンストしか知らない大人

先日偶然、徳川慶喜の話になったら「モンストしかしらねーわ」とのたまう奴がいた。

当然彼が慶喜徳川最後将軍だと知っているわけもない。

ちなみに「平清盛」も「井伊直虎」も彼に言わせるとモンストキャラらしい。(せめて井伊直政or直弼くらい何者か知っててくれよ)

坂本竜馬」も「真田幸村」も名前は知ってるけれど、自分からすれば以下略

いやモンストが悪い訳ではない、名前を知ってるだけマシなのか?

いい年して恥を知れよ・・

2016-10-26

勝ち組負け組って

死ぬ直前までわかんなくない?

変な話、信長ってあの時代勝ち組だったんか。

足利義昭左遷されたけど、畳の上で死んでるし。

徳川慶喜って幕末負け組だったんか?

維新志士ってほぼ夭折戦死暗殺されてるけど、

慶喜趣味満喫して畳の上で死んでるで。

俺らも同じじゃない? 死ぬ直前までわからなくね?

2015-12-14

サッカー王国静岡には王家存在するよ

http://anond.hatelabo.jp/20151214092241

大政奉還駿府事実上軟禁状態になった徳川慶喜が、天皇制打倒のために密かに興したのが駿府王国

事実上ゲリラ組織で、多趣味だった慶喜西洋から取り入れたフットボール組織情報共有の隠れ蓑に使った。

慶喜の遺志を継ぐ直系の子がいなかったので、組織内での公選王制がとられ、戦後に至る。

戦後のどさくさで警察行政に食い込んだ組織は、教育委員会乗っ取り県民サッカー強要サッカーを通じた県民組織化を図る。

サッカー少年団」という組織がそれで、彼らが大人になるにつれ次第にサッカーの優劣が身分の優劣につながり、「サッカーやらずんば人にあらず」というサッカー王政が形作られていった。

日本政府はもちろんすべて否定していて事実隠蔽しているけど、県内ではサッカー王国実態を伴う組織で、サッカー手帳という事実上パスポートもある。

Jリーグ元年は県民にとっては事実上独立元年で、県内では平成でなくJリーグ歴を使っている。

現在公選王は言わずもがなキング・カズ

ただ、反体制派(民主派天皇制支持派の寄り合い)のテロが激化して、その結果はいまのエスパルスジュビロ体たらくにつながっている。

2012-11-26

http://anond.hatelabo.jp/20121126151114

慶喜といえば公文書での読みは「よしひさ」でローマ字でYoshihisaっていう本人の署名もあって

でも本人は「けいき」って呼ばれるのを好んでたという。

http://anond.hatelabo.jp/20121126145541

慶喜将軍からひとつもらって付けた名前しか真名じゃん

あれだけの家柄でこの状況で由来も考えず遊びで下手な名前つけたら周囲からフルボッコくらうんじゃね?

読みがあってりゃいいとか言える例じゃなくね?

http://anond.hatelabo.jp/20121126145204

いやでも漢字意味まるで考えてなかったら「慶喜」とかつけないだろ。

明らかに漢字意味意識した名前だろ。

2008-10-10

悟れ!アナン

聖☆おにいさん中村光

これおすすめ最近よくプッシュされてるし、もう知ってる人が多いか。

なんかのインタビューで見たけど、この作者さんはイエスとかブッダとかの逸話を普通に目にして育ってきたとか、そんな感じらしい。宗教的にどうかは知らないけど、すごく親しみと愛情がこもっていて、ギャグしても突き抜けてて、面白いと思う。

ところで、作中ではアナンダって書いてあるけど、正確なカタカナ表記だとアーナンダ(Ānanda)が正しい。

アーナンダ、はサンスクリットでは、歓喜、幸福みたいな意味。アーナンダは「アー+ナンダ」で、ナンダでも同じように、幸せみたいな意味がある。アーの部分は接頭辞ですね。

で、「アナンダ」の場合は当然「ア+ナンダ」なわけだが、接頭辞アって否定辞なんだよなあ。だからアナンダは意味がひっくり返って、喜びのない、つまらない、くらいの意味になる。(今辞書で確認した、「joyless」であってると思う)

…そこひっくり返ったらダメだろ!!

というくらいひっくり返ったぞアーナンダ!!

中村光がアーナンダアナンダで表記してるのは、多分、中村光が読んできた本で「アナンダ」って書いてあったからだと思う。

サンスクリットのĀnandaという名前は、中国に伝わったとき、意訳では、歓喜とか、慶喜とか訳されて、音写では、阿難、とか、阿難陀、とかに訳された。日本は漢訳経由で仏教が来た国だから、漢訳の影響は強い。

弟子・阿難陀!と覚えてた人なら、アーナンダと書かれてるよりは、アナンダって書いてある方が座りがいいだろう。

アナンダって表記も、いっぱい広まってる気がする。[要出典

「悟れ!アーナンダ」よりは、「悟れ!アナンダ」のほうが語呂がよかったのかなあ。

ウィキペディアで阿難→http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E9%9B%A3

追記

そもそも中国語が単音節言語で、母音に長音と単音の区別がそもそもない、苦手、っていうのも影響していると思う。昔は現代中国語よりさらに複音節の単語が少なかったらしいし。中国語的に言えば、アーナンダ→阿難蛇、は音写として正しいはず。日本語的に言えば、阿難蛇→あなんだ と読むのは正しいから、まあ別に誰も悪くない。漢訳を経由すると、音の長短が消えやすい。

翻訳にはありがちな問題だ。

 
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