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はてなキーワード: 勇気とは

2012-02-15

http://anond.hatelabo.jp/20120215220052

普通に死ぬと思う。

新卒COBOL案件3年やって、このままじゃマズいと思って別PJへの異動を申し出た後に面接に連れて行かれたのがFORTRAN案件で、しかも5年以上の長いスパンでやって欲しいって言われた時は「このまま流されたら俺の人生詰む」って思ったね。

いやー、あの時勇気を出して断って本当に良かった。

2012-02-09

[] CC-0

<雪菜だけじゃなく、きっと武也も依緒も気づいてた。

 俺の中で、いつまで経っても、かずさが思い出に昇華されてないって。

忘れることのできない存在になってしまってるって。



それでも武也や依緒…やその他無関係な奴が、俺を励ましたり、雪菜をけしかけたりしてたのは、もう一つの真実には気づいていなかったから。

俺がずっとかずさのことを忘れてないことに、 雪菜が今でも傷つき続けてるって、こと。

 俺と同じくらい、かずさのことを知ってるから。…俺と同じくらい、かずさのことを好きだから

から、俺の中のかずさの存在を見逃すことができないって、こと。

きっと、俺の心に入り込もうとするたびに、中にいるかずさの記憶と目があってしまってたんだ

俺がむりやり抑えこんでも、笑ってみせてもそんなの雪菜にとっては、ガラスに描いた絵のようなもの



まり、それってさ…

俺はもう二度と、一緒に歩いていくことができないって、そういう、ことなのかな?

世界でただ一人、小木曾雪菜とだけは



相手が雪菜でないのなら、俺はきっと、いつかかずさを忘れられる。

どうすればって…そんなの簡単だ。

かずさのことを胸に秘めたまま、忘れないまま、新しい恋を始めてしまえばいい。

だって、その時、俺の横にいるひとは、俺が無理して笑ってるなんて気づいたりしないんだから

俺が時々、過去を思い出しても、そのせいでつらい気持ちになったとしても、きっと何も知らず、笑顔で励ましてくれる。

からそのうち、心が少しずつ彼女で埋められていき、かずさを思い出す痛みが薄れていき、いつか彼女が一番に置き換わる。

「知らないことが幸せなこともある」って、あまり俺の好きじゃない言葉なんだけど、でも、その言葉通りに時間が全てを解決してくれる。

…相手が雪菜じゃなかったら



だけど、雪菜とは、その過渡期が過ごせない。

俺が過去を思い出したら、俺がつらい気持ちになったら、何杯にも跳ね返って、傷ついて傷ついて…

今日みたいに、立ち止まってしまう。先に進む勇気を失ってしまう。

きっとかずさは、もうとっくに俺のことなんか…もしかしたら雪菜のことだって忘れてるかもしれないのに。

なのに俺たちは、勝手過去の三人にこだわり、そして馬鹿みたいに自滅しあう。


相手を好きなだけじゃ、「どうしようもないこともある」

それは、俺の大嫌いな言葉なんだけど。それでも俺たちは、もう一緒にいないほうが… >

立派なことをしようとすると恥をかくこともある。

おそらくごく少数の人しか本当の勇気を持とうとしない。

2012-02-05

[]5

<俺たち三人が、最も近くて楽しくて、最も嬉しかった日。

 そして…

 俺たち三人が、本当に三人でいられた、最後の日。>




◆小木曾雪菜

・仕方ないよ~、だってわたしの方が上手いんだもん。

 たくさん歌ってもいいんじゃないかなぁ




・わたしも正気じゃないよね?

 それでも春希くんのしたことが正しいって、

 そう信じてるんだから




・春希くんは、十分男の子の役目、果たしたよ?

 わたしに勇気をくれた。

 あの高い場所で、たくさんの人に向かって、

 それでも楽しく歌える勇気を。

 た~のしかったね~。




ちょっと想像してたのと違うね、これ

 こんなふうに、自分の方から迫っちゃうなんて、

 計画のうちにはなかったんだけどな

 あくまでもわたしは受身で…

 ちょっとびっくりしたけど、

 でも、ずっと待ってたんだからいいやって…

 …そんな感じの、

 都合のいい夢だったんだけどなぁ

 仕方がないか・・・

 自分の心を掴みきれてなかった

 私が悪いんだもんね

 ね、春希くん… よけても、いいんだよ…?






◆冬馬かずさ

・二人とも、迷ったらあたしの音だけ聴け。

 なんとか導いてやるから




・その時々傲慢になるとこが、ホント苦手だ…




・…なら、絶対ついてこいよ。





あいつは「花」で、あたしは「奴」か…

 ……嫌な訳ないだろ。

 楽しくないわけないだろ。

 嬉しくないわけないだろ。

 聞かなきゃわからないのかよ、そんなことまで…っ





<武也には一生かかっても作れない関係だよね。

 女の子と、男としてしか向き合えないから。

 でもさ…

 あんなにどうしようもなくなっちゃったら、

 これから辛いよね、あの三人>

2012-01-28

そしてさようならハックルさん

岩崎さん結婚おめでとうございます

私もけじめとして、これからハックルというネット上の人物の応援をやめて岩崎夏海というリアルを応援することにします。



正直、ハックルファンとしては、もしドラという作品は

ハックルというキャラポテンシャルの10分の1も吐き出されていない不完全燃焼もいいところの駄作でした。

テレビでの発言などを見ても、岩崎夏海という真面目だがサービス精神のかけらもない面白みのかけた朴念仁と、

ハックルというサービス精神旺盛の狂人との乖離が目立ち

ああ、この人はハックルをやめて岩崎夏海になってしまうのかな、と危惧していた時期もありました。

実際、もしドラが伸び続けている間、ハックルとしての活動が途絶え、私も絶望の日々を過ごしました。



しかハックルさんは戻ってきて、再びサービス精神にあふれた記事をを提供してくれました。

ハックルは消えない、岩崎夏海がどれほどビッグになろうが、ハックルはいつでもここにあるのだ、と信じさせてくれました。

もしドラ以降の著書もすべて読ませて頂きました。

これらはハックル成分が完全ではないもののかなり濃く含まれており、俺得な出来でした。

そして、これらの本は、出すたびに売上がDeNA株価も真っ青なほどに下がっていきました。

もしドラ岩崎夏海ブランドを守ろうという意識など全くなく

出版社を泣かせながらもハックル節を貫くあなたをみて、強く勇気づけられることになりました。

私にとってハックルとは、COOLCOOLCOOL!としか言いようがない、並のフィクションを超えた極上のエンターテインメントでした。




これからもずっとハックルを応援し続けたかった。

でも、あなたに守るべき家族ができたのであれば話しは別だ。

むしろきっぱりとハックルというキャラを切り捨てて岩崎夏海として生きてもらいたい。

私はこれから岩崎夏海さんに、

普段は一個の個人として自分の思いを語ってますよというスタンスを取っておきながら

少しはてブDisられるとすぐに家族やら社会的地位を持ちだして説教したがるどこかの医者のような人にはなってもらいたくないです。

そういうことをサれると心の底から興ざめです。

もうネットでのサービスはいいです。現実に集中させて、たとえばあなたの奥さんをお笑い界のもしドラとなるように育ててあげてください。



岩崎さんの心の中にはいつでもハックル存在するのでしょう。

でも、結婚たからには責任をもってそのハックルを飼い慣らし、

ネットクズどもではなく、身の回りの人に幸せ勇気を与えるような存在になってください。

万が一にも、ハックル的な要因がもとで結婚や生活がダメに成ったりした場合には、心のそこから岩崎夏海という人物を軽蔑します。

もちろんそれでもハックルのことは愛するでしょうが岩崎夏海という人間についての評価はゴミクズ以下とみなします。



ハックルのことははてなのみんなに任せましょう。

誰もハックルほど見事な狂人になることはできませんが

ハックルに変わってみんなにガツンといってあげたり余計なお世話をしたり承認欲求権化になることは出来ます

そのうち第二、第三のハックルも生まれてくるでしょう



岩崎夏海結婚を心から祝福します。おめでとう。おめでとう。おめでとう。

そしてさようならハックルさん。

2012-01-25

創造性について思うこと

物を作る趣味をしようとすると、辛くてしょうがない。

例えば絵を描いたり、音楽を作ったりとか。

やりたいなあって思いはあるんだけれど、実際にやってみると、

こんな事やって何になるんだって、むなしい気分になる。

伊坂幸太郎さんのモダンタイムスという小説内に、

「物を作る人には、自己顕示欲創作欲が両方ある」という記述がある。

話の本筋とはあまり関係ない文章なんだけれど、胸に引っかかる。

ぼくの場合自己顕示欲が強くて創作欲が少ないから、構ってもらえないと虚しくなるのかもしれない。

プロアマわず無数の作品が日々投稿されるネットの中では、レベルが高くない作品はなかなか構ってもらえない。

ニコニコ動画pixivを見ると、華やかなランキングの影には閲覧数10以下の作品が山のように投稿されている。

そこでめげずに作れるのは、性格だったり、才能だったりするのだろうか。

憧れはコントロールされたもので、本当の気持ちではないのかもしれないと考える。

漫画家ミュージシャンがなんだか格好良く見えるのは、

新しいアーティストを常に求めている人達の演出かもしれないし、

あるいは、画材楽器を売りたい人達の演出なのかもしれない。

ステマステマ言われると、そんなことも思う。

その中で一握りが選ばれて、世に出るようになっている。

他の大勢は、のせられていて、創造性の被害者が大量に生まれる。

それでどうするか。完全に手を引くという方法がある。

なんだか諦めきれない思いを断ち切って、もう一切何も作らない。

きっと楽だけれど、逃避しているようにも感じられて、決断には勇気が要る。

または、辛い思いを持ちながらやり続けるという選択もある。

やり続けるのは格好良く見えるけれど、のせられ続けているようにも感じられる。

あちらを立てればこちらが立たず、一体どうしたら良いんでしょうね。

あと、創造系のヌルい相互評価サイトとかあったら、結構人集まるんじゃないかなあと思う。

pixivの下の方の人達が活発にコミュニケーション出来るように、システム側でサポートする感じの。

web屋の皆さんどうですかね?

2012-01-24

学者権力者に憎まれるのは、それを学ぶというだけで政治にくちばしを入れることになるからだ。権力者にとって政治自分たちだけの聖域だ。批判する市内に関係なく、政治という独占物に触れてくるものを決して許さない!蛮社の獄は現代も続いているのだよ、勝君・・・


「何時の時代もそうだが為政者悪事を企むとき、それを決して表沙汰にはせず、関係ないものとさも関係があるように結びつける。まさに蛮社の獄がそれだった。庶民のキリシタンに対する畏怖心や、幕府始まって以来の大塩平八郎クーデター事件。世間が騒然となっているさなか、警戒心などを巧みに煽りそれは実行された。科学的な精神の持ち主である学者たちは、国家転覆を企む妖術師の集団であるかのようなイメージ作りが行われたのだ」


「立ち向かう心ある人はいなかったんですか?」


「そうなったら、インテリほど臆病なもんでな、関わり合いになるのを恐れ、ほとんどの学者が口をつぐんだ。本気で戦ったのは松崎慊堂先生位なもんだろう。決定していた渡辺崋山殿の刑がかろうじて軽減されたのも、松崎先生の同等たる正論の結果だ。」



「発言するってなぁ、大事な事ですねぇ・・・勇気もいるけれど」


※思想の自由が全くなかったかのように言われている江戸時代でも、公儀がプライバシーをほじくり出してわざわざ謀反人を創りだすなどという形で罪人を仕立て上げたのは、この蛮社の獄の時を除いて他にはない。(最も過酷思想統制が庶民に向けられたのは、日本太平洋戦争突入していった昭和年代である


「洋学を汚らわしいと申されるが、たとえばどの点が汚れておると?ほう、わからんし分かりたくもないと? 無知を自慢されるとは珍しい。中身も知らず、洋夷に武士道が負けるはずがないとお考えなら、剣術稽古の必要もありますまい。大和魂ここにありと胸を張って西洋の砲弾を受けてご覧なさい。」

「忠義には上中下がございます。主君に背かず言いなりになる。これは下の下なり。主君の望みを叶える、これが中。上は主君を真の名君にする。そのためにはたとえ不忠者と罵られようと命をはって諫言する。主君が諫言を受け入れねば天下万民のため主の非を止め、然る後腹を切って主君に詫びるほかありませぬ。」

2012-01-22

[]ハイテンションな人が手放しで賞賛される社会はしんどい

http://d.hatena.ne.jp/Lobotomy/20120121/p1

むちゃくちゃ同意

人の笑いや泣きがどれだけ簡単に操作できるかについては

http://www.nicovideo.jp/watch/sm8905211  でも見れば一発で分る。



しかし、上の記事に同意するからこそ残念に思うことがある。

世の中って、感動屋の方が人を動かすことが多いのだよね。

というか、本当に

・「嘘だとかって言う前に感情が動くほうが人生充実してない?」

・より多く感動した方が素晴らしい人生を送っているというのが正しいとすれば、我々の大半の人生オウム真理教信者よりもつまらないことになってしま

こういう人多い。

で、こういう人が多く集まって、それが正しいのだって空気が形成された空間、プチ社会は本当に息苦しい。

私にはこれが形を変えた体育会系とか吉本喜劇のクソヒエラルキーのように、脳が酸素欠乏になればなるほど偉いみたいなドMの集団にしか見えない。




はてなは、そういうのが苦手な人が多いと思う。他人に笑顔を強いられるくらいなら自虐することを選ぶくらいそういうのが嫌いな人が多いと思う。

上の記事のような、ユーモアアイロニーでこういう空気に冷水を浴びせる記事が人気になりやすい。

多くの人が批判記事を書いて抵抗の意思を示す。

しかし基本的にはてなの人たちの努力はか弱い。

ハイテンションな人がちょっと本気をだせば、あっという間に2500ブクマ越えを達成してしまう。

ゲーセン少女など可愛く思える、病弱な少女を酷使して死に至らしめておいて、泣けばすべて許されるという初期ケータイ小説的な道徳を描いた虐待推奨小説が300万部のベストセラーになることを止めることはできない。

ハイテンションな人の熱狂には結局勝てないのだ。

その理不尽現実ますますはてな民を苛立たせるが、早いところ受け入れざるを得ないのも事実だろう。




頭が冷えているときは、「人と人って簡単に分かり合えないよね、というか絶対に分かり合えないよね、みんな一人で生きて一人で死んでいくんだよね」ということと向き合わざるをえない。

そういうのは人気がでない。人気が出ないと言うか、あまりオススメしない。

特に今みたいに、支えとなるものが金くらいしかなかったのに金すらもない状態で、そういう訓練したことがないのにいきなり一人で向きあうのはむしろ危険だとすら思う。

ある程度みんなそれがわかってるから、すごくつまらないことでも共有して盛り上がってハイテンションにはしゃぐ。

とにかく泣く、怒る、やばいやばい黄色い声で絶叫する。そうやってうすっぺらい経験を少しでも濃いものとして錯覚しようとする。

自殺しないで生きていくためにはこういう必死努力が必要なんだろう。 

そういうことを考えると彼らは彼らなりに生きるのに精一杯なのであって、愚か者といって批判するのもなんか違う気がする。



命がけではしゃぎまわり、群れようとする彼らには勝てない。

勝てないのだから最初から勝とうと思ってはいけない。

でも負けを認める必要もない。負けを認めて、彼らのルール適応しようとして頑張ってモテ系の記事を読んでも、どうせ一度冷めた熱は上がらない。

自分が楽な生き方を考えるしかない。

日本人のうち9割はドMなんだ、でも僕はMじゃないんだ、体育会系ではないんだ、とはっきりとカミングアウトする勇気が必要。

意識して別路線を選ばないと、その自覚を持ってないと、生きるのが苦しくなる。




そんなことより今週のハンターハンターがめちゃくちゃおもしろくて生きるのが辛い

うわーそうきたかー。 蟻編とはなんだったのか、どころか、24巻あたりの伏線がこんなところで生きてくるとは。富樫神すぎるだろ。




追記

感動してる人たちを斜めに見て自分を高みに置こうとするのも嫌いという結論にしかならないな。

から、私はその上下とか高低ってのがいやだから、横に広げようとしてるわけよ。ヨコのものをむりやり縦に考えないといけない病気でないならそこは理解してください。


H×H単行本シリーズ累計5500万部でていてケータイ小説トリプルミリオンなんか鼻で笑えるくらいハイテンションな人御用達コンテンツと思うけど。あたなが横と思ってるものこそ縦かもしれんぜ

系のツッコミありがとう。それについては一つ目のトラバの返信に書いてあるから読んでね♪

ハンターハンターを好きなオレは縦社会から抜けだしたヨコの人間だと主張するつもりもないし、どんなマイナーな作品が好きだろうが、それはただのマイナー好きです。

あと、文中でも述べているように、ハイテンションな人たちを批判するつもりは全くないんですよ。それどころか彼らの気持はよくわかるつもり。

私が言いたいのは、「ただそこしか場所がない」という考えから抜け出したい、ということなんですね。 

必要ならみんなで盛り上がっていい。 何かをきっかけにして、人とつながりあう感覚は時々必要になりますキャッキャウフフな人たちを批判するつもりなど毛頭ない。



分かりやすいように話をぐっと傾けると、「・・・してたら楽しかった!」が逆転して盛り上がることやつるむこと自体が目的化され、常態化されるような状態は嫌だってことです。

これずっとやってると感情が薄まるんですよね。良い方向でも悪い方向でも自分の頭が麻痺してくる。

形的的を追い求め過ぎて、外からみるとリア充だけど中身は・・・って経験は誰にでもあるでしょう?

・・・と、ココらへんまで話を傾ければ誰にでもわかってもらえるとは思うんだけれど、私がいいたいのはそこまで傾けない状態のことです。

ここまで極端な話をシなくても、もうちょっと手前の微妙なところで、しんどいって言うくらいはいいじゃない、と思うんですがどうでしょう

単純に言えば、あんまり周りに振り回されずに、好きでないものや、必要でないもの、必要でないタイミングにはNoという。 

その代わりに好きなものやここだというタイミングではワッと楽しみたいです。感情を濃くしたい。そんだけ。




追記2 

反応が帰ってくるのは予定していたとおりだけれど、内容は予想以上。我ながらナイスアシストができたと胸を貼りたい気分。

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20120124/1327388248

彼がまともな記事を書くと、普段の彼とバッティングするというのが非常に味わい深い。

私はこれから岩崎さんの綺麗な面を際立たせるような、彼がまともな記事をかけるような問題提起をしてきたいと思います

今回は、直接作品について、しかも悪口の形で触れてしまったのである意味反則です。

そうではなく、岩崎さんの正義の心を激しく揺さぶるようなテーマ提供していきたい。

最近岩崎さんはスランプらしく、自分で考えて記事を書くことができないみたいなので、みんなもアシストして行きましょう。


あと非常に悲しい誤解があります

またぼくの悪口がはてなに書かれていた。

私は岩崎さん個人は大好きですよ。

大好きすぎてハックルブログが富樫化してる最近は生きるのが辛いくらいです。

岩崎さんは好きだけど、もしドラゴミだと言ってるだけです。その点だけは誤解して欲しくないな。

2012-01-21

たぶん新しいモデルを提示しているまとめブログを紹介する

まとめブロガー界の注目の人材を紹介

路地音楽戦争というサイト管理人

 

さっきのつぶやき

 

「好きなバンド紹介したら「ステマ」とか「金貰ってる」とか言われてほんとコイツらくだらねー音楽の聞き方してんなと呆れてしまう 書いてて恥ずかしくならないのかな」

 

 

わー大胆な発言だこと。でもこのサイト、金は貰ってないけど音源はタダで貰っているようで。えー。

例によってこのまとめブログは、違法かどうか知らないけど、モラル的に厳しい動画ベタベタ張ってる。

から著作権とか肖像権とかはおそらくアウト。というか、普通にアウトだろう。

そして、ブログバナー宣伝張るくらいのアレで、広告張りすぎてサイトがたまに重いくらいのアレ。

 

ここまでは普通まとめブログなんだけど。


  

んでもって俺が驚いたのが、こいつはツイッタースカイプで会話相手を募集していたり、

自画像旅行画像をちょこちょこアップしていたり、ユーストリーム配信をしていたり、

個人的な感想記事を書いていたりする。自ら「個人」を前面に押し出しているのだ。

これには驚いた。しかもそれで好意を集めているってのがさらなる驚きだ。

えーそれってありなの? 叩かれないの? と思ったけど、案外そうでないらしい。

むしろちょっとしたファンみたいな、仲間みたいな連中がツイッターにぞろぞろ見かけられた。

さらにこいつが紹介するとそのインディーズバンドは嬉しがるらしいのだ。

 

 

 

なんだよそれ! まとめブログってそんなやり方許されるのかよと思った。

実は俺も零細まとめブログをやってるんだけど、まあこれが儲からない。

なんといっても今ではまとめブログめっちゃある。ツールもノウハウめっちゃある。

しか嫌儲の風潮が厳しくなってきた。あいつら零細にも容赦ない。

から、なんとかして独自性を出していこうと考えてるのだが、

そう簡単じゃない。なんか新しいやり方はねーかな、と。

そこで見つけたブログでこういうやり方もあるんだと驚いた。

  

 

俺のまとめブログモラル的にアウトだと分かっているから絶対に個を出さないようにしている。

でも場合によっては、そのデメリットはあんがい大したことがなくて、むしろメリットの方があるようだ。

たぶん新しいモデルとなるまとめブログだろう。個人を強調するまとめブログ

 

  

まあ俺のサイトのほうがPVあるけど、絶対こいつの方がもうかってるよなー。

でも自分を出していく勇気ねえ。せいぜいやらおんみたいに変態キャラを演じるくらい。

それより先を行くってのはまあすごい。そしてその勇気が俺には羨ましい。

以上、嫉妬速報でした。

[]社会起業  ドン・キホーテのすすめ

貧困の終焉2025年までに世界を変える

貧困のない世界を創る




働きながら、社会を変える。――ビジネスパーソン子ども貧困」に挑む

いつか、すべての子供たちに――「ティーチ・フォー・アメリカ」とそこで私が学んだこと

社会を変える」を仕事にする 社会起業家という生き方



いくつもの壁にぶつかりながら

「カタリバ」という授業――社会起業家学生が生み出す “つながりづくり”の場としくみ

誰が世界を変えるのか ソーシャルイノベーションはここから始まる

働き方革命あなた今日から日本を変える方法

人を助けて仕事を創る 社会起業家教科書

チェンジメーカー~社会起業家が世の中を変える

社会起業家という仕事 チェンジメーカーII

辺境から世界を変える ――ソーシャルビジネスが生み出す「村の起業家

裸でも生きる――25歳女性起業家号泣戦記

裸でも生きる2 Keep Walking私は歩き続ける

“想い”と“頭脳”で稼ぐ 社会起業・実戦ガイド20円」で世界をつなぐ仕事




社会起業家スタートブック――自分社会を活かす仕事

世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気アイデアの力

社会起業家の条件 ソーシャルビジネスリーダーシップ

プロボノ―新しい社会貢献新しい働き方

未来を変える80人 僕らが出会った社会起業家

クレイジーパワー 社会起業家―新たな市場を切り拓く人々

NPOで働く

ゼロからはじめる社会起業

社会貢献でメシを食う

世界を変えるオシゴト 社会起業家になったふたりの女の子の感動物

世界を変えるデザイン――ものづくりには夢がある

放浪ニートが、340億社長になった!

ユナイテッドピープル 「クリックから世界を変える」33社会起業家の挑戦

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを

あなたには夢がある 小さなアトリエから始まったスラム街奇跡

前へ ! 前へ ! 前へ ! ― 足立区落ちこぼれが、バングラデシュでおこした奇跡

20代からはじめる社会貢献: 400社が支援した「社会起業」とは

社会起業家教科書

社会起業家―「よい社会」をつくる人たち

ソーシャル・ビジネス革命世界課題を解決する新たな経済システム

中卒の組立工、NYの億万長者になる

コンビニ食と脳科学-「おいしい」と感じる秘密 (祥伝社新書170)




こんだけ読めばあなたもラ・マンチャ爺さんになれるはず。

2012-01-16

行動したのにリアクションがないっていうような愚痴って、そもそも言ってる人は頑張ってる場合が多くて、それに自分は元気とは言わないまでも勇気は少し貰えるから聞くのあんま嫌いじゃない。

嫌いな愚痴は、明らかに事態に対してこちらに非があるにも関わらず、自分では何もしようとしない、事態が何か考えようともしないのに人のせいにしまくる愚痴

2012-01-12

2chアフィリエイト騒動で

2ちゃんねる一揆発生? 反アフィリエイトニュー速民が大量移住

http://internet.watch.impress.co.jp/docs/yajiuma/20120111_503495.html

>また移転後の嫌儲板では、これまでのニュース速報板で非常に多かった地域煽り政党煽り国籍煽り

 女性叩きなど対立を煽るスレッドや叩きスレッドが、嫌儲板に移転後は激減した。

 このため、「これまでのニュース速報板では、アフィリエイトブログネタにするために

 煽りスレが多数立てられていた」という疑いを持った元ニュース速報板住民が多く、移民を結束させている。

2chでの地域煽り政党煽り国籍煽り女性叩きは

単なるアフィリエイト、小遣い稼ぎの種だったのかもしれない。

それで、とある増田を思いだした。

プライドをドブに捨てる勇気をください』

http://anond.hatelabo.jp/20090525194058

>ただ、彼氏があんまり結婚に前向きではないのだ。

 仕事が忙しくて私のことばかり考えていられないというのもあるけど、

 結婚=男が損をすることばかり、という2chで鍛えられた知識が躊躇させているらしい。

もう2年以上前日記か。2chおかしな知識を得てしまった彼氏恋人

その後どうなっただろう。

http://anond.hatelabo.jp/20120112002847

頑張って家出たら?

 

足りないのは出来る範囲で楽しむ事じゃなく、

家族と本気でケンカする勇気だと思う。

2012-01-11

一人BARデビューしてきた話

男で酒飲める人なら誰でも憧れる一人BAR



行きたいけどどう振舞っていいかわからん

過去には

http://burusoku-vip.com/archives/1354659.html

みたいなつらい思いをした人もいて、

BAR初心者にはオススメできないところだーなんて思ってたが

勇気をふりしぼって昨日今日と一人BARデビューしてみて、

なんとなく一人BARの過ごし方がわかってきたので

つらつらと書いてみる。



・とにかくカウンターに着く。

お酒を頼む。男は構わずウイスキーを頼んどけ。

ウイスキー2杯目。ここで1杯目に飲んだウイスキーと比べてもっと辛い、もっと甘いとかリクエストする。

 ぴったりの1杯を選んでくれるはずだ。

・話したげな目線バーテンさんにおくる。多分話しかけてくれる。

 話題は「木戸に立てかけし衣食住」からセレクトする。

 自分の家の近くのBARを選ぶと「住」の話がしやすいのでいいんじゃないかな。

テレビあるバーにも行ってみたけど、ここはテレビが話題を作り続けてくれるので

 話題が途切れるということがなく、デビューという意味では過ごしやすい。

常連さんっぽい人が登場。話に耳を傾けるだけでも時間がすぎる。

・お店を出る前に、「このへんで行きつけのBARを作りたくて、いろいろ回ってる」と伝えると

 オーナーさんは意外と親切に教えてくれる。



こんな感じかね。

結局2日間で3件回ってみたが、

お店の内装はもちろん、バーテンさんの考え、行動がお店ごとにあるので

色々バー巡りしてみるのはほんとうに面白そうだ。

また行こうと思う。



ところで、みんなお店のバーテンさんを「マスター」と呼んでるんだけど

これは常連じゃなくても呼んでいいのかな・・・・?

2012-01-08

http://anond.hatelabo.jp/20120107234402

なんつーか考えすぎ。若いんだね。

大丈夫、誰もあなたのことを軽視したりしてないよ、あなたが思うほどには。

ただ、あなたが関わらないから、皆は分からないだけだ。

あなた自分のことを教えないから、皆あなたのことを好きになるきっかけすら持てないだけだよ。

 

いっぱいうじうじして悩んで、それに飽きたら、勇気を出してみなさいな。

2012-01-06

http://anond.hatelabo.jp/20120105033519

勇気付けることは俺には無理だが、オヤジさんと交流があった人と会うといいよ。

きっと子供に対してどんな気持ちだったのか、「喧嘩してどなりつけたった!」とかアホな事すら嬉しそうに友達に話をしていた俺のオヤジwww

それと、きっとオヤジさんは何かいろんなことを世の中に残している。

部下や知人や親戚や関わった全ての人たちに。

オヤジたちの生き様や思想、仕事のやり方、友人との関わり方っていろんな人に影響を与えてるんだよなー…

子供たちや家族には見えない場所で、オヤジたちってすげえもん残してるんだよなあ。

2012-01-05

http://anond.hatelabo.jp/20111230232131

黄色と黒は勇気の印

24時間戦えますか♪

世代なのかもねぇ。

http://anond.hatelabo.jp/20120105002636

俺もだ 4年経った今でも涙が出てくる

もっと話をしたかった

もっと写真じゃなく動画をとっておきたかった

もっとじっくり相談たかった

写真の父は何も言わない

勇気付けてくれよ

2011-12-25

ブログは、執筆した人の所有物ではありません。そもそも、ホスティング業者とか文字コードとかJavaScriptを使ってできたブログを、ユーザー登録したらいで「所有」しているという考え方がおこがましい。

当たり前ですが、ブログでも何でも、一個人の完全な所有物となるものなんて、この世にはありません。「物」は、言うならばこの世界そのものの「所有物」であり、人間にとってはむしろ「借り物」という方が近いです。今認められているいわゆる「所有権」とは、その「借り物」の処遇について、他の者よりも比較的多く決められる権利――くらいの意味しかないのです。

ですから、当たり前ですが、それでバカなことを書いたり罵倒したりしたら、作家のみならず、誰でも、この世界そのものの一員として(一部として)、それを炎上させることができます。と言うより、炎上させるべきです。

それは、権利と言うよりは、この世界そのものの一員としての責任です。ぼくは、誰が書いているブログであっても、その持ち方や使い方を誤っている人がいれば、行って「おいバカ死ね」と勇気を持って罵倒してきたいと考えています

強さと優しさ

「強くなければ生きていけない、優しくなければ生きている価値がない」と言ったのは誰だか知らないけど、そもそも優しくするのにはある程度の強さがないといけないのではないだろうか。

優しくというのはもちろん人一般についてなのだろうけど、男女に限って考えるとすれば、相手に優しくするには勇気がいるし、相手が自分の優しさを受け入れてくれるだけの、相手と俺との関係が前提として必要なわけで。そもそも相手から見て俺がずっと下の存在だったら(←こういう言い方はあまり良くないけど)俺が優しいつもりでも、相手に服従しているか、あるいは便利な存在にすぎない。

そういう意味で、誰かにとって強くそして優しい存在になれたら、と思う。

いい年して彼女ができたこともないけれど、こんなことを思い日々精進せねばと思う今日この頃

2011-12-24

ハーモニー リマインダー

一度ハーモニーを読んだ人(=自分)がハーモニーの内容を思い出すためのもの

01

 いまから語るのは、「私」の物語

02

 高校生時代

 私は、同じクラスのミァハに話を持ちかけられる。大人になってwatchmeを入れられて、社会の一員としてからだを見張られる前に、パプリックエネミーにならないかともちかける。

 リソース意識、公共的身体の意識にあふれた、窒息しそうなほどの優しさをあびせかけてくる社会の敵になろうと。

 自分の体は自分ものなのだ世界に主張してやろうと。


03

 私は大人になり、WHO螺旋監察官をしている。

 その仕事をしていれば、自分の体を自分ものとして、たばこをすったり酒を飲んだりできるから

 

 しかし、こうしてミァハ的(自分の体を自分ものとする)な生き方にたどり着くまでに、大きなものを失った。それは、ミァハの命。

 高校生時代、私とキアンに、ミァハは一緒に死なないかと持ちかける。私たちがこの「優しい」「公共的身体」の社会から脱出するためには、それしかないように思われた。

 私の父こそ、この「優しい」社会を作りだした研究者の一人なのだと私がいったら、ミァハはどう思うのだろう?

 私はいま、酒をのみ、たばこを吸い、ミァハ的な生活をしている。

 でも一方、螺旋監察官として、「優しい「生府」」のある側に属して、「優しさ」を、それのない世界に広める仕事をしている。本当のミァハにはなれていない。臆病者だから

04

 螺旋監察官をしていれば、さまざまな種類の死が待っている。通常の人間には老衰しかありえないのに。

 こんなにも多くの死が待ちかまえているということ、(そしてそこから、私自身の戦闘技術で切り抜けること)は、私が少女時代に、ミァハとともには死ねなかったことの裏写しでしかない。

 高校生時代、私とキアンは死ねなかった。ミァハだけが自殺を成し遂げた。

 ミァハですら、わたしを殺すことはできないんだ。

 この優しさに満ちた、公共的身体の意識にあふれた社会は、誰の手によっても、どうにもならないんだ。高校生時代に、そういう諦めの境地に達し、私は死ぬことを挫折した。

05

 上司オスカーシュタウフェンベルクに、飲酒を見られる。

 そのため、私は日本に返される。

 だが、私が酒を飲んでいたことは、世間に知られるわけにはいかない。私は私自身の失敗を人質にとることができる。

06

 私は日本に帰ってくる。

 かつて私やミァハと一緒に死のうとしたキアンが空港に迎えにきてくれる。

 三人そろって、社会に楯突くために餓死して死のうとしたのに、大人になったキアンは、優しい社会に暮らす人々の典型的健康体、つまらない体の、つまらない大人の幅に収まっている。

 私はミァハにあこがれ、不摂生な生活をしているのに。

 ミァハが敵になろうとした「優しい」人々と、キアンは交流を持ち、社会リソースとしてボランティアをするようになっている。私はそういう人たちとは会おうとも思わないのに。

 私はだんだんミァハになっていた。生きていたらこうなっていただろうミァハに。

 キアンと一緒に、レストランで食事をする。と、

「うん、ごめんね、ミァハ」

 キアンはそう言い、突然に私の目の前で自殺する。

 同時に世界で、何千人もの人々が自殺していた。

2

01

 自殺したのは、スクナビコナ(北海道神宮とかとかとかにまつられる、酒とかとかとかの神。オホムチ大国主とペア)生府のアグリーメンツだった。

 キアンの死を直視したことと、謹慎として日本に返されたこと。この二つを理由に、私は螺旋監察官であるにも関わらず、自殺の同時多発事件の捜査に加われない。

 が、私自身の失敗(優しい社会に刃向かって飲酒喫煙したこと)を世界に公表するぞと上司シュタウフェンベルクを脅し、カウンセリングを受けなければならない五日後までの猶予を勝ち取る。

02

 無数の自殺者のなかで、キアンだけが意味のある言葉

「ごめんねミァハ」を遺して死んだ。

 だから私は、ミァハの両親宅を訪れた。

 ミァハの母レイコは、ミァハを立派な社会的リソースにできなかったことを悔いている。自殺願望のある子に育ててしまったことを悔いている。

 ミァハはレイコ遺伝子的な子供ではなく、チェチェン戦争孤児だったと知らされる。

 そしてミァハが自殺後、献体されたことも知らされる。

 献体された研究者は、ヌァザ――私の父。

03

 キアンが死ぬ直前、彼女との食事の回想。

 キアンの告白

「ミァハが作った薬を飲んでいると、私の体がみるみる変化(ルビ:餓死)していく。「優しい社会」が提供する医療に浸りきった私は、体は恒常的なものなのだと思っていた。こんなにも変化するものなのだとは思ってもいなかった。だから恐ろしくなり、私たち三人がしていることを親に相談した。でも、そのとき、ミァハは変化しきっていた。死んでいた。だめになってた」

 私は、

「私がこうして生きているのは、キアンのおかげなんだね。アルコールたばこで体を傷つけられるのはキアンのおかげ」

 キアンは、

「トアンは、どうして私がキアンと友達になったのか聞いたよね。私だって、ミァハと同じように、あのころ世界に息苦しさを感じていた。リソース意識なんて冗談じゃないって。……でも、ミァハと友達になった本当の理由は、たぶん、バランサーを気取っていたからだと思う。ミァハが言っていた、死んじゃおう、とか、誰かを殺しちゃおうっていうのを、踏みとどまらせる役になろうとして、友達になったんだ」

 そして、キアンの葬儀彼女はこれから液体になり、社会リソースになる。

 父はバグダッドにわたっていた。

 一方、父の共同研究者ケイタは、日本に残っていた。

 ケイタは、「意志というものは、競いあう欲求のどれを選ぶのかを決定する主体」という。

 ヌァザの研究は、人間の欲望や意志を制御するものなのだともケイタは教えてくれる。その研究を進めるために、バグダッドに渡った。

 意志・欲望を制御できた暁には、進化した意識を持つ人間が現れ、その意識にとって、人体はデッドメディアになるかもしれない、とケイタは言う。

 精神こそが、人体を生きながらえさせる手段なのかも。肉体にとって精神がデッドメディアになるときがくるかもしれない。と私。

 上司シュタウフェンベルクに、私の行動を報告せずにいると、

いつまでも「失敗」を人質にして自由に振る舞えると思うな」と、ARの電話口で叱責される。――電話をして、うつむいている私。

 キアンも、死の直前、うつむいていた。死の直前、彼女もARで誰かと話していたのではないか

 螺旋監察官の権限で、キアンの通話記録を見る。思った通り、彼女電話をしていた。

「ううん、ごめんね、ミァハ」

 そう言った相手は、ミァハ本人――ミァハは生きていた。

 ミァハ曰く、

「善とは恒常性のこと。

 現在ほど、世界恒常性に満たされた時代はなかった。

 昔は王様がいて、王様を殺せば世界を変えられたのに、民主主義以降、みんなが互いに互いを律するようになったから。優しさのおしつけあっこ。

 私たちは、そんな社会から飛び出して、自分自分を律しようって誓いあったよね? キアンもトアンも。

 その勇気を、いますぐ見せて」

 そう言われて、キアンはキアン自身の体を殺したのだ。

01

 名刺――プライバシーという言葉が、まだいやらしい意味ではなかった時代個人情報を個人が隠し持つことを許されていた時代に、個人情報を相手に手渡す手段。

 友達になった私とキアンに、ミァハはそれを渡してくれた。

 インターポールりイアン・ヴァシロフも、初対面の私に名刺自己紹介した。

 そのとき世界は、あの集団自殺のせいでゆがんでいた。

 優しさを与えあう社会、互いに互いを信頼しあう社会

 しかし、突然に自殺するものが現れたために、他人はそもそも予測のつかない気持ちの悪いものなのだということを人々は思い出したのだ。

 ヴァシロフが調査しているのは、WatchMeを介して人体に不正アクセスすることが可能な組織

 その組織は、再び人類が〈ザ・メイルストロム〉に陥らないように、人類監視しようということを大儀銘文としている。

 しかし、その組織内の、その信念に反する一派が、今回の大量自殺引き起こしたらしい。

 ヴァシロフとの車中、テレビでミァハが人類に宣言する。

「一週間以内に、誰か一人を殺してください。それができない人には死んでもらいます

02

 ミァハが、大量自殺と宣言によって作った混乱。

 そして、生府が醸し出す、息苦しい空気

 それらについて思いを巡らせているうちに、「医療ドバイ」、バグダッドにつく。

 そのころ、世界で、宣言に促された他殺、宣言から逃れるための自殺が頻発する。

03

 バグダッドガブリエル・エーディンと会う。

 彼女曰く、

人間価値判断は、指数的な合理性ではなく、双曲線的な非合理性。合理性と非合理性の争いが、意識である

04

 私のホテルの部屋に、ARではない、紙の書き置きがある。

「アブー・ヌワース。ARなし、盗聴なしで」

 アブー・ヌワースの人々は、WatchMeを人体に入れておらず、様々な病気にかかり、早死にする。

 アブー・ヌワースの食事は、生府に管理された世界のそれと違って、カロリーカフェインアルコールハレンチなほど。

 そのアブー・ヌワースに、父ヌァザがいた。彼が渡しに書き置きしたのだ。

05

 父は、ミァハの死後に、研究に没頭するために、私と母を残して家から去ったのだった。

 その父と、バグダッドで再会する。

 父の研究は、ヴァシロフが調査する組織で行われていた。父は組織の一員だった。

 組織人間意識を保持する能力を保持しているのは、再びザ・メイルストロムのようなことが起きたときに備えてのことだった。

 組織の上層――ザ・メイルストロムを生き延びた老人が望んだ世界。それをミァハは唾棄した。

 当時、多くの子供たちがミァハと同じように自分の体を傷つけるようなやり方で自殺を試みていた。この「優しい」社会ストレス限界にいる子供たち。それは、利ソース意識にあふれたこの社会の、対処するべき社会問題だった。彼らですらコントロールできるように、父らの組織システムを組もうとしていた。

 キアンの告発によって辛くも生き残ったミァハは、自殺性向のある子供として、組織モルモットになっていた。

ハーモニープログラム』。それには、老人たちですら二の足を踏むような重篤な副作用があった。

 それを実行すると、人類から意識が消滅する。

06

 意識が消滅するのはハーモニープログラムを実行すると、人間の非合理性が合理性と迎合し、葛藤がなくなるため。

 結局、プログラム人類に実装されてはいものの、第二のメイルストロムまでは実行されないものとする。そういう折衷案を老人はとった。

しかし、なぜミァハはそれを実行しようとしているの」と私は問う。

「ミァハの意識は、戦争の渦中、自殺を行うために後天的に獲得されたものだ。そして――」

 父の説明の途中で。ヴァシロフが現れる。

 ヴァシロフはインターポールとしてではなく、組織の一員としての仕事をこなすために現れた。彼は、組織の中でも、父と対立するミァハ派の一員だった。

 父は主流派のリーダー格。主流派の結束力を弱めるため、ヴァシロフは父をねらっていた。父がでてくる好機を作り出そうと、娘の私を泳がせていたのだ。

 ヴァシロフらミァハ派の目的は、人類を正しい調和へと導くこと。

 ヴァシロフは私の銃弾を食らい、父は私をかばってヴァシロフの銃弾を食らう。二人とも死ぬ。

 死の間際、ヴァシロフは、ミァハがチェチェンにいると私に告げる。ミァハの生まれ故郷に。チェチェンの、〈対ロシア自由戦線〉に。

01

 高校時代の回想。

 日本の、学校という権力のなかに、私もミァハもキアンもいた。

 ミァハは、「私は前、こことは別の権力に従わされてた。地獄だった。向こうにいたら、銃で殺される。

 でも、こちらがわにいたら、優しさに殺される。どっちもどっち。ひどい話だよね」と。

 ミァハの宣言により、世界の各地で殺戮自殺心中が頻発している。

 その問題についての、螺旋監察官会議(ARセッション)。

 わたしはシュタウフェンベルクに、これまでの捜査経過を報告したい。

 しかし、どこまで情報をつかんでいるか組織スパイされないために、セッションシュタウフェンベルクとの二人きりに切り替える。

 と、シュタウフェンベルク彼女自身が組織の一員なのだと明かす。

 ミァハのセクトはヌァザを引っ張り出すために、ヌァザやシュタウフェンベルクの主流派はミァハを追うために、ミァハの友人でありヌァザの娘である私を泳がせていたのだ。

 私が自由に行動できいていたのは、「失敗」を利用できていたからではなかったのだ。

 シュタウフェンベルクら主流派はミァハと接触し、どうして人々を自殺させているのかを聞き出したかった。

 チェチェンにいる螺旋監査官、ウーヴェに協力を要請する。

02

 チェチェンのウーヴェと会う。

 ウーヴェは、ミァハがいるはずの〈対ロシア自由戦線〉との人脈を持つ。

 ウーヴェは、私と同じようにも「優しい」社会に息苦しさを感じ、そこから逃げ出すために螺旋監察官になった男だった。

 ウーヴェが呼び出した現地の少年、〈対ロシア自由戦線〉のメッセンジャーに、私は「紙」を渡す。

 すぐに、〈対ロシア自由戦線からの返事がくる。

 一人で、ARの通じない山を登れ、と。

03

「優しい」社会では感じられない、身体の不自由さを意識させられながら山を上る。

 進化のつぎはぎでしかない身体を意識させられる。そして、私の感情も、私が私であるという思いこみも、進化の結果でしかないのた。

 バンカーの中、ミァハと再会する。

 ミァハが私に会おうと決めたのは、少年が持ってきた「紙」が、かつてミァハが私にくれた「名刺」だったから。

「ミァハが自殺に追いこんだ人たち、それに、父さんとキアン。誰も死ななくてよかった」と私。

「そう。死んでいい人なんていなかった。そして、これ以上死人を出すわけにはいかない。でも、こうでもしないと老人たちはボタンを押そうとしない。

 私たちの望みは、人類ハーモニクス

04

 高校時代、ミァハの自殺の直前、彼女の持ち物の本を火葬した、それを私が手伝った思い出。

 私たち三人の死が、世界に対する一撃になるはずだった。

物語のコア〉

 ミァハは、

「私の意識は、ここの、チェチェンバンカーで、性的暴力という人間の野蛮によって生み出された。

 でも、人類が持っているはずの野蛮を押さえつけようとする「優しい」社会では、人間が壊れていく。自殺していく。

 私は世界の人々を愛している。この世界に、人々がなじめずに死んでいくのなら、彼らは生きるために、人間という意識であることを突破しなければならない。意識という、進化上のその場しのぎの機能を取り払って生きなければならない。

 ……組織の老人たちは、『意識の停止』を死と同義と受け取った。だからボタンを押そうとしない。私の民族のように、意識のない存在だっているのに。

 それでも、世界がめちゃくちゃになりそうになったら、老人たちは意識の消滅、ハーモニクスボタンを押すはず。

 私は、毎年無為に命を落としていく何百万の魂のために、魂のない世界を作ろうとしたの」

〈/物語コア〉

 私は、

「ミァハは戻りたかったんだ、意識のない風景に。……じゃあ、それを奪うことは、父さんやキアンを奪われたことに対する、ささやか復讐になるかな。

 あなたの望んだ世界は実現してあげる。

 だけど、それをあなたには与えない」

epilogue

 そして、人類意識を失った。

2011-12-21

ガラスの仮面めちゃ面白い

初めて読んだ。最初の部分はドンビキしたけど、1巻の途中からもう引き込まれた。文庫の10巻までノンストップで読んで疲れたのでちょっと休憩。

テレプシコーラとか、昴を読んでる時と同じで、なんとなく作品の中に自分が観客として引きずり込まれるようなでもそれが心地よいような。なにこの吸引力。

この世界から抜け出すのがもったいなくてついつい一気に読んでしまったよ。




まだ面白さが言葉に出来ないので、類似の作品を読んでみたいと思うけれど、他にどんなのがあるかなー。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1323588553

少女漫画だと

舞台物だと、さいとうちほさんのマリオネット

猫山宮緒さんのエデンにおいで

PA

こどものおもちゃ

藤田和子さんの「ライジング

ちょっと違うかも知れませんがアイドル物で、ペンギン革命

青年紙等だと

はるか17

女優

うーん。なんか違う。

特にスキップビートはこれはこれで面白いと思ってるけど、これと比べるとコレジャナイ感が出る。

これはドラッカーに対するもしドラ的な感じ。

ただし、これは好みの問題であって、私はガラスの方が好きだけれど、多分スキップビートのほうが好きな人も多いと思う。

基礎から理論や練習を段階踏んでいくより、ひらめきとか勢いで乗り切るほうがスピード感あって良いかもしれないし。というか多分この部分は邪魔なんだろうなー。

から、むしろスキップビート意図的にこの「ガラスの仮面」を現代の読者のためにリバイバルさせる作品を手がけようとわけだから勇気があるな、と改めて評価したくなった。

演じる内容については情報後出し後出しから、主人公の主観で良し悪しを図らざるをえないって構図が嫌いなんだけドナー

2011-12-20

高校の同級生との飲み会で、お前はブサイクだとなじられた

 ひさしぶりに会った友達で、同窓会みたいな感じでウキウキして参加した。

さびさという事もあり、昔の思い出話に花でも咲かすかという所だったが、なぜかずっとなじられていた。 

 お前はブサイクだ、毎日鏡を見て死にたくならないか お前はつまらない しょうもない と。

仕事の話をすると、仕事についてくだらないと言われたり、とにかくひどい有様だった。全然おもしろくない。 

 なぜ、久々に会う昔の友人に対してそういう事を言いたいのか、自分にはとても不思議だった。 

振り返って考えてみると、ようするに中学時代のノリでお互いを卑下し合ってダメ人間遊びをしたかったのだと思う。 

 

 確かに、自分も昔はそういう、リア充爆発しろみたいなノリで自虐っぽく笑いを狙ったような会話をよくしていた。 

社会経験を重ねていくうちに、自然とそういうのはつまらなくなったし、言わなくなった。 

 なぜか? 

社会の中で競争をして、少しでも自分を良く見せようと努力してしなければならない状況で、自分いかダメかを語る事は何の価値もない事を知ったからだと思う。

 客観的に自分自身を見つめると、そんなにダメではない。 それなりの評価を得ることもできるし、慕ってくれる後輩も彼女もいる。 

なにより、高校を卒業してからは他人からブサイクだ」と言われた事が一度もない。 

 そんな環境で自ら進んで「僕はブサイクでアホウです」と言って回る必要など皆無なのだ。  

なんなら、真顔で「僕は高い能力を持ってます」と言ってのけるくらいの度胸とプライドもある。 

 地元でずっと生きていくというのは、ずっと変わらない顔ぶれの人間達にずっと変わらないイジラレ方をするという事だ。 

おそらく、自分をナジった友人は、ずっとお前はブサイクだとイジラレ続け、新しく入った学校職場でも「こんにちはブサイクです」と言ってるんだろう。 

中学時代あだ名でいまだに呼ばれ続けているのがその証拠だろう。

 自分を卑下して、それが一生続くのだという価値観で、そういうノリが一生楽しいと思って、自分に対しても「同意」を求めて自虐遊びをしかけてきたのだ。

自分は、昔の侮蔑が混じったようなあだ名の数々は忘れたし、そのあだ名自分に対して言ってくる人もいなくなった。 

 

 地元が好きなのはいいことだと思う。でも、地元の中でずっと生きていくという事はアリ地獄に自ら身を投げるようなものだ。 

その友人だけではなく、多くの飲み会参加者はそんな感じだった。  

 この人達とは、同窓会で会うくらいの関係でいいやと心底思った。 

着地点の見えない空に飛び出す勇気はあるが、足場が見えるアリ地獄に身を投げる度胸はない。

 新しい価値観を得ようとするその気持ちが、可能性と呼ばれるものだと自分は考えている。  

2011-12-19

出生以来、こんな自分にも初めての恋人ができ3ヶ月。未だよくわから試行錯誤の日々が続いてる。

だが特に最近は、付き合い始めてからずっと心身共にお近づきになれない状況が続いてることにヤキモキしている。

色恋に全く出会わない人生を長く続けたことで染み付いたキモイ童貞思考のお陰で、性的行為イチャイチャまでは行かなくとも(究極的理想ではあるが)、身を寄せ合ってアハハウフフするような関係を想像してた。ただ実際は違った(この童貞思考にツッコミ所があるのはわかってる)。

バッタリ会っても、メールでも、数少ないデートでも、特に人前では素っ気ない態度を毎回とられる。目線をあわせてくれることも少ない。厳密には、意図的に意識しないように努めが隠しきれていない素っ気なさ、か。超奥手な自分勇気を振り絞って、手を奪った時も、そこはかとなくそんな感じだった。

以降、身体的な距離を縮めることは「あー嫌なんだろうな」と思って躊躇してしまうようになった。同様に心的距離も縮められない。だからこの3ヶ月、一般的な彼氏彼女のような「振る舞い」をしたことは、手を握った一度を除くと、カミからシモまで、ない。

独りよがりではあるが、それが個人的には凄いさびしいし、物足りないし、嫌われてるんじゃないかと何度も思う。

そもそも相手は(自分もだが)結構な奥手志向から、思い切った一歩を踏み出せないというのはある。ちなみに彼女は大人しく、真面目で、性に関する知識が全くない箱入りで、恋愛に疎く、だいぶ鈍感な、まさに現代日本にこんな人がいるなんて…という感じの女性

この間二人で飲んだ時、酒の勢いに任せて本音をぶつけてみた。そしたら珍しく酒に酔った彼女が「確かに…だけど(「好き」と言いたかったらしいが、恥ずかしいらしくゴマカシてた)、『彼氏』と認識できない。悪い意味じゃなく、『友達の延長』のような感じ。増田全然悪くない、全部私の性格の問題。ゴメンね」と言っていた。

それを聞いた時、先の童貞思考をもった自分は、ドゴォッとぶん殴られた気がした。この高裁関係でも自分は「彼氏」ではなく「友達の延長」なんだ…じゃあこの関係は形式的なものなのか…なんで付き合ってんだ…と、自分が相手に抱く感情とのギャップにショックだった。自分も、いやむしろ自分には、至らない所がたくさんある。こんな不器用でどうしようもない人間告白してくれたことに、形容できないくらい感謝してる。だからこそ大切に、一生懸命尽くしたいと強く思う。しかしそんな自分の想いが一方的に空回りしてる感じなのかな…と正直落胆した。

その数日後には「自分増田の期待に応えられない彼女であることはわかってる、申し訳なく思う」というメールもきた。

まり彼女は、(たぶん)嫌ってはいないようだが、自身の性格(推測するに己の羞恥心?)によって心身的距離は縮められないようだ。

つい最近クリスマスの予定をメールで話し合った。彼女は「クリスマスって何やるかわからない。いつものように『普通』じゃダメなのかな…」という内容を送ってきた。ここから、ああやっぱり先の童貞思考は未来永劫叶わないんだ、完全に叶わなくとも心身的にアハハウフフするのは難しく、ましてやこの子性的行為なんて雲の上の上の上の…と確信した。

逆に考えてみれば確かに彼氏彼女の関係における一つの形ではあるだろう、が、やはりここは童貞本能的にヤキモキせずにはいられない。

もうなんだろう。自分彼女を好きだし、関係を続けていきたいけど、一方で多少冷めてないかと言われればウソになる。「まあ色んなカタチがあるよね、付き合いが浅いし時間をかけて一緒に解決していけば」という理性と「あー!もっと寄り添って過ごしたい!一般的な彼氏彼女のように振舞いたい!チュッチュチュッチュ!」という本能のこのディレンマをどうすればいいのか。

煽り耐性のない自分には、手厳しく向けられるコメントが怖いからこんな記事は書き控えていたが、でもやっぱり吐きどころがなくてモヤモヤしっぱなしなゆえ吐いてみた。もうどうにでもな~れ

2011-12-18

真珠湾攻撃から70年。10年前の映画を観て不謹慎にも快哉を叫んだ。

去る12月7日真珠湾攻撃から70周年。

10年前に公開された真珠湾攻撃映画を思いついたように観て、

不謹慎にも痛快でたまらなかった。



第二次大戦前、世界有色人種ほとんどすべてが白人植民地支配下で自立と尊厳を奪われている中で、

白人が優れているか有色人種差別されても仕方が無いという当時の世界の「常識」を覆した、

記念すべき大事件だったのだ。



白人専売特許と信じられていた近代科学技術を駆使して武装した飛行機アジア人が操縦し、

戦艦を撃沈し、軍事施設を木端微塵に爆破し、白人を爆撃して蹴り散らしている。

当時どれだけの有色人種がこの光景を目の当たりにして、快哉を叫び希望勇気を持っただろうか。

この映画アメリカ国威発揚のために製作されたものであるが、

皮肉なことにも、世界規模で消費されるハリウッド映画であるだけに、

アジア人白人をこてんぱにする映像世界に放ったという点で、別の意味で衝撃的な映画と位置づけられたことだろう。


そして奇しくもこの数ヵ月後イスラム過激派によるテロが発生し、

真珠湾攻撃になぞらえられた。



軍事的には真珠湾攻撃は失敗だった。

実際はルーズベルトの謀略に嵌められただけと言えるし、

主要な戦艦軍事施設を破壊することもできなかった。

負けることは最初からわかっていたのだから、鉄則を守っていなかったという点で愚策ではあったのだろうと思う。


しかし、有色人種近代科学技術を使って白人に対抗したという点で、

この事件は、宿命であったと言えよう。

先人たちの勇敢さに感謝しなければならない。

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