はてなキーワード: 探検とは
翻訳は、村上の作品を組み立てる原理だとさえ言えるかもしれない。
彼の作品は翻訳されているだけでなく、翻訳についてのものだと考えられるのである。
村上的ストーリーにおける至上の愉しみは、とても普通の状況(エレベータに乗っている、スパゲッティを茹でている、シャツをアイロンがけしている、など)が
突然非日常(不思議な電話を受ける、魔法の井戸に落ちる、羊男と会話する、など)へ変貌するのを見ることだ。
言い換えるならそれは、登場人物が存在論的に盤石な立場から完全な異世界へと投げ込まれ、
たどたどしくも二つの世界の間をとりもつことを余儀なくされる瞬間だ。
村上作品の登場人物はある意味でいつも、根底から異なるいくつかの世界のあいだで翻訳をしている。
言い換えれば、彼の全作品は翻訳の作業を劇に仕立てたものなのだ。
村上の車の後部座席に戻ろう。
多くの企業の本社や、巨大な船のかたちをしたラブホテルを通り越していく。
およそ1時間後、風景は急峻な山道になり、私たちは村上の家に到着した。
木の生い茂る丘の上、山と海の間にある、こぎれいだが平凡な外観の二階建てだ。
靴をスリッパに履き替え、村上に連れられて彼のオフィスへと入る。
自らデザインした小部屋であり、『1Q84』のほとんどはここで書かれた。
同時にそこは彼の膨大なレコードコレクションの住処でもある。
(10000枚くらいだろうが、怖くて実際に数えてはいない、と彼は言う)
オフィスの幅広い壁二つは、床から天井までアルバムで覆いつくされている。
山々に向けて突き出している窓の下、部屋の端には巨大なステレオスピーカーが君臨している。
室内のもう一つの棚には村上の人生と作品にまつわる思い出の品々がある。
彼が『海辺のカフカ』で殺人者として想像したジョニー・ウォーカーを描いたマグカップ。
はじめてマラソンを完走したときの、くたくたの彼を写した写真(1991年ニューヨーク市にて、3時間31分27秒)。
壁にはレイモンド・カーヴァーの写真、グレン・グードのポスター、ジャズの巨匠の肖像がいくつか。
村上がもっとも好きなミュージシャン、テノールサキソフォンのスタン・ゲッツの写真もある。
私はレコードをかけてもらえないかと頼んでみた。
『1Q84』の始まりを告げ、その物語のなかで繰り返し鳴り響く曲である。
それは速く、アップビートで、劇的──まるで普通の曲が5つ、ペンキの缶のなかで決闘しているかのようだ。
同時にそれは熱狂し、ねちねちとした、暴力的な『1Q84』の冒険の主題曲として、もっともふさわしい。
村上はその奇妙さを買って「シンフォニエッタ」を選んだという。
「オーケストラの後ろにトランペットが15人いた。変だった。すごく変だった……その奇妙さがこの本によく合う。この物語にこれ以上よく合う音楽は思いつかない」
彼は何度も何度もその曲を聴いて、そして開幕のシーンを書いたという。
「シンフォニエッタを選んだのはまったく人気がない音楽だったからだった。でも本を出版してから、日本では人気が出た。小澤征爾さんに感謝されたよ。彼のレコードがよく売れたからね」
「シンフォニエッタ」が終わると、私は最初に買ったレコードは何か覚えているかと尋ねてみた。
彼は立ち上がり、棚をごそごそと探して、一枚のレコードを手渡してくれた。
「The Many Sides of Gene Pitney」。
カバーを飾るのは、華やかな姿の Pitney。60年代前半のアメリカのクルーナー歌手である。はまだらのアスコットタイに艶のある赤いジャケットを着て、髪型は崩れ落ちる波を凍らせたようにみえる。
村上は13歳の時、このレコードを神戸で買ったという(当初のものは擦り切れたため、何十年か前に買い直している)。
針を下ろすと、流れ出す Pitney の最初のヒット曲「Town Without Pity」。
劇的な、ホルンの即興とともに Piteny の歌声が黙示録的な叫びを歌う。
「若者にはつらいことがある、たくさんある/分かってくれる人がほしい/助けてくれよ/土と石でできたこの星が壊れるまえに」
終わると村上は針を上げ、「バカな歌だ」と言った。
『1Q84』を書いているあいだ、『1984年』を読み直したかと尋ねてみた。
彼は読み直したといい、それは退屈だったという。
(これが悪い評価だとは限らない。野球のどこが好きかと尋ねた際、彼は「退屈だから」と答えた。)
「始まりはいつも暗く、雨で、人々が不幸せそうにしている。コルマック・マッカーシーの『The Road』は好きだし、よく書けているけれど、でも退屈だ。暗いし、人間が人間を食べるし……ジョージ・オーウェルの『1984年』は近未来小説だけど、この本は近過去小説だ」
『1Q84』について「我々は同じ年を反対側から見ている。近過去なら退屈じゃない」
「オーウェルと僕はシステムについて同じ感じを受けていると思う」と村上は言う。
「ジョージ・オーウェルは半分ジャーナリストで半分小説家だ。僕は100パーセント小説家だ……メッセージを書くことはない。よい物語を書きたい。自分は政治好きな人間だと思うけれど、政治的メッセージを誰かに向けることはない。」
とはいえ村上はここ数年、彼にしては珍しく、政治的メッセージを大々的に言明している。
2009年、批判のなか彼はイスラエルでエルサレム賞を受賞しに行き、そこでイスラエルとパレスチナについて語った。
この夏、彼はバルセロナでの受賞式典の機会を利用して日本の原子力行政を批判した。
一度目はまったくの被害者としてだったが。
バルセロナの演説について尋ねると、彼はパーセンテージを少し修正した。
「市民として言いたいことはあるし、求められればはっきりと言う。あのときまで原発について明確に反対する人はいなかった。だから自分がやるべきだと思った。自分にはその責任がある」
演説に対する日本の反応は概ね好意的だったという。
人々は津波の恐怖が改革への媒介となってくれることを、彼と同じように、期待していたのだ、と。
「これは日本にとって転機になると、日本人のほとんどが考えていると思う」
「悪夢だけれど、変化のチャンスでもある。1945年以来、僕たちは豊かになるために働いてきた。けれどそれはもう続かない。価値観を変えなければならない。どうやって幸せになるかを考えなければならない。お金でもなく、効率でもなく、それは人格と目的だ。いま言いたいことは1968年から僕がずっと言っていることなんだけれども、システムを変えなければならないということ。今は、僕たちがまた理想主義者になるべきときなんだと思っている」
その理想主義はどんなものか、アメリカ合衆国をモデルケースとして見ているのか、と尋ねた。
「いま、僕たちにはモデルケースがない。モデルケースを作り上げなければならないんだ」
地下鉄サリン事件、阪神大震災、そして今回の津波……現代日本の数々の災害は、驚くほどにまで村上的だ。
地下での暴力的な衝動、深く隠されたトラウマが大量破壊を引き起こすものとして現れ、地上の日常を襲う。
彼は深さのメタファーを多用することで知られる。
登場人物たちはカラの井戸に降りていき、東京の地下トンネルに生きる闇の生き物に出会う。
(彼は別のインタビューで、井戸のイメージをあまりに何度も使って恥ずかしくなったため、8作目以降、できるだけ使わないように心がけたと話している)。
毎日机に向かい、集中力に満たされたトランス状態の中で、村上は村上的キャラクターになる。
それは、自らの無意識の洞窟たる創造性を探検し、見つけたものを忠実に報告する、普通の人物である。
「僕は東京に住んでいる。ニューヨークやロサンジェルスやロンドンやパリのように文明的といっていい世界だ。
魔法じみた状況、魔法じみた物事に出会いたければ、自分の中に深く潜るしかない。だから僕はそうしている。
魔法的リアリズムとも呼ばれるけれども、自分の魂の深みのなかでは、それは単なるリアリズムだ。魔法ではなく。
書くときには、非常に自然で、論理的で、リアリスティックで、合理的に感じる。」
執筆しないとき、自分はどこまでも普通の人だと村上は強調する。
彼の創造性は「ブラックボックス」であり、意識的にアクセスすることはできないという。
彼はシャイであり、メディアにあまり登場したがらない。道端で読者から握手を求められた時にはいつも驚く。
人が話すのを聞くほうが好みだと彼は言う。
実際に、Studs Terkel の日本版のようなものとして彼は知られている。
1995年サリンガス事件があったとき、村上は被害者65人と被疑者らを1年かけてインタビューし、
その結果を分厚い2冊組の本として出版した。
のちにそれは『Underground』として、大幅な簡略化をしたうえで英語に翻訳された。
この会話が終わったとき、村上はランニングに誘ってくれた。(「僕が書くことについて知っていることのほとんどは、毎日のランニングを通して学んだ」と彼は書いている)
身軽で、安定していて、実践的だ。
たがいの走り幅がつかめて1、2分たつと、村上は自分が単に「丘」と呼ぶところに行ってみないかと尋ねてきた。
それは試合の申し込みか警告のように聞こえた。
そんな言い方をした理由はすぐに分かった。
というのもまもなく「丘」を登り始めることになったからだ。
もはや走るというよりは、急な坂にさしかかって足をとられているというほうが近く、
地面が傾いたランニングマシーンのように感じられた。
道の終わりに向けて一足踏み込むと同時に私は村上に向けて「大きい丘でしたね」と言った。
そこで彼は指をさして、先にジグザグ道が続いており、私たちはまだほんのひと曲がり目を終えたにすぎないということを教えてくれた。しばらくして、二人の息が切れ切れになってくると、このジグザグ道には終わりがないのではないかと心配になってきた。
上へ、上へ、上へ。
しかし、やっとのことで、私たちは頂上に着いた。
海ははるか下に見えた。
それは秘められた巨大な水世界、日本とアメリカのあいだの、人が住まない世界だ。
その日見たかぎり、水面は静かだった。
そして私たちは下りを走り始めた。村上は村を通る道に誘ってくれた。
大通りのサーフショップ、漁師の家がならぶ界隈を通り過ぎた(彼はそのあたりの庭に古くからの「漁師神社」があるのを指差して教えてくれた)。
空気は湿っていて塩のにおいがした。
私たちは並んで浜まで走った。
村上がかつて名もない翻訳者だったころセントラルパークでジョギングをともにしたジョン・アーヴィングについて話をした。
セミについても話をした。
何年も土のなかで生き、地表にぽっと出て、わめき、最後の数ヶ月を木の上で過ごすのは、どんなに変だろうかと。
走り終えて家にもどると、私は村上の来客用バスルームで着替えた。階下で彼を待つ間、食堂のエアコンの風を受けて立ち、大きな窓からハーブと低い木のある小さな裏庭を見ていた。
最初それは鳥 – おそらくはその飛び方からして変な毛をしたハチドリのようにみえた。
が、すぐに2羽の鳥がくっついているようにみえだした。
飛ぶというよりはふらついているといった感じで、体の一部がそこかしこから垂れ下がっているようだった。
最終的に、それは大きな黒い蝶だと私は結論づけた。
見たことがないほど変な蝶だった。
浮かびながら、異星の魚のようにひらひらしつづけるその姿に幻惑させられ、
私はそれを既知の何かに分類したくなりかけたが、成功することはなかった。
それはひらひらと、およそ村上と私が走った道を引き返す形で、山から海に向けて飛び去った。
蝶が去ってまもなく、村上は階段を降りてきて、食堂のテーブルに静かに腰を下ろした。
見たこともない奇妙な蝶に遭遇したことを伝えると、彼は自分のボトルから水を飲み、私を見上げて言った。
「日本には色々な蝶がいる。蝶に会うのは変なことじゃない」
年の瀬に少し時間ができたので、再レス。恵まれた人だなあ、というのが言葉にならない気持ちを代弁してくれてたので、あらゆる意味で頷いてしまったんだ。でも折角やりとりがあったので、今更だけど返信をしようと思う。
元の記事を見た上でその提案だとしたら、夢一杯すぎて話が通じない感があった。沢山の問題提起を無視しての語りだと思わないかい。夢という結論ありきで文章を読んでいなかったかい。この提案をやろうと腰を上げ実現させる図書館は、数少ないがあるかもしれない。だがそれはあなたが見落としたり無視してしまった問題点を必死で解決してこぎつけた奇跡の催しなんだ。
というわけで、中途半端にしか仕事を理解していないなりの、問題点を挙げておく。
「図書館は人も予算も足りない」から廃棄本の話題が出たことを念頭に入れて、下記の問題点について考えてほしい。
・廃棄処分を「探検隊」の方々に提供するための体裁をどうやって整える?
(捨てる場合、紐とじや箱詰めで積み上げてる場合がある。それを崩して怪我がないよう整頓し催し物の体を整える。)
・催し物のお知らせ、人員を割く、場所の確保を、誰がどうやる?
どういう規模を想定しているんだろう。とりあえず名称からして、最低限の「稀覯本図書館」について考えてみた。
必要なもの:土地代、施設建設費、維持費、運営費、責任者、職員、書籍の修繕費、修繕の専門家(日本じゃ育たない)、資料を提供するためのデータ、図書館間でデータ共有するための加入金、盗難防止の対策(費)、…まだありそうだけどこんなか?
歳を経た方々にそういった催しを提供するだけなら、市や区を巻き込んだ企画が必要かなと思う。
有志のボランティアが企画、スポンサー見つけて開催までこぎつける。その過程に図書館を巻き込む、ってならまだ実現が見込めるよ。今なら老人向けサークルやグループホームなどに声をかけるのも面白いかもしれない。
図書館が動くのは難しくても、催しに乗っかるだけ(本を提供するよっつって資料の運び出しもボラさんと共同で)なら多少開催しやすそうだ。図書館という一団体にメリットがあるからね。宣伝になるし、図書館運営しながら本もより良い形で処分できるしさ。実績として残るから広報としても次の催しに乗っかりやすく、よく言われる「開かれた図書館」ってスローガンを実践しましたっつって上にアピールもしやすい。
善意と熱意だけで施設を動かすのは難しい。営業と同じ。
本が好きってだけじゃ動かし難い問題は山積してるけど、やりようと手配次第で不可能ではないかもしれない。
…ボラ主催じゃなくても、図書館の要らない本を持ち帰ろうってだけの催しなら、既に各地で行われてるんだけどさ。
他人に仕事を押し付けやがって、それだから駄目なんだ、と思わせたらごめんな。
美味しいとこだけ持ってくのは意外と難しいものなんだ。次に繋がらないしね。
http://anond.hatelabo.jp/20111017150724
とても勉強になった。
千冊処分するために、千冊それぞれ個別に起案を出さんといけないとか、ありえて嫌だ。
ホントにご苦労さまだよね。でも、日本はこれから超高齢化社会だ。つまり「知識はあるけど、稼ぐのに時間を使う必要の無くなった、目利きのご老人」がたくさん居る社会になる。「稀覯本探検隊」を結成して、各図書館に突撃。廃棄処分が決定している本の中から、1週間で稀覯本を探し出す。その本を譲り受けるのに必要な書類を探検隊が用意し、サインと判子で譲渡終了。受け取った本は私設の「稀覯本図書館」に持っていかれる。重複する図書は売り出されて、売り上げで図書館が運営される。
って、事業モデルじゃダメかなあ? 私自身は品物としての本の価値はわからないけど「貴重な文化遺産」ってのはわかる。保存できるのならしたいよね。
ドリランドだが。
一直線なダンジョンで、ランダムにアイテム拾って、時々ボスと戦うだけ。
このゲームで人間同士を合体させるという非人道な行いを経験してしまうと、
悪魔合成がひどい行いであることを自覚してしまって、次からメガテンシリーズがプレイできなくなる危険がある。
吐き気に耐えながら合成をやって見るわけだが、これがまたしょぼい。
ノーリスクであり、劇的な変化などは一切ない。テキトウに合成したら成長する。そんだけ。
無料キャラでいくら合成を繰り返してもそこそこの所で成長が止まり、
有料ガチャでスーパーレアキャラをひくほうが100倍強いため、虚しさも相当なもの。
しかも、どんだけ上手に立ち回っていても疲労度というのがあり、
サマルトリアの王子が目の前にいても3時間裸で正座待機余裕でした、とかになる。
そもそもあらゆるシーンで、「次へ」より上に「有料アイテムのおすすめ」があり、
仲間よりも商人が身近にいるという不思議な感覚を味わうことになる。
(商人のメッセージはスクロールしなくても読める。 「次へ」は画面の制約上、スクロールしないと読めない)
トライエース好きには・・・ってそもそも戦闘にアクションとかないから。
まぁ、ラストリベリオンが好きで好きでしょうがないという人なら楽しめるんじゃないかな。
ぶっちゃけやってることはレベルを上げて物理で殴れば良い、くらいだから。
ここまでが前フリ。
このゲームやってて「エルファリア」というクソゲーを思い出した。
戦闘は全部オート。プレイヤーに許されているのは「回復する」か「戦う」のみ。もちろん「回復する」は有料ですがなにか?
バトルシステム以外にも、ドリランドとエルファリアにはかなり共通点がある。
・エルファリアは戦闘でのレベルアップは一切無く、敵が落とすアイテムで自分を強化するというシステムになっている。
アイテムを落とさなければ、いくら戦闘してもムダ。戦闘自体にも工夫の余地なし。
レアアイテムを引き当てるまではひたすら戦闘と言う名のガチャポンに耐えるという作業。
・しかも、エルファリアのザコ敵は体力がこちらとあまり変わらず、しっかり弱い敵を狙うという賢いAIが搭載されていて非常に強い。
そのくせ、アイテムドロップ率は非常に低く、レアアイテムを落とす確率はもちろんさらに低い。
そのため、不毛な戦闘を何度も何度も何度も繰り返すという苦行。
・ダンジョンのしょぼさは異常。ぶっちゃけ、マップ移動いらない
http://www23.atwiki.jp/ksgmatome/pages/700.html
http://www.nicovideo.jp/mylist/7864917
というか、コレ読んだほうが早かった。ごめん。
同じ年にFF4が出ていたことを考えると、こんなクソゲーを世に送り出したハドソンのゲーム製作者はマジキチとしか言いようがない。
ちなみに私は100円で買ったがこのゲームほど買ったのを後悔したものは未だかつて一度もない。
しかし、いまやこのクソゲーが、ちょっと洗練させることにより、今ではFFなどのビッグタイトルをはるかに上回る金を生み出しているわけだ。
よくよく観察するとw
直近の投稿?何?スゴすぎ?会社で勉強大会しているのかなぁ~^^;
http://ameblo.jp/mystandardjp/entry-11018488804.html
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■ 9月15日の話題
9月15日(くがつじゅうごにち)はグレゴリオ暦で年始から258日目(閏年では259日目)にあたり、年末まであと107日ある。
1590年 - ウルバヌス7世 (ローマ教皇) ウルバヌス7世が教皇 ローマ教皇に選出される(在位13日で死去。在位期間史上最短の教皇)。
1821年 - コスタリカ、グアテマラ、ホンジュラス、ニカラグア、エルサルバドルがそれぞれスペインからの独立を宣言。
1830年 - イギリスで世界初の鉄道開通。開通式典で死亡事故。
1835年 - ビーグル (帆船) ビーグル号による世界探検を途上にあったチャールズ・ダーウィンがガラパゴス諸島に到達する。
1868年(慶応4年7月29日 (旧暦) 7月29日)- 戊辰戦争: 二本松城が落城する。
http://mystandardjp.cocolog-nifty.com/
旧暦9月15日は9月 (旧暦) 旧暦9月の15日目である。六曜は六曜#大安 大安である。
慶長5年(グレゴリオ暦1600年10月21日) - 関ヶ原の戦い
慶長18年(グレゴリオ暦1613年10月28日) - 支倉常長ら仙台藩の慶長遣欧使節が日本を出発
建炎4年(ユリウス暦1130年10月18日) - 朱子、朱子学の祖(+ 1200年)
貞享2年(グレゴリオ暦1685年10月12日) - 石田梅岩、思想家(+ 1744年)
文政8年(グレゴリオ暦1825年10月26日) - 岩倉具視、政治家・明治維新の元勲(+ 1883年)
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チャンピオンズリーグ | 今ホットな話題情報
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■ チャンピオンズリーグの話題
大会名
開始年 1955
終了年
参加チーム数 32
(3回目)
(9回)
備考
欧州クラブシーンにおける最も権威ある国際大会であり、各国リーグ戦の上位クラブが総登場することから世界的な注目を集める。勝ち上がるごとにクラブには莫大な収益がもたらされ、優勝クラブは名実共に欧州一の称号を得られることから、自国のリーグ戦よりもこちらで勝つことを優先しているクラブも数多い。
優勝クラブは「クラブ世界一」を決めるインターコンチネンタルカップ (サッカー) インターコンチネンタルカップやFIFAクラブワールドカップへの出場権を得られるが、世界の有力サッカー選手は軒並み欧州のクラブに集中しているため、この大会で優勝したクラブが実質的には世界一のクラブであるというのが衆目の一致するところである。
http://w.livedoor.jp/nihonerimo/
■ チャンピオンズリーグ (曖昧さ回避)の話題
チャンピオンズリーグ(Champions League)
EHFチャンピオンズリーグ(ハンドボールのヨーロッパクラブNo.1を決める大会)
FUTSAL地域チャンピオンズリーグ
チャンピオンズリーグ (麻雀)
cs:Liga mistr?
da:Champions League
Champions League
http://www.geocities.jp/nihonerimodel/
■ チャンピオンズリーグ (麻雀)の話題
チャンピオンズリーグは、日本プロ麻雀連盟が主催する麻雀のタイトル戦。
古くは内外タイムス杯。2001年度前期までは王座杯という名称。2001年度後期よりチャンピオンズリーグへ改称。
半荘4回戦×5節。1半荘は時間制限ありの50分+1局で打ち切り。準々決勝からは現チャンピオンズリーグの1名を加えた16名で行う。決勝は準決勝勝ち上がりの4名で半荘5回戦。その半荘5回戦合計総合計ポイントトップ者が今年度の優勝者となる。
http://d.hatena.ne.jp/riyot/20110710/1310309043
http://yaraon.blog109.fc2.com/blog-entry-2780.html
私は荻窪駅徒歩n分圏内に住んでおり、毎日荻窪駅を利用している者です。
さて、ピングドラムなるアニメの主人公らの自宅があり、あずささんがインタビュー中に迷い込んでしまったとのことで、聖地と化す可能性が高い荻窪駅周辺。既に多くの方が聖地巡礼と題し、荻窪駅周辺を探索してらっしゃるそうです。
電車によるアクセスが良いため、今後も巡礼者が増えることが予想されます。荻窪在住の者として、これは非常にうれしいことです。しかし、聖地巡礼にまつわるトラブルの話も絶えませんので、荻窪もそういったことに巻き込まれないかと心配されます。
当然、マナーは守っていただきたいですね。これはどこに巡礼する場合でも同じです。ですが、荻窪の場合は特に、通行の妨げだけはなさらぬようにお願いしたいのです。
それってマナーのうちに入るよね?と思われるかもしれませんが、人が多く、道が狭い荻窪駅周辺でこのマナーを守るのが難しいのです。
荻窪駅は1日あたり延べ15.5万人(JR 8.5万人+東京メトロ7万人)が利用する駅ですので、新宿駅や池袋駅ほどではないにしろ、人が多いです。荻窪駅はJRの他の駅と違って南北が線路によって分断されており、荻窪駅そのものが南北を介する通路となっている関係で、駅そのものの利用者は鉄道の利用者だけではありません。
さらに、専業主婦の方が大勢暮らしていらっしゃいますので、朝と夕方のラッシュのみならず、昼間の時間帯もかなり人が多いです。
荻窪駅周辺は、基本的にすべての道が狭いと思った方がいいです。アニメに登場する場面は往々にして車の通行が多く、ガードレールで守られた安全地帯は2人がすれ違うのがやっと、という狭さです。
つまり、1人立ち止まるだけで、すれ違うことすら難しくなるということです。
例えば、アニメと同じ構図で荻窪駅南口2番出口の写真を撮影するためにはカメラ屋の前で構える必要がありますが、この位置はガードレールで守られた領域の中でもかなり狭い方です。立ち止まるだけでも通行の妨げとなってしまいます。それでいて、駅前ということで通行する人間の数が非常に多いです。通行を妨げられた住民は逃げ場所がありませんので、ここで通行を妨げることは多くの住民の反感を買うことになります。
旅館西郊もOKストアも、ガードレールの中からの撮影になります。特にOKストアは目の前が環八通りということもあり、通行人の数はかなり多いです。
通行を妨げてはならない理由は、地域住民から不審者が増加したとみなされた場合、(良い、悪いに関わらず)巡礼者そのものが排斥対象となってしまうことが予想されるからです。
これは過去に発生した抗議運動からわかるのですが、地域住民は自分の子供が安全に過ごせることが一番大事であり、これを脅かしかねない事態には断固反対します。例えば、荻窪駅南口前を通る道路は片道通行ですが、両面通行化する計画が過去にあがっていました。道の幅は両面通行するには十分でしたが、住民の反対にあい、今もなお片面通行のままです。反対の理由は、両面通行にすることにより車の通行が増大し、それに伴って(主に子供の)交通事故が増加することが懸念されるからでした。
何が言いたいかといいますと、これほどまでに慎重な方々が大勢いらっしゃる中で、巡礼と題して不審な行為を敢行する勇者が増加傾向にあると発覚したら、不審な行為をはたらいていた者のみならず全巡礼者がただではすまないということです。これは荻窪に限らず、人口の多い地域における聖地巡礼が孕むリスクです。
通行を妨げ、カメラで特定箇所の写真だけをバシャバシャ撮るというのは、撮っている本人が思っている以上に不審な行為に見えます。少なくともアニメを見ない、インターネットも使わない層の方が、特定箇所に集まって嬉しそうに同じものを撮影する方々(しかも面識は全然無い)に対して悪いとは思わなくても「何をやっているんだろう…」と不審に思うことは、想像に難くないでしょう。
巡礼者が歓迎される対象になるには、とにかくマナーを守ること。怪しまれるようなことは慎むこと。そして、その上で地域住民の方に感謝されることです。
撮影スポットに人があまりいない場合は撮影をすぐさま終わらせ、その場からすぐに立ち去ってください。
撮影スポットに人が溢れかえっている場合は、荻窪近辺の店で適当に時間を潰したのちに再チャレンジしてください。
残念なことに、撮影スポットの多い南口には時間の潰せそうなメジャーなお店があまりありませんが、北口や西口にはそれなりに有名なお店が並んでいます。
(他に良さげなお店があったら追記します)
とても過ごしやすいマイナーなお店もたくさんありますが、それはぜひともご自分で探検していただければと思います。
再会といっても決してロマンティックな展開ではなく、街角で彼女が新しい彼氏と手を繋いでデートしているときにたまたま僕が出会ってしまうというシチュエーションだ。
彼女の話によると、僕と別れてから数々の男から告白され、そして付き合ってきたという。
僕は夢の中で必死に「嘘だ!!嘘だ!!」と叫んだ。
そして目が覚めた。心臓の鼓動がかつて無いほど早くなっていた。夢だと分かって安心できるはずなのに、心のどこかで「これは現実に起こってることかも」と思ってしまい、いつまでたっても落ち着きは取り戻せなかった
元彼女といった方が正しいのかもしれないが、彼女とは高2で初めて同じクラスになった。
初めて彼女の事を見た時は別になんとも思わなかった。せいぜい「へぇ、かわいい感じの人だね」ぐらい。普通の話の展開だったら運命的なイベントがあるのだろうが僕たちには全く無かった。同じ委員会を通じて仲良くなったりだとか、学校祭で同じ作業をしているうちに仲良くなったりだとか、そういうジャンプのラブコメで起こるようなイベントは本当に皆無。
思い起こしてみれば僕が彼女の事をハッキリと好きだと自覚する前に、彼女と接した機会なんか無かったような気がする。せいぜい席が隣になったときに、僕があんまりにもティッシュで鼻をかむので「鼻炎?」といわれて「いや、花粉症」と答えたのみだった。彼女を好きになった理由なんて今になってもわからない。ただ気付いたら好きになっていた。
それまで女の子と付き合ったことの無い僕としては、例によって彼女に話しかける事など到底出来なかった。ましてアドレスを聞いたりするなど恥ずかしくて死んでしまいそうだった。彼女の事を好きだと自覚したのは9月ぐらいだった。そこから毎日のように友達に「今日こそアドレスを聞いてやる」だとか言っておきながら半年も聞けずじまいで、結局3年生になってしまった。
3年生になると彼女とはクラスが別々になってしまった。臆病な僕は廊下で彼女とすれ違っても話しかける事など出来るわけも無く、ただただ毎日悶々としていた。どうせ話しかける勇気なんか無いくせに頻繁に廊下に出ては、彼女が来ないかどうかを待ったりしていた。向こうのほうから彼女が歩いてくるのが見えるとムダにロッカーの中を掃除したりして時間を稼ぐが、結局彼女は僕の前を通り過ぎていってしまうだけだった。一体何をやってんだか
やっとアドレスを聞けたのは5月だった。6時過ぎの誰もいなくなった校舎で、たまたま彼女と出会った僕はこのチャンスを逃したら一生アドレスを聞けないと思い意を決して聞いた。「前から聞きたかったんだけどアドレス教えてくれない?」こんな簡単な言葉を僕は思いっきり噛み倒した。意味はどうやら通じたようだが、彼女はアドレスを教えるのに嫌そうな顔をした。僕はなんだか心がポッキリと折れてしまった。確かに彼女のことは好きだが、自分に興味がないと分かった以上どうしても積極的に行動しようとは思えず、それ以降言葉を交わしたりはしなかった。
自分で言うのもなんだけれども彼女はとても可愛かった。可愛いというよりは美人でとても上品だった。確かに彼女よりも可愛い子や美人な子は腐るほどいる。傍から見たら彼女は普通の子にしか見えないかもしれない。だけど僕はなぜか彼女のことしか本当に可愛いと思えなかった。それはなんでか未だに分からないけど
そんなかわいい彼女のことだからきっと彼氏はいるんだろうなと考えてしまうのも手伝って行動できない僕。ウジウジしながら毎日を送っているともう8月になってしまった。すると突然彼女からメールが来た。
なんとでもないフツーの事務的なメールだ。だけど僕はメールを受信したとき飛び上がるほどうれしかった。たったこれだけのどこにでもある、なんの感情もこもってない単なる確認メール。急いで僕は返信した
「うん、あるよ。忘れないようにね」
恐らく僕はこの返信を100回ぐらい見直したし、送信ボタンを押す前に100回ぐらい深呼吸した。こんな事務的なメールだけど彼女とやり取り出来る事にたまらなくドキドキしていた。今思うとすごいバカだなって思う。ちなみに彼女とは高3で同じ委員会に偶然所属することになったけれど、当然のことながら委員会で会っても目も合わせれなかった。
それからというもの彼女からはどれも事務的な内容だけどたまにメールが来るようになった。メールが来るたび僕は本文を100回読み、返信を100回見直し、送信ボタンを押す前に100回深呼吸した。気付けばいつも携帯を手にし、彼女からメールが来るのを待っていた。そして同じ彼女のメールを何回も何回も読み直していた。
卒業式も間近。気付けば彼女とそこそこ喋れるようになっていた。臆病が故に自分からは殆どしないが、メールが来ればかなり何通にもわたってやり取りをするようになっていた。ただそれでも自分から告白しようとは思えなかった。本当に僕は勇気がないのだ。勇気がない上に変なプライドをこじらせている為にやっかいなことになっていた。僕は「あの子が好きだから同じ委員会に入る」だとか「あの子が好きだからあの子と同じ趣味をもってみる」ということが出来ないのだ。…本当は素直にしたいんだけど。だから心のどこかで「あぁ、自分は告白できないまま卒業しちゃうんだろうな」と思っていた。
だけどチャンスはやってきた。卒業式の前日、有志で式の準備を手伝っていた僕と彼女はたまたま二人っきりになる機会があった。その時僕は思った。ここで言わなかったら一生後悔するって。
「やっぱ俺、好きだわ。俺と付き合ってくれん?」
多分こんな様なことを言った気がする。人生ではじめての告白だ。僕は緊張の度が過ぎて顔が真っ赤になるどころか逆に血の気が引いていた。
国公立の入試が終わった後、僕たちは初めてデートをした。その時点で彼女は大学が決まり、僕は浪人することが決まっていた。初めてデートで行ったのはボウリング。自分ではボウリングがうまいと言っていたのに最初はガーターだった。僕はたまらなく恥ずかしくなった。しかし時間が経つにつれ段々と緊張がほぐれ、ピンを多く倒せるようになった。それにスペアやストライクをとると彼女が僕にハイタッチをしてくれた。僕は彼女とハイタッチがしたくてピンを倒そうと必死だった。
それからというもの僕たちは本当に頻繁に会った。付き合うに至るまでに僕たちはまともな会話などしたことなかったし、ましてお互い共通の話題なんかありそうにもなかったのでこれから付き合っていけるかどうか心配だったが、実際そんな心配必要なかった。確かに共通の話題、趣味などないし、価値観も違ったが、なぜか一緒にいると楽しかったし、落ち着いた。何よりも沈黙していても気まずくないのだ。多分デート中一言も喋らなくても良かったと思う。
多分僕はこの辺りが人生で一番楽しかったと思う。自分が一年半以上好きだった人とやっと結ばれて、しかもこんなにも一緒にいて楽しい。あとなんで彼女が僕の告白を受け入れてくれたか聞いたところ「最初はすごい不真面目な人だと思ってたけど、案外真面目で驚いたから」だそうだ。まぁ僕も彼女の事を好きな理由なんて無いに等しいけど、彼女の方も彼女の方でどうかと思う。
デートは本当に色んな所に行ったと思う。いわゆるデートスポットではなくふらっとそこら辺を歩いて、気になるところがあれば探検した。そして日が経つにつれ、勇気出して手を繋いでみたり抱きしめてみたり。手を繋いだだけであんなにも心臓がバクバクするだなんて思ってもみなかった。あと初めてキスもした。心臓が破裂するかと思った。何もかもが本当に楽しかった。
しかしそんな楽しい日々はあっという間に終わる。付き合い始めて3ヶ月。今となっては思い出せないが、ちょっとした事で喧嘩をした。お互い付き合うのが初めてということで色々遠慮していた部分があり、それなりに不満があった。それが爆発してしまったのだ。あの時の事を必死に思い出そうとしているが、断片的にしか思い出せない。ただ最後に僕が何かひどいことを言ってしまったんだと思う
「きっとお互い求めるものが違ったんだよ」
彼女は最後にこういった、と思う。僕は彼女のことが好きで好きで仕方なかったが、結果として彼女は実際そこまで好きではなかったのだ。逆に僕が好きすぎたのがいけなかったのかもしれない。僕は彼女によく好きだということを言っていたが、彼女はあまりそういうことを言ってくれなかった。だから僕はよく彼女に「好きって言って」と要求してしまった。僕は絶えず不安だった。やっとの思いで付き合えるようになった彼女が誰かに取られてしまうのではないか?そもそも彼女は僕のことを本当に好きなのか?彼女と一緒にいれば一緒にいるほどその不安は強まっていった。
「本当に俺のこと好きなの?」
僕はよく訊いていた。その度に彼女は「うん、好きだよ」と言ってくれた。ただそれだけでは不安は消え去るわけなかった。だけど表面上は普通に振舞っていなければいけない中で、だんだんと不満が溜まっていったのだ。
彼女と別れた夜、初めて泣いた。それまで本や映画を観たって、それに親戚が死んだ時だって泣いたことなかったのに、いつまで泣いても涙が止まらなかった。
それからというもの僕は全ての事に身が入らなくなった。しなきゃいけないはずの勉強もなんのためにやるのか分からなくなった。何をやるにしても彼女の事を考えてしまい、それだけで時間があっという間に過ぎていった。早く忘れようとしても、忘れようと意識すればするほど、どんどん彼女の事を考えてた。
そんな時予備校で一人の女の子と出会う。その子は高3の現役生で、僕のことを好きだと言ってきた。前の彼女とは全くタイプの違う可愛らしい子で、顔のレベルで言ったら彼女の遥かに上だ。半ば自暴自棄になっていた僕はその子とデートした。
いざ話してみるとすごく気が合って、いつまででも話が続いた。それに沈黙しても気まずくなかったし、よく僕のことを好きだといってくれた。性格もとても素直だし、まさに僕の理想の子だ。僕はこの子のことが好きになった。3回目のデートで早くも僕はキスをした。
「違う」
僕が望んでいたはずの子が目の前に現れたのに、僕は全く好きになれなくなってしまった。この子のことを好きになる要因はあっても、嫌いになる要因はない。だけど好きになれない。しかし彼女のことは、嫌いになる要因はいくらでも思い浮かぶのに、好きになる要因は全く思い浮かばない。だけど好きなのだ
その子には本当に悪いことをしたと思うが、その日にやっぱり付き合えないと断った。その子は泣いていた。自分は本当に馬鹿だ。キスしといて付き合えないってなんなんだよ。
その流れのまま僕は毎日を過ごし、結局僕は地方のFランク大学に入学することとなった。とても浪人して入学しましたなどとは言えない大学だ。
大学に入学すると、当然女の子との交流もある。特に自分の大学はグループワークが多く、嫌でも交流することになってしまう。
女の子と喋るたびに思う。「違う」と。
いつも考えるのは彼女のことばかりだ。違う子と話すたびに「彼女だったらこう返してくるのにな」と考えてしまう。もう別れてから何ヶ月も経っているのに。
はっきりいって僕の話はどこにでもある話だ。普通のサエない男に彼女が出来て、あっという間に別れてしまった。大して運命を感じさせるエピソードがあったわけでもなく、なんとなく付き合ってなんとなく別れた。友達に話したところで「もう忘れなよ」と言われるのがオチだ。「なんでそんなに前の彼女に固執するの?」と言われてしまったら僕はもう答えることが出来ない。だけど未だに彼女のことが好きなのだ。
世の中の人は皆、前の彼女のことや彼氏のことを簡単に忘れられるのだろうか?僕にはそれが不思議に思える。彼女と別れてから、彼女といたときより楽しいと思ったことなんか1秒だってなかった。彼女が自分以外の男と笑いあってるところを想像するだけで頭がおかしくなりそうだ。世間では、いろんな人と付き合ってみて、その中から一番いい人を選ぶみたいな考え方があるみたいだけど僕にはよく分からない。
結局自分が一番何に腹を立ててるかというと言うと、それは自分になんだと思う。いつまででも意味もなく彼女のこと好きで、なんでも彼女を基準に考えて、彼女以外いい女はいないと信じきってる。もう別れてから4年近く経ってるけど、未だに考えが変わらない。友達の中には「いつか忘れられるよ」といってくれる人がいるけど、心の中じゃ「忘れられない。忘れたくない!」って思っている自分がいる。色んなことにもっとスッパリと'理由'があれば、僕も楽になれる気がする。理由がないからいつまでたってもその理由を追い求めてしまう。
今日見た夢は本当にハッキリとした夢だった。今でも内容を細部まで覚えていられる。夢の中とはいえ、久しぶりに会った彼女はやはり他の誰よりも可愛かったし、美人だった。多分これからも彼女のことは考え続けてしまうと思う。たとえ目の前に考え続けなくてもよくなる'理由'が出てきたとしても「嘘だ!嘘だ!」と叫んでしまうと思う。
ブルッドメントは止まらない。
素敵な情熱が俺を包み込む。
神よその大きな手を。
それは茨の冠。それは愛。
俺は神となる。
別に人を殺さなくてもいいのにね。
ぷしゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ぷっぷしゃーーーーーーーーーーーーーー
マジキチ。どうでもいい。くだらねぇ。
収まり固まりイケメンへと変身!
自分の力で生きていけよ。分かってる。分かってるんだよ
かかってる。かかってるんだよ
命がかかってるんだよ。人が一人死んでんねんで!!
ぐちゃぐちゃ。
もう脳みその中ぐちゃぐちゃ。
同じ気持ちで
げろげろちゅっちゅ。
ナイスデース
君は歌うよサラミングル
サランラップの歌を。
本物のラブストーリー。
なってみろよ、やれるもんならな。
簡単だぜ?面白い文章を書けばいいんだ。
誰よりも面白い文章を書けばいいんだ。
ブッ壊す!!!!!!!!!そのふざけた幻想をぶち壊す!!
やっぱり楽しいのがいいよね。
めくるめくヒストリーだよね。
ナタを持って、竜宮レナのように全てを切り裂く。
パイパイパンチだぜ。○(#゚Д゚)=( #)≡○)Д`)・∴'.
ヽ( ・∀・)ノ┌┛Σ(ノ `Д´)ノ
デンジャラスじーさんだ。
手打ちでいくよ。僕は。
大絶賛好評発売中だよ。
報われなくても僕は文章を書くよ。
同じ意味のことを何度だって言っているさ。
くコ:彡
黙れ小僧!!
ナッシングユー。
知っていることは沢山あったほうがいいのでしょう。
マジキチ。
果てのない戦いにまた巻き込まれそうなの。
いくら書いても書いても報われないの。
仕方ないね。
ろうそくの火に指を通すような気持ちだ。
象に踏み潰されるような気持ちだ。
http://blog.livedoor.jp/taitiro/archives/1194001.html
なんだかなぁって感じ。
この人は自分の言いたいことを言うために旬なものを引き合いに出すから、いつも言うことが破綻する。
結論ありきの論立てだから。
ところが、このABにおいては、実際は復讐がなされたり、何か世界が変わったわけでもないのに、「成仏」が極めて喜ばしい物として描かれ、そしてそれにより、本来未練がいっぱいあったはずの現世も、当人たちにとってとても喜ばしいものであるかのように描かれる。これは一体何なのか?
とかバカか。
ABの学園は現実に復讐するための場所ではないんだよ。
「耳すば」で死にたくなるような人向けの場所なんだよ。
誰だって一度は思ったろ、世界を救う英雄な自分とか、何でも出来る完璧超人な自分とか、大金持ちの自分とか。
そういう願望を実現する場所なんだよ。
そして、それに満足したら消えていく。
遺族が満足するための靖国じゃない。
だから、あそこは本来の意味的にも、現実なんかより全然楽しくなくちゃいけないんだ。
探検も出来るし、戦争も出来る、世界経済を操ったり、夢の新技術を編み出したり、幽霊と交信したり、なんでも出来なきゃいけない。
うつ病の人にガンバレと言ってはいけないように、そういうものが救いになる人がいる。
これはこれであっても良いとは思う。
視聴者にすればこれをメタ視点で見せられているからで、遠まわしに「お前ら卒業しろ」と提示されているからなんだよ。
でも、現実で「卒業」するためには、現実の自分が承認される必要がある。
天才でも、英雄でも、人気者でもない自分が承認される必要がある。
だから、あれはチグハグなんだ。
エヴァと一緒。
エヴァにも乗れないし、周りにはアスカもレイも居ない、誰もオメデトウなんて言ってくれない。
そういう意味で、あの世界で最後「音無」が醜くあがくのは、凄く効果的なんだがね。
誰だって、あの音無には嫌悪感を抱くだろうし、ゆりかごに留まる事を醜く思うだろ?
でもさ。
もう、いいじゃんかさ。
「天使ちゃんマジ天使」で。
その何が悪いんだよと。λ....
元増田だけど、カールじいさんの空飛ぶ家に関しては、実は夢でしたでもまったく問題ないと思うけどな。
妻を亡くして人生を振り返ってみれば、幸せだったけれども、ほしかった子供はできなかったし、南米の奥地に探検に行きたいという妻の望みも果たしてやれなかった。できなかったことを今から悔いてももう遅いし、いまさら新しいことをする気力も体力もない。ひたすら過去を懐かしむ頑迷な老人になり、やがて不運な事件を起こして老人ホームに強制入所させられたカールじいさんが、人生の最後に夢の中で、自分の果たせなかった人生のやり残しを実現して幸せに息を引き取る。体が動かなくなって家も取り上げられ、老人ホームに押し込められて惨めな老後を過ごしていたカールじいさんが、最後に見る夢の中で、欲しかった子供と一緒に冒険をして、妻が行きたがっていた南米の奥地に到達し、新しい仲間たちに囲まれて新しい人生のスタートを切る。現実は病室のベッドだけれども、カールじいさんは夢の中で人生の総括をすることができた。
二文は早稲田の名物学部で、確かに早稲田の中では偏差値60程度と低いが、
それでも「夜間」と括れる学部じゃないよ。(そもそも、あれは夜間部ではなく独立学部)
他の所謂「二部」とは就職実績も入学難易度も比較にならない。マーチ中堅よりは高いはず。
そして早稲田らしさが一番出てる学部。
とにかく変人が多く個性派も多い。ある意味浮世離れした良さがあった。
留年率も非常に高くよくわからないことをしている学生も多い。所謂サブカル・アングラと言われるものの中心地。
元増田が「近寄るな」といいつつ寧ろ勧めてるようにしか見えない「演劇」や「探検」と同様に
早稲田を代表する個性的なものだよ。早稲田について少しでも知ってたら
元増田がむしろ二文を非常に好んでいることに気づいたはず。
というか俺は社学の出なんだけども、
早稲田の「夜」の部は、ネタとしていじられることを別段苦にしないよ。
それはもう学部のカラーとして明確にあるし、内部にいてそれを苦にしてる人間なんかまずいない。
早稲田自体にあるお馬鹿キャラ同様に別に気にしてない、それどころか誇りにしてることさえある。
そもそも二文は就職しようとする人間の絶対数が驚くほど少ない学部なんだけど、
本気で就職しようとしたらそれなりのところに決まる学部。増田の言うような苦労は二文にはない。
で、なに?早稲田辞めて旧帝辞めてさらに中堅私立に入りなおしたって?
早稲田から東大目指す仮面浪人は確かに一定数いるが(元増田が恐らく所属しているであろう一文or二文にはまずいないけど)
早稲田から旧帝目指すヤツなんていんの?
なんか「早稲田受かった」とか言ってる奴いるし、もしかしたら需要あるかもしんないんで。
早稲田とお茶の水(駿台)のアクセスを考えると、両国以東がいいじゃないか。どうせ大学の授業にでないんでしょ? やっぱり毎日通う駿台へのアクセスを重視するのが吉。亀戸あたり区立図書館の自習室も充実しているよ。
授業登録とかしとかないとな。いや最近はネットでやるの? まだ入学していないから良く知らん。あと、センター試験の願書をちゃんと出すこと。仮面の場合、出し忘れたりする。
でも、ぜったい仮面浪人ですって顔をしちゃいけない。ポーカーフェイスが仮面浪人の必要条件。仮面の皮を鍛えろ!
どんだけIT化されようと、受験勉強は紙とシャーペンが基本。消しゴムのカスが大量発生するから掃除機は必須。ハンディタイプが吉。浪人生活はメリハリがなくなりやすいので蒲団で、寝ている時間・勉強している時間を明確に分けた方が良い。
仮面浪人でいちばん失敗しやすいのがメンタル的に調子を崩すこと。大学でも予備校でも微妙な立場だが、同志を見つけよう。大学図書館の机に「仮面浪人してます。友達になりませんか。メアドは…」とメッセージを刻んでおけ。だれかは電話してくる。
まあ、浪人は痩せるよりも肥えるくらいがちょうどいい。
合格する気あんの?
もちろん、駿台の。
大学であんまり友人を作ってしまうのも問題。初志貫徹できません。
興味ない。
まあ、仮面浪人というのは究極の非モテです。いじめられます。死ねと言われます。実際、何人か死にます。さようなら。
いや、自分は早稲田に行っておけば良かったと後悔しております。田舎の高校だと早慶の大学生がどんな生態か分からんのよ。ネットもなかったし。大学生活じたいは旧帝大よりも面白そう。しくしく。
http://anond.hatelabo.jp/20100217113611
を読んで夜間学部への差別感情をとても不快に思った。夜間部を馬鹿にしながら「俺、早稲田だぜ!」って思い上がっている人間には「早稲田って仮面浪人される大学でしょ?」と突っ込みたかった。
いや、夜間学部を馬鹿にするような人間だからこそ、俺早稲田だぜ!と調子に乗っているのだろうか。
僕は旧帝大を辞めて、いろいろあって東京の中堅私大に入り直したが、そこで夜間部の人と交流して色々感じるものが多かった。夜間部の学生は貧しい家庭が多く(母子家庭など)、それでも大卒になるためにアルバイトを頑張りながら、授業もちゃんとこなして卒業していった。
しかし、就職氷河期のまっただなか、彼女たちは3年生のときから真面目に就職活動していても最後まで内定が取れずに派遣などになった。(男子はなんとかブラックに入った場合もある)。いったいここまで頑張っている人たちが報われないで良いのか、と他人事ながら憤りを抱いた。
なんか「早稲田受かった」とか言ってる奴いるし、もしかしたら需要あるかもしんないんで。
①住居
近い方がいいが、馬場は避ける。これヴェスト。たまり場になると留年は目の前だ。
リッチメンは神楽坂でも飯田橋でもその辺住むヨロシ。貧乏人は西武線の上石神井より手前辺りがお勧め。
通学として許せるラインは最悪でも田無。(西武新宿線の場合ね)
ただし、入学が決まってから家探しをする場合良質な物件は既になくなっている可能性がかなりある。
最悪、小川とか小平に住むことになってしまう学生が後を絶たない。最悪、クソパレスで一ヶ月しのぐのもあり。
四月・五月くらいになると引越しが遅れた奴らの物件がチラホラ出てきて、入居者も少ない時期なので
かなり安く入れることになる。また、馬場周りには学校の息のかかってる不動産屋があるし、
学校が紹介してくれるとこもある。そういうところを利用するのが賢い。
早稲田で「三畳一間の青春」的なものを送りたいヤツは、本キャンから早稲田通りに出る
メガネ屋付近の不動産屋を使うといい。三畳一間15000円とかある。あと、早稲田通りのマック辺りにあるトコもオススメ。
実にクソ極まりない物件がゴロゴロしている。そういう生活も案外楽しい。
家と駅の距離は徒歩15分を限界とした方がいい。地方民は普通に駅まで30分とか慣れてる場合も多いだろうが、
都会に来るとおまえは堕落する。留年へ確実に一歩近づく。学校からは多少遠くてもいいが、最寄り駅との距離だけはよく考えろ。
②食器は買うな
必要なのはテフロンのフライパン一個とどんぶり一個、それに包丁とまな板にハシ。
あとは適宜揃えればいい。手鍋が一個あるとさらに良し。
それに本棚だけは必須。なんだかんだと本は増えるし、積んでおくと図書館の本を失くしたり汚したりして
ひどい目にあうことがある。図書館のレア本を紛失すると学校にもあなたにも最悪なので、
この機会に本のありがたみをかみ締めるクセをつけよう。
③書類を忘れんな
奨学金の書類を出し忘れると死ぬぞ、気をつけろ。
他に「履修申請忘れたZEEE!」ってクズは毎年複数出る。
何とかなる場合もあるし、ならん場合もある。まぁ、なんていうか色々忘れないようにしとけ。
あと、忘れやすいのが年金の書類。学生猶予をきっちり申請しとけ、あと住民票も移したほうがいいぞ
のちのちめんどくさいからな。印鑑登録もしとけ、区民・市民カードなくすなよ。
④新歓は行っとけ
早稲田は予想外にタテの繋がりが薄い。新歓で早めに、「顔を合わせたら挨拶する」程度の
ヤツをキープしとけ。ハマリ授業からおまえを救うのはこいつだ。
マイルストーンは最初の一年だけ買っとけ、それ以降は買わんでもいい。サークルと授業のヤツだけ見とけ。
あいつら巨額の儲けをたたき出してる集団で、実際そろそろ税務署とかに目つけられてんじゃないかと思うんだが
あれとんでもない額の利益出してるだろ。
サークルは入っとけ、なんでもいい。だが左翼と宗教には気をつけろ。
あと、「チャラついた学生生活送ろうと思ってテニサー入ったのにガチテニスサークルだった死にたい・・・」のパターン
あるいはその逆に気をつけろ。
⑤掃除機は要る、ベッドは要らん
部屋に散った煙草の灰、埃、その他雑多なヨゴレ。これは箒では結構きつい。
掃除機だけは買っておいた方がいい。特に喫煙者、おまえら絶対灰皿ひっくり返すから。
ベッドは要らない。上げ下げ出来る分布団の方がずっと便利。
どうせ物は増える、インテリアに凝るよりも少しでも生活空間を広く取っておけ。
あと、寝袋を一個買っておくと自宅がモルグ化した際に便利だ。
学校近くに住むやつは、寝袋は大事。さもないと、終電逃した後男同士同衾するハメになるぞ。
あと、どーでもいいがたまにカーテンは洗えよ。臭いから。
⑥ぼっち化はできれば避けろ
友人なんか一人もいなくても、特段困ることも苦しむこともそれほどはない。
一人でメシを食うところなんか周囲に無限にあるし、暇だって幾らでも潰せる。
シャノアールで一人黙々と本を読んで過ごすのもアリアリだ。おれもいる、コーヒーくらい奢ってやるぞ。
しかし、ぼっちが明らかに苦しむのは「就職」の時期だ。単位はぶっちゃけどうにかなる、少なくとも文系なら。
就職活動はかなりの団体戦的要素が強く、色んな情報を交換できるヤツが明らかに有利。
居心地のいいサークルは探せば幾らでもあるので、四月五月にタダ酒をたっぷり飲みつつ探せ。
適度な孤独と適度な交友関係、これが大事だ。あゆみBOOKS→シャノアールのコンボを楽しみつつ、友人も作っとけ。
どうしてもダメなら芋研にでも入っとけ。
⑦ワセメシはデブを産む
オトボケ、メーヤウ、ライフ、エルム・・・。早稲田界隈のメシと言えば、ハイカロリー、油ギッシュ、ウルトラカーボンが基本だ。しかし、文・文構の場合文カフェのメシは高い割りに旨くはない。これがかなり悩ましい。早大生に野菜を食う機会は極めて少ない。これはもう自宅めしでなんとかするしかない。個人的にはシャノアールのタマゴサンド300円(飲み物なし)で済ます奴らが賢いように思う。
ワセメシを喰って当たり前だと思うと、10キロ20キロの増量は当たり前だから、マジで気をつけろ。上記のメシ屋をローテした結果俺は一年次で15キロ太った。尚、エルムは初心者には厳しい、大変個性ある(キチガイと呼ばれることもある)オヤジの経営するメシ屋であり、カルボナーラを注文するとエライものが来る。「ミートピラフ」というメニューもあるが、これの大盛りなんぞ頼んだ日には・・・。初心者は先輩と行くが吉。ちなみに俺は大好きだ。だが初心者はオトボケのミックスフライ定食あたりから始めとけ。
これらに近寄ってはならない。少なくとも卒業したいのであれば。
しかし、これらに特攻することは早稲田を100%楽しみきるということにもつながるので、自己責任でやれ。
かなりの魔窟だ気をつけろ。早稲田に入ると、二浪一留くらいの人種がゴロゴロいて感覚はあっという間に狂う。
⑨ノートは取れ
「ハマリ」授業をとことん回避し続けると、マジでなんのために大学に行ったのかわからなくなる。
基本的に講師は中々のレベルなのでノートをちゃんととり、自分なりに授業も満喫しろ。
早稲田と言えど、クソDQNはいる。授業始まって45分後にコッソリ入ってくるような奴らになるな。
あれは流石にアウトなんだが、誰も今更注意しない。
流石に許しがたい、程よい堕落は大学の華だが、それとこれとはハナシが違う。
たまには思いっきりハマリな授業を取るのもいいだろう。俺のオススメはスペイン語だ、全般的にハマリ傾向が高く
不人気なため教授の熱意をモロに受けられる。
⑩二文生とは距離を置け
おまえら、「二文」なんて存在しないと思ってるだろ。
意外なことにまだ200人くらいいるぞ、夜の人種は。本来もう残ってないはずなんだが・・。まあ一文も結構残存してるけどさ。
奴らは非常に面白い奴らで、絡んでいると果てしなく時間を浪費できる。
しかも来年度に残ってるのは全員過年度生、濃縮早稲田汁100%だ、一撃で染まる破壊力がある。
あいつらは六講に寝坊する連中だ!同じ時間帯で絡んでると間違いなく卒業できないぞ。
まぁ、その場合は栄誉ある第三文学部入学となるんだが、それは別のお話。
⑪大隈さんの像には手を出すな。
アレに手を出すと、リアルに退学です。
京大のアレみたいな洒落は通じません。基本、全裸ネタに寛容な馬場周辺だが、大隈先生の像に手を出したものは情け容赦なく断罪される。酔った勢いでも頼むからやらかすな。
石川町の駅の前に現れた彼女は、いつものように妖精のようで、いたずらっぽい笑みを浮かべて、今日はなにをしてやろうかという顔をしている。
「待ちました?」
「ええ、15分」
そういって、2人で歩き出す。
三ヶ月前からはじまった横浜開拓計画は現在でも実行中で、2人の手には横浜市のハンディな地図が握られている。
「保土ヶ谷は失敗でしたね」
「まあ、でも石川町はかなり期待しているんです」
ぼくらのデートは、カメラ持参の街歩きが主で、それはぼくの趣味にも彼女の趣味にも合っている。毎回、駅を決めて、目星をつけて、とりあえず予定は作らずに勝手気ままに、好きなように散歩するデート。
旨そうな店があれば昼食をとり、面白そうな店があれば入り、歩き疲れたらカフェを探す。街歩きは一種の冒険で、見たことのないなにかに出会うかっこうの手段。特に横浜はそんなものに満ちあふれていて、シャッターを切るたびに増えていくすてきな思い出が、なにやら旅行記のようにさえ思えてくる。
「そういえば、飲むところ、見つけました?」
「あ、ごめん。ちょっとネットではピンと来るところなかったかなあ」
「困ります、それじゃあ」
「なんかどっかにあると思うんだよね、この辺なら」
今日のデートは、ささやかな彼女との忘年会のおまけで、一応形式的には、仕事仲間と親交を深めるための散歩だった。
しかし、彼女とのデートは悪ガキ同士の探検のようで、あれこれ目の前に現れるものを宝物でも発見したようにシャッターを切る。彼女はどちらかというと構図で切り、ぼくはどちらかというと物で切る。だから彼女は遠写が主で、ぼくは接写が主。探検が終わったあとにお互いの撮った物を付き合わせると、けっこう見ているところの違いが分かって、1度で2度おいしいような心地になる。
あれ、これ、カメラ仲間じゃないかと、そう思うときもある。
「そういえば、石川町は洋館狙いでしたよね?」
「あ、ああそう」
ぼくは地図を見る。
「撮ってみたいかも」
「じゃあ、そのように」
教会では、結婚式の真っ最中で、華やかな衣装の方々が、雑談をしている。
そういう中でそそくさと洋館目当てになるのはちょっとしゃくで、2人で手などつないでカップルですアピールなどしてみる。まあ、どう考えても、何ヶ月もふたりで散歩デートしてれば好き合っているのは否定できないのではあるが、それでも手をつないで視線が合ってしまったりすると、やっぱりそういう関係だよね、という意識が募る。
視線が気まずい。
「キスしても怒らない?」
「怒りません」
それで彼女は視線をそらして照れる。
もうキスなんて何十回もしているのに。
結局のところ、関係の飽きとはマンネリから来るというのだけど、それは、これがされて当たり前、という共通認識が構築されてからはじまるような気がするのだ。
むかしの彼女との関係は、「完全な同意」に基づいていて、その中で一番刺激が大きい、抱き合うことがすべての目的になっていた。だから、抱き合うためのデート、抱き合うための飲み会、抱き合うための日々。そんな風になってしまっては、2人の関係はマンネリになる。
結局セックスのために付き合っているのでしょう?
ほど貧しい関係はなく、その貧しさにひたすらに打ちのめされる。
だから彼女との関係はいつも揺らいでいて新鮮で、恋人のようでもあり、友人のようでもあり、同僚のようでもあり、同士のようでもある。
それなりの居酒屋を見つけて、わいわいと話し始める。
「あんまり飲まないでくださいよ」
おっと、彼女は今夜をご所望だった。
結局のところ、それがすべてになってしまうと、手をつないだ瞬間に愛撫をはじめてしまう、キスした瞬間に愛撫をはじめてしまう、もう触れ合った瞬間に、抱き合うことへのカウントダウンがはじまってしまう。
それは、とても息苦しくて、すべての女性とのつきあいが、そのためだけにあるのだとそういう錯覚に陥ってしまうのだ。ぼくは君を性的に喜ばせるためだけに存在しているのだって。
そうじゃないって、関係で示して欲しい。
身体の関係がなくても、シャッターを切り合っていれば、それで充分だって。
食事が済んで、小ぎれいなホテルの部屋を取ると、彼女は淑女から一変する。
シャワーを浴びて、裸でシーツの中で待っている彼女に向き合う。
「電気消して」
「輪郭ぐらい見えないと、上手くできない」
常夜灯を点す。
キスをして発情していないのを見て、柔らかく抱きしめる。ぎゅうと肌と肌を合わせるように。それで肌の温度が合ってくるのを確かめる。
「つめたい」
「冷え性だから」
「ぼくもそう」
可愛くチュッと頬にキスをする。くちびるで頬を愛撫するようなキス。
それで視線を合わせて、とろけ合う2人を確認する。
もう片方の頬を愛撫。瞳が潤んでくる。
髪をやさしく撫でる。もう溶け合いはじめている。
彼女との日々はそんな感じで、陶酔はあるのだけど、いつまでも、なぜか新鮮さが保たれている。曖昧な彼女との関係は、どこまでいっても曖昧で、それが、いつまでも都合よく毎日が展開される。
全部って答えはないのだろうか。
ラオスでチュービングして洞窟探検して、バックパックに水とフランスパンのサンドイッチを入れてiPodでレッチリのカリフォルニケーションかaround the worldを聞きながらバイクで疾走したいです。走り飽きてどこかの川のほとりで休んでいたら、アメリカの爆撃のせいで義足になったお爺ちゃんと、アメリカの悪口をひととおり話し合いたい。そして珍しそうに俺を見る子供達に折り紙を折ってあげた後、一緒に川で遊びたい。宿に戻ってバイクを返し、テラスがあるレストランで真っ赤な夕日を眺めながらビアラオを飲み、ラエリーとガザの壁とメルカバについて小一時間語り合い、酔いつぶれて前後不覚になったぐらいで宿に戻り、食べ忘れてぐしゃぐしゃになったフランスパンのサンドイッチを食べながら、友人に絵はがきを2通出してから、日記をつけて眠る。
ゲーマーとして僕はもう現役ではなくて、シニアだと思っていて、据え置き型のRPGに100時間つっこむ元気はないです。なのに、ドラクエ9にしろ真・女神転生SJにしろ、100時間近く遊ばせてくれた。両極端な作品だけど、どちらも良くできた作品だったなぁと、「時間つっこんで遊んでしまった」立場から振り返っています。
据え置き型のゲーム機って、図書館の「持ち出し禁止」の本みたいな印象があります。その場に縛られてしまう。もちろん、だからこそ読む価値が・遊ぶ価値があります。とはいえ、すでに書いたように、ゲーマーとしてシニアだと自認している人間にとって、「持ち出し禁止」の本のように感じる「TVの前に座ってよ」という縛りは、息苦しいのです。
たしかにもう今さら大作RPGをテレビの前に坐ってやろうとは思わないなぁ。
FF10やったときに思ったけど、セーブポイントまでゲームしないといけないのが、かなり苦痛だった。
あとムービー。結局、途中でやめてしまった。
でも、こないだDSのポケダン空で100時間以上プレイしちゃった。
ストレスなく手軽に中断・再開できるのもいい。
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新潟空港からウラジオストック航空に搭乗することになった。東京駅から新幹線車内で待ち合わせたのはコラムニストの高山正之氏ら合計四人。このミニ探検隊が急遽「結成」されたのはひょんな経緯からだ。
昨年、フライング・タイガーの基地跡を湖南省の西南部にある辺境、渋江までこの四人組にあと三人ほどでグループをつくり見に行った。ここは岡村寧次と何応鈞の終戦協定を結んだ場所でもあり、反日宣伝が濃厚な記念館がある。
例によって改竄史観の反日展示だが、日本軍と戦ったのは「偽軍」とあるので、この「偽」は何処かとガイドに問うと、国民党軍を意味することだったのには笑った。そうだ、フライングタイガーは蒋介石に協力したのだ。
さてウラジオストックを戦前の日本人は浦塩斯徳と表記したが、ロシア語の原義は「東方を征服せよ」という物騒な意味がある。
ロシアは不凍港を求めて清帝国の版図を結果的に強奪し、地政学的にみれば中国の海の出口を塞いだ。中国にとっては恨み骨髄の場所である。
それゆえ中国人はウラジオストックとは言わず歴史的な地名=ハイサンウェイ(中国語では「海参威」)と言う。ついでに言えばロシア人は中国人を「キタイ」を呼び、いまも陰湿に排斥するし、中国人は「オロシア」と言うから、ま、お互い様か。
というわけで筆者の一番の興味は三カ国の国境の現状である。
ロシアと中国と北朝鮮の国境地帯はいまどうなっているのか? 不思議に日本のマスコミはこのことを追求しない。
筆者は中国側からは何回かロシア国境を見ている。スイフェンガ、黒河、満州里、そして延吉から図門へ行くと北朝鮮、軍春からはロシア国境が、また吉林省の集安、丹東からは北朝鮮国境も見た。つまり旧満州の七箇所から国境を見た。反対にロシア側から中国国境をみたのはハバロフスクからアムール川との国境くらいだった。
とりわけウラジオストックより西側のハザン地区は北朝鮮と国境を接し、ちょっと北側へ回れば中国の軍春である。
二ヶ月準備期間があった。第一にロシアのヴィザをとらなければ行けないが、これに一ヶ月を要する。つぎに肝心のハザン地区へ行けるかどうか。ポシェット港、ザルビノ港を見学できるか、どうか。
直前にこの地区に入ったNHKが追い出されたと聞いていた。旅行社を経由してロシアに打診したが、「審査」に最低一ヶ月、そして土壇場で蹴られると旅行そのものが成立しなくなる。というわけでハサン地区はあきらめ替わりにナホトカを加えることにした。
事態の変化はつぎのようである。
東西冷戦が終了し、ロシア極東軍は削減され、しかも北朝鮮から露西亜軍事顧問団は引き揚げた。北は最大の保護者を失い、唐突に北京へ秋波を送る。
一方、中国の経済力が著しく飛躍し、北朝鮮も経済の飛躍が政治安定を招くのではと経済改革を模索しはじめた。日本の財界が主導した「日本海経済圏」の思惑とも合致してロシア、中国、北朝鮮の国境付近の大開発が決まり、かなりのインフラ建設が進んでいた。十年前までの話である。
中国側は「図門江開発」、北は「豆満江開発」。そしてロシア側は「ハサン地区開発」(ザルビノ、ポシェット両港を含む)とそれぞれ名称こそ違え、経済交流による相互発展目的は温度差があったが、基本的に共通目標だったのである。
数年前にも中国からポシェットへ鉄道が通じたというので軍春へ見学に行くと、工業団地が造成されており、中国企業、韓国企業にまざって日本企業が三社ほど進出していた。
延吉から高速道路工事が進み、あたり一面が普請中だった。開発ブームは各地にクレーンを林立さえ、ブルドーザが動き回り、輝かしい未来を予感させていた。
ところがその後、北朝鮮の苦境と核開発が状況を激変させた。
第一に日本企業が拉致問題の露呈と核開発に嫌気して進出意欲がそがれ、積極性を失う。
第二に中国は北朝鮮へ直通ルートをつくり、ロシア側の港湾へ鉄道をつなげたものの昨今は北朝鮮の羅津、先鋒開発に重点を移した。つまり中国は北朝鮮を経済植民地となし、ロシアを袖にする野心を露わにしたのである。
第三にロシアは中国、北朝鮮への鉄道接続ルート強化に乗り出し、ちぐはぐに対応をみせた。
第四に韓国が間隙を縫って各方面に浸透していた。
そこである日、モスクワからプーチン大統領(当時)がウラジオストックへやってきて、「シベリア極東大開発」の号令を出し、状況が一変する。2014年ソチで冬季五輪。ならば極東の目玉を2012年、ウラジオストックでのAPEC。そのために大開発が必要というわけだ。
怪しい旅行団の結成にはそうした経緯があった。
(続く)
さてさて、負傷者を出した怒涛の初日は明け、次の朝のことだ。
何の因果か席が前だったという地の利を活かして、ここはいっちょコンタクトを試みるのもいいかなー、
などと一瞬血迷ってしまった俺を誰が責められよう。原住民との邂逅、もしくはUMAを目の当たりにした、
探検隊員のリアクションを思い出してもらいたい。あんな心境だったんだよまったく。ちっともスペシャルじゃねえよ。
「――なあ、初っ端の自己紹介のアレ、どのあたりまで本気だったんだ?」
「…………」
はっはっは、何やってんだろうなあ俺。めっちゃ作り笑いだしよ。
「初っ端のアレって何でごわす」
いや、宇宙人がどうとか。
いや、違うけどさ……。
「『違うけど』、なんなんでごわすか」
「……ぇーいや、なんもない」
「だったら話しかけないでほしいでごわす。時間の無駄でどすこい」
……『どすこい』?
ふん、と鼻を鳴らすと、ハルヒはそっぽを向いた。おお、頬の肉がふるふると波をうってるぜ。
俺はというと、曖昧な笑みで元に向き直り机に突っ伏した。
クラスメイトは、そんな俺を可哀想なものを見るような目で見ていた。
やめてくれ後生だから。
どこかのパレードでマーチなゲームのごとき可哀想な視線(青色)が、昼休みまで俺を焼き続けたせいもあり、
ハルヒとコンタクトを取ることはできなかった。さっきの時点でする気なんか失せていたがな。
はは、飯でも食うか……。
ん、この声は――よぉ、お前か中学時代からの友人国木田。で、その隣にいる男は……えーと?
「説明くさい台詞どうも。こいつは谷口。なんとあの涼宮山と同中だったって」
たにぐち……ああっ! あの押し潰されたヤツか!? ちょっと待て回復早すぎるだろ、おい! ピンピンしてるじゃねえか!?
「気にするない。ま、よろしくな。ええと……キョン、だっけ?」
「うん、こいつは中学校の頃からずーっと『キョン』ってあだ名なんだよ。あまりに定着しすぎて、もう友達は誰も本名で呼んでくれない」
そう、悲しいことにそれは事実だ。奴の言うとおり中学時代から俺は本名ではなく常時『キョン』というあだ名で呼ばれるようになっていた。
それというのもまず俺の妹が俺の事を『キョンくん』と呼んでいるからで、たまたまウチに遊びに来た友人がそれを聞いて面白がって「キョン」
「キョン」言っていたらそれを聞いた他の奴らも面白がって使うようになり定着してしまったわけだ。どうしてくれる。俺はハムの人じゃねえ。
「僕の責任じゃないよー」
あははー、と屈託なく笑う国木田。この野郎め。
まあ、なんだ。谷口だったか。そんなわけで俺のことはキョンでいい。
「あー……いいのか?」
いいと言うかなんと言うかもう諦めた。