はてなキーワード: リクルータとは
研修を終えて、いまの営業部に配属されて3ヶ月が過ぎた。
営業現場のビジネスモデルは研修現場で学んだものとは全く関係がなく、
営業現場のルールは採用現場が唱えているグローバルとかダイバーシティとかにも全く関係がない。
他の会社にも当てはまると信じているが、修正点があれば指摘して欲しい。
社長:株主に対する責任があり、会社を守るために、数々の「言い訳」を作る。
(それが本当であっても、嘘であってもよい。)
事業部長:社長の方針に近い形で事業部方針を作り、数字目標をたてる。
(たいてい方針も数字も前年を踏まえた形で作られる。社内の部長報告や社外の重役との会食が仕事。)
部長:営業部毎に数字が与えられており、その数字の責任者となる。
(上とは調整、下には強制である。ただし、下のトラブルには部長が対処する。)
課長・係長:上の立てた方針は営業現場に適用できないので、目先の計画をたてる。
(上から「宿題」を与えられたら、それに答える。雑用は末端にどんどんやらせる。)
係長・末端:タスクがどんどん降ってくるので、残業してでも終わらせる。
(課長・係長は指示をするのを嫌がるので、末端は課長・係長の指示を予め予測する。)
つまり、現場は現場で動いており、会社全体と現場は別物、という印象である。
入社前は上述した日本企業的ルールに従う全てを「社畜」と言っていたが、
こうしたルールから逸脱した途端、会社からパージされる。ルールに従わなければ会社にいる意味がない。
知り合いは、「海外に行きたい」と言ってドメスティックな部署に配属されたり、
「上司が無能力」と言って閑散とした新設部署に配属されたりしている。
奴隷になりえない「わがままなやつ」は扱いにくいからパージする。
ただし、こうしたルールのもとで前例踏襲が横行し、社内変化がなく、景気変動に一喜一憂しているように見える。
現場は現場で動いており、会社内が縦割り、サイロ化しているようにも見える。
ここで、クエスチョン。
採用現場でいう「グローバル」や「クリエイティビティ」など含む「異色の人材」はどこで活かされるか。
学歴採用、リクルータ採用や推薦採用では「一色の人材」になってしまうため、オープン採用に変化したはずだ。
ところが、現場では「一色の人材」が求められているような気がする。
異色の人材はどこに消えたのか。あるいは、どこに生きているのか。
出社前に書き殴り。
「会社を見に来たいです」とメールに書かれるとさすがに脱力する。
「御社に興味あります」
下っ端リクルータの役割というかポジションは未だ半分学生、半分会社人の広告塔。
メールしてくれる学生にも味方してあげたいけど漠然と「興味あります」では
何して助けてあげれば良いのか分からない。
かといって「もっと具体的に言ってください」というのも急かしているみたいだし
そこまで1人1人の世話を焼くのもお役目ではないので聞かない。
私にはほんとどうでもいい。書かなくて良いよ。
人事にはどんなイベントが今まであったかすら知らされてないから。
でも、「具体的な事業の内容を聞いて、ますます志望度が高くなりました」とか書くくらいなら書かなくて良い。→2
自分が何に興味あるとか、いついつ暇だとか、曖昧にせずはっきり書いてくれると非常に助かる。
一人一人の事情も見えるし、何したいのか伝わってくる。無礼だとも思いません。
ぼんやり書いておいて「先方が良いようにしてくれるだろう」というのが一番困る。
おー、いいこと言ってらっしゃる。文書全体の意見にまず同意。
で、一部ピックアップ。
就職活動と採用活動は恋愛関係みたいなもの。って言うリクルータの人がいて、
落ちても気にすんな&相性が合わなければ(能力とは別に)お断りすることもあるって!
みたいなことを言ってたなぁ。
逆説的に、研究室選びはそこの「良い不幸」「相性問題」が表面上起きないから、
かえって不幸を増やしているのかもしれない。
学部の卒業研究の研究室配属では、良くも悪くも人数の都合で強制的に配属先が決まるし、
たとえ双方が「こいつとは相性が悪い」と思ってもお断りできない。
修士の院試・配属も、まだ研究・研究テーマ・教授との相性か分かるずっと前の段階で
研究室を選び、決め、決定されてしまう。
今年の、というか2009年度入社向の採用活動(就職活動)もそろそろ終盤な感じの今日この頃ですね。うらやましいことに、最近は本当に売り手市場のようで、母校に帰っても後輩は皆一流企業から内定を得ていて泣けてきます。就職が厳しいと評された最後の年の卒業生としても、一流企業とはとても名乗れない会社の下っ端リクルータとしても。まあ私程度で就職が厳しいなどといえば、本当に氷河期の方々に殺されそうですが。
さてリクルータとして採用活動をする上で、色々と思うことがありました。最近の学生はやたら美味しいもの食べさせてもらってていいなあ、とか、高いもの食べさせてもらっていいなあ、とかではなく、例えば学生が思っている「設計」という仕事と、うちのようなエンジニアリング会社での実際の「設計」という仕事の違い、とかです。
声を大にして言いたいのは、「設計は製図ではない」ってことです。「設計の仕事を希望している理由は?」と問うて、「製図が好きだったんです」「CADが好きだったんです」と答える学生のなんと多いこと!設計には製図も含まれますが、決して「製図=設計」ではありません。むしろそこそこ大きな会社になればなるほど、設計屋と製図屋は分離しています。「設計=考えること」「製図=それを絵にすること」であり、大体価値として「考えること>絵にすること」とされています。製図単体では価値もない、とすら思われています。ゆえに、「考えられる人間は安い仕事(製図)などするな。考えることだけに専念しろ」と指導されるわけです(まあ設計者が考える仕事に没頭できているかというと甚だ疑問ですが。結局設計として行う仕事の大半は調整業務です。とはいえこれは別の話)。
図面を描く行為が好きな人は、エンジニアリング会社ではなく、設計を専門にやっている設計会社に行く方がいいでしょう(ちなみに製図だけ、ではないです)。設計専門ではなく総合的にやっているところに行った場合、図面を描いていられるのは入社当初の一、ニ年だけです。
志望理由を問われて「とりあえず」の回答として「製図が好きなんで><」を選んでるだけの人は、ちょっと改めた方がいいです。聞いた人間はやはり「じゃあCADオペになればいいじゃん」と思います。別にそれで落としたりはしませんが、製図が好きなのか?(狭義の)設計が好きなのか?両方やりたいのか?そのくらいは考えて、きちんとそれに沿った就職活動をしてほしいなあ、と思うわけです。
私は今の会社に満足しているのですが、それでもどちらかというと基本計画を立てる仕事よりはそこから詳細設計する仕事の方が向いていたなあ、と思います。製図を含む詳細設計のあたりが一番楽しいと、個人的には思っているのです。まあ私自身が「製図好き><」で設計の職を選んだ口なので偉そうなことはいえないわけですが。でもちゃんと就職したら製図ができなくなるだろう、というのは認識していました。その認識がないと、本人も、会社も、不幸ではないかなーと思います。