「騒音」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 騒音とは

2022-12-07

anond:20221207160756

騒音トラブル議論はそういう感じで計測ありきにしてほしいわ

anond:20221207155140

WHO環境騒音ガイドライン等で騒音による健康リスクは示されていて

都市生活環境の保全などに関する条例などで騒音規制基準が設けられてる

第一種低層住宅専用地域とかだと50db くらいで

騒音計で子供公園で遊ぶ音を計測して条例基準値以上なら

長野なんて人よりリンゴが多いイメージしかない

騒音問題になるほど、人おるん?


・深志高校信大コピペ

松本長野市は仲が悪い

anond:20221207141631

無理。そもそも騒音の他にあっちが一方的に何の付き合いも無いうちの方に向かって「しね」「バカ」気持ち悪い」と叫んでいるので相手はしたくない。

警察より保健所に連絡した方がいい案件だと思っている。

anond:20221207150909

2.ドイツじゃ子供の声は法律騒音ではないと規定してる。


具体的になんという法律ですか?

ドイツ語のソースありますか?

anond:20221207134244

保育園の歌い声笑い声、追いかけっこの騒音は7to19(月~土)です。

長保育もあるからね。高音域だから近所にも響く

地方野球場保育園を併設するべき

駐車場もあり広いグラウンドもあり騒音配慮した位置に作られているはずだから

anond:20221207142003

走り回る云々は公園で遊んでるという状況だからなあ

あの件も一応あくま騒音問題だとされてたし

anond:20221207130520

送迎車100台はどうしようもないけどな

この手の話って実際は騒音より交通問題の方が迷惑かけてるよ

保育園なんかも送迎時間になると近隣道路が大渋滞住民がその間自分の車出せない、とかね

拡張でもしない限り解決しないし、子供がかわいそう!問題に持っていけないのでスルーされるだけで

anond:20221206210542

ネットで見る限り、増田がいう所の「子供を盾にする親」が集団個人リンチしてるようにしか見えないんだよねあの件。

何十人もの子供に対して拡声器だの送迎車100台路駐だのボール投げ込む植栽踏み荒らすボール禁止しても従わないだのと言った

子盾親側が世間から庇って貰えなさそうな案件は隠して「子供の声を騒音と言ってる」一点だけ強調してネット集団リンチ

そういう風潮の方が怖いわ。

そもそも子供ボール禁止の所でボール遊びしてたから叱られた」案件を「キチガイクレーマーがうちの子危害を!」と受け取る時点で頭おかしくない?

ボール禁止つってるんだから子供叱ってボール取り上げろよと。

そもそも普通住宅地の道に100台路駐ってのもそれが当たり前になってる時点でどんな地域だよ。それが当たり前と思ってる親が100人いるって事だよな。

元々住民民度が低すぎる上に話がこじれすぎてて元増田が言うところの戦争状態なんだろうなあ。

子供嫌いは現状お気持ちクレーマー

子持ち側にとって話はめちゃくちゃシンプルなんですけど、他人のやることに強制力を働かせたいならお気持ちじゃなくて根拠となる法令やらルール、つまり基準をもってこいって話なんですよね。例えばベビーカーの利用に関しても公共交通機関は大抵ベビーカーの利用をルール化していて、折りたたまずに乗れることになってるんですよね(元増田は乗ること自体は良いといっているが、トラブルにあう例は未だにある)。スタバだって公に子連れ歓迎していて子供用のドリンクも用意されてるのに、なんで子連れスタバを選ぶんだとかネットで言われている。基本的に世の中の基準子供、子持ちに対して優しい方向に変わってきているのに、世の中の流れについていけないクレーマーお気持ち嫌がらせしてるっていう現状をまずは正しく認識したほうが良いんじゃないの?

その上でクレームを入れる人について「キチガイがまた『大したことでもないこと』でクレームを入れてきた」とは思わないし子供の声がストレスな人にとっては辛いんだろうけど、子供の声が騒音規制法の対象になってない以上はお気持ちしかないわけで、クレームを受けた側の対応としても可能範囲対応長野県の例で言えば、入口遊具場所を変更、植樹)にしかならないのは当たり前だよね。自動車騒音に関して騒音一定限度を超えるのであれば規制対象になり得るが、1車線に面している場合に65dBが基準なのでアイドリング音程度では厳しく、こちらも可能範囲対応利用者へのお願い)にしかなり得ないだろう。

元増田の主張は「元々個人個人正義権利)の戦いであってそこに絶対的善悪はなかったのに、子供を盾にすることで善悪関係がうまれしまった」的なことなんだろうけど、そもそもクレーマー側の主張が世間基準を超えるお気持ちベースのお願いでしかなく、子持ちや行政側にとってはお願いに対応すればするほど本来定められている基準よりもクレーマー側が有利になっていくっていう前提条件を意図的にか馬鹿から気づいてないのかはわからないけれども無視してますよね。

もちろん基準あくま基準なのでトラブルを避ける目的でも実態に合わせて配慮することはよくある(電車は出来るだけ混雑時を避ける、子供の多そうな店舗を選ぶ、奇声などを上げ始めたら諫める)けど、別にそれって人に強制されてやることではないし、少なくとも現状の社会一定範囲騒音については各人の努力で許容することを前提に成り立っているのでそこに対してお気持ちクレーム入れるならもう立法やらの方向で、子供騒音法規制しようみたいな運動をされたほうが筋が良いんじゃないですか?賛同を得られるとは思わないですけど。

anond:20221206210542

anond:20221206210542

戸建で隣の40歳近い子供騒音に困ってる。相手にして欲しいようなので、対策は取らないでシカトしてる。

anond:20221206212335

騒音を訴えた人って大学名誉教授らしいから多分家は広いだろうしね

ほんと関係ない

anond:20221206210542

大阪在住だけど、近所の公園騒音のせいで、あれもこれも禁止になってて、

今は平和な犬の散歩場と化してる。

2022-12-06

anond:20221204072126

騒音問題とかって関係ない人が無責任に煽るんだよね

騒音?知るかよ!被害者我慢しろって

数十人の子供の金切り声と大人の怒鳴り声聞かされる身にもなれよって思う

お前らは知らんかもしれんけど騒音問題の近隣トラブル戦争なんだよ

追記: 1日経ってスマートフォンで読み直してみたら非常に読みにくい文章(1文1文が長く、文脈を掴みにくい)になっていたため、可能ならPCで読んでもらえるとありがたいです。また、節もつけて多少読みやすしました。文章自体は改めていません。簡単趣旨を要約すると「騒音問題での近隣トラブル戦争になることもあり、それは自分が直面する可能性もある(※騒音問題トラブルが必ず戦争になるというわけではない)」です。

長野市遊園地問題で近隣トラブルになっていて、どうやらじいさんがクレーマーだとして叩かれているらしい。

自分長野市住民でもなんでもないが、昔の激怒していた自分を思い出して体中が震えだしてしまったのでここに吐露して発散していく。長野市の件については、その裏にある事情は知らないので、自分はそれが良いとも悪いとも見当もつかないが、外野が好き勝手に述べてじいさんを罵倒したり「クソ自治体」みたいな発言をしているのがとにかく気に食わないのでここで色々と述べていこうと思う。また、自分はじいさんの擁護者ではない。

NIMBYと、子どものことを考えろ主義について

まず子どもが集う施設というのは、NIMBY(我が家の裏には御免)というカテゴリに属する施設である。これは誰がなんと言おうが、子どもが集う施設というのはもうそういうものであるNIMBYとは、社会全体には利益を与えるが、その近隣住民には損害を与える施設のことだ。こういうものはたくさんある。基本的には「社会全体のためにお前が我慢しろ」という施設になっている。また、補償がないことも多い。子どもが集う施設に関する補償特になにもない。「子どもの声」を「損害」扱いという部分で怒りを抑えられなくなる人もいるだろうが、いったんそういう考え方の人がいると思って飲み込んでほしい。「騒ぐ子どもの声量は大きい」と「大きい音に耐えられない人もいる」という2点については、誰しもそれぞれ同意できるはずであり、「世の中には、騒ぐ子どもの声量に耐えられない人もいて、そういう人は損害だと感じていそうだ」というふうに、客観的視点で読み進めてほしい。実際そういう人は存在している。

話がややそれてしまったが、なぜ騒音問題子どもがつくと大きなトラブルになるかというと、「子どものためにお前が我慢するべきだ」という強制が働くからだ。こういう考え方を「子どものことを考えろ主義」といい、詭弁一種である

子どもを抜きで考えた場合騒音問題は「騒音に悩まされて可哀想に」という話から始まる。ここでは明らかに騒音我慢するべきだ!」というようなことは言えないだろう。しかしそこに子どもが入った途端、「子どものためだからね。めでたしめでたし」という概念で上書きされる。しかし、騒音問題自体はなくならない。「騒音問題の話はどこに消えた?」である

子どもは当然守られるべき存在だが、「子どものことを考えろ主義」をその親が使ってくると非常に厄介である簡単に例えよう。

あなた限定品が欲しくて、あるお店でその限定品のために並んでいたとする。あなた限定品を無事手に入れることができたが、その後ろに並んでいた親が急に「それはうちの子どもが手にするべきものだ」「お前が大人のくせに限定品を得ようとしたために、子どもはひどい目に遭う。子ども可哀想だ。全部お前のせいだ」と強硬に主張してくる状態のようなものである。(あくまで例えであって、騒音問題と同等の主張であると言いたいわけではない)

別の例で例えると、ベビーカー子どもを載せて電車に乗る行為問題ないが、ベビーカーを振り回して席取りをしようとしている親だったり、「ベビーカーを持っているのでそこに座らせてもらっていいですか?」というように尋ね、断ると「子どもがいるんですけど……非常識ですね……」と言ってくるような、子どもを使って権利を主張してくる大人たちがいるということだ。彼ら彼女らは「我々は少子化に対抗する戦士であり、それに抵抗する存在邪悪である」という信念を持っている。

子どもとの戦いではなく、子どもを盾にする親との戦いであることについて

こういう行動を起こす人々は「子持ちの人」というカテゴリで括られるべき存在ではない。彼らは容易に「子持ち全体に対する挑戦をされた」というように論理をすげ替えようとする。そして「子どもがいるのに酷い」「こうやって少子化が広がっていくんだ」という論理を使っていく。ミサンドリストフェミニストと名乗るようなものである普段は人を攻撃するが、都合が悪いと子供を盾にして自らを守り被害者になろうとするという、文字通り子どもを盾にするのである。彼らにとっては、子どもとは、自分利益をもたらす便利なツール・グッズ・免罪符しかない。

誤って解釈してほしくないが、子どもは大切なものである。「子ども排除せよ」と言っているわけではない。容易に論理を捻じ曲げられるので注意しなければならない。小さい子どもに罪などは一切ない。子どもではなく、その親と戦っているのだ。

そして、実は「子どもの出す騒音」それ自体は、それほど大きな問題ではない。子ども騒音は確かに問題であって長期間続けば耐えられなくなりノイローゼになりかねないという状態になり、たいへんきついものだ。ただし、事をより大きくするのはそれに対する適切な対応が全くなされないことにある。『「子どもが出している騒音」にクレームを出すクレーマー vs (可哀想子ども+それを守る善良な大人たち)』という構図そのものが、騒音を出している側のロジックによる考え方であり、これがこの構造のまま大衆化されると、非常にテキトーな扱いになる。「子ども騒音に端を発する問題」という形で、その周辺の問題も含めて、すべての問題の焦点が「子ども」になっていく。しかし、子どもが悪いわけではない。子どもが悪いわけではないというのは、何度でも言っておく。その親が悪いのだ。ここは間違えてほしくない。本当に簡単すり替えてくるからだ。

実際の問題は、子どもの出す騒音について「なんら対策をしない」「対策をしようともしない」「それを指摘する側に問題があり『異常』だと周りに噂を流す」だったり、わざと嫌がらせをするだったりである長野市で言えば多くの車の長時間アイドリングや、盆栽の踏み荒らしなども発生していたらしい。こうなってくると、もはや子ども騒音というのは問題ではなく、大人 vs 大人の、れっきとした権力闘争の構図であると思う。(※注意: 長野市問題については自分意見を持たず、どちらの側にも立たない。じーさん側に問題がないとは言っていないし、子ども可哀想であるのはそのとおりだと思う)

子どもを盾にする人側のロジックでは、「キチガイがまた『大したことでもないこと』でクレームを入れてきた」という観念を抱えているため、対話不可能であるそもそも最初は当然対話をしようとしている。(また、クレーマー側でも意味不明クレームを入れている場合も多くあるはずであり、自分は常にクレーマー擁護したいわけでもない)

子どもを育ててるだけなのに、クレームを入れてきて迷惑だ」vs「ふつう暮らしているだけなのに、騒音解決しようともせず、当然のように我慢を強いてきて迷惑だ」という状態になってしまうと大変面倒なことになる。どちらも正義だと思っている。これは戦争である

近隣トラブルでの対応の非常な困難さと、想像以上のストレスの大きさについて

これについて、刑事でも民事でも事件化はできず、自治体警察も非常に難しい対応を迫られる。「対応」とはいうが、実質何もできないのである。ただ「犯罪がないかどうか」「合法かどうか」しか見れないのだ。よって、合法下での自力救済しかない。法はあなたを守ってくれはしない。誰もあなたを守ってくれはしない。あなた自身の力か、金の力しかない。日本では、騒音問題は「それは運が悪かったですね。我慢してください。それが法ですから」ということになっている。社会とはそういうものだ。

「そんなところを選んだお前が悪い」「引っ越せ」という、思慮に欠けた意見散見される。当然そういう場合もあるだろう。ただし、こういうのは事前にわかものではないし、引っ越すには尋常ではないお金がかかる。持ち家であれば尚更で、下手すると数千万単位で金が変わってくる。つまり人生の中でもかなりの上位に上がってくる最強最悪のトラブルである。嫌いなやつのためだけに数千万円は普通は払えない。数千万円は言い過ぎかもしれないが、ただ引っ越すだけでも、引っ越しというものは50万円だったり100万円かかるものだ。月に2万ずつ貯めていたとしよう。4年の努力を捧げることになる。嫌いなやつのために。普通我慢ならないだろう。

そして、トラブル悪化すると、人生で最も嫌いな存在自分のすぐ近くに住んでいるという状態になる。「考えないようにする」ということができなくなる。騒音存在をすぐに思い出し、精神が持っていかれる。「殺す」か「殺さない」か、そういう考え方が頭にのぼってくる。これはジョークや笑い事ではない。精神が奥深くまでやられる。絶えず戦闘モードになる。戦時下という気持ちだ。あとはもうやるかやられるかだ。どちらも異常になる。人はいとも簡単に狂う。自分だけではない。相手が『「自分が死んでくれればいい」と思っている』と思うようになる。

死ね!!!!」と絶えず言い合っているのに離れられない関係というのは、歪んだ親子か、近隣住民以外には人生においてそれほどない。会社なら簡単ではなくても辞められる。家は簡単には辞められないのだ。

もし少子化対策のためというならば、社会全体でなんとかしなければいけない。「ミクロ個人単位我慢解決すべき」という結論は誤っている。それは子育てする側からみてもそうであると思う。ここでは、「子育て側の方が悪」のように見えてしま論理展開をしているが、子育てしている親は窮屈な思いを抱えているはずであり、れっきとした社会問題であると捉えるべきだと思う。しかし、現実的には、社会はそう簡単に変われるものではないため、個々で見れば自衛するしかない。

無関係立ち位置の人でも、可能ならば心に留めておいてほしいこと

「近隣トラブル戦争」というのが理解できない人や、「結局子育てする側が我慢しろってこと?」という理解になってしまう人は、せめて平和に家で暮らすことができているという幸運を噛みしめるべきであり、自分の子もの周りでそういった話を聞かないという場合は、人知れずして我慢している人がいるのかもしれないことを知っておくべきだと思う。「静寂」「平和」は贅沢品である。いい人は、同じ目にあっても「まあ子どもからしょうがないですよ」「いやいや!子どもは騒ぐのが仕事ですよ」と言えるのだろう。それはたいへん立派なことだと思う。ただしそれは余裕があっての論理や、他人事であるからそう言えるだけであることを忘れてはいけないし、強制できるものではない。全員が聖人君子になれるわけではない。

これはアンモラルがどうのとかそういう話ではない。あなたもそうなればわかるかもしれない。

ただ、そうなってから気付いても遅いのだ。「そんなところを選んだお前が悪い」のだから

そして残念ながら、今の社会解決できるほどの余力はない。ただ「そんなところを選んだお前が悪い」のだ。

ももしそうなったとしたら、自分あなたと同じように苦しんだことを覚えておいてほしい。身の周りの誰もがあなた理解してくれなかったとしても、世界にはそういうことをわかってくれる人はたくさんいることを覚えておいてほしい。それだけで心の荒みはやや緩和されるだろう。

ただこの話は、伝えたい人には伝わらない話でもあると思う。この話を見て「自分自分の子どもが他人にそんな思いをさせてるかもしれない……大丈夫かな」とすぐに心を痛めた人に心を痛めてほしいわけではない。そういう人たちには、ただ「子育てを頑張ってください」とだけ伝えたい。この話は「はあ?身勝手。黙ってろ。うるせえな」と、気にもとめない「子盾の親」たちに伝えたい話である。伝わらないだろうけど。

まり、運が悪ければ、そういう人と戦争することになる、ということだ。そしてそういう人たちもまた、「我々」戦争することになる。

まあこれが2022年日本だということ。少子化は仕方ない。

2022-12-04

anond:20221204011811

もうQOLはかなり下がってしまっている。

騒音があること以外はかなり良い物件なのでなんとか解決たかったんだけど、そうだよなあ無いよなあ…

マンション騒音で困っている

マンションの上階の騒音毎日困っている。

毎日深夜になるとドカドカと床を叩くような音がし始め、ガシャンガシャンとお前ロボットかよと言いたくなるような音を出されている。

管理会社に何度か連絡したけど、その時間は寝てるとかいないとか言って嘘をついて全く取り合わない。管理会社も酷いようなら警察に言ってくださいしか言わない。

実のところ前住んでたところも上階の騒音が酷くて今のところに引っ越して来たんだよね。そっちは他の部屋からも苦情が出て警察も何度か来たけど改善されず、諦めて自分引っ越した。マンション口コミサイト見ると他の部屋の騒音が酷いって書き込みがあったから今でもやってんだと思う。

そんな状況で引っ越して来たのにまたかよって話でもうウンザリなんだわ。

どうしたら良いんだろうね。

管理会社に連絡してから逆に酷くなって来ているので頭のおかしい奴なんじゃないかと思っていて、警察呼んでまた逆ギレで酷くなってもなあと思ってまだ警察は呼んでいない。

一度荷物が間違って配達されて来たことがあって、それで上階の住人の本名は知っていて、女だと言うこともわかっている。それを悪用するつもりは無いが。

前も女だったんだよなあ。頭のおかしい女マジで勘弁して欲しい。

騒音がする時に何度か外見に行って部屋の電気確認しているので、騒音元が上階であることもまず間違いない。

また引っ越すしか無いんかね。

2022-12-03

anond:20221203222943

絶対にあったであろうそういう問題は軽く触れるだけで基本無視して

子供の声を騒音と言う老害」と決めつける構図でしか描かないんだよな、ああいうの

そういう問題を持ち出すと子持ち側が不利になるの分かってるからなのかなあ?

公園だとそれ以外でも別の迷惑ゴミ捨てる奴とか)被る人もいただろうなあと

anond:20221203213426

つーか道狭い普通住宅地に遠くから車で来て路駐する奴続出する公園作ったって時点で嫌がられるの当たり前じゃなかろうか…

恐らく路駐などの交通問題本丸なのに、子供の声を騒音とするクレーマーガーって言い出すのも前もどっかで見たわ

住宅地保育園建設計画反対運動起こって頓挫して子供の声ガー報道されたけど

実際はクソ狭い道なのに保育園駐車場も作らず親の車での送迎禁止もせずってのが問題視された原因ってやつ

子供はうるさいのが当然

から集めすぎてはいけない。

私の住んでいるところでは、集団登校しているけど、10いるかどうかなら元気でよろしい可愛らしいもんである

しかし年に何回か行われる集団下校ともなると、これはもう音の行進・暴力といっても過言ではない。仮に毎日だったら100%引っ越ししてる。

さな迷惑お互い様で済ませられることでも、小さな迷惑を一か所に集めると、それは大きな迷惑になる。

子供由来の迷惑から100%セーフ、アウトなのではない。規模・頻度の問題だという当然の話である

そして、その集められた迷惑被害を受ける人間は、極々一部に限られる。

騒音迷惑なんていうのは、隣か一軒挟むかで天地の差が出てくる。

近所の人はセーフだから隣の人が過敏なだけ、なんてカマトトぶるのも大概にしろってなもんである

から集めすぎてはいけない。本来は隣近所、知り合いの知り合いで収まるぐらいの規模を分散させるべきなのだ

それを経済合理性だかなんだかで、辺り一帯集めるから、そりゃ隣に住んでる人間は耐えられない人も出てくる。

集めるなら、隣では耐えられない人が出てくることは見据えたうえで、緩衝となる土地分考えて集めるべきである

保障出して土地収用でもすればよろしい。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん