はてなキーワード: 似顔絵とは
何度も書きましたがグレーゾーンです。
証拠1
TPPの著作権検討時に文化庁長官がいった言葉「我が国独自のコミケ文化には配慮する」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/chosakuken/hoki/h27_06/
なおこの分科会での検討は幅広く、分科会内容から、30条の4のAI学習無罪(ただし思想感情享受できないことが条件なのでAI生成はグレーゾーン)創設にもつながっている
証拠2
https://taroyamada.jp/cat-expression/post-19590/
あれ弁護士の卵さんですか?まさか出版社づとめでこの認識はないですよねw
最近では翻案・二次的創作物(翻訳やメディア展開)と「いわゆる二次創作(子供の似顔絵レベルも含めて原作に憧れている個人の創作)」は違うものという流れもありますからね
その辺にいくらでも転がってるようなくっっっそシンプルな表現の似顔絵描いたら有名(?)なイラストレーターのパクリと言われた。
線と点でできた白黒の絵なんて小学生でも描けるのにパクリ?その作家のフリして贋作描いてるわけでもなしに。
「表現が●●っぽい」はあったとしてもそれはパクリではないだろ。
てか最近AIとかでも話題にあがるけどそもそもなんでそんなに絵柄の権利にこだわるんだ。絵柄に著作権はそもそもないけど、なくていいじゃん。
音楽だったらロキノン系、食だったら二郎インスパイア系、芸人だったらモノマネという一芸として、てな感じで良い感じに真似が発展していくのに。
デザイン業界でさえ「今年流行の配色傾向」とか「流行りのWebデザイン」とかやってるのに、絵だけは個人の絵柄を大事にしたがるよね。
自分の手癖で絵描いてたら似た作風の人が突然有名になって、その日から「あなたあの人のパクリでしょ」って言われる可能性があるってことよ。もう文化的に終わってるよね。
今年32になる女。20代後半から30代にかけて、趣味が大きく変化したなと思うので振り返って書いてみる。
20代半ば辺りから、少年漫画、引いてはバトル描写のある漫画全般が読めなくなった。社会問題を扱う作品をよく読むようになったが、露悪的なものは底が浅いと感じるので嫌い(20代の頃は読んでた)。
今好きなのは「リエゾン」「健康で文化的な最低限度の生活」など。なぜか「ザ・ファブル」は全巻読破した。
人とは繋がらず、RPGなどを一人でプレイするタイプ。それは昔も今も変わらないが、クリアせずにメルカリ行きになるタイトルが増えた。が、睡眠時間を惜しんでクリアまでぶっ続けでプレイできるタイトルが今もあるのも確か。
20代までは「ゲーム性よりシナリオ」と思っていたが、なかなかゲームのシナリオで満足することが少なくなってきたこの頃。テイルズオブシリーズが好きだったが、30歳でアライズをやってみて「もう自分はテイルズ卒業なんだな」って思った。
ポケモンSVはバイオレットを買ってストーリークリアした。いいストーリーだった。翻って子供向けのゲームの方が一歩引いて楽しめるかも。
牧場物語の新作での完全復活を望んでリメイク作に課金し続ける勢。
10代の頃から「どうして自分は今どきのきれいなキャラクターイラストが描けないんだろう」と悩んでいたが、最近やっと「描きたいと思ってないから描けないんだ」と気づいた。
世の中色んな顔の人がいるのにきれいなキャラクターだけ描くのってどうなんだろうって思うようになった。別に描いている人を非難するつもりはないしきれいな絵は本当にすごいと思うけど、自分が無理して目指すものじゃないんだと。ただいいねの数がうらやましかったんだね。
お世話になった人たちへ似顔絵を描いたら、色んな顔が描けて楽しかった。
20代でbiim式のRTA動画にハマったがさすがにずっと淫夢ネタ擦り続けてるのがしんどくなり、年2回のRTA in Japanを視聴する程度に。
YouTubeは元々見ない。最近はNHKプラスでドキュメンタリーなどを観るのが好き。
20代で一時期はまったが、自分が一切つける気がないのに続くわけがなくフェードアウト。
10代の頃から独学で続けているが、やっと基本が身についてきて、多少アレンジしても失敗しなくなってきた。砂糖や小麦粉の種類など、素材にこだわり始めるように。
年を取って「以前より趣味を楽しめなくなった」と嘆く人は少なくないが、年相応に趣味との付き合い方を変えていく必要があるのかな、と感じる。
個人的には、漫画やゲームで楽しめる作品が少なくなったことも、前向きに捉えれば成長、少なくともネガティブではない変化ではないかと捉えている。
(追記)
ガーデニングが趣味というコメントを見て書き忘れたのを思い出したけど、雑草趣味に20代半ばで目覚めてた。Googleレンズ(AIが写っているものを判別してくれるやつ)で雑草を特定してみようと思ったのがきっかけ。
ガチ勢ではないけど、旅行後はカメラロールが真緑になる程度に楽しんでる。今はホトケノザが勢いよく咲いていて、桜よりもそちらに春を感じている。
Twitterを眺めていたら、藝大に受かったという報告を載せたツイートが流れてきた。
数年前の私なら、涙が出るほど悔しかった。その悔しさは、なんというか、落ちたからではなく、別の意味の方で悔しかった。
美大受験に夢を見ていた中3の頃、両親の望む高校は受けず、美大進学実績の多い高校に進学した。進学実績の資料通り、美術部には本気で美大受験を考えている人が沢山いた。居心地がよかった。絵を描いても馬鹿にされない環境が、私を天狗にさせたし希望を持たせてくれた。だけど、気付いてしまった。芸術を嗜む者たちは皆余裕があった。私以外、みんな笑顔で、お金のことはあまり考えてなくて、親も芸術に理解があって。まず、美大に行くには絵を学ぶ画塾に行くことが必要だと言うことも、絵の上手い笑顔の友人が教えてくれた。その子は親の勧めで、中学から画塾に通っていたらしい。私は芸術に大して興味のない家庭に生まれたバグ人間だったから、美大進学を応援してくれる親が存在すること自体、初めて知った。ただ純粋に「絵上手くなるぞ!」って気で来たのに、人生の課金され度が違いすぎて、そのギャップにびっくりした。その時から、画塾に行くこともできない、絵が下手で、情弱な自分のコンプレックスは増大し続けた。そんな私を哀れに思った美術の先生が、「ネットを使えば?」と提案してくれた。どこそこの美大に受かった生徒は、田舎で画塾に行けなかったからネットでデッサンのノウハウを学んだらしい。へー。じゃあ、やってみるか。と言っても、何を調べればいいのか、見当も付かなかった。馬鹿だったから。学びのないなかで描くデッサンは、段々と下手になっていった。もう当時の私は、精神的に疲れていたと思う。
親や祖父母、親戚の人まで、美大志望の私を散々馬鹿にしてきた。「絵を描くのは趣味でいいじゃないか。」「正直言って、あなたの描く絵上手くないよ。」「あの絵に使った絵の具が可哀想。」みんな笑っていた。私を中心にして、お酒を飲んだり、食事をしながら。すごく悔しかった。最初は、地元の美大に行こうと思っていたけど、志望校を東京藝術大学に変えた。一週間だけ通った画塾(親が受講費をケチったため)で、塾講師が「藝大も可能性あるよ。」と言ってくれたのも原因だと思う。友達と美術の先生だけは、私を応援してくれた。来たる受験日、私は呆気なく一次試験で落ちた。一次の合格発表が出るのは二次試験の前日、卒業式の日だった。遠方に住んでいた私は卒業式を捨て、もう東京に来ていた。ショックだったけど、浪人しようという決心もついた。
卒業式に行きそびれたため、後日改めて学校に行かなければならなかった。卒業証書を貰い、サッサと帰ろうと思った時、担任が一言。
「お前は浪人するのか?」
浪人します。と答えたら、説教された。「〇〇は藝大に現役で受かってるのに、お前は浪人したって受かる実力ないんじゃないのか?就職するなら手助けするからさ、考えなおそう。」
心にひびが入った。ずっと耐えてきたのに、涙が出そうだった。それでも、藝大は諦めきれなかった。
泣きっ面に蜂と言うが、不幸なことは立て続けに起こるもので、ある事件が起きた(人間関係のことなのでボカしておく)。いよいよ私の心は壊れてしまった。回復するまでだいぶ時間がかかった。正直、当時のことはあまり覚えていない。ただ、絵が描けなくなっていたのは覚えている。どうやっても描けない。似顔絵が描けなくて泣いている小学生の気持ちがわかった。あんなに芸術が好きだったのに、あんなにデッサンを描いたのに、あんなに画家の技法を真似したのに、たった数ヶ月描かなかっただけで0になった。ブランクがあっても、少しくらいは残っていると思っていたのに、下手くそなデッサンさえ描けなくなっていた。自分はそこまで才能なかったんだと自覚した。でも、そのおかげで諦めがついた。そのことを両親に伝えると、二人は藝大受験を諦めたことを喜んだ。事件のせいで、親にも迷惑をかけたし、選択肢のない私は、社会復帰することだけを考えた。今もリハビリ中だけど、いずれは就職できたらなと思っている。数年前よりはマシになったけど、悔しい気持ちはまだ残ったまま。
ヒロシのひとりキャンプのすすめ最新回にてマルコシアス・バンプの話が出ていた
高校時代の友人が聴いており、イラストが得意な彼女がVo.の似顔絵を描いたものを見せてくれた記憶がある
「なるほどー。こういう美麗な感じの人が歌っているバンドなのだなー」と思った
自分はその友人からスターリンなどを借りて聴いていたのだが、不思議とマルコシアス・バンプは借りなかった
「曲の一部だけ知っている」のが4組という有様である
(BLANKEYが出てたことすら知らなかった)
友人は色々なバンドを聴いていたが、とりわけ忌野清志郎の大ファンであった
RCやタイマーズは可也推されたが、やっぱり借りて聴くことはなかった
基本的に聴くジャンルが違っていたので情報交換はするけれども聴くかどうかは別だった
自分は別の友人からブルーマーダーを借り、TNTを貸したりしていた(爽やか!!)
事程左様に老いぼれアラフィフの高校大学時代辺りは文化的に華やかだった
(どの世代の高校大学時代も華やかなものであろう。子供時代の集大成というか大人になりかけというか。色々な物に傾ける情熱が違う)
音楽も色々聴いていたが、この時代に見ていた漫画・小説・アニメも己の中に根強く残っている
ちなみに番組内でインジョンの杉さんが言っていた「シェイプアップ乱」は知ってるが殆ど読んだことが無い
(今検索してみて「ジャングルの王者 ターちゃん」の絵柄と間違えていたことに気づく始末だ。「人中が長い」んじゃなくて「人中が無い」んだな)
幼い頃からジャンプマンガはアニメ化されていたので古いジャンプ作品も知ってはいるが、不思議とそれらの原作は読まなかった
少年誌原作のアニメは見るけど読む漫画は少女誌が多かった。あと世代的に新書館や青磁ビブロス辺りか
大学時代は雑誌を読むよりも単行本の貸し借りが激烈で色々なジャンルのものが回ってきた
今もあの時代に読んで良かったなと思うのは寄生獣やサンクチュアリだな
ものすごく古いマンガを文庫化するのが流行った時代だったので、そういうのもみんな読んでたなあ
ガラかめもこの頃読んだ
番組内でも言っていたが「50代専門チャンネル」有ったら面白いかもしれない
インターネット老人会ならぬオフ老人会のテレビ中継
まあ、結局そんな番組は見ないだろうけど
ほんと、年食うと今現在の文化がアップデートされねーから昔を懐かしんじゃうよな
別に古いものを聴いてるわけじゃあないけど、特に新しいものも記憶に残らないというか
熱意…の問題なんだろうな
そら、アラフィフでもものすごい熱量でジャニーズのタレントや韓国のアイドルに傾倒している人とかいるけれども
みんなで先生への贈り物するんだって。一人のママが言い出したのが12月。ただでさえ忙しいのに、誰が取りまとめやるんだって話になり、一人っ子の私のうちと言い出しっぺのママともう一人の3人でやることになった。
この二人のママときたらマジで仕事したことないんじゃないかってくらい段取りが悪い上に、仕事が忙しいアピールばかり。そのくせ、卒園式の後に合唱したいだの、記念品は園児に似顔絵描かせたいだの、一向に話が進まない。普通にお菓子渡すだけでいいじゃん!なんだったら個別にやってもいいんだよ!
そんでね、なんだかんだ記念品とお菓子は段取りできたんだけど、園児一人当たりの会費は790円なんだと。雑費も入れて800円にしましょうって言ったんだけど、多めに取って余らせたくないので!お釣りの無いように言います!…とか訳のわからんこと言ってる。小銭じゃらじゃらは用意するも数える方も面倒なんだよ!ばーかばーか!
10代男女のSNSのアイコンでアニメアイコンとは違う少女漫画みたいなド爽やかな似顔絵使ってるやつあるやん
投資詐欺とか意識高い系サロン運営者みたいな自画像の美化できっしょ、実物はチビ猿やんけ
まだ自撮り使ってる陽キャDQNの方がマシやんと思う事がままあったんやが
物心ついた頃からSNSが身近にある10代にとってはネットにキラキラした美しい自分を載せることって自然な事なんやな
ワイらみたいな年寄りは自分を美化しすぎると恥ずかしいと卑屈になってちょっとふざけたアイコンで自我を保ったりするが
https://anond.hatelabo.jp/20220715032108 これの続き
とあるサークルに入ってみたら、カルトタブーをギャグにする俺イケてる! みたいな感じで、部誌に全然似てない池ちゃんの似顔絵を原稿に描いてきた先輩がいて、部誌の編集に携わっていた私は、「これは良識的に考えて載せらせません」と断った。
私は誰にも私が学会員であることを明かしていないながらも、池ちゃんはそんな似顔絵で茶化される存在なのか…と思うとなんだか、ごく普通のことみたいに、胸が痛かった。
その様を隣で見ていた別の先輩(現在の夫)はいまだにその掲載謝絶エピソードを覚えていて、私にたまに話してくる。
非会員とほぼ同じ生活を送っている。
ほぼ、と書くのは、コロナ前まで、年イチ、元旦にある「新年勤行会」だけは親につきあって顔を出していたから。今学会どうなってんのかな? と見に行く感じ。
未だに新入会員とかいて(その場で発表される)「へー」って思ったり。私より若い人たちも意外と頑張ってたり。
私自身が活動しない理由はまあ、面倒くさいから、これにつきる。
背筋を伸ばして顎を上げ、腹から声を出し唱題することで感じる唱題ハイを感じたこともあるけど、毎日決まった時間に仏壇の前に座るのは面倒くさい。仏壇という存在も面倒くさい。
ごろごろしたいから仕事の後会合なんて絶対無理だし、友達も家族もいなくなりそうだから選挙や折伏、新聞啓蒙なんてもってのほか。
多額献金なんて私のまわりではきいたことないが(そういう会員がいてこそ、ヤフドも借り切れ立派な会館も建つってもんだろうから否定してるわけではない)まあそれでも年1くらいは、いくばくかお金もつつまないといけないだろうし。
新興宗教はとにかくマジであらゆることが面倒くさいし、見合うリターンがあるのかっていったら多分ない。
それでも、なんの活動もしてなくて、上のようなことを書くようになった今にいたっても、現金なもので、どこか「ご本尊様」というのは心の支えになってるところは確かにある。
何かピンチの時に心の中で「南無妙法蓮華経」と念じると心が落ち着くところがある。
それは、人によっては別の宗教なのかもしれないし、おいしいパンなのかもしれないし、大事な人なのかもしれないし、野の草花なのかもしれない。
いずれにせよ、あなたの心の中にあるそれと、実際大差ないのではないかと私は思うし、心の中に支柱があるということは、精神の安定に他ならない。
とっさに念じられるものがある心は強いなあと、それだけは思う。
義姉はプロテスタントなのだけど、何か困難があってを祈る時は「主よこの困難を取り除いてください」ではなくて「私にこの困難を乗り越える力をお与えください」と祈るのだという。
どこか通じるところがある考え方なだなと個人的には思っている。
熱心だったうちの母も、往時ほどには活発に活動していないし、「最近の学会は池田教にみたいになっていて嫌だ」とこぼすこともある。
私にこぼすどころか、同じ地区の会員らにはっきり「先生、先生といって、池田教みたいになってることには抵抗を覚える。牧口先生も戸田先生も尊敬しているが、池田先生は私たちの信仰を導く同士であって、信仰の対象ではない。私の信仰の対象は日蓮大聖人であり、南無妙法蓮華経であって、池田先生ではない」ということを伝えて活動している。
だからっつって別にそれでハブられたりすることもなく、仲良くやってるようだ。
今は離れて暮らしてるので、母体のしっかりした、善人の多いコミュニティにいてくれて安心だなーと思ってるところすらある。昔に比べて会自体がマイルドになりつつあることもあるだろう。
母は亡くなったら友人葬(学会員の葬儀スタイル。特段にお金はいらないと記憶している)で送ってほしいということだから、この前帰省した時、地域の取りまとめしてる方にご挨拶をして、実際にことがおこったとき誰に連絡して、どうすればいいのかという話をきいておいた。
葬儀屋の方も心得てるし、我々にも「しょうてんぎ長」(だったかな? 漢字わかんない)っていう係の人がちゃんといて、ネットワークがあるのでまったく心配ないとのことだった。
事前にどうすればいいのかわかんないとアワアワしそうだし、その話はきけてよかった。
公明党については…そもそも新進党がどうのみたいな紆余曲折も幼心に疑問ではあったのだけれど、大学のころくらいは、政党として悪くはないんじゃない、まっとうなんじゃないくらいには思っていた。
でも連立が長引くにつれてそういう気持ちは消えた。
チラッと書いたけど投票もしてない。
親はしてると思ってるけど、私は入れませんとか言って老いた彼女を悲しませるのは本意ではないので、口では「入れてるよ」と言っています。
創価中・高増田はその内容の中身のなさを看破していたが、なんか普通に「キング牧師は言った! ○○と!」みたいな引用でも抑揚のつけ方、話し方がすごくうまくて、声にも不思議な魅力・よさがあると思う。
教えより何より池ちゃんスピーチ(中身がないのに説得力があり魅力的)が一番カルトっぽい。
こういってる私も昔の池ちゃんのスピーチを新年勤行会でプレイバックしてるのきくとなんか感動してしまう。
ただし会館を出るころにはさっぱり忘れてしまうのだが。
やっぱここまででかい宗教になったのはひとえにこの人の力であり、この人を先生先生と言ってる限りはカルトのそしり免れ得ないのだろうな~と感じる。
そこがうちの母なんかが納得いってないとこなんだよな。
一般社会と同じでいろんな人がいるとしか言いようがない気がする。
ヤフコメで、「自分は二世だけど、自分で努力して成し遂げたことも、家族にはすべて「ご本尊様のおかげ」で済まされてしまい、自己肯定感が著しく下がった。今はそんな実家と距離を置いてる。大嫌い」、みたいなことを書いてる人がいて、あーなんかこれ学会の人超言いそう、コメ主の気持ちはなんとなくわかるなと思った。
うちの母も「あんたがこんなにいい子に育ったのは私がご本尊様に祈ったからよっ! 子どもがほしくてほしくて祈ってできた。信心のおかげでさずかった」とよく言っていたから。ていうか今もいってる。
しかし私は、自分のあげた成果(たいしたことはいっこもない)を母に「ご本尊様のおかげ」と横取りされたと感じたことはない。
いつだって私自身をすごく肯定して育ててもらったなーと思っているし、今もほぼ全肯定でいてくれるありがたい存在だから、私も母のことについて、できる限り肯定的でいたいなと思っている。
母が子を授かりたいと思って祈り、さずかり、育てながらやはり絶えず祈ってきたというのはただの事実であって、そこを否定する気持ちはない。
そういう経緯で生まれて育てられてきたこと自体も含めて私なんだろうなと思うし、それが嫌だなと思う気持ちはない。
全然関係ないけど、7年くらい前、長崎旅行で友達に買ってきたお土産のミニよりよりを母が勝手に食べてしまい、わるびれもせずに「あんまりおいしくなかたった」と言い放ったことに対して、めっちゃ怒ってしまったことがあったんだけど、最近それをよく思い出しては胸が痛くなる。
なんであんなに怒っちゃったんだろう…別にいいじゃん、それくらい。
地元の会員さんが絵手紙に凝っていた時期があり、4年くらい前の誕生日に、色紙にあじさいの絵と『御書』の一節を書いてくださったことがあった。
うすあおく、うすむらさきでもあるあじさいの花にかこまれ、こう書いてある。
「鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日あまり歩みを運びて、今一日になリて歩みを差し置きては、何として都の月をば詠め候うべき」
信仰や思想信条にかぎらず、「途中で投げ出すなっつーに」というのは、いつだってどんな局面だってシンプルに心にしみる言葉だなと私は思っていて、いただいてとてもうれしかった。
独身で友達いないおじさんの事が取り上げられてるけどこういう話題を見るたびに叔父の事を思い出す。
私の叔父は15年くらい前に独身で40代くらいで、若くして亡くなった。
親戚の集まりにもあまり顔を出さなくて、何歳になっても結婚せず親戚中から変わり者扱いされてた叔父。
癌を患い、発症して1年も経たずに亡くなった。母は「結婚してれば奥さんや家族が異変に気づいてもっと早く治療できてたかもしれないのに」「いつまでも独り身でいたから…」と若い身空で病に冒され天寿を全うした弟を嘆いていた。
叔父が入院してから、叔父の親友だと言う叔父と同じ歳くらいの男性が毎日のように見舞いに来た。見舞いに来たというよりは看病しにきていた。
親友だからってそこまでするか?と思うくらい、入院生活の叔父を甲斐甲斐しく世話の焼いていた。
その親友さんの看病も虚しく叔父は亡くなってしまったけど、その親友さんは叔父の死後まで叔父の部屋の片付けなどを手伝ってくれた。
私は、私が癌で余命幾許も無くなった時ここまでしてくれる友人がいるだろうか?と自問して速攻で居ないと自答できる。
私自身がプライベートを犠牲にしてまで看病したいと思う友人だっていない。
叔父が羨ましい。
癌の闘病中苦しむ叔父を見ながら姪である私はそんなくだらない事ばかり考えてしまった。本当に自分でも心がさもしくて嫌になる。
叔父の亡くなった後、叔父の部屋を片付けていると叔父が昔部署異動だか支店移動だかをした際に職場の人から送られてきたであろう色紙が出てきた。
叔父の似顔絵の周りに「異動しても頑張ってください!私たちの事忘れないでくださいね」というようなメッセージがびっしり書かれてあって、職場でもとても慕われていたのだろうなという事が伝わってきた。
私みたいな夢も希望も将来性もない人間が生き残っていて、なぜ叔父のような人が病に冒されてしまうのだろうかと心苦しくなった。
子供の頃はずっと外遊び、中学高校では屋外で毎日部活してきたせいか、社会人になってシミそばかすが急に目立ってきた。とはいえあまり気にしてなかったが、仲の良い友達に似顔絵描いてもらったらそばかすを描かれて、急にコンプレックスを感じるようになった。(結果やって良かったのでいいキッカケだった)
皮膚科の自由診療で、光治療のスーパーフォトフェイシャルをしてもらった。1回1万5-6千円くらい。
「耐えられない痛みじゃないですよ」と言われたが私は反応するメラニンが多すぎたのか、激痛。パチンと光る度に勝手に涙がでてきた。しかもそれを全顔2周。
ダウンタイムなく直後にメイクして帰れるという施術のはずだが炎症が激しすぎてメイクはおろかマスクすらもつけられなかった。赤みは2-3時間で引いて、そしたらシミそばかすが黒く反応してきた。焦げたような。その日の夜に勝手に顔からぽろっと皮が剥けた。シミが1個とれた。感動した。
1週間も経てばかなり反応した黒い皮が取れ新しい肌が出てきた。濃くて目立つシミは1回では取れないが、薄ーいそばかすはほとんどわからなくなったし、元々5回コースとかで根気強く行う治療だったので1回でコレだけ効果があるとは、驚いた。毎日ツルツルになった肌を眺めている。
今までもってなければ、だけど
据え置きゲーミングパソコンでこみこみ30万円(できればノートでなくデカいデスクトップのほうが性能的に割安。デスクトップなら壊れた部品だけ新品に置き換えれるし。あとスマホで加入しまくったいろんなサブスクアカウントをパソコンからなら「永遠に辞める」ことができる)
クリスタの親会社のエアなんとかの株(優待でクリスタが1垢分、永久無料)で8万円
必要なら中古の板タブメルカリ3000円、か、スマホ本体3000円
計40万円
これで絵師はじめて小遣いかせげ 承認欲求も満たせるかもしれない
パソコンディスプレイに録画機をHDMIでつなぎ、録画機に光テレビ回線つなぐと普通に地上波テレビがみられたりする
ディスプレイ2台置きでアニメのお気に入りシーンみながら似顔絵かくの最高にたのしいよ
なお150万で自動車だと維持費考えると中古か新車でも軽自動車になるかなあ
運転免許とったりフォークリフトの免許とって仕事につなげるのはいいかもな、合宿で40万円
買い物程度にしか活用しないのならスクーターの原付二輪免許もいいかもな ヘルメットかぶること、自賠責保険は入っておくこと