はてなキーワード: 楽器とは
でもこれよりもっと上手くなりたいならとか、このままだとこれ以上うまくなることは出来ないって先生から親に打診が入る。
ロードバイクも知識がない人の方がほとんどで、ママチャリで良いでしょと却下されたりしたら顧問から親に話があったりすると思う。
でもこれよりもっと上手くなりたいならとか、このままだとこれ以上うまくなることは出来ないって先生から親に打診が入る。
ロードバイクも知識がない人の方がほとんどで、ママチャリで良いでしょと却下されたりしたら顧問から親に話があったりすると思う。
自分は吹奏楽もやってたけど、高校以上は楽器を購入しない家庭には顧問から買ってくださいって話はあった。
そういうことを経てアップライトの購入に至る。
グランドピアノは楽器自体が高いのもあるけど、それを置けるような家に住んでいないと所有すらできないからね。ある程度の経済レベルが必要。まあ、普通は六畳くらいのピアノ部屋にぎゅうぎゅうに入れてるのが庶民なんだけどw そういう部屋があるというだけでもひとつの経済的制約だからね。
そもそも、Adoの音楽、プレゼンテーションに無理はないのか、という問題です。
まず、曲。大ヒットした「唱」をひとつとっても、一曲の中でいくつもの急展開があり、そこに多くの楽器、効果音が使われ、細かなフレーズが入り組んでいる。ヘッドフォンで聴いたとしても、一度で全てを追いきれないほどの情報量がある楽曲です。
これを大きな会場、しかも屋外で再現することを考えると、かなり厳しいと言わざるを得ません。
そこで、やむを得ない音質の乏しさを補うために、ステージの演出やAdo自身のレア感が重要になってくるわけですが、ここで新たな問題が出てきます。顔や姿を出さず、シルエットだけのキャラクターに、どれだけ没入できるかという問題です。
たとえば、テイラー・スウィフトやビヨンセのライブを観に行って、最高級の音質を楽しみたいという人は稀でしょう。(なかにはうるさ型のマニアもいるかもしれませんが)やはり、彼女たちが発するオーラを体感したい、観客にそう感じさせるのがアーティストでありスターなのですね。
https://news.yahoo.co.jp/articles/c0adbf265d08ee3192799af71d93dd6db67c2ac7?page=2
彼氏でも顔出しNG、なのーん?
芸術作品には、そのメディア特有の表現を駆使し、他のメディアでは再現できないような唯一無二の体験を観客や鑑賞者に提供することを目指したものがあります。このような作品は、そのメディアの可能性を最大限に引き出し、芸術としての価値を高めるでしょう。
例えば、絵画であればキャンバスや画材の特性を活かした表現、彫刻であれば素材や造形の特徴を活かした表現、音楽であれば楽器や作曲技法を駆使した表現など、それぞれにしかできない表現があります。このような作品は、そのメディアの特徴を深く理解し、表現の可能性を追求した芸術家によって生み出されます。
一方、商業的に成功を収める作品には、メディアミックスがしやすいという特徴があります。メディアミックスとは、一つの作品や物語を複数のメディアで展開することです。例えば、小説が映画化や漫画化され、さらにゲームやアニメなど様々な形で展開されることがあります。
このような作品は、元となる物語やキャラクターの魅力を幅広いメディアで伝えることができ、より多くのファンを獲得することができます。また、複数のメディアで展開することで、それぞれのメディアの特徴を活かした表現を楽しむこともできます。
芸術作品において、そのメディア特有の表現を追求することは重要です。絵画、彫刻、音楽など、それぞれにしかできない表現を極めることで、芸術としての価値が高まります。一方、商業的な成功を目指す作品では、メディアミックスがしやすいことが重要となります。小説や映画などを複数のメディアで展開することで、より多くのファンを獲得することができます。
このように、芸術作品と商業的作品は、それぞれに異なる価値観や目的を持っています。そのため、良い芸術作品と売れる作品は、決定的に異なるものとなってしまうのです。
最初に断っておくと、これは個人的なリアリティラインと制作側の演出のリアリティラインが合ってない、結果として「嫌なら見るな」でしかない話。ちょっと期待してた分のガッカリした気持ちを吐き出したいだけだ。
ガールズバンドクライは、何らかの問題を抱えた少女たちが出会いバンド活動を通じて自己実現していく系の作品だろうと思って視聴し始めた。まあそこは実際どうだかはおいといて
といったことからも、バンドにまつわる描写にはとくに本腰入れてリアリティ出そうとしてるんだと思った。音楽周り中心に周辺事情はちゃんと描くからこそ、ぶっ飛んだキャラ設定などのフィクションならではの部分に対して嘘くささを忘れられてドラマ性が高まる、そういうもんだと思ってる。
が、実際には1〜2話では逆の、とくにバンド関連の嘘が、演出だとしてもひどい印象だった。
なんかこの辺、要らん嘘って感じで、ストーリー展開のための嘘にしか思えず、演出だとしても筋が悪いように感じられて、視聴のノイズでしかなかった。
1話で仁菜のギターの扱いが酷いのは単にど素人だから別にいい。仕方ない。「他人の」「楽器」ってだけで大事に扱う常識的な感覚、を持ち合わせていないキャラで構わない。あと1話は、仁菜の住む予定の部屋の隣、そんなアパートに小さな子いる家族で住む?みたいのも気になったがあり得なくはない。2話での、壊れたシーリングライトをスイッチもブレーカーも落とさず着けるシーンは危ないのでやめて欲しいが、そこが無知なのは仕方ないというか全然有り得る。ちょっとした家電の知識すらない大人も現実にいる。そういうのよりスマホリテラシーの偏りの方が不自然に思える。ストーリー都合過ぎる感じがとてもした。
3、4話ではノイズになる嘘が減ってきた。3話の歩いてない鳩の首リズムも嘘だが、ストーリー展開が絡まないギャグ演出みたいなもんなのでそこは許せる。
冒頭にも書いたけど結局は個人のリアリティラインと作品のリアリティラインがズレてるだけの話。気にならない人には気にならない。
こういうこと書くとダブルスタンダードっぽいが、例えばバンド活動を主軸に扱った作品でも、以下のようなものはフィクションとして気にならない。
少なくともガールズバンドクライという作品で描きたいであろうテーマからすれば、上記に挙げたようなところはフィクションで構わないと思える。まあチートというか。例えば「バンドって金かかるし貧乏生活になるよね、そこをどうあがいて脱していくかを描きたい」ってんなら話は別だけど。なんか「いないパートの楽器の音が鳴る」のはチートじゃなくて、シンプルに嘘なんだよね。
花田作品は結構、ストーリー都合の「付かない方が世界観の品質維持できてよかったろうにという嘘」が多い印象はある。でも全部が全部自分に合わないわけじゃなくて、監督やどの辺に監修入ってるかとか、何題材にしてるか(→見る側のリテラシー変わってきてリアリティラインも変わる)などで結構変わる。
ありましたよね、あちこちピンピンとがった形状で、派手な色使いの。
あ、シャーベルとジャクソンって今フェンダー傘下なんですよ、知ってましたか?
あのタイプのメタルギター、ひと頃すっかり姿を消していましたが、《あの頃の興奮を取り戻したい》おとっつぁんたちからの熱い需要があったのかなかったのか、少しずつ各メーカーのラインナップに戻って来つつあります。
2000年代はさすがに「ないわー」な感じでしたが、今見るとほどよく《ダサシブ》の境地に入りつつありますね。
60~70年代のストラトやレスポールのように、80年代風ダサギターもいい感じに伝統と郷愁の香りに身にまといつつあるのかもしれません。
それはそうと、そういうギターって店頭を探してもなかなか見つからないんですよね。
ショッピングモールにテナントで入っているようなオールジャンル全年齢向け楽器店では、当たり障りのない(したがって魅力もない)ギターがおとなしく並んでいるだけ。冷やかしでも手に取ろうという気になれません。
そこで、ECサイトを少し眺めてみました。
今どきの楽器屋さんは店頭展示品もECサイトに同時出品していたりするので、実店舗名で出品されているギターを探せばよいのです。
すると面白いことがわかりました。
関東圏で80年代テイストの新品ダサギターを店頭在庫しているお店はほとんどありません。
面白い傾向だなあ。
楽器屋で試奏して冷やかしする
めちゃわかる。
自分は4浪して東京藝大入って、絵の先生とかもやった(大学入試共通テスト/センター試験を5回受けたので、ガチの4浪)。
「絵が上手いですね」って言われることもあるし、「どうやって上手くなったんですか?」「生まれた時から才能ある人は違いますね」とか色々言われてきたけど、絵のうまさについて言及されるときに、まず最初に言うことがある。
「楽器や運動と同じで、小学校に通うくらいの年月、朝から晩まで毎日ひたすら鍛錬しました」「4浪してる間、受験をサポートしてくれた両親に感謝しています」
相手が子供だろうが、必ず「鍛錬」とかそれに類するワードを使う。「絵を描いてた」だと趣味的なイメージしかできない人がいて、「努力していた」のが伝わらないから。
仲が良かった後輩が先に藝大に受かってしまった日に、死ぬほど悔しくてそれまで描いたデッサンを全て破り捨てた日の話とかもする。
「ずるい」って言うタイプの人は、そこで「鍛錬…!?才能じゃないの…?」って思うのか、単に青春を鍛錬に捧げた狂人が目の前にいると思うのか黙る。
子供が美大志望の親御さんは、才能が不要であることに安堵したり、逆に覚悟が決まるっぽい(流石に少子化のこのご時世に4浪は稀だとも伝えるよ)。
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思えば、音楽や体育の授業と違って、小中学校では具体的な技術を教えるわけでもなく、なんとなく巨匠の絵にふれつつ「のびのび絵を描こう」みたいな雰囲気に終始する。
そのせいなのか、美術だけは「生まれ持った才能」みたいな神話があるのかな、と漠然と思うことがある。
スポーツ選手や演奏家みたいに日々の鍛錬が肝要だし、めちゃくちゃ上手くなるためには血の滲む努力が必要なのは一緒なんだけどね。
あ、蛇足だけど、絵を教えてたこともあって非常に稀に「才能がある」子にもたまに遭遇します。
ただ、そういう子は、とてもピンポイントで使いどころが限定的なPERKを、生来のものとして持ってるってイメージ。例えば「目の前のものの色だけは、正確に捉えられる」とか「目の前のものの輪郭だけは、画面上に正確にコピーできる」とか。
結局そういう「絵の才能がある」子たちだって、他の要素はまるっきり素人なので、絵が上手くなるためには鍛錬が必要なんだよね〜。
ゲームと同じで、漠然と「なんかすごくつよい」みたいなPERKがないのと一緒。「絵が上手い」みたいなPERKは存在しない。
(自分は生まれる時に、絵に関連するPERKを一つも選択しなかったらしく、ひたすら努力で全てをカバーした)
ともあれ、両親には今も本当に感謝してるし、当時頑張った自分にも感謝してる。あそこで努力を怠って合格しなかったら、全然違う人生歩んでただろうな。今はあんなに努力できないや。
本人いわく刊行前に炎上し、刊行後も批判ばかりで正当な評価がされていないという、みの『にほんのうた:音曲と楽器と芸能にまつわる邦楽通史』。「議論のきっかけに」「集合知を歴史観につなげたい」と言いながら誰が何を言っても「村社会」「リンチ的」としか言わないのは正直どうなのかと思う。絡むのと晒し上げられてめんどくさいし下手をすると訴訟とか言い出しそうだから匿名で自分が気になったことを書いといてあげよう。
これは複数人から指摘されている「どこが地の文でどこが参考文献の主張なのかわからない」問題と同じだが、歴史の設定や「音曲」というワードなど、この本の全体をつらぬく視点と前半の記述に既視感しかない。上積みやひねりがあるのかと思ったら、ない。これには何も言いようがない。「数百冊」音楽書を読んだのなら、先行する言説をどう扱うかくらい身につくと思うのだが、それもまったくない。自分では十分に言及しているつもりなのだろうが、複数の人から複数回同じようなことを言われているということは文章として失敗しているということです。
どこの世界でも誰かになにかを教えてもらうときには礼儀も対価も発生する。「有識者の今後のご活躍を待つ状況です」じゃなくて、自分が聞き手になるなり、間違えていてもいいからたたき台を作るべき。だれも「ぼくはみなさんの成果物だけかすめとります!」と宣言されたらいい気分はしない。
リスナーには毎度コメント欄で褒めちぎられ、レコード会社にはSNS向けのちょうどいいインタビュアーとして使われ、DJイベントに呼んでくれる老人からは若いのに頑張ってると褒められていると妙な勘違いをしてしまうのはわかるが、もうすこし謙虚になったらどうなんだろう。わざわざ見に来ている自分のリスナーが知らないだけで、世の中の人の知識量を舐めないほうがいい。すでに知っている情報に人は興味を持たない。あなたより若くて物知りで頑張っているライターもミュージシャンもたくさんいる(YouTuberにいるかは知らない)。
この本を出して、参考文献にあげた人たちから一切言及されていないということが何を意味しているのかもう一度考えるべきでは。
揶揄しているようなコミュニティは残念なことに存在していない。そもそも儲かっていないから利権の取り合いもない(一部御用ライターのようなものもいるにはいるが、そういう賢い人はSNSをやっていない)。だからといってこれまでの批判を貧乏人からのやっかみや人気者への嫉妬のように感じているのだとしたら、性格が歪んでいるので直したほうがいい。硬直化した、一般の人を置き去りにした議論に風穴を開ける!という構図に魅力を感じるのはかまわないが、現状認識が幼稚すぎる。これは『土偶を読む』と似ている。しかしそもそも数百冊の音楽書を読んでいるのならこういう考えに至らないと思うのだが…
ついにしびれを切らして「定員20人時間2時間」という議論の場を設けたようだが(これに来ないのなら口を出すなというような姿勢も見えるが)、この設定では誰一人として十分に話ができない。議論やシンポジウムというものをしたことがない、見たことがないのだろうか。結局ファンミーティングになるのが目に見えているし、そりゃ誰も来ないでしょ。本当に議論したいなら自分から頼んで声をかけましょう。
結局のところ「日本すごい」が言いたい本なのだと思うが、そこに大半の人が乗れていないように見える。ジャンルが外国から規定されることへ嫌悪感があるのだとしたら、その意識自体が現在の音楽をとりまく状況や、あなた自身の偏った認識を示唆しているように思う。そこを客観的に見れないなら「歴史」を書くのは無理。筋が悪すぎて箸にも棒にもかからない。『日本国紀』じゃん。本人は枝葉末節を批判されていると勘違いしているようだが(枝葉末節にこだわってる人もいるが)、根本が厳しい本だと思う。だから批判するのにもコストがかかるし、結果的に無視をするようなかたちになっている、ということくらいはわかってほしい。
しかしもともと雑誌や本に書かれていた評価評論ランキングをそのまま垂れ流す動画を作っていて、どうしてこんな本を書いてみようと思ったのでしょう。なにかコンプレックスがあるようにも思えないし(あるの?)、出版社に焚きつけられたのだとしたらちょっとかわいそう。実際のところ、自分でもあんまりよくなかったんじゃないかと思い始めているでしょう?
がんばってとは思わないけれど、恥ずかしいことはしないほうがいいよ。もう少し本を読んでからがいいと思う。数百冊は読んだそうだからたぶんあと3冊くらい読めばいいんじゃないかな。
んで今日久しぶりに行ってみたら歩きにくい
三輪車で遊んだりするもんだから道を歩く度に何かにぶつかりそうになる。人生かよ
川は川で魚釣りしてるやつとか川で遊んでるやつとか色々いるけど流されそうで不安になるぐらい
自由に遊んでるし、草原には肩を組んでイチャイチャするアベックもいて「ああ数年経ったらコイツらもガキ連れて公園来るんだな」って
子供同士で仲良く遊んでたわ。案外喧嘩とか無いけれど結構危ない利用法はしてた。
ちなみに健康遊具もあるけどベンチとしか思われてない。こんなんで近所からうるせぇ!とか苦情来ないんかと思うが、楽器吹いてもOKだし
ある程度容姿がいいもんで、漫画で見る様なブサイクは誰も子連れで来ないわ。二人とか三人とか連れてくる夫婦はまあパパの方かママの方かどちらかが美人 イケメンでな
おらんが、平日ならおるで
土日は全くいない
とにかく今どきにしては子供多すぎるし
女を濡らすのも社会的に信頼されるのも高身長男の低音なんだよなあ
──ビジネスシーンにおいて好まれる声や、「頼りになる」と思われやすい声の傾向はありますか?
よく言われるのは、低くて落ち着いた声ですね。デューク大学とカリフォルニア大学がかつて行った調査では、企業においてCEOの声が低ければ低いほど年収が高く、会社規模も大きく、より長い間トップの座を守れる傾向がある、という結果が出たことが話題になりました。
たしかに、「甲高い声は不安になる」という方は多いと思います。甲高い音には高い周波数が含まれているのですが、高い周波数の音を聞くと、脳の本能領域でストレス物質が生まれます。それが続くと、私たちはなんだか落ち着かないな、嫌だな、と無意識に感じてしまうんです。
逆に、低い周波数帯を多く含む声は人の精神を落ち着かせ、リラックスさせることがわかっています。もちろん高い声が悪いというわけではありません。ある程度高さのある明るい声は、人を元気づけたり覚醒させたりする効果も持っています。
たとえば、身長が高い人は比較的声帯が長く、低い人は比較的声帯が短いのですが、声帯が長い人ほど声は低くなる傾向があります。楽器でいうと、コントラバスのほうがバイオリンよりも音域が低いのと同じですね。ですから、地声を聞くと、その人の大体の身長や顔の骨格がわかります。
人前で発表するときなど,過緊張(あがり症)で声の震えや,楽器の演奏がうまくできないことがあります。抗不安薬ではパフォーマンスが落ちるので過緊張の原因となる交感神経を抑えるβ遮断薬(プロプラノロールなど)を使うのは効果的でしょうか。
臨床場面では,人前で発表するときなどの過緊張(あがり症)に対してβ遮断薬が使用されていることがあると思われます。
(中略)
残念ながら社交不安症に対するβ遮断薬のエビデンスは乏しいのが現状です。
【回答者】
https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=13169
社交不安症であれば、まずはメンタルクリニックでエビデンスに基づいた治療を受けるべきで、オンライン診療でエビデンスに基づかない薬物療法を行うのはお勧めしない。
アラフォーなんだけどコロナ前辺りから、邦楽の新譜を全然聞かなくなったのに気づいて今年はじめからサブスクでガンガン聞いて楽しかったのでここに残しとく。
だいたい2020前後から直近の曲までビビッと来たものの感想と昔の曲を添えて。あ、下記は全部自分が好きになった曲になります。リピ確定な。
・mabataki / Vaundy
むぉしきみぃぐあー、好き。テンポを早くしたCreep(レディオヘッド)。コード進行もほぼ同じ(厳密だと3小節目がsus4)。
Vaundyの別曲、踊り子って曲も同じような進行。ばらの花(くるり)感があるのはストリングス8分刻みのスタッカートのせいかもかも。
サビ4小節目の転調すばらしい(0:56あたり)。大サビ(2:39あたり)のメロがきれいに一旦終了してカタルシス。
AメロのGlitch Hopリズムや雰囲気はCloser / Lemaitreをめっちゃ意識してると思う!(当たって!)
ヒゲダンのコード進行のキレイさってKANっぽくて整理されてて文句言えない隙がない。ヒゲダンの息子だったら生きにくいよな。
・The Diamond Four / ももいろクローバーZ
ももクロはココ☆ナツと走れが好きなんだけど、このラップも好き。
ファンキートラックはリップスライムのFUNKASTICを思い出す。
・the Moment / Ryohu(呂布カルマではない)
Harfby味あるゴスペルサンプリングをベーシックにしたトラックに何言ってるかわかんねえけどカッコいいラップ曲。
増田がゴスペル好きだったので。appleのCMに使われてた思われるんだわ。
アコギのリズム・ギターとタム回しがきもちい。Aメロ終わりのコードD♭が予定調和崩壊のキモ。
声質はとにかく今旬の量産型だけど女の子の歌がYUIの歌をR&B風にした感じと男女で歌ってるのが好き。
・DOGLAND / PEOPLE1
サビで爆発&マリリン・マンソン(デスメタ)ぽいダーク感。ぬーさん(king gnu)風味もある。
ヴィジュアル系追っかけゴスバンギャに大人気!(おらバチボコしたんぞダウナー系女子に大人気!)
こういう三連符メロ&リズムは今の主流だと思うけど、水戸黄門テーマソング「あゝ人生に涙あり」のタンタタタタン、
コード進行がD♭M7 →EM7 →B♭m/E♭ この3コードだけ(アウトロは変わる)なのでシンプル。
アウトロはサンダーキャットぽい動くベースがキモい、いや気持ちいい。この質感は音楽のモンクレールや!
Youtubeでよく聞くLo-fi hip hopサウンドを表現しつつ自らのファン層に「やっぱりおしゃれなんです、僕」をちゃんと伝えてて好き。
こういう打ち込みはDJ Mitsu the beats(gagle)が心地いいので良かったらぜひ。
声質のせいか星野源の歌ってメロディーが聞こえにくい曲が多いんだけどこれはよく聞こえる。そうそう、喜劇はまさに星野源やないかーい。
・ただ君に晴れ / ヨルシカ
令和夜シリーズ(YOASOBI ずとまよ)の一角ヨルシカ。ゆるく歪ませたサウンドとペンタトニック地獄、最近には珍しくギターソロがある、うまい。
ギターヒーローはまだ死んでなかった。良かった、太陽がまた輝くとき 矢を射るよ。
サビ4小節目のディミニッシュコードがオサレ&エモでキュン死。ジャケもムチムチ死。
1サビ終わり(1:10~)からギターでいとしのレイラ/クラプトンを弾いている。私より先に弾くとわ気に食わないけど愛しい。
・踊 / ado
最近の曲、"唄"はいいんだけど"踊"より大衆に迎合した感があってウルトラソウル透。
どどどど(1:43)が好き。
トラックはダブステップ〜ラテン〜しゅわしゅわハウス〜みたいに飽きのこないアレンジ。
・ビビデバ / 星街すいせい
Vの事は何も知らんがadoライクの唄&音。PVも面白い。トラックの中でずっと117時報が鳴ってて□□□の00:00:00を思い出した。
ひとつだけ残念なのはトラックがプロいので完成されていて予定調和なところ。でもPVがかわいい♡からまあいいか!ってなる。
・グッドな音楽を / ねぐせ。
シンプルなバンドサウンド。ほんと何も考えなく聞ける。あ、ウルフルズ!それな。
1回聞けば覚えるサビメロが好き。
・およげ!たいやきくん / MONO NO AWARE
「たいやきの尻尾を集めてCome togetherで煮込みました。ね、面白いでしょ?」感がすごく、ウザ過ぎて好き。
・dasu . Hikage no onna / Otoboke Beaver
・あふれる / tricot
イントロからポップなんて大嫌いっ!感あふれる三和音sus2コードのギターリフというかカッティングが印象的。
今っぽくない透明抜けするボーカルが心地良い。
ハイパーポップの代名詞(でいいよね)。サビはDubstepからの派生。Bメロからのリズムがサビで半分になって
アホほど気持ちいシンセアルペジオとトゥントゥン降りてくるタムもからまって、
・Still in my heart / PSYQUI ぷにぷに電気
これもハイパーポップ(だと思う)。このあたりのぶつ切り感(1:30)とかおもいっきりテレビですわ。
・OPENING / KMNVERS
二人のラップバランスが好き。ラップの言葉の置きどころがHALCARI風で今っぽくはないがそこがいい。
トラックがドラム、ベース、SE、ブラスサンプルぐらいなのでシンプル。そのせいか声が聞きやすいぜよお疲れSUMMER。
・WurtS / Talking Box
「こんな夜中に卓球でもしてんのかお前」みたいな速さで、ゆるふわピッチベンド全開シンセが気持ちいいイントロ。
イントロのフレーズ待ち構成がこの曲のカタルシス。サビで倍速リズムになればどの曲も大抵楽しい。
歌は何言ってるかわかんねえけど…山嵐の未体験ゾーンも何言ってるかわかんなかったわ。何言ってるかわかんねえくらいでいいんだわ。
・New Jeans / New Jeans
ほんと2STEPガラージHOUSE。2000年くらいにM-floもよくこのリズムを取り入れててcome againのサビなんか2STEP。
K-POPって生バンドサウンド文化が少ないから打ち込み文化なんだろね。クラブサウンドを昇華させて耳障り良くするのがうまいよね。
2024は2STEPの流行くるかなー過去二回失敗してるからこねえだろなー。
・Away With Me / Tomggg, raychel jay
テイ・トウワっぽくもありPOPうううううう。渋谷を思い出す。この雰囲気は悪いこと起きない
・救われ升 / ポップしなないで
月曜AM4:00くらいに小便で起きまして。中年の中途覚醒まっしぐらですわっはっは!
そんでもって変な曲だなとおもったらサビの歌詞が良くて、ああいいなあなんて思いながらまた寝ちまったんです。
で朝起きたら私、透明になってたんですね。。もとい、この曲ベースが無いから粋で好き。
・エナジー風呂 / U-zhaan, 坂本龍一, 環ROY, 鎮座Dopeness
教授のenergy flowをベーシックに、U-zhaanのタブラとラップがうまく融合した作品。
とにかくラップがいい。1:23~からの"たぶん"と"ざぶーん"の応酬がもうきもちいい。
むかしリゲインのCMに使われてたと思うんだけどあの頃はリラックスとかブームだったねえ。
”禅問答なのかこれは”と意識させられそうなディアンジェロもほっこりシンプルなイントロ。こういうの好きマジ大トロ。
寝起きで歌ってんかおまえ的な声はBONNIE PINK好きならマストバイ。さよならバイバイ、元気でいてね
・あわいに / TOMOO
「畠山美由紀のような声を持った聖女は転生して歌手になる!」みたいな曲。
アレンジは、ほぼ恋 / 星野源なので安心して聞ける。フルートや他の管楽器も聞こえてほっこりするね。
大好きな人はいると思うけど、まじ嫌いな人を作らなそうな声と歌詞。Presentっていう曲もよかたよ。
■総評
最近の曲の歌は言いたいことが多く、説明も多い。本当に多い。(←まじ老害)
これはSNSや映像コンテンツの歌詞文字の影響なのか。また、一曲の長さが2分台はザラ。時間節約でまじタイパ。
コード感ていうのはマッキー「どんなときも」でいうとイントロからシンセピアノが鳴るんだけど、よく聞くとAメロやサビでもずっと鳴ってて曲を通して和音がわかりやすく全体を支えてる感じ。
あと楽器は歌の裏でクリーントーンのエレキが一人で遊んでたりベースがうねってる。ジュディマリみたいにやんちゃ。
そうそう、ベースの音量大きいよね。リズムも。DTMやダンスの影響かな。
あれかな、2000年くらいに管楽器ブームがあってエゴラッピンとかスカパラとかWhat's Loveとか流行ったけど(あの時は椎名林檎すらエゴラッピンに寄せてたよね)あんな流れと似てる。
いうても実は響けユーフォニアムの影響なんですけどね。3期もたのしみ。
さいごに、、、歳をかさねても新しい文化にちゃんと浸れるのはうれしい!たのしい!大好き!