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はてなキーワード: 老子とは

2011-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20110924164025

こういう人って孔子とか老子の子意味子供だと思ってたりするんだろうか

2011-08-19

http://anond.hatelabo.jp/20110818185711

7つの習慣くらい、読んでから批判したらいいのに。

増田の発言から増田視野の狭さをビシバシ感じるよ。



7つの習慣は…



例えば、人の生活を長い目で見たときには、

てっとり早く、あたしの人生改善したいわ!

自己啓発本は 人生を飛躍的に変えそうなウケのいい小話を適当に列挙してるだけ。

列挙してるだけ。

などという都合のいい方法はないと言っているし、



「新しい物の見方」や「気付く事」がアレやコレやと含まれているから。

そういうのが僕らの視野を広げて思考の幅を広げてくれる

なぜ視野を広げ、思考の幅を広げる必要があるのかという、

より根本的なところから丁寧に説明してる。



自己啓発本は 読むのに頭を使う必要がなく、

読んだ人を賢くなったかのごとく錯覚させるだけのゴミ

この本は読んだだけでは役には立たず、

頭も体も心も使って実践し、「習慣」にしなければ価値はないと言い、

本の各所にエクササイズを付けている。



7つの習慣が勧める生き方というのは、自分が知る限りでは

孔子老子仏陀デカルトフランクリンなどが実践した生き方と基本は同じ。

徳を身につけるということだ。



儒教経典老子仏典方法序説フランクリン自伝

そういう自己啓発本をあれもこれもと読まなくても、

1冊にエッセンスが十分詰まっているという意味

7つの習慣くらい価値のある本はない。

宗教色が一切ないから万人向けでもある。

2010-10-18

4回目、4日目

日付変わりましたが、17日深夜ということで。

昨日は○○○コンプレックスについて少し考えた。

結論はでなかった。

体調×。寝よう。

postscript: BLOG経済について更新

postscript: 老子に学ぶ必要ありかな

2010-09-25

例えば、増田とかで画面の向こうの誰かにアドバイスを求めることの危険性。

言い換えれば、思考を他者に任せる、委ねることの危険性。

こういう習慣があると大変なことになる。




別に、回答者匿名であることはさして問題ではない。

心ない中傷や罵倒をされたとしてもそれぐらいは承知の上であろう。

ちょっとネットに慣れていればそれぐらいは予想できるし、ある程度耐性もできていたりする。






問題なのは、そういう、例えばこの増田


http://anond.hatelabo.jp/20100922191511




こういう問題について増田に書き連ね自分の頭で考えることを放棄していると、そういうことを習慣的にやっていると

次第に、何か解決すべき問題が浮かんできたとき 自分の頭で考えることができなくなるのだ。

面倒くさいからすぐに助けを求めてしまうようになるのではなく、それが苦手になるのではなく

大事なことだから二回言うが、本当に考えることができなくなるのだ。



"考えないという行動をとるということは、また一つ考えないという習慣化を助力すること"


なのだ。 基本的に習慣というものは、物理学でいう慣性、惰性のようなものだと思ってもらって構わない。




さて、




>問題解決(英語:problem solving)とは、問題を解決する、すなわち解を発見することであり、思考の一部分である。

>すべての知的な機能の中で最も複雑な思考であり、高次元の要求の認識定義されている。

>それには、より筋道の立った手順及び基礎的な知識の操作、調節が必要となる (Goldstein & Levin, 1987)。






問題の本質はなにで、その問題の解決策をMECEに洗い出し、評価をし判断をし実際にどう動くかを決めるという一連の作業をしっかりできている人は

意外と少ないのである。欧米などに比べ、比較日本人論理的思考を重視しないので 現状において日本人はそういった問題解決能力は平均して、決して高いとは言えない。

逆を言えばそれができるだけで日本人の中では相当の強み、アドバンテージになることは私が保障する(本来、資源で勝負できない日本がこんなことでは駄目なのだが)

最近やたらロジカルシンキングクリティカルなんだのが重要だの喧伝されるが、その試みに比して問題解決全般における平均的な能力はさして向上していない。体質的に受け入れがたいのだろうか?)




結局、何をするにしても"問題解決能力"がものをいう。それの向上や、駆使することを

(あの増田槍玉に挙げるが、あの文章では普段からろくに物を考えてなさそうだ)


放棄し、比較的難易度の高い生き方とされる 「働かずに生きる」という目標を実現させようとするその愚。


まずはそこを指摘するべきであろう。 あれに回答しているトラバブクマコメも全員バカ。衆愚。 上から目線で人にものを教えるなんて勘違いも甚だしい。

これでは梅田などにその知的水準の低さを指摘されても仕方がない。バカなものはバカなのだ。





一連の情報連鎖が目も当てられないことになっていたので、気まぐれにまた一つ鎖を繋いでおいた(=リンク=連鎖)

バカの中にも見込みのあるバカが一定数いるものだ。


願わくは、そういう一定数いるバカが、それから脱却できることを。






老子「授人以魚 不如授人以漁」







【追記】





トラバブコメに救いようのないバカが散見されたので、各自反面教師とするように。





増田ロジックは読めても人の心は読めない子なんだなぁ。理屈で解決する問題じゃないじゃんw




まず、この増田は"働かずに生きることはできますか"と命題を投げかけている。

命題とは真偽の判定が可能、かつ真か偽である条件(必要条件)などについて論じること、かつ

パターンMECEに洗い出すことは十分に可能なのである。人間には本来そういう力が備わっている。



まずそういう根本的なところを突き詰めないで、思考を放棄し、"できますか"と尋ねるバカな増田

下手に出たことをいいことに、現実世界で、社会的に蔑にされ、重要人物たりえないバカな俺でも上から目線に、偉そうに意見を述べられるぞ!チャンスだ!

とここぞとばかりに ノイズをまきちらすバカどもが。

不確定要素はあれど、思考し尽した痕跡情報連鎖の中に何一つない。私はそこを衝いている。

バカは人の主張さえも理解できないのか。そんな調子でよく今まで平気で生きてこれたな。




バカは自分がバカであることすらもわからないほどバカらしいが

ここまで親切に書いてもわからないかな? 下手な言い逃れに躍起になるより素直に自らのバカさ加減と

向き合った方が、今後の人生において利口だと思えるのだけれど(まずバカはデメリットだらけ。そのままでいる理由がない)

まあ勇気のいることなので、ゆっくりでいいよ。ゆっくりしすぎたらバカのまま死ぬかもしんないけどね。





根本的なところを突き詰めないで枝葉末節をつっつくのはバカのやること。

あるいは雑談ならその程度で良い。しかし目的雑談か? "雑談をしている"、のではなく"雑談しかできない"無能しかいないのではないか?

見るからにそれはそう。 普段から頭を使っている人間は、ある程度の問題解決能力がある人間がわずかながらも情報を連鎖させているのであれば

ああいった様相を呈すことは、まずない。





ああいったやり取りで"何か有意義なことをしたような気に"なる奴らっているんだろうなあ。




そういう奴らは働かずに満足して生きることも成功することも到底覚束ないであろう。

構造的に無理なのだ。なぜ無理なのか。それはこの世が、社会がろくに思考をしないバカどもにとって都合の悪い構造、仕組みになっているからだ。

というより、そういった都合の悪い要素を集めた存在を"バカ"と呼ぶのかもしれない。


(あと、トラバブコメにいる俺に刃向うような、楯突いている人間は全員バカ。的外れ。ちょっと指摘すれば次の瞬間にはもう全く何も言い返せなくなるような脆弱意見

  もう何も言わない。わかる人にはわかる。 "ああ、バカが湧いてるな" と。 これ以上失望させないでおくれよ)




はてなが普段頭しか使ってないだけで頭が良いと勘違いしているだけの、ただのバカによって形成されたコミュニティでしかないことを願いたいところ。








バカはノイズをまきちらすだけだから邪魔ゴミクズウイルス。一掃されろ。ネットで何かを発信するな。テレビみたいに受信だけして満足しとけボケ








 

老子「知者不言、言者不知」







2009-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20091120054706

知恵(ちえ)出でて大偽(たいぎ)あり

〔補説〕 老子「慧智出有二大偽一」

人間の知恵が進むに従って素朴な心が失われ、大きな偽りが行われるようになったということ。

2009-10-12

実学って社会を変革する力なんじゃない?

高校の頃、学部について相談した時に「経済学は役に立たない」と散々聞かされた覚えがある。

大学生になってミクロ経済学勉強するようになった。大学でよく聞かされるのが「実学=役に立つ学問ではない」ということだ

「有形において数理学(理論と実証)と,無形において独立心と」と実学は表現されている。


これを最近よく考えていて、実は封建社会へのアンチテーゼ実学というのは両輪の輪にあるんじゃないか?ということに思い至った。




実学、つまり「数理学」というのは誰に対しても平等なものだ。


例えば少なくとも1に1つ加えたものが2であり、それに1つ加えたものが3である限り、1+1=2であり、3+3=6である。

これは誰にも否定できないものだ。これは前提と論理が正しければ結論も正しいというある意味当たり前のことだ。この事実は誰にとっても公平だ。

その点において実学は、人に左右されず修めることができる。それは実学論理的に人にある情報を強制的に与えるものだからだ。ある前提を認める限り必ず認めなければいけない結論というのは、直感的におかしいと感じてもそれを乗り越える力を持つ。




その点、非実学福沢諭吉朱子学を挙げていた)に関してはどうだろう? 例を分かりやすく、「老子」にとってみる。

「道の道とすべきは常の道に非ず(道可道、非常道)」という言葉がある。これはよくありがたがれる言葉だと思うが、これは多様な解釈が許されるものだ。この難解さ、解釈の多様性こそが老子醍醐味であろうし、年月がいくら経っても評価される理由だと思う。



かしこの非実学というのは非常に大きな問題を孕んでいる。それは、非実学から得るものが人によって大きく左右されるという側面だ。

例えば坂本竜馬西郷隆盛を評して「大きく打てば大きく鳴り、小さく打てば小さく鳴る」と言ったらしいが、これこそがまさに非実学本質ではないか。つまり、非実学というのはそれを受容する人によって内容が大きく変わるということだ。



これはつまり、いくら学問を修めたとしても、自分自身の内面が優れていなければ、「非実学においては意味がない」ということだ。



このような非実学曖昧さ、内面性というのは非常に封建的であり階級的だ。なぜなら、非実学はその人間を直接変革するような力にはならないからだ。むしろこれは、人の固有の内面固定化し、変革を妨げるような意味しかない。人は自分解釈しやすいように解釈をするし、都合のいいよう物事を受け取ることになる。これは商人商人らしく、農民は農民らしく、武士武士らしく、という発想を補助するものに他ならない。



そういう点で、非実学というのは格差固定化し、社会保守的に動かしていく力なんじゃないだろうか?



このような非実学というのは今の時代において溢れていると思う。極端に言ってしまえば、このような非実学というのは「権威のある諺のようなもの」にである。情報を取捨選択ができ、またしっかりとした資料が要求されないインターネットとはまさに非実学の温床ではないだろうか?このようなインターネットの普及においては、人は自分の身の丈にあった情報だけを受け取り、ほかのものを無視していく。この中で、例えば人は派遣なら派遣らしく、官僚なら官僚らしく、主婦ならば主婦らしくなっていくのではないか。




だからこそ実学は今の社会に必要なんじゃあないかな?

2009-08-09

http://anond.hatelabo.jp/20090809134201

老子とか壮子を読めばいいじゃない。

そうやって自己反省したり他人を憐れんだりする孔子孟子的な態度が、

せいぜい「かわいい子」どまりの道徳でしかないということに気がつくでしょう。

 

UPDATE:トラバツリーからわかる元増田の二つの真の問題

今回の元増田は、いわゆる「公用文書作成要綱」に沿って「読点をカンマ」「句点を丸」にしていることから、

なんらかの公務員ないし、公務にかかわる人物であることが想像されたが、

はたして、

私は東大を出て,司法試験に受かって,法律家をしています。

非常にやりがいのある仕事で,同僚や上司にもとても恵まれていますし,信頼できる友人がいます。

一方兄は,15歳のころから入退院を繰り返しており,高校には1週間ほどしか通えませんでした。

調子のいいときには両親と外出することもあるのですが,友人と呼べる人はいません。

恋愛もしたことはありません。

薬の副作用に日々苦しんでいます。

であった。

 

さて、今回の元増田の問題をまとめると以下の二つに絞られる

  1. 異常なまでの価値至上主義
  2. 必死に隠したい兄への嫌悪

 

異常なまでの価値至上主義について

先の記述から、兄は、「自分ほど与えられていない」という「フツーによくいるダメ兄貴」というより、社会を営む上での障碍を持っていると判断される。

そこで本人は、むしろ「自分が兄の分までいろんなものを持っていってしまったのではないか」と考えている。

だから、「お前よりも上がいるぞ」という意見に、「私の方が恵まれている」と返してしまう。

そう思わないと、今の兄の状態を合理化できないから。(ほんと、科学的思考のできない奴ってクソだな)

それが異常なまでの価値至上主義につながる。

私が恵まれていることのアピールをせずにいられない。

しかも、それを「罪」と考えている屈折。君子ごっこ。

 

だから、そこを突っ込まれる。

「いや、元増田より兄のほうが恵まれてるじゃん」と言う人間が現れたら、元増田は「罪」と考えるのを止めるのだろうか?

「そんなことはない。兄は不幸なんだ。不幸に決まってる。私と同じモノを持っていないのだから」と言い張るのだろうか?

まさに老荘思想というか、「逆説的に突っ込まれて回答に窮する孔子孟子君子」というのは、よくあるパターン

 

必死に隠したい兄への嫌悪

増田はお兄さんの事が嫌いなんだろうなあと思った。

嫌いじゃなくても重圧には感じていそう。

そう思った根拠は

兄の置かれた境遇(と言動?)のせいで自分の心に平穏が訪れない、

って事柄を言葉を変えて何度も述べているから。

一番見たくないところ。結局、兄への憐憫は兄への嫌悪の裏返し。

兄が甘受しなければならない不条理、それが自分に与える負担への執着。

そうした兄への嫌悪を、「自身の幸運に対する感謝と、兄への憐憫」という態度で合理化し、さも君子であるようにふるまう。

当然、見抜かれる。

別の増田に対して、表面上荒っぽい言葉は避けているものの

敵意の見受けられる言葉づかいをしているのが

ちょっと気になっています。

 

あるメッセージに対して、強く感情がゆすぶられたという事は

それだけ自分の中のコアをつつく何かが有ったという事でもあります。

それが「自分信条としてそういう思想は決して許せない」からなのか

「問題意識根本をえぐられたとっさの防衛反応」なのか

「端的に件の増田の言動が嫌いな奴を連想させてキモイ」あるいはそれ以外の要因なのかは

他ならぬ元増田にしかわかりえない事ではありますが。

そういう事もひっくるめて、

自分の内側にこもって一人討論会を開催する価値は有りそうだなあ、

などと思っています。

そして、

将来は,兄が,趣味のことでものんびりしながら暮らしていけたらなと思っています。

私が実家の母に電話をすると,隣で「妹よ」を歌ってくれている,やさしい兄です。

と、書き足す。

2009-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20090614013747

これって増田を使った新手のプロモーション(あるいはその実験)なのか?書きぶりが神田昌典くさい。


  • 前振り
  • 本文
    • 勧める商品の利用経験談で商品効用について信憑性を高める。
    • 経験談の内容は、売りたい本を「自分は面白くないと思う」と言っていったん評価を落としておき、
    • 「でも実はすごい本だった」と持ち上げることで、読者の関心をいっそう煽ってる。語っている人の誠実感を演出する効果もある。
  • 落としどころ
    • 『私は今でも上述の書のすごさはわからない。自分感性と会わない主張まで受け入れようとは思いません。』とは、翻訳すれば、「本屋さんで手にとって自分に合うか確かめてみてね」だ。


あと、老子引用孫引きか?老子にそんなテキストはない気がする。

2009-06-14

シミュレーションができないなら読み手になれない させられないなら語り手になる資格がない

たとえば人を批判するな、とか謙虚さが大事というお話


「頭の良い人間がよく足をすくわれるのは

 他人を批判しすぎるからだ

 わけしりがよく危ない目にあうのは、

 他人の悪を暴くからだ

 自己主張は控えて、

 他人について配慮することが大事なのだ」(老子


モテない男のセリフをまとめるとですね・・・

 『どう、おれってすごいでしょ?』なんです。

 オレ論と説教ね。

 これを『キミってすごいよね』って会話にしたらどれだけもてることか・・・」

伊東明)


「批判されるものは、批判する人間より必ず年収が高い」(神田昌典



正しいと思う。

普段自分がいろんなものに説教「させてもらって」

批判「させてもらって」ストレスを解消する一方で

説教させてあげてる側は当然その報酬を得ている。

わかっているのに、得な方向に行けない。なんでだろう・・・。



そう思ってたら、父親のビジネス書の読み方を見て少しだけわかった気がする。

私は以前「残業ゼロ仕事力」という本を読んだ。

ハッキリ言って、私にとってはあまり印象に残らない本だった。

「あたりまえのことばかり書いてるなぁ」としか思えなかった。

すくなくとも、この本を読むことで何か実行したり行動を変えたりということはしなかった。



しかし、父はこの本を絶賛した。正確に言うと吉越さんを絶賛した。

父は書いていることをもとに

脳内自分環境で同じことをやろうとしたらどうなるかシミュレーションをしてみた。

すると、本に書いてあることだけでは実行しきれないと感じるところが出てきた。

うまくいったということは、そこで何らかの対処をしたはずだ。そこが知りたい、と

インターネットで詳細を調べたり、同僚から情報を集めたり、話し合ったりして行間を埋めたそうです。

その結果として、自分がやってみること、これは吉越さんじゃないとできないこと、というのを切り分け

出来ること(問題の細分化など)をやってみて、

 できないこと(全部署のローラー)は別の形でフォローしつつ、

 自分にできないことをやった吉越さんすごい、と純粋にほめていた。



本一冊読むことでしっかり作者と会話していた。

今まで父は問題の細分化というのは理論としてはしっていたが、

 やはりいきなり社員意識組織構造のような根本的なところをいきなり変えようとしていたらしい。

それを改めることは自分でもできる、と作者の意見を聴き、

 まず実際に行動してみたときのことを脳内シュミレーションしてみて、問題点を洗い出してみた。

 説明不足のところはネットを通じて間接的に質問することで答えをだしていたたように思われる。

 そうやって実際に会社の成績をちょっと上向きにしたと言っていた。(父は小さい企業副社長です)



ビジネスマンの方からすれば当たり前のことなのかもしれませんが、

私はこういう本の読み方を今まで知らなかった。

学生の私からしたら、「そういう読み方をしないと役に立たないんだ」ということを知って驚きました。

小説のように、読めば何かしら感じるところがある、などという甘えは通用しないのですね。

私は読んでも価値がわからず、そのことを本のせいにしていました。

はてなでは何度か「ビジネス書スパム」などという言葉を見知っていたこともあって、

その文脈にのっかり、自分で考えることもせずに

「これはスパムだな」などと勝手に本の価値を見限っていました。

本当に恥ずかしい限りです。



もちろんビジネス書にはピンキリあると思います。

私は今でも上述の書のすごさはわからない。

自分感性と会わない主張まで受け入れようとは思いません。

ただ、どんなことでも、自分の頭で考えながら読み、何かしら行動して見ることによって

そこから何かしら価値あるものを得ることはできるような気がします。

2008-02-13

天下皆美の美たるを知るも、これ悪のみ。老子

天下皆美の美たるを知るも、これ悪のみ


世の中の人は皆、美しいものは美しいと思っているが、

これが間違いのもとである。

善いことは善いと思っているが、

これが不善のもとである。

美とか善という価値は、絶対的な物差しではなく、

ものごとの一面を現しているに過ぎない。

有るものは無いものから生まれ、

無いものは有るものから生まれている。

長いものと短いものが、互いを明らかにしあい、

上にいるものと下にいるものが、互いを位置付けあい、

楽器の音と人の肉声が、互いに調和しあい、

前と後ろにいるものが、互いを位置付けあうように、

自分にない本性によって、自分の本性は支えられている。

無為の境地に身を置き、ことばを超越した教えを実行するだけである。

万物が自分の働きで生成しても、一言も語らず、

生成したものを、自分のものとせず、

りっぱな仕事をしても、それによりかかからない。

聖人は、手柄を立てても、その地位にとどまろうとはしない。

彼から離れようとしないのである。


老子


「すべては主観である。」モニモス

2008-02-03

「すべては主観である。」モニモ

[ロバ売りの親子][粉屋と息子とロバ]粉挽きとその息子と驢馬

[集団思考][多数決][民主主義]アビリーンのパラドックス

自分が他人にしてもらいたいことは、他人にしてやるなかれ。

[アローの不可能性定理][民主主義][じゃんけん][trade-off]

投票の逆理 - Wikipedia

バーナム効果 - Wikipedia

天下皆美の美たるを知るも、これ悪のみ。老子

十銭をもって一円の十分の一。十銭をもって一銭の十倍。夏目漱石

[コップ半分の水]

「『空気より重い空飛ぶ機械』は不可能だ。」ロード・ケビン、英国学士院総裁

「ギターバンドはもう流行らない」と言われて、大手レコード会社デッカのオーディションに落ちたビートルズ

「君にそんなことができるはずはないよ」とあなたに言ったのは誰ですか?その人は、あなたの限界を定める資格を持つほど、大きな成功を収めたというのでしょうか?ナポレオン



イギリスの三枚舌外交

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%9E%9A%E8%88%8C%E5%A4%96%E4%BA%A4

フサイン=マクマホン協定 - Wikipedia

サイクス・ピコ協定 - Wikipedia

バルフォア宣言 - Wikipedia




メナヘム・ベギン - Wikipedia

イスラエル政治家1977年から1983年までイスラエル首相を務めた。

エルサレムキングダビデホテル(当時パレスチナを統治していたイギリス軍の司令部が所在)の爆破を行った。

1978年ノーベル平和賞を受けた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%8A%E3%83%98%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%99%E3%82%AE%E3%83%B3




キングダビデホテル爆破事件から60周年 - イスラエル

一般市民を含む91人が死亡したもので「テロリズム」を国際的に認識させる結果となった。

http://www.afpbb.com/article/war-unrest/2087827/742814




ネルソン・マンデラ - Wikipedia

南アフリカ共和国政治家弁護士である

大統領(第11代)

ノーベル平和賞

1961年11月、ウムコント・ウェ・シズウェ(民族の槍)という軍事組織を作り最初の司令官になる。

それらの活動などで1962年8月逮捕される。1964年国家反逆罪終身刑となりロベン島に収監される

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%AB%E3%82%BD%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%A9





赤穂浪士は現在の感覚で言うとテロリストですか??? - Yahoo!知恵袋

赤穂浪士はテロ集団? - Yahoo!知恵袋

元禄赤穂事件 - Wikipedia

泉岳寺 - Wikipedia

浅野内匠頭赤穂浪士が葬られていることで有名であり、現在も多くの参拝客が訪れる。

また、毎年12月13日12月14日には

義士祭が催される。

赤穂義士祭

泉岳寺 -赤穂義士祭-



伊藤博文 - Wikipedia

小泉首相が赤穂浪士の墓参、「昔はえらい人がいた」 泉岳寺 http://news19.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1103087008/





Amazon.co.jp伊藤博文はなぜ殺されたか暗殺安重根から日本人へ (三一新書): 鹿嶋 海馬: 本

http://www.amazon.co.jp/gp/product/4380950158

千円券(76×164mm)肖像:伊藤博文




google:安重根 テロリスト 暗殺者http://www.google.com/search?q=%b0%c2%bd%c5%ba%ac%a1%a1%a5%c6%a5%ed%a5%ea%a5%b9%a5%c8%a1%a1%b0%c5%bb%a6%bc%d4&ie=euc-jp

google:安重根 英雄 義士http://www.google.com/search?q=%b0%c2%bd%c5%ba%ac%a1%a1%b1%d1%cd%ba%a1%a1%b5%c1%bb%ce&ie=euc-jp

安重根 - Wikipediahttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E9%87%8D%E6%A0%B9

安重根義士記念館http://homepage2.nifty.com/hashim/seoul/seoul017.htm

安重根200ウォン普通切手http://www.kyokyo-u.ac.jp/koukou/kyoka/shakai/kankokushi/antoitoh/anntoitoh.htm

韓国海軍の潜水艦「安重根艦」が進水http://www.chosunonline.com/article/20080605000018

BoAら安重根義士記念事業会に5000万ウォン寄付http://news17.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1094718568/



「監視カメラ」と「防犯カメラ」とは、全く同じものを指している。どちらの語を使用するかは、本人のイデオロギーによって決めることである。

実際のカメラはどちらなのかを議論することには意味がない。

くまもとのへろ:監視カメラと防犯カメラ - livedoor Blog(ブログ)

ちなみにこのカメラ新聞各社で呼び方が違う。

朝日毎日は「監視カメラ」で、まぁ予想通り。

産経は「監視カメラ防犯カメラ)」とカッコ付き。

読売は「防犯カメラ」と呼んでいる。

Amazon.co.jp: 読売VS朝日―社説対決50年 (中公新書ラクレ): 読売新聞論説委員会, 井沢 元彦: 本

マナー - Wikipedia

マナーは国や民族文化時代宗教のさまざまな習慣によって、形式が異なる。

ある国では美徳とされている事が、他の国では不快に思われることもある。


例えば日本ではげっぷをすれば不快に思われるが、アラブ諸国では食後にげっぷをするのが礼儀とされている、など。

他には日本では食事の際に飯椀を食卓に置いたままで食べるのは「犬食い」と呼ばれ批判されるが、

韓国では逆に手で保持すると「乞食みたいで卑しい」と批判される(つまり現地では「犬食い」こそ正しい作法)、など。

痛いニュース(ノ∀`):毎日新聞記者「韓国の電車内は携帯電話自由でとてもにぎやか。日本でも思う存分通話してもいいのでは」

常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションのことをいう



知人・知り合いから友人・友達になる基準・標準・条件?「すべては主観である。」

友人・友達から親友・心友になる基準・標準・条件?「すべては主観である。」

友人・友達親友・心友と仲違いする基準・標準・条件?「すべては主観である。」

友人・友達親友・心友と絶交する基準・標準・条件?「すべては主観である。」


友人・友達か知人・知り合いか

親しいか親しくないか

親切か不親切か

常識非常識

大陸到達か新大陸発見か アメリカ大陸の発見 - Wikipedia

同じか違うか

区別か差別

いかいか

美しいかいか

いか偉くないか

いか凄くないか

いかいか

大きいか小さいか

いかいか

いかいか

いかいか

いか少ないか

伝統か因習か

芸術落書き

尊いモノか鰯の頭か



Yahoo!辞書 - 団栗の背比べ【団栗の背比べ】



���罐遵ぉ�����㏍�違����ヨ��鐚������若�������若�娯�������泣�若����� - ��≧��

朝起きたら自分にこう言い聞かせる。

おせっかい、恩知らず、威張りやさん、裏切り者、やきもち焼き、社会性のないやつ、

こういう連中を避けて通ることはできない。

この連中の性質は、ひとえに善と悪について理解していないことによる。


「すべては主観である。」犬儒学派のモニモスが言ったことばだが、このことばの意味は明白だ。

そしてこのことばを真実である限り受け入れるならば、その効用も明白である


人生は一瞬にすぎず、

人の本質は流転し、

その感覚は鈍く、

その肉体は腐敗しやすく、

その魂はとらえきれず、

その運命ははかりがたく、

その名声は不確実である


一言で言えば、肉体に関するすべては流れであり、魂に関するすべては夢であり煙である

はかない。

人の一生は戦いであり、旅のやどりであり、死後の名声は忘却される。

であれば、ぼくたちを導くことができるものは何か。

それはただ一つ、哲学である



哲学は人間の外側のものを与えない。エピクテートス

完全に我々の力の範囲内にあるものは我々の思想しかない。デカルト

人間は一生、他人の心などわかるはずもない。MASTERキートン

自分と未来は変えられる。他人と過去は変えられない。

自分自身の魂の動きを注意深く見守っていない人

本当の幸せは内側からもたらされる。 誰もあなたを幸せにすることは

外から入ってきた喜びは、いつかは外に出て行きます。



http://anond.hatelabo.jp/20100725041105



http://anond.hatelabo.jp/20111122141604

2007-12-26

正直な話、高学歴というものをはかりかねている。

俺は有識層の人達には、社会にどれほどの貢献度を

与えてくれるのか、ということを期待しているのだけれど

学歴社会に入ってから(バブル後の終身雇用制度以降の

学歴に重点を置いた雇用制度)果たして社会貢献度という

ものは増えている傾向にあるのだろうか?


おそらく学歴、というものの本質には偉人の流れを

組み込むというものがあるように思っている。

世に言う偉人達は、さまざまな啓蒙すべき思想規範

生活水準をあげる発明などをつくりあげ、

文明という既得権益を増してきた。

これは学歴社会になる前の出来事のほうが多い。

学歴社会は完成してからまだ50年も経たない

歴史のない文化だからだ。

キリスト老子孟子シェイクスピアゲーテ

エジソンフォード。後世に、歴史書にのるほどの

人物たちは、学歴社会とは関係のないところから生まれてきた

人物だ。

そのような人物を大量に生産するというものを

学歴社会思想規範部分からは解釈できると思っている。


だが、今の時代に後世に名を残せるほどの偉業を達成している

人物は、高学歴から出ているのだろうか。

これは、未確定な推測ではあるけれどおそらくは今後このような

偉人学歴社会からは出てこない。

これはなにも、偉人が出てこないから高学歴を批難してるのではなくて

学歴=一定の知識をもつことと偉人思想には

今の教育では接点がないのではないか

というものをとても心配しているのだ。

今は学歴がなければ・・・というように

学歴人生の必要物なので需要人数約1億人はあるのだ。


今後学歴社会というものの歴史が崩壊することはなく

おそらく1000年は続くものと思う。(人類全体の思想の完成がするまで)

学歴社会にはもう偉人思想はなく、

それが1000年続くことを想像すると

きっとどこかで、日本に一度恐慌が起きるか日本を含む

戦争がおきたとき、再び学歴という思想規範から

やり直すことになるんじゃないかなっていうこと。


こういう事態が起こる前から対処できればいいことなのだろうけど

それはきっと無理なこと。おきてからでないと人間は行動できない

から、今は肩身せまく人は人との距離をはかりかねながら生きる

しかない。俺超親友欲しい。


今、価値観の自由化がおきたために日本人はどこを目指して生きるのか、

という反証期間にある。

できれば俺の生きているうちに、一度思想危機を迎えて日本再生するさまを

みてみたいものだ。


スポーツ歴史はおそらく今はのぼりざかだから

偉人が次々と生まれている。イチローやらなんやら。

もしも全世界野球団体がアメリカの強さとならんだら

そこから一歩ぬきんでて偉人となれる力は、今の人類にはないだろうけどね。


というわけで、そういったものを創作にくみこんでさー

えらそうなこといえる立場になりたいので、来年は行動の年にします。

今ね、俺がながそっかなって考えてる格言は


哲学のないところに学習は無い

とか

精神とは、個人の考え方の体系のことである

とかはやらしたい、切実に。

2007-12-01

「何を持って人格者たる資格とするか」についての回答

http://anond.hatelabo.jp/20071201140522

を読んで。


面接すればある程度は分かる。と言う人もいるかもしれないけれども、

実はその人が人格者かどうかについては、何か大きな出来事がその人の身に起こらないとよく分からない部分がある。


老子は、「忠臣というのが注目されるのはその主君が暗愚であるときで、仁や義というものが注目されるのは世の中が乱れているときだ」というような意味のこと(調べていないので文章は正確ではない)を言っていたと思う。


大石内蔵助が「忠臣」として名を残しているのは、主君である浅野内匠頭があのような形で切腹したのを仇討ちしたからであり、近藤勇土方歳三が「義士」として名を残しているのは、徳川慶喜があのような形で大政奉還を行い、新政府軍の恨みが会津藩新選組に向けられることになっても、最後まで「義」を通して戦ったからだ。ということが言える。


歴史に名を残した人が全て人格者だったということではないし、名も無き市井の一人物として過ごした人が、優れた人格者だったということもある。


しかしそこまで大きな出来事ではなくても、その人の言動を見ることによってどれくらいの人格の持ち主かということはおのずから量ることができると思う。


ここから先は私見になるけれども、


1.自分がお金を払う立場になった場合に、店員のことを見下すような言動をとる

2.公共の場・公共の物をわざと散らかしたり、無駄遣いするような行動を取る

3.約束を特に納得できるような理由もなくドタキャンをすることを特に悪いことであるようには思っていない

のどれか一つに当てはまるような場合は、その人には人格に大きな問題を抱えていることが多い。


書いていて少し頭の中身が整理されてきた。


テーブルマナーで、ゲストが手を洗うためのボールの水をうっかり飲んでしまった場合には、自分もそのボールの水を飲むべきだ。というものがあったように記憶している。


人格者」というものは、周囲の人間またはその人の人生を後から眺めた人間が、深く感銘したり快い気分になるような言動をとるような人物ではないか。と思う。

でも、一見「人格者」のように見えているけれども家族の誰かや特定の人物を苛め通していたという場合もあるから、簡単には判断がつかない。

2007-08-08

Re: 暗いと不平をいうよりも、すすんで明かりをつけましょう

ググるググるググる

まずはアムネスティをみるも良くわからん。英語に出来ん。早々に退散。

http://www.google.co.jp/search?q=amnesty経由で、Amnestyへ。やっぱり良くわからん。

とりあえず、英語の言い回しを探すため、http://www.google.co.jp/search?q=amnesty+candleへ行くも、意外にノイズが多くて困る。

続いて、http://www.google.co.jp/search?q=amnesty+candle+chineseでようやく、'Better light a candle than curse the darkness.'と言う記述を発見する。

http://www.google.co.jp/search?q=Better+light+a+candle+than+curse+the+darknessで、ようやくそれらしい処まで到着。

正しくは"It's better to light a candle than curse the darkness."らしいね。英語としてはIt's better to light a candle than curse the darknessとか、It's better to light a candle than curse the darkness@Everything2.comBetter to light one candle than to curse the dark...: Information from Answers.comらへんで、アメリカ政治家Adlai_Stevensonが、1962年ルーズベルト大統領夫人の事を讃えるセリフとしていったって事らしい。

あと、より原語に近いシンプルな言い方として"Don't curse the darkness - light a candle."があると。なのでhttp://www.google.co.jp/search?q=%22Don%27t+curse+the+darkness+-+light+a+candle.%22を見るとDecember 10 - Wikiquoteの中ほどで議論が。孔子とか言ってる。

っと。英語はその辺にして中国語へ行こう。Chinese Characters for better to light the candle than curse the darkness -- learning Chinese画像なのでコピペ出来ず。とりあえず、http://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%8E%E5%85%B6+%E9%BB%92%E6%9A%97+%E4%B8%8D%E5%A6%82%E7%84%B6%E8%B5%B7とかするも良くわからず。http://www.google.co.jp/search?q=%22%E4%B8%8D%E5%A6%82%E7%84%B6%E8%B5%B7%22でちょい来た感じ。http://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%8E%E5%85%B6%E8%AF%85%E5%92%92%E9%BB%91%E6%9A%97+%E4%B8%8D%E5%A6%82%E7%84%B6%E8%B5%B7%E8%9C%A1%E7%83%9Bでようやくって処か。http://www.google.co.jp/search?q=%22%E4%B8%8E%E5%85%B6%E8%AF%85%E5%92%92%E9%BB%91%E6%9A%97%22とかすると、おやおやhttp://www.google.co.jp/search?q=%22%E4%B8%8E%E5%85%B6%E8%AF%85%E5%92%92%E9%BB%91%E6%9A%97%EF%BC%8C%E4%B8%8D%E5%A6%82%E7%82%B9%E4%BA%AE%E8%9C%A1%E7%83%9B%E3%80%82%22が正解かも知れない。

つーことで、とりあえず中国語としては「与其??咒??暗,不如点亮蜡??。」とおもわれ。

言い出しっぺは良くわからない。孔子老子かその辺か。なんておもっていたら、安娜??路易????斯特朗 (Anna Louise Strong)って言ってる人を発見。どうなんだか。

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おっと、中文だめなのね。それにgoogleタイトルを入れるとリンク消えちゃうのね。だめだめじゃん。

2007-06-20

人が神を作った

過去にエホバの子とプロテスタントの子と付き合った事がある。

僕は無宗教だけど趣味老子聖書を読むので宗教の話は色々盛り上がってた。

エホバの子は異様に教会という場所を恐れてるのが印象的だった。

暗い、十字架、偽りの天使やらなんやら。

一方プロテスタントの子は教会依存気味な感じだった。

デートの最後は教会に行ってお祈り(僕はしない)とか、教会主催ボランティア活動とか。

双方に言えることは二人ともとても生き生きしてる。

人並みに悩みを抱えてるんだけど、聖書の一章節に救いを見つけ出してる。

それが正しいか間違いは宗教ではなく自分自身の選択によるものだから、そこから生まれる悩みなんかとも戦ってる感じ。

まるでカラマーゾフの兄弟の『大審問官』のような葛藤

宗教的な理由で婚前セックスはできなかったんだが、それがない熱い恋愛もあるんだなあって。

僕自身の考え方は「人が神を作った」の一言、だから聖書も最古の書物として読むしどの宗教にも入らない。

彼女達はそれを理解してくれて、だからこそ僕みたいな男に興味を持ってくれたのだと思う。

宗教は否定しない、人は信じるものがあるからこそ強く生きていける。

人が集まることで生まれる孤独に耐えなければならない社会宗教はその隙間を埋めるようなものだ。

信じるものは救われた気分になれる。

2007-05-05

http://anond.hatelabo.jp/20070505123602

タイトルトラックバックしているとぶくま時にはてヴぁーがタイトル弄るよね。

あれは最初にぶっくました人が変えるの?



そうだ、関係ないけど、わんぱく老子!!

一気に親元にもどるボタンをつけてくれ。

トラックバックを辿るのめんどくさいんだ。

これがムリだったら、記事を開いたときに前後25件を一覧で表示する機能がほしい。

2007-03-30

2

偉大な事業を完成するためには、人はつねに緊張していなければならない。サン・シモン

志を立てて以て万事の源と為す。吉田松陰

賢明思考よりも慎重な行動が重大である。キケロ

着るものは新しいうちから、名誉は若いときから大事にせよ。プーシキン

われわれは、ことばではなしに、行為を見守らなければならない。そしてまた、われわれも、ことばではなくて行為で示さなければならない。J.・ケネディ

大変な仕事だと思っても、まず、とりかかってごらんなさい。仕事に手をつけた、それで半分の仕事は終わってしまったのです。アウソニウス

汝の活動、ひとり汝の活動のみが、汝の価値を決定する。フィヒテ

規律は、宗教に似ている。ばからしいように見えても、それが人間をつくるのだ。サン・テグジュペリ

至上の処世術は、妥協することなく、適応することである。ジンメル

決心する前に、完全に見通しをつけようとする者は、決心することはできない。アミエル

他人のために尽くすことによって、自己の力を量ることができる。イプセン

取らんと欲する者はまず与えよ。老子

学生をして自重の風を養わしめるためには、これを紳士として待遇しなければならない。アーノルド

礼儀は人を神聖にする。カント

何よりもまず汝自身を尊敬せよ。ピタゴラス

一事をよく為す者は多くをよく為す。トマス・ア・ケムピス

正義によって立て、汝の力二倍せん。ブラウニング

余り考え過ごす者は何事をも成し得ない。シラー

まず汝自身を落ち着かせよ。そうしたら他人の間にあっても落ち着くことができよう。トマス・ア・ケムピス

とてもかくても、つとめだにすればできるものと心得べし。本居宣長

神は自ら助くる者を助く。フランクリン

心は盤石の如くおし鎮め、気分は朝日の如く勇ましくせよ。黒住宗忠

始まりはすべて小さい キケロ

意志あれば道は通じる。ハドソン

死を決するの何の難きことやある。ただ死すれば足る。難きは死地にありて生を決するにある。河村瑞軒

正しく思考されたものであるかぎり、それは必ず明瞭な表現をとる。ボワロー

鶏鳴に起きざれば日暮に悔あり。楠木正成

ときとして勇気は、征服者の心さえ動かす。ヴェルギリウス

道徳的勇気が正しいと感ずれば、なしえないという個人的決意はない。ハント

行為の最中にも思考の余地がある。ゲーテ

一つの冷静な判断は千のやかましい会議に勝っている。なすべきことは光を与えることであって熱を与えることではない。T・W・ウィルソン

人間の一生について、また彼の運命全体について決定するのはただ瞬間のみ。ゲーテ

過ぎ行く時をとらえよ。時々刻々を善用せよ。人生は短き夏にして、人生は花なり、彼は死す。ああ、何ぞ死するの早きかな。S・ジョンソン

機会が二度君のドアをノックすると考えるな。ジャンフォール

よく始められた仕事は、なかば終わったものである。プラトン

大人物と小人物の差異は、一度意を決すれば死ぬまでやりとげるという覚悟があるかないかにある。シェリング

賢くなることを明日に延ばすな。明日の太陽は汝の頭の上に輝かないかも知れない。コングリー

最も堅固な決心は最も有用な知識である。ナポレオン

心強くして進め。汝のすべて往く処には汝の神も偕に在せば、懼るるなかれ戦慄くなかれ。旧約聖書

用事を弁ぜんとせば自ら行け。リチャード

およそ世に障害のない仕事はない。障害が大きければ大きいほど、その仕事も大きい。マクドナルド

力は一切のものを征服する。しかしその勝利は短命である。リンカーン

各人は天より与えられて、各自自身の思想主人公たる権利を有す。スピノザ

溝をばずんと跳べ。危うしと思えばはまるぞ。沢庵和尚

思案しないで我々を働かせよ。これこそ人生を堪えるものにさせる唯一の方法である。ヴォルテール

偉人の達した高峯は一躍地上から達したのではなく、同伴者が夜眠っている間も、一歩一歩とよじ登ったのである。ブラウニング

他人を支配せんと欲する者は、まず自らの主人であらねばならぬ。マシンジャー

一つも馬鹿な事をしないで生きている人間は、彼が自分で考えているほど賢明ではない。ラ・ロシュフコー

敵に勝ったからとて勇者ということはできない。おのれに勝った時初めて真の勇者といえる。T・ブラウン

努力によって得られる習慣のみが善である。カント

千日の稽古を鍛とし、万日の稽古を錬とす。宮本武蔵

井戸を掘るなら水の湧くまで掘れ。石川理紀之助

一日延ばしは時の盗人である。上田敏

神は行動せざる者をけっして助けず。ソフォクレス

汝ら善き行いをもってその身の飾りとせよ。キリスト

初めに計画せよ。然る後に実行せよ。モルトケ

確信をもつこと、いや確信をもっているかのように行動せよ。ゴッホ

功の成るは成る日に成るにあらず。蘇老泉

心ある人は時間の損失を最も悲しむ。ダンテ

人の持つ尺度は、その異常な努力によってではなく、その日常的な行為によって測定されるべきものである。パスカル

真面目とは実行するということだ。夏目漱石

汝もし真に熱心ならば、後と言わず今ただちにこの瞬間においてなすべきことを始むべし。ゲーテ

一日作さざれば一日食わず。百丈禅師

明日為すべきことは今日これを為せ。フランクリン

ことばと行動は、神の力のまったく異なったモードである。ことばも行動であり、行動もことばの一種である。エマーソン

われわれがいくつかの危険に気づいているというので、動かずにじっとしていることを自己に課するならとんでもないことである。トリアッテ

人間の行動は思考最上通訳者だ、と私はつねに考えた。ロック

してしまえば片付くのだったら、早くやってしまったほうがいい。シェークスピア

一日善いことをしなかったら、生きている価値はない。ロバーツ

行いは必ず人に先んじ、言は必ず人に後る。大載記

君の心の庭に忍耐を植えよ。その根は苦くともその実は甘い。オースティン

この秋は雨か風かは知らねどもきょうのつとめの田草取るなり。二宮尊徳

苦しむには死ぬことよりももっと勇気がいる。ナポレオン

幸運と愛とは勇者とともにあり。オヴィディウス

勇気こそ、君よ、これこそ男をも女をもいと美しく見せしむれ。テニスン

実におそろしいものは人間努力である。マルコーニ

無人島紳士たり得る者が真の紳士である。エマーソン

大人は虎変す。中国のことわざ

現在われわれは悪い時期を通過している。事態はよくなるまでに、おそらく現在より悪くなるだろう。しかしわれわれが忍耐し、我慢しさえすればやがてよくなることを、わたしはまったく疑わない。チャーチル

公正をもって生活すれば、ゆくとして安全ならざるところなし。エピクテトス

希望が逃げていっても、勇気を逃してはいけない!希望はしばしばわれらをあざむくが、勇気は力の息吹である。ブーテルヴェク

いやしくも悔恨しないことを欲するならば、人は何事もしないほうがよい。しかしながらまた、何事もしないところの人生も、ひとしくまた悔恨なのである。萩原朔太郎

苦痛はみじかく、喜びは永遠である。シラー

己に克つの苦功を用ひずして、怒りを遷さず、過を再びせざるは、柔惰振わざるの士にあらずんば、かならず奸を掩ひ非を飾る者なり。大塩平八郎

人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり。一度生を得て滅せぬ者のあるべきか。織田信長

昨日憎しと思ふこと心に染み、昨年の嬉しと思ふこと心につきて、はなれねば、それより根ざして、まよふとか、聞けり。松平定信

気随に成り行き候はゞ、一日一月と延び、一月は一年と遅々に及び、一生空しく打ち過ぐべし。土井利勝

道に堀があるからといって、渡るのを嫌って、そこに止まってしまったのでは、その人はいつまでたっても、進歩することは難しい。大きな溝の中に落ちたからといって、いたずらに悶えるばかりであったならば、その人は一生溝の中で終わらねばならない。藤原銀次

困難とは作業衣を着た好機会にすぎない。H・カイザー

諸君が困難に会い、どうしてよいか全くわからないときは、いつでも机に向かって何か書きつけるがよい。小泉八雲

今日はよく働いたと夕方になって考えることほど、私にとって大きな楽しみはなかった。大倉喜八郎

身には疾あり、胸には愁いあり、悪因縁は逐えども去らず、未来に楽しき到達点の認められるゝなく、目前に痛き刺激物あり、慾あれど銭なく、望みあれど縁遠し、よし突貫して此逆境を出んと決心したり。幸田露伴

境遇とか!われ境遇を作らん。ナポレオン

金を失うことは、小さく失うことである。名誉を失うことは大きく失うことである。しかし勇気を失うことはすべてを失うことである。チャーチル

男子、死中に活を求むべし。坐して窮すべけんや。范曄

理想はわれわれ自身のなかにある。同時に、理想の達成をはばむもろもろの障害もまた、われわれ自身のなかにある。カーライル

人もし忍辱の鎧を着て戦うときは、一人の力をもって八万四千の魔軍を挫くべし。釈迦

人は幸運の時には偉大に見えるかも知れないが、真に向上するのは不運の時である。シラー

禍福は天上より出ずるにあらず、地中より出ずるにあらず、おのれ自ら之を生ずるなり。説苑

キホ積まずば、以て千里に至るなし。荀子

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