はてなキーワード: 記憶障害とは
ADHDがドーパミンとノルアドレナリンの不足で起きるように、増田いう名もなき無能も何かしらのタンパク質の発現の異常なり何なりで脳内がうまくいってないから起きてるんだ
ただ医学的にケース報告されてないだけ
別に発達じゃなくとも、病的なまでの(日常生活に支障をきたすレベルの)短期記憶の弱さがあるならそれを理由に病院行ってもいいと思うがな
医者によっては「どうにも出来ないのであきらめましょう」と言うかもしれないが。
もうちょいセカオピしてみたらどうだろうか。
あと最近発達界隈で流行ってるらしいが、ビタミンB12欠乏で短期記憶障害っぽくなるらしいから気休めにサプリをとってみてもいいかもしれない。
忙しくてゲームで遊べないのヘソ曲げるし、てか23時過ぎたらもう寝るモードだからゲームできねえって何度も言ってるのに過ぎてから誘ってくるし、それでいてなぜか昼間にゲームやってるのにその時は誘わないし意味不明。昼間誘えよ。てか「今遊ぶぞ」じゃなくて「何曜日の何時ごろ遊ぼうぜ」とか予定立てろ。
ぶっちゃけ、そんなんだと孤立するで。愛嬌というか、もういいトシなんだから物わかりというものを弁えろと。説教してあげたいんだが、機嫌が悪いときに説教してもなおさら聞かないだろうしなあ。てか機嫌がいいときに話したことも全然覚えてないし、その普段から話していることなのに忘れてるために何度も逆ギレされてるんだが。記憶障害なのかな。同じ学校を出た人間とは思えないほどワイよりも極端に頭が悪い。僭越ながら自分はそこそこ地頭がいい自覚があり、やはりそうなのかなあと相対的に。能力というものは下を見ても上を見ても果てしなく広がってるけど。
弱者界隈に明るくない人向けに解説すると、世間一般のイメージする弱者像は「品行方正で貧しい」、いかにも助けがいのありそうな人格だが、実際の弱者というのは「頭が弱くてガラが悪い」。助けがいがない。「助けられたければもっと愛嬌よくしろ。お前みてーなクズは助けてやんねー。税金使わせねー」と思われてしまう。だからこそ孤立する。知り合いや世間からの草の根の福祉、援助、説教、教育的指導、手を差し伸べてもらいにくくなるからだ。だからこそどんどん弱者になっていく。持たざる者はますます持てなくなる。性格に難ありでも若い女であれば世話してもらえるが、男はそれもない。「助けがいがない。お前なんか助けてやんねー」などと人々から思われてしまいやすい人こそが、真に助けを必要としていることを意味している。しかし助けられにくい。「こんなやつを」と認知に逆行してしまうから。
お言葉ですがこの話を理解すること自体にも一定以上のオツムを必要として必要としてしまうので、多くの人には理解されにくい。
閑話休題。
そのー。別の知り合いが某新興宗教に入ってて。会うの怖いと話してるんだが、当の本人もオカルトな話題をちょくちょく投げてくるんだ。まあ類友だねーと思ってしまう(ブーメランか?)。やれ地震予知だの、反ワクチンのような話題だの。目が笑って月刊ムーをネタと楽しんでいるオカルトエンジョイ勢の類ではなく、目をひん剥いてガンギマリのオカルトガチ勢(お察し)を感じるんですよね、私の予感が正しければ。
だから、彼はこのままだと新興宗教か電波まっしぐらだろうなーと。狂っていくのかなー。彼に対して学生時代のよしみで手を差し伸べるのはやぶさかではないが、どこまで自分のリソースを捻出できるだろうか。でも話しぶりを聞いていると自分なんかよりも交友関係が広いので大丈夫なんかな心配せんでも。よくわからんけど、めんどくせー女ムーブをするのは俺に対してだけなのか?それ以外の相手にはお行儀よくしているのだろうか。あんなめんどくさいムーブされたら短気な人はキレたり即絶縁したりすると思うし交友は続かないと思うんだが。
俺が母親の胎内にいた頃から父親のDVが始まって、物心ついた時には既に母親を殺しかねない程DVがエスカレートしてた
母親は気絶するまで殴られたり水を張った風呂桶に窒息しかけるまで顔を突っ込まれたりしていた
俺はその一部始終をこの目で見てきた
小学校の途中で揉めに揉めた末に逃げるよう離婚が成立し、そこからは母子家庭になった
不幸中の幸いで俺自身はたまに蹴飛ばされる程度で大した被害は受けなかったが、幼児の頃からDVを目の当たりに育ったので心身ともに悪影響は受けている気がしている
俺は10代後半になって周囲との違和と生活の困難とを訴えて精神科を受診した
俺より8歳年長の兄貴は定型発達だし、親族には父親含めて発達障害らしき人が認められないので、もしかすると俺の発達障害(様の異常)というのは発達期に受けた面前DVが脳の発育に影響を及ぼした結果なのではないかという素朴な疑問を持っているというわけだ(以前に面前DVが小児の脳に与える悪影響に関する記事を読んだことから湧いた単純な発想)
これは本題から脱線してるので置いておくが、最近になって母親と当時の話をする機会があり、あれこれと訊ねている内に俺の記憶と母親の記憶が殆ど食い違っていることが発覚した
正確には改竄と呼ぶべきなのかもしれないが、事実と全く食い違っていること、それから俺自身の心象とを加味して喪失とした
1つは困惑
俺が推測するに、陰惨な記憶を保持していることに精神が耐えられなくて、自己保全の為に無意識が半ば能動的に記憶を消却してしまったのではないか
俺自身も、上述した″蹴飛ばされる程度の被害″は受けているのだが、これは実は兄から聞いた話であり、俺自身は完全にその被害を喪失してしまっており、未だに実感もないのだ
もしくは母親の脳に健康上の異常が発生していて、記憶障害の様な症状が発生しているのではないか
そうであれば医者にかかるべきかと思うが、この記憶の食い違い以外で母親の記憶力に問題を感じたことがないので、恐らく違うのではないかと思っている
いずれにせよ俺はかなり困惑している
もう1つは憤慨
母親はDVの被害者ではあるが、同時に面前DVの加害者でもあるというのが俺の兼ねてからの持論であった
離婚して以来、俺は登校すると発話に困難が生じて黙りこくってしまう、場面かん黙症という異常をきたした
小学校高学年にもなると遺書を書き残したり(思い返す度に恥ずかしくなる)、自殺未遂を起こしたりといったメンヘラ入門的タスクも達成した
幸いにも死に切る勇気がなかった為に今の現在まで死に損なったままだが、俺は20代を迎えてなお少年時代の陰惨な記憶の影響下に生きている
それなのに、当の母親はすっかりそんなことは忘れてしまったと言うのだから、少しは腹も立つ😡
こんな犬も食わない様な話を出来る友人もいなければ支えてくれる彼くんもいないので仕方なく増田に書く
まさにそれだけ、他人に嫌な思いをさせて、無料で情報を得たいというひとにはさっさと教えて、おわりとおもったら、恩返しといわれて、まだ関わり合いになるんだとおもったのが、もう死にたいとおもった理由
結局 サマンサの財布もみあたらない へたに有名な財布を持った自分が悪い 無名のいつ取られても良い財布に1万円以内 それだけ
有名な財布をもった自分が悪い 本当に他人の財布に触るようなやつがいるなら 呪われろとはおもうけど
さむくないんですか?って 寒いよ
足をけがしていて くつしたが はけないから さむいけど しょうがない
たまに そういう人とすれちがう あぁ やっとギブス外れたんですねぇって そのぐらい
チェーンを付ける
それをしなかった 自分が悪い
だからサマンサキングズへのお願いは 意識障害があって、たまに記憶が曖昧な人ももつから
かならずチェーンがつくようにしてくれ
それだけ
20年前から10年前までの10年間も大した変化はなかったが、
10年前から今日までの10年間なんてほとんど何も変わってないんじゃないか
20年前から一歩ずつ前に進んでいけばハンコをなくすぐらいのことは容易にできたはずなのに、
20年後の今になって慌てて急にやり始めるとは、もはや怠け者のウサギでしかない
この国はもう弱小資本というイメージが付くほどに沈んでしまった
そもそも省庁が主導しないとそんなこともできないのかと思うようなレベルの低さといい、
やればやったでレジ袋有料化のようなコレジャナイ感の強い混迷ぶりといい、
文句があるなら投票行けとかいう年寄りは選挙の仕組みを理解していないのか、
じゃあどうすればいいのかって?お前はどうしたいのかって?
打つ手がないと言ったのは俺だ。このまま落ちていけばいいんだよ。
ブクマで「深夜に96歳の男性が「ラーメン食べたい」と言ったら、どうしますか? 「ほどほど幸せに暮らす」を目指す事業者の挑戦」という記事を読んで、ちょっと書こうと思った話がある。
記事のリンク→https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/grundtvig-ramen
自分の祖父は何度も胃を悪くして、手術を繰り返した結果、胃のほとんどを切除されてしまった。
そして、認知症ではないが、記憶障害っぽくなり、一人で家に置いておけなくなったので介護施設に入居することになった。
話をするたびにいつも空腹感を訴え、外出許可をもらって家族で食事をするときにはモスバーガーとモスチキンを貪る様に食べていたという。
そうして数年が経ち、車椅子から立ち上がろうとして転んでしまい、骨折を疑って病院に運ばれたときである。
入院先の病院の検査の結果、骨折はなかったが「栄養失調」と言われたのだそうだ。
それを受け入居施設に伯母が確認すると、「胃を切除していると聞いていたので食事を1日1000キロカロリーにしていた」とのことであった。
一般的に成人男性の1日に必要なカロリーは1800〜2000キロカロリーと言われることが多いが、
増田の母が面会に行くたびに食べ物をせびっていたのは当然なのだった。
預ける側としては「介護施設は専門職の人ばかりだし、プロにお任せしておけば安心ね」と思いがちだが、
むしろ、「専門職だから」こそ「お年寄りなんてみんなこうだから」と思考停止してしまうこともある。
「胃が小さい老人は食事が出来ないだろう」という思い込みをプロの職員たちがしていたのだから。
増田の母は「自分の父親が言っていたことをちゃんと聞いてあげれば良かった」と少し気に病んでいた。
施設に預けて栄養失調なんてびっくりだが、預けている側も思考停止だったのだから仕方ない。
この記事みたいに「一人ひとりに寄り添う」なんてできる施設ばかりじゃないのはよく分かっているんだけど、
人の世話をするって難しいなと思う。