はてなキーワード: 雑務とは
俺もそう思ってんよ。
「何かしらの言葉を投げかけて、相手の心に波紋を生じさせること」が「自発的に目的を発見する環境作り」の1つだと思ってる。
確かに、こういう直接的な言い方では期待通りにいかない面があるかもしれんね。
なんか疑問形でうまいこと尋ねてみたりすりゃ良いんだよな。
相手の心に疑問が生じて考えるようになり、その時にハッと気付いてくれるよう、うまく誘導できるようなことを周りがしてやれれば。
それが教育というもので、「気付いてくれるだろう」と希望的観測で放置することは、教育を放棄してるようなものになってしまうと思うし。
「院生にまでなってそんなこと出来ない奴は切り捨てにする」という方針もあるだろうけど、それはその方針を掲げる人なりの考えややり方があるんだろうし、自分が横槍を入れるようなことじゃないので、まあ良いんだけど。
でも自分はあんま好きなやり方じゃないんだよな。言葉を投げかけるのは、手間のかかることでもないわけだし。
それはそうと、元増田の文章をロクに読んでなかったから、今更だけど読んでみたら、
その同期は,教授との仲が良く,たとえ研究の進捗がなくても怒られなかった.
などと書いてあったから、こりゃ単なるイジメの類(アカハラ)なんだろーな。という気がしたんだけど、
http://anond.hatelabo.jp/20120104112602
やっぱり、こういう意図があるのだとしたら、「嫌がらせかもしれない」という誤解から軋轢を生じさせたりしない為には一言でいいから言うべきだね。
たとえ「社会人として成長させるため、言われた事しか理解できないロボット人間にしたくない」という狙いがあるとしても、それとは別の話で、円滑な人間関係を維持する為には必要なことだから。
教授が教えてくれない.
大学院に入って与えられた研究テーマとは異なっていたので,バイトと称して与えられた研究テーマのことはあまり知らなかった.
実験環境や,プログラムを渡されてもよくわからなかったので,教授に尋ねると
「今までもウチにいたのになんで知らないの?それにわからないなら俺の論文を読めよ」と怒鳴られた.
教授の論文を読み,プログラムのわからない点を尋ねると,「んなのプログラム読めばわかるだろ」と怒鳴られた.
論文に書いてあることやプログラムになっているものは聞いてはいけないのかと思った.
別の日,同じ研究室の同期が教授と話していた.聞いた内容は,教授の論文に書いてあるようなことだった.
その同期は,教授との仲が良く,たとえ研究の進捗がなくても怒られなかった.
僕が,同程度の進捗を教授に見せると「なんでこれしかやってないの?」と怒られるのに.
それだけならまだ良い.教授は,僕にだけ授業の手伝いや,部屋の掃除,後輩の指導を押しつけてくる.
研究室にいると雑務を押しつけられるので,家で作業をすると「なぜ来ない」と怒られた.
もちろん登校すれば雑務を押しつけられる.
研究室のバイトでは,業務日報として,報告のメールを送っていたが,教授の基準に見合わなかったのか
何しに研究室に入ったのだろう.
時間がないを言い訳にする人は、仕事も時間がないを言い訳にして、やりたくない仕事はやらない傾向が強いです。
時間がないから書類を出さない。時間がないから片付けない。時間がないから会議に出ない。などなど。
次の担任を持つなり、残った生徒に尽力するなりするだけ。
俺は自分の生活を優先しましたが、それでもまだ8-21時勤務、土日も休みなしの状態から抜け出せないのは、自分の生活をある程度確保したうえで、多少は生徒を優先しているからです。
毎日13時間も生徒のために使う必要はない、と思うかもしれませんが、一日3~4時間の授業と、雑務の時間、部活の時間を除いたら、生徒のために使ってる時間なんて、一日一時間程度です。
もちろん、大多数の生徒は、教師がいなくともなんとかなります。
ですが中には、児童相談所に行くほどではないけれど、家庭でトラブルを抱えていて、誰にも相談できない生徒など、様々なトラブルを抱えた生徒もいます。
そういう生徒にとっては、教師じゃなくとも、身近に相談できる人間がいることが、どれほど日々の生活を楽にするでしょう。そして、他に身近に相談できる大人がいなかったら、教師を志すような人間なら誰でも「自分が聞いてあげよう」と思うでしょう。
少なくとも私は、そういう時間を削る人間を、魅力的だとは思いません。
もちろん、あなたの彼女のように、「忙しさ」を理由に、最低限こなすべきことを放棄している人間も、教師としてダメだと思います。
ただ、彼女を弁護するならば、担任教員というのは、仕事をしないと本気で彼らの将来に関わってきますから。
担任が仕事をしなければ、高校生なら、卒業できません。大学受験できません。下手すればその後の人生が大きく変わるでしょう。
話がそれますが、私は、教師が聖職だとも、教師が偉いとも思っていません。
ただ、生徒たちと同じ場で暮らす大人の一人に過ぎません。
そんな人間が、生徒たちに何か教えられるとしたら、専門教科の他は、「いかに人間的に魅力か」で決まるでしょう。
少なくとも、自分の人生を楽しんでいない、他者(生徒の存在も含めて)に依存しているような人間は、私は魅力的だと思いません。
妄想乙
辞めた理由は、顧客優先ではなく利益あげること最優先のスタイルが嫌だった(ある程度出来る人が実装組んだ後、細かいところはバイトにやらせるような)のと、六年も働いてれば末端でいられなくなって管理する側に回されるようになってきたのが嫌だったのと、羊質虎皮でよしとする営業と合わず更に会社全体がそっちの方面に流れていったのが嫌だったから。
もっと言えば、教員の業務のほとんどは雑用ですよ。誰でも出来るような事務作業が6割以上。
どんな授業にするか考えて、授業組んで、準備して、教えるなんて、実際の仕事時間の3割程度。
「頭を使って業務効率化」なんて、公務員である教員の現場じゃ不可能なんだよ。
そもそも「決められた書式で、決められた方法で、決められたように処理しないといけない」雑務ばかりなんだから。
そして君の言う「頭を使える仕事」の部分である、授業や生徒との関わりの部分は、手を抜けばいくらでも時間短縮出来るから、就業時間を短くしたければ、必然ここを抜いていくしかない。
http://anond.hatelabo.jp/20111025181753
「何してるのそんなに」って意見もあったんで、少しだけ。
8時少し前に学校に着く(以前は7時半には着いていたけれど、最近は校門に立って挨拶とかもしなくなったので、この時間で間に合う)
↓
今日の連絡事項の確認や、保護者からの欠席の連絡への対応、今日やる「雑務関係」の確認(授業関係は、忘れようがないから確認しない。雑務は忘れがちなので毎朝確認)。
ここまでは、一般的な会社とそんなに変わらないと思う。
正直、連絡事項を伝えるだけなら誰でも出来る仕事。でも、生徒の変調を見逃さないためには大事だし、本気でやろうと思えば、毎朝何らかの話を用意しておく・生徒一人一人に話をさせるとかもできる。
最近は手を抜いているから、行って口頭で連絡事項伝えておしまい。
授業は、一日に3~4コマ程度です。授業は教師の仕事の中ではわかりやすい仕事の一つだと思うので、説明しません。
強いて言えば、HRや総合などもきちんと計画たてて準備してやってますよ、ってくらいですね。
高校の場合、多い日で一日4コマ、200分程度空いているわけですが、その間何をしているのか。
ここまでで、大体160分くらい使ってますね。
もちろん、この時間だけじゃ授業の準備は終わらないので、詳しくは後ほど。
本当はここで生徒関係の事もやってますが、便宜上分けて後にまとめて記述します。
生徒が質問に来たりして、ご飯食べてる時間がないので、昼休みは生徒対応で大体終わります。
ですので、上に書いた、授業と授業の間の空き時間などでご飯を食べます。
教員の休憩時間も、生徒と同じでここに設定されているので、ここで食べないと、午後も授業が詰まってたりすると、最悪放課後まで食事出来ません。
最近は、昼休みに職員室から逃げ出して、生徒に見つからないところで食事しています。これなら生徒が質問に来たりすることもありませんから。
朝と同じです。
夜七時前くらいまで拘束されます(部活自体はもう少し早く終わりますが、生徒が完全下校するのを確認したりするので)。
ようやく翌日の授業の準備が出来ます。
私は、良い授業をするためには、一回の授業に三倍の時間準備をしなさい、と教わりました。
前述したように、一日の授業数は3~4コマ。
当然無理です。ここから9時間も授業準備したら、朝4時ですから。ですので、「良い授業」をするのは早々にあきらめます。
これなら8時には授業準備が終わります。
学級日誌系もそうですが、小テストの採点や、生徒一人一人にコメントをつけたり、回収したノートの確認などです。
コメントとかやらなければ、もっと早く終わります。最近はここも手を抜いて極力何も書きません。
もちろん、生徒の反応は明らかに変わります。コメントを書いてあげた方が、モチベーションが上がって成績もあがります。
ですが、丁寧にきめ細かに見ていくと、終わりがありません。
今では、手を抜きまくって、9時過ぎには学校を出られるようになりました。
回収物や返却物に、一人一人コメントを書いたり、きちんと目を通したりすることもなくなりました。
宿題なんて、回収してやってあるかだけチェックして、答え配って各自で答え合わせさせてます。
授業準備はともかくとして、これらを全部きちんとやったら、0時過ぎても帰れません。
現状、お役所的事務作業さえきっちりやっておけば、「良い教師」と認定されます。
授業の内容がどんなにグダグダでも、担当教科の生徒の学力が下がっていても、明確な判断基準がないので、よっぽどの事がなければそれでクビになったりはしません。
極端な話、少しでも早く帰りたかったら、必須とされる事務作業だけやって、生徒の話も聞かず、授業も全て教科書を読むだけにして、後は各自で自習させて、部活も活動拒否すれば、毎日定時で帰れます。
それが生徒のためになるかどうかは知りませんが。
けど、まともな就業時間で、まともに生徒と向き合える仕事にしてくれ。
定期考査前に生徒が職員室に質問に来たり、何か生徒に問題が起きると、最初は「俺の出番だ。がんばろう」と思ってたけど、最近は「面倒くせぇこと持ち込むなよカスが」とすら思う。
例えばみんなが目にした事のある物で言えば、学級通信とか。
あれを配ろうと思ったら、東京都の場合、まずPC上で起案して、起案番号なる物を取得して、関係分掌の担当教員などに判子をもらって回らないといけない。
学級津心に限らず、外部に配布する物は全てこれが必要。
要するに、個人情報保護とかそういう問題で。お題目としては「外部に配布する物は、教員個人個人が勝手に作れないようにして、きちんと各部署でチェックしましょうねー」ってこと。
一事が万事こんな感じ。
問題起きた時に「我々(上層部)はきちんとルールを作って、やらせてました」と言うためだけの作業が非常に多い。
三年生担任にもなると、前の会社の一つの部署で作ってた書類より遙かに多い量の書類を、一人の教員が作ってる。そんじょそこらのITベンチャーが一年間で書く書類の量より多いと思う。
ブ米で、「三年目には転職前よりマシな生活手に入れた」とか書いてる人いますが、殺意覚えるんでやめてください。
生徒と関わるのが仕事なのに、生徒と関わる時間減らして労働時間削って、何が「マシな生活」ですか。
本音を言えば、今だって毎回一人一人の小テストにコメント書いて返したいし、一人一人と毎日ちゃんと挨拶して、話しかけてくる生徒全てにきちんと受け答えしたいんですよ。
でも、それをやったら日付変わる前に帰れないし、毎日それを続けていたら死ぬと思ったから、やめたんです。
就業時間は確かに減りましたよ。
でも、それって本当に「マシな生活」ですかね。
教員の仕事の理解されなさは、仕事内容を一般に言えないことにもあると思う。
具体的に何をしたっていうことがなかなか言えない。
言っても大変さを理解してもらうことを諦めているところもあるし。
例えば出来の悪い子の内申書を書くのにものすごくてこずったとか
評価を明確にするために出す課題の点検とか
もっと人が増えれば減る雑務とか
一歩間違うと大変なことになるので、うかつに外に出せない。
何か勉強を教える仕事に就いたはずなのに、気がつけば子ども関連のスペシャリストになれって言われている感じ。
しかも個々の事情がプライベートな事情だから教育界以外にはその事情が伝わりにくい。
(業界外からはなんとでも言えるのはこの職種に限った話ではないけれども)
「そのくらい当たり前だろ!」って民間企業の人は言う。
http://anond.hatelabo.jp/20111026145458 業務内容の理解の一助になればと思い、こちらに追記しました。
6年間IT土方として働く
↓
会社に嫌気が差す
↓
人に教えるのが好きだったし教員免許も持っていたので、教員採用試験を受けてみる
↓
たまたま一発で受かる
↓
高校で何を教えるのかすらわかってない状態。卒業後十年以上たってて、さっぱり忘れている。
そのため、毎日授業の準備をやりまくった。
職員室独自の人間関係や雰囲気には慣れなかった。民間と違う非効率な雑務の多さにも絶望。
研修と雑務と部活と授業に追われて、気づいたら一年終わってた。
毎日7時に家出て、0時に家着く生活。家に着いてからは、毎日1時間くらい自分の教科の勉強。
IT土方時代よりは給料が上がったし、土日は休めたからそこまで不満はなかった。
ニュースも見ない、新聞も見ないで、学校中心の生活。家では風呂入って寝るだけ。
オバマが大統領になったのを、真剣に年末くらいまで知らなかった。
一週間で休日が一日もなくなった。
土日は8時に家出て、20時頃帰ってくる生活。
BUMPの「ギルド」を聞いて、涙を流した。休みをください。誰に言うつもりだろう。
月の労働時間は400時間を超えた。楽しみにしていたWCの試合は一試合も見られず、翌日に生徒から結果を聞いたのが全てだった。
でも、7時に家出て、22時に帰ってくるようになった。
土日は8時に家出て、19時頃帰ってくる生活。
授業の準備をほとんどやらなくなった。
なるべく生徒と関わる時間を減らした。
それ以外に減らせる所はなかった。
やりたいと思って獲得した仕事を、段取り進めてイザ!ってときにワケワカラン横槍で人に盗られたり、頓挫したりしたり。
って事がここ最近多くて、すごく屈辱的で惨めな気分を味わってる。
始めた仕事をやり遂げないうちに盗られる。折られる。
若いからってなめられてんだよな。
ああ、横槍っていうか、上司の力関係が複雑すぎて、話がこっち行ったりあっち行ったりしてるうちに決まったことがが瓦解する感じ。もううんざり。
それで「全体のパフォーマンスを考えないといけないから」とか言われたらもう何にも言えない。はいそーですね。
適当に雑務やりながら正式に決まって頼まれた仕事だけやってれば良いんだよね。あったかい人形でいろってことだよね。
まったく好きなこと出来なくなるけど、まあそれは俺の問題で、他人には関係ないしね?
まあでも、好きな事のひとつも出来ないのにテキトーに押し付けられた雑務なんて全くする気起きないけどね。社会人失格?そうですか。
始めは手堅い職場だと思ってたんだけど。最近全く面白くない。モチベーション保てない。
そういえばコンピュータが好きな俺が今の仕事に就いた理由って、自分の長所を発揮したいとかそういうのじゃなくて、好きなことがしたかたからだったっけ。
好きな事したいと思うなら来るところが間違ってたんだ。とにかくもう無理。
結局「こうやったらお金持ちになれますよ」を、生業としている胡散臭い業者の提案だろw。
DVDの販売とか壺とかブレスレットとか有料合宿セミナーとかありそうだよなw。
あなたが起業して社員雇ったとしても、下請けの仕事ばっかで金持ちになれるかw?
いや、なれねーよwww。
だから、お金持ちになる方法っつーのは、如何にして元締めになるかってことだっつーのw。
当然何かのビジネスをやるのが良いわなw。
商品を売ったり、インフラを提供したり、中間マージンで儲けたりw。
何にせよ、いかにして自分が楽して働かないかを追求していくのが大切w。
そりゃ最初は、営業から経理から何から何まで自分でやらなきゃだけどさw。
ずーっと、自分でやっていたら雑務ばかりで、お金持ちなんてなれないよなw。
だから、自分の仕事に集中するために人や物に投資する必要はあるわなw。
そうして、徐々に仕組み化していって、自分は会社の舵取りとチェックぐらいにして、
ボーっとしていても、お金が入ってくるような仕組みを作れってことwww。
具体案w?そんなの自分で考えろよwww。
とにかく、元締めになれw。それが、お金持ちになる秘訣www。
お金持ちに大量に触れて初めて気づいた8の共通点
この記事を実践しようとか、爆笑もんだろwww。
いや、確かに、お金持ちの生態としては、間違ってはいねーよw。
そりゃ余裕もあるし、人間の鏡のようになるのは当然かもしれねーw。
でもさ、冷静に考えてみろよw。上記を実践してお金持ちになれるかw?
なれるわけないっしょwwwww。
ごほんっ。
だいたいテレビの話やドラマの話、他人の陰口に「馬鹿ばっかだな」と思いながら付合っていますよ。
見たくもない朝ドラ見て、韓流のスターの名前位は知っておいて、他人の家庭事情も覚えます。
案外その場にいる全員が「こいつら馬鹿ばっかり」と思いながら、表面的な付き合いのための会話を続けていることも考えられます。
主婦にとっての立ち話は外交であり、子どもがいれば我が子を守るための術になりますからね。
大体外堀から固めて周りを味方につけておかないと、イジメなど回避出来ないです。
主婦ですけどと言ったけど、一応フリーで職も持っている身なので
外のサラリーマン達と話す機会もありますが、彼らが興味もないスポーツの話題や、飲みたくもない酒を飲まされているのを見て
主婦と大してやっていることは変わらないと感じる事もありますよ。
なんで飲めないなら「飲めません」て言わないの? そもそもさっさと帰ればいいのに。
なんであなただけが雑務やらされてるの? 断って本来の仕事させてもらいなよ。
そういう安易な質問をされると「何も知らないくせに」と言いたくなる人もいるように
散歩の途中だった。
道路で猫が死んでいた。車に轢かれたのだと思う。外傷は然程なく、出血も耳鼻から微々たる紅が垂れている程度なのに。寝ているようにさえ見えるのに死んでしまっていた。
形ある小さな純白の遺骸。見下ろしていたら、少しだけ視界がぼやけた。夏は真っ盛りで、気温も天井を打つ午後二時の四辻には、蝉の鳴き声と幻覚のように立ち昇る陽炎とだけが密集している。
密集。
ジリジリと照りつける日差しを帽子越しに感じながら、私は猫を見下ろし、ぼんやりと立ち尽くして、いまこの四辻に密集しているものごとについて思いを巡らした。
ふと、この猫は一体いつ死んだのだろうかと考えた。ここは閑静な住宅地のど真ん中なのだ。この時間帯で近くを走る車は皆無に等しいし、この猫にしたって炎天下の中を歩き続けることは避けていたに違いない。昨日の夜から明け方にかけて轢かれたと考えるのが妥当だった。妥当だったが、どうにも腑に落ちない。
猫の遺骸があまりにもきちんと横たわりすぎているのである。蠅がたかっていない。烏に啄かれてもいない。そもそも遅くとも明け方には死んでいなければならない骸なのだ。とっくの昔に近隣住人に発見されているだろうし、ともすれば保健所に連絡が入っているはずで、いくら他の雑務に駆られているからと言ってこの時間まで放置されているのは不自然な気がした。
万が一保健所の職員が来られなかったとしても、この時間になるまで四辻の真ん中で横たわっている状態はおかしい。近隣住人の嫌悪感が理由になるのだとしても、その心理が私には理解出来ない。
しゃがみ込み、そっと力を亡くした四肢を動かしてみる。蟻さえも近づかなかった猫の死骸は剥製と見紛うばかりに美しく、ともすればふとした拍子に生き返ってしまうのではないかと思わせる躍動に満ちていた。あるいはただ単に気絶しているだけなのかもしれない。急いで病院に駆け込めば、一命を取り戻すことだってあるのかもしれない。
けれども私は、その骸を両腕に抱いた瞬間にわかってしまった。確実にいまこの瞬間に白描は死んでいる。死んでしまっている。不気味なほど力のない、弛緩しきった骸の冷たさが肌に滲むかのようだった。
いま腕の中にあるもの、それは猫の形をした何かだった。限りなく猫に近いくせに、決定的に猫ではない塊だった。
蝉の音がシャワーのように降り注ぎ、容赦のない太陽と立ち昇る陽炎とが私を燻すように熱している。
白い猫の綺麗な遺骸を抱きながら、ぼんやりと重たいなと思い始めていた。三キロ? それとも五キロ? いやいや七キロ以上はあるまい。とは言え、市販のダンベル一つで十分足りてしまう重さだった。ダンベル、たったの一つ分。
この白猫はどうして死んでしまったのだろう。立ち尽くしたまま考えるでもなく考えてみた。骨格に酷い損傷は見られない、外傷もそんなに目立つものはないのに、どうしてよくできた縫いぐるみみたいになってしまってるのだろう。
きっと打ちどころが悪かったんだよ。誰かが答えた。仕方がなかったんだ、運が悪くてね。そういうこともあるものなんだよ。
そうなのだろうか。そういうこともあるのだろうか。そういうことがあってもいいのだろうか。じっと猫を見つめながらじくじくと問い続けた。責め続けたのだった。
突如としてその言葉が私の周りをひしめき合うように囲い始めた。空から降ってくるものもあれば、地面から生えてくるものもあり、霧が晴れるかのように現れたり、気がつけばいつの間にかそこにあったものなど様々だった。大理石のようなもの、切り出した木くずが組み合わさったもの、丹念に砂で固められてもの、雲のように輪郭線がはっきりしないものなど素材までもが多岐に渡っていた。
夏の炎天下。人気のない四辻で白描の遺骸を抱いた私は理不尽という言葉に囲われている。どうしてなのだろう。答えは出ない。どうしてなのだろう。絶対にわからない。
もぞりと、腕の中で猫が身動きをした。見ればぐるりぐるりと丸まっていく最中で、手足は屈められ尻尾が穏やかに首に巻きつき、背骨が曲がりに曲がり、遂には丸々とした真っ白な毛玉になってしまった。
風など吹いているはずもないのに、そよそよと白い毛並みは私の肌を撫でていく。心地良い。思った途端にふわりと浮かんで、毛玉は空へと昇っていった。ぐんぐんぐんぐん青空に呑み込まれていって、二度とは戻らなかった。
呆然としたまま空を仰いでいた私は、ふと我に帰り視線を正面に向ける。ひしめくように周囲を囲っていた言葉たちは知らない間に消えてしまっていた。
四辻に残されたのは私一人だけ。
ジリジリと照りつける日差しが帽子越しにも熱く感じられる。蝉は変わらず鳴き続けていて、遠く幹線道路を走る車の音と、途切れ途切れに聞こえる風鈴の音色とが細かく耳朶に届いている。
今日、猫が死んでいるのを見つけた。外傷は然程なく、出血も耳鼻から微々たる紅が垂れている程度だったのに、猫は確かに死んでいた。
きっと、それだけのこと。
私は再び散歩をし始める。
人を、部活の練習だとか仕事だとか、そーいうすべきことに縛りつけてるのって、
結局はしがらみなんだな、と思った。
私の所属しているサークルでは、定期的に、大会の運営等ののための会議がある。
色々事情があって、数カ月に一度のその会議は、全国各地の部の代表者が
日本全土のあちこちに集まらなくてはならなくて、時間的にも土日もフルに使わなくちゃで
結構真面目な会議だし、とてもヘビーなものだ。
その会議を尚更ヘビーにしているのは、恒例の毎度毎度の飲み会で、
金土日の夜に、大学生が飲みまくるのだから、それはそれは大騒ぎをする。
一回参加して、閉口した。
ほぼ皆勤の先輩に「なんでですか?」って聞いた。
その先輩は割と不真面目というか、テキトーな人だったので、余計に意外で。
そしたら、「会議常連メンバーの、他の大学のやつらと会いたいから」と言われた。
高校時代、私は某個人競技の部活を辞めようか悩んだことがある。
怪我をしたのだ。でも、やめなかった。
部活の友達と、友達でいたかったからだ。気まずくなりたくなかったからだ。
もちろん、その競技の魅力も無くはなかったのだけれど。
その先輩も、会議だとか、会議にまつわる雑務をきちんとしていたのは、
年に数度しか会えない友達と、心おきなく、後ろめたさなしで飲んで騒ぐためなのだろう。
きちんと運営をこなす達成感も、無くはないのだろうけれど。
「なんでまだ自分はこの競技を続けてるんだろう」って考えた時、
その競技の魅力というのは、あまり有効ではない。そんなに強い選手じゃないし。
勝つと嬉しい分だけ負けるのは嫌だし、練習自体は別に楽しくない。
ただ、部活の合間に皆とダラダラしたりするのが楽しくて、
あんなにしょっちゅう顔を出していたのだ。
先輩のおごりで一緒にご飯を食べる機会が多かったりするのは、
きっとそうやって、部活の人たちをシガラミで雁字搦めにする為なんだろう。
義理だとか、絆だとか、顔を覚えて後輩は先輩に借りを作って
練習から逃げづらくしているんじゃないだろうか。
勝手なイメージだけど、義理人情が重んじられる世界って言うのは、
やっていることがキツそうな気がする。やくざとか。
会社とかでも、そーいう上下関係だとか、仲間意識を大切にする所って
もしかしてそれだけ、すべきことがキツいんじゃないだろうか。
濃い人間関係はちょっと古臭くて、もっとドライなのが流行りだけれど
それはそのぶん「効率化」とか「やりがいがある」とかいって、
キツさも減っているから、成り立っているんだろう。
すべきことのキツさと、人間関係の濃さは、比例しないと破綻する。
高校時代の部活では、年々部員数が(幽霊も含めると)減っていくのが悩みだったけれど、
練習出席のノルマをきつくするんじゃなくって、
もっと部員同士で仲良くならなきゃならなかったんじゃないだろうか。
ゆるい空気にして、馴れ合って。弊害もあるだろうけど。
空気を緩くしないで制度化すると、おごりだとか、挨拶しっかりしろ!ってなるんだろうな。
人はしがらみで縛られて、すべきことをしている。
以前から疑問に思っていたのだが、
(ちなみに元増田は男です)
ここで女性の就業あれこれ。
正規職についている女性の大半が事務職だろうけど
その事務職についている人たちの業務がお茶汲みだったり、
コピーとりだったりスキルを必要としない雑務だったりする(たぶん)。
彼女はそのすぐに代替可能な仕事を定年まで続けられるのかわからない。
だから結婚することで、夫の経済基盤を共有し、経済的および精神的安定感を得ようとする。
正規の事務職でさえ上記のようなそれほどゆとりがない状況であり、それと比較すれば
非正規やフリーターや家事手伝い(=ニート)の結婚できない独身女性たちはもっと苦しいだろう。
自身の経済基盤は不安定であるため、一人暮らしはできない、もしくはしない。
てことは、実家住まいでバイトやらするのだろうけど両親が亡くなったら
どうするのだろうか?生活保護で生活していくのだろうか?それとも人生が詰んでしまうのだろうか?
……うーん想像がつかない。ご存知の方教えてください。
http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/blog-entry-344.html
ニート海外就職日記を読んでいて、仕事に価値観をおかない「社会」のほうが生
産性が高いとなっているがその理由がわからない。
自分がいるIT業界にあてはめると、3Kなどといわれているためこれに当て嵌め考
察をする。
GIGAZINEの求人募集や omegachart で有名なおかじまさんのブログをみると、定
時で仕事をまわせるだけの能力をもっていたとしても、その人ならもっとできる
ということで過剰な労働を期待するのが日本の会社なのだと思われる。
(経営者の視点ならば、その期待は当然だと思うし、馬鹿な考えだ、と私は思わない。
一方、社員の視点では、自分の能力に対し自意識過剰であるが故に給料あげろ
という人がどの組織でも一定層いることを理解しているから GIGAZINE の話も
不思議に思わない。)
がつがつ働き能力がある人達は、多分に生産性が高いであろうが、どのような企
業でも母数が大きくなるに従い生産性は低くなる。
これは「その生産性が高い人達がコミュニケーションをしなくてはいけないこと」
や「能力が見極められない人達が仕事の割り当てをする」などが原因なわけで、
それらをなくせばよさそうであるがこれに手をつけようとすると、理解できない
方々(仕事を奪われる方々)が文句をいい、修正することは組織が大きいほど難しい。
中・小企業であれば、さきほどのひっかかりがなくなりそうだが、一方でやらね
ばならい雑務や仕事が多々あり、それらのせいで時間が不足しがちになるという
のも想定できる。
これは日本「だから」そうなるのかがわからないのだが、単純に足のひっぱりあいに
ならないよう組織が動いていないのが原因なのだろうし、組織全体として統括
すべき人が現場のことを理解しているふりをしているだけで実はまったく理解し
ていないことが多いのが原因なように思える。
仕事に価値をおかず、スペシャリストとして働くことを組織が期待しさえすれ
ば、「挑戦」「ストイック」などという言葉はいらなくなり、単にその仕事をこな
す能力さえあれば、それだけやればよくなるはずである。
このような組織の構成方法は海外の仕事のやり方に思えるが実態はどうなのだろ
うか。
話をかえ、実際どの程度生産性が異なるのか見てみる。
http://ecodb.net/ranking/imf_ngdpdpc.html
日本以外の国において考慮すべきことは、年間に対する「実時間労働」が適切であろう。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3100.html
(フルタイム、パート、自営業をフラットにしているため、かならずしも鵜呑み
にできない。
また、業界毎でも平均労働時間は異なるであろうしITに関しては
http://www.atmarkit.co.jp/news/200805/22/ipaent.html
このような調査結果もでている。)
ちなみに上の平均労働時間から 1772/246(2010年の営業日) = 7.20時間となるが、
これは流動的な雇用の人達と健全な業界が存在し、3Kと言われる業界とは剥離した
結果として示されているのではないかと思うが、裏付けるような資料が見当たらなか
った。
別に面白い話じゃない。
25歳、男。
工業高校出て、専門学校行ったけど色々あって、工業高校の先生に頼んで就職した。
その会社で割と居心地は良かった。今思い起こすと、だけど。
自分が「使えない子」だったのが悔やまれる。
そもそも働きたくなかったし、会社で何をするのかとかもよく分かってない。
事務所に居るときは、基本的に「仕事は無くても自分で考えて仕事しろ」
上司に何か聞いても「今の君に預けられる仕事は無い。資格かなんかの勉強すれば?」
先輩方は「掃除でもしてれば?」「掃除するなら仕事しろよ」「俺から渡す仕事は無いけど、給料もらってんだから働け」
最終的に自分の机でじっと座って、定時を待つ日々になった。
「おはようございます」「お疲れ様でした」しか、会話ないのが何週間とかざらだった。
たまにコピーとか、データ入力とか頼まれて、時間が潰れて嬉しかった。
時間あるんだから、何かすれば良いのに「必要とされてない感」が凄くて自暴自棄になってた。
現場に出ると「何も分からない」
でも、やることがあるのは嬉しくて、結構楽しかった。
分からないことが多くて途方にくれることもあった。
しばらく続いた現場が終わると、事務所に戻ってPCの前に座る。
現場に行ってたときに気になったこととかを、最初の一ヶ月は調べたり勉強したりする。
でも、すぐに朝からPCの前に座って定時を待ってた。
何ヶ月かおきに現場と事務所が続いた。
ずっと現場に行きたかったけど「費用がかかるからダメ」だった。
現場に行ってた方が何倍も良いと思ってた。
呼ばれないのは、たぶん事務所での勤務態度が悪かったせいもあると思う。良くは無いだろうし。
一日中2ch見て帰ったりしてた。
会話は「おはようございます」と「お疲れ様でした」だけ。
ああ、会話じゃないな。挨拶だけだった。
それに、別に現場に行って何かできてるわけじゃなかった。
昔からやらされる勉強は嫌いだった。
でも、読書は好きだった。
自己啓発を読んでは「明日はがんばろう!」って、出勤して「いつも通り2ch見てた」
それに、居眠りもしてた。
上手く言えないけど「居眠りするつもり無いのに、気がついたら寝てた」ポルナレフ状態。
前の晩寝不足とかそんなレベルじゃない。いつ寝ても変わらない。
寝そうなときは、抵抗することは不可能。
少しすっきりしながらビクっと起きて、何も無かったように仕事を続けた。
午前10時頃や15時頃とかが、多かったから食後だから眠いんだろうとか思ってた。
実際デスクワークで、単調な時くらいだったし。
上司に注意されたときも「ちゃんと寝てるんですが、すみません。気をつけます」としか、言えなかった。
気になって睡眠時無呼吸症候群の検査をしたけど、関係なかった。
改善しなかった。
その時貰った一ヶ月分飲んで、その後行かなかった。
飛行機で移動して、行った事もない地域の支店に勤務することになった。
建前は「他の支店からの応援」
お酒が飲めなくて、そこまで社交的じゃないから、色々大変だった。
特には、自分とは別の支店からの応援者と寮で同じ部屋になった事。
その応援者と同じ部門、同じ部屋、同じ車で通勤。
その人(以下、Aさん)とは、最初にあった日焼肉屋で晩ご飯を食べた。
Aさん曰く
「俺は後輩がふざけたことして、現場仕事バックれたとき、会社まで行ってぶん殴ってやった」
「でも、俺に処分は無かった」「俺は、寮での生活は仲良くやって行きたい」
「少しでも気になったことは、すぐに言ってくれ。俺もそうするから。」
嫌いなビールを飲みながら話を聞いていたが、社会経験の乏しい自分にとって強烈な印象だった。
後半の寮の生活の話はいいと思うけど。
前半を言う必要があるのか分からなかった。
前半を踏まえると、後半も意味をなさないじゃないか。
結局、強い奴には低く、弱い奴には強く当たる。スネ夫を社会人にしたような奴だった。
案の定、毎日のストレスの原因だった。
自分はどうしようもない状態になっていた。
寮は3ヶ月で出た。(異例。普通なら出られない)
引っ越して、安い軽を買って、一人で通勤するようになった。(一人通勤も基本的には禁止)
しかも、居眠りも続いていた。
そして、一日バックれたりもしてた。
確実に「居ないほうがいい金食い虫だった」
頭を使わない仕事を、1日やっても終わらなかった。
量も多少あったけど、集中力が低下しすぎて、何回やっても修正点が出た。
一日バックれの理由も、昨日の仕事が終わらなくて家に持ち帰ったけど、終わらなかったから。
居眠りも、ナルコレプシーを疑ってリタリンを飲んでも、普通に寝てた。
半分覚せい剤っぽい扱いのリタリンで効かないのはショックだった。小麦粉かとか思った。
内科に行っても「居眠りなら前のちゃんと日寝るか、昼休みに走ったりすれば?」で、馬鹿にされて終わった。
睡眠時の脳波とったりしたけど、異常なし。
でも、かくんかくんって居眠りしてた。
そんな時、先輩の一人に心療内科を紹介してもらった。
病院に行くこと自体面倒がだったけど、そこで貰った薬は効いた。
まず、居眠りが無くなった。
コレだけでも、嬉しかった。
そして、仕事が次の段階に入り、デスクワークから現場が主になった。
現場に入るようになって、自分がデスクワークで「何をしていたか」が分かってきた。
自分が居る部署を班分けして、厳しい大先輩と一緒になったが、むしろ嬉しかった。
「その仕事ぶりを盗んでやる!」とか、思ってた。
正直遅すぎたけど「今から挽回してやろう」って思った。
その時は基本的には、すぐ上の先輩と後輩とで3人で動いてた。その後班で動いた。
先輩への報告もしてるうちに、先輩からの指示が集まってきた。
大体の動きが分かると、二人への指示をするようになった。
一方の大先輩との仕事も、楽しかった。
すごい人だったし、自分がやった所を褒められたりしてた。
で、このまま、調子のいいまま終わりを迎える。なんてことは無かった。
Aさんが邪魔してきた。
細かいことは多々あるけど、よくわからない。
たぶん「Aさんを頼りがいある先輩として扱わなかった」からじゃないかと思う。
てか、自分は関わりたくなかった。
嫌いだった。
「教え方」「普段のシモネタ」「毎日聞こえてくる不気味な笑い声(寮に居たとき)」
「フロで湯を抜いた後垢まみれで放置する(最初に洗って入るから、出るときは洗わない)」
全部嫌いだった。
「後輩からは尊敬されたくて仕方ないのに誰も居ない」そんな人に見えた。
(曲がりなりにも先輩の一個上の先輩に対して、指示をすること自体Aの怒りを買っていたらしい)
(「三人で動けとの俺の指示を無視してやがる上に先輩に指示とかありえん!」って、でも自分では必要だった)
自分からは、関わらないようにしてた。
そこが一番の原因だったかもしれない。
「現場の単三電池が切れてるんだけど?お前が備品担当だよな?」
「それは連絡済です」
「いや、今無いんだから、ダメだろう」
「今は使わないよ」
「はい?今必要ないんですか?なんなら発注の確認とりましょうか」
「そうゆう問題じゃねーだろ!取りに行ってでも用意しろよ!」
単三電池はライトか計器に使う奴。
電池が切れても他の機器で代用できるし、緊急で使うなら、あるところにはある。(最悪コンビにもあるし)
けど、自分はぶちぎれた。
その場は、自分は手を出さないで終わらせた。
「コレで合法的にあいつにダメージ食らわせてやる!」とか思ってた。
上の先輩や、出張先の上司にまで「俺は悪くない!あいつがいちゃもんつけてきたんだ!」って、敬語で説明した。
でも、怒られたのは自分だった。
「結局、Aが怒ったんだから、お前が悪い」だった。
その上「回りに喋って面倒くさくしやがって、何してくれてんだ」って、雰囲気だった。
失望と絶望で、余計にムキになった。
結局、上の人から煙たがられる事になっただけだった。
でも、いい出張だと思った。
ある意味、先輩の対応をミスった自分が悪い部分もある。勉強になった。
最後の最後は濁したけど、途中得るものは多くて、次に生かせば問題ないと思ってた。
次は無かった。
まあ、その前に辞めたんだけどさ。
後は薬を飲み始めてから、動けるようになった事が問題だった。
居眠りは収まってたし「いつも飲んでるビタミン剤」だと思うようにしてたけど。
「薬のせいで、調子に乗りすぎたんじゃないか」とか。
「薬なんて飲まないほうがいい」とか。
家族からは心配された。
でも、薬を飲んでから頑張れた自分を、否定されたような気がした。
飲んだ時と飲む前とどっちがいいのか、今でも分からない。
出張が終わり、もと居た事務所でしばらく過ごしていると。
社長から「この先10年の計画」なるものの会議があるらしく、そのための支店会議が始まった。
薬のおかげか調子に乗っていた自分は、割と乗り気で会議に出た。
自分が何かする訳じゃないけど、どんな風に上役達が会議をするのかとか、楽しみだった。
けど、期待はずれだった。
会議の内容は「社長が変なこと始めたから、上手い回避方法考えようぜ!」だった。
期待してたぶん落胆も大きかった。
そんな流れで、支店長と話をした。
支店長のことは好きだった。
結果を出してきた人で、言うことに説得力があった。
感極まったのか、支店長に思いのたけをぶちまけてしまった。
すると「俺の任期は長くない。俺がもう少し若ければ、お前に「少し辛抱してくれたら何とかしてやる」と言えるんだが」
それが答えだった。
気がついたら、辞表を出していた。
こんな所になんて居られない。
誰かをどうこうするなんて、悠長なことやってられない。
ってゆうか、そんなこと無理だろう。
じゃあ、辞めるしかない。
自分でやればいいだけだ。
すんなり辞表は通った。
整理をした後、実家に帰った。
自分勝手に辞めたのに、両親は優しかった。
辞めてすぐの半年は何をしていたか思い出せない。
今年の年明け頃から、遊び始めてた。
6月頃に、薬を辞めた。
医者には通っていたが。
嫌になって辞めた。
副作用があったけど、無視した。
そして今に至る。
最近、何もやる気が起きない。
何か仕事を始めようとしても、その分野の欠点を調べて言い訳の材料にしたりしてる。
ネットで知り合った人と話をしても、その時満足して終わることが多い。
昔から、口だけだった気がする。自分が。
特に実績を残してないし、残せる保証も無い。
とゆうかそもそも、俺のび太だろ。
ダメダメだろ。
何かをやり始めるきっかけを待ってるだけのか。
何だこれ。
待ってるだけじゃ意味ないのに。
自己啓発本は買ってるけど、半分も読めてない。
最近何も手につかなくなってきた。
実際、やりたくないことしないで好きなことできる状態なのに、やること無くて不満とか。
なんなんだよ。
次に動くことのきっかけになればと思って。
あれ、コレすらも、ただの雑記であって、何も変わらないだけなんじゃないか。
この煮詰まりを打破したい。
(8/9 追記)
最近処女の話題がブームなので、時流に乗ってなんで自分が処女を守るに至ったか経緯を書くか。
色々ばれるとやばいので大分ウソも混ぜてるからネタ半分で読めばいいよ。
私が処女に対して考えるようになったのは、祖母の存在が大きい。祖母は三人兄弟の長女で、大学に通っていたようなお嬢様だった。けど、祖母の妹が結構奔放な(当時としては)人間で、彼女は海外に留学してみたり、人の男を寝取ってみたり、なんか散々だったらしくって(祖母自身はこの話を断じて口にしなかった。聞いたのは祖母の弟からちょこっと)いつも祖母が尻拭いをさせられていたみたいだった。
それで、まあ妹にコンプを感じていたらしき祖母は時代の流れで祖父と結婚、そのまま一人息子の父を生み、育てて、父を母と結婚させた。
多分ここから始まった。母が私を産んだ時、祖母が言ったのは「○○さん(母の名前)、この子の世話は私がやるから」。母は勿論大反対したし、私を抱きしめて「何考えてるんですか、私の子供よ!」っていったらしいけど、祖母は頑なに聞かなかった。祖母と母は一緒に暮らしていたし、祖母は本当に私の世話をするようになった。母が私を抱いていたら怒り出す始末。
それで祖母が私を育てることになった。なんていうか、もう時代錯誤も甚だしいようなお嬢様教育の嵐。お茶とかお花とか着付け、踊りとか、浴衣縫えるように教えられたりとかさ。
乗馬はやってたけど、一つ上の女の子が落馬して肋骨折ったって話を聞いたら速攻やめさせられた。まあそれは自分の教養になったし、まあ経験して悪くは無いなって思ったけど、祖母が念仏のように呟いていたのは「処女でいなさい」だった。こんな直接じゃなかったな。なんか「清くいなさい」みたいな。あのババア。
なんというか、祖母は私を三島の「女神」の女みたいにしたてあげたいようだった。残念ながら、中身を持つ人間はそこまでお人形さんにないんだけど。
ほんでもって話は戻る。私が高校に上がる前に祖母は死んだけど、小学校中学校(私が通っていたのは小中高一環の女子校だった)までの六年間、まるで意味のわかっていなかったころから、ようやく意味がわかるようになるころまで、ずーっと「処女でいなさい」って言われた。まるでそれだけが私の価値みたいに言われた。
まあそれで私も処女であることはスペックであると考え出した。というか、トレードできる価値、財産みたいなものって考え出した。でもどこかでねじまがっちゃった気がする。
祖母が死んで、高校に入ってから結構私はモテた。学校は清楚とお嬢様と上の下偏差値でまかり通ってる女子校だったんだけど、中身はガリ勉かキモオタか派手か普通の子って感じの区分だった。それで私は普通の子と派手な子の中間層だったから、派手グループによく合コンにつれていかされた(医者とか、弁護士とか)し、普通に人気があった。道ばたでもナンパもよくされたし、まあ自分の顔立ちは悪くは無いなと思っている。まあ派手だしな。ていうか外見には自信があんだよ(毛深いのがコンプだったけど)。
そんなこんなで高校に入って速攻彼氏も出来た。高校一年のとき。ワセケイのお坊ちゃん。イケメン。そこそこチャラい。キスもしたし、まあ車もってたからデートは楽しかった。湘南行ったり。そんなこんなで、家に誘われた。家はでかい。ていうか、山の手の内側でここだけの土地かよ、と思った。家には普通にお坊ちゃんの両親がいたけど、部屋に通されて、あー、セックスするのか、と思ったとき、はたと気付いた。
「こんな男に私の処女、やっちゃっていいの?」
はっきり言っておくけど、私みたいな美女の処女は安くない。ぶっちゃけ5億円ぐらいの価値があるって思った。非処女はタダってわけじゃない。こんなチャラ男にタダマンさせるほど安くはねぇよ。って思った。
その後即効その男を振って、大学に入って、また何人か彼氏が出来た。でもいっぺんもやらせなかった。なぜなら私は価値がある女だから。処女=絶対無比の価値。なんか変な価値観が凝り固まっていた。その価値に見合う男が出るまでやらせねぇよ、と思った。サークルも飲みサーみたいな感じで、一時期穴なし女みたいにうわさされたけどニヤニヤしてた。
男は私にとって見せびらかすアクセサリーでしか感じられなくなった。本当に好きな男ができない。セックスして愛を確かめる行為も出来ない。男はすぐにセックスを求めてくる。
それに答えられないから嫌がる。分かれて新しいアクセサリーを探す。
セックスを求めてくる男がいる限り、女に処女であれって言うのはなんてナンセンスなことなんだろうね。だってあんたら付き合った女とセックスしたいって言い出すじゃん。結婚するまで我慢しろって女に言う前になんで男が我慢できないの。
大学を卒業した私は商社に勤め始めた。そんで、親友の紹介で来週結婚する医者と会った。
医者、イケメンだった。しかも、ものすごくいいやつ。誠実。親友の紹介だけあって、信頼できる。話も合う。なんでこんな奴に彼女がいないのか、と考えて回りに聞いたら、彼女は事故で死んでた。漫画だろ、セカチューかよ、と思ったけど、まあ、付き合った。楽しい。
それで医者と三ヶ月ほど付き合って(会ったのはそのうち6回ぐらい)くるまのなかで、今からホテル行ってセックスしようかみたいな雰囲気になったとき、私はいつも通りいやだ、って言った。「なんで?」って聞かれたから「結婚するまでセックスしない」って返した。そしたらしばらく考えて、「今日はしないから、結婚しましょう」みたいに言われた。ああ、うん、って答えて、それでなんかとんとん拍子で結婚が決まった。
でもここで一つ怖い話がある。はっきり言ってセックスを結婚してもしたくない自分がいる。私の価値が結婚した瞬間に損なわれてしまう気がする。こんなにいい男でさえ、処女を惜しいと思っている自分が馬鹿だとは思うけど、できれば一生セックスするのが怖いんだ。
処女が好きな男は処女を頑なに守る処女を、まるでユニコーンかなんかみたいに思ってるみたいだけど、ぶっちゃけ、処女は5億円の価値があると見込んだ男にしか処女はやらないと思ったほうがいいよ。だから、美しい処女がほしいと思う男はそれに見合う男でいるの? って思う。私は来週ダンナになる男にさえ、処女をあげるのを惜しんでいる。
私が一番今恐れているのは、自分に娘が出来たらということ。
「処女でいなさい」って発狂しそうなほどいやな祖母の言葉を私も言うかもしれない。
なんか結婚特有の雑務から帰還したらブクマ数が凄くてびっくりした。ある種マリッジブルー的な吐き出し文だからすぐ流れるかと思ってた。
言いたいことを吐き出してレスポンスがいっぱい返ってきて、矮小な自己顕示欲がちょっとだけ満たされて嬉しかったです。コメント? をちらって見て、おっさん扱いされていてなんか不思議な気分になったり、ネタだろ、という言葉に、私自信読み返したらこの文章がネタにしか見えなかったので、ああ、ごめんね、ってなりました。まあここで真実です!なんていったところで何の価値にもならん。だいたい内面の価値などどうでもいい(と教えられてきたしね)。
ただタイトルだけは真実です。まあ信じる信じないにしてもさ。私は処女で、まあ美人で(自分で書いていて結構笑える)、お嬢様だと思います。お嬢様っていう定義が、いわゆる、金持ちテンプレート的な習い事を受けていた経験があり、実家が裕福で、お嬢様学校に通っていたっていう条件ならね。
でも、この三つを満たしていても、私は醜いです。歪んでます。肉体的や経験的には処女で、きっと男性の幻想的な理想であるでしょうよ。私は経験からも「男の理想まんまだなあ」と感じています。正直、チヤホヤされなかったことなんてない。オッサンは特に優しかったし、誰に対しても私はしっとりしたお嬢様を完璧に演じることが出来ます。自慢だけどね。
「清く・正しく・美しく」こんな旧態然とした教育の中(それが悪いとは言わないし言えない)、私は「清くあること」を多大に押し付けられたせいで、内面がその抑圧で歪みきってしまった。
全くもって「みにくいおんな」になってしまったんじゃねーの、と思っています。古い思想は美しい。日本の心は好きだよ。大事だし、守るべきもの。でもさあ、それを現代に無理やり当てはめようとすると、絶対上手くやってけない。それを教育っていって子供に押し付けると、心がどっか変なふうになっちゃうよ。上手く適用するように柔らかくしなきゃ。
たかが処女膜。穴にあるもの。よくわかんない。それをここまで守ってこれても、私は祖母が理想とした幻想の処女でいられなかった。お人形さんになれなかった。
私は処女性を持つことと処女であることは、似て非なることすぎるんじゃないかと思う。マンコをいくら使わせても心の清い女がいる一方(罪と罰すぎて笑える)、こんなに醜くなってしまった私がいる。
「あなたはもう幻想の女しか抱けない 」じゃないけどさ、もう処女を幻想視されて押し付けられて、それを価値観で心の中でガチガチに塗り固めて、それで「私は清らかなんです」なんて外面さげてヘラヘラするのにいい加減疲れてしまった。大事にしていたものが今では重過ぎる。
本当の最後に私が大好きな本の一部を引用する
生きる時間がずっと長くなったおかげで古い価値観がもう使えなくなった。セックスの事を15歳で知り35歳で死んでいたときは明らかに問題は少なかったはずだよね。今は8歳とかそれぐらいで知り、たいがい80歳まで生きる。その間を1つの考えでやっていくのはちょっと長すぎるよ。
しかも同じ退屈な考えで。
「ぼくの哲学」アンディ・ウォーホル
http://www.nikkei.com/news/latest/article/g=96958A9C93819696E0E6E2E3998DE0E6E2E5E0E2E3E2869891E2E2E2
なんだかんだ言って、会計士って大した仕事してないくせにもらいすぎなんだよね。
大半は業務もITも金融も経営も税務も法律も経済も知らないくせに。
会計監査の大半は「封筒に宛名シール貼って投函」「2つの書類の数字が一緒か確かめる」「書類の印鑑を確かめる」なんていうレベルだから、中学生でもできる。
「リスク考慮した上でどの監査手続を行うか決定する」「会計処理や内部統制の妥当性を検討する」「見積りの数値を検討する」なんてのは専門家がやるべきだけど、
それをやるのに、わざわざ「封筒に宛名書いて投函する」なんて雑務をする必要ないよ。何してるかさえわかればいい。
大卒の新入職員が事務所で一日you tube観て30ウン万も給料もらえるとか、この業界くらいじゃなかろうか。
完全に、規制で守られているぬるま湯業界ですよ。市場が有効に機能していない典型的な産業ですよ。
そのためには、企業の経済的実態を描くことと、比較可能性を担保することが必要。
経済的実態を正確に描きたいけれど、認識・測定・報告(作成)・利用それぞれの観点から制約が生じる。
例えば、「今後10年間に渡って企業のネット・キャッシュインフローを10億円増加させる事のできるを経営者を雇った」なんてことがあった場合、
経済的実態を正確に描くとすれば財務諸表に反映させたいけれども、認識・測定の点で問題が生じる。
報告の点では、財務諸表の種類をあまり多く出来ない、勘定科目をあまり多く出来ないとか。
制約がなければ、P/LもB/SもC/Sも、あと数通りあったほうがいい。
こんなくだらない「そもそも論」から、会計で何が出来るか書きたかったんだけれども、めんどくさくなってしまった。
簡単に言えば
・勘定科目間でどのような関連があるか
・数値がどのように造られるか
なんてことを考えると面白いんじゃないかな。
JASRACみたいな機構があると、著作権者は契約締結や料金徴収などの雑務から開放されて楽なんだよね。
その分、「自分の曲すら認可とらないと使えない」みたいにはなるけど、そこはメリットとデメリットの取捨選択だな。
まぁ、それはそれとして。
例えがちょっとおかしくて。
「交通量の少ない道路で、車が通っていなくても赤信号なら止まれ。一時間に一台通るかどうかという交差点だろうと赤信号を無視すれば法律違反だ」
ではなくて
ではないかな。
それに対して多くの人が、「高速は高すぎる」とか「国道の渋滞何とかしろ」とか、人によっては「流れがある(キリッ」とか言うんだけど。
違法行為だし、住民に迷惑だから止めてくださいって感じ。
そのサークルにいた先輩に私は恋をして
はじめての彼氏だった。すごく嬉しくて舞い上がって。
でも、すぐに別れた。
理由はセックスを拒否したから。
8月くらいに服ごしに胸をさわられるようになって、
本当は嫌だったけど大学生ってこんなもんなのかなって放っておいたら、
手が入ってきてびっくりして、やんわりと嫌だということを伝えた。
いくらなんでも早すぎだと思った。私はコドモだったんだと思う。
そこからは内緒で付き合って別れたので、サークルも気まずくすることなく、
私は平静を装って普通に先輩として仲良くしていた。
正直、別れてからこの先輩がちょっと性格面でおかしいことに気づいていつのまにか嫌いになっていった。
優しい人だけれど、ちょっとコミュニケーションが下手というか。
無神経ながらあからさまな優しさアピールが激しい人ってことに気付いた。
もちろん、別れた腹いせにみえる人の欠点だと思う。
夏に付き合ったことは嫌な思い出としかならなかった。
自分大人だなと思っていた。
でも今年になってから、先輩が11月から女の先輩Iと付き合ってることをみんなに言った
Iは、別れた直後に入ってきて私はすごく仲良くなって今年は一緒にサークル運営をしている。
先輩は嫌いだけど、Iは大好きだったし彼氏ほしいと言っていたので素直に喜べた。
やっぱり気まずくて、二人はみんなに内緒にしていたみたいだ。
でも3人きりになって話したり、Iと一緒にいろんな雑務をやる中で、
私はいつもIに後ろめたい気持ちになっていた。しんどかった。
こんな純粋な人なのに、私と先輩が夏休みにあんな不純なことがあったなんて知ったらどう思うだろう。
二人はまだ手をつなぐくらいの関係なのに。Iはどれだけショックを受けるだろう。
苦しくて仕方なかった。
ある日Iと先輩が軽く喧嘩をした。先輩がいろんな女の子としゃべっていることに対して。
それは私の仲裁ですぐに二人は仲直りしたんだけれど、
私にはIをかわいそうな目にあわせた、そしてその普段からくる二人に対してのストレスで、
先輩を見るのも嫌になっていた。
仲直りの次の日、仲裁に入った張本人であるにも関わらず、先輩にキレてしまった。
先輩は怒って部室を出て行った。なんでお前が口を出すんだという顔で。
Iには二人の問題でもう昨日で終わったことだからぶり返さないでと言われた。
二人の態度で、急に孤独感が襲った。
夜、先輩に電話した。自分がどうしてあんな首をつっこんだか正直に話した。
たぶん、私はすぐに胸をさわるような扱いだったし、
去年の夏のことなんて忘れてたんだろう。
少し間を置いて、先輩は「こうなることはわかっていた」と言った。
いや、絶対今はじめて気付いたでしょと言いそうになった。
誰も、私のことなんてどうでもいいのだと思った。
一生懸命サークルを気まずくさせないようにいい後輩をやったら、
本当に実は気まずい後輩だということを忘れて、
その後輩が姉妹のように仲のいい人に手を出した。
Iに申し訳ないという思いで接していた。
空回りして頑張っていたのは私だけだという
一番嫌いな子どもな考え方に辿り着いてしまった。
誰にも言えないのでここに書いてしまった。
サークルの会長なので、こんなどうでもよく扱われてる気持ちに一人うじうじしていても仕方がないので一生懸命頑張ろうと思う。
ものすごく主観だし私にも悪い点なんてたくさんあると思う。
でも思いきり周りのせいにして、今日でうじうじするの、最後にしようと思って書いた。
ここがあってよかった。