はてなキーワード: 不快感とは
わざとじゃなければ、ものすごい噛み合わなさ具合だ。
「金を使ったら、なくなる」ということを、実感として理解できるような金の使い方をしなさい、ってことなんだけど。
手銭で払うことで「こういうことをすると金を失うのだ」と体に覚えこませる。
まーそういう形にできないものは仕方がないけどな。
子供の頃から金を管理していながら、ソーシャルゲーの課金の仕方に不快感を覚えないというのが俺には良く分からない。
100歩譲って定額課金はともかく、重量課金はあり得んと思う。
だって、そのゲームをプレイするのにいったいいくらかかるのかが、本当のところ分からないわけでしょ?そんなものに金を払っちゃう人が金を管理できているとは言えないと思うぞ。
・一見おとなしそうでマジメという印象を持たれている。本人はそれを好印象と思っているが、他人には変な人、挙動不審な人としか認識されていない。
・謙虚なのは最初だけで、気を許すと途端に攻撃的になる。会話が苦手なだけで、本当の性格は短気で傲慢、他人を見下している。そのため人間関係が長続きしない。
・プライドが高く「本当の自分はこんなはずじゃない」と常に鬱屈した感情を持っている。
・人との関わりを避け、ゲームやアニメ、マンガなど1人で没頭出来ることを趣味としている。
・子供の頃は親や周囲の大人の言う事をよく聞き、大人になってからも自立せず囲いの中で生きている。
・親との仲が良い。その日の出来事は包み隠さず親に話す。母親は息子を王子様扱いし、他人にはばからず話すので、周囲からは息子はマザコンだとばれている。
・論理的、合理的な思考を重んじる。
・女性にモテるイケメンやDQNに対して強い不快感と憎しみを持つ。
・恐怖心から他人を名前で呼ばない。タメ口や馴れ馴れしい言葉遣い、呼び捨てにされると強い不快感を示す。
・基本的に声が小さく、よく人に聞き返される。女性との会話は普段よりかん高い声になる。コミュニケーション能力も乏しい。
・人と交わらず苦労してないので年の割に顔にしまりがなく、ファッションに対する意識は中学生の時から進歩していない。
・淋しがり屋だが団体行動が苦手、ワイワイ盛り上がるのも苦手。逆にみんなが盛り上がってると妙に冷める。
・静かで清楚な女性が好き。これは好きと言うより、自分が主導権を握るためで我が強い。
・大事件や大災害が起こらないかなぁ・・・と毎日心の何処かで期待している。
・逃避するだけの毎日、過去の失敗を引きずっていてそのことを思い出す度に思わず声が出そうになる。
・容姿や身長、体格になんらかの強いコンプレックスを持っている。
・絶対に自分の非は認めず、何かあれば「他人が悪い、社会が悪い」と責任転嫁する。女性にモテない理由は「最近の女は男を見る目がない」から。
同じ刺激を受けても、文脈を推しはかる力がとぼしく、価値観の共有を前提としなければ会話ができない人は
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20120118-00000301-newsweek-int
どういう局面では「上から目線」と非難されて、どういう場面では「ドヤ顔」で済むのかというと、そこにはある種の条件がある
価値観が共有されていれば、ユーモアを込めて「ドヤ顔」という言葉でその「得意満面」な態度は承認されるわけです。一方で、意味もなく大きな態度を取っていたり、得意がっている背景にある価値観が到底納得できないものだと、周囲からは「上から目線」だという非難を受ける
例えば、芥川賞に4回候補になりつつも落選を続け、今回5回目で受賞した田中慎弥氏。部分だけ聞けば「新人作家の分際で『上から目線』もいいところだ」という印象になる。「文脈」が加わると話は変わってきます。「当然」というのは不遜でも何でもなく、田中氏なりの創作者としてのプライドを表現しただけという理解が可能になる。
アメリカの場合はどうしても平等思想などの「タテマエ」が強いので「上から目線」だという不快感を感じても、ガマンしてしまうことが多いのです。その点で、日本の場合は言葉そのものに「上下関係の規定性」がありますから、上下の感覚として一方的な価値観が出てくると相手には顕著な違和感が出てくるし、結果的に「異議申立て」も多くなる
あとアニオタが、人格攻撃を含めた凄まじい貶し合いを展開してる光景なら2ch辺りでよく目にするなあ。ゲハ民もそうかな?
もちろんマトモな人もいるんだけど、一般的には、あの辺の人たちって何だか精神的に幼いトコがあるようで会話が成立しない事が多い気がする。(偏見かもしれんけど)
なんか嫌な思いをしたのかもしれないけど、そーいう人たちのことはあんま気にせず距離を置くようにした方が良いと思う。
(説得できそうならした方が良いんだろうけど、そーいう人たちは人の話に聞く耳を持たない事が多い気がするので、自分は距離を置くことが多い。)
君がそーいう人たちに対して感じるイラ立ちは正当なものだと思うし安心して良いと思うよ。理不尽なことを言われたんだよ。
これは今まであまり意識したことがなかったな。確かに敵を間違えていた。
自分は今まで、痴漢問題に関しては女性側に対して不快感を抱くことが多かった。
というのは、君が指摘しているように、そういったことを全くする気が無いし、してもいない男性(自分)まで悪く言われる、という理不尽な目に遭うことがあるので、反射的に嫌ってしまっていた。
後は冤罪被害の問題もあって、「痴漢被害に関わる女性は迷惑な存在」という悪いイメージが自分の中でいつの間にか出来上がってしまっていたようだ。
もちろん、そういう人は一部なんだろうけど、そういう人は声がデカくて目立つから、イメージが形成されるときに与える影響も大きいんだよな。
自分は名字がちょっと変わっているので、一回で聞き取ってもらえることの方が少ないし、
毎回漢字含めて説明しないといけないし、それでも間違って書類とかに書かれることもある。
ちなみに下の名前もちょっと変わっている上に、普通その読みなら使わない漢字なので
でもずっとやってるから、まぁそんなもんだなって慣れるよ。愛着もあるし。
あとリアルぼっちでネット民なので、今は自分で考えたハンドルやIDで呼ばれることの方が多いし、
不便は感じない。
いわゆる東京大阪比較は主題ではない。「なんでやねん」の意義を主張したい。
会話の中で許される応答が否定と肯定の2つしかなかったらと考えると恐ろしい。
私にはとてもじゃないが耐えられない。
きわどい話には、どっかの小鷹さんみたく「え、なんだって?」とスルーするしかなくなるだろう。
阿呆のふりをして、逃げることばかり考えるだろう。
相手の機嫌を損ねたくないばかりに、ヘラヘラと追従するだけになるだろう。
否定の拳をふりあげては、振り下ろす場所とタイミングに悩んで頭痛持ちになるだろう。
冒頭の宣言を覆すようでなんだが、やはり東京に出てきて少し戸惑ったことは事実だ。
お互いに肯定ばっかり。だよねー。ですよねー。
あほらしい話がどんどん膨らんでいって、変なノリが形成される。
一度出来上がったノリが、誰も崩せないところまでいって、みんなで赤信号わたるみたいな
「誰も望んでない結末」みたいなのを何度か経験させられた。
相手の会話の途中に異議を挟むと、すぐ喧嘩になってしまうというのもあった。
「なんでやねん」さえあれば、と思うことが度々あった。と言うか結局すぐ使うようになった。
こうして俺の大学デビューは結局関西人キャラということになってしまった。
ツッコミを期待してのボケとかそういうのは中級者以上の話なのでかんがえなくていい。
もっと初歩的な話だ。「なんでやねん」はそもそもなんのためにあるのか、だ。
「でもポジティブフィードバックは返しませんよ」の2つを兼ねる。
話が脱線したりずれそうになったときに、制止をかける役割を果たす。
その上で、この「なんでやねん」は否定や反論ではないてんが重要である。
さらに相づちを打つ側の自己完結的な行動として扱われる。
つまり、話し手はこの「なんでやねん」にいちいち応答する必要がない。
否定されたわけでもないから、ただちょっと相手の反応が芳しくないというのを察して、
話のテンポを落としたり、少しコースをかえたりという微調整をすればいい。
「なんでやねん」は会話の受けてにとって無くてはならないものだと思う。
「なんでやねん」があることによって、相手に相槌を返しやすくなる。
相槌というのはそもそも話し手の会話のテンポをコントロールするためのものだ。
「うんうん」「なるほど」「それでそれで」など加速する方向はみなさんもよく使っているだろう。
ただし、減速が必要になる時もあるのだ。
会話の中に、この装置が組み込まれていないと、なにかと困る。
こちらについても「ちょい待ちや」とか「おいおい」とか「そんな阿呆な」とか色々あるけれど
やはり「なんでやねん」が一番便利だ。深く考えずに使っても、あんまりカドが立たない。
漫才とかのせいで、アクション付きの攻撃的な言葉と勘違いされているが、
実際は会話のカドを丸め、とんがりにキャップを被せるような使い方をするものなのだ。
というような話を今日の飲み会で熱く語ってドン引きされました。
話がヒートアップする前に、誰かが「なんでやねん」と言ってくれさえすればこんな事には・・・。
余談。
会話が苦手な人は、なぜ自分がそれを苦手としているか、という時に
「心にないアクションをとるのが嫌だ」とか
「相手の意見が理解できなかったり、違和感を感じる時にどう反応すればいいかわからない」
そういう時には、何も考えずに「なんでやねん」という言葉を使うといろいろ捗るぞ。
(もちろん、ポジティブフィードバックのみの会話に親しんでいる方々など、
少しの制止にも不快感を示す方々もいるけれど、そういう人達とは付き合わなければいい。
肯定のみの世界で生きるなんて私には息苦しくて耐えられない)
あとね、これはいわないほうがいいと思うんだけどこの際だから言っちゃおう。
他人の話に軽くでも異議を唱えるってものすごい快感なんだわ。最も手っ取り早い自己表現だしね。
逆に、ずっとYesの返答を続けるのってストレスなんだわ。コントロールされてる感じするでしょ。
だから「なんでやねん」ってのが会話に混じってると聞き手の健康を守る効果があると思うのね。
さらにいうと、「なんでやねん」という反応があるお陰で、話し手側も安心ってのがある。
滑り覚悟でボケてもいいし、ちょっとキツめや喧嘩腰の物言いを「試してみる」ことが出来る。
いつぞやの出勤日、ベルが鳴ってもなかなか帰ろうとしない上司は、どういう思いでなのかは計り知れないがサービス残業を自ら行うタイプの人間だった。憶測するに、仕事の遅さその更に上の上司に怒られるのが嫌でがんばっていたのか?それとも家に帰るより会社に居た方が良かったのか?はたまた評価を気にしてなのか?不明は不明だが、その上司の部下である私は、自分が先に帰る事をためらった。
なぜなら「上司が終わらずにやってるのになんで帰るんだ」と嫌な感情と共に叱責されたという過去があるからだ。愚痴を挟むと「勝手に残業しないように」とか言われてはいるのだが、やはり無給奉仕とはいえ人間関係なので「何かお手伝いする事はありませんか?」と申し立てる人間である事を精神的に強要されていると感じている。
そこで、怒られるよりは無給奉仕をするという選択肢を選んだ自分は、よそよそしさを隠し切れてはいなかったと思うが上司の周囲をうろうろしながら仕事を頼んでも良さそうな雰囲気を醸す。ここで極端に正直者な自分はなかなか本意に反して「何か手伝う事はありませんか?」と聞けない事がくやしい。なぜなら本当はやりたくなさそうな態度でそんな事言うなよって思われるのが怖いからだ。なかなか表情や態度、声色まで本気でその労働契約上の約束以外に時間帯で「何か手伝う事がありませんか?」とその文面その言葉の本当の意味、本来の乗せるべき意思を乗せて発する事は自分にとってなにかこう難しい事なのである。
これができる人は本当に羨ましくも思うのである。
しかし、元来明るいプラス思考の自分にとってまたとない気分の悪い、居心地の悪い空間である。この不快感は体験としては絶好のチャンスでもあるのでとにかく色々な視点で考えられないか?また後で今の状況をなるべくありのままに思いだして再体験できるように勤めてみた。この同じ時間に日本中でサービス残業を悲しみながらしている皆の気持ちを創造しながら。
嫌な事があった時、その嫌だった体験を話す相手がいる人は幸せ者だ。逆にだれにも話す相手がいない人の悲しみとはどんなものだろう。忘れるしかないのかもしれないし、ただひたすら貯めているのかもしれない。
嬉しい事があった時、その嬉しかった体験を話す相手がいる人は幸せ者だ。逆にだれにも話す相手がいない人の嬉しさとはどんなものだろう。
わかりたい。
だからこそ約束を信じられなくなった時の気持ちや、信じられなくなった人も気持ちはとても痛い。
他人の気持ちがもっと解れば自然とそして楽しく上司に使ってもらえるようになると思う。
なんだか奴隷根性の様だがいかんせん自分だって会社に依存しお互いに利用しあっている関係だ。
そして、人生に楽しみを求める以上。楽しさは約束がどうのこうのとは別次元に存在する物だから
あなただって頼まれた事だったとしても楽しければ必要以上にやってしまったりした経験の一度や二度はあるだろう
どんな事でも考え方次第で楽しくなると自負している以上。今日の経験もブログのネタ、思考のネタにしようと思った
瞬間
楽しい物になる。そして楽しんでやっていれば、命令した上司だって楽しい気持ちに少しは向くだろう
ただ、今日はサービス残業をやり始めてから、その“楽しい”という気持ちに視点を移動させるまでに
思っているだけでは、また同じ事を繰り返すとの懸念から、そこはさすが文化!
文化する事によってこの概念、この意思をここに残し、一つの感覚的構造として今のこの精神状態を
またそうなった時に思い起こしやすくできると思った。
さぁ次! また、イヤでイヤでたまらないサービス残業を暗黙の内に求められる機会がくるのを楽しみとしようと思いつつ
筆を置く
いつか、年がら年じゅうサービス残業なんですけどって人の視点も転換してみたいが、まずはここまででいいや
@awaikumo
http://anond.hatelabo.jp/20111112181142
とりあえずの感想を。当然だが私一個人のテキトーな感想なので、深く受け止めてはいけない。
私利私欲のためにやっちゃいけない融通利かせて逮捕される馬鹿もいるけどね。
マナーに厳しいのはマナーが守られる社会の快適さを感じている人が多く、ジョークやいたずらの不快感や損失、悪質さを感じている人が多いからかと。
とはいえジョークやいたずらに勤しむ人々がいないわけじゃない。
2.自分の気持ちに素直じゃない。損得で行動する(いつも本当の気持ちで行動しない)
損得の気持ちが他の気持ちを上回っているだけなんじゃないかと。
3.自分が成功しないんじゃなくて、他人が成功するのが悔しい(成功している人の悪口をいう。でも悪いことや失敗している人の悪口はいわない)
成功している人の悪口は結構ある。でも悪者や失敗への悪口も多いと思うよ。後者は表立ってはなかなか言われないだけで。
4.ブランド物など他人と比べる、相対的な方法でしか幸せを計れない(私の国では考えられないくらいみんなブランドものを持っている!)
この傾向は弱まってきてると思うけれども、一時期はすごかった。
差別は無意識中心に結構あるとは思うが、まっとうな指摘を受けたら問題ない程度まで修正する人が大多数だと信じたい。
あと、あなたが良い人に感じてても他の大多数はそう感じてないとか、誰かが誘導かけて追い込んでいるとか、そういうケースは多いかと。
要求が超ハイレベルなだけ。トイレで言えばトイレットペーパーに満足できずウォッシュレットや温かい便座を作ってしまうようなもの。
感情表現は奥ゆかしさが最上という、少なくとも平安時代以前から続く文化があるので、嫌とか言われようと変えるのは非常に困難。特に愛を告げる方法には、知性と感性がいかに優れているかが勝負どころだったという長い歴史がある。ストレートに愛を告げるのは「愛を告げる方法はストレートしかわかりませんでした」という敗北宣言になってしまいがちなのである。
8.性別の特徴をみとめない(男は強くて、女は弱い。そういうことをいうと怒る。でも女は男より綺麗でしょ?)
男尊女卑だった文化へのカウンター期という側面が強いかと。ただ今後落ち着いていくかはわからない。
主に発音がね…。RとLとか幼少の頃に訓練しないと耳も口も獲得できないという説が強かったはず。
友人連中と年に1回のペースで定期的に行なってるイベントの企画会議があって、俺はそのイベントの創設から構想・企画に携わってきたから、当然参加するものだと思ってた。
ところが、日程を調整するアンケートが突然とられ、ほとんど先約で埋まってるスケジュールだったため唯一出した希望日も通らなかった。
少なくとも俺はイベントになくてはならない「中心メンバー」だと思っていたし、俺の希望日も他の参加者との調整次第では十分可能で、他の日は海外にいる予定で100%不可だったから、当然俺の希望日を通してくれるものと思っていた。だからかな、かなりショックだった。
さて。この時点で「俺抜きで企画会議しないでもらえないか」とアンケートが終わった後にゴネ出したら、まんま例の「調整コストがかかる奴」なわけで。
せめて「企画会議に参加させられなくて申し訳ない」という一言でもあれば今回は仕方ないとも思うんだが、「参加できない人は意見あったらあらかじめメールで送っておいて」ってだけってのはさすがに冷たすぎないか。
大人げなくゴネてしまいたい。俺のいないところで面白いことやるなってすげーゴネたい。フォローの言葉もなく冷たい扱いなことに対して不快感をあらわにしたい。
http://tech.g.hatena.ne.jp/itkz/20101125/1290685725
本当に無限に入るんでしょうか?
それって、はてな星の脆弱性じゃないんでしょうか? (追記 確認したらリロードされて、小さくまとまって星の数が表示されてました。何千入れてもこういう形になるから大丈夫なんでしょう。)
最近ギークハウス関係の人がお気に入りに居る人に、よく星を贈られます。
リアル中房にも
まさかマジで厨房とは知らなかったが朝日学生新聞に顔写真付きで記事が載ってるの見て知りました。
その彼は関係者じゃありません、デマがよくないと思ったんですキラキラ☆ブリブリとツイートしてましたが、お気に入りに「こちら、大変読み応えのあるコメント欄となっておりますので、是非ご覧になってみてください」と書いた人http://megalodon.jp/2011-1025-0222-41/b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/pha/20111009/1318158999%23cとギークハウスでドワンゴの人の所に星コメしてる人が居ました。
http://www.diigo.com/item/image/1wnkt/icjv
ツイートも拡散希望で困っている事協力を呼びかけたい事に関するものを、そのようにツイートするのではありません。
こちらは、その事でブログを作ってまでして訴えているのです。身内に苦しめられると言うややこしさを説明する困難とも戦いながら
どうして、こちらが支援を求めている事はやらずに、嫌がらせのようなツイートするのか聞いても、「協力するとは言っておらず一つの震災関係のデマに関する意見として見ただけです.」
それで、嫌がらせのようなツイートはします。ブクマで「warota」と入れてます。http://megalodon.jp/2011-1026-1625-52/b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/Tasmanian_good/status/129056457483235328
前に事件を起こした時も、ネットと現実がリンクしてるのを忘れてるような態度だった
ネットなら何をしても良い ネットなら何をしなくても良い という風潮が生まれたのは、法律はネット人格と言うのを認めてないので、匿名な場合は名誉毀損が成立しなかったからで、認めてないというより対応できてないので規定してなかった想定外だったというだけの事だと思います。
昔から官僚的態度と批判されるものはあったと思いますが、あの中学生の木で鼻を括ったような返信は、まるでそれのようだと思いました。最近の東電についても、エリートにありがちな官僚的態度は、国民に迷惑もかけ、不快感も与え、批判もされてます。それよりもっと変だしエリートかどうかもわからないですが。
前に増田が、はてなで敵を作ると書いた日記は、気持ちはあるけど、かえって迷惑という話でしたが、気持ちもなくて開き直って来るという場合は、どうなるのでしょう?しかも記名で。記名に繋がる状態で。ネットに実名とアカウントが繋がる状態で、この行状って・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
2chの物理板だったか、原子力の事がわかる板で、質問してる人にもっとこういうふうに言えばわかりやすいのに、と京大の先生の事を言ったら、なんでそんな事しないといけないんだ?と書かれた事もあったが、それは匿名だった。
http://anond.hatelabo.jp/20111022215058
この増田は支援学云々言ってるけど、傍観でも積極的傍観とも言えるこのような行為は、一緒の加害行為ではないでしょうか?
ごく普通の感性の人からしたらちょっと考えられない感覚ではないかと思います。
http://togetter.com/li/205729 光り輝くid:kabiy さんを応援してあげて id:kabiyさんは、新しいおもちゃが手に入って大変お喜びのようです。 そして、私を応援してくれる大変素晴らしい方です。 ギークハウス万歳 応援していただいたので、私も応援のお返しのエールを送りたいと思います。 光り輝くkabiyさんに、shine
http://togetter.com/li/205866 こんなに素晴らしい人権意識をお持ちのsora_hさんは、朝日学生新聞に載った大変素晴らしい栃木の中3だった!!!
http://goo.gl/ZjA77 (google cash)朝日学生新聞社に取材されました
http://backupurl.com/km7wzw googlecash保存
他にもギークハウスと初期2chの類似についてなど
ギークハウスは愛知にもあるらしいけど、そこまで巣食われてるかどうかはわからないし、全部がこうかどうかはわからないけど、みんないいひとなのに・・・(pha氏の台詞)なんてのは無いのではないかと思います。
ものすごい反社会性というか、なんていうか意地でも人の役に立たないぞ!という堅い決意みたいなものでもあるのかな?と思ってしまうほどの勢いさえ感じてしまいます。
追記
こんな超優秀な人が!!!
http://megalodon.jp/2011-1027-2233-41/www.atmarkit.co.jp/news/201104/14/sora.html
「デジタルネイティブ」の素顔
2011/04/14
オープンソースのプログラミング言語「Ruby」の開発コミュニティで、いま注目されている人がいる。福森匠大(Shota Fukumori、sora_h)さん、14歳だ。国籍、性別、年齢などは無関係というオープンソースの世界だが、これほど年若い参加者が「コミッタ」と呼ばれる開発のコアメンバーに迎え入れられることは珍しい。Ruby開発に加わった時点では中学2年生。「最年少記録」を塗り替えた。
小町に書くかも迷ったが、あちらの女性方の意見は聞く前からなんとなく想像がつくのでこちらに。
相手はひと回り上の会社員。ネットで知り合って付き合うようになった。
普段から仲が良く、お家デートの時はSEXもしている。頻度は高めだと思う。
それ自体はかまわない。私も相手も好んでしていることなので。
過去につけてしたことはあった。付き合う前に一度した時がそうだった。
だが、付き合ってからは一度もつけてくれたことがない。
やんわりと指摘したことも直接的に指摘したこともあったが、ダメだった。
ゴムをつけてくれないことに関して不快感・不信感を持っていることは伝わったようなのだが、そうすると、
彼なりの話術でゴムなしSEXをすることに対して許可をとらせてきた。
その話術が巧みで、私のM心をくすぐるような言い方というか、
とにかく私に「ノー」と言わせない許可のとり方をしてきた。
その後は当たり前のようにゴムなしでSEXする関係が続いている。
普段からしっかりしており約束もきちんと守るタイプの人なので、
それに、私が大学を出たら一緒に暮らそう、結婚しようと話したこともある。
だが、私はしばらく大学を出ることはない。もし今妊娠してしまっては困る。
相手との間に生まれた子を堕すのは嫌だし、大学はちゃんと4年で卒業したい。
中絶手術をして今後子供ができない体になってしまう恐れがあるのも嫌だ。
もっと強く主張しないと届かないのか。
ゴムをつけないならSEXしない、と強気な態度を取り続けるしかないのか。
正直彼とのSEXはとても気持ちいいので、攻め立てられたらうまく拒みきれず結局受け入れてしまう自分がいるのも事実。理性もっと仕事しろ……。
貧乏学生には痛い出費だが、普段のデート代を出してもらっていることを考えればこれぐらい安いもの、と捉えるべきなのか。
30越えのいい年した大人が、その程度の分別くらいつけておいてくれと願うのは高望みなのだろうか。
いや文盲は君だよ。
このことから、「プロに徹しきる」というのは「対象性別の人間が真面目に読んで違和感や不快感だらけにならない漫画を描く」ということだと思われる。
でもその具体例
男向けの萌え漫画で可愛い子がわんさと一人のつまんない主人公男に群がって、n股かけられてるのに文句も言わないとかさ。
女向けの恋愛漫画で、だらしなくふらふらする主人公女を超凄いイケメンが奪い合って全肯定してくれるとかさ。
は、本当に「当然」なのか根拠がない。「しらふじゃ読めない」のかもわからん。根拠は元増田の個人的な価値観のみ。
それなりに生き残ってるのだとすればそれなりに売れてるということだから、少なくとも不快になってない人間はそれなりの数いるということになる。
「異性のテリトリーに浸食した」と言いきってるが、これも根拠が不明。
「異性のテリトリー」なんつーもんが元増田の個人的な価値観以上に普遍的なもんとして存在するかどうかなんてさっぱりわからん。
結局元増田の言ってる「プロに徹しきる」は「対象性別の人間が真面目に読んで違和感や不快感だらけにならない漫画を描く」ことではなくて、「元増田(や価値観を同じにする人)が真面目に読んで違和感や不快感だらけにならない漫画を描く」ということにすぎない。
もっとわかりやすく言うと、元増田の主張は
「漫画の絵は手塚治虫のような絵であるべきだ!現代の無駄に綺麗な絵は全く不快だ!漫画という文化を浸食している!」というのとほぼ同じ。
どっかで必ず女性側の願望や欲望(漫画家の場合は腐趣味も含む)に走る。
そういう願望や欲望が悪いって言うんじゃないよ。
大いにやるといい。
でもそれなら最初から女性向けの媒体で女性向けの漫画描いてればいいじゃん。
なんで少年・男性向け漫画誌で一旦男性読者集めてからそれをやるの?
どういう心理状態なの?と聞きたい。
それとも「それを好まないだろうクラスタに見せ付けたい」みたいな露出的興奮なの?
もちろん、男女を問わずに愛される作品とかそういうのはあるよ?
でもここで言ってるのは、明らかに少年・男性向けだったはずの作品の話ね。
男向けも女向けも、ベタな願望や欲望って言うのはすごい身勝手で、
はっきり言って対立してるんだよ立場が。
男向けの萌え漫画で可愛い子がわんさと一人のつまんない主人公男に群がって、n股かけられてるのに文句も言わないとかさ。
女向けの恋愛漫画で、だらしなくふらふらする主人公女を超凄いイケメンが奪い合って全肯定してくれるとかさ。
対象性別じゃない方の人間が真面目に読んだら違和感や不快感だらけになって当然。
そこは異性のドリームに目くじら立てたりマジレスしたりせず流すことで仁義が成り立ってるはず。
しかるに、なんで異性のテリトリーに侵食した上で自分の性のドリームをおっぱじめるんだ?
どういう動機でやってんのかしりたい。
風早君の人格が変わって爽子以外の同級生にもいいよられるままニタニタするような男になったら嫌だろう。
何がしたい!
と言うブクマコメントを見て、丁度感じた事があったので以下自分語りをする。
参加は自由なのでメンバーはよく入れ替わるが常に女性しか居ない(講師も全員女性)場なんだけども
この間行ったら珍しい事に男性が一人居た。
たまたま普段女性しか居ないと言うだけで別に女性に限定している場ではないから居たっておかしくないんだけども、
その人を見て真っ先に「何でここに男が居るんだよ」と思ってしまい、不快感が生じた。
別にその人は何も悪くないんだけど、会の間中何だかずっと居心地が悪かった。
自分でも気付かなかったけど、そこがそれまで「女性だけの場所」であったと言う事は私にとって相当重要な事だったらしい。
最初から「男女混合の場所」だと思っている場であれば男性が居ても何とも思わないけど、
今までその会では一度も男性を見た事がなくて、自分の中でその場は「女性だけの場所」だと認識していたから、
それが崩された故の不快感だったんだろう。
「女は」なのかどうかは知らないが、どうやら「私は」好きな男以外は嫌いな人間だったのだ、と言う事を実感した。
しかし「嫌いな事を表に出すな」と言うだけなら簡単だけど、「心の底から好きになれ」と言うのなら
好きにならなければ差別だ、と言うのなら、差別主義者のままで居るしかないんだろう。