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普通の女子大生がなぜ、Google+で「日本一」になったのか - nanapi Web
真性引き篭もり: 普通の女子大生は、Google+で「日本一」になんかなっちゃいない。
他の記事もひと通り読んだので長くなるが思ったことを。
久々に様々な意見が読めて、数年前までのはてなのようで楽しかったから、感謝として。
「わたし、写真が大好きだと思われてるんですが、嫌いですね。撮るのも、撮られるのも」
写真が嫌いで、SNSも苦手だという坂口さん。それでもGoogle+に写真をアップし続けているのは、「就活のため」だ。
大学3年生になり、就職活動を始めたが、「就活でしゃべれることがないんです。好きなこととか、何もなくて。何も好きじゃないし、何もできないから、流行ってることとか、これから“来そう”なことをやろうと。目標に向かって努力した経験や、自己PRが求められた時、なにか印象に残ることが言えたら」。
「恐怖感」という言葉で感じ取り、理解した者もいたことだろうと思う。自分になにもないような気がして焦燥感に焼かれるような時期のことを覚えている者なら。
彼女は賢い女性だ。自己分析も、目標設定の仕方も。早稲田という学歴を手にしたのはなんら不思議なことではないと思う。「意志が弱い」のに「恐怖感」で毎日朝3時50分に起床できる。これだけでも「普通」じゃない。褒められていい。好きでもなく、むしろ嫌いなことのため。けれど、将来に向けて役立つものを作るため。長所で点を稼ぐことでは行けない場所に彼女はいるのだろう。弱点を克服してこそ立つことができる場所に。
そして、就活を目前に控えても彼女はその方法論を用いて不器用に「これから“来そう”なこと」を選んだのかもしれないと感じた。この選択に自尊感情の低さを読み取ったとしても、病的と謗るのはどうだろう?彼女は自分と自分の人生に果敢に向かい合っている。安易に楽を選ぶような人ではないようだ。きっと彼女のいる場所では自分と同程度に出来がいいだけでは評価されないのだろう。だからこその課題解決と弱点克服。お前は何者だ。その問いにも、その答えにもおそらく彼女は気がついている。
彼女は結果を出した。Google+とInstagramということを差し引いても称えられていいのではないだろうか。確かにそれは誰にもできそうな話だ。お手軽で浅薄にも思える。パソコンとiPhoneがあればできる。インターネットは「自分だって」という幻想をもたらすツールだ。ユーザが少ないから、顔が綺麗だったから、学歴があったからということは自分も思った。嗚呼、またカモネギか、と。けれど、そういう一面もあったとしても彼女の努力は称えられていい。それがどんなやり方であろうとも自らに欠けているものを獲得しようとしている者の痛ましい努力を。壊れたiPhoneに感じるものはないだろうか?もしかしたら、壊れていたのは彼女だったのかもしれないとさえ自分には思えた。
事実、元記事にはこうも書いてある。
「1日1枚はInstagramに上げないと、というノルマに対する恐怖感で起きています。写真を1枚逃したら、私は何もない元の自分に戻っちゃう」
何もないわけがない。そんなに綺麗じゃないか。そんなに有名な大学にいるじゃないか。Google+で一位じゃないか。
ここで大事なのは“彼女にとって”は「何もない」ということだ。Google+を取ったら、彼女のいる環境では普通(以下含め)に埋没する。その恐怖感たるや如何ばかりだろうと考える。自分は自分だろなどと励まされても、“彼女には”そうじゃない。それに「何も好きじゃないし、何もできない」ということは本当に苦しいことだ。それだけ頭が良ければなんて言ってはいけない。彼女以外の者が自分のいる場所から考え言葉を発するのなら、彼女だってそうしていい。なによりも、なにもないという自分との対峙は大学生らしくまっとうな悩みではないだろうか?むしろそこに一度撓んで伸びようとする魂を感じはしないだろうか?
なにもない自分と向かい合うのは力のいる作業だ。彼女はいま奈落と向き合っているところなのかもしれない。それはこれからも時間をかけてやっていくことになる作業だろう。途中で転職や結婚や出産という転機にだって出会うことだろう。そしてそのたび自問自答しつつ、誠実にひとつずつ向き合っていくように感じた。そう信じたい。
「気持ち悪い」と思っていた一眼レフカメラも、最近は欲しくなってきた。「iPhoneのカメラには限界がある。誰かに伝えたいと思うような美しい景色が思うように撮れない時は、ちゃんといいカメラで撮りたいなと」
「気持ち悪いと思っていた一眼レフカメラ」「誰かに伝えたいと思うような」この言葉も印象的だ。
関心や興味は良いものとされがちだが、あまりに強い関心というものは異様に映る。強すぎる情熱を持って自分には興味のないことを続けている者を見かけたとき、つい引いてしまったことはないだろうか。それに、物事への関心が薄い者はネットでは目立たない。彼や彼女の発する情報はあまり役に立たないからだ。そもそもネットに現れないことの方が多いのだろう。語ることがないから。伝えたいことがないから。なぜそんなことをする必要があるのかわからない。ネットと接してきた時間が長い者と彼女のような伝えることのないタイプは互いに異形の者。でも、彼女はネットを選んだ。
何かを伝えたいと思うようなことがなかった女子大生がインターネットで「伝えたい」方向に気持ちが動いた。この先「やっぱりカメラは気持ち悪い」と思うことになっても、ここに自発性や意欲の萌芽を読み取ることはできないだろうか?
彼女は「好き」を獲得し忘れてしまったのか、どこかに置き忘れてしまったのだろう。だからこそ傾向と対策を練り、「型」の反復から入って習得しなければならなかった。そして、恐ろしいまでの勤勉さで、本来は好きというだけで心理的報酬が発生する行為を、他者からの称賛という報酬で自分の中に意欲として還元し定着させつつある。このことがいつか他者からの称賛という報酬がなくても行為自体が報酬をもたらすようなものとして彼女の中に育っていくといいと願う。考えてみて欲しい。多くのひとはもう記憶もないような幼い頃に獲得したか、考えずとも手にしているものを彼女は二十歳を超えてから獲得しようとしているのだ。野暮なことは言わず、讃え見守りたいと思う。もしよかったらあなたもボタンを押し、気が向けばなにかコメントするだけの簡単なお仕事をしてみてはどうだろうか。翼を広げ飛翔する彼女を目にすることができるかもしれない。それはインターネットから翔び立つことかもしれないけれど。
岡田有花という方を自分はよく知らない。しかし、この取材はきっと彼女も困ったのではないかと感じた。岡田氏は「写真大好き」な女子大生と出会うはずではなかったのだろうか?意外な言葉に戸惑ったのは彼女も同じだったのではないか?確かに記事の内容はありがち。わかりやすい良い話にしたかったのだろう。しかし、穿った見方をすればこの方は自分がネットで付与された(と思しき)物語を坂口さんにも着せようとしているような気がしてならない。「普通の女子大生」なんて表現は彼女が京大でなければ出て来なかった言葉ではないのか。また、彼女は一度自らに問うてみるといいと思う。自分が向けられた男性からの視点を内面化していないかどうかを。こうすればネットでは受ける視点が男性目線からのものであるのなら、あざといパッケージは文章を安くする。
そしてこのありがちな文章に対してのカウンターである『普通の女子大生は、Google+で「日本一」になんかなっちゃいない。』があまりに凄すぎた。素晴らしすぎた。誰もが薄々感づいていて言葉にしなかったことを暴いてしまった。それぞれの方がそれぞれの部分に喝采を贈ったのであろうが、自分は次の部分だった。
3年以上前からブログを書いている女性を、思い出せるだけ思い出してみてほしい。全員ぶさいくである。1人の美女もいない。美しさの欠片も無い。顔も醜い。心も醜い。そういう人達ばかりである。不平不満とくだらない馴れ合いをはき出して、だらだらいきている醜い人ばかりである。1人として美女はいない。もちろんの事、美男もいない。美しさは消えるのである。インターネットから消えるのである。時間と共に消えるのである。美しい者は、インターネットを捨て、廃棄し、跡を濁さず消えて行くのである。インターネットという地獄では、醜い者だけが生き残るのだ。そういう風に出来ているのだ。
すべてとは言わないがそう思う。自分にとってこの「美しさ」に儚さや弱さも含みたい。多分、ある種の脆弱さという美しさを持った彼や彼女たちはインターネットからも弾かれる。長くネットに表現を置くことができる者は強者であると言ってもいいと自分は思う。
だから思い出して欲しい。「ワンチャンあるかも」ということがどれだけ美しい者たちを潰してきたかを。
女性に「クン」とつける中高年男性向け雑誌のように「タン」などと語尾につけてキャラ化し、持ち上げるだけ持ち上げてコンテンツとして消費し、そして次の対象へと関心を移す。そのとき、賢く、美しく、センスのあり、慎ましやかな者を選んでいたのは他ならぬ「ワンチャンあるかも」という者ではなかったのだろうか?そういう者たちが結局美しい者を淘汰していってしまう。残るのはマシュマロの中に鉛が入ったような女性だけである。「私の名ならば女。それ以上でも以下でもない」と賢い女なら気づく。そして鎧を身につけるか、鉛を飲むか、逃げるかしていく。また、当然の如く逆もある。どちらかだけが捕食者とは限らない。女というだけで入れ喰いならフォトショ覚えるくらい安いものだ。これを楽しめるのもまた人間としてのある種の強さとこじつけてもいいのかもしれない。
男の敵も女の敵もお互いとは限らない。いつの間にやら話の流れは新旧ネットの流れになっているらしいがそれも含めて自分が感じ取ることをどんなゲームにしてもいいし、そんなものはないと木で鼻をくくったように言ってもいい。それが自分の考えだと感じるならそこから行くしかない。そして、それが違うからこそ人と出会うのは面白い。
最後に、個人的にはネットで多数と繋がりたくはないと考えていることについて。
Twitterが普及してからある種の文章をあまり見かけなくなったように感じている。エッジの効いた、ヒリヒリするような、血の滴るような文章を。嫌だったひともいるのだろうが、自分はああしたごりごりとした長文が読みたくてネットを見始めたクチだから大変残念だ。その一因はネガコメとかあの辺もあったんだろうなと思う一方で、ブログならば見えない読者を一人失うだけだったのがTwitterと連動させたことで明確に誰から拒否され関係が切れたのかがわかるからではないのかとも考えていた。それが罰のようなものとして認識されているのではないだろうかと。人間関係の煩わしさがネットに持ち込まれることで混沌と表現と情報は薄まっていく。ネットを現実と重ねていく流れがあるのならば空気を読むのは当然のことだ。日常の罪をネットで告白することの意味に気づかない者たちが晒される見せしめのショーも連日開催中だ。自宅、職場、学校まで晒される。あまりにリスキー。お利口でいい子になっていくのは必然だろう。誰かが自分に関心を向けてくれたときのあの興奮を一度でも味わったことがある者ならば。好かれたい、愛されたい、褒められたい、繋がりたいと願うのならば。
旧世代と誰かを括って責任押し付けるのは簡単だ。若いってそういうことだ。けど次はお前の番だ、お若いの。この流れの先に待っているのがパノプティコンでも向かいの囚人に片目を瞑ってみせようじゃないか。
スケベ心である。
女の子に構われたい、有名人に構われたい、というスケベ心である。
http://sinseihikikomori.blogspot.com/2011/11/google.html
(中略)
アイコンが美しい顔をした女の子の写真だからだ。だから人気が出たのだ。
美しい顔をした女の子の写真のアイコンを持つ人間が投稿したものだからだ。
嘘だと思うなら、instagramでもgoogle+でもいい。どちらでもいい。
彼女の写真を評価している人間がどのような人達か確かめてみればいい。
モテない男。
冴えない男。
そういった類の人達ばかりだ。殺到しているのだ。フォトショで巧妙に作られた顔写真のアイコン目掛けて男達が殺到しているのだ。
これだ。これがインターネットを殺した。
冴えない男がネットアイドルを無視していたら、こんな事態は起こらなかった。
ネットアイドルを無視できない男どものせいで、冴えない男が能力を磨き心血を注いで作ったコンテンツよりも
女子大生が就活のため片手間でチョチョッと作ったコンテンツが注目を集めるインターネットになってしまった。
インターネットは死んだのだ。
彼らは懸命に希望を抱こうとするからこそ、インターネットに逃げこみ、そこで見つけた希望を日々の糧にして必死に生きようとしているのである。私達は生きねばならない。どうにかして生きねばならない。だからこそ必死なのである。生きる事に懸命なのである。それには希望が必要なのだ。Aya Sakagutiのような希望の人がどうしても必要なのである。3万人もの男達の希望であり、3万人の男達から必要とされているのである。
希望を抱いて懸命に生きていく上で、高学歴美女の存在は必要不可欠では無い!
彼の書いたこの文章こそ、彼の憎む「美化」だ。岡田有花がしたことと同じだ。
どうでもいいスケベ心を「必要」な「希望」と表現し、浄化、美化しているのだ。
くだらないものをプロレタリアート文学風に仕立て上げ、同情を引きやがったのだ。
僕らは本気で思ったんだよ。そして思っているんだよ。ザッカーバーグとワンチャンあるかもって本当に思ったんだよ。信じたんだよ。
有名人に媚びへつらう今のインターネットを象徴しているようなこの文章!
ネットユーザーの「性欲」と、「『有名人に構われたい』という権力欲と承認欲求の混ざったもの」、
冴えない男がネット上で女性ユーザーに構ってもらい性欲の一部を充たすこと。
冴えない男がネット上で有名人からのレスポンスを得て、自分の価値が少し上がったように錯覚すること。
真引きにもそのフォロワーどもにも言いたい。
お前らは現在住処を奪われた被害者かもしれないが、同時に加害者でもあることを自覚しろ。
お前らは自分の掘った穴に落ちたのだ。
お前らのスケベ心がインターネットを殺したのだ。
「坂口綾優がGoogle+で日本一になったのは、彼女の顔写真に冴えない男たちの性欲が殺到したからである。取り繕って美談にするな。
高学歴美人女子大生である坂口綾優を『普通の女子大生』扱いすることで、本当に普通な人々を抑圧するのは言葉の暴力である。
坂口綾優のGoogle+をやっている動機は『就活のため』ではなく、『他者からの承認による興奮や感動を得るため』だ。自分を偽るな。」
以上。
以下は、暇な人だけが読めばよい。
nanapiに掲載された元記事では、人気の理由を
人気の理由は、彼女がアップする美しい写真だ。iPhone 4で撮られた空の写真だ。紫からオレンジにグラデーションする朝焼け。真っ赤な夕焼け……。
と説明している。
しかし元記事中に
とあるように、彼女は格段に優れた撮影スキルを持っているわけでは無い。
冴えないおっさんが撮影したものであれば、ここまで話題にはのぼらなかったであろう。
hankakueisuuは、この真相を表面的な美談で覆い隠そうとするライターの岡田有花が許せないと主張している。
http://profile.ak.fbcdn.net/hprofile-ak-snc4/211919_100000872144853_4875960_n.jpg
nanapiの記事タイトルは「普通の女子大生がなぜ、Google+で「日本一」になったのか」だが、
彼女は上記jpgの通り平均以上の顔をしており、何より早稲田の現役女子大生である。
京都大学卒ライターの岡田有花からすれば早稲田は普通の大学かもしれないが、日本全体で見れば早稲田は高学歴だ。
hankakueisuuは、彼女は普通よりハイスペックな存在であり、彼女を普通だと広く伝えることは多くの人々を傷つけることになるだろうと危惧している。
元記事ではGoogle+をはじめた動機は「就活のため」と説明されており、
「Google+で1位の人ということで、企業の人とか、学生起業家の方など、いろんな人が会ってくれるようになり楽しいです。ソーシャルメディアを使って就職活動をしようとしている企業からも、やり方について相談を受けたり」
とあるように、就職に繋がるような人脈も実際に生まれているようだ。彼女のねらいは成功しているといえる。
しかしhankakueisuuは、クールにインターネットを利用しているかに見える彼女の姿勢は「心の偽り」であると言う。
インターネット上で話題になっていく、成り上がっていく興奮と感動こそが動機だったのだろうと主張する。
( 1 )については、まあそうだろう。彼女もフォトショ修正した顔写真をアイコンにしている時点で、薄々わかってやっているのだろう。
そして岡田有花は「いちいち不細工って書かれるのが凄く嫌だから」という理由で滅多に顔出ししない女性ライターだ。
そんな彼女が成功の理由を女子大生の容姿に持っていくとは考えにくいだろう。
( 2 )については、そういう面もあるかもしれないが、嫌なら見なければよいのである。
この記事を読んでも思ったが、「普通以下の人が傷つくだろう!だからそういう表現はやめろ!」というのは下から目線の干渉であり、大きなお世話だ。
いちいち気を配っていてはあらゆる表現が不可能になる。全ての表現は、どこかの誰かにとっては地雷だ。
( 3 )に至っては、坂口綾優の立場に自分を重ねすぎていて気味が悪いと感じた。
真性引き篭もりにとってはネット上での承認が大きな意味を持つかもしれないが、
並以上の容姿を持つ現役女子大生には現実の中で承認を得る機会など腐るほどあるだろう。
僕らは本気で思ったんだよ。そして思っているんだよ。ザッカーバーグとワンチャンあるかもって本当に思ったんだよ。信じたんだよ。駆けたんだよ。駆け抜けたんだよ。
これらの文言にもあるように、hankakueisuuのインターネットへの思い入れは重すぎであり、若年層の感覚とは乖離があると感じた。
http://anond.hatelabo.jp/20111113010022
こちらに触発されて書いてみる。辞めてからかなり時間も経ったのでそろそろ書いてもいいかなと。
訓練内容はAdobeのCS4の操作方法→自主制作というのがだいたいの流れとなっていて、それぞれのアプリケーションのテキスト(フォトショ、イラレ、DW、Flash)とHTML+CSSの本という感じ。
このテキストを選定しているのは教室を運営している会社のようで、(伝聞で聞いたので定かではない)もし運営してる会社がWEB制作を知らないとか知っててもテーブルレイアウトだった場合にはあまりいい本は選ばれないようです。また運営会社同士でヨコの繋がりで話し合って本を決めてる部分もある(複数の教室で同じ本だった)のかな?と予想しました。
実際の訓練内容はハローワークで決めているのか運営会社で決めているのかは解りませんが、講師は訓練スケジュールやテキストに関してなにも言えない、わからないまま講義が始まります。
HTML5時代だというのにFLASHにえらく時間を割いたりするスケジュールで、受講生から「せんせーFLASHってどうなんすか?」と物凄く困る質問をされたりします。
また受講生はAdobe製品をアカデミックで買えるというナイスな特典があったりしますが、授業で使ってるのはCS4だけど買ったのはCS5.5みたいな微妙だけど重要なアクシデントが発生します。
HTMLの本もXHTMLならまだしもHTML4.01(しかもStrict)で書いてる本だったりすることもあります。
受講生はテキストを実費で購入しているため、ないがしろにするわけにはいかないので「これいらんだろ」とか思ってもとりあえず本の通りに進めなければなりません。(例えばHTMLの本を早めに終わらせてXHTMLの話をして余計混乱させたりとかあった)
ここで問題なのは受講生は基本的にお金に余裕がある人は少ないです。
AdobeのWebプレミアムがアカデミックで買えるとはいえ10万以上の余裕があるなら基金訓練なんかコネーよ!という人が半数以上いるんじゃないかと。
体験版はあるけど1ヶ月で終わるし、訓練自体は半年あるわけです。
なのでGIMPとかInkscapeとかもサラっと存在を教えておいたりします。
あとはフォームのHTMLだけ教えて肝心のPHPやらPerlやらには基本触れないのでそこも工夫が必要です。
教科書3冊くらいクリアするころには生徒からこれで本当にWEB屋さんになれるの?とか疑問を持たれますので、フリーでやっていく方法とか自分の経験談の話をすると人気の講師になれますが、会社からはいい顔されないかもしれません。職業訓練なのでどこかに就職するのが大前提なんです。
指導要綱みたいなものはキホンないので講師の思うとおりに教えられますが、上記のテキストの縛りとスケジュールの縛りがあるので本が変わる前にグループを作ってもらって共同作業させることを取り入れました。実際にWEB屋さんにいったら分業しますしね。
さて、各アプリケーションのテキストがいいものだったらよいのですが、そうでない場合は自分で課題とかを作る必要があります。
フォトショやらイラレはいいんですが問題はHTML+CSSとFLASH。FlashなんかはASがゴッソリ抜けてたりすると生徒から「やりたいことができない!」と嘆かれます。CSSなんかも「やりたいことができない!」と言われがちです。
実際は一人の講師が2コマやることがザラなんじゃないかと思います。
AM9時からお昼を挟んでPM3時まで+PM3時からPM9時まで。若干ズレはするでしょうがこんな感じなんじゃないかと。
これで課題を自作していたら睡眠時間は3~4時間くらいになっちまいます。ああ祝日ってステキ・・・。とか思い始めます。フリーランサーは普段の仕事は全部お断りしないとイカンかもしれません。
テキストの内容とスケジュール(x月x日からx月x日までFLASHとか書いてある)なんか完全に合わないので苦悩します。
事前に用意できればいいのですが先に書いたようにスケジュールやテキストは開講数日前にコレでヨロ!的に渡されますので初めてやるひとは対応難しいでしょう。
とりあえず今日はここまで。
すげー100ブクマ行ってる
調子に乗って補足するね
http://www.point.jp/hare/product/ItemDetail.do?itemCd=473794
私の言い方が悪かった
http://store.uniqlo.com/jp/CPaGoods/067806
形はしっかりジャケットだけど、素材がジャージで着やすい動きやすい
なんか着やせする気がする
http://www.zara.com/webapp/wcs/stores/servlet/category/jp/jp/zara-S2011/61171/
まあ好みよね
(個人的にはイラレっぽいプリントよりフォトショっぽいプリントの方が好き
雑な言い方でごめん、これじゃ伝わらんよね…)
ていうかメンズたっけー!!
社会人だったらここに挙げたのより良いの(特にジャケット)にしてったほうがいいもんだし
怖いねー
可処分所得が上がらないのに年だけ食ってくってすごい怖いことだね!考えただけで死にそう!
太っててもモテてる男ってストリート系とかガラ悪い系の服装のことが多い気がする
太ってるけどモテてる女の子もボディコンシャスなの着てるよ、乳と谷間が目立つニットとかね
太っててごめんなさい><みたいな着こなしをしてるとキモオタ風になっちゃうよ
初心者こそ試着してサイズ的にしっくり来たものを買ってください
ブランドとか知らん、どこ行っていいかわからん、という人はとりあえず古着屋行ってみたら?
ブランドを横断検索できるから、自分のイメージする服が見つかるよ
店員がまとわりついて来ないから試着もしやすいしね
彼氏がジーンズ厨でスペック自慢してくるけど、正直心の底からどうでもいい
ジーンズなんかユニクロでいいから靴きれいにしとけオタンコナスって感じです
2秒で着れることだけが取り得の安物ワンピの日にお褒めの言葉を頂けたりするんだよね
SNSの情報収集をしていて興味深いブログを発見したので皆の意見を聞きたい。
■before
おれが見るに、おしゃれだし今のサイトよりはずっと使いやすそうなんだが…。
■ちなみに、現サイト
http://store.shopping.yahoo.co.jp/oriflame/index.html
ひでぇ…。これよりは遥かによくなったよな。
ブログを読むとyahooショッピング用サイトのリニューアルをweb制作会社にたのんだらしいのだが、デザインがお気に召さなかったらしくプンスカプンになってしまったようだ。
【グラフィックデザインは努力とか一生懸命とかじゃなくて結果なんだ! 】
http://minkara.carview.co.jp/userid/275773/blog/21156730/#tp
グルーポンのおせちしかりこりゃダメだなと、日本の病巣をこんなところで垣間みちゃいました。プロダクトだと塗装が悪かったり、ちゃんと機能しなかったりするとけがをしたり家が火事になちゃったりして困るのでキチンとやるのに食い物とかサービスはほんとまいっちんぐ。電話で話しても作ってる本人達に全く悪気はないので、怒るだけ血圧の無駄。
さて、ぼろ糞にけなす程酷いか?
むしろ、現サイトよりかなりオシャレになっていると思うんだが…。
どうやらこの担当者の方、もとデザイナーらしくてなにやら深いこだわりがあるみたい…。
それが、これっ!
■after
【こんなんで エエやろ 。まさかの自分で ヤルはめ に。】
あんまし、変わってなくね?
あんなに怒ってたのに、これならいいの?
効果はどっちのデザインが高いんだよ?
こだわっても、これじゃ変わらないだろ?
おれは、webデザイナーだが(この件には一切かかわりないよ)こういったお客が、かなりいるのでまいっている。
念入りに打ち合わせをして電話でフォローして、提案もして、ワイヤーも出して、全部OKお任せします!ってなってもデザイン出すとあーだこーだ。
今までの打ち合わせやら作戦なんて全部ふっとんで一流の批評家きどりで、この色はないよねだとか、あの写真を使えだとか次々出てくる。
こういった案件の場合、修正が何度も続き、直せば直すほどデザインが悪くなるという事が多い。
昨日言ってた事と逆の指示だしてんじゃんみたいな。
そう言う訳で、この日記は、愚痴&対策を募集したいので書いた。
・制作者側の進め方が悪かったのか?
かろうじて20代ですが、
ヤフーオークションで買ってます。
エロ本は古くなれば古くなるほどいい、と言うのが持論です。
三次元に残ってる才能はゴミばかり、ということなんじゃないかな。
とにかく、
汚いねーちゃんが安っぽく出てきて
何も考えてないような股間接写アングルばっかりで
エログラビアを一つ作るにしても、企画者もカメラマンも編集者も
全員酷い感性と才能しかもってないのがすぐわかる。
(最近のエロ本に出てくる女の裸はなんであんなに女らしくないんだろう。
やってることだけ2次元の手法なんです。
女がエロい筈だからってんで女をそれだけでコンテンツのように何もない空間に切り出してしまう。
性器周辺が一番エロい筈だからってんで股間をドアップにする。
これは2次元なら面白いし2次元はそうするしかなかったんだけど
あれほんといつか復興することは無いんですかね。
インタビューとかしたいぐらい。
学生の時「自分はイラストレーターになる!」と公言してフォトショ使ってイラスト描いてた。
で、卒業後にはフリーのイラストレーターになれなかったけど絵を描く機会がある仕事に。
でも自分の苦手なものを描き続けたり、人から駄目出しされることに慣れなかったので結局仕事で絵を描くことから離れた。
その後、絵は描かないけどフォトショで画像加工したりする仕事に就いた。
興味の無い仕事が来ても「これは本当は自分のやりたいことじゃないし」って気負わずにすんだし、
つまらない日々が続いても「もしかしたらフォトショのスキルが上がって、自分のやりたい仕事が来るかも」なんて都合のいい空想に逃避できるようになった。
(一回逃げた身で絵の魅力もコネも無い自分にそんなものは来るはずが無いのは分かってるけど)
実際仕事で身に付けたフォトショの使い方が趣味で描くイラストに生かせる事も楽しかったし、逆もまたあった。
そうやって描いたイラストをPixivにアップして、人から駄目出しされること無い評価を受けるのも楽しかった。
夢から遠ざかったけど、むしろ「自分にはまだ可能性があるかも!」とかいう根拠の無い淡い希望は残った。
たぶんこれからずっと夢は叶うことは無い。だけど残った根拠の無い淡い希望のおかげで日々幸せに暮らせてる。
俺はそれを律儀に守り、しばらくイラレ形式で版のデータを作成していた。
ベジェの使い方でずいぶんと苦しんだ。これどう操作するんだろう、ああ線と塗りが色が違うせいでああだこうだ、とずいぶんと引っ張られた。
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しばらくして、俺はイラレを使わなくなった。
理由は明白だ。
デザインに慣れてきて、もっと細かいデザインを求めるようになったからだ。するとベジェではかえってデータが重くなった。
4色分解とかやったりするともうアウト。
結局、ベジェだとある程度凝ったイラストはイラレの処理範囲を超える。
なので、ベジェを「仕方なく」やめて、フォトショで作業するようにした。最後の最後でイラレ形式で吐き出す、そんだけだ。
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はっきり言えば、フォトショに変えてから作業効率がものすごくあがった。更にイラレでは出来なかった細かい模様も描けるようになった。
全体的に処理が軽い。自由に選択範囲が決められる。追加削除がサクっと出来る。イラレでは出来なかった事がフォトショだと「楽に」出来る事が多い。
Tシャツイラストの版なので、1色から3色までしか使わない。そういった「くっきり」したイラストはイラレの専門だと思っていたが、逆にフォトショの方が楽だ。
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今でも時々「イラレを極めよう」なんて記事が出るけど、多分、フォトショを極めた方が楽な上にいいものが作れると思う。
適材適所だけど、イラレはずいぶんとその専門分野が小さくなったと思う。
まぁ、どこかでイラレの使い方を習ったわけじゃないんで、単に使いこなしてないだけかも知れないけどね。
さすがに理由は様々じゃないのか?
まず増田がいうように
そういうコミュニティあると思う。仲間内で「私○○なんだよ!」「すごーい!!」みたいな。
それぞれの心中は知らないが。
増田の友人がいうように
ありうると思う。リアルで友人が少ない/居ない人が「これって客観的に考えてすごいんじゃね?誰か褒めてくれるんじゃね?」って考えに至ったら。
もしくはリアルじゃ公表できないような功績だったり。所属しているネットコミュニティだけで評価されるそうな功績だったり。
リアルじゃみんな認めてもらえなかったけどネットなら!ってのもありそう。
あとはあれがあった
ネットを通して話を膨らませるかそもそものウソっぱちで褒めてもらいたい場合
あとは現時点思いつかなかった。
まだなんかあるのかな。
フォトショで加工して(コントラストとかそういうレベルではなく、レタッチ)
学会発表の予稿として提出してやがった。
しかも論理はめちゃくちゃ。
そして事後報告。最悪。
自分もセカンドに入ってるからほんと消えてしまいたい。消してしまいたい(ファーストの人を)。無かったことにしたい(予稿提出)
以降に共同著者として入ってる方々はそのこと知らない。
ほんとそういうのじゃなかったらいいと思うよ。しかたないよ。
うちのやつは、倫理的におかしいけど。
私の奨学金免除のために学会参加数は多くほしいから、とりあえず過程結果として納得して、
発表の時はちゃんとした結果で発表させるつもり。