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2017-03-28

大腸検査

はじめに

30代後半になって久しぶりに健康診断を受けた。検査一般健診ながら便検査が含まれていた。こいつがとんでもない曲者だったのである

ちょうど健康診断の時期、便秘下痢かで切れ痔がちだった。そんなわけで検査結果は潜血反応。1カ月以内に要再検査となった。どうせ痔だと放っておいたが若年層の癌てのが気になり、病院へ行くことにした。

医師の診察を受けた結果「便検査で要再検査だと次は大腸検査になりますが、増田さんの年齢では癌の心配はほぼないです。ただ、検査を受けていないので絶対とは言いきれません。念のため、再検査を受けた方がいいとは思います」と言われる。

検査の値段、どれだけ面倒なのかを聞いて受けることにした。検査中にポリープが見つかったら取ることや、もし見つかって取ったらしばらく食事制限があることなどを教えられる。諸々の説明を聞いて同意書にサイン

診察後「ニフレック」という名の経口腸管洗浄剤看護師から渡される。飲み方の指導などを受けた。看護師に忘れそうな奴だ!と不安視されたようで「検査の前々日に注意書きを読み直してくださいね」と念押しされた。

検査前日

食事野菜きのこ海藻類がダメうどんバナナ食パン雑炊ゼリーなどはOKアルコールダメ

朝食におじや(前日の鍋の残りの汁を使用)*野菜カスちょっと残っていた…

昼食にうどん外食)*薬味不要と言い忘れて小葱を少し食べた…。

夕食に豆腐1丁、卵焼き(具なし)、ノンアルコールビール

ダメなところもあるけどきっと大丈夫

後々、2日前から指定されていた食事を摂れば良かったかもと思うことになる。


検査当日の朝

経口腸管洗浄剤ニフレック」はビニール容器に粉末が入ったもので2Lの水が入れられるようになっている。これに水を入れ、粉末を水で十分に溶かして、指定時間から飲み始める。

しかし、うっかり寝坊。その上、粉末を溶かすのに手こずってしまう。1時間から飲料開始。味はまずいポカリというような感じ。飲めない訳ではないが美味くはない。これをゆっくり時間をかけて飲む。テレビに夢中になり、所定時間よりのんびり飲んだ。

1L飲み終えたときはいもの朝のような雰囲気。「ニフレック」大したことねーなと思っていたが2Lまで飲み終えると本気出す。すごいパワー。こっ…こんな水だけになるのか!という驚き。注意書きにあった通りの液体になってるわと感心。

ついに検査

上着は布地の検査着(ブラジャータンクトップキャミソール着用可)、下はお尻の部分が開口された不織布のズボンを履く。

検査室へ行くと、看護師から鎮痛剤の使用の有無を聞かれる。痛みを質問すると、耐えられない痛みではないけど、お腹痛いっていうときの痛みと聞くとのこと。それなら自分内臓も見たいし、鎮痛剤不要でお願いした。

検査が始まると異物感に慣れるまでに結構時間がかかる。姿勢最初だけ横向き、途中からほぼ仰向け。

自分大腸結構れいだな」と思うくらいで見ていたが、大腸の曲がり角であっ痛いっ!となる。「緊張せず力を緩めてください」と言われるが力の抜き方がわからない。痛みは下痢お腹が痛いときの痛みというよりは、空腹や便秘気味で便意が来た時にぎゅーっとなる感じの痛み。

出そうな感じがありますというと、看護師が「大丈夫です。内視鏡が吸い取っています」という。この水を吸い上げているような音は内視鏡仕事だったのか。ありがとうオリンパス

すみません。ガスが…と言ったら「気にせず出してください」って言われる。普通に出せばいいのだろうけど、恥ずかしさもあり、異物感がありながら普通に出すってどうすりゃいいのよ…て我慢した。

内視鏡から空気を出して大腸を膨らませながら小腸の付け根のあたりまで進ませる。その空気によりおならが出てしまうのは仕方ないことらしい。空気で十分に膨らんだ状態大腸を引き返すときにチェックしていくという。小腸のつけねから大腸全体をくまなく見ていく。

経口腸管洗浄剤の飲み始めが遅くて、液体がちょいちょい見えた。あと、もしかしてだけどこれは前々日に食べたひじきおにぎりひじきなのか!?というような出し切れていないカスちょっとあった。ごめんね、先生。いまめっちゃ吸い取ってくれてるわ…。という場面がそこそこあった。「すみません…」と言うたびに、先生看護師も気にしないでと言ってくれる。

鎮痛剤なしだったから痛いって言ったり、先生看護師安心させるために話しかけなければならず迷惑だったかもと思った。次受けるときは鎮痛剤を受けたい。

ちなみに、小腸のあたりで「難しいな」と先生が言ったときは、何がですか!と不安になった。

検査直後

多少の痛み(そこそこ痛い)があったものの無事検査終了し、トイレへ案内される。空気を送り込んだから大腸にガスがたまっているのでトイレでできるだけ出すといいと説明を受ける。もういいだろうと思っても全く足りてなかった。2波、3波がある。お腹が張る痛みが辛い。鎮痛剤を打って1時間以上寝てから帰宅の方が良かったかもなぁと思った。ちなみに検査を受ける病院は近ければ近いほど安心だと思う。検査後の食事パンうどんと勧められる。菓子パンはいいのか菓子パンは!と思いながら、結構ジャンクめの菓子パンを食べ、酒も飲んだ。平気だった。

検査を終えて

数日後に担当から聞いた検査の結果は全く問題なしだった。健康的なキレイ大腸だったらしい。担当医には「心置きなく保険に入ってください!」と言われた。やったね自分大腸

検査体験して思ったことは、検査の2日前から消化に良い食事をしていた方が良さそう。大腸食事の食べかすがつきにくいと思われる。

経口腸管洗浄剤看護師から指導時間には必ず飲む。ぼんやりするタイプ指定時間より早く飲み始めるのがいいのかもしれない。

医師看護師が気を使っている様子だった。申し訳ないので次は受けるときは鎮痛剤を使いたい。

2017-03-18

もし処女子宮内膜ポリープ疑いになったら

婦人科エコー受けてきました。

処女は経膣エコーじゃなくて経肛門エコーでいいみたいですね。

最初、経膣エコーしようとしたんですが、硬く尖った細い棒で肉が切り裂かれるような、鋭く強い痛みを覚えたのでギブでした。

肛門エコーはやや違和感があるだけでほとんど痛くなかったです。

よく尿道カテーテルは痛いって聞くので、もし男性処女喪失の痛みを体験するなら、肛門ではなく尿道で試したほうが近いものが得られると思いました。

2017-02-19

父が拗ねた

兄が家族4人で食事に行くことを計画したらしい。

私が家を出て数ヶ月、切り詰めて暮らしているであろうから食事をおごってあげたいのと、

もうすぐ誕生日なのでそれを祝ってやりたいと企画してくれたとのこと。

父と母は、妹の誕生日が近いし今日は妹が行きたい店に行くがよろしいか最初から確認してくれていて

母は勿論快諾(というか、母は普段から基本的に私の食の好みを優先してくれるので)

父も一応、うんと言ってくれてはいた。らしい。

が、蓋を開けてみれば父は当日どうしてもワンカルビに行きたくなったらしい。

私が帰る予定の時間に到底間に合わないというのに、ワンカルビの予約が○○時にしかとれないので予約をとるか、としつこく兄に聞くので、

兄は「増田誕生日なのに、増田がいない時間から予約をとってどうする?」と返した。

非常に残念なことに、母は胃にポリープがありあまり肉を食べることができないので食べ放題だけは絶対に避けたい。

私も普段焼肉が大好きだが、今日はどうしても違うものが食べたい気分だったので、

実家に帰った瞬間父と兄に同時に「増田は何が食べたい!?」と詰め寄られワンカルビ以外の店名を答えてしまった。

一応、その店も小さい頃から家族でよく利用していて父も好きなお店なのは間違いない。

ただ、今日はどうしても焼肉の気分だったんだろう。

それに対して父は「あんな店!この時間は道が混んでて片道30分ぐらいかかるかも!」「絶対焼肉のほうがおいしいのに!!」と非難轟々だったが

兄は「今日増田の行きたい店に行く!」としれっとワンカルビスルーして私の行きたい店に行ってくれた。

道中、勿論父は一言も喋らず、店についても「なんでも良い」「食えたら何でもいい」と不機嫌全開で、

終始ぶすっとしながら食べていて、とても気まずい食事になってしまった。

1時間もしないうちに、食べ終え皆がまだ水を飲んでいるのに「明日、朝早いから早く帰るぞ」とそのまま店を出て車でタバコを吸っていた。

途中から、私は諦めて目の前の料理をとにかくおいしいおいしいと食べていたが、お金を出してくれた兄からするととても不愉快だったと思う。

兄は「もう絶対、4人で食事なんかしない。親父は誘わない」と怒っていたが、その台詞はもう成人して数年、何度も聞いたんだけどなぁ。

多分、数ヶ月後また忘れて家族4人でって言うんだろうなぁ。

もう諦めてはいるけれど、父もも還暦近いのだから、思い通りにならなくても少し我慢するということを覚えてもらえないかなと願わずにいられない。

小学生の頃、欲しかったお菓子を買ってもらえず帰りみち拗ねていた私に

「周りが不愉快になるから、ぶすっとした顔をするな!周りのことを考えろ!!」とげんこつで殴ってきた父の姿を思い出しながらこれを書いている。

元増田です。追記。

もともと、頭がよくないのと、文章書くのが下手なのと、イライラしているままに書きなぐってしまったので

すごく読みづらくなってしまって申し訳ないです…。

読み返していて何か恥ずかしくなってきました。すみません

家族構成は父、母、兄、私の4人構成であってます

あと店名の件ですが、あまり関西地方から出る機会がないもので、

まさか関西ローカルってことを知らなくて…

何じゃそれ?と混乱させてしますみません(´・ω・`)

よく「歳取ってまるくなった」とかよく言うので、

いつかマシになってくれるのかなぁ、とずっと期待していたのですが

やっぱり歳を取るごとに頑固になっていくのですね…

からとてもわがまま自分ルール押し付けがすごかったのですが

(一汁三菜の徹底、緑黄色野菜毎日、だがもやしなど色が鮮やかでない野菜野菜と認めない、などなど)

これからもっとひどくなっていくのかな…と思うと少し憂鬱です…。

2016-02-04

身体に違和感があるのに検査すると何も異常がない

半年くらい前からのどに違和感があってな。

風邪などでのどが腫れたのとは明らかに違う違和感があり、声を出しにくかったりものを飲み込みにくかったりすることが続いている。

寒くなってきたことが関係しているのか、ここ1ヶ月ほどの間はさらに痰が絡んだり、鼻詰まり感があったりもする。

そこで耳鼻咽喉科に行って内視鏡で見てもらった。

すると、鼻ものども何も異常がない。

膿がたまっているということもなく、声帯扁桃腺ポリープや異常があるということもなかった。

実際鼻詰まり感はあるが鼻をかんでも何も出てこない。

しかし鼻の通りは悪いし、呼吸は苦しいし、日常会話をすることさえ負担である

カラオケも以前通りには歌えなくなり、そんな自分にまたさらイライラする。

医師からアレルギー効果があるとされる薬を処方されたが、効果はあまり実感できていない。

なんだこれ。

歌は俺の数少ない特技だったのに、これを気分よく歌えないストレス尋常じゃない。

2015-09-05

胃カメラオブスキュア

胃カメラ飲むことになった。

ポリープがあるの

2015-05-21

どこか悪いかもしれない可能性

排便の時間普通の人でも割といつも同じくらいじゃないかな。少なくとも自分家族はそうだけど。

排便がすごい長い人っているよ。

私の小学校の時の友達普通の人より腸が細くて排便にすごい時間がかかるので、催したらすぐに授業中でもトイレに行かせてもらってた。

あと腸にポリープあったりすると排便に時間かかるかもしれないし。


いっぺん体調の事聞いてみたらどうかな。


http://anond.hatelabo.jp/20150521091843

2014-11-28

母ちゃんが入院した話

母ちゃんが、胃腸検査に引っかかり、大腸カメラ?で検査をした際に、ポリープがみつかりその場で切断した

日帰りで帰宅したが、その後、血便というか、血液のものが排便されるという状態で、翌日病院へ行ったら即一泊入院となった

恐らくは、ポリープ切断の際に処置ミスったんだろうと思われる

結果的には大したことはなかったが、検査に2万、入院で4万取られた

医療費かかりすぎだろ・・・

2013-03-27

父が癌になって思ったこと

http://1024.hatenablog.com/entry/2013/03/26/195249

うちの親父も癌になった。発覚時ステージ3で、手術からそろそろ五年経つがいまのところ再発はなし。まぁとりあえず一安心というところか。

最初に見つかったのは歯肉癌。本人気づいていなくてなんか痒いな、腫れてるなということで歯医者に行き、歯医者も炎症起こしてる程度だと思って大きめな病院を紹介しただけだった。その後ふた月くらいは全く危機感がなかったのでほったらかしてた。昔親知らずで異様に腫れたことがあったのでそんなもんだろうと思っていたらしい。で、気づいたときステージ3。リンパにも転移していた。会社の定期診断では大腸への転移の疑いありとも出ていたが、それはシロだった。

この時親父は59歳、3月生まれなので翌年に定年退職の予定だった。

癌だっつーことで速やかに休職。すぐ手術するのかとおもいきや、意外に検査時間がかかるのね。保険ガンガンきいたのと、でかい企業だたので病気での休職などの制度もしっかりしてて、子どもはまだみんな学生だったけどとりあえず困らなかった。

別に嫌な親父だったわけではないが、自分と一番下の妹以外は何故か見舞いに行かず、いろいろ日頃の関係が出るなぁと思ったりしていた。自分はこの時躁うつ治療中&大学院生だったので割と暇ではあった、というのもあるが、手術の立ち会いも自分がいった。母はなぜか切れていてろくに見舞いに行かなかった。病気になるのは本人が悪いらしい…基地外である

手術と治療東京歯科大でやった。総合病院じゃないのに手術とか(リンパの切除もあったし)大丈夫なんだろうかと個人的にはちょっと思っていたが、口腔がんセンターになっているだけに治療スムーズで、特に不安に感じることもなかった。病床少ないので静かでいいし、がん患者が少なく、入院患者もだいたい元気に退院していく(親知らずとかだからね)ので、逆に本人にとってはよかったようだ。病院としてもアレルギーなし、他の病気もなし(昔胃にポリープが出来たくらい)、なんでも食べるしとくに落ち込むこともない親父は割と扱い易かったもよう。

こちらとしては切除した顎やリンパを見せられるのは勘弁していただきたかった。医療系じゃないんだから免疫ないんです。ここが患部だとか言われてもハイそうですか、としか

なお家族の絆とやらはうまれなかった。なのでそんなに感動的な話はない。

一ついい事といえば悲劇のヒロインになったつもりの母親が、親父が最初にかかった歯医者女医さんに「きっとうつなっちゃったのよ!」などと言われ、病院に連れて行かれて今もなおうつ病だとおもっていることだ。もともとボーダーなんだが、薬を飲んでるとみんなちやほやしてくれるのを学習したようで時々貧血が…とか動けないの…などと病弱なふりをしつつもちゃんと薬を飲んでくれている。出ている薬にリーマスが混じっているので、医者はたぶんボーダーであることを把握していると思われる。薬が効いてるおかげか昔より性格が穏やかになった。相変わらず人の悪口は多いが、まぁいじわるばあさん程度だ。

癌は不治の病というイメージがあったが、どちらかと言えば母親のほうが不治の病にかかっているような気がしてならない。

ま、母親は置いといて、当人はそんなに深刻な感じではなかったが、同時期にやはり癌(ただ部位は異なる)になった同僚がいて、その人が焼身自殺した直後だったので、どちらかというと現実逃避をしていたっぽい。えんぴつでなぞる徒然日記とかイラストロジック差し入れを喜んでいた。なんにも考えたくなかったんじゃないかなーと今になると思う。病院暇だしね。

手術直後は気力がなくなったのか、気にしない振りをしていてもやっぱり怖いのか、ボケっぽい症状があらわれて鉛筆でろくになぞれなくなっていたりした。あと算数どころか一から百まで数えるのができなくなった。

会社休職後には元の業務に戻さず新人教育とか、後方支援とかなんとか名目を付けてあまり重要な業務はさせなかったようだ。それでも置いてくれているだけましだと思うくらい、ぼけた。幸い今はボランティアにいける程度には回復している。

あのボケ方をしていたにもかかわらず、定年まで退職勧告をしなかった会社には感謝をしている。ずっと夜勤のある仕事だったが配置転換夜勤をなしにしてその代わり日勤と早朝勤+出勤をタクシーにしてくれたのもありがたい(事故があると困るからだろうが)。退職金も一割減だったけど出たのでその後の治療心配せずにすんだ。でかい企業だったので労組から見舞金もかなり出た。親父が退職したその次の年の年度末に会社更生法を申請しているのでかなり余裕が無い時期だったに違いないが、そういう対応をしていただいたことには本当に感謝している。あの会社のおかげで自分病気持ちだが大学院まで出ることができたし。色々悪く言われているし、問題もあったことは知っているが、でもやっぱり職を奪わず金を払ってくれる存在があるというのはありがたいことだ。

癌は不治の病というイメージがあるし、昔はそれこそ家を潰して治療費にあてなければならないほど治療にはお金がかかったらしいが、実際にすぎてみると「あれ、そんなもんか」という程度ですんだような気がする。しかしこれはうちの親父がでかい企業に勤めてて、その企業が先回りして色々と保険をかけてくれてたりとかしたからだ。これはたぶん幸運なことだったのだろう。幸運ではないかもしれない俺やあるいは俺と同じ世代の人々は、癌になったらまず経済的なところで問題がないかをおさえるべきだと思った。

あと思ってたよりずっと医療は進んでて、患者にはそれほど負担がかからないように医者も日夜研究をしてくれてるんだなぁと思った。一番ネックになるのはたぶん本人の恐怖心だと思う。これは個人の資質にもよるので本当にどうすりゃよいかわからん。恐死の恐怖は肩代わりできないしね。

しかすると恐ろしさのあまりボケるかもしれない。変な宗教にハマるかもしれない。騙されて医療を拒むかもしれない。そういうところに点け言ってくる奴はたぶん必ずいて、それに利用されることは大いに有り得る。出来る限り完治後も継続して安定した生活が送れるように変な情報シャットアウトして、本人の逃避の方向を問題ない方向性に向けてやるしか、周りで見てる人間にはできないんだろうなぁ、なんてことを思った。そゆう意味でも親父は手のかからないひとだった。ありがたい。

2012-01-25

職場でのディスコミュニケーション病気になった話

胃が痛い。今また、あの頃のことを思い出すような状況で胃が痛い



新卒正社員として就職した会社中小だったけど、ひょんなことから経営陣との距離がとても近い部署に配属された。

お偉い上司と二人きり、ほぼマンツーマンのような状態で仕事を行なう。まさにバディ状態。

新入社員が突然お偉方を相手にする訳だから縮み上がった。やっていけるのか自信もなかった。不安で一杯だった。

でもマンツーマンからこそなのか、上司の人柄か仕事への姿勢の所為か、

何をするにしても報・連・相、それに確認からかい指示に至るまで、

あれやれこれやれと口頭でギャーギャー言われる。それに答える形で自然とこちらの口数も多くなる。

気付けば上司とは密にコミュニケーションするようになっていた。

時にはどうでもいい世間話無駄口も。

上司とはお互いそれなりに心を開けていたのではないか、と思う。

そのうち偉い立場からこそ苦労している上司の素顔も知った。懐の深い人だった。



そんな日々も長くは続かず、会社が業績不振に陥った。

上司は何とか改善しようと思いつきで新しい要求を押し付けてくる。

誰も使い方のわからない、機能しない新しい提出書類の種類だけが増えていく。

そんなその場凌ぎの思いつきに応えられるほどこちらの余裕もスキルもなく、

また忙しい為にゆっくり話し合う時間も減っていった。

軽口のつもりかもしれないが、上司自分の同期のことを悪く言うのも許せなかった。

今にして思えば、この時一度きちんと話し合うか、他の部署の上司にでもいいか相談するべきだった。



結局堪忍袋の緒(とはちょっと違うけれど)が音を立てて切れ、

誰にも相談せずに一人会社を離れる決心をして、飛び出すようにして転職した。

でも後悔先に立たず。この会社での仕事の仕方は自分に合っていたのか、染み付いているのか

結局この会社、この上司自分にとって一番だったのだと後々思うことになった。



転職先は大きな会社の子会社だったが、前の会社に比べるとかなり堅い会社だった。

制服有り、5分前着席。始業時と終業時、休憩時にチャイムがなる。

インターネットも閲覧規制がされていた。トイレ休憩すら気軽に行き辛い雰囲気だった。

学校みたいだな」という感想を持った。

そして自分はかつて学校が苦手な、いつも学校から浮いているような生徒だった。

派遣社員が多かったこともあり、正社員ということも大きな足枷となった。

○○さんは正社員なんだから頑張ってもらわないと、この仕事もやってもらわないと、

ということが結構ストレスになった。

引き継ぎは直に辞める派遣社員からだったが、その人から教えてもらった仕事の細かいノウハウ

「貴方は派遣ではなく正社員なのだから」ということで通じないことが多かった。



配属された班はあまり口数が少なく、そもそもこの子会社そのもの親会社に引け目を感じて

小さく小さくなって仕事をしている感じだった。

無論、社内(社内は親会社と繋がっている)での自分立場も小さくなって過ごさなければならなかった。

上司や周囲からの指示はポストイットでの伝言や、メールで行なわれることも多く

無駄口や世間話一つするのも妙にこそこそとしてしまい、周りの目が気になった。

総じて会話が少ない職場だった。生のコミュニケーションの不足を感じた。



年末を控えたある日、一つのミスを犯した。

取引先に配布するカレンダーを巻く向きが表裏逆になっていたのだった。

そもそもカレンダーを巻いて取引先に配布すること自体、自分には初めての経験だったので

何度も周りの人にやり方を確認して注意を払ったつもりだった。

でも、何故か表裏の向きを間違えたまま自分一人で山のようなカレンダーを次々に白い筒状に巻いて行った。

「やっと全部巻き終えた!」一仕事終えた次の日、机にメモが載っていた。

隣りの席の営業から、「カレンダーの向きが違うから全部巻き直してほしい」との伝言が書かれていた。

隣りの席の営業とは、それなりに親しくしているつもりだった。

カレンダーの配布も既に始まっていた。

ならば何故、もっと早くに、直接口頭で言ってくれないのだろう。

そう思うと何とか堪えようとしても、どうしても涙が止まらなかった。

途方に暮れながらも、半分泣きながらも、全部のカレンダーを正しい向きに巻き直して行った。

心の中にぽっかり穴が空いたような気がした。



それから

会社にいても、始終極度の緊張状態にいた。

緊張し過ぎておしっこが近かった。行ってもまたすぐ行きたくなる。

誰かに監視されているような気がして、常に気が抜けなかった。

常に息苦しく、ゼエゼエハアハアと呼吸をしていた。

全身がコチコチに緊張して、胃痛がひどかった。

毎日なんとか耐えて、8時間座りっぱなしの時間をやり過ごした。



そのうち胃にポリープが出来て、身体は極度の緊張状態が毎日続くものから

背中筋肉肉離れを起こしたり、座骨神経痛で夕方まで座っているのが難しくなった。

筋肉疲労性のぎっくり腰まで度々起こす状態になった。

腰が痛くて、ただベッドから動けず横になっていることしか出来なかった。

繊維筋痛症という病名が付き、今も通院・治療を続けている。



もうこの会社にいても自分が出来ることは何もないだろうと思い、結局会社を辞めた。



今。フルタイムでの勤務はもう自分には体力的に出来ないだろうと思い、

ある会社アルバイトをしている。



けれど、この会社ポストイットメールでの指示や伝言が多い。

伝言で「○○、間違ってます」とだけ書かれたメモを見ると、

それはそう教わったのだけれど、とかそもそも違う人が作業した部分なのだけれど、と心の中で思う。

そして、何故目の前の席にいるのに面と向かって話をすることが出来ないのだろうか、と思う。

別に友達にまでならなくてもいい。

小さなことでも声を掛け合い、コミュニケーションの積み重ねで互いをより理解し、円滑な作業に生かす。

それはそんなに難しいことなんだろうか。嫌がる人の方が多いのだろうか。

いつも賑やかで活気のある職場は夢やフィクション世界だけなんだろうか。



今は頑張り所なんだろうか、それとも早めに見切りをつけるべきなんだろうか。

2012-01-05

被爆二世

増田メモ代わりに投げておく。

原爆ですら残留放射能の影響は数十年単位で確実に存在する。

特に地面に近く内蔵機能の完成していない子供に強く作用する。

<事例 : 現在50台の女性

幼少期に爆心地近くの公園で遊んでいた。

20代に卵巣腫瘍を患い摘出、40台後半でもう片方の卵巣にも腫瘍が見つかり摘出。

現在子宮、小腸周辺にポリープ等多数。

2011-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20111203235240

まず、病院にいったほうがいいでしょう。

処女を失ったときはとにかく激痛で、その後2ヶ月くらいはただ痛みに耐えるだけが続いた。

これは多分…あなたの体で心配なことがありそうです。もしかしたら実はまだ炎症があるかもしれませんし・・・

いくつかのサイトや本に書いてあると思いますが、本当に狭い人は狭いのです

処女膜が復活してしま場合もあるわけで、病院で今どういった状態か診ていただいたほうがよいでしょう。

>内臓を圧迫されているような苦しさがあるだけ

あなたもツライと思いますが、彼もツライでしょう。

急ぐ必要はありませんが、あなたの体に実は負担がかかっている可能性も否定できません。

(もしかしたらポリープや筋腫が邪魔してる可能性もなきにしも??)

クンニが嫌いな女性などいない!

いやーそれはどうでしょうか?嗜好は人それぞれですから、絶対居ないとは断言できません。

嫌なものは嫌だといえる関係になるほうが大事ですよ。きちんと話し合いしてみましょう。

女医さんの居る病院も増えてますので、一度受診してください。

ついでに性病検査等も受けておくといいと思います

一人(二人?)で悩まずに、きちんとした専門家に聞いたほうがいいですよ。

頑張って。

2008-10-15

世のサラリーマン尊敬しちゃう

連休明けから体がヤバい。

連休明けにいきなり過労が原因でのウイルス性の感染症て診断された。

職場では「ただの風邪だろwww」としか認められなかったけど。連休明け早々てのも印象悪かった。

で、最近また喉が痛いのと熱が出てきたから病院行ったら今度は細菌性の気道炎だとか...

まぁ、今回も案の定会社ではただの風邪扱いだったけど、咳が余りに異常なので強制帰宅させられた。

就職する迄は滅多に風邪なんか引いたこと無くて、体が丈夫なことが取り柄だと思っていたのにこの有様。

週末の3連休から続けて5連休中...。会社健康管理室では全く別件で鬱の疑い有りとか言われるし。

入社2年目にしてこの弱さ...ちなみに胆嚢にポリープまで発見されたよっていう。

個人的には夏連休前までの残業月80〜100時間生活のアレが今来てると思ってるのだが...どうなんだろう。

原因不明でいきなりこんな病気まみれになるとちょっと恐い。

2007-07-09

http://anond.hatelabo.jp/20070709143831

会社の健診とか受けてないの?私は増田とまったく同じような症状で同世代でもともと胃弱なのでそんなに気にしてなかったんだけど、去年会社の健診受けてバリウム飲んだら胃にポリープ見つかったよ。まだ経過観察段階で何か治療が必要なわけじゃないけどね。未だに調子悪い時ある。でもすぐ胃薬飲むようにしてるし、今年も必ず健診は行く。増田も行け。

2007-04-30

http://anond.hatelabo.jp/20070429201433

昔から優等生だったので、自己顕示欲がものすごいわけ。でも、この年になると誰もちやほやしてくれないので、自分ってほんとに生きる価値あるかなーと思ってしまう。そもそも生きる価値って何だ? 生きたいから生きてるだけであって、価値求める必要ないよな?

でも、生きたいかと言われたらそれも微妙。夢はもう叶わないし。いや、追い続けることはできるよ? でも、叶わない夢に一生をかけて堕ちるのって、自殺するのと一緒じゃん? 最終的には死んだも同然な生活になってると思うよ?

娯楽の空しさも知ってしまった。結局俺って、自己顕示を楽しんでたみたいなんだよね。テレビゲームも一人でやってもつまんない。上手くなって「すげー」って言われるのが楽しかったけど、この年になっちゃうと・・・ね。カラオケも、喉にポリープができて下手になっちゃったから駄目。映画見まくってオタクになってみたって、別に誰にも尊敬されないだろうし。

やべえ、すげえ共感する。まだそんな年でもないから、そこまで至ってないけど、でも根っこは同じだ。

そうだ。俺も自己顕示欲が凄い。中学の頃から、なんか妙に勉強は出来たからチヤホヤされて、それで調子こいて、さらにいい点とって、そうしたら周りはもっとすごいね凄いねって言ってくれる、そのチヤホヤがやっぱり結局好きだったんだ。

娯楽についてもこの人と同じだ。俺、歌も最初わりとうまかった方だから、皆にチヤホヤされて、それが嬉しくて、もっと上手くなろうとした。今思うと、やっぱりそれだけだ。歌は勿論好きな方だし嫌いじゃないけど、でも上手くなりたいから上手くなりたいんじゃなくて、歌いたくてたまらないから歌いまくってるんでもなくて、人に「すごいねすごいね」って言われたいから上手くなろうとしてた。今もそうだ。俺は多分全部そうなんだ。本も、別にそこまで読書好きってわけじゃないのに、たまたまちょっと小難しげな本読んでたらちやほやされたから、それが嬉しくて、色んなジャンルの本見て学んだり。他にもあるけどそれら一切の俺の趣味は本当の意味での趣味じゃない。ほとんど学習勉強みたいになってる。結局、多分俺が本当に自発的に楽しんでるものってほとんどない。全部「この趣味を取得したら、俺はチヤホヤされる」とか「こんな趣味を持ってる俺」的な、そういう自己顕示欲から来てるだけ。

夢も、別になかった。なんか、小さい時マセてるガキだったから、昔からそういうかないそうにもない芸術方面スポーツ方面の夢は、見もしなかった。「そういうのはよっぽど才能ないと食ってけ無いし。俺、それなりにこなす自信はあるけど、流石にそれで食ってけるほどは才能ないし」ってそんな事を小学生の頃から言ってて(でも皆そんなもんなのかもしんないけど)、早くから「勉強でなんとかなる仕事で、チヤホヤされる仕事だな」とか考えてた。今は確かにそういう方面に一応向かってはいるけど、でもそれがやりたかったのか?っていうと、別にそういうわけじゃない。かといってやりたくないわけでもない。どんなことでも、大概興味は持てる。興味が無い、ってことが、あんまりない。持とうとすればもてる。でもその代わり、「本当に俺が欲してるもの」てのが、よくわからなくなった。いや、本当に欲してるものはあるのかもしれない。でもそれが「これしかない」って感じに一つに限定されない。好きレベルが5のものがいっぱい、好きレベルが8の奴がいっぱい、そんな感じでふわふわしてるけど、その中で一つ好きレベル100とか飛びぬけてる一つ、てのはない。

強いて言えば、やっぱり人なんだな。

ネタ的なものでもなんでも、「人に見せる」って思いがあるときは、寝るのも食うのもせずに集中できるしめっちゃ楽しい学園祭とかで、「こりゃうけるぞ!」って思って作った衣装とか。そういうのはすっげ楽しかった。でもたぶんそれは、人に見せて「お前すげーよ!こんな面白いことよくおもいつくな」って言われたかったから。それだけのためだったんじゃないかと思う。そしてそれだけの事がすげえ俺にとっては推進力や原動力になる。

やべえよ俺やっぱりすっげ自己顕示欲強い。ていうかもうそれしかない。なんでこんな性格になったのかわからない。なんでこんなダメ人間になったんだ?理由も無くただ好きだって事、多分ほとんどない。自己顕示欲満載のときは何もかもに興味が向くしがんばれるけどそれをはずすと何もしたくなくなる。なんだ?これ。どうすればいい。でもこうでしか生きられない。困った。なぜこんなことになったんだ。畜生

 
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