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2009-06-29

Ⅱ、物語の面白さについて (須江岳史)

http://anond.hatelabo.jp/20090629223650の続き

Ⅱ、物語の面白さについて


1、はじまり

 小説とは、物語を読者に伝えるために文字で書かれた文章だ。書き手が小説を書く動機はおそらく大きく分けて四種類あるだろう。物語の面白さを伝えたいという動機、物語という糖衣に包んで何らかのテーマを伝えたいという動機、物語を伝えるための表現方法の工夫を見てもらいたいという動機、小説を書くことによりカネや名誉を得たいという動機だ。テーマを伝えるためにはそれを包むための物語が必要だし、表現方法を見せるためにも、表現される物語が必要になる。そして、面白い物語でなければカネや名誉を得ることは出来ない。

 物語そのものの作り方については、特に語る必要はないだろう。これを読んでいる方の大多数は日本で生まれ育ち、テレビという媒体によって物語構造経験的に知っているはずだ。

 物語にはどのような面白さがあるかについて見ていこう。

2、生理的なものに関する面白さ 


以下の広告文を見て欲しい。これらはダ・ヴィンチ2006年5月号から採取した。

削除

これらの広告文から想像できる物語は、結構面白そうだと思えないだろうか。少なくとも、本屋でこういった文面が目に飛び込んできたら、手に取りたくはならないだろうか。むしろ、そういう小説が面白いからこそ、こういう広告文をライタ―は考えるのだ。「暴力や性などのように、人間生理的なものに根ざしているものが面白いのだ」、とキンチュという学者も1980年に言ったらしい。生理的なものに根ざしているということは、きっと「すごくトイレに行きたい!」というような話も面白い部類にはいるのだろう。それを確かめるためにもとの文献に当たろうと思った。Poeticsという雑誌の9号にその論文が載っているらしいのだが、しょっぱい図書館には7号までしか置いていなかった。だから上の括弧内の言葉は、孫引きだ。本当はやっちゃいけない。

生死や性と言うとハリウッド映画のようなバタバタと煩い小説が思い浮かぶかもしれないが、静かな小説だってこの面白さを持つ。重松清の『舞姫通信』はアクションシ―ンなんて全くない静かな小説だけれども、主人公の周りでは自殺がたくさん起こる。市川拓司作品群だって恋愛ヒロインの死が物語の主軸となっている。

3、不安の解消による面白さ 


 物語は大体、始まりに主人公にとって悪いことがあって、それが改善されることで終わる。内田の言う〈欠損―補充〉の物語構造といっても良い。こういった〈欠損―補充〉の構造を持った物語は、主人公の感情を推測しやすかったり後々に読者が内容を思い出しやすかったりするらしい。これについてはいろんな人がいろんなことを言ってる。「物語葛藤から生まれる」、「物語は欠如から生まれる」、「物語は主人公の目的意識から生まれる」等々。だからこれ以上、このことについては触れない。


4、どんでん返し


どんでん返しと言ったら、『……だと思いこんでいたにもかかわらず、実は……だったぁ!!』という、物語クライマックスで頻発する奇怪な現象だ。歴史は古く、2300年以上も前に、アリストテレースがこれについてゴチャゴチャ言ってる。

基本的には、『主人公は目的達成に関わるものが或るものだと仮定して行動する。その仮定が正しくなかったことを知るや否や、知る前にとった行動が本来の意味とは別の意味を持ってしまう』というものだ。そうじゃないのも沢山あるけど。

 作り方は簡単。


ⅰ)主人公はaという存在(人でも物でも良い)を求めている。

ⅱ)aと共通項を持つαを発見し、αに対して何らかのアプロ―チを取る。

ⅲ)αは、あたかもaであるかのような反応を示す。

ⅳ)何らかの要因(約束を守るとか破るとか色々)によってαがaでないことに気づく。

ⅴ)それまでの主人公の行動が本来の意味とは別の意味を持ってしまう。


 ⅰからⅴのaとかαに好きな言葉を入れれば、即席でどんでん返しを作ることが出来る。

 市川拓司の『いま、会いにゆきます』を例にとってみよう。

ⅰ)主人公の巧は、死後の世界からもどって来る妻、澪を待っている。

ⅱ)ある日、工場跡で、巧は記憶を失った澪を見つける。彼女過去の思い出を話したり彼女と愛しあったりする。

ⅲ)澪は、生前の彼女がそうであったように巧のことを愛してくれる。

ⅳ)澪が再び消えた後、彼女が残した手紙によって、巧は澪が蘇ったのではなく過去からタイムスリップしてきたのだと知る。

ⅴ)それによって二人が愛しあったことの意味合いが少々変わってくる。


 一見とても複雑で、私のような凡夫には到底思いつくことが出来ない、と思われる人もいるかもしれないが、そんなことはない。「実はタイムスリップだった」というところを思考の出発点にして、「戻ってきたと思ったら、実はタイムスリップだった」、「妻が戻ってきたと思ったら、実はタイムスリップだった」、「死んだ妻が戻ってきたと思ったら、実はタイムスリップだった」とアイディアを広げていき、そしてそのアイディアを盛り込むのに相応しい物語の全体像を考えてやれば良い。


5、ズレ 


 読者の持っている常識または読者の予想からズレのある状況を描くことで、読者の気をひきつけることができる。シャンクの言う「スキ―マに一致する期待を破ったり逸脱する場合」の面白さになるのだろう。

期待を破るという点では、どんでん返しも同じである。どんでん返しはズレの中の一つと僕は考える。

 ズレは『……にもかかわらず……』の形で表される。『にもかかわらず』の前の言葉が、読者に或る事象や状況を想像させる。『にもかかわらず』の後の言葉が、想像した事象や状況とはズレた事象や状況を表す。

 いくつか例を挙げよう。

①、能力がないにもかかわらず、行為を行なう。

 例:武器を持っていないにもかかわらず、敵に挑む。

②、立場がふさわしくないにもかかわらず行為を行なう。

 例:医師免許を持っていないにもかかわらず、手術を行う。

③、不本意であるにもかかわらず、止むを得ない理由により或る行為を行なう。

 例:仲間を助けたいが、地球未来のために見殺しにする。

④、以前はpであったにもかかわらず、今はqである。

 例:以前は暴力団員であったにもかかわらず今は警官である。

⑤、本来はpのために存在するにもかかわらず、qとして利用する。

 例:ボブ・ディランの曲を流すラジカセをコインロッカ―の中に放置する。

 ①~③は人物の行動に関連したもの、④、⑤はものの存在に関連したものだ。飽くまで例を挙げただけで、全てのズレを網羅しているわけではない。

 ズレで注意しなければいけないのが、あまりにもズレが大きすぎると読者が小説についていけなくなったり、期待を裏切られた衝撃で読むことを止めてしまう危険があることである。読者がそのようなことを起こすことのないよう、ズレが起こる前にある程度読者にズレを予想をさせて、ズレを少なくしなければならない。

 ①・②のズレを少なくする方法の一つとして、それを行う登場人物に前もって「或る状況に陥ったとき、この行動をとる」と宣言させれば良い。そもそも我々が暮らしている現実世界においても、能力や立場が行動を実行に移す足かせになっても、動機さえあれば動き出すことがある。①・②のズレは、ズレが大きくなりすぎるようなことが少ない。

 ③のズレを無理なく(読者が拒絶することない程度に)作るには、或る目的を成し遂げるためには無理にでも何かをやらなければならない状況を主人公に与えればよいのではないだろうか。

 例えば、三谷幸喜監督の『有頂天ホテル』であれば、主人公が別れた妻に良い恰好をするために自分が受賞したわけでもない賞の受賞コメントをする。

 ④の場合は、状況が大きく変わるための理由付けをしてやれば良い。その最も簡単な方法は約束をすることである。状況が悪いほうに転じる場合には約束を破れば良いし、逆に好転する場合には、約束を守っていれば良い。

 ⑤について考える。例えば「aをbに~する」というようなズレのある状況を作りたい。そのときには、

ⅰ)aを元として含む集合Aもしくはbを元として含む集合Bを提示する。もしくは、aは集合Aに元として含まれることやbは集合Bに元として含まれることをこじつける。

ⅱ)「Aをbに~する」、「aをBに~する」、「AをBに~する」のいずれかを物語の中で提示する。但し、宣言された行為にはズレはない。

ⅰとⅱを任意の順番で行ったうえで「aをbに~する」というような行為を行えば自然ではないだろうか。

伊坂幸太郎の「アヒルと鴨のコインロッカ―」を例に採ろう。この小説では、終盤でドルジという登場人物がボブ・ディランの曲を流したままのラジカセをコインロッカ―の中に放置するという、常識的にあまり考えられない行動をする。しかしそれは「善いことも悪いことも、やったことは全部自分に戻ってくる」と言うドルジに対してドルジ恋人である琴美が「それならさ、神様には見て見ぬふりをしてもらえばいいって。緊急事態だから。神様にはどこか見えない場所に閉じこもってもらえばさ」と言い、また、別の場面ではドルジの友人の河崎がディランの歌について「あれが神様の声だ」と言ったからだ。

6、伏線とその回収

小説の序盤や中盤にあった状況や事象を小説の終盤に再び置くことで読者に一種知的発見をさせ、はっと驚かせる効果がある。これも、いくつか例を挙げよう。

⑥、約束―報い

 順境から逆境、または逆境から順境と言ったような状況の大きな変化に用いられる。報いが起こる以前に行われた約束を守っていた(破っていた)ことが原因となって、主人公の立場が大きく変わってしまう。

 例えば、綿谷りさの『インスト―ル』であれば、主人公はネット上の文字のやり取りでは「自分キャラクター化している傾向が強い」ような人は「しょっぱなからH会話をしたら憤慨してしまう」ため、そのような人とはそのような会話をしないように誓うが、結局そのような会話をしてしまい、会話の相手を憤慨させてしまい、窮地に立たされる。④のズレを作るのにも使うことが出来る。

⑦、状況→反応A―状況→反応B

 物語の序盤や中盤に立たされた状況に、物語の終盤で再び立たされる。序盤や中盤で採った行動と異なった行動を、終盤で採る。主人公の成長を表すのに使われる。

 例えば乙一の『しあわせは子猫のかたち』であれば、主人公は物語の序盤と終盤で同じ一人暮らしという状況に立たされるが、序盤では「陽の光は嫌いなのでカ―テンを閉め」たが、同居することになった雪村サキとのふれあいを通じて終盤では自発的に「カ―テンを開き、窓をあけて風を入れ」るようになる。④のズレを作るのに使うことが出来る。

⑧、意味づけ―再現

 ある現象・行為に対して意味づけをし、それが物語終盤で再現される。

 例えば伊坂幸太郎の『陽気なギャングが地球を回す』では、「人生を楽しんでいる人が寄っていくと赤ん坊が泣き止む」と、登場人物たちが冗談で言う。小説の最後で主人公達が銀行強盗に入ったとき、赤ん坊が泣き止む。⑤のタイプのズレを、⑧の伏線タイプに含むことが出来るだろう。

⑨、事象/状況―事象/状況

 物語序盤で現れた事象/状況が物語終盤でリフレインさせることにより、はっと驚かせる。

 伊坂幸太郎の『重力ピエロ』は、最初の行と最後の行が「春が二階から落ちてきた。」となっている。

 伏線は悲壮感の軽減するのとズレを少なくするために使える。

『しあわせは子猫のかたち』であれば主人公の成長により雪村サキが消えた悲壮感が軽減されるし、伊坂幸太郎の『アヒルと鴨のコインロッカー』であれば、ドルジが辛い過去を語った後でレッサーパンダ盗む子供たちが再び表れ、場面が明るい印象になる。

約束意味づけはそれ自体がズレのある状況の理由となるため、ズレた状況の蓋然性が増す。

7、仮想物語

 素晴らしい小説に出会えたとき、人はその後の展開を想像し、読み終わった後も空想の中でふわふわと浮かんでいるような感覚を味わえるものだ。もしかすると、逆をとって、そのような小説は素晴らしい小説だといえるんじゃないだろうか(『逆は必ずしも真ならず』ってのは知ってるけれども)。

想像というのは一般に、確定していないことを想像する場合と、すでに確定した状態についての反実仮想とがある。物語の中での前者の確定していないことを想像する場合は、未だ語られていないこと、たとえば登場人物の未来や知られざる過去などを想像する。後者のすでに確定した状態についての反実仮想は、過去において登場人物がとった行動をもしとらなければ物語がどう展開していたかを想像するというものである。

 物語における想像の主体は読者と登場人物である。読者が自発的に想像する場合と、登場人物がした想像を読者が受け取る場合とがある。

〈自発―未確定〉

〈自発―反実仮想〉

〈受容―未確定〉

〈受容―反実仮想〉

の四つに分けられる。本当は想像を提供するのは登場人物の他にも物語の語り手も含まれるのだが、語り手が読者に意見押し付けるような小説最近の主流ではないのでここでは無視する。

読者が自発的にが想像をするときには、ある程度の制約が必要である。たとえば舞台の上に割り箸が一膳転がっていても漠然としていて想像仕様がないが、舞台袖から現れたコメディアンがそれを拾い上げると、何か芸をするのだと想像ができる。読者が自発的に想像する場合は、制約を使う。物語世界を飛び出して現実世界想像を膨らませる場合もある。

 登場人物の想像を受け取る場合は、制約は必要ない。登場人物が発想したことを、読者が自分の考えとして取り入れたりありえないものとして棄却したりする。すでに読者にとっては確定した内容について、そうとは知らず登場人物が想像を巡らす場合もある。

⑩、〈自発―未確定〉

 このパターンの場合の制約は読者の持つ物語の鋳型である。読者の持っている物語の鋳型と今読んでいる小説の文から与えられた情報から、今後の展開を予想するのだ。想像によって複数の物語が出来上がってワクワクする。

 一般的に読者は、登場人物が道徳とか願望とか義務とか知識とかの欠損を埋めるという物語の鋳型を持つ。登場人物の悪事は罰せられ、道徳の範囲内で主人公の願望は叶えられるように物語は動き、願望を果たす範囲内で義務は遂行され、ミステリーの場合は犯人は誰であるかという知識の欠落が結末までに必ず解決されるものと予想する。

 読書経験によっても物語の鋳型は作られる。連作物の場合、最終回でないにもかかわらず最終的な目的成就されることは無いし、週刊少年ジャンプに載っている漫画の場合、恋愛成就するような展開はなかなかありえないだろうし、花とゆめで連載されている漫画の場合であれば逆に恋愛が絡まない話の方が難しいだろう。

 主人公に選択肢が与えられたときも、選択肢という制約によって想像が発生する。ただ、物語の鋳型によって実現の可能性がないものとみなされ、想像から棄却されるような選択肢はあまり有効ではない。だが、ありえないとみなされる選択肢は反実仮想としての面白さになるため、選択肢が全くないよりは実現の可能性の少ない選択肢でもあったほうが物語の面白さは高い。

⑪、〈自発―反実仮想〉

 過去において提示された選択肢について、もしあの選択肢を選んでいれば主人公は別の状況に立たされていたのに、という想像を読者は巡らす。面白さに及ぼす効果は⑬と似通っている。ただ⑬とは違い、登場人物がそれについて想像言及をしない場合である。

 O・ヘンリの『賢者の贈り物』を見てみよう。デラは髪の毛を売るか売らないかという選択に立たされる。夫が髪飾りを買ってくれるが、デラは髪を売ってしまったため、その髪飾りを使うことができない。過去における選択肢という制約により、髪の毛を切らなかった状況を読者は想像できるのだ。

⑫、〈受容―未確定〉

 登場人物が自分の計画・推測・願望を語り、それが実現するかしないかを読者が想像する。複数の人物が自分の計画・推測・願望を語る場合、それ選択肢の形になり、読者はそのうちの全部か一部を採択するか、どれも採択しないかを選ぶ。⑩の場合との違いは、⑩の場合は読者の能力によって想像の幅が決まるのに対して、⑫の場合であると登場人物の側から想像を提供することである。

 アレックスシアラーの『13ヵ月と13週と13日と満月の夜』の主人公は、友人のメレディスが祖母を虐待しているのではと想像し、読者はそれを信じたり信じなかったりする。

⑬、〈受容―反実仮想〉

 過去において提示された選択肢について、もしあの選択肢を選んでいれば登場人物は別の状況に立たされていたのに、という想像を作中の人物が巡らし、それが読者に採りいれられたり取り入れられなかったりする。

 東野圭吾の『手紙』はこの連続だ。主人公の兄が金を盗み取るという行動を採択したために、主人公はメジャーデビューするバンドボーカルになる機会や逆玉に乗るチャンスを失ってしまう。後々になって、そのことについて主人公の周りの登場人物がそのことについて言及し、現実にならなかった状況を想像する。

⑭、登場人物による誤った想像

 登場人物が事実とは異なる想像をすることで、事実想像のズレを生み出すことが出来る。

 森絵都永遠の出口』では、主人公の母親が主人公の振る舞いについて相談する手紙の内容が、主人公の思惑と全く噛み合わず、面白さを生む。

⑮、現実世界についての想像

 登場人物が死後の世界についてとか、この世の成り立ちとか、この世界が本当はどうなっているかとかについてを説明し、読者はそれが本当かどうかと空想をめぐらせる。死んだあと人間はア―カブイ星に行くとか、この世の最強の動物はクマであるとか、この世界は三年前に一人の少女によって作られたとかの、登場人物による様々なアイディアを、読者は採択したり棄却したり別のアイディアを考えたりして楽しむ。もし現実に、物語の中の状況に自分が立たされたらと想像する読者もいる。

⑩・⑫は先を予想する面白さ、⑪、⑬、⑭、⑮は今読んでいるペ―ジの面白さと言える。

⑩・⑫は、物語の展開によっては「……と予想していたにもかかわらず、本当は……という展開だった」というズレに使える。週刊少年ジャンプギャグマンガの登場人物には普通、まともな恋人ができるわけがない。ラブレターを渡されると思ったら茶封筒に入ったただの手紙だったり、恋人になった人が広末涼子に似たとても可愛らしい女性だと思ったら実際はマウンテンゴリラだったりするのがギャグマンガの常だ。そういった鋳型を破壊したとき、読者の予想を裏切った面白さが生まれる。

森絵都小説の会話が、まさに予想を裏切りによる面白さ(例えば、愛の告白をするのかと思ったら、突然晩御飯のメニューを訊いたりする)を持っていると思うのだが、それはまた別の話。

8、まとめ

 

 以上でまとめた面白さはそれぞれ完全に独立したものではなく、複数にタイプに跨って存在している。どんでん返しはズレの範疇に入るし、反実仮想や登場人物による誤った想像もまたズレに入れられる。不安の解消による面白さは、それが成し遂げられる以前(物語の序盤や中盤)では、解消されるという予想として存在する。だが本稿では、それぞれの面白さを二、三の大きな分類に還元することよりも、思考のツールとして使いやすい程度に細分化することを目指した。

 以上で述べてきた物語の面白さに関するツールが実際に役に立つかや他にどのようなツールがあるのかを検討するべきなのだろうが、あとは知らないです。ここまで読んだ人は、本当にとてつもなくえらい。えらすぎです。

 この書きなぐりの文章を鵜呑みにせずに、否定するべきところは否定して、無視するべきところは無視して(そうすると、この文章に書いたことは何も残らないかもしれない)、自分なりのスタイル確立してください。

ここに書かれていることは正しいことではなくて、僕が話を書く上で寄りかかっている杖に過ぎません。くじいた足を引きずりながら歩いていたら、運よく見つけた棒が、ここに書かれている方法です。それが、折れやすい棒なのか頑丈な棒なのかは、僕自身にもわかっていません。

 「阿呆なことを妄想している暇があるなら原稿千枚書いて来い若造」のような感想を抱く方もいると思います。それは当然のことで、文学者でもない、文学部でもない、当時ただの経済学科生が色々な本を読みながら、自分なりのスタイルを掴むために書いたものです(今現在自分は、これとは少し違う方法で話を書いています)。

 そのような感想を抱くということは、言語化できる根拠があるはずなので、是非、それを文字にしてみんなに見せてください。それが、必ず小説未来に繋がります。

2009-06-22

花とゆめ

男版はきっと「金と女」

2009-03-22

おたく

備忘。

初めてハマッたアニメは「魔神英雄伝ワタル」だった。 小5。

アニメイトとかで、少ないおこずかいを使った。

ともだちがオタクで、金持ちで、二次創作とかのさわりの部分を教えてくれた。

小6で県外に引っ越さなかったら、きっと腐った女子になっていたとおもう。

引っ越したあと、その友達から自家製(アニメ絵)レターセットでお手紙をもらったりした。)

中学生のとき、好きだったマンガは「花とゆめ」に連載されていたもの。

ここはグリーンウッド」とか。

動物のお医者さん」や「パタリロ」も同時期に連載されていたはず。

良い時代であった。

中学生から大学にかけては、アニメにハマらず。

飛んで… 社会人になって、深夜アニメなどを見出す。

カウボーイビバップ」は熱に浮かされたように、繰り返し見た。

鋼の錬金術師」をインターネット検索していて、二次創作というものを本格的に知る。

遅い春の訪れであった。 開花。

辿り着いた神サイトの文章が好きすぎて、印刷物を通販してしまう。 満開。

(周りに同じ趣味のともだちが居らず、二次創作閲覧が、ひそかな趣味となる。)

その後、お笑いコンビラーメンズ」の二次創作で、生モノ、という言葉を知る。

サイト管理者に連絡して、サイトアドレスを教えてもらう「請求式」に慣れ、

知らない人にメールをすることに、抵抗がなくなる。

その感覚の延長で、ヤフープロフィール(?という名前だったか、とにかく出会い系の一種のサービス。 現在有料化されているはず。)で

知り合った人とテクノイベントに行ったりするようになる。

(運が良かった。 か、時代がまだ良かった。 男女問わず2,3名だけど、いたって普通楽しいひとと友達になった。)

数年後、ゲーム逆転裁判シリーズにハマる。

なぜか、あふれる気持ちが抑えられず、二次創作文を書き始めてしまい、掲示板に投稿したりする。

掲示板での反応に気をよくしたり、”なにくそ!”と思ったりするうちに、どっぷりハマる。

結局、掲示板を離れ、自サイトを開設する。

半年ほど運営のち、放置することとなる。

(いまでも、熱心な読者のかたからメールが届いたりして申し訳ない気持ちになるが、

 書かなければならない(ような気がしてしまう)お返事の数を思うと、

 億劫になり、結局放置。)

いまは、ニコニコ動画で「わかむらP」の動画アップを楽しみに待つ毎日。

2009-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20090125220324

まあセオリー通りにアニメ化されてるのでもいいと思うけど、ここのところ良くも悪くも白泉社コンスタントアニメ化してるのが気になるなぁ。

メディアミックスしすぎとかラノベから流れ込んでるのもあったりして、一口に少女マンガとは定義づけしにくい作品も多いしね。

もうちょっと分け方を考えると、ローティーン向け(なかよし・ちゃおなど)かハイティーン以上向け(花とゆめLaLaCookieなど)のどちらかに、自分好みを合わせてターゲットを絞ると良いと思う。

カレカノ名前が挙がってるくらいだから後者指向がいいかな。ブームも落ち着いたことだし「NANA」とかから始めてもいいと思うし。

2008-09-10

いまさらだけど

聖☆おにいさんブッダイエス関係はなごむ。

あれが普通人間同士の漫画なら、どんなBL?花とゆめ?というかんじだけど、ブッダイエスなのであんまり虹創作する猛者もいないだろうし。

みんながみんなああいう関係だったら良いのにな。

何か害を受けたときに「このやろう!」ってならずに「どうすれば良い方向へ」と考えたりとか。


腐女子気質のある女子がこの漫画に和むのはわかるけど、男性もなごんでいるのかな。

今私自身はリアル恋愛の方が楽しい腐女子的なものなので把握が微妙なところ。


みんな穏やかになれば良いのになあ。普段。

2008-09-08

Moopa渋谷道玄坂

http://anond.hatelabo.jp/20080908201224

次にきたのはMoopa渋谷道玄坂店だ。

土地勘があるやつはカラネットの前の店じゃねえかwwwって察しがついてるはずだ。


渋谷駅からの距離はさっきと同じくらい。

60分からで330円。30分からじゃないので焦ってことに及ばずともいいかもしれんが短期決戦ならちょっと余分だな。


フルフラットが19席。

ペアシートが5席。

アフラットが14??15席だ。

これだけありゃ大抵あいてるだろ。


1200x1650x・・・高さはいいな。

とりあえず横になれる。クッションもあって寝るにはちょうどいい。

っつか、俺が普段使ってんのはここだ。


ナイトパックだと平日なら8h:1890 土日祝日なら8h:1980円だ。

デフォだとコンセントに空きはない。

入り口がなんか奥まった感じ。


便所が若干汚いな。野郎はどうでもいいが女の子は気にする・・・か?

一人の女の子を結構見かけるので気にしなくていいかも。

割と静か。ほかのやつがタイピングしてる音はさっきより聞こえない。(扇風機が回ってるからかも)


なんか俺のいる階は少女コミックばっかりだな。嫌いじゃないぜ。花とゆめとか。

60分じゃ焦ることもないかと思い、一条ゆかり(笑)でも・・・

ってそれは朝までコースですね。サーセン

2007-05-05

What's a beautiful day!

とてもいい天気

朝7時くらいに起きだして、外に出て、近くの自動販売機で冷たい紅茶を買った。ぷらぷら歩きながら紅茶を飲む。風が涼しい。乾いても、湿ってもいない風が吹いている。

それから家に帰って洗濯機をまわした。溜まって行く水に手をつけるとひんやりしていて気持ちがいい。

衣替えをするために、ベッドの下にある収納ボックスを空にした。このベッド下収納、ずっと開け閉めするたびにフローリングの床を滑って、奥の方にはいっちゃったりしていたので、道具箱に何故か入ってたゴムを使って滑り止めを作った。そしてベッド下の奥の方から、ヘンなものがいろいろ出てきた。花とゆめ付録?とか。(買った覚えはない。本屋でもらった?)

衣替えは結構大変だった。着ないやつをゴミ袋にいれたら二袋になってしまった。

汗をかいたのでシャワーを浴びた。

朝のうちに作っていたアイスコーヒーを飲みながらネットサーフィン。(←今ここ)

幸せだなあ。

2007-01-27

http://anond.hatelabo.jp/20070127182539

男に生まれたかった。

それでも女に生まれたからには、愉しみ尽くそうと思う。

そうですか。

そういえば、僕の妹はスカートが大嫌いな子でした。小学校ではジャージ制服というイナカでしたが、さすがに中学校制服セーラー服でしたので、彼女は嫌々着ているというのが傍から見てても分かるのが、身内としてはちょっとつらかったのを覚えてます。

逆に僕は小さい頃から女々しい性格で、どちらかといえば「花とゆめ」系の少女漫画をたしなむような子でしたので、母親にまで「なんや!その女の腐ったようなナヨナヨぶりは!」と叱られた覚えが何度もありますし、できれば女の子になりたかったなぁという思いは、今でも心のどこかにあります。

まあたとえ女性に生まれてても、今の自分の気の弱さがなんとかならない限りは、チカンや変質者に遭ったり、クラスで陰湿ないじめ被害に遭って、リストカットしたりするような子になってた恐れは、十分にあっただろうなとは想像しますけど。

話を本題に戻しますが、女性が愉しめる一方で男性向けがショボいジャンルといえば、やはり「おしゃれ」でしょう。僕は(体型的にも性別的にも)自分に似合わないファッションを眺めては溜息をつくだけですが、女性は着飾ってナンボという部分はあるとは思うので、生きているうちは悔いの無いように、「女じゃなきゃできない事」をぞんぶんに愉しんでもらえたらいいと思います。

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