はてなキーワード: 突き出しとは
翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。
彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである。
村上的ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツをアイロンがけしている、など)が
突然非日常(不思議な電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。
言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、
たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。
村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界のあいだで翻訳をしている。
言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ。
村上の車の後部座席に戻ろう。
多くの企業の本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。
およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。
木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。
靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。
自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。
同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。
(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)
オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。
山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。
室内のもう一つの棚には村上の人生と作品にまつわる思い出の品々がある。
彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニー・ウォーカーを描いたマグカップ。
はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真(1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。
壁にはレイモンド・カーヴァーの写真、グレン・グードのポスター、ジャズの巨匠の肖像がいくつか。
村上がもっとも好きなミュージシャン、テノールサキソフォンのスタン・ゲッツの写真もある。
私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。
『1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である。
それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。
同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。
村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。
「オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」
彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。
「シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから、日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」
「シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。
彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。
「The Many Sides of Gene Pitney」。
カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカのクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。
村上は13歳の時、このレコードを神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。
針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初のヒット曲「Town Without Pity」。
劇的な、ホルンの即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。
「若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」
終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。
『1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。
彼は読み直したといい、それは退屈だったという。
(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)
「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマック・マッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間が人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」
『1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」
「オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。
「ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分は政治好きな人間だと思うけれど、政治的メッセージを誰かに向けることはない。」
とはいえ村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治的メッセージを大々的に言明している。
2009年、批判のなか彼はイスラエルでエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルとパレスチナについて語った。
この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本の原子力行政を批判した。
一度目はまったくの被害者としてだったが。
バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。
「市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」
演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。
人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。
「これは日本にとって転機になると、日本人のほとんどが考えていると思う」
「悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格と目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」
その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国をモデルケースとして見ているのか、と尋ねた。
「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」
地下鉄サリン事件、阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。
地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。
彼は深さのメタファーを多用することで知られる。
登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。
(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。
毎日机に向かい、集中力に満たされたトランス状態の中で、村上は村上的キャラクターになる。
それは、自らの無意識の洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である。
「僕は東京に住んでいる。ニューヨークやロサンジェルスやロンドンやパリのように文明的といっていい世界だ。
魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。
魔法的リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。
書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」
執筆しないとき、自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。
彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。
彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。
人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。
実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。
1995年サリンガス事件があったとき、村上は被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、
その結果を分厚い2冊組の本として出版した。
のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語に翻訳された。
この会話が終わったとき、村上はランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日のランニングを通して学んだ」と彼は書いている)
身軽で、安定していて、実践的だ。
たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上は自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。
それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。
そんな言い方をした理由はすぐに分かった。
というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。
もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、
地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。
道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。
そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。
上へ、上へ、上へ。
しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。
海ははるか下に見えた。
それは秘められた巨大な水世界、日本とアメリカのあいだの、人が住まない世界だ。
その日見たかぎり、水面は静かだった。
そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。
大通りのサーフショップ、漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。
空気は湿っていて塩のにおいがした。
私たちは並んで浜まで走った。
村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。
セミについても話をした。
何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。
走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂のエアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。
最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。
が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。
飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。
最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。
見たことがないほど変な蝶だった。
浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、
私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。
それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。
蝶が去ってまもなく、村上は階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。
見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分のボトルから水を飲み、私を見上げて言った。
「日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」
要約すると「満員の急行電車内で男に触られ、捕まえて駅員に突き出してやろうと思ったが、腕を振り払われて逃げられた」とのこと。
彼は1年弱前、「一部の痴漢のせいで全ての男性が痴漢予備軍扱いされ、両手を上げる"自衛"を強要されたり、女性専用車両を作られて排除されたりするのは不当」といった主張をしていた。
しかし今、彼の感情は「ホモ痴漢きめぇ」ではなく「ホモきめぇ」といった言葉で表されている。
痴漢でないゲイの人々が、何もしていないのに巻き添えをくらっている。
痴漢された女が「痴漢男きもい」ではなく「男きもい」となって、女性専用車両に乗りたがるのと似た状況が生まれてしまっているというか。
「被害者」になると、警戒する対象の集団を大きく設定してしまう傾向があるのだろうか。
私も本屋で痴漢されて店を出たあと、10分間くらい付きまとわれた経験がある。痴漢にずっと付けられていたことに気付いた瞬間の衝撃といったら無かった。
それ以来、しばらくの間、父と弟以外の全男性が怖かった。
大半の男性が痴漢ではないことは分かっているのだけれど、それで恐怖感や嫌悪感がなくなるものではなかった。
ちなみに今は平気。時間が解決してくれた。
ここのところ急に。
いったい何なんだろうこれは。
別にデブに恨みがあるわけでもないし、健康状態や生活や仕事も良好。
突然なんの脈絡も無くデブへのイラつきがインストールされた感じ。
街などでデブが近い距離で視界に入るとイラーッ!っとしてしまう。
不様に突き出した腹、みっともなく横に広がる尻。
もともとデブには寛容、というか何も感じないほうだった。
子供の頃から、デブがいじられたり馬鹿にされたりしてるの見てもよく理解できなかった。
今はデブを見た瞬間「怠惰」「だらしない」「図々しい」のような価値判断がパーン!と頭に入ってきて
目の前の見知らぬデブにすごい迷惑をかけられたような気持ちになっている。ヤバい。
デブをやたら嫌う人がたまにいて理解できなかったけど
急に理解できるようになってしまった。
なんでデブなのにそんなアホみたいな量の昼食を買い込んでんだよ。
この宇宙人に突然注入されたような、特定対象限定の説明不能のイラつき・怒りと言うのは何なんだろうか。
あーデブ全員死なねーかなー…
「あっかわいい女子中学生がいるっ!ハアハアハアハア・・・かわいいなぁ・・かわいいなぁぁ~~ハアハア・・・中学一年生の13歳くらいかなぁ・・かわいいなぁハァハァハァハァ・・肌がぴちぴちしててたまらないなぁハアハア・・女子中学生の髪の毛の匂い、嗅ぎたいなぁ・・ハアハア・・どんな匂いがするんだろうなぁ・・甘い匂いがするのかも!?フヒヒヒヒッ髪の毛ぺろぺろ舐めたいなあ舐めたいなあ舐めたいなあああああああぺろぺろぺろぺろぺろぺろっ!ハアハアハアハアッ!13歳の若々しい女子中学生とキス、したいなぁぁ女子中学生のお尻、触りたいなぁきっと柔らかいお尻なんだろうなぁお兄ちゃんのおちんちん、柔らかいお尻にこすりつけたいなぁ・・ペニスが勃起してきちゃったよぅ・・・フヒヒヒヒッあぁぁもう我慢できないようおちんちんのさきっぽから我慢汁が出てきて亀頭さんが濡れてきちゃったよぅ・・ハアハア・・・13歳のおっぱい舐めたいなぁ・・ピンク色の乳首、ぺろぺろぺろぺろ舐めたいなぁ・・・ハアハア・・・舐めるよ・・・ぺろぺろぺろぺろぺろっ!・・・・ハアハアハア・・・おいしいなぁおいしいなぁ・・・・お嬢ちゃんのちくび、おいしいなぁ・・・・お兄ちゃんのよだれでおっぱいベトベトになっちゃたね・・・・ハアハア・・・ねえ・・お兄ちゃんのウインナー、舐めてみたい?え?舐めたくない?なんで~お兄ちゃんのウインナーとっても美味しいよ?可愛いお口にウインナー突っ込んであげるからね・・・可愛い唇だなぁ唇舐めたいなぁ・・くちびる舐めちゃおっと・・・チュッ・・・唇ぺろぺろっお嬢ちゃんの唇、甘い味がするぅぅ・・たまんねえなぁハアハア・・・じゃあ今からペニスしゃぶしゃぶするんだよ?ほ~ら・・こんなにかたくなっちゃった・・・ずぽっ・・・あぁぁっ・・・お口の中も柔らかいんだねぇっ・・ずぽっ・・・ずぽっ・・・・ハアハアハアハア・・・・お嬢ちゃんのお口の中たまらなぃなぁ・・・君みたいなぴちぴちのお肌のかわいらしいお顔した女の子がお兄ちゃんのおちんちん舐めてるなんて・・ねえ、精液出していい?ねえ?お口の中にザーメンだすよ?え?嫌だって?じゃあ・・・君のおまんこの中に出してあげるね・・・・お兄ちゃんのギンギンにかたくなったペニス、お嬢ちゃんのおまたに挿入してあげるからねっ・・いい?13歳なんだからおまたにおちんちん入るよね?いれちゃうよ?最初だけちょっと痛いけど我慢してね?・・・いれるよ・・・ぬぷっぬぷぷっ・・・・・・ああぁぁたまんねえ!膣の中柔らかいなぁ・・・ハアハアハアハア・・・お嬢ちゃんの膣の中でペニス出し入れしてあげるからねっ・・・ずぷっ・・・ぬぷっ・・・はあはあ・・・おまんこの膣壁があったかくて柔らかくって・・・お兄ちゃんのペニスがすっげえ快感だよ・・・さぁ今度は後ろ向いてごらん・・・小さくて可愛いお尻突き出してごらん・・・バックからおまんこにいれてあげるっ・・・ずぷっ・・・あぁぁ・・お嬢ちゃんのおまんこ柔らかいなぁ・・ぬぷっ・・・ぬぷっ・・・腰振るたびにお尻の柔らかさもぷにぷに伝わってきてすっごく気持ちいいよっ・・・ハアハアッ・・・ずぷっ・・・ずぷっ・・・あぁぁっ・・・精液が出そうだよっ・・・あぁぁっ・・気持ちいいっ!・・・でるっ!・・・どぴゅっ!・・・・・はぁはぁ・・・いっぱい精液出たよ・・・お嬢ちゃんの柔らかい膣の中に精液がいっぱいでたよ・・・・・」
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少し前まで、日々震災情報や原発情報を読んでは鬱々としていました。特に原発関連はつい気になってしまい必要以上に情報を追ってしまった感があります。東北地方では何万人も亡くなっているというのに、原発や電力の話ばかりに気を取られている己の卑小さに、ただ恥じ入るばかりです。そろそろ気持ちの整理をつけて自分の胸中に溜め込んだモヤモヤを成仏させるために駄文を書き連ねることにしました。
***
放射性物質について。
放射性物質が汚染したものは何だったのでしょうか。今後の影響も考えると、物理的な汚染もさることながら風評被害の問題のほうが大きいような印象さえ抱いています。
少し観念的な話なのですが・・・。人は主観的な世界に生きており、その外に出ることは出来ません。真に客観的な世界などというのは存在しないのです。「私」が住んでいる世界は「私」の脳によって理解されているのですから、「私」の外の世界は実は「私」の脳の中に入っているのです。「私」と「あなた」は別の世界に住んでいます。
放射性物質が汚染したのは空気や水や土壌だけではありません。むしろ、人の脳に形成された主観的な世界を汚染したと感じています。呪いや憑き物と同じです。放射性物質は「情報」を媒介して飛散し、人の脳に入り込んだのです。そういう意味で、「放射能」というよりも「放射脳」と呼ぶべきかもしれません。
卑近な例えで適切か分かりませんが、放射能はゴキブリみたいなものではないでしょうか。たいていの人はゴキブリに対して大なり小なり嫌悪感を抱いています。実害以上の嫌悪感を抱いているように思います。そういう嫌悪感に対して、「ゴキブリが発見された状況から推察して今夜の夕飯に使う食材を這い回った可能性は0.1%以下である」という専門家の意見が嫌悪感解消に役立つものでしょうか。ゴキブリが生理的に受け付けない人はこう言うでしょう。「そういう問題じゃない」と。
ゴキブリが出たレストランは評判が落ちるでしょう。例えゴキブリが食材の上を這いまわったわけではないと説明されても、もう二度と行きたくないと思う人は一定数いるでしょう。それを風評被害と呼ぶ人はいない気がします。
放射能がゴキブリのような嫌悪感を抱かせるものであるということは、事実として受け入れるしかありません。ゴキブリを必要以上に嫌悪するヤツは馬鹿だと罵ったところでレストランに客は戻ってこないと思うのです。こういった人々の嫌悪感というものを事実としてまず受け入れるところから、いわゆる「風評被害」対策の第一歩が始まるのかもしれません。・・・と思ったところで具体策など思いつくはずもなく、ただただ心を痛めるしかできない自分に無力感を感じます。
***
「安心」や「信頼」について。
原発に対して安心していることと信頼することは全く異なる心理状態だと私は思います。安心とは、そもそも危険性に対して無関心であるということです。安全なのか危険なのか考えてもいない状態です。対して信頼するということは、危険性に対する情報を咀嚼した上で大丈夫であると判断する積極的な行為です。つまり、人の抱く心理状態は次の3つに分類されるのではないでしょうか:1.安心している、2.不安だが信頼している、3.不安でかつ不信感も抱いている。
もう私たちは安心することは出来なくなりました。つまり原発の危険性に対して無関心でいることは出来なくなりました。国や電力会社は逆立ちしたって市民を安心させることはもう出来ません。どんなに頑張ったところで、不安は拭えないが信頼してもらう、という状態を目指すことしか出来ません。
しかし、しばしば「不安を煽る」情報を隠蔽することによって市民を「安心させ」ようとする動きが見受けられます。これは悪手であると私は思います。安心するどころか、信頼を失う一方だと考えます。情報隠蔽は不信を煽ります。
原発の近くに住まう全ての住民は不安であり、かつ不信感を抱いていることと思います。しかし、原発を巡る議論がどんな結論に行き着くにせよ、今日本中で稼動している原発を即時運転停止することは非現実的だと思います。せめて信頼を回復するような真摯な動きが出てくることを祈ります。
***
原発というのは、なんだか妖しい魅力を備えているような気がします。
原発は「科学技術」の結晶というイメージがあるように思います。私は科学と技術はまるで異なるものだと思っていますから、これを合成した科学技術という言葉も実に変だと思います。しかし何故だか、原発に対するイメージは「科学技術」という変な言葉の持つイメージとダブるのです。
原発が利用している核反応は、サイエンスとしてはとうの昔に終わった分野であろうと思います。私には物理学の知識はありませんから実際どうなのか知りませんが、実際に現象が発電所に応用される段階まで来ているわけですから既にエンジニアリングのフェーズに入っているわけで、サイエンスとしては既に終わっているのだろうと予想しています。しかしながら核反応というのは日常生活で触れる現象ではないだけに、サイエンスの側面から関心を抱く人が一定数いると見受けられます。
しかし原発は間違いなくエンジニアリングの観点で検証されるべきものです。例えば以前もんじゅが起こした事故では、冷却管に突き出した温度計が疲労破壊で破損しました。これを聞いて工学部を出た者なら誰もが思い当たるのがカルマン渦です。しかし、カルマン渦なら流れの方向に対して垂直な方向に振動するはずですが、疲労破壊の破断面の観察からは流れと同じ方向に振動していたことが指摘されています。そして、流体力学の観点からもレイノルズ数など特定の条件下では縦方向に振動する場合があることが分かっています。(←記憶があやふやで自信がありませんが、ググッたら同様の内容が見つかったので多分間違ってないと思います。)つまりこの事故は、材料力学と振動工学と流体力学の3つが関係した容易ならざる現象であったことになります。このようにエンジニアリングの問題とは複数の分野が高度に絡み合ったものとなります。
エンジニアリングでは、こういった問題をひとつひとつ潰していく地道な努力が求められます。科学的に見て原理的に可能だから出来るというものではありません。タコマ橋やコメットの連続墜落事故などの事例からも分かるように、数々の失敗を繰り返さないと設計というのは成熟しないのだと思います。非破壊検査なども必要でしょうし、地味で泥臭くて厄介なエンジニアリング上の問題というのは必ずあるものと予想しています。
にもかかわらず、経済や金融の人が原理となるサイエンスを少しかじっただけで専門家であるような言動を繰り返していることに、違和感を感じずにはいられません。原子力発電というのは、どうも科学的な原理を理解しただけで全体を理解したような錯覚に陥る、妖しい魅力があるのかもしれません。その妖しい魅力が国家予算も惹きつけてきたのではないかと邪推もしてしまいます。なんとも不思議に私には感じられます。
***
「人災」について。
東京電力や保安院には苛立ちを感じていました。ふと気づいたのですが、あれは「私」の姿だったのかもしれません。私は彼らの会見を通じて私自身を見せられ、苛立っていたのかもしれません。そんな思いが頭をよぎりました。
彼らは発電所やそこで起きている「事象」についてよく理解しているようには見えませんでした。突然の事故に慌てふためき、パニックになり、右往左往して要領を得ない報告を繰り返していました。危機対応の訓練や準備が出来ていたようには到底思えません。どうせ事故は起きないだろうとタカをくくっていたことが透けて見えます。
そして、それはそのまま私自身に跳ね返ってくるのです。私は原子力発電について何も知りませんでした。朧気ながら東京はリスクを地方に押し付けているらしいとは知っていましたが、結局のところ電気なんてスイッチを入れれば点くものという程度の認識しかありませんでした。事故が起こって初めて実態を知り、事の深刻さに絶句し、国や東電を罵ることで自身の罪を免れようと必死なのです。
彼らはごく普通の人間だと思います。平均的な人間と比べて著しく能力が劣る人たちではありません。著しく欲深い人間でも、著しく悪い人間でもないように思います。陰謀論のような話で総括しようとすると、問題の焦点を掴み損ねるような気がしています。むしろ、ごく普通の、ごく平均的に善良でごく平均的に俗悪な人達が引き起こした結果であるように思います。
今問われているのは、原発の「技術」ではないように思います。原発の「運用」であり、それを担う人間です。原発の設計が問題なのではないのです。原発を運用する人間組織の設計が問題だと思うのです。
原発は技術的に安全だから安全、という主張はあまりにも人間というものを知らなすぎると思います。私が生きてきたたかだか三十数年の間にも、技術的に安全なものが幾つも事故を起こしてきました。電車、エレベータ、回転扉、ジェットコースター、と枚挙に暇がありません。そのたびにマスコミが組織の腐敗を暴き立て、私たち市民はそれを糾弾して溜飲を下げ、そして忘れていきました。これと同じことが東京電力や原発問題でも繰り返されるのでしょうか。それとも今度こそ私たちは歴史に学ぶことが出来るのでしょうか。
地震や津波は天災だが原発事故は人災だ、という意見をあちこちで見ました。確かにそうかもしれません。しかし人災だからといって犯人探しをして糾弾して終わりでは、同じ過ちを繰り返すことになるでしょう。責任者個人の人格や属性に原因を求めると今後の対応を誤ります。地球を裁判にかけても地震は無くならないように、責任者個人を糾弾したところで今後の人災防止にはつながらないと思うのです。それよりも人間という生き物の行動パターンや組織の力学などを冷静に分析し、この再発を防ぐような運用体制を設計するべきではないでしょうか。
例えば、原子炉は仮に圧力容器が破損したとしても格納容器で放射性物質の漏洩を防ぐという設計になっていました。運営組織も同様に考えて、電力会社の運営が機能不全に陥った場合に備えて、有事の際には別の組織が指揮系統を引き継ぐような仕組みを予め用意しておく案はどうでしょうか。そもそも平常業務と危機対応では求められるスキルが全く異なるように思えますので、有事の際に別の指揮系統を用意しておくのが合理的に感じます。
また、電力会社は民間企業で営利団体ですから、安全対策にコストを掛けることにインセンティブが働きにくいという問題があります。ですので、電気代の一部(数%?)を「原発管理費」のような項目で積み立てるという案はどうでしょうか。マンションの管理費と似たような扱いです。地域住民もその管理費の用途の決定に参加できる仕組みとし、使途明細は公表を義務付ける必要があります。
情報開示の点では、モニタリングポストやそれに準ずる測定器をもっと設置するべきと思いました。情報の透明性を確保するためにモニタリングポストは電力会社とは別の団体(例えば地域住民が構成する団体)で管理されるものとし、常に現在の測定値をリアルタイムでウェブに掲載するような仕組みが必要なのではないでしょうか。
原子力安全・保安院が経産省の管轄にあることも疑問です。経済と産業の発展を目的とする経産省は、安全を監視する役割にはそぐわないように思います。そもそも原発を推進している経産省が安全管理も行うというのは、アクセルとブレーキを同じ組織がやっていることになるわけで、無理があるように思えます。例えば災害対策を専門に扱う省庁を一つ設けて、そこが原子力の安全性を監視するのはどうでしょうか。災害時は各省庁に横断的な指揮系統が求められますから、そういった役割を果たす省庁があるほうが危機管理もスムーズではないかと思います。
以上は所詮ド素人の浅知恵に過ぎません。プロが見れば馬鹿馬鹿しいと一笑に付すような考えかもしれません。あるいは、とうの昔に指摘されていることなのかもしれません。とにかく私が思うのは、今後の議論を技術的な設計に終始するのではなく、あるいは原発賛成と反対で二極に分かれて不毛な争いを繰り返すのではなく、こういった運営体制も大いに議論し改善していく必要があるのではないかということです。原発の推進派と反対派がいたずらに衝突し疲弊するのではなく、こういった建設的な議論が行われていくことを切に願っています。
本日、京都府警川端警察署に勾留されている京大受験生に寄せ書きを届けてきました。私たちは今回の件に関する京都大学および京都府警の対応に大きな憤りを感じている学生など有志であり、彼の一刻も早い釈放を願うものです。
氏名が分からなかったのですが、差し入れはすんなりできました。以下の寄せ書きのほかに、救援ノート http://qc.sanpal.co.jp/kyuennote/、ONE PIECE総集編(分厚いやつ)、山の本三冊を差し入れました。一人につき三冊まで入れられるとのことです(一日二件まで)。
★どうしてそこまでされなければならないのか。みんな君へのひどい扱いを怒ってるぞ!がんばれ!!
★あなたは悪くない。カンニングの対処ぐらいで警察にたよる大学がなさけない。逮捕されて不安だろうけど、がんばれ。(今年で大学を卒業した学生より)
★aicezuki君へ。「カンニング」行為そのものより、なりふりかまわず警察にチクってあなたを逮捕させた京大当局のほうが何兆倍もひどいと私は思っています。人間を選別し、競争にかりたてる大学受験制度にそこまでして守るべき価値などない。大学は本来、あらゆる人々に開かれた場所であるべきなのに。いまはほんと、しんどいと思うけど、体に気をつけてね。こたえたくないこと、イヤだと思うことには、いっさい答えなくていいから。外に出れたら、どこかで会おう!(京都大学の一大学院生より)
★私は、あなたへ何と呼びかけていいのか分からないけれど。ネット上の名前で呼びかけるのも不思議な感じがしてしまうので、やめておきます。周りが何と言おうと、誰が何と言おうと、あなたのしたことは、警察におわれたり、捕まったりするようなものではないと思います。それはただ単に、大学(京都大学も含めて)のあり方、というものが変わってしまって、あなたがその分かりやすい“みせしめ”にされてしまっていた、しまっている、という話だと思います。あなたのしたことのいい悪いではなくて、マスコミがどれだけ取り上げたとかであなたの取り扱い方が変わっているというのが本当におかしいと思う。苦しいかもしれないけど、あなたのやったこと、されたことにたいしてどこかで何かを感じる人は絶対にいる。私もその一人です。あなたは一人じゃないです。昨日、読売テレビに取材を受けそうになりました。私個人が映像、写真が好きでないのと、テレビが放映されるかもしれないことを考えて断ってしまいましたが。本当は、「この逮捕は不当であり、大学内で処理すべき」と言ってやりたかった。言えなかったのは私の意志の無さですが、そういう人もいる。必ずいる。メディアが流すのは「真実」ではないし、あなたに告げられる全てが「真実」ではない。今はこの文章を書くくらいしかできませんが・・・。
★京都はとっても良いとこ、みんなあったかい人ばっかりやで!警察の言ってることなんて気にしたらダメだよ!!ずっと応援してます。
★警察の、意地の悪いおっちゃんの、言うことなんか聞かんでもええんやから、いくらおどされようとも、自分の言いたくないことは、言わんかったらええんやで。「世間をこんなに騒がせて・・・」なんて、説教をたれてくる、意地の悪い警察のおっちゃんは、絶対におるやろうけど、聞かんかったらええんやから。まあ、なんぼ僕らが励まそうとも、あなたが、しんどいのとかは変わらへんかもしれへんけど、少なくとも、あなたのやった行いを、別にええやん、と、特に特別視することも問題視することもせずにいる人は、いっぱいいるし、僕もその一人です。「頑張れ!」としか言えないんだけども・・・。ほんま、マスコミとか警察、そして大学当局が馬鹿みたいに騒いでるけど、気にせんかったら、いいからな、頑張れ!
★試験会場でも勾留されている今も孤独(コドク)と感じているかもしれませんがこのノートにあるように、あなたはコドクじゃありませんよ。テストでわからないことがあって、人にきくことが、なぜ犯罪になるのか。人は一人で生きているものではないよ。わからないときは、人に聞いてもよいというメッセージをあなたは広めたと思います。(京都で楽しい生活を送った大阪に住む人より)
★警察に受験生を突き出した京都大学を、許さない。カンニングでタイホされるなんて、絶対おかしい。私のまわりの人もみんな言ってます。どうか、こんなことに負けないでほしい。大学受験をあきらめないでほしい。メンツを保つのに必死な大学、ネタに飢えてるだけのマスコミ、絶対に許さない。がんばれ!まけるな!あなたは悪くない。犯罪者扱いしてるヤツらは許さない。(3浪京大生より)
★あなたは英雄です。英雄は試験に直面したり、大変の無理解に苦しむものです。あなたが切り開いた可能性は大きい。そして歴史は、京大や警察ではなくあなたの側にあります。それぞれの現場で、これからも共にがんばりましょう。
★ひどいめにあったね。とうきょうにくることがあればあそびにきてください。
★カンニング程度で被害届とは狂気の沙汰。思い悩むこともあるかもしれんが、完全に大学側がアホなのでくじけないように。寒いと思うけどガンバレ。応援してます。(企業奴隷より)
★カンニング自体は許される行為ではないと考えますが,それが偽計業務妨害罪などという罪に当たるか自体がかなり議論のあるような状態で,東北から遠く京都まで身柄を引っ張って来て,逮捕勾留という強制的な身体拘束をすることが正当とは思えません。既に全国的に過剰な報道がなされており,また,警察による意図的な取調べがなされることにより,真実がねじ曲げられる懸念もあります。一刻も早く,逮捕勾留された少年の身柄が解放されることを望んでおります。
★たった一人の若者の反乱と攪乱に、権威と権力を持つ大学と警察とメディアが自らのナルシシズムを省みることなく引き起こした大騒乱が、現今の社会の醜悪な権威と権力の腐乱したカリカチュアでしかないなら、責めを負うべきは受験生という若者一人ではとうてい有り得ないというべきだろう。問われているのは責任でも罪状でもましてや良心などという道徳や倫理でもなく、むしろシステム維持と面子に執心する権威主義と保守主義の排外的で抑圧的な浅ましさではないだろうか。必要なのは血塗られた犠牲の羊という現在ではなく沈着さと思慮のもたらす未来への投企の力ではないだろうか。もしその力が意に反し貧困でしかないのなら、いまわたしたちの為すべきことはただひとつであるはずだろう。
★京大生でも今回のタイホはおかしいと思ってる人はいます。私も今回のタイホはおかしいと思います。吉田寮から応援してます。
★ぼくはカタブツなので、試験中の不正行為はいかなる事情があろうとも決して許容すべきではないと考えています。今回あなたが犯した行為は、多くのマジメな受験生に対して侮辱であり・・・ということを改めて書くつもりはありません。あなたが反省してさえいれば、これ以上の罰は不要です。(農学部3回)
★aicezukiさんへ。「カンニング不可」なんて学校が決めたこと。それが罪に問われるなんて「明らかに不当」である。君は不当に逮捕されているのだ。それを決して忘れないでほしい。警察に洗脳されることなく、自分が罪を犯していないことを絶えず考えていてほしい。(京大生、文学部生より)
★別に、そんなに騒ぐほど悪いことしてないよね。(元京大生)
★苦しかった受験勉強の上で受けた受験のプレッシャー、とても辛かったと思います。あなたがしたことは他の受験生から見たら非難するべきものであるかもしれませんが、このようなことが起きても、私は不思議だとは思いません。それを、京都大学との話し合いもなしに警察に引き渡すということは、やりすぎなのでは、と思います。頑張って下さい。応援してます。(京大理学部生より)
★aicezuki様へ
これ以外にあなたの呼び方を知らないので、便宜上こう呼ばせていただきます。もはや、あなたにとってこの名前は思い出すのも辛いものなのでしょうが。しかし、この後でも触れますがあなたのやったことは、世の中が騒ぐほどには、そんなには悪くは無いのですよ。だから、この名前をみたからといって、あるいはテレビをつけて大人たちがしたり顔でこの名前を呼んで非難していても、あまりへこんだりしないでください。
私はこのメッセージで、あなたのやったカンニングという行為自体の是非について云々言うつもりはありません。今の入試制度はダメで、あなたのやった行為はそれに風穴を開けるような革命的行為であってとか、あるいは入試制度は厳然とあるんだから、その公平性を揺るがすのはとんでもない行為だ…云々とか。私は今の入試制度が良いものだとは決して思いませんが、それをどう改善していっていいものか代替案など考えていたりしているわけではちっともありませんので、何せ偉そうなことはいえません。何よりあなた自身はどのようなつもりもなく、ただ合格したいという一心でやったことなのでしょうから(そういうつもりで無かったらごめんなさい)。まあ入試制度等々について色々と考えた方が良いのでしょうが、行為自体の是非についてはひとまず置いておきましょう。
少々前置きが長くなってしまいましたが、改めて私があなたに応援のメッセージとして言いいたいことを言わせていただきます。あなたは、たかだかカンニングくらいで逮捕されてしまい、警察やメディアといったよく知らない大人たちに二重三重にか囲まれ、非難や擁護を受けながらわけの分からない状況にいるのでしょうが、あなたは本来はそんな状況に置かれなければならないほどには悪くはないよ、ということです。カンニングがばれた以上は不合格は仕方ないでしょうが、ただあなたが今逮捕されている状況は間違いなく不当であり、どう考えても非常識なバカな大人たちの行き過ぎた制裁です。ちょっとしたケンカをして相手にかすり傷をつけたからといって逮捕される人っているでしょうか?駄菓子屋で10円ガムを盗んだからといって逮捕され、あまつさえ社会に論争を巻き起こすことがあるでしょうか?もしあったとしたらおかしいですよね。やりすぎですよね。でも、そんな変てこな明らかなやりすぎを今回やってしまったのですよ京大は。京大にどういう意図がある(あるいは無い)にしろ、自分たちの用意した監督官の不手際とか内部調査をしない怠慢を棚上げにしておくためには、逮捕というのは結果的には絶好の手段になりますからね。あなたを、まるでとんでもない悪人であるかのように扱うことで、自分たちは一方的に被害者であるかのように見せることが出来ます。まああれこれ考えたところで、どういう意図で京大がこういうことをやっているのかは本当のところはわかりませんが、しかしどちらにしろ、あなたを警察に逮捕・起訴させるという行為があなたにとって、大学にとって、社会にとってどういう影響を与え、どういう事態を巻き起こすのかすら全く予想できないバカが今の京大の執行部の連中なのです。だから、あなたは今非常に辛い状況にいるのでしょうが、この事態が自分が悪いせいだとかあまり自分を責めないようにしてください。何度も言いますが、あなたは無知な大人に過剰な制裁を受けてしまって不当にも今のような状況にいるのだと私は思うのです。
あまりに過酷な仕打ち受けてしまった今、適当に「がんばれ」とか「負けるな」なんて励ましを言っても、あなたが再び立ちあがる上ではあまりに無力なような気がするのでとりあえず「あなたはそんなに悪くない」とだけ、言っておきます。それが、私がこの事態を傍観していて抱いた、素朴で単純な実感であり、これ以上でも以下でもないし、これ以外もありません。
本来ならば、他人同士で私はあなたのことを応援も非難もすることはなかったのでしょうが、こうなった以上、つまり不当にもあなたのしたことを何か重大な話題であるかのように扱う風潮が蔓延して非難や擁護が飛び交ってしまっている以上(本来重大事として扱わなければならないのは今回京大の執行部がまたまた踏みにじった大学の自治についてだと私は思うのですが)、とりあえずあなたを応援するしかないと思っています。こういう形でなんとも無力な応援ですが、何か少しでもあなたにとって勇気付けになれば、私としては本当に幸いです。あなたの入学しようとした京大ってこんなもんです、社会ってこんなもんです。それでもあなたがまた入試を受け たい(京大でもどこでも)だとか、あるいは就職なり何なりで社会に出るだとか、何にせよあなたの選択する道を私は影ながら応援しています。仮にも最高学府の1つと言われる大学に受験するという所まで漕ぎ着けたのですから、あなたのこれまでの人生での選択ややってきたことはそんなに大きく間違ってこなかったのだと思いますし(まあ学歴やいわゆる「頭の良さ」で人生の良し悪しが決まるとは当然思いませんが、それなりは誇っていいのかなとも思います)、そしてこれからもそうである事を祈ります。少なくとも変な大人たちの引き起こした騒ぎにその選択がゆがませられないように、そこだけはあなた自身がこれからがんばってください。応援しています!(最近卒業したばかりの元京大生より)
(以上)
俺は、プログラマーだ。
地方に転勤してきたはいいものの、知り合いもおらず、出会いもなく、それどころか転勤してきて2ヶ月目で
長期のデスマ状態だった俺は、つかの間の癒しを求めてサイトを見ていた。
3歳下の女の投稿があっていた。顔半分が隠されてはいたが、まあいわゆるデブギャルの写メも載っていて、
俺はそれにメールを送った。顔は可愛かった。金髪で、もちろんおっぱいもでかそうだった。
体重は言おうとしなかったが、Gカップであること、写メの顎の感じ、チラッと映った首もとの感じなどから、彼女はなかなかのデブなのではないかと思った。身長も170cmと高い。もしかしたら体重3桁行ってるんじゃないかと思うくらいの巨体だ。
丸い顔、たぷたぷの二の腕、巨大な胸、突き出した腹、踵を付けて立てないくらいの太い足にしか魅力を感じ無い。
デスマ真っ最中のつかの間の息抜きとして始めたメールだったが、いつの間にかはまっていった。彼女は同じ市の、車で30分くらいの所に住んでいた。
写メは、(デブ専の俺にとっては)滅茶苦茶可愛らしく見えたし、仕事(デザイン系)をひたむきに頑張る姿勢や、ギャル系の格好をしているわりには性格も柔らかく、思いやりのある優しい子だと感じた。そしてなにげに頭もよかった。とにかく、俺のタイプの女の子だったのだ。
彼女も俺を好いていてくれたように思う。よく、プリクラの画像や普段の写メなんかもくれた。たまには谷間なんかも。
メールをはじめて3ヶ月くらい経った頃から、彼女から言われるようになる。
「会いたいな」
「いつ終わるの?」
『来月には』
来月には、と言いながら半年が経った。彼女の誕生日も、クリスマスも、正月も、バレンタインも過ぎた。
俺はずっと泊まり込みで仕事をしていた。深夜に交わす彼女とのメールだけが支えだった。
本当は、会えたのだと思う。寝る時間を削れば。でも伸びきった髪を整える暇がなかったし、流行の服だって持っていない。
そんなくだらない理由で俺は、完全に仕事を終わらせるまではメル友でいたい、などと自分勝手なことを言った。
彼女は俺とのメールを辞めようとしなかった。ありがたいことだと思う。でも、たまに卑屈なメールも来た。
『違うよ、ぽっちゃりは大好きだよ』
「うそつき。でも、気を使ってくれてありがとう」
『嘘じゃないよ』
そんなことを不安に思う彼女が可愛くて仕方なかった。ころころとよく笑い、前向きで、美味しいものが大好きで。そんな彼女が愛しいと思うようになった。
だが、優しく、素直で、礼儀正しく、話も面白く、可愛くて、ぽっちゃり。そんな理想の女そのものの彼女にどんどん惹かれていったし、メールは心から楽しかった。
そして、俺たちは11ヶ月かかってプロジェクトを終わらせた。
スタート時から3人が減り、2人が入院し、1人が自殺未遂した地獄のプロジェクトだった。その夜、久々に家の風呂に入った後仕事が終わった、と彼女に言った。彼女は驚きながらも喜んでくれた。
ちょうど翌日はどちらも休みだ。初対面を果たそうではないかと言うと、彼女は言った。
「嬉しいなあ、やっとだね」
『待たせてごめんね』
「待っててよかった!でも、会ってがっかりするかも」
『どうして?まだ体型気にしてるの?』
「うん…」
本心だった。一刻も早く、その豊満な身体を抱きしめて、結婚を前提に付き合ってくれというつもりだった。
きっと婚約指輪は特注だ。入るウエディングドレスはないかもしれない。それでもきっと世界一かわいい花嫁になるだろう。
馬鹿らしいが、そんなことまで考えながら、待ち合わせ時間まで車を走らせた。勿論美容室にも行って、新しい服を着て。
待ち合わせ時間に着いたが、彼女らしき姿は見当たらない。電話をかけると、彼女が出た。
『着いたよ』
「私も着いてるよ」
『どこ?』
「ゴミ箱の横らへん」
そして同時に、俺は泣きそうになった。
神を呪いたくなった。
なんなんだ、それは。
細い首は。浮き出た鎖骨は。ベルトで絞めつけられた60cmもなさそうなウエストは。
スキニーに包まれた長い棒のような脚は。太ももの間の隙間は。
誰なんだ、このどう見てもBMI17程度の、痩せ型の女は。
『ねえ、やっぱりデブでいやだった?会いたくない?』
俺は、車種と車を止めている場所を教えた。声は震えていた。
彼女は、枯れ木のような脚を動かしてこちらに歩いて来ると、助手席の
彼女は泣きそうな顔をしていた。頬はこけている。
俺は何も言えなかった。
本当に俺が好きだったということ、自分の体型にどうしても
自信が持てなかったこと、だから会うまでに内緒でダイエットしてキレイになって
だが、相当無理な食事制限をしたため拒食症気味になってしまったこと。
『ちょっとはマシになったかな?」
とこっちを伺った彼女は、どこにでもいるキレイなお姉さんだった。
盛り上がる頬の肉も、たるんだ二重あごもそこにはなかった。
"美人でモデル体型の女の子とメル友だったが会ってみるとマツコ・デラックスだった"
その衝撃以上のものを覚えた。
何を話したのかも覚えていないが、気づけば俺は一人車を走らせていた。
もう、携帯は鳴らない。
(前提)
立ったまま座ったまま自体は大丈夫なんだけど、電車はつらいし車通勤NGなので、
自腹で定期を買って、始発駅まで戻って座って通勤してる。
昨日、いつものように電車で帰っていたら、TDR帰りの男女が乗ってきた。
妊婦なのにこの寒い中をTDRかー、元気だなぁと思っていたら、
男性が私に席を譲れと言ってきた。
気の弱そうに見える自分に白羽の矢が立ったのかもしれん。
優先席でもなんでもない席だし、腰も痛いのでと断ったら、
妊婦がマタニティマークをこちらに突き出して「妊娠してるんですっ!」
男性が「妊婦は大変なのに譲らないのはおかしい!ババアのくせに!」
「電車で立っているのがつらいので、定期を買って始発駅まで戻って
座席を確保しているくらいなので、譲れない」と言っても
二人でまだ「8ヶ月なんだから、つらいんだから」とごねるので、
「本当に大変な妊婦だったらこの寒い時期にTDRには行かない」と言った。
それまで黙っていた、隣に座っている老婦人も加勢してくれた。
「妊娠は病気じゃないんだから行ってもいいじゃん」というので、
「病気じゃないんだから譲りません。怪我人だから」と言ったら、
ようやく立場が悪くなったと感じた二人はそそくさと去っていった。
28歳。
いや、厳密にはあるんだけど、付き合ってたとは言えないようなものだった。
これについては気が向いたらいつか書く。
とりあえず、俺が今までに少ないながらも経験したことや、モテに関わるサイトやブログや2chのスレを見て知ったこと、そしてそれを受けていま努力していることをまとめる。
未だモテない俺の推測も多分に含んでいるので、偶然このエントリーを読んだ恋愛勝者の諸兄は鼻で笑ってくれればいい。
先ずはここからだ。
え?非モテが何を絵空事語ってるのかって?
いいんだよ、目標なんだからさ。
俺がこのために何をしていくのかっていうのが重要だ。
それにな、人間ってのは理想を思い描けなかったり諦めたりすると、本当にそれを実現できなくなる。
何故ならそこに向かって努力をしようとしなくなるからだ。
まあ、非モテ人生歩んで来た俺が足掻く様を冷やかに眺めてくれりゃあいいさ。
まだ確証はないが、以下に大別できるんじゃないだろうか。
思うに、これはそれぞれ依存関係にあると思う。
例えば、ネガティブなマインドだったら女と話してる時にそれが出るだろうし、あまりにだっさいルックスなら女と会ってもそれは出会いにはならねえ。
つまりは切り離せない要素なんだが、それだと文章をまとめる都合上、この4要素について章立てして俺がやってることを書いていく。
今回は1と2についてだ。
「なんだよ、いきなり根性論かよ、」
と思ったか?
まあ、そう言いなさんな。
ネガティブだとそれが言動にも出てしまうし、明るい表情も作れない。
それにこの歳でまともな恋愛経験がないっていうのは、実際には非常に過酷な状況だ。
この厳しい現実の中で戦うためには、それなりの心構えが必要。
失敗につぐ失敗に折れない精神と、欠片もない自信を補うだけのド根性が。
じゃあどうするか。
端的に言うと、ポジティブでいろってこった。
そうすることで、積極的に女と戦って、そして失敗しても何がダメだったか冷静に分析して次に行ける。
では、折れそうになってしまった時にはどうしたらよいか?
俺の場合なんだが、心がイカれる時は体の調子が悪いことが多い。
病気とかじゃなくて、空腹とか疲労とかそういう軽いもの。
だから、腹は減らすな、仕事を早く片付けて帰る努力しろって自分に言い聞かせてる。
単純な話だろ?
もちろん、この程度では癒えないほどにヤバくなることだってある。
そんな時の対策は実はまだできてない。
これを乗り越えるには、ちゃんと恋愛するしかないんだろうな。
どうしてもマズい場合には、風俗で一時しのぎしてもいいかなあって思ってる。
ただ、その金を服やなんかにかけた方がいいのは明らかだから、かなり我慢してるけどな。
が、バカにせず、ファッション系統が全然違う人も含めて読んでみて欲しい。
そしていかに女受けという視点でルックスというものを考えているか、それを感じて欲しいんだ。
よく言われるコレな。
秋葉系の人(昔の俺がそう)も、ここに到達するのは本当に簡単だ。
チェックリストを以下にあげるぜ。
そうじゃなきゃ、とっくに俺に彼女できてるぜw
最低限の人付き合いをするにあたって、相手に不快感を与えないためののものだと思って欲しい。
俺の髪質は美容師も困るほどで、思った髪型にできずにずっと悩んでた。
全くボリュームが出ないのよ。
でも最近はホストのスタイリング方法も少し取り入れてみることでやっと自分なりの方法が見えてきた。
で、この髪質とスタイリング方法を踏まえた上で、じゃあどんな髪型にするか、服と合わせてどんな風にしたらいいかっていう視点でファッション雑誌を眺めるようにしてる。
俺の顔はイケメンではないので、会社で睨まれない程度に前髪を伸ばしてごまかすようにするとか。
全力出す場合はスプレー、ワックス、ストレートアイロン、コームの4点が必須。
俺はとりあえず長さを整え、自然な範囲で形をシャープにしてる程度。
清潔感の項目と大差ない。
でも本来は髪型や服とセットで考えるべきものなんだろうな。
ゴールをどんな感じにするかはまだ決めかねてる。
てか、社内恋愛の仕方が分からねえ…。
休日は少しだけメンナクの方向に寄せてる。
若干派手な子の方が好みだから。
その所為だろうか、非モテの俺でもホストのスカウトに何度か声をかけられたぜw
シルエットをしっかり細くするってことに重きを置いてる。
あと、パンツ(ズボンな)はちゃんと選んだ方がいいって最近思った。
冗談抜きで、脚が綺麗に見える。
で、何を買うべきかって話なんだけど、雑誌見て「これだ!」って思ったやつを上から下まで同じにしたらいいんじゃないか?
今までの俺は、雑誌をチラっと眺めて自分なりに解釈した上で、結局俺のモテないセンスで服を選んでた。
きっとまだそういうレベルじゃないよ、俺は。
もともと痩せ型だったんだが、30が近づいたら腹だけタルんできやがったぜ。
そこで週一でジムに通ってる。
着替えて鍛えてまた着替えて出てくるまで、一時間強ってところ。
へルシア飲みながら走って適当に筋トレしてたら、一、二ヶ月くらいで腹の肉は正常化された。
上にも書いたけど、俺はイケメンじゃない。
その後は化粧水をしっかり浸透するまでパッティング。
(余談だが、益若つばさは年齢の3倍叩くって言ってた)
化粧水は今はOXYのを使ってるんだけど、別のを試してみるつもりだ。
もっといいのがあるようだから。
寝る前に二キビには薬つける。
2週間に一度くらい、鼻パックもしてる。
この結果だろうか、20代前半に見られることさえある。
少なくとも、28歳って言うと100%驚かれる。
これからやるべきは、栄養剤での肌ケアと、コンシーラーでのクマ隠しかな。
これが実はすげえ重要。
姿勢が悪いだけで、とんでもなく印象が悪い。
俺の場合は、肩甲骨の下部を線で結び、それと背骨が交わった点をグッと前に突き出しながら上に伸ばすといい感じだ。
実は無関係ではない。
心の状態がいいと、マジで顔つきが変わる。
背筋を伸ばさなきゃって思っても、心の重さに引きずられて下に垂れ下がる。
ろくなモンじゃねえよ。
無作為に女を100人選んだとして、その全員から高い評価がもらえるルックスがあるとは思えない。
だから、ターゲットを絞る必要がある。
誰に良く見られたいのかって話。
清楚なで真面目なOLと純愛したいならゲイナーとか参考にするといいかもしれん。
俺は実は今、この辺が曖昧だ。
だから、もう少しターゲットを絞り、そこに特化したルックスにすべきじゃないかなと。
結局今はどっち付かずだから、どのジャンルの子からも高い評価されずにいる。
半端にメンナクを参考にして、売れないホストみたいになるのもアレだしな。
非モテの落とし穴。
それは、磨いたルックスを評価しするのが難しいってことだ。
自分でよくしたつもりでも、女から見たら「???」ってことも多分に考えられる。
でもさ、声かけた子がそんなこと親切にダメ出ししてくれるなんてありえないよ。
あるいは、モテる男の友達はいるか?
自分が落としたいと思うタイプの女とヤリまくってるような男だ。
そういう男はダメ出ししてくれる相手としては申し分ないと思うぞ。でも俺にはいねえよ。
自己満足で終わってる可能性も高い。
『ひみつの嵐ちゃん!』だっけ、マネキンファイブってコーナーがあるだろ。
テレビ番組の企画とは言え、あんな風に女から超辛口意見をもらえるなんて本当に素晴らしいことだと思う。
あー、それから。
ルックスを100点満点とすると、男の場合ルックスが武器になるのは85点かららしいな。
でな、ルックス60点に対して84点の方が女からたくさんポイントとれるかって言ったら、実は大差がないらしい。
経験値の点で圧倒的に不利だ。
言ってみりゃ、この歳まで就職した経験のない奴が正社員になろうするようなもんだ。
稼げる点は一点でも二点でも手に入れたいんだよ。
対女コミュニケーションと、出会いについて書く。
若干違うけれども、似たような経験をした。
私の場合、実際に電車で痴漢され、警察に突き出して逮捕してもらい、裁判もした。
警察に突き出した翌日から、怖くて電車に乗れず、学校行かず。鬱。
同じように友達に事情を話して、夏休み後に登校すると、私の場合は「痴漢が怖いって理由で遊びほうけてるんだって」との理由で何故か無視されまくり。
今でもなぜ事実が歪んで「遊びほうけてる」ということになったのか、わからない。私が悪いのか、友人が私のことを嫌いだったのかも分からない。
多感な思春期だったから、事実と私が勝手にした解釈もまた違ってるだろうし。
けどこれだけは自信を持って言える!
絶対にまた人を信用できるし、セックスだってできるし、愛する人もできる。
事件から9年経った今、私は何もかも乗り越えて幸せだって断言できる。
人が滅多にできない経験をしたらこそ、人の痛みも辛さもわかるし、精神的にも強くなった。
思い出したくもない経験だけれども、今ではその事件のおかげで知り合えた人達、出来事に感謝している。
今は辛いかもしれないけれど、これを乗り越えれば、絶対に絶対に強くなって人の何倍も幸せを感じられる。
だから負けないで、今を精一杯生きてください。
幼稚園の息子に買ってやったサッカーボールを同じマンションに住む小学生の男の子がよく借りに来る。で、最後にはほったらかし。
息子が不在の時にも遠慮なしにボールだけ貸して、とやって来る。でも返しには来ない。
今日も最初は何人かで一緒に遊んでいたみたいだが、息子は先に帰ってきた。晩飯前になって「ボールは?」と聞くと「知らない」と言うので表に出て探してみるが見つからない。
もう飯はとっくに出来上がってるのに嫁と息子と3人でボール捜索。使ってたよその子らはすでにいなくなっている。10分後にようやく植え込みの中で発見。
こういうことを余りに何度も繰り返すので、まず息子に説教。「返してって言えないなら貸すな。自分の物ほったらかしにされてて何も思わないような奴にはこれから何も買ってやらない。」
冷静に話そうと思ったが頭に血が上り財布から千円札突き出して「これじゃ大したの買えないかもしれないけど、○○君にボール買ってあげて下さい。うちにはもう借りに来ないでほしいので。」と挑発。相手は平謝りだが、嫁に「やめなさいよ」とたしなめられ帰宅。
冷静に考えると俺の方が大人げない近所のクレーマーということになるのかも知れないが、いまだに怒りは収まらない。
こんなことで近所づきあいが気まずくなるのは嫌なのだが、一方で、借りたもの返す程度の常識も教育できないような家と付き合う必要なんかない、と考えている自分もいる。
どうしたものか。
行動力に溢れていて尚且つ喋りが面白いという、
そして俺のようなクズにも屈託無く話しかけてくれるという人格者で、
眼の輝きからして俺みたいな底辺とは比べ物にならない、
そんな同級生に久しぶりに会った。
別人かと思うぐらいに変わっていた。
頭髪は手入れが全くされておらず、髭は生えるままに任せ、
腹は前に突き出し、手足の肌はやけに白く、服装はよれよれのスウェット。
かつてクラスメイトを楽しませるジョークを連発していた口からは、
排泄物のような臭いが漂っていた。
快活な雰囲気は完全に失われていて、代わりに周囲を陰鬱にさせるような気配を纏っていた。
何よりも眼が違う。
あの気力が充溢し、本当に輝きを発しているかのように思えたあの眼。
実家に帰省し、お使いを頼まれて訪れた先のスーパーで偶然見かけたのだ。
俺は信じられない思いだった。あの彼が? 嘘だろ、と思った。
確かめるべく近づくと饐えた汗の臭いが鼻をついた。何日も風呂に入っていない臭いだ。
名前を呼んで、話しかけた。
びくんと身体が過剰に反応し、ばっと振り向いた。その途端に、荒い息が口臭を伴って俺の鼻に届いた。一歩引いてしまう酷い臭い。
再度声をかけると、彼も俺が分かったようだ。
そして「それじゃ」と言って小走りで去ってしまった。
長い髪が背中で左右に揺れているのを眺めながら、俺を呆然と彼を見送った。
あれが、あの彼? あんな風な人間になれたらなぁと羨望と時には嫉妬を抱きながら憧れたクラスメイト?
何があったのかは分からない。学校を卒業した後では連絡などとっていなかったからだ。
でもなんとなく、クラスの階級ピラミッドの上の方にいた連中はその後もそれなりに上手くやっているものだと思っていた。
自分のような底辺を這いずり回るゴミ虫とは比較にならない輝かしい人生を歩んでいるものだと。
切ないような寂しいような、複雑な気持ちのまま買い物を終えてスーパーを出ると、駐輪場に彼が居た。
ママチャリの籠に買い物袋を詰め込んで、走り出したところだ。
呼び止めようとしたが、やめた。きっと無視されていただろう。
俺も自分の家に向かって歩き出した。
・・・偶然とはいえ、彼と会いたくなかったなと思う。
といっても衣服の知識も化粧の技術も皆無なので、
ネットで購入したパチモンのセーラー服を着ただけのお粗末な女装だが。
自分の姿を鏡で見てみた。
我ながら驚愕を禁じえない・・・。
でも何となく切ない気分になった。
スカートの端をつまんで持ち上げて、足を交差させ、ぺこりとお辞儀をし、
「ご機嫌麗しゅう」と呟いてみれば、ぞくぞくと震えるような快感があった。
容姿の美醜、女装の技術の巧拙でいえば最悪の部類に入るだろうが、
他人がみればあまりの滑稽さに腹筋を断裂させかねないだろうが、
それでも自分にとっては恐れと憧れの混じった未知の領域に足を踏み入れた達成感があった。
しかしそこから先に更に進んでいけば、戻れない場所にまで行ってしまうのはないかとも考えてしまう。
その臆病さは真っ当さという観点でいえば至極正常なものであろうが、しかし真っ当さに何の価値があるというのだ。
見よ、鏡の中の己を。
心に湧いた感情に、哀切や感動などという既存の名前をつける必要はないのだ・・・。
そして私は愛らしく微笑んで、スカートの裾が浮くようにくるりと回転してから、Vサインを鏡の中の自分に向かって突き出したのだった・・・。
ttp://mi-te.jp/contents/cafe/portal_archivecontents.php?c=1&b=1&e=343
絵本というのは、アニメーションと違って、全部は描かれていません。たとえばアンパンマンが「アンパーンチ!」と言うとき、アニメーションなら実際にパンチして相手が倒れるところまで描かれているけれど、絵本の場合、こぶしを突き出したところしか描かれていなかったりします。つまり、自分の想像するシーンがあるわけですね。
ですから、絵本の読み聞かせの場合、大事なのは「間」をとることです。たとえば「バイキンマンが現れた!」と読んだとき、バイキンマンは一体どんな風に現れたのか、聞いている子どもは頭の中で想像するんですね。なので、そこでちょっと待ってあげる。そこで間をとらずにどんどん読み進めてしまうと、聞いている側はわかんなくなってしまいますからね
都心から郊外に引っ越して、中古車を買った。もともと運転は好きだったけれど、10年以上自分のクルマを持っていなかった。
その10年の間、20代前半から30代前半にかけて、自分をとりまく環境はずいぶん変わった。仕事もいくつも変わったし、人間関係も変わった。二十歳そこそこのころに思っていた10年後の未来と今とでは、ちょっと想像もできないくらい違う状態になっている。二十歳の自分が今の自分を見たらきっと小馬鹿にするだろうし、もしかしたら殴りたくなるかもしれない。
なんとか今は、こうして毎日それなりに生きていて、仕事もあって、そういう平凡な日常に幸せを感じることも少なくない。
それでも、たまに「死にたい」と思うことがある。思うより先に「あー、死にてえな」と口走っていることがある。そんなのはまったく嘘で、死にたくなんかぜんぜんないのだけれど、言ってしまうと、なんとなく落ち込んでしまう。
週に1度か2度、夜中に首都高を走る。
中央環状から湾岸に出て、羽田線からC1に戻るコース。ぐるりと一周、飛ばすわけでもなく、流れに乗って走る。スピードが出る場所もあれば、急カーブもある。むちゃくちゃな合流や、速いクルマ、遅いクルマ、道路の真ん中に突き出した橋脚、狭いトンネル、必ずどこかで行われている工事や事故処理。適度な緊張感が1時間ほど続く。
どこかで、たとえば3秒だけ目をつぶれば。
目をつぶって、ハンドルから手を離して、アクセルを踏み込んでしまえば。
ぼくは死ぬ。
まちがいなく、死ぬ。
それもたぶん、他の知らない誰かを巻き込んで、死ぬ。
免許を取ったばかりの18才のころ、一度大きな事故を起こしたことがある。60キロくらいの速度で軽のバンを単独で横転させて、全損にした。シートベルトをしていたので道路にコツンと頭をぶつけただけだったけど、あの瞬間がもっともぼくが死に近づいた一瞬だったと思う。
首都高を走っている1時間ほどの間、ぼくは能動的に死ぬことを拒否している。音楽や落語やラジオを聴きながら、何か考え事をしながらの運転だけれど、ぼくの脳の一部は常に死なないこと、生きることをからだに命令し続けている。
自分のからだのなかに、死を拒否する意思が明確に存在しているということ。普段の生活のなかで、それに気づくことはほとんどない。
今でもぼくは、「もう死にたい」と思うことはよくある。だけど、週に1度か2度、ドライブに出ることで、それが嘘だと確認できる時間がある。クルマを買ってよかったと思うのは、そんなときだ。
暇つぶしに増田にゃんねるを見ていたら、前に俺が投稿したのが載ってた。
付き合ってるのかなぁ?
http://masuda.livedoor.biz/archives/51381140.html
もう一年近く前になるんだなあ。時の流れって早いや。
ちなみにその後、ちゃんと俺から告白しました。といっても一ヶ月くらい経ってからだけど・・・。
やっぱり「勘違いかも」って勇気がでなくてすぐに告白できなかったんだけど、
彼女から来たメールを三日くらい放置してたら「嫌わないでください」みたいな
文面見ただけで涙目になってるのがわかるメールがきて、「ああ本気なんだ」って確信してコクった。
その次に会ったときに「嫌いになるわけないじゃん。好きだよ、好き!」って言ったら
面食らった顔で静止しちゃったから「あれ、やっぱり勘違い?」ってかなり焦った。
声震わせて「どういう意味でですか?」って聞くから「俺の彼女になってよ!」って言ったらうつむいちゃって・・・。
焦って「迷惑?」って聞いたら、やっと顔上げて「う、嬉しい」って泣き出しちゃったからビックリした。
それから二人は・・・今も付き合ってるよ。この前、一緒にハルヒ見に行きました。
付き合いだしてから何度か、上でリンクした日記に書いてあることが作戦なのか何なのか聞いたことがある。
でも、何度聞いても彼女は否定する。「増田が好きになって告白してきたんだよ」って言う。
さらには「最初に声かけてきたのもそっちだし、しつこくデート誘ったよね」だって。そうだっけ?
覚えてない・・・誘うのは彼女からが多かったような気がするけど・・・俺なら先に男の友達を誘うはず。
まぁ、「彼氏」発言をした人に聞いたらあっさり認めたんだけどね。悩んでたから、提案したって。
付き合い始めてからの彼女は、それまでとかなり変わったような気がする。明るくなった。
前は笑うときはうつむきがちに声出さずに口だけで笑ってたけど、今は普通に声出して笑う。
よく喋るようにもなった。冗談も言うし、たまに嫌味も言う。前はこっちが話の8割喋っていた。
付き合う前とは変わっちゃった。彼女が変わっちゃって俺は・・・・もっと好きになった。
彼女がストレートに「好き」って言うようになって、抱きつかれて甘えられて・・・もう、アレすぎる。
二人でいま、マンガを描いてる。主に俺が話を考えて、彼女が絵を描く。二人で次描くマンガのことを話してる時が幸せ。
最後に一応言っておくけど「肉体関係ない」って書いたけど、もちろん今はある。
「「就活くたばれデモ」は、惜しいけどすごく間違っている」というエントリがかなりブクマされてて、
http://d.hatena.ne.jp/kanedo/20100118/1263822404
読んでみたらひどい詭弁の塊であまりにあんまりだと思ってスルーしていたんだけど、id:kanedoが新しく上げたエントリを見るに、当人には詭弁のつもりはなかったらしい。
http://d.hatena.ne.jp/kanedo/20100120/1263925401
そうですか。語句の意味がわかってないお子様ですか。おうちに帰ってあったかいコタツでみかん食ってればいいんじゃないでしょうか。
というわけで、元エントリのどこを詭弁だと思ったかとか新エントリがやっぱりひどいとか、そういう事を書いておこう。
まずは元エントリの話。
デモというのは、非常に「重い」抗議行動です。このようなデモを本気でやるのであれば、この「就活ゲーム」には誰がどのような利害を持って参加しているのかを分析した上で、どういう経路でプレイヤーの利得やゲームのルールを変えるかを考え抜き、その上で誰に何を訴えるべきか綿密に戦略を練り、メディアを通じれば「具体的な」交渉力が出る位の人数をあらゆる手段で集めた上で、決死の覚悟を持ってやるべきです。
そんな俺定義知らねーよ。デモってそんなに重いもんじゃない。辞書を引けばわかるよ。「俺たちを見ろ! 苦しんでるんだ!」でもいいんだよ。
自分の周りしか見えてないとわからないかもしれないけど、就活の大変さ自体が全然認知されてないんだから、とにかく「俺たちを見ろ」にものすごく価値があるんだよ。残念なことだけど。
デモを主催するかどうか、デモに参加するかどうか、というテーマだったはずが、「もしあなただけ就活を遅らせたら」という話に誘導されている。それ、関係あるの? デモか就活かの二択なの?
これは本筋と関係ないけど。
一度全体が悪い均衡に陥ってしまうと、そこから一人逸脱するのはその個人にとって損なので、本当は学生と企業の双方にとってもっと良い均衡が可能性として存在するのに、移ることが難しくなるのですね。経済学の一分野であるゲーム理論では有名な問題で、「囚人のジレンマ」と言われています。
いやいや、囚人のジレンマというのは、そんなものじゃない。もっとひどい。
最適なのに均衡でない。プレイヤーが合理的である限りたどり着けない最適解。そういうおそろしいもの。単なる活性化エネルギーの問題と混同すんな。
合理性を信奉するid:kanedoがこの文脈で例示すべきものじゃない。むしろ、disる立場から言及されるべき現象ですよ?
ブクマコメとかコメ欄とかで指摘されるんだけど(id:y_arimって真面目だよなー)、基本的に、デモの意味がわかってないまんま。
ブックマークコメント等でだいぶ論点が出揃ったように思います。反論の比較的多くに対しては、「だから『デモやるな。禁止』って主張じゃないんだってば」というので足りるでしょう。
いや、お前の書いたのは、「ぼくのかんがえたすばらしいデモ」以外のすべてのデモに対するdisだから。被害者面すんな。
応答の後に上げられたエントリがまたひどいわけで、、、
また烈海王風に言うと「我々が2000年前に通過した地点」の議論をどや顔で突き出してくる人が無限に供給され、相手すると非常に疲れるが、言われっぱなしもなんかスッキリしないと言う圧倒的に損なゲームだったように感じます。
それはお前のことだよ。お前がデモのなんたるかを知らなかったせいで皆様が混乱したんだってば。「早めに就活しないとほかの学生に比べて損だよねー」とか「デモに参加するとマークされるかも」とか「だれが悪いんだろう」とか、我々が二千年前に通過してるんだよ。