はてなキーワード: 標準化とは
惜しいけど近い。
業界のものだけど、元々絵文字は携帯が日本で先行して出来た事で、出来た部分もあった(だから海外でもEmojiと言う)んだけど、その後、iPhoneを日本で売るにあたり、孫氏の意向でそのカルチャーを標準化してiPhoneに入れるように当時、交渉があったのよ。でそれを飲んだアップルがそのままそれを世界向けにだした (ザックリ言うと)という流れ。
だからiPhoneには日本でしか使わないような絵文字(弁当とかおにぎりとか)が世界中のどこで買ったiPhoneでも搭載されていて、そのことは海外でも充分指摘されていて、もっとアップルパイの絵文字入れろとか、ミートパイ入れろとか、黒人のアイコンのパターン増やせとか色々言われている絵文字の標準化の話にも繋がる所になってる。
これに関するネタは、自分も以前、アタマの体操したことがある。
http://d.hatena.ne.jp/itarumurayama/20140617
http://anond.hatelabo.jp/20140425093519
http://d.hatena.ne.jp/itarumurayama/20130430
職場の同僚に、仕事の段取りを進める段になると「そもそも標準化ガー」「元々の仕組みガー」と正論で文句つけるばかりで、何も決めない・全然動かない奴がいる。
すぐにそういう反論を思いつく辺り、頭の回転だけは速いんだろうけど、現実性ゼロな上に白けるだけのそいつの言葉なんか誰も聞いてない。
しかもそんなことばかり言ってるせいか、業務で手をつける部分の詳細を、いつまで経ってもまともに理解できないでいる。
そんなだから、以前の現場ではドライに進める上司と衝突しまくりだったらしいし、別の心ある上司から「そんなことばかり言ってると嫌われちゃうよ?」と諭されてもイマイチ通じなかったと。
頭いいくせに、正論を吐くなんてサルでも出来ることにしか頭使っていないという、40目前で「ヤン・ウェンリーの出来損ない」みたいなおっさん、マジで面倒。
というか、頭の回転が速い奴って、上に書いたような頭いいけどKYで正論厨の役立たずか、その反対に、タスクの整理もできないまま混乱した状態で支離滅裂に物事を進めた挙句、尻拭いに周囲を巻き込むお荷物野郎の2タイプしかいない。
回転の速さを活かし、優れた思考力・行動力を両立させている奴なんて見たことない。
こういう、見どころはあるのにいい歳して半人前な奴らを、一人前にしていく方法はあるのだろうか。
そもそも標準、っていう言葉を考えればいい。
確かに物によっては「これが標準的な方法です」「これが標準的な値です」
と指定しているものも在る。
で、そういうものがすでに古くなっていたり、実際ユーザー側で使ってみたら違うものや方法がやりやすくて皆その違うものを使うようになった、
という場合が「デファクトスタンダード」だろう。
そういう、もともと「標準」というものがあって、それが現実とはそぐわない場合にわざわざ「デファクト」と付けるもの。
そういう例は確かにあるが、
「デファクトスタンダード」と嬉々として使ってる連中が使ってる場では
別に「規定の標準」みたいなものが存在しない、意味のないものしか無い。
最初の例では、別に何が標準化、なんて決まりは存在しない。皆がよく使っていればそれが標準といえるけど
デファクトでもなんでもない。
で、実際、「デファクトスタンダード」っていう言葉について、「スタンダード」くらいはさすがに分かるかもしれないけど
で、なんとなく、「標準」的な事はわかるから、
そのうち「デファクト」自体が「標準」みたいな意味を持つように勘違いして、
最終的に、ただただ「標準」って言いたいときに「デファクトだ」とか言い出すバカが多い、っていう話。
そういうことだったんだけど、理解できないかな。。。
卒業研究に入るまでトーケーガクとはまったく接点がなかったことは、オレがボンクラなせいなのか大学教育パッケージの不備なのか。
なんじゃこの棒グラフについてる変な細い棒は…。
いまから思えば大変浅学なことであるが、当時のオレはそれがなんなのかまったく知らなかった。
標準誤差ってなんだ。標準偏差ってなんだ。っていうか、この変な細い棒が標準偏差のときと標準誤差のときがあるのはどういう基準でそうなってるんだ。
統計の本は一冊入門書を読んでもあまり分からない。書いてあるのは日本語なのだが、通読しても狐につままれる気持ちになるだけで一向に腑に落ちぬ。
確率変数ってなんなのだ。確率分布ってなんなのだ。正規分布? 標準化?
そういう初歩的なところから亀の如き歩みで読み進めていっても論文にはまだまだ謎の単語が出てくる。
t検定? 分散分析? 非線形フィッティング? 最尤法? ブートストラップ法? エトセトラエトセトラ…
全くわからないままオレはほぼ独学で(研究に必要なだけは)理解してきた。
いま、オレはそういう当時のオレと同じ気持(であろう)奴らを相手にしている。
市場の内外と、組織の大小で4分割するフレームワークは概ねあってると思う。
ヒト・モノ・カネの3大リソースはIT化のおかげでますます国をまたがった移動が低コストになっていて、
そうすると大きな資本で集中投資できる大きな組織が、大きな市場で勝負するのが最も効率的で合理的ということになる。
アップル、アマゾン、グーグルのIT御三家は言うに及ばず、ウォルマート、コストコ、日本ならイオンなどの流通業、GAP、ZARA、日本ならユニクロなどのファストファッション、マクドナルド、スタバなどのファストフード、話題の外食チェーン、グローバル展開したりしなかったりしている銀行、保険、証券の金融サービスなど、多くの業種で「大きな組織、大きな市場」モデルによる市場の寡占化が進んでる。
もともと、エネルギー(石油メジャー)、自動車(日米独仏の各国数社)、原発(東芝、日立、三菱)をはじめとする重電分野(米GEが代表例)など参入障壁が高い業種では、「大きな組織、大きな市場」モデルによる寡占的な市場が形成されやすかったが、近年のIT化によって、消費財や消費者向けサービスを提供する上に挙げたような業種でも「大きな組織、大きな市場」モデルが適用できるようになったと見ることもできる。
このように考えると、ひとりの個人として身を立てる、あるいは中小企業やベンチャーが生き残るには夢も希望もない社会のようにも感じられるけれども、俺は必ずしも捨てたもんじゃないとも思ってる。
どういうことかというと、大手資本が「大きな組織、大きな市場」で効率的な市場環境を整えてくれたおかげで、逆説的ではあるが「小さな組織、小さな市場」モデルの個人やスタートアップが活躍できる余地が広がってるんじゃないかということだ。
効率的な市場環境ってなにかというと、例えば決済。国際間の決済が個人レベルでも簡単にできるようになった。
流通もしかり。これは物理的に大きく重いものはまだ敷居が高いけどね。
広告。Googleなどのおかげで世界中に安価かつ瞬時に広告を出せる。
販売。猪木じゃないが「ネットがあればなんでもできる」。そして英語ができれば(かつ物理的に大きく重いものでなければ)世界市場を相手に販売できる。
製造。これはさすがに工芸品のようなものでなければ個人でどうこうするのは難しい。ただしはてな民に馴染みのあるところで言うとenchantMOONが可能性を示したように一介のベンチャーが工業製品を作るのは、規格の標準化や安価な海外リソースの存在もあり、やはり敷居は下がっている。3Dプリンタもここの部分の効率化に大きく寄与しそうだよね。
資金調達:これも可能性は広がっている。上述したようにスタートアップの敷居が思いっきり下がっている現状では競争倍率がハンパないが、ダメなビジネスは資金調達できないという意味ではここも効率化されていると考えることもできる。あとWebサービス系のスタートアップならばプロトタイプ作るところまでは必要なのは人件費だけだから、そういう意味でも個人やスタートアップには恵まれた環境と言える。
こんな感じでビジネスの上流から下流まであまねく効率化、標準化、オープン化されつつあるのが今の世界で、そういうわけで、個人やスタートアップが活躍できる余地が広がっているというのが俺の考えだ。
立ち上げたビジネスは大手に売るか、大手が触手を伸ばさない程度にニッチな市場を狙うか、最高なのはTwitterやDropboxなどのように買収提案を蹴って独立の道を歩めるだけのブランド力あるいは特許をとって身を守りつつ自らが新たな「大手」プレーヤーになるか。
個人にいたっては別にビジネスを立ちあげなくたって能力と英語力さえあれば、国際間での雇用の流動化とクラウドソーシングの普及で、収入を得る方法は格段に広がっている。
逆に今後厳しい立場になると思われるのは、とくにこれと言って強みのない個人や、接待や御用聞きなどの人間関係だけで仕事をとっていた企業。
これまでならそういった企業でも「呼べばすぐ来てくれるから」とか「他に手頃な業者がいないから」ということで仕事にありつけていたのが、コミュニケーションコスト・移動コスト・情報コストの低下で、探せば他に同じ(あるいはもっと高い)バリューを安価にを提供してくれる業者にコンタクトしやすくなると、仕事を失う。
これは日本の製造業や小売業が過去20年でイヤというほど経験してきたことだからここであらためて書くまでもないけどね。
そんなわけで俺は今後数十年の競争社会というのは、増田が言うように大資本が中心にはなると思うけど、大資本以外にも十分にチャンスがある世界だと思ってる。
かくいう俺はフリーランスでやっててこの手の話っていうのはガチで人ごとじゃないので、意見にそういうバイアスがかかっているかもしれないことは断っておく。まあ正直なところ、ここに書いたようなことを自分に言い聞かせてないとやってられんという気持ちはあるな。
ただ同時に、こういうボーダレスな世界だからこそ、俺みたいな組織で生きられない社会不適合人間でも、独立という選択肢を持てて、それなりに家族を養うことができてることも事実なんだよ。まあ俺個人の話は余談でした。