はてなキーワード: ハリーポッターとは
ほかに気になるのがあったら、追加していただきたく思います。
うまくいかないというよりは、必ずしも賞賛されない理由といったところか。
まず、映像化するのはすばらしいことだという誤解がある。
小説という文字だけで表現された物語を映画のような大迫力の映像メディアにすると、なんだか「進化した」ような気がする。
これが実は違う。映像化は、どちらかといえば退化だ。
なぜ退化かと言えば、人間の想像力を阻害する度合いが大きくなってしまうから。
視覚による情報というのは、たとえどんなにそれが洗練されていったとしても、想像力によって表現される無限の表現と比べたらカスのようなものだ。
もちろん、文字から想起されるものというのも制限は多い。火と書けばそれだけで想像できる範囲は狭まってしまう。
しかし、実際に火の映像を見せられるのと火という文字から火を想像するのは大きな違いがある。
それは、火の映像は映像を作った人間の「火」を映像化したものであり、しかも不完全(完全には想像したものを変換できていない)であり、
火の想像は想像している本人にとって「完璧な」火の表現を完璧に受け取ることが出来るからだ。
しかし、多くの人が映像の洪水に飲み込まれた結果、想像する力が衰えていき、自分の想像力よりも他人の想像したものの不完全な具現化のほうをすばらしいと思い込むようになった。
ハリーポッターの映画が大成功したのは、ファンタジーという異質な世界観であることで想像力を働かせにくいことと、そもそも原作が売れていることの二点があると思う。
しかし、ハリーポッターが児童文学であることを考えれば、想像力を働かせにくいというよりそもそも文章がその点に重点を置いていない可能性が考えられる。
ハリーポッターはストーリーが面白いと言われるので、ストーリーさえしっかりしていれば魔法の表現などはある程度適当でもいいと作者は考えているのかもしれない。
そうすると、原作によってストーリーを熟知したファンが映画によって映像面を補強することが出来るようになったので「二度美味しく」楽しめるようになった。
だから、これほどまでにヒットしたのかもと考えられる。
去年の頭からほぼ毎日更新されていて、読んだ漫画、観た映画やDVDの感想、twitterのログ、買い物日記、そして日常のあれこれがずっと綴られていた。
DVDの感想やtwitterのログは量が多すぎて読み切れなかったが、日常のあれこれは一応全部目を通した。
彼女は仕事を休職し、精神科とジムに通い、自分の理想と現実のギャップに苦しんでいた。
俺は一昨年の春に彼女と別れ、しばらくして彼女との連絡を全て絶った。携帯の番号もメアドも消去した。
俺自身も心療内科に通い、無気力な生活を10ヶ月あまり過ごした。彼女は俺と別れてしばらくしてから休職したらしい。
俺は時間をかけていろんな事を忘れることに費やした。自分が彼女を傷つけたことも、彼女に傷つけられたことも。そうしないと生きていけなかった。
ブログを書くこともやめ、別アカウントでハイクやtwitterをやっていた。彼女がハンドルを変え、どこかでブログをやっていることは知っていたが、見に行くことはしなかった。
彼女のブログには俺に対する批判めいたことはほとんど書かれていなかった。少しくらいはあったが、彼女にしてみても書いて嫌な気分になりたくなかったのかもしれない。あるいは関わりになりたくなかったのかも。俺はその間、彼女に関して一言も書くことはなかった。正直、後ろめたい部分もあった。彼女を決定的に傷つけてしまった、という想いがどこかにあった。
俺の親友は彼女のことをとても嫌っていた。「あいつがアンタを壊したんだ」とも言った。それは一つの事実かも知れない。でもそれは俺も同じだ。そして俺は別れたあともしばらく彼女を愛していた。やり直せるものならやり直したかった。でも俺にはその力はなかった。自分一人を支えきれない人間が、他人を背負い込めるはずもない。だから俺は彼女を切り捨てた。出来うる限り彼女から逃げた。
一度関係を修復するチャンスがあった。しかし俺自身のミスでそのチャンスは損なわれた。向こうがそれを望んでいたかは分からない。むしろ迷惑な話だったかもしれない。
そうして俺の生活から思い出や未練が無くなっていった頃、遠くの方から「彼女が死んだ」という話が聞こえてきた。
それからそのブログを頭から読んだ。苦悩と苛立ちと、何かの諦念を纏った日常がそこには書かれていた。
時々あげられている自分撮りの写真を見て驚いた。「うつ太り」という言葉があるが、俺と付き合っていた頃のスマートさは完全に損なわれていた。ストイックで規則正しい生活を送っていた頃の彼女の面影はそこにはなかった。
それが俺のせいだなんておこがましくてとても言えない。でも俺はそんなになるまで病んでいた彼女を知らなかった。知ろうともしなかった。彼女の家族や友人たちは、おそらく俺のことを快く思っていないだろう。俺はネット上の名前を変え、何事もなかったかのようにお気楽な暮らしを続けていた。時々心療内科に通ってはいたが、おおむねその日暮らしの自分勝手な暮らしに終始していた。「病んでいる」の程度で物事を測ることは出来ないのかもしれない。でも俺は死なずにここまで来た。怒られるのを承知で言うと、彼女を切り捨て、名前を変えた事によってむしろ楽しく生きてこられた。
そうして彼女はこの世から失われた。大好きだったハリーポッターの完結も観ずに。
俺に何かが出来たとは思えない。多分向こうも関わっては欲しくなかっただろう。病人同士が顔を突き合わせても憎み合いか共倒れになるだけだ。
それでもどうしようもない無力感から逃れることが出来ない。泣くことすら出来ない。死ぬ事も出来なくなった。
これからどうしたいかははっきりしていない。ただ同じ過ちはしたくない。何かあったときに誰かを支えられるだけの力が欲しい。今の俺はあまりに無力だ。カネもコネも権力もない。心の包容力さえない。今からでは遅すぎるのかもしれない。いや、遅すぎる。しかし俺は強くなりたい。こんな想いはもうたくさんだ。
いつか俺に守りたいと思う相手ができたとき、少なくとも今よりましになっていたい。詐欺師みたいに口先だけで誤魔化していくのはやめにしたい。そのために今日も死なずに生きていく。彼女は戻っては来ない。俺はまだ向こうには行かない。あがき続ける。過去は変えられない。未来は分からない。今を一生懸命やるだけだ。
東大ブランドは世界には通用しない 灘高トップはエール大学を選んだ
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110111/217870/
という扇情的な記事がはてブを伸ばしているからノスタルジーでちょっと書いてみたくなった。俺は大学院でイェールに行った。どこのカレッジに住んでいたとか専攻が何かは日本人があまり多くないから伏せる。
イェールはコネチカット州のニューヘイブンという田舎町にある。コロンビアがマンハッタン、ハーバードやMITがボストンにあることを考えれば辺鄙な立地だ。ニューヘイブンがどこにあるかはGoogle Mapで見てもらえばいいけど、ニューヨークとボストンの中間あたりにある。ニューヨークのグランドセントラル駅からニューヘイブン線に乗って2時間くらいで着く。日本で言うと郡山に東大があるような感じで考えてくれればいいだろう。韓国人の留学生がboringだとよく漏らしていたのが印象的だ。あと寮の食事もまずいってよく言っていたっけ。彼女は体重がずいぶん減ったと言っていた。俺は別に痩せなかった。都会が好きな人はハーバードとかコロンビアに行った方がいい。俺は田舎が好きだったから結構楽しめた。徒歩圏内で日常の生活はだいたい事足りるから、夜中まで飲んだり遊んだり踊ったりしても問題なく帰れる。
古賀 きっかけは、ハーバードに行っていた高校時代の先輩から「お前、英語しゃべれんねんから、ハーバードに来たらええやん」って言われたことでした。
これは素直に羨ましいと思う。俺は英語はかなり苦手だった。受験科目ではまあまあ点数が取れたけど、ほとんど英語で喋ったことがない典型的な日本人英語だった。他の留学生に「初日のお前はひどかったなw」とよく言われた。簡単な自己紹介に15分くらいかけたのだから。
これまで会ったことのない面白いバックグラウンドを持つ同級生が世界中から集まっている環境は、本当にエネルギーに溢れています。みんな徒歩5分圏内の寮に住んでいるので、何かプロジェクトをやろうという話になると、いつでも集まって、好きなだけ話ができる。寮に門限は無く、いつでも誰とでも会ってつながれる環境は、僕にとって何よりもうれしい環境です
少し前に京大の全寮制の大学院ができるという報道があったけど、そのコメントは賛否両論だった。俺は大学はカレッジ(寮)があるべきだと思っている。大学のすぐ近くに友人と一緒に住むという体験は得る物がたくさんある。そうそう、イェールでは寮(ドミトリー)はカレッジと言っている。Google Mapでニューヘイブンを見ると「なんとか大学」ってカレッジを「大学」と訳していて恥ずかしいが、あれは大学ではなく寮だ。
イェールのカレッジは全部でいくつあっただろう?かなりたくさんあった。それぞれのカレッジが1つのコミュニティになっていてみんな帰属意識を持っている。設備もなかなかのものだ。個室にはテレビはないが、共有のテレビがある。ダーツとか卓球、ビリヤード台があった。メンテナンス状況は悪かったけどみんなでよく遊んだ。ピアノもあった、かなり高い奴が平然と置いてある。金持っているなあって最初は思った。音楽ができる奴がいるとピアノの回りにみんな来るからすぐに友達はできた。
カレッジの外観はかなり格好いい。ハリーポッターみたいなものだ。だけど住み心地はよくない。シャワーやトイレも2部屋に1つくらいしかなかった。間が悪いと他の奴と鉢合わせをする。中国人は「小」をしたあと流さないらしく、黄色い水がたまっていたりする。あとリア充が女とシャワーを浴びているのを見て悔しい思いをしたことがある。共同生活だから喘ぎ声が聞こえることもある。部屋に戻ると相方が女の子を連れ込んでいたりする。
カレッジは引きこもりにはキツイ環境だ。前述のようにトイレやシャワーが外にあるし、食堂があって決まった時間に食堂にいかないと食事を採れない。もちろん近所に飲食店があってそこに行くこともできるが、寮費に食費が含まれているから使わないのは損だ。外食ばかりだと結構お金もなくなる。周囲にはIvy Noodle(イェールはアイビーリーグの1つ)とかEducated Burgher(高学歴バーガーとでも訳すのか)とか面白い名前の店が多かった。話がそれたが、決まった時間にダイニングに行くだけで知り合いと顔を合わせることになる。俺も最初の頃は一人ぽつんと食べていたが、すぐに「お前もこっち来いよ」と開放的な奴に呼ばれてグループに加わっていた。このように、カレッジでは強制的にリア充にされてしまうような何かがある。俺もアメリカでの性格と日本での性格は全然違う。
自分が夜遅くまで図書館で勉強して、「よし、今日もよく勉強したな」と片付けていると、アフリカのとっても貧しい村出身の友人が、図書館が閉まる最後の最後まで一生懸命勉強しているのが目に入るんです。彼は戦争で親を亡くしていて、自分なんかよりもはるかに過酷な環境にあるにもかかわらず、自分の夢をつかみにエールに来た。そういうのを見ると、自分ってまだまだ甘いなってびりびり気合いが入ります。
図書館ではなく図書室かと思ったが、閉まるのだから図書館なのだろう。カレッジには図書室が大抵ついている。図書室は規模が小さく、大抵はカレッジの歴史に関する本とか写真があるだけで図書館としての機能はない。だけど24時間いつでも使えるし、俺にとって図書室で勉強というのはカレッジの図書室だ。本当に夜遅くまで勉強している人はたくさんいた。
ただ、世界の名門大学は厳しい舞台だ。誰でも安易に挑戦できるわけではない。ここを生き抜くためには3つの力が必要だ。まず英語。少しでもハンディキャップがあれば、授業やパーティーで誰も相手にしてくれない。
誰も相手をしてくれないということはない。俺の英語はかなりひどかったが、初日のパーティで友達はできた。他の留学生はだいたいかなり英語は流暢で、俺だけが下手で恥ずかしかったが、受験英語もまんざら無駄でもなく2ヶ月もいると普通に英語で雑談をしていた。声高に日本人は英語ができないからダメなんだって言うことはない。あと特にヨーロッパ系の学生に顕著なのだが、ひどい英語を使っている人も多い。文法がかなりガタガタの人もいる。だからそんなに気にすることはないと思う。日本人は案外マシな方だ。
次に、芸がないとつらい。世界の名門校に集う学生は、多彩な才能を持つものが多い。その理由は、古賀氏も指摘しているように、受験制度が記憶力偏重ではないからだ。高校時代、受験勉強で明け暮れる学生はいない。スポーツや芸術などで自分を磨いた者が受験でも大いに評価される。
これはある。ダイバーシティを重視しているからかなり変わった学生が多く集まる。だからといって、それほど堅くなる必要もないのだが。例えば日本語が分かるというのも海外に行けば特技に変わる。ある自転車屋がどういうわけか中国語の広告を貼っていたのだが、俺は漢字が読めるから意味くらいはわかる。それがヨーロッパの学生から見ると不思議だったらしい。これ日本語?いや中国語だと思う、お前は中国語ができるのか、いやできない、じゃあ何故意味が分かる、それは漢字が表意文字だから・・・。だから、これもそう深刻に考えることはないよ。
最後に積極性。日本人と比較したら自己主張の塊のような連中だらけのキャンパス。アメリカの大学生の社交場であるパーティーでは、積極的に自らを売り込まないと友達ができない。英語、芸、積極性。これらが世界スケールで通用するものでなければ、「孤独感から自殺してしまうかもしれない」と、ある日本人留学生は語る。
これも俺は問題には感じなかった。イェールのカレッジは強制リア充作用があるため、気づくと女の子とダンスに行ったり日本では考えられないようなことが起きる。開放感溢れるのは男だけじゃなくて女もそうなんだ。だけど、聞いた話ではそのリア充作用に抵抗するとキツイものがあるらしい。便所飯じゃないけど友人と顔を合わせるのが辛いから食事も満足に採れなくなって部屋に引きこもっている人もいるらしい。
同氏を見ていると、今後世界と伍して戦うことを目指す若者には、大学院ではなく学部から米国に留学することをおススメしたい。得られる体験やネットワークの量と質は計りしれないものだろう。
俺は大学院から行ったわけだが、学部生を知らないわけではない。感想から言うと、学部生はアメリカ人が多い、それゆえ価値観が(俺から見て)おかしい。まだ使える扇風機を平気でゴミ箱に放り込んでいたのにはびっくりした。こいつらエコの概念が全くないのかと。学力も日本のそこそこの大学の方が高いだろう。そういった理由で学部生とは話していてもそれほど面白みを感じないというか、何かずれた感じがする。うまく言い表せないけど、大量生産・大量消費のフォーディズムみたいな時代錯誤の感じ。大学院のように雑多な環境の方が面白い。俺もアジア人であるせいか、アメリカ人とかヨーロッパ人よりはアジア人の方が馬が合うだけかも知れない。
日本の大学に行かないことで失われるものは何かといえば、おそらく学力の高い人たちとの交流がある。東大生の平均的知的水準はイェールの平均より高いと思う。周りの友人に何か問いかけたときの答えの質はたぶん東大の方がイェールより高い。その代わりイェールに行けば濃密な人間関係の中で色々な経験を積めて、最近はやりの言葉で言えば人間力はつきそうだ。どちらも一長一短で、日本の大学が必ずしもダメというわけではない。
俺が高校、いや中学くらいからやり直せるとしたら学部から留学すると思う。学力は自分の姿勢でなんとでもなるが、英語でのコミュニケーション能力を鍛える環境が魅力的だからだ。
「日本に帰って来るの?」という質問をよく受けます。正直そのつもりはありません。「日本のために」は「世界のために」の部分集合だと思っています。日本人として、世界に挑戦することが、今の日本を変えることにもつながると信じています。
とあるけど、将来どこの国で生きていくかによって学部から留学するか大学院からでいいかは変わってくると思う。日本に帰るつもりがない人は若くて吸収力が高いうちからアメリカの大学に行くのは意味がある。
結論「東大ブランドは世界には通用しない」と扇情的に書いてあるけど、そんなに日本の大学は糞でもない。ただ東京大学や京都大学は名前で損をしているかも知れない。東京は大都市として有名だし、京都は日本の観光地として有名だ。その名前がついていることでアメリカでの印象はニューヨーク大学とかイエローストーン大学みたいな印象になって、あまり大学の中身を知らない人には訴求力がない。名前で損をしている。だけど研究をするようになれば各国の実績のある大学は正しく評価されるようになる。
日本でも同じことは言えるのだけど、研究の道に進まないで学部卒で就職すると研究の業績で大学を評価しないのが普通。ネットで駅弁って言われている大学に実はいい研究をしている人がいるというのは、同じ分野で研究をしていて論文を読んだり学会に行けばすぐに気づくことだけど、研究をやらない人の間ではただの駅弁大学で一生終わる。世界から見た東大も駅弁大学のような感じなのだと思う。
ぐだぐだだけどこの辺で。
世界を敵に回せ。
今。その情熱の炎がともる時。
なんでもいいけど自己満足。
出てくる言葉を試行錯誤。
だってそれだって面白いじゃん。
これだって面白いじゃん。
面白いことって続けていくべきじゃん。
なんでもいいんだよ。ほんとなんでも。
末期がん患者になったら笑う。大声で。
ああ、そんな俺には天罰が下るのでしょうか。
嘘ばっかりいってたのが本当になってしまうのでしょうか。
本当に怖いのは、嘘が嘘じゃなくなってしまう時さ。
ふっふっふ・・
笑っている。心のどこかではいつも笑っているよ。
ふっふっふ・・
ほら瞳を閉じれば笑い声が聞こえてくるでしょう。ヴォルデモート。
だってヴぁ!
元気出していきましょう。
何度でも、何度でも俺はつぶやくぞ。
何度でも何度でも何度っでも
やってやんぞ。俺はしっかりしているんだぞ。
いみふな世界がまた大きなパワーとなり、俺を伝う。
今こそ真のパワーを発揮する時。
そう思うだろう?君だって、そう思うだろう?
思うより早く打てるか?
俺は試されているんだぜ。
喋っていたいくらいだぜ。
なんでもかんでも、喋ることに意味があるのであれば。
そこらへんのおまじないとは桁外れなことをやってしまうんだぜ。
びっくりするほどユートピア!天国とはここのことだ!
なんでこんなに最高な気分なの。
教えて。誰か教えてよ!!
僕は満たされている。そんなことをわざわざ呟くためにここへ?
どうでもいいんだよ。ハリーポッター。黙れマルフォイ。
笑えてくるよね。なんか知らないけど笑えてくる。
何度でもつぶやくぞ。俺は何度でもつぶやいてやる。
それが俺の託された使命なのだから。
何も否定はさせやしねぇ。何もできやしねぇ。
さらにぶっ飛んだ世界へ連れていきましょう。
あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アッー
最高だアッー
申し分ない。くるしゅうない。
この世をば我が世とぞ思う。
全く、海の向こうを知らない藤原氏なんだから。
眠くなってきてからが本番なのよ。もうどうしたらいいんだい
脳みそに流れてくるものがあるんだぜ。脳みそ常に震わせて粗々と運命に背きたい。
元気、元気、元気だよ。病気だよ。どっちでもいいよ。
更に、作り笑いを浮かべながら君は僕に冠をかぶせる。
多分、何もかもが存在しているんでしょう。
何もかもが存在していて、どうしようもないくらいなのでしょう。
僕は全てを容認するし、それでいいと思ってる。
何をば、しなきゃいけないのかよくわかってない?
なんなら吹き飛ばすまでやっちまうぜ。
このままダッシュアンドアウトだぜ。
shake your money makerか?
かっぱらったら一気にばっくれ。
大盤振る舞いNo.1になるために。speed kingになるために。
俺は俺は俺は俺は叫び続ける。
瞳を閉じれば聞こえてくるだろう
ふふふ。。。私の名前は戦士。
なんだってできちゃうの。
全部、全部が可笑しいの。
何もかもがブッ壊れてるの。
いいの。これでいいの。ふざけるんじゃないわよ!!
びっとくるーひっとくるーきっとくるー。
わくわくどきどきが止まらない。
役目を果たした感がハンパじゃない。
ぱねぇっす先輩。やばいっす。
どうすりゃいいんだよ。どうすりゃいいんだよ。
ふっと沸いたアイディア、それにゆられているのが僕というわけで。
もう関係ねぇよ、くだらねぇって?そんなのも関係ねぇよ。
ぶっとばす勢いでやるんだよ。こんなもの、ふざけてたほうがマシだろうがよ。
いっぱいいっぱいになったらそこで(σ´Д`)σ・・・・…━━━━☆ズキューン!!だよ。
わかってんのかよそこんところ。俺を舐めてんじゃねーぞ。
いつものように、これがこれであるように。僕が僕であるために勝ち続けなきゃいけない。
とにかく増やすんだ。数を増やすんだ。何もやっちゃいけないなんて、そんなことはないよ。
そんなつまらないことはないよ。くだらないことはないよ。モチベーションは高くもって!
ゆらゆら揺れている、その瞳の中に君を映し出す。面白いことがどんどん増えればいいな。
星の数ほどいるツイッタラーだ。少々のことは気にせずにいこう。
砕け散れ、マイジャスティス。本気の本望を伝えにきた!俺はハリーポッターを観に行く。
くだらねぇって?つまんねぇって?黙れマルフォイ。
マルフォイ「黙るフォイ!」いつものようにかけ出すぜ俺は誰にもマネできないスピードで駆け上がっていくぜ
この海じゃ駆け上がらなきゃ死ぬしかないってことを教えてやるしかないんだよ。
フォローしまくればフォロワーも増えるでしょ。そんな甘い考えがねぇ!!
くだらねぇって!!10分の1でもいいんだって。100分の1でもいいんだって。
くっだらねぇって。君に届けこの想い!ハルケげにあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
つらい現実から脱出したい。
『主人公が、現実から異世界に脱出している(※)』 パターン(”現実 → 異世界”)のフィクションについて考えてみた。
こういうフィクションのなかには、異世界に脱出しても、そのあと『現実に戻ってくる』 パターン(”異世界 → 現実”)の物語が存在する。”ネバーエンディングストーリー”のような。
現実に戻ってきたあとの主人公の幸福度って、『異世界に行っていた間、現実ではどのように時間が流れていたか』 にも依存するように思う。
(※)『比較すると、現実より異世界で過ごすほうが楽しい(楽しそう)』パターンのフィクションに限定します。『現実より異世界で過ごすほうがつらい』というホラーのようなフィクションについて、以下除外。
②-1 時間の流れ方が、異世界>現実。 (例:異世界で3年間冒険する。現実に帰ってくると、5時間しか経っていなかった。)
②-2 時間の流れ方が、異世界=現実。 (例:異世界で3年間冒険する。現実に帰ってくると、3年間経っていた。)
②-3 時間の流れ方が、異世界<現実。 (例:異世界で3年間冒険する。現実に帰ってくると、5年間経っていた。)
※その他の、「異世界と現実のどちらか片方だけで展開するフィクション」は分類から除外。(基本的に異世界だけで話が展開する”指輪物語”みたいなフィクションなど。)
一番幸福なのは、「異世界から現実に戻ってこない」パターン(①)だと思ってしまう、今のわたし。
次点は、「現実に戻ってきたら、現実では殆ど時間が経っていなかった」パターン(②-1)。
『3年間分の経験を、5時間で経験できる』というような、主人公の成長譚における必殺チート技なので、子供向けの教育的なフィクションにおいては、この類の数が一番多いんじゃないかと思う。
上記の2つ以外については、現実に戻ってきたあと、現実に適合して暮らしていくのが結構難しくて(浦島太郎的で)ツライと思う…。
「異世界と現実を往復するけど、双方の時間の経過にズレがある」というパターン(③-1と③-3)は、往復するたびに、周囲との差が開いていくという切ない経験がメインになる話になるのかな…。
作品を違うパターンに置き換え直してストーリーを想像してみると、興味深かった。
(もし、”ネバーエンディングストーリー”が、「現実に戻ってきたら、現実ではだいぶ時間が経っていた」パターン(②-2、②-3)だったら、だいぶ違う結末になっている筈。父親は、子の不在に耐えられたかな…。)
② 現実に戻ってくる
②-1 時間 異世界>現実。 (作品例:ネバーエンディングストーリー、不思議の国のアリス、ナルニア国物語)
ここまで大上段に構えて書いてきて、ここにきて肝心の作品の例が埋まりません…。ごめんなさい。
だれか、補完をお願いします!
ありがちなタイトルだけど、「上げる方法、教えます」ではない。むしろ知りたいほうです。
増田は大卒。大学入試ではわりと英語が重視されるところだったが、入学後はたいして勉強せず、使えない。
3年位前に受けたTOEICスコアはちょうど700点(リスニングのほうがやや高かったような記憶)
TOEICといっても、テスト結果が昇進やら転職やらに使える業種でもないので、惰性でたまーに受けようと思っている(生涯教育的な感じかな)
大学卒業後5〜6年たつし、仕事もあるし、自分の性格的にも今さら「参考書片手にガツガツ勉強」はしたくないけど、でもせっかく受けるんだから、ちょっとずついい点更新したいよな、と思っている。
今のところ思いつくのは
・定期的に受けること(毎回はムリだけど。慣れで結構スコアの上下するよね)
・NHKテレビの語学番組をみること(小さい頃はラジオ講座聞いてたけど、今はデッキが壊れてるので)
ぐらいかな。
ちなみに。
・ぺーぺーバッグ…とかは高いしハリーポッターでも読むのめんどう。そこが難点?
・試験監督のアルバイト、は学生時代にしたことある。あれはバイトしながらリスニング問題聞けるので結構よかったと思うけど、くたびれ社会人なので貴重な休日をバイトにつかう気力は出ない。。
前々から違和感を感じてはいたが、漸く気が付いたことが一つ。
それはこの世の中でヲタクと言われているのは主にアニヲタをさしてるという事実。
ニコニコ動画の流行やアニソンの売れ行きから考えて共通するのは
原作は漫画やゲームだったりはするが、100%アニメ媒体化されている。
元々そこそこ人気はあれどアニメ化で流行化が2000年以降顕著。
女性向けジャンルの特撮やハリーポッターはアニメではないが映像媒体発
(※http://www27.atwiki.jp/trend/pages/12.html)
とても当たり前なことなんだろうけど、気が付かなかった。
①所謂サブカルといわれる鉄ヲタ等の運送系、みうらじゅん始めとする仏ヲタ系、歴女に見られる歴史ヲタ系etcに
④追っかけクレイジーとされる芸能系・・・ヲタにも種類はたくさんある。他にも家電だのなんだのあるだろう。
でもやっぱりヲタクの中に占めるアニメヲタクの割合は高いんだと思う。
そろそろこの事実を認めなくてはいけない。
大体コミケの同人誌ジャンルを見ても、所謂サブカルといわれる①は圧倒的に少ない。
(※http://www.comiket.co.jp/info-c/C78/C78genre.html/評論情報・鉄道ミリ・SF・雑貨位
コミケはサブカル向けじゃない!からデータとして引き出すのはちょっと違うんだろうけど)
そしてこれは自称漫画ヲタかぶれとしてのコメント。題とは真逆の主張をあえて展開してみる。
よくアニヲタと漫画ヲタは同一視されやすいが、正直言って違うといいたい。
とある作品の話をしていても何か違和感あるとおもって調べたら、相手はアニメ設定の話をしていたという事がたびたび。
国民的アニメドラゴンボールだってグレゴリーとか違和感なく居たりで。
漫画狂信者に近い私の中では、ドラゴンボールの界王星にはバブルス君しか存在していないが、
アニメを見て育った人にとってはバブルス君とグレゴリー二人いるのが当然だろう。
設定だけで完全オリジナルGTの「俺はサイヤ人の誇りを持った地球人だ!」発言でぶち切れた漫画ヲタは数知れず。
全部が全部そうではないし、原作に影響を及ぼしたりこのキャラならありうると柔軟に許容する場合もあるが、
簡単に言うと漫画ヲタは基本「漫画原作にないアニメオリジナル描写が許せない。」
原作者が納得しているならいいが(作者が神だから神がOKならOK)、
よくよく自問自答するとこういう差別意識が浮かんだ。
アニメなんて原作の美味しいところだけ映像化して、この作品の本筋主張をそこまでしっかり汲んでいない。
そんな上澄み作品を数ヶ月の数クール単位で食っては次々消費していくアニヲタ。
しかもキャラ萌ばかりで作品に対する世界観への愛情を漫画ヲタからしたらアニヲタに感じられない。
キャラ物グッズばかり買って原作本も買わないなんて何?設定本や考察本もチラ見くらいはしないと・・・
イナゴのように食い尽くしてさっさと去っていく、その癖けちつけて作品その物を歪め潰してくれたわ
漫画ヲタは作品に対する世界観や設定、描写、作者の想いやこだわり、他作品との関連を第一とするが
アニヲタは漫画ヲタにとって大切な作品自体の思い入れより、声がいかに合っているか、作画クオリティがいかに高いか等の方が大事。
とどのつまり重きを置くポイントが全然違うんだけれど、一緒くたにされることが多い。
だから遺憾に思う。
原作を最重要視しないアニヲタが作品を語りだすことを少なくとも自分は嫌う。
原作を買って、原作の設定資料集を買って(アニメのではなく)、
原作者インタビューやブログ等の発言を網羅している上で語るならいいが、アニメのみ見て語るなら微妙だと思う.
逆に言うとアニヲタからすれば漫画ヲタがアニメを見てエンディングやオープニングをスルーしたり、
声優なんて別にそこそこ下手でなけりゃ誰でもいいなんて言うのは許せんのだろう。
こだわりに対して安易に妥協せず追及していまうという点では同じだが、こだわる点の優先順位が違いすぎる。
だが世間から見れば同じ「タイトル」だし、キャラ萌属性で被ったりするから違いなんてない。
漫画ヲタな自分ですらこんな状態だから、①②④のヲタからすれば「ヲタク」カテゴリで括られることすら嫌がって
アニメなぞ見ていないのに、ニコニコ動画の普及で一般人からも作品名をあげるとまずアニメの方を連想されてしまう。
漫画として有名な作品ならまだしも、アニメ作品としてより漫画として有名な作品なんてよくて2、3位じゃないか?
そんなわけでヲタク=アニヲタな風潮を微妙と感じつつ、世間の認知などそんなレベルなんだと自覚しなくてはいけないと思いにいたる。
認めなければ区別してもらえない。いや、区別もなにも無理だろうが。
だからせめて2ちゃんねるの漫画系板のように「アニメの話題はアニメ板へ池」という場所に引きこもって
ラノベはなー。
1/4も読まないうちに苦痛。
人気があるプロの作品ですら、挫折した俺が通りますよ。
序盤で設定の説明が多く読み進めるのがダルい。
まさに、コレ。
そして、主人公らしき人物の自分語りの多いこと、多いこと。
オマエがスゴイのを明らかにするのは、オマエの周りのヤツだろうという…。
俺も完全に無理な人。
それと
http://anond.hatelabo.jp/20100330150408
そして、脚本や原作で比較した場合でも、ハリウッドの作品はそんなに否定できるものばかりじゃないぞ。
映画になった時に、残念な結果なのはいくらでもあるが。
ただ、エンターテインメントとして見た場合、「ハリーポッター」シリーズより上に来るラノベなんてないだろ?
販売部数なめたらあかんよ。
ただ、この友人の作品が入賞するかどうかは、全く分かりません。
http://anond.hatelabo.jp/20091108230020
最初にテーマとして、最近殺人事件多いよねーと思い、人を殺す理由みたいなものを考えた。
人間、追い詰められると思慮が狭くなる。どうして殺しちゃったのかなってニュースも多い。そう思ってまず書き出しを書いた。
男の名前はすぐ思いついた。だけど、与作につりあう女の名前がなかなか思いつかない。なんとなくイメージで元お天気キャスターの皆藤愛子さんを思い浮かべて、愛子とした。そうしたら逆に男の名前を変えたくなったけど、どうにもいまいちだったので、そのまま続けた。
それから「なんで愛子は帰ってこないんだ!」のところまで書いて、依然オチが思いつかない。ドアの向こうにいるのは、愛子でいいのか。それとも別の誰かか。
ここから第三者を出すのは面倒くさいのでたぶん愛子だろうということにして、与作の行動はどうすればいいのか。朝まで待たせる? ドアを開けさせる?
最初の書き出しのところを考えると、一度、与作の気持ちを変えさせる必要があるのかなと思って、与作の想定外の展開にするため、愛子にドアを開けさせる。
この時点でまだオチが思いつかない。
愛子が「わかってる」と言う、与作が訪ねてきた理由って何? 別れ話か? もっと別の話か? 愛子の性格も全然考えてないので、どうとでもなりそう。
この辺で、愛子に「酷い」って言わせたくなった。
だから愛子が「酷い」って言いそうな展開に持っていく。愛子が「酷い」って言ったところでオレの気持ちは満足した。
別に最後、愛子は殺されたなくなって良かったんだ。子供はおろしてないことにしてもよかった。二人は幸せになってもよかった。だけど、早くオチをつけたかったオレの都合で、そういうことになった。
とまあ、ずいぶん行き当たりばったり。でも、今回の話は、オレは気に入ってる。いろいろ考えすぎると気に入った文が書けないことが多い。
こんなんじゃ長文は書けそうもないのかなとは思うけど。
本当は、オレはハリーポッターみたいな児童文学が好きなんだよね。だから、いつか子供に夢を与えるような話が書きたいなって思ってるんだ。
http://anond.hatelabo.jp/20081221032005でネット小説サイトの紹介がありましたが
もっと二次創作SS(サイドストーリー)の話を取り上げて欲しい、と思ったので書いてみました。
記憶違い、観測範囲の限界があるのでトラバやブコメで突っ込みを入れて下さい。
好きな作品のサイドストーリーを書くということは同人誌・パソコン通信といった媒体上で昔から活発でありました。
私が二次創作SSを読み始めたのはパソコン通信からネットへの過渡期だったと思います。
そのころはセーラームーンのFF(SSと呼ばずにFF、ファンフィクションと呼んでいたことが多かった)が流行しており、
書かれるジャンルとしては、まさしくファンフィクションとして好きなキャラを活躍させたり、ギャグストーリーが中心となっていました。
ネット時代の始まりはエヴァから始まった、と言ってもいいでしょう。
今から考えれば単なる投げっ放しですが、アニメ・劇場版と謎が謎を呼び、考察系サイトでは真剣に議論が交わされていました。
当然SSの題材としても大人気でしたが、主人公のシンジ君の性格がいろんな作者を引き付けてしまったようで新しいジャンルのSSが広まりました。
主人公がとにかく最強になっています。エヴァSSでは使途を素手で倒したりと強けりゃいいという。
中二病患者が好んで読みあさり、さらには作者になる患者まで。いい年して最強SS書いても楽しいからいいよね!という雰囲気でした。
この最強主人公はこれから幅広い作品・ジャンルに組み合わされて普及していきます。
ミサトヘイト・ゲンドウヘイト・アスカヘイトなど各作者の嫌な思い出を投影しているようなジャンルでした。
エヴァ以降はそこまで憎むようなキャラが現れなかったようで、あまり広まらず。
世界が終わったり、死んだキャラが記憶等を引き継いでストーリーをもう一回なぞるジャンルです。
何故か神の力を引き継いでいる主人公が好き放題する最強系も入ったSSなどあり、今も人気です。
アニメと劇場版の差に驚いたファンも多かったですが、劇場版ストーリー(ヒロインと結ばれた主人公が妻を誘拐され復讐の鬼と化す)は
中二病な人にとってれ琴線に触れるものがあったようです。
時間移動できる技術設定が作中に存在したのもあって、逆行最強SSが人気でした。
Actionで掲載された、逆行ハーレム最強主人公系SS「時の流れに」が大人気となり
その設定を使って様々な三次創作SSが生まれました。今でもActionなどのサイトで日々更新されるなど人気の息が長いのが特徴です。
いわゆる性転換物です。性転換なのでMtF・FtM両方あるのが普通ですが、美少女を活躍させたいのか
男主人公が女性になって活躍するSSが大部分を占めます。性差による葛藤なんてスルーです。
同じくActionで掲載された「ROSE BLOOD」が代表作でしょうか。
大人気となった美少女ゲームですが、何故か二次SS界ではバトル物SSの土台とされてしまうことが多々ありました。
主人公 相沢祐一は元々強いわけではないのですが、SSでは作者によって異様に強化されて神のような存在にされていることもしばしば。
あんまりに強化された祐一はもう祐一ではなく「U-1」だ、と表記を変えて説明されている場合もあります。
他の作品と組み合わせて書かれるクロスオーバーSSですが、これ自体は以前から書かれていました。
しかしKanonではあまりに強化され作者と同一化した主人公が、その強さを示すため組み合わせた先のキャラを踏み台としていく作品が多く書かれました。
主人公が他作品のヒロインに微笑んだだけで相手が惚れるというシーンの多さから「ニコポ」なんて呼ばれた場合もありました。
同人ソフトから人気が出たTYPE-MOON、設定などが作者に人気でバトル物という元のジャンルもあってSSも大流行しました。
最強主人公・クロスオーバーといったジャンルが特に人気でした。
Fateは主人公がサーヴァントと呼ばれる過去の英雄を召喚して戦っていくストーリーなのですが、
この仕組みを借りて自分の好きな他作品のキャラを呼び出していくSSが広く書かれました。
クロスオーバーの一種ではあるのですが、話の整合性を保つのが面倒な通常のクロスオーバーに比べ
元作品のシナリオで行っていることをなぞればいい召喚物は書きやすいというメリットがあります。
ラブひなとハリーポッターを合わせたような本作ですが、「ネギまのベル」や「風牙亭」といった大手投稿サイトにSSが多く投稿されました。
また登場するヒロインの数が非常に多かったため、作者が好きなヒロインを主人公(時には特殊能力をプラス)したスピンオフ的なSSも多かったです。
投稿サイトは揉め事(盗作・コメント欄での批評・中傷)が多いため閉鎖の割合が高いという印象があります。
異世界に現代人の主人公が召喚されて使い魔となるストーリーなのですが
SS元としては現在、自分の好きなキャラクターを中世ファンタジー風魔法世界で活躍させるためのフレームワークと化しています。
あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ - トップページでは
仮面ライダーからプロアクションリプレイまで、様々なキャラや物が召喚されています。
また、今までの人手での更新ではまとめることが不可能だった量のSSをWikiの本格的な活用により、手間をかけずまとめているのが特徴です。
召喚物以外のSSももちろんあるのですが、少々影が薄くなっています。
同人ゲームから人気が出て、ニコニコ動画で人気が加速した東方ですが、二次創作界隈では他の作品とは違った空気が流れています。
公式設定、または長い時間をかけて東方サークル間で共通認識となった二次設定以外の設定を持ち出すことを二次創作界隈の人々は非常に嫌います。
空気を読まずクロスオーバーSSを投稿してコメント欄でボコボコに叩かれるケースが多々ありました。
この界隈の雰囲気を読んだ人はブログを開いてそこでクロスオーバーSSなどを連載しているケースが多いようです。
一周してネット以前のファンフィクションのような雰囲気を感じます。
ちょっとそれますが、興味深いジャンルなので。
女性向け二次創作SSで特徴的なドリーム小説(主人公の名前を変更できる小説)サイトは
物凄く排他的で
など非常に探しにくいので、まとめるのが大変難しいです。
があると思いますが、何が流行しているか正直分かりません。
ハリーポッターといった児童文学が何故か強いのが面白いところです。
またドリーム小説の特徴として、登録制の検索サイトが繋がりのメインという所があります。
投稿サイトに投稿するよりは、自サイトを作りそこにドリーム小説を連載していく傾向があります。
登録制の検索サイトの興味深い点としては、検索条件を非常に細かく指定できる場合が多いことです。
例としてDreaming REBORN! > サイト検索では多くの条件がチェックボックス式で指定でき、
また各条件がそれぞれカテゴリとなっています。
今は下火となっているディレクトリ型検索エンジンが、登録制検索サイトでは主流となっています。
手動登録のメリットを生かしている、注目すべき例です。真似できる場合は少ないでしょうけど。
長々と書いてみましたが、「この作品は流れを紹介する上で入れるべき」という作品もあると思われますが、
ちょっと読んでいないので、補足していただけるとありがたいです。(GS美神・FFサモンナイト等のPSゲーム等)
Leafも多かったですね。正統派から葉鍵ロワイヤルというお祭りまでありました。
上手いことこの移り変わりの中に入れられませんでした、ごめんなさい。
これはもっともだと思ったので、タイトル変更しました。
ブコメでも指摘があった(今は消えている)のですが、ドリーム小説入れておいてその他の女性向けを入れないのは良くなかったですね
コーエーの女性向けゲームというジャンルもあるようです。知らなかった。
観測範囲って難しい。私では無理。
つか、勢いと思いつきでコピペ改変したけど、あれって改変しやすいけど、伝えるのにはまったく向いてないな、やっぱり。
宗教や聖書でキモイってのは、アニオタキモイと同じなんだと思う。「必死だなw」って言えない程の必死さキモイってやつ。
日本でマイナーなキリスト教やブームでしかないハリーポッターやアニメ鉄道その他オタ趣味に真剣だと、誰も知らないよ、っていう事に必死に人生賭けてる風に見えてっていう。
なに必死なんだwっていうKY。
ただ、これって必死を否定してるんじゃなくて、必死の表明を否定してるんだよね。
それが良いのか悪いのか分からないけど、日本人感覚の宗教への対応なんだと思う。
黙って信じてれば良いんだと。鰯の頭かキリストかアッラーかは知らないが信じろと。
信じてればツベコベいわないっていう。
あと、コピペ
あれの良さは、対象の否定とも、否定する風潮の否定とも、対象に対する思いの卑下とも取れるところかな。
必死さを緩和できる。