はてなキーワード: パーソナリティ障害とは
感情が落ち着いたら消しそうなやつだなと思ったから魚拓とっといたぜ
仕事中に切れたことは二度しかない、と書いてるけど、残念ながら普通の人は一度も切れないんだよ
お前は異常だ、いや異常になっちまった
脳のどっかのタガがはずれちまったんだ
もうそれは二度ともとには戻らない
一生一人でいたほうがいい
ちょっとしたことで裏切られたと考えてガラっと相手に対する態度を変えてDVをはじめちゃいそうな危うさ
なんていうかしってるか?
おまえはそれなんだ
もうお前の呪いは解けないんだ
オッスピ
私(女性)もつい最近になって主治医の診断変更により発達障害ってことになったんだけども。
昔から、女性からもすごく可愛がられたり助けられてきたし、でも嫌われたこともあるしでなあ。
それ(女性から"すごく"嫌われる)、本当に発達障害のせいなんかな。
別の要因……たとえばパーソナリティ障害の併存とか、そこまで行かなくても他責的な性格傾向だったりとか、もっと複数の要素が複雑に絡み合った結果だったりはしないんかな。
なんにせよ、「こうなったのは全部○○のせい!」という短絡的な決めつけからは強い認知バイアスを感じてしまう。
そんな単純な話なのか。
もっと根源的な点から疑問を示すと、「発達障害の女性は同性から嫌われて男性から好かれる」という前提条件に根拠(統計学的な数値の裏付け、根拠となる論文)はあるのか。
思い込みから話が出発して、思い込みで話が発展して、思い込みで結論づけてるように、自分(元増田と同じく発達障害女性)からは見えてしまう。
増田は精神科医が「それはひどい!いますぐ病院にぶち込みましょう!」と言ってくれて、2年くらい強制入院になって、退院する頃にはお兄さんがすっかり人格が矯正されて穏やかになってみんなハッピー!というのを期待してたかもしれない。でも増田の言う通りパーソナリティ障害の可能性は高いし、パーソナリティ障害は本人が自分の意思で治療に取り組まないかぎり治ることはない。精神科医の「こっちに押し付けんなよ」という態度は目に浮かぶようだし、増田は辛い思いをしただろうが、にこやかに対応されたところで結局精神科という医療でできることはほとんどない。
じゃあ誰がなんとかしてくれるのかって、それは警察と司法である。そもそも、もし第三者であれば、暴力を振るったり、脅迫をしてくるようなやつがいたら、それは即警察案件だろう。家庭内暴力が表にでることが稀なのは警察の怠慢ではなく(ないわけじゃないが)、被害者である家族が事件化を嫌がるからだ。本気で被害者である家族が被害届を出せば、警察はそれを拒むことはできない。でも増田のケースでもそうだろうけど、特に親はよほど酷いことをされても表沙汰にはしたがらない。だから増田のようなケースは日本に無数に存在し続ける。
福祉課だって「自分たちに言われても」と内心思いながら、ただただ傾聴していたのだろう。目に浮かぶようだ。
現実的にこういったケースでなにかできるとしたら、以下のような流れになる
いずれも簡単なことではない。何よりお母さんがこれをやり遂げようという意思をもたなければおぼつかない。一番最初のどこかに避難する、という行動がまずほとんどの場合不可能だろう。人間は、今の状況がどんなに苦しいものでも、そこから抜け出るというアクションを取ることはなかなかできない。その状況が長く続いていれば尚更である。親は子への負い目もある。
残念ながらしれっと2000年代後半に精神保健法が改正されてて
パーソナリティ障害やグレーゾーン知能指数は精神障害として定義しないようになってるので、究極的な話、人格障害から重犯罪事件を起こして警察に捕まるか、日常生活さえ送れないほどの統合失調症になって措置入院でないと行政は対応できない風になってる
兄が反社会性パーソナリティ障害だとおもうんだけど、警察のお世話になるレベルではなく、家庭内暴力を繰り返し、金銭を要求してくるレベル。ADHD傾向があって、衝動的でキレやすい。計画性のある行動ができない。いわゆるグレーゾーン。
母がもう歳なので、この暴れん坊を世話することも限界がきている。
自分が引き継ぐなんてまっぴらごめんなので、地域の福祉課に電話して助けを求めた。
話を聞いてくれるということで、直接話してきたんだけど、結果からいえば、何も解決できなかった。
担当者は、ちゃんと心理カウンセリングの勉強をしているとすぐにわかった。否定もせず肯定もせず、熱心に聞いているようで、共感は示さない。
自分も、兄の様子は子供の頃からおかしいと思ってたので、精神医学に関することは軽く調べているので、兄がなんらかの発達障害、パーソナリティ障害の傾向があるということは確信している。反社会的な行動に関しての良心の呵責がまったく見られない。反社会性パーソナリティ障害の可能性は高いと思う。
福祉課に助けて欲しいと言っても埒があかないとおもったので、嘱託医制度を利用して精神科医にも相談をお願いした。
この精神科医がまたひどかった。
「それは性格だから問題ではない」と言った。いやいや、トラブル起こしてて困ってるといってんだろと。暴力と金銭トラブルがあって、人権で定義されるところの、財産権の侵害と、身の安全を脅かす行為をやってますよと。
社会の中で問題を起こす「性格」であるから、それを「障害」と定義しているんじゃないのかよと。
その後も、その精神科医は、妙に揚げ足取りをしてきたり、こっちを疑うような姿勢でずっと対応してきた。
その精神科医が何を考えていたかはわからないが、自分はもう最初から、福祉につなげないために嫌がらせして追い払うのが目的で来ているとそう感じた。
福祉課の人間は、あいかわらず否定も肯定もせず、話は聞いているが助けの手を差し伸べることは決してなく、こちらが諦めて帰るのをずっとまっていると感じた。
時間をとって話を聞いてもらえたので感謝はしつつ、失意を絶望を感じながら相談を終了した。
こういう、トラブルを抱えている人と、それに巻き込まれてる人を助けようと思う人なんていないのが当たり前だ。
それがたとえ福祉課のケースワーカーでも、精神科医でもそうだ。問題をこっち持ってくんなと考えるのが自然だ。
相手はこちらを、不審者、嘘つき、妄想に囚われた精神疾患者、甘えん坊である可能性から探りに来る。これも精神的にきつい。まず信じてもらえない。
グレーゾーンはその存在の証明も難しい。こっちも頭が良いわけでもないので、自分が抱えている困難を、短時間で人にちゃんと伝えることも難しい。
これは無理ゲーだなとおもった。
当事者は結局自己解決する知恵と体力と金が必要になる。しかし、困窮している人間はだいたいこの条件は揃わない。結局そうやって、自殺するか殺人するかって解決方法へ辿り着いてしまう。
今回はこの手のトラブルの当事者になってみて、問題解決の困難さ、福祉、警察のポンコツさがよくわかった。ポンコツというのもよくないか。
今の頭の中はやっぱり、兄の命を絶つことでしか問題は解決できないという結論になり、いやいやそれはダメに決まってるだろう葛藤している。
この思考を繰り返せば、精神的に限界を迎え、頭がおかしくなり、自分が命を絶つというなんとも無意味な解決方法にたどり着くことも何と無く想像できる。
たとえそうなっても、当事者の外側の人はなにも困らない。頭のおかしい社会に害のある人間と、無害だけど社会的無価値な空気人間が二人社会から消えるだけだ。
トラブル抱えた人間は、こっちくんなと追い払って追い詰めていったほうが社会的に合理的選択だ。そして、当事者にとって殺人行為を行うことも合理的選択に思えてくる。
そう考えると、過去に起こった殺人事件などは頭のおかしい人、精神的に弱い人が起こすのではなく、理知的で合理的な選択だったのではないかと思ったのである。
追記:
みんな関心持ってくれてありがとう。もうちょっと戦えるような気がするよ。
コブメと言及見て少し補足する。
・福祉課にやって欲しかったのは、事例と経験を多く持ってるはずだから、この先どうしたらいいのか指導が欲しかった。だから、否定されまくって絶望がデカかった。
・母は痴呆が始まっていて移転が難しいと感じていることと、もう母も心が折られていて諦めちゃってるところがある。暴力による学習性無気力とかカサンドラ症候群とかの状態。
・自分はもう別世帯になっているが、母が老齢で兄の世話が限界にきているので、自分が介入している。ほっとくとネグレクトになると予想してるから福祉に相談にいった。
・兄は精神科へはいかない。暴れている本人は全く困ってないから。これも一部のパーソナリティ障害のやっかいさの特徴。
・警察に突き出すのは、出所後悪い友人を作ってきたり、職につけなくなったり、状況が悪化する可能性があって躊躇してる。家族であるがために戻ってくる。母が縁を切りたがらない。
・自分一人なら逃げる気まんまんで、母をどうするかという問題がある。
・診断名がつくと、俺のような不審者のたわごとじゃなくて権威の言葉になるから、各専門家を説得しやすくなるメリットガある。
匿名じゃないとなかなか相談できない。リアルだとみんな巻き込まれないと逃げていく。俺の人間関係も壊れてしまう。
精神科医が否定ばかりで選択肢をガンガン潰していくのには驚いたし、絶望もしたけど、こうやってたくさんの意見がもらえて、不可逆な決断をするまえにいろいろ検討することができるよ。
その発想が既に病気なんよな
増田がコミュニタリアンもどきなら理解できなくもないがおそらくは違うでしょ
患者は大きな業績という空想(圧倒的な知能または美しさについて賞賛されること、名声や影響力をもつこと、または素晴らしい恋愛を経験すること)にとらわれています。自分が、普通の人とではなく、自分と同様に特別で才能のある人とのみ関わるべきであると考えています。患者はこのような並はずれた人々との付き合いを、自尊心を支え、高めるために利用します。
自己愛性パーソナリティ障害の患者は過度の賞賛を受ける必要があるため、患者の自尊心は他者からよく思われることに依存しています。このため、患者の自尊心は通常は非常に壊れやすいものです。患者はしばしば他者が自分のことをどのように考えているかを注視しており、自分がどれだけうまくやっているかを吟味しています。
自己愛性パーソナリティ障害の患者は、他者による批判、また恥辱感や敗北感を味わう失敗に敏感であり、これらを気にしています。怒りや軽蔑をもって反応したり、荒々しく反撃したりすることがあります。または、自尊心を守るために、引きこもったり、表向きはその状況を受け入れたりすることもあります。患者は失敗する可能性のある状況を避けることがあります。
診断
自己愛性パーソナリティ障害の診断を下すには、以下の5つ以上に示されるように、自分の価値についての過大評価、賞賛への欲求、共感性のなさが持続的に認められる必要があります。
- 自分の重要性や才能について、誇大な、根拠のない感覚を抱いている(誇大性)。
- 途方もない業績、影響力、権力、知能、美しさ、または素晴らしい恋という空想にとらわれている。
- 自分が特別かつ独特であり、最も優れた人々とのみ付き合うべきであると信じている。
- 無条件に賞賛されたいという欲求をもっている。
- 特権意識をもっている。
- 目標を達成するために他者を利用する。
- 共感性に欠けている。
- 他者を嫉妬しており、また他者が自分を嫉妬していると信じている。
- 傲慢かつ横柄である。