はてなキーワード: 説教とは
<三が日に、三人で過ごした時間も、
とっくに昔の出来事に成り果て、
もう、俺の記憶を彩ることはない>
<雪菜のこと、好きか嫌いかなんて聞かれたら、
そんなの考えるだけ無駄だろ?好きに決まってる。
じゃあ、どっちが一番かなんて聞かれたら、
本当は、結論が出てたってことも。
だけど、そんな自分の買ってな思い込みよりも、
思いをぶつけてくれる相手の言葉の方が
強くて尊いって、そう信じたことも。
何も言ってくれなかった相手には、
◆武也
・忘れろ。
あんなおっかない女のどこがいいんだ?
お前とは、何もかも釣り合わないだろ?
だから立ち直れ。今を、絶対に手放すな。
・いいか春希?
お前と雪菜ちゃんには先があるんだぞ?
いい加減、覚悟を決めろよ?
…決着は、ついたんだよ。
それは、お前だって同じはずだろ?
春希、お前は俺とは違うんだ。
…俺みたいになって、俺を失望させるなよ?
・こいつがそれで納得できるような奴なら、
俺もそこまで気にしないんだけどな。
・春希っ!馬鹿、やめろ、戻って来い!
◆親志
・女のことで武也に説教されるなんて…
春希って最低の屑だな
<武也のいう偽善が、たとえみんなを救うんだとしても、
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1135656226
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1144126941
http://www.lovekobe.jp/blog/kiji.php?blog_id=underdog&kiji_cd=32810
http://japan.kyo2.jp/
「今回、電気のメーターを交換させていただくことになりまして、お伺いさせていただきました!」
「え?関西電力さん?」
「いえ。メーターの交換は関西電力さんとやらせていただくんですが、それに先立ちまして、お客様の設備を見せていただく必要がありまして」
「どちらさん?」
でも「悪質」ですね。
全く罪悪感もなさげに応対していたお兄ちゃん。
でも、君の実家にそういう奴が訪ねてきたら、家に上げてやるように勧めるかな?
決して勧めたりはしないやろな。
「おすすめ」してた商品とやらも、自分のお父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃんにはおすすめできないやろな。
初めまして。
玄関先に出ると電気代のことを言いはじめ、
「オール電化にするつもりはない」と言うと
「そうじゃなくて・・・」とはぴーeプランのことを話しまじめました。
早々話を打ち切って家の中に入り、
関電のサイトを見てみると、はぴーeプランはオール電化してるおうち対象のサービスではないですか。
事務とかは別会社?(元親会社?)の新生ホームサービスの本社がしてるしw
なんで、あんな嘘をかけるのかな?
労働時間も嘘!!!!
営業トークも嘘!!!!
怪しすぎ
こんな神経質な事やってる「真面目で融通がきかない」人が他人に「お前は真面目で融通がきかない」とか説教すんなよ。
常識的な範囲で清潔にしていればアルコール消毒なんて必要ない。どうせ赤ん坊なんて床ハイハイした手を洗いもせずに舐めまくってるんだから。
私もけじめとして、これからはハックルというネット上の人物の応援をやめて岩崎夏海というリアルを応援することにします。
ハックルというキャラのポテンシャルの10分の1も吐き出されていない不完全燃焼もいいところの駄作でした。
テレビでの発言などを見ても、岩崎夏海という真面目だがサービス精神のかけらもない面白みのかけた朴念仁と、
ああ、この人はハックルをやめて岩崎夏海になってしまうのかな、と危惧していた時期もありました。
実際、もしドラが伸び続けている間、ハックルとしての活動が途絶え、私も絶望の日々を過ごしました。
しかしハックルさんは戻ってきて、再びサービス精神にあふれた記事をを提供してくれました。
ハックルは消えない、岩崎夏海がどれほどビッグになろうが、ハックルはいつでもここにあるのだ、と信じさせてくれました。
もしドラ以降の著書もすべて読ませて頂きました。
これらはハックル成分が完全ではないもののかなり濃く含まれており、俺得な出来でした。
そして、これらの本は、出すたびに売上がDeNAの株価も真っ青なほどに下がっていきました。
「もしドラの岩崎夏海」ブランドを守ろうという意識など全くなく
出版社を泣かせながらもハックル節を貫くあなたをみて、強く勇気づけられることになりました。
私にとってハックルとは、COOL!COOL!COOL!としか言いようがない、並のフィクションを超えた極上のエンターテインメントでした。
むしろきっぱりとハックルというキャラを切り捨てて岩崎夏海として生きてもらいたい。
普段は一個の個人として自分の思いを語ってますよというスタンスを取っておきながら
少しはてブDisられるとすぐに家族やら社会的地位を持ちだして説教したがるどこかの医者のような人にはなってもらいたくないです。
そういうことをサれると心の底から興ざめです。
もうネットでのサービスはいいです。現実に集中させて、たとえばあなたの奥さんをお笑い界のもしドラとなるように育ててあげてください。
でも、結婚したからには責任をもってそのハックルを飼い慣らし、
ネットのクズどもではなく、身の回りの人に幸せと勇気を与えるような存在になってください。
万が一にも、ハックル的な要因がもとで結婚や生活がダメに成ったりした場合には、心のそこから岩崎夏海という人物を軽蔑します。
もちろんそれでもハックルのことは愛するでしょうが、岩崎夏海という人間についての評価はゴミクズ以下とみなします。
ハックルに変わってみんなにガツンといってあげたり余計なお世話をしたり承認欲求の権化になることは出来ます。
そのうち第二、第三のハックルも生まれてくるでしょう
人前では常にニコニコしているせいか、仕事とはまったく別のところで理不尽な説教を受ける事が多い。
「大卒の癖してそんなことも知らんのか」
「お前は人をなめた態度を取っている」
なんで、30代って揚げ足取って高圧的に説教をしたがるんだろうか。
こっちは至って普通にやっているのに……。
んで、「いやいや、勘弁して下さいよ」と反論しようとすれば「オマエは数字も出してないのに、口答えするな」と言われる。
どうやら彼らの言い分は、「会社で圧倒的な売上を立てているがゆえに、それを出せていない俺には何を言っても許される」。
「というか、そういう扱いを受けても当然だよね」。というロジックらしい。
いや、仕事に対して怒られるのは全然かまわないけど、仕事以外の事で人格を否定されても……と常々思う。
勝手に思っているのだけど、30代の頭のなかは「こんなに俺様が怒ってやってんだから、感謝しろよ」というのがあるような気がする。
そりゃ、怒られることで改善される部分なるかも知れんが、大多数は卑屈になるだけだと思うよ。
怒られてイイ気分なのって、真正のドMだけでしょ。
卑屈になった人間がどうするかって、それ以上怒られないように閉じこもるだけですよ。
決してアンタには、もう、心を開かないしね。
んで、どうやらこの性格が災いしたのか「割と何を言っても大丈夫なキャラ」みたいなのが確立されてしまい、さらなるドツボへ。
「合コンちゃんとセッティング出来なかったら、アイスピックで刺すからな」と真顔で脅してくる人もいたりして、
そんな理由で刺さなくても……。と思いつつ、笑顔を作り続ける自分がたまらなく嫌だ。
あーゆー、30代には死んでもなりたくないや。
セックス終わったあとはすぐにテキパキと後処理をして、できるだけ存在感を消しながら一人で風呂に行くようにしていたのだけど、
その振る舞いについて今日彼氏にガチギレされた。前にも一度厳重注意されていて、またやったからさすがにキレられた。
彼いわく、終わった瞬間速攻モードチェンジされて隠密機動みたいにシュバシュバ動かれると本気で幻滅すんだよマジやめろっつーか俺をナメてんのか!みたいな話なんだけど、
ナメてるどころか幻滅されたくなくて愛を失いたくなくてやってることなのでどうすればいいかわからずえぐえぐ泣くしかなかった。
賢者タイム怖い!
滾る性欲の補正がかかっていないと私の顔なぞ見れたものじゃない。
私にとって「賢者の曇りなき眼を得た彼氏がじっくりと私の顔を見ること」が今現在トップに君臨してる恐怖だ。
この恐怖を植えつけたのは、つい最近まで喪女だった私の友達のような存在「まとめブログ」であり、
数多書き込まれた"賢者タイムに感じる女の醜さ、無価値さ、ゴミクズぶり"を目にするたびに、それは洗脳のように私の意識に刻み込まれた。
賢者の男に顔や身体を見られてはならない!自尊心を破壊されてしまう!
これが行き着いたところは「彼氏の賢者タイムが怖いからセックスも正直怖い」「終わったら速攻一人で風呂に逃げる」という状態だった。
それについて彼氏にも説明したのだけど、ああいうこと書いてる奴は肉食系男子だのDQNだので俺とは違う属性の奴だから一緒にすんな、男を十把一絡げにすんな!!と怒られて、
そのとき一応は納得したそぶりを見せたのだけど、内心貴様も男である以上射精したらプロラクチン出てるだろうが!出てる以上幻滅は免れないだろうが!
DQNじゃないからイッた途端に帰れブスとか言い出さないのはわかってるが、私が怖いのは貴様の内面なんだよコラ!!!!という思いは拭えないままだった。
私は男を理解している物分りのいい女なのか、彼氏をDQNと十把一絡げにしている失礼な女なのか、それともひたすらナルシストなブスなのか。
ま、ナルシストなブスなんだろう。わかってんだよクソどもが!!どいつもこいつも不細工の癖して「性的弱者」と見ると上から目線で分析して説教してきやがって!!うぜえんだよ死ね!!
いやもう本当に賢者タイムなんて知りたく無かったよ。射精した途端にプロラクチンが出て性欲が消滅し、女を醜く臭くウザく感じる男が沢山居るなんて知りたく無かったよ。
多分彼氏にどんだけ説教されたところでこの恐怖感は拭えない。どうすりゃいいんだ。面倒くさい女は捨てられろってか。うっせーよもう死ねよ不細工。みんな死ねバーカ。
年末から鬱っぽくてとうとうここ数年ではまれに見る爆発加減で、やっと医者にかかろうという決意にまでいたりました。
なんていうのか、子供が親の説教は聞かないけど他人のそれなら聞く、みたいな感じで、
ここで叩かれるとちょっと冷静になれる気がする。腹立つこともあるけど。
「別に医者かからなくてもいいじゃん。今のテンション維持すれば」ってなるかもしれないけど。
まだ自分なんかましなほうだ。ご飯は食べられるし、増田も覗ける。
とは言え貧しい身分なので医者に行って「しばらく療養」とか言われたらどうしようとか、そういう不安はあるけど。
なんていうか、顔を見て話してもいいけど、泣いちゃうと迷惑かけるし恥ずかしいとか、
友人だから聞いてくれるかと思って話してても、悪気もなく否定されたりして、
「そうじゃないんだよなあ」って思ったりとか。
ここには他人しかいなくて顔も見ないし見られないし、直接肉声で罵倒もされないから、
批判されても吐き出せる、という部分が、ないこともないのだなあと思う。
何言ってるのかよく解らないけど、ここの存在意義ってすごいなあ、みたいな。
なくならないでほしいなあとか、そういうことは思う。
それから、ここに来る人は、記事にもよるけどひねくれてても、
相手になってくれて、優しいんだなあ、みたいな。
もしくはみんな寂しいのかなあ、みたいな(自分も含めて)
http://anond.hatelabo.jp/20120106102638
物知り顔で「あの時代の空気は~」って説教垂れる老人は、自分の感じた空気感が正しいと
独断している事がタチが悪い。偏った体験とセンスを持つ1人でしかなくなんの根拠もないのに。
宇野氏が語ることを許されて、老人たちは語ることを許されないの?
宇野氏の妄想も偏った体験とセンスでしかなくて、全く根拠が無いわけじゃん。
閉じたコミュニティからの偏見剥き出しの批判に意味はないでしょう。
正しさは正しくあろうとした人物を、未来の人々が正しく判断するでしょう。
ポモコミュニティってホント閉鎖的で独善的だよね。自分のコミュニティを正当化するために必死過ぎ。
って言わせたいだけの釣りか。
http://synodos.livedoor.biz/archives/1877537.html
これは、思うように動いてくれない若者たちに対して「このままだとこんなひどいことになるぞ」と脅かしたり、
「やーいざまーみろ」と逆ギレの悪態をついて溜飲を下げたりする趣旨のものではない。
すでに現実として目の前にあらわれつつある動きを、少々露悪的に(もちろん「本書」のスタイルに倣ったものだ)
書き記しただけのことだ。
まず、エリート的な高機能ビジネスパーソンが国境越えて活動するのは当たり前で、
これを「(露)悪の未来」として論ずる筆者はなにかがおかしい。
防ごうとする意識の方が間違い。
彼らは国に頼らないし、活躍できる場があれば国を選ばない。
彼らに将来を任せれば、わたしたち40代の老後、少なくとも生きているあいだくらいは、
きっと安心していられる状況を保ってくれるにちがいない。
なにを根拠に「ちがいない」のか。
読んでいてなんだか切ない気持ちに襲われる。
国に頼らず「自分の能力を発揮する場」「高い報酬を獲得する場」のみを求めて国境をまたぐエリートが
どういう動機で狩場の原住民の老人の住み心地ケアなんてことに気を掛けるのか。
どうも中高年移民推進論者というのは
を何故か無視する。
(これは移民を「気に入らない日本の若者」のカウンターとして夢想するからで、
いきおい移民若者像は全てが理想的で自分に尽くしてくれる感心な若者として描かれる。)
実際は、せいぜい来日者が比較的貧しいうちは
年金を始めとした日本の高齢者向け社会福祉なんぞ来日者が維持推進する動機があろうか。
彼らにとって年金制度なんぞは「意味不明な控除で自分の手取りを減らすインチキみかじめ料」であり
それではさすがにイヤだという人もいるかもしれない。若者たちはいいとしても、
40代のなかには、あと40年以上生きる方もいるかもしれない。
もし長生きしてしまったらと考えると、現状を「幸福」と感じ、満足してしまっている若者たち、
スティーブ・ジョブズがいうところの「hungry」でも「foolish」でもない若者たちに、
どこの国の「hungry」で「foolish」な若者だったら
あなた達の老後の支えなんかを任されたいのですか
と問いたい。
具体的な答を返せたらたいしたもんだ。
老後の支えというのは
若者個人の才能や情熱やハングリー精神から産まれるものなんかではない。
社会の老後の支えは、よく練られた社会制度と、なにより社会全体の余裕から出てくる。
もう一つの足は構成員一人一人がその社会にコミットする気持ちだ。
日本はどっちも既に破壊したのだから、あとは一人一人が覚悟しましょうということ。
「頼り甲斐のあるニューカマー」なんぞを呼んだところで、
彼等傭兵は絶対に日本社会なんかにコミットをしない(当然で、薄情でもなんでもない)。
安易に助かる都合のいいボートはないのだ。
近々死ぬ人間を除き。
なにより
「見限ろう」もクソも、若者世代はとっくに見捨てられて長い。
「生意気なことを言ってるなら見限ってやるぞ!」なんて、意趣返しにも脅しにもなってねーのだ。
もらったことない仕送りの打ち切り通告で怯える人間が居ようか。
実際に筆者自身、もしくは筆者の世代が、
若者世代に具体的にどんな支援をどれだけしてきたか聞いてみたいもの。
恩着せがましく口にする「実りのないおせっかい」とは具体的になにをしたことだ?
せいぜいが、
「状況も見えてない無責任な若者論で説教していい気になる」ことを
なんとなく凄いことしてあげたみたいに記憶してるだけだろう。
この”暴論”すら結局はそういう匂いが濃厚に漂っている。
「若者を挑発してケンセツ的な議論を導いてあげた」とかなんとか。
「食えもしない”おせっかい”でお為ごかしの恩恵面されてもなあオジサン」
という「本書」の序文をきちんと読みながら
新春のお笑いのつもりだとしても若者から失笑しか買わないだろう。
「暴論」は状況が見えてないことの言い訳にはならない。
若者はこの筆者みたいにあてこすりで人を動かそうとか、なんかを乞うてるとか、そういうことをしてるわけではない。
何よりもう、仮に今から全速力でどのような若者向け政策を打ったって、今の20~30代世代には手遅れだ。
ライフステージにせよキャリアにせよ、取り返しが付かないことだらけだ。
もっと究極的な話をすると、
バブル世代以上中高年が下の世代に何かしてくださるつもりがあるなら、
団塊ジュニアのピークが繁殖期過ぎるまでには彼らの雇用をどうにかしとくべきだった。
あそこを無策に過ぎた時点で日本の人口ピラミッドが回復するチャンスは無くなった。
別にこの山口浩という人がそういう状況わかってたら当時何か出来てたとも思わないが、
ただ何もしてこなかったし何も出来ない人間が吠えんなよということ。
もし「いや違う、俺はやろうとすれば何かが出来る」ということなら、
今の若者世代よりざっと20年長く世に出ていながら何も出来ず今日の状況を招いて
あげく下の世代に恨み節をいうとは烏滸の沙汰だろうバブル世代。
無力を認めたほうが立場はマシ。
要するに、今後はもう全員覚悟するべき。
十年以内に死ぬ予定の人間以外は。
40代は敵に回る?
あんた達にはたいした嫌がらせなんか出来ないし、
なによりあんた達も確実に、絶対に、助からない。子供が居るなら子供もだ。
沈む船の中でまーだ「誰を脅せばいい目見られるかな」「誰を殴れば助かるのかな」
なんてことを考えてる暢気さはさすがのバブル世代の貫禄がある。
繰り返しになるが
「暴論」という体はこの山口浩さんがまるで状況をわかってないことについての言い訳にはならない。
この世代のオッサン達がするべきことは下の世代に喚き散らすことではなく
ポップカルチャー評論家宇野常寛「ARBはいかにもな90年代Jロック(キリ」オレ「ARBは80年代なんだが」宇野「ぐぬぬ」http://b.hatena.ne.jp/entry/togetter.com/li/237067
この人達勘違いしてるよ。宇野氏はポストモダニスト。歴史実証主義への深刻な懐疑が
思想形成の根底にある。
何故彼がこんな挑発的な主張をしたかといったら、歴史実証主義が現代ではもう「無力」だからだよね。
ポストモダン・フェミニストの上野千鶴子は、従軍慰安婦・南京大虐殺論争に加わった時、
なんとウヨク修正主義者を実証的に批判する吉見義明らを批判した。
上野曰く「南京大虐殺はなかった」と主張するウヨクも、あったとするサヨクも、実証主義を使って
そんな土俵でウヨク批判に実証主義者は無力すぎる。それを第三者が見たら、
「ウヨクもサヨクも同様に確からしくない」という印象を持つでしょう。
重要なのは、過去を生きた人の身になって想像しようとする気持ちと、物言わぬ「痕跡」の声に
戦後生まれのアジア人が、日本軍に殺害された被害者の声を想像して代理できるように、
宇野氏も70~90年代当時を生きた日本人として「ARB」を受容し、語ることができる。
ARBを聴いて「いかにもな90年代Jロック」「いかにもな「虚構の時代(by大澤真幸)」のロック」と感じた
彼の感想は、1個の体験的事実であって、この印象を他人が抹消することはできない。
物知り顔で「あの時代の空気は~」って説教垂れる老人は、自分の感じた空気感が正しいと
独断している事がタチが悪い。偏った体験とセンスを持つ1人でしかなくなんの根拠もないのに。
個別の事実よりも、全体として過去がどのような感じであったかを再構築する想像力が重要でしょう。
相対主義の世界で、ロックやアニメといった個々のコミュニティを正当化せずに、
色んなコミュニティを見て周り、その上でニュートラルであろうとする誠実な意思が必要でしょう。
閉じたコミュニティからの偏見剥き出しの批判に意味はないでしょう。
正しさは正しくあろうとした人物を、未来の人々が正しく判断するでしょう。
10分くらい暴れまわった挙句、少しクールダウンした後もネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネイチネチネチネチと説教される。
みんな気をつけろ。
確証や医師の診断が無いまま特定病名を騙ったり引っ込めたりする癖は
本人の為にならないのはもちろん
ちゃんと正しい状態を知って治療をしよう。
という話が
よくわからない。
いや、真面目な話。
増田なんかで人に説教してないで、自分の人生どうにかしたら!?
ここでのやりとりって有意義なの?
これはお互いにいえると思うけど?
誰もがアドバイスや解決を望んでいる訳ではない
いい歳してんなら解れ
クソ映画だとわかってて見たのにそれでも見てられないぐらいの凄さだった。
一応全部見なきゃいけないと思い録画して早送りしながらなんとか最後まで見た。
が、『ICHI』では演技が下手っていうレベルを超えているのでまるで演技する気がないように見える。
だいたい綾瀬演じる市は
極度に感情も表情も乏しく能動性の無い女、というつまんない人格に設定されていて
ほとんどのシーンでただ周囲の人の話を無表情無反応に聞いてるだけということになる。
こんな役を大根にやらせるので、本当に「ただ立ってるだけ」「座ってるだけ」をしていて、演技する気がさらさら無い。
(このただ座ってるだけの女にオッケーをだす監督も凄い。
静かな役なんかだけはやらすなと言いたい。
あまりの異様さに「こいつなんなの……!?」と違和感を覚えるのも最初だけで、
視聴者はすぐに市がどうでも良くなる。
他の登場人物も全くキャラが立ってないにもかかわらず。
眠くなるのとも違う新感覚。
悪役は中村獅童演じる「万鬼」という剣客が頭目の不良グループだが、
この万鬼は顔の火傷で仕官出来ないのを悩んでるだけのしょっぱい奴で
万鬼党は狂気と破壊衝動で暴れるだけの、バカが好んで描くタイプの悪役。
経済観念すら乏しくわざわざ住み心地悪そうな岩場に男だけで住んでおり
唯一の寄生先である宿場で無意味な殺戮を始めるようなアッパッパーだから
話の溜めもクソも何も無い。
悪い親分のところに市が上がりこんで行って
下手に出たりとぼけたり脅したりするような駆け引きも全く無い。
ほとんどショッカーレベルの悪役なので中学生以上だとシラフで見ていられない。
日曜朝の30分戦隊物でも『ICHI』よりはマシな脚本を書いている。マジで。
(一方、善良な民衆側の宿場の顔役は復帰直後の窪塚洋介がいつものあの抑揚で演じているが
全てが意味不明な『ICHI』ワールドの中では大変好感の持てる常識的なアンちゃんに仕上がっている。
この映画を見た人間はみんなちょっと窪塚洋介を好きになれる。)
・八州周りが宿場にやってくると街道の民衆が総出で土下座。大名か。
・八州様を宿場の顔役達が供応してるところに脈絡も無く万鬼党襲来。
よりにもよって八州様の目の前で住民の殺戮を始める。
「やや展開が無茶だけど万鬼党に抱きこまれてる八州だったかー」と思って見ていたら
血刀下げた万鬼党は震える八州の胸倉を掴み「見なかったことにしろよな!」と恐喝。
無頼の主人公が八州周りを殺しちゃうトンパチ展開も時代劇では稀にあるが、
田舎ヤクザが八州周りを単純に脅しつけて帰す展開は何気に史上初なんじゃないだろうか。
脚本書いてる奴〇ね。
綾瀬演じる市はただ杖持って伏し目がちにしてるだけ。
盲人の剣客、という役作りが物凄く大雑把に、
2「その上で自分なりの市の癖を作る」
だとして、
1すらやる気が全く無い。
歩き方も話掛けられたときの反応も何もかもが健常者。
一応目をはっきり相手に向けないことだけはしているが
内向的な市の性格なので多分目が見えても同じような動作になる。
平時でも修羅場でも、耳や全身で周りを窺う演技がまったく無い。
市の挙動は常に、ただ物事への反応が鈍い重度の鬱病さんかなんかにしか見えない。
というか、これさあ、製作陣は盲人を描く気なんか無かったんじゃないか?
なんか意図があっての事か、単にめんどくさかったのか、なんだかわからないが。
(少なくとも市の盲目設定を取り除いても『ICHI』には全く支障が起きない。
また、斬り合いだったら斬り合いで、
息を詰めたり飲みこんだりするような演技も綾瀬は全くやらない。実力伯仲の命懸けの斬り合いでも。
クールビューティとかそういう問題ではなく、もはや製作陣は脳や神経に障害がある。
こいつらが持ってる感情演出手法は目の端からポロリと流れるふざけた一粒涙だけ。
ダイジェストでレイプされる市の目の端から同じ涙がポロリと流れるのはもう完全にギャグ)
酷すぎる。
下手とかじゃなくてもはや意味不明。
監督は剣劇なんてもんに全く興味が無い上に勉強する気すら無いのが雄弁に伝わってくる。
動きの流れにケレンミ・リアリティどっちも求めない凄い奴なのはわかっていたが
『ICHI』ではそういう酷さが悪化している。
その綾瀬の棒みたいな動きばっかりクローズアップする撮り方するので
もうどういう攻防なのか誰にもわからない動きをする。
手傷を負うシーンは必ず腕や腿がアップになって服が破れるカットで説明し
どういう流れでそこを斬られたかは多分考えるつもりすらない。
時代劇を見てれば殺陣の下手糞な役者なんかはいくらでも出てくるし
(スローモーションでバチャバチャと血を出すのだけはお気に入りみたいで、
市も蹴られて盛大に血を吹くがあれはどう見ても内臓破れてるレベルの量。
何も考えて無いからどうでもいいんだろうが。)
市が能動性皆無なので
「稽古中の事故で母親に怪我させてから真剣が抜けなくなった」という
万鬼の顔面コンプレックスに匹敵するぐらいしょーもないトラウマでグジグジ悩む男で
万鬼党との戦いに加勢しては刀と鞘を持って「抜けないいいい」とパントマイムをするのが持ち芸。
毎度渾身の力で刀を抜こうとするが
いや、「真剣が抜けない」ってそういうことじゃないだろ。
この演技指導した奴も素直に従う大沢たかおも、脳腐ってんのか。
一応筋を最後まで書くと
それを綾瀬はるかはお得意の何も演技をしてない「本当の無表情」で聞き流し、
でもなんか心が動いて戻ってきて
宿場は救われた!終わり。
だんだん浪人に惹かれていった(ような描写は乏しいので鑑賞者が補わないといけないけど)市の脳裏一杯に
フラッシュバック的に大沢たかおの笑顔が映し出されるとこが感動シーンの最高潮ですが
盲人の市がどうして浪人の顔を知ってんでしょうね。
そこは聞き覚えた声とかかつて握った手とかで演出しろよと感じますが
前述の通り市の盲人性を真面目に扱わない製作陣にはどうでもいいことだった。
根本的な間違いとして、
更に自閉的な性格をあててしまったらどうにも話が成り立たない。
なんだかんだ言いつつ相当な世話焼きで、
腰は低いけど欲も意地もあるし優しいしよく怒る。
これぐらい濃い人格が噴出してくるから目の見えない体と釣り合いが取れる。
主役の人格はやはりアクの濃い悪い奴になっている。)
中学生が初めて書いた小説の主人公みたいにおもしろみのなーい傷心由来の内向的な性格で
こんなもんを目の見えない体に入れたらそりゃ話が動かずつまらん事になるのは当たり前。
おわり。
本当に嫉妬してる時って、自分では嫉妬してることにはあまり気づいてなかったり。
嫉妬してるかも?って自制するブレーキをもう振り切ってると言うか。
うおォン私は人間原子発電所だ。嫉妬がメルドタウンだいまさら言われても止まらんぜー、みたいな状態。
そういう時に、冷却水のつもりで適当なノリで事実指摘すると、水蒸気爆発を起こすのはむしろ必然。
ということを全然理解してなかったので、すごいことになった。
漫画とかだとよくギャグで車田正美エフェクトで男が吹き飛ばされてオチが付いてくれるけど
10分くらい暴れまわった挙句、少しクールダウンした後もネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネチネイチネチネチネチと説教される。
みんな気をつけろ。