はてなキーワード: 転移とは
(1)最初の不信感(支援者に対する「能力」と「本気度」に対する警戒)
アドバイスをする人が、
自分の真の問題を理解しているか真に効果的な解決策を持っているか、真に問題の解決を望んでいるか、などを試すまでは
アドバイスをする人を信用しない。
(2)安堵(支援者に対する過度の依存)
最終的には自力で問題を解決できるようになることが必要なのに、
アドバイスをくれる人が解決してくれるのを望むようになる。
場合によっては、アドバイスをしてくれる人が問題を解決してくれないことを不満に思うアレなケースも。
これははてなでは少ないだろう。典型例はモンペなど。あれは強欲とか傲慢なのではなく、
依存癖が身についており、自力で問題を解決する能力も意思もうしなった人の成れの果て。
(3)支援の代わりに注目や安心感、妥当性の確認を求めている(そもそも問題解決なんて望んでない)
社会において直接「私に注目して欲しい」ということは適切な行為とみなされていないため、
何か困ったことや問題をぶちまけることで他人の注目を集めようとする。
はてなの場合は自分自身が問題児として振舞ったり、頓珍漢な質問をしてブクマを求める行為など。
(4)憤慨したり防衛的になったりする(人にアドバイスを貰うことに恥辱を感じる)
成長することが自立を意味する文化では、自分に主導権があると信じたい気持ちが非常に強い。
他人にアドバイスを貰うことでさえ、自分の主導権への侵害であり、自立を損なうことだと感じてしまう。
「そんなことはもう試したが効果はなかった」とか「うまくいくわけがない」とか
他にもアドバイスをする人の面目を失わせるようなことをして、自分は相手と対等だとい気持ちを取り戻そうとする。
「はいはいいつものこういうタイプか」とか「ハックルハックル」とかいう反応を示す人間はこのタイプ。
目の前の人間に対しての興味が乏しく、認知リソースを節約しようとして他人をデータベース化する。
目の前の現実よりも自分のなかのかくあれかしを優先するため、まともに文章を読んで考えることが少ない。
はてブ数が多くなれば多くなるほどこの傾向は強まる。
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110730/1312022488
うーん。
そんな俺が東浩紀氏がクジラックス先生の作品を「ま、俺はロリコンじゃないが」という但し書きの上で褒めてた時どう思ったか。
素直に喜べなかった。というかぶっちゃかかなり殺意ゲージ上がった。
あれはなんでなんだろう。
あの発言がtwitterじゃなくてLOのコーナーでされていたら喜んでいたと思う。
クジラックス先生の単行本に載ってたら嫉妬かなにかの感情で怒りに震えたと思う。
このあたり、自分でも明確に言えるような基準があるわけじゃない。
一応自分の考えを述べる。
たぶん東氏の無邪気さ、外部者としての気楽さ、twitterでつぶやけるようなこととしてロリコン問題を捉えてる甘さみたいなのが気に入らなかったのだと思う。
だからその後、東氏が、キチ○イじみたおばさんたちに絡まれているのを見た時、
正直「当然そうなるでしょ。ああいう発言をしておばさん批判ができちゃう東さんはたぶんジェンダーの問題を感覚的に理解することは絶対にできないんだろう。二度とジェンダー関係の話はして欲しくないな」と思った。
児童ポルノ問題の規制の時に「政治的云々」と言ってて、あの時はなんでみんなあんなに東さんを嫌うんだろうと思ってたけど今から思うとみんな「この人はなんか違う」「この人に俺らのことを語られたくない」という感覚があったんだろうか。よくわからんけど。
話がだいぶそれた。えーとセクマイの話ね。
もしロリコンであることがバレて身近な世界から疎外されてしまう映画があるとする。
それを授業で見ることを強要される。
そして「こういう映画見てどう思いますか?」って言われたときどう思うだろうか。
ロリコンはジェンダー問題ですら拾ってもらえなくて問答無用で排除されるから
「はいはいどうせロリコンは死ねばいいんでしょ死ねば」って投げやりな気持ちになって終わってしまうかもしれないな。
いや、ちがうな。感想だけならともかく
「ロリコンへの偏見や差別をなくしていくには、具体的にどんなことをしたらいいと思うか」
と突っ込んだことを聞かれるわけだ。答えないと単位くれないのか。ぐぬぬ。
上とかぶるけど「私は何もしたくありません」と応えるかもしれない。
「誰もが戦いたいわけではありません」とか「あなたの戦いに巻き込まないでください」というかもしれない。
「オバサンの居ない世界に行きたい」とか「闇市場になっても作家先生を養えるだけのお金を稼ぐ」とか。
自分でも呆れるほどに徹底的に後ろ向きだ。しょうがないじゃない。
私はtwitterで腐女子ですとかゲイですとか胸をはって言えるような強さなんかないんだ。
戦えない。戦うことは死ぬことと同じだ。死にたくない。
この授業では戦えば高確率で死ぬって教えてくれたんだろうか。
俺が普段感じている恐怖とか日陰感とか、自分だってこんな趣味持ちたくなかったという自己嫌悪について
どの程度までフォローしてくれたんだろうか。
そのフォロー具合によっては「もう何も怖くない」って気持ちになれるかもしれないけれど
ちょっとは他の人に格好いい姿を見せたいと思うかもしれないけれど、
今はどんなに醜かろうが卑怯だろうがボッチだろうが寂しかろうが、とにかく何もしたくない。
逆に聞きたい。先生はぼくが「○○をする」って言った時、それが妥当なものであれば一緒に戦って一緒に死んでくれるんですか、と。
10数年前。まだ、僕が小学生だった頃、我が家では犬を飼っていた。
別にさほど裕福な家庭ではなく、九州の田舎でローンまみれの一軒家に住んでおり、
父が友人から何かの事情で飼えなくなった犬を引き取るという形で、我が家に犬がやってきた。
そんなシェリーと一緒に僕は大きくなった。
うちに来た時から成犬ではあったので、僕が小学校高学年になる頃には、もうおばあちゃんだった。
どうしても寿命は犬のほうが短い。「命の大切さを学ぶ」みたいなことが、犬を飼う価値としてあったりもする。
シェリーはそろそろ寿命だというおばあちゃんになってから、大きな病気にかかった。
人間でいうガンのようなものが、足の骨にできていた。
獣医さんからいろいろ教えてもらった。手術が必要であること、手術しても転移し再発する可能性も高いこと、
犬の手術にはけっこうお金がかかること、そしてどちらにしろ、すでに寿命が短いこと。
最初にも言ったが、我が家はさほど裕福ではなく、そして自分はこれから中学、兄が高校へ進み始めたという、
非常にお金が掛かる時期。両親は、手術をして助けてあげる決断には踏み切れなかった。
シェリーの足は、どんどん腫れていき、どんどん歩きづらそうそうになっていった。
獣医さんが考えるより、ずっと長生きした、だからこそかわいそうだった。
腫れは膨れ上がり、一番膨れ上がった部分は腐りかけていて、
それでも、シェリーは歩きまわるし、元気にご飯も食べていた。
僕はつらすぎて、面倒は見なくなっていた。
シェリーは獣医さんの話より、2,3年は長く生きた。病気を患い、足を引きずりながら。
かわいかったシェリーの思い出は、つらそうな姿しか思い出せない。病気になる前に、たくさん遊んだはずなんだけど。
僕には、犬を買う資格なんてなかったし、今もないと思う。
「命の大切さを学んだ」なんてのだけじゃなく、いろいろ考えたし、
いまだにいろんなコト考えるときに、僕の考えに強く影響を与えている。
もちろんシェリーが自分の子どもだったら、お金や寿命なんか関係なく、助けてあげようとしただろう。
でも、いくらお金をかけても死ぬかもしれない。しかも、恨まれつつかも。
シェリーはきっと僕らは恨んでいたと思う。
僕はそんな責任を、もう一度背負うことなんて絶対しない。
犬は大好きだけど、いつまでも犬をみるとき辛い思いをするし、シェリーを思い出す。
最近、結婚を考える歳になって、自分って子ども欲しいのかなぁって考えて、
僕は、今の世の中で、子どもに恨まれないように、育て導いてあげる自信が持てない。
子どもにちゃんとした環境用意してあげられるか、それにお金を用意してあげられるか、
そのへんくらい、自信持てないと、子どもつくっちゃダメな気もしたりする。
おっす、オラ就職王。辞職届は提出したので、再来月から起業王へジョブチェンジだ。
ちなみに、「まだ就職してない」という人は、http://anond.hatelabo.jp/20110107214632を読んでくれ。
以前この文章を投稿した直後は強烈な鬱に襲われて削除してしまったので、二度目の人は勘弁な!
ちなみに「辞職願」ではなく「辞職届」とするのがキーポイントだということは、君も社会人になればわかるさ!
いいかい、こないだ入社式だった全ての新人達。先輩とは上手くやれそうかい?まぁ、これから理不尽地獄の社畜生活が始まるわけだけど、俺の話を聞かないかい?この心得を守っておけばとりあえず、職場のゴミ扱いはされずに済むはずだ。
①二択だ、選べ。
いいかい、君も社会人になって三日目。先輩社員から、様々なありがたいお言葉を賜ったかもしれない。中には「素晴らしい言葉だった、俺も甘えを捨てて頑張ろう、立派な社会人になろう」なんて思ってしまった人もいるかもしれない。しかし、君がまずやるべきなのは、そういう気持ちを1ミリ残らず綺麗に捨て去ること、あるいはその言葉に完璧に一ミリの狂いもなく染まり切る、すなわち狂信者になることだ。このどちらかを選ぶかは趣味の問題だ、俺は前者を選んだが君は後者が向いているかもしれない。一応、念のため言っておくけれど、後者を選ぶことは決して間違いとは言えない。場合によってはこの先40年を戦う場所なのだから、立派な信者になり布教に努めるというのも一つの賢い選択だ。日本で就職した多くの人々にとって「金こそが絶対」という信条を選ぶことは難しいから、結局はこの二つから選ぶしかない。ちなみに、うっかり投資銀行や外コンなんかに就職した人々は、例外なので俺の文章は役にたたない。君たちは、資本主義一神教の教義を読んでくれ。大丈夫、どこのホテルに備え付けられた机にも「資本論」は置いてある。さぁ、どっちにするか決めたかい?じゃあ読み進めてくれ。
②コストとリターンの諸問題
馬鹿馬鹿しい、と思う。例えば、会社に一時間早く出勤すること。これは、本当に馬鹿げてる。くだらない、狂ってる、クソの群れだ。九時から五時までキッチリ働いて賃金をいただく、あるべき姿はこっちだ。しかし、コストを支払いリターンを最大化する、という面でこの行動は一概に間違いとは断定出来ない。そして、社会人にとって重要なのは払ったコストに見合ったリターンを得るということなのは、言うまでもないことだ。過程などどうでもいい、結果を出したものが勝ちだ。しかし、新人に与えられる業務の中で周囲を黙らせるほどの「結果」を出すのは、余程特殊な業種でない限り不可能だと思っていい。金融業界の法人営業マンですら、一年目は「結果」を数字で括られることはないだろう。では、ド新人である君に求められる「結果」とは何か。それは、周囲が「あいつは頑張ってるし好感の持てる奴だ」と思うこと、つまり就職活動の延長線上にあることだ。当面、君には責任のある仕事など与えられない、会社に貢献するチャンスなどゼロに等しい。その境遇の中で、君はなんとかして周囲の信頼を勝ち取り、愛される人間にならねばならない。さもなければ、実に悲惨なハンデを背負ったまま数年を戦い抜かなければならない羽目になるだろう。この文章に食いついたということは、君はコミュニケーション能力にそれほど自信がないことだろうと思うし、では職務遂行能力に自負があるかと言えばそんなこともないだろう。だが、安心していい。そういうのは、新人にとってさほど問題にならない。コストとリターン、この観念を忘れるな。逆に言えば、それ以外は忘れろ。
③15分のアドバンテージ
君は「8時30分に出社するように」と申しつけられた。当然、君は弱気で自分に自信もないから「8時15分には出ておこうかな」と思ったことだろうと思う。しかし、そこは敢えて8時に出社するのが今日のミソだ。いや、8時に出社し続けることこそがミソだと思っていい。何故なら、新人の職務遂行にはおよそ差は出ない。あるいは、差が出たとしても数年は評価に直截的に響くことはまずない。日本の大企業は、およそ10年かけて評価を固める。最も数字に詰められる証券マンやMRですら、五年は様子を見てもらえる。(ただし、この様子を見てもらえる、というのは「詰められない」という意味ではない。無論「詰め」られる)そこで仮に新人としての君の評価がクソミソであったとしても、俺が断言するが8時に出社している限り君の評価は「アウト」にはならない。日本人というのは、凡そにしてアホだ。それもたちの悪いアホだ。怠惰な俊才よりも勤勉なクソマヌケを高く評価する傾向がある。逆に言えば「勤勉なマヌケ」である限り、君は当分生きていられる。こういう部分を細かく守ることが、非常に重要だ。他にも、気遣いポイントは無数にある。例えば、君はドアを開けた。同じタイミングで先輩が向こうから出てきた、ドアノブを最初に回したのは君だった、しかしここで君は一歩下がって道を譲り、軽く会釈をする。これを、嫌味なく最適にやれている限り、君の立場は大丈夫だ。大きな声で挨拶をして、まるで先輩たちを心から敬愛しているかの如く振る舞い、機会のある限り尊敬の言葉を口に出せ。「やりすぎかな・・・」くらいで丁度いい。この十五分のアドバンテージが、君を守る。誰かと話す時、必ず誰かを褒めるセンテンスを織り交ぜることを徹底しろ。実にくだらないが、得られるものと比較すれば実に安いコストだ。
『世界を回しているのは何か?』と問われたら、色んな答えがあり得ると思う。しかし、社会人になって俺はこれに一つの答えを得た。世界を回しているものは、マニュアルだ。しかし、社会人になった君に一冊の完璧なマニュアルが与えられる、という状況は余程恵まれた職場でない限りまずあり得ない。君に与えられる情報は常に断片的で、状況はいつだって切迫している。複数のタスクを同時並行で回しながら、職場全体の状況にも気を配らなければならない。挙句の果てに、それは間違いだらけで全ての人間の言うことは矛盾している。だが安心して欲しい、それはデフォルトだ。例えば、君は「AをBしろ」と言われるかもしれない。しかし、君にはAをBすることの目的、あるいは工程A~Zの中で、AをBすることの役割がどのようなものなのか、それを知る機会はそう簡単には与えられない。君は完成像の見えないまま、どこのパーツかもわからないプラモデルと取っ組み合わなければいけない。さらにそれは、往々にして全体像さえ見えていればサルでも出来るような工程だったりする。しかし、君はやらなければいけない。メモの重要性について君は学ぶ必要がある。どんなにクソくだらない、と思ってもメモは取れ。しかし、世の中には「メモなんか取るな」と「なんでメモの一つもねーんだよ」を同じ口から発するゴミクズ野郎も大量にいる。ボウフラとどっちが多いかな?くらいの数がいる。しかし、君はクソボウフラ野郎からなんとか情報を吸出し、戦っていかなければいけない。コレに対する方法論は幾つかあるが、俺は「フレーズ凝縮式」を推薦する。例えば、この文章は一章ごとにその章を集約的に表象するワンフレーズで取りまとめてある。メモにもこの方式を採用するといい。人間の記憶というのは、基本的にイモヅル方式で形成されている。メモは、その一文を取るだけでいい。夜にそれを見返せば、君は絶対におよそのことを思い出せる。それを記憶が新鮮なうちにノートに取れ。一年も経てば、君はマニュアルが書ける人材に育っている。いいか、メモから吸い出した一冊のノート、それは宝だ。それが世界を回している。忘れるな。メモは詩の如く取れ。君の記憶を呼び覚ます、美しい一文を素早く書きとめろ。これに慣れればいずれメモも要らなくなる。
半年も経った頃、君には「もう限界です」くらいの作業量が与えられる筈だ。これは多くの職場でそういうことにしているフシがあって、そいつが食べきれるか食べきれないか、ギリッギリの量を口にねじこまれる。ブラック気味なところだと、「精神力で食えや!」方式になる可能性も否定出来ない。しかし、俺が断言するがそれは君なら絶対にこなせる量だ。人間はそういう状況になると、概して頭が回転しない。三つも作業が並行すれば、何がなんだかわからなくなる。ジャグリングしながらテトリスをしつつダンスダンスレボリューション、みたいな気分になるはずだ。しかし、君には便利な外部記憶媒体、すなわちノートというものがある。「やべー、いますぐ手をつけなきゃ絶対おわんねー」と思った時こそ、ノートに全てを書き出せ。作業のエンドが見えないまま手を動かすな。エライことになる。いいか、まず大事なことは「俺には出来る」という確信を、全くの無根拠であっても持ち続けることだ。そして、君は実際に出来るはずだ。これは実にシンプルな話で、設計図なしで機体は組み上がらない。しかし、大量のタスクに追い立てられるとこれが見えなくなる。ヤバイ時、君が真っ先にやることはエンドまでの工程図を組むことだ。焦るな、まずはこれをやれ。これが終われば、どんな仕事も五割は終わっている。それを忘れるな。いいか、君は絶対に無能なんかじゃない。信じろ、信じなければ予定なんか組めやしない。それでも出来なけりゃ、そんなタスクを振った上司がクソ無能なんだ。いいか、これを忘れるな。
⑥お局を殺せ
どの職場にも必ずいる悪性新生物、「OTUBONE」は骨の折れる相手だ。まるで癌のように転移し、害悪を放ち続ける。あんなに愛らしかった新人一般職も、十年経てば仲間入りだ。誰だ、新人にベヘリットを配布したのは。今すぐガッツ呼んでこい、義手大砲ブチこめ。なんにせよ、「この道20年」みたいなお局は男女職種全て問わず新人にとって最初の難関と見て間違いない。カンタダみたいなものだ。個人的に、一般職の定年は35歳にすべきだと俺は確信している。君の立ち居振る舞い、仕事のこなし方、日常生活や趣味、果ては性生活や好みの体位まで奴らは干渉してくる。顔面に正拳突きをブチ込みたくなったのは君だけじゃない。これで、僕の燃料棒もブチこみたいです!みたいなヤツらならまだヤル気もみなぎってくるというものだが、あいつらは原発も一瞬で1ケルビンまで冷却するタイプの生き物だ。今すぐ福島に送り込めばみんなハッピーになれる。民主党は何をしてるんだ、今すぐやれ。しかし、大体の場合現場仕事の詳細はこの厄介な生き物から盗み取るしかない。就職王に続いて新人王を目指して戦った俺だが、この生き物の攻略だけは些か苦労した。ここだけはイケメン補正がかかるからだ。日常面での攻略は、「15分のアドバンテージ」に準ずるが、「マニュアル作成」作業が更に重要になる。早い話、現場の仕事回しがクソお局より優秀になれば、君はお局をぶっ殺せる。とにかく、血を吐く思いをしてでもマニュアルを完成させろ。これだけは言っておく。クソお局が20年かけて学んだ内容は、君なら半年で絶対にやれる。ここまでいけば、お局の存在意義などゼロに等しい。そこまでは、耐えろ!大丈夫、君は独りじゃない。少なくとも、世界のほとんどの新人(除くクソイケメン)は君の味方だ!
⑦上司の足を掬え
マニュアルが完成すると、君には見えて来るはずだ。職場の全体像が。必然的に、君には「足払い」をかけられるポイントも見えてくる。散々足を払われて得た教訓がここで生かされる。つまり、あれをこうしたら上司コレミスやらかすんじゃね?みたいな部分が、君には見えているはずだ。未必の故意、という言葉がある。これは社会人生活に於いて「無罪」の同義語だ。この辺りから、君は逆襲に転じなければならない。つまり、これまでは多くの人間にへつらい、腰をヒン曲げ、頭を下げ倒して来た君だが、そろそろそこから得られる実り、リターンは小さいものになって来ている。君は手柄を立てなければいけない。しかし、所詮三年目くらいである君に「手柄」を立てるチャンスはほぼない。少なくとも、業務が正常に回っている限りは。ここは一つ、コケていただかねばならない。そして、コケたところに君ははせ参じる「こうなる可能性は見越していました!」。これは、実のことを言えば正攻法で手柄を立てるよりは、よっぽどイージーなことだと言っていい。予測された失敗には、対処が出来る。しかし、予測もしていなかった上司はパニックに陥る。もし、上司がパニックに陥らなかったとしても、君は別段何も失わない。ただし、責任の遡及が及ばないことは入念にチェックしてから行うのは当然のことが。自分の足を払って流血するなんて馬鹿馬鹿しいことをするくらいなら、何もしないほうがよっぽどマシだ。しかし、チャンスは見逃すな。やれる時は、殺れ。
⑧グチニケーション
同期というものが、多分君にもいるだろう。実際のところ、同期というのは競争相手であり君が会社に残る気であるならぶっ殺すべき相手なのだが、実際は「デキない同期」こそ大事にした方が得られるものは大きい。君の同期にも、必ず一人は「どーしようもない」と評される奴が出てくる筈だ。これは、人間関係の力学として必ずそうなる。しかし、君は常にそういう同期に優しく接し、かつ失敗談を綿密に聞き出すべきだ。「デキる同期」と仲良くするメリットは概して少ない。奴らは往々にして情報をこぼさないし、そもそもウザイ。奴らの「頑張ればいいんだよ!」論は、脳に悪い影響を与える。大脳新皮質がどんどん死んでいく。むしろ、「どーしようもない奴」から得られるネガティブな情報こそ、明日に生きる。彼のやらかした失敗は君もやらかし得る。ダメ同期から一つミス談を聞くたびに、君のリスクは一つずつ軽減される。そして、君と彼の友情は実に強固なものとなる。どんなダメな同期であっても、一応は毎日出社し、仕事はこなしている。噂に聞くほどの差は実はない。そこから得られる情報は、常に君を救い得る蜘蛛の糸だ。そして、君の存在はダメ同期を支え、助けるだろう。これほど素晴らしい情報源が他にあるだろうか?これは、職場の「ダメな先輩」にも言える。過度に職場で仲良くすることはデメリットが大きいが、それでも先輩は先輩だ。長いキャリアの分だけ多くの情報を持っている。それは、大事にしろ。デキる同期はコケるまで放置しとけ、無論デキ同期がコケた話を聞いた時は速攻で電話を鳴らすのは言うまでもない。
⑨体調
俺は社会人になって、人生最大の苦難にブチ当たったことをここに報告したい。俺は、ナルコレプシーだった。俺は学業もそれなりの成績で収めてきたし、自分が無能だと思ったことはそれほどない。しかし、思い返せば俺はあらゆる授業を眠り倒して生きてきた。なまじ、独学が得意だったせいで、この歳まで気づけなかった。俺は、自分が救いのないブサイクで初対面の女性にアメフラシを顔面に投げつけられたような嫌悪感を与える部類の生物だということは認めても、自分がそれほどのハンデを抱えていると認識したことはなかった。ちなみに、攻撃されても紫色の汁は出ない。入社直後、上司の談話を聞きながら俺は爆睡した。現在は、お薬を飲みながら問題なく業務を進めているが、「居眠りクソ野郎」の汚名を被ったまま進めた社会人生活は、正直言って辛かった。俺の職場はそんな人間に仕事を任せるように出来ていなかったので、必死に隠し通しながら検査入院の時間をヒリ出すのにも相当の苦労をした。これほど特異な例ではないにせよ、体調というのは凄まじく大事なものだ。睡眠時間が十分でなかったり、体調が悪かったりした場合職務遂行能力は7割減だと思って間違いない。新入社員は、何はともあれ六時間寝ろ。他の何を犠牲にしても、寝ろ。そして食え。エスタロンモカはポケットに入れておけ。体調に不安を感じたら、何を差し置いても病院に行け。ワイパックスを一錠を持っているだけで、人生は随分楽になる。ソリッド・スネークだって狙撃の時には使っていた。使えるものは全部使え。薬は、偉大だ。いいか、おまえはそれほど強くない。頼れるものには頼れ。ヤバい時こそ精神論に逃げるな。現実的に対処しろ。死ぬ前にデパスを飲め、それで9割は生き残れる。
⑩生きろ
正直に言えば、社畜ライフに辛いことは山ほどある。精神論に逃げるな、と言った口でおれはやはりこれを言わなければならない。おまえは、生きてるだけで素晴らしい。生きてるだけで、人間は合格だ。もし、どうしても耐えられない時が来たら、首を括るか仕事を辞めるかの二択を迫られた時は、迷わず辞めろ。やれることを全部やっても尚、どうしようもないシュチュエーションというのは起こりえる。地震が起きて津波がなにもかもを浚っていったり、飛行機がビルに突っ込んだりする世界なんだ。それは、仕方がない。そんな時、おまえが一番に考えることは「生き抜く」ということに他ならない。俺は再来月仕事を辞めて、新しい世界に挑んでいく。これは、とりもなおさず俺が組織人として適応不全であったことを示している。俺は、本当のことを言えば負けた。ここで勝ち抜いていくことに、どうしても意味や意義を見出せなかった、もっと正直に言えば同期の「とうだい」軍団にこの土俵で勝つ方法論を見出せなかった。そりゃあ、幾つかのハンデは喰らったにせよ、俺は同期の中で常に上位一割をキープした自負はある。しかし、結局のところを言えば、俺は負け組だった。「就職王」でも明白だったが、所詮俺はフェイクだった。ここには向いていなかった。でも、人生は続く。まだ生き抜かなきゃいけない。だから、こんな十カ条を完璧にこなす必要なんかハナっからないんだ。とにかく、君は生きていけ。社会生活は理不尽の繰り返しだ、また自分自身がその理不尽を他人に振るわなければならないことも多々ある。そんな中で、君は生きていかなきゃならない。いいか、君は生きるべきだ。一切の留保や付帯条件なしに、君は生きていかなきゃならない。それだけは忘れないでくれ。
どーでもいい話だが、ブコメ数に気を良くした俺は文章仕事が欲しいなぁ、とか思い始めた。
お米券とかビール券とかでも書くので、商業誌から学生の同人雑誌までそういう界隈の人、なんか仕事ください。
基本、筆は早いです。実力はともかくとして、コレ書くのに大体20分です。穴埋めが必要なら、是非。
syusyoku0@gmail.com
うん、冷静に考えて7000字を20分は無いね!秒速3.5文字は流石にムリだね。
泥酔状態の感覚で20分ってことで。素面ならもっと良いものが書けるかと言えばそうでもないから困る。
というわけで、やっぱり仕事ください。
こいつらが何を言い争ってるのか把握したのでまとめた
まずkurahitoが執拗にFrancesco3にセクハラを続けている
「Francesco3とはファックしたくないファックファック」と狂ったように騒ぐkurahito
''kurahito" 因みに実母とファックしたいと思った事はありますが、F子みたいなのが母親だったら
ファックしたいとは思わない。客観的にw親密に見えたとしても。 2010/12/15
"kurahito" 私がファックしたいと思う基準は親密性もさることながら責任能力。
F子みたいに電波な母親とファックしたら後々面倒に決ってるので桑原という感じ。教員もしかり。 2010/12/15
ひとりはてブタワーをのぼりながらファックの話を続けるkurahito
みんな遠巻きにしている誰も止められない
ここでNATSU2007登場
"NATSU2007" あーはいはい 貴方の発想って一事が万事「女が俺に欲望されないから嫉妬してる」
しかないんだね。だから「ファックしたくない・お前には欲望しない」と見当違いに吠える。
珍しい心性じゃないが。むしろ何度目だナウシカ。 2011/03/21
"kurahito" これは一般論だが「夫がロリエロ/近親姦漫画を隠してました。おぞましいです」は嫉妬だと思うが。 2011/03/22
嫉妬脳の恐怖wwwwwww
なぜか女から欲望されている事を疑わないのは
キモヲタ全般に共通するが
こいつらの自意識過剰の理由を誰か説明してくれwwwwwwwwww
"NATSU2007" それら全て「欲望されない女の嫉妬」と定義するならゲイ男性も当然忌避される筈だが
逆に好かれてる位だ。さーどうする理屈に合わないな。「ホモが嫌いな女子はいません」が
二次に限るとしても「おこげ」も存在する。 2011/03/23
"kurahito" 浅っ。腐女子やオコゲは「ヘテ男に欲望されねばならない」という心的負担のない
安全圏からゲイ男性を視姦してるだけでしょう。 2011/03/23
"NATSU2007" メタブ え、小児性愛者や人形愛者は「ヘテ男」で括られるわけ?幼少年しか欲望しないペドは?
ゲイ男性と同じ立場の筈だが幼女を欲望するペドと同じように"おぞましがられている"と思うんだけど。 2011/03/24
"NATSU2007" メタブ あとこれ"kurahito氏自身"が「ヘテ女に欲望されねばならない」
痛い所を刺されkurahito泣きながら逃亡wwww
"kurahito" ↓「異性愛⊃人形愛、近親姦、小児性愛」なんだが。私のことを知りもしない癖に
知ったような書方するし、知ってほしいとも思わないし、他者に敬意を払えない
自称ライターさんもウザイからこれ以上レスしません。 2011/03/24
"NATSU2007" メタブ, 性 これじゃ父息子・兄弟の近親姦や少年性愛者も「ヘテロ」となる。
「ヘテ男に欲望されたい女の嫉妬」メソッドではそれらが忌避される説明がつかない。
どこまでもヘテロ目線だから破綻するんだよ。底が浅いのはどっちよ 2011/03/25
(私も散々ナツと呼び捨てにされ失礼な事書かれた)、
知りもしない他人の事を知った様に書いてきたのは貴方じゃないの。
ついでに
知りもしないFrancesco3のことを知ったように論評するkurahitoと
それをブーメラン返しで自覚させるNATSU2007
"kurahito" 私が見聞きした限りではF子は娘に対して異常に他人行儀な気がするんですよね。
異常に距離感が掴めてないというか。「親子は他人の始り」をどこかで認識し損ねたかのような。 2011/03/10
"NATSU2007" メタブ, 転移 私が見聞きした限りkurahito氏は母親への恨みを母の表象の
以上
堪忍バッグの緒がきれたNATSU2007がバッサリ斬った構図だが
イメージ操作したがっているid:kanoseやそのお仲間の遣り口の薄汚さには
ノドにスッパい物がこみ上げてくるのを抑えきれねえ。まるwwwwwwwww
※2011年に7人から倍の14人に増えたことを踏まえ、今後、年々倍加していくと
上の表をみていただければわかるが、このまま福島第一原発のメンバーが増え続けることは
最初の数日は大したことがない。しかしこれは倍々ゲームの怖さをしらない素人の考え
である。倍々ゲームは恐ろしい。ネズミ講もインフルエンザのパンデミックも末期癌の爆
もう一度図を見てほしい。猛烈なスピードで福島第一原発のメンバー数が増え始めるのは、
10日後、3月25日からである。乳がんでも当初は米粒大だった癌細胞が20年後、豆
粒大になったとたんに爆発的に増殖し、1年後に患者を死に至らしめる。
同様に増殖する福島第一原発も横浜市の人口を抜き、北海道の人口を抜き、日本の人口を抜
き、世界の豚人口を抜き、中国人口を抜き、そして2038年には世界人口を抜き去る。
もう一度いう。
福島第一原発の増殖はネズミ講やインフルエンザのパンデミックや末期癌の爆発的転移と同
じであり、われわれは何としてもこの福島第一原発の増殖を止めなければならない。
来月で25歳になって、被選挙権を得る俺が本気で日本を立て直すための戦略を考えてみた。
・法人税減税。
・消費税増税。どう考えても仕分けや埋蔵金みたいな小手先の策で対応できるとは思えないので、
・札証、名証、福証等の地方取引所、東工取、東穀取のような商品取引所を大証に統合。
大企業中心の東証に対する、地方、新興、商品主体の取引所に再編。
・製造業の大規模投資の税制優遇。韓国台湾のハイテク産業に対抗する。
・林業の近代化。林道整備、機械化、製材所、流通経路を含めた改革のバックアップ。
北方領土は2島返還で手打ち。経済水域は割と広いので名を捨てて実を取る。北の備えを南西にシフト。
・本気で常任理事国を目指す。新興国にインフラ売り込みをがんばる。
・FTAの推進。同時に利権の温床になっている中小農家の淘汰してJAを解体。専業農家、企業参入を優遇。商品作物輸出を図る。
・ミサイル防衛の推進。
・核武装はしない。維持費用がヤバイのと、不謹慎な話だけど世界で唯一の被爆国という立場を外交に生かすため。
・次期主力戦闘機はF-35を買う。三菱にはT-4後継の練習機の生産で仕事を維持。同時にこっそりF-3開発推進。
・F-35はVTOL型を購入して、いざとなったらDDHを軽空母にするぞというポーズを取る。
アメリカ空母で着陸訓練をさせてもらう。ただし、本気でやばくならない限り軽空母保有はしない。
・普天間基地の下地島移設。基地問題と防衛力維持の両立を図る。
・陸自のヘリの国産化。UH-X、AH-XはOH-1ベース。がんばれ川崎。
・若年層が高齢者を支える仕組みは限界だと思うので、同世代内の相互扶助の仕組みみたいなのができないか考えてみる。
・少子化なのに小児科医、産科医の不足、保育所の不足。よくわからないので詳しい人に頼む。
具体的には、
・首都圏高速道路網(圏央道、外環道、中央環状道)の整備。渋滞の緩和
・中央リニア完成と同時に伊丹空港を縮小してビジネスジェットの拠点に改装。国内線は関空に。
・なにわ筋線を建設して関空アクセスの改善。関空を西日本のハブ化。
北陸は名古屋とのアクセスを考慮して米原ルート。リニアがあれば東海道のキャパも問題なし。
石油・天然ガスの中東依存脱却と、製造業の競争力強化の観点で考える。
・地球環境変動のメカニズムを研究するための衛星、スーパーコンピュータ予算を増やす。
・ただし京速計算機みたいな無駄遣いはしない。東工大のTSUBAMEみたいな効率的なヤツをたくさん作る。
・安全保障と絡めて、早期警戒衛星の開発。ミサイル防衛の強化と宇宙開発の官需を作る。
・というか、有人宇宙開発やろうぜ。
・大規模な風洞実験室を北海道に整備。航空宇宙産業の強化と、地方振興を同時に図る。
・これらの財源は、排出権取引みたいな馬鹿らしい枠組みから離脱して捻出。
・レアアース代替材料の開発推進。
・広い領海を生かして海洋資源の調査推進。
・まともなNPO/NGOが活躍できる仕組み作り。昔バイトしたときの経験から考えて、
名誉欲の強い定年退職じじいや、勘違い主婦、自分探しの若者しかいないのが原因。
まじめな失業者や無職がNPO/NGOに参加していると職歴として認知されるような空気を作る。
最近警察がやってる路上駐車の取り締まりや、飲酒運転の罰則強化なみにしつこく政府広報すれば空気は変わる。
解雇規制の緩和するからには引き替えになる政策が必要だし、起業の増加につながるかもしれない。
・選挙区の一票の格差是正。都市部や若年層に不利すぎる現状を打開する。
・官僚に政策を丸投げせずに党でシンクタンクを保有して政策立案能力を高める。
働き口の少ない文系ドクターの受け皿になって、ドクターの雇用問題を考えてますよアピール。
以上、長文失礼。
タイトルに不適切な表現がありますが、あえて使わせてもらいます。不愉快な人はごめんなさい。
3年前の今頃、夫が重度の男性不妊だと分かり、現在まで子供なし。今年中に体外受精をしようと夫婦で決めていたので先週の私の誕生日(土曜で夫の仕事が休み)に不妊専門の病院へ行ってきた。
本当はもう少し早くに不妊外来へ行く予定だったんだけど、婦人検診の乳がん検査にひっかかってしまい、精密検査に時間がかかってしまった。
エコーで腫瘍が左胸に1つと右胸に2つみつかり、そのうち1つは問題なし、残り2つは「異型細胞」で癌ではないが正常でもなく、今後癌化する可能性もあるので半年毎の経過観察ということに。体外受精をする予定だとあらかじめ伝えていたので、主治医は今後はホルモンの影響等も考えて経過観察する予定だと言ってくれた。
エコー、マンモグラフィー、MRI、針生検と、癌の可能性がなければしない検査(針生検)までしたので、結果が出る前に乳がんの覚悟はしていた。30歳になる前1ヶ月間は乳がん検査と結果待ち。まだ20代だし3つの腫瘍が全部癌ならすぐに全身に転移して死ぬのかな・・・と、とても不安だたけど、私を不安がらせないようにか、夫は「絶対癌じゃないよ」と言うだけだった。
3年前、夫の精子検査の日、夫は結果を聞く前に仕事に戻ったので私は一人で結果を聞いた。
先生:「はい、○○さんの奥さんね?えーっと、ご主人とは自然妊娠は無理ね。精子が少なすぎるから。体外受精でも無理だろうね。子供ほしいなら顕微授精以外無理ね。」
私:「え・・・・?」
先生:「顕微授精の説明は看護師から聞いて帰ってください。はい、お疲れ様でした。」
私:「え・・・、先生、無理って絶対に無理なんですか?」
先生:「絶対とは言えないけどこの数字じゃねー、考えても仕方ないよ。」
徐々に自分の体から血の気が引いていくのを感じて、意識がボーっとして、大して何も質問が出来なかった。ただ、先生の言い方が冷たくて冷たくて、平常心を保つのがやっとだった。何で夫は帰ったんだろう、一緒に居てほしかったと強く思った。今考えれば、同情した言い方をすると泣いてしまうかもしれないから、淡々と言ってくれたのかもしれない。
なので、今回は自分の検査だったけど、結果を聞く時は一緒に居てほしかった。癌じゃないと思うけど、もしも癌だと言われた時には、夫に隣に居てほしかったから仕事を休んで一緒にきてとお願いした。有給があまってるので休めたけど、「結果聞くだけなら一人で行けるでしょ?」って言われた。夫は私がお願いしたら嫌でもお願い事を聞いてくれるのでそれはありがたい。だけど、自分の本意じゃないことも口にするので、時々傷つく。
乳がん検査の結果を聞いた帰りの車の中で、「今は癌じゃないけど、来年には癌になってるかもしれないから、早く子供、作らないとね。もし癌になったらしばらく子供作れないもんね。」って私が言ったら、「見つかってないだけで、俺の体のどこかにも癌あるかもしれないし。」って言われた。夫にとってはその程度の事なんだ・・・と思った。
今までは、夫が不妊で子供が出来ないから自分に引け目はなかった。だけど、自分が癌になって夫の子供が産めなくなるのは申し訳ないと思った。だからすぐに体外受精の病院へ行くことにした。
だって、もし妊娠中に発ガンしたら、癌の治療と中絶のどちらかを選択しないといけない。治療をしないで出産する人もいる。それで子供を残して死んでしまう人も居る。考えすぎだろうけど、やっぱり癌化する可能性があるのなら、今後の最悪の状況は頭をよぎる。
誕生日の前日、外食をしてホテルに泊まった。ちなみにホテルは会社の保養所指定先。誕生日、結婚記念日は必ず外食をしてプレゼントとカードを渡すようにお互いしてきたので、今回も夫はそうしてくれた。だけど、その渡し方が悲しかった。渡し方くらいでって男の人は思うだろうけど・・・。
今までは食事の時にバースデーソングが流れてプレゼントを渡されるとか、日付が変わった瞬間に渡されるとか、そういう演出をしてくれる人だった。
今回はホテルについてベッドに転がったら、「はいこれ」ってプレゼントとカードをベッドに置かれた。午後10時くらいで、まだ誕生日じゃなかった。
私:「え?もう?まだ誕生日きてないよw」
夫:「20代のうちに渡したいから」
私:「え?だって誕生日プレゼントでしょ?誕生日にほしかったな」
夫:「30代とかいやでしょ?20代のお前にあげたかった・・・云々・・・」
夫は同級生で、誕生日は11月。いつも私が先に年をとるけど、自分では今年30歳になるのがそんなに嫌じゃなかったから、夫が20代の私に固執した発言をしたのが悲しかった。
次の日、私の誕生日、日本でも有数の体外受精の権威の病院へ行った。夫の結果はやっぱり悪くて顕微授精以外無理だと言われたけど、私は状態がよかったらしい。
男性側が不妊の場合は、女性は正常でも不妊でもあまり関係なくて、排卵誘発剤を使ってできるだけ沢山の卵子を作って、薬で全部を一気に排卵させて、卵巣から直接卵子を採取する。自己注射になったので、誘発剤は自分で注射器で毎日打つことになった。看護士が別室で注射の打ち方を教えてくれたけど、自分のお腹に注射器を90度の角度で針の根元まで刺すなんて、グロいし怖い。いきなり練習でやってみてと言われたけど、緊張してうまく出来なくて、痛かった。針がお腹に刺さっていかなくて、「痛い、これ以上針が入らないんですけど」と私が看護士に言ったら、「大して痛くないくせに」って夫に言われた。人に刺されたら痛くないんだろうけど、自分で自分に刺すのは、うまく出来ないから痛い。どうせなら「頑張れ」とか「大丈夫大丈夫」とか、そういう励ましの言葉がほしかった。
お昼頃に病院についたけど、初診で体外受精の準備が全部整ったので、自分でする薬や注射一式を渡されて、スケジュールも説明されて、あとは自分のタイミングで始めてくださいって言われた。今度病院に行くのは、自分で誘発させた卵子を採取してもらう時。少しづつ治療が始まると思ってたのにいきなりスタートを切らされた感じがあって戸惑った。
たまたま病院が私と夫の母校大学から車で30分くらいの所にあったので、その日は誕生日だし、病院が終わったら、大学まで行って、昔し住んでたマンションを見たりよく一緒に行った居酒屋に行ったり、同級生が働いてるバーによって久しぶりに話がしたいって夫に言っておいた。子供を作る前に、少し昔しを懐かしみたかったから。
病院を出て夫に「大学近辺に行くんだよね?」って言われて「うん」って言った。病院を出た時19時を過ぎていて私は検査が多かったので疲れてたけど、誕生日なので楽しく過ごしたかった。夫は精液検査だけだったので、待ちくたびれてたのかもしれない。何だか二人とも疲れてた。
「あと2回ここくれば、それで終わりだよね?」って夫が言って、私はキレた。
これから家で注射をしたり色々準備して、病院に行くのはあと4回。そのうち2回は私は腹腔鏡手術をしないといけない。夫は1回、オナニーをして精子を出すだけ。
こんなこと思っちゃいけないんだろうけど、夫のせいで私は痛いきつい辛い思いをしてホルモン治療をするのに、夫はアダルトビデオを見てシャーレに射精すればそれで終わり。体外受精は男性と女性の精神的肉体的負担が全然違う。本当は「夫が健康だったらこんなことしなくていいのに」って思ってるけど、精子がなくて辛いのは夫だから、それは言わないようにしてた。だけど、最近の夫の思いやりのない発言に限界だった。
「2回じゃなかったっけ?」って夫がまた言った。かる~く言った。意外と大したことないねって感じで言った。私が口を開いたら醜い言葉しか出ないから、ずっと黙ってた。涙が止まらなかったけど、横を向いて気付かれないようにしてた。これから顕微授精に向けて私がなにをするのか、夫婦で説明を受けたのに、夫は聞いてなかったんだ。だって2回じゃない。
乳がん検査の時、「もしも癌でも、自分のことを第一に考えて、子供は無理して作らなくてもいいよ」って言ってほしかった。
誕生日の日、「30歳おめでと。30代も一緒に楽しく過ごそうね」って言ってほしかった。
注射が痛いって言った時、手を握ってほしかった。
帰りの車で、「体外受精で辛い思いをするかもしれないけど、一緒に頑張ろう」って言ってほしかった。
きっと私がこうしてほしいって言ったら、そうしてくれる。夫は優しい人だ。だけど、自発的に思ってるわけじゃないのがわかって辛い。
「何で心配してくれないの?」って言った後「大丈夫?」なんて言われても嬉しくない。
体外受精までして子供を作っていいのかも不安だし、答えが出ない。もしかしたら子供は作らないほうがいいのかなって時々思う。
ありのままの出来事を人に言うと、単なる夫への愚痴・悪口になるので友達にも言えない。
最近こんなことが続いてたけど、本当は夫は優しい人だし大事にしてくれてると思う。夫のことが大好きだし夫も好きだと言ってくれる。
毎日一緒に夕食を食べてくれるし、週末も一緒にいてくれる。いつもパソコンばかりしてるけど、外でも手をつないでくれるし、夫を知ってる人はみんな「愛妻家だよね」って言ってくれる。
ただ、すごく鈍くて察することをしないだけ。私が普通の声のトーンで怒ったら気付かない鈍い人。
自分たちの事は客観的に見れないけど、客観的には幸せな夫婦です。自分でも幸せだと思ってる。
今回、色々とヘビーなことが短期間に集中したので誰かに愚痴りたくて増田に思いを綴ったけど、こういうことを乗り越えて他人が夫婦になっていくんだと思う。
そう思いたい。だから頑張ろう。
NATROMです。
「ホメオパシー信じて死ぬのと同じだよねこれ。」には大きな問題があると考えます。治癒切除不可能の膵癌に対する治療を拒否するのは、「ホメオパシー信じて死ぬのと同じ」ではありません。標準的とされる治療は抗癌剤です。効果はありますが、治癒には至りません。転移性膵がんに対する化学療法の効果はこんな感じです。
http://www.gsic.jp/cancer/cc_12/acd/img/02.gif
他にジェムザール+TS-1とかいろいろありますが、劇的に生存期間を延ばすものはまだないはずです(膵がんは微妙に専門外ですので、詳しい方がいらっしゃれば補足をしてくださればうれしいです)。数ヶ月の生存期間を延長させる効果です。私なら、それでも抗癌剤治療を受けます。その数ヶ月でやれることあるじゃん。でも、副作用やらとの兼ね合いで、抗癌剤治療をしないという選択も十分理解できます。たとえば、悪性リンパ腫(こちらは「治癒」する可能性が見込める)の化学療法や、治癒切除可能な固形癌の手術を拒否するのとは、意味が異なります(まあこれも十分な説明を受けてそういう選択するのもアリだとは思いますが)。
まあそんなわけで「ホメオパシー信じて死ぬのと同じだよねこれ。」に対する批判には一定の妥当性があると考えます。ただ、ブクマ含めて、ちょっと気になったことがいくつか。
「まもなく死ぬとわかってる末期のがん患者に抗がん剤を投与する意味」→生存期間が延びたり、QOLが改善したりします。数ヶ月ぐらいだと「それほど意味ねーな」と思う人がいるのは理解できます。でも、たとえば、大腸癌の化学療法はすごく進歩していて、数年ぐらい伸びます。もしかしたらそのうち「治せないけど進行を止める」ことぐらいはできるようになるかもしれませんよ。
「抗がん剤治療だと入院必須」→入院が必要な抗がん剤もありますが、外来で可能な抗がん剤もあります。膵癌に対する抗癌剤であるジェムザールは外来でできます。TS-1も内服ですので外来でできます。
「(抗がん剤は)早期で転移が少ない状態では有効でも進行したがんについては非常に難しい」→早期で転移が少ない状態ではあまり抗癌剤治療はしません。外科切除後に、再発予防で使うことはあります(術後補助化学療法)。
「まず副作用がひどい(事が多い) 本人もつらいし、まわりもつらい」→治療の目的にもよりますが、副作用がきつければ用量を減らしたりします。よほどのヤブでない限り「早く死にたい」という患者さんにムリヤリ使ったりしません。また、ジェムザールはわりと副作用は少ない方です。
「費用面でもバンバン出費がかさむ」→保険適応になっていれば高額療養費制度でなんとかなります。でも、最近では抗癌剤治療が進歩して生存期間が延びたので、費用が問題になる場合はあります。
今 敏監督の選択に対する的外れな揶揄に対する批判には深く同意します。「自由度を高めるのは悪いことではない」という増田さんの意見に賛同します。ただ、「つらい副作用」をあまり強調されると、必要な治療を回避してしまう人がいないとも限りません。
他にも、癌の進行による症状悪化を、副作用だと誤認して、「抗癌剤の副作用が酷い」と仰られる方もおられます。
抗癌剤治療はすごく進歩していますので、ご自分やご家族が抗癌剤を受けるかどうかの選択を迫られたら、専門家によく聞いてから判断してください。
この記事に賛同しているy_arimもアニメライター(記事書く方)
いやだからさ、
基本的に、転移した膵がんはまず助かる余地がないです
NATROM 遠隔転移ありの膵癌だったら、抗癌剤拒否は理解できる。私だったら、抗癌剤治療受けるけど。
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/ssig33/20100825/1282722071
ひとまずそれなりに現場のことを知っていると思しい20100825225519の増田氏(この増田ってのは馴染めないんだが仕方ない)と専門家のNATROM氏が
「このケースは、スタンダード治療である抗癌剤使用さえ、もはやその是非を考えていいくらいの重症」だと考えてるってことだから。
前者の2人が医療ライターだってんならまだともかく、シナリオライターだのアニメライターだの、それとこちらとどっちに「判断材料」が多いと思うのさ。
忘れもしない今年の5月18日。
武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。
妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。
普段から心底思ってはいた。
「いつ死んでも仕方ない」
とはいえあまりに突然だった。
確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、
改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。
気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。
http://d.hatena.ne.jp/ssig33/20100825/1282722071
・ホメオパシーの例の事件の問題は、助産師という医療関係者が、K2シロップの非投与という医療怠惰行為を本人又は保護者の説明/了解なく行ったこと
・代替治療の多くが非難されるべきなのは人の弱みにつけ込む悪徳商法となりやすいから
本人が自分で判断できるのであれば、治療方針が科学的であるかは関係ないです
基本的に、転移した膵がんはまず助かる余地がないです
がんは若くて元気な人ほど進行が早いので、今監督のようなケースでは余命は予測がほとんどできないです
少なくとも、抗がん剤治療をしたところで、新しい作品を残すところまで回復するのはありえない
そもそも、抗がん剤治療というのは完全に確立したものではなくて、
いろいろなガンの発生部位、進行度、併発症状などを
少しずつ試しながらある程度効果が確かめられたものを取り入れて
進行したがんについては非常に難しいのが現状なんです
まず副作用がひどい(事が多い) 本人もつらいし、まわりもつらい
副作用によっては見た目が変わる。
本人は早く死にたいと言い出すし、
介助してる側も、こっちのほうが早く死にそうだと
そういう冗談を言いたくなるほど大変です
もちろん、がんになった時点で同じなのかもしれません
ということもわかって頂きたいのです
(最近では医療ミスとして訴えられる訴訟リスクも重なってさらにヤバイ)
いうのを理解して欲しいです
それが正しい判断である場合がもちろん多いのですが、
それ以外の選択肢が許されていないということもあるのです
患者さんにとって、最善の選択ではないと分かっていてもです
科学が絶対であっても、いつか人は死にます
どうにもできない時が必ず来ます
その時にあなたは、どう生きるのか
そして死ぬのか
自分としては
本人の意思と判断が正常である場合には、
むしろ自由度を高めてもいいと思っています
自由度を高めるのは悪いことではないと思います
けして悪いことではないとおもいます
みんなが逃げながら、過度に膨張する倫理感
だれもが来る死
それから逃げないで、だれかのせいにしないで
もう少しだけ自分と向き合って欲しいです
尊厳死ももっと議論の俎上に上がっていいのではないかと思います
興味深かったですが、まさかこんな感想を持つ人が居たので
少し長い話を書いてしまいました。
忘れもしない今年の5月18日。武蔵野赤十字病院、循環器科の医師から次のような宣告を受けた。「膵臓ガン末期、骨の随所に転移あり。余命長くて半年」妻と二人で聞いた。二人の腕だけでは受け止められないほど、唐突で理不尽な運命だった。普段から心底思ってはいた。「いつ死んでも仕方ない」とはいえあまりに突然だった。
確かに兆候はあったと言えるかもしれない。その2~3ヶ月前から背中の各所、脚の付け根などに強い痛みを感じ、右脚には力が入らなくなり、歩行にも大きく困難を生じ、鍼灸師やカイロプラクティックなどに通っていたのだが、改善されることはなく、MRIやPET-CTなどの精密機器で検査した結果、いきなりの余命宣告となった次第である。気がつけば死がすぐ背後にいたようなもので、私にはどうにも手の打ちようもなかったのだ。
宣告の後、生き延びるための方法を妻と模索してきた。それこそ必死だ。頼もしい友人や強力この上ない方の支援も得てきた。抗ガン剤は拒否し、世間一般とは少々異なる世界観を信じて生きようとした。「普通」を拒否するあたりが私らしくていいような気がした。どうせいつだって多数派に身の置き所なんかなかったように思う。医療についてだって同じだ。現代医療の主流派の裏にどんなカラクリがあるのかもあれこれ思い知った。「自分の選んだ世界観で生き延びてやろうじゃないか!」しかし。気力だけではままならないのは作品制作とご同様。病状は確実に進行する日々だった。
一方私だって一社会人として世間一般の世界観も、半分くらいは受け入れて生きている。ちゃんと税金だって払ってるんだから。立派には縁遠いが歴とした日本社会のフルメンバーの1人だ。だから生き延びるための私的世界観の準備とは別に、「ちゃんと死ぬための用意」にも手を回してきたつもりだ。全然ちゃんと出来なかったけど。その一つが、信頼のおける二人の友人に協力してもらい、今 敏の持つ儚いとはいえ著作権などの管理を任せる会社を作ること。もう一つは、たくさんはないが財産を円滑に家内に譲り渡せるように遺言書を作ることだった。無論遺産争いがこじれるようなことはないが、この世に残る妻の不安を一つでも取り除いてやりたいし、それがちょいと向こうに旅立つ私の安心に繋がるというもの。
手続きにまつわる、私や家内の苦手な事務処理や、下調べなどは素晴らしき友人の手によってスピーディに進めてもらった。後日、肺炎による危篤状態の中で、朦朧としつつ遺言書に最後のサインをしたときは、とりあえず、これで死ぬのも仕方ないと思ったくらいだった。「はぁ…やっと死ねる」なにしろ、その二日前に救急で武蔵野赤十字に運ばれ、一日おいてまた救急で同じ病院へ運ばれた。さすがにここで入院して細かい検査となったわけだ。結果は肺炎の併発、胸水も相当溜まっている。医師にはっきり聞いたところ、答えは大変事務的で、ある意味ありがたかった。「持って…一日二日……これを越えても今月いっぱいくらいでしょう」聞きながら「天気予報みたいだな」と思ったが事態は切迫していた。それが7月7日のこと。なかなか過酷な七夕だったことだよ。
ということで早速腹はきまった。私は自宅で死にたい。周囲の人間に対して最後の大迷惑になるかもしれないが、なんとしてでも自宅へ脱出する方法をあたってもらった。妻の頑張りと、病院のあきらめたかのような態度でありつつも実は実に助かる協力、外部医院の甚大な支援、そして多くの天恵としか思えぬ偶然の数々。あんなに上手く偶然や必然が隙間なくはまった様が現実にあるとは信じられないくらいだ。「東京ゴッドファーザーズ」じゃあるまいし。
妻が脱出の段取りに走り回る一方、私はと言えば、医師に対して「半日でも一日でも家にいられればまだ出来ることがあるんです!」と訴えた後は、陰気な病室で一人死を待ち受けていた。寂しくはあったが考えていたのはこんなこと。「死ぬってのも悪くないかもな」理由が特にあるわけもなく、そうとでも思わないといられなかったのかもしれないが、気持ちは自分でもびっくりするほど穏やかだった。ただ、一つだけどうしても気に入らない。「この場所で死ぬのだけは嫌だなぁ…」と、見ると壁のカレンダーから何か動き出して部屋に広がり始めるし。「やれやれ…カレンダーから行列とはな。私の幻覚はちっとも個性的じゃないなぁ」こんな時だって職業意識が働くものだと微笑ましく感じたが、全くこの時が一番死の世界に近寄っていたのかもしれない。本当に死を間近に感じた。死の世界とシーツにくるまれながら、多くの人の尽力のおかげで奇跡的に武蔵野赤十字を脱出して、自宅に辿り付いた。死ぬのもツライよ。断っておくが、別に武蔵野赤十字への批判や嫌悪はないので、誤解なきよう。ただ、私は自分の家に帰りたかっただけなのだ。私が暮らしているあの家へ。
少しばかり驚いたのは、自宅の茶の間に運びこまれるとき、臨死体験でおなじみの「高所から自分が部屋に運ばれる姿を見る」なんていうオマケがついたことだった。自分と自分を含む風景を、地上数メートルくらいからだろうか、ワイド気味のレンズで真俯瞰で見ていた。部屋中央のベッドの四角がやけに大きく印象的で、シーツにくるまれた自分がその四角に下ろされる。あんまり丁寧な感じじゃなかったが、文句は言うまい。
さて、あとは自宅で死を待つばかりのはずだった。ところが。肺炎の山を難なく越えてしまったらしい。ありゃ?ある意味、こう思った。「死にそびれたか(笑)」その後、死のことしか考えられなかった私は一度たしかに死んだように思う。朦朧とした意識の奥の方で「reborn」という言葉が何度か揺れた。不思議なことに、その翌日再び気力が再起動した。妻を始め、見舞いに来て気力を分け与えてくれた方々、応援してくれた友人、医師や看護師、ケアマネージャなど携わってくれている人すべてのおかげだと思う。本当に素直に心の底から。
生きる気力が再起動したからには、ぼんやりしているわけにはいかない。エクストラで与えられたような命だと肝に命じて、大事に使わねばならない。そこで現世に残した不義理を一つでも減らしたいと思った。実はガンのことはごくごく身の回りの人間にしか伝えていなかった。両親にも知らせていなかったくらいだ。特に仕事上においては色々なしがらみがあり、言うに言えなかった。インターネット上でガンの宣言をして、残りの人生を日々報告したい気持ちもあったのだが、今 敏の死が予定されることは、小さいとはいえ諸々影響が懸念されると思えたし、それがゆえに身近な知り合いにも不義理を重ねてしまっていた。まことに申し訳ない。
死ぬ前にせめて一度会って、一言でも挨拶したい人はたくさんいる。家族や親戚、古くは小中学校からの友人や高校の同級生、大学で知り合った仲間、漫画の世界で出会い多くの刺激を交換した人たち、アニメの世界で机を並べ、一緒に酒を飲み、同じ作品で腕前を刺激しあい、楽しみも苦しみも分け合った多くの仲間たち、監督という立場のおかげで知り会えた数知れないほどたくさんの人びと、日本のみならず世界各地でファンだといってくれる人たちにも出会うことが出来た。ウェブを通じて知り合った友人もいる。
出来れば一目会いたい人はたくさんいるが(会いたくないのもいるけれど)、会えば「この人ともう会えなくなるんだな」という思いばかりが溜まっていきそうで、上手く死を迎えられなくなってしまいそうな気がした。回復されたとはいえ私に残る気力はわずかで、会うにはよほどの覚悟がいる。会いたい人ほど会うのがつらい。皮肉な話だ。それに、骨への転移への影響で下半身が麻痺してほぼ寝たきりになり、痩せ細った姿を見られたくもなかった。多くの知り合いの中で元気な頃の今 敏を覚えていて欲しいと思った。病状を知らせなかった親戚、あらゆる友人、すべての知人の皆さん、この場を借りて不義理をお詫びします。でも、今 敏のわがままも理解してやっていただきたい。だって、「そういうやつ」だったでしょ、今 敏って。顔を思い出せば、いい思い出と笑顔が思い起こされます。みんな、本当にいい思い出をたくさんありがとう。自分の生きた世界を愛している。そう思えることそのものが幸せだ。
私の人生で出会った少なからぬ人たちは、肯定的否定的どちらであっても、やっぱり今 敏という人間の形成にはどこか必要だっただろうし、全ての出会いに感謝している。その結果が四十代半ばの早い死であったとしても、これはこれとして他ならぬ私の運命と受け止めている。いい思いだって随分させてもらったのだ。いま死について思うのはこういうこと。「残念としかいいようがないな」本当に。
しかし、多くの不義理は仕方ないと諦めるにせよ、私がどうしても気に病んで仕方なかったことがある。両親とマッドハウス丸山さんだ。今 敏の本当の親と、アニメ監督の親。遅くなったとはいえ、洗いざらい本当のことを告げる以外にない。許しを乞いたいような気持ちだった。
自宅に見舞いに来てくれた丸山さんの顔を見た途端、流れ出る涙と情けない気持ちが止めどなかった。「すいません、こんな姿になってしまいました…」丸山さんは何も言わず、顔を振り両手を握ってくれた。感謝の気持ちでいっぱいになった。怒涛のように、この人と仕事が出来たことへの感謝なんて言葉ではいえないほどの歓喜が押し寄せた。大袈裟な表現に聞こえるかもしれないが、そうとしか言いようがない。勝手かもしれないが一挙に赦された思いがした。
一番の心残りは映画「夢みる機械」のことだ。映画そのものも勿論、参加してくれているスタッフのことも気がかりで仕方ない。だって、下手をすればこれまでに血道をあげて描いて来たカットたちが誰の目にも触れない可能性が十分以上にあるのだ。何せ今 敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ…ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。もちろん、作画監督、美術監督はじめ、多くのスタッフと共有していることもたくさんあるが、基本的には今 敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。そう仕向けたのは私の責任と言われればそれまでだが、私の方から世界観を共有するために少なからぬ努力はして来たつもりだ。だが、こうとなっては不徳のいたすところだけが骨に響いて軋んだ痛みを上げる。スタッフのみんなにはまことに申し訳ないと思う。けれど少しは理解もしてやって欲しい。だって、今 敏って「そういうやつ」で、だからこそ多少なりとも他とはちょっと違うヘンナモノを凝縮したアニメを作り得てきたとも言えるんだから。かなり傲慢な物言いかもしれないが、ガンに免じて許してやってくれ。
私も漫然と死を待っていたわけでなく、今 敏亡き後も何とか作品が存続するべく、ない頭を捻って来た。しかしそれも浅知恵。丸山さんに「夢みる機械」の懸念を伝えると、「大丈夫。なんとでもするから心配ない」とのこと。泣けた。もう号泣。これまでの映画制作においても予算においても不義理ばかり重ねて来て、でも結局はいつだって丸山さんに何とかしてもらって来た。今回も同じだ。私も進歩がない。丸山さんとはたっぷり話をする時間が持てた。おかげで、今 敏の才能や技術がいまの業界においてかなり貴重なものであることを少しだけ実感させてもらった。才能が惜しい。何とかおいていってもらいたい。何しろザ・マッドハウス丸山さんが仰るのだから多少の自信を土産に冥途に行けるというものだ。確かに他人に言われるまでもなく、変な発想や細かい描写の技術がこのまま失われるのは単純に勿体ないと思うが、いた仕方ない。それらを世間に出す機会を与えてくれた丸山さんには心から感謝している。本当ににありがとうございました。今 敏はアニメーション監督としても幸せ者でした。
両親に告げるのは本当に切なかった。本当なら、まだ身体の自由がきくうちに札幌に住む両親にガンの報告に行くつもりだったが、病気の進行は悔しいほど韋駄天で、結局、死に一番近づいた病室から唐突極まりない電話をすることになってしまった。「オレ、膵臓ガン末期でもうすぐ死ぬから。お父さんとお母さんの子供に生まれて来て本当に良かった。ありがとう」突然聞かされた方は溜まったものではないだろうが、何せその時はもう死ぬという予感に包まれていたのだ。
それが自宅に帰り、肺炎の危篤を何とか越えて来た頃。一大決心をして親に会うことにした。両親だって会いたがっていた。しかし会えば辛いし、会う気力もなかったのだが、どうしても一目親の顔を見たくなった。直接、この世に産んでもらった感謝を伝えたかった。私は本当に幸せだった。ちょっと他の人より生き急いでしまったのは、妻にも両親にも、私が好きな人たちみんなに申し訳ないけれど。私のわがままにすぐ対応してくれて、翌日には札幌から両親が自宅についた。寝たきりとなった私を一目見るなり母が言った言葉が忘れられない。「ごめんねぇ!丈夫に産んでやれなくて!」何も言えなかった。
両親とは短い間しか過ごさなかったが、それで十分だった。顔を見れば、それですべてわかるような気がしたし、実際そうだった。
ありがとう、お父さん、お母さん。二人の間の子供としてこの世に生を受けたことが何よりの幸せでした。数えきれないほどの思い出と感謝で胸がいっぱいになります。幸せそのものも大事だけれど、幸せを感じる力を育ててもらったことに感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。
親に先立つのはあまりに親不孝だが、この十数年の間、アニメーション監督として自分の好きに腕を振るい、目標を達成し、評価もそれなりに得た。あまり売れなかったのはちょいと残念だが、分相応だと思っている。特にこの十数年、他人の何倍かの密度で生きていたように思うし、両親も私の胸のうちを分かってくれていたことだろう。
両親と丸山さんに直接話が出来たことで、肩の荷が下りたように思う。
最後に、誰よりも気がかりで、けれど最後まで頼りになってくれた妻へ。あの余命宣告以来何度も二人で涙にくれた。お互い、身体的にも精神的にも過酷な毎日だった。言葉にすることなんて出来ないくらい。でも、そんなしんどくも切ない日々を何とか越えて来られたのは、あの宣告後すぐに言ってくれた力強い言葉のおかげだと私は思っている。「私、最後までちゃんと伴走するからね」その言葉の通り、私の心配など追い越すかのように、怒濤のごとく押し寄せるあちらこちらからの要求や請求を交通整理し、亭主の介護を見よう見まねですぐに覚え、テキパキとこなす姿に私は感動を覚えた。「私の妻はすごいぞ」今さらながら言うな?って。いやいや、今まで思っていた以上なんだと実感した次第だ。私が死んだ後も、きっと上手いこと今 敏を送り出してくれると信じている。思い起こせば、結婚以来「仕事仕事」の毎日で、自宅でゆっくり出来る時間が出来たと思えばガンだった、ではあんまりだ。けれど、仕事に没頭する人であること、そこに才能があることを間近にいてよく理解してくれていたね。私は幸せだったよ、本当に。生きることについても死を迎えるにあたっても、どれほど感謝してもしきれない。ありがとう。
気がかりなことはもちろんまだまだあるが、数え上げればキリがない。物事にも終わりが必要だ。最後に、今どきはなかなか受け入れてもらいにくいであろう、自宅での終末ケアを引き受けてくれた主治医のH先生、そしてその奥様で看護師のKさんに深い感謝の気持ちをお伝えしたい。自宅という医療には不便きわまりない状況のなか、ガンの疼痛をあれやこれやの方法で粘り強く取り除いていただき、死というゴールまでの間を少しでも快適に過ごせるようご尽力いただき、どれほど助けられたことでしょう。しかも、ただでさえ面倒くさく図体と態度の大きな患者に、単なる仕事の枠組みをはるかに越え、何より人間的に接していただいたことにどれほど私たち夫婦が支えられ、救われたか分かりません。先生方御夫婦のお人柄にも励まされることも多々ありました。深く深く感謝いたしております。
そして、いよいよ最後になりますが、5月半ばに余命宣告を受けてすぐの頃から、公私に渡って尋常ではないほどの協力と尽力、精神的な支えにもなってくれた二人の友人。株式会社KON’STONEのメンバーでもある高校時代からの友人Tと、プロデューサーHに心からの感謝を送ります。本当にありがとう。私の貧相なボキャブラリーから、適切な感謝の言葉を探すのも難しいほど、夫婦揃って世話になった。 2人がいなければ死はもっとつらい形で私や、そばで看取る家内を呑み込んでいたことでしょう。何から何まで、本当に世話になった。で。世話になりついでですまんのだが、死んだあとの送り出しまで、家内に協力してやってくれぬか。そうすりゃ、私も安心してフライトに乗れる。心から頼む。
さて、ここまで長々とこの文章におつき合いしてくれた皆さん、どうもありがとう。世界中に存する善きものすべてに感謝したい気持ちと共に、筆をおくことにしよう。
じゃ、お先に。
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http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565
無断転載しました。ごめんなさい。
第一章 総則(第一条・第二条)
第五章の二 覚せい剤原料に関する指定及び届出、制限及び禁止並びに取扱(第三十条の二―第三十条の十七)
第八章 罰則(第四十一条―第四十四条)
附則
第一章 総則
第一条 この法律は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため、覚せい剤及び覚せい剤原料の輸入、輸出、所持、製造、譲渡、譲受及び使用に関して必要な取締を行うことを目的とする。
(用語の意義)
一 フエニルアミノプロパン、フエニルメチルアミノプロパン及び各その塩類
二 前号に掲げる物と同種の覚せい作用を有する物であつて政令で指定するもの
三 前二号に掲げる物のいずれかを含有する物
2 この法律で「覚せい剤製造業者」とは、覚せい剤を製造すること(覚せい剤を精製すること、覚せい剤に化学的変化を加え、又は加えないで他の覚せい剤にすること、及び覚せい剤を分割して容器に収めることを含む。ただし、調剤を除く。以下同じ。)、及びその製造した覚せい剤を覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者に譲り渡すことを業とすることができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
3 この法律で「覚せい剤施用機関」とは、覚せい剤の施用を行うことができるものとして、この法律の規定により指定を受けた病院又は診療所をいう。
4 この法律で「覚せい剤研究者」とは、学術研究のため、覚せい剤を使用することができ、また、厚生労働大臣の許可を受けた場合に限り覚せい剤を製造することができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
6 この法律で「覚せい剤原料輸入業者」とは、覚せい剤原料を輸入することを業とすることができ、又は業務のため覚せい剤原料を輸入することができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
7 この法律で「覚せい剤原料輸出業者」とは、覚せい剤原料を輸出することを業とすることができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
8 この法律で「覚せい剤原料製造業者」とは、覚せい剤原料を製造すること(覚せい剤原料を精製すること、覚せい剤原料に化学的変化を加え、又は加えないで他の覚せい剤原料にすること、及び覚せい剤原料を分割して容器に収めることを含む。ただし、調剤を除く。)を業とすることができ、又は業務のため覚せい剤原料を製造すること(覚せい剤原料を精製すること、覚せい剤原料に化学的変化を加え、又は加えないで他の覚せい剤原料にすること、及び覚せい剤原料を分割して容器に収めることを含む。ただし、調剤を除く。)ができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
9 この法律で「覚せい剤原料取扱者」とは、覚せい剤原料を譲り渡すことを業とすることができ、又は業務のため覚せい剤原料を使用することができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
10 この法律で「覚せい剤原料研究者」とは、学術研究のため、覚せい剤原料を製造することができ、又は使用することができるものとして、この法律の規定により指定を受けた者をいう。
第二章 指定及び届出
(指定の要件)
第三条 覚せい剤製造業者の指定は製造所ごとに厚生労働大臣が、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定は病院若しくは診療所又は研究所ごとにその所在地の都道府県知事が、次に掲げる資格を有するもののうち適当と認めるものについて行う。
一 覚せい剤製造業者については、薬事法 (昭和三十五年法律第百四十五号)第十二条第一項 (医薬品の製造販売業の許可)の規定による医薬品の製造販売業の許可及び同法第十三条第一項 (医薬品の製造業の許可)の規定による医薬品の製造業の許可を受けている者(以下「医薬品製造販売業者等」という。)
二 覚せい剤施用機関については、精神科病院その他診療上覚せい剤の施用を必要とする病院又は診療所
三 覚せい剤研究者については、覚せい剤に関し相当の知識を持ち、かつ、研究上覚せい剤の使用を必要とする者
2 覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定に関する基準は、厚生労働省令で定める。
(指定の申請手続)
第四条 覚せい剤製造業者の指定を受けようとする者は、製造所ごとに、その製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に申請書を出さなければならない。
2 覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定を受けようとする者は、病院若しくは診療所又は研究所ごとに、その所在地の都道府県知事に申請書を出さなければならない。
(指定証)
第五条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定をしたときは、厚生労働大臣は当該製造業者に対して、都道府県知事は当該施用機関の開設者又は当該研究者に対して、それぞれ指定証を交付しなければならない。
2 覚せい剤製造業者に対する指定証の交付は、その製造所の所在地の都道府県知事を経て行うものとする。
3 指定証は、譲り渡し、又は貸与してはならない。
(指定の有効期間)
第六条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定の有効期間は、指定の日からその翌年の十二月三十一日までとする。
(指定の失効)
第七条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者について、指定の有効期間が満了したとき及び指定の取消があつたときの外、第九条(業務の廃止等の届出)に規定する事由が生じたときは、指定はその効力を失う。
(指定の取消し及び業務等の停止)
第八条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の開設者、覚せい剤施用機関の管理者(医療法 (昭和二十三年法律第二百五号)の規定による当該病院又は診療所の管理者をいう。以下同じ。)、覚せい剤施用機関において診療に従事する医師若しくは覚せい剤研究者がこの法律の規定、この法律の規定に基づく処分若しくは指定若しくは許可に付した条件に違反したとき、又は覚せい剤研究者について第三条第一項(指定の要件)第三号に掲げる資格がなくなつたときは、厚生労働大臣は覚せい剤製造業者について、都道府県知事は覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者について、それぞれその指定を取り消し、又は期間を定めて、覚せい剤製造業者若しくは覚せい剤研究者の覚せい剤及び覚せい剤原料に関する業務若しくは研究の停止を命ずることができる。
2 前項の規定による処分に係る行政手続法 (平成五年法律第八十八号)第十五条第一項 又は第三十条 の通知は、聴聞の期日又は弁明を記載した書面の提出期限(口頭による弁明の機会の付与を行う場合には、その日時)の二週間前までにしなければならない。
(業務の廃止等の届出)
第九条 覚せい剤製造業者は、次の各号のいずれかに該当する場合には、その事由の生じた日から十五日以内に、その製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
一 その製造所における覚せい剤製造の業務を廃止したとき。
二 薬事法第十二条第二項 (許可の有効期間)の規定により医薬品の製造販売業の許可の有効期間が満了し、又は同法第十三条第三項 (許可の有効期間)の規定により医薬品の製造業の許可の有効期間が満了してその更新を受けなかつたとき。
三 薬事法第七十五条第一項 (許可の取消し等)の規定により医薬品の製造販売業又は製造業の許可を取り消されたとき。
2 覚せい剤施用機関の開設者は、次の各号のいずれかに該当する場合には、その事由の生じた日から十五日以内に、その病院又は診療所の所在地の都道府県知事に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
二 覚せい剤施用機関である病院又は診療所において第三条第二項(指定の基準)の規定による指定基準に定める診療科名の診療を廃止したとき。
三 医療法第二十九条 (開設許可の取消及び閉鎖命令)の規定により、覚せい剤施用機関である病院又は診療所の開設の許可を取り消されたとき。
3 覚せい剤研究者は、当該研究所における覚せい剤の使用を必要とする研究を廃止したときは、廃止の日から十五日以内に、その研究所の所在地の都道府県知事に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
4 前三項の規定による届出は、覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者が、死亡した場合にはその相続人が、解散した場合にはその清算人又は合併後存続し若しくは合併により設立された法人がしなければならない。
(指定証の返納及び提出)
第十条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者の指定が効力を失つたときは、前条に規定する場合を除いて、指定が効力を失つた日から十五日以内に、覚せい剤製造業者であつた者はその製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に、覚せい剤施用機関の開設者であつた者又は覚せい剤研究者であつた者はその病院若しくは診療所又は研究所の所在地の都道府県知事にそれぞれ指定証を返納しなければならない。
2 覚せい剤製造業者が第八条第一項(指定の取消及び業務等の停止)若しくは 薬事法第七十五条第一項 (許可の取消し等)の規定による業務停止の処分を受けたとき、覚せい剤施用機関の開設者が医療法第二十九条 (開設許可の取消及び閉鎖命令)の規定による閉鎖命令の処分を受けたとき、又は覚せい剤研究者が第八条第一項の規定による研究停止の処分を受けたときは、その処分を受けた日から十五日以内に、覚せい剤製造業者はその製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者はその病院若しくは診療所又は研究所の所在地の都道府県知事にそれぞれ指定証を提出しなければならない。
3 前項の場合においては、厚生労働大臣又は都道府県知事は、指定証に処分の要旨を記載し、業務停止期間、閉鎖期間又は研究停止期間の満了後すみやかに、覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者に指定証を返還しなければならない。
(指定証の再交付)
第十一条 指定証をき損し、又は亡失したときは、覚せい剤製造業者はその製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者はその病院若しくは診療所又は研究所の所在地の都道府県知事に指定証の再交付を申請することができる。
2 再交付を申請した後亡失した指定証を発見したときは十五日以内に、覚せい剤製造業者はその製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に、覚せい剤施用機関の開設者又は覚せい剤研究者はその病院若しくは診療所又は研究所の所在地の都道府県知事にそれぞれ旧指定証を返納しなければならない。
(氏名又は住所等の変更届)
第十二条 覚せい剤製造業者は、その氏名(法人にあつてはその名称)若しくは住所又は製造所の名称を変更したときは十五日以内に、その製造所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
2 覚せい剤施用機関の開設者は、その覚せい剤施用機関の名称を変更したときは十五日以内に、その病院又は診療所の所在地の都道府県知事に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
3 覚せい剤研究者は、その氏名若しくは住所を変更し、又は研究所の名称の変更があつたときは十五日以内に、その研究所の所在地の都道府県知事に指定証を添えてその旨を届け出なければならない。
4 前三項の場合においては、厚生労働大臣又は都道府県知事は、すみやかに指定証を訂正して返還しなければならない。
第三章 禁止及び制限
(輸入及び輸出の禁止)
第十三条 何人も、覚せい剤を輸入し、又は輸出してはならない。
(所持の禁止)
第十四条 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の開設者及び管理者、覚せい剤施用機関において診療に従事する医師、覚せい剤研究者並びに覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者から施用のため交付を受けた者の外は、何人も、覚せい剤を所持してはならない。
2 次の各号のいずれかに該当する場合には、前項の規定は適用しない。
一 覚せい剤製造業者、覚せい剤施用機関の管理者、覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者の業務上の補助者がその業務のために覚せい剤を所持する場合
二 覚せい剤製造業者が覚せい剤施用機関若しくは覚せい剤研究者に覚せい剤を譲り渡し、又は覚せい剤の保管換をする場合において、郵便若しくは民間事業者による信書の送達に関する法律 (平成十四年法律第九十九号)第二条第二項 に規定する信書便(第二十四条第五項及び第三十条の七第十号において「信書便」という。)又は物の運送の業務に従事する者がその業務を行う必要上覚せい剤を所持する場合
三 覚せい剤施用機関において診療に従事する医師から施用のため交付を受ける者の看護に当る者がその者のために覚せい剤を所持する場合
(製造の禁止及び制限)
第十五条 覚せい剤製造業者がその業務の目的のために製造する場合及び覚せい剤研究者が厚生労働大臣の許可を受けて研究のために製造する場合の外は、何人も、覚せい剤を製造してはならない。
2 覚せい剤研究者は、前項の規定により覚せい剤の製造の許可を受けようとするときは、厚生労働省令の定めるところにより、その研究所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に申請書を出さなければならない。
3 厚生労働大臣は、毎年一月から三月まで、四月から六月まで、七月から九月まで及び十月から十二月までの期間ごとに、各覚せい剤製造業者の製造数量を定めることができる。
4 覚せい剤製造業者は、前項の規定により厚生労働大臣が定めた数量をこえて、覚せい剤を製造してはならない。
第十六条 覚せい剤施用機関において施用する覚せい剤の譲受に関する事務及び覚せい剤施用機関において譲り受けた覚せい剤の管理は、当該施用機関の管理者がしなければならない。
2 覚せい剤施用機関の開設者は、当該施用機関の管理者に覚せい剤の譲受に関する事務及び譲り受けた覚せい剤の管理をさせなければならない。
(譲渡及び譲受の制限及び禁止)
第十七条 覚せい剤製造業者は、その製造した覚せい剤を覚せい剤施用機関及び覚せい剤研究者以外の者に譲り渡してはならない。
2 覚せい剤施用機関又は覚せい剤研究者は、覚せい剤製造業者以外の者から覚せい剤を譲り受けてはならない。
3 前二項の場合及び覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者が覚せい剤を施用のため交付する場合の外は、何人も、覚せい剤を譲り渡し、又は譲り受けてはならない。
4 法令による職務の執行につき覚せい剤を譲り渡し、若しくは譲り受ける場合又は覚せい剤研究者が厚生労働大臣の許可を受けて、覚せい剤を譲り渡し、若しくは譲り受ける場合には、前三項の規定は適用しない。
5 覚せい剤研究者は、前項の規定により覚せい剤の譲渡又は譲受の許可を受けようとするときは、厚生労働省令の定めるところにより、その研究所の所在地の都道府県知事を経て厚生労働大臣に申請書を出さなければならない。
(譲渡証及び譲受証)
第十八条 覚せい剤を譲り渡し、又は譲り受ける場合(覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者が覚せい剤を施用のため交付する場合を除く。)には、譲渡人は厚生労働省令で定めるところにより作成した譲渡証を、譲受人は厚生労働省令で定めるところにより作成した譲受証を相手方に交付しなければならない。
2 前項の譲受人は、同項の規定による譲受証の交付に代えて、政令で定めるところにより、当該相手方の承諾を得て、当該譲受証に記載すべき事項を電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて厚生労働省令で定めるものにより提供することができる。この場合において、当該譲受人は、当該譲受証を交付したものとみなす。
3 第一項の譲受証若しくは譲渡証又は前項前段に規定する方法が行われる場合に当該方法において作られる電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によつては認識することができない方式で作られる記録であつて電子計算機による情報処理の用に供されるものとして厚生労働省令で定めるものをいう。以下同じ。)は、当該交付又は提供を受けた者において、当該覚せい剤の譲受又は譲渡の日から二年間、保存しなければならない。
4 譲渡証及び譲受証並びに前項に規定する電磁的記録は、第一項又は第二項の規定による場合のほかは、他人に譲り渡してはならない。
(使用の禁止)
第十九条 左の各号に掲げる場合の外は、何人も、覚せい剤を使用してはならない。
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http://www.nikaidou.com/archives/4102
ちょっと薬関係に関わった経験からいうと「死ぬこともある」。
白い巨塔の財前教授みたいに、肝臓まで行っちゃったあげくリンパまで転移してたらさすがに生存率は低いと思われる。
金をもってても、良い医者にあたらなければどうしようもない。財前教授はどっちももっててもダメだったけど。
リステリン6もそうだけれど、日本の医薬品認可というのは欧米に10年遅れて認可されるのは事実だ。
これもまあ、お役所仕事の典型みたいな話で、慎重に慎重に審査を重ねてやっと大丈夫と思われるであろうたぶんおそらくきっと、とこの冗長な文章ほどに長い時間をかけて、認可しても自分の責任にはならないなーと確認してから認可している。まあ、おかげで安心という面もあるのだけれど。
自分の聞いた話では認可されてない新薬もらいにハワイまで行く羽目になってる人もいた。
ただし、これも新薬の情報を知らなかったらどうしようもない話で、ここらの情報収集は医者によってあたりはずれがかなり大きい。自分は持病持ちなのだが、医者変えるまで三年効きもしない薬をありがたがって使っていた。良い医者にあたるまで10人以上は変えたと思う。ちなみに自分は年収120万のど貧乏人であったが、足をつかって稼げばかなり違ってくる。また足を使える程度に健康だったのも幸運だった。
今の医者は街の診療所(ただし、医師は私の疾患について専門で、医師自身で勉強を続けている上に機材も最新鋭である)で、誤診したところは大病院という漫画みたいな話だった。
■ 薬を認可する役人のあたりはずれがとても大きい(複数の案件を一人で抱えているので、重要度の低いと判断されたものは後回しにされる)
■ 保険のシステムとして薬を乱発したほうが儲かるので、「予防医学」という概念がとても薄い。
ここらあたりの情報が錯綜し、情報と金を持っているもの及び地域格差なんかがからみ合って、金持ち勝利といいたいんだと思う。
■ とりあえず落ち着く。今病気でも健康でも、明日隕石が降ってきたら確実に死ぬし、交通事故にあっても死ぬ。パニックは情報収集と判断の敵だ。
■ 目の前の箱を利用しまくる。とりあえず、大病院だからといって正しいとは限らない。自分の疾患を専門にしている学会を探し出し、その学会に属している医師に診断をうけたほうがいい。ただし、今掛かっている医師の診断には必ず従うこと。勝手に投薬・診察を打ち切らない。
■ 同じ病気の人と合う。患者会があればそこに入る。入ってくる情報の量が格段に違う。励ましあうことで心理的にもかなりちがってくる。
■ 信じるのは西洋医学のみにすること。とかく病気になると心が弱くなってホメオパシーだの民間療法だのにも手がでるが、薬効があるなら製薬会社が儲け口をほうっとくはずがない。彼らの持っている薬より効き目があって云々とはよく聞くが、製薬会社の開発した薬より民間療法が効くなら、莫大な金と陰謀を駆使して民間療法を弾圧するより製薬会社はとっくにその薬の特許を買いにでているであろう。
■ 健康なうちに保険には入っておく。…自分の場合は手遅れだったが。
この状況はなんとかならんのかと考えてみた。
■ まず薬価を下げる。いくらなんでもとりすぎだ。法律で利益率をあるていど抑えるとかしてもいいはず。薬価の利益を医師・看護師の給与報酬に当てれば診療報酬目当てに薬乱発ということも避けられる。
■ 医師・看護師の講習会を設け、医師・病院による情報格差を是正する。可能であれば担当局の職員も講習を受ける。
■ 疾病ごとの専門医を簡単に調べられるようにする。遠方であれば旅費も保険負担できるようにする。
■ 薬・新治療法の認可については役人だけでなく医師もいれて役人の負担を減らし、スムーズに認可を行えるようにする。
とりあえずこれくらいしか思いつかなかった。乱文乱筆、長文についてはご容赦ください。
要約すると
1.放射線被曝によるガン発症促進リスクと、乳がん検診見送りによるガン見逃しリスクの
単純な数値比較
(恐らく、ガン発症促進リスクの方が高い)
10年後に発症?20年後に発症?30年後に発症?
仮に「60年後に発症」なら、それは平均寿命を突破しているため、
3.若年層に見逃したガンの進行スピード、転移スピード、致死スピードと
放射能被曝により発症した●年後のガンの進行スピード、転移スピード、致死スピード。
これは推測だが、一般論として、高齢になってから発症したガンほど、
4.そしてこれがもっとも重要だと思うのですが、
人々が「20代での早世」を、60代での逝去よりも「悼む」のは、
「人生でもっとも充実した時期を過ごすことなく逝ってしまったことに対する悲しみ」です。
理系の専門家の議論では、この「4.」の部分の議論が一番欠けていると思う。
(多分、「1.」しか議論していない)
彼らにとっては、20代での死亡も60代での死亡も、「同値の、単なる1つの個体の死亡」の
事実でしかないですが、本人や周囲に取ってみれば、
「早世の悲しみは、60代や70代での逝去より、数倍、数十倍も悲しい」のです。
親に取ってみれば「子供に先立たれる」のは、自分の死よりもつらいのです。
そういう人々の、特に若い女性の「自然な、率直な感情」を無視して、
単なる「発症率や死亡率の乾いた数値」だけで理系チックな、統計チックな議論を
展開していたので、「はてなブックマーク」に違和感を感じていたのです。
単純な発症率、死亡率からすればTBSは間違っていたかもしれない。
しかし、「早世の悲しみを取り除きたい」という素朴な感情からすれば、TBSは間違っていない。
客観的にイーブンな論議をしたいのであれば、
「20歳時点において、マンモグラフィーを受診した場合において、
30年後の50歳まで生きられる生存確率」と
「20歳時点において、マンモグラフィーを受診しない場合において、
30年後の50歳まで生きられる生存確率」を比較すべきでしょう。
放射線被曝によるガン化を主張する人は、
「平均すれば、ガンがいつ発症するのか」を明らかにして欲しい。
自分は医学の素人ですが、被曝でガン発症するのは、50歳過ぎてからじゃないですか?
「マンモグラフィー被曝で早世しないが、