はてなキーワード: 春秋とは
メシウマとは
メシウマは「2ちゃんねる」などで使われる、他人の不幸に関するニュースに対し用いられるインターネットスラングである。「他人の不幸で今日も飯がうまい」の略称で、「(他)人の不幸は蜜の味」や「幸災楽禍」(春秋左氏伝)等とほぼ同義である。
このメシウマという感覚、通常は、有名人のやっちゃった系ニュースとかでざまぁwwって感じで使われていたんだけど、
最近、この感覚を正義という名の下に甘受している人が多すぎる。そして、それをし続けるとやばい。絶対に精神的に腐った人間に墜ちていく。
つまりあれだ。最近バカ発見器として名高いtwitterを使って、カンニングだの飲酒運転だのの発言を元に、
イイオトナたちがよってたかって祭り上げ、通報し、大学に連絡し、一人の人間を陥れる。
これを、「犯罪」の名の下に行うから、批判してる側も傍観してあきれてる人間も、
全員正義の側だから、安心して批判できる。安心して見下せる。安心して、他人の不幸で飯が食えるのだ。
芸能人のゴシップに夢中になる主婦をバカにする人たちも、このちょっとした正義っていう後ろ盾があると一転。
もう井戸端会議で済むおばちゃんなんぞ比較にならないくらい、残酷な手口で相手を陥れ、それでいて
正義面して良いことやった、みたいな感じの気分で、他人の不幸を愉しむという感覚。
これはかなりヤバい。どう考えても、精神的を濁らせ、腐らせていくとしか思えない。
いくら法律とか道徳とか正義とかを盾にして炎上に乗っかる自分自身を肯定したとしても、
心の底では分かってるはずなのだ。「他人の不幸、気持ちいい」と。
芸能人のゴシップは、自分自身は単なる観客だからまだかわいいほうだ。
そして、大人数だから罪悪感がない。それどころか、正義だと思っている。
そういう炎上記事を「はぁーあ、まったく近頃の学生はがくしゅうしねぇなぁw」
つって読む。
読むたびに、きっと、重要な何かが腐敗していっている。
近所のうるさいおばちゃんと変わらない腐臭が漂いはじめている。
近頃の若者は、っていう、加齢臭ひどいおっさんに近づいている。
ネット上の祭りに参加すればするほど、実際の自分という人間は、
どんどん本当のお祭りから遠ざかっていく。寂しくひからびていく。
それを無自覚にやってるから怖い。
中日新聞と東京新聞は折込広告の量と地方記事以外はほとんど同じで、社説やコラムもだいたい同じなんだけど、昨日のコラムは東京新聞と中日新聞で内容が違った。
東京新聞は雑誌版の「ぴあ」が休刊になる話。中日新聞は「脱菅」と「脱原発」がテーマの煮え切らない感じのコラムだった。
「特報」ページを中心にかなり強硬な脱原発路線をとっているのは同じだと思うんだが、何かまずかったのだろうか。
中日新聞:中日春秋:コラム(CHUNICHI Web)菅直人とは、何者か。今、政治をめぐる議論の多くは、この問いにたどりつく、といってもいいだろう
▼最近の共同通信の世論調査結果を見てみよう。菅さんが、停止中の原発の再稼働に待ったをかけたストレステスト(耐性評価)については、過半が肯定的評価をしている。さらに、菅さんが成立に執念を見せる再生エネルギー推進を狙う法案にも、八割近くが賛成だ
▼そして、それらを総括するような菅さんの宣言、「脱原発」の方針も七割が支持している。にもかかわらず、菅内閣の支持率は過去最低、二割にすら届かない。これほど、首相としての評価と、主張への評価が分裂している人も珍しい
▼永田町でも似た傾向はあって「主張はいいが、菅さんはいや」という議員が少なくない。いわば、「脱菅直人」と「脱原発」のどちらも望むのが、今の“多数派”の思潮ということになろうか
▼だが「脱菅」、つまり、菅さんの退陣が、「脱原発」路線を後退させる可能性はないか。あり得るだろう。実際、反「脱原発」派も「脱菅」を望み、何より、名の挙がるポスト菅候補の中に、菅さんほど「脱原発」を鮮明にしている人はいない
▼どちらも望める状況になれば、それでいい。だが、もしも、「脱菅」を望んで「脱原発」が遠のくとしたら、それは“多数派”の本意ではあるまい。ここは、考え所かもしれない。
「最近の共同通信の世論調査結果」というのはたぶんこれだろう「脱原発」70%賛成、共同通信の世論調査 写真3枚 国際ニュース : AFPBB News
NHKの調査http://www.nhk.or.jp/bunken/summary/yoron/social/pdf/110709.pdfを見ても、原発を減らすべきと全廃すべきをあわせると65%くらいになる。
ポスト菅候補の人たちも、「脱原発」を唱えて菅直人の「後継者」のように見られるのは本意ではないだろうし、なかなか難しいところなのかもしれない。
戦争責任者の問題
最近、自由映画人連盟の人たちが映画界の戦争責任者を指摘し、その追放を主張しており、主唱者の中には私の名前もまじつているということを聞いた。それがいつどのような形で発表されたのか、くわしいことはまだ聞いていないが、それを見た人たちが私のところに来て、あれはほんとうに君の意見かときくようになつた。
そこでこの機会に、この問題に対する私のほんとうの意見を述べて立場を明らかにしておきたいと思うのであるが、実のところ、私にとつて、近ごろこの問題ほどわかりにくい問題はない。考えれば考えるほどわからなくなる。そこで、わからないというのはどうわからないのか、それを述べて意見のかわりにしたいと思う。
さて、多くの人が、今度の戦争でだまされていたという。みながみな口を揃えてだまされていたという。私の知つている範囲ではおれがだましたのだといつた人間はまだ一人もいない。ここらあたりから、もうぼつぼつわからなくなつてくる。多くの人はだましたものとだまされたものとの区別は、はつきりしていると思つているようであるが、それが実は錯覚らしいのである。たとえば、民間のものは軍や官にだまされたと思つているが、軍や官の中へはいればみな上のほうをさして、上からだまされたというだろう。上のほうへ行けば、さらにもつと上のほうからだまされたというにきまつている。すると、最後にはたつた一人か二人の人間が残る勘定になるが、いくら何でも、わずか一人や二人の智慧で一億の人間がだませるわけのものではない。
すなわち、だましていた人間の数は、一般に考えられているよりもはるかに多かつたにちがいないのである。しかもそれは、「だまし」の専門家と「だまされ」の専門家とに劃然と分れていたわけではなく、いま、一人の人間がだれかにだまされると、次の瞬間には、もうその男が別のだれかをつかまえてだますというようなことを際限なくくりかえしていたので、つまり日本人全体が夢中になつて互にだましたりだまされたりしていたのだろうと思う。
このことは、戦争中の末端行政の現われ方や、新聞報道の愚劣さや、ラジオのばかばかしさや、さては、町会、隣組、警防団、婦人会といつたような民間の組織がいかに熱心にかつ自発的にだます側に協力していたかを思い出してみれば直ぐにわかることである。
たとえば、最も手近な服装の問題にしても、ゲートルを巻かなければ門から一歩も出られないようなこつけいなことにしてしまつたのは、政府でも官庁でもなく、むしろ国民自身だつたのである。私のような病人は、ついに一度もあの醜い戦闘帽というものを持たずにすんだが、たまに外出するとき、普通のあり合わせの帽子をかぶつて出ると、たちまち国賊を見つけたような憎悪の眼を光らせたのは、だれでもない、親愛なる同胞諸君であつたことを私は忘れられない。もともと、服装は、実用的要求に幾分かの美的要求が結合したものであつて、思想的表現ではないのである。しかるに我が同胞諸君は、服装をもつて唯一の思想的表現なりと勘違いしたか、そうでなかつたら思想をカムフラージュする最も簡易な隠れ蓑としてそれを愛用したのであろう。そしてたまたま服装をその本来に扱つている人間を見ると、彼らは眉を逆立てて憤慨するか、ないしは、眉を逆立てる演技をして見せることによつて、自分の立場の保鞏(ほきよう)につとめていたのであろう。
少なくとも戦争の期間をつうじて、だれが一番直接に、そして連続的に我々を圧迫しつづけたか、苦しめつづけたかということを考えるとき、だれの記憶にも直ぐ蘇つてくるのは、直ぐ近所の小商人の顔であり、隣組長や町会長の顔であり、あるいは郊外の百姓の顔であり、あるいは区役所や郵便局や交通機関や配給機関などの小役人や雇員や労働者であり、あるいは学校の先生であり、といつたように、我々が日常的な生活を営むうえにおいていやでも接触しなければならない、あらゆる身近な人々であつたということはいつたい何を意味するのであろうか。
いうまでもなく、これは無計画な癲狂戦争の必然の結果として、国民同士が相互に苦しめ合うことなしには生きて行けない状態に追い込まれてしまつたためにほかならぬのである。そして、もしも諸君がこの見解の正しさを承認するならば、同じ戦争の間、ほとんど全部の国民が相互にだまし合わなければ生きて行けなかつた事実をも、等しく承認されるにちがいないと思う。
しかし、それにもかかわらず、諸君は、依然として自分だけは人をだまさなかつたと信じているのではないかと思う。
そこで私は、試みに諸君にきいてみたい。「諸君は戦争中、ただの一度も自分の子にうそをつかなかつたか」と。たとえ、はつきりうそを意識しないまでも、戦争中、一度もまちがつたことを我子に教えなかつたといいきれる親がはたしているだろうか。
いたいけな子供たちは何もいいはしないが、もしも彼らが批判の眼を持つていたとしたら、彼らから見た世の大人たちは、一人のこらず戦争責任者に見えるにちがいないのである。
もしも我々が、真に良心的に、かつ厳粛に考えるならば、戦争責任とは、そういうものであろうと思う。
しかし、このような考え方は戦争中にだました人間の範囲を思考の中で実際の必要以上に拡張しすぎているのではないかという疑いが起る。
ここで私はその疑いを解くかわりに、だました人間の範囲を最小限にみつもつたらどういう結果になるかを考えてみたい。
もちろんその場合は、ごく少数の人間のために、非常に多数の人間がだまされていたことになるわけであるが、はたしてそれによつてだまされたものの責任が解消するであろうか。
だまされたということは、不正者による被害を意味するが、しかしだまされたものは正しいとは、古来いかなる辞書にも決して書いてはないのである。だまされたとさえいえば、一切の責任から解放され、無条件で正義派になれるように勘ちがいしている人は、もう一度よく顔を洗い直さなければならぬ。
しかも、だまされたもの必ずしも正しくないことを指摘するだけにとどまらず、私はさらに進んで、「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」ことを主張したいのである。
だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からもくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持つている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪であり、昔から決していばつていいこととは、されていないのである。
もちろん、純理念としては知の問題は知の問題として終始すべきであつて、そこに善悪の観念の交叉する余地はないはずである。しかし、有機的生活体としての人間の行動を純理的に分析することはまず不可能といつてよい。すなわち知の問題も人間の行動と結びついた瞬間に意志や感情をコンプレックスした複雑なものと変化する。これが「不明」という知的現象に善悪の批判が介在し得るゆえんである。
また、もう一つの別の見方から考えると、いくらだますものがいてもだれ一人だまされるものがなかつたらとしたら今度のような戦争は成り立たなかつたにちがいないのである。
つまりだますものだけでは戦争は起らない。だますものとだまされるものとがそろわなければ戦争は起らないということになると、戦争の責任もまた(たとえ軽重の差はあるにしても)当然両方にあるものと考えるほかはないのである。
そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。
このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。
そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。
それは少なくとも個人の尊厳の冒涜(ぼうとく)、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。
我々は、はからずも、いま政治的には一応解放された。しかしいままで、奴隷状態を存続せしめた責任を軍や警察や官僚にのみ負担させて、彼らの跳梁を許した自分たちの罪を真剣に反省しなかつたならば、日本の国民というものは永久に救われるときはないであろう。
「だまされていた」という一語の持つ便利な効果におぼれて、一切の責任から解放された気でいる多くの人人の安易きわまる態度を見るとき、私は日本国民の将来に対して暗澹たる不安を感ぜざるを得ない。
「だまされていた」といつて平気でいられる国民なら、おそらく今後も何度でもだまされるだろう。いや、現在でもすでに別のうそによつてだまされ始めているにちがいないのである。
一度だまされたら、二度とだまされまいとする真剣な自己反省と努力がなければ人間が進歩するわけはない。この意味から戦犯者の追求ということもむろん重要ではあるが、それ以上に現在の日本に必要なことは、まず国民全体がだまされたということの意味を本当に理解し、だまされるような脆弱(ぜいじやく)な自分というものを解剖し、分析し、徹底的に自己を改造する努力を始めることである。
こうして私のような性質のものは、まず自己反省の方面に思考を奪われることが急であつて、だました側の責任を追求する仕事には必ずしも同様の興味が持てないのである。
こんなことをいえば、それは興味の問題ではないといつてしかられるかもしれない。たしかにそれは興味の問題ではなく、もつとさし迫つた、いやおうなしの政治問題にちがいない。
しかし、それが政治問題であるということは、それ自体がすでにある限界を示すことである。
すなわち、政治問題であるかぎりにおいて、この戦争責任の問題も、便宜的な一定の規準を定め、その線を境として一応形式的な区別をして行くより方法があるまい。つまり、問題の性質上、その内容的かつ徹底的なる解決は、あらかじめ最初から断念され、放棄されているのであつて、残されているのは一種の便宜主義による解決だけだと思う。便宜主義による解決の最も典型的な行き方は、人間による判断を一切省略して、その人の地位や職能によつて判断する方法である。現在までに発表された数多くの公職追放者のほとんど全部はこの方法によつて決定された。もちろん、そのよいわるいは問題ではない。ばかりでなく、あるいはこれが唯一の実際的方法かもしれない。
しかし、それなら映画の場合もこれと同様に取り扱つたらいいではないか。しかもこの場合は、いじめたものといじめられたものの区別は実にはつきりとしているのである。
いうまでもなく、いじめたものは監督官庁であり、いじめられたものは業者である。これ以上に明白なるいかなる規準も存在しないと私は考える。
しかるに、一部の人の主張するがごとく、業者の間からも、むりに戦争責任者を創作してお目にかけなければならぬとなると、その規準の置き方、そして、いつたいだれが裁くかの問題、いずれもとうてい私にはわからないことばかりである。
たとえば、自分の場合を例にとると、私は戦争に関係のある作品を一本も書いていない。けれどもそれは必ずしも私が確固たる反戦の信念をもちつづけたためではなく、たまたま病身のため、そのような題材をつかむ機会に恵まれなかつたり、その他諸種の偶然的なまわり合せの結果にすぎない。
もちろん、私は本質的には熱心なる平和主義者である。しかし、そんなことがいまさら何の弁明になろう。
戦争が始まつてからのちの私は、ただ自国の勝つこと以外は何も望まなかつた。そのためには何事でもしたいと思つた。国が敗れることは同時に自分も自分の家族も死に絶えることだとかたく思いこんでいた。親友たちも、親戚も、隣人も、そして多くの貧しい同胞たちもすべて一緒に死ぬることだと信じていた。このばか正直をわらう人はわらうがいい。
このような私が、ただ偶然のなりゆきから一本の戦争映画も作らなかつたというだけの理由で、どうして人を裁く側にまわる権利があろう。
では、結局、だれがこの仕事をやればいいのか。それも私にはわからない。ただ一ついえることは、自分こそ、それに適当した人間だと思う人が出て行つてやるより仕方があるまいということだけである。
では、このような考え方をしている私が、なぜ戦犯者を追放する運動に名まえを連ねているのか。
私はそれを説明するために、まず順序として、私と自由映画人集団との関係を明らかにする必要を感じる。
昨年の十二月二十八日に私は一通の手紙を受け取つた。それは自由映画人集団発企人の某氏から同連盟への加盟を勧誘するため、送られたものであるが、その文面に現われたかぎりでは、同連盟の目的は「文化運動」という漠然たる言葉で説明されていた以外、具体的な記述はほとんど何一つなされていなかつた。
そこで私はこれに対してほぼ次のような意味の返事を出したのである。
「現在の自分の心境としては、単なる文化運動というものにはあまり興味が持てない。また来信の範囲では文化運動の内容が具体的にわからないので、それがわかるまでは積極的に賛成の意を表することができない。しかし、便宜上、小生の名まえを使うことが何かの役に立てば、それは使つてもいいが、ただしこの場合は小生の参加は形式的のものにすぎない。」
つまり、小生と集団との関係というのは、以上の手紙の、応酬にすぎないのであるが、右の文面において一見だれの目にも明らかなことは、小生が集団に対して、自分の名まえの使用を承認していることである。つまり、そのかぎりにおいては集団はいささかもまちがつたことをやつていないのである。もしも、どちらかに落度があつたとすれば、それは私のほうにあつたというほかはあるまい。
しからば私のほうには全然いい分を申し述べる余地がないかというと、必ずしもそうとのみはいえないのである。なぜならば、私が名まえの使用を容認したことは、某氏の手紙の示唆によつて集団が単なる文化事業団体にすぎないという予備知識を前提としているからである。この団体の仕事が、現在知られているような、尖鋭な、政治的実際運動であることが、最初から明らかにされていたら、いくらのんきな私でも、あんなに放漫に名まえの使用を許しはしなかつたと思うのである。
なお、私としていま一つの不満は、このような実際運動の賛否について、事前に何らの諒解を求められなかつたということである。
しかし、これも今となつては騒ぐほうがやぼであるかもしれない。最初のボタンをかけちがえたら最後のボタンまで狂うのはやむを得ないことだからである。
要するに、このことは私にとつて一つの有益な教訓であつた。元来私は一個の芸術家としてはいかなる団体にも所属しないことを理想としているものである。(生活を維持するための所属や、生活権擁護のための組合は別である)。
それが自分の意志の弱さから、つい、うつかり禁制を破つてはいつも後悔する破目に陥つている。今度のこともそのくり返しの一つにすぎないわけであるが、しかし、おかげで私はこれをくり返しの最後にしたいという決意を、やつと持つことができたのである。
最近、私は次のような手紙を連盟の某氏にあてて差し出したことを付記しておく。
「前略、小生は先般自由映画人集団加入の御勧誘を受けた際、形式的には小生の名前を御利用になることを承諾いたしました。しかし、それは、御勧誘の書面に自由映画人連盟の目的が単なる文化運動とのみしるされてあつたからであつて、昨今うけたまわるような尖鋭な実際運動であることがわかつていたら、また別答のしかたがあつたと思います。
ことに戦犯人の指摘、追放というような具体的な問題になりますと、たとえ団体の立場がいかにあろうとも、個人々々の思考と判断の余地は、別に認められなければなるまいと思います。
そして小生は自分独自の心境と見解を持つものであり、他からこれをおかされることをきらうものであります。したがつて、このような問題についてあらかじめ小生の意志を確かめることなく名まえを御使用になつたことを大変遺憾に存ずるのであります。
しかし、集団の仕事がこの種のものとすれば、このような問題は今後においても続出するでありましようし、その都度、いちいち正確に連絡をとつて意志を疏通するということはとうてい望み得ないことが明らかですから、この際、あらためて集団から小生の名前を除いてくださることをお願いいたしたいのです。
なにぶんにも小生は、ほとんど日夜静臥中の病人であり、第一線的な運動に名前を連ねること自体がすでにこつけいなことなのです。また、療養の目的からも遠いことなのです。
では、除名の件はたしかにお願い申しました。草々頓首」(四月二十八日)
泣きたい。
けれど、なぜか涙が出てこない。
喉までこみ上げては、みぞおちへと落ちる何かが胸をかき乱す。
ぼうぜんとして現実感が薄れていく。
あまりの衝撃に遭遇した時、人はそんな状態に陥りがちだ。
前代未聞の巨大地震から2度目の朝を、いまだ大勢の人々が心の混乱にさいなまれつつ迎えたに違いない。
情け容赦なく増えていく数字に慄然(りつぜん)とする。
海が町をのみ込んだ。
一つ二つどころではない。太平洋に臨むすべての町々が丸ごと海に侵されたといっていい。
大津波という怪物の蛮行に無力な私たちであることが悲しく、悔しい。
「津浪(つなみ)」という言葉が文献に初見されるのは400年前に起きた「慶長三陸地震」についての記述という。
「政宗領所海涯人屋、波濤大漲来、悉(ことごとく)流失す。溺死者五千人。世曰(いわく)津浪云々」。
伊達政宗の所領を襲った津波。歴史の中で震災は幾たびも東北を苦しめてきた。またも…。
打ちひしがれ、絶望のふちに沈みそうな心を少しでも救えるとしたら、それは互助のぬくもりではないか。
自然の前に無力でも、人は支え合う力で強くなれる。
いや、ならなければ。
これからの長い闘いを乗り切っていくために。
静岡県の熱海といえば東京の奥座敷。その温泉町を、この暑さの中、携帯ゲーム機を手にした男性の1人客が行ったり来たり。2カ月ほど前に発売されたある恋愛ゲームのファンだという。作中で熱海がデートの舞台になっているのだ。
▼画面の中と同じ風景が目の前に広がるから、本当にデートをしている気分を楽しめる。作中でヒロインが着る老舗ホテルの浴衣はかなりの売れ行きだそうだ。地元の商店街なども協力している。各所に記念スタンプを置き、みやげも作った。ゲームを通じた新しいまちおこしの手法を編み出しつつあるとも言える。
▼映画などの撮影地を訪れることをロケ地巡りやシネマ観光などと呼ぶ。近年はマンガやアニメ、ゲームに描かれた場所を訪れる人も多い。映像作品や小説、歌などを英語でコンテンツと総称することから、各種作品の舞台を訪れる旅をコンテンツ観光と呼び、文化的意味や経済効果などを研究する大学も登場した。
▼昨年中国でヒットした映画の舞台、北海道には今も大陸から観光客が大勢訪れる。優れた映画監督やゲーム作家の手にかかると、ごく日常的な風景ですら突然、輝きを増す。ふつうの案内書などより、人を呼ぶことがあるのもうなずける。日常を逃れ、絵空事の中に入り込みたい。かなわぬ願いが財布を開かせる。
・会社名 「面白法人カヤック」http://www.kayac.com/
・社長名「柳澤大輔」
・どんな会社?
社員数97人。Webデザイン界では一目置かれる会社。独自プロジェクトは数知れず、国からも仕事請け負っている。
それ以外に、飲食事業も持っている。鎌倉のどんぶり屋bowlsもカヤック。
●ソーシャル系アプリを実際にモバゲータウンで6本作っている。
エヴァンゲリオンARアプリ http://www.lawson.co.jp/eva/ar/
ぐるなびラーメン http://ramen.gnavi.co.jp/
藤子・F・不二雄ワールド http://www.fujiko-f-fujio.jp/
いきものみっけ(国家プロジェクト) http://www.mikke.go.jp/
ACCS 社団法人コンピュータソフトウェア著作権協会 http://www2.accsjp.or.jp/
食べ物が落ちた!→3秒ルール71% 食べる29% http://www.kayac.com/member/report/
社長著書「アイデアは考えるな」「面白法人カヤック会社案内~給料はサイコロを振って決めています」「ウェブで一発当てる方法~スマッシュコンテンツ成功の法則」「この「社則」、効果あり。」
~事件の発端~
日経ビジネスにある『ソーシャルアプリのゲームについて』という記事でカヤックの社長が業界タブーの本音をぶっちゃけてしまう。
また、開発工数の問題だけでなく、開発コストも価格破壊が起きています。例えば、「pixiv」と言うイラストサイトをご存じでしょうか。ここは、イラストの上手な多くの一般人が自分のイラストを投稿するサイトですが、ここでゲームのイラストを描いてもらう学生を見つけると、驚くほど安い値段でゲームを制作できたりします。
・わかりやすく翻訳
学生は相場を知らないから絵が欲しければpixivいけば安くそれなりのブツが手に入るよ。
クリエイターを安く買い叩ける場所、それがpixiv。これぞ価格破壊です(キリッ)…本当は絵師の世界では今その問題に苦しんでいる所。http://togetter.com/li/20030
Webのゲーム業界>>>コンシューマーゲーム業界だね。
↓
社長、Twitterで不適切な発言を指摘される。急いで修正(元記事の魚拓 http://megalodon.jp/2010-0510-1851-46/www.nikkeibp.co.jp/article/nba/20100510/224700/?P=3)。といってもまずい部分えお削除しただけでした。
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Twitter住民の怒りのコメント。社長、うっかりコピペ連発でお返事。
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Twitter住民、コピペを指摘。社長、「コピペではありません、誠意を持って対応しました」
↓
Twitter住民、絵師、ゲーム業界人、Web制作者などなど、「カヤックとは縁を切る」、「絶対許さない」など怒り大爆発。
「クライアント、ユーザ、そして僕らプロダクション。3者を本当の意味でハッピーにすること」
(推測される本音:絵師さん達などから搾取して自分たちがハッピーになること)
・カヤック問い合わせ先
https://www.kayac.com/contact/
〒248-0006
※受付3階
TEL:0467-61-3399
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日本を5分割して順番に年2回5連休を取る計画を立て、政府が各界の意見を聞いた。行楽地が混雑せず経済効果も上がるというのである
秋に「国民祝日法改正案」が提出される所まで話は進んでいる。今春を例にあげると、北陸の5連休は5月15日土曜から19日まで。次いで関東や東北、北海道の連休が始まる。花見の遅い地域は5月末がちょうどいいと言うわけだ
いらぬお節介である。そんな行楽カレンダーが可能と思っているのだろうか。長い歴史に育てられた祭事や農林水産業と密接にからんだ春秋の休日である。お上(かみ)が民に指示する性質のものではなかろう
息子娘が連休に帰省したら、ふるさとの親は仕事で大忙しだったということが起きる。企業も支店や工場間で休日が異なることになる。不透明な内需拡大・雇用創出を錦の御旗に、伝統や習慣を犠牲にするのは本末転倒。ひょっとして「道州制」の試運転か
昔から暦の支配は国家権力行使の一つだった。が、平成の世では権力の乱用もここに極まるといった感がする。そのうち、盆も正月も地域ごとに別々にやれと命令が来ないか心配になる。
『冬休みはJリーグへ行こう!』。東京・本郷のJFAハウスに行くと、冬山でボールをもった笑顔の子供のポスターが、いたる所にはってあります。しかしながら、日本の真冬は、サッカー選手はもちろん、観客にとっても快適とはいえません。90分間で10キロ以上走る選手もそうですが、極寒の中で応援する観客も一苦労です。
南米リーグを筆頭に世界のサッカー大国のリーグ戦は春秋シーズン制が基本。そこでJリーグや多くのクラブも春開幕を訴えていますが、日本サッカー協会は「冬休みはかき入れ時」など主張、反対の姿勢を示しています。
とはいえ、選手のパフォーマンス低下は明らか。考えられないような凡ミスを見せられることもあります。それでも「冬休みにJリーグに行こう」と胸を張っていえるのか、笑顔の子供のポスターを見るたびに違和感を覚えてなりません。
毒カレー事件で林真須美に死刑判決が出たけど、そういえばあの時女子中学生が夏休みの宿題で「カレーは腐らないから食中毒じゃないはず。毒物混入では」と推理して世の大注目を浴びたことがあった。
あの子は今ごろどうしてるんだろうと、ネットを検索してみた。まずは本人のサイト。
1983年生なので、今は26歳。HPのプロフィールは2000年に16歳で高校を中退したところで止まっている。
三好万季
四人はなぜ死んだのか―インターネットで追跡する「毒入りカレー事件」 (単行本)
http://www.amazon.co.jp/dp/4163554300
出版社/著者からの内容紹介
日本中を震撼させた和歌山毒入りカレー事件。四人の犠牲者はなぜ死んだのか。医療過誤の可能性を鋭くついた文藝春秋読者賞受賞作
中3の夏休みの宿題で史上最年少受賞!15歳の少女がインターネットを駆使して見つけたあの和歌山毒入りカレー事件の「盲点」とは?選考委員こぞって激賞、皇后美智子さまと同時授賞。第60回文芸春秋読者賞。
書評を読むとこの頃(1998年当時)はインターネットで検索・情報収集ということが世間で新鮮味をもっていたことがわかる。
ひとつ気になった、書評が。
<蛇足>
この筆者の父親が砒素の専門家で、父親の著作と同じような記述が本書でも見られることから、
父親が本書にかなり手を加えていたのではないかということが言及されていた。
事実はどうであれ、このような疑いを持たれるような人物に、大した身辺調査をせず賞を与えてしまった出版社は大いに反省すべきであろう。
父親が手を加えていたのかと興味が湧く。さらに調べるとある雑誌とは噂の真相の記事のことらしい。
たしかに文章が似ている。
三好万季の父・三好義光はいろいろ本を出してるらしい。amazonで検索してみる。
- 成人病を予防するビタミン・ミネラル (TSUTIYA HEALTHY BOOKS) 三好 義光 (単行本 - 2004/5)
- 子には魚を与えるな釣り方を教えよ!―15歳のわが子を司法試験(一次)に合格させた... 三好 義光 (単行本 - 1991/5)
- 成人病を予防する ビタミン・ミネラル 三好 義光 (単行本 - 1986/1)
- 気力こそ自立への根っこ―パラダイム大転換時代の子育て (モーニングママ選書) 三好 義光 (単行本(ソフトカバー) - 1995/3)
- ビタミン・ミネラル健康百科―健康と能力をアップする (1984年) 三好 義光 (- - 1984/6)
http://www.amazon.co.jp/本/s?ie=UTF8&rh=n%3A465610%2Cp_27%3A%E4%B8%89%E5%A5%BD%20%E7%BE%A9%E5%85%89&field-author=%E4%B8%89%E5%A5%BD%20%E7%BE%A9%E5%85%89&page=1
さらに「気力こそ自立への根っこ―パラダイム大転換時代の子育て」「子には魚を与えるな釣り方を教えよ!―15歳のわが子を司法試験(一次)に合格させた三好流教育法」という本を出していて、長男を司法試験1次合格させたり、留学させたりかなりユニークな教育観を持った人物のようだ。(長男は司法試験2次合格したかは不明)
ということで、今現在の三好万季が何をしているかはよくわからず、怪しい?父親の存在が浮かび上がって、なんだかなぁ~という思いがもやもやと残った・・・
書いている内容も共感できるものじゃなかったんだけど(これはいつものこと)
なぜ大阪弁で生徒風なんだw
WEBでも公開されていたので貼ってみる。
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2009012902000072.html
はじめてみる方には、これが普通と思われそうなので
古いのも。(1/27,28)
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2009012802000072.html
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2009012702000072.html
いつまでもオタクなんて流行らないことしてないで、リア充体験したくなってきた!
けど服をどうしたら良いかわからない、、、なんてやつにオススメする10アイテムをピックアップ
とりあえず、これだけ揃えておけば「即戦力になる」「後々便利」なアイテムを紹介してる。
こんな感じかなー
わからん単語が出てきたらググれ。君達は一般人よりは情報戦は得意なはずだろ?
とりあえず、夏のトップスはアウターやらレイヤードやらでお洒落感を出すのは難しい。暑いし。あとそんなスキルないだろ?
だから、夏、野暮ったいやつとスタイリッシュなやつどこで差がでるのかといえば、首周りとサイジングと配色。
コイツはカラーバリエーションが多いし、サイズ展開も幅広い。んで安い。
サイズは体系に因るからなんとも言えないんだけど、若干小さいかな?って思うぐらいで良いと思う。まぁ好み。
色は基本色のホワイト・ブラック・グレー系と、使いやすいライトピンクあたりか。
個人的には、夏だし爽やかなシーフォームもいいんでないかと思う。1枚で着れそうだし。
http://store.americanapparel.co.jp/2456.html
小細工せずにそこそこお洒落に見えるアイテム、フォトプリントTシャツ。定価は6000円??10000円ぐらいかなー
これは自分の趣味でいいんじゃないか?
とりあえず、ハズレを引かなさそうな大手セレクトショップのを買うと良いんじゃないかな。
BEAMS、United Arrows、American RagCieあたりかねぇ。
ただセールもう終わってるからないかもね。そういう時はヤフオクとか便利。
あんまり奇抜なんじゃなくて、
http://img06.shop-pro.jp/PA01024/899/product/7065741_o2.jpg
http://image.rakuten.co.jp/moteta/cabinet/8sm-8/mtl8sm-ts01-wht_b00.jpg
こんなんインナーにも使えて便利だよ。
これもサイズ重要。間違っても、ケツ半分以上隠れるような着丈のやつ買うなよ。
多分今まで、大きめサイズの服ばっか着てただろうしちょっと小さいと思うぐらいで調度だ。
http://store.americanapparel.co.jp/3408.html
コレも3,4色持ってると便利!
間違っても単体で着るなよ。タンクトップはTシャツの裾とか首もととかから色を覗かせる役割だ!
いわゆるレイヤードってやつです。
裾から少しはみ出る丈のサイズ感のを買おう。
色はアースカラー系が便利。
アスファルト・オーガニックナチュラルあたりかなぁ。コレもピンクあると便利。
なんか脱オタガイドみたいなのでよく目にするけど、ピンクは差し色としてかなり優秀。
今の季節には暑いけど、秋冬ものが入荷し始める時期だし、お金に余裕あったら買っておきなよ。
これも、ビッグサイズは絶対避けろよ!
オススメは
ミスターハリウッドっていうブランドの灰色のパーカー(14000円ぐらい)
http://www.hfweb.jp/maw/archives/P-DSCN2013-thumb.jpg
http://store.americanapparel.co.jp/mt497.html(1)
http://store.americanapparel.co.jp/rsafs497.html(2)
http://store.americanapparel.co.jp/rsapdf497.html(3)
かな。
「アームホールが細くてスタイリッシュ」「パーカーの生地が薄めで野暮ったくない」という特徴があるから。
めちゃくちゃ汎用性は高いアイテムだから、持ってて損はないと思うよ。
アメアパのパーカー買うなら、最初は(1)がオススメ。無難すぎるけど。
ドット柄のとかパープルのとか上手く着こなしたら凄くカッコイイと思うけど、せっかく買ったので失敗したら嫌じゃん。
とりあえず、ボトム買うならコイツを心からオススメしておく。
517は綺麗なブーツカットが特徴で、足長く見えるからスタイルよく見える。
http://www.rakuten.ne.jp/gold/gpa/img/levi_mb/517/517-0090-1o.jpg
新品をLevi'sストアで買ってもいいし、古着屋でも扱ってるよ。
俺は新品で買ったことないからわからんけど、新品で大体10000円ぐらいっぽいな。
古着屋だったら大体6000円??8000円で売ってる。
これのコーデュロイ版・スタプレ版もあるんだけど、個人的にはコーデュロイのベージュも着まわししやすくてオススメ。
デニムのときはジャストサイズで買うべきだけど、コーデュロイのは好みで1、2サイズ大きめでもOK
まぁ試着してみて考えてくれ。
http://store.uniqlo.com/jp/CSaGoods/129050-31
チノパンも持ってると便利!
コレは安いから、何着か試着して気に入ったサイズ・カラーでよし!
細い人ならあえてレディースのチノ買っても良いと思うよ。俺も持ってるし。
ただ、さっきの517もだけど、裾上げには気をつけろよ!
大体、座ってるときに靴下が見えるか見えないかぐらいのレングスでOK
多分ちょっと長い!
だけど、裾上げあんまりしっかりしてあるとダサいよ?電車で座ったときに靴下丸見えとか。
あーあえて、8分裾にするのはアリだけどね!夏らしくて良いよ。
とりあえずローテクスニーカーは1,2足持っとけ。
とりあえず、入門用としてはコンバース、スタンスミスをオススメする!
517と合わせるなら、コンバースはハイカットがオススメ。ブーツカットと合うよ。
最初に買うなら、
http://www.rakuten.co.jp/hi-fine/673913/680395/835680/
http://www.rakuten.co.jp/hi-fine/673913/680395/688110/
あたりでいいんじゃないかね。あんまり凝ったんじゃなくてオーソドックスな。
スタンスミスもノーマルなスニーカー。とりあえず何にでもあわせられる。
http://thumbnail.image.rakuten.co.jp/s/?@0_gold/z-craft/1002/10020461/10020461-1.jpg
ここら辺もっときゃ問題ないよ。
毎日スニーカーっていうのもアレだし、ブーツも1足持っとくと着こなしの幅がかなり広がるからオススメ。
ただ、ブーツは高い!安いの探したら探したで古着屋で買えるけど、履き心地はまさにコンクリートだということを覚悟しておけ。
最初だし、買うのはこういう編み上げブーツでいいんじゃないかな!
http://img05.shop-pro.jp/PA01017/026/product/7456693.jpg(37800円)
http://www.at-scelta.com/img/item/5031005004_vari_ex_2.jpeg(40950円)
ただ、やっぱり最初は高いと思うだろうし余裕があったらで良いよ。
良いブーツを求めていったら平気で10万超えるがな・・・!
ブーツインは簡単にお洒落っぽく見せることができるけど、本当にお洒落な人からは侮られるかもね。
こいつブーツインしとけばお洒落だと思いやがって・・・みたいな!
とりあえずブーツインするなら、517をインするのはやめなさい。
ブーツカットっていうのはブーツを下に履いたとき一番美しくなるように作られてるんだから。
かばんに関しては、1個ポーターのを持って置けば即戦力間違いない。
オススメはここらへん
http://shop.yumetenpo.jp/goods/d/tanaka-porter.com/g/951-09239-10/index.shtml
http://shop.yumetenpo.jp/goods/d/tanaka-porter.com/g/592-07509/index.shtml
http://shop.yumetenpo.jp/goods/d/tanaka-porter.com/g/707-07171-10/index.shtml
ショルダーは楽。ボストンはカッコいい。
好きなほうでいいよ。
リュックはダメなアイテムじゃ決してないけど、もう少し目を肥やしてから挑戦した方が、オタクっぽく見えないと思うな。
付けてて嫌味じゃなくて、安っぽくないのを狙おう。
http://img05.shop-pro.jp/PA01017/026/product/6072018.jpg
http://img05.shop-pro.jp/PA01017/026/product/6148255.jpg
http://img01.hamazo.tv/usr/soup/P1030543.jpg
こんなんとかね。
あんまり金属金属してるやつとか、鋲がいっぱいついてるのはオススメしない。
レザーのアイテムは主張が激しくなくて良いと思うよ。
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さて、どうですかね。
俺はまず外見がダメだから、お洒落しても意味がないとか言ってないで試してみましょうよ。
お洒落なんて自己満足、だけど、その自己満足で完結してる部分を褒められるのは嬉しいもんです。
例えば、オタクでいいやと思っているあなたが「よつばと」を母親に読ませたらめちゃめちゃハマったのが嬉しかったっていうのと同じ。
もし、心無い言葉が返ってきても所詮は「自己満足」、その盾があれば傷つくことはありません。
それに、今までファッションになんの興味がなかった人が服とかに気を使い始める、それのなにがいけないんでしょうかねー
気を使わないよりよっぽど良いのに。仲間が減るのが嫌なのかな?異性にモテようとするその態度が嫌なのかな?
服に使う金がない、そんな金あればゲームやDVD買う、それでも結構。
だけど、それで他の人が一歩踏み出そうとしている足を引っ張るのはやめてくださいね。
http://anond.hatelabo.jp/20071023003525
ボクはまず商品市況欄から目を通すな。世の中の動きの前触れは、商品市況に表れることが多いんですよ。
その後は科学技術とか企業のページで新しい商品・技術などの記事の面白そうなのをチェック。
それ以外は流し読み。社説なんて読む価値ないし、一面下の春秋なんてのも要らない。コラムでいえばマーケット欄の大機小機がたまーに面白い。あ、特集コラムっていうのかな、続き物のヤツ、あれも面白いことがたまにあるね。
ま、とにかくポイントは、面白そうな記事だけ読む。その他の記事は斜め読みでおk。どこに何が書いてあるかわかるようになれば、そんなに退屈じゃなくなるよ、日経読むのも。注意点としては、日経の記事はワンテンポ遅い、ウソ・でたらめが結構ある・素人記者が書いてる、ってとこ。
http://anond.hatelabo.jp/20070131154754
の書き主です。TB先をDisったつもりが、私がエサになるなんて、ヒィ~。なんていうか万人の万人に対する闘争というか、自ブログでこれやっちゃってたら泣いてるし。なんだけどここではdisるなり電波飛ばすなりがお作法のようなので、迷うことなく電波飛ばしてやる。
とり合えず志望校先に書いとく、上智大学の神学部神学科。志望動機は端的に言うと神学とラテン語両方勉強できるから。
長くなるけど以下に志望したまでのいきさつというかグダグダと、前に書いたエントリについて書きます。
まず先のエントリを書いたのは、向こうの書き主がうじうじしてたのでdisりたくなったから、あと受験生って立場から見てどんな大学であれ大学入ってる人がうらやましかったから、あと遊んでる子が気になるとか三流私大がなんだって自分も思ったことあるしょうのないこと気にしてるから当てこすってやろうと思ったの、ってこれなんて反省文。なのに当てこすり部分きつくして書いたもんだから(タイトル含めて)、TBもらうは、ブクマコメこんなにもらったことないというか手厳しいコメもらうとやっぱ凹むね、匿名でも。というか、TBくれた人みたいに素直に書けばよかったわけね、ほんと私は素直ではとってもない。
あとリアルで学歴云々の話がタブーであるのもよくわかった。というかTB先の人の不満というかその大元になるもに私‘も’3年曝され続けたわけですがといまさら被害者面かよ!といわれるのイヤだし、そういう後ろ向きなもの持ったままでいるのいやなので全部はいちゃう。
にしてもたくさんTBいっぺんにもらったことないのでちょっと困惑する。
http://anond.hatelabo.jp/20070131162229
http://anond.hatelabo.jp/20070131170249
まずはこのお二方のTBから、先に書いたように私の志望大学は上智大学の神学部神学科です。試験は英語、世界史、現代国語のペーパテストに加えて学科での学習の適性を計る小論文と面接です。あと、願書出すために司祭(神父様なり牧師様)の推薦状が必要です。受験資格にキリスト教徒である必要はありませんが、その場合でも在学校の教員の推薦状がいるようです。(できれば学部、学科の教育内容について熟知してる方が望ましいと書いてありましたが、願書に)
偏差値の方ですが各予備校のボーダーを確認すると、40後半から50前半です。例年合格最低点は学科試験の50パーセント程度です。いちよう上記の理由があって(受験者が限られる)偏差値が低いものと心得ています。
あと、、高校二年生のときにオープンキャンパスの際ではありませんがキャンパスの方は見学しました。身近にOBが幾人かいましたのでその人たちからも大学の雰囲気などについて伺ってはいます。
大学での講義の内容については、大学のシラバス、担当教官のホームページなりブログについては一通り目をとうしました。さらに大学、学科名でググって、在学生のホームページも3っほど読んでみました(というか二つはブログ)。
予備知識については、ミッション系の学校での倫理の時間と課外活動でカトリック研究会に所属していましたし、昨年洗礼を受ける際にも勉強しましたので十分備えているつもりです。無論、一次の学科試験が終わればそのあと神父様に紹介していただいた書籍も読んでいくつもりでが。
大学に入学後にはキリスト教倫理学、日本での教会およびミッション系の学校での教育活動について学びたいと思っています。また、宗教科教員の免許習得を目指したいと思います。
とここまで書けばOK?・・・・・・・・・・・・・・・・これじゃつまんないでしょ?あれだけきつい事書いたのに。
これ一般の人向けの説明、予備校のチューターとかあんまし親しくない友人にはこの説明で押し通してる。正直神学部志望と言うだけで驚かれるから、無論上に書いたコトには一字一句ウソはありあません。宗教科の教員免許はとるつもりだし、日本において教会が関わってる教育活動は私が学びたいことの一つであるし、キリスト教倫理学は信者の一人としてカトリックの考え方もっと深く学びたいと思ったから。でも、上に書いたことはやりたいことの一部でしかありません。
http://anond.hatelabo.jp/20070131174254
お言葉に甘えて書かしてもらいます。自分の志望動機きちんと全部話をした相手は父親と母親あと推薦書書いてくれた神父さまの3人だけです今のところ、あとは二次の面接で試験官にできる限りのことを伝えようと思います。
というかキー打つのに少し疲れた。ごめんなさい書きかけだけどいったんうpする。あと誤解されてるのいやだから先に書くけど、私地方在住だし、Fランだの地方の中堅国立大なんて気にしてません、でも自分の選択にうじうじして割り切れてない人はどんな人だろうと嫌いです。
お昼早めに食べたので書き足します。長くなる気がするので読みにくいかも・・・・。
まず、神学部を志望するまでになったいきさつというか、自分語りうざいって人は時間の無駄なので読まないようにね。
上にも書いたように私は中学受験してミッション系の中高一貫校に入りました。中学受験は自分自身で決めたものでなく、母親に強く勧められて決めた物です。塾に通い始めたのは小学校5年生の三学期から、受験する子たちに比べとても遅かったと思います。もともとは、塾の進学コースでなくて補習コースからでした。小学校の算数のテストで酷い点を取ったのがきっかけです。確か比だとか単位換算?だったかな確か。でも点数はよく覚えてる、たぶん相当怒られたからだと思う。65点だった。塾行くの初めはすごく嫌だった。たったの週三回、学校終わってから8時ぐらいまでだったけど。でも、国語は得意いだった。基本的に本読むの好きだったから。6年生の5月ごろの学力テストでかなりいい点数を取って、上のクラスに上がらないかと塾の講師に薦められた。母親がセールストーク真に受けたのと、たぶんその時褒められたのが相当うれしかったんだと思う、私も承諾して上のクラスに上がることになった。それから週三だった授業が週5、学校終わってからと土曜日は朝から、日曜日も私、算数と理科の電気だとかの物理分野苦手だったので補習があった。きつい時あったけど、そんなにイヤではなかったと思う、今思い返してみても。ちっさいころから母親私の教育に入れ込んでた気がする。夏休みのドリルとか、なかなか進まないですごく怒られたりだとかした記憶があるから、すごく嫌だった。そういうことあっての反動だと思うけど、夏以降も成績上がっていって期待されたり褒められたりするのが当時はとてもうれしかったんだと思う。秋ごろの試験で今までは考えられなかったような学校の合格が見えてきて挑戦するかどうか決めないといけなくなった結局滑り止め含めて挑戦校も受けることになった。結局受けたところは全部受かった。挑戦校は受験したあと正直落ちたと思ってた。算数ぜんぜんできなかったから。合格発表のときはすごくドキドキしたし、自分の受験番号が掲示されてるのはとてもうれしかった。
春になって、新しい制服に袖通して、晴れやかな気分で入学した。でもすぐに勉強ついていけなくなった。特に厳しかった英語と算数同様に苦手だった数学、正直できない勉強を教室で受け続ける苦痛はすごく分かってるつもりです。一年生の時から落ちこぼれですから。でも、それ以外の科目は基本的に社会であろうが理科であろうが大好きだったからそれに対しては不満持たなかった。でもほんと泣きそうだった。あの時学年でアルファベットとか負の数の入った計算学校に入る前にきちんとやってなかったの私ぐらいだと思う。意識の高い家とかだったら、入学後も勉強しないといけないのわかってるから、家で教えたり、早い人は中一から塾行ってたりするし。私結局中学一年の二学期に数学と英語アカ点食らうとかすさまじいことして、落ちこぼれがこれで確定・・・・・三者面談だよいきなり、入学して一年目で、挙句英語担当の外国人教師に親子ともども死ぬほど流暢な日本語で1時間近く説教されるし。大きなお世話かも知れないけど自分の娘、息子の勉強の面倒見れない人はこいう学校に入れない方がいいと思う。得るものたくさんあったし、これから書くけど勉強面では親子ともども苦労すると思うから。
そんなこんなだったけど、三学期はがんばったのと数学の先生のお情けがあったのでアカ点は免れて進級できました。2年生から本格的にクラブ活動だとか委員会活動できるようになったので、もうほんと逃げるように打ち込みました。勉強の方は試験前のできる子のノートのコピーに一夜漬け、平常点のある教科は稼げるだけ稼いでおくとか、あと数学とかは、はなっからアカ点救済の追試を見越してまったくやらなかったり。追試は本試とまったく同じ問題なので前日に丸暗記したし。こいうの学んだのはクラブの先輩だと委員会の先輩、中高一貫なので似たような人はどこかにいるわけで、だれそれ先生はこういった傾向の問題ばっかり出すとか、甘いから何点最悪取ってればアカはでないだとか、以下略。正直補講だとか補習のある先生のテストで悪い点取ったら、委員会とかクラブに支障出るので必要悪だとも思うけど、だけどこのつけ払うために浪人するはめになったけど。友達づきあいも比較的楽しくできたと思うし、親友と呼べる子は少なくとも5人はいる。この子たちには学校の間だけじゃなくて卒業して浪人してる時も心配してメールくれたり、手紙くれたり、はてはお守りまで贈ってくれたりしてほんと感謝してる。
色々得たし楽しかったんだけど、私中学卒業して同じ高校に行くかどうかはかなりなやんだ。学校の勉強に正直付いていける気がしなかったから。ここでもネックになったのが英語と数学、中学三年生ごろから数学は高校の内容になってたし、英検の準二級全員で受けさせられたし、ほんと私一人だけ落ちるんじゃないかと心配した。それにクラブのほうも高校生と一緒に練習するようになったんだけど、高校のクラブの顧問が最悪のことに私の数学の担当の教師だったの、ほんといちいちいやみ言ってくるしクラブ中三でやめちゃった。あと、公立の高校進学しようかと悩んでて親に行ったら当然止められるし、挙句そこそこのレベルの高校ですら受かるわけないって言われた。うん、なんか前にTB送った人と似てる気がするからなんか突っかかりたくなったんだと思う。なんかすごいそのころイライラしてて友達とも仲悪くなった。というよりも、クラブやめないように説得してくれたり、苦手な勉強手伝ってあげるだとかの気遣いがすごく負担に感じられたから、今思えばすごく身勝手。
心理的な負担がたたって、拒食症気味になるは不眠、貧血、リスカはしなかったけど、内科で自律神経失調症って診断されてお薬もらう、でも病人扱いされるのイヤだったし薬いっさい飲まなかった。学校休むこと多くなって母親と延々喧嘩した。喧嘩するのイヤで、遅刻上等というか重役出勤して、保健室入りびたり、おしゃべりしたり本読んだり、保健室の本読み飽きたら、図書室こっそり行って本読ましてもらったりした。図書委員で司書さんにかわいがってもらっていたので、あと好きな科目の授業だけでることはあった。でもその授業に出るとその後の授業にも必然的にでないといけなくなるのでなるだけいやな数学と英語の授業サボれるような時に教室行くようにしてた。当時は体の状態ほんと悪かったのもあるけど病弱で押し通してた。でこのプチ不登校というかメンヘルというかは、中三の一学期でおしまい。担任と父親と校長と面談して高校に進学することになった。夏休みの英語と数学の補講つきだったけど。中三はこのまま終わった。数学の時間は一番前の窓辺だったけど授業一切聴いてなかったし、英語は授業中いろんな子にあてる先生だったけど、私には一切当てることなかった。まあなんです、自堕落の生活はそれはそれですごく苦しいです。精神的にきつい人は無理する必要ないと思うし、そういう人に向けての「がんばれ」は善意からのものであるのはわかるけどほんときついし、ただ相手を追い込むだけなのは身をもって体験した。やめよう、ねほんと自分で自分で追い込んでるワケだし、そっとしてあげるのがいいと思う、個人的には。
高校に入って気分一新、クラスもたまたまメンバーががらっと変ったので勉強の方も立て直して結句がんばった。高一のときは成績真ん中ぐらい。相変らず数学の点数は悪かったけどね。だってIAまともにできてないの??Bなんてできるわけがない。三角関数とか言われても三角比からわかりません、下手すると因数分解もやばひぃ。でもまあ、そこそこがんばった。でそこそこ勉強やろうって子達とも友達になってこのまま高2、高3と勉強すればよかったんだけど、よりにもよって文化祭の委員に巻き込まれ、こういうイベントというか企画して実行するのってすごく好きだから入れ込んじゃってほぼ高2のときの気力やら何やらを吸い取られ、そのあとすぐに修学旅行あって遊びほうけて、高三春先の模試でみんな頭が受験生になってるのにボーっとしてて気づいてたら最後の模試の成績表が手元にあってE判定にわれに返って、勉強始めたら年明けすぐにセンター試験で卒業式で二次試験で不合格でなんか終わってしまってた。高校まではこんな感じ。
で自分の将来について考え始めたのは、中学3年生の時のグダグダから、なんかやったらめったら本読んだんだけど、どの本から影響を受けただとかは当然はっきりはわかんないし、父親にしろ母親にしろと喧嘩するたびに将来どうするんだって言葉を投げつけられたりしながら考えてるのもあるのではっきりは自分でもやっぱしわかんない。なので、自分が意識できてる原因だとかきっかけだとかしかかけない。
今でももっているのだけど私の志望は国際政治を勉強したい、これは基本的には変ってない。これがどうして神学部志望になるかは自分でも少し不思議に思うけど、自分の進路確認するためにも長くなると思うけど書いていきます。
影響を与えた本というか、色々悩んでた時期に図書室にあったマーガレット・サッチャーの自伝を読んだのがある意味国際政治を勉強してみたいと思ったきっかけだと思います。ほんとはもっとあるとも思うのですが、少なくとも当時の私はサッチャーの生き方にかなり心動かされた。あと家の父親が学校の勉強はできる必要ないけど、本と新聞だけはよく読んどけ、あとは好きに遊んでろ、って言っていたのも下地になっているとは思います。中学受験の頃から社会科はとても好きでしたし、中学校に入ってからも基本的に得意科目だったし、好きでした。あと、カトリック研究会に入ったのも社会化の先生が国際化の世の中だしわざわざミッション系の学校に通っているのだし、キリスト教のこと勉強するのもいいのじゃないのかと授業中に紹介されたのがきっかけだったし、当時はクリスチャンになるなんて思ってもいなかった。カルチャースタディーぐらいのつもりだったのに。
中三ぐらいからなんとなく国際的な仕事となんか勘違いしてつんつんしてる子が抱きそうなゆるい願望から始まったわけですが、一度これと思ったら結構こだわってしまうタイプなので、図書室の政治だとかあと関係ありそうな新書だとかはその当時かなり読みました。
当時読んだ中で心に残っているのは、アルビントフラーの「第三の波」と「戦争と平和」がかなりよかった。あと父親の書斎にもぐって文芸春秋のバックナンバー読んだり、あと小室直樹とかいわゆるオヤジビジネスマンが読みそうな本をかなりがりがりと読んで、父親に生意気だとか結婚できなくなるとか、ガキがグダグダぬかすなとか言われてむくれる。全共闘崩れで心情左翼でそのくせ、根が女性蔑視だし、オヤジだし封建的だと反発して、日曜の朝だとかにやってる報道番組のたびに父親と喧嘩するようになる。朝まで生テレビならぬ、朝から生焼け討論。この当時母親あきれかえって口出しせず、弟は朝から難しい話すんなって愚痴ってました。小さな政府に安全保障上の懸案の解決になぜか固執してた。当然ながら小泉首相は支持してた。ついでだから書くけど、安倍政権は支持してない。
父親とのdisりっこもあったんだけど、当時読んだ文言春秋の北朝鮮問題について扱った記事が引き金になって、安全保障論とか本格的に勉強したくなる。たしか、この記事「希望の国のエクソダス」とか巻末で連載されてた頃の記事だと思う。確かミサイル開発、核開発、麻薬だとか拉致についても書いてあったと思う。(調べたら1998年の記事みたい、読んだのはたぶん2001年ごろ)
あと、2001年は私にとって大きな年だと思ってる。その年の4月に小泉政権になって、9月にはワールドトレードセンタービルはなくなってたし。12月には不審船事件もあった。かなり短絡的だあったことは今から思えばそうだけど、当時何度も何度も繰り返しハリウッドのそれこそCGじゃないかと思うような映像見せ付けられて、そのすぐ後に日本が国籍不明とは言え外国船に実弾を打ち込む有様見せられて危機感を抱かない方がどうかしてると思う。で当時の私は防衛庁の国家二種試験を受けて、安全保障についてかかわりのある仕事につこうと考えるようになった。当時から、防衛庁は防衛省になると思ってたし、外交分野でも安全保障に関する必要性は増すと思ってた。なので、それを扱える人材の受容も増すとまで考えてた。その頃からネット使い始めてたので、検索して安全保障論できそうな大学探して志望校にしてた。きちっと決まったのが高二の時、国立大と私立一校ずつ当然両方とも受けます。第二志望と第三志望ですから。なのでこの時点ではまったく神学とかは考えに入ってすらいなかった。後すごいたまたまなんだけど、TBくれた人のTB先の江畑健介さんは知ってます、書籍も二冊ほど手元にあった気が・・・・・頭の上がチャーミングな方ですよね。
そんなこんななんだけど、人より志望校早くに決まってたはずなのに上で書いたように学園生活をまんぴつしすぎて、現役の時は不合格でした。センターのボーダーマイナス40点だったと思う。
で当時はホンと凹んだのと父親に口ばっかし達者だし、考えに偏りがあるから反省しろといわれていたのですが、ほんと反省できました。同じ大学の後期試験を受けたのですが、志望動機などについての面接があったのですが、面接官は3人、一人は英語での面接担当、後でググッたりして調べたら、英語の授業の教官で結構右より、英語帝国主義論?みたいのこといってた気がする。とり合えずアメリカに媚媚するのが嫌いな人。もう一人は国際政治学が専門、残念なんだけど調べてもどなただかがいまだにわかんない。質疑応答主にした人だったのだけど、東アジアの地域安全保障について将来貢献したいしそのためにこの大学で勉強したいといったらいたく気に入ってくれた気がする。そんでもってもう一人が一年次の導入の講義の担当教官、国際関係学と国際法が主な研究領域かな?というかこの人によりにもよって大学の面接で噛み付いてしまったんです。ほんと、センターの成績たいしてよくないから点数稼がないといけないのに、NGOだとかNPO、ようするに国境無き医師団のような活動についてはどのように考えるかと聴かれて、その役割過大評価する必要はない的なことをいってしまって、前の二人の面接官とは4,5回内容についてどんどん突っ込んだ質問が出てそれに答えって感じでうまくいってたのに、その質問いついては私が一回答えてそれでおしまい。一瞬にして部屋の空気が凍りついたというか、すごく不機嫌そうでした三人目の教官、なんか残り二人の教官のアチャーという空気も感じられ、いたたまれなくなったのか、少しの沈黙のあと、真ん中の教官におずおずとこれで終了ですといわれて退出しました。
そのあと、校舎出て携帯取り出して即カトリック研究会で面倒見てもらってた神父様に電話して洗礼受けたいってなきながら電話してた。何というか懺悔ってこういうことを言うんだなというか、父親にも言われてたし自分でも少し先鋭化しすぎてたのもわかってたけど、自分の根拠のないプライドと自信はここで崩壊。ほんと帰りの電車で周りドン引きするのかまわずおお泣きしてました。情けないやら、悔しいやら、後悔やらほんとなんかよくわかんない感情。で上に間違って昨年と書いてたけどもう年越してるから一昨年です。なんか今までちゃんとしてこなかったことやらに反省して、他人に頼っちゃダメだとこの期に及んでまだ我をはって、周り止めるのかまわず自宅浪人した。うん、馬鹿なのわかってる。自分でも。
まだ、一浪の時は自分で自分の責任で周りに頼らずがんばんないとなんてこだわってた。ほんと死ぬ気でやった。そこでわかったのは自分は自分の習慣なり感情なり欲望を完全に意志によってコントロールほど強くないってこと、正直自分自身をマネージメントできるのは一握りの人間だけだし、ほんとの意味で賢い人はこういうことできるんだろうな。あと、自分がいかに多くのもに頼らざるえないかも身にしみてわかった。家族にしろ気を使ってくれたし、教会に行くようになったけどそこの人たちにも励まされたし、友達にも心配してもらったし。自分で何か一人でやりきったというのは、ある年齢ぐらいまではそれでいいし自身を持つためにも必要だと思うけど、大人になるには捨てないといけないものだと思う。やれるだけやって大学受けて落ちた時は頭真っ白、センターの英語でいまいちの点数しか取れなかったのが敗因といえば敗因ですが、言い訳にはならないと思う。一発勝負なのははなっから分かってたワケだし、テンパってぐずぐずになるのはやっぱし演習が足ってなかったわけだし。
で、正直地元の国立の試験終わってから出願できる大学考えてたんだけど、父親にもう一年やれその代わり予備校にも行って最善尽くせって言われた。ほんと贅沢だと思う。心配かけてるし。すぐに予備校に入るしたくして、昨年できてなかった数学といまだに苦手意識のあった英語がんばった。成績も一浪の時に比べたら少ししかあがってないけど、やることはやってきた。というか試験もうすぐだからこういうことは合格してから書けとか言われそうですね。というかあとは第一志望に受かれば万事OKなわけですが、上智の神学科に志望変った理由を書いてもう終わりにします。というかほんと長いね。相当フラストレーションたまってるんだ、わたし。
神学部に志望が変った理由を端的に述べると、2001年にもってた危機感というかそういうものが変質したからだと思う。当時は隣の危ない国のことがかなり気になっていたけど正直それは些細な問題でもっとまずい物というか大変なことが起きそうだなと、予備校行きつつも読書はしてきてつもりだしなるだけいろんなところにアンテナ張ってきたつもりなのだけど、正直言うとまだぜんぜんはっきりしないでもなんかとってもまずい気がする。これじゃほんとただの電波だよな。なんか色んな人が色んな場所から変化が起きる起きるというけど言ってる当人たちもなんかよくいまいち分かってないみたいだし、そのなんだかよく分からない変化に対して自分の価値観だとか行動規範を固めたいのが一点。
もう一つはキリスト教自他が宗教改革というかたちで大きく変化したけど‘その変化’自体を知りたいというか、いろいろアプローチの仕方は考えてみてるけど、たぶんこの先起こる大きな変化と同じぐらい大きな変化であると思っているので、そのとき生きてた人たちがどうやって考えて行動してたか知りたいから。
なんだか長々と書いてて本題の部分が短いしあいまいでごめんなさい。
でもう少し、前のエントリーはきつい当てこすりにしても、正直過去を後悔してぐずぐず言うのはあまり建設的ではないと思う。そんなことしてたら私後悔しっぱなしで持たなくなるし、やれることをやれるだけ、他人に頼りながら少しずつでもやるしかないと思う。
長くなったけどこれでおしまい。かける機会をもらえたことに感謝。時間少なくなってるのでこれで切り上げます。読んで下さってありがとうございます。