はてなキーワード: ISDNとは
「消費電力をバブル期の水準に戻せば、原発は全廃できる」という人がいる。
確かにバブル期の消費電力は今の3/4程度だから、ちょうど原発を無くしたぐらいの発電量で賄えるだろう。
じゃあ我々がバブル期にどんな生活をしてたか、具体的に列挙してみよう。
まず、ごく一部の金持ち以外は携帯電話(自動車電話、ショルダーホン)を持っていなかったし、
ISDNが始まったのが1988年で、電話回線にモデムを繋げられるようになったのが1985年。
パソコン通信が始まったのがこのくらいの時期。衛星放送はまだ始まっていなかった。
ビデオデッキと電子レンジがようやく半数の家庭に普及した程度。ウォシュレットがある家が珍しかった。
エアコンも一家に一台あればいい方。今みたいに全部の部屋にエアコン付けてる家庭は稀。
家庭用ゲーム機も、今みたいに100Wぐらい電気を食うPS3ではなく、4Wしか電気を食わないファミコン。
会社で仕事するときも、社員全員に1台づつパソコンが行き渡っているわけではなく、
コンビニの店舗数は今の1/4くらいで、ドン・キホーテのような24時間開いている店は珍しかった。
駅にはまだ自動改札がなく、駅員が鋏で切符を切っていた。地下鉄はまだ冷房車がなかった。
青函トンネル、瀬戸大橋が開通したのが1988年。それまではフェリーや連絡船を使っていた。
南北線、大江戸線、副都心線、りんかい線、ゆりかもめ、成田エクスプレス、長野新幹線等の路線は未開業。
何もかもがそのまま20年前に戻るわけではないとしても、消費電力を当時の水準に戻すのは、
実はものすごく大変なことなんじゃないか?
まだ、FTTHが始められなくて、過渡期ってのがあったんだよね。
その頃は、せっかくメタルが光ファイバーに置き換わっていたのに、ADSLにするために、メタルに戻せてきな話題があったのさ。
あと2-3年だったんですけどね。市場は待ってくれなかった。
そんで、Yahoo ADSLをはじめ、アッカとかイーアクセスとかが伸びてきて、一大勢力になりましたとさ。
その後、ADSL陣営はもはや、メタルでは頭打ちなので、無線に移動した組みと NTTのダークファイバに乗り換える組にわかれましたとさ。
という話。
ISDN 光収容も光ファイバーですから!需要はないけどな!その後のFTTHにつなげるためにやってたんだよ。市場原理だけだったらISDN光収容がなくて
コンビニもなにもない田舎ってよく言うけれども、コンビニなんかなくたって生活できたけどな。
視界のどこかに民家があるくらいの人口密度があって、ガードレールと街頭はあったけど信号とか横断歩道とかはない土地で育った。
スーパーは10kmくらい離れていたけど、生鮮食品だって生協が宅配してくれるし、郵便だって宅急便だって届いた。
ケータイは圏外だったけど、56Kのモデムだったけど、ネットもつながった。
そもそも、外出するっていう発想があんまりなかった。
休日に外出というものをあまりしなかったような気がする。
休日はゴミを燃したり、植木を切ったりするとか、そういう肉体労働の日。
あと、縁側で野菜干したり。
自給自足に憧れてたとかってわけじゃなくて(野菜も米も作ってなかった)、本当にそんなに困らなかった。
病院がないくらいかな。
今はなんだって通販できるんだもん。
コンビニがないからなんだっていうんだ?
気がついたら、アフリカがあつい。一時、アフリカに滞在していた身としてはどうにもスルーできない言説が多いので、ここに少し考えを。
アフリカの問題はとても複雑でシビアです。特に日本人にはよくわからないことだらけ。国際協力関連で3年ぐらい彼の地で生活をしていましたが結局よくわからないまま、未だに理解できないことも多いです。知らないことに関しては口を出さない方が良いと思うのだけど、やはり生活していた土地に愛着もあり、この思いを伝えたいとも思ったので、長文になりますが興味のある方には読んで戴きたいです。
まず、ちきりんさんのこのエントリーは読んでいて悲しくなりました。
http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100207
よくわからないけどただこれだけはわかった、といって再植民地化が良いのじゃないかなあ、なんて暴力的すぎるんじゃないかな。アフリカの開発支援に関わった人がもしこのエントリーを読んだら、多くの人は悲しみや怒りを感じたりするのではないかと思いました。
そしてこのエントリ。
アフリカ大陸在住中 : http://anond.hatelabo.jp/20100209065146
この方は西アフリカ方面にいらっしゃるのかな?そう思ったのもヨーロッパという言葉がとても多く出てきたからだけなのですが、宗主国を限定されないようそういっただけなのかもしれません。自分がいた南部アフリカとは違う感じもありますが、通じるところもとてもあります。とても共感できました。
増田さんも仰ってますがアフリカと一言で言っても国や地域によって気候も言語も文化も種族も宗教も政治も経済も何もかもが異なります。この点については日本人感覚からは最も離れている、アフリカの現実の一つだと思います。アフリカ大陸の国や人々を一括りでアフリカと呼ぶことは、私たちが一括りでアジア扱いされるのと同じくらい乱暴なことかもしれません。私が関わっていた国には民族が2,3しかない国もあれば、100近くある国もありました。後者には公用語だけで10近い言語あり、同じ村にいるのに部族が違い、間に翻訳できる人が立たないと話し合いがスムーズに進まない場面に出会うこともあり、外部の人間としては国と呼ぶのも躊躇してしまうくらいでした。
そうした彼らですが、欧米先進国や日本、そして中国に対する考えや感情は一筋縄ではいかないとても複雑なものを持っていると思います。というのも、彼らの多くはこんな風に思っているように感じたからです。今現在生活できているのは多くがODAなどの開発援助や外国資本のサービスや製造品のおかげだ、だけどそのせいで国の一部の権力者や有力者が私腹を肥やしているのを知っている、でも彼らは独立の英雄だ彼らはすばらしい、だけど自分たちが貧しいまま生活しなければいけない、だから、おまえら外国人がもっとカネやモノを俺たちにくれればいいんじゃね。
そして、こちらのエントリーについてです。
「発展」と「アフリカ」 : http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20100208/p1
難しいこともいろいろいわれていて、よくわからない点もありますが、結論はおおむね賛同いたしました。
自分もそうですが、本当に私たち日本人はアフリカの問題についてよくわかっていないと思います。アフリカ大陸の歴史背景や今おかれている政治力学、そして国際開発・援助ビジネス。当然それらのことは今の私たちにとって無関心な事柄でしょう。しかしそれは同時に多くのアフリカの人々にとっても、理解しがたいものであるようにも思えます。
私は某セクターで日本などからODAで落ちてきたお金を有効に活用するため、現地組織に入り込んで様々なプログラムの支援を技術的に行っていました。多くの貧しい人たちとも関わってきましたが、現地のプログラムコーディネーターやその上司のマネージャーやディレクターなどとも関わってきました。彼らの中で政府組織に属しているぐらいの立場の人は多くが代々の権力者であったり、裕福でコネがあったりとった特権階級に近い人たちでした。ただ単に政治家的にその地位にいる人もいれば、本当に優秀で頭の回転も速く常識もあり、その地域と国の未来を考えて行動している人もいました。しかし彼らと話し一様に驚き残念に思ったのは、そうした人を動かす立場と責任にある人でさえ、まずお金が外国から貰えることが当然だと考えていることでした。そして、その支援国や団体のいうなりのままだということでした。しかしそのことについて、支援する側の人間が彼らを非難できないとも思いました。
例えば、その地域の人たちに有効にサービスを提供するためどうしたらよいか、現地スタッフは様々な議論や調整をして企画を立てます。しかし、支援者はその支援理由や報告責任やさまざまな政治性やビジネスなどが関わって、現地スタッフの企画をそのまま受け入れることができないケースが多々あります。そしてその支援団体がそのような活動にお金をだせないといったらそこで支援は打ち切りです。サービスを提供できないだけでありません。彼らの給料さえなくなってしまいます。なので現地スタッフは当然いわれるがままになります。そういうことが何十年と続くうちに、自発的に地域や住民のことを考えて意見を押し通すような気概のなるエリートは段々少なくなってゆくでしょう。どうしても「支援する・される」という一方的な力関係が開発支援には生まれてしまい、現地の人々の自助努力が生まれがたい土壌になっていることは否定できないと思います。
そういう反省を含め開発支援業界自体も、「持続性」というキーワードの下、非支援国の自発的な活動を助長するような支援ができるよう工夫し続けています。しかし、持続性が形成されるためには社会の様々なセクターが有機的に関係し合いよい影響を与えあう必要がありますが、実際そうした広い視野を持って支援することはとても難しいのが現状です。例えば、田舎に学校を建てるということは、その地位の子供に教育を施すだけではなく、同時に教育者を育成するということでもあり、教育教材を作るということでもあり、教育そのものの内容を作るということでもあります。しかし、そのような広い視野での支援体制を長い時間をかけてじっくり進めるプロジェクトが始まったとして、果たして成功するのでしょうか。教育という国の根幹に関わるようなことに対して、じっくりと腰を据えて政治的にも経済的にも向き合っていける支援者が存在するでしょうか。私の想像する限りでは、存在するようには思えません。
まず、ODAなどは税金ですし、NPOやNGO、企業であっても、支援する側はその活動内容をきちんと報告しなければなりませんし、成果と結果が必要になってきます。なのであまりに大規模な支援はその先行きが読めない分、そのようなプロジェクト自体成立しがたいでしょう。また、以前に比べればあからさまではなくなってきましたが、支援側も多かれ少なかれ見返りというか利益を計算して支援しているところがあります。ODAであっても、その国の開発支援団体にその予算の一部が当然ゆきますし、都市インフラであれば自国に関わる土建屋や製造関係へお金が落ちるようになっていたり、保健セクターであれば薬剤などを通して自国の製薬会社にお金が回るでしょう。また被支援国の資源に関わる利権を求めるケースもあるでしょう。また専門分野の人材開発や研究などもそうした特殊地域でなければできないことも多々あると思います。そうした開発支援にかかわる政治性やビジネスがあっての支援でもありますので、あまりに大規模な支援はマネージメントしづらいので、やはり成立しにくいでしょう。
結局、アフリカの人々はそうした先進国の支援に振り回され続けているというのが現状なのではないでしょうか。なぜ今、自分たちが支援を受けているかといえば、かつて植民地化され支配された代償だというでしょう。代償なのだから貰って当たり前、求めて当たり前です。今まで奪う立場だったものが、与える立場になっただけ。今まで奪われる立場だった者が与えられる立場になっただけ。なのに、貰うばかり、ほしがるばかりで働かない、自発的に国が機能しないと責められても、自分たちが作った国でもないのになぜそんなことをいわれればいけないのか、彼らにはよくわからないのではないでしょうか。そもそも独立したときに勝ち取った国は彼らにとって必要なものだったのでしょうか。そしていま、代償として先進国のカネやモノをうけとっていますが、実際彼らは何を失ったのでしょうか。そしてそれは私たちが代償として払わなければいけないモノなのでしょうか。正直わからないことだらけです。アフリカの様々な地域の人々のそれぞれがそれぞれに、様々なことを思っているというのが現状なのではないかと今は思っています。
先日、島田紳助さんが司会をする番組で外務省を辞めNGOをたちあげ、スーダンへ渡り、現地で医療を施している川原さんという方が紹介されました。島田紳助さんのボランティアや支援に対する熱い思いが放送され続ける中、川原さんが二つとても心に残ることを仰いました。一つは治療などを現地の人にしても必ずお金を取ること。二つ目は正直むかつくことも多いけど、ここには小さいけれど未来を照らす明るさのようなものがあるということ。曖昧ですが、そのようなことだったと記憶しています。
長く紛争の続いたスーダンは未だに危険な地域と聞いています。そのようなとても限界度の高い地域にいても、医療サービスに対してきちんとお金を取るという根本的なことをやり続けることはとても大変だと思います。しかし、支援という名の下にモノとカネを垂れ流すことの無意味さ空しさを理解しているからだと思いますし、現地の人ひとりひとりと対等に向き合っているからだと思いました。払う払うといって逃げ続ける人、借金を踏み倒す人、そんな人もたくさんいるかもしれません。それでも、川原さんがそんな人々に未来を見いだしてしまうのは、なぜでしょうか。アフリカに限らず、東南アジアや太平洋州、南米などの貧しく何もないけど、ただただ自然はある、というような土地で暮らしたことがあるような方なら、具体的に思うところは違うかもしれませんが、この川原さんの言葉のいわんとするところはどこかわかるのではないでしょうか。
わたしの場合は、どんどん閉塞してゆく日本での生活を突き破り得るモノをアフリカで感じました。素朴さやふてぶてしさや狡賢さ、モノやお金や歴史なんてなくても何とかなるさ、生きていけるさ、死んだら死んだで悲しいけど仕方ないさと本気で思わせてしまう力。そうしたものを彼らから学びました。日本というか、先進国のフレームの内部でそんな意見をきいても単に痛い発言にしか聞こえないでしょう。でも仕方ないです。そう思ってしまったのだから。
最後にここまで読んで戴いた方に感謝します。そして、ここに述べたこともまた一増田の偏った意見でしかないと思ってください。まだまだ考慮しなければならない事や、語られなければならない事はたくさんあると思います。私が見てきたものもアフリカの一面でしかありません。そして結局のところ、世界がアフリカをアフリカという大きなフレームで見ている限りこの問題はどうにもならないと思います。なので、すこしでも彼の地に対する理解を深めてほしいと思い、自分の経験をこうして書きました。しかしやはり、狭い業界、特定されるのを避けるため、時や場所を明示せずに増田で語ったことを許してください。
アフリカでは今急激にインターネットインフラが整いつつあります。といってもまだまだISDNレベルの速度でも速いほうだし、利用できる人はアフリカ全体ではまだ1割もいないかもしれませんが、それでも彼ら自身の言葉がブログやソーシャルメディアを通して、彼ら自身の手によってどんどん世界に発信されていってます。私たちがインターネットを介して意識や社会が様々に変化していったように、彼らのそうした言葉を通してまた私たちと彼らの関係や、彼ら自身が変わってゆけば良いなと思うのはあまりに楽観的でしょうか。
漢字を読み間違ったと言われれば怒り狂い
ホテルのバーで酒を飲んだと聞けば嫉妬に狂い
カップ麺の値段が分からないと聞けば庶民派がどうだとぬかす
そんな連中が一斉に口にする言葉「官僚はけしからん」ってのが、今ひとつ理解できない。どんなメリットがあって政治家が局長級の人事権にまで言及し、仕事の幅を狭めようと言うのだろう。
ISDNが普通だった時代に「光ハイウェイ計画」で光回線の敷設を唱え10年かけて世界を置き去りにしたのは官僚の仕事だ。サミットに出席しようにも彼らが書いた台本がなければ、何一つ出来ない赤子の様な政治家に任せて何が出来るというのだろう?外資準備高を短期的に半減させて予算を確保する等という政治家に任せて、経済の回復など実現できるもんだろうか?
官僚制に功罪あったとして、叫ばれるのは罪ばかり。短所を直すのではなく、壊そうとする様な短兵急な意見ばかりに快哉が叫ばれるのは何故なのだろう。テクノクラートは、その国のパワーエリートだと言っていい。実際に、彼らの功績の大きさは戦後数十年で我々が享受した豊かな生活が証明しているのではないか。
どこをみても官僚制の打破が前提の議論ばかりだが、本当に「官僚」が本質的な問題なのか?官僚の給料を減らして局長が総辞職し天下りを廃止すれば、GDPは右肩上がりに回復し、800兆円の借金が一気に解消され、政治家の質があがるのだろうか。そうであれば実にすばらしい。
なぁおい。誰か何が問題なのか?
俺にも分かるように、官僚だけが槍玉にあがる明確で論理的な理由を教えてくれないか?官僚を叩けば支持率が上がるような理由があるんだろ?
漢字を読み間違ったと言われれば怒り狂い
ホテルのバーで酒を飲んだと聞けば嫉妬に狂い
カップ麺の値段が分からないと聞けば庶民派がどうだとぬかす
そんな連中が一斉に口にする言葉「官僚はけしからん」ってのが理解できない。
ののしりあいというほどでもなく、意見の相違からちょっとした言い争いになった。
初めてなのでちょっと自分でびっくりするほどへこんでいる。
ネット歴はそれなり。
2000年から始めたから、ちょうど9年だ。最初はISDNだったのを覚えている。
HPも作ったしWeb日記も書いた。ブログも作ったしMixiのIDも持っている。
いままでうまく人間関係やってきたんじゃなくて、初めてネット上の誰かと交流したんだということに気付いた。
サイトには一応掲示板を付けたが、書き込みがあるのが苦痛だった。
「うわーい、コメントもらっちゃった★」ではなく、「げ、書かれちゃった。返事どうしよ」だった。
検索サイトには登録したが、ほかのサイトに書き込むこともなかった。
ブログだって書くだけで、ほかの人のブログにコメントもトラバもしなかった。
もちろん宣伝書き込みなんかしない。ごく少数の友人に生存報告としてアドレスを教えるだけ。
だからヒット数は伸びなかったし、コメントなんかつかなかった。
すごく気楽でよかったけど、知り合いに見つかってからは放置。
Mixiは一応どんなもんだか気になって、2ちゃんで招待してもらった。
足跡機能の気持ち悪さ、「××さんは×分前にログインしました」と表示される気持ち悪さ。
どーしてもなじめずに、友達の日記をたまにのぞくためだけにIDを残している。
あんまりいかないもんだから、MixiかMixyかスペルわかんなかったくらい。
Yahooアバターなんか使うわけない。ログイン中かどうかなんて告知したくない。
そもそもネットしてるかどうか知られたくて、メッセンジャーも入れてない。
会社で最低限必要なIPメッセンジャーも、表示名をわざとわかりにくくしている。
2ちゃんはたまに発言してたけど、コテハンなんか入れるわけもない。
なれ合いがすごく嫌いなんだ。若年層中心のネットに多い「読み逃げ禁止」文化がすごくいや。
挨拶しなきゃいけない、ほめなきゃいけない、感想言わなきゃいけないとかホント気持ち悪い。
ついったーの繋がりは非常に弱くて、フォローもリムーブも断りなしに勝手にやって、という空気がある。
それがよくて、結構ハマってる。
好き勝手につぶやいたり人のを読んだりしているうちにいつの間にかふぉろわーも50人を超えた。
何がよくて私をフォローしているのか分からない。
そのうちの数人と、コメントやり取りするような仲にいつの間にかなった。
そんで、独り言に突っ込まれて軽い言い争いになった。
ツイッターは誰かに発信しているのと、自分の独り言として呟いているのとの区別がすごく曖昧だ。
もちろんWebに公開している以上、すべてが情報発信であるべきだ。
でも、そんなわけにはいかないじゃないか。
ついったのTLにあるのはほとんど独り言だよ。
でもたいていの場合、独り言ってつっこみどこ多くて読んでて不愉快。
もう少しわきまえるべきだと思った。
なんか散漫な文章になったな。
ディスプレイの向こう側の人と交流している、というのをはじめて感じたんだという話。
ブロードバンドが普及したおかげで、随分と自分が感じるファイル容量の「重さ」というか「大きさ」というか、そういった感覚が変化しているような気がする。
自分の場合、7年ほど前までISDNだった(今は光回線)。64Kbpsだと一時間にダウンロードできる容量なんてのは25MB位か。「ニコニコ動画」が動画一つあたり上限100MBというから、高画質なものであれば、十数分程度の動画を見るためにたっぷり4時間待たされる事になるわけだ。すげえな(笑)。
当然ながらPCを再セットアップして、OSを入れた後のWindowsUpdateが一晩がかりなんてのはザラだった。サービスパックは100MB軽く越える事もあったし、IEだけでも一時間以上かかってた。
この当時としては、超10MB級で「重い」「時間がかかる」「途中で切断してたら(ダウンロードやりなおしになったら)どうしよう」という感覚がついて回るようになってたと思う。
しかし今では「重い」かどうかは、ファイルの容量ではなく、純粋にダウンロードにかかる時間によって決定されているような気がする。こないだWindows7のISOイメージデータをダウンロードした時も、2.45GBもの容量を落とそうとして、ダウンロード完了までの時間が1時間越えて初めて「うわ、重いな」と感じた時は我ながら驚いた。もっと感じる事がその前にあっただろと自分で自分に突っ込んでしまった。
しかし、10歳ほど年下の親戚の子達はその辺が完全に違う。数百MB超のゲームの体験版や動画をホイホイ落とし、それを大量に、無造作にPCのHDDに放り込んでゆく。
いや、それを見て「最近の若者は」なんて言うつもりはない。大ボリュームのコンテンツをシャワーのように浴びて磨かれていく感性が何を生み出してくれるのか、むしろ楽しみだとすら感じている。
しかもワープロ書院でつないでましたよ。
その後最初のDOS/V普及機FM-V DESKPOWERでインターネットへ。
アクセスポイントが増えたり高速化されるのがうれしい。
うわー懐かしい響き。
ワープロ書院で繋げるってのは聞いたことあったけど、
実際にやってる人は見たことがなかったです。
(55.6kbps対応の)アクセスポイントなんて、
町民の自分には厳しい状態でした。
ISDNもねえ。
何より安定して速いと聞いていたのでさっさと導入したかったけど、
グズグズしてるうちにADSLの安いところが出てきちゃった。
Yahoo!BBは始まったばっかりで一部の都市でしかサービスやってなくて、
今思うとNiftyって「礼儀正しいotsune」みたいな人がたくさんいて、
オートパイロットが、今のLDRとかの代わりみたいなモンだったな、
そういえば。
あの時掲示板で色んなことを話した人たち、今どうしてるんだろう。
俺はちょっとPCに詳しいので、たまに友人・知人からヘルプが飛び込んでくる。
たいがいの問題は些細なものだ。しかし、すぐに解決することはまずない。なぜなら彼らは自分がトラブルに陥ってることはよく伝えるが、どういう経緯でそこに至ったのかを全く説明しないからだ。
「エラーが出ている、助けて!」
…それだけ言われても困るのだ。俺はエスパーじゃない、エラーメッセージを一字一句教えてくれ。そうすればググって調べるから。
「ネットにつながらないよ!」
…俺はお前がどういう風にネットにつなげているか知らないのだ。ISDNなのかADSLなのか光なのか、プロバイダからはどう設定しろと言われたのか。そうすればちょっとはわかるから。
こういうことを毎回言う羽目になるのがちょっと辛い。ちなみに頼んでもエラーメッセージを一字一句返してくれる人も少なくて、自分なりに「解釈」した結果を返されることが多い。たいてい見当違いだ。
俺はちょっと詳しいだけなので、多くのトラブルの解決方法はググって調べている。だからわざわざ俺にメールやら電話するより、トラブル主がググって調べる方が遙かに速く、確実なはずなのだ。そこまで気が回らないのだろうか。いや、だからこそトラブルに陥るのか。
サポセンの人は大変だなぁといつも思う。
『銅線は接続点さえ補修すれば半永久的に使える』だの線路長も示さずに『VDSLは100Mbps以上出る』だの『今の電話やISDNを全部やめれば、干渉の心配がなくなる』だの嘘ばかりつかれては、何も知らない人が騙される。だからコメントで間違いを質さねばならない。こういった「評判」は別に本名である必要もない。池田センセイに構ってもらう必要もない。調べれば分かることなのだから、判断するのは閲覧者である。
しまいには、コメントに対する反論で匿名の個人が書いたコラムを論拠として持ち出した。匿名の人間を『ネットイナゴ』と呼び蔑む彼が、何の権威(笑)もない一般人の、しかも匿名で書かれた記事を基にして『ネットイナゴ』に反論するのだからお笑いである。
まぁでも実際あの時代の影響って凄い大きくて、今だに「ネットは下手すると凄い莫大な請求が来ちゃう、怖い」とか思ってる人が凄いいる。
特に当時思春期だった今20とかそのへんの世代で。業者のこういうアホみたいな手段に思わずびびっちゃうのもそのせいだし、というか業者側のこういう手段自体がそういうイメージをうまく利用したものだと思う。
エロ関係以外でも、例えば「ニコニコ動画」にしたって、こないだ大学でPCとかに疎い(=一般人の)友達に「なんかおもろい動画とか見れるサイトあんねん。むっちゃ流行ってて」とかいってニコニコを話題にしたら、「へぇー、それって無料なん?」っていう返事がくる。
この返答はほんっとにこの手の友人からはよく聞かれる言葉で、ミクシィにしろYoutubeにしろ、二言目には「それ無料なの?」がくる。
実際当時Q2で凄い請求して親に大目玉くらってた友達いたなぁ。