はてなキーワード: 母親とは
に対して、
高い評価を与えるのだよね?
にも拘らず
としたら、その高い評価は、どのようなものなの?
ただ強いられているだけにみえるんだけど
それなのに子供を産んだ女は迷惑、子供が迷惑をかけるのを100%止めろ、泣き声上げさせるな、ベビーカーを使うな、席を譲れって主張されてるようでマタニティマークが不愉快、妊婦や子連れに電車で優先座席ゆずらねーよ、子連れや妊婦に手助け?するわけねーだろ図々しい、子持ちはまともに働けなくて迷惑だから会社辞めろ、専業主婦は社会のダニ、自分で産んだんだから自業自得だろ、自己責任で人に迷惑をかけるな、迷惑かけるようならそもそも産むなって感じのバッシングが激しいし
っていう君の発想が既に終わってるわけよ
「将来の自分の欲得の為に取引すっか…」っていうのはさ
君はその例に挙げた人達に比べて
度量が広いとか違う価値観を持ってると言うことは無く
その人たちより心配性だとか、より将来のことまで考えるたちだとか、より自分の身が可愛いとか、
そんだけじゃん
そこがキモなんだなあ
田嶋陽子見て「キチガイババアじゃんw」て突っ込める程度にフェミニスト嫌いな奴等ですら
前述の
は刷り込まれきってて内面化済みなのよ
そういうのは自分の考えだと信じてたり
もしくは日本の伝統的な考え方だと信じてる
ものしらずが母親軽視風潮を「日本の文化」として説明する、とさっき書いたとおり
男は「働いてる女」も「家庭にいる女」もどっちも嫌い、
というオモシロ状況の完成
よくそれを「日本文化の問題」とか「日本の男尊女卑…」とか「男の無理解」とかで説明する無知がいるけど逆だからね。
でも
「そうやって女を家庭や母親の枠にスポイルして崇めたり幸せのモデルにしたりするのこそが、女の社会進出を阻むための陰謀である」
って叫ぶ女権運動家が現れた。
この人たちにとって、全ての男が敵だったのはもちろん、
家庭モデルで崇められたり幸せを感じてるムチモウマイな女も敵だった。
ムチモウマイな女に対しては
「まず安住してる居場所を焼き払えば居場所が無くなって自分達の仲間になるに違いない」
「主婦は古い」「主婦はかっこ悪い」「主婦は寄生虫」「主婦を求める男もダサい」「主婦を容認する男はバカ…」
女権運動家の作戦が見事に成功したのは今の社会見てわかる通り。
母親や主婦を貶めるようになったのは全く近代の女性主導の運動の結果。
男も女も居場所場が壊されただけで放り出されたけどね
元増田は母親に対して別に憎しみだの復讐だのは考えてないと思うんだけど、
こういう解釈をしている人は
元々「女が子無し選択をするのは異常な養育環境で育たない限り有り得ない事だ」「そんな異常な養育をするような親だから憎しみを持っていて当然だ」
と思っているんだろうなあ。
元増田の話は
1・なにかにつけ「途中で投げ出すからダメ」とトライさせてもらえず育った
なんか、よくわからないけどこの解釈が通説で当然みたいなので。
元増田は母親に対して別に憎しみだの復讐だのは考えてないと思うんだけど、
こういう解釈をしている人は
元々「女が子無し選択をするのは異常な養育環境で育たない限り有り得ない事だ」「そんな異常な養育をするような親だから憎しみを持っていて当然だ」
と思っているんだろうなあ。
子供を持ちたくないのってそんなに異常かね?
ごく普通の考えだと思うんだけど。
実際アレが本当に大元の元増田の肉付けだったとして、ではその肉付けをした上で増田に書いた意図を考えると、
「自分の性格」を理由に「子どもを作らない」ことは正しい判断であるっていうのを他人に肯定してもらいたい
という期待があったのでは? と考えられる
その場合、
「子ども持つかどうかは人それぞれの判断だし、今の時代子どもなしでも楽しんで生活できればそれでいい」
みたいな流れは、母親に孫の顔を見せないという復讐を正当化することにも繋がるので元増田的には一石二鳥で大歓迎となる
逆に「孫の顔見せてやれ、恩返ししてやれ」という助言に対しては、「なに的外れなこと言ってんだ」と怒りをたぎらせ、
「自分はこんなに抑圧された、こんな過程があってこそのこの結果なんだ」と切々と真意を訴えることができる
(実際にはその真意を示唆する描写があるので正面からは訴えなかったかも)
ところがここで、子ども持つか持たないかの判断の源すなわち骨の部分である恨みやトラウマにまで切り込まれてしまった
その際まるで自分の恨みや憎悪に無自覚であるかのように扱われたのが(なぜか他人である解説者らの)癪に障ったのだろう
当然だ、真意という骨に肉を巻いて意図的に皮肉に仕立てていたとしたらその憎悪と恨みに苦しんでいないはずがない
いわば傷口に塩を擦りこまれたも同然の指摘記事がついたのである
かくしてわざわざ他人のネタを懇切丁寧にネタばらす人が出現したのであった、とっぴんぱらりのぷう
解説者のいう「文章として面白みがないから肉付けを行った」という解釈はあまりよろしくない
面白いかどうかは主観の問題なので退けるとしても、肉付けを行ったことで背後に隠された「骨」が新たに展開しているかというとそうも言えない
骨すなわち真意が展開するとは、書き手の中でその恨みやトラウマがどのように昇華したのかが示されるということを指す
元記事において恨みやトラウマはまったく昇華してはいない、元増田は依然として母親の「教育」の影響下にあり、意趣返しこそ為したが何ら救われていない
「文章として」楽しむのならばそこで救いを生じさせ、感動を生むことを狙うのは定石である
この文章は定石を打っておらず、また定石を超えた独創的な結末を持っているわけでもない
よってつまらない。つたない。肯定的な評価を与えるための理由が無い。
骨である恨みつらみやトラウマをそのまま露出させれば得られたであろう「生々しさ」という面白さすらない。
例えばブコメにも「のろいがえしー」のような読みが普通に転がっているわけで、やっていることは増田記事での指摘と同じなのに、
何がどう琴線に触れてこんな大爆発に至ってしまったのかは不明。しかもその琴線の主は解説者であって元増田ではないときた。もう何が何だか。
ああ。ひまだな、自分。
なんであんなキレてんのかね?
「母親が元増田を操作して作った」っていうあたりで図星を軽々刺されて破裂しちゃったのかな。
要するに味わうべくは行き場のない憎しみとかその復讐としての子無し選択という骨そのものではなくて、
「なんで母親はわからないんだろう?」っていう白痴ごっこの精度の高さという肉の方ってこと?
スペアリブっていう完成度もない
地面に骨を埋めたら埋め方が浅すぎてすぐ見つかった、それを「何で見つけるの!しらける!」とか言って怒ってる感じ
見つけて欲しくて埋めたんでしょ? みたいな
あのねえ
わ・ざ・と、そういう書き方がされてるの
読んでる方はそれぐらい読み取れるし(アナタ以外)
書き手もそれぐらい読み取られることを期待して書いてるの(アナタのような頭悪いのは想定からも対象からもOUT)
元増田の話は
1・なにかにつけ「途中で投げ出すからダメ」とトライさせてもらえず育った
3・その母に「孫の顔も見せてやらねえよ、お前の教育どおりにな!」と言ってやった
だよ
骨だけむき出しに整理しちゃうとね
(3行にまとまるでしょ、あなたの解説はダラダラ長いよ)
でも恨みやトラウマの構造をそんなぶんぬきでシンプルに整理して書いても
書くほうも読むほうも「そうですか」で終わってしまう
そこで元増田は、
1・母に子供の頃から「あなたは飽きっぽい」という忠告を受けて育った
2・なるほど母は正しい、私は実際にそういう人間であることを後年自覚するようになった
3・そんな私の人格を熟知する母よ、何故「子供を育てろ」なんて危険なトライを薦めるのですか、理解不能!
人に読ませる話としても、
母親に実際にぶちまける時の恨み節としても
こうやって少し肉をつけたほうが面白いでしょ
(肉はつけすぎるといやみすぎてそれもまたオエッとなるけどね)
なんで肉をつけると面白いかっていうと
読むほうが話の表面の肉をかき分けて骨子にたどり着くまで
これはジョークの書き方とかも同じ
これじゃ悪意や蔑視は感じるけど何も面白くない
骨だけをシンプルに書くってのはこういうこと
1秒ぐらいして言わんとする骨子に気づく
これらは全部、
読む人が掻き分けられる程度の、嫌味にならない程度の肉を、慎重につけてるわけ
掻き分ける側も、書き手のそういう意図ぐらいは理解して微笑むわけ
それをまー、
一名の人よりずっと頭の鈍い馬鹿クンが
みんなわかってないみたいだから解説してあげるよよく聞いて!」
って、
馬鹿クン以外の全員どっちらけだよ
http://anond.hatelabo.jp/20120209113745
この世で自分と血のつながった幼体ほど愛しいものってちょっと無いからね。
何とかなるかどうかは二の次というか、判断基準に入ってすらいない。
だいたいの母親が脳内麻薬かホルモンかなんかで「この子のためなら何とかしてみせる」みたいな心境になりやすいしね。
あと、元増田のおかーちゃんは元増田を熟知していたんじゃなくて、元増田を作っていただけだよ。
すぐ飽きておもちゃを放り出すかどうかは、そのおもちゃを与えてみなければわからない。
犬を飼うにしても世話しなくなるかどうかは、飼ってみなければわからない。
元増田のおかーちゃんはおもちゃを大事にする子どもや犬をかわいがる子どもになってほしかったんじゃなくて、
おもちゃ買わなくて済むし犬も飼わなくて済む、お金も手間もかからない子どもが欲しかっただけだよ。
子どもはチャレンジしないうちから「どうせこうなる」というマイナスの期待だけ刷り込まれて、「どうせこうなる子ども」になって育つ。
それが今実った、というだけ。
子供は「別」だよ。
「へーこの人が結婚したんだ」「えーこの人、子供いるんだ」なんて驚くことよくあるじゃん。
子育てに向いてないんじゃないの? ちゃんとできるの? って周りから思われてる人、たくさんいる。意外とちゃんとやってたりする。
子育てに向いてる、向いてない、はあるけれど、子供を生んじゃいけない人間なんていない。人は変われるのです。子育てに苦手意識がある人だって、立派に子供を育てあげている。
この増田は苦行から逃げているだけ。言い訳しているだけ。母親のせいにしているだけ。母親はきっと、呆れたんでしょう。例にあげたことと、子供を生み育てることを一緒くたにしている、物事を何もしらない増田に対してね。孫の顔みせてあげられなくてかわいそうな感じ。
子どもや赤ん坊に対する慈しみってやつ。時に成人男性に対しても。
母性本能をくすぐるなんて言ったら、男のわがままや甘えがなんでも許されちゃうんだよね。
対して、母性本能をもたない女性は男からも女からも非難される。
なのにさ、みんな男も女も母親に夢みすぎなんだよね。
まぁ、これはいいとして、女は本能に束縛され、男は本能に甘えすぎ。
浮気したいのは多数の種をまきちらしたい本能だから仕方がない?
理性で考えようよ。とにかく。
子どもを愛せなくてもいいじゃん。
産まなきゃいいし、養子って手もあるし。
処女じゃなくてもいいじゃん。※
避妊があるし。
多数の女とセックスしなくてもいいじゃん。
どうせしたところで生ませないじゃん。
人間はそろそろ本能の呪縛から離脱して性別を超え個として生きるべきじゃないの?
※処女うんぬんに関しては
自分はやっていないので知らないのだが、釣りゲームだと釣り竿が高級になると何か変わるようになっているんじゃないの。
つまり「金を払えばポジティブになる」となるのだから、「金を払えば」前後による切り分けはあまり意味が無いように思う。
釣竿に喜んで金を払って買っている人には、「金を払わないとネガティブな感情が生まれる形に持っていくビジネスだからね」なんてことは通じない。だってこれはまさに前者でしょ。
そんなビジネスモデルだと勝手に思い込んでいる理由は、もともと対象に対してネガティブな感情を持っているからであり、理屈として循環しているようにみえる。
ネガティブな印象を持つ理由が列挙されていて、一理あるものもあるのだが、まあそんなものは時間と共に評価が変わるとも言える。
漫画は昔はバカが読むものだったが(今でもそうだろうか)、テレビも同じだろう(バカが見るものとして再評価されているというべきか)。
ではゲームはすべてそうかといえば、そうでないといっているようにみえる。
じゃあゲームの種類によるのか、ゲームの作っている会社によるのか、ゲームの利用形態によるのか、ユーザー層の属性によるのか、その他なのかは今のところはっきりしていないのではないか。
(別の増田かもしれず、そのトラバ先の増田でもないのだが)おそらく女性で母親気取りなのかもしれないが、
たしかにそんな考えもあるのもしれない。
多めに与えることで管理を覚えるというのはたしかにそうだが、月々のギリギリ与えて貯金させから購入するという習慣もひとつの躾の手法であり、どちらがいいというものでもないだろう。
いや、どちらも経験したほうがいいのではないだろう。
つまり、躾の問題に理由を求めることも、所詮「育ちの悪い子は嫌い」というネガティブな感情からもっともらしい理由を見つけてきたに過ぎず、
そこを保持繰り返しても、それほど生産性の高い議論にはならないだろう。
さらに言えば、躾は失敗を前提にして行なっているもののはずだから、その仮想体験ツールとして使う事もできるだろうし、人生ゲームもそのひとつとして使えるのかもしれない。
追記だが
そして「金があればあるだけ全て使ってしまう」が当たり前だと思っている人は
「後払い=金がないのに金使ってる」と取るんだろう。
トラバ先しか読んでいないのだが、「「金があればあるだけ全て使ってしまう」が当たり前だと思っている人」という人物がここで想定されているか否かはちょっとわからない。
ここも論理が逆になっていて、「「後払い=金がないのに金使ってる」人がソーシャルゲームをしているのだろう」というネガティブな印象を常に持っているので、
「金があればあるだけ全て使ってしまう」という人物像=「まともな躾をされていないオカシナコ」と論理が逆転してしまっている。
そして「ちゃんと躾けられた私とは違う」とね。
http://anond.hatelabo.jp/20111110111334
これの従弟だけど補足してみるよ
元増田の記事を読んで心配してくれた人のために現在の状況を書くと、従姉は退院して仕事復帰、従姪は平日は俺の家で預かり週末は従姉の家に戻る形で生活することになっている
生活費についてはこちらから特に援助はしていないが、従姪が俺の家にいる間にかかる費用を請求してないので、その分は浮いているはず
一緒に暮らしていない元増田が把握していなかったことを補足する
従姉のところの問題の源は元夫のDVと虐待
娘が気に入らないことをしたら「母親なんだから躾けろ」と妻に命じて体罰を強要
号泣したところで慰めて自作自演で娘の好感度稼ぐというのが従姉の元夫の手口
これを人間関係全方位で展開して孤立した相手を自分に依存させて支配していたわけだ
従姉は自分が子供に手を上げたことをとても悔いていて罪悪感をもって娘に接している、従姪は虐待された記憶を打ち破って何とか母親を愛そうと頑張っている状況
従姪は幼い頃母親が身体に触れようとするとビクッとなって目を瞑るような状態で、心や体が弱っている時にはその傾向が特に強かった
病気になった時など、母親が側にいるとリラックスできないので看病は他人に頼まざるをえない状況だった
親戚とはいえ恋人でも夫でもない独身一人暮らしの男性に娘の身の回りの世話を頼んだり、契約社員が正社員に仕事休んで自分の子の看病してくれと頼んだり、そういう選択をせざるをえない時点で崖っぷちなのは子育て経験がある人は想像できると思う
この手の話で従姉が凹んでいたのは母親スキルの低さを実感してよりも、虐待の結果を再認識してしまうからという理由が強い
時間の経過と共に母子関係も少しずつ回復していき、最近ではお互いうまくやっていけてるんじゃないかと思っていた従姉と従姪だが、そこで従姉の入院事件が起きた
距離をおいた途端に従姪の体調が良くなったことから、従姪にとって母親と一緒に暮らしていることがストレスだったことが浮き彫りになってしまった
それに従姉が気が付いてショックを受けたところに元増田が居合わせたわけだ
後に従姪もそのことに気がついて精神的にずいぶん荒れた
本人の認識では、拒絶意識は過去のもので今は母親のことを好きでいるつもりだったので精神的ダメージが強かった
その後話し合った結果、少し距離を置きながらゆっくり母子関係を回復させた方がいいだろいうということになり、現在の週末のみ母娘で暮らすという方法いこうということになった
あれは目の前で母親が倒れてショックを受けている従姪を元気付けるため無理してやっていた時期の話なので、365日継続できるものじゃない
2週間くらい前の話。
隣駅にある保育園からの帰り道、保育園用のリュックと通勤カバンを提げ、前には約9キロの娘を抱え、「よいしょよいしょ」と地下鉄の階段をのぼりきって(けっこう重かった)、歩かせるために娘をおろしたら娘が転んで泣いた。それを見た通りすがりの見知らぬおばあさんに「悪いママね!ひどいね!」と怒られた。
その翌日の話。
私の見ていないところで娘がお皿を机の上から落として割った。その音に驚いた私が「わ!」と大きな声をあげたら、義母に「お皿落としただけで大声あげるなんて、悪いママだね、こんなことで大声あげるなんて!」と責められた。
この頃、夫の帰りが遅くて家事も育児も一人ですべて抱え込み、仕事も忙しかったが娘のお迎えのために毎日必死になって片付けた。
娘の体調が悪かったが会社は休めるわけなく、なんとか時間を作って小児科に連れて行ったり、とにかく自分なりに色々一生懸命だった。朝起きてから寝るまで疾走している気分だった。
忙しかったけど、娘のごはんは栄養を考えてきちんと手作りしているし、昼間に仕事で一緒に遊べない分、散歩がわりに通園時に手をつないで遠回りしたり、夕食後も娘と鬼ごっこしたりブロック遊びしたり、寝る時は添い寝して絵本を読んだり子守歌を歌ったり。
自分なりに、愛する娘を幸福にする「良い母」になろうと努力していた。
色々とせっぱつまっていた時期だったのもあって、他人に「悪い母」と言われたことに泣くほどショックを受けた。
いまだにこのことを思い出すと腹ただしい。
1歳の子供が歩いて転ぶのは当然じゃないか。それともあれか、転ぶと危険だから歩かせるなとでも言うのか。そんなんじゃ体力の無い子供に育つだろ。
大きな音に驚くのは当然じゃないか。それともあれか、大きな音でも驚かないのが「母親」か。お皿の割れる音にも動じないって、いくらなんでも鈍感すぎるだろ。
怒ったり泣いたり、その結果思ったのは、これから子供を育てていく上で、こういうことは何度もあるんだろうということ。
100のうちの1を見て、それで100を理解した気で口出してくる他人は、きっとたくさんいるってこと。
だから、いちいち怒ったり泣いたりしていても仕方ない。
自分でも「良い母」にとらわれすぎてると思う。
しかし、父子家庭で育った私にはドラマや映画や小説や育児書にでてくるような「良い母」しか知らない。
変な話だが、母親もウンチするのだろうか。母親もオナラするのだろうか。母親も鼻クソほじるのだろうか。
とはいえ、保育園のお迎えで娘の顔を見るとホッとするし、娘とのお風呂の時間は楽しいし、娘の柔らかなほっぺをプニプニするのは至福だし、歩くときに娘から手を伸ばしてきて手をつなぐと嬉しいし、とにかく、娘のこと大好きだ。宝だ。私の生きる意味だ。大好きというか愛しているのだ。
ようは、愛する娘のために何かすることは苦にならない。どんな努力も。
自分が結婚したくないことと、何より子供が欲しくないという事実に向き合う羽目になって嫌だ…。
結婚までは我慢できるけど、子供は無理。本当に死ぬほど子供が欲しくない…。
自分自身でもこんなにいい親はいないって思うし、感謝してるのに、
どうして子供好きの母親に孫を作ってあげる気になれないんだろう。
その理由が生理的に男性が無理とか、そういった理由だったら仕方ないんだろうけど、
理由っていうのが…
あんなによく育ててもらったのに、どうして私はこんなふうに思うような子に育っちゃったんだろう…。最悪だ…。