はてなキーワード: うつろうとは
609 :彼氏いない歴774年:2010/05/07(金) 03:01:56 ID:FQqsCkpw
でも、女も小学生くらいまでは、男子vs女子ってかんじで対等に競い合ってたような気もする
小学生くらいまでは、男子より女子の方がマセてて、口が達者だったりもするし
中学高校くらいから女子は男子にたいして、>>607に書かれてあるように妙に諦めの境地というか
お腹を出して服従ポーズをする犬みたいに、媚びるようになってくる
そういう非対称や不平等を敏感に嗅ぎ取ってしまうのかなあ
610 :彼氏いない歴774年:2010/05/07(金) 17:23:24 ID:nz9CNsZo
>決まってイジメた男には何とも思ってないかのようなスルーっぷり。
昔モサでしょちゅう男に叩かれてきたけど、普通に今でもそいつら恨んでるけどなあ
大人になってお洒落や振舞い方を変えたら男から叩かれづらくなったけど
これは単にお洒落するだけの金銭的余裕が出来たとか
女社会にもっと溶け込みたいからとかであって
男の為にとか、男に叩かれたくないとかは全然考えてなかったし
相手の男じゃなくて自分を責めてる人が多いんだよね
頑張ってお洒落したら男にチヤホヤされるようになった!嬉しい!みたいな意見もよく聞くし
自分みたいなのは女じゃ少数派だな
611 :彼氏いない歴774年:2010/05/07(金) 19:25:56 ID:l8fJo0Hy
>頑張ってお洒落したら男にチヤホヤされるようになった!嬉しい!みたいな意見もよく聞くし
こう言う女の人は多いよね。
言外に、「私、素材がいいから磨けば光るのよ。
それが出来ない女は、努力不足か、もともとの素材が激ブスなんでしょうね。」
こういう女性って年をとって、また再び男からぞんざいな扱いをされるようになったら
どうするつもりなんだろう。
男様が、「外面的な美」を「女」に押し付けて
「男は中身!」と言って、「財力」や「内面」や「精神性」を男のものにした気持ちが分かるよ。
内面の方が、外面みたいに時と共にうつろうものじゃないから長持ちするし
(むしろ、歳とともに増えたり蓄積されることの方が多い)
外面美と違って、目に見えないものであるぶん、ゴマカシやハッタリもきくもんね。
よく女の人生はラクっていうけど、それは若くて可愛いうちに超絶好条件な結婚できた女だけで
長い目で見たら男の人生の方がよっぽどトクだしラクだよなあ。
612 :彼氏いない歴774年:2010/05/07(金) 20:36:15 ID:nz9CNsZo
そうそう、苛めた男ら許せない!男も中身を見ろボケ!とか愚痴ったら
幼稚だの努力しないブス乙だの過去を引きずるな暗いだの、批判の嵐なんだよw
しかも同性、それも同族寄りの女から結構言われたりする
同じ悔しい思いをしてきたはずなのに…って思うけど
長いものに巻かれろ思考になってしまうのも無理ないのかな
最後に君に手紙を書いてから、もう四度目の春になります。そのあいだに僕は高校を卒業し、一年浪人したあと、無事に東京の大学に合格しました。今は二年生として、つまらない授業もそうでない授業も、まあそれなりに良い出席率で講義を聴いています。(中学校のころからまじめだけが僕のとりえでしたからね。)
中学校時代から成績のよかった君は、きっとストレートで国立の大学にでも入って、今ごろは就職活動にでも励んでいるのでしょうか。しかし、君の中学校時代しか知らない僕には、君が就職活動をする姿がどうしても滑稽に思えてしまいます。(なんて、失礼かもしれないですね、ごめんなさい。でもきっと君だって、僕が大学生であるということになんていうか、滑稽さを覚えるのじゃないかと思うのだけど。)
君の中学校時代しか知らない僕には、と先ほど言ったけれど、正確に言えば、それは間違いです。だって、僕たちはお互い高校二年の終わりまで手紙のやり取りをしていのだから。だから、君の中学校時代の姿しか「実感を伴って」思い浮かべることができない、というのが正確な言い方なのでしょう。
今はじめて気がついたのですが、僕たちは空間を共有していた時間と、文字を共有していた時間が、ほぼ同じだけの長さなのですね。僕と君が出会った(というほど大げさなものではないけれど)のが、中学二年の時。そして、僕が東京に引っ越してしまったのが、僕たちが高校へ入学する年。つまり、僕たちは約二年の間同じ学校で時を過ごしたことになります。そして東京に来た僕に君は二年間、手紙を書き続けてくれました。
そして空白の時間が四年。これは僕たちがなんらかの形でコミュニケーションをとっていた期間と同じだけの長さです。
うん、君が手紙を何度もくれたあの頃は、君の決して上手とは言えない(失礼)字で書かれた手紙を学校に持っていって、授業中にそれを読んでは君のことを思い出していたものです。
けれど、どちらからともなく疎遠になっていき、ついに君から手紙が来なくなってから、僕は新しい友達に囲まれて、季節がうつろうたびに君を思い出す時間は減っていきました。でも不思議ですね、記憶というのは。君を思い出す時間の長さが短くなるのに反比例して、君のイメージは鮮明に、濃く、僕に焼きついていきました。
なんていうかそれは、記憶の水溶液とでも言うべき感じだったな。なんていうと、君はまた「あなたの喩えはいつもわかりにくい」なんてことを言うだろうから、少し説明を加えておこうと思います。
つまり、こういうことです。
水溶液を蒸発させていくと、「かさ」はどんどんと減っていくけれど、水溶液の濃さはどんどん濃くなっていくでしょう?かさというのが、君を思い出す時間の長さ。水溶液の濃さが、記憶の濃さ。
わかってもらえたかな?
うん、それで、いくら蒸発しても水溶液の中の溶質(っていうんでしたっけ?溶けている物質)の質量が変わらないように、いくら君のことを思い出す時間が短くなっても、君に関する記憶の質量は変わらなかったように僕は思います。だから時間の「かさ」が減っている分、君に関する記憶はひどく濃くなっていったんだと思う。
こういうふうに考えると、何かを(あるいは誰かを)完全に忘れてしまうということは、ありえないことなのかもしれませんね。きっと「忘れてしまった」と人が言う記憶というのは、水が完全に蒸発して、溶質が粉みたいになっちゃって、もう他の粉と区別がつかなくなっちゃったような記憶のことを言っているのでしょう。少なくとも、僕はそう思います。
話がすごく脱線しています。(でもすぐに話が脱線するのも、僕の中学校の頃からのクセです。)
そう、君に関する記憶の話でしたね。君に関する記憶がそんなふうに少なく、濃くなっていくうちに、僕は「このままではこの記憶は粉になって、他の粉と区別がつかなくなってしまうのではないだろうか」と感じて、この手紙を書いています。
なんていうのかな、だからこれは君に対しての手紙であると同時に、中学校の頃の僕に対するささやかなプレゼントでもあるわけです。「ねえ、中学生の僕、君がとても大切に想っていたあの人の記憶は、たとえ粉になってしまっても他の粉とは違うビーカーに入れておくからね」っていう風にね。
四年の空白を経た今、君は多分僕の想像力の幅を優に超えて変わっていることでしょう。少しは素直になっていますか?友達にやさしくできていますか?すぐに顔をしかめるクセは直りましたか?寝癖をつけたまま外を歩いてはいませんか?(女の子なんだから、寝癖くらいは直してから学校に来たらどうかといつも思っていました。)
なんていろいろ書いたけれど、君の今を知りたいと強く思うことはありません。たぶん、ぼくたちにとってお互いはすでに「過去」の領域にあり、二度と「現在」の領域に戻ってくることはないのです。僕がいくら努力しようと、君がいくら努力しようと、二度と。
長々と書いてしまいました。今まで書いた文章を読み返してみて、君と僕に関する具体的な思い出がひとつも出てきていないことに気づきました。でも、なんだかそれも、僕らしいような気がしています。
でも、だからといって僕が君に関する具体的な記憶をなくしてしまっているとは考えないでください。それらは今でも僕をあのときに一瞬にして連れ戻してしまいます。君は笑うでしょうか。今でも唇を片方だけ上げて皮肉っぽく笑うのだろうと思います。でも、それはただの「記憶」なのです。
それでは、このあたりで。いつも風邪をひいては不機嫌になっていた君が、この気温の変化に富んだ季節を上機嫌で幸せに過ごしていることを祈ります。
文字入力速度で言ったら、PCのミドル??ヘビーユーザーでキーボードが脳と直結している人は、そのままでいいんですよ。
でも、携帯メインで使っているライトユーザーや、手書きのノートをPCに取り込むマニアックなデバイスとかが販売されていて思わず買ってしまうアナログ派ユーザー、デスク以外の職場で(外や売り場など)ちょっと使用したいとき、あるいは、おじいちゃん&おばあちゃんが気軽に使える可能性を秘めているということです。
PCのPCとしての機能はひととおり出揃って(ネットにうつろうとはしているけど)、今後はノート型パソコンではなく、ノートとして日常の一こまに特化したソフトとか機能とかがもっと増えてもいいんじゃないかと。キーボードも画面上でソフトキーボードにして自由にショートカットが割り当てられたら、イラレやフォトショもGUIでいちいちポチポチといろいろなバーを引っ張り出してボタンを押して入力しなくてすむしとか。。。
別にVISTAに恩を売る必要はないと思うけど、vistaにメリットがないのはMSのソフトだけのせいじゃない(しいてMSのせいにするならば、MSの非英語圏のコミュニティづくりの失敗、というか重視してない)
100エーカーの森のどこかで少年とクマが遊んでいる。表面的には純粋無垢な世界であるが、我々専門家グループが詳細に観察すると、この森には発達上の問題や心理社会的な問題が気づかれず未治療で放置されている。表面的には純粋無垢な世界である:クリストファー・ロビンは忠実な動物の友達に囲まれて美しい森に住んでいる。何世代もの読者がA.A.ミルンの「クマのプーさん」の話を優しくあたたかい物語として楽しんできた。しかし、時とともにとらえ方は変わり、現代の発達障害の専門家である我々のグループから見ると、これはDSM-IVの診断基準を満たす重大な問題を持つ動物たちの物語であることが明白である。我々はA.A.ミルンの作品を徹底的に読み、100エーカーの森の住人たちの診断を行ったのでそれを紹介する。医療関係者にこの物語には暗い裏側があることを理解してもらえたら幸いである。
まずプーから始めよう。このかわいそうなクマは2つの問題を合併している。もっとも目立つのは注意欠陥多動性障害(ADHD)の不注意優勢型である。また、例えばプーが雨雲に変装してハチミツをとろうとするなど愚かな考えを起こしたりすることから、我々はプーに衝動性の問題もあるのではないかと議論した。しかしながら、我々は、この行為はむしろ彼に合併する認知障害によるものであり、ハチミツに対する強迫的執着がそれをますます悪化させていると判断した。ハチミツに対する執着は、当然ながら彼の肥満の原因にもなっている。プーの食べ物に対するこだわりと何度も数を数える行為は強迫性障害(OCD)を疑わせる。ADHDとOCDを合併していることから、プーは将来トゥレット症候群を発症するかもしれない。また、プーは脳味噌がからっぽだと描かれている。しかし、クマの頭の周囲の長さの標準値がわからないのでプーが小頭症なのかどうか診断することはできない。プーの脳の発育が悪いのは物語の中に書かれていることが原因かもしれない。物語の最初のほうで、プーは(クリストファー・ロビンに)階段をひきずられて後頭部を何度も階段にぶつけている。彼のその後の認知障害はクマにおける一種の揺さぶられっこ症候群 によるものなのだうか?
プーには治療が必要である。我々は薬物療法が有効だと考える。プーに少量の中枢刺激薬を飲ませてみたら彼の日常生活がどんなに改善するだろうと考えずにはいられない。メチルフェニデート(リタリン)の服用を含む適切なサポートによって、プーは適応性が高くなり、多くの仕事がこなせるようにるであろう。そしてたぶん、もっと多くの詩を作って覚えていられるようになるかもしれない。
僕は薬をちょっとだけ飲む
薬は僕をちょっとだけ良くする
薬は僕をちょっとだけ良くする
悪くはないね
ピグレットはどうだろうか? 不安で、顔を赤くし、狼狽する、かわいそうなピグレット。彼は明らかに全般性不安障害である。もし彼が子供の時にきちんと診察と診断をうけたなら、パロキセチン(パキシル)のような抗パニック薬を処方され、"ゾゾ"(ゾウ)をつかまえようとした時のような心理的トラウマに悩まされることはなかったかもしれない。
プーとピグレットは、彼らの隣人イーヨーの慢性的な気分変調症により、二次的なセルフ・エスティームの低下を生じる危険性もある。このロバはなんとかわいそうな毎日を送っているのだろう。イーヨーの気分変調症が遺伝性・内因性のうつ病に由来しているのか、あるいは以前の心理的トラウマが彼の慢性的な否定的考え方、元気のなさ、失感情症の原因になっているのかの十分な情報は得られていない。イーヨーには抗うつ薬と個人精神療法が大いに効果があるであろう。少量のフルオキセチン(プロザック)の使用でイーヨーはシッポを失った事件のトラウマから解放されるかもしれない。もし彼が食べるアザミに混じって、セント・ジョーンズ・ワートがちょっとだけ生えていたら、森にはイーヨーの元気な笑い声がひびきわたっていたかもしれない。
かわいそうなオウルについて我々発達障害グループの意見は一致した。彼は非常に頭がいいが、読字障害(ディスレキシア)を持っている。彼が言葉の能力の欠点を克服しようとする痛々しい努力は、我々が毎日目にする読字障害で悩んでいる人々のそれと同じである。彼の障害がもっと早く気づかれて、徹底的なサポートが受けられていればよかったのに!
我々はルーのことを特に心配している。我々が心配しているのは彼の衝動性や多動ではない。これらの症状は彼の年齢相応である。我々はルーが育っている環境を心配しているのだ。ルーは片親の家庭で育っており、これは彼の将来に問題が生じるリスクを高めている。我々はルーが将来不良少年になって夜中に森の中をうろつき、ウイスキーの割れたボトルとアザミの煙草の吸い殻をあたりにまき散らすのではないかと予想している。我々はもう一つの問題からも、それがルーの将来の姿として十分にありうることだと考えている。ルーの親友はティガーだが、彼はルーにとって良いモデルではない。つきあう仲間は将来に大きく影響する。
ティガーは社交的で親密だが、危険な行動を何度も繰り返す。例えば、彼は初めて100エーカーの森に来た時、見たことのない食べ物を衝動的に食べてしまっている。ちょっとした挑発にのり、ハチミツやドングリ、はてはアザミまで食べてしまった。ティガーは自分の実験が後でどんな結果をもたらすのかをまったく考えていない。後に彼は高い木に登り、他の人の邪魔になるとしかいいようがない行動をとっている。ティガーはルーを危険な目にあわせる。我々のグループはティガーにはどんな薬がもっとも効果があるかを議論した。何人かは彼の問題行動は明らかに多動と衝動性によりもたらされており、中枢刺激薬が必要であると主張する。また、何人かはクロニジン(カタプレス)単独、あるいはクロニジンと中枢刺激薬の併用が有効なのではないかという。残念ながら、これらの薬物の効果はヒトでしか試されたことがないので、トラにも有効であるかどうかを科学的に判断することはできない。
たとえ我々がティガーを治療できたとしても、片親のもとで育っているルーの将来には問題が残ると思う。カンガはちょっと過保護すぎる。カンガのルーに対する独占欲は以前に社会保障サービスに逃げ込んだことがあるのと関係しているのだろうか? カンガの将来 はどうなるのだろうか? 彼女は何人かの男性と一時的な関係を持ち、その結果妊娠して生まれた子供達の世話をするのに疲れ、財政的困難に直面して、年老いていく可能性が高いと考える。しかし、我々は悲観的すぎるかもしれない。カンガは立ち直る力のある数少ないシングル・マザーの一人かもしれない。 ひょっとしたらカンガは高校の到達度テストに合格し、大学を卒業し、さらにはMBA(経営学修士)を取得するかもしれない。そして、カンガはいつの日か100エーカーの森を買い取り、1軒50万ドルもする高級住宅地に変えてしまうかもしれない。しかし、教育を評価せず、女性の強いリーダーシップを認めない(100エーカーの森の)社会の中ではそのようなことは実現しそうにない。
100エーカーの森では、小さな1人の少年、クリストファー・ロビンが強いリーダーシップを持っている。我々は今のところクリストファー・ロビンには診断しうる問題を認めないが、いくつかの点について心配している。この子が動物と話をすることに時間を費やしていることは言うに及ばず、両親の監督の完全な欠如には明白な問題がある。我々は物語の中で学業困難の初期のサインを見いだしている。また、E.H.シェパードの挿絵を見ると、この少年は将来、性同一性障害に陥る可能性があると思う。我々のグループの中の精神分析に重点をおくメンバーの一人は、彼がクマのぬいぐるみにウイニー・ザ・プーという風変わりな名前をつけたのにはフロイト的意味づけがあると言う。
最後にラビットにうつろう。彼は非常に尊大にふるまう傾向があり、まわりの者(しかも多くの別の種類の動物たち)と非常に親密な関係で友達がたくさんいると妙に信じ込んでしまうところがある。ラビットはしばしば他の者の意志を無視して彼らを新しいグループに組織し、彼自身はその頂点に君臨しようとする。我々は彼には明らかに病院の上級管理職の適性があると思うのだが、彼はその天職につく機会をのがしている。
森のどこかで少年と熊が遊んでいる。残念ながらこの森は実際には魅力的な場所ではなく、発達上の問題や心理社会学的な問題が診断されず未治療のまま放置されている幻滅するような場所である。彼らが小児発達クリニックに”てぁんけん”(探検)に来なかったのは残念である。
小さい頃、追いかけっこをすると必ず転ぶ危なっかしい弟で、それで救急車に2回もお世話になってどうしようもなくやんちゃで、でもみんなそれが好きでかわいがって、兄は落ち着いていてそれと比較されると不快な顔をしていたずらして、小学校で素行は良くなくて、中学受験で兄より偏差値は高くても次男だからあまり歓迎してくれないのがとてもつらかったと思うし、せっかく入学した中学はマンモス校で人の個性なんか関係なしに型通りにものを運ぶことを強要された教師どもが子供の未来を摘み取っていくどうしようもない学校で、中学時代にやんちゃで学校からしょっちゅう注意されて、それでもやめなくて結局受験のときに見放されて、それが原因ではなく勉強が得意でなくてできなくてしなくて遊んでばかりだったから兄とは偏差値も離れている高校にいってしまって、中学校に見放されたあたりからよくない仲間とつきあいだして、眉毛を剃るのを先頭に髪の毛を長く伸ばして汚らしい色に染め、仕舞には高校に金髪ピアスで登校、成績も最下位で2年生で進級したところで学校に行かなくなって、携帯電話は勝手に親の同意書を書いて契約して請求書をかさませ、自室に閉じこもって夜中出かけて朝帰って酒も飲みタバコも吸い、自転車を盗んだり夜中小学校に忍び込んで補導されたり、まだバイクで暴走していないものの渋谷の同じような格好をした暴力団の下部の下部の下部のそのまた下部のどうしようもない若者を集めてサークルだとか言って金をつぎ込ませて、そのうちいろいろな悪いものを引き込んで、家中の金をあさり金目のものと生活用品を誰だか知らない仲間の車を呼んで運ばせ家出して、そのうち金をどこからか借りたのか遊びほうけて、携帯電話はいつまでも使い続け、たまに帰ってきたと思うと人の肌の色をしていなくて、それでも兄はなんとか話をしてみて、やっと優しい言葉をかけられたと、そのときの弟の涙は一生忘れられないと思ったのに、家出から帰ってきて両親は高校ぐらいでないとこれから先つらいと定時制にやってみたけど、そのうち興味も失せて、携帯電話にかじりつき、契約書はDocomoが親の同意書だけで契約成立させるような金目当てのフランチャイズばっかりだからどうしようもなくて、親は弟の名前で契約できないように申し立てると今度は兄の名義で携帯電話を契約したのをDocomoから送られてきた郵便で知って、ああ、なんだろうこれちゃんと今月払ったよねと言ってあけたら知らない電話番号で契約されていたから1分ぐらい思考停止してたから母親がずっと兄が探していたパスポートの可能性を指摘したときにはもう兄の部屋からパスポートを盗んで契約したという可能性の思考は自分の中では過ぎ去っていたよとそっと言ったんだけれどそれでも考えたくはなかったよねとその兄は母親に伝えて、あーあ、なんでだろうとこれまで100回はつぶやいた自信はあるが、それ以外の家族としての兄としての自信は全くない18歳とはこの自分であるということを認識したくなくて、どうしてこんなことになったのかもう3年ぐらい考えているけど答えは出ず、父親、母親、自分、社会、学校、弟、、、といろいろなもののせいにしたけど全部答えじゃないと思ってしまったからあああああああああああああああああああああああああああああもういやだああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、帰りたいあの頃に帰りたい帰りたいかえりたいかえりたい帰りたいどうしてこんなに食い物にするどうしてこんなに追いつめるどうしてこんなに訳が分からないどうしてこんなに冷たいどうしてこんなにうつろうんだどうしてどうしてどうしてどうして、ああ。