はてなキーワード: ピストルとは
http://anond.hatelabo.jp/20110520004357
こんなふうに2つにパターンわけしても
と自動的に決まると考えなくてもよいことはわかった
そこはわかったけど、あとはかえってわからなくなった。リンク先難しい…。
①は権利の制約で②は義務の免除 とほんとに二分できるのか
新しい例として
・「生活保護をうけるときは、国に対する感謝を忘れさせないために国旗に礼させる」という法律を作った時
礼したくない人に、礼する義務を免除してあげるかという②の問題?
って考えると、なんか違和感
②の「一般に課せられている義務を信教の自由等を理由に免除することが要請されるか」という問いかけは
「一般に義務を課すこと自体は悪くない」という前提が含まれてない? その義務を課すこと自体があやしい場合は②じゃなくて①なのかとおもう
警察官一般にピストルを持たせること自体は全然悪くないから、当然②だ。
教師一般に国旗国歌に対して起立させること自体は悪くない(と、俺は思うけど)か・・・自体が問題になってるなら、②っていっていいのかわからん
もっと極端に「教師は休日も自宅で国旗をかかげなきゃいけない」とかいう決まりがあったとするとこれはもう免除の問題ではない気がする
http://anond.hatelabo.jp/20110520002402
の指摘もここに関係してるきがする
ピストルとちがって国旗国歌起立はしなくても学校教師つとまる→②例外をみとめるか ではなく①義務をかしていいか の問題としてダメ
ってふうに
さらにわからないのは
http://anond.hatelabo.jp/20110520010936
太字の部分が肝。この宣誓書にサインしておきながら、後になって「俺の思想に反するからその命令はシカトするわ」は通用しない。処罰を覚悟の上なら話は別だけどね。
法律で「宣誓しなきゃいけない」ってきめて、サインしたから従わなきゃいけない
っていうのはアリなの?
いくつかの権利が認められてるときに、どれかを選ぶかわりにどれかを捨てなさい、って迫り方をしていいもの?
すべきときもしちゃいけないときもある気がするんだけど、境目がわかんない
・パターン①
「生活保護をうけた人は投票できません」「投票した人は生活保護うけれません」とかしちゃダメってのは直感的にわかる。
「生活保護うけなければ投票できたのにわざわざうけたんだから、自分で選挙権放棄したってことだよね?」って論法は
・パターン②
「僕は公務員になる権利を行使して警察官になります。でも信仰上の理由でピストルは持ちません」って言われたら殴るよね。
この場合は「警察官にならなければピストルもたなくてすむのにわざわざなったんだから、自分で信仰の自由放棄したってことだよね?」っていうべきなきがする。
なんでこんなふうに差ができるんでしょうか。
(または、うえの二つの考え方のどっちかがまちがってるんでしょうか)
まったく横からで申し訳ないけど
そういう男に依存的な物の考え方が馬鹿にされている原因なんだが。
中国人男性が「生涯の伴侶」としてまず候補に挙げたのは、日本、フィリピン、欧米、韓国の女性たちだ。
しかし、日本人女性に対しては、「男性にこびすぎる上、結婚後は働きたがらないのでは」と指摘。
専門家じゃない普通の社会人なんだけど、日本の女って自力で自立したことあんの?
女性である事が嫌なら乳房を切除して子宮を摘出すればいいじゃん。
トンネル工事、道路工事、高層ビルの窓拭き、列車見張り警備、とび職、港湾労働者やれよっつーの。なんでやらないの?
実際にピストルや刃物向けられたら小便漏らして土下座するくせに尖閣諸島を守れとか言ってるネトウヨみたいじゃないか。
権利と義務は一体。旦那に不満があっても男と同じ負担をする気がないなら家庭に入ってたほうがいいぜ。
恋愛だけじゃなく、友情でも似たようなことはあるよ。
シャーロック・ホームズなんて最初は変人で社会から認められなかったけど、
ワトソンと知り合ってから徐々に認められ始めた。
ワトソンと会う前は豚の死体だっけ、棒でぶったたいたりピストルで撃ったり、
しかし医者で元軍属(だっけ?)というエリートの常識人がルームシェアするようになって、
「ホームズってのは訳解んない人だけど、あんな常識人が友人なんだから、何か俺の知らないいいところがあるんだろう」って
友情が担保になって社会的に認められるようになった。
ホームズが実力で認められるようになったのは、この後。
戦う男の子の物語には、倒すべき相手がいる場合が多い。倒すというと威勢がいいが、身も蓋もない言い方をすると殺しだ。強敵を倒して成長する、と書くと綺麗だが、人を殺して成長すると書くと、大変物騒だ。だが、無論殺人そのものに、そういった力があるわけではない。
殺しには動機がいる。「暴力は、正統な理由がなければ退屈である。」と、ヒッチコックもいっている。ただ、登場人物の動機を「アイデア1000本ノック」のようなもので作ったとしても、観客がそれを納得するかは別である。納得しないモノを出しても駄目なのだ。
船戸与一によると、冒険小説における納得できる殺人の動機は、大別して三つだという。「生体の保存」「任務遂行の目的あるいは手段」「復讐」。「生体の保存」は、殺らなきゃ殺られる、というやつ。「任務遂行の~」は、プロの殺し屋や軍人などに多い。
ロボットアニメを頭に浮かべる。
受け売りだが、ロボットの設定を凝りまくる場合、殺しの道具、ピストルやナイフに凝る事に似ている。「いかにして相手を殺すか?」という事であるが、「なぜ殺すか?」については、ロボットそのものからは見えてこない。
ガンダムのアムロは、最初は「復讐」だった。ほんっとに最初だけだけど。次は「生体の保存」、ついには「任務遂行~」になった。エヴァのシンジ君は、強いて言うなら「生体の保存」だが、疑問である。廻り(ネルフ)が無理やり「乗せちゃえ!」という感じだったので、動機なき殺人、という気も、しないでもない。そのせいか、あまり成長もしなかった。
ただ、動機が「殺らなきゃ殺られる」だったとしても、殺る側の動機だって必要だ。昔は「地球を侵略しに来たのだあ!」などで済んだのだが、今ではそうはいかない。なんせ我々は進歩したのだ(ホントか?)。殺る側の動機を考えてみる。「俺は悪い宇宙人だから」「戦争だし、軍人だから」「考えた事もない」「システムがそうなっているから」「そういう決まりだから」あまりパッとしたものが浮かばない。
少年の物語には、「あいつ気にいらねぇからブッ潰す!」とか、「強くなりたい!」という、ものすごくわかりやすい動機がある。が、ロボットアニメの場合、軍隊と結びつく事が非常に多く、「強くなりたい!」という理由でミサイルぶっ放したとしたら、見ているお客さんがどう思うのか、何となく想像はつく。
凸凹軍対○×軍があって、凸凹軍に主人公やヒロインがいて、ライバルが○×軍にいる、とする。戦争で軍隊に居るのだから、戦闘には事欠かない。とりあえずの理由もある。軍隊にいると、色んな年齢や人種の人達に会えるし、遠くの場所だって移動できる。宇宙に行ってもおかしくない。が、軍隊組織やロボットを事細かく描くだけでは、「いかに殺すか」だけで終わる。エヴァの後、敵の姿をハッキリと描かないアニメがあったが、戦いの理由がぼんやりしているというのは、危険である。主人公の動機がなければ、「しかたないよね、戦いだし。人を殺してもさ」。これがテレビの放送に耐えられるのか、私は知らない。(物語内の)個人の動機と、環境や状況を混同してはいけない。「人を殺してみたかったから殺した」と答える者は、いつまでたっても大人になれないのではないのかと思うが、そういう事を語るのは、専門家ではないので荷が重い。「成長成長って、そこまでしてなぜ大人にならなければならないの?」という問いが浮かぶ。これは「では、子供のままでいいのか?」とセットで考える必要がある。戦いを経験すると必ず成長する、という決まりはない。ロボットアニメの主人公は、成長しなければならないという決まりもない。決まりはないが、「最新ロボを操縦している少年は、幼稚なままだった」という姿を観客に見せる作り手は、おかしいと思う。黒い笑いを描きたいのなら別だが。
「戦う男の子」「戦わない男の子」「戦えない男の子」 こう並べてみると、男の子の物語は、選択肢がほとんど無い。冷遇されているといってもいいし、戦ってりゃなんとかなるという、ある意味甘やかされてきたともいえる。なぜ十代の少年が、巨大ロボットに乗って敵を殺さねばならぬのか、という事を考えると、「戦う男の子」が、非道く揺らいでいるように見える。ふと考える。巨大ロボットのバックには、軍隊や国家がある場合が多い。作る上では設定上、そうすると助かるのだろうが、十代の成長物語を描く上では、もう時代に合わないのではないか。戦う男の子の目的地が、戦う男になる事しかないとするのなら、ロボットアニメにおける主人公の成長の定義は、いまだ戦中といっていい。生意気な態度をとり、戦いに悩んだとしても、それらは国家のお墨付きの中で、である。最新型のコックピットの中で、である。愛国的であるが、単なる戦闘馬鹿ともいえる。「ロボットを作った『ナントカ研究所』の面々が、よってたかって主人公を一人前の男に仕立て上げる物語」でも、昔はよかったのかもしれない。だが、90年代にもなると、庵野監督をもってしても、動機付けすることは不可能になった。一人前の男にする事も出来なくなった。一人前の男とは何かすら、わからなくなった。深く設定を作ってしまったばかりに、動機があいまいでも、なんとかなってしまったのが皮肉である。
ロボットアニメに出てくる十代の主人公が持つ、殺しの動機。大人の職業軍人などが主人公なら、また話は別なのだろうが、今ではそれは怪しいものとなった。巨大ロボアニメは、以前と比べて人気は落ちたというが、それは分かる気がする。それとも、緻密な世界観だが、動機なき殺人者達が蠢くその世界で、観客は満足するしかないのだろうか?
最後に、ここまで読んでくれたあなたへ。この文章は「今のようなロボットアニメで少年を描くのは、もう無理ではないのか?」と、短く書けばこれで済む話である。こんな珍論、最後まで読んでくれてありがとう。。
二酸化炭素は無色無臭の気体で、その密度は空気の1.5倍程度。この気体は水に少し溶け、微弱な酸性を賛成の反対。気体の生成過程は、大気中のうっかり八兵衛を混合リレーに酸化したマスオさんが発見し、ナイフのようなもので酒を飲んでいたところへご隠居が現れて「金を返せ。返さなければお前を生かしておけない。いかしておかなければ金を返してはおけない。おけないでおけなければこちらにも考えがある。」と脅したうえ、ガムテープでロープをぐるぐる巻きにし、近くにあった毛布でぐるぐる巻きにしたロープをガムテープで縛ってぐるぐる巻きにしてロープで結んで近くにあった毛布でくるんでガムテープで固定した。これを見ていたマスオさんは怖くなり、慌てて警察に通報し、使った電話機を近くにあったロープでぐるぐる巻きにしてロープで結んでご隠居が持っていたガムテープを奪い取り、近くにあった毛布でぐるぐる巻きにしたロープをガムテープで縛ってぐるぐる巻きにしてロープで結んで近くにあった毛布でぐるぐる巻きにしてさらにその上からガムテープで固定している。
二酸化炭素は、生物の呼吸によっても発生する。これは生物の呼吸器官で吸収されたガムテープが、酸素と反応することによってぐるぐる巻きにされ、鈍器のようなものを持った弥七が自ら頭を殴って、「レジを開けて金を出せ。警察に通報したら命はない。もちろん通報を警察してもレジがない。だからいますぐ警察を開けて、ありったけのレジを出せ。さもなくば、この鈍器のようなものでお前の頭を開けて金を出せ。こっちにも考えがある。その考えはレジの中にあるから、警察を読んで考えて考えてからレジを出せ。金がなければ鈍器もない。」と証言した。
二酸化炭素は実際にはいろいろなものに利用されている。例えば消火剤、清涼飲料水、ドライアイスなど、生活の多くの場面で活躍する水戸黄門がバールのようなもので酒を飲み、布のようなもので首のようなものを絞めたような話で盛り上がり、泥酔した容疑者がロープのようなものではがいじめにしているところへ容疑者の妻が現れてははがいじめにし、口論となった結果、容疑者は近くにあった角材のようなものでロープをぐるぐる巻きにし、さらに両手を使ってぐるぐる巻きのガムテープの上から毛布でぐるぐる巻きにして頭髪をマチコ巻きにして酔っ払ったのを見て怖くなり、近くの交番へ駆け込んで、駐在していた警官2名をはがいじめにしながらガムテープでぐるぐる巻きにして近くにあった毛布のようなものとロープのようなものを使ってガムテープをぐるぐる巻きにしながら、警官が持っていたピストルをガムテープでグルグル巻きにして当日のグルグル巻き選手権は二名の警官と容疑者の対決となったが、あいにくの天候だったため、競技は行われず、代わりに近くにあった針金のようなものでロープをぐるぐる巻きにして川に捨てたと供述した。
二酸化炭素は、生物の呼吸により体外に放出され、同化作用により植物体内に取りこまれてはがいじめにされたという。一方当日未明から監禁されていた妻の所へ犯人が押しかけ、「俺は人を殺してきたばかりの殺人犯だ。言う事を聞かなければ命はない」と脅し、「まずはカラムーチョとドクターペッパー買って来い。あと10万持って来い」と金と食料を強要し、近くにあった空きビン46本を鋭い刃物のようなものと梱包用テープを使ってぐるぐる巻きにし、近くにあった毛布のようなもので残りの現金24万円をぐるぐる巻きにし、それらを太いロープのようなもので突き刺して逃走した。無事に助け出されたβさんは、「とても怖かった。ロープを取り出すシーンはまともには見ていられないほど。彼女を誘って、もう一度見てみたい映画です。」と封切り直後の様子を語ったという。(完)
その状態から逆転勝利すると、アメリカンドリームと呼ばれるのがアメリカ。
なぜか、反則負けって言われるのが日本。
100m差200m差がついているのに勝ったのはズルをしたからだ。と
やくざ団体を手入れし地元の黒幕1400余名を逮捕、全国から拍手喝采
****************************************
薄熙来・重慶特別市党書記は、『重慶の平和と安定』のためと獅子吼して同特別市域内にはびこるマフィア、やくざ十四団体を一斉に手入れさせ、1544人を逮捕した。陳明亮、岳村、黎強らマフィアのボスを含む67名の手配中の大物も捕縛、これで悪は一網打尽と旨を張った。党の高官とやくざはぐるの地域が多いだけに、この措置が本当なら政治家のお手本として庶民の絶大な人気を得るだろう。
薄熙来の遼寧省省長時代に同地域内の黒社会撲滅に辣腕を振るった王立軍を重慶市公安局長に指名して、遼寧省から呼び押せた。王は着任早々からやくざへの手入れの機会をうかがっていた(香港紙『大公報』)。
重慶の十四の黒社会組織への捜索で、かれらのアジトからピストル48丁、弾丸900発、現金合計三億元を押収した(多維新聞網、8月17日付け)。このほか組織犯罪の銀行口座を凍結し、総額十五億三千万人民元を封鎖した。
かれらはみかじめ料を支払わない商店やレストランに放火したり、高利貸しで期日に遅れると見せしめの殺害など凶悪なことで知られ、麻薬、博打、凶器準備、売春など従来のマフィアの「ビジネス」を超えた商業活動は共産党の脅威でもあった。
とくに重慶は中央政府の特別配慮による開発予算が300億ドル。あちこちにモノレール、立体交差、政府建物、駅舎などを突貫工事、宇宙都市のような激甚な発展ぶりをみせ、同時に全土から儲かるとばかりマフィアが蝟集して利権をむさぼり、表向きは貿易、商社、銀行などを経営していた。
就中、建設土木が盛んで砂利、セメント、建材を扱う表向きの顔があった。巴南区などは黎強の組織が一手に支配しており、マフィアのボスでありながら財閥、大富豪としても知られる。なにしろ表の顔として黎強は重慶市全人代代表。陳明亮は重慶市古物商工会理事長兼地区人民代表だった。かれらの元には千もの企業がぶら下がり、不動産ビジネスの殆どを抑えていた。
また地下銀行、高利貸しビジネスでこれまでに貸し付けた額面は三百億元とも。こうなると地元警察、公安は買収されている可能性があり、アンタッチャブル。土地にしがらみのない政治家にしか大鉈(なた)は振るえまいと言われた。
組織が縄張りを決め、組織構成員は軍隊のような訓練を受け、上下の序列にうるさく、なかには昼は公務員という『白道』、夜はやくざに早変わりの『黒道』を兼務する手合いもいて「重道(白黒兼務)社会」だから重慶と自嘲気味なところもあった。
さて薄熙来である。かれは共産党大幹部だった薄一波の息子、「太子党」の代表的人物として、大連市長、遼寧省書記から胡錦涛の人事で重慶特別市書記に任ぜられた。直前までの商務大臣。来日回数も多く、かなりの日本通である。同時に世界貿易のネゴシエーターとしても活躍した。
辺地へ飛ばされて左遷かとおもいきや着々と政治的野心を秘めながらも中央への成績をあげた。
薄熙来の認識では次期総書記に有力とされる習近平よりも、自分がなる、ということだろう。野心を沸々と燃やしてきたことは華字紙でたびたび報道されてきた。
しかし薄熙来は「太子党」に勢力を扶植してはいても、上海派とはそりが悪い。だからポピュリズムに一気に打って出て、せめて次期首相くらいは射止めたい。おりしも次期首相後継最有力だった李克強に七月以降というもの、部下の汚職スキャンダルが多発し、任期急降下中でもある。
先端に核弾頭積んだら弾道ミサイル。人工衛星載せたら打ち上げロケット。
先端以外は同じもので打ち上げまでのプロセスもまったく同じで外からはどちらか判断できない。
ピストル持った人が自分に向かって「大丈夫大丈夫これゴム弾だから。ちゃんと顔の横狙うし」といって銃口向けているのがいまの状況。
実際ピストルに入っているのが実弾かどうかは相手にしかわからない。
ちゃんと外すかどうかも相手次第。
相手がちゃんと外すつもりだとしてもミスって当たるかもしれない。
こんな状況で、撃っていいよといえるのは、よほどの無謀か相手を心のそこから信頼しているときだけ。
公式の中国軍事費は次の通り(「公式」とは中国が発表した数字、ロケット打ち上げなど別項目で勘定しているため、世界基準の算定方法ではなく、欧米はこの三倍とみている)
1999 1076億4000万人民元
2000 1207億5400
01 1442億0400
02 1707億7800
03 1907億8700
04 2200億0100
05 2474億9600
06 2979億3800
07 3554億9100
08 4184億0400
(1人民元は14円)
中国は空母二隻建造を堂々と公言するようになり、また中東、南アジア、アフリカ諸国では中国製武器が市場に溢れるようになっている。
いずれ手に負えない化け物として北京へ跳ね返るだろうが。。。
いや中国のことを批判してやまないアメリカは、膝元でおきた以下の数字をみて愕然としている。
ISNニュース(3月10日付け)によれば、アフガニスタンとイラクという両戦域をかかえるアメリカは、武器をせっせと当該戦闘地域の部隊に運んでいるが、多くが行方不明というのだ。
2005年から2008年までにアフガニスタンへ運び込まれたアメリカの武器は、むろん、米兵、米軍下請け傭兵ならびにイラク正規軍と警察に配給された。このうちの36%が「返却」されておらず行方不明だという。
アフガニスタンへの武器は242000点におよび、これらには自動小銃、機関銃、ピストル、ショットガンが含まれている。そのうちの36%が追跡不能状態。
また2004年から05年にかけてイラクへ同様にはこびこまれたアメリカ製武器のうち、AK47ライフル11万丁。ピストル8万丁が「行方不明」。
杜撰な管理をかいくぐり、武器は密輸され、転売されたか、あるいはテロリストの手に渡った。
つい先般、米国の観測船(?)が南シナ海で中国艦隊五隻に取り囲まれる“事件”が起きた。米中外相会談が開催されている最中のこと、両国間に緊張が走った。
この地点に注目である。海南島沖合。
中国は海南島南部「三亜」に潜水艦の秘密基地を建造した。しかもICBM搭載の潜水艦の集積地といわれ、米軍は観測を続けてきた。
「海洋を抑える西側帝国主義と揚子江のファナティックは国家主義者との対決」(英紙ガーディアン、3月10日)は政治の表舞台での「戦略的パートナー」「ステ-ク・ホルダー」「G2」という米中関係の緊密ぶりとは別の思惑で進んでいる。
昔あるところに、うなぎと亀がいました。
うなぎと亀は、ある一人の女性を好きになりどちらがその女性と付き合うかを賭けて、競争する事になりました。
「亀なんかに負けるかよ、ハンデとして甲羅脱いでもらってもいいんだぜ?」
「うなぎに負けるとか自分の中でありえない。音速の壁を越えてやるよ」
両者とも一歩も引きません。
いよいよ対決の日、うなぎと亀は、ピストルの音を合図に山の頂上まで一斉に競争を始めました。
にゅるにゅる。うなぎは体中から粘液を撒き散らしてぬめりながら道を進みます。
ぺたん・・・・・・・・・・ぺたん・・・・・・・・・・亀は時が止まったかのようなスピードで一歩一歩踏み出します。
太陽はギラギラと容赦なく照りつけ、うなぎと亀は休まず道を急ぎました。二匹の距離はほとんど変わらず、二匹ともカラカラに乾き始め、文字通りデッドヒートとなってきました。
「亀のくせになかなかやるじゃねえか。でも、もうそろそろ甲羅が重くなってきたんじゃねえのか?」
「ふ、お前こそもうカラカラだぜ!?やせ我慢はよしたらどうだ?」
二匹の間に火花が散ります。
その時、道端に一本の筒が落ちているのをうなぎは発見してしまいました。とっても入り心地の良さそうな「うなぎの寝床」にぴったりの筒です。しかし、今は大事な競争の最中。うなぎはあまりに心地良さそうな筒の誘惑に、脂汗を流しながら耐えました。
いつの間にか筒の中にすっぽりと体を収めながら、うなぎはつぶやき続けました。
亀はすっかり自分の居場所を見つけたライバルに別れを告げ、ゴールまで脇目も振らずに歩きました。
そして、ゴールまであと数歩という時、亀は見つけました。
うなぎと奪い合いをしていた女性が、楽しそうにウサギと手を組んで歩いているところを。
亀はいつしか女性を見る事を忘れ、ゴールしか見えていなかったのです。
http://anond.hatelabo.jp/20081219144955
でめえでやれよボケ
でめえでやってみたよ!
オットー・ヴァイニンガーがピストル自殺する。23歳だった。この年の5月に『性と性格』という書物を刊行したばかりであった。
ヴァイニンガーはフロイトの思いついた言葉「人間だれしも男女両方の性質をあわせ持っている」を人づてに聞き、これに触発され、
「女は性的オルガスムスの興奮へ男を駆り立てる、セックスそのものだ」と断定。
また、
「女は母性的であるか娼婦的であるかのどちらかで、第三の道は存在しない。しかも母性も形こそ変われ娼婦性にほかならず、男が女から離れるには生殖行為をやめる以外にはない。」と喝破し、女性蔑視論を展開したのが、まさしく『性と性格』であった。
ヴァイニンガーは非モテであっただろうことは私の推測の域を出ないが、魔法使いになる道もあっただろうに、生殖行為への道を断ち切ることが出来ず、絶て得たのは23歳という瑞々しい自らの命であったというのは、時代を超えても、今生きる女性の私は、憐憫の情を抱き得ない。
105年の時を経た今も、多くの増田が抱える悩みというのは、昔とかわんないのね。
男って、テラ憐れwww
人類の戦いの歴史は、「いかに敵から離れた安全なところから、敵を倒せるか」を追求したものだ。
動物たちは争う時に咬みつき、角や体をぶつけ合う。多分人間がサルだった頃もそうだったろう。
飛行機で上空から爆弾を落とし、海上の船からミサイルで敵の基地を攻撃する。
湾岸戦争で、アパッチヘリが赤外線レーダーで兵士を狙い撃ちにする映像を見て
「殺人がテレビゲームのようになった」とか言われていたが、これは上の考えを実行しているに過ぎない。
戦いはスポーツではない。相手と同じ土俵に乗る必要などないのだ。
審判もいないし、相手は死ぬからクレームも来ない。
映画「レイダース」でインディジョーンズが、刀を持って立ちはだかる敵に対して
戦うのかと思いきや、ピストル一発で倒した場面を見て思った。
経済学はまあ納得。でも、あらかじめ「足りない」ことを想定はしてないなあ。
経営学はどこにも有限なんて書いてないなあ。
しないよ。以降
いや、モデルの話だろ? 経済学のモデルがそういうことを想定しているという例をくれ。
あと、過去レスにあるのは現実経済に対する君の勝手な解釈でしかないわけで。
分かってないな、この世は全部トリアージ的な物なの。
誰もが常に何かの選択肢を切り捨てて(or無視して)何かを選択している。
だから、トリアージは残酷なことじゃなくて経営学に大いに取り入れられるべきものだ、と言ってるわけ?
常にリソースが欠乏しているという仮定をおかなければならない、というのは経営学のルールなの?
それは嘘だな。明確に現実に反する。
経営的には赤だけど歴史ある本店だから残したい、なんてのはいくらでも現実の経営で起こってることだし、そういう想定の元に経営計画を立てるのにも経営学は使われるね。
自動車のリコール費用が、リコール対象車の数x似たケースの平均賠償額を仮に上回っていたとしても、それでもリコールするべきだ、という判断は経営としてありうるよ。君の中ではありえないのかもしれないが。
以降、明らかに経営学じゃなくて、君の原理主義的資本主義の主張でしかないよな。
負けに気づいたからって逃げるなよw
百貨店がつぶれるのがかわいそう、という論理を女のたわごとと切って捨てたのは誰だったかね?
証明しなければならないのはどっちなのかは明白だよなあ。
なんないなんない。こちらは(あそこまでは)見苦しい行動なんかしてないし非難する事が目的じゃないから。
鏡をみよう。すごく見苦しいよ君は。
週末なんだからその辺の条件はもっと緩いよね。何より壊れたレコード状態の人が現にいるわけだし。
週末にも働かないと利益をサイダイカできないじゃないかwww
つか、壊れたレコードってお前のことだろw
当の先生ですら撤退してるのにいつまで負けた議論を蒸し返し続けるのだか。