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はてなキーワード: パラレルとは

2011-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20110720002852

君が代とか間延びし過ぎで超ださい。

あの長さの曲に和歌歌詞として当てるという発想自体がナンセンス

たとえば、誰も君が代を知らないパラレル日本君が代CDで出して、100枚売れると思う?

10枚も無理だね。



日の丸もださすぎて勘弁マジ勘弁。

白地に赤丸なんて今どき素人デザイナーでもやらねえよ。

おしゃれ系雑誌の表紙なんかでそんな配色を観たことあるかい。ないだろ。

ウェブを見渡してみろよ。

デザインに白と赤しか使ってないのなんて、何がなんでも注目を集めたい三流ニュースサイトくらいじゃん。

あれと同レベルなんだよ日の丸なんて。

2011-06-02

http://anond.hatelabo.jp/20110602133818

物事がパラレルに進行してスレッドの同期が取れなさそうな時に、前提条件を統一してシリアル進行にしようとする提案なんだから、「話が進まなくなる」のはそうだろうけど呑むべきだろそれは。

2011-02-19

http://anond.hatelabo.jp/20110219151922

まあ、言ってしまえばその通りだよ。人件費をかけた結果パラレル物語インタラクティブに楽しめるエロゲが出来上がったから、相応に値段も高くなった。

だが最初の「コンテンツは読みもの」の原則を考えた場合に、エロゲエロ漫画で「(エロコンテンツの総量」はそう変わらないのに値段だけが著しく増大しているわけで、ここに「エロコンテンツ質的増大」を促した要素があり、それがインタラクティブ性などであって人件費の増大につながったって事じゃねーのかな。

から、「安い電子書籍」も「高い電子書籍」も併存しうるということだろ。

2010-09-02

http://anond.hatelabo.jp/20100901003849

なんだかTBが凄いが面白い文章だったよ

とりあえず

童貞をこじらせ風俗にも行けない男

・草食に対する幻想を持つ女(男の「清純」「お嬢」とかに対するそれとパラレル?)

は凄いな、ということも分かった

2010-06-16

次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

朝方、夢の気分を引きずりながら、また貨幣のことを考えていた。そしてソグド人のことを。そしてイスラム文化を。

(ア)貨幣は一種のインナーグループの信頼から生まれる。その信頼の形成方法が貨幣の作り方だと、なんとなく思っていたが、ではそれらと国家国家幻想とはどのように関係があるのか。そのあたりで、(a)トウサクしていた。

私は、何かを考えるとき、反ヘーゲル・反マルクスの仮説を立ててみることが多い。あるいは反キリスト教・反ギリシア哲学。が、やはり、商品と呪物は決定的なのだろう。呪物商品が最初ローカル貨幣化され、それを(b)エンカクには信頼で組織化するのだろう。そして呪物商品は、国家幻想と女に関係を持つ。女はそれ自体が呪物商品化されるというか、先日、高島先生盗賊皇帝の話を読み直しながら、女こそ(c)リャクダツ品なんだなと思いを深めた。しかし、女は物ではない。そのあたり、女の、女集団の意識化がある。

このぼんやりした思考とパラレルに、ウッフィーの貨幣化について考えた。基本的にはそんなものはないだろうと思うし、ベネトンの話などは要するにバイラルなのだが、なぜウッフィーが貨幣ではないかといえば、(イ)貨幣匿名化されなくてはならない。では、なぜ貨幣匿名なのだろうか? 信頼と呪物の関係において匿名意味はなにか? 直感的には交換の本質から出てくるのだろう。

ところで、このあたりでさらにマルクス労働価値について再考する。いろいろ考えたが、ようするに(ウ)労働というのは他者への使役の蓄積として貨幣化される対価なのだろう。呪物の呪術性を媒介として、使役の公平な交換性としてあるのだろう。というか、これは社会生物においてごく遺伝子的なレベルフレームワーク存在するのだろう。つまり、生物種の持つ社会的な使役の交換の必然がどのくらいかによる。

これは、当然ながら、公平を権力化した使役との対照に置かれる。しかし、国家権力幻想も実はウッフィー的な幻想(d)イタクではないのか。そのあたりで、ウッフィー=貨幣という考えそのものが間違っていることに気がつく。おそらく貨幣貨幣なのだろう。

そして、(エ)貨幣国家幻想のあいだに、富を生み出す集団が寄生するというのは、実は寄生ではなく、国家というものの本質ではないのか。つまり、寄生的に国家幻想媒介してくる異質な富の集団こそが国家幻視させる、あるいは、国家家族幻想から引き離し、阻害する要因ではないのか。つまり、吉本隆明がいうような親族から王を疎外するのではなく、外部の貨幣が王を疎外するのではないか。より正確に言えば、(オ)家族王権の差異に疎外性があるのではなく、ある家族的な王権交易的に存在するとき、外部の貨幣集団の寄生的内在が不可欠になるのだろう。


佐藤信正『finalvent日記』)

設問

(一)「貨幣は一種のインナーグループの信頼から生まれる。」(傍線部ア)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(二)「貨幣匿名化されなくてはならない。」(傍線部イ)とあるが、それはなぜか。説明せよ。

(三)「労働というのは他者への使役の蓄積として貨幣化される対価なのだろう。」(傍線部ウ)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(四)「貨幣国家幻想のあいだに、富を生み出す集団が寄生するというのは、実は寄生ではなく、国家というものの本質ではないのか。」(傍線部エ)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(五)「家族王権の差異に疎外性があるのではなく、ある家族的な王権交易的に存在するとき、外部の貨幣集団の寄生的内在が不可欠になるのだろう」(傍線部オ)とあるが、どういうことか。本文全体の論旨を踏まえた上で、百字以上百二十字以内で説明せよ。(句読点も一字に数える。なお採点においては、表記についても考慮する。)

(六)傍線部a、b、c、dに相当する漢字を楷書で書け。

a トウサク b エンカク c リャクダツ d イタク

2010-06-12

http://anond.hatelabo.jp/20100612222811

なんかこの文章昼間もあったよね。

消したの?

なんのつもりか知らないけど人の書いた文章を何回も増田に載せるのってキモいわ。

調べてみたら昨日の夜中も同じようなの載せてるね。

http://anond.hatelabo.jp/20100611232824

意味がわからない。っていうか薄気味悪い。

■次の文章を読んで、後の問いに答えよ。 なお、出題の都合上、一部改変した箇所がある。

朝方、夢の気分を引きずりながら、また貨幣のことを考えていた。そしてソグド人のことを。そしてイスラム文化を。

(ア)貨幣は一種のインナーグループの信頼から生まれる。その信頼の形成方法が貨幣の作り方だと、なんとなく思っていたが、ではそれらと国家国家幻想とはどのように関係があるのか。そのあたりで、(a)トウサクしていた。

私は、何かを考えるとき、反ヘーゲル・反マルクスの仮説を立ててみることが多い。あるいは反キリスト教・反ギリシア哲学。が、やはり、商品と呪物は決定的なのだろう。呪物商品が最初ローカル貨幣化され、それを(b)エンカクには信頼で組織化するのだろう。そして呪物商品は、国家幻想と女に関係を持つ。女はそれ自体が呪物商品化されるというか、先日、高島先生盗賊皇帝の話を読み直しながら、女こそ(c)リャクダツ品なんだなと思いを深めた。しかし、女は物ではない。そのあたり、女の、女集団の意識化がある。

このぼんやりした思考とパラレルに、ウッフィーの貨幣化について考えた。基本的にはそんなものはないだろうと思うし、ベネトンの話などは要するにバイラルなのだが、なぜウッフィーが貨幣ではないかといえば、(イ)貨幣匿名化されなくてはならない。では、なぜ貨幣匿名なのだろうか? 信頼と呪物の関係において匿名意味はなにか? 直感的には交換の本質から出てくるのだろう。

ところで、このあたりでさらにマルクス労働価値について再考する。いろいろ考えたが、ようするに(ウ)労働というのは他者への使役の蓄積として貨幣化される対価なのだろう。呪物の呪術性を媒介として、使役の公平な交換性としてあるのだろう。というか、これは社会生物においてごく遺伝子的なレベルフレームワーク存在するのだろう。つまり、生物種の持つ社会的な使役の交換の必然がどのくらいかによる。

これは、当然ながら、公平を権力化した使役との対照に置かれる。しかし、国家権力幻想も実はウッフィー的な幻想の(d)イタクではないのか。そのあたりで、ウッフィー=貨幣という考えそのものが間違っていることに気がつく。おそらく貨幣貨幣なのだろう。

そして、(エ)貨幣国家幻想のあいだに、富を生み出す集団が寄生するというのは、実は寄生ではなく、国家というものの本質ではないのか。つまり、寄生的に国家幻想媒介してくる異質な富の集団こそが国家幻視させる、あるいは、国家家族幻想から引き離し、阻害する要因ではないのか。つまり、吉本隆明がいうような親族から王を疎外するのではなく、外部の貨幣が王を疎外するのではないか。より正確に言えば、(オ)家族王権の差異に疎外性があるのではなく、ある家族的な王権交易的に存在するとき、外部の貨幣集団の寄生的内在が不可欠になるのだろう。


佐藤信正『finalvent日記』)



設問

(一)「貨幣は一種のインナーグループの信頼から生まれる。」(傍線部ア)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(二)「貨幣匿名化されなくてはならない。」(傍線部イ)とあるが、それはなぜか。説明せよ。

(三)「労働というのは他者への使役の蓄積として貨幣化される対価なのだろう。」(傍線部ウ)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(四)「貨幣国家幻想のあいだに、富を生み出す集団が寄生するというのは、実は寄生ではなく、国家というものの本質ではないのか。」(傍線部エ)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(五)「家族王権の差異に疎外性があるのではなく、ある家族的な王権交易的に存在するとき、外部の貨幣集団の寄生的内在が不可欠になるのだろう」(傍線部オ)とあるが、どういうことか。本文全体の論旨を踏まえた上で、百字以上百二十字以内で説明せよ。(句読点も一字に数える。なお採点においては、表記についても考慮する。)

(六)傍線部a、b、c、dに相当する漢字を楷書で書け。

a トウサク b エンカク c リャクダツ d イタク

次の文章を読んで、後の問いに答えよ。 なお、出題の都合上、一部改変した箇所がある。

朝方、夢の気分を引きずりながら、また貨幣のことを考えていた。そしてソグド人のことを。そしてイスラム文化を。

(ア)貨幣は一種のインナーグループの信頼から生まれる。その信頼の形成方法が貨幣の作り方だと、なんとなく思っていたが、ではそれらと国家国家幻想とはどのように関係があるのか。そのあたりで、(a)トウサクしていた。

私は、何かを考えるとき、反ヘーゲル・反マルクスの仮説を立ててみることが多い。あるいは反キリスト教・反ギリシア哲学。が、やはり、商品と呪物は決定的なのだろう。呪物商品が最初ローカル貨幣化され、それを(b)エンカクには信頼で組織化するのだろう。そして呪物商品は、国家幻想と女に関係を持つ。女はそれ自体が呪物商品化されるというか、先日、高島先生盗賊皇帝の話を読み直しながら、女こそ(c)リャクダツ品なんだなと思いを深めた。しかし、女は物ではない。そのあたり、女の、女集団の意識化がある。

このぼんやりした思考とパラレルに、ウッフィーの貨幣化について考えた。基本的にはそんなものはないだろうと思うし、ベネトンの話などは要するにバイラルなのだが、なぜウッフィーが貨幣ではないかといえば、(イ)貨幣匿名化されなくてはならない。では、なぜ貨幣匿名なのだろうか? 信頼と呪物の関係において匿名意味はなにか? 直感的には交換の本質から出てくるのだろう。

ところで、このあたりでさらにマルクス労働価値について再考する。いろいろ考えたが、ようするに(ウ)労働というのは他者への使役の蓄積として貨幣化される対価なのだろう。呪物の呪術性を媒介として、使役の公平な交換性としてあるのだろう。というか、これは社会生物においてごく遺伝子的なレベルフレームワーク存在するのだろう。つまり、生物種の持つ社会的な使役の交換の必然がどのくらいかによる。

これは、当然ながら、公平を権力化した使役との対照に置かれる。しかし、国家権力幻想も実はウッフィー的な幻想(d)イタクではないのか。そのあたりで、ウッフィー=貨幣という考えそのものが間違っていることに気がつく。おそらく貨幣貨幣なのだろう。

そして、(エ)貨幣国家幻想のあいだに、富を生み出す集団が寄生するというのは、実は寄生ではなく、国家というものの本質ではないのか。つまり、寄生的に国家幻想媒介してくる異質な富の集団こそが国家幻視させる、あるいは、国家家族幻想から引き離し、阻害する要因ではないのか。つまり、吉本隆明がいうような親族から王を疎外するのではなく、外部の貨幣が王を疎外するのではないか。より正確に言えば、(オ)家族王権の差異に疎外性があるのではなく、ある家族的な王権交易的に存在するとき、外部の貨幣集団の寄生的内在が不可欠になるのだろう。


佐藤信正『finalvent日記』)



設問

(一)「貨幣は一種のインナーグループの信頼から生まれる。」(傍線部ア)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(二)「貨幣匿名化されなくてはならない。」(傍線部イ)とあるが、それはなぜか。説明せよ。

(三)「労働というのは他者への使役の蓄積として貨幣化される対価なのだろう。」(傍線部ウ)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(四)「貨幣国家幻想のあいだに、富を生み出す集団が寄生するというのは、実は寄生ではなく、国家というものの本質ではないのか。」(傍線部エ)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(五)「家族王権の差異に疎外性があるのではなく、ある家族的な王権交易的に存在するとき、外部の貨幣集団の寄生的内在が不可欠になるのだろう」(傍線部オ)とあるが、どういうことか。本文全体の論旨を踏まえた上で、百字以上百二十字以内で説明せよ。(句読点も一字に数える。なお採点においては、表記についても考慮する。)

(六)傍線部a、b、c、dに相当する漢字を楷書で書け。

a トウサク b エンカク c リャクダツ d イタク

2010-06-11

次の文章を読んで、後の問いに答えよ。

少し水洟が出る。いよいよ花粉症だろうか。朝方、夢の気分を引きずりながら、また貨幣のことを考えていた。そしてソグド人のことを。そしてイスラム文化を。

(ア)貨幣は一種のインナーグループの信頼から生まれる。その信頼の形成方法が貨幣の作り方だと、なんとなく思っていたが、ではそれらと国家国家幻想とはどのように関係があるのか。そのあたりで、(a)トウサクしていた。

私は、なにかを考えるとき、反ヘーゲル・反マルクスの仮説を立ててみることが多い。あるいは反キリスト教・反ギリシア哲学。が、やはり、商品と呪物は決定的なのだろう。呪物商品が最初ローカル貨幣化され、それを(b)エンカクには信頼で組織化するのだろう。そして呪物商品は、国家幻想と女に関係を持つ。女はそれ自体が呪物商品化されるというか、先日、高島先生盗賊皇帝の話を読み直しながら、女こそ(c)リャクダツ品なんだなと思いを深めた。しかし、女は物ではない。そのあたり、女の、女集団の意識化がある。

まあ、それはそれとして。このぼんやりした思考とパラレルに、ウッフィーの貨幣化について考えた。基本的にはそんなものはないだろうと思うし、ベネトンの話などはようするにバイラルなのだが、が、なぜウッフィーが貨幣ではないかといえば、(イ)貨幣匿名化されなくてはならない。では、なぜ貨幣匿名なのだろうか? 信頼と呪物の関係において匿名意味はなにか? 直感的には交換の本質から出てくるのだろう。

ところで、このあたりでさらにマルクス労働価値について再考する。いろいろ考えたが、ようするに(ウ)労働というのは他者への使役の蓄積として貨幣化される対価なのだろう。呪物の呪術性を媒介として、使役の公平な交換性としてあるのだろう。というか、これは社会生物においてごく遺伝子的なレベルフレームワーク存在するのだろう。つまり、生物種の持つ社会的な使役の交換の必然がどのくらいかによる。

で、これは、当然ながら、公平を権力化した使役との対照に置かれる。しかし、国家権力幻想も実はウッフィー的な幻想の(d)イタクではないのか。そのあたりで、ウッフィー=貨幣という考えそのものが間違っていることに気がつく。おそらく貨幣貨幣なのだろう。

そして、(エ)貨幣国家幻想のあいだに、富を生み出す集団が寄生するというのは、実は寄生ではなく、国家というものの本質ではないのか。つまり、寄生的に国家幻想媒介してくる異質な富の集団こそが国家幻視させる、あるいは、国家家族幻想から引き離し、阻害する要因ではないのか。つまり、吉本隆明がいうような親族から王を疎外すのではなく、外部の貨幣が王を疎外するのではないか。より正確に言えば、(オ)家族王権の差異に疎外性があるのではなく、ある家族的な王権交易的に存在するとき、外部の貨幣集団の寄生的内在が不可欠になるのだろう。

佐藤信正『finalvent日記』)



設問

(一)「貨幣は一種のインナーグループの信頼から生まれる。」(傍線部ア)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(二)「貨幣匿名化されなくてはならない。」(傍線部イ)とあるが、それはなぜか。説明せよ。

(三)「労働というのは他者への使役の蓄積として貨幣化される対価なのだろう。」(傍線部ウ)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(四)「貨幣国家幻想のあいだに、富を生み出す集団が寄生するというのは、実は寄生ではなく、国家というものの本質ではないのか。」(傍線部エ)とあるが、どういうことか。分かりやすく説明せよ。

(五)「家族王権の差異に疎外性があるのではなく、ある家族的な王権交易的に存在するとき、外部の貨幣集団の寄生的内在が不可欠になるのだろう」(傍線部オ)とあるが、どういうことか。本文全体の論旨を踏まえた上で、百字以上百二十字以内で説明せよ。(句読点も一字に数える。なお採点においては、表記についても考慮する。)

(六)傍線部a、b、c、dに相当する漢字を楷書で書け。

a トウサク b エンカク c リャクダツ d イタク

2010-06-09

http://anond.hatelabo.jp/20100609125731

何故?に対して解説が早すぎてもったいないよね。

引っ張るほどの時間予算もないのかもしれないけれど。

あれがノベルゲームなら、戦線に入って「敵」と交戦してるだけの状態は、ルート選択前だよな。

ルート選択後は、個別ルート過去との邂逅、救済を行う事になるだろうから、ゲームなら問題なさげなんだよね。

これだと「天使」は最後の最後まで「敵」で居て良いし。

後はクロチャのようにするか、完全パラレルにしてグランドエンディングだけを用意するのかだけど。

鍵なら後者だろうな。

2010-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20100513135315

原作とは違う展開とかの独自解釈モヤモヤするけど

原作を無視してキャラや設定使っただけの劣化コピー大量生産物は理解できるのか…

なかなか難しいな、それ。

原作厨後者の方が嫌うと思ってたんだけど

そうでもないのかー。

個人的には原作厨じゃないけど、原作好きな作品で後者はすっごい不愉快になる。(好きでもない作品はどうでもいいw)

それを「楽しめたら良いのに」とも微塵も思わないし。


とまれ、元増田脳内で「こうだったらいいな」って考えてる事を

現実に形にできる人がいて、

それを「それはそれ」って受け入れる事ができる人がいるって事だけだよね?

劣化コピーを受け入れる懐があるなら、

割合難しくもない気がする。

そうした作品(考え)に不快感を持っている!なら、見なきゃいい、だけだけど、

自分も実際に妄想するし、

モヤモヤはするけど、楽しめたらいいな、と思ってるなら

いい作品に出会ったかどうか、だけで運だよね。


多分、その作品自体のテクニックが不足してる、

あるいは元増田趣味に合わないだけじゃないのかな。

変な話、元増田妄想ジャストフィットしたとしても

構成がダメダメだったら、余計にモヤモヤすると思うし

逆に全く想定外でも、すごくいい作品もあると思うんだよね。

ただ…

それこそ原作忘れると、それこそパラレルは楽しめないと思うんだ。

二次である以上、パラレルってのはパロディの上に成り立つ物であるはずだから。

(前述の劣化コピー品除き)


そういえば、同人しかしらない、原作読んだこと(見たこと)ない、って同人至上主義の人も少なくないよねぇ。

http://anond.hatelabo.jp/20100513125537

元増田

カップルの相手がどうこうとかさておき、待ったら予想の斜め上でした、ってなったらモヤモヤして、

「いや、普通はこういう展開だろ…」

って思わないんだろうか。

 たしかにこういうことはある。小説などで「ハッピーエンドだと思ってたらバッドエンドでした」ってなったときのがっかり具合は半端ない。一週間くらいへこんで「あの時ああしてれば良かったんじゃないの」とか延々と考えることもある。

 でもそこで二次創作して補完しても寂しい気持ちになるなぁ……。「だけどやっぱりバッドエンドなんだよね」と。

 カプものの二次創作を読んでるときのモヤモヤ根本は全部これと同じだと思う。

「確かに萌えるけど、原作はこうなんだよなぁ」と。このモヤモヤが晴れない。これを気にせずに楽しんでる人たちはほんとすごいと思う。

 いっそ自分原作を忘れて「これはパラレル!」と思えば何でも食べれそうな気がしてきた。


”大手”がつく所ほど、タイトルキャラ変えただけで

全く同じ話をすげかえて繰り返している。

 二次同人はあまり事情に明るくないんだけど、大手は良くも悪くもそこの「カラー」があるから傾向が似たり寄ったりになるんだとおもう。その二次作者はソレで自分萌えてるんだから、仕方ないよな。期待が外れたとき、そこに金が絡んでたらたしかにがっかりだけど

2010-05-04

漫画等の二次創作(いわゆる同人)の類型考察

一身上の都合により、いわゆる同人二次創作を見る機会が最近増えた

驚くのは、あんなにも多数の書き手がいながら、多くが驚くほど似通っていること

というわけでストーリー発想の類型を想像してみた




(1)「すでにある物語」にキャラクターを当てはめるパターン

いわゆるテンプレストーリー。 男性向けエロなどの多くがこれに当たる

グリム童話キャラクターを、漫画キャラクターに置き換える遊びと似通っている気がする

作り手の主な作業は、当てはめるテンプレの選択と並べ替え




(2)原作故意に「恋愛」の文脈で読みとくパターン

尊敬、友情、憎悪その他原作内で描かれる感情

すべて「恋情からくるものである」という仮定の下に読みかえる。

女性向け同人の多くがこれに当たる


原作内でおきるすべての事件、行動、感情の動きの根底には恋慕があり

キャラクターのほぼすべてを、恋愛の文脈につながるものとして読み解く

少女漫画とかなり近しい気がする




(3)原作故意に「性愛」を付加するパターン

尊敬、友情、憎悪その他原作内で描かれる感情を「性愛」とシームレスにつなげ、その発露部分を描く

尊敬表現として、友情の表現として、戦闘の代わりとしてのセックスが描かれる


(2)との差異は「恋愛感情」がメインではなく添え物、キャラに「恋愛」という意識がない点

また、(2)は原作恋愛のそれと読み替えるが、

(3)は、基本的には憎悪なら憎悪のまま性的接触をする(恋愛に似た感情の発露はある)




(4)キャラクター人間関係を1から構築するパターン

いわゆるパラレルで(1)にあてはまらないもの、

あるいは「キャラカタログ」といわれるジャンルの作品







内容が恋愛エロに傾いているのはそういうのが多かったから

2010-04-12

http://anond.hatelabo.jp/20100412194229

子ども自分を重ねてるんだろ。

元増田彼女に求めるものとパラレル構造だと思えばよく分かる。

2010-03-26

民主党社会主義全体主義

ttp://d.hatena.ne.jp/chikuril/20100314/1268577995

今回の民主党子ども手当ですが、「扶養控除・配偶者控除の廃止(家族の税制メリット消滅)」「子供を育てる際の、国家関与強化」など、このソ連家族解体の匂いがたちこめて、怖気が込み上げてきます。



おまけに民主党夫婦別姓戸籍制度廃止など、家族解体に向けた様々な施策パラレルで進めていますので、冗談抜きに1930年代のソ連を目指しているとしか思えないわけです。



実際、一部の左翼系(ガチガチ売国左翼系)学者が、子ども手当について「子供国家が育てるシステムにするための第一歩だ」などという発言をしているそうです(八木先生情報)。




国家子供を育てるなど、とんでもない話です(ヒットラーユーゲントですか・・・)



子供とは、親が育てるものです。そして、わたくし達の子供たちが、将来、自分子供を育てるのです。



ところで、ソ連による家族解体は、物の見事に失敗いたしました。なぜならば、離婚を推奨し、子供を親から切り離し、家族の絆を切り離した結果、少年たちが愚連隊化してしまい、その後、少子化が一気に進んでしまったのです。(この時代のソ連こそが、ジョージ・オーウェルの「1984年」のモデルなのです。)




人口が減ると、共産主義の「兵士」が増えないということになりますので、



「あ、こりゃあ、困ったな」



となり、ソ連は慌てて「家族の絆こそ最も尊い」と、方針を転換しました。プラウダが、いきなり結婚家族の尊さを謳い始め、離婚が蔑まれるようになりました。




ソ連は「共産独裁国家」であったからこそ、家族解体やら家族の絆重視やらに、方針をクルクル変えることができました。日本で「民主的手続き」の下で家族解体が進んでしまった場合、取り返しがつかないことになる可能性があります。断固として、民主党路線(と言うか、はっきり言えば民主党事務局にいる社会主義協会の連中の路線)を阻止しなければなりません。

2010-03-24

http://anond.hatelabo.jp/20100324232903

そういう卑劣な中傷は止めようぜ。

俺もそういうのが好きだからよく分かるけど、明らかな子供に「18歳以上ですよ」ってラベルだけ貼って、抜け道を造ってるような汚いやり方は現に横行しているだろう。

そりゃそうだよな。ゲームの中の登場人物に戸籍謄本なんてないんだから、ランドセルのようなものを背負って、小学校のようなところに通って、小学生のような精神と体型をしていて、その子に「18歳以上」というラベルが貼られていること以外は、明らかに現実小学生パラレルキャラクターを出して過激な性行為をやらせたって、「このフィクション世界では18歳以上という設定なんです」の一行だけで、そのキャラクターは18歳以上と言うことにできる。

でも、そんなのは世の中では通らないし正当化もできないことくらいは、俺らオタクだって認めようぜ。だから、影でひっそりやってれば良かったのに、バカな連中が18歳以上だから良いんだとか言って、どんどん表舞台に進出して金儲けだとかやってるから、反発がきているだけだろう。

これが、ちゃんと成人の精神を持った人間子供の体型をしているなんて事例とは根本的に違う状況だということも分からないなら、話に口を出さない方がまだ反対派にとって有益だよ。

http://anond.hatelabo.jp/20100324201354

そもそも「給料を貰える性質のもの」じゃないだろうって話。

ああいうのは主婦が凄く頑張って働いているというアピールで時給計算を出してるんだろうけど、例えば自分の昼食を自分で作って食べたからって時給どうこうの計算をしてもしょうがないだろうって思うよ。

サラリーマン会社のために働いて得られる給料パラレルなのは、主婦が(自分の為の分を除いて)旦那のために働いた分だけだろう。お手伝いさんを雇ったって、お手伝いさん自分のたべる料理を作ったり自分の為に自分の部屋の掃除をする分までタイムチャージが発生しないのと同じことだと思う。

2009-06-09

http://anond.hatelabo.jp/20090609080549

この手のキットって、ハードウェア版のライブラリみたいなもんじゃないのかな、と。

今時ラジオ作ってどうこうとか真空管アンプオーディオってよりは、

簡単なのでもwebにつないでどうこうの方がよほど使える電子工作だと思う。

PCパラレルポートからゼロからイーサネットプログラミングとか、

とっつきにくすぎて、俺的には見上げて絶望してしまう高さで、

ソフトウェアハードウェアに距離を感じてしまうので、こういうのはありがたい。

なんつーか、GUIを見てコマンド知らないとダメじゃねっていうのと同じにおいがする気が。

それ電子工作じゃないから

電子工作経験がなくても、誰でもハードウェア自作できる時代が来ていた!

http://www.akiyan.com/blog/archives/2009/06/open-source-hardware-arduino.html

(2009-06-08) 「電子工作ではない」というご指摘をいただいたのですが、裸のLEDとかセンサーとか繋がれば、十分電子工作だと思いましたので使用しました。

これだったら、PCパラレルポートLED直付けした方がまだ電子工作っぽいよなぁ(いやそれも電子工作とは全然言えないけれど)

クルマボンネット自分で開けたこともないような人が、オートバックスステアリングとかオーディオとかマフラーとか全部おまかせで交換したぐらいで、ボクはクルマいじりが趣味なんですって言っちゃうレベルの痛さ

2009-05-11

けいおん!を見たあるアニヲタ愚痴

京アニアニメをかわいいからって勧めるのはアリだわ。確かになって思える。

おもしろいとか感動するって勧めてんの見ると、どこがだよって思ってしまう。

keyアニメAIR除いてパラレル世界みたいだし、らきすた4コマ詰め込み+αてかんじだし、

何かkanon以降の京アニって文脈を度外視してないか?女子+学校鉄板でノリも代わり映えしないし。

前はファンだったけどもうついていけんわ…

愚痴すまん。もう自重

2008-12-24

http://anond.hatelabo.jp/20081223211622

教授仕事ぶりを観察してみよう

予算申請、学内行政、外部会議学会仕事等々、自分研究以外の仕事が大半。

助教はもっとひどい。

雑用係をやっているのは蔭では評価されているだろう。

でも、それが研究できない言い訳って、いいがかりだ。

自分でも分かっていると思う。

複数の仕事パラレルに処理しながら、複数の研究シリアル継続

この能力がないとやっていけないよ。その訓練。

実験がうまくいかないときは、対処しながらもレビューとか少し別のことをやってみるとか、工夫してみて。

2008-12-19

http://anond.hatelabo.jp/20081219105556

学生運動なんて、手塚治虫藤子F不二雄の短編集でしかきいたことがないですが。

ついさっき読んだそのFの「パラレル同窓会」で主人公パラレルワールド自分と話す。

学生運動で活躍したころを忘れたか。」

青春期のハシカみたいなものさ。」

「わしはあのころ理想情熱をそのまま現在まで燃やし続けている。

今じゃベイルートでかくれもしないテロリストリーダーだ。」

なんてやりとりがあった。

学生運動とは、テロリスト養成講座なんですね。わかります

2008-12-10

報道機関の取材方法:TBS女性記者勝木諒容疑者密着取材問題点

  • 痛いニュース(ノ∀`):TBS女性記者が勝木容疑者とカラオケ密着取材→勝木「彼女ができた」と周囲に勘違い報告?…ネットで話題に
  • 直感的にはひどい、というか、手段の正当性について疑問を持つが、本質的な問題が何なのかはまだわからない。ここでレスをしている人たちも、これについてかなり戸惑いを見せているように読めるのだが、その戸惑いは、何がまずいのか、つかみかねているというところからきているのではないだろうか。とりあえずは、「池沼」やTBSなどのすでに知っている言葉に飛びついているのだと思うが。
  • 少し考えてみよう。
  • 一般的にいうならば、この問題は、報道機関による「記者の身分を告げてする取材活動」以外の取材活動というのは許されるのか、許されないとしたらその根拠はどこにあるのか、という問題として考えられるのだろうか? 疑問型になっている理由は、問題をどのように定式化してよいのかわからないからであるけれども、さしあたり上の問いについて考えてみよう。「報道」が何をすることなのか。それが社会においてどのような役割を果たしているのか、という観点から考えてみたい。
  • さて。報道、というのは伝えることである。
  • どのように伝えるか。(1)ひとつには、記者自身が直接に見た・聞いたことを伝える。(2)もうひとつは、記者が、取材対象者が事件に関して見た・聞いたことを伝える、というものである。(イベントなどの取材等を除けば、事件の後に取材をし真相に迫るという場合ならばほとんどが(2)の場合といえる。)
  • この2つの情報の形式は区別されなければならないだろう。なぜなら――
  • (1)の形式の場合には、記者は、その責任において真実を伝えていると考えられる。というよりも、直接に見聞きしたのであるから、それに関する意見・論評であると考えられるのであり、その限りでは間違いなくそれは真実であり、ウソを述べているのだとしたら、記者倫理のみが問題となるに過ぎない(軽い問題だという意味ではない。報道というシステムとは無関係エラーバグということ)。
  • しかし、(2)の形式の場合はこれとは異なる。記者は直接に見聞きしたわけではない。伝え聞いたことをさらに伝えるのである。したがって「真実ではないかもしれない」、しかし吟味の結果、報道する意義のあることだと考えて報道する、「真実ではないかもしれない」ことの責任は負う覚悟である。このようにして報道を行い、その事実を公衆の審議に委ねる、というのが報道を行う者のとるべき姿勢ではないか。そして、その報道を受け取った者は、(a)その報道内容が真実であるかどうかにも注意を払いつつ、(b)その事実の先にある問題をについて議論を行う
  • 報道を受け取った者によるこの2つの批判に、ともに開かれてあることが報道の条件ではないか。そのためには(1)と(2)とが区別されなければならない
  • このように考えてみると、報道をする者として、今回の取材・報道の方法がよくないのだとするならばその理由は、(1)と(2)の違いを混同させている点に求められるのではないか。本来(2)のレベル情報として扱われるべきものを、(1)のレベルのものとして報道すること。
  • この2つを混同することは、情報の取り扱いの形式として、本来「真実かもしれないし真実でないかもしれないこと」(2のレベルに属する)を「真実である」と強弁することになる、といえるのではないか
  • ここで論証はできないが、連想するならば、刑事訴訟法における伝聞法則というのは、このことと同じ精神に基づいているのではないか。参照:伝聞証拠禁止の原則 - Wikipedia
    • 【わかりにくいかもしれないので、追記しよう。伝聞法則とは簡単に言うと、次の2つを区別しなければならないということだ。
    • (i)Aさんの証言「Bさんが『Xはロリオタで、わたしのことをいやらしい目で見ていた』といっていた」。
    • (ii)Bさんの証言「Xはロリオタで、わたしのことをいやらしい目で見ていた」。
    • (i)のAを反対尋問したとしてもBの発言が真実であるかはわからない。そうだとすれば(i)の類型はカテゴリカルに排除した方がよいだろう、ということ。報道を行う者は、取材により(i)の形式によって吟味吟味を重ねたうえでしか真実に近づくことができない、という姿勢を保たねばならないところ、今回の件では、美人局的方法により、(i)をすっ飛ばして、(ii)の情報形式を「偽装」した、これによって「特権的な地位」にたって報道を行っている、という点が問題なのではないか。伝聞法則連想したのは、このような意味においてである。(わたしは法律専門家じゃないのでフォローして頂けるとありがたいです。)】
  • いうまでもないが、民主主義にとって刑事手続きの適正さが重要な問題であるならば、同じく、マスメディアの役割も重要なものであろう。
  • つまりどういうことが言いたいかというと、法廷内においても、法廷外においても、「私刑」が許されないのだとしたら、それを担保するためには、情報を批判的に適切に吟味する姿勢というものが失われてはならないし、そのためには、事実を伝える者が上で述べた(1)と(2)とを混同することはその前提を失わしめるものであり許されないのではないか。
  • 以上がうえの「痛いニュース」に接して考えたことである。
  • この他にもいろいろな観点から論じられることができるし、論じるべき問題だろう。わたしももう一つほどアプローチを考えている。こういうものだ。私的な会話を取り上げて、公的な場面におけるその人物、あるいはその言論の評価につなげるべきか、否か、という問題の論じ方とパラレルに議論してもよいのかもしれない。

  • こういうところでも取り上げられていた。

http://www.tanteifile.com/newswatch/2008/12/09_01/index.html

http://zarutoro.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/tbs-d116.html

http://birthofblues.livedoor.biz/archives/50751049.html

  • id:b:dekijpさんからのコメントについて。
    • 「取材者が加害者側に(というか事件の当事者一方に)積極的に近づくのが問題」→この指摘は、報道機関の「客観性」が問題という指摘だと思います。この問題を、メディアの「心構え」・「道徳」という観点からとらえるか(こちらも大事だと思いますが)、報道という行為が前提としている仕組み(本論での(1)(2)の区別)からはどのように評価されるかという観点からとらえるか。このエントリーでは、後者の観点から、メディアの「客観性」について、意見・主張を述べる場合の「客観性」と報道の場合の「客観性」というのは異なる側面を持つのではないか、ということを述べようとしたものです。たとえば、この事件とは離れますが、「意見・主張」を述べるという意図を隠した上で「事実報道」という形式によってその目的を達成することを差して、「メディアによる印象操作」と呼んだりすることが上の指摘に関係すると思います。

2008-03-20

パラレルクロス身体操作

脚と腕を連動させる運動をすることを前提として、クロスで使う場合とパラレルで使う場合がある。

右脚→右腕、左脚→左腕 というのがパラレル

右脚→左腕、左脚→右腕 というのがクロス

と、俺が今勝手に定義した。

武術で言うと、半身をとる武術クロス身体操作が多くて、正面を使う武術パラレル中国武術なんかだと勁道なんて言う。

パラレルの方、左右の手足を正面の相手に対して収束的に使えるので格闘技向きなんだ。

逆にクロスは対応出来る範囲が広い。合気道なんかがクロスを重視するのは多人数を相手にすること前提だから。というか、そういう武術が前提にあって合気道が出来たというべきか。

2008-03-01

はじめて自分でおべんとうを作った。前編

書き始めたら、やたら長くなったので二分割。


自炊生活をはじめて結構経つが、今まで自分でお弁当を作ったことがなかった。

と、いうのも、朝に「朝食作り??昼の弁当作り」というパラレルな作業が

とてつもなく困難なものに思えたからだ。

もっとも朝食作りといっても大抵はパンかシリアルかの米無しの朝だが、

それ故になおさら「昼のためだけに米を炊く」という作業が苦痛でしかたなかった。

何?「別に弁当に米無くてもいいじゃん」?

馬鹿野朗。米の入ってない弁当なんざパンの国の人が食うもんだ。ランチボックスとよぶもんだ。


しかし、まぁ、ふりかけが余って余って仕方なかったので

やむにやまれずついに今日はじめて弁当を作ることにした。

AM5:30。早起きして米を炊く。その脇では、バナナ味のポーリッジが電子レンジの中でうなりをあげて踊っている。

片方は数分後に自分の腹におさまるのに、もう片方は1/4日もお預けをくらう。

今まで経験したことのなかったもどかしさだ。

しばらくの間だけとはいえ、自分が料理したものを食えない、というのはたまらない苦痛だなぁ。

そう考えるとコックさんたちの我慢強さはすごい。偉い。うちの犬やその飼い主とは大違いだ。

でも、絶対になりたくはない。

フライパンをふかしつつ、冷凍庫からベジタリアンバーガーを取り出す。

ようするに、洋風がんもどきだ。もちろん本来の用途がお弁当用ではないので、かなりデカイ。

8等分くらいにして、二段弁当箱弁当箱は二段でなくてはらない)の上の方につっこむと、

もうなんかこれは、なんだろう。肉だ。肉塊だ。いや、野菜なんだけど。

それでも8切れのうちに2切れがおさまりきらなくて、プー太郎状態になってしまった。

どうしよう。今、食おうか?しかし、ポーリッジのお陰で舌がバナナになってるのに、それはキツイ。


次に熱気の冷めやらぬフライパンに容赦なく溶き卵をぶちまける。味付けはひとつまみの塩のみ。

またたくまにぷつぷつが表面にうきあがる卵。

ひっくり返しながら巻き巻きする俺。抗う卵。粘る俺。

そして、完成する卵・・・卵・・・これは、卵、なんだろう?


疑問は卵と一緒に弁当箱上段に閉じ込める。

と、ここで米がたける。

弁当箱下段の指定席に詰めると少しだけスペースが余ってしまった。

否、意識的に余らせた。

そう、さっきのプーさんハンバーグ就職させるために。

密着する蓋をよごさないために、詰めたプー太郎どもの上に生のレタスで栓をする。

苦し紛れの応急措置というか、緊急避難だ。レタスには弁当のおかずとしては、他に何の役割も期待もしていない。

非情ともいえる決断だが、これも弁当箱の調和を保つためには仕方の無いことなんであるよ。


そうやって完成した弁当をアツアツのうちにポーチにいれ、鞄に詰め、いざ出陣。

決戦はアフタヌーン

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