はてなキーワード: 大晦日とは
昨年の大晦日に一方的にシフトを週一にされ(事実上の解雇韓国)
更に別のスタッフに逐一業務内容を報告させ(嗅ぎ回らせて
「意図的に指示を聞かず、陳列の間違いがすべてわたしのせいである」
という様に「解雇事由」になるよう工作するようなところだ。
内容はこちらのやることなすことを否定することで、
「その時こう考えた」ということは「言い訳」と一蹴され
「いや俺らが沿う感じなるなど。
何かを説明していても
「ていうか5分10分でコロコロ考え変わるよねwwwwwwwwwwww」
という揚げ足取りで全く話にならない。
「仕事ができないってことでお前解雇することも出来んだよwwwwwwww」
といっても
「俺らがそう感じてるからお前は仕事できないしやる気もないのwwwわかる?」
てかなんで期間中にそうしなかったの?うちの店長オオバカだろ。人見る目ないだろ。馬鹿なの?死ぬの?セリアなの?
ぶっちゃけ客として利用していた時から店員は無愛想だし唯一の取り柄は品揃えだと思ってましたから。
ついでにいうとGET店は何度か行きましたけどごちゃごちゃしてて10分で帰りたくなるような店だった。
ぶっちゃけ「セリア」だなんて気づきもしなかったよ。だっていて楽しくないんだもんwwwwwww
まあそういうとこの店長さんだから、気に入らない従業員はそういうふうに圧力かけてやめさせてきたんだろう。
というか、セリアは全店、そういう店なんだろう。
まあ貴重な言質はとれた。まあ気分で従業員のシフトを減らす店だと判明したので、改善は期待しないが、揉め事起こして辞めてやる。
昨年の大晦日に一方的にシフトを週一にされ(事実上の解雇韓国)
更に別のスタッフに逐一業務内容を報告させ(嗅ぎ回らせて
「意図的に指示を聞かず、陳列の間違いがすべてわたしのせいである」
という様に「解雇事由」になるよう工作するようなところだ。
内容はこちらのやることなすことを否定することで、
「その時こう考えた」ということは「言い訳」と一蹴され
「いや俺らが沿う感じなるなど。
何かを説明していても
「ていうか5分10分でコロコロ考え変わるよねwwwwwwwwwwww」
という揚げ足取りで全く話にならない。
「仕事ができないってことでお前解雇することも出来んだよwwwwwwww」
といっても
「俺らがそう感じてるからお前は仕事できないしやる気もないのwwwわかる?」
てかなんで期間中にそうしなかったの?うちの店長オオバカだろ。人見る目ないだろ。馬鹿なの?死ぬの?セリアなの?
ぶっちゃけ客として利用していた時から店員は無愛想だし唯一の取り柄は品揃えだと思ってましたから。
ついでにいうとGET店は何度か行きましたけどごちゃごちゃしてて10分で帰りたくなるような店だった。
ぶっちゃけ「セリア」だなんて気づきもしなかったよ。だっていて楽しくないんだもんwwwwwww
まあそういうとこの店長さんだから、気に入らない従業員はそういうふうに圧力かけてやめさせてきたんだろう。
というか、セリアは全店、そういう店なんだろう。
まあ貴重な言質はとれた。まあ気分で従業員のシフトを減らす店だと判明したので、改善は期待しないが、揉め事起こして辞めてやる。
昨年の大晦日に一方的にシフトを週一にされ(事実上の解雇韓国)
更に別のスタッフに逐一業務内容を報告させ(嗅ぎ回らせて
「意図的に指示を聞かず、陳列の間違いがすべてわたしのせいである」
という様に「解雇事由」になるよう工作するようなところだ。
内容はこちらのやることなすことを否定することで、
「その時こう考えた」ということは「言い訳」と一蹴され
「いや俺らが沿う感じなるなど。
何かを説明していても
「ていうか5分10分でコロコロ考え変わるよねwwwwwwwwwwww」
という揚げ足取りで全く話にならない。
「仕事ができないってことでお前解雇することも出来んだよwwwwwwww」
といっても
「俺らがそう感じてるからお前は仕事できないしやる気もないのwwwわかる?」
てかなんで期間中にそうしなかったの?うちの店長オオバカだろ。人見る目ないだろ。馬鹿なの?死ぬの?セリアなの?
ぶっちゃけ客として利用していた時から店員は無愛想だし唯一の取り柄は品揃えだと思ってましたから。
ついでにいうとGET店は何度か行きましたけどごちゃごちゃしてて10分で帰りたくなるような店だった。
ぶっちゃけ「セリア」だなんて気づきもしなかったよ。だっていて楽しくないんだもんwwwwwww
まあそういうとこの店長さんだから、気に入らない従業員はそういうふうに圧力かけてやめさせてきたんだろう。
というか、セリアは全店、そういう店なんだろう。
まあ貴重な言質はとれた。まあ気分で従業員のシフトを減らす店だと判明したので、改善は期待しないが、揉め事起こして辞めてやる。
「つなぎでもいいんだよ」
2011年12月31日、僕の父方の祖父、父の父が亡くなったと田舎から連絡が入った。
葬儀は三が日が明けた4日になるそうだ。父の田舎の風習で、先に火葬を行うとのことで、火葬を3日、葬儀を4日に行う予定だ。
父は長男なので、当然喪主となるべきところなのだが、数年前に脳卒中をしており、言葉と体が不自由だ。
近しい親戚がいるので、その親戚が喪主をすることになる。本来は長男である父がすることであるのはわかっているのだが、
挨拶が満足にできない、歩くのも立ち上がるのにも時間がかかる父が、喪主のような忙しい役目は果たせない。
親戚が喪主を務めることには誰も反対しなかった。大晦日の時点で、祖母もそれを了承していた。
我が家は田舎から離れているので、2日には現地入りができるように移動手段・ホテルの手配をした。
ここでも本来ならすぐにでも駆けつけなくてはいけないのだが、31日はまだ帰省ラッシュであり、新幹線も飛行機も取ることができなかった。
ここからが問題なのだが、1日年が明けた頃に親戚から連絡があり、父は出席をしないように、と母が言われたのだ。
田舎では、脳卒中のような病気で障害をもつと、狐に憑かれたとか、祟られたと思われるというのである。
父が脳卒中をして体が不自由なことも祖父母は近所に話をしていなかったそうだ。
そんな馬鹿な話があるだろうか。
実の息子である父が、障害を持っているからといって、葬儀に参加できない理由になるだろうか。
そりゃあアメリカだって創造論や神の存在を一般市民が信じているのだから、日本の片田舎の住人が狐の祟りを恐れていても不思議じゃない。
しかし、親の死目に立ち会えなかった父が葬儀に出れない理由にはならないだろう。
無理解ゆえの憤りを、これほど覚えたことはない。
もちろん親戚や祖母も、父には来て欲しい気持ちがあるのだ。それは分かっている。
だからこそ、世間の目のために葬儀に出席できないというのは、やりきれないのだ。
父は言葉が不自由だからか、葬儀に連れて行かないことを告げても何も言わない。
おそらく田舎の考え方が分かっているのだろう。しかし、葬儀に出たくないはずがない。
普通の家庭なら、親の葬儀にはなんとしても参加したいはずなのだ。どうかしている。
長男不在のまま、長男の息子として出席する。おそらく何かしらの役目を果たすこととなるだろう。
きっと会ったこともないような祖父の知り合いなどに、父は病気で来れない、とか嘘をつくだろう。
そう言うように、という説明を親戚なりから受けるのだろう。
どのような顔をして親戚や祖母に会えばいいのか、まったく分からない。
教育とか宗教とか、原因を挙げて批判したって虚しいだけなのだ。
あの記号だけで書くプログラミング言語。
あれの記号を置き換えた言語って、ネコミミモードのやつとかみさくら語のやつとか、いろいろあったけど、
同じようにスキャットに置き換えればブレインファック書きながら音楽っぽくなるんじゃね?
って思いついた。けどしょせんは俺の思いつきだからたぶん誰かがもうやってるだろうと思う。
そんだけ。大晦日に何言ってんだろうね、俺は。
無職だのニートだの自宅警備だの、そういう括りに入る人たちのネタはもはや一般化していて、俺も最近まではそういうのに割と寛容だった。
自分には関係の無いことだから単純に面白いなとかその程度で、そういうレッテル貼られるような人たちも、何かしらの理由があってそうなんだろうとか、
仕方ない部分もあるんだろうなとか。
ただ最近、自分の親族にそういう奴がいたことがわかった。若いころのちょっとした挫折がきっかけらしいけど、もう15年無職。
その間にうつ病と精神的な病気にかかって、そのせいで頭がおかしくなり、そのころ数百万の借金を作ったんだとさ。
本人はずっと無職でもちろん貯金なんてあるわけもない。その借金をどうしたかというと、親が自分の退職金や貯金を充ててかわりに完済したと。
奴はもう年齢も40で、ろくに人と話もできないコミュ障、そのくせいまだに底辺の仕事は嫌だとかぬかしてるらしい。
親だって、自分が年老いたときこんな目に遭うつもりで奴を育てたんじゃないだろう。定年まできっちりと真面目に仕事をやり遂げて、
裕福ではないながらも、たまに子供や孫と会ったりして、彼らの成長に目を細めたりしつつ、老後をゆっくり過ごしたかったはずだ。
事実、そのことで親は相当参ってるらしい。もう病院に預けたいとか、熟年離婚して、どちらかがそいつを引き取って暮らそうとか。
すべての原因は、たった一人のクズのせいだ。俺は言いたいね、お前はさっさと死ねと。それでみんな救われるんだと。
親の金を食いつぶして仕事もせず寄生してるだけの一般無職も問題だけど、1000歩譲ってまだそれはいいよ。
頭さえおかしくなければまだ立ち直ることだってできるだろうし、多少でも自分で稼げる能力があれば十分だと思う。
でも、奴はそれも無いばかりか、とんでもない迷惑を親に対してしてるわけだ。もう更正の可能性も薄いだろう。
こんなのがのんきに年越して雑煮やおせち食うとか許せない。年越し前に死ぬべきだ。
もしかしたら本人もそのことに負い目を持っているのかもしれないけど、それこそ問題だろ。解ってるなら、やるのか死ぬかはっきりしろよ。
でもどうせもう無理なんだろう、知ってるよ。
すごく偏った極論を言ってるのは解ってるけど、俺の考えは間違ってるのか?
それとも、そこまで背負うのが親としての役目?どうしようもない問題ってことも解ってるんだけど、やっぱり納得いかない。
年末にこんな内容ですいません。みなさん良いお年を。
しかし同人誌という存在すら知らない高校時代にコミケに関連した強烈な出来事に出くわしたことがある。
それは高校3年生の12月31日、大晦日だった。
その日は代ゼミ慶大模試なる模試があったから友達と代ゼミ横浜校まで行ってきた。
模試の内容は散々なもので、慶応が第一志望校だっただけにすごいショックを受けながら京急に揺られて帰っていた。
ダァシエリイァス
京急に乗ったら車内の端に特大サイズの紙袋を5、6個も持っている男の人がいた。
この人は髪の色が銀色でオールバック、黒いマントを着ていて、雰囲気はFF8のサイファーに似ていた。
サイファーはドアにもたれながら、目を細めて窓の外を見ていた。
大晦日でみんなスーパーの袋にカニだのを買っている中、すごい浮いていた。
友達と俺も窓の外を細目で見て「線路は、続くよ、どこまでも・・・」と言い合っていた。
上大岡駅に近付くアナウンスが流れるとサイファーは全部の紙袋を両手に掛け、持ちあげようとした。
その時一番大きな紙袋(半畳くらいのサイズ)の取っ手から中ほどまでビリビリッと音を立てて切れてしまった!
そこから溢れでてくる同人誌の山。出てくる表紙は全てロリ系。車内の真ん中まで滑っていった表紙は幼児が裸でマ◯グリ返しをしている絵。
サイファーは冷静にマントを抑えつつ溢れ出る同人誌をかき集めた。しかししゃがんだところで別の紙袋からも同人誌がこぼれだす。
ダァシエリイアス
次の停車駅の金沢文庫までの10分間はいたたまれなくて見れなかった。
ダァシエリイアス
金沢文庫で慌てながらも上りのホームにかけていくサイファーを横目に模試の結果とかどうでもよくなって、ただ大晦日にあの人災難だなと思いました。
家に帰ってネットを開けばコミケまとめの記事。ああ、あの人はコミケに行ってたんだ、と。
これが俺のコミケの思い出です。
痛紙袋とかが出回っている今、同人誌が公共の場で公開されるのに抵抗の無い方もいるかも知れませんが周りの人がとても気を使ってしまいます。
同人誌の持ち帰りにはどうぞ注意してください。
買って買って買いまくれ
買って買って買いまくれ
買って買って買いまくれ
日経平均9000円にのるかそるかの水準なんて何年ぶりかの安値だ
配当利回り5%の株だってそこらじゅうに落し物のように落ちている
純資産が100億なのに時価総額がその半分なんて株もたくさんある
50億円が落し物のように落ちている
今までは政府がバカで日銀が保身だったから株価は上がらなかった
バラ撒け バラ撒け バラ撒け バラ撒け バラ撒け バラ撒け
弱気な奴は買えない
強気過ぎる奴は皆今週に入って退場させられた
残っているのは空白
住宅ローンを何千万も抱えているけど同じくらいの額の株式投資をしている
今週に入って500万損したが500万ぶち込んで200万儲かった
総力で買いに行く
今年の大晦日には住宅ローンを繰り上げ償還して港区のタワーマンションでドンペリで祝杯だ
買いまくれ 買いまくれ 買いまくれ 買いまくれ 買いまくれ 買いまくれ
2011年2月初旬、はじめての妊娠がわかって、とてもうれしかった。
昨日、稽留流産の手術をした。まだ、気持ちの整理がついていないけれど、幸いに術後の痛みもほとんど無いので、記憶が確かなうちに記録する。
様々な方が経験を手記やブログとしてネットで公開されていて、それがおおきな助けになったので、自分も増田として一助になれればと思う。長文お許し下さい。
筆者、36歳、自宅で自由業。結婚10年目。夫は38歳、研究職。ふたりぐらし。
仕事が落ち着き、経済状況も安定してきたので赤ちゃんをむかえることに、2010年秋からとりくみはじめた。
基礎体温は2010年7月から記録をはじめた。葉酸は、1年ほど前から意識して摂取するようにしていた。
夫は頭の中が研究のことばかり。いつも帰宅が遅く、ごはん食べてそのまま泥のように眠るのが日常。
仕事を家にもちかえって、私がデータ整理を手伝いながら、夜半まで趣味とも仕事ともつかない作業をする日も多い。
そんなわけで、いままでかんばる回数は月に2回あればいいほうだった。
夫の妊娠についての知識は「排卵日にがんばれば命中する」というもので、
「顕微鏡でためしに自分の精子を観察したところ、活動も活発で数もいた」という自負がある。
私の周期は28日で、サイクルはわりあい正確、基礎体温もはっきり2層に分かれる変化をしていた。
基礎体温記録、周期の予測、予告などで、下記のサイトを有効活用させていただいた。
記録をまとめて印刷することもできるので、医師に妊娠の経緯を説明する時にとても便利だったし、「がんばる日」の予想もしやすい。
上記の通り、夫の妊娠に対する知識はかなりアバウトであったし、私もネットを使って本気で調べるまでは、知らない事が多かった。
挑戦して、3ヶ月くらいまでは、基礎体温から予測した「だいたいこの日が排卵日」という日を中心に一晩か二晩、がんばった。
夫が仕事でつかれていて、お願いした日に寝てしまったり、お酒を飲んでいい気持で忘れて寝てしまうこともあった。
年齢の事もあり、また自分に自信がなくなってきたので、不妊治療の事も真面目に調べた。
とてもお金がかかり、体への負担も大きい事が分かった。
20代で子供を産み、子供を小学生に育て上げてから、仕事をはじめた友人や、
私の20代には、経済的にも精神的にも余裕はなかったし、夫も自分の身を立てることで精一杯だった。
たいへんでも、親に援助をもとめても、もっとはやくに赤ちゃんをむかえることにすればよかったのかな……
冬になってから、もっと真剣になった。排卵日に関係なく、回数を増やした。それでも週に1度くらい?
妊娠しやすい体にしていくためには、普段から夫婦の接触が大事で、がんばる日が多いと、
お互いのホルモンが活発になって、生殖機能が活性化されていくらしい。科学的根拠は不明?
そして、妊娠しやすい期間の前に4日やすみの日をつくり、排卵日周辺に2日おき、または1日おきにがんばった。
カレンダーに「がんばる日」の印をつけて、多忙な夫が忘れないようにしてみたけど、それでも夫は忘れることがあった。
夫は、理性では、子供と私への気持から、その「予定」に前向きだったが、仕事の締切りや年末進行などで体力的にきつかったし、プレッシャーも感じていた。
私も強制して性交させるのはとても嫌だったので、時に喧嘩になることもあった。夫はいつも一方的に謝るばかりだった。
夫が最大限に努力してくれている事はよくわかっていたはずなのに、自分は焦って思いやりを忘れていた。
年末年始、大掃除もてきとうにして帰省をせず、はじめてふたりだけの大晦日とお正月をすごした。
いつもは組立てない炬燵を出してきて、パソコン並べて仕事しながら、お雑煮やおせちをたべてゆっくりした。
その甲斐もあって、1月のおわりにくるはずの月経が来ず、基礎体温も高いままだったので、
妊娠検査薬を使わずに、2月の初めに産婦人科にいった。病院は、近所の奥様がすすめる病院を選んだ。
子宮のなかに小さな黒いまるがうつっていた。なかみはまだ見えないけど、子宮外妊娠ではない事がわかりほっとした。
妊娠が確定して予定日を告げられてから そのママ に夫婦で登録し、
2月の半ばに2回目の検診にいった。
先生がカーテンをあけて、心臓が動いているのを見せてくれて「順調です」と言ってくれた。
黒い楕円の中で、ちいさい心臓がぱくぱく動いていて、思わず涙腺がゆるんだ。
赤ちゃんは週数のわりに少し小さかった。
調べると、後から追いついて大きくなったり、排卵日が遅かったりしていたために小さく見えたりするそうで、
あまり問題はないということだったけど、今思うと、その時のことがとても気になる。
つわりは、吐くようなつわりでなく、とにかく眠くて眠くて夜も早く眠くなり、昼寝で夕方まで寝てしまう事もあった。
つわりは人それぞれで、これで赤ちゃんの状態を推測する事はできないということだった。
回数を増やすようにがんばってから、夫が活性化したらしく、要求が増えたので、手などを用いて別の方法でお世話をした。
3月の初めに3度目の検診に行った。
この日に母子手帳の手続きができるはずで、その後に、しかるべき人々に報告しようと思っていた。
ちょうど夫の仕事が休みだったので、いっしょにうきうきしながら行った。
いつものように、エコーの検査をしてもらうと、時間がいつもより長く、先生が焦っているようだった。
何度も確認してみても、前回の検診から大きさもあまり変化していなくて、あんなに動いていた心臓のあたりがしんとしていた。
先生によれば、大きさからみて一週間前に心臓が止まってしまったそうだ。
稽留流産、といわれ、先生から説明を受けた。自分では一週間前に何の心当たりもなかった。
夫によれば、ちょうど一週間前から私が吐気でえづくことが増えたので、変化?と思っていたそうだ。
ネットで調べればいろいろ書いてあるので、細かい説明は避け、私個人の体験を記す。
丁寧な説明を受け、自分でもどうして良いかわからなかったけど、
とにかく、早めがよいということで、4日後に手術の日を予約した。
待合にいた夫を呼んで、小さな部屋で、助産師さんからより詳細な説明を受けた。
「わからないことや不安な事は何でも聞いて下さい」といわれたけど、何が不安なのか、何がわからないのかも見当がつかなかった。
あまりに突然の事で、夫婦して感情が固まってしまった。とにかく、私の母と夫の両親に報告した。
母が祖父の看病で家を離れられないため、義母が私の手術前から家に来てくれる事になった。
義母がくることに私はとても不安を感じていたが、案の定、相変わらず、無邪気に笑ってはしゃいでいたので、応対にひどくつかれた。
夫があとで「こんな時に笑うな」と言ってくれたので、助かった。
未婚の友人は、よく「夫を産んでくれたお姑さんに批判的になるのは変よ」と言うが、誰でも最初はそう思うのだ。
誰が好き好んで尊敬すべき立場の人に嫌な感情をいだくだろうか……それなりの経緯というものがあるのだ。
これを書いている今も、横で笑顔で孫がはやく欲しいなどと言っているが、赤ちゃんが亡くなった直後の無神経な発言に気分がささくれ立った。
前夜に話を戻すと、義母ひとりで付添いをするとはりきっていたが、頑なに拒み、夫ひとりについてきてくれるように頼んだ。
義母は多分いい人かもしれない。しかし、いい人がよいことをするわけではない。私は自分が我侭だと思ったが、あとでこの判断はよかったことがわかる。
海外で稽留流産をされた経験のある方の手記をネットで読んだ。その人は夫が激務でひとりで手術に行く事になったそうだ。
手術前夜からの入院で、夜中に耐えられずに泣いてしまったら、年配の看護師さんに抱きしめられて慰められ、
夫を病院に呼ぶようにすすめられ、夫が来てくれたのでとても助かった、と書かれていた。
手術前夜は、飲食禁止だったが、家で留守番をする義母と付添の夫のお昼に炊き込みご飯でおむすびをつくり、
病院に持っていく分と帰宅後の安静時に飲むための番茶をたくさん煮出して、空のペットボトルにつめ、
夫は、手術の前夜も仕事を家に持ち帰っていた。年度末の仕事がギリギリで、とても忙しい時期だ。
そういうわけで、夫は、赤ちゃんがいた実感も、赤ちゃんが亡くなった実感も薄く、私も事務的に手術の仕度をするだけで、
何が起こってどうなるのか、わからなかった。ただ、ネットで様々な人が書かれた手記や質問の応答などを読んで、
「こういうことがある」のがわかり、ふたりで「痛いことはたくさんあるようだけど、いちばんつらいのは赤ちゃんだから、耐えよう」と思った。
当日、3月7日朝9時、夫と直接、産婦人科病棟のナースステーションに行き、書類を出して手続きをした。
病院には自家用車で行った。服装は、お腹をゆるく保護する妊婦用のやわらかい部屋着のズボン、Tシャツ、パジャマの上着、フリースの長いコートで、
家に帰ったらそのまま寝られる服装で行った。手記をみると電車で行き帰りする人もいて術後は歩いて移動できるようだけど、楽にできるならその方がいいと思った。
ナプキンをつけてから、担当医とは別の当直の先生が、子宮口を開く処置をしてくれた。
赤ちゃんは最後の検診の時と変わらず、動いておらず、形も少しいびつになってしまったように見えた。
この処置はとても痛いという手記が多いが、私の場合は、それほど痛くなかった。痛覚が鈍いのかも知れない。
それから点滴で輸液をし、午前中の外来が終わるまで病室で安静にしていた。
午後になり、手術着に着替え、点滴をつけたまま、手術する部屋へ歩いていった。夫は病室で待機。
多分、分娩とおなじ場所だと思う。途中の廊下で元気な赤ちゃんの声がたくさん聞こえた。
担当医の先生が手術の道具を調えていて、天井には大きなライトがあったり、
計器をつながれたり、看護師さんがてばやく準備を整えはじめたので、急に怖くなった。
台の足の部分が開かれて持ち上がり、足にカバーをかけられて、足首を固定された。
肩に麻酔を効きやすくする筋肉注射を打たれた。これが全ての経過の中で最も痛く、
思わず呼吸が大きくなり、その痛みが引かないうちに、アイマスクをつけられ、看護師さんに点滴を刺している手を胸を載せられると、
先生の「麻酔を入れたら、手術を始めます。子宮口に詰めた消毒綿をとります。はい麻酔を…」というとこで、
器具の冷たい感触があって、下腹部が激しく痛くなったと感じたら、麻酔が効きはじめ、突然、幻覚が始まった。
事前に「意識はうっすらとあって、声が聞こえるくらい。眠くなったら寝て下さい」といわれていた。
しかし、私は意識はしっかりあったと思う。ただ外とつながっていないだけで。
もし、赤ちゃんが次に何処かに生まれることができるなら、できるだけ暖かくて自然がいっぱいあるとこへいけるといいなと考えて、出張した時に見た熱帯の森を手術中はイメージしていようと思い、痛みをこらえて、その木々の茂る風景をイメージしてみた。
だけど、アイマスクで暗いはずの視界が急に明るくなって、上からレゴブロックの白いのみたいな小さなものがザーッと落ちてきて、自分の体がとても小さくなってしまったように感じた。痛みも体がある感じも消え、白と灰色と黒の格子みたいのがある空間の底にいて、格子がうねりながら昇っていった。うねった隙間から、キミドリとピンクの光がでてきて、渦を巻いてまるくなってくっついたり離れたりして激しく動いていた。私は自分の家や猫のいる温かい感じがあるとこへもどりたい気がしたけど、仕事や、大学のころに勉強していた事、その意味が、バラバラに浮かんできて、消えていって、その間、気持ちいいテクノみたいな音楽(フロアに流れるかすかなオルゴールの環境音がアップテンポに聞こえた?)がずっと流れていた。格子の四角がだんだん大きくなってきて、その合間にフラッシュバックみたく家にいて西日が当たる暖かい感じが懐しく浮かんできて、そして、キミドリとピンクの光がうすれ、シューッシューッと機械が動く音が聞こえて、視界がもやもやした暗い灰色になって、人の話す声がなんとなく聞こえてきた。
しばらくして、アイマスクがはずされた。目を開けようとしても薄くしか開かず、まだ視界がぼやけていて、遠くから声が聞こえた。
「お腹はいたくないですか?」 「わかりません」と答えたと思う。
顔を横にして時計を見てみたら、20分くらいしかすぎていなかったのがぼんやり見えた。
ご主人を呼んできます、と看護師さんが出て行き、夫が来て手を握ってくれた。
すごく暖かい感じがして、涙が出てきた。夫も泣いていた。
麻酔がしっかり醒めるまで、一時間ほど、その場所でそのまま2人でいた。
時折、看護師さんが来て出血を確認していった。
いつの間にかパンツを履かされていて、看護師さんがナプキンを交換してくれた。
持参したナプキンのうち未使用の2コをとり、交換したナプキンと今着けたばかりのナプキンの空袋を持って、計量にいった。
重さの差から出血の量を計測しているのだろう。種類を混ぜて持ってこなくてよかった。
なので、手術の日に持参するナプキンは全部を同じ種類のものにしておくとよいと思う。
麻酔が醒めてくると、点滴の支柱と夫に支えられて、歩いて病室にもどった。不思議とどこも痛くなかった。
病室でズボンをはいて横になり、点滴がはずされると、遅い昼食がでた。
夫も昼食をとっていなかったので、いっしょに食事をした。
夫は前日まで、「手術してる間にちょっと外でごはん食べてくるから、おむすびいらないよ」と言うほど、
手術の時にどうするか何も知らなかったし、手術の間は待機しているようにと説明された事も忘れていた。
私は飲み物をのんでおかずを少し食べてみたが、点滴のせいかお腹がすいていないので、勿体ないけどほとんど残してしまった。
夫は「自分がここにいるべきだし、おむすびとお茶を持ってきてよかった」と言った。
薬がでて、会計が終わると、手術着を脱いで、帰る仕度をした。このときも、お腹は全く痛くなかった。
看護師さんが手術前に、担当医の先生は手術がはやいと言っていたが、きっと処置が上手だったのだろう。
子宮を収縮させる薬を飲むとお腹が痛くなるというが、薬をちゃんと飲んでいる1日後も痛みはほとんどない。
来週に検診があって、また病院にいく。
元気になったら、赤ちゃんのことをおぼえておけるように、地元で名木の桜の保護をしている会から苗木を分けてもらって、実家の土地のいい場所に植えようと思う。
その木がもっと時間が経って大きくなって花をたくさん咲かせたら、それとは知らなくても、いろいろな人が見に来てくれると思う。
・次の月経以降の周期に、「妊娠したい 私はこれで妊娠しました」 を参考に、排卵検査薬を使って、排卵と基礎体温変化の様子を観察し、今後に役立てる。
クリスマスといえば性夜の夜。
サンタが空を飛んでプレゼントを配るのは、みんながズッコンバッコンしすぎて地震が起きるのを危惧してるからだというのは有名ですが、まあヤることヤったら出来るものも出来るわけです。
そう、クリスマスベイビー。
妊娠してから出産まではだいたい10ヶ月。もしクリスマスにやらかしたら、10〜11月には子供が生まれます。
どうりで周りで10〜11月に生まれたやつが多いわけです。というか俺がそうじゃん。よかった、クリスマスが中止してなくて。まあ、その時期に生まれたからといってクリスマスが原因とは限らないわけだけど、親に聞くわけにはいかないわけです。
「母さん、やっぱ俺ってクリスマスに出来たの?」
なんて会話はしたくない。できない。
ホワイトデーでママンがホワイトなプレゼントを注ぎ込まれて誕生
お花見で飲んだ勢いか、春の異動で出会ったか、あるいはゴールデンウィークの小旅行中にゴールデンしちゃったか
「こどもの日だね」
「そうだな」
「私たちもこども欲しいね///」
「俺の息子ならいるぜっ!」
「アッー」
夏の開放的な気分で、お股も解放!
「イベントらしいイベントもないし、今度はわたしの家にこない・・・?」
バレンタインは私を食べて!
で、実際の話。クリスマスベイビーは多いのかと思えば、そんなことは全然なかった。
よかった、クリスマスにだけやりまくってるリア充はいなかったんだ・・・。年中変わらんくらいやってるみたいですね。クリスマス中止なんて無駄やったんや!
はてさて、もう2010年も終わりだ。
今年の一年は今までの人生で一番目も当てられない一年であったと思う、なんとも自由で堕落しきった一年だった。
人との関係を蔑ろにした一年だった、人に縛られないことを自由に感じるより人に縛られることを不自由さを感じた。
望んでいたもの手に入れたつもりだったのに、ダラダラしているだけじゃ不満ばかりが募った。
逃げた、いろんなことから逃げた。逃げた先に更なる苦難があることを知っていながら逃げた。
今年得たことは何だろう?
偏見とか
あー、そういえば絶対はまらないと思っていたパチンコにあっさりはまった年でもあったな、それこそ週3ペースで行ってた。
今思うとぞっとするな。
一回持ち金が尽きて2ヶ月前くらいからやってないけど、いつ足元を掬われるかわかったもんじゃない。
それにしてもあれは凄いな、依存を引き起こす仕組みが。なんでちゃんと規制しないのかな?社会が悪いんだ(笑)みたいな?
そういえば、人に対しての見方がひどく悲観的になった気がする。
人は自分のことしか考えてないんだーとか、弱肉強食だーとか、人は一人だーとか、人間なんて所詮動物だーとか、世界はもう征服されてんじゃないかーとか
それと働きもしてないな、知り合いの偉い人が「学生の本分は勉強」とか言ってたから、まぁそれなりに単位は取ったけど。
アホな大学だしな、自分を嫌いになるよ。ああいうトコは。自己認証がみるみる崩れて気がおかしくなってしまった。
ほんと、さっさと辞めてしまいたいけれど、裕福でも貧乏でもない?両親の金で(もったいなさすぎて恐ろしい)
行かせて頂いている学校だし、文句を親に垂れることはしてない、辛いとか言ったら全国の奨学生の目の敵になるから言わない、言えない。
あまっちょろくてごめんなさい。
そういえば、今まで自分の属するコミュニティの中に美人がいれば逐一惚れてきた、恋多き男だったはずなのにこの人と付き合いたいと思った人に出会わなかった一年だった。
昔の人はよく「恋こそが生きる原動力」だとか言うよね、まさにそうなのかもね。ぜんぜん服に金を掛けない、靴なんて一年ほとんど同じ靴だったことには自分ですら引いちゃうな。
人と会わないから必然だったともいえるけれど、どんどん俗世との隔絶が深まっていってるような気がする。
戦術論、販売、会計、英語、組織論サボった分の穴埋めも年明けまでにしなくちゃいけないなー
クリスマスの予定が無いんだよなー、家にいると肩身が狭いなー、あー
大晦日と正月は昔の友人とその元カノ(顔見知り)とその友達(面識ほぼ無し)という前年と同じ奇妙な集まりがあるから寂しくはないんだろうけどなぁ
寂しいってなんだろうな、もう自分がそういうのに飢え過ぎていて、そのことにも気づかないことに気づいているレベルだよ、もう。
寂しくて泣いたのは今年が始めてだったな。
あーもうぜんぜん女の子と喋ってない、ヤバイ。っていうか男とも喋ってませんでした、声が出るか心配です。
好きなものは嫌いになったし、嫌いなものを好きだと思い込んだ。
欲しかったものは捨てるべきものになったし、
必要なものは不必要になったし、
持ってたものは無かったことに、
こういうのって、大体の青年期に訪れるらしいけど、やっぱり結構重症かもしれない。
あー、そういえば高校の部活ではしょっちゅう「部活やめる」って言ってたよ、俺。
きっとかまってほしかったんだと思う。いい迷惑でした、ごめんなさい。
あー、でもだましだまし過ごすことに限界を感じてる気もしなくもなくもない。
くるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいくるしいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
あーーーーーーーーーーーーーーーーー
言葉の出てくる端っこを捕まえて、
何度も何度も何度も何度も投稿するぜ。
元気をなくしたら全てが終わり。
俺は楽しみを刻み込む。
笑えてくるくらい楽しい出来事。
げろげろ温泉。
同じこと何度だって呟く。
くっだらねぇって、つまんねぇって、そんなことはないよ
そんな人はいないよ
しつこくいくぜこのボケ様が。
ツッコミ待ちだぜベイベー!!
ふわっと浮かせて宙に浮かぶ。ジェットコースターに乗っているような気持ちだ。
中二病。俺を何だと思ってる。
素敵に広がっていく輪っか輪っか。
(^ω^)ペロペロ
ア・イ・シ・テ・ル
くだらないこと呟くのが俺の趣味。
みんなに伝わるといいな、有象無象。
言葉の文脈なんてどうだっていいんだよ、
ニュアンスが伝わればそれでいいんだよ。
japanese is wonderfull。
なんでもいいけどぶっとばす。
ふっとBUSが来る。意味不明。
眠い、そろそろ眠気が襲う季節か?
いつだって時間を忘れるんだ。
しかし俺を覚えてくれる人が一人でもいる限り、
俺がここにいる存在意義はあるといえるだろう。そうだろう?
とにかく書きまくるんだ。何度でもいい。何度だって。
千回か?万回か?億に達すれば犯罪か?はっはーwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
じゃあ、そこからどう話を展開させていくのよ。
ここからが俺のジャスティスワールド。うざったがられてこそのはてな匿名ダイアリー。
なんでもいい。お馬鹿もOKそれもOK。
歌いましょうよ踊りましょう。
最高にハッピーな気分だぜ。場所によって言葉は変えないといけないんだって、
でもそんなことすら置いてけぼりにできるほどのパワーだぜ。
とてつもない光を感じるぜ。
ああ、よかった。生きていてよかった。
楽しいことだらけじゃないか。人生なんて、楽しいことだらけで参っちゃう。
さぁ、歩き出そう。さぁ、走りだそう。
俺は俺に生まれて本当によかった。将来はパソコンと結婚するんだ・・
なってないなぁ。ふざけてるよね。くっだらないよね。笑えてくるよね。
ぶっとばす!ぶちぶっとばす!蹴り飛ばす!ああ、K-1はまだまだ先のことかね。
大晦日、テレビ見れるだろうか。どうでもいいけど、このフレーズ好きだよね。僕。
ツッコミが追いつかないって?どうでもいいから俺の文章を全部読んでごらんよ。
楽しくて楽しくて仕方がない。人生\(^o^)/オワタはもう少し先の話だ。
治るのなら何より。伝わる伝説は億を越える。
まるでロボットになったよう。でも一応心というものをもっておりますので。
なぁ。ひまわり。僕もう眠たいよ。びっくりびっくりちょんちょんちーだよ。
びっくりするほどユートピアだよ。ブログ。楽しいね。日記、楽しいね。
ああ、なんでもかんでも、吐き捨てる文章。そんなのを目指していた。
これを目指していたんだ。ああ、素晴らしいな。素敵だな。俺は俺を越えていくんだな。
ああ、ああ、ああ、素敵だな。
愛と希望だけが友達なのさ。
誰もいなきゃつまらないだろう。
そろそろ潮時なのかな。
全てが刻みこむ、エネルギーとなっていく。
何度も何度も続ける。これが本当の下克上。
好きな言葉は?猫駆除だ!!
俺は俺は俺は俺は
僕は僕は僕は僕は
私は私は私は私は
まっどあいが死んだことが残念だね。
なんどもなんどもそういった!!
何度も何度も何度も何度も何度もそういった!!
(≧∀≦)ノフレ───ッ!自分!!なんてことない、同じ文章を繰り返しているだけじゃないか。
だけどそこにこそロックンロールがあるんだよ。次のドアを開いていくんだよ。
俺は幸福だ。幸せだ。誰よりも、幸せだ。ああ、いい風が俺のもとを通りすぎていく。
ギャフンと言わせてやるぜ。これが本場九州の力やでぇ!!!!!!!!!!!!!!
脳髄ぶっこわれるほど、何かに夢中になっていたい。例えばそう、文章を書くように。
書き記す、俺の生きた証。くだらねぇって、つまんねぇって、そんなガス吸うような場所でもあるまいし。
この葛藤が分かるか。
全体的にかなりしぼんでるよね。わけも分からない話だよね。
バスに乗って揺られたって、つまんないのは変わらないでしょう。。俺は泣くぜ。べろべろば~。
不器用な人間だからねぇ。そんなことないよ!頑張ればもう少し広い世界へいけるよ!!
君が培った全てを、ぶつけるんだ!!絶対的エネルギーが俺を支配している。
誰にも負けないパワーを僕はひとつだけ持つ。
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお
最高にハッピーだぜええええええええええええええええええええええ
いつの日かテレビに出るような有名人になって、お金もたんまり集まって、べろべろりんの
金に使われているのか、金を使っているのか。資本主義ってのは嫌なもんですねぇ。
世の中が見えてこないって?We are the worldだよ。俺たちこそが世界なんだよ。
ああ、うざってぇ。そんなことも知らないの~?
うげふっwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
N.H.Kにようこそ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
そろそろ眠くなってくる季節なのです。マンボーが踊りだすのです。
いけねぇ・・・落ちかけた・・値落ち。寝落ちですね、分かります。
そんなことはどうでもいいんだよ!!さぁ、楽しいゲームを始めようか。
新しい世界へいってみようか。影響なら受ける部分も多少はある。
俺は天国を見つけるために、頑張って頑張って、そして
私は今大学○年で、実家を離れて一人暮らしをしている。長期休暇でもないと滅多に実家へは帰らない。去年、といっても一カ月ちょっと前に年末ぐらいは帰ろうと実家に帰った。バイトがあったので四日ぐらいの滞在である。
母親に19時にT駅に着くとメールした。すると「わかった。車はブルーのワンボックスだよ。」と返信が来た。ブルーのワンボックス?新しく車を買ったのだろうかと私は思った。
駅に着くとブルーのワンボックスが確かに止まっていた。私は扉を横にスライドさせて中へ乗った。聞くと父親が母親の車で買い物へ行き、戻ってきて駐車しようとした時にブレーキとアクセルを踏み間違えたために後方を勢いよくぶつけ、その時はよくどんな惨状かわからなかったらしいが翌日来てみると後方が無残に潰れ、窓ガラスは粉々に砕けていたそうである。僕が小学校のころにも似たようなことがあったのだ。その時は踏み間違えたのではなく、床にひくシートがアクセルとブレーキの間に挟まったために駐車しているときに後ろに止めてあった車を一メートルほど吹っ飛ばした。その時は伊豆へ旅行へ来ていたときでホテルの駐車場での出来事だった。そのあとでの人のいない浴場で父親が「おかしいな。」とか言いながらしかし顔はいつも見せない強張ったような不自然な様相を呈していた。
今回の場合はそれとは違うらしい。本人はブレーキを踏んだつもりだったと言っている。それにもかかわらず後ろへ加速したのはブレーキとアクセルを踏み間違えたのだと考えるのが妥当であろう。何故か心配だった。どうしてしまったのだろう。ボケたのだろうか。ただそれだけのことであるが何かもっと悪いことが起きる前触れのような気がした。気がしただけだろう。そう願う。
家へ着く。父親がいた。まあ元気そうである。テレビ画面に映し出される映像の色が灰色っぽく、ぼやけていた。壊れたのだろう。紅白歌合戦の字幕はもはや読めないぐらいであった。パソコンラックの上に見なれない機関紙が置いてあった。それは私が忌み嫌う団体、創価学会のものであった。生協新聞だ。「なにこれ」私は父親に言った。「お母さんが入ったんだよ。お父さんもそれの活動をやらされてるんだよ。ハハハハハ。」いつもの父親の笑いと思われる音声のなかで私は悲しくなった。「この団体がどんな団体か知っているの?」私は信じられなかった。まさか両親がこんな忌まわしき団体に入会するなんて。「まあいいでしょ。先にご飯にしよう。」と母親は言った。
私はこの家が崩壊へと進んでいるのを感じ取った。夕食の折にいろいろ話をした。で破産したということもその時に初めて知った。以前に母親から父親は自身の会社を閉めると言ったことは聞いていたがそれだけでまさか破産しているなんて思わなかった。破産何ていう言葉はその時には出てこなかったはずだ。俺が知らない間にこの家は確実に変わって行っている。それも悪い方向へと。
俺はなんでそんな重要なことを知らせないのだと言った。言ったじゃないと母親は言った。会社を畳むこと、すなわち破産したことを母親は私に知らせたのだろうが、私にとっては会社を畳んだだけで破産はしているなんて夢にも思わなかったのだ。父親は創価学会を前から嫌っていた。母親もそうだった。それなのになぜ。
「お父さんは創価学会嫌いだったじゃん」と私が問うと、
「好きではない。」といった。
「じゃあなんで・・・」私は両親が他人であるような、昔の私にとっての両親ではない何か違う人たちのように感ぜられた。俺はもうこの人たちに頼っていてはいけない、とその時に私は思った。
もうこんな家から早く抜け出して自分の住んでいるアパートへ帰りたいと思った。
私はこの大晦日に一度に多くの衝撃的なことを聞いてさすがに動揺していた。破産。車の事故。創価学会への入信。壊れたリビングのテレビ。
なんで入ったのと問うたら
「お母さんだって心のよりどころが欲しいよ。」といった。
「なんでだよ。それならほかにもいろんな宗教あるだろ。仏教でもキリスト教でも。なんでよりによって創価学会なんだよ。あんなの宗教団体じゃないよ。」
母親は口を噤んだ。「まあいいじゃない。」
「よくないよ。創価学会がどんな宗教団体か知ってるの?あれはいろんな犯罪を起こしている宗教団体でフランスからはカルト指定を受けている。あれは不幸な人を入信させる対象としている宗教団体なんだ。最悪だよ。もうこんな宗教団体やめろよ。やめないなら俺はもうこの家に帰ってこない。」
私は悲しかった。確かにこの一年はよくないことばかりあった。創価学会に入っている両親を見て、彼らはもう普遍的な不幸のようなものをなぞり始めていると私は感じた。私はとにかく悲しかった。
「あのね」母親が話し始めた。母親が言うには車が壊れたことで母親は仕事にも買い物にも行けなくなってしまう。それではいけないので車を買いたいが破産をしたぐらいだから当然手元にお金などない。それでたまたま創価学会の友人にお金を借りたのだそうだ。それで創価学会へ入信させられたのだろう。
母親は充血した目を潤ませながら言った。その姿を見て母親が不憫でならなかった。悲しく、悲しかった。
しばらくたって弟の部屋でダウンタウンの笑ってはいけないを見ていたら母親がやって来て、話し始めた。
「ヒロシがいやならやめるよ。」
やめられるはずがない。もうそういう事情なら分かった。もう創価学会を批判したりしないよ。俺は嫌いだけれど事情があるなら仕方がない。創価学会を憎んではいるけれどお母さんたちがその活動に参加していることはとくに今後批判したりしないと伝えた。
帰るとき玄関で父親が見送りに来た。また帰っておいでと。うんと私は返事した。
「さようなら。」と私は言った。
父親はうなずいた。
去年の大晦日、お袋と妹の三人でそば屋に入った。
俺とお袋は腹一杯だったから妹の分だけ頼んだら、そば屋の親父が
何を勘違いしたのか一杯のどんぶりの中に3玉もそばを入れやがった。
こんなに入れられると食べきる前に、そばが汁を吸ってしまうと妹もうんざり。
かといって親父の好意を無にして残すのも気が引ける。
結局、仕方なかったので3玉入ったそばを仕方なく3人で完食。
満腹だったのを無理して食ったから俺もお袋も苦しくて半泣き状態だった。
そしたら親父のやつ半ベソ状態の俺達をみて何を勘違いしたのか、「苦しくても頑張るんだよ」ときたもんだ。
苦しくさせたのはアンタだろ。心の中でツッコミを入れつつ俺は親父にそばの代金を払った。カードで。
なぜだろう、うまく言葉にできないけどもの凄い嫌悪感が自分の中で蠢いてる。
周り(自分を取りまくすべてのモノ)の雰囲気がワシャワシャとせわしないから、自分も落ち着かないのだろうか。でもなぜそれに対して拒絶感が現れてくるのか分からない。
”この特別な期間を独りで過ごすから”からかもしれない。確かに例年この時期は(この時期に限らずとも)独りで過ごしてきた記憶が強いし、今年においてはXmasから外界と全く接触していない。
が、以前Xmasと大晦日~元日を数人の友人と過ごした時に、元来自分には人嫌い+ぼっち属性があるためか、「ひとりで静かに過ごしたい」と幾度となく悔んだ経験もある。
でも素直になってみてわかった。やっぱり”独りが寂しい”のだと。”一人は好きだが、独りは嫌い”なのだと。そう声高に叫べない自分がいて強がってしまう。そしてどんな形であれ”集団で”enjoyしてそうな人間に嫉妬し、攻撃的になる。結果、坊主憎けりゃ何とやらで、攻撃対象がこの時期に向けられ、その反動で虚しくなると。この時期の芸能人のblogは連日連夜で飲み会だの忘年会だのイベントだので酷いものだが、それらを見るとムシャクシャしては虚しくなる理由もここにあるのだろう。
だからと言って唯一無二の~とか心からの~とかいう関係はいらない。その付き合いが友達にしろ恋人にしろ、己が必要とする以上の関係にまで発展したら絶対に面倒くさくなるという自信が自分にはある。これは元来の特性であって、そこまで深入りはしたくないし関わりたくないというものだ。だから必要な分だけレンジでチンできるご飯みたいな関係が自分にとっては理想である。
なんというか、この点を考えれば風俗は最適ではないか。赤の他人だが自分の好みの人間と一回限りの性的快楽を得られる。知らない男のペニスを何本も何本も突っ込まれた人間とは付き合いたくもないので、まず恋愛に発展しない自信もある。でも性病が怖いし、チキンな自分は風俗に行く勇気もない。さてどうする。
そこで思ったのがメイドカフェ。うん、これだね。というかむしろこっちの方がリスク・コスト両方のバランスがいいかと。奴らは金さえ出せばどんなにグロメンキモヲタだろうと相手してくれる。ここでも恋ないしはセックスに発展する可能性はほぼ皆無に近いだろうから、相手がもし性病持ちだとしても感染する心配はまずない。とにかくこの寂しい自分の一時的な話相手になってくれればいい。それ以上の発展は望まない。ああ、なんて理想的かつ合理的。最近のメイドさんは残念な娘もさることながら、可愛い娘が多い、、気もするし。
そうだ、そうだったのか。わかった!よし、今更だがメイドカフェに行こう!
と考えて早8時間、いつものようにPCの前に座る自分@home。来年もこの腰の重さは相変わらずのようです。ああ疲れた。第九見よっと。
ポイントは溜まりましたか?溜まりましたよね?
20万円の名詞セットとか70万円の切手シートなんてしたり顔のクソッタレ野郎どものジョークも聞かれたもんだが
あくまでVISAカードだから通常の景品も貰えるわけだ。じゃあ、同じポイントで他に何がもらえるか?ここで一部紹介してみよう。
200ポイントを1000円として好きな団体に寄付できる、ということになってる。
カルマを落としたい時にでもどうぞ。ガルシスに逢えなくて困ってる貴兄に。
http://www.haagen-dazs.co.jp/customer/faq/gift.html#faq01
好きなハーゲンダッツミニカップ2個と交換できるぞ、名刺じゃ腹は膨れねーよ!というアナタにマジオススメ。
http://shop.kodansha.jp/bc/hanshin/
分冊百科の創刊号だけプレゼント。300冊限定とかケチくさいこと書いてあるがなんともないぜ。
おれははらみーと阪神を応援するぞ!という人にもオススメかと。
キャッシュバックすると2100円。
L4Uアイドラオフスケッチの、どんな映画を見せても眠る美希の話を思い出しながら映画館にでも行けばいいって思うな。
http://www.toyo-rice.jp/product/
アイマスVISAで貯めたポイントで米貰っておにぎり作ると言う高度な遊びにどうぞ。期限は大晦日までだけど。
なんか売り上げの一部が寄付されるとかいうが、んなこた気にせず、とりあえず緑茶でも入れて街中とか公園で一人飲んでりゃいいと思うよ。これも年末までだけど。
吹き抜ける風が俺の乳首をくすぐる
春の訪れである
そう、頭上で満開に咲いている桜の色だ
春は生き物が活動しだす季節でもある
おや、乳首に蝶が止まったぞ
甘い香りに花と勘違いしたようだ
タンポポの色は鮮やかで良い
桜とはまた違った魅力のある春の花だ
乳首に貼り付けることで季節を取り入れたオシャレアイテムとしても使用できる
アリさんは甘い物が大好き
蜂蜜を塗りたくった乳首の上でアリさん達がパーティーをしているよ
みんな嬉しそうな顔してる
春といえば入学式の季節でもある
みんな良い笑顔をしているね
桜が散る
若葉が生える
そして乳首が伸びる
もうすぐ梅雨が来る
ザーザーと雨が降る
乳首に干した靴下がなかなか乾かない
いつになったら洗濯ハサミをはずせるのかなぁ
あっ かたつむりさんだ
僕は雨は嫌いだけど、かたつむりさんは大好きみたいだね
町に出ると真新しい傘を持った子供達が遊んでいる
雨が好きなのはかたつむりさんだけじゃないみたい
雨が本当にすきなんだね
お出かけをしたら急に雨が降ってきた
傘を忘れてしまったので走って帰ったけど、びしょびしょにぬれてしまったよ
でも、雨の中を走り抜けるのはすこし楽しかったな
乳首に当たる雨のしずくが心地良い
ちょっとだけ雨が好きになりそうだ
夏がきた
青い空、青い海、青くペイントした乳首
空にはさんさんとお日様が輝いている
夏は楽しい
だけど、日焼けはちょっと嫌
顔、手、腕と日焼け止めを塗る
特に乳首は入念に
夏の夜空を花火が彩る
パチパチと火花を散らしていた玉が乳首にぽとりと落ちる
せつないね
夏は色々と楽しみだけど、僕はかき氷が時に好き
どっちから食べようかなぁ
怖い話も夏にはかかせない
近所の子供達を集めて肝試しをしたら、みんな意外と驚かない
現代っ子ってやつかなぁ
人混みを進むと乳首をつねられる程に賑わっている
色々な出店が出て、連なった提灯が不思議な光を漂わせる
夏祭りって、良い
夏の終わりを知らせるのは
それと
秋は実りの季節
秋の夜は虫達のコンサート
ほら、みんな一生懸命に鳴いてるよ
リーンリーン、ジジジジジ
虫は羽根をこすりあわせて鳴くんだって
僕も乳首と壁をこすりあわせたら良い声で唄えるかもね
秋は読者の秋でもある
本を読んでいたらいつの間にかに何時間も過ぎていた、なんてのはよくあること
本を閉じる時に乳首を挟んじゃった、なんてのもよくあること
もう紅葉が美しい時期になった
赤く色づいた葉は
空気も段々と冷たくなってきて、冬が近づいたことに気付く
冬
吐く息は白くなり
乳首が寒さで縮こまる
冬は温かい物が美味しいね
アツアツの石焼き芋を頬張る
甘くて、ホクホクとしていて、本当に美味しい
胸に押し当てれば、思わず乳首もほころぶよ
子供は風の子、元気の子
可愛いね
クリスマスは聖なる夜
恋人達は愛し合い
とっても美味しいんだよ
ふと窓の外を見ると、雪
お世話になった方々
感動を与えてくれた事物
ありがとう
そう伝えて乳首を軽く撫でてあげた
年が明けた
新しい年が始まる
今年はどんな一年になるのかな
草木はまだまだ茶色いけど、実はみんな生きてる
凄いパワーだね
僕も負けずに生きていこう
自分のことはアラサーだアラフォーだとオサレ風味に言い飾って、男に対しては草食系だと畜生のように扱う、“あのあたりの女性”の何かイヤーな感じというのは何なのだろうとモヤモヤ思っていたところに、こんなエントリーが。
痛いニュース(ノ∀`) 合コン2000回、お持ち帰られ率87%の“肉食系女子”の正体…「36歳だけど恋愛市場の中心にいられるよう努力している」
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1269862.html
内容はというと、2,000回の合コンを経験して"お持ち帰られ率87%"で今年36歳、という掛け算割り算わかる人にはドン引きの話で、要するにいつもの痛ニューなんだけど、その中にあったこんなレスに「これだ!」と思ったわけです。
845 :名無しさん@十周年:2009/06/02(火) 13:39:30 ID:y61KhCmwO
残飯系女子
というのはどうだろう
876 :名無しさん@十周年:2009/06/02(火) 13:42:38 ID:oeDAYALz0
>>845
おまえ天才
そうなんだよ!目の前にドンと出されても食らいつくわけないんだよ残飯なら! 鼻につく感じもするし。
男を草食系だ肉食系だと分類するより、実感的にはこうやって女を分類したほうがしっくりくる。 ただ日本のフェミニズムは女用フェミニズムの上暴力装置なんで、マスコミにはまず取り上げられないだろうけどね。
バイクが「ナナハン」といったら750cc、700と半分(50)ってことだから、「ザンパン」は30台と半分、35。 クリスマスケーキ(24)もイブ過ぎて投売り(25)、大晦日(31)も迎えていよいよ残飯(35)。 数字的にも一致するじゃないですか! 草食系・婚活、の次を読み解くキーワードは残飯系ですよ残飯系! 不安あおり系ワードでマーケット拡大ですよ電・博さんどうですか!
……えっ、残飯処理はどうするのかって?