はてなキーワード: 救急車とは
音声合成DTM製品「VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である「鏡音リン・鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索。
小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞に情報源を絞る。
前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女が革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使いの視点から同じ一連の出来事を歌ったもの。
YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘』から先に。
英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。
身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から。
ニコ文化が中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。
ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。
「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。
たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーからね常識的に考えて、とか。
・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。
いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作。
・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。
…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツもしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞がちょっと拙いとかね。
にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生回数すごいし。
何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。
いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世の騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。
三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。
それでは「これ」は何なのか?
まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。
あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。
このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。
「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治の派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。
この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。
よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。
少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。
鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。
そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民共から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。
彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。
しかもそのレベルの人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホントは彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。
イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。
破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。
それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使いの存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。
「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女と双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。
召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。
ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。
彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。
だからその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。
完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。
オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。
要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。
鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。
というのもなんかこう、意味深ですね。
怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実。
機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。
実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇のテンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。
何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望が絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。
そういう方法で絶望が連鎖して伝播しているような感じがするのです。
漫画家のとり・みき氏の言葉(の引用の引用)だけど、こういうのがある。
人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。
かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか。
個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。
ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。
つまりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。
恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子の名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。
閑話休題。
だから例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。
そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。
何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。
でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。
で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。
あの召使いの台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメントが動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。
気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女も馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なものが犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。
いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。
他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。
そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。
「物語の洗練」を。
機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。
具体的にいうとこのネタで小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。
すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます。
小さい頃から母はとにかく怖かった。
優しいときもあったけどでも怖かった。
ヒステリックで、怒鳴って、叩いた。
お母さんと友だちみたいに話す友だちが羨ましかった。
お母さんに好きな人を話している友だちを本当は羨ましく思った。
私もお母さんと仲良くしたかった。
お母さんが怖かった。
中学生になると、私も反抗的な態度も取るようになった。
でもお母さんが怖かったから怒られながら心のなかで「しねしねしねしねしね」と唱えるだけ。
キッチンばさみを投げつけてきた。
何かを言ったのか覚えてないけど、お母さんはものすごく怒っていた。
すごく雨がふっていた。家について玄関にあがろうとしたら
お母さんがものすごい勢いで泣き叫びながら私の肩を押す。何度も押す。
私は無抵抗にどんどん庭に押し返される。すごく雨がふっていて、お母さんは何かを叫んでた。
今まで怒られて私が泣いても、お母さんが泣くことなんてなくて、びっくりして雨に濡れた。
ちなみに私は小学校も中学校も生徒会の会長をしたり、成績も優秀な方だった。
大学の時がピーク。
当時付き合っていた男のことをお母さんがすごく嫌っていて
何かにつけて怒られた。私も反感を買う様な態度ばかりとった。
毎日2階の部屋にいるとお母さんがお父さんに私の嫌なところを怒鳴って話していて、
お母さんが本当に大嫌いだった。
だいたい口を効いてくれなかった。
そういう期間が半年くらい続いた日、同じようにお母さんと喧嘩をして
私はどたどた2階に上がってふてくされていた。
何時間かして喉が渇いたので1階に降りていくとお母さんが流しで
包丁を両手で持ち、首に当てて泣いていた。
驚いて姉を呼んだ。お母さんは死なせて、とか、うるさい、とかずっと叫んでいて、
お父さんが包丁を握ってお母さんを平手打ちして抑えた。
お父さんは手から血が垂れていた。
救急車を私が呼ぶことになった。
姉に言われて「サイレンを鳴らさずに来てください」とど田舎らしい注文をつけてみたが
おもいっきり鳴らしてきた。
お母さんは救急隊員の前では平然を装って病院には行かず、隙を見つけては包丁を持とうとした。
翌日お母さんは実家に帰り、私はお父さんと2人でご飯を食べた。
そこで初めて、お母さんが実はもう何年もうつ病だということ、リスカなど繰り返していることを聞いた。
怖い人じゃなくて弱い人だった。
心の弱いお母さんを自分がさらに苦しめていたんだと後悔した。
自分もお母さんに似てきた。
こんなところ似なくていいのに。
心が弱すぎて疲れる。
どんどん弱くなる。
表面を繕っても、それが剥がれた瞬間よけいに弱くなる。
「寝ないといけない」と思ってムリヤリ寝ていたんだけど、
ある日寝るのが面倒になったので寝ないようにした。
「俺ってすげー」と思いながら、2日に1回しか寝ない生活をしていた。
ところが、しばらくすると腹痛が発生した。
トイレ行けば治るかな、と思っても出る気配すらない。
「ヤバイ」と思い、アニキに保険証借りて病院に行こうと思ったけど連絡が取れない。
仕方がないから近所の救急病院に自転車で出かけたけど、原因が不明。
点滴どころか、座薬を入れても効かない。
結局、いつの間にか痛み止めが効いて寝ていた。その日は病院に泊まった。
翌日、話を聞くと結石だったらしい。レントゲンを見せてもらったけど、
尿道の途中で綺麗にせき止められていたw
イヤイヤながら両親に頼んで精算してもらった。金額は聞いてないけど、数万じゃ足りないだろう。
慌てて市役所へ行って国保の手続きをした。日付をさかのぼっての加入もできたから、入院する前の日から加入した。
病院への精算は行っていない。払い戻しはあったかもしれないけど、今は解らない。
人間、ちゃんと寝ないと体が壊れるって事がわかった夏の日。
夏だから余計に出やすいとも聞いた。あとは体質とも。
いろいろあって心身やられて日常生活に支障が出てきた。
もともと病気がちだったけれど、今までずっと、親も教師も上司もみんな、頑張れって云ってきた。
このあいだ救急車で運ばれて、内臓機能の低下や腫瘍が見つかってから、いきなりみんな態度を変えた。
「頑張らなくていい」って。
おかしい。
自分は体調がおかしいとずっと訴えていたのに、それでも頑張れと云っていたあの人たちが態度を変えた。
「無理なら休職してもいい」とか。
ちょっと前まで、「仮病つかうな、休むのは甘え、許さない」と云っていたのに。おかしい。
頑張るのやめたら廃人一直線だよ、それでもいいのか。わたしは廃人になる前に病死か過労死するつもりだったのに。
廃人にはなりたくない。廃人になってまで生きたくない。あんまり生きることに執着ないから。
頑張って過労死まで持ち込むつもりだったのに、あてがはずれた。
「辛かったら休んでもいい」なんて云うから、疲労が激しいときは休んでもいいかなーなんて思うようになってきた。今までは杖ついてでも通勤していたのに。甘えだ。
頑張れって云って。わたしを追い詰めて。
素朴な疑問なんだが、その間、増田の父親は何やってたの?
「体調が悪い」・・・増田が行くより救急車呼ぶほうが早いし適切な対処ができるよね?
「鬱になる」・・・急性鬱って聞いたことない。発症から数日で死ぬってまずないし。
「実家に帰ってきてくれ」・・・「実家から通えるところでも職を探してみるからね」でいいじゃん。
(実際にどこの会社に行くかはともかくとして)
「体調が悪い」「鬱になる」「実家に帰ってきてくれ」
これが母の得意の空中コンボ。大学在学中何度も繰り出してきた。月2でそれを4年間続けられると正直病む。こっちがだ。
だが仮病だとわかっていても子供の私にはそれを狼少年と割り切ることができない。昔、一度だけ大病を患ったことがある。
もしものことが、というヤツだ。
でも結局もしもなんてなかった。代わりに卒業と就職と留学がパァになった。危篤コンボ炸裂!YOU LOSE!!
さて、思惑通り晴れて実家暮らしとなった私に最近母がフィニッシュ技を見せてくれた。
どうやら私の将来を誰がぶち壊したか覚えてないらしい。
試験期間、面接前日、こっちが泣きたい状況で泣きついてきたのは誰だ。留学直前、パスポート取得してチケットまで取ったのに駄々っ子かよ。なんで私が説得される側なのと思ってたけど、今考えると父親、親戚も私一人に押しつけてたのかなー。
私の人生だ。全てが彼女の責任ではない。むしろ全て私の責任なのだろう。だが彼女の理想の母親像の実現のために捧げる人生ではない。何年かかってもいい、お金を貯めて親の手が届かないところに行こうと決めた。
正直母には感謝してる。育ててもらった恩もある。姉が先に亡くなって不安になる気持ちもわかる。だがそれを出汁に私を束縛するのはやめろ。リビングから出るだけでなんで寂しいんだ、ホストじゃねえんだよ。
と面と向かって言えればいいんだけれど。
若くてかわいい義母だったらそれなんてエロゲなのに、メメさーん!
と壁を殴って叫びたいんだけれど。
どっちもおまわりさん呼ばれそうなのでここに書く。前者は救急車のおまけ付き。
デキ婚で今シングルファーザーやってるが、若いうちに子供作っておいてよかったと思ってる
多くの苦労とか辛いこととかあったが、それを超える成果はここまででおつりもらえるくらいあった
周りを見渡すと高齢出産やもともと出産諦めてる夫婦ばかりでみんな精神面で大変そうだ
特に一度諦めて高齢出産をしようと思い直して不妊治療してる近所のアラフォー奥さんはすごくつらい思いをしてる
借金も抱えてると嘆きをよく聞くしホルモン剤の副作用でやばいことになってるようでよく救急車が来てる
何もかも計算づくで予定通りやろうとしても無理なのに後先考えすぎてドツボにハマってる人がたくさんいる
勿論独り者も多くいる
3ヶ月半ほど妄想のなかで生きていた、らしい。
2日前にいきなりすべての妄想が消えて、昨日一日中泣いて今目覚めたので書いておく。
不眠症がひどく、最初は薬局で薬をもらっていたが全く眠れず、つい覚せい剤に手を出すようになった。
1ヶ月くらいすると、家の中に家族が戻ってくるようになった。
家族は出不精な私を外に連れ出し、自分一人では行かないような店に連れだしてくれた。
食べ切れないほどの量をだすくせに、のこしたら罰金を払わされる飲食店とか
ブルガリアに関するありとあらゆる食材を集めたスーパーとか、よく分からない店が多かった。
ところが家族は時々何も言わずにいなくなり、自分一人家にポツンとする時がある。
そういう時、なぜか黒服の連中が私の家に押し入って、私をどこかに連れだそうとする。
私は急いで隠れたり、近くの家に避難させてもらったり、時には彼らと戦って撃退したりした。
怪我をしたりもしたが、寝たら翌日には治っていたので病院にはいかなかった。
途中から、家族ではない人間が家を訪れるようになった。彼らとはすぐに友だちになった。
友達に黒服のことを打ち明けると、私と一緒に戦ってくれるようになった。
ある日、家の中で姉と一緒にドラクエみたいなゲームをやっていた。
そのドラクエでは、途中の村にたどり着くと、魔王が本気を出して世界が滅びてしまうので
本気を出させる前にいかに魔王を殺すか、を二人で真剣に考えた。
魔王の城の近くに崖を利用して、土砂災害で魔王の城ごと生き埋めにすることにした。
毎日がたのしかった。家族もいるし、友だちもいる。幸せだった。
でもある時から、友達があらわれなくなり、家族も姉を残していなくなった。
姉も言葉を発しなくなった。いくら話しかけてもただ笑ってこっちをじっと見ているだけになるようになった。
ある時姉は病院に行こうと言った。久々に話しかけてくれたので、用件は遠くに聞かずに初めて病院に行った。
そしたら病院のお医者さんが心配そうに私に話しかけてきた。姉の姿が見えなくなった。
そのことは知っていたが、私はその後姉が戻ってきたんだといいたかったが黙っていた。
家に帰ったら、姉が料理を作って待っていた。相変わらずもう話せない感じだった。
なんとなく、私が「今までありがとう」っていうと姉は笑って消えた。
私は一日中泣いた。
ずっと泣いて、泣き続けて、気を失って、次に目がさめたら病院のベッドだった。
覚せい剤の症状でたおれていたところを救急車で運ばれていたらしい。
その後感じたのはただひたすら悲しみで、一日中泣いた。
泣き疲れて眠って、目が覚めたら、頭がすっきりしていた。
・・・という夢をみたんだ。説明が下手でスマン。正直わけわからんと思う。
実際は支離滅裂な展開な割にすごくリアルな感触をもった夢だった。夢のなかで見た定食屋とかすごく美味しそうだった。
自分が起きてからしばらく、「夢から醒めて現実を受け入れてる、私の夢のなかの人物」の感情にひきずられて本当に泣いてしまった。
というわけで忘れないうちにメモ。
5年ほど前に、夕方に職場で突然倒れて救急車で運ばれ、そのまま入院した。
両親には連絡がつかず、実家近くに住んでいる妹に連絡がとれたので、会社の人が来てもらうようにお願いしてくれた。
当時の妹は身重で、近所でパートの仕事中。なんとか都合をつけて、電車で1時間半くらいの距離をかけつけてくれた。
すぐに必要なもの(下着とか)を買ってきてくれたり、手持ちがないだろうとお金を貸してくれた。
ありがたく受け取って、入院生活を乗り切った。(借りたお金+経費相当分は退院後すぐに返しました。お礼つきで)
ここまでは「姉妹ってありがたいなぁ」と感謝してたんだけど、問題はそのあと。
ことあるごとに「私は身重で大変だったのにあんなにしてあげた」と言われる。
最初の半年は「ほんと感謝してる」。次の半年は「ありがたかったよ」。
でも1年以上経っても同じように恩を売ってくるのには閉口して、次第に腹が立ってきた。
結婚のお祝いをあげて食事をご馳走しても、式にも呼ばれず妹ダンナと顔合わせもなくお祝い返しもないことも、
(海外で2人だけの挙式+新婚旅行。新婚旅行のお返しは数ドルのチョコレート)
出産後の退院帰宅を手伝ったことも、(妹ダンナからはアドレス確認用テストメールと「生まれました」メールのみ)
子供に障害があるかもしれないと騒ぎ立てるのをなだめ続けたことも、(夜中に電話とメールを3ヶ月ほぼ毎日)
妹の気晴らし雑談につきあうために毎月呼ばれることも、(休日に片道2時間かけて行く。食事代とかもろもろはこちら持ち)
頻繁な子供話日記メールにつきあわされて、返事を強要されることもいやだった。
短い返事で済ませたり子供を大げさに褒めないと「愛情が足りない」あげく「たった一人の甥がかわいくないの?」
当日の夜8時までに返信しないとイヤミのメールが届く。こっちが残業でヘトヘトな終電帰りであっても。
突発とはいえたった1回お世話になっただけで、こんなにもご奉公しなきゃいけないのか?
どうしても耐え切れなかったので、連絡を絶つことにした。まずはメールの返信をしなくなった。
それでもずっと送ってきたので放置していたら、「返信しないなんて人間としてありえない」と言われた。
私が連絡したいことはほとんどないし、妹からの返信に困る日記メールを受けたくないと言ったら、
「じゃあ○○家と一切縁を切れ」「両親とも連絡するな」
(両親の葬式の喪主の話を振って「私はもう○○家の人間じゃないから」と言ったくせに)
なので、両親には申し訳ない気もするが、実家もひっくるめて連絡しないことにした。
一度メールがきて「そろそろ謝ったら許してあげなくもないよ」と書いてあったけど、鼻で笑い飛ばして削除した。
ついでに迷惑メールフィルタに登録したのでもう届かなくて済む。
妹と親は近居でべったり。親には妹に都合のいいような話が伝わってると思うので、連絡したくないし。
さすがに先日の地震のときは親に連絡を入れたけれど、それだけ。
いい年して大人気ないのも十分わかってる。
とか、どこかに書いてあった。
そうだな。小学校高学年の頃にそういう発想があったらな、、と思った。
両親揃ってる子が羨ましかった。
元気に走り回る子が羨ましかった。
取り柄といえば、少しだけ成績が良かった。せいぜい上位10%内だが。
でも、大学行く金ないから意味ないと思った。今思えば、奨学金とかあったんだよね。
でも、喘息はよくならない。
そして、就職。
喘息は相変わらずだが、なんとかやっていけるか、と思ったが、入院。4回した。
でも最後の入院(2週間ICUで眠った)の後、発作が出なくなった。
たった1本の薬、吸入ステロイドの使い方だけで。
あれ?この薬こういうふうに使うんだ、、その薬は小学生の頃から出されていた。
発作がなくなると、不思議な感じだった。
でもこれが普通の人の毎日なんだな、これで普通に生きれるかも、と思った。
だから先に家を建てて、それから結婚して、子ども、の順番になった。
今思うと、結局、何も考えてない。
ただそうなっただけ。
結局、手持ちのカードで勝負するしかない、って書いてあったけど、
そんな事考えなくとも、みんなそうするしかないんだ。
意外とブクマされちゃったので、追記:
そう、自分でも気づいたけど、「手持ちのカードで勝負するしかない」って書いて、で自分の境遇書いただけです
その時の自分に言ってあげたいことは、
あんまり人を羨むな、
自分の境遇を嘆くな、
お前の人生そう悪くもないぞ
「今思うと、結局、何も考えてない」ってのは、手持ちのカードという意味で。
こんな境遇だから、必死で考えたよ。カードは切らないといけないんだから。
結果は、、半分空回りな感じ。
あのとき大学とか院に行ったら、どんどん求職状況悪くなる一方だった
他のカードでは、底辺私立の特待生ってのがあったなあ。どんな人生が待っていたのかな、、
実際は喘息悪化、成績低下w
402 :恋人は名無しさん :2006/04/18(火) 23:08:05
彼のタマタマを揉んでやった次の日彼が突然苦しみ出し
良くないのかなあ。
409 :恋人は名無しさん :2006/04/19(水) 01:54:33
玉が回転しすぎて、管がひねられすぎて精子が通過できなくなるやつかな。
ソーセージみたいになるというか
風船の長いやつをクルクルして色んな形を作るやつを想像すれば何となくわかると思う。
426 :402 :2006/04/19(水) 19:13:42
マジ私はなんと言って謝ればいいんでしょう
429 :402 :2006/04/19(水) 19:22:29
52 :あなたのうしろに名無しさんが・・・ :04/03/06 20:01
俺の知り合いが、ロッカーの上にある荷物を捕ろうとしてジャンプしたのさ。
そしたらズボンのチンコのあたりが、ロッカーの金具に引っかかったみたいで、体が地に下りるときビリビリビリて音がしたんよ。
そのときみんな笑ったさ。
するとそいつは急に股間を押さえて倒れちまったんよ。
「あれ?」と思ったが、俺らはまだ笑ってた。
すると床に、股間のあたりから赤い血があっという間に流れて水溜りみたいになったんよ。
さすがに笑ってたみんなも顔が引きつったね。
応急手当しようと思って、声をかけたら、もう失神していたよ。
再び背筋が凍ったよ。
袋が破れてタマが大きくはみ出ていたんよ。
血が「ぴゅッぴゅっ」て飛び出していた。
そのあとあいつが股間を引っ掛けたロッカーを見たら布が少し破れてひかかっていたんよ。
まず、この主張はまったく個人的なものであり、厚生労働省の見解でもないし、
仲間の医系技官のコンセンサスでもありません。このことをご了承いだけますと幸いです。
私は現在、臨床現場を離れ、医系技官をしております。臨床は4年ほどたずさわっておりました。つたない経験ですが、小児の診療にかかわる機会に多少恵まれたこと、また自分自身に娘がいることから、小児診療のあり方については興味を持っているところでした。そこで、ツィッターで小児の夜間休日診療について、意見交換をしていたところ、私のツィートをYosyanさまがブログにてまとめていただきました。
URL:http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20110225
このブログは昔から注目をしているブログでしたので、御意見をいただき光栄でもあり、大変興味深く思っております。内容についても示唆に富むご指摘であり、私自身の理解も深めることができました。大変ありがとうございました。感謝しております。そこで、Yosyanさまの御意見も踏まえ、いろいろ考えてみましたので、そのことをこの日記にまとめたいと思います。
Yosyanさまの主張は2つに整理できると思います。それは次のとおりです。
| ① | 「一部の児の親の受療行動によって小児科医は疲労しており、制度として介入すべきである」 |
| ② | 「小児の緊急性の評価は不可能であるため、全てのタイミングで小児科医が対応する必要がある。しかし、実際にそのようなリソースは無いので、夜間休日診療は制度として抑制すべきである」 |
| ① | 「一部の児の親の受療行動によって小児科医は疲労していることには同意、共感。しかし、介入の方法には検討が必要であり、制度的な介入よりも普及啓発を重視すべき。そのためには普及啓発を促進するためには緊急性の判断の基準を示す必要がある。」 |
| ② | 「小児についても緊急性の評価は可能。緊急性の評価を小児科医師以外の人間にデリゲーションすることによって、夜間休日診療を適正化でき、小児科医の疲弊を防ぎたい」 |
では、次の章からYosyanさまの2つの主張に対してそれぞれ、検討をしてまいります。
Yosyanさまは夜間・休日診療を受ける児の親を以下のように分類しております。
| 類型 | 説明 |
|---|---|
| 1群 | 救急の本当に必要な群 |
| 2群a | 親が心配して救急にかかる群(前向き群) |
| 2群b | 親が心配して救急にかかる群(後ろき群) |
| 3群a | リピーター群(社会的背景あり) |
| 3群b | リピーター群(親の意識に問題あり |
この中で3群(とくに3群a)の存在によって、物理的にも精神的も小児科医が疲弊をしているので、3群のリテラシーの改善が必要である。そのためには時間外料金の値上げとか、救急車有料化などの制度的な仕組みが必要であると主張されています。
まず、「Yosyanさまらの児の親の類型化」ですが、いわゆるMECEになっておらず、不思議な感じがします。1群か否かは医学的評価なのに、2群や3群やリテラシーや受療行動について類型化をしているからです。3群のリピーターの中にだって救急の本当に必要な群もいるはずです。そこで、「医療が公共財であるかどうかの認識の有無」「緊急性の判断能力の有無」にしたがって、つぎのように類型化してみました。
| 公共財の認識あり | 公共財の認識なし | |
|---|---|---|
| 緊急性判断能力あり | 1群 | 3群 |
| 緊急性判断能力なし | 2群 | 3群 |
このように捉えれば、いわゆる「3群」に対処するには、「医療は公共財であるという」という認識を持ってもらう方法を考えればいいことになります。
つぎに、介入方法を検討しようと思います。3つの方法枠組みから考えてみました。それは次のとおりです。
| ア | 法律、罰則などを用いた強制的な方法 |
| イ | インセンティブ(+も-も)を使う方法 |
| ウ | 普及啓発、教育を用いる方法 |
この枠組みで考えるとYosyanさまは「時間外料金の値上げとか、救急車有料化(主体は国)をすべき」と主張されていますので、主にイの方法を用いるべきと主張されていることになります。
Yosyanさまの主張に対して、私は「ウの普及啓発を重視・先行すべき」だと考えます。理由としては次の4つの点を挙げます。
| ・共有認識がができていない現在の状態では、アやイを導入すること自体が政治的に困難。 |
| ・時間外料金の値上げは病院単位で可能であり、それをしないことを病院や自治体が選択している。病院や自治体のが選択していることをを頭ごなしに国が否定するのはおかしい。 |
| ・普及啓発ができていない状態では、値上げをすることによって、お金さえ払えばみだりに夜間休日に受診してもよいという価値観を誘導する。 |
| ・普及啓発の余地があると思っていて、一番実効性があると思っている。 |
実はこの中で私がもっとも言いたいことは、最後の「普及啓発の余地があると思っていて、一番実効性があると思っている」というものです。特にこのことについて、つぎに補足します。
まず、3群の中でも、緊急性の判断ができている者(マトリックスの右上の部分)は「確信犯」ということになります。たしかにそんな方はいて、現場の先生方を脱力させているもの理解しています。しかし、3群の中では、緊急性の判断もできない者(マトリックスの右下の部分)がいて、この群は「ひたすらイノセント」な者です。実は、「確信犯」よりも「ひたすらイノセント」な方が多いのではと私は思っているのです。つまり先ほどの分類に従えば、夜間休日に外来を訪れる親御さんは、実は右下の「イノセント」な群がいちばん多いのではと思っています。
| 公共財の認識あり | 公共財の認識なし | |
|---|---|---|
| 緊急性判断能力あり | 「賢い人」 | 「確信犯」 |
| 緊急性判断能力なし | 「遠慮深い人」 | 「イノセントな人」 |
もし、「イノセントな人」の群が一番多いという私の仮説が正しければ、普及啓発をする余地がまだあるのだと思うのです。
では、「イノセントな人」の群に対して、どのような普及啓発が有効かを考察します。普及啓発の方法は次の2通りがあると思います。それは次のとおりです。
| ア | 緊急性の評価のやりかたを伝える(上を目指す) |
| イ | 医療は公共財であることを伝える(左を目指す) |
私は、ア→イの順番で普及啓発するのが有効だと思います。これは完全な自分の体験ベースですが、「イノセント」な群に緊急性の判断の方法を理解してもらうと、そのまま上に行かずに、左上の「賢い人」になる印象があるからです。一方で、「イだけ」もしくは「イ→ア」と説明をしたらどうなるでしょうか。つぎのようになると思います。
| イだけ説明した場合 | 「公共財なのはなんとなくわかるけど、いつ病院につれていけばいいのかわからない。なんだかんだで、夜診てくれるなら連れて行きたい」となりそう。 |
| イ→アの順番で説明した場合 | 「医療が公共財といってもそんなの提供側の問題。消費者としてはしったこっちゃないよ。とってつけたように病院に連れて行かなくてもいいパターンを教わっても、それって夜間休日診療を抑制するために方便じゃないのか」となりそう |
ですから、ア→イと説明することによって次のようになってくれるとありがたいと思っています。
| 「なるほど、夜間休日にわざわざ連れて行く必要があるとき、連れて行かなくていいときがわかった。自分自身や子供の負担も少ないし、これで先生方にもご負担をおかけしなくてもよくなりますね。」 |
| ア | 「確信犯」よりも「イノセント」群の方が多く、普及啓発の余地がある |
| イ | 「緊急性の評価のやりかた」がそもそも存在しするし、小児科以外の人間も担うことができる |
というのが、前提条件となっています。Yosyanさまはおそらく、アとイの両者とも、私との見解の相違がありそうです。アについては定量的な議論が必要ですが、おそらく水掛け論になりそうな気がします。イについては、ある程度、実のある議論ができるような気がしています。この部分については次の章で論じたいと思います。
「児の親をどのように類型化しても結局どの群にも重症者が含まれているため、何かしら症状を持つ児の親は、緊急性があり小児科受診が必要である」というのが、Yosyanさまの主張だと理解しております。Yosyanさまはほかの部分でも次のように述べられています。
「それと表を良く見て欲しいのですが、2群でも3群でも重症者は確実に含みます。正直なところ実際に診察してもこれを全員確実に見抜けるかと言えば、私如き の技量では自信はありません。「発熱性疾患」で「見た目上元気そう」の保護者判断で、「2日ぐらいは様子を見る」の対応が全員に適用できるなんて事は、経験を重ねた小児科医(小児科医でなくとも)まず口にしません。ましてや電話相談で安請け合いなどしようとも思いません。」
つまり、まとめると、
| 小児科医でも重症者を見抜くのは不可能。ましてや保護者判断なんか意味がない。電話相談も意味が無い |
ということです。それゆえ、
| 重症者を見逃さないためには、24時間365日、小児科医が根こそぎ診察するしかない」 |
ので、
| 「実際にそのようなリソースは無いので、夜間休日診療は制度として抑制すべき」 |
Yosyanさまの主張はロジック(論のつながり)としては矛盾が無いものであると思います。ただ、私の意見との最大の違いは、議論の前提となっている「小児の緊急性の評価は不可能である」の部分にあります。私は「小児の緊急性の評価は可能」だと思っているのです。この前提から私の論を展開しようと思います。私の論の骨子は、
| ア | 小児についても緊急性の評価は可能 |
| イ | 緊急性の評価は小児科医師以外の人間にデリゲーションすることができる |
| ウ | 夜間休日診療を適正化し、小児科医の疲労を軽減することができる |
まず、医学的な見地からの緊急性を要するものは疾患と病態の2つの軸で整理することができると思います。
| 疾患の軸 | :(例)敗血症、髄膜炎、重症肺炎など重症感染症、腸重責など急性腹症、、、、 |
| 病態の軸 | :(例)脱水、呼吸不全、意識障害、痙攣(単純な熱性痙攣を除く)、、、 |
この2軸を判断するためには結局、次のようなという3つのポイントを判断すればいいと思います。
| 緊急性の評価の3つのポイント |
|---|
| a 身体症状(水が飲めない、ぐったりしている、呼吸が速いなどのRED FLAGSの有無) |
| b お母さんからみてwell doingか否か |
| c 既往歴や年齢 |
なぜ、わたしがこのように理解するように至ったかというと私の初期研修医のときの経験からです。私は初期研修医を完全な北米型ERシステムの病院で過ごしました。この病院では、小児のwalkinも救急車も全ての救急受診をまずは初期研修医が対応し、必要に応じて小児科医にコンサルトする体制をとっています。初期研修医は2年間の間、小児科ローテート以外の期間もER勤務をしますので、2年間、常に小児の夜間休日診療に携わることができました。そのときに先輩から最初に教わったことが「救急外来でやることは帰宅させられるのか、小児科の先生にコンサルトすべきかを判断することであって、必要なのは正確な診断ではなく緊急性の判断だ」|というものでした。
私はたった2年間の初期研修で小児診療ができるようになったなどとおこがましいことは全く思いません。しかし、小児の緊急性を判断する方法論については整理することができたし、小児科の先生を深夜でも呼び出さないといけないときの判断はできるようになりました。この経験は3年目以降にも生きていて、しばしば小児診療をする機会にも、小児科の先生を頼るかどうかを判断することができるので、多忙な小児科の先生に丸投げしなくて済んでいました。
私はさきほど、緊急性の評価はつぎの3つのポイントに集約することができると述べました。そして、これらの判断を小児科以外の人間にデリゲーション(権限の委任や委譲)することができると思っています。
| ・児の親御さん |
| ・電話相談対応者(看護師さんなど) |
| ・小児科以外の夜間・休日担当医(初期研修医など) |
まず、児の親御さんについては、リテラシーを高めていただくのがいいと思います。緊急性の判断の方法論をあらゆるチャンネルから伝えるべきだと思っています。また、補助ツールも有効であり、次のようなサイトも有用だと思います。
ちなみに、このサイトの発熱はボタンを押すと、チェックリストとして次の項目が現れます。これってまさに「緊急性の評価はつぎの3つのポイント」なのだと思います。
| 発熱時のチェック項目 |
|---|
| ・生後3ヶ月未満である |
| ・元気はある |
| ・無表情で活気がない |
| ・おしっこが出ている。オムツがいつものとおり濡れいている |
| ・あやすと笑う |
| ・1日中ウトウトしている |
電話相談も有効だと思います。「緊急性の評価の3つのポイント」は問診が必要であって、詳細な身体診察や血液検査が必要ありません。ですからトレーニングを受けた看護師さんなどの医療者であれば、電話でお話を伺いながら判断することができます。電話相談など医療職による相談でも不安がとれない場合は、「お母さんからみてwell doingでない」ということですから、夜間でも休日でも受診をしていただくのがいいと思います。ただ、この際もできれば小児科の先生が最初から診察するのではなく、きちんとトレーニングを受けた救急担当の研修医が診るようになればいいのにと思っています。
なお、初期研修のときにあまり小児の緊急性の評価についてのトレーニングを受けていない医師でも、3年目から小児科の医局に入局すれば1人で当直をしていると思います。私は、このような3年目の小児科の先生と比較すると、トレーニングを受けた初期研修医の方がより安全な医療を実践していると思っています。
アとイで述べたように、緊急性の評価の方法を小児科医以外の人間に普及啓発し、緊急性の評価の主体者をにデリゲーションすることができれば、小児科の先生は、夜間休日には本当に緊急性のある場合にのみ診察をすればいいことになると思っています。それが、私の思う「夜間休日診療を適正化でき、小児科医の疲弊を防ぎたい」ということなのです。
私は文中に述べたように初期研修の2年の間に同年代と比べると比較的に、小児診療の経験に恵まれました。また、3年目以降も、院内にPICUが無いことから小児科の先生と一緒に仕事をする機会にも恵まれました。自分自身にも娘がいるし、PALSなどを学ぶ機会がありましたので、小児医療にはずっと興味を持っています。
つたないながらも3年目以降にはオカルトバクテレミアや劇症型の敗血症、インフルエンザ脳症など経験しました。元気だった児が半日ぐらいの経過で一気に具合が悪くなり、24時間程度で亡くなるケースでした。ですから、いくら緊急性の評価をきちんとしても、半日後の転帰を100%確実に予測する方法が無いことも理解はしているつもりです。
ただ、だからこそ、受診をした際には、医療者はきちんと緊急性の評価をし、説明し、カルテに記載することが大事だと思います。また親御さんに対しては次のようなというメッセージを伝えたいと思っています。
| 「病院に頻回に受診さえすれば安全・安心というわけでなくて、どうやっても急性の経過をたどることがある。でも、いたずらに不安になるのではなく、知識を整理したうえで、自分自身の判断力を向上させてほしい。自分自身で判断できなくても、電話相談を受けることもできるし、いざとなれば受診もできるようになっているから安心してほしい。なにより、実は緊急性の評価はお母さん自身のwell doingがどうかの判断が一番重要であって、それを見極められるようになってほしい。」 |
私は、小児医療にはまだまだ行政が寄与できる部分がたくさんあると思っています。たとえば、ワクチンです。オカルトバクテレミアに対する最大の対策は頻回の受診でも検査でもなくてワクチンであると認識しています。このワクチンは子供を守るだけでなく、小児科の先生方を訴訟リスクから守るものでもあると理解しています。そのほかにも、自分の居住県は人口が600万人いるのに、PICUが存在しません。そんなことにも問題意識を持っています。また、大学の同級生や研修時代の仲間や先輩方にも小児科の医師がたくさんおります。みな真摯にとりくみながらも疲弊していることも理解しているつもりです。ですから医系技官という仕事を通じて、機会があれば、いつか小児医療の発展に寄与できればと思っています。