はてなキーワード: プラスとは
ここでいう苦労人とは、進学するお金がなかったり、家庭環境にめぐまれなかったり、いろいろとめぐり合わせが悪くて、自分の判断や努力以外でのっぴきならない境地に立たされた人のことです。
まず、苦労人であることは特に触れられることがない限り隠しておきましょう。別に自慢することではありません。
苦労人であることやそれによって得た経験やスキルは評価の対象になりません。
とても残念なことでありますが、あなたが引退して、成功者インタビューを受けるときまで、そのエピソードは封印しておくのがベターです。
苦労だったり、他人の失敗に巻き込まれたり、天災に巻き込まれたりした経験は、自分にとってプラスではありますが、水平飛行の人生を送ってきた人からみれば、特異値をもったスキルや考え方は脅威です。ツメは隠しておきくことをおすすめします。
苦労したタイミングで、徹底的に誰かに助けられるような状況ならば、問題がないのですが、苦労人は、その苦労をなんとかぎりぎりで克服できたのではないでしょうか。克服できたことは大変大きな自信につながります。自信は持っていいのですが、この自信もそっと胸のうちに秘めておきましょう。
どん底から見てはいけないものがあります。水平飛行の人生を送っている人たちの不平不満です。
車で歩行者突っ込んだ人、バスジャックしちゃった人のように感情の高まりがすべてをリセットさせる方向へ暴走しかねません。しかし、そのくらいのことで世の中は変わりません。より多くの水平飛行の人生を望む人がいるからです。
恵まれてくると、生きる困難に立ち向かうためでなく、どうでもいい人生の枝葉のことに対して不平不満をいうようになります。
そういう人に近づかないことは重要です。近づかなくてもインターネット上の交流サイトでは、見たくなくても見かけてしまいますので、情報の取捨選択には過分に注意を払ったほうが、余計な気持ちのフラストレーションを発生させることもなくいいと思います。
水平飛行中の人の悪事を偶然にも目にすることがあるかもしれません。しかし、これはあなたにとってチャンスではなくトラップです。
あなた自身がかかわることは何のプラスにもなりません。義侠心や正義感から何かしらのアクションを起こしてしまうかもしれません。
それは、災いを招く以外のなにものでもありません。積極的に応援しない立場をとるのが今後のためです。
あなたのコツコツした積み重ねよりもむしろ、降って沸いた幸運のほうがはるかに効率がよかったりします。
幸運があったら、大切な人とこっそりと分け合ってください。人に見せてはいけません。
あと、あわてる必要はありません。われ先にいった人は次の信号で止まって待っています。
一日に寝る時間も、一回で食べれるごはんもお金持ちでも貧乏人でもそんなに変わりません。健康食材を食べても死ぬ人は早死にしますし、ジャンクなものを食べて長生きする人は長生きします。
一人の人が管理できるものの絶対量は決まっています。たくさん持ちすぎるととそれを管理することに時間と手間をとられて楽しめません。
死ぬときは手ぶらです。持ち物を少なくしておかないと残った人に迷惑をかけることもあります。
大切な家族といっしょにご飯が食べれることのような他愛もないことが実は一番のしあわせだったりします。そんな他愛もないことからすら見放されてしまったかのように思い込みがちです。
そのくらいの幸せならば、ちょっとしたきっかけで、ふっと幸運が沸いてくるのではないでしょうか。
それでも、へこたれそうなときは、あなたが祖国やふるさとの一員であることを思いだしてください。あなたが締めるネジが、あなたが読み取るバーコードが、必死に打ち込むプログラムコードが、「ありがとうございます」という挨拶が、あなたの運ぶ荷物が…、私たちの国を地域を作っているのです。このような考え方は、戦後の日本ではタブー視されてきたかもしれません。苦しいとき、つらいときにこっそりと心の中で思い出してください。あなたは一人ではありません。
ぜんぜんアドバイスにもなっていないかもしれませんが、あなたの大切な人をいちばんに思って生きてみてください。それだけです。
以上、送ることばでした。
http://blogs.bizmakoto.jp/hyas/entry/4223.html
20年前に英語圏へ人材流出してるのに改革を怠ったから高失業なんだみたいなこと書いてあるけど、
流出先の英語圏の英米でもリーマンショック後失業が倍増してることから見ても20年前の人材流出が今の高失業のせいだとみなすのは無理があるじゃなかろうか
前半では通貨切り下げの話が出てるんだから普通に考えれば共通通貨で金融政策使えなくなったからだろうに
それに景気のいい時移民が流入してたみたいなことも書いてるわけで20年前の流出のマイナスの影響だけみて10年前の流入のプラスをスルーするのもおかしい
結論から言うと、企業は就活サイトや就活業者よりも、心情的には学生に近い立場にいなければいけない。
しかし「どんな学生が望ましいか」「どんな方向性を学生と共有したいか」というメッセージは具体的に、学生に迫るように撃ち出す必要がある。
この部分を就活サイトにアウトソースし、結果として就活サイトや就活業者が学生を食い物にしていることを放置している状態で
競合は、同じ業界の他社だけではない。 就活サイトとか就活業者、あるいは2ちゃんまとめ記事などの悪質な情報業者も含む。
彼らに打ち勝って、正しいメッセージを学生に届けられないなら、優秀な学生ほど自分の会社を選んでくれない。
「競合の他社がこんな感じだから、うちの会社もこの程度で」とか言ってる人事だと、お話にならないわけです。
実際、今まで「企業側のメッセージ」と称して悪質な情報を提供する各種メディアによって学生が翻弄され、道を誤るというケースが多かった。
もうどっぷり社会人側に染まった私としては、若者への嫉妬を込めて
「就活前になっていきなり慌てて準備するから、ろくに考えずに企業とか就活業者のメッセージに躍らされるんだよ」と言いたくもなるがそれはアンフェアというものだ。
学生も確かに怠けてはいる。だが、それ以上に就活業者の悪徳ぶりは批判されてしかるべきである。
そして、そういうものを駆逐するのに第一義的な責任を持つのは、企業側である、と私は思う。
自前で自分たちの魅力が全く伝えることができない、学生に仕事のイメージを伝えることができない企業ばかり。
必要な情報や行動指針が与えられない学生は不安になり、その不安にゴミどもが群がる。
最近2ちゃんまとめブログのステマ騒動などが起こったらしいが、ああいうのは、企業側の社会的責任が全く果たされていないことを意味している。
現実的には、責任を果たさないどころか、積極的に社会的不正義に加担して、自分たちだけが得をしようと抜け駆けを図る腐った企業もあるらしい。
企業側がここまで腐っている今の状況で、学生を責めるのはちと可哀想かな、と思ってしまう。
もちろん、学生が可哀想だといっても、別に学生が今のままでいいとは思わない。
学生は学生でよくよく考えるべきだ。就活業者の2ちゃんまとめ等の示す甘い言葉にホイホイついて行っちゃう奴は成人式からやり直すべきだ。
しかし、それを差し引いても現状を放置するのは企業にとっても学生にとっても大きな損失である。得しているのは就活業者だけだ。
この状態を改善しようとしない、あげく「最近の若者は」とかいっちゃう人はビジネスマンの資格などない。
間違ってたら間違ってると言う。誤解されていたら誤解を解く、それは当然やるべきだろう。
それぞれの企業が「就活本とか就活業者はあんなこといってるけど、うちではこうだよ」と示さないといけない。
学生側が、就活業者や就活本を捨てて、自社サイトをじっくり見てくれるように情報を発信しなければいけない。
そして、その手間は「ちゃんとした人事戦略があって、それが共有されている会社なら」たいして手間はかからない。
人事戦略を理解してる人が一人、毎日1~2時間使ってブログで情報発信するだけで十分すぎるほど効果があると思う。
ちょっと本屋に行って調べてみれば、そうやって就活サイトを使わずに成功してる会社の話が幾つも出てくる。
そんなことすらやってない、というかやろうにも明確な戦略を持ってる会社が全然ないのだと思う。それが現実だ。
「会社の中に入ってもわからない」ものを、学生が理解して実践しよといわれても、さすがに無理だ。
学生に文句言いたいなら、まずちゃんとした基準を持つ。自分というものを持たないまま他者を批判していいのは中学生まで!
優秀そうだから、話がうまいからといったフィーリングでおぎやはぎを採用ような企業はどこか問題がある。(おぎやはぎを批判シてない。彼らは本当に優秀だろうから)
論理的にはかなり怪しいけれど(※)読者の感情を揺さぶる形で学生の勘違いを指摘してる記事があるので引用する。
就職活動の直前になると、自分自身に少しでもハクをつけたいからなのか、
「資格の勉強をしようと思います」「インターンを見つけて行ってこようと思います」
資格を取ったりインターンを経験したりしたことそのものが就職活動にプラスになるわけではないってことです。
例えば、TOEICで920点を取ったとします。だから就職に有利になるかというと、それ自体がすごく有利に働くことはほとんどありません。
むしろ、「TOEICで900点以上という職種はないかな…」と自分自身で職種の範囲を狭めてしまったりして、逆に自分の可能性を縮めることの方が多い。
「920点取りました」ということ自体は、大して意味がありません。「私は、TOEICで920点取りました!」「なるほど。…それで?」と、その後を聞かれます。
「920点取ったから、何ができるのか」「920点取ったから、どうしたいのか」といった、その後が重要なのです。
そういう話をすると「言っている意味が分からない」という人も多いので、身近な例に置き換えてみましょう。
例えば、定食屋や中華料理店に行ったとします。何か食べたいとしたら、何と言うでしょう。
「私は、920円を持っています!」「そうなんですか。…それで?」と、店員さんはキョトンとしてしまいますよね。
保持しているモノを自己申告されても、何を与えたらいいのか、何を求められているのか、提供する側は分からないわけです。
「920円持っているので、麺類が食べたいです!」「920円持っているので、杏仁豆腐を食べます!」
などと言ってくれれば、「かしこまりました」とか「こちらもお勧めですよ」とか、提供するものに関する話が進んでいくわけです。
それと同じことで、資格や体験を「持っています」と自己申告するだけでは、相手は何をしていいかさっぱり分かりません。
920点持っているから、何ができるのか、何がしたいのか、ということを明確に伝えなければ、全く意味がないのです。
とは言っても、「920点持っているから、英語でコミュニケーションができます!」
とかいった自己PRも、大したPRにはなりません。資格に見合う強みではないからです。
「私はTOEICは受けてないけど、英語でコミュニケーションができます!という人と、言っていることは大して変わりません。
「資格は何を持っています」「こんなインターンをやりました」ということ自体は、そんなに有利な条件ではありません。
「いや、そんなことはない」と反論したい気持ちも分かります。「この学生はTOEICで920点もあるなら、英語ができそうだな」と思われるからいくらか有利、と思うかもしれません。
でもそれは、「この学生は九州生まれだから、九州のお客様と仲良くなれそうだ」ぐらいの、個性レベルの長所に過ぎないのです。
今どき、資格を持つとかインターンをするといった程度で目を見開くような採用担当者はいません。
そんなことが採用の可否に影響していたのは、昭和40年代ごろの話です。
だから自分は何ができて、自分は何がしたいのか。そういう、その後のことを伝えなければ全く意味がありません。就職活動は、自慢大会ではないのです。
これはガチです。
ほんとに企業の意識としてはすでにこんな感じなんですよね。社会人なら誰でもうなづくでしょう?
現実はこっち側なので、学生側も早くこれを受け入れたほうが、結果的には楽なんですよ。
というか、普通に考えて、これってすごく自然なことだと思いません?
一括採用って前提を無視して、一対一のコミュニケーションで採用を考えたら、こんなの当たり前ですよね。
少なくとも、一括採用とか早期採用に反対なら、シグナリングなんて無効になって、こっち方向になるよってのは受け入れる必要がある。
現時点では、学生は目的の企業よりも就活サイトとか就活本の方が「近い」んです。
学生は基本的には安易なメッセージの方向に流れようとする。それで下流喰いの代表格である就活ビジネスにまんまと引っかかるわけです。
この氷河期になっても、今まで自分でなんにも考えたことがない、なんにも考えたくない、答え「らしいもの」が欲しいっていう人は、
未だに彼らのあまーいメッセージにひっかかる。
こういうのを、甘えだというのは簡単です。私もそう思うよもちろん。
就活サイトを活用してる会社であれば、就活サイトが寝ぼけたこと言ってるなら、ちゃんと文句を言う。
そこまで出来ないなら、少なくとも自分の会社に来る学生だけには、ちゃんとしたことを理解してもらう。
そうしないと「イラない学生」「甘えた学生」ばっかり集まってきますよ?
というか、現状そうなってますよね。それで文句言うっておかしくありませんか?
甘えた学生しか来ないと嘆いている会社は、その原因が自分がやるべきことやってないからだってことくらい認識しろ
まとめ
就活は、コミュニケーションです。コミュニケーションに第三者を挟むな。
「グローバル化の話」でも書いたのだけれど、
・コアの部分があるならまずそっち!
・コアの部分が固まってないなら急いで考える!
・コアの部分がないような企業は滅びろ!
twitterからグローバル化まで何でもそうなんですが、道具の部分でごちゃごちゃ喚くな。うるさい。
twitterのローカルルールとか、匿名か実名かとか、そんなことはどうでもええわ。
何か語るときに「自分が何者か」「自分がどう思うか」を起点にして語れない奴は滅びろ。自分のない意見はつまんないんだよ。
こういう事言うとすぐ自分の都合の良い用に勘違いする奴いるけど、「自分探ししろ」とか「自分語りしろ」って言ってんじゃないよ?
探さないと自分が見つからないような奴は、他人の文句言ってる暇があったら、何でもいいから必死になってやってみろって言ってんだよ?
最後に一つ。学生は、就活で悩んだら、まず親に相談してみること。
どこそこに就職しろとかいう話は無視していい、どういうことを考えて仕事してるかとか、何を支えに仕事してるかとか、会社の新人の話を聞け。
「実際に仕事をしている人」と仕事についてコミュニケーションができるかどうかは致命的に大事。
その中で、一番自分を知って、かつ遠慮無くコメントしてくれる可能性が高いのは親だ。まず親を避けるな。
必ずしもまともな話が聞けるとは限らない。それならそれでいい。ただ、まず就活サイトとか就活情報を通さずに生の声を聞く。ここからスタート。
特に女子学生はこれやるとやらないで全然変わってくる。自分の親をクソだと思ってる人こそ、それこそ圧迫面接に耐えるつもりでやってみ。
基本的に、就活の面接なんぞ親(他の社会人でもよいが)と仕事について3時間くらいぶっ通しで話せるようになれば楽勝です。いやまじで。
本来こういうのはそれこそ「就活ぶっ壊せデモ」をやってた奴らがきっちり問題を整理して、自分の主張としてしっかり訴えていくべきことだと思うんだがな。
あまりにむしゃくしゃしたので怒りにまかせてこの記事書いた。口調が悪くなって申し訳ないけれど、ほんとに頑張れ。オレも頑張る。じゃあの。
自分の言ってることを「肩書き」で判断されたくないなあ、とか(それはプラスの意味でもマイナスの意味でも)そういう気持ちがある。その意味でいうなら、はてなのユーザー名とかなら晒せる。
けど、署名することから起こるトラブル(粘着されてめんどくさくなる」を一度経験すると、なんかもう増田でいいわー、という気分になる。
あと、書いたことを適当にスルーしてほしいときには、増田べんり。
優越感ゲームには興味がない。最近、増田に書いてレスがついても、気分が乗らなければレス読まないでいられるようになり、とても快適。
わたくし、30歳になっても女性とお付き合いしたことのない男です。
ただの一度も、お付き合いしたことがありません。
女性はいろいろな意味で好きですが、積極的になる自信なんて持ち合わせておりません。
いわゆる非モテ、というと古い表現になってしまいますが。
このことからご想像できる通り、モテないさえない惨憺たる人生を歩んできたわけですが、
なぜか最近「イケメンだよね」「モテるでしょ」などと言われることが多くなってきました。
もちろん、お世辞や茶化しであるということは承知しています。
それでも、以前の「アキバ系ダサ男」「ネクラ眼鏡」「雪国もやし」といった言われようから
するとだいぶかけ離れているので、なぜそう言われるようになったのか考えてみました。
結論をひとことで言うと、イケメンと呼ばれるのは「顔」だけが原因ではないということ。
かくして、自分は分不相応にもごくたまにイケメンと呼ばれるようになったわけです。
肝心カナメの顔はまったく変わっていません。多少老いはじめたくらいです。
顔が原因ではなく、それ以外の振る舞いや印象、場合によっては相対的な社会的地位から、
イケメンという言葉が選択されているということだと思います。
いやはや、イケメンも地に落ちたものです。
今、イケメンと呼ばれずに困っている若い人も、その評価はこんな簡単にくつがえる
可能性があるということを覚えておいたらいいかもしれません。
「自分は顔が悪いからモテないんだ」という逃げ道が無くなってからはや数ヶ月。
これだけ事態が好転しているように見えるにもかかわらず、最初に述べた通り自分には彼女ができません。
できるような気配もありません。
やはり、年齢に応じた経験値に裏打ちされた積極性がないとダメなんだと思います。
これまた、顔の造作には直接的な関係は無いスキル。
顔だけに責任をおしつけることができなくなっても、人生は続いていってしまうらしいのです。
数年後にはあっさりとキモいオッサンキャラを確立しているような気がしてます。
嫁が怒り出した。
それは別に構わないんだけれど、無口なままワンテンポどころかテンテンポ、いや、将棋でいう長考の後にありとあらゆる過去のアレコレを引っ張ってきて、
「なんで怒ってるかわかる?」
と来るわけだ。
冷静になるためにワンテンポ、ツーテンポ、冷静に話すためだったらどれだけ待ってもいい。
ただ、「過去」のありとあらゆるものを思い出し、自分の今の怒りを正当化する材料を「過去」から遠心分離機で分離し抽出してきてだね、
「理由は2つあるんだけどさ、」
と来るわけだ。
冷静になるための間ではなく、自分の怒りを相手にぶつけるために腕をブンブン振り回してた間だったわけ。
遠心分離機じゃなくて、腕をブンブン回して加速してただけだったんだね。
1つにプラスして似たような事例とか、全く関係ない事例を持ってきて1.5にして、なおかつ強引に2つと見なすことで「今」の怒りを裏付ける手法。
でも、怒られてるこっちとしては、きっかけとなった1点の失策はわかるんだけれども、えっ?こんなに自責点稼いでますか?
防御率こんだけハネ上がっちゃいますか?監督、僕もう交代ですか?っていうのかな?
小難しい言葉でアレしちゃうと「法の不遡及」ならぬ「怒りの不遡及」ってやつ?
お前、今まで何にも言わずに黙ってたのに、なんで今頃になって付け足して怒ってるんだよ!!っていう。
じゃあ、なんでその時に言ってくれなかったんだよ、と。
もうね、こうなると話にならない。
「今」の1失点はわかる。済まないと思う。でも、付け足された「過去」の失点へのテンションの違いが素直に謝る気持ちをなくさせるのだ。
冷静に過去あんなことあったな、と時間を置いて思い出して付加している嫁ならいざしらず、細かい部分まで自分も相手もどうだったかなんて覚えてるわけないし、
『だから、こう思ったのよ!!』とか言われても、(…いや、そこも反省したい気持ちはあるけれど、覚えてないし、そもそも温度差ありすぎて飲み込めるか!)ってわけですよ。
閑話休題的に………ネット観てても「論破!」とかよく見るわけですよ。
まとめサイトばっかり見てる嫁はアレか?叩き伏せたいわけか?僕を?
でも、1点の失策はわかるけれど、他の点数に関してはノーカウントだべ。怒りに任せて付け足してるだけだもん。ですよ。
オマケに、
「私は言いたいこと言ってすっきりしたけど、アンタの「俺悪くないし」みたいな態度が気に食わない」
とか言い出すわけ。
「俺悪くないし」っていう態度が現れてるのは、「過去」をほじくりかえして「今」の怒りに付け足して補強したせいだってなんで気づかないのか、と。
素直に反省できる点、改良できる点を「オーバーキルだよな。余計だよな、明らかに。」と思わせて納得行かないように仕向けてるのはどっちなんだ?と。
サブローを再び呼び戻すのは補強ではないと何度言ったらわかるのか、と。
男でもこういう輩はいるかもしれないが、過去のアレコレを引っ張ってくるのはたいがい女なんだよな、これだから女は…ブツブツってな感情も、許しておくれよ、みんな。
別の記事にもあったけど「女の若さは商品価値があるが年取ったらゴミ」
みたいな刷り込みして誰得だよっていう
まあ、「弾かれてる奴」は何やっても無駄なんじゃない?
弾かれるってことは、不細工すぎたり貧乏すぎたりして悪目立ちしてるレベルって事でしょそれ。
ギョッとするようなデブスが絶望的なのと同じで、愛も誠実さも役に立たないわな。
でも大抵の非モテは目立つプラス要素を一つも持って無いだけだろ。
カッコイイ!と印象に残るレベルの顔ではない。すごい!と印象に残るレベルの収入でもない。
そして性格は冷たい。当然、面倒見もよくない。「愛」が無い。借り物のスカスカな「理屈」だけ。
一瞬だけ「ちょっと嫌な奴だな」と思われて、直後に忘れ去られる存在。
そりゃあ、男にも女にも好かれるわけがない。
前記事
http://anond.hatelabo.jp/20120108211250
■「呪い」はツールで封じるべき
http://anond.hatelabo.jp/20120112030008
まとめると、はてブのコメントが偏りすぎると(はてな的に)困ったね、という話でした。
で、ここからがやっと本題です。じゃ、具体的にどうするのって話です。
まず、誰もがわかりきっていることですが、すでにはてなブックマークは価値ある情報を共有するブックマークとしての利用者ばかりではなく、記事やページに対するレビューというか批判や皮肉を投げ捨てる場として使うユーザーと混在している状態なわけです。「どうでもいい」と思っていることにすらブックマークしてひと言皮肉を言わずにはいられない人も世の中にはいるのです。宝箱とごみ箱がごっちゃになっているわけで、まずこの両者をはっきりと区別できるようにすべきです。
そこで、参考にしてほしいのはAmazonのレビューです。個人的にAmazonのレビューの情報設計の素晴らしいと思うところは、レビューそのものに対する「役に立ったかどうか」の評価軸の他に、商品に対する「評価の高いレビュー」と「評価の低いレビュー」を対立軸で並列させている点です。これをはてブにうまく適用すれば、その記事に対する否定的な意見と肯定的な意見のどちらが多いのか一目瞭然になる上、どちらの意見も有益な情報を拾えるようになるわけです。
つまり、
・現状はあまり機能していないページの評価に対するスターを改善し、「お気に入り度」のような形でブックマーク時に5段階でページを評価させるようにしておく。
→これで今まで曖昧だったページ自体の評価がはっきりする。
→デフォルトは★3つにしておけば、面倒な人は入力しないでいいが、全体のコメントには反映されにくい。
・ページへの評価が低いユーザーと高い評価のユーザーを並列でコメントの評価順に並べる。
・評価とコメントが矛盾しているようなユーザーも出てくるので、ユーザーコメントに対する評価やランク付けも今までより厳密に、匿名でプラス評価とマイナス評価で行う。
・さらにホッテントリは徐々にページ自体の評価を基準としてブックマーク数と合算してポイント制に移行すればいい。
基本的にはこれで全然違ってくると思う。まぁ、Twitterと同期させたことで、はてブも閉鎖されたコミュニティでなくなりつつあるので、新しい血を入れる、ということも引き続き進めていきつつ。あと、話がずれるけど、増田にツイートボタンやいいね!ボタンを置いたのもいい対策だと思う。増田に関して言えば、これではてブの偏りがより明確になった気がする。で、他のコミュニティにも拡散された後で、大勢が変わってくると、一部の「ズレた」ことに気づいた初期段階でコメントを残したはてブの人たちは、空気を読んで自分のコメントを消したりする非常に香ばしい状況も垣間見れたりするわけです。
これを増田に書いた意味については面倒なので問いたださないでください。
そんなわけで、はてなには引き続きがんばっていただきたいです。
私は今とあるプロジェクトのリーダーをしているが、それを降りようかどうか悩んでいる。
その内容は彼の私情もかなり入っていたのは承知で、その個人中傷に近い内容がまさに的確だったのが心に来た。
実は、一昨年リーダーをまかされた案件で、半ば失敗の形となってしまったものがあり、
その失敗がわかる前後によく指摘された事と今回彼に言われた事とがほとんど一致していたのだ。
ちなみに、その彼は去年に参加したメンバーの為、この事を知らない、はずなのにだ。
前回、失敗した案件について本当ならば何かしろペナルティを受ける所なのだろうが、
運良く(?)いろんなものが飛び込んできたおかげで、なぁなぁになってしまい現在に至ってしまっている。
(しかし、これは本当にラッキーだった。)だから、そのときに反省できなかったというのは、いいわけだろうか。
自己分析をすると、「リーダーに向いてない」ということなんだと思う。
具体的には、TOPを任されると、自分が動きすぎてしまったり、他人に対しては横暴になりすぎてしまう。
よって信頼されないタイプの人間に成り果ててしまっている———ということだ。
ただそれでも着実に仕事を覚えて、動いて、今の地位を得た。それはかけがえのない事実。
しかし、現実問題として「リーダー」という役割ができないのだ。
ほんのちょっと前ならば、仕事をもらえるのであればどんな些細な仕事でも飛びついた。
そしてそれでそこそこの結果を残した。しかし、よくよく考えてみると、同期との距離はいつまでたっても縮まなかった。
それは決して仲が悪い訳ではない、しかし今でも対人すると仰々しかったり、ビジネスな話しかしない。
たぶんそれは、最初にあった時にあった壁は未だにそのままだからなのだろう。
周りを見渡すと、ふと「リーダー」という役職が恐ろしく見えてきてしまった。
今回、彼の発言を乗り越えてまでこのプロジェクトを完遂する自信がなくなってしまった。
まだ企画段階だから、体よく他人に回す事も不可能ではない。
散々他人を攻撃してきたニュース速報板、最後の攻撃先はニュース速報自分自身でした……
「ニュース速報板」というのは「2ch」内にある一つの掲示板です
ニュースを扱うことになっていますが末尾にプラスのつく「ニュース速報板+」等とは違い1200円程払えば半永久的に一応誰でもスレッドが建てられることになっています
2chまとめブログというのは「2ch」内から何らかのスレッドを選びそこからいくつか書き込まれたレスを抽出してブログ記事にしたものです
ひとまとめに2chまとめブログと言ってもジャンルや特色があり、アニメに特化したブログ、ゲームに特化したブログと様々です
もちろん何を扱っていても基本は「2ch」からの転載で成り立っています
これらのサイトは数年前からありますが年を経る毎にアクセス数は増え大手と言われるサイトでは一日のPVが100万、1ヶ月で1億を超えるサイトもあります
この2chまとめブログですが、その全てが個人によって運営されています
企業が参入してこないのはなぜでしょうか?
理由はコンプライアンス違反の可能性が濃厚だからです、法律的にグレーもしくは真っ黒ということですね
「2ch」に書き込まれた内容にはそのそれぞれに著作権があります - 『平成13年(ワ)第22066号著作権侵害差止等請求事件』
まとめブログはそれを引用の範疇を超えて転載しているので著作権者に訴えられれば著作権侵害となります
これは「2ch」への書き込み時に利用者は著作権移譲の規約に同意させられているからです
電車男騒動の際までは著作権自体は利用者にあったのですが騒動を期に規約が今の形へと変わりました
2chというサイトは元管理人のひろゆきが訴訟対策のためシンガポールにペーパーカンパニーを作るくらいに訴えられることはよくありますが
逆に訴えることはまずないという少しアンダーグラウンドな場所です
著作権侵害というのは親告罪ですので著作権者自身に訴えられるまではセーフです
そんなまとめブログですが当の「2ch」利用者には快く思っていない人も多くいます
特に転載される頻度の高い「ニュース速報板」の利用者は自分たちの書き込みが無断で利用、転載されているにも関わらず
自分たちには1銭の報酬もなく、まとめブログの管理人には(アフィリエイトによって)月数万~数百万の報酬があるというのですから日々鬱憤が溜まっているという状況でした
それが2007年のコピペブログ騒動です、これは結果的に「2ch」利用者の敗北に終わりました
この時「ニュース速報板」利用者の多くがアフィリエイトブログ(2chまとめブログ)への転載を禁止にしろと言いましたが
管理人のひろゆきはそれに応じず代わりに新しい掲示板を「2ch」内に作りました
それが「ニュース速報板(嫌儲)」という転載禁止を謳った掲示板です
それから月日が立ち丁度4年後の2011年12月、一つの騒動が起きました
「シャフト」というアニメ制作会社の公式サイト内に「やらおん」という2chまとめブログが報酬を得ることになるアフィリエイトURLが使われていたというのが事の発端です
これは通常考えられないことですので「ニュース速報板」では大きな騒ぎとなり
これはステルスマーケティングが関係しているのではないか、とまことしやかに囁かれました
それからステマという省略型が使われるようになり「ニュース速報板」全体がその単語で埋め尽くされるまでにあまり時間は掛かりませんでした
この騒動でこれを「ニュース速報板」からアフィリエイトブログ(2chまとめブログ)を排除する好機と考えた利用者は「2ch」運営に「ニュース速報板」のルールを転載禁止に変更するよう嘆願します
しかし却下され、これ以上の運動は何をしても無駄だと悟った「ニュース速報板」利用者は1/9 0:00をもって既にルールとして転載禁止のある「ニュース速報板(嫌儲)」へその多くが移住しました
現在「ニュース速報板」は移住を促す文句とアフィリエイトブログ(2chまとめブログ)への転載を邪魔する文句で埋め尽くされておりまともに機能していません
以上がことのあらましですが一つ一つをもう少し詳しく説明しますと
まず多くの人が誤解しているであろうことに"ステマ連呼"があります
"ステマ連呼"とは主にニュース速報板内でところ構わずステマと連呼しまくることで、色々なバリエーションがありますが基本的には"ステマ"という文字列で構成されています
そしてこの"ステマ"という言葉ですが、これはステルスマーケティングを指す意味もありますが、むしろアフィブログ反対というような意味合いを込めた掛け声という要素が強いといえます
例えば"これはステマ"と言えば、これはアフィブログの利になるだろうと思うのでまともな発言はしないよ、というような意味となります
そのほか耳にしたことは無いかもしれませんが"効いてる、効いてる"、"余程都合が悪いようだな"等が同じ意味合いの文句としてあります
ところでなぜこのような言葉が必要になってくるかというと、匿名掲示板という場所では誰がどのような考えをしているのか分からず
もっと言えば味方に見えた人が敵の装いであるかもしれないということが多々あるからです
アフィブログ反対という同じ気持ちはあるにせよ匿名掲示板上では何かの流れに逆らうというのは非常に難しいことです
ここで効果的な役目を果たしたのが上記の文句でした、巨人ファンも阪神ファンも取り敢えず日本がんばれ!で統一しようというわけです
今回ここまで騒動が大きくなったのは自然発生的にできた"ステマ"という合言葉が原因と功績の大部分を担っているのかもしれません
次に今回の2chでの騒動を殆ど、もしくはまったく知らなかったという人がいるかもしれません
普段なら祭りといわれる程の騒ぎなら大体知っていたはずなのに……と
もしそういう方がいれば、その方は普段2chまとめブログから情報を得ている方だと思います
今回の騒動は云わば反まとめブログ騒動なので当然ながら当事者のまとめブログは取り上げていません
まとめブログの情報も当然ながら編集された情報だということです
そしてまとめブログが極度に嫌われた理由の一つとしてその自己都合的(恣意的)なまとめ方があります
まとめブログというのは閲覧される回数が多いほど収入が増える仕組みとなっています、いわばPV至上主義というわけです
ですからPVが稼げるトピックを好んで取り上げ、時には内容の改竄とも取られかねないまとめ方をすることが多くあります
そうしてできた記事はよりセンセーショナルでコンプレックスを刺激し対立を煽るようなものとなっています
これは普段自分たちがマスゴミと揶揄してはばからない既存の大手マスコミか、責任を伴っていない分それ以上に非道いやりようで、最近は問題になることも少なくありませんでした
もちろん"楽して稼いでいる"という風聞や認識が広まりその部分が妬みを買ったというのも否定できません
しかし間違えてはいけないのはアフィブログ(2chまとめブログ)を嫌っている多くの人はアフィリエイトという仕組み自体を嫌っているわけではないということです
自らが産み出したテキストなどの正統な対価としてアフィリエイト広告を掲載している、例えばアルファブロガーなどに対してはアフィブログ(2chまとめブログ)と同じ非難の言葉が浴びせられることはありません
次にニュース速報板が完全になくなるとどうなるのという疑問ですが
まず一般的な2chまとめブログというものには面白系のニュースをまとめた記事が多くあるかと思います
その少なからぬ編集元がニュース速報板です、つまりこれまでに見てきたそういう記事は減ってしまうかなくなるかもしれません
次に自分の人生を語ってみたというような創作系の記事ですがその多くはVIPといわれる掲示板が編集元となっています
VIPについても現在反アフィ運動が展開されていますのでもし成功すれば、同様に記事は減ってしまうかなくなるかもしれません
その他のアニメ系、ゲーム系などの記事はそれぞれに専門板といわれる掲示板群が編集元となっていますので極端な変化はないかもしれません
ちなみに2ch利用者の中には自分の立てたスレや投稿したレスが大手といわれる2chまとめブログで取り上げられることがうれしいという人もいるようです
特にVIPに立てられ語られる創作系のスレッドではそういったことをモチベーションとしてやっている方がいるのも事実だと思います
映画にもなった「ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない」などのお話は2chまとめブログがなければあれほどのムーブメントは起きなかったでしょう
2chまとめブログがネット上で影響力を持つことも悪い話ばかりではないのかもしれません
具体的な数字がありませんので全て憶測になるのですが、もしも何かを広めたいときに最もコストパフォーマンスの良い方法は何か?聞かれれば
自信を持ってニュース速報にスレッドを立てることだ答えられるかと思います
ニュース速報板にスレッドを立てる対価は極限まで薄めればタダです、しかし一度立ててしまえば無数にあるまとめブログがあの手この手を使って宣伝してくれることでしょう
もちろん取り上げられやすい話題などはありますが上で述べたような一定の傾向を抑えれば簡単に受けるトピックの作り方ができるともいえます
企業が組織的にニュース速報板でステルスマーケティングを実践しているというような陰謀論じみたことはにわかには信じられませんが
例えば自分が担当しているプロジェクトや商品について簡単に知名度を上げたければ、その個人がニュース速報板を使うということは少し想像力を働かせてみれば十分に考えられることだと思います
一度手を離れた情報がどのような伝わり方をするかが分からないというリスクはあるものの、それに見合うだけのコストパフォーマンスの良さがあるのでないでしょうか
そういった意味でニュース速報板→2chまとめブログのラインはかなりの影響力を持った媒体だったのではないかと思います
これは現在成功しつつあり今後も成功するのか、それとも何かあり失敗に終わるのかまだ予断を許す状況ではありませんが
成功し掛けているという点のみで十分に凄いことであると思います
ニュー速民といっても一つの意志をもった個体ではありませんし、何と言ってもリーダーのような存在がいませんので往々にしてその行動が一つにまとまるということはありません
それが今回は自分たちの住処となる板を移動するという相当難しいと思われる事をやってのけました
当事者でない方にこの難しさを伝えるのは簡単なことではありませんがとにかく凄いことだといえるかと思います
上で記したように"ステマ"という合言葉で反アフィの土壌がかなり固められていたことも大きな理由の一つかもしれません
ちなみにニュー速→嫌儲への移動までには色々と紆余曲折がありました
その多くは真偽不明の疑惑で、例えばニュー速にスレッドを立てている人はアフィリエイト側の人間で金銭を受け取っているであるとか
ニュー速は企業のステルスマーケティングの会場となっており、2ch自体がその業務を請け負っているというようなものまでありました
特に2chの運営自体がアフィブログ側の人間であるというような疑いはある種の絶望を産むこととなり、もう移動しかない……という諦観した行動原理を呼び起こす要因ともなりました
更に詳しい経緯についてですが、正直発端となったアニメ制作会社「シャフト」云々についてはあまり関係がないかもしれません
追記
・amazonアフィリエイトのURLが混入したことについて、「通常考えられないこと」と書いたのはそのURLが元サイト「やらおん」でも一度も使われていなかった、存在しなかったURLである
ということからこのように表現しました、しかし使われていたという情報も見たことがあり真偽は分かりません(←デマ(URLは存在した)らしいです、申し訳ありません)
・このまとめについてはできる限り内輪ネタにならないよう気をつけて書いたつもりですが、それ故細かい経緯、特になぜそこまでアフィブログが心情的な部分で嫌われたのかや
1週間余りの攻防ともいえるような2ch内でやり取りについて記せていないので、より詳しい方にとっては色々と不満があるかと思います
加えて、書いた人間がアフィブログ憎しという側の人間ですので、中立的な立場の方が読んでも不快にならぬよう心理的にかなりのバイアスを自らかけ、アフィブログにも配慮して書こうとした部分があるのも事実です
・なぜ自分たちの住処を移動するまでになったのか少し補足しますと、原因の一つとしていわゆる右翼左翼、嫌韓などの対立が意図的に誘導されたものだったのではないかという疑惑があります
スレッドを立てる人というのは限られていますので、彼等がまとめブログの運営者に近い人物であったり、その彼等が刺激的なタイトルで対立構造を煽っていた、というのはない話ではありませんし
事実として一部のスレ立て人はアフィブログの運営者であることを公言しています、2chは匿名ですからスレ立て以外の通常の書き込みでさえもそうした疑惑に駆られてしまい疑いだすとキリがありません
もちろんそこに証拠があったわけではないのですが、ニュー速に居続け転載され続ける以上その疑念を払拭することはできないので、その心配のない嫌儲に移住したというわけです
・http://anond.hatelabo.jp/20120111184947この方は存じておりません
現在も2chでは反アフィリエイトブログ運動が続いており「ニュース速報板(vip)」などにも飛び火しています
今後どうなるのかは分かりません、「ニュース速報板」は2ch内では規模の大きい板ですが仮に完全消滅したとしても2chまとめブログへの影響は限定的かもしれません
しかし2chの情報を何らかの形でまとめたサイトというのは無数にありますからどこかに変化があるかもしれません
いずれにしても予測の域をでませんので今後の経過を見てほしいを思います
匿名という武器と数の暴力という二つの力で祭りと称して個人の情報を暴いては嬉々としていた、いわばネット上の迷惑な集団の総本山とも言えるようなニュー速の
最後の攻撃先が自分たち自身というのはよくできてるようにも思えます
自分たちのコミュニティの閉鎖を最も望んでいるのが自分たち自身というのも珍しいですね
最後に
ざまああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
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ざ ま あ ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
元記事
http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html
9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そらが社会の理想と希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果的であるといえる。
その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピーは日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。
ネット上の無料コピーによる、著作権侵害が違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権を侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号は場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民の意識に応じて法を変えれば良い。
そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも、国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。
(終わり)
日本のメディア間の隔絶について 日本のおけるネットとオールドメディアの最適な関係の構築方法の模索
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネット、TV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44
成金ファッションとは基本的にはマイナスのイメージが強いが、個人的には下から這い上がれた人間を象徴するものなのでプラスのイメージを持つ。
街中で成金ファッションの人を見るたびに、大多数の人は好意的には捉えないだろう。
だけど、成金がいるということはチャンスをうまくつかめば成功できなくもない。ということを社会に示している一つのメッセージじゃないかな?と思う。
だから成金ファッションが好きだ。観る上での話であって、自分がしたいかどうかは別として。
あと「ミナミの帝王ファッション」は大阪でしか見られない。あれはやはりサンテレビの再放送が大きく関係してそうな気がするけどお隣の兵庫県では見られない。
これが県民性とでもいえることなのかな?
「不細工をカバーして頑張りたい不細工」と、「不細工を理由にして頑張ることから逃れたい不細工」がケンカしている。
増田でも2chでもまとめブログのコメ欄でも、だいたい似たような感じだ。
もてない男板ともてたい男板が分離したのも、結局そのもめごとが原因なんだろう。
「不細工をカバーして頑張りたい不細工」にとっては、不細工であることが大きな欠陥だとは思いたくない。
年収、性格、コミュ力、オシャレなどのプラス要因が一つでもあれば簡単にカバーできる、軽めの欠陥だと考えたがる。
「不細工を理由にして頑張ることから逃れたい不細工」にとっては、不細工であることが全てを覆す重大な欠陥だと思いたがる。
年収、性格、コミュ力、オシャレなどのプラス要因があっても、不細工であるという一点で「×0」されて、全てが無に帰してしまうと考えたがる。
そうすることで「プラス要因を増やすことは無駄である」という話に持っていき、彼らは何もしないでいる理由を得ることができる。
彼らの言い分はどちらも説得力があり、どちらも正しい。
どちらも正しいのにどうしてケンカになってしまうのかと言うと、「不細工にもレベルがある」ということと、
「メンタルの強さにはかなりの個人差がある」ということを、頑張りたい不細工が忘れがちだからだ。
忘れがちというか…見ないようにしているのではないか。
究極的には歳入と歳出の問題だから人件費だけつついてもしかたないってのはわかる。
たださぁ、赤字抱えてるっていう事実があるかぎり、しょうがないって部分だと思うけど。
例えばバブル期の財テク失敗で負債を抱えてるオリンパスみたいな会社があるとするわな。
社員の生産性の問題じゃなかったとしても、工場の問題じゃなかったとしても、ある一線を超えたら資産を売り払い従業員を解雇し、事業縮小しなけりゃなるまい?
自治体だったら、サービスの質を落とし、職員を減らし、それはやむなきこと。
公共サービスだから質は落とすべきではない、というのも確かだけど、無限に債権を発行してまで、というわけにはいかない。
借りた金は返す、返せない以上には借りない、というのは最低限守るべきルールだと思うよ。俺は。
亀井静香あたりは無限に借金してでも公共サービスは、お金は刷ればいい、って立場なんだろうけど。
とにかくも、どこかで折り合いをつけないといけない。
このまま存続するためには、最低でもプライマリーバランスをプラスに出来るまではやらないといけない。
商学部やら文学部の学生が、卒業論文とかサークルの出し物でワンピースを取り上げればそのまんま本になるくらいの勢い。
この手の本を買うときは「書き手のプロフィール」をよく確認してから読むようにしたい。
逆に言えば、一生に一度くらいは本を出したいと思っている人は今がチャンスです。ワンピースとコラボしてなにか本を出せないか企画を考えてみよう。
個人的に最も面白かったのは・・・「モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーだった」 阿部美穂 <ドラッカー学会会員
次点の高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! (野球指導書編集委員会) といい、
ドラッカーバブルに乗り遅れた方々が必死に次の寄s・・・コラボ相手を求めてさまよっている様がとても微笑ましいですね。
漫画ワンピースは、これからの時代のビジネスバイブルだ! 徳永 秦 <Amaozn書評が全員身内褒めでかなり気持ち悪い
ルフィの仲間力 『ONE PIECE』流、周りの人を味方に変える法 安田雪 <「社会ネットワーク分析」が専門の教授
「ワンピース」はなぜ人の心をつかむのか―「ONE PIECE」はなぜ売れるのか (ベストセレクト) 富田 英太 <ワンピース=新世代の司馬遼太郎とかねーわ
『ワンピース』に生きる力を学ぼう! 平居謙 <2冊目。この人どんだけワンピース好きやねん
<1万冊を超える読書によって培われた膨大な知識をもとに、独自の研究を重ね、難解とされる古典を現代漫画をもとに読み解いていく手法を確立って・・・。ブログとかあるのかな?
ワンピースの言葉が教えてくれること (ルフィと仲間たちに学ぶ「生き方」の教科書) 方喰 正彰 <プロフィールなし
ONE PIECE STRONG WORDS 上下巻 尾田 栄一郎、 内田 樹 <内田樹のワンピース論は結構面白かった
<ワンピース「世代」>
「ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱 鈴木貴博 :注目株。そういえば「ガンダム」程読者の顔が見えないのだよね。不思議!
<なぞのコラボ>
高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! 野球指導書編集委員会
ONE PIECE 海賊キャラ弁当BOOK (FLOWER&BEE BOOK)
ワンピース最強読解 (ワンピース最強シリーズ) ワンピわくわく研究会
超読解 ワンピースが教えてくれた人生で大切なこと―自分の“宝”を守るために必要なもの 海賊行動学研究会
ワンピース最終研究―海賊王の血脈と古代文明の謎 (サクラ新書) ワンピ考古学研究会
<やおい系の本が出てるけどこれどういう仕組み?>
海賊ゲーム外伝「ゾロ×サンジ ラブディスカバリー」 (POE BACKS)
同人作家コレクション114 光葉 (POE BACKS) 光葉
同人作家コレクション103早乙女神楽 (POE BACKS) 早乙女 神楽
今田まことおまめ (K-Book Comics) 今田 まこと
同人作家コレクション99ケチャップ (POE BACKS) ケチャップ
しかし、考察系が無駄に多いのを除けば、もっともっとたくさん出てもいいのにまだまだ少ないと思う。(ドラッカー関連本はこの3倍くらいある) http://uwasano3.web.fc2.com/druckertyo.html
付き合う方法といっておきながらなんだけれど、できるかぎり「その気になったら付き合わなくても良い」状態を作れるようにしておくことは大事。これによって精神の余裕が生まれる。
その上で、付き合わざるを得ないときはプラスの感情が持てるように努力する。
例えばこういうことを意識する
「違うタイプの人間を受け入れる。特にペース。相手には相手のペースがある。それを認めないのは人格を認めないことに近い」
「意識して嫌いな人を褒めること。そして、悪く取らないこと。プラス思考で相手は僕のことを考えているから叱ってくれるんだ、と好意を持つ」
相手に見下されないこと、弱いと思われないこと。
ポイントとしては「相手が高圧的なときは高圧的な態度を取る」と同時に「相手の友好的な態度には友好的な態度で臨む」こと。後者が特に重要。
嫌いだからといってあれこれ構わず条件反射のように噛み付いてもなめられるだけ。
「油断したら手痛い反撃を受ける」「筋道を通してくるから、こちらもそれ相応の態度を取らないと自分がバカということになる」と意識させる。
頑固なだけでなく、柔軟性や協調性も持っている、という点を感じさせることが嫌いな人と仕事をするこつ。
何が目的で目的を達するには何をすべきか、割り切って腹を決め強く行動を起こすべき。
その時、仕事は出世ではなく会社のためであることを打ち出す。みんなのために仕事をしているということを感じさせていく。
嫌われてしまったかな、などといらぬことを考えると行動が相手から奇妙に感じられてくる。
完璧な考え方や行動は存在しないのだから、自分の中で納得できる考え方や、その人との関係に限らない広い視野からの立ち位置を元に割り切って行動すること。
「自分を棚にあげて平気でものを言う人」の一部を適当に要約。この本自体はタイトルは秀逸だと思うが内容はつまらないので読まなくて結構。
毎年、就職活動の時期になったら現れるのが、
「自己PRで、どのように長所を大きく言って、どのように短所を小さく言うべきだろうか」
はっきり言って愚問です。
何かの本を読んで「長所は良いように言って、短所はなるべく柔らかに」なんていうテクニック的なことを学んだらしく、
「短所は『ひと筋になりすぎることです』などと言ったら、逆に集中力があることをアピールできる」
など、小賢しいことを考え始めます。
そういう小手先のテクニックは意味がないというか、採用担当者は長所をプラス、短所をマイナスという風に捉えているわけではないのです。
むしろ言うなれば、小賢しいテクニックを使わない正直さがプラス、
小賢しいテクニックを使おうとする狡猾さがマイナス、というぐらいです。
単純に、面接官はその人の個性を見たいためであり、こんな長所があり、こんな短所があるという個性を見ているのです。
長所を誇張して短所を隠すといったことをやっても、 それだけリアルな個性ではなくなるので、
「こいつ、なんか変な奴だな。信用できないな」
と思われて終わりです。
ここまでだったら別にいいんです。別に間違ったことを言ってるとは思わない。
ただ、これをやられるとキレそうになる。
分かりやすく、スポーツで喩えてみましょう。
あなたは、サッカーチームの監督で、これから入部する選手を面接していると思って下さい。
入部を希望する選手に対して、「あなたは、どんな選手なの?」と尋ねた時に、
「自分はフォワードとして積極的に得点へ結びつけます。そしてディフェンダーとして守りもかなり固いと言われます。
また、ゴールキーパーの経験も1年間ほどあります。短所を挙げるなら、練習をしすぎてしまうということでしょうか」
「こいつ、良く思われようとしてるだけだな」と思いますよね。
というのも、サッカーはチーム戦ですから、いろんなポジションがあるわけで、
「自分はどの位置でも活躍ができます。短所はありません」などと暗に言ってくる奴よりも、
「自分は攻撃が得意です。守備が苦手です。短所はちょっとスタミナに自信がないことです」
と、端的に正直にきちんと申告してくれる選手のほうが、「なるほど、ではこういう場面で使えるな」と判断できますよね。
ポジションとそれに求められる能力がそんな明確に決まってて、それが開示されてるんだー。
ちなみに、私も割と就活は楽勝だったからかれの言いたいこともわかる。
ちゃんと考えて調べれば、ここいらのことはわかるようになってる。
どちらかというと自分のフィルタのほうが大事で、そのフィルタを通して情報を整理すれば大して苦労しない。
考え方次第で、就活の難易度はスポーツと同じどころか、それよりずっと下まで下げられる。
でも、そのやり方がわからんからみんな苦しんどるわけやろうが。
スポーツは予め向こうがフィルタを用意していて、それに合わせて努力するもの。
就活は自分でいろんな挑戦をしていく中で、自分のフィルタに気づき、見つけ出し、そこから会社を観察することを学ぶもの。
全く別のものを一緒にして語るのって、「すでにわかってる人」向けのアピールではあっても、
「わかってない人」向けの説明としては最悪だと思う。 やめたげてよぉ!
私は現在の就活自体が「能力がある人」以外にとってはもう異常なものだと考えています。
将来的に「正常なあり方・自然なやり方」になったときには、彼のような意見はとても貴重だと思っています。
ただ、今のところは、企業が「漠然とした能力がある人のイメージ」を求めている以上、学生がそれに適応すべく偽りに近い形で演出せざるを得ない状況について、学生だけを責めるのはアンフェアだと思います。
こういう話をするなら、まず「就活自体が一部の人間以外にとって異常である」というのを認めてあげた上で話しをすべきです。
まして、正常な世界と比較して、就活自体を正当化するようなことをすべきではないと思います。
(書き手の人間は「正常な状態など何時の時代もない、自分が何とかするしかない」という考えなのか、この部分をそもそも語るまでもない、と扱っているのでしょうが、自分がじっせんするならともかく、他人に語る場合、それはどうかと思う)
(追記)