はてなキーワード: 太平記とは
聖書を分けて読んでいたのと、ウェブ小説も含めているので、2022年は冊数を書くことをやめた。
上述のように、「史記」、「太平記」、「旧約聖書」と長い作品を通読できた。また、詩集も昨年と比べて増えた。意識的になかなか読めていなかった芥川賞作品を増やした時期もある。
昨年やおととしと比べて変化をつけられたか。
とはいえ、なんだかんだで生物学、脳科学、歴史、SF、海外文学が相変わらず多い。
メモを取っているので一冊にかける時間が長い。とはいえ、世界史の教科書では一行で終わっていた出来事の細部を知るのは面白い。
東アジア史が中心。
価値観が現代とは変わってしまっている点が多数あり、今読むときついと感じる箇所も。
旧約聖書を読み始める。
旧約聖書を読了。学生時代に新約聖書を通読したから一応全部読んだことになる。
生物の標本にまつわる本を読みだす。やはり生物学は面白い。ネタが尽きない。
ジョジョを読み終えた。それにしてもハルタコミックスばっかりだ。
十三機兵防衛圏については友人に薦められたからクリア後のノリで買った。
今年はたくさんいけた。行かない月もあった気がするが、それはそれ、そのときの気分に従った。
「シン・ウルトラマン」★★
「プラットフォーム」★
「12モンキーズ」★★★
(長くなったのでブコメ)
ケーブルテレビSTBでは見られない場合が多いようなのでBSパススルーとか
地域によってはSTBで見られるようになったかもしれないので最新情報要確認
・02 立冬 りっとう
・03 火中の)栗(を拾う
・04 アリア
・07 [すべて]カモシカ カワウソ アマミノクロウサギ イリオモテヤマネコ
・09 フェルメール
・10 [近似値]1403人
・13 2(番
・16 ハカ
・19 50(円硬貨
・21 富士川(の戦い
・22 アディショナル(タイム
・23 羽目(を外す
・27 [3択]ニッケル
・29 インド
・30 『魔笛』
https://anond.hatelabo.jp/20220125183017 が何か盛り上がっていたので思いつくままに追記...しようと思ったのですが、私の話より先に、いただいた「やりたいこと」をまとめさせてください。
たくさんのコメントありがとうございます。拾えてなかったらすみません。
いただいたものを眺めつつ、この週末に新しいリストを作ってみようと思います。
私のリストは、結構個人的なものも含むのでそのうち整理して、気が向いたら公開します。
...とは書きましたが、だからといって不幸な気分ではありません。
たとえばクイズのバラエティ番組を見てて、世界遺産とか地域の名物がクイズの答えになってて、そこに行った思い出の話を楽しんだりとか、普通にあります。行ったことがない観光地が紹介されていて、行ってみたいなーと思うこともありますし、実際に行くこともあります。ただ、それは「死ぬまでに絶対に行きたい」から行ったというよりは、暇だしまあいいか、という感じです。そういう細々としたやりたいことはたくさんあるので、それほど不幸でもないし退屈でもありません。
ブックマークで「子供がいたら、無限にやりたいことは出てくるはず」というコメント(ブックマークはコメントなの?わからん。)を多数いただきましたが、全く同感です。ただ、年齢的に子供はいませんし予定もありません。少し羨ましく思います。
それから「奥さんと幸せな老後を暮らす、という項目はないの?」というコメントもいただきました。項目にはありませんでしたが、そうなるといいなとは思っています。
122個目をやるときの気持ちを知りたい。「やったるで!」という感じだったのか、「アカン終わってまう…」という気持ちだったのか
粛々と...という感じでしたね。やり終わった時は感慨深かったです。ものすごい達成感を味わいました。
じゃあ死んだら?
■意味
資料1:「へそが茶を沸かす」の項による。
おかしくてたまらない、また、ばかばかしくてしかたがないたとえ。多くあざけりの意をこめて用いる。
資料7:p.219~220 大笑いしてへそのあたりが大きく揺れるさまを、茶釜の湯が沸騰するさまに見立てておもしろおかしく表現したもの、とあり。
資料8:p.118 「臍が縒(よ)れる」の項に「臍で[が]茶を沸す」があり、「臍のあたりが笑い捩(よじ)れて茶が沸くほど熱くなる」、との意味あり。
他には、「へそで茶を焼(た)く」「へそがくねる」「へそが西国(さいこく)する」「へそが入唐(にっとう)渡天(とてん)する」「へそが宿替(やどが)えする」「へそが笑う、へそで笑う」いう言い方もある。
■出典
資料1:用例として、浄瑠璃『前太平記古跡鑑(ぜんたいへいきこせきかがみ)』(1774)、『譬喩尽』(1786)、歌舞伎『盲長屋梅加賀鳶』(1886)などがあがっている。
資料2:用例として『糸桜本町育(いとざくらほんちょうそだち)』があがっており、資料9によると、安永6年(1777)初演とあり。
資料6:p.275に、『譬喩尽』の例の他に、〔役者三津物・京〕と〔六あみだ詣初・下〕の用例あり。資料10のp.757に、『役者三津物(やくしゃみつもの)』は享保19年(1734)成立とある。また、資料11のp.171に、滑稽本『六あみだ詣(ろくあみだもうで)』の項があり、初編の成立が文化8年(1811)とある。
これらの用例の中では、『役者三津物』の1734年が一番早いことになる。
『役者三津物』は『歌舞伎評判記集成 10』(資料12)p.477-544に収録されている。「役者三津物(京)」の中、立役者之部の澤村長十郎の中に、「…いつもかはらぬ古格とは、イヤハヤ臍が茶をわかす。…」(p.486)と出てくる。
[google]で<へそ×茶×沸かす×出典>をキーワードとして検索すると、資料2の用例『糸桜本町育』が出典として紹介されている。(最終検索日:2005.12.8)
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000027683
なんで図書館がこんなのにこたえてんだろ
新聞で、中央公論社の漫画「日本の古典」の広告を見た。古事記や源氏物語、雨月物語や太平記などの古典を漫画化したシリーズ作品である。その漫画を描いた漫画家がどれもビッグネームでスゴイ。石ノ森章太郎に水木しげる、いがらしゆみこにさいとうたかを、横山光輝に安彦良和、里中満智子に竹宮恵子、矢口高雄につのだじろう。みんなヒットした代表作を持つ大物漫画家である。そこらの無名の絵描きを起用した漫画ではないのだ。
今思うと、単に仕事として依頼されたからというだけでなく、こういう学習漫画を描くことで社会貢献して箔をつけようとしていたのかな。単に雑誌に大衆向けとして描くだけでは社会人的評価が得られにくかったから。あと、こういう漫画の執筆を通じて、漫画家自身も勉強になり、学がつくというのもあるだろう。最初から立派な監修がついてくれてるから安心できるだろうし。
今活躍してる漫画家たちも人気漫画家ほど、こういう学習漫画の仕事をしていくべきだと思う。子供の漫画離れで雑誌の販売部数が激減してると言われて久しいけど、そんな時代だからこそ漫画離れを防ぐために学習漫画の仕事をしてほしい。
「百田尚樹というブランド」を作り上げるのにかかった年月と、そのための努力、これは悔しいが素人では太刀打ちできないのだ、悔しいが
よく書店ではなくコンビニで売ってる、古代史や戦国時代に関する紙質の悪い雑学本の仕事をしている
その程度の本でも、Wikipediaは最後の裏取り程度にしか使わず、吉川弘文館だの中公公論社だの岩波書店だのから刊行されてる、それなりの実績がある大学教授が書いた専門書を参考に書いてる
実際、現代ではまともな歴史学者の資料に当たると「日本書紀のこの記述はウソ、当時の政治的な作為がうんぬん」「平家物語のこの記述は~」「太平記のこの記述は~」という調子で、いわゆる面白そうな話はほとんど全否定になる
逆に、マニア的に「じつはそうだったのか!」的な面白さもあるのだが、これはある程度の前提を理解したマニアでないと通じにくい
通俗歴史本の執筆という点では、誇張抜きに、俺の方が百田尚樹より真面目に仕事してると本気で思ってる
しかし、それでは売れないのだ
あのくだらん日本国紀は、「百田尚樹というブランド」の勝利なのである
そして実際、無名の歴史系の底辺ライターである俺は、『海賊と呼ばれた男』だの『永遠の0』ほどの小説は書けないし書いたこともない、負けなのは仕方ないと認める
が、たかが書店ではなくよくコンビニで売ってる雑学本でも、俺はWikipediaに頼らず、一定の実績ある歴史学者が書いた文献を参考に書くことを辞める気はない
読者に正確な事実を伝えたいなんてご大層なことではない
公開が古くてフィルムが現存しない映画でも、映画サイトでは点(星)が付けられているものがいくつもあります。
殆どはイタズラ投稿だと思いますが、中には公開当時実際に鑑賞した人による評価もあるのかもしれません。
あったとしても見抜くことは出来ませんが。
※はてなにリンク数制限があるため直リンクを行っていません。「h__ttps」「h_ttp」の「__」を削除してください。。
h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%90%E5%A9%9A%E5%AD%A6%E5%85%A5%E9%96%80
4.1
h__ttps://filmarks.com/movies/18734
h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%82%88%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%93
3.8
h__ttps://filmarks.com/movies/20802
h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%8E%E4%BA%BA%E5%93%80%E6%84%81
h__ttp://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=63840
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h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E3%81%AF%E5%BE%A1%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E3%81%8B%E3%82%89
h__ttps://filmarks.com/movies/17416
3.6
h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AE%B1%E5%85%A5%E5%A8%98
h__ttps://movies.yahoo.co.jp/movie/%E7%AE%B1%E5%85%A5%E5%A8%98/131208/
2.50 点 / 評価:2件
h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E4%B8%8B%E5%A4%AA%E5%B9%B3%E8%A8%98
本作の上映用プリントは、東京国立近代美術館フィルムセンターに所蔵されておらず[6]、マツダ映画社も同様である[7]。大阪藝術大学の玩具映画プロジェクトもフィルム断片を所蔵していない[8]。現状では、いずれも鑑賞の不可能な作品である。
h__ttp://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=62239
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h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E4%BC%9A%E4%BA%A4%E9%9F%BF%E6%A5%BD
本作の上映用プリントは、東京国立近代美術館フィルムセンターに所蔵されておらず[9]、マツダ映画社も所蔵していない[10]。現状、観賞することの不可能な作品である。
h__ttp://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=63113
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h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%B3%E6%88%BF%E7%B4%9B%E5%A4%B1
h__ttp://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=62241
平均評点 70.0点(1人)
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h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E3%81%AB%E3%81%95%E3%81%AF%E3%81%A4%E3%81%9F%E5%A5%B3
本作の上映用プリントは、東京国立近代美術館フィルムセンターに所蔵されておらず[5]、マツダ映画社も所蔵していない[6]。現状、観賞することの不可能な作品である。
h__ttp://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=41814
平均評点 0.0点(0人)
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h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E3%81%AB%E8%A7%A6%E3%81%A3%E3%81%9F%E5%B9%B8%E9%81%8B
シナリオは現存しており、1993年(平成5年)刊行の『小津安二郎作品集 1』(井上和男編、立風書房)および、2003年(平成15年)刊行の『小津安二郎全集 上』(井上和男編、新書館)に収録されている[3][4]が、ネガ原版・上映用フィルムは現存されていない。
h__ttps://filmarks.com/movies/38460
3.6
h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E3%81%AF%E5%BE%A1%E5%A9%A6%E4%BA%BA%E3%81%8B%E3%82%89
h__ttps://filmarks.com/movies/17416
3.6
h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%87%BA%E6%82%94%E3%81%AE%E5%88%83
h__ttps://filmarks.com/movies/15024
3.9
h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E5%93%A1%E7%94%9F%E6%B4%BB
h__ttps://filmarks.com/movies/29206
3.8
h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A5%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%A4%A2
h__ttp://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=62179
平均評点 70.0点(1人)
観たひと 2
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h__ttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%BE%E3%81%9F%E9%80%A2%E3%81%B5%E6%97%A5%E3%81%BE%E3%81%A7
h__ttps://filmarks.com/movies/16783
3.7
h__ttp://www.kinenote.com/main/public/cinema/detail.aspx?cinema_id=64450
平均評点 70.0点(1人)
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もともとは単に「1 条件に満足する=同意する・和解する」という意味だったのだろう。
日本書紀にもそう書いてある。
そこからの変化は、
「2 本来は満足すべきではないかもしれないが、自分は本当に満足している」(例・清貧に甘んじる)
「3 本来は満足すべきでないのに、満足してしまっている」(例・下位に甘んじる)
「4 本来は満足すべきではないが、やむをえず同意する」(例・薄給に甘んじる)
といったところだろうか。
「1」の用法は消滅したが、「2」「3」「4」はそれぞれ今でも使われていると思う。
ちなみにいつごろから使われているのか。
却て悲しむらくは、公のただ古人の糟粕を甘なつて、空しく一生を区々の中に誤る事を
この「甘なつて=甘んじて」は「3」の用法であろう。
歴史の早い段階でネガティブな意味合いを含んでいたことが窺える。
だから「やむをえず受け入れるという意味ではない」という擁護は正しい。
理由の一つに、高度経済成長期に「モーレツ」に働き過ぎた点があるように思う。
あの時代の直前までは、芸者遊びみたいなのが、どこの都市にもあった。
私の暮らす地方都市にすら、かつてちゃんと見番があって芸妓がいて、料亭があった。
あなたは、「長唄」と「謡」の違いについて、いきなり説明を求められて答えられるか?
これらの芸能が、あなたの住む町のどこで習うことができるか知っているか?
調子こいたけど、俺も詳しく知らん。
当時は、市役所の上層部や会社の社長や銀行の幹部や、金持ちの農家なんかが長唄や謡いなんかを習っていて、そして夜は料亭で遊んだわけだ。
そこでは古典に題材を獲った芸が行なわれていて、それを見て聴いてわかるリテラシーがあったわけだ。
金持ちたちは、何かを習ったり、そのリテラシーを楽しむ時間的余裕を持っていたし、そういうのに金を費やす心意気を持っていた。
彼らは「旦那衆」と呼ばれた。
経済成長の結果かなりの人間が、昔より金銭的に余裕ができたし生活の質は向上した。
だけれどその代償か、遊びは、どこかで失われてしまった。
現今ネットでは、短い間に特定のミームが流行ってそしてすぐに消えていく。
航空事故に関連する話題で「はい」と書き込まれた場合、どうリアクションするのが正しいか?
昔はそれが、源氏物語だったり平家物語だったり太平記だったりしたのだ。原文を読まずとも、なにかそれへのきっかけになる芸能があった。
私たちは、高度経済成長期以降、着物を着なくなって伝統的な日本家屋に住まなくなって井戸を止めて上下水道になってテレビのせいで方言の差異が減って……。んで伝統芸能へのアクセス手段も減ってしまった。みんな余裕ができたんだから、みんなが長唄や謡や、踊りや三味線にリテラシーがある社会になってもおかしくなかったのに。
こうした断絶を経て、今ネット社会はある。