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はてなキーワード: 老子とは

2017-03-19

ネット上の匿名人類史上最も誠実であるが故に糞である

誠実とは何か

真心である

真心とは何か

嘘偽りのない事である

だとしたらネット上でよく見るような匿名言論空間人類史上最も誠実な型であり

聖人理想を実現したものであると言える

やっぱり老子って糞だわ

2017-02-28

手のひらに蛆足元に蝿2017

股間にイソギンチャク 未来は木の養分 骨の髄まで流出 液体だの益体だの ひどく貪る 陰陽老子の隙間から お前の影が見えたなら 転生も挽回も拭えぬほとりにこぶしを突

股間にイソギンチャク あららは箪笥  間違えたので簡単 獰猛だの泥濘だの ひどく退屈 凡退走者の太陽に 明日の息吹が見えたなら 後悔も殺伐も期せぬ夜ごとに変化を

部屋に蝿が現れたの          これで          あしたも  蝿が   飛ぶ        蝿よ荒縄の腐臭よ          

蝿の認識を                                       きれいな複眼      複眼を拭っている脚 羽を拭っている脚

2016-11-27

http://anond.hatelabo.jp/20161127064135

臨済曹洞宗かはしらないけど、日本に伝わった禅は基本中国禅でヨーガのクムパクとかそ言う発想がかけてる。

座禅の際にケツの筋肉を締める、クンダリーニヨーガ技法も多分実践してないんじゃないだろうか。

その代わり禅家の坊主とかに伝わってるのは仙人風貌を持つ人が多い(はず。突っ込まれたら逃げる)。

これが例えば寒山とかそういう一種狂人で、やっぱり中国の人。で、中国の禅によって無はより強調され、

「空」「無」が混在してややこしくなった、という話だと思う。老子はもともと道教の祖で、

禅が道教の色を強く受け継いでるのは理解できると思う。

http://anond.hatelabo.jp/20161127003802

禅て老子思想なの?

ヨーガとか瞑想とか、禅の源流は仏教以前のインド古来のものだと思ってた。

日本に来てる仏教哲学体系はだいたいと言うと誤りがありけど、禅に代表されてる。

禅が何かといえば老子思想で、仏教といっても上座部仏教とは全く変質してる。

真言とかももともとはジャイナ教とかだっけ? ともかく釈迦からではない。

いわゆる菩薩とかそういう偶像的なもの原始仏教では概念に過ぎなかったとか。

そのくらいしか知らない。なので渡来してわかりにくくなっていると思う。

2016-05-30

http://anond.hatelabo.jp/20160530111113

老子天網恢恢疎にして漏らさず、じゃよ。増田君が悪いことをするときは、必ず何処かで誰かが見ておるよ」

2015-08-15

[] 以徳報怨

(いとくほうえん)

老子言葉。これを日本語にすると怨みに報ゆるに徳を以てす(うらみに むくゆるに とくをもってす)。

  

意味

ひどい目にあって怨みを抱くような相手であっても、仕返しをするのではなく、 許しの心で、あたたかく接するべきである、ということ。

  

解説

怒りの感情というものは、多くの場合、ささいなことが原因で起こるものです。

たとえ憎いと思っても、できるだけ相手を許し、逆に恩恵を与えるような気持で 接するべきである。ということのようです。

このことわざは、老子言葉ですが、論語の中にも書かれているようですから中国では、 かなり古くからあった言葉のようです。

https://www.facebook.com/permalink.php?story_fbid=377286345747800&id=287957014680734

  

老子がこの言葉を言ったのは、「以怨報怨」つまり「怨みに報いるに、恨みを以ってす」だと、恨みの連鎖が起きて

何時までたっても怨みは解けず、復讐復讐をよび報復合戦になってしまう。

そうならないためには「怨みに報いるに、徳を以ってすべきである」という意味である解釈されています

旧約聖書コーランを基とする「目には目を、歯には歯を」の反対の考えです。

目には目を、歯に歯を」を信奉している、アラブユダヤの間で三千年も争いが続いていることを考えると、

この老子の教えは的を射ているのかもしれません。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1394880143

2014-10-09

フリースタイルラップと形状記憶メンタル

フリースタイルラップリズムに合わせて歌詞即興で作るのだが、リズムに乗ると不思議言葉が浮かんでくるそうだ。競技かるたリズムをとってカルタ記憶するらしい。リズムにどんな意味があるのか?

その謎をとくカギは「グルーヴ」にある。ブラックミュージック理解日本人がまず躓くのが「グルーヴ」という概念。それはただ機械的なリズムに乗ることではなく、体感とのシンクロ要求される。

この理解困難な概念に対するわかりやすい喩えが心拍という名の音楽だ。ケージ4分33秒音楽になるなら心臓だって音楽になる。君は心臓や呼吸に音楽を感じるかい環境音楽的ワークってやつだ。

その先駆けは現代音楽家Pauline Oliverosだ。いまや小学校音楽教科書にもその種のワークが載っている。ゆとり世代以降の人間なら記憶にある人も多いはず。

心臓リズムを感じるには目を閉じて心を静かにする必要がある。一種の瞑想だ。心拍が分かったら今度はそれに合わせて身体を揺らしてみよう。揺らすと心拍が変わる?そこが難しい所で、

心拍に干渉しないまま身体を揺らしていく。この感じがまさにグルーヴなわけ。がむしゃらに即興演奏すると必ず体感に干渉してしま体感迷子になる。ムードをぶち壊したらセックス台無しである

まり機械的にリズムに乗るだけでなく、体感シンクロすることで自然リズムが生まれてくるわけである。身体がそんなふうにできている。それがグルーヴジャズにおけるスイングも同様だ。

グルーヴあるリズムリズムマシンの作る厳密に一定リズムからは若干のズレがある。そこに生演奏の味わい深さがあると言われるが、正確に言えばズレかたに体感が反映されているから味わい深く感じる。

リズム一定さやズレ自体には別段深い意味はない。あくまでもリズム一定性やズレはグルーヴ副産物にすぎない。「世界リズムに満ちている」とは某音楽家言葉だが、正確にはそれはグルーヴなのである

音楽以外にも思考や会話にもグルーヴというものがある。相手のテンポを崩すようにワンテンポ遅れた返事や食い気味の返事を返すとかみ合わない感じがするだろう。

からテンポについて行けない人間どうしで深く仲良くなるのは極めて難しい。世の中の「親友」の多くはテンポがかみ合わないのに誤魔化し誤魔化し仲良くしているように見える。

トークのテンポというのはつまるところ、その人なりの言語体感とのシンクロの仕方である。単なる会話の速度ではない。早口でも会話のテンポが遅い人はいくらでもいる。

また、熟練すれば無理に話題テンポを速くできるが、結局は自分テンポで話すのが一番快適なことには変わりないわけである。けだし会話のテンポほとんど先天的である

.

一方、グルーヴには安定性という要素もある。ジャズでは「この人の演奏には安定したグルーヴがある」「安定したグルーヴにはノリやすい」「今回のセッショングルーヴが安定しなかった」

などと言われる。グルーヴが安定しない現象は先ほどの心音迷子になる現象と同じである体感を見失って、形の上でしかリズムに乗れてない状態。それはどうしても演奏に現れ、バラバラでちぐはぐな印象を与えてしまう。

安定性はその人のメンタルを表している。気持ちが不安定ならグルーヴ不安定になる。熟練演奏者なら多少メンタル不安定でも「いつもの体感自体は出せる。

だけど、別の「普段にはない体感」が邪魔をしてきて、演奏に乱れが生じるわけだ。そんななか繊細な感覚をつかまえてグルーヴ表現するのは並大抵のことではない。

演奏家という仕事一般人が考えるよりずっと鋼鉄メンタルを要するのだ。

.

強いメンタルになりたいと誰もが憧れるが、その秘密は形状記憶性にある。本当に強いメンタルとは、ガッチガチオリハルコンメンタルなどではなく、柔軟に形を変えてはすぐ元に戻る形状記憶性にある。

上善如水」を知ってるか?上善は水のごとしと訓読する。最高の善を説いた老子言葉だが、これは最強の心を説いた言葉でもある。

宮本武蔵五輪書で「水を本として、心を水になす也」と言った。水はどんな器にも合わせて形を変える。そんな心を養えという意味だ。

柔軟に適応しすぐ平常心に戻る。その様子はグルーヴから説明することもできる。ハメ撮りの帝王こと村西とおるは、黒木香にほら貝を吹かせた。脇毛で有名なAV女優といえば若い人にも分かるだろう。

村西氏はセックス快楽演奏の乱れで表現したわけだ。どんな演奏にもグルーヴはある。人間体感リズムに同期することでリズミカル運動ができるのである

ところが快楽があるとうまく体感と同期できなくなり、演奏が乱れてしまう。そこをなんとかうまく演奏しようとするところにエロティシズムがある。

現代的に言えば「ローターつけてお散歩」だ。pixivの「平然」タグもこれに関係する。くやビク(悔しいけどビクンビクン)はもう古い。大和撫子は奥ゆかしく「平然プレイ」だ。

そしてこの快楽ゲージがあがっても平静を装う平然プレイにこそ、形状記憶メンタル秘密がある。それはフリースタイルラップにしても同じことだ。

なぜラッパーはあのような無駄攻撃的ともとれるラップバトルをするか?それは戦いのなかでも終止安定したリリックを紡ぎ、安定したライム(韻)を生み出し、

安定したフロウ(歌い方)を展開することを競っているわけである。そんな「動中に静あり」の文化理解することなくただただ攻撃的なディスり合戦をやったところで何の意味もないのである

2013-11-24

週休三日の企業

みんなには内緒だが、うちの会社は週休三日制を敷いている。

土日プラス平日にひとつ休みを取る。



この制度の主目的は、「社会的エース級の戦力だけど、激務に潰されて心を壊してしまったひと」や、「一騎当千だが、結婚出産などで会社との折り合いにストレスを感じている人」の居場所を作れたらいいなという自分含めたラッセル怠惰への讃歌読書会メンバーで構成された経営陣によるものだ。

うちみたいなベンチャーは、そういうところを工夫しないと人材の囲い込み戦略で負けてしまうし。みたいなささやかな裏目的もある。こんな工夫だけで意外とやばい人材が集まる。


という話を、こっそり知り合いにすることがある。すると決まってこう言われる。

「週三日休みって生産性はどうなるのさ?」とか「平日休みと抜けられない打ち合わせが被ったらどうするの?」とかそういうものだ。

だいたいは、そこが問題なんですよねと軽く切り返した後に早くもストーブを出した話とか、ヒトカラで黙々と精密採点DXをやる楽しい休日の話にスライドするのだが、実は回答はある。



・週休三日と生産性の両立問題

通常二十営業日/月でこなす仕事を十六営業日クリア出来ない人材はそもそも採用していないので、問題はない。ほとんどのメンバーは十営業日未満でクリアしている。



・打ち合わせや、電話対応と平日休みの被り問題

まず、自分しか仕事内容が分からない状態が発生した時点で、チームワークの著しい欠如と見做して評価が下がる方針がある。どんな職務内容でも、仕事メールであれば自分以外の誰ひとりにも見られたくないメールなど有り得ない。

うちの会社に限らず、自分が急死しても仕事が止まらない体制を志向していない人材は論外だ。そこから派生して、関連性の薄いプロジェクトCCメールを鬱陶しいと言ってしま人材も方針上NGだ。彼らはチームワークの本質を理解していない。細やかな相互マネジメント管理コストの削減は全メンバー必須業務だ。

そういった方針に従えば、「休日取引先から個人携帯に連絡が来る」「打ち合わせに自分が行くしかない」状態がそもそも発生しないことになる。問題ではない。



という話なのだが、これをどういう風に話しても現在週休二日未満で労働している方には分かりにくい話なので、黄帝四経読書会メンバーで構成された経営層としては、老子黄帝四経という切り口から黄老思想という概念の紹介をするぐらいに留める。

なお、上記の方針の根拠は、スーパーメジャーである老荘思想とはまったく違う、黄老思想という絶滅危惧種思想を無理やり現代化して実用化に挑戦してみたものだ。

読み物としても意外とおもしろいのでお薦め

2012-11-09

[][][][][]

情報の非対称性 - Wikipedia

プリンシパル=エージェント理論 - Wikipedia



2001年ノーベル経済学賞を受賞したマイケル・スペンスによってはじめて分析され、

高等教育労働者生産性に何ら影響を及ぼさないとしても、

企業がその労働者に対して、高賃金を支払うことは合理的であることを示した。

シグナリング - Wikipedia




例として、ある人が難関大学卒であったり、スポーツに優れていたり、字が上手だったりする場合

その人が学力や体力や字の上手さにおいてだけでなく、人格的にも優れていると思い込んでしまうケースが挙げられる

(それらの事柄と人格的に優れているか否かは、ある物体の色と形が互いに独立の事柄であるように、互いに独立の事柄である)。



また、有名人タレントを通じたCM広告がその商品サービス

実際に使ったりしたことがないにもかかわらず良いイメージを与える。

それによって購入意欲を刺激したり、購入したりする。

一方、CMに起用されたタレント不祥事を起こしたりすると、商品自体に何の不満も覚えていなかったにもかかわらず購入意欲が削がれたりする。

ハロー効果 - Wikipedia



天下皆美の美たるを知るも、これ悪のみ。老子



高学歴に使えない人間が多い理由

2011-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20110924164025

こういう人って孔子とか老子の子意味子供だと思ってたりするんだろうか

2010-10-18

4回目、4日目

日付変わりましたが、17日深夜ということで。

昨日は○○○コンプレックスについて少し考えた。

結論はでなかった。

体調×。寝よう。

postscript: BLOG経済について更新

postscript: 老子に学ぶ必要ありかな

2010-09-25

例えば、増田とかで画面の向こうの誰かにアドバイスを求めることの危険性。

言い換えれば、思考を他者に任せる、委ねることの危険性。

こういう習慣があると大変なことになる。




別に、回答者匿名であることはさして問題ではない。

心ない中傷や罵倒をされたとしてもそれぐらいは承知の上であろう。

ちょっとネットに慣れていればそれぐらいは予想できるし、ある程度耐性もできていたりする。






問題なのは、そういう、例えばこの増田


http://anond.hatelabo.jp/20100922191511




こういう問題について増田に書き連ね自分の頭で考えることを放棄していると、そういうことを習慣的にやっていると

次第に、何か解決すべき問題が浮かんできたとき 自分の頭で考えることができなくなるのだ。

面倒くさいからすぐに助けを求めてしまうようになるのではなく、それが苦手になるのではなく

大事なことだから二回言うが、本当に考えることができなくなるのだ。



"考えないという行動をとるということは、また一つ考えないという習慣化を助力すること"


なのだ。 基本的に習慣というものは、物理学でいう慣性、惰性のようなものだと思ってもらって構わない。




さて、




>問題解決(英語:problem solving)とは、問題を解決する、すなわち解を発見することであり、思考の一部分である。

>すべての知的な機能の中で最も複雑な思考であり、高次元の要求の認識定義されている。

>それには、より筋道の立った手順及び基礎的な知識の操作、調節が必要となる (Goldstein & Levin, 1987)。






問題の本質はなにで、その問題の解決策をMECEに洗い出し、評価をし判断をし実際にどう動くかを決めるという一連の作業をしっかりできている人は

意外と少ないのである。欧米などに比べ、比較日本人論理的思考を重視しないので 現状において日本人はそういった問題解決能力は平均して、決して高いとは言えない。

逆を言えばそれができるだけで日本人の中では相当の強み、アドバンテージになることは私が保障する(本来、資源で勝負できない日本がこんなことでは駄目なのだが)

最近やたらロジカルシンキングクリティカルなんだのが重要だの喧伝されるが、その試みに比して問題解決全般における平均的な能力はさして向上していない。体質的に受け入れがたいのだろうか?)




結局、何をするにしても"問題解決能力"がものをいう。それの向上や、駆使することを

(あの増田槍玉に挙げるが、あの文章では普段からろくに物を考えてなさそうだ)


放棄し、比較的難易度の高い生き方とされる 「働かずに生きる」という目標を実現させようとするその愚。


まずはそこを指摘するべきであろう。 あれに回答しているトラバブクマコメも全員バカ。衆愚。 上から目線で人にものを教えるなんて勘違いも甚だしい。

これでは梅田などにその知的水準の低さを指摘されても仕方がない。バカなものはバカなのだ。





一連の情報連鎖が目も当てられないことになっていたので、気まぐれにまた一つ鎖を繋いでおいた(=リンク=連鎖)

バカの中にも見込みのあるバカが一定数いるものだ。


願わくは、そういう一定数いるバカが、それから脱却できることを。






老子「授人以魚 不如授人以漁」







【追記】





トラバブコメに救いようのないバカが散見されたので、各自反面教師とするように。





増田ロジックは読めても人の心は読めない子なんだなぁ。理屈で解決する問題じゃないじゃんw




まず、この増田は"働かずに生きることはできますか"と命題を投げかけている。

命題とは真偽の判定が可能、かつ真か偽である条件(必要条件)などについて論じること、かつ

パターンMECEに洗い出すことは十分に可能なのである。人間には本来そういう力が備わっている。



まずそういう根本的なところを突き詰めないで、思考を放棄し、"できますか"と尋ねるバカな増田

下手に出たことをいいことに、現実世界で、社会的に蔑にされ、重要人物たりえないバカな俺でも上から目線に、偉そうに意見を述べられるぞ!チャンスだ!

とここぞとばかりに ノイズをまきちらすバカどもが。

不確定要素はあれど、思考し尽した痕跡情報連鎖の中に何一つない。私はそこを衝いている。

バカは人の主張さえも理解できないのか。そんな調子でよく今まで平気で生きてこれたな。




バカは自分がバカであることすらもわからないほどバカらしいが

ここまで親切に書いてもわからないかな? 下手な言い逃れに躍起になるより素直に自らのバカさ加減と

向き合った方が、今後の人生において利口だと思えるのだけれど(まずバカはデメリットだらけ。そのままでいる理由がない)

まあ勇気のいることなので、ゆっくりでいいよ。ゆっくりしすぎたらバカのまま死ぬかもしんないけどね。





根本的なところを突き詰めないで枝葉末節をつっつくのはバカのやること。

あるいは雑談ならその程度で良い。しかし目的雑談か? "雑談をしている"、のではなく"雑談しかできない"無能しかいないのではないか?

見るからにそれはそう。 普段から頭を使っている人間は、ある程度の問題解決能力がある人間がわずかながらも情報を連鎖させているのであれば

ああいった様相を呈すことは、まずない。





ああいったやり取りで"何か有意義なことをしたような気に"なる奴らっているんだろうなあ。




そういう奴らは働かずに満足して生きることも成功することも到底覚束ないであろう。

構造的に無理なのだ。なぜ無理なのか。それはこの世が、社会がろくに思考をしないバカどもにとって都合の悪い構造、仕組みになっているからだ。

というより、そういった都合の悪い要素を集めた存在を"バカ"と呼ぶのかもしれない。


(あと、トラバブコメにいる俺に刃向うような、楯突いている人間は全員バカ。的外れ。ちょっと指摘すれば次の瞬間にはもう全く何も言い返せなくなるような脆弱意見

  もう何も言わない。わかる人にはわかる。 "ああ、バカが湧いてるな" と。 これ以上失望させないでおくれよ)




はてなが普段頭しか使ってないだけで頭が良いと勘違いしているだけの、ただのバカによって形成されたコミュニティでしかないことを願いたいところ。








バカはノイズをまきちらすだけだから邪魔ゴミクズウイルス。一掃されろ。ネットで何かを発信するな。テレビみたいに受信だけして満足しとけボケ








 

老子「知者不言、言者不知」







2009-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20091120054706

知恵(ちえ)出でて大偽(たいぎ)あり

〔補説〕 老子「慧智出有二大偽一」

人間の知恵が進むに従って素朴な心が失われ、大きな偽りが行われるようになったということ。

2009-10-12

実学って社会を変革する力なんじゃない?

高校の頃、学部について相談した時に「経済学は役に立たない」と散々聞かされた覚えがある。

大学生になってミクロ経済学勉強するようになった。大学でよく聞かされるのが「実学=役に立つ学問ではない」ということだ

「有形において数理学(理論と実証)と,無形において独立心と」と実学は表現されている。


これを最近よく考えていて、実は封建社会へのアンチテーゼ実学というのは両輪の輪にあるんじゃないか?ということに思い至った。




実学、つまり「数理学」というのは誰に対しても平等なものだ。


例えば少なくとも1に1つ加えたものが2であり、それに1つ加えたものが3である限り、1+1=2であり、3+3=6である。

これは誰にも否定できないものだ。これは前提と論理が正しければ結論も正しいというある意味当たり前のことだ。この事実は誰にとっても公平だ。

その点において実学は、人に左右されず修めることができる。それは実学論理的に人にある情報を強制的に与えるものだからだ。ある前提を認める限り必ず認めなければいけない結論というのは、直感的におかしいと感じてもそれを乗り越える力を持つ。




その点、非実学福沢諭吉朱子学を挙げていた)に関してはどうだろう? 例を分かりやすく、「老子」にとってみる。

「道の道とすべきは常の道に非ず(道可道、非常道)」という言葉がある。これはよくありがたがれる言葉だと思うが、これは多様な解釈が許されるものだ。この難解さ、解釈の多様性こそが老子醍醐味であろうし、年月がいくら経っても評価される理由だと思う。



かしこの非実学というのは非常に大きな問題を孕んでいる。それは、非実学から得るものが人によって大きく左右されるという側面だ。

例えば坂本竜馬西郷隆盛を評して「大きく打てば大きく鳴り、小さく打てば小さく鳴る」と言ったらしいが、これこそがまさに非実学本質ではないか。つまり、非実学というのはそれを受容する人によって内容が大きく変わるということだ。



これはつまり、いくら学問を修めたとしても、自分自身の内面が優れていなければ、「非実学においては意味がない」ということだ。



このような非実学曖昧さ、内面性というのは非常に封建的であり階級的だ。なぜなら、非実学はその人間を直接変革するような力にはならないからだ。むしろこれは、人の固有の内面固定化し、変革を妨げるような意味しかない。人は自分解釈しやすいように解釈をするし、都合のいいよう物事を受け取ることになる。これは商人商人らしく、農民は農民らしく、武士武士らしく、という発想を補助するものに他ならない。



そういう点で、非実学というのは格差固定化し、社会保守的に動かしていく力なんじゃないだろうか?



このような非実学というのは今の時代において溢れていると思う。極端に言ってしまえば、このような非実学というのは「権威のある諺のようなもの」にである。情報を取捨選択ができ、またしっかりとした資料が要求されないインターネットとはまさに非実学の温床ではないだろうか?このようなインターネットの普及においては、人は自分の身の丈にあった情報だけを受け取り、ほかのものを無視していく。この中で、例えば人は派遣なら派遣らしく、官僚なら官僚らしく、主婦ならば主婦らしくなっていくのではないか。




だからこそ実学は今の社会に必要なんじゃあないかな?

2009-08-09

http://anond.hatelabo.jp/20090809134201

老子とか壮子を読めばいいじゃない。

そうやって自己反省したり他人を憐れんだりする孔子孟子的な態度が、

せいぜい「かわいい子」どまりの道徳でしかないということに気がつくでしょう。

 

UPDATE:トラバツリーからわかる元増田の二つの真の問題

今回の元増田は、いわゆる「公用文書作成要綱」に沿って「読点をカンマ」「句点を丸」にしていることから、

なんらかの公務員ないし、公務にかかわる人物であることが想像されたが、

はたして、

私は東大を出て,司法試験に受かって,法律家をしています。

非常にやりがいのある仕事で,同僚や上司にもとても恵まれていますし,信頼できる友人がいます。

一方兄は,15歳のころから入退院を繰り返しており,高校には1週間ほどしか通えませんでした。

調子のいいときには両親と外出することもあるのですが,友人と呼べる人はいません。

恋愛もしたことはありません。

薬の副作用に日々苦しんでいます。

であった。

 

さて、今回の元増田の問題をまとめると以下の二つに絞られる

  1. 異常なまでの価値至上主義
  2. 必死に隠したい兄への嫌悪

 

異常なまでの価値至上主義について

先の記述から、兄は、「自分ほど与えられていない」という「フツーによくいるダメ兄貴」というより、社会を営む上での障碍を持っていると判断される。

そこで本人は、むしろ「自分が兄の分までいろんなものを持っていってしまったのではないか」と考えている。

だから、「お前よりも上がいるぞ」という意見に、「私の方が恵まれている」と返してしまう。

そう思わないと、今の兄の状態を合理化できないから。(ほんと、科学的思考のできない奴ってクソだな)

それが異常なまでの価値至上主義につながる。

私が恵まれていることのアピールをせずにいられない。

しかも、それを「罪」と考えている屈折。君子ごっこ。

 

だから、そこを突っ込まれる。

「いや、元増田より兄のほうが恵まれてるじゃん」と言う人間が現れたら、元増田は「罪」と考えるのを止めるのだろうか?

「そんなことはない。兄は不幸なんだ。不幸に決まってる。私と同じモノを持っていないのだから」と言い張るのだろうか?

まさに老荘思想というか、「逆説的に突っ込まれて回答に窮する孔子孟子君子」というのは、よくあるパターン

 

必死に隠したい兄への嫌悪

増田はお兄さんの事が嫌いなんだろうなあと思った。

嫌いじゃなくても重圧には感じていそう。

そう思った根拠は

兄の置かれた境遇(と言動?)のせいで自分の心に平穏が訪れない、

って事柄を言葉を変えて何度も述べているから。

一番見たくないところ。結局、兄への憐憫は兄への嫌悪の裏返し。

兄が甘受しなければならない不条理、それが自分に与える負担への執着。

そうした兄への嫌悪を、「自身の幸運に対する感謝と、兄への憐憫」という態度で合理化し、さも君子であるようにふるまう。

当然、見抜かれる。

別の増田に対して、表面上荒っぽい言葉は避けているものの

敵意の見受けられる言葉づかいをしているのが

ちょっと気になっています。

 

あるメッセージに対して、強く感情がゆすぶられたという事は

それだけ自分の中のコアをつつく何かが有ったという事でもあります。

それが「自分信条としてそういう思想は決して許せない」からなのか

「問題意識根本をえぐられたとっさの防衛反応」なのか

「端的に件の増田の言動が嫌いな奴を連想させてキモイ」あるいはそれ以外の要因なのかは

他ならぬ元増田にしかわかりえない事ではありますが。

そういう事もひっくるめて、

自分の内側にこもって一人討論会を開催する価値は有りそうだなあ、

などと思っています。

そして、

将来は,兄が,趣味のことでものんびりしながら暮らしていけたらなと思っています。

私が実家の母に電話をすると,隣で「妹よ」を歌ってくれている,やさしい兄です。

と、書き足す。

2009-06-20

http://anond.hatelabo.jp/20090614013747

これって増田を使った新手のプロモーション(あるいはその実験)なのか?書きぶりが神田昌典くさい。


  • 前振り
  • 本文
    • 勧める商品の利用経験談で商品効用について信憑性を高める。
    • 経験談の内容は、売りたい本を「自分は面白くないと思う」と言っていったん評価を落としておき、
    • 「でも実はすごい本だった」と持ち上げることで、読者の関心をいっそう煽ってる。語っている人の誠実感を演出する効果もある。
  • 落としどころ
    • 『私は今でも上述の書のすごさはわからない。自分感性と会わない主張まで受け入れようとは思いません。』とは、翻訳すれば、「本屋さんで手にとって自分に合うか確かめてみてね」だ。


あと、老子引用孫引きか?老子にそんなテキストはない気がする。

2009-06-14

シミュレーションができないなら読み手になれない させられないなら語り手になる資格がない

たとえば人を批判するな、とか謙虚さが大事というお話


「頭の良い人間がよく足をすくわれるのは

 他人を批判しすぎるからだ

 わけしりがよく危ない目にあうのは、

 他人の悪を暴くからだ

 自己主張は控えて、

 他人について配慮することが大事なのだ」(老子


モテない男のセリフをまとめるとですね・・・

 『どう、おれってすごいでしょ?』なんです。

 オレ論と説教ね。

 これを『キミってすごいよね』って会話にしたらどれだけもてることか・・・」

伊東明)


「批判されるものは、批判する人間より必ず年収が高い」(神田昌典



正しいと思う。

普段自分がいろんなものに説教「させてもらって」

批判「させてもらって」ストレスを解消する一方で

説教させてあげてる側は当然その報酬を得ている。

わかっているのに、得な方向に行けない。なんでだろう・・・。



そう思ってたら、父親のビジネス書の読み方を見て少しだけわかった気がする。

私は以前「残業ゼロ仕事力」という本を読んだ。

ハッキリ言って、私にとってはあまり印象に残らない本だった。

「あたりまえのことばかり書いてるなぁ」としか思えなかった。

すくなくとも、この本を読むことで何か実行したり行動を変えたりということはしなかった。



しかし、父はこの本を絶賛した。正確に言うと吉越さんを絶賛した。

父は書いていることをもとに

脳内自分環境で同じことをやろうとしたらどうなるかシミュレーションをしてみた。

すると、本に書いてあることだけでは実行しきれないと感じるところが出てきた。

うまくいったということは、そこで何らかの対処をしたはずだ。そこが知りたい、と

インターネットで詳細を調べたり、同僚から情報を集めたり、話し合ったりして行間を埋めたそうです。

その結果として、自分がやってみること、これは吉越さんじゃないとできないこと、というのを切り分け

出来ること(問題の細分化など)をやってみて、

 できないこと(全部署のローラー)は別の形でフォローしつつ、

 自分にできないことをやった吉越さんすごい、と純粋にほめていた。



本一冊読むことでしっかり作者と会話していた。

今まで父は問題の細分化というのは理論としてはしっていたが、

 やはりいきなり社員意識組織構造のような根本的なところをいきなり変えようとしていたらしい。

それを改めることは自分でもできる、と作者の意見を聴き、

 まず実際に行動してみたときのことを脳内シュミレーションしてみて、問題点を洗い出してみた。

 説明不足のところはネットを通じて間接的に質問することで答えをだしていたたように思われる。

 そうやって実際に会社の成績をちょっと上向きにしたと言っていた。(父は小さい企業副社長です)



ビジネスマンの方からすれば当たり前のことなのかもしれませんが、

私はこういう本の読み方を今まで知らなかった。

学生の私からしたら、「そういう読み方をしないと役に立たないんだ」ということを知って驚きました。

小説のように、読めば何かしら感じるところがある、などという甘えは通用しないのですね。

私は読んでも価値がわからず、そのことを本のせいにしていました。

はてなでは何度か「ビジネス書スパム」などという言葉を見知っていたこともあって、

その文脈にのっかり、自分で考えることもせずに

「これはスパムだな」などと勝手に本の価値を見限っていました。

本当に恥ずかしい限りです。



もちろんビジネス書にはピンキリあると思います。

私は今でも上述の書のすごさはわからない。

自分感性と会わない主張まで受け入れようとは思いません。

ただ、どんなことでも、自分の頭で考えながら読み、何かしら行動して見ることによって

そこから何かしら価値あるものを得ることはできるような気がします。

2008-02-13

天下皆美の美たるを知るも、これ悪のみ。老子

天下皆美の美たるを知るも、これ悪のみ


世の中の人は皆、美しいものは美しいと思っているが、

これが間違いのもとである

善いことは善いと思っているが、

これが不善のもとである

美とか善という価値は、絶対的物差しではなく、

ものごとの一面を現しているに過ぎない。

有るものは無いものから生まれ、

無いものは有るものから生まれている。

長いものと短いものが、互いを明らかにしあい

上にいるものと下にいるものが、互いを位置付けあい

楽器の音と人の肉声が、互いに調和あい

前と後ろにいるものが、互いを位置付けあうように、

自分にない本性によって、自分の本性は支えられている。

無為の境地に身を置き、ことばを超越した教えを実行するだけである

万物自分の働きで生成しても、一言も語らず、

生成したものを、自分のものとせず、

りっぱな仕事をしても、それによりかかからない。

聖人は、手柄を立てても、その地位にとどまろうとはしない。

から離れようとしないのである


老子


「すべては主観である。」モニモス

http://anond.hatelabo.jp/20140304005924

2007-12-26

正直な話、高学歴というものをはかりかねている。

俺は有識層の人達には、社会にどれほどの貢献度を

与えてくれるのか、ということを期待しているのだけれど

学歴社会に入ってから(バブル後の終身雇用制度以降の

学歴に重点を置いた雇用制度)果たして社会貢献度という

ものは増えている傾向にあるのだろうか?


おそらく学歴、というものの本質には偉人の流れを

組み込むというものがあるように思っている。

世に言う偉人達は、さまざまな啓蒙すべき思想規範

生活水準をあげる発明などをつくりあげ、

文明という既得権益を増してきた。

これは学歴社会になる前の出来事のほうが多い。

学歴社会は完成してからまだ50年も経たない

歴史のない文化だからだ。

キリスト老子孟子シェイクスピアゲーテ

エジソンフォード。後世に、歴史書にのるほどの

人物たちは、学歴社会とは関係のないところから生まれてきた

人物だ。

そのような人物を大量に生産するというものを

学歴社会思想規範部分からは解釈できると思っている。


だが、今の時代に後世に名を残せるほどの偉業を達成している

人物は、高学歴から出ているのだろうか。

これは、未確定な推測ではあるけれどおそらくは今後このような

偉人学歴社会からは出てこない。

これはなにも、偉人が出てこないから高学歴を批難してるのではなくて

学歴=一定の知識をもつことと偉人思想には

今の教育では接点がないのではないか

というものをとても心配しているのだ。

今は学歴がなければ・・・というように

学歴人生の必要物なので需要人数約1億人はあるのだ。


今後学歴社会というものの歴史が崩壊することはなく

おそらく1000年は続くものと思う。(人類全体の思想の完成がするまで)

学歴社会にはもう偉人思想はなく、

それが1000年続くことを想像すると

きっとどこかで、日本に一度恐慌が起きるか日本を含む

戦争がおきたとき、再び学歴という思想規範から

やり直すことになるんじゃないかなっていうこと。


こういう事態が起こる前から対処できればいいことなのだろうけど

それはきっと無理なこと。おきてからでないと人間は行動できない

から、今は肩身せまく人は人との距離をはかりかねながら生きる

しかない。俺超親友欲しい。


今、価値観の自由化がおきたために日本人はどこを目指して生きるのか、

という反証期間にある。

できれば俺の生きているうちに、一度思想危機を迎えて日本再生するさまを

みてみたいものだ。


スポーツ歴史はおそらく今はのぼりざかだから

偉人が次々と生まれている。イチローやらなんやら。

もしも全世界野球団体がアメリカの強さとならんだら

そこから一歩ぬきんでて偉人となれる力は、今の人類にはないだろうけどね。


というわけで、そういったものを創作にくみこんでさー

えらそうなこといえる立場になりたいので、来年は行動の年にします。

今ね、俺がながそっかなって考えてる格言は


哲学のないところに学習は無い

とか

精神とは、個人の考え方の体系のことである

とかはやらしたい、切実に。

2007-12-01

「何を持って人格者たる資格とするか」についての回答

http://anond.hatelabo.jp/20071201140522

を読んで。


面接すればある程度は分かる。と言う人もいるかもしれないけれども、

実はその人が人格者かどうかについては、何か大きな出来事がその人の身に起こらないとよく分からない部分がある。


老子は、「忠臣というのが注目されるのはその主君が暗愚であるときで、仁や義というものが注目されるのは世の中が乱れているときだ」というような意味のこと(調べていないので文章は正確ではない)を言っていたと思う。


大石内蔵助が「忠臣」として名を残しているのは、主君である浅野内匠頭があのような形で切腹したのを仇討ちしたからであり、近藤勇土方歳三が「義士」として名を残しているのは、徳川慶喜があのような形で大政奉還を行い、新政府軍の恨みが会津藩新選組に向けられることになっても、最後まで「義」を通して戦ったからだ。ということが言える。


歴史に名を残した人が全て人格者だったということではないし、名も無き市井の一人物として過ごした人が、優れた人格者だったということもある。


しかしそこまで大きな出来事ではなくても、その人の言動を見ることによってどれくらいの人格の持ち主かということはおのずから量ることができると思う。


ここから先は私見になるけれども、


1.自分がお金を払う立場になった場合に、店員のことを見下すような言動をとる

2.公共の場・公共の物をわざと散らかしたり、無駄遣いするような行動を取る

3.約束を特に納得できるような理由もなくドタキャンをすることを特に悪いことであるようには思っていない

のどれか一つに当てはまるような場合は、その人には人格に大きな問題を抱えていることが多い。


書いていて少し頭の中身が整理されてきた。


テーブルマナーで、ゲストが手を洗うためのボールの水をうっかり飲んでしまった場合には、自分もそのボールの水を飲むべきだ。というものがあったように記憶している。


人格者」というものは、周囲の人間またはその人の人生を後から眺めた人間が、深く感銘したり快い気分になるような言動をとるような人物ではないか。と思う。

でも、一見「人格者」のように見えているけれども家族の誰かや特定の人物を苛め通していたという場合もあるから、簡単には判断がつかない。

2007-08-08

Re: 暗いと不平をいうよりも、すすんで明かりをつけましょう

ググるググるググる

まずはアムネスティをみるも良くわからん。英語に出来ん。早々に退散。

http://www.google.co.jp/search?q=amnesty経由で、Amnestyへ。やっぱり良くわからん。

とりあえず、英語の言い回しを探すため、http://www.google.co.jp/search?q=amnesty+candleへ行くも、意外にノイズが多くて困る。

続いて、http://www.google.co.jp/search?q=amnesty+candle+chineseでようやく、'Better light a candle than curse the darkness.'と言う記述を発見する。

http://www.google.co.jp/search?q=Better+light+a+candle+than+curse+the+darknessで、ようやくそれらしい処まで到着。

正しくは"It's better to light a candle than curse the darkness."らしいね。英語としてはIt's better to light a candle than curse the darknessとか、It's better to light a candle than curse the darkness@Everything2.comBetter to light one candle than to curse the dark...: Information from Answers.comらへんで、アメリカ政治家Adlai_Stevensonが、1962年ルーズベルト大統領夫人の事を讃えるセリフとしていったって事らしい。

あと、より原語に近いシンプルな言い方として"Don't curse the darkness - light a candle."があると。なのでhttp://www.google.co.jp/search?q=%22Don%27t+curse+the+darkness+-+light+a+candle.%22を見るとDecember 10 - Wikiquoteの中ほどで議論が。孔子とか言ってる。

っと。英語はその辺にして中国語へ行こう。Chinese Characters for better to light the candle than curse the darkness -- learning Chinese画像なのでコピペ出来ず。とりあえず、http://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%8E%E5%85%B6+%E9%BB%92%E6%9A%97+%E4%B8%8D%E5%A6%82%E7%84%B6%E8%B5%B7とかするも良くわからず。http://www.google.co.jp/search?q=%22%E4%B8%8D%E5%A6%82%E7%84%B6%E8%B5%B7%22でちょい来た感じ。http://www.google.co.jp/search?q=%E4%B8%8E%E5%85%B6%E8%AF%85%E5%92%92%E9%BB%91%E6%9A%97+%E4%B8%8D%E5%A6%82%E7%84%B6%E8%B5%B7%E8%9C%A1%E7%83%9Bでようやくって処か。http://www.google.co.jp/search?q=%22%E4%B8%8E%E5%85%B6%E8%AF%85%E5%92%92%E9%BB%91%E6%9A%97%22とかすると、おやおやhttp://www.google.co.jp/search?q=%22%E4%B8%8E%E5%85%B6%E8%AF%85%E5%92%92%E9%BB%91%E6%9A%97%EF%BC%8C%E4%B8%8D%E5%A6%82%E7%82%B9%E4%BA%AE%E8%9C%A1%E7%83%9B%E3%80%82%22が正解かも知れない。

つーことで、とりあえず中国語としては「与其??咒??暗,不如点亮蜡??。」とおもわれ。

言い出しっぺは良くわからない。孔子老子かその辺か。なんておもっていたら、安娜??路易????斯特朗 (Anna Louise Strong)って言ってる人を発見。どうなんだか。

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おっと、中文だめなのね。それにgoogleタイトルを入れるとリンク消えちゃうのね。だめだめじゃん。

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