はてなキーワード: 検査とは
自分的な記録。
「微妙」と繰り返しついてはきたけどやっぱりそうだった、というか。
聞かれた質問に適宜正直に答えただけだったんだけど。
貴方がアスペルガーだ、と医師が決め付けることは出来ないそうだけど、
そういう形質は持ってた、ようだ。
そんだけ。
確かにインフルエンザみたいに検査して菌が出てくるようなものじゃなし、
大人の発達障害ってのはこうだと断言できないそうだけど、
第三者である専門家でも「それっぽい」と言えるだけのものはあった、ということ。
てか、ネット彷徨って読めるようなことが当てはまった時点で「まさか」って思って思い込んだだけ、じゃなくて、
本物だったんだね、これ。
つーてもやっぱりお医者さんも「微妙なんですが」と繰り返し繰り返し言ってたけど。
ところで今回解けた謎。
良くある「行間が読めない」という例の、その例文の意味が今まで全然解ってなかった、ということ。
あれを「読んでみたニュアンスを思い浮かべる」みたいに言い換えてくれたお医者の先生はすごい。
というか、目からうろことはまさにこのこと、というくらいに、「行間を読む」意味がが解った。
……だって行と行の間って白いじゃん、何読むの、って、ずーっと思ってたよ……
もしくはワープロの書式における行間のことだと思ってたよ。違ったんだね。
ややこしい話ですが。
しかし精神科ってどんなところで何するんだろうってびくびくしてったんだけど、
とにかく待たされるのは別の病院と変わらないのね(笑)
予約時間から一時間くらい待たされたよ。その間問診表とか書いてたけど。
そして初診の、いわゆるカウンセリングで大体一時間かかったのに、そんなに高くつかなくて良かった(笑)
健康保険もふつーに使えるし。全くの未知の世界過ぎて、他の病院かかる時より多めに持って行っちゃったよ。
ちなみに「三週間も毎日いやなことばっかり考えて泣けてくる」状態だったので受診したのに、
ここ三日くらいそういうのはほぼ治まってたおかげで「お薬で助けることも出来るけどそういうのはその最中に来てね」って言われてしまったよ(笑)
そりゃそうだ。頭の痛くない時に薬飲んだって意味ないのと同じだもんね。
一応というか自動的に診察券作ってもらったけど、次に行くことがないように暮らしたいものですな。
かなりグレーゾーンでどうこう判断が出来るわけではないけど、アスペルガーでした。
昨日脱腸ソケイヘルニアの手術をした。今日退院した。いわゆる盲腸より簡単な手術だ。想像していた痛みがいろいろ違った。検査や手術はすべて痛くなかった。一番痛かったのは点滴の針のシールを腕からはがした時だった。腕の毛が抜けて、点滴の針を刺すとき3倍痛かった。
手術後、傷口は数時間でほとんど痛みを感じなくなった。しかし腹の中が痛い、臓器を筋肉痛にした感じだ。腹がズキーンとするので、起き上がれない、立てない、大きな声で話せない、寝返れない、しゃがめない。。。。これが予想以上に辛かった。
ヨボヨボの70歳ぐらいになった感じだ。今もヨボヨボしている。お腹に力がかかる、笑ってはいけないシリーズなど見たら笑死する。花粉や風邪が来ても爆死するだろう。でも一泊二日で退院できる手術なので、大したことでないけど意外と辛い。
3日ぐらい入院したい。
男女ともに40歳を過ぎた頃から、なんとなく人生の到達点がぼんやりと見え始める。仕事を持つ人は、その立場や職責からそろそろ定年を見据える年齢となるだろう。頑張っても先は知れてる、頑張りすぎると体を壊す、そんな年齢。でもほどよく頑張らないと、人生がドンドン先細って行くのを肌に感じる年齢だと思う。
さらに女性は、機能的に子供を作れなくなる事で、産むか産まないかを決心する年齢であり、より人生の進むべき方向性や選択肢が狭くなる気がする。
働きながら子を作るか、家庭に入るか、作らないで生きるのか。そんな苦しい設問に頭を悩ますことが無くなる変わりに、選択肢自体がなくなり「子供を作らなかった自分」が、のさばってくるのだ。
アラフォーって、女性が「産めるのに産まない」選択をする境界年齢であろうと思う。もちろん子を既に持つ人にとっても、最後の子を宿そうかどうかと考える時期だと思う。
アラフォーになって、(産まない選択をしたが既に子供のいる方や産めなくて産まなかった人は別として、)理由はどうあれ「産めるのに一人も産まない選択」をした女性にとっては、この年齢以降は産めるのに産まな「かった」人生が、今後一生待ちうけている。
結婚する時「子供の無い人生を歩もう」と決心した2人なのに、女性が産めない体になってから「別に子が出来たから離婚」なんて、どんなに辛い一生が彼女を待っているか。
そんな男性を選んだ女性の自己責任なんて、口が避けても言うべきでない。それほど一生をかけた精神的な暴力を受け続けなくてはならないのだから。
少し脱線するが、子供が欲しくて不妊治療を頑張る女性の、その辛さは男性には分かるまい。夫に「も」不妊検査を切り出すだけで、また体外受精の精子提供を提案するだけで「そんなにまでして子供は要らない。」なんて男性はシレッと言ってのける生き物だから。
出来るかもしれない可能性にかけることすら簡単に拒否されて。それなのに、妻が出来ない年齢になってはじめて「オレは子供が欲しかった」「子の命には代えられない」などと、どの口が言うセリフで自分を正当化して自分の罪をごまかし、子供を宿せなくなった女性をいとも簡単に捨ててしまう。
そういう意味では、男性には子供を持つことに年齢のリスクは伴わない。
女性が子供を作らないこと。その決意と年齢の関係にはリスクが伴う。
「作れるのに作らない」女性に「子供を作れ作れ」と、周囲がおせっかいを言うのは、そのリスクを知っているからだと思う。
「作れるけれど作らない」人は、作れなくなってから作っておけば良かった、と後悔しないよう色々と、作れるときに準備や調査や保険をかけておいてほしいなぁと思う。
自分が何のために生きているのか分からない。言葉にしてみれば酷く高2病臭いけど。
でも、向上心も向学心も好奇心もないからもちろん仕事はできない。
何も考えていないから他人とどう付き合っていいのかも分からない。
仕事の忙しさと難度と人付き合いの辛さに心が折れたのが去年の9月。
6月からの慢性的な胃痛と吐き気で常に酷い顔色をしていて化粧をする気力もなかった。
話しかけられても声が出なくて返事が出来ない。
そのうち声を出そうとすると涙がでるようになって、終いには話しかけられただけで涙ぐむようになった。
最初の一日目はずっと眠っていた。失敗して怒られる夢をみては目覚めて吐いて、また夢を見ては吐いてを繰り返していた。
二日目には耐え切れずに手首を切った。泣いて眠って、また手首を切って泣いてを繰り返して、ふと覚醒したら四日目の夜中だった。
翌々日からはまた仕事で、残った仕事もあるから死ぬわけにもいかない気がして、当日の予約が取れた病院に駆け込んだ。
死にたいと思っている。明日からまた仕事だけど電車に飛び込んでしまいそう。でも仕事があって死ねない。
医者は薬をくれた。もっと色々検査されたり話を聞かれたりするかと思ったのにあっけなかった。
死にたい、死ねない、失敗する、怒られる、死のう、仕事がある、死ねない、死にたい。
薬を飲んだところで何も変わらない気がしたけど、少なくとも胃痛は減って食欲は戻った。生理は止まったけどかえって楽だった。
ふと気がついたら、特に苦手な先輩相手でも笑顔で話かけるくらいになった。
面倒見が良くてよく話しかけてくれる先輩相手になら、冗談を言うくらいには明るくなった。
気持ち悪くなった。人当たりが良くて、やたらにこにこして、冗談には当然な顔で笑っている自分が気持ち悪い。
そう思ったら一気に気分が悪くなった。
仕事してるのは当然生活の為だけど、薬飲んでまで続けなきゃいけない生活なのか?
そこまでして人に好かれたいか?仕事を続けたいか?生きていたいのか?
どの道を選んでも、何かしらの不満がある。
仕事を続けるなら、このまま気持ち悪い自分でいないといけないし、嫌いな仕事をして怒られ続けないといけない。
転職するのなら、今の給料と福利厚生は望めないし、転職が出来るのかも分からない。
死ぬのが一番心残りが少ない。でも、一番選ぶべきではない道。
仕事を辞めて、好きなことだけして生きていきたい。
でも好きなことってなんだ。本を読むのも好きだし、手芸もしてみたい、気になるゲームもある。
でも、実際休みの日にそれをしようと思うかと言われるとそうでもない。
私が死んだところで、連絡が行くような友達はいない。恋人もいない。
家族の世間体にも迷惑がかかるだろう。仕事だって終わっていない。
でも全部やりたくない。何の為に生きてるんだろう。なんかもうよく分からない。
2010年になった。
彼を亡くして半年近くが経っていたものの、もちろん彼の事を考えない日など1日もなかった。
その時の私は、大きな問題を抱えていた。
私は心臓病で、ペースメーカーを入れていた。その電池が既に切れている状態だった。
電池が切れてもバックアップで3ヶ月は動き続けることができるものの、
設定は初期値にリセットされるため体調は悪く、また、完全に電池がなくなってしまえば突然死の危険もあった。
電池が切れていることは、もちろん知っていた。
でもその時の私は、とにかく目の前の面倒な事や嫌な事から逃げようとしていた。
だから電池の問題も後回しにして、考えないようにしていた。
しかしいよいよ電池が完全になくなろうとしていた。
私の心臓の状態から言えば、電池が完全になくなるということは死を意味していた。
でも、電池を交換する手術を受ける気にはならなかった。
死にたい、と思っていたわけではない。彼を亡くしてからも、後を追おうとは考えなかった。
でも、積極的に生きたいとは全く思っていなかった。
通っていた病院の、循環器の師長が私に言った。
このままだと、本当に危険なのよ?どうなるか分かってるでしょ?
ねぇ、お付き合いしてる人とかいないの?その人も、悲しむ事になるのよ?
どんな言葉も響かなかった。悲しむ人は、もういなくなってしまった。
それから数日後、彼が夢に出てきた。亡くなってから一度も出てきた事はなかった。
彼は、ただ微笑んでいた。何も話さなかった。手を伸ばして、追いかけようとして、目が覚めた。
結局その後、私は手術を受けるために入院した。
しかし入院したその日、主治医から思ってもいなかったことを告げられた。
ペースメーカーと心臓を繋いでいるリードがだめになっている可能性があるけど、開けてみないとわからない。
だめになっていた場合、今入っているリードはそのままにして、新しいものを新たに入れる。
そんな話は全く聞いていなかった。外来で検査を受けた時にも言われなかった。
リードはずっと使えるものではなく、いつかだめになるかもしれないのは知っていた。
でも、使えるかどうか、開けてみないと分からないというのは知らなかった。
ペースメーカーを入れたその日から、体内に異物が入っているという違和感を、
ずっと抱えて生きていた。自分の胸部XPを直視することもできなかった。
仕事で行った病院で、たまたまペースメーカーを入れた人の胸部XPを見てしまい、ひどい吐き気に襲われたこともあった。
私は手術を拒否して、同意書を書かなかった。
このまま退院させて欲しいと言った。もちろんだめだと言われた。
そんなわがままな患者に、ついに循環器科の一番偉い先生まで出てきた。
先生、というより、威勢のいいおばあちゃんだった。
旦那さんと離婚して、女手ひとつで医師を続けながら娘を育てた事。
その娘も今は医師をしているということ。高速道路で事故を起こし、死にかけた事。
それを聞いて私も、少し自分の話をした。
大学2年になる直前に意識消失発作で倒れ、ペースメーカーを入れた事。
大学を休学しなければいけなくなったこと。手術の後遺症の事。両親に理解されなかったこと。
その事を、人に話したのは初めてだった。
一通り自分の身の上話をして、私の話を聞いて、先生は病室を出て行った。
もしもリードが使えなくなっていたら、古いリードを抜去できる病院に転院する。
その病院には既に受け入れの体制を整えておいてもらっている。
自宅からは遠かったものの、循環器が有名だったその病院は良いはずだと思っていた。
でも、検査の度に嫌な思いをさせられていた。患者の事なんて全く考えていない対応だった。
そんな話を彼にしたら、こんな事を言われた。
嫌な思いをして通い続ける事ないよ。別の病院探そ。
その後、彼を助手席に乗せて家の近所を走っている時、ある病院を見つけた。
最近の病院って、スタバとかタリーズとか入ってるよね。仕事中の息抜きにいいよねw
あの病院、いいんじゃない?綺麗だし、確かあそこはウチの電子カルテ入ってないよw
その後彼はその病院の事について調べてくれた。
神奈川県内では一番ペースメーカーの症例数も多く、評判のいい病院だった。
その後、私はその病院に通うようになった。
そしてその2日後、私は手術を受けた。
結局リードはそのまま使える事が分かり、3時間程度で無事手術は終わった。
手術が終わった後、あのおばあちゃん先生が私に言った。
あんた、よく頑張ったよ。頑張ったから、神様が味方してくれたんだよ。
先生は「神様」と言ったけど、私は彼が助けてくれたんだと思った。
入社当初は会社を辞めたいばかり言っていたが、彼のあの言葉によって
この仕事を続けられるところまで続けてみようという気持ちになった。
嫌になって途中で諦めて投げ出すのだけはやめようと思った。
ただ、入社して5年目という区切りの年に、これから先どんな仕事をしていきたいか
ちゃんと考えようと思った。このまま電子カルテを作りたいかどうか。
これからの1年、どんなに辛くても全力で仕事をしよう、と決めた。
全力でやって、そのまま続けたいと思ったら残る。思えなかったら、別の道を探す。
復帰後すぐに、かなり大きな仕事が入ってきた。
当時27歳のひよっこSEには重すぎた。
でも、これだけはやり遂げないといけないと自分に言い聞かせた。
そのプロジェクトの定例の会議は福岡で行われたため、毎週金曜日に福岡に行っていた。
でもあの時のように、彼との事を思い出して押し潰されそうになることはなかった。
1年前のように現実逃避から仕事に打ち込むのではなく、自分の目標のために仕事をした。
いやいやいや
ただ
診断が難しいとか、
そういう面は確かにあるので、扱いが難しいのはその通り。
で、「うすうす自分て努力不足かも」「でももしかしてADHDなんじゃないかなー(チラッチラッ)」みたいな態度の人達は
周囲の人に対しても、はっきり診断出てる本物の人達に対しても、凄く迷惑なわけよ。
だから(チラッチラッ)を繰り返す人達に対しては「ちゃんと診察受けろ」って話になるわけだ。
本物かもしれないし全然違うかもしれない。
「医者には絶対行きたくない!」「で、も~~~(チラッチラッ)」みたいな人達が増えると
病気や障害自体について君みたいな疑念を抱く人も増えるわな。
君の今呈した疑念がまさに(チラッチラッ)族の引き起こした害なんだよ。
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/34121
この記事を書いた小松氏は、総務省(旧自治省)から南相馬市に出向している官僚が知り合いの医学生に宛てた記事を丸裸。
しかも、今は南相馬市の副市長という立場であって、総務省うんぬんではない。
内容は、医学生が給食をミキサーにかけてホールボディカウンターで計測したら?という提案を南相馬市に出したことが発端。
きちんと手順を踏まえて提案するならまだしも、思いつきで出した内容に対して、総務官僚は、筋を通して話をしてくれっと言っただけ。
もうね、ひどすぎる。本当にひどい。
やさしく解釈すれば、一方的な現場を知らない論調による見解の相違。
現場で長期に踏みとどまって本気で考えている立場と一時的な思いつきで考える立場の違い。
「給食をミキサーにかけてホールボディカウンターで計測する」
しかし、この検査をいつまで誰が実施し、そのデータをどのように公表し、その結果を踏まえてどのように対処するか、ヒト、モノ、カネ、情報の流れが明確ではないのが問題。
しっかりと最後までのフローを明確にしなければ、単に不安を煽るだけで、提案した側の自己満足にしかならない。
だから、総務官僚は、きちんと筋を通して提案してくれっと回答しただけ。
毎日計測した結果をどこに出すのかわからないけれど、子供たちに放送するのかい?
それに、こうした情報を親は「本当に」知りたいのだろうか。
きちんとニーズ調査をしたのだろうか。
押しつけの提案ではないのか。
知りたくない親に対して、バカだとかアホだとか言う人もいるかもしれない。
しかし、実際、この地域に残って住んでいる人は、低線量の被爆を覚悟している人たち。
今、残っている人(踏みとどまっている人)は、もう被爆については、耳を閉ざしている人たちなんだよ。
この医学生の提案は低線量の被爆を覚悟して現場に踏みとどまっている人たちに対して、不安をあおるだけではないのか。
現場に踏みとどまらず、離れたところから、勝手な思い込みと押しつけによる支援ほど、迷惑なものはない。
南相馬市民より
『街場の読書論』ゲラチェック95%ほど終了。年内に「あとがき」書いて、戻せそうです。
今日は「メタ・メッセージ」論を20枚ほど書き足しました。メタ・メッセージというのは「これは嘘です」とか「後ろの方、聞こえますか?」とかいう言明のことです。これは誤解の余地のないメッセージなんです。メタ・メッセージというのは「メッセージの解釈にかかわるメッセージ」のことです。不思議なのは、「後ろの方、聞こえますか?」という問いかけには二種類の回答しかないことです。それは「はい、聞こえます」と「いいえ、聞こえません」です。不思議でしょ?「聞こえません」て、お前聞こえてるやんか!そうなんです。メタ・メッセージは「聞こえない人にも聞こえてしまうメッセージ」なんです。すごいですね。
こんな話があります。ある工員がどうも工場からものを盗み出しているらしいという嫌疑がかかりました。警備員たちはこの工員が手押し車を押しながら工場から出るとき、彼をとめて、手押し車の中をすみずみまで探しました。でも、何も出てこない。毎日、止めては手押し車の中を点検するのですが、何も見つからない。さて、この工員は何を盗んでいたのでしょう?もうおわかりですね。彼は手押し車を毎日盗んでいたのです。いかにもラカンが好きそうな話ですが、「手押し車」を「メタ・メッセージ」と書き換えると、コミュニケーションについての恐るべき真理が明らかになります。メタ・メッセージは「情報についての情報」ですので、誰もその真偽や理非については問わない。警備員はこれを組織的に見逃すのです。
だからもっとも賢いメッセージ発信者はパーソナルなメッセージを「手押し車」のかたちにして発信するはずなんです。これは誰にも咎められず、どこまでも、誰にでも届くから。
情報化社会における「情報強者」とは良質な情報をたくさん所有している人間のことではありません。そうではなくて、自分の個人的なメッセージを「手押し車」に載せてやりとりできる術を知っている人間のことです。パーソナルなメッセージをあたかも価値中立的で、真偽の判定になじまず、「警備員たち」の検査の眼をを逃れるものであるかのように発信できる人間が、情報社会における情報強者だと僕は思います。つねに「自分がいま発信している情報についての情報」を繰り込むことのできる言語能力が情報社会における階層差の形成要因であるというのが僕の仮説です。自分の言明に含まれる真実含有量についての検査値を公開しながら話すんです。楽しそうなんだけどなあ。
サンデル教授ってインチキでしょ?って言ったのはウチダの個人的な感想でありまして、理由は二つ。ひとつは、「正しい決断をしなければならない」という状況設定そのものが間違っている可能性を吟味していないこと。「正しい決断をしなければえらいことになる」という状況に立ち至る前に、「そんな決断をしなくてもいい方向」に向かう分岐点がいくつもあったはずなのに、それを見落とした自分の知性の不調についてはなぜか主題化されていない。これはアメリカ的知性の特徴なんだと僕は思っています。事が起きたあとの「対症マニュアル」の整備には熱心だけれど、そもそも「事を起こさない」ための「予防的配慮」については驚くほど関心が低い。そういう国民性格の内側から出てきた「ナショナルな弁証法」だということについて、あまり自覚がないみたいだったので・・・というのがひとつ。もうひとつの理由はホーフスタッターの「アメリカの反知性主義」に出てくる伝道者たちに相貌が似ていたから。サンデルファンのみなさん、ごめんね。
えーと。
風俗を使うことをここで開き直っている男の悪しき所は、
後ろめたくないんだったら彼女に言えばいい。
プロのテクで心地よく射精させてもらうのが、美容院へ行くのと同じ「正当なサービスの消費」なんだったら、彼女に言えばいいよね?
なぜ隠れて行くのかわからない。もし後ろめたいなら、それは正当じゃないってことだ。
正直に言ってくれれば、風俗漬けの男とは別れようとか、検査に行こうとか、この人と粘膜接触は控えようとか、
ヤったあとは石鹸で洗おうとか、はたまた私も出張ホストと寝ようとか、色々行動のしようがある。
でも隠されたらどうしようもない。
「元彼の元カノの元彼の元カノの・・」っていうSTD注意喚起のCMがあったが、それと同じ。
1 :内緒で夫より:2001/04/01(日) 01:55
実は、わたくし今年に入って同僚達と風俗とやらに行ってしまいました。
これは最近気付いたのですが、その間にも妻と何度かエッチをしました。
風俗に行ったと知れたら、離婚騒動なので、行くにいけません。。
どなたか教えて~~~
2 :名無しの心子知らず:2001/04/01(日) 02:02
マジネタ?
3 :名無しの心子知らず:2001/04/01(日) 02:03
なかったけ?
あと、早産のリスクが高まるはず。
4 :名無しの心子知らず:2001/04/01(日) 02:05
余計な心配はかけるとかわいそうなので、まずは自分の事をはっきり
させるべき。で、性病なら離婚だとかは二の次なので病気を治す事
に専念しましょう。病名は分かりませんが、病気が母子共にいいわけが
ありません。
5 :可能性:2001/04/01(日) 02:13
淋病:妊娠中に幹線し、お産の時に産道感染すると赤CH長結膜炎を
尖圭コンジローム:妊娠中は影響がありませんが、産道感染する事
クラミジア:出産までに直さないと産道感染し、赤ちゃんが結膜炎
肺炎を起こす恐れあり。
性器ヘルペス:出産までに直さないと産道感染し、新生児ヘルペス
症候群を起こす恐れあり。これにかかると死亡率が高く、
助かっても後遺症が残ることがある。
http://mimizun.com/log/2ch/baby/986057724/
洒落にならないよな。
ちょうどその時洗濯物をしていたので、後で見ようと放置していた。
なんてちょっぴりドキドキしながらメールを見た。
差出人:母
本文:左側が痺れてろれつがまわらなくて、軽い脳梗塞です。心臓にペースメーカーを入れているので、MRIは使用できないので詳しい所まで検査が出来ないようです。〇〇病院の8階8H6に入院してます。あんたが来てくれたら元気になるかも(笑)
は?
脳梗塞?
倒れたの?
いつ?
なんで?
心筋梗塞??
疑問で頭がいっぱいになった。
親父からは何の連絡も無い。
いくら仲良くない親子だったとしても。
現在22時。
こういう時に限って間の悪いメールが来る。
よし、面会に行こう、すぐに。
そう思って病院の面会の時間を調べてみると、面会時間は20時迄。
今はもう23時。
今日はどうやら無理だ。
胸がざわつく。
軽く動揺してる?
でもそれほど慌てていない自分を少し冷たいと思った。
明日の朝行くよ。
と、メールして寝ることにした。
布団に入ってからもしばらく色々な思いが走馬灯の様に思い出されて眠れなかった。
まぶたのうらに母の麻痺して歪んだ顔がちらついた。
他に怪我はしてないかな?
親父はとても一人じゃやっていけないんじゃないか。
また手伝わなきゃならないのかな?
早く結婚しておけばよかった。
こんな時に家族がいたらきっと心強かっただろう。
朝になった。
時刻はすでに8時を回っていた。
寒さで布団から出られないが、起きなきゃ。
でも、眠気に負ける。
ごめん、おかん、親不孝な俺を許して。
まどろみの中で問答を繰り返す。
仕事の支度を済ませる。
いつもは慌ただしい朝だけど、今日はずっと落ち着いていた。
道中様々なことを考えた。
思えば、ここのところ立て続けに悪いことばかり起こってる。
その2ヵ月後祖母が突然倒れ他界。
継いでからちょうど1年後、自分は親父と喧嘩して家を飛び出し、今は運送業で働いている。
母の負担は一気に倍増したはずだ、辛労が祟ったのかもしれない。
俺も加害者だな。
すまない。
母方の親戚には結婚の事、仕事の事で色々言われていたので、また言われるかと思うと気分が重くなった。
そのS病院では祖母の姉も亡くなっていた。
医者も足りず、ほとんど助からない…S病院のいい噂は聞かなかった。
きっと母はそこだけは避けたのだろうと思った。
病院の駐車場へ止め、エンジンを切ってドアノブに手をかけた時だった。
昨日よりもずっと強く、悲しみが胸を貫き、涙がこみ上げてきた。
ここに来てようやく実感が湧いてきたらしい。
胸が苦しくなって嗚咽が出た。
しっかりしなきゃ。
母の前ではせめて笑おう。
足取りを確実に、メールに書いてあった8階8H6を目指し院内を奥へ進む。
途中エレベーターに乗り換える。
8階について、一際大きくなる不安と悲しみ。
ここに、変わり果てたおかんの姿が…。
そう思うと足取りがずっと重くなった。
そこから先はE8F8G8H8と4方向に分かれていた。
どこにもH6なんて無い、間違えたのだろうか。
ちょうどそばにいた掃除のおばさんに尋ねてみると、H6は6階だと返答が返ってきた。
メールに書いてあったのは8階。
階は間違ってないだろう…もしかしたら8HとH8を間違えたのかも。
そう思ったら涙が出た。
ナースや掃除の人が忙しそうに働いている間を抜けて、部屋の上の番号を確認して一歩一歩進んでいく。
誰も自分に興味を示さない。
1…2…
途中目に入る病室の中は、
お歳をめしたご老人ばかりが目についた。
3…4…
近づいてきた。
心臓の鼓動がはっきりと響いてきた。
5…
次だ。
6。
ここだ。
部屋の入口に貼られた名札を確認する。
6人べやで上から順に名札を見ていく。
果たしてそこにあったのは
増田…
公造
…それは爺さんの名前だった。
選択小梨と、希望はあるけど不妊とか経済的理由で小梨・結婚できない人を見分けるのが、
今の所は難しいからね…。
うちは一応選択小梨(検査を受けていないので、不妊かどうかそもそもワカラン)で、
生活に支障が出ない範囲なら経済的支援はまったくもって喜んでするが、自分がほしくて
できないのに子供いる家庭のために金払えといわれたら、納得いかないだろうなぁ。
そしてやっぱ「子供産むのは本人達がほしいから勝手にやってること。お金ないのに
無計画に持つのは救済しなくていい」的な人はけっこういるよね…。
ぶっちゃけ経済的には全然問題ないんだけど、心身と財布の負担のわりに報われない感っていうか、
何でもかんでも母親の責任みたいなプレッシャーというか、絶対途中で心が折れるよなー…
って思っていまいち踏み出せないというのはあるよね。
癌は発見が早いほど治る可能性が高く、遅れるほど死亡率が上がる。このような常識を持っていながら、殆どの人は早期発見の十分な対策をしていない。
年1回の適当な検診では不十分だと思われる。吉田所長は去年の検診で異常なしだったが、今年食道癌が発覚して退職(という情報がある)。
がん検診はご存じの通りコストが高い。金も時間もかかる。PET検査でも受けようなら15万とか。庶民にはきつい。
しかし癌になったら高確率で早死にするのである。この間も癌で妻を亡くすまでの詳細な手記が話題になっていたが悲惨だった。今年は川上とも子も死んだ。30や40代でこの世を去ることは多くの人に不本意だろう。俺なら金を払っても避けたい。死んだらおしまいだ。周りも悲しむ。
いいPCを買ったり趣味に金やコストを使うよりも、癌の予防に使うべきだ。「不幸な死を避ける」ことに、社会がもうちょっと本気出してもいいのではないか。
日本がこんな状況になってしまったのだから癌は「なったらしょうがない、多分ならない」じゃなくて、なるものとして死なずに済むことを考えようぜ。
サーバーは落ちる、バグは起きるとの前提で対策をしておくのと同じだ。そういうことには合理的で神経質になるのに、自分の命に無頓着っておかしいだろ。事の重要さを天秤にかけて、正しく判断できるのが頭が良いということだ。
これは、「(他のライブラリが必要な)特殊なモジュール使ってますか?」「環境依存の設定ありますか?」とかを包括した質問かもしれない。
(コンパイラオプションで関数を使う/使わないって切り替えする奴とかで、おまじないとして大量の定義が必要な仕事場はあった)
使ってる検査ライブラリが、ドライバのライブラリを静的リンクしてた時、「なんか(インストールとか)必要なの?」って聞いたこともあるよ。
「この○○ってライブラリが参照してる××ってなに?」じゃなくてね。
まぁ、言語仕様は知ってるけど、開発環境の仕様は知らないって人、多いよ。
んで、そういう事についての感性が低い人は、確かにいる。
まず、病院にいったほうがいいでしょう。
>処女を失ったときはとにかく激痛で、その後2ヶ月くらいはただ痛みに耐えるだけが続いた。
これは多分…あなたの体で心配なことがありそうです。もしかしたら実はまだ炎症があるかもしれませんし・・・
いくつかのサイトや本に書いてあると思いますが、本当に狭い人は狭いのです。
処女膜が復活してしまう場合もあるわけで、病院で今どういった状態か診ていただいたほうがよいでしょう。
>内臓を圧迫されているような苦しさがあるだけ
急ぐ必要はありませんが、あなたの体に実は負担がかかっている可能性も否定できません。
(もしかしたらポリープや筋腫が邪魔してる可能性もなきにしも??)
いやーそれはどうでしょうか?嗜好は人それぞれですから、絶対居ないとは断言できません。
嫌なものは嫌だといえる関係になるほうが大事ですよ。きちんと話し合いしてみましょう。
一人(二人?)で悩まずに、きちんとした専門家に聞いたほうがいいですよ。
頑張って。
このたびの東日本大震災で、東北から関東の一部まで大被害を受けましたが、我が社も陸前高田の坂井宏所長御夫妻とそのご子息および、各店の所長の御家族五人、YCスタッフ一〇人がお亡くなりになりました。深く哀悼の意をささげます。また、YC店舗は全壊六戸、半壊・一部損壊一七戸という被害を受けました。
今回の震災の被害対策については、政府の対応は誠に非能率で憤慨するところ大でありますが、グループ本社及び傘下各本社は、宮本副社長販売担当のもと、労力的にも、資金的にも迅速に対応し、その報告を聞いていささか心を癒されました。今後とも被災地YCの復興に全力をあげるつもりであります。また政府の被災地全体にわたる救済、復興の不手際については、紙面で厳しく批判し、督促してまいります。
さて、震災後の五月二十六日に、読売新聞が週刊新潮の無責任なデマについて提訴した名誉毀損訴訟に対して賠償金の支払いを命ずる判決が出て、全面勝訴しました。
この新潮報道では、二〇〇九年六月十一日号で、「新聞業界最大のタブー"押し紙を斬る"」というタイトルで、「読売18%、朝日34%、毎日57%が配られずに捨てられていた」と断定しております。判決では「読売新聞においては"押し紙"が存在すると推察することもできない」として、新潮報道が全面否定されました。
新聞が二割、三割、五割以上もの紙を配らずに捨てるというような不合理な無駄をしていれば、用紙代、印刷代、輸送費及び人件費の消耗で直ちに倒産しているでしょう。
過去十年間の読売新聞の決算報告をもとに数字を申し上げれば、この十年不況で日本経済が停滞し、また新聞外のメディア、特に電子メディアの普及等もあり、販売部数が減少したことは事実であります。
しかし、二〇〇二年三月期と、二〇一一年三月期の十年間の読売新聞の収支を申し上げると、販売収入は二六四九億円から96.61%の二五六〇億円に減少、その落ち込み幅は3.39%に過ぎません。その間のABC部数は一〇一五・二万部から98.74%の一〇〇二・四万部に減少、落ち込み幅は十年不況の中で僅か1.26%であります。
それに対し、景気を最も敏感に反映する広告収入は、一五〇六・九億円から53.16%の八〇一・二億円に減少、落ち込み幅は46.84%にも達します。
それにもかかわらず、黒字経営を続けているのは資材、人件費の節減や、製造工程の近代化、合理化による節減と保有株の配当収入、不動産賃貸収入の安定もありますが、最大の原因は販売収入の減少が極めて僅かだったからであります。
週刊新潮の言うように、印刷した新聞の18%も捨てていれば、このような安定した販売収入はあり得ません。
大きく言って、読売新聞の収入構造は、販売6、広告2、不動産賃貸収入、配当収入、巨人軍等の事業収入2の割合です。そのうち二割を占める広告収入が十年不況で半減したのに、堂々たる黒字経営を続けていられるのは、ここにおられるYC所長の皆さまの日常の努力による販売収入の安定でありまして、皆さまの献身的な愛社精神と堅実な経営努力に心から感謝申し上げます。
ちなみに、最近倒産の多発している米国の新聞の広告収入依存度は、七割から八割であり、これは宅配制度の不備によるものです。
さて、原発問題と今後の日本と世界経済の問題について若干言及致します。
現在稼働中の原発もいずれ点検による稼働中止になり、このままでは来年には、日本の全原発が稼働停止になります。もし、日本の電力の29%をまかなってきた原発が動かなくなれば、日本の産業生産は縮小し、かなりの企業が倒産し、失業者が増大し、税収は減り、国家財政は破綻する恐れがあります。
菅首相は、現在9%の再生可能エネルギーを20%とか25%に増大するという夢を語っていますが、彼の言う再生可能エネルギーのうち8%は水力発電です。これを増強しようとすれば、民主党政権の言ってきた「コンクリートから人へ」を逆転させ、ダムを建設しなければなりませんが、それには五年、十年かかるし、また日本にはその適地もなく、コストは巨大になります。
菅首相の言う太陽光、風力発電は、現在全発電量の0.5%くらいで、日本の地理上、適地が少なく、風力発電は海上に巨大な浮体を作って乗せるほかなく、それも巨額な出費をもたらします。
太陽光発電は、理想としては良いのですが、実際に広大なパネルを作ろうとすれば、それも巨費を要し、一朝一夕にできるものではありません。
そうなれば、今問題になっている玄海原発のように、政府が安全を保証する点検済みの原発を再稼働させていく以外には、日本の経済、財政、産業、国民所得を維持する道はありません。
私が枝野官房長官をはじめ、関係政府要人や専門学者達に聞いたところによると、福島第一原発の事故は、地震によるものではなく、大津波によるものだということです。
つまり、地震による揺れで原子炉が破壊されたのではなく、大津波によって原子炉の冷却装置を稼働させる電源と冷却装置をつなぐ配電管が破壊され、冷却装置が止まってしまったこと、また海水を汲み上げるパイプ、そのための発動機の損傷もありました。
海面上一〇メートルの所に作られた第一原発は壊れましたが、一五メートルの高台に作られた女川原発は、津波による被害がなかったので、今すぐにでも稼働できるのです。日本海側、瀬戸内海側の原発は、二〇メートルの津波をかぶる心配はありません。静岡県の浜岡原発も、完全な防潮施設を作れば安全になるでしょう。福島第一では電源を地下に設置してありましたが、浜岡では建屋の屋上に設置してあります。
福島第一の事故で、たくさんの人災的原因が明らかになりました。この経験と知識と高度な日本の技術をもってすれば、耐震性は証明されている日本の原発に対し、さらにどんな津波が来ても、外部電源とつながる炉の冷却装置を損傷しないような防御装置を構築することは可能でしょう。震災後四カ月たっても、こういう措置を稼働中止中の原発に対して取ってこなかった政府は、一体何を考えていたのでしょうか。
ドイツが原発を中止したといっても、ドイツはフランスの原発から電力を輸入しているからできることです。
過剰な原発アレルギーで、日本の電力の三割を止め、節電とか自粛とかを連呼しているのみでは、日本はいずれ産業国家として世界三等国に転落し、貧困や失業に悩まされるのではないでしょうか。
読売新聞社は、この不況の中で、大手町の一等地に三三階の新社屋を建設します。首都直下型地震が来ても安全な耐震性、非常の時の自家発電や、交通途絶対策としての非常食の備蓄等、完壁なビルを無借金で建てます。
私が社長に就任した二年後、借入金はピークで一六四一億円余ありました。社長就任以降今まで五六五四億円設備投資しましたが、現在すでに返済し、数百億円の預金があります。つまり、二十年前に千数百億円借金をしなければ、新規設備投資ができなかったのです。しかし今、大手町に最新の建設技術の全てを取り入れた高層ビルを建てるのに、新たな借金は必要ありません。
現在の我が社の基本的な経営体力は、皆さんの努力による安定した販売力、YCの店力、全従業員の愛社精神が基軸であります。
さらに、読売新聞の主張する税制改革案を含む財政、経済、社会保障、産業政策等が、ポスト菅の内閣によって実現されれば、不況も解消し、広告収入の低落にストップがかかり、増収になり、その成果を皆さんとともに享受できるようになるでしょう。
次に今回の読売グループの人事異動について説明します。すでに新聞等に細かく報道されているので、重点について述べます。
内山前社長は昨年春、令夫人が大きな手術をして以来、術後が思わしくなく、そのショックで本人もいささか精神不安定になり、特に3・11の地震後の社務にはほとんどたずさわらないという状態になり、私宛に、夫人の看護に専念したいとの辞表が提出されました。
内山君は私の永年の忠誠な部下であり、私には万感こもごも至る思いもありましたが、新聞社として緊急非常の事態の中、その辞表を認めました。
老川東京本社社長は定年に達していたので、グループ本社の最高顧問としてグループ全体について指導してもらうこととしました。
私は依然、事実上の最高経営責任者として残りますが、八十五歳という高齢を考え、実務は白石興二郎君に、グループ・東京本社の代表取締役社長を任せることにしました。白石君は、編集局長、論説委員長、メディア戦略局長、社長室長等を歴任、社務の全般に通じており、最適任と思います。また、政策理論家として社外でも評価されている早川準一君にグループ本社の副社長兼副主筆として私を補佐してもらいます。
販売担当の宮本友丘君は東京本社副社長に昇格、私の直轄下で、東西の販売政策を指揮してもらいます。
内山君の病気のこともあるので、八十五歳という最高齢で、事実上の最高経営責任者である私の健康状態について報告しておきます。
今月、慈恵医大病院で、世界的な血管外科の大家として知られる大木隆生先生に、全身の内臓検査をしてもらいました。その検査結果の一部を読みます。
これは大木教授より読売診療所の近藤所長にあてられた報告書です。
「渡辺さんは、息切れなどの症状もなく、極めて健脚です。血液検査については、γ-GTが少々上っている以外、異常はありません。肝機能は極めて正常です。
次に、心電図と脈波検査を行いました。血圧は正常、閉塞性動脈硬化症がなく、脚の血流が良好です。
CT検査の結果、まず脳に関し驚くべきことに脳の萎縮が全く進行しておらず、頭がさえていることが見てとれます。脳動脈瘤、甲状腺、嚢胞や腫瘍もありません。心臓も肥大や大動脈弁石灰化もなく、極めて若々しい状態にあり、六十歳代くらいの若々しさと言えます。肺にはがん、腫瘍も認められません。極めて健康的な肺です。膵臓が唯一の所見のある部位で、萎縮があり、前糖尿病と言えます。腹腔動脈、上腸間膜動脈、および左右の腎動脈に狭窄はありません。
腰椎に高度の変形を認めます。腹部大動脈、腸骨動脈に動脈瘤や狭窄病変などはありません。膀胱に異常はありません。現時点で治療を行う必要はないと思われます。
内臓脂肪が多く、膵臓が萎縮していますので、一層のカロリー制限と定期的な運動を続けられることは膵臓のみならず、高血圧、痛みのある膝関節にとっても良いことです。
最も素晴らしいことは、八十五歳と高齢であるにも関わらず、脳に萎縮が全く見られないことです。人間にとって肝心な脳、心臓、腎臓、肝臓が全て六十歳代と思えるほどの若々しさです。
東京慈恵医科大学外科学教授血管外科 大木隆生 読売診療所 近藤和興先生御侍史」
以上が目下の私の健康状態なので、新社屋の完成する年、つまり米寿までは持ちこたえるでしょう。この世には小生が早く往生することを願っている人も少なくないようですが、その人達は失望されても仕方のないことです。
最後に、ポスト菅の首相が誰になるかを予想することは、巨人の勝敗の予測よりも困難であることを告白してごあいさつと致します。