はてなキーワード: 激しく同意とは
http://tabitora.hatenablog.com/entry/2017/08/27/091527
二児の父ですが、
最後に書いてある「5000兆円あげる」というのに激しく同意ですね。
将来の不安には、いくつか種類があって、今の若い人はその全てにおいて不安を感じているわけです。
というか、それどころじゃないというか。
子供生まれたら、住宅購入にしか使えないクーポンと、車にしか使えないクーポンを与えるくらいしないとインパクトないです。
というか、どっちも絶対に必要だし、そのローン返済がなくなるだけでも、相当助かる。
結局、いままで少子化対策を先送りにしてきたツケとして考えれば、これくらい当然だと思う。
いやほんと、これから40歳すぎてからの低賃金ってほんとキツイと思うよ。それと加速するだろうし。
住宅と車の初期費用がなくなれば、そのときまでに貯められる。人生設計が、今どきの設計できるようになる。
あと、さらに言えば能動的な安楽死も認めないと、ほんと医療費とか社会保障費とか増えるいっぽうで、その不安も拭えない。
http://bunshun.jp/articles/-/3859
平日の午前中の総合病院へ行ってごらん。ジジババだらけで、この国に希望が持てないの仕方ないと思うよ。
これ今見たんだけど、孫悟空がじいちゃんに拾われたシーンに酷似しすぎてるんだけど気のせい?
じいちゃんのキャラデザ同じじゃない?
https://www.youtube.com/watch?v=VB9Cxnftl2w
激しく同意が欲しいので貼っておく
http://anond.hatelabo.jp/20170613200342
自炊するのにかかる、買い物、献立、調理、片付けは、なんやかんやで小一時間かかる。三食全てとなって日にはもっとかかる人も多いはず。
多い人で7時間、
少ない人では1時間。
この中に、自炊にかかわる一時間をわざわざねじ込む価値があるかどうかというと、かなり微妙。
得るものとしては、簡単な料理スキルと、僅かに浮く食費、人によっては栄養バランスが良い食事。
しかし後ろの2つは、そもそもスキルがある程度ないと、効果的に得られない。
残業がほぼなく、ドアtoドアで通勤が20分未満、かつショートスリーパーが、身支度には時間がかからない人。
つまりは、ひとり暮らししていけるようなライフスタイルの方が、効果的かつ効率的に自炊生活を送るのは、比較的難しいことがわかる。
見た目が好みの人と付き合うと別れるのが難しい - 壁に向かってフルスイング: http://ecochiko2.hatenablog.com/entry/2014/06/29/101658
世の中で言われてるような「恋人は顔より正確で選ぶべき。長期的にはその方が幸せになれる。」というのをこれまで信じてきたしそうなろうとしてきたのだけど、
これまで付き合ってきた相手のことを思い出すとやっぱり、性格や趣味が合ってた彼女より見た目が好きだった方に未練が残っているし、
付き合うに至らずデートだけだった相手でも、見た目が好みの女性との方が楽しめている。
なんていうか、性格が合う相手ってすぐに自分との違いとか好きになれない所が目立ってしまって、倦怠期に入ったりちょっとトラブルがあった時にそれを乗り越えるだけの魅力を見つけにくい気がするんだ。
それに比べて、見た目が好きな相手なら、最初から趣味や性格の違いについては諦めてしまうから、嫌な所があってもそれが気にならないように上手く立ち回れるようになってしまう。ちょっと関係がこじれても、「あの娘をまた見たい」「またあの娘とやりたい」という思いが強くなって、関係改善へのモチベーションも湧いてくる。
性格・趣味の不一致は自分の行動次第である程度乗り切れるけど、見た目の好みはどう頑張っても乗り越えられないんだよ!!まじで!!!!
と、ここまで書きながら考えて気付いたのだけど、自分がこんなことを考え方になったのって、恋人以外の家族とか友人とか同僚とかの人間関係に恵まれているからなのかもしれない。周りに悪い人がいないから、性格の合う人を強く求めるわけでもないし、趣味が合う友人もそれなりにいる。そして何より、性格の合わない人たちをうまくやり過ごす処世術を身に着けてしまったからなのかもしれない。
http://anond.hatelabo.jp/20170204103326
ガチ無能からすると、この人は一社目がおかしかっただけで(そこで有能な人のほうが少ないだろうよ…)二社目でちゃんと進行管理として業務をこなし評価も得れたのなら、無能ではないのでは…と言いたい。コミュニケーションもできてたんだろうしな。
ブコメでもちょこちょことツッコミがあったけど、特に「仕事が合っていない人と、そもそも能力が足りない人を分けて考えないといけないのでは。」に激しく同意。
『この人は仕事が合っていなくて、変えたら良かった! いい仕事に出会えた運もあった!』という話しだと思うのだけど、ブコメの感じだとこの記事が大絶賛されててすごくもにょる……。
確かに努力してるし、耳障りいい話だとは思うんだけど…。それはそれだけの能力と運が合ったからでしょ。
(運を引き寄せるのも努力のたまものだとはおもうよ。だから増田も頑張ってるし素敵だなとは思う。思うんだけども…)
この増田の話を読んで、トピシュのこのエントリーで書かれている近い気持ちになった。
http://topisyu.hatenablog.com/entry/nikkei_dual_policy
『誰もマネできない方法を解決策としたりするのは、好ましいとは思いません。』
この増田は「不満を言うのは甘えているなどと自己責任論を展開」しているわけではないけれど、ガチ無能勢からするとこの増田が言ってる『大丈夫。無能な人間はいない。無能にされてしまう場があるだけだから。』という言葉は救いに聞こえてこないし、「そういうことじゃないんだよ…」という気持ちになってしまうんだ。
そもそもの悩み・持っているものが違う感じがすごくするんだよ。
先日「仕事ができない社会人って案外キツいんだよっていう話 」に対して自分がトラバした「http://anond.hatelabo.jp/20170203223816」に対して、自分と同じように「仕事できない」ことに対して共感してくれるブコメがついて、とてもうれしく思ってる。
その人達にはこの気持ち、わかってもらえるような気がしてるんだけど…。
転職をしていくのも方法の一つだとは思うんだけど、それをメインで考えるのではなく転職の前にできることを知ったり試したりしていきたいんだ。
(さらに、自分が書いた文章にも言及してnenesan0102さんがブログを書いてくれた。
http://nenesan0102.hatenablog.com/entry/2017/02/04/110054
すごくありがたい。
暇なので
コメントに反論してみる。日本って本当に息苦しいわ - ドイツ発 雨宮の迷走ニュース
「自分の意見を言うと嫌われる」という主張に「伝え方が悪いから嫌われているだけでは」と指摘が入り、それに「相手がどう思うかなんて知ったこっちゃねーよw」と。
相手がどう感じるかなんて、わかるわけがないよね、他人なんだから。
伝え方とかにこだわってるから話が進まない。
言い方が悪くとも言った意見については吟味すべきだよね。
「相手がどう思うか」なんて考えてたってしょうがないんだって。
たぶん雨宮さんが本来言いたいのは、「異論を唱えることが、相手に対する個人的な攻撃のように捉えられる日本の風潮あかんよね」ということで、私自身もそれには激しく同意します。
で、「伝え方の問題では」とか指摘している人は、「日本では意見を言ったら嫌われた!日本のこういうとこだめ!」と言っているのを見て「いやいやwあなたの場合は言い方の問題のほうが大きいのでは?」と雨宮さん自身の問題を指摘しているわけ。「別に日本の風潮はおかしくないよ!」とは言ってません。相手の主張を言葉通り受け取らず、勝手に「裏にある真意」を読み取って怒り出す、とても古典的日本人という感じがします。
議論好きのドイツ人だって喧嘩腰にならないように気を配っているし、「I'm not offending you.」とか小刻みにはさんで、ちゃんと相手の感情に配慮しながら意見をぶつけ合ってますよ。
もちろん「喧嘩腰」と受け取られる振る舞いは文化によって違うので適応することは必要。日本では真顔だと喧嘩腰と受け取られないから柔らかめの表情と物腰で、逆にドイツでニヤニヤしてるとバカにしているように受け取られるので努めて真面目な顔とトーンで、という具合に。
それぞれの文化に適応するのが苦手です、というだけの話なのに、相手の気持ちなんか考えたってしょうがない、という頓珍漢な反論をしてるのでややこしくなる。
こういうコメントが来ていると。
筆者の方は「もっと人の意見に耳をかして、ちゃんと話し合って、いろんな生き方を認めてほしい。」とおっしゃっています。
でも、自分は人の意見に耳をかさないし、話し合おうともしていない、いろんな生き方を認めていない
『もっと人の意見に耳をかして、ちゃんと話し合って、いろんな生き方を認めてほしい。』
→あと、自分が矛盾していることには気が付かないのですね。
他者を受け入れる寛容か、あるいはキャパシティがあまりないようです。
貴女は他者を認めましたか?
そのとおりですね。
全記事読んでからコメントしろ! とかって言う気はありませんが、わたしの考え方をまったく理解せずに、1記事読んだだけで他人の人格を否定する人間はすごいですね。
そもそも個人的なこと(日本のこの風潮が「私には」合わなかった)を書いている記事である以上、ツッコミも彼女自身に対するものになって当然です。それを人格否定と捉えるとは、まさしく彼女が馴染めなかったと言っている日本的感性そのものです。
で、彼女はどうやら「皆さんはどう思いますか?」という文言さえ置いておけば(賛同も反論も批判も含め)他人の意見に耳を貸していることになると思っているそう。
実は http://anond.hatelabo.jp/20160930081102 を書いた者ですが、「批判おつかれさま!」と捨て台詞じみたコメントを得ただけで、指摘に耳を貸す気はなさそう。
しっかり反論しろとメンドクサイ要求をするつもりもないし彼女も応じるつもりないでしょうが、それでいて「批判おつかれさま!」と捨て台詞のように言うのは「意見を否定されると勝手に人格否定と捉え、まともに反論せず逃げる」という、駄目な日本人そのものです。正直「ダッッッッサwwwwww」という感じです。
彼女の言いたいことはよく分かるし、そうだねって思うことも結構あるんだけど、脳みそ空っぽな人や単に持ち上げ合いたいだけのブロガー仲間のアゲツイートだけRTして「みんなに賛同される私」を演じるんじゃなくて、批判に対して感情的にならず論理的に反論するなりなんなりしてみたらどうでしょう?
何にせよPV稼ぎ大変そうだなあという印象。頑張ってください。