はてなキーワード: 習字とは
小学校の中学年くらいから、女子のグループは「可愛い・イケてる」グループと「ブス・ダサい」グループになんとなく分かれてくる。
「可愛い・イケてる」グループの方が男子や先生の支持を得やすく、彼女たちは自信もあるので、おのずと発言力に差が出てくる。
「ブス・ダサい」グループの女子はその差を見て、「可愛い・イケてる」グループに憧れを持つ。
私は「ブス・ダサい」グループにおり、「可愛い・イケてる」グループへの憧れを利用された。
"かまってあげる"とか"グループに入れてあげる"をチラつかされて、文房具(可愛いレターセットやキラキラペンなど。当時人気だった)を貢いだり、
「可愛い・イケてる」グループの子が習字セットを忘れたときに私の習字セットを貸して、私が忘れたことにしたりした。
今考えるとばかばかしい。より上のグループに行きたいという下心をいいように使われて、思うままに動かされていた。
さすがに中学生になると自分の愚かしさに気付き、「可愛い・イケてる」グループに行くことは完全に諦めて、媚びることもやめた。
「可愛い・イケてる」グループの子たちが、「ブス・ダサい」グループのかわりにターゲットにしたのは、
上昇婚願望(自分よりランクの高い異性を手に入れたいという気持ち)を持つ、凡庸な男子だった。
16歳から26歳の10年間くらいは、そういった男子の下心(性欲と、美人嫁を得ることによるステータスが欲しい気持ち)を利用して、
私にしたような方法で金銭や労力を引っ張っていた。まさに現代のアッシー、メッシー、ミツグ君。
それから逃れられるのは、イケメンか、純粋な草食系(魅力的な異性に対しても草食スタンスを貫くガチの草食)だけだ。
彼女たちは30歳を前にして、妥協して早々に既婚者になる。彼女たちは加齢のせいで男性への支配力が衰えることもわかっている。
日々の子育てに疲弊し、もとの容姿もあまり良くない冴えないオバサンママに、
もともと優れている上にセンス良く磨き上げられた美貌・スタイルを見せ付けて憧れを持たせる。
女も美女を見るのが好きだ。だから女性ファッション誌はあれだけ作られるし、モデルに大量の同性のファンがつく。
彼女たちは、自分の性的魅力が最大化する間だけ男を狙い、それ以外のときは女を狙うという方法で、効率よく自分のファンと奴隷を従え続ける。
私はそんな彼女たちを苦々しく思うと同時に、あの人たちから好意的に話しかけられたら、また舞い上がっていいように使われてしまうんじゃないか、とも思っている。
美貌って抗えない。なんなんだろう。
子供の頃、私はたくさんの習い事をした。しかしそれらは、何一つモノにはならなかった。
やりたくないピアノ、やりたくない体操、やりたくない習字… 全て嫌々やっていたので、身につかなかったのも当然だろう。
頭の悪かった私は、塾やそろばんにも通わされた。しかしそこでも嫌々座っていただけの私は、何も習得する事は出来なかった。
あきらかに素養が無かった私に、なぜ母はあんなにも色々な習い事をさせていたのだろうか?
それは「娘のため」ではなかったと思う。
母は娘を何者かに育て上げ、それによって自身の遺伝子の優秀さを証明したかったのだと思う。
子供の頃の母は、貧しく、習い事など何もしていなかったらしい。貧しかった母は、平凡な学校を卒業し、平凡な就職をし、平凡な家庭を持った。
しかし母は、チャンスさえ与えられれば自分が何者かになれる素養があると信じていた。自分は本当は特別な人間だという確信。それを証明するのが、自分の娘の存在だったのだ。
私の娘なら、ピアノを習えば世界的なピアニストになるかもれしれない
そんな期待が、娘に次から次へと習い後をさせる原動力になったのだろう。
娘を憎むようになったのだ。期待が過剰だっただけに、その反動も大きかった。期待を裏切った私は、それはそれは母に辛く当られた。まさに、身内ならではの愛憎劇である。
幸い私には出来の良い弟がいたので、それによって母の矜持は保たれていたようだ。
「娘は自分の優秀な遺伝子を受け継げなかったが、息子は自分の優秀な遺伝子を受け継いだ。不出来な娘は自分の分身ではない。優秀な息子こそが自分の分身だ。息子によって自分の遺伝子の優秀さが証明された」これが母が子育てで得た結論である。
私の母は極端だと思うが、親というものは多少なりとも自分の子供を自慢したいと考えているのではないだろうか。
優秀な子供や美しい子供を自慢したいという心理は、自身の遺伝子の優秀さを自慢したいというエゴに繋がっているのではないかと思う。
親達は口をそろえて「子供のため」と謳うのだが、私の考えは穿ちすぎなのだろうか。
暗いところに閉じ込められた。もしくは、閉じ込めるよ!という脅迫(?)。
指しゃぶりが治らなかったので、指に唐辛子ぬられた。
(何したか思い出せないけど、)家を追い出された。これは一回かな。
母は私にいらだって、お皿を割った。外のコンクリートに叩きつけてた。「いただきもので、2枚しかない。あんたのせいで割れた。」片割れのお皿見るたび、罪悪感が芽生えた。
習い事イヤでイヤでしょうがなかった。訴えたけど、何年も続けさせられた。(ピアノ、習字、英語、塾。実になってないw)
あとげんこつ。げんこつがあまりにいやで、「次にげんこつくらったら、覚えた九九を忘れたことにしよう。」って思って忘れたふりした。
「○○くんは怒られたことないんだって。いい子なんだね。」って言われた。
小学生のころずっと吐き気がしてて、「気持ち悪くないときってあるのかな。」って疑問をいだいたことがあったなあ。
つらかったいやだったって思う反面、自分のどっかが悪かったのだろうって思っちゃう。
だって、ぴかぴかの一年生の時、担任の先生に「悪い子の名前は覚えられない。」って言われたんだもん。
さんすうの教材に、ひとりひとり名前書いてもらう時。
出会って日が浅いのに、悪い子って見抜かれちゃった。
私のどこが悪い子だったんだろう。わからない。
高校生のころの不安定は、小学生前くらいの不安定が原因で表に現れたものだったのかなあ。と今うっすら思っている。
家に誰もいないと思って、感情解放して叫んだ時、実は親がいて、しまったって思った。
心配されて声かけられた。だから「病院に行きたい。」って言った。
返事は忘れちゃったけど、結局つれてってもらえなかった。自分で行けばよかったのか。そんな行動力なかった。
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> カウンセリングで言えばいいのになんでここでも言うの?
今、吐き出したくなったから。
> 被害者意識は一人前ね
被害者かも、と自覚したのはつい最近なの。でもまだあんまりそう思ってないの。
ただやなことがあったを思い返してるの。
> 別段とんでもないことをされた訳でもない。 生きていく上では誰でもこのレベルの嫌なことは経験する。 単にワガママなだけじゃないのか?
ワガママだったのかもねえ。(しかし昔の話を親に聞くと「聞き分けの良い子だった」そうな。)
私はこのレベルの嫌なことは、嫌なことだった(と最近自覚した)ので、
もし育児したり他人と接するときにはこのレベルの嫌なことを与える側にはなりたくないと思うの。
ワガママ(or私が気に食わない事柄)=危害を加えて良いとは、私はなりたくないのです。
祈り、ありがとうー。今わりと安らかな人生です。安らかを知ったからこそ、「あの頃変だって感じた気持ちは気のせいじゃなかったんだなあ。」と思えるようになったんです。
>お母さんも余裕なかったんだろうね、とは思うよ。
だから無意識に、私が我慢しなくちゃ、母の方が辛い、私よりも辛い人がいる、って思って、
私が辛いということを私が認めなかったのでした。
母が大変だったことと私が辛いこと、切り離して考えるようになってきました。
思い出してみると習字の字は「字」として書いていなかった気がする。
筆を使ってかっこいい(形に見える)絵を描く気分で書いていた。
字がきれいな人はそれだけで頭よく見えるからいいよね。俺は字下手だから羨ましいわ。
とめはねと書き順に注意して手本通りに書けば絶対上手に書けるだろって呆れられても書けないものは書けない。
美術の時間のレタリングやデッサンは好きだったし褒めてもらえたのに。
いまだに歪な字しか書けないから人前で文字書くのがすごく恥ずかしい。
とにかく下手な字の人間からしてみれば手書き文字が上手な人はそれだけでかっこよく見える。
仮に俺が人事なら、綺麗な字で履歴書送られただけでテンション上がって「採用!」ってなるかもしれない。
履歴書が全てPCで済まされるようになったら、好みのフォント使ってる学生採用するかもしれない。
ゆかりんフォント使ってくる学生いたらどんな奴か気になって面接呼ぶけど最終的に落とすかもしれない。
んで心の中で「ざまあwwwwwwwww」とか思うかもしれない。
レアなフォント持ってる学生が有利な就活になったらそれはそれで面白そう。
他の学生との差異化を目指して「自作のフォントです!」がアピールポイントになったりね。
最終的に「じゃあ俺は手書きです!」ってなれば全て解決。
今年75歳になるばーちゃん。
ばーちゃんは、家事が好き。
趣味は掃除と言うほど、掃除していなければ落ち着かないらしい。
家の中だけではなく、私の部屋までも掃除してくれる。
「入らなくていいから!大人なんだから自分でできるよ!」と言っても、
なので、何がどこにあるかはばーちゃんに聞くのが一番早い。
たまにそのせいで、物が無くなったりするんだけど・・・
ばーちゃんは、遠まわしに自慢する。
「昔ね、習字を習ってたんだけどね、よく先生から上手だねって褒められたんだわ。
××さん、才能あるよって。だから習い続けていたらもっと上手になっていただろうね」
「小学生の時ね、ノートを書いていたら先生が上級生の教室まで持って行って、
『このノートを参考にしなさい』って言ってたんだわ、字が綺麗だったからかね」
「昔はね、歌が上手だったんか知らんけど、よく学芸会で歌わされてね、
遠まわしに自慢されているような気がするばーちゃんの話も、
何度か聞いているうちに気に障らなくなってくる。
そんな時私たちは「すごいねぇ!」なんて言ってあげる。
そしたら「いやいやすごくないんだわ」とか言いつつ、すっごい笑顔になる。
ばーちゃんは、他人優先で考える。
ばーちゃんのために買った健康食品は、いつの間にか私のものになっていた。
「私はもうすぐ死ぬんだから、あんたが食べなさい」
そして私が食べる姿を見て、満足そうに微笑む。
「もしかして病気かもしれない」と言うくせに、
病院へ行こうかと言うと、行かないと言う。
「だってあんたそんな(私を病院へ連れて行くような)時間ないしょ」
そんなばーちゃんも、あんまり気を遣い過ぎてストレスが溜まり、
いつの日だか呂律が回らなくなって、倒れてしまったことがある。
今は治ったけれど、気を遣い過ぎだよばーちゃん。
ばーちゃんは、家族が大好き。
私たち家族のことを第一に考えてくれる。
「家の人が喜ぶ顔見るのが好きなんだわ」とか言っちゃって。
そんなばーちゃんに、私はなりたいです。
印鑑を斜めに押してたり写真をまっすぐに切れてない履歴書を作る人たちは本当に採用して欲しいと思っているんだろうか??by @matsuotakuma
ツイッターしながら人事選考してるヤツに言われたかねーよwっていうのも解るんだけど、ブコメがまたひどい。
http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/30421
思い返すに、学校の試験などで、文字の綺麗/汚いを問われる場面て非常に少ない。習字の時間ぐらいなもんでしょ。今の日本の学校では、文字が綺麗か汚いかなんてどうでもよくて、中身さえ正しければOKっていう教育を、小学校、中学校、高校、大学とずーっと一貫して受けてきてるのよね。んで、いざ就職で履歴書で字が汚いと落とされると聞いてブチ切れる。そりゃしょうがない。そんな教育受けてきてないもんなw。ハンコとか写真とか、文字が雑かどうかとかじゃなくってちゃんと中身で評価しろよっていうのは、正論だな。なりほど。いいこと言う。
字面じゃなくて書いてある中身で評価しろ、ごもっとも。じゃぁ、面接の時は自分のお気に入りのファッションで行って、面接官にも社長にもタメ語で話すんだろうな?。そこまで筋通すなら認めるよ。でも残念ながら大抵のやつはそうじゃない。借りてきた猫みたいなスーツと丁寧語で緊張しまくって面接受けてやがる。で、履歴書は殴り書きで判子は曲がってると来たもんだ。「なんだこいつ?」って思うだろ常考。丁寧語でしゃべる相手に提出する書面は丁寧に書けよ。単純な話だよ。
あぁ、なになに?手書きは面倒だからPCで履歴書作るのを認めろと。なるほど合理的だ。解った。じゃぁ面接の時は汚い顔を見せないで済むように着ぐるみかぶって、汚い声を聞かせないで済むようにsoftalk(通称:ゆっくり)に代わりにしゃべってもらえよ。わかったな。
小学生だか中学生だかの男の子が自殺した、というニュースを見た
一緒にニュースを見ていた祖母に、悲しいからお前は自殺なんてしないで頂戴ね、といわれたのを覚えてる
割りと年齢の近い子の自殺だったというのも一因だったと思う
それ以来、何となく寿命を全うして逝こうと言う気になれない
A高校以外認めないという親類縁者一同からのプレッシャーの中での高校受験期(結局A高校に受かった)
センター8割取れなくて志望校E判定の大学受験期(結局前期に受けた第1志望と私立は全部落ちて、後期に受かった大学に入った)
内定取れなくて6月頃まで就活していた時(同業の人からも「そこはやめたほうが…」といわれるところに内定決まった)
そう言う人生の節目じゃなくても、卒論の中間報告の前日とか、審査稿の提出の前日とか、ピアノの発表会の前日、嫌いな習字塾のあった水曜日、何故か勝ち上がっちゃった水泳大会の日…
そういう些細なことで死のうかな、と思うようになった
小学生の時のタイムカプセルが送られてきたけど「まだ生きてるの?何が楽しくて生きてるの?この先も本当に生きていて楽しいと思うの?」なんて言葉が出てきた時には笑った
早期発症の厨2病を10年以上引きずってるようなもんなのかな
小学生時代にははさみで足を切ったりしていた、中学時代にリストカットをしては見せびらかすことが学年で流行っていたのを幼稚な人たちだなと思いながら結局自分も影ではリストカットを繰り返していた。
高校時代には具体的に死ぬ方法を求めて自殺マニュアルとか自殺のコストとか南条あやとか買って、そこからネットにハマって、自傷行為を繰り返す日記をつづっている人たちの日記を読んだり、たまに掲示板なんかで全然関係ない趣味の話とかしてた
大学に入ってからは一人暮らしを始めて結構楽しくやれていたと思うのにやっぱり折に触れて死にたくなる
別に生きているのが辛いとかそう言うことは全然ない
自分の人生に頑張って乗り越えられない壁は今のところなかったし、多分これからもそこまでの壁はないんじゃないかと思う
まぁ、非コミュだし、デブス喪だし、性格悪いし、どもりだけど、これまで何とかなったんだし。
でも、ただ、なんか死にたい
別にうつ病とかじゃないと思う。食べ物を食べて美味しいとかまずいとか思うし、眠くなるし、面白い映画見れば笑うし。
続きが気になるドラマとか、行きたい場所とか、食べたいものとか、世に言うところの未練もたくさんある。
長女だし両親の老後とか、祖父母の老い先だとか、あとは妹の大学受験とか就職とかも気になる。
でもやっぱり「確実に死ぬ方法がありますよ」って言われたら迷わず死ぬと思う
「大学生の自分」は想像できていたけど「社会人の自分」は想像したことなくて、ぶっちゃけ今でも想像できない
何となく、今が節目なんじゃないかなと思ってる
今を乗り越えたら、多分そのまま「世間並み」を目標にしてそれなりに生きていくと思う
でも、乗り越えても大していいことなんて無いよね
教育の目的が社会的ニーズに合わせた個人の形成にあるならば、小中学校で歴史、理科、国語を教える意味はまったくないだろうね。
まず歴史。アホの一つ覚えみたいに旧石器時代からネチネチとどうでもいい知識を詰め込んでいく。しかも小、中、高と重複も多い。近代史だけで十分だろ。そもそも現在の日本のあり方語る上で、聖徳太子とか小野妹子とかもう、どうでもいい(聖徳太子は最近教科書には載っていないらしいけど)。明治から現代までの歴史を、くだらない年号とか一切抜きにして、さっと流せば十分。半年もあれば浚える。それだったら大学の教養課程でやりゃーいい。
国語はいらん。ここ参照。http://d.hatena.ne.jp/filinion/20090214/1234584728
理科がいらないっていうのはわけがある。それは後で書く。
んで、空いた時間で何をするかっていうと、算数(数学)をばっちりと教え込む。課程の全時間をそれに当てる。あー、体育、音楽はあってもいい。家庭科はいらん。あんな包丁の持ち方とかお裁縫とかは家で教えろ。そもそもミシンの使い方なんぞ大部分の人間にとって必要ない。総合学習は即刻廃止。うちの学校では「一輪車の乗り方」を教わったわけだけども、人生においてまったく何の役にも立っていない。習字もいらない。もう毛筆なんぞ日常的に使う人間はいない。ユーキャンのペン習字でもやらせておけ。コンピュータは数学の実習という形で触れさせる。フィルタリングなんぞ必要ない。
高校入学後は、これに加えて経済、理科(生物学中心)を英語で教え込む。現代の経済学、科学はほとんど西洋で作られたから、わざわざどこぞの教授が自分の研究室の大学院生に編集させたり、ろくな知識もない学歴だけ無駄に高い高校教師が作ったような教科書を読む必要性はない。教える内容も、基礎中の基礎で十分。日経新聞や、日系サイエンスを読んで、とりあえず8割くらいわかる、という程度でOK。
大学では最低1年、望ましいのは2年間ほど教養教育に当てる。ここで初めて各人の選択で、古文やりたいやつは古文やったり、旧石器時代を習いたいやつは習えばいい。哲学やろうが、地政学やろうが自由。それを通過して初めて専門課程に進ませればいい。
今の日本で高校進学率の高さは異常。中学校までの義務教育で、「とりあえず社会で労働者として生きていくのに必要な知識」を与えておいて、そこからはもっと人数を絞り込んでやっていけばいい。明治時代のエリート教育みたいに。たとえば東大の数学科だとしたら、定員は10人もいれば十分。それでも多いくらい。その10人に対して3倍の数の教員が質の高い教育を提供すればいい。大学での教養課程も、「やりたくなければやんなくていいよー。ただし国際社会で恥かくのは君だからねー」でいいじゃん。無理やり必要もない人間に「人間の安全保障」とか教えても意味がない。自己責任でやっていけばいい。
小学校の教員も、最低博士課程を出た人間じゃないとなれないようにする。進級をアメリカの大学並みに厳しくする。必要な知識を身につけていない子供は容赦なく留年させる。勿論能力によって厳密にクラス分け。子供が「数学なんてやっても意味ねー」と言い出したら、「そうだね。君の人生にとっては意味がないよね。義務教育終えたらそこらへんの工場で労働者として頑張ってね!」でいい。
関係ないけど、修士課程も廃止。日本の修士課程は世界の中でもかなり独特で無意味な制度。博士課程4年、の一本でいい(MBAは例外)。
反発が予想されるのは、「楽そうだから」「若い女の子と触れ合えるから」って理由で教職に就いた、理科、社会科、国語科(古文、漢文)、保健体育の教員からだけども、かれらも頑張って労働者として働いていただけばいい。本当に熱意があれば、大学の教養課程で、エリート対象に教えればいい。
こう思ったのは、昔塾で勉強を教えていたときに、あまりに無駄が多いと感じたから。小学生が花崗岩を見分ける能力、名称を覚えることがまったく無意味だ、とは言わないけれども、もっと他に大事なことはいくらでもあるはず。種子島鉄砲伝来と、キリスト教伝来、どっちが先だったか覚えるのは、もうまったく無意味。何の流れも関連性もないだろ。センター試験を見てみても、本当に無意味な問題が多い。
まあ凡人には理解できないかもね。
彼女さんのされた悪戯がどんな内容かは解らないけれど........。
私の体験談。
小5から『ブラジャーに手を突っ込まれて乳首をつねられる(表現が.....;)』という
気持ちの悪い悪戯をされたのね。
中2まで今思うとよく耐えてたなーとか思うんだけれど、
まあ、ぶっちゃけ親の躾(暴力的だと思う。殴る蹴る追い出す当たり前だったし。)
で恐怖心から習字をやめられずにいたんだけど、
中2の時に、ポニテなんだけれど、割と伸ばし続けていた髪の毛を、
切られたんだよね。先、5cm?くらい?
それでぶち切れてその場でやめて速攻でてった。
当然、親に言えないし、親に一方的にしかられる。
でも、耐えた。想い出しては独りで抱えてたから泣いてたけど。で、その後。
恋人が初めて出来たとき、18歳。
最初からその悪戯の事話してあったから、
エッチなんてつき合って1年くらいも我慢してもらった。
最初は、手を繋いで歩く事から始めたよ。
それで慣れてきたら、ハグ、キス、みたいな。
長くなってごめん。参考になればいいな。ならないかな.....。;
幼稚園の頃常に一人でいることが多く母に知恵遅れだと思われ、変な施設に毎週通っていた。
しかし本の漢字を覚えるのが早かったらしく、問題無しということでその施設は卒業。
小学校に入る。奇抜な行動が多かったのだろうか、暴れっこ数人にいじめの標的にされた。
一方でユニークさが受け友達も多かった。ただしモアイとかいう変なあだ名で呼ばれていたが。
いじめられると大声で叫ぶらしい。そのときのことは嫌でよく覚えていない。
一番ひどかったのが昼休みにベルマーク委員会の作業をしている時にいじめっ子数人がやってきて
僕のズボンを脱がせたことだ。女生徒が一人いて悲鳴を上げていたのを覚えている。(今でもこの夢を見て寝声で叫ぶことがある)
とにかく字が汚く、習字教室にも通うが効果はなかった。教育熱心でヒステリックな母には月2のペースで怒られ、ファミコン禁止!と言われた。
テストの点数は95点くらいが殆ど。国語は80点くらい。優秀な生徒として通っていたようだ。
中学に入ってもいじめはあった。殴られることはあったが、とくに自殺願望もなかった。
塾に週3ペースで通い、テストの成績は250人中10位以内だった。
勉強や学校のストレスに対し兄に怒鳴り散らしていた。
卒業のときにもらった寄せ書きには「お前変な奴だな」みたいな文が多かった。
高校は公立の進学校に入り、部活は文系のクラブの部長をやらされた。
とにかく勉強勉強で、ゲームは当然禁止。内緒でゲームボーイを買いシレン等をやりこんだ。
昼食時はほぼ一人だった気がする。その頃自分はマイペースだと思っていた。
親からはライバル意識が足りないといわれた。
そして大学は偏差値60前半の理系の学部に入る。
しかし非リア充の道を進む。文科系クラブに入るが半年で離脱。二回生後半になるまでバイトはしなかった。
食堂が込むのが嫌だという理由だけで他の人より早く食堂に駆け込み、クラブ以外の友達はゼロ。
親に仕送りの報告はしないし、夜更かしも日常茶飯事だった。
単位は可が多く、3回生ごろになると5割が不可だった。
そして4回生。大学院試験に落ち、単位も足りず一留。翌年の大学院試験も落ち、就職を余儀なくされる。
(このとき実家に帰り、幼少期の施設の話を聞かされる。)
就職課の教授のところに行き、企業を紹介してもらう。
面接の結果はひどかったが、教授がお願いしたらしく入社が決定した。
入社一年目は半年間色々研修を受け、とある事業所に配属が決定した。
一年の間に遅刻は8回くらいした覚えがある。この頃から上司に「周りとなじめていない」と言われたり、
人事からは「人の気持ちを考えていない」等と言われた。
注意されたことはそのときものすごく深刻に考えるんだけど・・・すぐ忘れたがるくせがある。
二年目の秋(現在)
人事に呼び出される。「君を他の部署に移動させたいが行かせるところが無い」と言われる。
人事の偉い人に説教された。怒鳴られた。そうでもしなきゃ状況分かってもらえないとでも思ったのだろう。
メシは一人で食う、言われたことを守れない、納期に無頓着、等。
上司に日記を出して最近コミュニケーション等の改善を図ることに。
先輩社員との会話が増え始めたが、自分にはジョークが通じないらしく、「そこはつっこめよ!」とだめだしをくらった。
肝心の日記は事実の記述が多くて最近注意された。しかも最近遅刻してしまった(半年ぶり)
もうアスペでいいかな・・・診断所行って見てもらおう。
最初に注意しておくが、ある程度絵がかける奴、自信がある奴はこれより先は読まなくていい。
皆が知ってることを改めて書いてるだけだ。
こーゆーこと書くと絶対「知ってるよ」とか「初歩的なことだね」とか得意気にのっかってくる奴がいるが、
もうそういうのは聞き飽きた。分かったからお前らは自分の絵を描いてろ。
(あと、基本的に人体と漫画っぽいイラストの上達についてな。芸術方面はもう理解の外だわ)
おれは絵が上手くなる方法について小学生か、おそくても中学生のころに知っておきたかった。
そしたら今よりもっともっと上手くなれたのに…って後悔しなくていいのにな。
だからこれは昔のおれに向かって書いてるようなもんだ。
前置きが長くなった。すまん。本題へもどる。
・たくさん描け
・実物を見ながら描け
・立体を意識しながら描け
絵が上手くなる方法なんて要はこの3つだ。その他の技法やらコツなんてあったらちょっと便利かなーくらいの気休めだ。知らなくてもたいして困らん。
これを1年続けたらびっくりするくらい絵が上手くなる。2年続けたら笑うくらい上達する。
一番大事なのはたくさん描くこと。
もう少し具体的に言っておくと「絵を描くのが楽しくてたまらない」っていう時期が、誰にでもある。
(逆に「絵を描くのが苦痛でたまらない」っていう時期もくる。これがこない奴のことを天才って呼ぶんだ)
この「絵を描くのが楽しくてたまらない」っていう時期を自覚したら、
とにかく描け。他の用事やら都合は出来る限りおしのけてひたすら描け。
この時期の伸びしろは他の時期に比べても圧倒的に効率がいい。というか画力の基礎はここで決まると思ってる。
受験生にとっての夏休みみたいなもんだから、もう全てに優先して描いておけ。
実物を見ながら描けってのはそのまんま。模写をたくさんしましょうってこと。
ちなみに優先度はこんな感じ。
習字だってとなりに上手い字を置いて模写するよな。で、小学校とかで習字ならってたやつはみんな字が上手い。絵も字も一緒だ。
いかにも漫画チックなイラストを描きたい場合は漫画を模写しろ。その場合の実物ってのは漫画絵のことだ。
模写するときに注意するのは「お手本と見分けつかないくらい丁寧に真似する」ってことだ。
雑なラフっぽく模写してもいいが、クリンナップして絵を仕上げるところまで模写すると経験値が段違いになる。
ドラクエでどんなにいい勝負しても、きっちりモンスターを倒しきらないと経験値が入らないような感じ。
何も見ないで描くのはあんまりお勧めしない。
経験値は入るには入るが、かけた時間に対しての実入りがあんまりよくない。
漫画とか模写しながら「俺ってすげー上手いな!」とか勘違いしておけ(でも勘違いだってことは絶対に忘れるな)
好きな角度だけじゃなくて、全身を色んな角度で模写することな。ネットを探せばいっぱい落ちてるわ。(著作権があるから練習用として割り切れ。自分が描いた絵ですとかいって公開はするな)
絵の上達は頭の中にリアルなイメージを蓄積していく作業なんで、トレスみたいに何も考えずに描ける方法は身につきにくいんだよ。
線をひく練習にはなるかもしれんが、それなら模写を丁寧にやったほうがいい。
立体を意識して描けってのはちょっと難しい。
やりやすいのはまず箱を描いて、その中に人なりモノなりを入れて描く方法だ。
よく電話中とかにサイコロみたいな立法形描いちゃうだろ? あれを横長にしたり縦長にしたりして、その中に人間の絵を描くんだよ。
そうするとだいぶ立体を意識しやすくなる。模写するときも箱を描いてからやるといい。
最初のうちは絶対ヘンになるけど、それは必要なことだ。
ヘンな絵を描いてるうちにだんだん分かってくる。だからヘンな絵をたくさん描け。ドラクエでスライム倒してると思ってな。
あと、骨と筋肉を理解して、意識しながら描くといい。だけど描き始めのころに意識する必要はないと思う。
(これは反論もあるかと思うが)
ていうか骨とか筋肉とかちょっと気持ち悪いよな。描き慣れてくると壁を越えるために意識するしかなくなるんだけど、
最初からまじめに頑張ろうとすると絵が嫌いになってしまうかもしれん。
あと、これを読んでるあんたが学生なら学校の写真を撮らせてもらっておけ。
ちゃんと先生に許可とってな。卒業してから同じ事やろうとすると許可ひとつ取ろうにも不審者扱いで鬼のようにハードル高いぞ。
所属してる学生で、漫研とか美術部に入ってたら話は通りやすい。カメラがなけりゃ親父か兄貴か親戚に借りろ。
卒業してからありがたみが分かる。むしろこれ一番大事なことかもしれん。
今いらねーよと思っても作っとけ。使わなくていいから。
職業的に作りにくくなる前に作っておくと後ですごく助かるから。
「私は絵の才能がないから…」とか言うひと結構いるけど。
あれみんな嘘だから信じるな。
言ってる本人も信じ込んでるけど、実際は才能なんて関係ないから安心していい。
絵の才能を問われるレベルってのはイラストレーターとか漫画家の中でも、更にごく少数の上位ランカーの話だよ。
何をどうやってもたどり着けないようなレベルな。
絵の才能うんぬんを理由に描かなくなった奴は、
たんに「べつにそれほど絵を描くのが好きじゃなかった」だけだ。
画才とかまったく関係ない。
ただ、そのまま正直に言うのもアレなんで才能がどうしたとか冗談っぽくしてるだけ。
後半、絵関係ないな。すまん。でも役に立つよ。
以上、わかったか昔のおれ。じゃあ今すぐに絵を描け。
あ・・・アクティブなのかなあ・・・・?自分ももがいているだけなのだと思う。省略しちゃったけど、この他しょーもないアクセサリー作りだのなんだので捨てるに捨てられないモノ(負の遺産)がゴロゴロ。
ちなみに、上記のうち心底習ってよかったと思うのは習字。払ったのは親だけど月謝も2500円位でまあお得。
もう少し早く習ってもよかったと思うのは料理。むしろその前に家庭でお手伝いしとけよって感じですけど。
習っておけばよかったな〜と後悔しているのは公文式かそろばん。典型的な算数のできない文系なので。大人のそろばん教室ってないのかな。。
子供時代はともかく社会人になってから加速していってる様子で、「何とかセーブしなきゃ金も体力も精神力も危ないぞ」、と思ってはいるのだが、酒やタバコのような中毒性があるのか、なかなか抜け出せないので困っている。ちなみに自分は酒もタバコも嗜まないのでわからないが、禁酒禁煙したいけどできない人というのはこういう気持ちなのかもしれない。
目的は、1モノ作りへの興味、2青春時代に一つの事(部活)しかしていなかったことの後悔、3友達作りってところ。
1はまあ、小さい頃から好きだった延長。ただし出来上がった作品(笑)を整理コレクション展示できるスペースはないから自重しなければ。
2の「部活しか〜」は、それはそれでいろいろな体験ができて意義あるものだとは思っているのだけれど、青春時代にできなかったことを焦って取り戻そうとしているような気がする。
特に大学時代にはサークル(とバイト)漬けで、勉学も励まず旅行もせず、さらに最後の3、4年生では就職活動が人並み以上に長くかかった(氷河期プラスα。自業自得だろうが、内定とるのに4年生の12月までかかった・・・卒論提出2週間前)ために、「単位もとれていちばん動きやすかった4年生の時に何もできなかった」という後悔の思いが強いのだと思う。もちろん学業や卒論に対する後悔も多少あるが、さすがにそこまで取り戻す精神力財力(再入学とか大学院云々)はないのを良い事に、潔くあきらめている。
3・・・これが意外と難しいことを実感している。自分の性格のせいもあるだろうが、以後、友達作りを習い事開始の口実にすることはできないなと思った。
以下にこれまでの遍歴を述べることとする。
<序章>
●習字
動機:父親そっくりの汚い字を見たせいなのかはわからないが、母の勧めで始める。たいしてやる気もなかったが特にさぼったりもせず。
結果:だいぶ上達した。学校の展覧会では良い賞をもらってさらに上の代表のようなものになったり。習字は辞めても字は毎日書くから、これが一番役立っている。行書はもうほぼ忘れてしまっている気がする。変体仮名とかは読み書きともに忘却の彼方に。
・受験を機に辞めたが、せっかくなので師範の資格取れるまでやっても(再開しても)よかったのではないかと時々思うこともある。通っていた教室が遠いので(実家近く)、もう習うつもりはない。
期間:小学校4年〜6年(週1回)
動機:近所の人から中古で譲ってもらった+友達のお母さんがピアノ教室をやっている関係で始める。
結果:ピアノの人に比べ、基礎練習をほとんどやっていないせいか、今では全く引けない(ピアノだとバイエルとかいうのをやるんでしょ?エレクトーンの人はなぜかそういう基礎をやらない教室だった)。ただし、他の人と比べて結構音感があることは子供心ながら判明した(それが絶対音感かは知らんが、聴音を間違えたことがない)
・中学〜大学時代までずっと部活で楽器をやっていたので、全くの無駄ではないかな・・・とは思う。いや思いたいだけか。
<第1章>
●陶芸(月2回、3カ月コース)
動機:前から興味があったが、サークルとバイトに明け暮れ習う余裕がなかった。卒業直前、大学とバイト先の近くに教室があることが判明したため3カ月お試しコースに申し込んだ。
結果:ひととおり皿とか小鉢とか作った。社会人になってすぐ一人暮らしだったので、自分で作った食器類は今でもだいぶ重宝している。
・先生や教室の雰囲気も楽しく、月1回からのコースもあり価格も良心的なので今でもやってみたいなとは思っているが、現在の自宅からも職場からも離れた立地と、一人暮らし用の食器類は十分あるので作っても活用できないかな、と思い継続は断念。
●絵画教室
・○ット○ッパー見て入会。教室の雰囲気にうっかり惹かれてしまった。
・絵を描くのは好きだがうまくなったかは不明。楽しかったけどもういいや。
期間:大学4年の3月いっぱい(週1回、全4回の講座)
動機:高校の書道の時間に篆刻をやって楽しかったのだが、満足いくものを作れなかったのを思い出して入会。駅前のカルチャースクール。
結果:4個ほど作成。しかし、おす機会、ないんだよね・・・。
・いろいろ作れたし、腱鞘炎気味なのでもういいや。
動機:本来は大学在学中にとるべき(?)はずだったが機会を逃していたため、卒業間際に慌てて通い始める。「マニュアルにあらずんば免許にあらず」という親の考え+MTとATの違いすらわからなかった自分=運転下手なくせにMTコースを選択。
結果:どうにかMT取得。しかしペーパードライバー。免許証使う機会は身分証明目的のみ。
・込み合う時期でなかなか予約がとれないうちに社会人になり、土日だけしか通えなかったためえらい時間がかかった。だがこれがきっかけで、「人は、土日だけでもコツコツ積み重ねれば結果が出せるんだ〜」と夢見る始まりになってしまったような。
<第2章>
動機:その気になれば大学時代に取れた資格なのだが、無知なため「学芸員」という存在すら知らず卒業間際に知ったが後の祭り。通信課程でもとれるらしいということを知り入学。
結果:自分は昔っから通信教育、自宅(自主)学習というものが全くできないタチだというのを忘れてた。自主学習のテキストやレポート類には全く手をつけていない。当然、資格は取れるわけがないまま学籍を更新し続けている。
・正直、資格をとったところで本気で目指しているわけで、そんな人に学芸員の就職口はまずあり得ないのだけれど。スクーリングだけは真面目に行くためスクーリング科目だけは優秀な成績で単位取得だが・・・。
●英会話
期間:社会人3年目7月〜今月上旬(始めは週2回、やがて週1回日曜午前に)
動機:一度は習ってみたかった。海外旅行のためと、ライブで好きなアーティストと話したいため。あと数年に1回海外出張当番があるため。
結果:資金不足と休息のため、更新の時期を機に、休止中。貯金ができたらまた行きたいと思っている。関係あるかわからんが、TOEICのスコアが100上がった。
・土日は無駄にゴロゴロしがちな自分にとって、日曜午前にしっかり起きる習慣にはなった。気分転換と頭の体操(ずいぶん高額な気分転換だなあオイ)。
期間:昨年4月〜現在(週1〜2回)
動機:仕事のストレスからお菓子を食べまくって太り始めた。同時期、上司や取引先の人が立て続けに健康を害して入院といったことが相次ぎ、「自分もこのままでは将来危ない」という思いから入会。
結果:過食が続いたためいったん太ってしまったのだが、危機感を覚えて最近は熱心に動くようになり、体重は戻りつつある。
・実はスポーツは苦手だったのだが、身体を動かしているときは仕事の事を考えないので気分がスッキリして良い。目標体重になったら辞めるつもりなのだが、そこまではなかなかたどりつけない。
●料理
動機:一人暮らしのくせに料理が苦手で、新しく友達作りもできるかな、と思い立って入ってみた。
結果:レパートリーは多少増えて知り合いはできたが友達は・・・。
・こういうのってみんな(最初から)友達同士で入るんだね・・・。
●華道
期間:1時間(体験レッスン)
動機:高校、大学時代の友人達が華道部に入っていたので興味があった。会社近くに教室があるのを知って体験に申し込む。
結果:楽しかった〜。写真撮った後は、お花を持ち帰らせてもらった。
・始めたいけれど、たとえ月1回でもこれ以上増やすのは無謀だと思い、踏みとどまった。
●ドイツ語
期間:これから(入門編3カ月のみ)
教育の目的が社会的ニーズに合わせた個人の形成にあるならば、小中学校で歴史、理科、国語を教える意味はまったくないだろうね。
まず歴史。アホの一つ覚えみたいに旧石器時代からネチネチとどうでもいい知識を詰め込んでいく。しかも小、中、高と重複も多い。近代史だけで十分だろ。そもそも現在の日本のあり方語る上で、聖徳太子とか小野妹子とかもう、どうでもいい(聖徳太子は最近教科書には載っていないらしいけど)。明治から現代までの歴史を、くだらない年号とか一切抜きにして、さっと流せば十分。半年もあれば浚える。それだったら大学の教養課程でやりゃーいい。
国語はいらん。ここ参照。http://d.hatena.ne.jp/filinion/20090214/1234584728
理科がいらないっていうのはわけがある。それは後で書く。
んで、空いた時間で何をするかっていうと、算数(数学)と英語をばっちりと教え込む。課程の全時間をそれに当てる。あー、体育、音楽はあってもいい。家庭科はいらん。あんな包丁の持ち方とかお裁縫とかは家で教えろ。そもそもミシンの使い方なんぞ大部分の人間にとって必要ない。総合学習は即刻廃止。うちの学校では「一輪車の乗り方」を教わったわけだけども、人生においてまったく何の役にも立っていない。習字もいらない。もう毛筆なんぞ日常的に使う人間はいない。ユーキャンのペン習字でもやらせておけ。コンピュータは数学の実習という形で触れさせる。フィルタリングなんぞ必要ない。
高校入学後は、これに加えて経済、理科(生物学中心)を英語で教え込む。現代の経済学、科学はほとんど西洋で作られたから、わざわざどこぞの教授が自分の研究室の大学院生に編集させたり、ろくな知識もない学歴だけ無駄に高い高校教師が作ったような教科書を読む必要性はない。教える内容も、基礎中の基礎で十分。日経新聞や、日系サイエンスを読んで、とりあえず8割くらいわかる、という程度でOK。
大学では最低1年、望ましいのは2年間ほど教養教育に当てる。ここで初めて各人の選択で、古文やりたいやつは古文やったり、旧石器時代を習いたいやつは習えばいい。哲学やろうが、地政学やろうが自由。それを通過して初めて専門課程に進ませればいい。
今の日本で高校進学率の高さは異常。中学校までの義務教育で、「とりあえず社会で労働者として生きていくのに必要な知識」を与えておいて、そこからはもっと人数を絞り込んでやっていけばいい。明治時代のエリート教育みたいに。たとえば東大の数学科だとしたら、定員は10人もいれば十分。それでも多いくらい。その10人に対して3倍の数の教員が質の高い教育を提供すればいい。大学での教養課程も、「やりたくなければやんなくていいよー。ただし国際社会で恥かくのは君だからねー」でいいじゃん。無理やり必要もない人間に「人間の安全保障」とか教えても意味がない。自己責任でやっていけばいい。
小学校の教員も、最低博士課程を出た人間じゃないとなれないようにする。進級をアメリカの大学並みに厳しくする。必要な知識を身につけていない子供は容赦なく留年させる。勿論能力によって厳密にクラス分け。子供が「数学なんてやっても意味ねー」と言い出したら、「そうだね。君の人生にとっては意味がないよね。義務教育終えたらそこらへんの工場で労働者として頑張ってね!」でいい。
関係ないけど、修士課程も廃止。日本の修士課程は世界の中でもかなり独特で無意味な制度。博士課程4年、の一本でいい(MBAは例外)。
反発が予想されるのは、「楽そうだから」「若い女の子と触れ合えるから」って理由で教職に就いた、理科、社会科、国語科(古文、漢文)、保健体育の教員からだけども、かれらも頑張って労働者として働いていただけばいい。本当に熱意があれば、大学の教養課程で、エリート対象に教えればいい。
こう思ったのは、昔塾で勉強を教えていたときに、あまりに無駄が多いと感じたから。小学生が花崗岩を見分ける能力、名称を覚えることがまったく無意味だ、とは言わないけれども、もっと他に大事なことはいくらでもあるはず。種子島鉄砲伝来と、キリスト教伝来、どっちが先だったか覚えるのは、もうまったく無意味。何の流れも関連性もないだろ。センター試験を見てみても、本当に無意味な問題が多い。
http://nyushi.yomiuri.co.jp/nyushi/center/09/1/exam/522/12.htm
って本当に、大事なことなの?
非モテSNSでやめておけばいいのに、メンヘルSNSだとかニート村SNSだとかいろいろ作ってるけどテーマ変えただけじゃん。
しかも他の人が作った量産型ニートSNSっていうのを2008/12/12にブックマークしてるけど、これを見て自分も作ってやろうって思ったのかな。
すでにあるのになんで作ったんだろうっていうサービスが多いと思ったら、いつも真似て作ってるだけなのか。
Webサービスを習字と勘違いしているのか、手本だけ変えて毎回作ってるだけじゃないか。
もうそんなSNSを乱発するのはやめて、えがちゃんSNS一個作ればいい話なのに。
そこに非モテとかメンヘルとかニート村コミュニティを作ったらどうなんだろう。
それでありふれたサービスばかり何個も作るのに時間をかけないで、誰も作ったのとのない独創性のあるサービスをじっくりと作ってほしい。
どうせ次はベーコンの代わりに、えがちゃんの顔でもサイトに張り付けるサービスでも考えてるんだろう。
ところでニート村SNSは利用規約準備中ってどういうことなんだ。普通公開する前に作るだろ。
これはユーザにどういう風に利用してほしいかビジョンがないって事でしょ。
ユーザが増えてどういう風に利用しているかが分かってから、それに合わせて規約を作るつもりなのか。
そして「こういう目的で作りました。」っていうのも、ユーザの様子をうかがってから後だしジャンケンのように発表するんだろうな。
ユーザが利用している様子を想像しながらサービスを作れば、いまの数打ちゃ当たるっていう方法は無駄ばかりだと気付くと思うんだけど。
そして名前ばかり売る事を考えないで、普段みんなが何気なく利用しているものが実はえがちゃんの作ったサービスでしたっていう感じの方が俺はかっこいいと思うよ。
昔から母親に「手に職を持ちなさい」って言われてきた。
おおむねこんな感じの論調。
昔からお口サワーに言われてきていながら、特技とか資格の欄に書けるものが一切無い。英検どころかそろばんも習字も経験したことが無い。ついでに言うと学歴も無い。大学入ったけど、いい年こいて登校拒否(というか過度の遅刻)起こして中退した。
しかしまあ考えれば考えるほど私に何ができるんだろうって、いやできないだろうって思いに至って、何もしない。何もできない。正直その手のやつって試験会場に時間通りに行けるかどうかすら怪しい。
指定の場所に指定した時間通りに行けるならむしろ病院通いたい。歯科と眼科と耳鼻科と精神科。おうちで黙って暮らしてる分には、もしくはお客さんとしてふらふらどっか行く分には問題なく過ごせてるけど、もし社会に出て働くことになったら治しとかなきゃまずい。
精神科に行って馬鹿が治るかどうかがよく分からないんだけど、最近は馬鹿につける薬も馬鹿のタイプによっては存在するらしいから、駄目元でぶち当たってみたい。ちゃんと任意のどこかに時間通りに行けるようになったらって夢物語だけれども。
昔は精神科ってひどく精神を病んでる人が行くもんだと思ってたけど、よく考えたらそんな人が指定した時間に電車がたんごとん乗り継いでちゃんと到着できる率は低いように思えてきた。自分が普段はこんなお気楽精神なのにひとりで歯医者にも通えないんだから、っていう、母親と同じ「私がそうだったから」メソッドによるものなんだけど、実際のとこは知らない。
登校拒否中に、大きな病院の精神神経科ってのに通ってた。通ってたというか、奇跡的に通えてた。あれどうやって通ってたのか今となっては謎。自転車で行ける距離だったのと、あと指定時間に行っても三十分~一時間は待つのが常だったから、そこら辺がでかかったのかもしれない。
ついでに言うと、何故自分がそこに通ってるかって理由もついぞ分からなかった。通い始めは母親と友達の勧めからだったんだけど、継続した通院が必要な理由が分からなかった。病名無かったのか、単に秘密にしていたのかも分からない。話をしてた先生がお医者さんだったのかどうかすらいまいち分からない。一度だけお薬処方してもらった覚えがあるからおそらくお医者さんだったんだろうけど、他は何か話するだけで、お会計千円札と小銭って通院っぷりだった。
その病院は別の事情で通えなくなったんだけど、もしあのノリでまたどこかに通えるならもっかい通って、今度は自分がどんなタイプの馬鹿かはっきり聞いときたいと思った。つける薬の無い馬鹿ならあきらめもつく。
そろそろ手に職の話に戻る。親元離れてしばらく経って、母親から資格取る勉強してるってメールが来た。その後鬱っぽくなってたらしくてしばらく音信不通状態になってた。こちらからメール出さないから後から知った話だけれども。それ以後手に職の話をされてない。多分何かしら母親にイベントが起こって、新しい「私がそうだから」で上書きされて、手に職神話が消えたんだと思う。
でも未だに自分の中で手に職持ってないことへの焦りがある。傍から見ると全く焦ってないように見えるだろうけど焦りがある。現状そんな無理しない方がスムーズに生きていけるんだけど、呪縛が解けない。
非生産的な方向に思いを巡らせながら増田にぽちぽち文字打って、やたら赤い朝日を眺めて、そろそろ洗濯してごみ出して寝ようかなーとか考えて、考えるだけの、のらくら日記。トータルではほのかにポジティヴ。
http://sankei.jp.msn.com/life/education/081026/edc0810262325003-n1.htm
一般論には成り得ませんが、ひとつの例として私の出身小学校を挙げますと
私の地元のように一学年の児童数が一学級で済んでしまうような学校で、農家が多く、教育に熱心ではないというか勉強は学校に任せておこう、わざわざ遠い私立中学を積極的に選ぼうとしない、という家庭が比較的多い中で、子供の移動手段である歩き・自転車で通える範囲内に学習塾・進学塾などなく、あったとしてもお寺での習字やソロバン教室、手の空いた主婦の方たちによる簡単な習い事しかないような地域が主体の学区と、
逆に何とかニュータウンか何かの再開発で新興住宅地が並び、入居する人が多く、スーパーや塾も近場にあり、経済的な余裕があり、親の教育に対する関心も高く、私立中学の情報や機運を得やすい、そして児童数も多い地域が主体の学区とでは、
高々学力テストの点数のみのランク付けだけで学校・教師・教育方針の良し悪しが判断できるんでしょうか。できるという方がいるんでしたら教えてもらいたいです。
サンプル数が少なければ年度ごとに安定しない結果になるでしょうし、教員自体も5-6年経てば他の学校へ転任してしまう制度だから年度ごとに一喜一憂しても意味がないと思うんですが。
仮に私の地元が学力が低い学区だと判明しても、上記のような地区ですから、さもありなんと、納得はできるのですが、それを故にして学校の教育方針が悪い、結果の出せない学校だと判断して、予算を減らされたり教育後進校とするのは首を傾げます。
はてさて、親の意識を高められない教師は指導力不足なのか、意識の高い親に評価されるから良い先生なのか……
まあ、中学校ともなれば、複数の地域が同じ中学校に進むから平均化されたり、影響を与え合ったり、高校受験もあるからして塾に行かせる所も増えたりとテストの点数だけじゃ計れなそうな要素がてんこ盛りになりますねぇ。
学力のランクのみに振り回されるよりも学区の特色やら学校の方針やらがどのように作用してるのかを地道に検証する方がいいのでは思ったりします。