はてなキーワード: 中央銀行とは
10時に4円も跳ねて、その後は相場を固定する戦略に走った日銀のお陰で、損失が全く回復出来なかった午後
自分自身のFX口座が桁違いのマイナスを示して、今や原資も無く、帳消し不能な多額の借金を抱え絶望に暮れていると思います。
だけどね、お前がしている事はどんな事だったか分かってやっているのかな?
日本が未曾有の円高で、自分や旦那を雇う企業が本当に辛くて、辛くてもう日本で採算が取れないから外国に仕事を持ったまま脱出する状況に追い込まれている、
そんな現在の日本で、自分が数十万の利益を出す為に更に自分の国を苦しめる加担をしていたんだよ。
「だって儲かる為にポジションを張っているんだから当然だろ?」そうだよね、確かにFXはそういう物だ。
それなら、尚更自国の利益を守ろうとする該当国の中央銀行を非難する権利も資格もないよね、「何で介入した」とか「損益を返してくれ」とかどの口から出てくるのかな?
少し前だとスイスのスイスフランでも大規模な介入を行ったよね、国がフラン高で困っている状況を緩和する為の措置だった。
為替はFX小僧やミセススミス、HFの為の遊び場ではない。少なくともお前達は主役ではない。国家と、その中で実態のある商売をする人たちの物だ。
本日、日本と言う国は、目の前の利益の為に自国を苦しめるお前達に引導を渡したんだよ、「Trick or Treat、死んでくれ売国奴」というハロウィンの粋なプレゼント。
お前達売国奴に出来る精一杯の返答が、皆が利用する公共交通機関に飛び込んで、売国奴らしく最後まで皆に迷惑を掛けて死ぬ事なんだよ。
では、よいハロウィンを
http://diamond.jp/articles/-/14527
【特別対談】高橋洋一vs若田部昌澄(後篇)
若田部 名目成長率が上がれば、多くの課題が解決しやすくなるという言いかたをすると、必ず返ってくる反論が2つあります。一つは名目成長率上昇は望ましくないというもの、もう一つは名目成長率は上げられないというもの。最初のは実質成長率を上げないと成長の意味がないという反論です。名目成長率は、実質成長率とGDPデフレーター(物価上昇率)の和なので、物価が上がるだけではだめで、実質が上がらないといかんのだという「実質成長率信仰」ともいえる。
もうひとつは、これまでずっと金融緩和を続けて、マネーを「ジャブジャブ」にしたけれども、物価への影響は小さかった、だから、金融政策ではGDPデフレーターを上げる、すなわち物価を上昇させることは難しい、あるいはできないというものですね。名目成長率を上げるというときに、つまづきの石が二つあるという感じです。
中央銀行の独立性というのは、金融政策という手段に関する独立性であって、目標の独立性ではないということは、私はだいたい知っていました。
東北復興を差し置いて韓国に支援する意味があるのかわからなかったので、今回のスワップ協定について各所に電話して質問しました。
Q1:今回のスワップ協定を最初に提案したのは日本と韓国どちらか?
Q2:この協定を結ぶために費やした議論の日数は?また、その議論は公開されているか?
A2:韓国から最初に打診があったのは10月4日のこと。議論内容については市場に与える影響が大きいため非公開。
Q3:この協定を結ぶことで日本にはどのようなメリットがあるか?
Q3-1:ならば韓国市場が崩壊したときに日本が受ける影響を試算した上で今回の額を決めたと思うのだけれど、その試算額はいくらか?
A3-1:その試算はしていない。今回の額は非常に大きいが、これは韓国市場に安心感を与えるための見せ金としての役割が大きい。全部使うつもりで設定した額ではない。
Q4:今回はIMFを通さなかったのはなぜか?
A4:IMFを通すと、融通額の20%以上を引き出すときに制限がかけられる。これがあると市場に安心感を与える効果が薄れてしまうため、今回は直接の協定となった。
Q5:今回財務省が用意したのはドル建ての資金、日銀が用意したのは円そのものという認識は正しいか?
A5:そのとおり。
Q5-1:日銀が用意した円は普段から通貨危機のために積み立てていた円なのだろうか?
A5-1:日銀のことはちょっと良く分からない。日銀に問い合わせて欲しい。
Q5-2:今回ドルと円を用意してあるが、なぜ両方必要だったのか?
A5-2:国際的な通貨であるドルと、アジアで強い通貨である円の両方が必要だった。
とお答えを頂いたので、お礼を述べて電話を切りました。私の一番の疑問は日本円を東北のために使わず韓国に出すのはなぜかという疑問でして、一番肝心な部分は日銀さんの領分だということが分かったので日銀さんにもお電話しました。
Q1:今回のスワップ協定に対して用意した円は、普段から通貨危機のために積み立てていた円なのか?
A1:日本銀行は円の発行が出来る機関。今回の円は新規発行分として用意した。韓国中央銀行から要請があれば、最大300億ドル分の円を刷って対応する。
Q1-1:となると、今回用意した円が東北のために使えなかったのかという質問は全くの的はずれなのか?
A1-1:これに使うはずだったものを横に、という意味では全くない。
というわけで一番聞きたかったところにお返事をいただけたので、こちらもお礼を述べて電話を切りました。日銀さんは政府の要請にべったりではなく、韓国中銀と独自にやり取りしているというニュアンスのことをおっしゃってました。
財務省の、韓国市場の崩壊時のシミュレーションをしてないという答えにはものすごくがっかりしました。なんだかなぁ。
とまれ東北を差し置いて韓国に援助か!?というところが一番知りたかったことでして、財務省が用意したドルよりも日銀が用意した円の出所のほうが気になっていました。ドルは円と比べたら復興に使いにくいので韓国に回すのもまだ分かりますが、円そのものはその気さえあればすぐに国内で使えるじゃないか、そう思っていたのです。でもまさか円の新規発行で対応するという答えは予想外過ぎました。予想外ではありましたが、円の新規発行そのものは単純に円高対策になるし、それでウォンを買えばウォン高に市場が振れるので、ちょっと考えただけだと有効な手段に思えます。
これからこの点についてよく考えてみます。皆さんもご意見ください。
普通にただの一般人として、以下のページに掲載されている電話番号にお電話しました。
http://www.boj.or.jp/announcements/release_2011/rel111019a.htm/
住んでいる県と氏名をちゃんと名乗り、日韓スワップ協定についての問い合わせであることを明らかにしたらどちらでもすぐに取り次いでもらえました。正直、取次ぎを渋られると思っていたので、自分は日本国民だ日本の主権者であり投票の義務を適切に果たすために今回のニュースの詳細を云々と理論武装していたので意外でした。
後は電話に出てくださった方に全ての権限や責任があるわけではないので、怒ったり攻め立てたりするようなことは一切しないように気をつけました。
今はいろいろなしがらみでがんじがらめなのかもしれないけど、あきらかに戦前までのお米は富の源泉だったと思う。
たとえば、金沢に行ってびっくりしたのは、「北国銀行は前田家の出資によってできた銀行です」と銀行の窓に貼られたポスターに書かれていた。お米がもたらした富は姿を変えて、現代に生き続けていることもあると思った。
ところを変えて、越後の国には、豪農と呼ばれた大地主がたくさんいた。あたり一体見渡す限りの土地の所有者で毎年ありあまるほどの米がとれた。
米を現金に換える手段がなかったときは、品質が落ちる前に使い切らなくてはならなかっただろうが、米を現金に換える手段ができてからは、無尽蔵に富が沸いてきたのだろう。豪農は銀行の出資者だったり、明治期に勃興した産業の出資者だったりする。
しかしながら、通貨に換えられる価値が毎年増えていくということは、中央銀行にしてみれば、ある意味コントロールしにくい不確定要素だったのではないだろうか。
戦前の地主が農地解放で解体されたあとは、米から得られる富を肥料や農機具や土地改良の費用とバランスするようにして、新たな富が生まれにくく調整されているような気がしてならない。
いまちょっと考えてみた。
世界全体の富の量というのは、年々増えてるわけだろ。
太陽の恵みで作物は実り、人の手が届かなかった資源が採掘によって人の世に流れてるわけで。
世界全体の富の量が増えていたら、やっぱり通貨の流通量も増えないといけない。
わかりやすいように金本位制として考えるけど、たとえば今、金1g=50$だったとする。
そしたら、金の価値は1gあたり25$じゃないとならんでしょ?
ただ、お金を倍刷ってばらまかないといけない。
ばらまくったって、中央銀行の屋上からってことは出来ないわけで、政府の借金という形でしかお金を発行できないわけだが。
ところで、富=金と定義すればわかりやすいけど、富って金だけじゃない。
食料品だとか、車だとか、家だとか、パソコンだとか、サービスだとか、いろいろある。
ほとんどの富は時間と共にその価値を失う。農作物なら腐るし、工業製品も壊れる。
そんなわけで、単純に、富の増加量と比例同じだけ貨幣の価値をするわけにはいかない。
時間と共に価値が失われるはずのモノの価格を一定に固定したら、モノに変えなかった場合の貨幣の価値は時間と共に増えていかないとならない。
貨幣の価値を一定にしようとした場合、利息という形で貨幣が増殖する。
どっか間違ってる?
「何が起こっても責任は全て俺が被る。だからやってくれ。」という政治家が居ないからね。
外野からヤジを飛ばして、いざ何かあっても「俺は責任者じゃねえし。実行を決断したのはお前らだし。」と言って逃げるのが見え見え。
要するに「何でリフレやんねーんだ、インタゲやれクソが」というような論調なんだが。
ベーシックインカム議論の盛り上がりも間違いなくその延長にあると、先日確信した。
特に「ちょっとやそっとじゃ動かないほど飽和した市場にオラオララッシュで現金を叩き込めばどうなるのか」
これは、未だ人類が体験したことのない話であって、ぶっちゃけ何が起こるかわかんないのだ。
中央銀行がそんな施策を取れるわけもなく、「ムリに決まってるだろ」で結論が出る話だ。
一通り何もかもを試し続けて(実際、日銀は色々やっている)その結果として、死ぬか生きるかの最終手段とするなら
話はわからないでもない。しかし、現在の状況で市場への資金供給手段としてのベーシックインカムは、極めて不適当だ。
ベーシックインカム、というものはインフレの中で絶対に切り下げられない。
通貨価値が落ちるほど、供給は増やしていかなきゃならない。ベーシックインカムを払う→インフレ→額面増やす→オワタ
になる可能性が明確に見える施策を、中央銀行がそう簡単に選べるわけがない。
また、リフレの議論にしても「じゃあインフレさせろよ」と言われても、総量緩和も失敗に終わった現在
市場を「ゆるやかなインフレ」に持ち込む方法論って、一つでもあるんだろうか。
こんなことは、人並みの脳があればわかることだ。
リフレ派の議論が無価値とは言わないが、「やれること全部やって死ぬか生きるかになってから」が
議論の終着点であるのは間違いない。リスクヘッジが不可能で、かつ方法論も存在しないからだ。
BI的な、「マーケットの末端にマネーを飽和させる」策は、中央銀行としては絶対にやりようがない。
どちらかといえば、それは政府の仕事なのだ。公共投資の新たな形、適切なる場所に適切なる流動性を供給する
でも、日銀はそれなりに必死こいてるし、現在のところリフレ派さんたちのロジックを支える根拠は
陰謀論だ。
悪の日銀がデフレを起こさせている、日銀は政府と結託して悪企みをしている。
これが、論理の背後にある。しかし、中央銀行というのはその成り立ちとして通貨の信認を守る、通貨の番人だ。
そんなアクロバットが出来るはずがない。その彼らですら、一定のインフレを認めそこへ誘導するという
非常に過激な施策を行っている。この状況下でベーシックインカム、なんてキチガイ沙汰だ。
何度でも言うとおり、マーケットの末端に限界を超えた流動性を供給した場合、どのような結果になるか。
どの程度の供給が、どのような結果を生み出すか。この世の誰にもわからない。
こんな当たり前の結論が、何故かかき消されている。
市場にカタストロフィを「起こしえない」、インフレーション・ターゲティングの方法論を
一つでもご存知の方がいたら教えていただきたい。現状、国民全ての経済生活を秤にかけて、
尚足りる方法論が、一つでも存在し得るのか?
Japan's hydra-headed disaster: The fallout
Some natural disasters change history. Japan’s tsunami could be one
http://www.economist.com/node/18395981
ツナミという言葉は、数少ない、世界で通用する日本語のひとつである。この言葉は日本がいかに自然災害に見舞われやすい国であるかを表している。しかし今回の日本の窮状は、過去の痛みよりもいっそう悲惨だ。国内観測史上最大のマグニチュード9の地震。そのエネルギーは30000回のヒロシマに相当する。続いて起こった大波は村々を押し流した。故郷を直撃された被災者の声からは、染み付いた恐怖の深さがみてとれる。冷たい水流は破壊された家屋を遠く内陸まで押し込み、老人や逃げ遅れた人々を殺した。公式の死亡者数は5429人だが、これからも増え続けるだろう。なかには半数の村民が死亡・行方不明となっている村もある。
災厄に直面して、この国の国民は著しい辛抱強さを見せた。略奪はなく、津波被災者からの不満の声はほとんど聞こえてこない。東京都民は税申告の列にじっと並ぶ。あらゆるところで、この混乱のなかに秩序を生み出そうとする静かな決意がある。ボランティアは救助に殺到した。神戸の地震で出遅れた自衛隊は、すみやかに被災地域に向かった。地震直後の時点で非常に低い支持率だった管直人首相は、いかなる指導者にとっても厳しいであろうこの一連の試練を受けてなお、一応の秩序を保つことに成功している。神戸の震災での政府の無能さは、日本の自信に突き刺さっていたのだ。
直近の悲劇は日本だけだろう。しかし、長期的には地球全体の人々への影響が出るとの見方もある。世界第3位の規模の経済が受けた衝撃への恐怖は、株式市場を揺るがせた。日本の中央銀行は経済恐慌をおそれる声を巨大な流動性注入によって抑えた。被害総額は当面の推計では神戸の1000億ドルをやや上回るとされているが、日本の裕福さをくじくほどではない。電力供給の乱れは経済成長を妨げると思われ、実際にアジアの一部では供給経路に問題が生じているが、インフラ整備への投資によって成長の鈍化はある程度防げるだろう。
こうした公算は、原発事故が悪化すれば大きく変わる可能性がある。本稿執筆時点で、ヘリコプターからの放水によって、福島第一原子力発電所の過熱を冷ます試みがなされている。これまでには爆発、火災、そしておそらく日本当局が認めた以上の放射能漏れが、そこでは起こっている。日本の原子力業界は長らく隠蔽と失敗を続けており、個々の作業員の勇敢さは別として、問題の発電所の管理者である東京電力の対応も残念ながら例外ではない。
今回の事故が早急に解決し、放射能漏れが健康に影響を与えないレベルにとどまったとしても、原子力業界への衝撃は、日本の内外を問わず非常に大きなものになるだろう。ドイツは既に、原子力発電所の耐用年数を延ばすという政治的に複雑な決定を差し戻した。アメリカでも、今回生じた懸念による費用の増大が無視できず、原子炉の新造への動きは後退する可能性が高い。
原子力の推進を目指す中国も停止を宣言した。27基と世界で突出する数の建造中の原子炉を持つ中国は、世界の原子力のほぼ半分を占めており、さらに50基を計画している。長期的には、こうした当局が計画を放棄する可能性は低く、少なくとも民意を考慮してそうすることはないだろう。中国でのエネルギーへの渇きは深刻であり、あらゆる井戸へ手を伸ばそうとしている。原子力以外にも風力、ガス火力を強化する計画があり、石炭火力はそれ以上の増加が見込まれる。
ここに原子力のジレンマがある。原子力の安全性を最大限に得るためには、よい計画とよい技術が必要だ。説明責任と透明性を生み出す社会がなければならない。そして信頼に値する組織をつくらなければならない。この理想を達成した国はなく、日本の失敗は今後より明確になっていくかとも思われる。それでもこうした組織を作るのに適しているのは民主主義である。一方で、一定の数の頑固な少数派によって動きを止められることが起こるのも民主主義であり、原子力に関してはそれが十分起こりうる。それが根ざすべき安全性の文化を持ちそうにない社会で原子力が普及していくというのは、こうした事情による。中国に次いで新造計画を多く作っているのはロシアである。
原子力を捨てるとしたら、民主主義各国は間違っていると言わざるを得ない。原子力には電力の安定供給のメリットがあり、一定のエネルギー安全保障となり、自身への電力供給と建造のほかに二酸化炭素排出をしない。死亡者の総数でみても、今までのところ、それほど悪いわけではない。チェルノブイリでの死者は、推計には不明確な点が残るが、おそらく数千である。一方中国の炭鉱での死者は毎年2000人から3000人である。石炭によるスモッグはさらに多くの死者をだしている。ほとんどの裕福な国家では、原子力をある程度の割合で保ちつづけるのが合理的な選択だ。それは少なからず、原子力についての経済的、技術的な優位を保つことで安全性と核不拡散を達成するためでもある。しかしその合理的な道は、煙を吐く煙突への恐慌と、見えない脅威への恐慌とにはさまれており、簡単ではない。
その選択による痛みが日本ほど強くなる国はほかにない。原子力を恐れながらも、自国で産出する代替物はない。原子力の放棄は、ガスと石炭の大量輸入を意味する。現状を保つためには、今回のトラウマを克服し、次の災害というわずかではあるが現実にあるリスクを受け入れなければならない。
あまりも多くの災厄に襲われた日本の歴史から分かるのは、災厄のあとに大きな変化が起こるということだ。1923年の地震のあとには軍国主義が台頭した。第二次世界大戦敗戦と原子爆弾投下のあとには、平和な繁栄に邁進した。神戸の震災は日本に内向化を強いた。
この新しい災厄もやはり、日本という国の精神に大きな衝撃をもたらすだろう。災害に対する優れた対応能力と、彼らの禁欲さに対する諸外国の驚嘆とが、この国が求めてやまなかった自信を取り戻させるのかもしれない。原子力発電所運用の不手際に象徴される、秘密主義のシステムの失敗が、政治改革へとつながるのかもしれない。政府の放射線情報は信頼できると管氏が国民を納得させ、そうして津波被災者の飢えと寒さを和らげることができれば、日本を自由化しようとする彼の基盤が強固になる可能性もある。あるいは、すべてが悪い方へと進むのか。
賭け金は大きい。失意の国、日本は、機能障害を起こした政治機構を抱え、変化を求めてやまない。安全圏から見る限りでは、日本人は、このつらい局面を死と悲嘆のときではなく、再誕のときとして迎えてゆくように思えてならない。
んー、でも日銀の後ろ盾のない金融機関って当然だけど信用度がクソ低く
預金自体が超リスクになっちゃうわけで、「闇」ってのは考えにくいかもね。
預金を得るってのはそう簡単に出来ることじゃないから。このシナリオから恐れるべきはむしろ
民間の極めて信用度の高い存在が、日本銀行に代替するレベルの中央銀行業に近い信用創造機能を得てしまうこと。
つまり、「日銀に預けたら減るが、ウチなら減らない。ウチに準備預金を積みなさい」ってやられる可能性がある。
これは、規模がどれだけ大きくなっても所詮個人間の資金融通なので規制が極めてやりにくいんだよね。やばいやばい。
日本銀行が何物かにとって代わられるリスクがある。日銀は、金融機関日本最高お信用創造機能を差し出して、代わりに統制を取ってる。
しかし、マイナス金利下ではこの機能が極めて弱くなる。金融機関が日銀の言うことを聞く理由がなくなる。結果として、すっげえ怖いことに。
「闇」じゃないんだよ。そこまで行くと「闇」なんてカワイイレベルじゃすまない。まるっと入れかわる。
んで、この問題を抜きにしてもマイナス金利を実行するということは、セットで「金融鎖国」みたいなことが必要になる。
グローバル化の浸透圧に苦しむ日本にとって、一つの処方箋なのは間違いないよ。思考実験としてはね。
ただ、それに付随するものが超めんどくさい+恐ろしいんだよな。
人が作ったものではあるけど、人によってデザインされたものじゃない。いわば自然現象。
もちろん、世界各地に中央銀行があるようにある程度人によってコントロールの試みがなされてるけど、
それは海に防波堤を作ったり川に護岸を作ったりする程度のものに過ぎない。
だから、資本主義の失敗っていうのは「資本主義経済コントロールの失敗」であって、
別に洪水は川が失敗したわけじゃないし、津波は海が失敗したわけじゃない。資本主義は失敗しようがないよ。
資本「主義」って言い方がこういう誤解を生む元だよなぁ。
諸君、私はデフレが好きだ
諸君、私はデフレが好きだ
諸君、私はデフレが大好きだ
円高が好きだ
減棒が好きだ
失業が好きだ
自殺が好きだ
主要3市場で
勤労者全体で
野心的な企業で
融資先を失った金融機関があっという間に消化したときなど心がおどる
運転資金不足で倒産してバラバラになったときなど胸がすくような気持ちだった
切り詰めを上回る円高ですべての市場を失ったときなど感動すらおぼえる
予告された政策決定会合の発表内容が円のレートを一気に切り上げたときなどもうたまらない
問われて政府高官がバラしてしまった防衛ラインが維持できず崩壊するのは最高だ
引き締めで叩き潰して大底を割らせた時など絶頂すら覚える
決算報告の公表をまとめられて実は売ってた事がバレるのはとてもとても悲しいものだ
市中から枯渇させた通貨が好きだ
諸君 私はデフレを 政府が増税に踏み切り経済が加速的にしぼむ様なデフレを望んでいる
諸君 私に付き従うデフレ好きの諸君 君たちは一体何を望んでいる?
更なるデフレを望むか
糞の様なデフレを望むか?
誰も将来に期待せず、次世代を育てようなどと無駄な努力をしない畜生以下の世界のようなデフレを望むか?
よろしい ならばデフレだ
だが、うかれたバブル景気のまっただなかでごくまっとうなインフレーションに耐え続けて来た我々には
ただのデフレではもはや足りない!!
我々はわずかに小数
だが諸君は一騎当千の政策委員だと私は信じている
ならば我らは諸君と私で総兵力100万と1人の法によりそのあり方が定められている認可法人であり、政府機関や株式会社ではありません集団となる
我らを忘却の彼方へと追いやり、政府と協調して物価調整に達成目標を導入しろと主張する奴らを叩きのめそう
髪の毛をつかんで引きずり下ろし 眼(まなこ)をあけて思い出させよう
連中に我々の無謬性を思い出させてやる
連中に我々の無責任さを思い出させてやる
デフレには奴らの哲学では思いもよらない中央銀行の独立性がある事を思い出させてやる
1000人の政策委員の集団で 世界を正貨である金地金に裏付けられた兌換券で埋め尽くしてやる
包括緩和作戦 状況を開始せよ
征くぞ 諸君
酒も入ってるしダラっと書くんだけど。
今回の介入は、ちょっとわかんない。
いや、やりたかったことはなんとなくわかるんだけど、白川総裁と日銀という組織から考えてちょっとわかんない。
大体、日銀っていう組織はこーいう市場マインドに作用させるような介入の仕方を基本的には好まない。
所謂「日銀砲」の話でもわかるけれど、やるとなればオラオララッシュで叩きこむし、やらないとなればとことんやらない。
そういう性格の中央銀行で、これは短期金利のコッチコチの操作っぷりを見てもわかること。大体外国の10分の一のブレ幅もなく、目標を達成し続けてる。にちぎんマンは堅確っていう言葉を好んで使うけれど、まさにそういう組織。物価の安定って面に関してはカタブツながら非常に有能かつ頼れる組織、でも動きはノロい。そんな戦艦大和のような中央銀行なんだけれど。(艦載機も結構高性能で、意外と面白いオペやってる、ただし全体に小ぶり)
ソレに対して今回のこのオペ。
これは、なんというか唐突にカウンター・パンチをブチこんだという感じに近い。
市場の流れとしては80くらいまでは行くだろう、なにかが起こるとしても81あたりのラインの攻防になるだろう
代表選が終わった直後のグラフを見ても、市場のマインドはそーいう感じだった。
この介入の目的はどこにあるのかっていうと、3パターンくらい考えられる。
①本気で円安止める気の介入
②市場マインドに影響を与えて、円安傾向に多少なりとも歯止めをかける介入
③この介入で市場がどう反応するか、様子見の介入。
まぁ④としては「やれっていわれた」ってのも有り得るんだけども・・・。
んで、どれかと言われれば多分全部織り込んでるんじゃないかなー、という気がする。もちろん④も含めて。
日銀全体のマインドが攻撃的になっている、なんてことも考えられないではないけれど、
基本的にこれは様子見にくわえて、牽制の効果を狙ってるんだろう。①になれば万々歳、みたいな。
ヘッジファンドさんの側から見ると、暢気なおさんぽが地雷原になった、くらいの恐怖感はあると思う。
いい気になんてぶっこんでた連中、今日は冷や汗をガロンで垂らしてダイエットに成功したんじゃないだろうか。
今回の介入は反撃もありうる、と知らしめることが基本なんだろう。
ただ、日銀自身の発表にもあるとおりアメリカ経済の下振れリスクは現在でも非常に大きく、ぶっちゃけ
今後円高トレンドがどーにかなるか、といえば「どーにもならんだろうね」というのが正味な話。
『円と日本国債は正直バブってるねぇ』というのは誰でもわかる感想だろうけど、それはともあれ
儲かると思えばぶっこむのがヘッジファンド。あいつらが総体として引き際を誤らなかったことなんて歴史上一度も無い。
もしこの介入を機に円高が収まるとすれば、それは人類の思考が新たな時代に突入した輝かしい契機になりうる。
唯一、この辺りで円安に傾く可能性を上げればアメリカ関係のこれから出て来る数字が「おもったより悪くない」ってことだけ。でも、そんなんありえないですよね。そんな余裕あったらあんな水割りマーケットにしていないですよね。どこまで薄められるか限界に挑戦してる節さえあるよね。
今回の円高はアジア通貨危機に代表されるような「囲めーボコれー殺せー奪えー」って感じの円高ではなく、沈む船でみんなが「乗せろー、そのボート乗せろー」って感じの円高なので、ぶっちゃけカウンターぶちこんでもきりが無い。幾ら日銀とはいえ、世界の金融資産の中では決して大きな存在とはいえない。難民の群れに向かって機銃掃射してるようなもんだ。
ただ、もちろん難民と言えど死にたくはないので、多少のマインドの変化は起こるだろーなと思う。とはいえ、プラグマティックに考えて人類というのはあらゆる選択肢を総体的には間違う生き物であるので、やっぱ円高は続いてみんなで沈むんじゃないかなーというのが正直なところ。
日銀さんのお手並み拝見、って感じですね。
ところでわたしの趣味の83Sが強制決済食ったんですが、白川さんの顔面にピザとか投げたいんですが。
それからアメリカのピザどもの顔面にもおにぎりとか投げたいんですが。んだよもー、ここだけは絶対無いって場所で介入しやがって。そーいう意味でやっぱ日銀は流石だな、と思った一日でした。びっくりしたわ。
経済学にはマクロとミクロしかないから、このような主張が出てくるのであろう。マクロ経済学には、多国間経済という視点もある筈なのだが、時代遅れの頭脳では、国内経済レベルの話しか、頭がついていかないのであろう。
国境の内側だけで経済が閉じている状態であれば、インフレターゲットは成功する。しかし、インフレターゲットは根拠無き値上げの容認である事から、貿易がある状態では、輸入品に国内市場を席捲されるだけとなる。根拠無き値上げができると言われても、他国がそれに従うわけが無く、インフレターゲットを行っている国家の産業は市場における競争において敗北する。
地球上の全ての国家がインフレターゲットをやるのであれば、可能性はあるが、それは机上の空論でしかない。後進国・発展途上国だからといって特別扱いを主張する国家にしてみれば、先進国がインフレターゲットをして国内産業を劣化させ、その隙に乗じて後進国・発展途上国が工業製品を輸出して富を得るのは、国家間の経済のアンバランスを修正する正常な行為であるとすら主張するであろう。
根拠ある値上げを恒常的に行えるようにする事こそが、インフレ政策であり、その為には、技術や新製品の開発が恒常的に行われなければならない。企業はノウハウを持った人材を抱え込まなければならなくなり、雇用が増加する。さらに、新規参入者が常に出てくるという状態を維持しなければならない。新規参入者が出てこないのであれば、技術や製品を更新していくメリットは無く、資本と知的財産権等の既得権益だけでやっていける。そして、そのような環境では、技術や新製品の開発という業務すら、利益に繋がりにくいコスト部門となり、リストラされてしまう。
インフレにしたいと言いながら、デフレになるような法制度を作ってきたという言行不一致が政府のとっている行動である。中央銀行にインフレにしろとせっついても、中央銀行にやれる事は金利を上下させる事だけで、金利が0%に張り付いている状態では、金利を下げる事による景気刺激は不可能となる。これは、デフレを発生させている法制度の改廃によらなければ、景気の回復はありえないということである。
って最悪だな。
今、思い浮かんだ現象をば。
1.事業体の縮小、事業数の減少、事業機会の減少
2.社会保障費の現役世代負担増大
3.需給GAPの拡大(年寄りは消費エネルギーが少ない、若者が少なく倹約生活で、全体の需要が減少)
4.ポジションの減少、失業率悪化、雇用流動性喪失(仕事が少なくなるので、年寄り椅子にしがみつき、若者は立ち見さえも許されない)
ひろゆきが起業をすすめる無責任な大人って言葉を使ったがほんとうにそうだ。仕事がなくて、年寄りばかり増えて、金だけは出しなさいって感じだ。そりゃ、若者がイノベーションを起こすっていうのはミクロレベルの調節は部分的にはありだ。しかし、需給GAP35兆円で20〜30年後の平均年齢は60歳近いと推定される社会でどうやっても穴埋めなんてできない。イスがそもそもないし、作り出せない状況なのにどうにかしたいのであれば自分たちが犠牲を払うことだ。
でも、不思議なのは各国が金融危機に対応するために中央銀行がバランスシートを膨らませてお金がじゃぶじゃぶ溜まっている状況だ。それってつまりはデフレってことだよな。デフレって物価が安くなることだろ。んで、結果、増えたお金でものがとても楽に変えるってことだよね。ん?何でお金が余裕にあるのに消費が減少するのだ?だって、使ってないお金を世の中に流れるようにすれば、すごい勢いで消費が促進されるのにおかしい。
物価下げ → 起業の収益下げ → 賃金カット → 消費減 → 物価下げ
違う、そもそもお金の流動性が問題。局在しているから一人占めしないで強制的流す。
現金保有税を課して、国の財源補填と現金流動性UPをすることで経済成長を促進する。
なんか、こう頭のいい人が納得いくような記事を上げてくれないだろうか。
特に、人口統計と経済統計を組み合わせて、うまく説明してくれるのがいい。
どこにつっこんでもいいし、どれだけ長文でもいいし、どれだけロジカルでもかまわない。
とにかく、つきつめて考えて丁寧な説明がほしいです。
http://agora-web.jp/archives/946893.html
市場はどう動くだろうか。国会決議が行なわれる見通しになった段階で、国債が売られて暴落し、入札が成り立たない事態も考えられる。
戦前の日銀引き受けでは長期金利は上がらなかったし、ちょっと前の量的緩和で日銀が国債保有を増やしたときも暴落は起こらなかった。日銀引き受けが大量に行われるということは市場に売り出される国債が激減することを意味する。決議がされそうだからといってすぐに他の運用先が出てくるわけでもないのに、国債を売ったところで無利子の現金を保有する事になってますます損するだけ。
通常のインフレは貨幣的現象だからマネタリーベースを絞ることで抑制できるが、中南米でよく起こるハイパーインフレは、サージェントも指摘するように政府や中央銀行の信用が失われることによる財政的現象なので、信用を失った日銀がインフレを止めることはできない。
その中南米でもインフレ目標導入後はハイパーインフレも止まり、マイルドインフレが続いてるのが現実。
国債が暴落すると、それを300兆円以上保有している邦銀は莫大な含み損を抱える。邦銀も最初は買い支えるが、支えきれなくなったら、含み損を避けるために売り逃げるだろう。彼らは横並びで動くので、売り始めたら国債はさらに暴落する。たとえば10年物国債の金利が(史上最高水準の)8%になると、額面利率1.2%の既発債の価格は62円になり、全体で110兆円以上の損失が出る。これは90年代の不良債権の純損失を上回り、邦銀のほとんどが破綻するだろう。
300兆以上という数字がどこから出てきたのかわからないが、邦銀の保有は100兆ぐらい。郵貯をあわせても300兆に届かない。しかも保有している国債のすべてが10年物とかの長期国債ではないし、長期国債を持ってるのは日銀や年金など公的機関の比率が多く民間金融機関のほうが短期国債の比率が高いので、仮に長期金利が8%になっても100兆を超えるような損失は出ない。インフレ率が上がるときは株や外貨や不動産も値上がりするのでそれを考慮すればもっと損失は小さいどころか大きな利益がでることすらありうる。
こうした事態が予見された段階で取り付けが起き、2008年の欧米のような状態になろう。欧米より悪いのは、財政も破綻しているため、政府が銀行を救済できない点だ。
上記のようにそもそもインフレで金融機関のような借金持ちが損するというのがおかしいが、高いインフレ率になるような時期に銀行からおろしてタンス預金したがる馬鹿はまずいないので取り付けもおきない。
○正森委員 私は、残る時間について、まず最初に円ドル問題について聞かしていただきたいと思います。
総理、レーガン大統領に言うべきことを言わなかったことは、先ほど申し上げました核廃絶などいろいろございますが、経済で言えば、第一に、米国に対して財政赤字削減、軍事費削減を求め、日本経済の自主性を守られなかった点であります。順に聞いてまいります。
宮澤大蔵大臣、昨年十月末でございますが、あなたは新聞やテレビで日銀のドル介入資金は幾らでもあると公言されております。これはそのとおりですか。
○宮澤国務大臣 そういうことを申したかもしれません。
○正森委員 念のために申しておきますが、これは十月二十九日の朝日の夕刊などで「介入資金はいくらでもある」こう言われております。これは、幾らでもあるといいましてもあなたのポケットマネーから出るわけではないので、どこかから介入資金はつくり出してこなければなりません。どこからつくり出してくるかと言えば、これは大蔵省が外国為替資金証券という支払い手形を出して、これを日銀が引き受けまして割り引いて現金を渡すのではないのですか。
資料を配ってください。
○宮澤国務大臣 資金のもとは為券でございます。幾らでもあると申したといたしますと、金は幾らでもあると申した方が割に使わずに済むことが多いものでございますから、案外そんなことを申したかもしれません。
○正森委員 幾らでもあるというのですが、我が国の建前上幾らでもあるようにはなっていないのですね。
今手元に資料をお配りいたしましたので、私にも一枚下さい。
その二枚目を見ていただきますと、二枚目の下の方から三つ目ぐらいのところに書いてありますが、「外国為替資金「外国為替資金特別会計法」第四条第二項」で二十八兆と書いてあります。つまり、為券を出す場合に無制限に出されると困るので、外国為替資金特別会計法という法律があって、予算の総則に掲げて承認を得なさいということになっているわけであります。それで、日銀が引き受けて出すことになっておるわけであります。この限度は、調べてまいりましたが、昭和五十六年ごろから六十一年まではずっと十三兆円だったのです。それがプラザ合意になりましてから急激にふえまして、六十二年には当初予算で十六兆円、第一次補正で十九兆円。第二次補正、これは八日、九日に審議されるそうですが、二十一兆円。そして六十三年度の、今我々が審議しております当初予算では二十八兆円にも膨れ上がっておるのですね。
いいですか、六十三年度の我が国の本予算でさえ国債発行額は九兆円に満たないのですよ。そのために、中曽根内閣以来竹下内閣は、一生懸命財政再建、財政再建でいっているのです。借換債を入れても二十三兆円ですよ。ところが、我が国の予算五十六兆の半分にも匹敵する二十八兆というお金が、事もあろうに日銀引き受けで、輪転機を回して日銀券を出して引き受けて、それが円をば
らまいてドルを買って、そしてアメリカの経常収支の赤字や財政赤字に事実上充てられておるということになっているんじゃないのですか。それがこの仕組みでしょう。
○宮澤国務大臣 途中まではおっしゃるとおりなんでございますが、最後のところがまた違いますので、これは我が国のやはり経済の安定ということが一番大事でございますし、ひいては世界の自由主義経済の安定ということに寄与するためでございます。
○正森委員 前半はお認めになったと思いますけれども、きのう同僚委員が、永末委員でございましたが質問しましたときに、これは日本国民に対して損害を与えていないんだなと言うたら、そうですというように言われましたけれども、それは事実と違うのじゃないですか。
この資料の三枚目をごらんになってください。外為の評価損というところに書いてありますけれども、六十三年末には六兆円もの外為会計の評価損が出ているじゃないですか。これは後で会計検査院に時間があったら聞きますけれども、郵政関係で一兆二千億円ほどアメリカの証券などを買って三千億円赤字が出ているという特別の注意がありましたが、三千億円程度じゃないのですね。六兆円ですよ。これがどうして我が国に損害がないのですか。
○宮澤国務大臣 この会計は、それこそ三百六十円のときからずっと続いておりますから、このような累積のいわばバランスシート上の評価損が出ておるわけでございます。
ただ、申し上げますと、これは資産運用をするためにこの会計を持っているわけではございませんで、外貨支払いのための会計でございますから、我が国の輸入が今大体九〇%ぐらいはドルで支払われております、したがいまして、これは外貨で持っておりませんと用をなさない会計でございまして、そういう意味でこれをこういう形で持っております。
なお、それはバランスシートのことであって、損益計算書で申せば、これだけ持っております外貨は運用をいたしておりますので、運用益は毎年かなり多くのものを一般会計に繰り入れております。
○中山国務大臣 今簡保の資金のことについてお話がございましたので。
売ったら三千億損をするけれども、売らない限りは損はないということでございますし、高利で運用をしておりますので、三十五兆の資金を持っておりますけれども、その三分の一は道路公団とか中小企業金融公庫とか、あとの三分の一は地方公共団体、公民館とか道路とか学校、そういうものを建てるものに回しておりまして、あとの三分の一がそういう運用をしておりますが、これは会計検査院の方で欄外にそういう報告の中に書かれるだけでございまして、決して損はいたしておりませんので、その辺御了承いただきたいと思います。
○正森委員 実際上損をしていないなどと言われますけれども、こういうのは、売りましていずれは日本国内へ円として持ってこなければならないものですから、これは為替差損がどんどん大きくなればやがては損をするということは非常にはっきりしたので、外為会計とはまたその点で若干性質が違うものであります。
しかし、外為会計についても、宮澤大蔵大臣、申し上げますが、あなたは何せ三百六十円の円の時代からの為替損が今は百二十円なんで累積しているんだというように言われましたけれども、私は過去何年分か調べてみたのですよ。そうしたら五十七年、五十八年分ぐらいまでは評価損は一兆九千億円ぐらいじゃないですか。ここ二、三年で急速に三倍に膨れ上がったのでしょう。
それからまた、あなた、運用益は利益として入れておると言いますけれども、出るのは運用益だけじゃないのですよ。これだけ為券を発行すれば利息を払わなければなりませんね。その利息は六千億円あるというようにここにちゃんと書いてありますよ。その差額はだんだんと減って、ことしは、時によっては大分吐き出ていたのが、利益はわずか三千億円しか入っていないでしょう。そう書いておりますよ。一方では三千億円しか入っていないのに、損失の方は六兆円になっておる。昭和六十一年に至っては一年間に、これを見てごらんなさい、二兆三千億円損を出しておるというようになっているじゃないですか。国民に損害がないとは絶対に言えないのですね。
損害はそれだけではありませんよ。日銀引き受けで為券を出しているのでしょう。これは、我が国の歳入であるならば財政法五条によって日銀引き受けなどは絶対にしてはならないと書いてあることじゃないですか。それが為券だからということで二十八兆円も出して、その大部分はニューヨーク連銀を通じてアメリカの証券として事実上固定しているじゃないですか。そのことによって円が国内にばらまかれて、マネーサプライがうんとふえているじゃないですか。八年ぶりにマネーサプライは一〇%を超えたでしょう。それだけ日銀券がだぶたぶと広がって、これだけ円高・ドル安で物価は低下していいのに、またそれだけ日銀券は要らないのに日銀券が非常にふえてきている。いいですか。学者は、こういう外貨介入があって、大蔵省の指示による日銀の介入があって日銀券のマネーサプライが一一・八%というようにふえたので、そのお金が土地に回った、あるいは株に回ったということで株の上昇が起こり、土地の上昇が起こった。東京経済大学の宮崎氏などはそういうことを明白に言っていますよ。それ以外の学者も言っています。
ですから、あなたはきのう永末委員の質問に対して、国民に被害はないんだな、そういうことだと言われたけれども、そうでないじゃないですか。為替では六兆円も損害をこうむっておる。そして日銀券がふえて、それがもとで実際上、土地という特殊な商品、株という特殊な商品については猛烈な投機が起こっておるじゃないですか。それで国土庁が言うように、特別に国会で特別委員会をつくるぐらいの事態になったのです。国民に被害がないなんて絶対に言えないじゃないですか。そして二十八兆円も日銀引き受けで金を出す。このお金は日本の国民の働いた富ですよ。こんなお金をアメリカに持っていくということがなければ、国内で使えば福祉、公共事業、幾らだってできるじゃないですか。現に西ドイツの首相だったシュミットが、日本は何だ、社会保障は不十分だし公共事業は不十分だのに、そういうことをやらないで日銀当局がどんどんドルを買って、アメリカの経常収支の赤字やあるいは軍拡予算による財政赤字、これを賄っている、何でこういうことをするんだと言っているのですよ。また……
○浜田委員長 答えは求めないのですか。一人で言いっ放しですか。
○正森委員 いいんです。だから大蔵大臣の言うことは違うんじゃないですか、こう言っているのです。
○宮澤国務大臣 まず、この会計が資産運用会計でないという点はおわかりいただけましたので、その点はそれといたしまして、さてその評価損がこの二、三年で急に大きくなったではないかとおっしゃいますことは事実でございます。それはいわゆるプラザ合意によるところのドルの引き下げ、円の上昇でございますが、そういうことのこの二年余りの結果であることは御指摘のとおりでございます。
それから次に、剰余金を一般会計に繰り入れているではないか。昭和六十二年度の剰余金は、たしか五千三百億円余りでございますが、そのうち千四百億円を繰り入れております。これは確かに資金コストはございますが、これが大体アメリカのトレジャリービルに運用されておりますから、両方の間の差額、金利差がこの会計のいわば決算上の剰余金になりまして、剰余金を形づくっておりまして、その一部を一般会計に入れておるということでございます。
それから、その次に言われましたことは、私はそうでないとは申し上げません。つまり、こうい
うことをやっておればかなりの円資金が日本経済に放出されるであろう、それがマネーサプライを引ぎ上げているのではないかという点は、私はそういうことは全くないというふうには考えません。そういう効果が幾らかあるということは、日銀、中央銀行当局においていわゆる金の、マネーサプライの管理と申しますか、それの上で一つの問題を提供しておることは事実でございますから、日銀はその辺は非常に苦労をされながら、それが我が国のインフレにつながらないようにやっておられる。また、現にインフレにはなっておらないということはもう御承知のとおりでございますが、さらに申せば、しかし過剰流動性に無関係ではないだろうとおっしゃれば、それは私は全く無関係だとは申し上げません。それはそれなりに、土地なら土地につきまして金融機関の行き過ぎた貸し出し等々について規制をする、注意をするというようなことをやっておりまして、それはそれなりに管理をされておると考えております。つまり、こういういわゆる為替市場における操作というものは、これをいたしませんとやはり我が国の経済、殊に中小企業等々を中心にして非常に急激に大きな影響があって、それが雇用問題につながるというようなことはおわかりいただけることでございますから、そのためのいわば対策をとっておる、こういうものとして御理解をお願いいたしたい。それはまた、それによって世界の、いわゆるG7等々を中心といたしました経済の安定にもつながっておる、このように御理解をいただきたいと思います。
○正森委員 宮澤大蔵大臣、あなたに申し上げますけれども、ドル介入によって事態がよくなりましたか。あなたは、ここに資料を持ってきておりますけれども、これだけ円が高くなりドルが安くなれば貿易収支にも影響があらわれないはずがない、これは六十一年の十一月六日の予算委員会でも言っておられるし、六十二年の二月二十五日の大蔵委員会でも言っておられます。あなたが大蔵大臣になられてからずっとこう言っておられるのです。一向に貿易収支は改善されないじゃないですか。また、ドル買い介入をプラザ合意以来二年余りやってこられました。一向にドルの安いのはとまらないじゃないですか。二百四十円以上あったのを二年間一生懸命買って、去年は三百九十二億ドル買ったけれども、百二十円台になっているじゃないですか。それはなぜでしょうか。それは、現在の為替市場では一日に二千億円動いているのですよ。そして、年間四十七兆円動いているのですよ。これはニューヨーク為替市場、ロンドン為替市場、東京為替市場が実態調査をやってそういう結果が出ているのです。そういう膨大なお金に対して、アメリカの経済の実体を直さないで日本だけが一生懸命日銀に引き受けさせてせっせとドル介入をしましても、その額は知れているのです。二十八兆といったって、全部合わせたって約二千億ドルじゃないですか。それで効果がないからどんどん円高・ドル安が進み、貿易収支の赤字は直らないということになっているのです。ですから、円高・ドル安になれば中小企業は困りますけれども、それを直す道は、財政法の五条で事実上禁止されている日銀引き受けでどんどん札束を出して、その札束を日本国じゅうにばらまいて値打ちがどんどん下がるドルを買う。そのドルをニューヨーク連銀に預けて、日本の民間企業は生保でも何でもこんなに値打ちの下がるもの買うといたら大損をする。政府はおととしは九千億円、去年は二兆円、そしてことしはまた大方二兆円ということで、もうアメリカの国債やらそういうものは買わなくなっているのです。買うことは買っても、あなたが答弁されたでしょう、買え買えと言えないんだ。買うことを強制しても、売ることは自由だと言っているでしょう。どんどん売っているのですよ。そのどんどん売っているのを為替市場で日銀に引き受けさせて、日銀券をつくって一生懸命値打ちの下がるものを買っているのが政府じゃないですか。日銀の為替介入というのは全部大蔵省が指示してやらしているのです。こういうことが効果がないということは、私たち共産党だけが言っているんじゃないのですよ。
例えば、東海銀行が八八年一月に調査月報を出しました。東海銀行といえば都銀の一つですよ。それがどう言っていますか。「アメリカの貿易収支の赤字幅は、九〇年に千百五十億ドル、九三年に一千億ドルまで縮小しよう。しかし、赤字から黒字に転換するには至らない。この結果、対外純債務は、九二年に一兆ドルを上回ろう。経済の規模の拡大速度よりも債務の累増速度の方が速い状況が続けば、利払いだけを考えても、アメリカ経済の債務負担はかなり重いものとなろう。対外純債務の累増を放置しつづけると、アメリカ経済はいつか破綻を迎えることになろう。また、アメリカ経済の破綻を予見して、アメリカ経済への信認が失われると、通貨不安などが起こる可能性がある。」こう言って、需要抑制政策をとらなければためだということを東海銀行が言っております。
現在の連邦準備理事会議長に任命されたアラン・グリーンスパン氏がこう言っております。この「三カ月間、日本、西ヨーロッパ、カナダの中央銀行はアメリカの貿易赤字をファイナンスするのに必要なすべての金を提供してきた。ドルを買い支える努力の一環として、これら中央銀行はドル債や他のドル投資に三百億ドルも投じてきた。」三カ月間です。「これは大まかにいってこの間のアメリカの貿易赤字に匹敵する額である。この数字は、いまや、民間投資家ではなく外国政府がアメリカ経済に必要な資金を貸しつけていることをしめしている。こんな状況がながつづきするはずはない。宴はおひらきになろうとしている。」これはグリーンスパン氏が言っているのですよ。
もっと言いましょうか。
http://anond.hatelabo.jp/20100220230624
将来のインフレ目標に(したがってそれを達成する貨幣供給量に)コミットすることにより期待インフレ率を操作するメカニズムは、通常のインフレ目標政策も流動性の罠からのインフレ目標による脱出も全く同じでしょう。
だから全然違う。
ブランチャードらが言及した4%ターゲットを含む一般的なインフレ目標の議論で問題になるのは、中央銀行に(短期的に)目指すべきターゲットレートを超えるインフレ率を設定するインセンティブが事後的に発生してしまうという点。いわゆる時間的不整合性の問題(この問題の解決法は多くの方法が散々議論されているので、適当なテキストなり論文なりを自分で参照してもらいたい)。だから、2%のターゲットレートを4%に引き上げることによって、コミットメントの問題が追加的に発生することはない。前回の繰り返しになるが、もしも4%の達成を一般の人々が信じないのなら、中銀は喜び勇んで金利を下げるだけの話だ。
一方で、ゼロ金利制約下では、今実質金利を引き下げるには、将来時点で一定期間均衡インフレ率を上回るインフレ率を達成することにコミットせねばならない。しかし、仮にその宣言が信頼され、経済が安定成長軌道に復帰してきたとき、Forward lookingな中央銀行には過去の約束を守るインセンティブがない。むしろ、この時点においては以前からコミットしてきたインフレ目標の遵守を迫られることになる(インフレ目標を置いている場合)。この場合、インフレ目標とリフレ政策とを実行するインセンティブは両立し得なくなる。ここまで書けば両者の違いについて理解してもらえるだろうか。
公平を期して書くと、Eggertsson and Woodford (2003)でも、このコミットメントの困難性は認識されており、それを解決する方法、それが日本でなぜ実行されないかの類推までもが議論されている。興味深い議論なので、こういう話が好きなら読んでおくべきだろう。ここを読むと、Eggertsson and Woodford (2003)の議論が少し違って見えてくるのではないかと思う。この部分が日本語で議論されているのは寡聞にして見たことがないのが残念だが。
それから、上で散々書いたのでこれ以上嫌みったらしいことを書きたくはないが、一点だけ。
なんか根本的に理解してないんじゃない?
増田なんだからどんな放言をしても構わないと思うし、それを失礼だ!と憤るつもりもないが(自分もやっていることだし)、一つ質問させて欲しい。君がこれを書く前に、インフレ目標政策の理論についてどれだけ勉強した?君が「自分は根本を理解している」と明言できる自信は一体どこから来るんだろうか。前から気になっていたのだが、リフレを議論する人たちは(賛否に関わらず)、自分の意見に反論されるとすぐに「経済学が分かっていない」とか「トンデモ」だとか言い出す傾向が見受けられるように思う。十分に勉強した人間が、確固たる確信を持ってその言葉を口にするなら構わない。ただ、外野から見ていると、そうでもない人間が軽々にそう言うことが目に付くように思う。それは、結局リフレに関わる議論それ自体の価値を貶めているように思うのだが。
http://anond.hatelabo.jp/20100218184729
余計な推測は最小限にして、明示的に書いてある内容、つまり「これは日銀が…と片付けられてしまった」(が、実際はそうではなかったと)いう文章からすれば、日本の(あるいはひょっとしたらhttp://krugman.blogs.nytimes.com/2009/11/13/its-the-stupidity-economy/ でクルーグマンが心配しているように米国の)政府・中央銀行が十分な能力あるいは意思を欠いている可能性を、以前より深刻なものとしてとらえなければならないという事でしょう。
つまり「ブランシャールは経済政策としてのリフレを未だに支持しているが、政治的な実現可能性を以前より危ぶんでいる」というのが正しい解釈かと。
いや、明示的に書いてある内容に限定して議論するなら、「ブランシャールは経済政策としてのリフレを未だに支持している」も「政治的な実現可能性を以前より危ぶんでいる」も、論文のどこにも書いてないでしょうに…。
確かにブランシャールは、以前に考えられていたほど流動性の罠からの脱出がやさしくないと言っているんでしょう。しかし、それは別に、より高いインフレ率目標にコミットするという政策が誤っていることが学術的に示されたというわけではないでしょう。リフレ政策が誤りだと分かったということが、この論文で初めて主張される内容ならば、当然にその根拠を示しているはずではないでしょうか。また、そうでなくて、既に他の研究で誤りが示されているのならば(他の主張の一つ一つに丁寧に参考文献を示しているのと同様に)その根拠となる文献も示すはずです。
余計な推測は最小限にして、明示的に書いてある内容、つまり「これは日銀が…と片付けられてしまった」(が、実際はそうではなかったと)いう文章からすれば、日本の(あるいはひょっとしたらhttp://krugman.blogs.nytimes.com/2009/11/13/its-the-stupidity-economy/ でクルーグマンが心配しているように米国の)政府・中央銀行が十分な能力あるいは意思を欠いている可能性を、以前より深刻なものとしてとらえなければならないという事でしょう。
つまり「ブランシャールは経済政策としてのリフレを未だに支持しているが、政治的な実現可能性を以前より危ぶんでいる」というのが正しい解釈かと。
せっかく2時間もかけて前のエントリーを書いたのに、丸一日経っても誰も読んでくれないよ…と涙に暮れていたのですが、なんとお褒めの言葉付きで長文のリプライが!「もうこれは2chに自作自演で宣伝書き込みをするしかない」、と悲壮な決意を固めかけていたのですが、ああ、神様、どうやら私は人の道を踏み外さずにすみそうです。
馬鹿なことを書くのはこれくらいにして本題に入りましょう。
http://anond.hatelabo.jp/20100217164344
「中銀が高めのレートでインフレターゲットを実行する」能力も意志もないのです。処方箋はあるのに肝心の中銀がそれを採用しようという意思がないのです。
こんな中銀ですから、平時においてインフレ率を高めに誘導しておく必要が、すなわち名目金利引き下げの余地を残しておく必要があるのです。
まず、ブランチャード(フランス語読みではブランシャール)らがここで書いた文章の表題をもう一度確認してみましょう。”What we thought we knew”とあります。直訳すれば「我々が理解していると考えていたこと」でしょうか。
ここで過去形になっていることは非常に大きな意味を持ちます。これは「今はもうそうは考えていない」ことを意味しているからです。日本語的な発想では「過去にそう考えていたとして、今どう考えているかは分からないのでは?」と思いがちですが、今も引き続きそう考えているなら英語では現在完了形を使わなければなりません。
英語はこの辺りの時制のコントロールに対して非常に厳密です。ですから、1970年のJohn Smithの論文がこう主張している、という表現をするときには、J. Smith (1970) arguesと書くのが普通です。論文自体が書かれたのは40年前ですが、Smithの主張が今も有効であるならば、現在形になるのです。逆に Smith (1970) arguedと書いた場合、この著者はSmithの意見を既に時代遅れなものと見なしていることになります。
つまり、私の翻訳した部分はブランチャード自身が「既に時代遅れである」と判断したことについて書いてあるのです。翻訳では若干時制が不明確になってしまっていますが、『中央銀行が将来の高い名目マネーサプライ成長率とひいては将来の高いインフレーションにコミット(訳注:約束)できるなら、中銀は期待インフレ率の上昇によって将来の予想実質金利を低下させ、それによって現在の景気を刺激することが出来る』という下りは、原文では
The formal argument was that, to the extent that central banks could commit to higher nominal money growth and thus higher inflation in the future, they could increase future inflation expectations and thus decrease future anticipated real rates and stimulate activity today.
となっています。過去形に注目してください。ブランチャードはこの議論を最早信じてはいないことがここからも分かります。過去形の解釈について納得がいかない方はマーク・ピーターセンの「日本人の英語」辺りを読んでみると良いでしょう。
つまり、ブランチャードが批判的に取り上げているのは、「処方箋があるにもかかわらずそれを採用しようとしない中銀の存在」ではありません。処方箋に問題があるにもかかわらず、それを中銀の意思と能力の問題に矮小化してしまった経済学者の態度こそが批判されているのです。だからこそ、前回翻訳した最後の部分で『公平を期しておくと、Fedは日本の経験を無視したわけではなく、2000年の初めにデフレのリスクを憂慮した論文を発表している』と添え書きされているわけです。経済学者にも良心的な態度を取った人がいたことは、公平のために言及しておく、と。もしも「リフレの処方箋」にコミットする能力と意思を中銀が欠いていることをブランチャードらが問題視しているなら、to be fairなどと書くはずもないことは文脈から明らかでしょう。
ですから、
将来のマネーサプライ増と将来のインフレとにコミットする能力も意思も欠いた中銀だからこそ、4%のインフレ率が必要となるのです。
将来のマネーサプライ増と将来のインフレとにコミットする能力も意思も欠いた中銀だからこそ、流動性の罠など恐るるに足るのです。
この解釈をブランチャードらの論文から引き出すことは出来ないと思います。この論文で議論されているのは徹頭徹尾経済学の問題であって、「能力と意思を欠いた」中央銀行に対して批判的な表現は、(上でも書いたとおり)少なくとも私の読んだ限りでは全く見当たりませんでした。中央銀行は能力も意思もないから、それを前提に現実的な経済理論を再構築しよう、とも書いていません。今まで半ば普遍的に信じられていた、「2%前後で安定したインフレ率が望ましい」という経済学者のコンセンサスそれ自体に疑義を唱えているのです。
加えて、中銀が無能ないしは怠惰であるという理由以外で能力/意思を欠いているのであれば、それは中銀の問題(だけ)ではなく処方箋の側に(も)問題があると考えるのはごく普通の理解であろうと思います。例えば、中銀にそもそもコミットメント能力が備わっていないならば、それを前提とした処方箋は無効であることは当然ですよね。
「いかにして流動性の罠に陥らないようにすればよいのか」を問題にしているブランチャードが、「いかにして流動性の罠から抜け出せばいいのか」という問題への処方箋であるリフレ政策を支持するはずも否定するはずもないのです。
前回翻訳した部分をもう一度参照してください。なぜブランチャードらは2%のインフレ率を望ましくないと判断したのでしょうか。ブランチャードらは過去にも「2%のインフレでは低すぎる、利下げ余地が小さすぎる」という懸念があったことを紹介しています。そして、その懸念は「ゼロ金利になっても、中銀が将来のインフレにコミットすれば大丈夫だ。」という、Eggertsson and Woodford (2003)らの議論によって葬り去られました。そして、日本の金融政策の失敗を受けても、一度葬り去られた懸念が見直されることはありませんでした。
そして、世界中がゼロ金利の罠にハマった後、ブランチャードらはようやく「2%のインフレでは低すぎる、利下げ余地が小さすぎる」という懸念を復活させます。それは、「いやいや利下げ余地が小さくても問題ない、打つ手は他にある」、というリフレ派の議論がもはや有効とは言えないと考えられたからこそなのです。繰り返し書きますが、「流動性の罠から抜け出す簡単な方法は存在しない」からこそ、利下げ余地が論点として再浮上し、高いインフレに伴う経済への負担を覚悟してでも流動性の罠に陥らないようにしようという結論に至る、という論理構成なのです。この論文はかなり読みやすい英語で書かれていますので、暇があれば通読なさると良いでしょう。
また、以上の説明から、最終段落で言及されている「ブランチャードらは流動性の罠から脱出するためのリフレ政策を支持していると読めないこともない」点は、誤読であると申し上げるより他ないことはご理解頂けるのではないかと思います。この辺りも、原文に当たられた方が文章の雰囲気と構成("stood more uneasily in the way"や"to be fair"など)をよりはっきりと掴めるでしょうから、原文を当たられることを繰り返しお勧めします。
最後に、ブランチャードが書いた部分を、少し分かり易く脚色してみます。
とあるところにあるリフレ村で司祭様が村人に説教をしています。
司祭様 「全能なる我らが神はこの村の人々を温かく見守ってくださっておる。なんの心配もいらないよ、君たちは選ばれた民なのだから。100年前の大飢饉(大恐慌)では人々は神への祈りを捧げなかった。だから多くの民が死に絶えたのだ。だが今は違う。私が正しい神への祈り方を教え授けている。神は我らの祈りを請け給うたのだ。」
女 「司祭様。それでは何故私の父は病に苦しんでいるのでしょうか。既に10年以上、病床を離れることが出来ません。」
司祭様 「…それは、あなたの父親の信心が足りないからだ。神を理解する能力に欠けるからだ。彼が心から神を信じているならば、彼の病が長引くことなどあり得なかった。家に帰って彼に伝えなさい。悔い改めよ、と。さすれば彼はたちどころに快復するであろう。」
これは新興宗教の必勝パターンでありまして、この父親が毎日祈りを捧げても(量的緩和)、喜捨の額を増やしても(国債買いオペ増額)、病から快復しないならば「信心が足りない!まだ不十分だ!」と言い続ければよいのです。楽な商売でございます。
ただし、この戦法は多くの村人が病にかかってしまうと通用しなくなります。挙句の果てに村の外からは賢者様がやってきて、「いや、そのお祈りじゃ患者は救えないでしょ。治療法は確立されてないし、一度病気になっちゃうと後が大変だから、とりあえず患者が増えないように予防策を考えようか」とおっしゃっておられます。
さぁ司祭様の立場は一気に悪くなってまいりました。石もて追われる5秒前!しかしこのまま大人しく村を去る司祭様ではありません。一発逆転の隠し玉は当然用意してあるはず。疫病快癒の大祈祷でもって見事リフレの神のご威光を天下に知らしめ、村人達の笑顔を取り戻して下さるに違いありません。
http://anond.hatelabo.jp/20100216112730
明快かつ痛快な解説。ただ一点だけ同意できない点があるのです。
池田先生なんかよりずっと英語が読めている我らが増田一同の代表氏曰く、
「リフレ派の人たちが主張するとおり、「ゼロ金利制約に陥っても、中銀が高めのレートでインフレターゲットを実行すればデフレから脱却できる!」のであれば、なにも4%のインフレを許容してまでゼロ金利を回避する必要などありません。処方箋はあるのですから、それを粛々と実行して安定成長へと復帰すればよろしい。」
おっしゃる通りです。ただし、「中銀が高めのレートでインフレターゲットを実行すれば」という点がなかなかに厄介な障害なのです。
ブランチャード他は以下のように指摘しております(素晴らしい訳を利用させていただきましょう)。
「日銀が将来のマネーサプライ増と将来のインフレとにコミットする能力ないしは意思に欠けるからであると片付けられてしまった」
「中銀が高めのレートでインフレターゲットを実行する」能力も意志もないのです。処方箋はあるのに肝心の中銀がそれを採用しようという意思がないのです。
こんな中銀ですから、平時においてインフレ率を高めに誘導しておく必要が、すなわち名目金利引き下げの余地を残しておく必要があるのです。
名目金利引き下げの余地を残しておいて流動性の罠に陥らないようにしておかないといけないのです。
というのも、この国の中銀は将来のマネーサプライ増と将来のインフレとにコミットする能力も意思もございませんから、一旦流動性の罠に陥ってしまえば、長引くデフレ不況という辛い未来が約束されているからです。
そういうわけで「リフレ政策があれば流動性の罠など恐るるに足らない、だから4%のインフレ率なんか必要ない!」と高らかに宣言することはできないのです。
将来のマネーサプライ増と将来のインフレとにコミットする能力も意思も欠いた中銀だからこそ、4%のインフレ率が必要となるのです。
将来のマネーサプライ増と将来のインフレとにコミットする能力も意思も欠いた中銀だからこそ、流動性の罠など恐るるに足るのです。
流動性の罠に陥らないようにするために、4%(具体的な数値は検討の余地があるでしょう)のインフレ目標が必要になるのです。
ただ、以上の話はいかにして流動性の罠に陥らないようにするかという話であります。
一旦流動性の罠に陥ってしまった経済がいかにして流動性の罠から脱却すればよいのか、という話とは次元の違う話です。
つまりは、ブランチャードらによるインフレ目標4%の提案は現在の日本経済が抱える問題、いかにして流動性の罠から抜け出したらよいのかという問題とは分けて考えるべきなのです。
ブランチャードはリフレを支持もしていなければ否定もしていないのです。
ブランチャードは「いかにして流動性の罠に陥らないようにすればよいのか」を問題にしているのです。
リフレ政策というのは、「いかにして流動性の罠から抜け出せばいいのか」という問題に対する一つの処方箋であります。
「いかにして流動性の罠に陥らないようにすればよいのか」を問題にしているブランチャードが、「いかにして流動性の罠から抜け出せばいいのか」という問題への処方箋であるリフレ政策を支持するはずも否定するはずもないのです。
そもそも取り組んでいる問題が違うのです。
(ただし、ブランチャード他はリフレ政策の有効性もきちんと指摘しております。再度素晴らしい訳を利用させていただきますと、
なぜなら、中央銀行が将来の高い名目マネーサプライ成長率とひいては将来の高いインフレーションにコミット(訳注:約束)できるなら、中銀は期待インフレ率の上昇によって将来の予想実質金利を低下させ、それによって現在の景気を刺激することが出来るからだ(脚注)
この文章にはEggertsson and Woodford (2003)への参照がなされていますから、ブランチャードら自身の意見というよりは、こういう議論もあるよ、という紹介にすぎないのかもしれません。この点に留意しつつも、「中央銀行が将来の高い名目マネーサプライ成長率とひいては将来の高いインフレーションにコミット(訳注:約束)できるなら」流動性の罠から脱出できる、という話でありますから、流動性の罠から脱出するためのリフレ政策を支持していると読めないこともないでしょう。)