はてなキーワード: マシンガントークとは
座席に出銭ーランド帰りと思われる、父母と女の子の3人が座っててさ。
もうすごい。幼稚園の年長さんくらいなんだけどあんなに喋るのかって感じ。
一瞬たりとも自分が相手されないなんて許せないの!くらいの勢いだ。
「お父さんとお母さんが寝ちゃって降りる駅で寝過ごしたらどうするの!
起きてなきゃだめじゃない!そうだおかあさん、わたしがおかあさんにさ、
目が覚める魔法をかけてあげるね!!」といって
母親は「うん・・わかった・・」みたいな感じで、どうするのかと思ってたら
両手でお母さんの顔をパチンパチン挟み叩きはじめた。
母親がたまらず「わかったわかった!起きたから」と言うとすかさず
「うーん90%くらいかな・・」てお母さんが言ったら間髪いれず
「じゃあ100%にしないとね!」といってまたパチンパチンするお嬢さん。
「イタイイタイ!もう大丈夫100%だから大丈夫」ってお母さんが言ってたら
「110パーセントにしないとふあんだから!」みたいなことを言って続けようとするお嬢さん。
あんたSだよ。ぜったいS。
そして降りる駅に着いたらしく降りていった・・・
微笑ましかったけど、こまっしゃくれがすぎるというか不思議と可愛くなかった。
先輩は、目も眩むような職に就いた。
紆余曲折あったが、「なかなかすごいね」と言われる僕らの大学の中でも圧倒的なところへ就職していった。
政治経済学部や法学部をブチ抜いて、彼はたった一人そこに到達し、あっという間に辞めた。
先輩は、一言で言えばへんな人だった。
二年遅れで大学に入って来た彼は最初の大学を「教授とケンカして」辞めたそうだ。
必修単位を取るために頭を下げるくらいなら、潔く大学を辞めるべきと考えたらしい。
そんなわけで、彼はウチに大学に来た。昔いた大学は教えてくれなかったが、
就職実績と反比例する形で偏差値の高止まりを続けるこの学部にあっさり入ってくるくらいだから
それなりのところから来たんだろうと思う。昔は法学をやっていたらしい。
先輩は大体喫煙所か、喫茶店か、本屋かあるいは酒のあるところにいた。
ロングピースが好きなのだが、予算の都合でエコーばかり吸っていた。でも、彼には煙草を恵んでくれる
先輩、後輩、友人がたくさんいたので、いつも楽しそうだった。高田馬場のロータリーで、たかれる相手を探す
先輩に気づくと、ぼくはよく逃げ出したものだ。あの人と話しているうちにいつの間にか僕は酒を奢ってしまうし、
なんとなくいい気分になって家に帰ってしまうのだ。そして、財布を見れば大体空だった。
あの人と喋っていると、あらゆる夢は実現可能に思えたし、実際に実現可能だった。
先輩は人をよく褒めた。今思えば、彼の才能で一番凄かったのはそこだろうと思う。
先輩と話していると、自分が本当に優れた人間のような気がしてくるのだ。彼は本能的になのか、それとも経験のなせる業なのか
とにかく「ここを認めて欲しい」と人が思う場所を的確に探り当ててつつくことが出来た。
そして、それを伸ばすことが出来た。大学時代、彼の周囲には夢追い人がたくさんいて、
彼らの夢はおおよそ叶った。司法試験に受かった人、国家一種に受かった人、うちの大学でもそうはいない人たちが彼の周りにはいた。
この二人はぼくの友人でもあるのだけれど、未だに先輩への尊敬を口にする。特に司法試験に受かった彼は、ロースクールの学費を先輩に工面して貰ったのだ。「足を向けて寝られない」そうだ。
先輩はたかり癖を持つ一方惜しみなく与える人だった。
車をぶつけて困ってる後輩がいれば走り回って金を工面し、不動産屋ともめている友人がいればニコニコしながらやってきて
マシンガントークで交渉した。そういえば、先輩は「俺は不動産屋と宗教勧誘が好きなんだ」と公言していた。
「エホバの証人」の勧誘がついに来なくなってしまったと落ち込む先輩を見た時は、こんな人間もこの世にいるのかと驚いた覚えがある。日曜日の最高の楽しみだったらしい。そのために先輩は缶コーヒーを箱で買っていた。彼なりの歓待だったのだろう。
実は、車をぶつけて困っていた後輩とは僕である。
情けない話であるが、保険まで切らしていてにっちもさっちもいかなくなった。
先輩はどうやったのかわからないが、ポンと(当時の僕としては)大金を貸してくれた。
「アルバイトするくらいなら飯を食わない」「奨学金以外の収入は汚れている」と主張してやまなかった人が
必要な時にはすぐにお金を工面できるのは本当に謎だった。
先輩は親に仕送りをストップされており、奨学金の一種と二種と給付を併用して三畳間に暮らしていた。
彼の部屋は隙間無く本に埋もれており、留守か、と思ったら本の山が崩れて先輩の足が飛び出すといった感じだった。
その中に敷いた煎餅布団の上にガスコンロを一つ置いて、先輩はよくラーメンを煮ていた。よく火事にならなかったものだ。
そして、先輩は日々をなにをするというわけでもなく暮らしていた。たまに小説を書いているようなそぶりがあったり、あるいはふと何か実用的な勉強をしていることもあったが、およそすることと言えば酒をたかる、喫煙所で煙草を吸う、授業で教授をおちょくる、本を読む、ラーメンを食う、マージャンをする、といったものだった。その大体に僕はついて回っていた。楽しかったのである。
先輩は四年生の夏、ふと僕に「スーツを買うから金を貸してくれ」と言い、一番安いツルシのスーツを一つ買って
某企業の夏採用に突貫していった。あれは大体留学生枠の上先輩は二浪なので、どう転んでも無理だろうと思っていたら
彼はあっさりと内定、その後就職していった。その信頼を利用して金を引っ張り後輩に貸付けたのがその後のことである。
会社名を言うと先輩を特定されてしまうだろうと思うので、ちょっといえないのだが
今はかなり上手く言っているようで、一部では時々名前を見かけるようになった。
僕はと言えば、やはりある程度夢も叶って働いている。でも、理想と現実は全然違う。
ところで、当時の仲間たちが、「せんぱい」を中心に未だに人間関係を持っていて、しかもその多くが収入をそこから得ているという事実に驚く。
未だに思うけれど、彼みたいになりたかった。
彼と居れば、世界は意のままになるような気がしたし、実際先輩はなにもかもそうしているような気がする。
水面下での苦労はきっとあるんだろうけれど。あれほど大きかった夢が今しぼんで、先輩のことばかり考えている。
そりゃあ、やりたい仕事ではあったけれど。労働環境なんてそれはそれはひどいものだ、収入だってかなり悲惨だ。
でも、こんなことを言ったら先輩は怒るだろうと思う、だから電話出来ない。
先輩と話したい、彼と話せれば何もかも上手くいく気がする。でも、こんな有様ではとてもそんなこと出来ない。
学生時代に戻りたい、仕事が、辛い。でも、望んで就いた仕事なんだし、背中を押してもらって得たものなのだから
誰にも不満なんかいえない。先輩の話を聞くたびに、辛い。あんな風になりたかった。
然連絡してきたかと思えば、こっちの都合も考えずにマシンガントークかまして己がいかに一途に私を思ってきたか仲が良かったかといった風な思い出を語り出して止まらない幼なじみの子がいる。
うーん…。
アクティブで可愛くて、私をどんどん引っ張っていって新しいコトを教えてくれた子だったけど……。
息をするように嘘をつき、人のものは借りて返さない子だった
そんな思い出が、
「懐かしさ」を凌駕するんだなあ……。
昔したことについて怒濤の勢いで謝られたんだけど、
正直何故いまそんなことを言い出したのか
理由が分からなくて恐い。
彼女が昔のことを色々覚えているように、私も色々覚えているんだよ。
私の中では辛い過去で、もういいよって思っているところが、
彼女にとっては彼女中心の悲劇の過去or感動の過去みたいになっててさ(例え彼女が自分が悪者だと自覚していても)
さ…。
私は貴方の過去話のダシですか。
って気分になってしまう。
最悪最低の想像。
病気故に私にすがりついてきた。
ただの自己中のきまぐれ。
私をはめようとして、寄りを戻そうとしている
あるいは、本気で昔のように仲良くしたいと思っている(でもそれは私からお断りしたい)
彼女との関係がぷっつりと途切れたのは、秋の連休のまっただ中で、それも告白をして欲しいという要望に応えた直後だった。告白に失敗したのだろうと言われれば、まったくのところその通りで、彼女のなにかに達していなかったことを突きつけられて、愕然とした。
ぼくの告白が、彼女ではない部分に対してされているのだといい、電話を一方的に切り、電源を切り、それから逃げるように電話番号まで変えてしまう。それは疾風のようなはやわざで、のんきなぼくがあっと口を開けている間にすべてが済んでいた。
嵐のような撤退劇。
無音になった携帯電話をにぎった右手をあわてて放す。
あちっ。
社会人になってもう何年も経つのに、ついさっきまで高校生だった子を口説くなんて犯罪じゃないかと、友人は笑って言う。
「うるさいな、仕方ないだろ、なりゆきでこうなっちゃったんだから」
「惚れてるの?」
「うっさい」
「じゃあ、あれだ、きっとどこか問題がある子なんだ」
問題じゃない、心の傷。
そうぼくは反論するが、仲間内ではぼくはメンへラーハンターということになっていて、そういう子を見つけるとつい手を出してしまうことになっている。手を出すといってもなにか対価を求めるわけではなく、ただ単に話を聞いたり、問題を解決したり、足りないものを足したり、そういうことをする。
さとしたり、なだめたり、たのしませたり、いっしょに哀しんだり。
そうやって元気になっていく姿を見るのが、ぼくは好きなだけなのだと思う。
だけど、その心の傷の周りには、地雷のようななにかが埋まっていることが多く、うっかりそれに触ると、大やけどをすることになる。
「それで、どんなの子なの? その短大生」
興味半分に聞く友人に、ぴったりの言葉を探す。
「テロリストかな、ひとことで言うと」
彼女と出会ったのは叔父のささやかな個展で、芸術短大生だとなのる彼女は、叔父の作品を見て端的に批評した。
その剣幕に叔父もぼくもあぜんとしていたが、なにか切羽詰まったように批判する姿はそれでも心に残った。
「うーん、まあ、そういう見方もできるね、でも、あまり変わってないよ」
叔父はぼろくそに言われたにもかかわらず平然と答える。
あとで分かったことだが、彼女は自分に主導権がないと極度に怯えるらしく、そのときもしきりにマシンガンのようにだめなところを語って帰って行った。
彼女が帰ると、またもとの閑散とした個展に戻り、ぼくはほっと息をついて聞く。
「つらくないの? あんなに言われて」
叔父はああとつぶやき、まばたきをして、答える。
「でたらめなんだ、あれ。たぶん彼女、真剣に絵を描いたことがないんだよ」
叔父の話を総合すると、彼女の話はたしかにうなずけるところもあるが、話の80%ぐらいが憶測で話されており、それを指摘しようにもあのマシンガントークの中では、それを断念せざる終えないとのことだった。
「きっと批評に熱中するあまり、絵と向き合うことを忘れているんだ。どんな絵にもいいところはあるのに」
彼女のその批評は、周辺の個展でも繰り広げられたらしく、知り合いにそれとなく尋ねると、ああ、来たねと話が弾む。
「なんでも短大の有志であちこちの個展を批評して回っているらしいね」
「まるで、ゲリラ活動というか、絵を見に来ているのか、相手をけなしたいだけなのか、ほんとさっぱり」
そんな彼女の航跡を追い、話の断片を集めているうちに、次第に彼女の全貌が見え始める。
まあ、よくある話。
ぼくが追いかけてきた心の傷たちには、つらすぎることが多すぎる。
そんなものたちに囲まれていると、自分の周りのいいところが見えなくなる。
なにもかも世界がまるっきりだめなものに見えて、いっそ破壊してしまった方がいいのではないかと思えてくる。
それは分かる。
ぼくもテロリストだったことがあるから。
ぼくのテロリストとしての最盛期はたぶん彼女と同じぐらいの時で、なんでも世界中を破壊して回った。そうやって破壊していく自分がなにかかっこういい気がして、まるで、不良高校生のようにいきがって見せた。
といってもそれは実際に破壊したわけではなくて、その世界の本質を知りたくて、なにもかもをぶっ壊してみたという感じに近い。
たとえて言うなら、ウェディングケーキ。
幸せな結婚式場に乗り込んで、その甘ったるいクリームに両手を突っ込んで、中になにがあるのかを掴んでみようとする。クリームだらけになって、気持ち悪さに眉をひそめ、それでもその真ん中に、鉄の心棒が入っているのを掴んで、ゲラゲラ笑う。
しかしそれは醜悪なテロリストであるにすぎず、他の人が踏み込まないタブーを侵しているから他の人にできないことができていたにすぎない。
たとえばプラスチック爆弾を使う、カラシニコフを使う、火炎瓶を使う。
なぜ他の人が使わないかは明白で、それを使うことが、本来であればたいせつな守るべきものを破壊してしまうからだと、ぼくは気付かなかった。
颯爽とした自由を感じていたつもりが、それは単なる自損行為だった。
そうやって鋭さをむき出しにして、なにもかもを破壊して回って、悦に入っているうちに、自分を包み込んでいたすべてを破壊してしまったことに気付く。鋭い刃のほとんどは自分の心に向かって突き刺さり、自分で自分の息の根を止めてしまうに至る。
それがテロリストの末路。
だから、彼女を止めたくて仕方なかったのだ。
彼らは自分たちのやり方で、自分たちの幸せを作り上げ、作り方を知っているから、破壊されてもまたすぐに作り直してしまうよ?
結局壊れるのは自分だけだし、そのネガティブだけに染まって生きるのは危険だよ?
ぼくはもう耐性ができてしまったから、なにをしても心配がないのだよ?
しかし、ぼくは思うのだ。
あのテロリストだった頃のぼくにそれを言っても聞いただろうか、と。
彼女とふたたび出会ったのは半年もたった後のことで、叔父が個展を開くというので、開口一番に手伝いに名乗りを上げた。
案の定、彼女は個展が開くなりやって来て、例のマシンガントークをはじめようとしたので、ぼくは止めた。
「ねえ、こうしませんか? その批評に、他の人の批評も加えませんか? 叔父の絵を、個展に来る人はどう見ているのかを聞いてみませんか? ここで静かにそれを見ませんか? 礼金は払うので」
叔父を見ると、にやっと笑う。
「はがきは二百枚は出したかな」
「じゃあ、来るのは五十人ぐらい」
それは取るに足らないと彼女が考えているのは明らかだったが、そのたこつぼの正体を見ることには同意してくれた。
それからというもの個展開催中の1週間は毎日のように顔を出し、そして普段の激しい様子は出すことなく、猫をかぶったようにその成り行きを彼女は見つめた。
個展と言っても1日に数人来ればよいような閑散としたありさまで、叔父はそれをのほほんと受け止め、コーヒーを入れて、陽光を気持ちよさそうに浴びていた。3人に会話はほとんどなく、あってもちょっとした細々とした用事に必要な会話だけで、静かに漂うような時間だけが過ぎていった。
たまに来るお客には叔父は丁寧に接し、一時間も二時間も親しげに話した。
「これじゃあ、たこつぼどころか、単なる仲良しサークルじゃない」
珍しく彼女が言うので、ぼくはあきれて言う。
「まあ、そんなもん。ずっとそうだよ」
「え? でも、上手いよね? 少なくともいま売り出し中の××よりは」
ぼくはぎょっとして彼女を見る。
その純粋な瞳がぼくを射る。
(この子はいったいなにが分かってなくて、なにを知らないのだろう?)
叔父がのんきに言った。
「上手い下手ぐらいはさすがに分かります、本業ではなくても、画家ですし」
「じゃあなんで?」
叔父はのんびりとコーヒーをすすり、言う。
「これが気に入っているのです」
結局のところ叔父の個展で売れたのは20万の絵がひとつで、老人ホームに入るおばあちゃんが冥土の土産にと買っていった。
「夢に出てきちゃってねえ」
などという。
叔父はそれを快く譲り渡し、お金を貰って、ほっと息をついた。
彼女がどのような感想を持って帰って行ったのかは、実のところいまでもぼくは知らない。しかし、叔父は彼女が携帯電話を忘れていったことに気付いて、それをぼくに渡す。
叔父は言う。
「それが目的だったんだろう?」
正直そういうところをずばずばついてくる叔父は、苦手な部類に入った。
「うっさい」
http://anond.hatelabo.jp/20091025221649
うちの両親は九州出身で、方言で言い合うのを聞いているとケンカをしているみたいです。でも、本人たちは「普通に会話をしているだけ」だそうです。お互いに噛み付くみたいに顔を近づけあって、口角泡を飛ばすって感じでマシンガントークをかましてます。
人はミスをすると「しまった」と思っているものです。そこに「お前何やってんねん」って言われたらムカつきますよ。まずは「どんまい」って言ってあげないと。ミスったときに叱られると贖罪した気分になれて救われるときもありますが、あくまでも上司など叱る立場の人から叱られれればであって、同僚から怒られても浄化作用は働きません。同じ立場なら、まずは「どんまい」でしょう。
同じ「お前何やってんねん」でも、相手がするわけもないミスをしたときに「お前……、何、やってんねん……」(信じられないものを見たって気持ちを込めて)と言うのなら、まったく相手の印象が違うと思います。
つまり、ただ言い方を改めるだけではダメで、(相手の気分を引き立ててやるにはどう言えばいいか)ということを考えなくはならないのです。
繰り返しますが、人はミスったときには落ち込んでいるものです。追い打ちをかけてはいけません。
数年前の夏休み、私は青春18きっぷを使って田舎から東京まで鈍行の旅を楽しんでいた。
ムーンライト(夜行電車)は使わずに、昼の東海道線を乗り継いで、
お腹が空いたら途中下車してその辺の店に入ったりと、一人旅を満喫していた。
やたら車内をうろついていることに気がついた。
たくさんいたので、皆で座れる、空いている席を探しているのかな、
くらいに思っていた。
私は旅のお供であるiPodを聞きながら、パーカーに書いている文字を眺めたりしていた。
やがて、あることに気がついた。
彼らが普通に車内に一人でいる、若い人に次々と声をかけていることに。
うざったそうに彼らを振り払い電車から降りていく人も、何人かいた。
そんなときだった。
私は4人がけの席に座っていたのだが、向かいに、ごぎれいにお化粧をし
ワンピースを着て、ティファニーのペンダントをつけているような
可愛い女子が一人で座っていた。
そこに地味めな女性が二人やってきて、
「こんにちは♪学生さんですか?」と声をかけて空いている席に腰をおろしてきた。
※ノーメークでTシャツにチノパンという適当すぎる格好をした私の存在は無視
| ↑ | 進行方向 | ↑ |
|---|---|---|
| 窓 | 私 | A |
| 窓 | 女子 | B |
B「どこまで行かれるんですか?」
女子「え…○○です」
女子「はぁ…」
B「私たちセイカの勉強をしているんです」
A「セイカの世界ってとっても奥が深いんですよ」
B「一緒に勉強しませんか?」
セイカって何だ。と思ったのだが女子もあっけにとられている。
Aはおもむろに小冊子を取り出し、何やら見せながら
セイカって……聖歌だ。
これは明らかに宗教の勧誘だ。そうとは言ってないけれど。
女子は明らかに迷惑そうな顔をしている。
しかしA,Bの二人はそんなことはおかまいなしにマシンガントークを繰り広げる。
ちょうど電車は終点まであと2、3駅まで近づいていた。
彼女が降りると行った駅は終点からさらに乗り継ぎが必要な駅。
そこへ例のパーカーを着た男がやってきた。
A,Bに「やってるね」みたいなことを話しかけ、
「よかったら一緒に僕たちと勉強しましょうね」などと言って
また去っていった。
やはり仲間だったか!
勧誘というのは良くない行為のような気がする。
私は恐れを知らない学生だったので、
「あの、そろそろやめてもらえませんか? 迷惑そうですよ。」
と、iPodを外してAとBに言った。
私のことを空気のように扱っていた二人は驚いた表情で私を見た。
空気がしゃべるなんて思わなかったのだろう。
しかし。
この状況、私は少し仲間はずれにされたような気がしていて
ちょっとイラッとしていたのもある。思い切り不機嫌な顔をして、向かいの
Bを睨みつけた。
しかしそんなことでたじろぐBではなかった。
私の顔を見据えると、
「私たち、キリスト教徒なんです!」
と言った。
;:゙;`(;゚;ж;゚; )ブフォッ!
思わずこんな顔になってしまった。
私は半笑いになりつつ言った。
嘘ではない。だが、キリスト教徒でもない。
聖書に書いてないと思うんですけど」
「いやがってる、なんてあなたにどうしてわかるんですか!」
気色ばむAとB。ほんと空気読めないなこの人たち。
そこへ車掌が通りがかった。
私が何かを言う前にA「大丈夫です!」
車掌は困ったような顔をして通り過ぎた。通り過ぎちゃったよ。
本人たちが大丈夫と言ってる以上、
あんまりこういうの介入できないし難しい立場だよなぁ。
私はAとBを相手にしてもしょうがない、と思った。
「私にはいやがっているように見えます。
正直、どうですか?この人たちの話って面白いですか?
もっと続きを聞きたいと思いますか?
キリスト教っていってもかなり怪しいやつですよ。
嫌ならはっきり言ったほうがいいと思いますよ」
と女子に聞いた。
女子はおろおろしながら私とA,Bのやりとりを見ていたのだが、
「迷惑……です」
と、答えた。
完全勝利。
「じゃあそういうことなので、お引き取り下さい」
「長旅の中大変ですね。でもあんまりこういうのしないほうが良いと思いますよ」
と、私は二人を席から追い出すことに成功した。
女子に感謝されたのはいうまでもない。
降りる駅を相手に教えてしまった女子には
一つ電車を遅らせる等、気をつけるように伝えた。
夏休みも近づき同じように旅をする人たちも増えると思うので書いてみた。
※追記
「私たちキリスト教徒なんです!」はたぶん相手の失言だったと思うけど
(つまり布教活動ではないと言い逃れができる)
正月に会ったのだけど、また母に誘われて食事。
私が正月にした打ち明け話の、母なりの答えを考えてきたらしい。
はい。その意見も頭の隅に置いておきます。
それ以外の話も色々と聞く。母の最近出たダンスの競技会の話とか投資信託イイワヨとかダンナさんの話とか。
私の親友は、母の話し方をマシンガントークだと笑って評したことがあるけど、ほんとそう思う。息をする暇もない。
話がいつしか別れた父の虐待話に向かい、精神的に身構えてなかったのでかなりぐったりする。
母は私のことを娘というより姉妹のように思っていて、昔から何でも打ち明け話をするのだけど、それが母のストレス解消になるのならと黙って聞く。でも本当は聞きたくはない。
そうですか。でも、あなたと私の決定的な違いは、あなたにとっては選択を失敗した元配偶者に過ぎませんが、私にとっては遺伝子の半分を共有する存在なのです。それがどんなにおぞましいことであるか。あのおぞましい父の血を半分継いでいる自分はもっとおぞましい。