はてなキーワード: 手ぶらとは
あれはなんで?
馬鹿なの?
生きるか死ぬかほど追い詰めてて、
せめてまとまった金額包んで謝るのが誠意なんじゃないの?
人間レベルが平均以下のお前の言葉に許すほどの価値があると思ってることが信じられない。
それとも、お前みたいないじめられっこにこうやって謝ってる事に感謝しろって?
そんなことができるのはまともじゃないから。普通の人間じゃない人。
だからもし過去にイジメられて同窓会なんぞで再会して謝罪を受けても、気を使って許す必要は一切ない。
本気で謝罪したいのならそんな適当に見繕った場で、再会ついでの謝罪で終わらせない。
もしくは再会後日にまた約束して誠意の形を用意する。
許す許さないの返答まで求めない。お詫びの場ならそれが当たり前。
夏になり同窓会も増えると思うけど、ふざけた謝罪パフォーマンスをする馬鹿も多分いる。
人格形成失敗の精神底辺な人間。いじめという下劣な事をやってきた結果、年を重ねても謝罪方法一つまともに知らない気の毒なアタマで人生を歩む人。
関わらない事が最良。
カナダに一ヶ月って・・・どの国行っても最初の一ヶ月が一番つらいのに、そこだけ体験して「適応能力ない」とか。そりゃあそうだろうよ。3-6ヶ月くらいすればそれなりに順応してくるもんだ。
変化に弱い種から淘汰される。環境を変えて適応していくのは適応能力の筋トレ。同じ場所にいると可適応してしまい、適応能力なくなるからね。
だから可能なんだったら、どこでもいいから(というわけでもないが)、もっと長期で海外を体験した方がいい。その国にだめなところがあっても構わない。その国のいいところはどこか、だめなところはどこか。日本のいいところはどこか、だめなところはどこか。相対化することが大事。
学術の話についていうと、どの国に行くべきかは分野による。というかどの大学に行くのがいいのかを考えるべき。手ぶらで行くと「なにこいつ」になってしまう。大学の先生のコネクションを通じて紹介してもらうべき。つまり、自分のスキル・能力のどこがセールスポイントなのかが日本の大学の先生に分かってもらっていることが必要。欧米、特にアメリカはコネ社会だから、学業の成績よりも紹介の方が重視されるからね。
兄の縁談が立ち消えになった
いや、兄と彼女が交際している事を知っているのは身内では私だけだったので、縁談以前の段階ではあったのだが、とにかく兄は彼女との関係を解消した
かつて兄は彼女を私一人だけに引き合わせていた
とても感じの良い女性で、この人を義姉と呼ぶのも悪くはないかなと思っていた
彼女も、自分は一人っ子だから妹が出来るのはとても嬉しいと言ってくれた
いったいどうしたのかと電話で尋ねたら「別れた」とだけ
納得のいかない私は兄を問い詰めた
兄は観念して私に打ち明けた
私はぎょっとした
自宅の広い庭に大型犬を何頭も飼っており、犬の鳴き声は相当なものだが、それを咎める者はいない
社長が犬の散歩をする姿を時折見かけるが、常に手ぶらである(フンを持ち帰るための袋などを持っている所を見た事がない)
とうぜん、近隣は犬のフンだらけである
また、夏になると庭で従業員達とバーベキューだか酒盛りだかを毎週のようにやっている
それは深夜まで続き、日付をまたぐ事も珍しくない
十数人もの従業員達は車を近くの路上に駐車しまくり、場合によっては他の家の駐車場を塞ぐ事もある
車を移動させるよう言うとこちらをじろりとにらみ付け、舌打ちしながらのろのろとほんの1、2メートルだけ動かすなんて事も日常茶飯事である
過去にはこんなこともあった
私たちが生まれる前、年末に社長が祖母のもとを訪れ「正月にうちで餅つきをやるが、つきたての餅が欲しければ言ってくれ」と言うので、祖母は「ではお願いします」と答えたことがあった
年が明け、社長は祖母の家へ餅を持ってくるなり「餅代、五千円払え」と言い出した
祖母は「お金を取るなんて聞いていない。お金がかかるのなら餅は要らない」と突っぱねると、社長は「お前のために持ってきてやったのにその態度は何だ!」と玄関に置いてあった亡き祖父の自転車を蹴り飛ばした
その後押し問答の末に社長は引き下がったが、その後真夜中に祖母の家に野球ボールほどの大きさの石が投げ込まれ窓ガラスが割られるという「事件」があった
要するに「そういう人」である
しかしあくまでもそれは彼女の父親の問題であり、彼女自身とは無関係なはずだ、あまりにも非常識ではないかと私は兄を責めた
兄は「仮に彼女との交際を続けたら、いずれは披露宴にあの社長一家が来る事になる。彼らと親戚付き合いをする事になる。お前は耐えられるか?お前が耐えられたとして、親父とお袋が耐えられると思うか?」と反論した
私は何も言えなかった
彼女への愛情はあったのかと尋ねると、「あったし、今もある」ときっぱりと答えた
そして「それとこれとは話が別」とも言った
どうしても今日中に欲しい文庫本があり、片っ端から在庫検索すると近隣では唯一蔦屋書店にだけ在庫があった。
蔦屋書店に好ましい印象がなかったので、気は進まないものの在庫があるならと買いに行った。
蔦屋書店が図書コードではなく、独自の分類を採用していることは知っていたので、店内を歩き回りなんとなくこの辺だろうとアメリカ文学のコーナーを探すも、見つからない。
仕方ないので検索機で書籍名を入れると、「アート」なるコーナーにあるらしい。
アートコーナーは、インバウンド需要を意識しているのか、日本の伝統文化や現代のカルチャーに関する本がやけに高い棚めいっぱい使って陳列されている。
お目当ての本はゴリゴリのアメリカ文学なのででかい棚のどこにあるのか見当もつかない。
数分後、手ぶらで戻ってきた店員はやけに嬉しそうに、「すごいところにあるので取れないんですよ」と一言。
よく分からないので詳しく理由を聞こうとするが、その本を取り出すことができないので売れないという以上の理由が出てこない。
本でオブジェでも組んでるのか、高い棚の一番上の位置にあるのだろうか。
おしゃれに本を陳列するのもほどほどにしてほしい、書店を名乗る以上、在庫ありの本は売ってくれよと思った。