はてなキーワード: 運命とは
雪崩は、たった一粒の小石によって引き起こされることもある。
1月21日、ケンブリッジ大学の数学者 Timothy Gowers が、
長年に渡ってエルゼビア社の論文誌をボイコットしている理由について、ブログに書いた。
オランダに本社を置く同社は、一流誌 Cell や Lancet をはじめとする定期刊行誌を2000誌所有している。
ノーベル賞の数学版とされるフィールズ賞を受賞した Gowers 博士は、この状況を望ましくないと考え、
今回のブログ記事が他の学者もボイコットに参加するきっかけになれば、と望んでいた。
実際、それが起こった。
Gowers のブログに感化されて、数学者 Tyler Neylon がオンライン署名サイトを設置し、
そのサイトを通じて研究者2700人以上(訳注:日本語訳執筆時点では5300人以上)が署名し、
自分の研究をエルゼビアの論文誌に投稿せず、エルゼビアに投稿された論文を査読せず、エルゼビアの編集作業にも協力しない、と誓約した。
その数は、数学者の表現を借りるならば、指数的に増大している。
実効性をともなっていくとすれば、大出版社にとってこれは、革命をつきつけられたようなものである。
Gowers 博士による非難は3点に集約される。
第一点として、エルゼビアの製品の料金は高すぎるということ。
第二点として、論文誌の「抱き合わせ」が広く行われているために、図書館はある論文誌を購読しようとするとき、興味のない他の論文誌もセットで買わなければならないこと。
第三点として、公的資金による研究に対して政府がフリーアクセスを要求することを禁じる法案(たとえば米国議会で審議に入る Research Works Act など)を支持していること。
エルゼビア側によれば、これは誤解を招く言い方だと言う。
2010年には、20億ポンドの収益に対して7億2400万ポンド(11億6000万ドル)の利益を得た。利益率は36%。
しかし、同社の Director of global academic relations の Nick Fowler は、
購読料水準は業界の平均であり、ここ数年の値上げ幅は他社より低いとしている。
Fowler 博士によれば、人もうらやむエルゼビアの利益率は、同社の効率的な経営の結果以外のなにものでもないという。
Neylon 博士による動議は、より広い文脈での学者と出版社の衝突の表れのひとつと見ることができる。
その衝突は、オンライン出版の台頭によって、ますます鮮やかに描き出されてきた。
学者は情報の自由と流動性に重きを置く文化に属しており(そもそも論文の査読と編集を無償で行っており)、
出版社は情報へのアクセスに課金して利益を最大化しようとする組織であり、
同時に権威ある論文誌の(すべてではないにしろ)ほとんどを掌握しているからである。
一触即発の状況は長年続いていた。
2006年には、 エルゼビアが出版する数学論文誌 Topology の編集委員会の全員が、アクセスの囲い込みと料金高騰への懸念を表明して辞任した。
ドイツの出版社シュプリンガーによる論文誌 K-theory の編集委員会は2007年に解散した。
多くの人は、ことが荒立てられるまでにこれほど長くかかったことに驚いている。
出版社をそのサイクルから追い出すことができる環境は十分に整っていた。
実際、商業出版の代替物をつくろうとする動きは何度か起こった。
コーネル大学のウェブサイト arXiv (X はカイの音のギリシャ文字を模しており、「アーカイブ」と発音される)は1991年にできた。
研究者は、まだ論文誌で出版されていない物理学の論文をそこに投稿することができ、
Public Library of Science (PLoS) は2000年にできた。
そこでは生物学と医学の分野でフリーの論文誌が7誌出版されている。
こうした動きへの熱意があったにも関わらず、伝統的な出版社の支配が続いたことには理由がある。
arXiv の論文は、公開後に容赦ない批判にさらされることは確かなものの、投稿前に正式なピアレビューは行われない。
PLoS は一部を寄付金でまかないながらも、論文1件あたり2900ドルの掲載料を課す。
これは著者の負担となり、金策に悩む大学にとっては無視できない金額である。
少なくなりつつあるとはいえ、電子版のみの出版に対する偏見もある。
こうしたことが重要なのは、大学と個々の研究者が、出版した論文の数と掲載された論文誌の名声に応じて評価されるからだ。
ともすれば新しい道具に挑戦することが期待される若手研究者は、その前に既存の権威ある論文誌で出版しなければならない。
さもなければ、発言力もなく昇進もない。
そして、新しい論文の運命を決める力のほとんどが権威の高い論文誌にあるために、「権威」の定義は少しずつしか変わらない。
商業出版社は、たとえば読者ではなく著者から料金をとるなどといったオープンアクセスのアイデアを試そうとしている。
しかしボイコットが広まっていけば、ことは急激に進展する可能性もある。
けっきょくのところ、学者が出版社を必要としている以上に、出版社には学者が必要なのである。
突然失脚する直前まで、えてして体制側は無敵に見えるものだ。
来たる学術の春にはご用心を。
社会的機関の多くは、自らの氏名を道義的に絶対的のものとし、経済的な費用効果の対象とはしない。
経済の世界では、より大きな成果を得るために常に資源の配分を変える。すべてが相対的である。
しかるに社会的機関においては、より大きな成果などというものはない。より大きな善もない。
目的を実現できないということは、努力を倍加すべきことを意味するだけである。
飢餓撲滅運動のリーダーは、飢えている子供が一人でもいるかぎり、われわれの使命は終わらないとする。
可能なかぎり多くが発育不全にならないだけ食べられるようになれば、
われわれの使命は終わるとでもいおうものならば、リーダーの地位を追われるだけとなる。
しかし、目標が最大化にあったのでは、決して達成されることはない。
それどころか、達成に近づくほど一層の努力が求められる。
なぜならば、最適値を超えるや、得られる成果は指数関数的に小さくなり、必要とされるコストは指数関数的に大きくなるからである。
こうして社会的機関は、目的の達成に近づくほど不満を感じ、より一層活動に力を入れることになる。
さて問題です。
なぜでしょうか。
どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。
日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。
アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。
YouTube ではきらびやかなトレーラームービーを見ることができ、
一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。
Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。
村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。
これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。
彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、
毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである。
といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。
村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。
「基本的には同じなんだ」と彼は言う。
「少年が少女に出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」
筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙で人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。
青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。
そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。
チェコスロバキアの作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。
「渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。
運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。
高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。
本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。
青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。
「見かけにだまされないように」と彼は言う。
降りていけば、彼女にとっての世界は根底から変わってしまうかもしれない、と。
そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女が遅刻した約束というのは暗殺の約束であったことが明らかになる)。
そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。
彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。
この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然的ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、
私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。
この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。
一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。
その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説『1Q84』であるように思われる。
怒り、暴力、惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、
偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、
ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。
驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。
そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいつものようにそれを受け流し、
自分の想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。
「リトル・ピープルは突然やってきた」という。
僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事」
明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、
覚えていられたことはない、という。
目覚めたときには消えている、と。
ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹の小説のような繰り返す悪夢だったという。
その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。
食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。
2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。
運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。
私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。
カーステレオではブルース・スプリングスティーンがカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。
車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。
実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである。
「彼女は用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。
「だから多分このあたりのはずだ」
と言ってこちらを向いて念を押すように
「それは現実じゃないけれど」
と付け加えた。
それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。
キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。
村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、
「それは現実じゃないけれど」と言った。
日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上の東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。
村上の東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。
客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓にもっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。
また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトンの2001年のアルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入りの東京ジョギングルートをゆっくりと走った。
私のホテルは新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要な役割を果たす、交通機関のハブ的な場所だ。
登場人物たちが好んで使う集合場所、中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。
そしてフレンチトーストとタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。
そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。
実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、
登場人物が聞いた音楽のプレイリストをオンラインでまとめている読者もいる。
村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社が西日本への『海辺のカフカ』旅行を企画したこと、
ポーランドの翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行のガイドブックを編集していることを教えてくれた。
村上は読者から彼が生み出したものを現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。
たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。
ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。
『1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字の家族から、村上は便りを受け取ったという。
ここでの要点と言えるのは、現実に漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、
村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。
作家活動の初期には、「日本人という呪い」から逃れようとしているとさえ語った。
その代わり、十代の若者として、西洋の小説家の作品を貪ることによって、文学の感受性を培った。
その中にはヨーロッパの古典(ドストエフスキー、スタンダール、ディケンズ)もあったが、
彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀のアメリカのある種の作家たち、
レイモンド・チャンドラー、トルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルド、リチャード・ブローティガン、カート・ヴォネガットなどだ。
処女作に取りかかったとき、村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。
そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。
そう、つまり「ハックルベリー」=「運命の女性」と考えると、氏は無事にハックルベリーに出会えたわけである。
確かに、「おぃおぃ、金さえあれば年の差とか」みたいな声はあるかもしれない。
だが、氏ははてなというウンコ共が集まる魑魅魍魎のキナ臭い界隈で釣り技術を学び、
ドラッガーだかのビジネス書でリアルな奴らを釣り上げ、ネット界およびリアル界においても名を馳せたのだ。
女の一人や二人や三人や四人ぐらい、お手の物である。むしろ、結婚したことに驚いた。
俺なら、ぶいぶい言わせまくって、女をとっかえひっかえして遊びまって捨てまくるというのに。
ハックルベリーに会いに行って、ハックルベリーに無事出会い、そして次は何が始まるのか。
いきなりデレたような記事が連発されたら、それはそれでウケる。
「オチが救われない話」というまとめサイトを読んでいたら、こんな救われない話を知った。
『フランダースの犬』は、アニメとして日本人によく知られている。
もとは1872年発表のイギリスの童話だが、原作者の女性がベルギーの風俗をイギリス人の目で偏見的に描いている。
イギリス人の心の奥底には、ヨーロッパに対するかすかな敵意が潜んでいる。
「この地方は荒れ果て、人々は不親切で、しかも愛すべき犬を何代にもわたって、激しい労働に不当にこき使っている」
こんなことをずらずらと書いているのだ。
その上、本家イギリスでは、運命に抗わずに教会で死ぬという内容がアングロ・サクソン的に受け付けられなかったようだ。
結局欧米では、誰も見向きもしなくなったというわけだ。
ところが日本では、1975年に感動的なアニメが作られたために爆発的な人気を獲得する。
80年代からの海外旅行ブームでは、ベルギーのフランドル地方観光が定番コースの一つとなったほど。
もっとも、ルーベンスの絵を観ることはできても、『フランダースの犬』にまつわるものがそこには何一つない。
日本人がガッカリして帰国するのが、当時のツアーのお決まりのパターンだったとか。
ところが、1982年、大きな転機がやってくる。
ベルギー・アントワープの観光局で働いていたヤン・コルテールという男性が、運命を変えた。
日本人観光客から『フランダースの犬』という物語の存在を聞いたことが発端である。
生真面目な性格で、面白みのない変わり者と思われていた彼には浮いた噂もなく、恋人はおらず、友達も少なかった。
そんなオタク青年の彼は、地元に関係する噂話を聞き逃さなかった。
「アニメをやってたんだけど、もしかしたら原作があったのかもなぁ」
というだけで『フランダースの犬』について、はっきりとしたことが分からない。
街の誰に尋ねても、何もわからなかった。
しかし彼はあきらめない。
「この地方を舞台にしているのなら、図書館にヒントがあるかもしれない」
図書館であらゆる資料をあさり、……そしてとうとう、60年の間、二、三度しか借りられていなかった原作を見つけたのだ。
欣喜雀躍たる、彼の喜びが想像できるだろう。
……だが、読み終えた彼はがっかりした。
実は原作には、最後にネロが天使に救われて天国へと召される……というシーンはない。
ただただ暗いだけの作品なのだ。
原作者は夫に捨てられた後、犬の保護に尽力していたが周囲に相手にされなくなり、晩年は30匹の犬に見守られて亡くなっていた。
(この原作と日本人の感動との間の乖離は、いったいなんなのだろう?)
もしかしたら、それがヒントになるのかも?
彼は、日本語を学び、日本人観光客の友だちを作り、帰国した彼らからアニメビデオや童話集を取り寄せてみた。
その結果……感動したのだった。
情熱は、いよいよ膨らむ。
一年半かけて調査を行ない、原作の舞台が近くのホボケン村だと突き止めた。
当時の日本なんて、極東の島国で、ドイツに加担して負けた挙句に少々景気を持ち直しただけの国、というイメージだったから、仕方ないだろう。
だが、彼の熱意は次第に周囲を突き動かしはじめた。
ルーベンス以外にこれといって観光資源のないこの街に、もう一つの観光シンボルが生まれるかも知れない。
そういった周囲の思惑も重なり、ついには1985年、ネロとパトラッシュの小さな像が、ホボケン情報センターの前に立てられた。
除幕式にはアントワープ州知事、市長、在ベルギー日本大使らも参席、盛大なパーティーが開かれたという。
ネロとパトラッシュが共に埋められた(ことになっている)街の教会は、観光コースとなった。
ルーベンスの作品を観るためにアントワープを訪れていた日本人観光客がホボケン村にも立ち寄るようになった。
その地域は観光収入でおおいにうるおい、観光局勤めの彼の名声も次第に上がった。
フランダースの犬はベルギーで放送され、80%近い視聴率をとったという。
ヤン・コルテールは『フランダースの犬』研究家として知られるようになる。
その地域では日本通として知られ、日本との橋渡し役としても活躍するようになった。
研究のために日本へ何十回となく訪れるようになり、大の親日家となった彼は、日本人女性の石井ヨシエと結婚した。
彼は妻と共に、今でも地元でつつましやかに幸せに暮らしている。
……はずだった。
なぜなのか?
コルテールが日本人の妻をもらい、日本とベルギーの架け橋として活躍していることまでは、いろいろなサイトで詳しく取り上げられていた。
ところが、彼が犯した殺人についての続報をいくら調べても、日本語のサイトでは何一つその理由が分からないのだ。
英語のサイトで調べても、アメリカ人などが『フランダースの犬』に関心がないためか、まったくヒットしない。
仕方ないのでグーグル先生の力を借りて、オランダ語のサイトを日本語に訳したり英語に訳したりしながら調べた。
その結果、驚くべきことがわかった。
コルテールとヨシエが結婚して数年は、大変幸せそうだったそうだ。
だが、次第にヨシエは旦那の拘束がうとましくなってきたらしい。
もっと自由にさせて欲しい、自由にいろいろな場所に行きたい、というのがヨシエの欲求だったそうだが、コルテールはそれを許さない。
異国の地にやってきて、海外でしか味わえない自由を満喫したい日本人女性。
彼女を大切にするあまりに、彼女の全てを管理したいと願うベルギー人男性。
だんだんと、二人の間には溝が生まれるようになった。
二人の間はギクシャクし始める。
その時に彼女の前に現れたのが、口が堅いという噂のピエールだった。
「夫とは長いこと話してないの。夫は頑固でさ」
秘密を守れるピエールへの心安さからか、ヨシエは彼へ愚痴をこぼすようになった。
「彼は変わり者だからね。我慢さ」
愚痴を聞いてもらううちに、ヨシエがピエールに親しみを感じ、やがて二人が愛しあうようになるまでに時間はかからなかった。
ピエールの口は固かったが、ヨシエの下の口はゆるかった。
二人がバスルームで愛し合っているところを、コルテールが発見してしまったのだ。
口がゆるい上に、脇も甘かったというわけだ。
だが、そのときヨシエは豹変した。
日本女性のおしとやかさはどこへやら、情事を発見したコルテールを怒鳴りつけたという。
「あんたさぁ、男としての魅力がないんだよ!!」
彼女の口は、悪かった。
その時に、コルテールは、彼女のことを深く深く愛していたことに改めて気づく。
何があろうと、彼女の気持ちが戻ってくればそれでいい、というのがコルテールの偽らざる気持ちだった。
彼は、離婚を迫るヨシエに対して、仲を修復したいと取りすがった。
しかし、彼と別れてピエールと一緒になりたい、というヨシエの気持ちは変わらない。
それは、最後のお願いとして、彼女と日本を一緒に旅行することだった。
二人が出会った日本で過ごせば、彼女の気持ちも戻ると思ったからだ。
……これ、男にありがち。
男の浮気は「名前をつけて保存」だが、女の浮気は「上書きして保存」
他の男に気持ちが移った以上、振り向くわけなんてないのだ。
日本でヨシエは、両親にコルテールを引きあわせたという(この辺りは女性特有の図太さといえよう)。
それでいながら、彼女の気持ちが変わることはついぞなかった。
それを拒むコルテールを、ヨシエは罵った。
そして、決して犯してはならないラインを越えてしまった。
彼女は、職場のベルギー人の同僚達と彼とを一人ひとり比較して、いかにコルテールが劣ったオタク野郎なのか、痛罵したのだ。
……こと、ここにいたっては、どうしようもない。
その時の衝撃は、彼の行動が示している。
コルテールは逆上し、ヨシエをナイフで22ヶ所切りつけて、殺害したのだ。
リアルは、『フランダースの犬』以上に救いようのない話だった。
「救世の法」という本を、知り合いの会員さんからゴミ処分的な感じでもらった。
ただ、最後の「幸福の科学の活動一覧」を観て、うわすげぇ、と恐ろしく感じたのでなんとなくまとめておく。
彼は、大川隆法のことは割とどうでもいいかんじでした。「彼の言ってることはイミフ」といってました。
というか、そもそも自分が宗教団体に属しているという認識が薄いようです。
あくまでボランティアの仲間がそういう人達だ、という感じだとか。
彼自身ボランティアに参加していたらそこが幸福の科学のグループだった、とかその程度らしいです。
社会貢献を求めてボランティアに参加すると、いつの間にか中に入り込んでる、という仕組みなのかもしれないっすね。
そのつもりがなくても、楽しんでいるうちにどんどんのめり込んでいって、代替が登場するまで抜け出せなくなる状態。
以下「救世の法」から面白げなところピックアップ。別に読まなくてもいい。読んでも時間のむっだったったと思うのがオチ。
世界の人々は知らないかもしれませんが、1980年代には日本の幾つかの宗教の中で「われこそは再誕のブッダである」と言っていた人は、わたしが知るかぎりでも5,6人はいました
幾つかの教団が、自分のところこそ本物だ、という形で競争をしていたのです。それから二十年あまりの歳月が過ぎ、決着はついた、結論は出た、と私は考えています。
世間の人々が本物か偽物かを見極めるために、十年、二十年の歳月を欲しいと思うのは当然かも知れないので、この教を信じてきただけない期間があったことを責めるつもりはありません。
・人間の本質は霊的な存在であり、その霊的な存在が肉体に宿り、地上で人生を送っているという真理があります。
しかし、日本にはこの第一関門を乗り越えられない人が、数多くいます。
地上から見た善悪ではなく天上界から見た善悪においては、この世の法律で決めた善悪を越えて、人間として、本当に神仏の心を心として生きたかどうかが問われる。
上記の真理に反すると地獄に落ちてしまいます。知らずに落ちるのはかわいそうだしフェアではないので、真理を知っている宗教者は真理を説き続けているのです。
霊的人生観を教え、正しい生き方が何かを教えるのが宗教の役割なのです。善とは何かを語る宗教を善なるものとして受け入れ、それを元に生きることが必要なのです。
エル・カンターレは世界宗教をすべて束ね、精神的な柱になる使命を持った存在です。
魂としては、インドに生まれた歴史上のブッダに一番近いのですが、インドのブッダを越える大きな使命を持っています。
そしてエル・カンターレの魂の核の部分が、現代の日本に、大川隆法と言う名で生まれて活動しているのです。
私はすべての人々のすべての霊を救うために地上に現れました。
なぜなら、私は創造そのものだからです。私はこの地球の創造力の顕現であり、この大宇宙の創造力なのです。
これは、幸福の科学の、そして人類にとっての、最大の秘密です。
クラスノミンナニハナイショダヨ今こそ、その秘密が明かされるべきです。
他力の宗教のマーケットは自力の宗教の十倍あると言われています。
わたしの教えには自力の部分が多いのですが、他力には、そのまま他力で押して行けば、それなりに自力と同じ結論になります。
2009年には、店名が下り、幸福実現党を立党して政治活動を開始しました。
この世を救うということにおいては、単に教えで救うだけでは済まないものもあります。
この世において政治的に置き去りにされている人は数多くいるので、足らざるところを少しでも改善していくように努力する現実的な力もいるのです。
店名が下り、世直しに努力せよと言われたのですから、活動しなければならないと考えています。
本当はCO2ではなくてフォトンベルトなのです。
地球はやがてフォトンベルトから出ます。したがってCO2を削減しようとする今の政策は基本的に間違っていると思います。
むしろフォトンベルトが地球を通り過ぎた後は地球の寒冷化が始まるので、温暖化は良いことなのです。
国の財布の下が閉まるような政策を取ると、経済は必ず悪くなります。
本当は子ども手当を支給するよりも、わたしが著した経営書を政府が買い上げ、
これで会社を大きくしてくださいといって各企業に配ったほうが税収を増やすには効果があるかもしれないのです。
今の政府にはドリームがありません。私たちはこの国をもっと希望に満ちた国にして光り輝く未来をつくっていく
日本がまず私達が説く「国をとませる方法」を実証してみせ、他の国を導くことが重要なのです。
アフリカにも信者がいますが、アフリカの人たちは、「幸福の科学の教えを勉強すると、自分たちの国のやるべきことがわかる。
こうすれば良いのだということがわかる。まさしくこの教えで国が発展する」というようなことを言っています。
漢文のお経の読経を聞いて、何らかの霊波動を受けることは殆どありません。
しかし幸福の科学の経典「正心法語」は、わたしが読みあげたCDをかけると、私の場合数秒くらいで例反応が出てきます。
信じるか信じないかということはこの世では五分五分なので賭けのようなものです。
わたしの言っていることが正しかった場合、それを信じていた人は来世において極めて大きな功徳を得ることになります。
また、もしわたしの言っていたことが全部外れていた場合出会っても、それを信じていた人は、死後存在しないので、何も損をすることはありません。
死んだら何もかもなくなるのであれば、死後は騙されたと思う自分も存在しないのですから何の損もないでしょう?
わたしの言葉を信じる人の場合、あの世があるときの利益はかなり大きく、逆にあの世も霊もないときでも、あの世で騙されたといって怒る人はいないわけです。
親鸞風にいうとするならば、わたしにだまされても諦めてください。もしわたしが嘘つきだったならば、その時には「まな板の上の鯉」だと思って騙されてください。
幸福の科学は、地域宗教の枠を超えて、人類全体を幸福にするための手段や方法、理論としてありとあらゆる物を探求。だから科学も否定しない。
慈悲とは善きものを他人んい与えようとする性質のことです。
ひたすらに心を平和に保ち、心を穏やかにしてください。
他人を愛する人々、他人を愛そうとしている人々を愛して下さい。
そのような人々をこそ、あなた方は愛するべきです。そうすれば彼らもあなた方を愛するでしょう。
そうしているうちに、もしあなた方に、心の奥底から湧き出る豊かな愛の思いが生まれたなら、それが慈悲と呼ばれるものなのです。
慈悲は生まれつき備わっているものではありません。あなた方の日々の努力の蓄積によって慈悲は生まれるのです。
そのために人はみな修行をする必要が有るのです。
さすがに此処から先は引用だけでは面白さが伝わらないので実際に読んでください。
ミハエルとムハンマドが組んずほぐれつ。そこに大川隆法も参戦。父なるイエスがお前ら程々にしておけよ、となだめる。
九次元霊マニがゾロアスターにアッー!されてヘルメス神がグノーシスにピー。
霊的紛争の途中になぜかマルクスの霊が登場。日本からは松下幸之助と坂本龍馬が参戦だーっ!松下強い!
争いが最高潮にまで達した所でエル・カンターレ降臨。秩序に満ちた自由な社会が実現。
読んでいてがっつり体力を削られる本でした。腹筋を鍛えたい人にはお薦め。
幸福の科学グループのご案内。
主な活動は以下のとおり
「ヘレンの会=身障者を助けるためのボランティア」
「学校法人 幸福の科学学園(滋賀県)」 2016年には幸福の科学大学も開設予定。
「幸福の科学出版」
入会すると正心法語が授与されます。入会の奉納は1000円が目安です。
http://synodos.livedoor.biz/archives/1877537.html
これは、思うように動いてくれない若者たちに対して「このままだとこんなひどいことになるぞ」と脅かしたり、
「やーいざまーみろ」と逆ギレの悪態をついて溜飲を下げたりする趣旨のものではない。
すでに現実として目の前にあらわれつつある動きを、少々露悪的に(もちろん「本書」のスタイルに倣ったものだ)
書き記しただけのことだ。
まず、エリート的な高機能ビジネスパーソンが国境越えて活動するのは当たり前で、
これを「(露)悪の未来」として論ずる筆者はなにかがおかしい。
防ごうとする意識の方が間違い。
彼らは国に頼らないし、活躍できる場があれば国を選ばない。
彼らに将来を任せれば、わたしたち40代の老後、少なくとも生きているあいだくらいは、
きっと安心していられる状況を保ってくれるにちがいない。
なにを根拠に「ちがいない」のか。
読んでいてなんだか切ない気持ちに襲われる。
国に頼らず「自分の能力を発揮する場」「高い報酬を獲得する場」のみを求めて国境をまたぐエリートが
どういう動機で狩場の原住民の老人の住み心地ケアなんてことに気を掛けるのか。
どうも中高年移民推進論者というのは
を何故か無視する。
(これは移民を「気に入らない日本の若者」のカウンターとして夢想するからで、
いきおい移民若者像は全てが理想的で自分に尽くしてくれる感心な若者として描かれる。)
実際は、せいぜい来日者が比較的貧しいうちは
年金を始めとした日本の高齢者向け社会福祉なんぞ来日者が維持推進する動機があろうか。
彼らにとって年金制度なんぞは「意味不明な控除で自分の手取りを減らすインチキみかじめ料」であり
それではさすがにイヤだという人もいるかもしれない。若者たちはいいとしても、
40代のなかには、あと40年以上生きる方もいるかもしれない。
もし長生きしてしまったらと考えると、現状を「幸福」と感じ、満足してしまっている若者たち、
スティーブ・ジョブズがいうところの「hungry」でも「foolish」でもない若者たちに、
どこの国の「hungry」で「foolish」な若者だったら
あなた達の老後の支えなんかを任されたいのですか
と問いたい。
具体的な答を返せたらたいしたもんだ。
老後の支えというのは
若者個人の才能や情熱やハングリー精神から産まれるものなんかではない。
社会の老後の支えは、よく練られた社会制度と、なにより社会全体の余裕から出てくる。
もう一つの足は構成員一人一人がその社会にコミットする気持ちだ。
日本はどっちも既に破壊したのだから、あとは一人一人が覚悟しましょうということ。
「頼り甲斐のあるニューカマー」なんぞを呼んだところで、
彼等傭兵は絶対に日本社会なんかにコミットをしない(当然で、薄情でもなんでもない)。
安易に助かる都合のいいボートはないのだ。
近々死ぬ人間を除き。
なにより
「見限ろう」もクソも、若者世代はとっくに見捨てられて長い。
「生意気なことを言ってるなら見限ってやるぞ!」なんて、意趣返しにも脅しにもなってねーのだ。
もらったことない仕送りの打ち切り通告で怯える人間が居ようか。
実際に筆者自身、もしくは筆者の世代が、
若者世代に具体的にどんな支援をどれだけしてきたか聞いてみたいもの。
恩着せがましく口にする「実りのないおせっかい」とは具体的になにをしたことだ?
せいぜいが、
「状況も見えてない無責任な若者論で説教していい気になる」ことを
なんとなく凄いことしてあげたみたいに記憶してるだけだろう。
この”暴論”すら結局はそういう匂いが濃厚に漂っている。
「若者を挑発してケンセツ的な議論を導いてあげた」とかなんとか。
「食えもしない”おせっかい”でお為ごかしの恩恵面されてもなあオジサン」
という「本書」の序文をきちんと読みながら
新春のお笑いのつもりだとしても若者から失笑しか買わないだろう。
「暴論」は状況が見えてないことの言い訳にはならない。
若者はこの筆者みたいにあてこすりで人を動かそうとか、なんかを乞うてるとか、そういうことをしてるわけではない。
何よりもう、仮に今から全速力でどのような若者向け政策を打ったって、今の20~30代世代には手遅れだ。
ライフステージにせよキャリアにせよ、取り返しが付かないことだらけだ。
もっと究極的な話をすると、
バブル世代以上中高年が下の世代に何かしてくださるつもりがあるなら、
団塊ジュニアのピークが繁殖期過ぎるまでには彼らの雇用をどうにかしとくべきだった。
あそこを無策に過ぎた時点で日本の人口ピラミッドが回復するチャンスは無くなった。
別にこの山口浩という人がそういう状況わかってたら当時何か出来てたとも思わないが、
ただ何もしてこなかったし何も出来ない人間が吠えんなよということ。
もし「いや違う、俺はやろうとすれば何かが出来る」ということなら、
今の若者世代よりざっと20年長く世に出ていながら何も出来ず今日の状況を招いて
あげく下の世代に恨み節をいうとは烏滸の沙汰だろうバブル世代。
無力を認めたほうが立場はマシ。
要するに、今後はもう全員覚悟するべき。
十年以内に死ぬ予定の人間以外は。
40代は敵に回る?
あんた達にはたいした嫌がらせなんか出来ないし、
なによりあんた達も確実に、絶対に、助からない。子供が居るなら子供もだ。
沈む船の中でまーだ「誰を脅せばいい目見られるかな」「誰を殴れば助かるのかな」
なんてことを考えてる暢気さはさすがのバブル世代の貫禄がある。
繰り返しになるが
「暴論」という体はこの山口浩さんがまるで状況をわかってないことについての言い訳にはならない。
この世代のオッサン達がするべきことは下の世代に喚き散らすことではなく
http://sanpoapril.blog104.fc2.com/blog-entry-167.html
http://d.hatena.ne.jp/saebou/20120102/p1
Mステは原語表示の下に日本語訳がつく。CD付属のとほぼ同じ内容。
日本とかJAPANとか出てくるのは、その番組では言い替えて歌ったから。
| スマスマ | 紅白 | Mステ |
|---|---|---|
| あなたが彼を愛そうと、キリストを愛そうと関係ない | ||
| みんなで手を挙げて | ||
| それがあなたの生まれ持った宿命なんだもの | ||
| 小さい頃 よくママが言ってた | My Mama told me when I was young 私が若い頃 ママが言ってた |
|
| 人はみな 生まれたときはスーパースター | We are all born superstars 「みんな生まれたときからスーパースターよ」 |
|
| 化粧台の鏡の前 | She rolled my hair and put my lipstick on 髪をまくり上げて 口紅を塗ってくれた |
|
| 私の髪をカールし 口紅をつけながら | In the glass of her boudoir ガラス張りのブードワで |
|
| 自分を愛するのはいいこと | "There's nothing wrong with lovin' who you are" 「ありのままの自分を愛せばいい」ママが言ったわ |
|
| 神はあなたをパーフェクトにつくったの | She said, "Cause he made you perfect, babe." 「そのままで完璧なあなたを 神は創ったの」 |
|
| くよくよしないでいれば きっと成功する | "So hold your head up girl and you'll go far, 「だから顔を上げていれば 遠くまで行けるわ" |
|
| 私の言葉を 信じなさい | Listen to me when I say" これから言うこと よく聞いて」 |
|
| 私には自分なりの美しさがある だって神様に間違いはないから | I'm beautiful in my way Cause God makes no mistakes 自分らしいままで美しい だって神には一寸のブレもない |
|
| 私は正しい道を進んでいる こうなるように生まれてきたの | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| 後悔の殻に閉じこもらないで 自分を愛せば うまくいく | Don't hide yourself in regret Just love yourself and you're set 悔いに身を隠さないで ただ自分を愛せばそれでO.K. |
|
| 私は正しい道を進んでいる 私はこう生まれてきた | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| ほかの生き方なんてない | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| こうなるように生まれてきたの | Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| ほかの道はない こうして生まれてきたんだから | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
||
| 私は正しい道を進んでいる 私はこう生まれてきたから | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| Don't be a drag, just be a queen ドラッグ・クイーンじゃなくて クイーンになればいい |
||
| Don't be! なればいい! |
||
| 分別をわきまえて、友を愛しなさい | Give yourself prudence And love your friends 自分の体を尊重して 友だちを愛するの |
|
| 日本のみんな、真実を喜びなさい | Subway kid, rejoice your truth 「サブウェイ・キッズ、真実を祝え」 |
|
| 自信が持てない者達の信仰のために | In the religion of the insecure I must be myself, respect my youth 弱者のための宗教では 自分らしくいて 若さに敬意をしめす |
|
| 私は自分を見失わず、若さを大事にする | ||
| 誰を愛しても、それは罪ではない | A different lover is not a sin Believe capital H-I-M (hey hey hey) 恋人が“ヘン”だからって罪にならないわ 信じて大文字の“H-I-M”(神)を |
|
| 主なるイエスを信じなさい | ||
| 私は自分の人生を愛しているし、この曲も愛している | I love my life I love this record and Mi amore vole fe yah (love needs faith) この人生もこのレコードも愛してる(愛には信じる心が不可欠) |
|
| 愛することは確信することよ | ||
| 私は私のままで美しい | I'm beautiful in my way Cause God makes no mistakes 自分らしいままで美しい だって神には一寸のブレもない |
|
| だって神様は間違えたりしないから | ||
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| 悲嘆に本当の自分を隠さないで | Don't hide yourself in regret Just love yourself and you're set 悔いに身を隠さないで ただ自分を愛せばそれでO.K. |
|
| 自分自身を愛せば大丈夫 | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
||
| 他の生き方なんてできない | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| これが私の生まれ持った宿命 | Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| 野暮なこと言わず、女王でいればいいのよ | ぼやいてないで いっそ女王になろう | Don't be a drag, just be a queen ドラッグ・クイーンじゃなくて クイーンになればいい |
| あなたが貧乏でも、お金持ちでも | 貧富の差も 肌の色も 国籍も関係ない | Whether you're broke or evergreen あなたが貧乏でも 恵まれていても |
| 黒人でも、白人でも、ベージュ肌でも、ラテン系でも | You're black, white, beige chola descent 黒人でも 白人でも ベージュ肌でも インディオ系でも |
|
| レバノン生まれでも、東洋系でも | You're Lebanese, You're Orient あなたがレバノン生まれでも 東洋系でも |
|
| 障害を負って、仲間外れにされて、イジメられたり、からかわれても | 人生で困難があっても いじめられ からかわれても | Whether life's disabilities Left you outcast, bullied or teased 人生で障害を負って 仲間外れにされて イジメられて からかわれても |
| 自分を讃え、愛してあげなさい | 自分を信じ 愛してあげよう | Rejoice and love yourself today 今日いる自分を愛して そしてお祝いして |
| だってそれがあなたの生まれ持った宿命だから | それがあなたの人生だから | Cause baby you we're born this way だってベイビー あなたはこの運命のもとに生まれてきた |
| たとえゲイでも、ストレートでも、バイでも | 性的好みなんてどうでもいい | No matter gay, straight, or bi Lesbian, transgendered life たとえゲイでもストレートでもバイでも レズビアンでもトランス・ジェンダーでも |
| レズビアンでも、性同一性障害であっても、関係ないわ | ||
| 私の生き方は間違ってない、ベイビー | 私は正しい道を進んでいる どんな困難も乗り越える | I'm on the right track baby I was born to survive まちがってなんかいないよ ベイビー 生きるため産まれてきた |
| 私は生き抜くために 生まれてきたの | ||
| 黒人でも、白人でも、ベージュ肌でも、ラテン系でも、東洋系でも | 肌の色や国籍なんて関係ない | No matter black, white or beige Chola or Orient made 黒人でも 白人でも ベージュ肌でも ラテン系でも 東洋系でも |
| I'm on the right track baby I was born to be brave このまま進めばいい ベイビー 勇敢になるために産まれてきた |
||
| そう 歌おうJAPAN! | ||
| 私はこのままで美しい | 私には自分なりの美しさがある だって神様に間違いはないから | I'm beautiful in my way Cause God makes no mistakes 自分らしいままで美しい だって神には一寸のブレもない |
| だって神様は間違えたりしないから | ||
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | 私は正しい道を進んでいる 私らしく生きている | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| 自分自身を愛せば大丈夫 | 後悔の殻に閉じこもらないで 自分を素直に愛せばそれでいい | Don't hide yourself in regret Just love yourself and you're set 悔いに身を隠さないで ただ自分を愛せばそれでO.K. |
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | 私は正しい道を進んでいる 私はこう生まれてきたから | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいいのよ ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| 他の生き方なんてできない | ほかの道はない | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
| これが私の生まれ持った宿命 | こうして生まれてきたんだから | Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| ほかの道はない | Ooo there ain't no other way Ooo そのほかの道なんてない |
|
| こうして生まれてきたんだから | Baby I was born this way ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
|
| I was born this way hey! 私はこの運命のもとに生まれてきた |
||
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | 私は正しい道を進んでいる こう生まれてきたから | I'm on the right track baby I was born this way このまま進めばいい ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| これが私の生まれ持った宿命 | 私はこう生まれてきたから | I was born this way hey! 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| 私の生き方は間違っていない、これが私の生まれ持った宿命 | 私は正しい道を進んでいる こう生まれてきたから | I'm on the right track baby I was born this way hey! このまま進めばいい ベイビー 私はこの運命のもとに生まれてきた |
| 同じ遺伝子 |
ちょっとどこかに書きたくなったので書く。
春にまどかマギカ見て、こんな面白いアニメ今後しばらく無いだろうなと思っていたら、
そういう話になっちゃうのねと思いつつも、ピンドラの20話以降が面白かった。
まどマギが一般解目指して枝葉を切り捨てて概念化していったとすれば、
ピンドラはその枝葉に焦点を当てた結果混沌としているって感じで色々と意味不明なんだけど、
これは選択を運命とみなす話なんやろか?とか冠葉にはぜひ刑務所に行っていただきたいとか
思いながら見ていたら…
最近ムギとか杏子とか、それ以外にも色々と食べ物を分けるキャラクターが流行みたいに
思うけれど、あれはどこから出てきたんだろうか?
男性差別や男性弱者を巡っての或る日のやりとり - Togetter
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/180876
まずさあ。
フェミ系の人間で、
礼儀正しく接したり考えたりしてる奴、
真摯に共闘を呼びかけてる奴?
みたいなのを俺は一度も見たことないんだけどw
居たら教えて。
具体的な名前でな。
笑っちゃうよね。
みたいな男にどんだけの特権が付与されてるの一体?
コンビニバイトに男女賃金格差があるなんて聞いたことないけど。
「同階層の底辺男女で素手で取っ組み合いしたら男が勝つかも」ぐらいか?
百歩譲ってあいつらが特権を持ってるとしよう。ゴミみたいな特権を。
で、それを取り沙汰するのってフェミ世界観にとってどれぐらいの意味があんの?
そんなことやってる間に「強者男性」に果敢に戦いを挑んで「支配体制」を転覆すればいいと思うんですガー?
っていうか俺にはとっくに答えがわかってるよ。
特に弱い奴等の「特権」にばっかり執着してあーだこーだ言いたがるのは要するにさあ
自分が弱そうな奴ばっかり狙って憎しみを叩きつけて回ってることへのいいわけだろ?wただの。
ばれてねーとでも思ってんのかってwww
だいたい「強者男性」っていうのが誰なのかは
それを突き詰めていくと「権力分配」「支配構造」なんていうおどろおどろしいけど中身がよくわからん世界観の出来と向き合わなきゃいけなくなるし、
それにそれに、強そうな男は怖いし、ほんとに怖い相手にはいまいち憎しみが湧きにくいのが人間だしね?w
「私たちを敵だと思うな、ちゃんと強者男性を憎め!」って
それ言ってる奴等自身からして「本当の敵」を回避して弱いとこばっか狙って祟ってるんだから、
おめーらってつまりさあ
昔の中国共産党みたいなんだよ。
看板では「日本軍と戦う」って言いながらろくに決戦するでもなく近寄りもせず、
村々を回って武装もしてない住民を狙い「おまえは日本軍に協力した反動分子だろう!」ってボテクリ回して見得を切る。ちょっとすっきりするし軍資金ゲット。
中国人だけが特別にだらしなくてアホ、とかじゃなくて、どこの国にもこういうのって現れるんだよ。
強大な正面の敵と戦うガッツや戦術を出すのは怖いしダルいし能力が足りないってんで、
「敗北主義者」「裏切り者」「反動」の処刑にばっかり血道を上げる奴。
憎しみが強くて臆病者で、個人的ルサンチマンに大義名分つけて暴走するタイプ。
全共闘世代の左翼なんて、「憎むべき官憲」を殺した数より同じ学生に批判付けて殺した数の方がずーっと多いw
俺はお前らも別に嫌いじゃないよ。
とっても人間くさいと思うし、その情動は手に取るようにわかるし。
でもお前らが「弱者男性」どもの敵じゃないとか、味方だとかいうのは無理ありすぎだろw
当時の中国民衆が共産党なんてただのゴロツキ略奪者だと見抜いていたように、
お前等がストレス解消にせよ権利拡充にせよ、常に「弱者男性」を狙うことで達成しようとしてることぐらいは本能で気付く。
自分へのそういう扱いについては犬や猫だってピーンと感づくもんだ。
仮にお前らみたいな「弱者男性」への嗜虐心を持たない
「公正で私心の無いフェミニスト」っていうのが日本のどこかに現れたとしても
そいつでもやっぱり「弱者男性」から敵だと思われる可能性はあるよね。
そのフェミニストが全ての男を弱らせるようなガスをまいたとして、死んでいくのは弱い男だもんw
よっぽど「強者男性」を狙って刺すような限定的で指向的な攻撃を考えない限りは、フェミニストは「弱者男性」の敵だろう実際。
でも刺すっつっても、「強者男性」という幼稚な概念上の存在がどこにいるかはだれにもわからないとw
しょぼいバレバレ詐術はやめて正々堂々と殴り合ったらいいと思います。
GANTZに呼ばれた人みたいな感じに。
20代後半の会社の女がさ、やっぱ年収1000万欲しいよね~。
「1000万?まず専務クラスではうちみたいな中小じゃまずいかないよね。
まずよってこの会社はアウト。でさでさ、年収1000万だっけ。上場企業のさ、
サラリーマン。俺から見れば超エリートの課長級。平均年収いくらだと思う?」
「1000万くらい?」
「1000万ありえない。ありえないよ。正解はね750万円。ちなみに部長クラスになると
ようやく900万円代かな?でさ、でさ、部長クラスって言ったらもう40代半ばから後半
だよね?だよね?それでも1000万に届かない訳だけどキミってオッサン趣味な訳?
ここで女唇を噛みはじめる。俺、さらに続ける。
「まあさ。違うのは解る。解ってる。キミがいうのは若くてイケメンな高収入男だろう。
でもさ、でもさ、一般的に考えてよ。年収1000万のサラリーマンってさ。新入社員から
人口の多い団塊世代のおじさんを含めた全サラリーマンの5%としかいない訳。
これは仮に、仮の数字だよ。既婚者とか結婚する気0のやつとかオッサンを引けば
キミが出会える年収1000万円男はぐっと減る訳。特に年功序列の団塊世代のおじさん
が平均を引き上げているから、結婚適齢期の30歳前後に限ればちょうど氷河期世代
でもあるから、30歳前半で年収1000万以上は人口の1%もいないんじゃないじゃな。
だいたいキミはだよ。ルックスとしては並だよね。(ホントは下の上くらいだが)はい、
そこで問題。キミは何を持って自分以上の容姿を持った女性に対抗するつもりなの?
もう20代後半ってだけでも明らかにきびしいよね?よね?」
「性格?年収1000万とか金でしか男みてない女の性格の何処にひかれるんだよw」
女、大声で俺の容姿を罵りヒステリックに叫ぶ。俺、苦笑しながらその場を立ち去る。
このコピペで思ったのが、男の場合はどうなるのか?と言うことだ。
男にも理想の女と言うものが存在する、今の時代はまだ男は女に対して収入を求めていないから、判断基準は容姿や性格となる訳だが。
考えてみると自分の運命の女や殊勝な女と言うのは、存在さえも危うい物なのである、一生掛けても出会えるか分からない。
かと言って妥協すると↑のようなコピペに出て来る女の様な、派遣の事務仕事で15~20万円ほどの捨扶持を与えられて(それ以下の価値かもしれない)、
年を取るだけの何の面白みも無い女に当ってしまう。女にとっては納得できないコピペだったかもしれないが、冷静に考えると男にも言えるという事だ。
つまり言いたいのは
全力で愛してやるから
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111201/224762/
民主主義は、そもそも「豊かさ」の結果であって、原因ではない。つまり、民主主義は豊かさをもたらすわけではないのだ。
若い人たちは、民主主義と市場原理を同じひとつの社会システムだと考えているのかもしれない。
それらは、似ているようでいて、まるで違う。ある場面では正反対だ。
民主主義は、少数意見を排除するシステムではない。むしろ、少数意見を反映する機構をその内部に持っていないと機能しないようにできている。だからこそそれは効率とは縁遠いのだ。
原理的に競争的な職場では、市場原理が、怠慢を駆逐し、より高い労働へのモチベーションを生むことになる。多少の軋轢があるにしても、競争は、全体の発展につながる。
まるで内田樹の文章を読んでいるような。あの人は語りと誇張が激しくて吐き気がするほど嫌いだけれど、この人くらい抑制されていたら納得できる。
しかしそんなことより、この記事についてはてブ欄でなぜか銀英伝トークが盛り上がってることに刺激されたので書いてみる。
銀英伝もいいけどローマ人の物語の話しようぜ。橋本さんは共和政ローマ末期の政治でいうならどこまでいけるだろうかねー。
ポエニ戦争勝利以降の話ね。
とりあえず橋本さんを彷彿とさせるような要素がある人間を並べてみた。
知ってる人は説明読まなくてもわかるだろうから、適当に選んでください。
スルピチウスとかも入れるときりがないから省きましたが「あとこいつが足りない」と思う人がいたら入れてください。
<ホルテンシウス法>
スキピオ・アフリカヌス :ハンニバルに勝ったヒーロー。しかし権力持ちすぎて元老院の保守派、というか大カトーさんに嫌われ
すげーささいなスキャンダルで失脚させられる。哀れな末期。
ティベリウス・グラックス:ええとこの坊ちゃん。格差をなくそうとして護民官としていろいろやろうとするけど時期尚早すぎた。
アンチグラックス派の元老院の戦略で独裁者のレッテルを貼られ、最後民衆にリンチで殺される。
ガイウス・グラックス :ティベリウスの弟。兄ちゃんの失敗を踏まえて、独裁でもいいや、民衆が認めるほどに圧倒的な支持を得た上で改革にとりかかる。
ただし彼も執政官ではなく護民官として改革を実行。元老院とは対立的な構図になってしまう。
「市民権」問題で富裕層の支持を失い、留守にしている間、元老院に買収された仲間に裏切られて失脚。
メンタルの弱い支持者が暴走した結果自分まで反逆者扱いになり、逃亡の果てに自殺。生存中に行った改革はすべて白紙に戻された。
マリウスたん(民衆派) :家門名を持たない二等市民。高等教育を受けず教養がなかったが、問題解決のエキスパート(優秀な軍人)として声明を高める。
軍制改革により常備軍をつくりあげたことが失業対策となり、戦争の勝利もあって貧困層から一般市民まで圧倒的な支持を得てトップに。
しかし政治や外交能力に乏しく、護民官と元老院の紛争を調停する能力がなかったので政局不安を招き、支持率急低下→失脚。
あげくスッラさまのクーデターで国外追放とか、くやしいのうくやしいのう。
スッラさま(元老院派) :敵との戦いに行ったと思ったらそのまま子飼いの軍隊を率いてローマを占拠。マリウスさんを追い出す。スッラさまのクーデターまじぱねぇっす。
ただ、お出かけしてる最中に仲間に裏切られて国外で孤立。スッラさまの運命やいかに。
逆襲のマリウス :スッラさまがお出かけ中に裏切り者の内通で戻ってきて、自分を追い出した元老院のやつらを皆殺し。エゴだよ、それは。
暴れまくってる間に寿命が来て終了。
<ヴァレリウス法>
スッラさまMKⅡ :マリウスが死んだ後復帰。ローマ史上初の任期無期限の独裁官に。 ちなみにジョブズばりの恐怖政治。
後の歴史家が言うには「時代の流れに反する」元老院強化、護民官の弱体化などを推し進める。
反動的なやり方だけどスッラさま在任中はうまくいった。スッラさまのカリスマまじ最高。
任期無期限の独裁官だったのに、途中で退職し悠々自適の生活を送った後病死。
ルクルス :スッラさまの忠実な部下。スッラさまの死後に執政官に。
優秀な軍人だったけどエリート臭が強く金に汚かったためすごく不人気。ものすごく不人気。大事な事だからry
スッラさまの遺志をつぐべき立場だったけどあんまり頑張らずに引退。
ポンペイウス&クラッスス:超金持ち出身&超優秀な軍人。ローマの勢力範囲を過去最大にする。
「俺強くね?イスカンダルより優秀じゃね?」ということで、
スッラさまが修復・強化しようとしたローマ共和制のルールをことごとく破壊しながら若くしてトップに立つ。支持率も多分80%超えるレベル。
このあたりで「もうやめて!ローマ共和制のライフはもうゼロよ!」状態に
ガイウス・ユリウス・カエサル :スッラとポンペイウスを足して2かけたレベル。きたみたかったー。ぶるーたすおまえもかー。
※ちなみに「ローマ人の物語」において、このあたり「ポエニ戦争後からカエサル前」までの記述は、
塩野七生が、大好きなカエサルを絶賛するための前説部分として扱っているようで、
むちゃくちゃ結論ありきで語られています。 特に塩野節がきつくて正直鼻につく人がいるかもしれません。正確性にも疑問が大きいところです。
そんなに偉そうに言うならお前は今回の大阪市選挙で何が正しいのか言えるんかい、と突っ込みたくなるレベル。
ただ、偏ってるということは、一本筋が通されているということでもあり、それがむちゃくちゃ面白いです。個人的にはこの時代の話は、全体通して二番目に好きです。
特に、彼女がポピュリズムや独裁についての考え方を開陳する部分は、昔銀英伝にはまった人間には非常に刺激的な部分だと思うのでおすすめ。
※私自身は橋本さんについては批判的な立場です。こういうときハイエクとかわかってたら格好良く批判とかできるんだろうかね。
私は職場が大阪にあるんで、やっぱり色々気になりますけれど、肯定的なところがほとんど見いだせない。
独裁者は必要かもしれないけれど、個人的には一番独裁者にしたら駄目なタイプだと思っていて、そこの評価をマスコミが全くできないことには恐怖を感じます。
http://anond.hatelabo.jp/20111205002953
http://anond.hatelabo.jp/20111205004436
何か勘違いされてるようですけど「良し悪しは別として」と最初に言ったとおり、別に私はデキ婚推奨してませんよ。
デキ婚を狙う予定もありませんし周囲にデキ婚者も皆無なので、「どうやって養う」とか全く知らないです。
教えてくださいとか言われても教えようもありません。
個人的にはデキ婚はしたくないというか、ほぼ100%ありえません。
ピルとゴムとビデの3段構えで避妊しているので、妊娠可能性は限りなくゼロに近いです。(もしここまで策を講じてなお妊娠したら、そこは運命だと思って出産に臨みますけど。)
最初「恋愛には縁がないし別に彼女は今はいらない」みたいな話だったのに、いつのまにデキ婚攻撃にはなしが摩り替わったんでしょうか
【話題】 「婚活中の30~40代男性って、ほんと“珍獣”が多いんです。コミュニケーション能力低い人多い」…婚活女性漫画家
1 :☆ばぐた☆ ◆JSGFLSFOXQ @☆ばぐ太☆φ ★:2011/12/01(木) 14:23:09.90 ID:???0
・「婚活中の30~40代男性って、ほんと“珍獣”が多いんですよ!」
と息巻くのは、運命の出会いを求めて日夜婚活を続ける中村純子さん。
自身の体験を基にしたコミックエッセイ『あらゆる婚活してみました』の著書である。
お見合いパーティ、シングルズバー、オフ会、料理婚活など、あらゆる婚活場に
顔を出している中村さんが出会った、モテない男たちとの実態を伺った。
「私が参加する30、40代の婚活では、若い方の婚活に比べると結婚の前提度合いが
とても強いのですが、いきなり自分の結婚観を押し付けてくる男性は論外です」
共働きせざるを得ない若年層の婚活に比べ、30~40代の婚活は意外にも「家事をしてくれる
嫁が欲しい」と望む男性が多い。
「あとは、会話が下手な人はダメですね。全く話さないのもダメですが、自分の話ばかり
されても女性はつまらない。会話は内容も量も加減が大事です。コミュニケーション能力が
低い男性が多いんですよ。たまに明るくて面白いなと思うとバツイチだったり。それなりに
手厳しく男性にダメ出しを続ける中村さんだが、これまで出会った男性と重ねたデートは
「恋愛は二の次。一緒に住める人を見つけたい」と語る中村さんは、いまだ結婚への
旅路を歩み続けている。
1位:いきなり結婚観を押しつける男
【中村純子氏】
漫画家アシスタント13年目。コミックエッセイ『あらゆる婚活してみました』(草思社刊)にて
男性にこういった面があるのは否定しませんよ。そのとおりだと思います
でも自分は ジリ貧に耐え 命運を他人に任せるような生き方はできないから。 普通になんで自分の運命を 他人任せにできるのかが わからんから、わかるなら、説明してほしいなと。
だから増田が自分で言ってるように、「その方が長生きできる可能性が高い」し、「その方が収入の期待値が高い」し、「その方が社会的地位の期待値が高い」からだよ。
本当に分からないのか?俺はどっちかというとお前の側だけど、そのくらいは容易に理解できるぞ?
あー、そう捉えたならごめん。
ジリ貧に抗う暮らし どっちが気が楽か?という話で 戦ったほうが楽だ。と思うほうだって話だよ。
ジリ貧になっていくやり方に耐えっれるなら、大企業の企業政治に耐えられるなら それはそれでスゲーと思うよ。それもまた生き方だ。
でも自分は ジリ貧に耐え 命運を他人に任せるような生き方はできないから。 普通になんで自分の運命を 他人任せにできるのかが わからんから、わかるなら、説明してほしいなと。
でもまぁ、どっちを怖いと思うかの違いだ。といわれれば、そうなのかもしれんとか。そういう話。
ただなぁ、リスクを取るのは実際リスキーで辛い。苦しい。だから、耐えられるなら、耐えたほうがいいと思う。
状況次第だけど、大手企業なら、たえるのもいいと思う。
ただ、そんだけ仲間がいるのなら、少しづつリスクを分けあって、ちょっとづつ冒険すればいいのにとは思ってるよ。
おまえらもリスクトレとかそういう上から目線じゃなくて、そうしたほうが、いいとお思うよと。怖くない範囲で、人数多いんだから少しづつわけあってリスクとりあえばいのにと。
思ってしまうという話。
出遅れという言葉じゃ済まないほど今更だけど、レイプエロゲー問題について考えた。
12歳前後の女子学童が通勤電車に乗っている。後をつけていた男が彼女の体に触り、彼女に性的いたずらを試みる。やっとのことで電車は停まり、恐れをなした彼女は公衆トイレに駆け込むも、追って来た襲撃者は彼女の腕を縛り、レイプする。襲撃者は彼女を監禁し、様々な状況下で彼女を何度もレイプする。彼女の母親と、10代の姉妹もまた同じ運命をたどる。この一家は以前、かつてこのレイピストが別の女性に対して性犯罪を図った件について、姉妹の姉が警察に通報したことにより、その報復としてレイプの標的とされたのである。
以上が、イリュージョン・ソフトウェアが開発したレイプ・シミュレーター・ゲーム「レイプレイ」のあらすじである。このゲームは日本で販売され、Amazonでも取り扱われている。
http://fragments.g.hatena.ne.jp/yuuboku/20090508/1241760087
まあ、酷い話だよなとは思う。
ただ、女性から無視・嫌悪されてきた男性たちへの慰めとして、こういった性差別的フィクションの存在は必要なのではないかとも思う。
と、なぜか彼女は信じて疑わなかったという。
体が大きく、早熟な彼が姉たちに手を出すことを心配した彼女は、まだ幼いケンパーの部屋を地下室に移した。
ケンパーはこのじめじめした牢獄のような、窓ひとつない場所におびえ、なんでもするから二階の子供部屋に戻して、と嘆願した。だがこれは聞き入れられなかった。
彼はこの地下室で悪夢にうなされ、暗い妄想にふけった。TVもラジオもなく、窓すらないこの部屋では外的刺激などまったくなく、彼は内なる妄想でみずからを慰めるよりほかなかったのだ。
彼の両親は彼がものごころついたときから、すでに不仲だった。母親は体格がいいだけでなく、ケンパーを産んだだけあって頭の回転が速く、とくに舌鋒の鋭さは無類であった。
そして真夜中、眠っている彼女をハンマーで殴り、ナイフで喉をかき切った。それから「もう二度と悪態がつけないよう」喉頭を切り取って、ディスポーザーで粉々にした。そして首を切断した。
首を失った体は、いつものようにもう「母」ではなく「女体」だったので躊躇なく犯した。首のほうはダーツの的にし、罵声を浴びせながらサンドバッグ状に殴った。
http://www8.ocn.ne.jp/~moonston/kemper.htm
こういった、被支配者が支配者を惨殺する復讐劇に私はカタルシスを得る。
特に、口が達者な親によって子が洗脳状態に置かれていたが、洗脳が解けた子が親を惨殺するストーリーが好きだ。
これは私的な体験から来ている願望なのであろうと思う。
対象から逃げるだけだった私は、理想の姿として復讐ストーリーを欲し、消費している。
今回Equality Nowが提示した問題点は、そのような「わいせつ」という概念に基づく物ではありませんでした。Equality Nowは、今回のエロゲ―を批判するときに、非難されるべき点として、次のような表現を使います。
これらにおいて問題となるのは、それが「わいせつ」であるかどうかではなく、それが「女性に対する暴力」を維持するようなものであるかどうかなのです。今回のようなレイプゲームが問題となったのは、それが性的なものであるからではなく、女性に対する差別を維持するものであるからなのです。
http://d.hatena.ne.jp/amamako/20090520/1242764989
子による親への復讐ストーリーを必要とする私のように、性差別ファンタジーを必要としている男性がいるのではないか。
女性たちに無視され、嫌悪され、排斥されてきた男性たちにとって、
女性たちを性差別し暴力を振るう理想的なストーリーは救いになるのではないか。
虐待していた親が改心し子に謝罪して、子がスムーズにそれを許し、全てが上手くいくようになる例が非常にまれなように、
女性から嫌悪されてきたある男性の前に女神のような女性があらわれ、その男性を無条件に愛し、
男性の内にあった女性への全ての屈折や憎悪が消えてなくなり上手くいくという例も非常にまれで、期待するだけ無駄な話だ。
被害者意識に苦しんでいる状態から一時的に救ってくれるのは、後ろ向きな復讐ストーリーだけかもしれない。
私は必要悪としてそういった性差別ファンタジーの存在を認めたい。
ただし性差別ファンタジーの消費者と関わりたいかといったら全く別の話で、当然、できるだけ関わりたくない。私は女神ではない。