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はてなキーワード: 脱線とは

2012-01-10

産まなくて、本当に後悔しないか

 女性は、確実に年齢をリスクとして背負う。

 男女ともに40歳を過ぎた頃から、なんとなく人生の到達点がぼんやりと見え始める。仕事を持つ人は、その立場や職責からそろそろ定年を見据える年齢となるだろう。頑張っても先は知れてる、頑張りすぎると体を壊す、そんな年齢。でもほどよく頑張らないと、人生ドンドン先細って行くのを肌に感じる年齢だと思う。

 さらに女性は、機能的に子供を作れなくなる事で、産むか産まないかを決心する年齢であり、より人生の進むべき方向性や選択肢が狭くなる気がする。

 働きながら子を作るか、家庭に入るか、作らないで生きるのか。そんな苦しい設問に頭を悩ますことが無くなる変わりに、選択肢自体がなくなり「子供を作らなかった自分」が、のさばってくるのだ。

 アラフォーって、女性が「産めるのに産まない」選択をする境界年齢であろうと思う。もちろん子を既に持つ人にとっても、最後の子を宿そうかどうかと考える時期だと思う。

 アラフォーになって、(産まない選択をしたが既に子供のいる方や産めなくて産まなかった人は別として、)理由はどうあれ「産めるのに一人も産まない選択」をした女性にとっては、この年齢以降は産めるのに産まな「かった」人生が、今後一生待ちうけている。

 結婚する時「子供の無い人生を歩もう」と決心した2人なのに、女性が産めない体になってから別に子が出来たか離婚」なんて、どんなに辛い一生が彼女を待っているか

 そんな男性を選んだ女性自己責任なんて、口が避けても言うべきでない。それほど一生をかけた精神的な暴力を受け続けなくてはならないのだから

 少し脱線するが、子供が欲しくて不妊治療を頑張る女性の、その辛さは男性には分かるまい。夫に「も」不妊検査を切り出すだけで、また体外受精精子提供を提案するだけで「そんなにまでして子供は要らない。」なんて男性はシレッと言ってのける生き物だから

 出来るかもしれない可能性にかけることすら簡単に拒否されて。それなのに、妻が出来ない年齢になってはじめて「オレは子供が欲しかった」「子の命には代えられない」などと、どの口が言うセリフ自分正当化して自分の罪をごまかし、子供を宿せなくなった女性をいとも簡単に捨ててしまう。

 そういう意味では、男性には子供を持つことに年齢のリスクは伴わない。



 女性子供を作らないこと。その決意と年齢の関係にはリスクが伴う。

 「作れるのに作らない」女性に「子供を作れ作れ」と、周囲がおせっかいを言うのは、そのリスクを知っているからだと思う。

 「作れるけれど作らない」人は、作れなくなってから作っておけば良かった、と後悔しないよう色々と、作れるときに準備や調査や保険をかけておいてほしいなぁと思う。

2011-12-01

NTRブームってどこからきたんだ

ヘタレ主人公うんざり

男要らなくね?百合でよくね?けいおんでよくね?東方でよくね?

でもエロ同人需要が。エロだけは男の需要が。というか○○コの需要が。

ふた○り嫌いな客多いし・・。初音○クみたいなPモノでも一応男がいる設定だし。

適当に男出してNTRにしとけばよくね?ドリームクラブ方式でよくね?




みたいな感じか?

あとヘタリアみたいなんだと、カップリングの多彩さから

人によってはノーマルでも他の人にとったらNTRになるのかね。

でももう原作関係ないよね。

ポーランドとか、性転換させられた挙句に輪姦とかされてて意味分からん

もう国を擬人化してもええんやだってヘタリアがやってるもん、くらいの感覚だよね。

しかもそこの絵がやたらうまくて抜けるというこれは一体どうしたことだ。

どうでもいいけどたくましいイタリアとかやかましいわ。

イタリアのあそこの部分が○○コに見えるとか病気すぎるだろ。




すまん脱線した。本題なんだが。NTRってどのあたりからじわじわ広がって、

どの作品でブレイクしたんだ? NTRで通ぶってるヒト!教えて!

2011-11-29

K-pop好き=韓国ラブ韓国文化ラブ韓国人ラブ韓国語ラブ韓国旅行するコンサート行く!!!



上記のような人ももちろんいるんだけど、そうじゃない人間もいる。

自分日本アイドル文化みたいなものが、物心ついたころから理解できずにいた。

K-popが好きになったから今嫌いになったとかじゃなく、昔(子供の頃)から歌の歌えない人間歌手面してるのが気に食わない。

つーことで、最低限のレベルで歌を歌えたりダンスができるK-popを聴くようになったのだ。

(※正直めちゃくちゃ歌が上手いとも思ってはいないが、最低限のエンターテイメントとしてのレベルがあるという意味で。)

昨今K-pop流行ってる?ようだけど、元々流行る前からちょこちょこチェックして聞いたりしてたのだ。

元々のK-popファンの中では、ここ数年のK-popブームは嫌だと思っている人も多い。

なぜならK-popファンは好き勝手にチェックしてるのに(原曲が好き)、拙い日本語で歌われたり、

日本に大量にデビューすることで、余計な嫌韓雰囲気も増えたり・・と、色々と思うところがあるからなんだけど。

まぁ、上記のような韓国ラブー!K-pop最高なんだから、嫌って言ってる人とか信じられなーい!的な盲目な人がいるのも事実

そういう人は彼らの日本デビューが嬉しい模様。





正直"アイドル"の定義も違う感じなのだけど、

見た目(顔)に関しては日本のほうが高いと感じている。

でも、日本にもどう見積もってもブ○イクとブ○なアイドルもいたりするよね。

歌が下手なうえにブ○イクって、もうその辺の存在意義ってどうなってるのって感じだけど・・。

あちらは顔・・(というか元顔)は、正直その辺のお兄ちゃんお姉ちゃんって子が多い。

日本アイドル感覚からすると、ちょっとズレてるけど、あちらではそれでも良いということみたい。

(もちろん綺麗な人もいる。日本人ウケする顔かどうかまで考えるとかなり少ないけど。)



脱線






自分嫌韓意見も十分に理解できるし、K-pop聞かない好かない受け付けないと言う人がいても理解できる。

自分日本人として自分なりに両国間の問題を調べたり考えたりして、所謂ネトウヨのいう意見も理解できるからだ。

むしろネトウヨ寄りの考えも同時に持ち合わせているんだけど、

ネットにいるK-popファンは、割と盲目なファンが多くて話が合わない。

というか、話そうと思えない。

なんか違うなーという感じ・・。

日常的に韓国語カタカナ表記)を使っていたりして、割とカオスな状態で。 でもファンの間だとそれが普通で。

まぁ、今のK-popファンは中高生も多いから、正直話なんて合うわけないのだけど、

大人でも自分みたいなK-popファンって少数派みたいだ。

しかしたら、自分と同じような考え持ってたとしても、その中でわざわざ言えないだけかも知れないけど。

今の中高生韓国に対する感覚は、ニュージェネレーションって感じなのかな。

とにかく自分はそういう感覚は持ち合わせてない。

日本贔屓でもないプレーンな状態で沢山の韓国人と接したこともあるけど、

まぁ・・、似てるところもあり共感できる部分もあるけど、やっぱり、うーんと思うこともあった。

正直不快に思うことも何度かあった。

今は日本の文化に興味ある韓国人いるかも知れなくて、そういう人(ある程度多角的に物事をとらえることができる)と接すれば

それ程不快な思いをする機会もないかも知れない。

けど、自分はそうじゃない韓国人と接したことがあるから、彼らの実情を知ってるというか。

実際自分経験たから、分かることがある。




もちろん自分はまじりっけなしの嫌韓ではないから、

韓国人大嫌いで韓国に関するすべてが嫌いとかいう考えは持ってない。

ただ、一部の韓流ファンがそうであるように、韓国全てまるまる愛することに関して危機感があるということだ。

(Kpopに関しても全てが良いと思っているわけでもない。)




とにかく以下です。 

全てのK-popファン≠韓国激ラブ 



駄文申し訳ない。

[] 「なんでやねん」の意義について話したい

いわゆる東京大比較は主題ではない。「なんでやねん」の意義を主張したい。



会話の中で許される応答が否定と肯定の2つしかなかったらと考えると恐ろしい。

私にはとてもじゃないが耐えられない。

きわどい話には、どっかの小鷹さんみたく「え、なんだって?」とスルーするしかなくなるだろう。

阿呆のふりをして、逃げることばかり考えるだろう。

相手の機嫌を損ねたくないばかりに、ヘラヘラ追従するだけになるだろう。

否定の拳をふりあげては、振り下ろす場所タイミングに悩んで頭痛持ちになるだろう。



冒頭の宣言を覆すようでなんだが、やはり東京に出てきて少し戸惑ったことは事実だ。

お互いに肯定ばっかり。だよねー。ですよねー。

ポジティブフィードバックばっかりが繰り返される結果、

あほらしい話がどんどん膨らんでいって、変なノリが形成される。

一度出来上がったノリが、誰も崩せないところまでいって、みんなで赤信号わたるみたいな

「誰も望んでない結末」みたいなのを何度か経験させられた。

相手の会話の途中に異議を挟むと、すぐ喧嘩になってしまうというのもあった。

なんでやねん」さえあれば、と思うことが度々あった。と言うか結局すぐ使うようになった。

こうして俺の大学デビューは結局関西人キャラということになってしまった。




ここからなんでやねん」の意義の説明をする。

ツッコミを期待してのボケとかそういうのは中級者以上の話なのでかんがえなくていい。

もっと初歩的な話だ。「なんでやねん」はそもそもなんのためにあるのか、だ。

なんでやねん」というのは肯定と否定の間にあるものだ。

「貴方の話は聞いていますよ」というメッセージ

「でもポジティブフィードバックは返しませんよ」の2つを兼ねる。

話が脱線したりずれそうになったときに、制止をかける役割を果たす。

その上で、この「なんでやねん」は否定や反論ではないてんが重要である

さらに相づちを打つ側の自己完結的な行動として扱われる。

まり、話し手はこの「なんでやねん」にいちいち応答する必要がない。

否定されたわけでもないから、ただちょっと相手の反応が芳しくないというのを察して、

話のテンポを落としたり、少しコースをかえたりという微調整をすればいい。




なんでやねん」は会話の受けてにとって無くてはならないものだと思う。

なんでやねん」があることによって、相手に相槌を返しやすくなる。

相槌というのはそもそも話し手の会話のテンポコントロールするためのものだ。

「うんうん」「なるほど」「それでそれで」など加速する方向はみなさんもよく使っているだろう。

ただし、減速が必要になる時もあるのだ。

会話の中に、この装置が組み込まれていないと、なにかと困る。

こちらについても「ちょい待ちや」とか「おいおい」とか「そんな阿呆な」とか色々あるけれど

やはり「なんでやねん」が一番便利だ。深く考えずに使っても、あんまりカドが立たない。

漫才とかのせいで、アクション付きの攻撃的な言葉勘違いされているが、

実際は会話のカドを丸め、とんがりにキャップを被せるような使い方をするものなのだ

というような話を今日飲み会で熱く語ってドン引きされました。

話がヒートアップする前に、誰かが「なんでやねん」と言ってくれさえすればこんな事には・・・





余談。

会話が苦手な人は、なぜ自分がそれを苦手としているか、という時に

「心にないアクションをとるのが嫌だ」とか

「相手の意見が理解できなかったり、違和感を感じる時にどう反応すればいいかからない」

ということがないだろうか。特にテンポが速い会話など。

そういう時には、何も考えずに「なんでやねん」という言葉を使うといろいろ捗るぞ。

(もちろん、ポジティブフィードバックのみの会話に親しんでいる方々など、

 少しの制止にも不快感を示す方々もいるけれど、そういう人達とは付き合わなければいい。

 肯定のみの世界で生きるなんて私には息苦しくて耐えられない)



あとね、これはいわないほうがいいと思うんだけどこの際だから言っちゃおう。

他人の話に軽くでも異議を唱えるってものすごい快感なんだわ。最も手っ取り早い自己表現だしね。

逆に、ずっとYesの返答を続けるのってストレスなんだわ。コントロールされてる感じするでしょ。

からなんでやねん」ってのが会話に混じってると聞き手の健康を守る効果があると思うのね。

さらにいうと、「なんでやねん」という反応があるお陰で、話し手側も安心ってのがある。

滑り覚悟ボケてもいいし、ちょっとキツめや喧嘩腰の物言いを「試してみる」ことが出来る。

会話にはいろんな取り組みや駆け引きがあって、はじめて楽しさが生まれる。

予定調和、みんなでニコニコヘラヘラみたいなストレスフルな会話はちょっと私には耐えがたい

2011-11-27

[] ラングリッチ2回目

あれだなぁ。対面のレッスンを受けることのメリットは、

自分が何を英語で言いたいか」がわかることであって、その英語表現が分かるわけではないのか。

テキストベースでやっていく⇒アレンジする⇒そのテーマで少しフリーに話す、という感じで進んだのだけれど

日本語を使えるわけじゃないので、「これがいいたいんです」と分かってるのは自分だけ。

相手の先生ははとにかくじっと待ってくれるだけ。(いや、すごくありがたいです普通だったらイライラするだろうに嫌な顔せずに待ってくれる)

一生懸命自分で言いたいことを頭の中で考えるんだけれど、それを表現する単語さえ無かったらどうしようもない。

結局、んーんー言ってるだけになっちゃて、そのまま時間が来てしまった。ツタレラレナカッタ・・・///。

これだと相手にも申し訳ないし、自分としても不満が残るから、レッスン終わった後に

「これはどういうふうに表現すればよかったんだろう」とかそういうのを考えて調べなければ、という気持ちになった。



ラングリッチさんへの要望としては、別にこういう「この日本語どうしよう」みたいなのに応答して貰う必要はないので、

こういう「こういうことを伝えたかったのだけれど、うまくいかなかったよー」みたいな感想

掲示板とかで共有できるようになるとうれしいかな、と。

とにかく序盤はいろいろ悩む所がありますですサポート相談するのもなんだしなー程度の軽い話がしたい。今は増田でやってますが。

さて、体験レッスンが終わったけれどどうしよう。あまり単語とか表現を知らなさすぎるので、

テキストベース淡々とやって、あまり脱線しないようにお願いするか(これも英語で伝えなければ・・・

それとも、しばらくはlang8で基礎的な表現に慣れたり、ボキャブラリーを増やすのが先だろうか。悩ましい。



でもまぁ、うじうじ考えるよりは、とりあえずラングリッチラングリッチで教師に迷惑かけつつ続けてみようかな。

失敗したり恥を書かないと、自分反省努力もしないだろうし。

2011-11-25

http://anond.hatelabo.jp/20111125002818

いくつか同意

特に通勤電車つらい。基地外が多いから。押す必要ないのに押す奴なんなの。

まあ、苦痛に思うことがたくさんあるようだけど、ほんと、海外行くといいよ。

旅行でも出張でも転勤でもなんでもいいんだけど。

特に欧州おすすめ空気が違う、景色が違う。別に人と話なんかしなくても適当に安いツアーで行けば、充分楽しめる。

必要最低限の事務的なことは係員がいるから、コレは便利。

個人旅行するならそれなりの準備や心構えやいろいろ大変だから安いツアーオススメ

って書いてるうちに自分が行きたくなる罠。

久しく行ってねえよ!!旅行自体。自粛してるわけでもなんでもない、単に仕事に疲れて計画すら立てられない状態、しかも本当にごくごく近場の旅をしようとしたらその日遅くまで残業って、なんなの?

放り投げてしまえばよかったのかもしれないが、それだと近場の旅すら落ち着かない、てか近場だから余計落ち着かない(すぐ戻れるから)。

もっともっと、遠くじゃないと駄目だな。こりゃ。

すまん、完全に脱線したわ。

2011-11-18

http://anond.hatelabo.jp/20111117180419

ま~~~~~~~~~~~~~~~だ

五右衛門やTRPGの話をするの?

盛大に自爆した話題をもう一回持ち出すのはやめようね。

こっちが情けでしつこく突っつかないことの意味勘違いしないように。

馬鹿相手のグダグダ会話を少しでも建設的に善導したいからつつき続けてないだけだよ。





お前のここまでの馬鹿ならではの右往左往をまとめてあげると

小説感想TRPGの話で食って掛かる

あくまで小説の話とその感想であること、

TRPGは未プレイであること、

TPRGではまた別の環境や展開があろうということ、

全て最初から一貫して&馬鹿が耳を貸さない分だけ何回も何回も断り続けてるのに

TRPGでは能力に発動確率があるって言ってるだろ!」

TRPGの設定の話をキチガイそのものの態度でわめき続ける。




突然ルパン三世で例えはじめる

「五右衛門は何でも斬れる」という

根っこから間違った知識を下敷きにしたうえで

「何でも斬れると思えるぐらいの凄腕」と「本当に何でも斬れる」の区別がつかず

五右衛門と魔人は同じように考えるべきだと吠える。




合間合間に必ず「TRPGではこんなことがあったよ!」

「そのゲームはやってない」「今の話とも関係ないよね」

とやんわり何回言ってもすぐ「TRPGでは~」がはじまる。

よっぽどそのTRPGプレイ体験が誇らしい楽しい思い出だったのだろうけど

他人にとってのその話のニーズについて察することが出来ない典型的コミュ障

自分がやったTVゲームプレイエピソードを延々喋り続けて同級生を退屈させるオタクってクラスに一人は居ましたね。

そもそもこのアホが食って掛かってきた理由も

ボボボ、ボクチンの楽しいTRPGプレイの思い出にケチをつけられた気がする!」という頓珍漢な感情に端を発するので

論点はフラフラするし論陣もめちゃくちゃ。

こんなのがウジャウジャ寄ってきたのであろうゲーム主催・運営してた架神は実にお疲れさん。




馬鹿の一連のトンマな勘違いが晴れればあとは簡単な話

以上のような

頭悪いゲーム中毒キモオタ

会話にならない欠点脱線論陣崩壊について

一個一個厳しく修正してあげた末に、ようやく話が簡単なところに戻ってきました。

喜ばしい。あほらしい。




次元や五右衛門のような達人が居ても、その能力を活かさない物語なんざ、普通にあるだろって話だよ。

最高効率ではない」って突っ込み意味あんのか?

そうだねw

俺は小説感想の一部として、より良いと思われた運用を書いただけだよ。

「そんな感想意味あるのか?」ってこれはただの俺の趣味だよ。




そ・れ・で?

俺の趣味が何か?

2011-11-16

本当に大切なモノは目にみえないんだよ。

今日は「お金」について話しをしようと思う。

お金」って何だろう?生活するために絶対必要なもの。そうだね。



でも、お金ってものは本当は「リアルじゃない」ものなんだよ。あくまでイメージ

リアルなのは「信用」とか「信頼」って言われるものの方なんだ。

まりお金は信用の代わりでしか無い。

から恐慌天変地異が起きて、貨幣への信頼がなくなったときにはお金は単なる紙切れにしかならない。



僕は昭和55年生まれで、戦後間もないころの新円切り替えを知識としては知っていても、現実味のあるものとしては受け取れていない。

でも、日本においてはこの新円切り替えがここ最近で一番貨幣への信頼がなくなったときだよね。



多分、みんな薄々感じてると思うけれど、21世紀の「新円切り替え」は刻一刻と近づいてきている。20年以内には高い確率で起きるよね。

そう考えたら、20年以上先の年金の事なんか考えても仕方ないし、もっと別のことを考えるべきだよね。



さて、脱線してしまたから元に戻そう。

お金は信用の代わりでしかない。リアルではないもの。みんなが信じているもの。」という話しをしました。

そのお金を稼ぐために一生懸命がんばっているわけだけど、みんな大切な事を見落としているんじゃないだろうか。



お金は信用の代わり」ということは「信用」のほうが本当は大切なモノなんだよね。

この「信用」というのがやっかい。目にみえない。

信用ってのは泥臭いもの

信用があるっていう状態はどういう状態かというと、僕の定義では

お金は払えないけど衣食住の面倒を見てください」ってお願いして

まず快諾してもらえること。



そして「信用を積み重ねられる人」というのは

お金を払わずに衣食住の面倒を見てもらっているにも関わらず

その世話人に「もっと居て欲しい」と言ってもらえる人のこと。



から、なんらかの過去のしがらみで元々「信用がある」状態でも

面倒を見てもらっている間に何もしなければ、どんどん信用は世話人の中で消費されていく。



信用を積み重ねられる人というのは、消費される信用以上に世話人に対して信用を上乗せ出来る人のこと。

一人前になるっていうのは、この信用を上乗せ出来る人になることを言うのだと思う。

信用を上乗せしていくためには

まずは「逃げない覚悟」が必要。

逃げグセがついたら、いつまでたっても逃げまわることになる。



次に「相手に言うことを自分への肯定・否定に受け取らない」こと。

言い換えれば、相手の言うことに対して、いちいち突っかからないこと。

自分に言われていないセリフであれば冷静に考えられるのに、自分に言われたときは冷静でいられないというのは相手と自分を同一視してしまっている。



当たり前だけど、相手と自分はあくまで別人格

もちろん自分に向かって言われているのだけれど、それを自分を肯定・否定したセリフだと受け取らないこと。

そうすれば毎回自分を守らなくて済むし、「何で?」と思ったことは素直に「何で?」と聞くことが出来る。



次に「約束をちゃんと守ること」

約束を守らないような人間は、例え大金持ちでも「幻想としてのお金」を持っているだけであって、いざというときに周りの人は支えてくれない。

約束を律儀に守ることによって、少しずつでも信用は蓄えられていく。

逆に約束を破った瞬間に信用はガタ落ちになる。最近で言えばオリンパスショックがまさにその典型だよね。



最後に「会話が楽しめること」

会話というのはキャッチボールに例えられるけれど、相手の求めているボールを投げてあげて

自分の求めているボールが投げられてきたら、そのキャッチボールはとても楽しいものになる。

信用というのは、こういう小さなたわいのないところでも形成されていく。



もちろん、他にももっと色々な信用の積み上げ方があるとは思うけれど、とりあえず思いついたところを書いて、今回はおしまい

2011-11-06

進路についての質問です

現在高校一年生、将来の進路について模索です大学への進学を一番の視野に入れています

背伸びせず自分の学びたいものを学べるところに進学したいのですが、いまいちからない所が多く、ここで質問してみたいと思いました。

1:偏差値はどの程度考慮したほうがよいでしょうか

偏差値といって私が直接影響をうけるのは、私自身と言うより、周囲の人間ステロタイプ気味に変わるのかな(偏差値重要であればあるほど)というぐらいで、そこまで深く考えていません。

今私は比較的大きめの、コース別に別れた普通高校に通っています偏差値は高い所で65,低い所で50ギリギリ届かないところで、坩堝です。みんな黒髪ですが、コースが違うとスカート丈の長さとズボンの下ろし具合が変わるので、一目瞭然です

脱線しました。とりあえず、そういう人もいるということは知っていますし、友人はすべてのコースにいるので、交友関係が一色に染まっても問題はないかな、と考えています

ですが、これはあくまで私の考えです。できれば偏差値もっと重要、その程度の見方ではまずい、という方の意見が聞きたいです

ちなみに大企業で働きたいとか、学歴大事だとかはそこまで考えていません。じゃあ結果が大事かというと、それもそこまででは・・・

2大学の選び方について

正直なところ、どこの大学に行っても大して変わらないな、というのが実感です

山手線域まですぐ出れるとか、アクセスはそこまで考えていません。モノも服もほぼネットと近くの店で済ませています

実際新宿だとか渋谷だとか原宿だとか下北沢だとか自由が丘だとか言いますが、ぶっちゃけそこまでいいところとは思えないと言うか、電車乗ってまで行くところかな?というのが感想です。とはいえ、都立中央図書館国会図書館国立美術館なんかは電車乗ってまで行く価値があると思うのですが、そこの近くの大学にするっていうのもなんだか違う気がするんですよね。大学なら図書館もありますし。

大学自体の違いはジュンク堂紀伊國屋ほどの違いしか感じられないのですが、そんなことはないよ、という方がいらしたらぜひ伺ってみたいです

3:大学教員の選び方について

私は今のところ興味関心をひとつに絞り込むことができず、ゆえに大学で何を学びたいとかいう方向性までは定まっていません。なんというか、もったいないと思ってしまうのです

ですから、おそらくこのままだといわゆる専門的教育のような学部よりは、幅広く理解を求める総合的な教育の方に行くのかもな、ぐらいには思っています

大学学部学科は様々で、教員も様々ですが、異なる大学で、同じ学部学科研究テーマなどまで同じ教員というのは少なくないと思います

そこで、大学の序列抜きにして、こういう両者に違いを求めたい場合、何を基準にすれば良いのでしょうか。

論文を見ろ、とおっしゃるかもしれませんが、見たところで何を言ってるのか分からない部分も多く、見たところで違いが分からない、というのも本音です

オープンキャンパスで会ってみるにしても、時間が限られており、満足の行くようにはならないだろうと思うので、できればそれ以外の情報から判断したいのです

2011-10-31

http://anond.hatelabo.jp/20111031171751

人間性に問題ある人を現す言葉として やくざと使ったのでは?

仰るとおり、手に負えない相手として「やくざ」という単語を用いています。古式ゆかしきヤクザさんはカタギの人に迷惑はかけないといいますし。

弱い人間が強い後ろ盾を持つ事で「勘違い」してしまうとこうなる、って事ですね。



何かの役に立つとか、何か新商品を開発するとか、新しい技術革新 そういうものが無い世界から、かも

「お客さん」がいる仕事、いい物を作って評価や喜びの声を得る機会がある仕事は、誰もが一度は経験したほうがいいと思うんですよね。

自分はモノを作る世界からそうでない職種に移って、周囲を見るにつけひしひしとそれを感じています

「お客さん」を相手にしたことがない人は自分のお給料の出所を軽んじる傾向があるように思うし。

形として何も残らず工夫の余地もない類の単調な事務職を無目的にずーっとやっていると、プロ意識があるとはどういうことか、自分仕事に誇りを感じるとはどういうことか、を知らずに老いていきかねないなと思うし。



とまあ脱線しましたが、やっぱり最終的には人間性の問題ですよね。

2011-10-26

http://anond.hatelabo.jp/20111026095132

別に元増田に賛同するわけでもないけどさあ

「女のくせに男のテリトリー侵食するな、不愉快」とでも書けばいいんじゃないの?

こういう、

明らかに元増田の主張を取り違えたままドヤ顔で煽ってるつもりの低脳、

こういうタイプの奴はどうにかならないのかね。

こういうのが入ってくると口喧嘩はしらけるし議論なら脱線するし。

2011-09-24

http://anond.hatelabo.jp/20110924124945

よこだが女妬む男なんかいねーよ

なんかアホ特有の三十路にーとかそういう話に脱線したそう感丸出し

日本語勉強して来い

2011-09-06

結婚するなら喪女がいい

結婚するなら処女喪女がいい。

出来ればインドア派な女性がいい。腐女子でもいい。



自分に自信がないということは謙虚ということだ。

声が小さくてコミュ障ということは男ウケする演技することもなく誠実ということだ。

男慣れしてないということは浮気したくてもできないということだ。

多少ならブサイクでもいいじゃないか。どうせ女はみんな40過ぎたら外見が劣化するから



コミュ力が問われる昨今だから喪女処女正社員就職でつまずいて派遣フリーターニートになってる可能性が高いだろう。

でも、喪女処女ビジネスパーソンとしてはダメでも、奥さんとしては最適なのでは?と思う。脱線してすまんこ


http://anond.hatelabo.jp/20110906192716

2011-08-31

俺、某アニメの「アンチ」やってるんだけど

アンチ」って言っても、別にそのアニメを全否定するつもりは無い「アンチだっているんです



ファンの中には「全体的には気に入ってるけど、ひとつの要素だけは気に入らない」人もいる。

でも、そういう「作品を全肯定できないやつ」はみんなアンチ扱いされる。

作品に欠点があっても、欠点自体を素晴らしいものとして褒め讃え崇めるくらいのことをしなきゃファンじゃないらしい。

「じゃあいいよ。俺、ファンやめてアンチになる」

そうやってアンチになった後、ファンだったときには気にもしなかった「アンチ叩き」の勢力の大きさに気づく。

「有名な○○さんも作品××を高く評価! アンチものを見る目が無い」「社会現象になった××のアンチしてるやつって恥ずかしくないの?」

「これだけ売れてるのにアンチしてるやつって頭おかしいんじゃないの?」「××アンチ息してるー?」

アンチ」や「批判」にネガティブイメージが付いているのを良いことに、まるで「アンチは人に非ず」と言わんばかりの攻撃をかけてくる。

○○って人が肯定したら右へ倣えしなきゃだめなのか。売れたものは全肯定しなきゃいけないのか。

そんなことはあるまい。いくら絶賛されてようと、売れていようと、欠点があればそれに対しての批判があって良いはずだ。

でも著名人に褒められた、たくさんの人に好評を得た(たくさん売れた)、だから批判される謂れは無いという意見がやたら大きい。

マジョリティなのかノイジーマイノリティなのかは分からんけど、ネット上では「そういう人」が「多数派」になってる。

全肯定するファンか、キチガイ扱いされて排斥されるアンチか。どちらかしかあり得なくなってる。



何か脱線しちゃった。

何が言いたいかって「ここは好きだけどここはダメ」みたいな人もファンだと認めてください。

2011-08-26

教育の場にばらつきは許されません

ブコメを見ると「脱線したほうがおもしろい」だとかいろいろ書いてあるけど、

集団教育に求められてるのは最大公約数的な平均の底上げでしょ。

君ら高偏差値進学校に通ってた人間の水準で高校生の程度や教育を論じるんじゃないよ。

なにが高校生を甘く見過ぎ、だよ。

そのための指導要領なんだけど、指導要領撤廃しろとかいうアホまで可視化される始末。

ほんと政治クラスタはクソばっかりだ。

2011-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20110822154724

おいおい、おまえはアホなのか?

「その会社にとって」安いかいかなんてどうでもいいなら、

その会社の「売上高に対する比率」だって無意味だろうよ。

はあ。

バカ相手に蛇足まで付き合うとかえって混乱させちゃったかやっぱり。




繰り返すけど

「その会社にとって」安いかいかはどうでもよろしい。

話の本題は「電波使用料がテレビ局に不当に安く提供されてるか否か」だから

「市価と比べて」安いかいか、だけを見ればよろしい。

ここまでが本題。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

で、バカが突然言い出してる

「その会社にとって」安いかいかを計る話、

これに付き合うならば(すでに本題とは無関係な脱線雑談だなこれは)、

営業利益売上原価なんか比べてもなんら意味のある数字は出てこない。



こんなバカな対比を得意げに出してくるのは、君が営業利益の出し方も知らないバカだから

俺はこんなバカはほっとけと思うけど

親切なもう一人はわざわざ簿記3級のレクチャーを始めてたから「親切だねアハハ」というだけの話。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




本題に戻り、

とっとと電波利用料を安いとみなす理由を説明してみろ。

それなりの会計知識使ってな。

その説明がない限り、

「国から妙に保護」って何の根拠もないってこった。

もうとっくに説明されてる。

競争入札がされてないから。終わり。




これは会計知識すら要らない、バカでもチョンでもわかる話。

そして何度もいろんな人から既に答えは出てる。

君が、バカか、チョンか、直視したくないから、

理解せずに何度も何度も同じとこ回ってるだけ。

2011-08-13

夢を見た

中学校部活の後輩と再開した。もう10年は会っていない。

当然、夢のなかの彼女はあの時のままだ。

しかし、なぜ今、彼女が夢に現れてくるのか?

僕は、彼女を好きになった覚えはない。好きな人は、別にいた。結果付き合わなかったけど。

彼女とは、ただの先輩と後輩という、上下関係の一種。

最近学生はお盛んらしいが、僕の通う中学は大して恋愛なんてなかった。付き合うと、すぐバレるからだ。ムラ、ではないが、一地方都市恋愛事情なんてそんなもんだ。

箸が転んでもおかしいと言うように、そんな恋愛なんぞしなくとも、みな和気藹々としていて、しかし恥ずかしいモノは恥ずかしいとして、楽しかった。

思うに、人間恋愛するにしても、生涯の伴侶()を求めるにしても、結局はこういう青春時代の延長線上にあるのではないか。言ってしまえば、憧憬。


話がそれた。

そう、夢のなかに彼女が出てきたんだ。後輩の。


僕と彼女吹奏楽部の同じ楽器、同じパート担当する関係だった。椅子も隣だ。

顧問が合奏中に話を脱線する度に向きあってニヤ付く程度には、すぐに打ち明けていたし、その程度のユルさを持った部活だった。当然コンクールでは大した成績が出るわけでもなく(といっても僕が最終学年のときは創部以来二番目にいい成績を収めたので、個人的にはハッピーエンドだ。終わってから、みんな笑顔だった。笑い泣き。)一般的な吹奏楽イメージ―――文化系のなかの体育会系で、毎日夜遅くまで楽器を吹き鳴らして近所からクレームがくる―――なんていうところとは、違っていた。強かったのは、合唱部の方だ。こちらは、全国常連気合の入り方が違う。文化祭合唱コンクールでは、ひとりふたり増えたところで大した違いが出るわけでもないのに、合唱部の人数の多さが勝敗を決める、なんて技術教諭担任が喧伝したものだ(もちろんそんなので勝敗は決まらなかったわけだ)


また話がそれた。

そう、彼女とはそういう間柄だ。


そういう間柄でしかなく、高校は親が転勤族で、僕が引っ越した都合もあって、それ以来連絡をとっていない。もう、彼女名前を思い出すことはないだろう。事実、僕も、今朝その夢を見て目が覚めた後、名前が思い出せず、お別れ会でもらった色紙の名前を見て、彼女をはっきりと思い出した。彼女には、先輩からメッセージをと、後輩に一通ずつ渡した手紙がある。彼女はそれを大事にとってあるだろうか?憶測の域をでないが、彼女なら、とっていてくれるはずだ。ちなみに、僕が中学生の頃は携帯電話というイロモノは高価過ぎてまだ学生が持つには早かった時期だ。とはいえ、じゃあポケベルかというと、それは遅すぎる。過渡期だった。ゆえに、中学時代の同窓とは今もほとんど連絡手段がない。連絡網はまだ家にあるが、繋がる期待よりも、「オメー誰だよ」というような至極もっともな反応が帰って来るだろう期待のほうが高い。すべきではない。ラグビー部男の子が何年ぶりに電話をかけてお付き合いが始まるなどというのは、幻想しかないのだ。生存バイアスである

せいぜい庶民に許された道は、母校の技術教諭と体育教諭結婚してヒューヒュー言われる程度が関の山。あれから10年経つが、今も結婚生活は順風満帆なのだろうか。新婚さんいらっしゃいに出るからとか言ってたが、ついぞ見なかった。うそつきめ。


またも話がそれた。これは宿痾なので、許して欲しい。

そう、彼女とは連絡が取れないのだ。取りようもない。


しかし、そんな彼女10年ぶりに再開した。夢の中で。意味が分からない。もとより意味などないのかもしれないが。

ちなみにこれだけの情報をありありと書いているとバレるかもしれないけど、バレても構わない。僕としては、彼女名前が後輩といえど、10年経っていたにしても忘れていたということに軽くショックを受けており、彼女とのあれこれを書きだしておきたかったのだ。

夢の中身は、あまり意味不明すぎて、書きだす気にもなれない。若干甘美なときもあった。しかしその甘美なとき、周囲は津波に飲み込まれたビルの屋上に位置するマクドナルド禁煙席であり、周囲には避難してきた人でごった返しているのだから、わけがからない。夢の中なれど、友人が何人も飲み込まれた。というか知り合いで助かったのは彼女だけだ。まったくもってわけがからない。これを見せる僕の脳みそは何を欲しているのだろう。目覚めたとき、僕のペニスは固くなっていた。しかし、悦楽に浸るような気分にもなれず、固くなったまま引き出しを漁って彼女記憶を取り戻し、今こうして文を書いている。もう萎れた。


ちなみに、この情報で僕が誰かというのを特定するには難しすぎると思いますが、もし誰かわかった場合生存報告の一種として受け止めてくれれば幸いです

3.11、僕は生き延びました。みなさんはどうですか。同窓会に誘われる手段も残していませんが、みなさんが生きているなら、十分な果報です

2011-07-26

中国のパチもん新幹線事故なんだが、実は、もっとたくさん死んでいるという話が出ている。大紀元の記事なんだが、

脱線・落下した6つの車両は満員時には600人乗れる。新華社数字に基づいて計算すると、600-211(負傷者数)-35(死亡者数)=354人。

http://www.epochtimes.jp/jp/2011/07/html/d31775.html

この354人はどこに消えたのか?なぜ慌てて埋めたのか?」

そもそも、「なんで35人死亡なのか?」という理由なんだが、どんな事件事故でも、35人を超えて死ぬと、その地区共産党委員会の書記が更迭されるという規則があり、なので、どんな事故災害でも必ず、死者は35人だそうでw

事故後、「35人は訳あり数字だ」と書き込むユーザーがいた。「今回の高速鉄道は35人死亡。河南省平頂山の炭鉱事故も35人死亡。重慶市の暴雨による死者も35人。雲南省の暴雨被害も死者35人。『35』のカラクリを教えよう。実は、死者36人以上の事故が起きた場合、市の共産党委員会の書記が更迭されることになっている。そのため、事故が起きた当初から死亡人数は35人以下と決まっていた」

中国だけに、ありそうな話ですw で、政府は必死に事態の沈静化を図っているようだが、

▼死傷者数は権威部門の発表に基づく▼報道頻度を控える▼市民献血タクシー運転手が搬送を支援するなどといった感動的な出来事に焦点を合わせる▼事故原因を掘り下げない、権威部門の発表に準ずる▼反省評論を避ける、というものだという。一連の中宣部の報道規制は、民間メディア政府の責任を問う声を封じ込める狙いがあるとみられる。

マスコミに余計な事は報道しないで、騒ぎを大きくするなと指令しているようだが、まぁ、今じゃ中国にもネットがあるので抑えようがないですねw

2011-07-19

http://anond.hatelabo.jp/20110719000320

本題からすげー脱線しているのでここいらで打ち切るが、

仰る通り線形代数なんてもともとたいしたことやってない。

でも、抽象ベクトル空間論とか(大学一年で習うのは次元の一意性くらい?)対角化とか行列式とかその辺知らないと如何にヤバイかは分かるよな?

あんたさ、元増田が書いたり、僕が書いた文章をどういうふうに読んだの?

http://anond.hatelabo.jp/20110718194705

愚痴続けるわw

最初に絡んだきた奴もさ、

なんか悪口っぽくなってしまうのだけれど。学部生,だと18歳以上とかか,にもなってそのあたりを自分でできないやつがいることが教官には想定外だと思うぞ。

と、書いてきたけど、

この人は、

きっと「コーチング」とか「インストラクショナルデザイン」とか知らないし、

知らないくせに、そのまんまスルーして、

「え、そんなこともできないの?」って書いてきたんだよ。

 

「お前が悪い」と個人攻撃をする

 

それが教育上なんの効果を生むの?

例えば島宗理の「パフォーマンスマネジメント」には、

一番最初のほうにこう書いてある。

仕事人間関係がうまくいかないとき

我々はその原因を他人や自分性格能力

やる気や適性のせいにして、

問題解決のためのアクションをとらないことが多い。

これを個人攻撃の罠という。

コーチング」とか「インストラクショナルデザイン」を知ってたら、

あいうことは言ってこない。

知っててああいう文章を書いたとしたら、

俺を貶めたいという悪意があるってこと。

ハンロンの剃刀的に、悪意よりも、

単純に知らなかったという方が事実だろうけど。

まあ、匿名ダイアリーだし、優越感ゲームも多分に含まれてるか。

あるいは、日頃から、そういう学生に手を焼いてて、

つい本音出たのかもな。

 

で、いいかい?

あんた部下を持つ立場にいる人間かどうかも知らんけど、

最初の奴みたいに、

「厳しいこと言うけど、なんでこれぐらいもできないの?」

と部下に言ってみたとして、

その部下が何か改善するの?

「厳しいこと言うけど」と前置きして、

「気を遣って言ってやってんのに!」とか思っちゃうタイプ

 

脱線した。もとに戻そう。

 

元増田はさ、

まりにも教師が「数学、かくあるべし」に固執した教え方しかしないから、

モチベーションも低下して、

一度ドロップアウトしたんだよ。

でも、自分勉強法を探して、実践してみて、

どうにかこうにか次の段階に進んだんだよ。

 

で、俺の場合は、足りてなかったのは、

個々の線形代数トピックスのメタ的な理解だったの。

俺はそこがわかんなかったの。

から、目の前にある問題がとにかく難しく思えた。

それって論理的思考でどうにかなる問題じゃなくて、

もっと先のレベルのことだったり、

全体のこと知ってないとわかんない事なんじゃないの?

そこの部分ちゃんと読んでるの?

 

そういえばブコメで、

dowhile 10時間の下積みがなかったら30分のレクチャー意味がわからなかったのでは。

て書かれてて、そうだ、その通りだと思ったんだよ。

「なぜこのエピソードが成立しえたか

を一番端的に言ってると思う。

アハ!体験させていただきました。

2011-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20110709103543

長い文章を読ませたあとで、関係ない話に脱線して、「◯◯はまた別のお話。」で、しめる文章を読んだときの読後感が鈍る感覚はこのお約束を守っていないからなのかもしれない。

2011-07-10

http://anond.hatelabo.jp/20110710004327

危険が身体感覚で理解できないものをあえて使わなきゃいけいないものと素朴な感想を抱くんだけどね。

ま、素朴な感想なんてもんが反知性主義なのは承知の上だ。その上でなお、そう感じる。


鉄道自動車飛行機危険性は誰だって分かるだろ?

自動車で突っ込んだら、自動車が突っ込んで来たら、電車脱線したら、飛行機が墜ちたら、どれほど危険か。これは誰に教えてもらわなくても自分危険性をそれなりの身体感覚を伴って判断できる。

その点放射性物質は飛んできても自分でまるっきり分からない。教えてもらわないと分かることができない。で、その「教えてくれる人」がなぜか測定用計器が壊れたり数値公表の必要を認めなかったり取材したら逮捕させようとしたりいろいろした結果として信頼を失ってる、という問題なのだぜ?


リテラシーがあるか、定量的評価ができるか、なんつー問題では全くないのさ。問題すり替えんな。

2011-07-07

http://anond.hatelabo.jp/20110707100242

話の流れから脱線して同意

自分が間違いなく生活してさえいれば間違いが起きないかと言うとそうでは無くて

どこからともなく敵が攻めてくるみたいな事ってあるよね

2011-07-03

生きる意味?生きる目的人生のコンセプトって?

※おことわり

少し時間ができたので、最近ちょっと考えたことをまとめておこうと思う。

単なるメモでも良かったけれど、次の展開を期待してあえて発信してみる。

けれどこれは、自分の考えを誰かに押し付けものでもない。

ただ、自分意見への少しの共感が、ごくわずかな人からでも得られたら…

と、どこかで期待しているのも否定しない。


重たいタイトルだが、以下は要するにキャリアについてのまとめ。

自身はすでに就職先の決定など、人生における比較重要な選択を終え、

どうしても帰納的なキャリアの導き方となるが、そこは了承いただきたい。



--------------------------


俺は哲学者でも何でもないけれど、自分キャリアを考えているうちに、

進むべき道を定義するためには、自分の生きる意味なり目的なりを

ある程度はっきりさせておく必要があるのでは、と考えた。


いわゆる、人生の“コンセプト”というやつだ。

人生において全体を貫く統一的な概念

もちろんそれは人生の経過とともに変化して良いものだが、

それが定まっていると、なんとなくラクだろうな~と思う。


例えば就職活動など、人はどこかの段階で人生における重要な選択を迫られる。

この時、選択したものに対して論理的な説明ができなければならない。


とは言うものの、たとえ論理的な説明ができなくても、

特に大きな問題はないだろうというのが正直なところだ。

それでも論理的な説明を用意しておくべきだと考えるのは、

自分を納得させるためでもある。


さらに就職活動のみならず、この先まだ長い人生において、

自らのキャリアを選択するのに悩む場面が出てくる。

そんな時に、思考の上で帰る場所があれば、と思うのだ。

迷ったら帰る場所であり、それは同時に目的地、ゴールでもある。


一度そこに立ち返って、演繹的な思考を重ねれば正しい選択を導ける。

いや、正確に言うと正しいかどうかは判断できないが、

少なくとも自分を納得させられるだけの論理構成を組み立てることが可能だ。



キャリア」についての説明が不足していたので少し補足しておく。

キャリアイメージは、人生という名の線路のようなものだ。

線路は予め用意されている場合もあれば、自ら敷く場合もある。

自分自身は線路の上を走る車両

途中、いくつかの岐路があってどこに進むか選択しなければならない。

選択を誤ると、目的地まで遠回りすることになったり、

下手すると目的地が変わってしまったりする。


これは普段気づきにくいことだが、

そのうち手段が目的と化してしまうことが多々ある。

目的地を目指して進んでいるはずの車両が、

つの間にか周りの景色を楽しむだけのものになる。


…という話をするとどうしても抽象的になるが、

要するに「キャリア」は歩んでいく人生そのものだ。

働く、趣味に没頭する、結婚する、家庭を築く…

いずれも、ここで言うキャリアに含まれる。



少し脱線したが、そもそもなぜこういうことを考えるに至ったか

自分キャリアにおける選択はこれで正しかったのか、

改めて検討しようと考えたからだ。正しかったのか…というよりは、

間違っていなかったことを証明たかったという方が正確かもしれない。


自分が納得のいくための説明をするためには、

論理構成が正しく組み立っていることが大切だ。

論理的に正しいということはつまり、なぜ?に対して答えられるということ。


帰納的な論理思考は、なぜ?の繰り返しである

しかし、なぜ?を何度か繰り返すと必ず壁にぶつかる。

行き当たるのだ。それは時に、哲学的な問いである。



なぜ、生きるのか―。


千差万別の答えが得られそうだが、

俺の結論を先に言うと“子孫を繁栄させるため”だ。

生物学的にも進化論的にもきちんと説明できる。

そのために、男も女もモテようと努力する。

さらに子や孫、あるいはその世代が

よりよい生活を送られるように、環境を整えようとする。



では、どう生きるか―。


これもまた、十人十色の答えがあるだろう。

俺が導いたそれは“適応的に生きる”ということだった。


加速度的に複雑化する高度文明社会

情報をはじめモノやヒトの流通量は爆発的に増大し、

あらゆるものが高速度化、自動化、多様化、細分化している。


そんな変化の多い時代、

社会環境にうまく適応できた人間が生き残る。

子孫を繁栄させることができる。



少し横道に逸れるが、キリンの話を。

首の長いキリンは、進化過程でそうなった。

厳密に言うとキリン努力によってそうなったわけではなく、

遺伝の変異で首の長い種が誕生したのだが、それが環境適応した。


これまで地面に生える草木をエサとしていた草食動物

しかし、エサとなる草木にも限りがある。

そこにはエサの取り合い、熾烈な生存競争があった。

キリンはその長い首を生かして、

他の動物が手の(口の?)届かない高い樹木の葉を食べた。

これなら他の種と争うことも無く、エサに不自由することがない。

それで今日に至るまでキリンは子孫を繁栄させたのである


繰り返しになるがとどのつまり

環境適応できる者が生き残るということだ。



さて、首の長いキリン場合は長い長い生物進化過程

おそらく遺伝子突然変異によって生まれた。

それが、当時の環境にうまく適応していた。


しかし、今の人間が生きる環境は、自ら作りだしたものである

文明の進展によって、人は社会と呼ばれる環境を自ら作ったのだ。


すなわち、現代を生きる人にとっての適応とは、

単に自然環境に対する適応ではなく、

加速度的に変化するこの社会環境への適応ということになる。

すごく簡単な言葉に置き換えると、

時代の流れにうまく乗る、と言ったところか。



その社会環境への適応のためには、今を分析して未来を予想する必要がある。

現在自分が置かれている状況を整理した上で、

社会環境を分析、さらに今後の変化を想定しなくてはならない。


…ならないのだが、俺は識者でも学者でもなければただの一般人

ゆえに、ここからは完全に私見になるためやや省略ぎみに。

先にも触れたように加速度的に変化する複雑な高度文明社会

したがって「変化に適応(柔軟に対応)できる人」が、

現在社会環境適応しやすい人と思われる。

例えば、今やどんな大企業もいつ倒産するか分からない時代。

リストラされても自分で食っていけるかが大切だということ。

また、情報爆発の時代ではITリテラシーの有無が情報格差につながる。

情報取得、選別能力の高さがそのまま社会環境への適応力の高さに。

高度文明社会から少しずつ回帰する現象が始まるかも。

そんな中では、人としてのコミュニケーション能力重要

人の生命を支える農業などの一次産業にも焦点が集まる。

外へ外へと出ていく時代から地方が重視される時代に。


そんな時代の社会環境適応的に生きるには?

その答えはなんとなく、ぼんやりとあるけど、

これからもう少し時間をかけて詰めていきたいと思う。



さて、これまで長ーく書き連ねたけど、

つまるところ、幸せに生きたいなあと思うわけです

自分ももちろんだけど、自分の周りにいる人も、

もっと言うと子供や孫、さらにはその世代の人々も、

みんな幸せを実感しながら生きられたら、と。


それで、自分にとって何が幸せかを考えた。

結果、コンセプトのある生き方なのかな、と。

そこから導いたのが上のような考え。

今の社会環境適応的に生きられたら、それは幸せだと思う。

もっと欲を言えば、自らが適応できる社会環境をつくっていけたらと。


力のある人は、社会の仕組みそのものをつくる。

それはすなわち、自らが適応しやすい環境をつくるということ。

そうするために、自分が出来ることはなんだろう?

これからも考えながら歩んでいこうと思う。



--------------------------


※おわりに

最後の方、ちょっと時間がなくて雑なまとめになってしまった。

超個人的なことだが、適応的な人間になるために、

それなりにやることやってきたのかな?と思う。

器用な人間になりたい、と思う。何でもできるゼネラリストに。

そのためには色々なものを見て、たくさんの経験をすることが必要。

つのことを徹底的に深める人は本当にカッコイイと思うけど、

自分はそれよりも広さを追求しようと思う。

加速度的に変化する時代に、適応的な人間になるために。

2011-06-26

働く事と即戦力

これは弊社だけの事かもしれないけど、どうも「人材の育成」ってのに全く関心が無いように見える。なんでもかんでも「即戦力」ばかり求めていて、自分個人的にはお話にならない。

密室会議プロジェクトの体制が決まるのだが、だいたい自分担当範囲は「その他」と書かれている事が多い。

基幹部分はVisualStudioで、だいたい、VB.netで書かれたプログラムで目立つところばかり。でも別に基幹部分とはいえ、クリティカルな部分は無くて、万が一止まってしまったら、リブートすればいいだけ。この部分は、たいてい他の人に取られている。

で、自分に割り振られる「その他」ってのは、VisualStudioで、VB.netVC++で、主にネットワークミドルウェアドライバの部分、他のマシンUNIXのX-Windowだったり、WebサーバWebアプリOracleデータベースだったり、組み込みマイコンOSドライバアプリ担当となる場合がある。

ちょっと待ってよ。なんでVBの部分は数人で作っているのに、その他のクリティカルで多様な部分は俺独りなのか?

聞いてみた。

「誰も出来ないから」

は?

だって生また時から出来るようになったわけじゃねーよ。誰も出来ないなら育てろよ、と言ってみた。

「そんな時間と金は無い」

意味わかんねーし。

でも、最初から担当出来るならまだまし。たいていは、「出来ない部分」は外注に発注する。

そして、外注が失敗する。

その尻ぬぐいが俺になるパターンが9割を占める。

勘弁してくれ……。

自分の課の人員動向を見ていても気になる部分がある。課長係長の様子を見ていると「使えない」と判断したら他の課に回してしまう、けど、教育はしない、みたいに見える(でも、部から外へは出ない)。

なんかおかしくないだろうか?

先述の外注の件も、「社内で遊んでいる人員がいるけど、技術が無いから、外注に出す」パターンで、結果、外注に踊らされて「動かないコンピュータ」が出来上がってくるパターン

外注と話をすれば、(まぁ、だいたい15分も話をすれば)、相手がどのくらい出来るかどうかなんて判断出来る。たいていの場合「無理じゃね?」「これじゃ出来ないのあたりまえじゃね?」という結果が俺の脳裏をよぎる。でも、何故か、外注に発注する事になる。

おかしいよな。だって「社内に遊んでいる人員」がいるのに「外注に出す」ってなんなのさ?

即戦力

しか頭にないんだろうな。

外注も頭良くてね。業界つながりで他の会社人達と話す事もそれなりにあるんだが、出来る会社、出来る人員(個人事業主も含む)は、口をそろえてこう言うんだ「悪いけど、君の会社の、特に君の部から仕事は受けないようにしてるんだ」とね。表向きには言わないけど、複数の会社に相見積もりをとると、そう言っている会社は、弊社に出してくる見積書がめちゃくちゃ見積金額が高い。当然、弊社からはその会社に発注しないわけ。そう、残っているのは「実情を知らない会社とその社員」だけ。だから「動かないコンピュータ」が出来上がってくる。上の連中がどれだけ、この事を知っているのか。

の、割には「職人」に対する扱いがひどいのもある。

どうも、経営者管理者どもは、自分の力で物理法則が変えられる、他人の脳をオーバークロック出来るかと勘違いしているようだが。どこかの国の政治家DQN連中と同じように見える。

IT業界だけの話じゃ無いと思うんだけど、例えば……そうだなぁ、漫画アニメ小説とかのコンテンツ業界も(外から見てる限り)そんな感じを受ける。こっちの業界も、「即戦力」と「職人に対する扱い」に関しては、IT業界と同じに見える。

漫画小説も、「既に売れている作品」に勝るとも劣らない作品をクリエイト出来る人間けが採用されているような気がしてならない。いや、同人誌界を見てるとそう思うわけなんだが。

商品なんだから、それは当たり前の話なのも分かる。

だがよ。「育てる」事してないだろ?(という風に見える)

ある機会があって、就活生と話す事があった。やはりかなり焦っていて「もう仕事は何でもいいし、どこでもいいか内定とらないと」と言っていた。「うちの会社にだけは来るな」とだけ言って、俺は言わなかったけど、確かに「新卒」というカードを使えるのは1度きりだけど、「意に沿わない仕事職場の雰囲気、自分技術力、これらが合わないと、早々に精神を病むぞ」と言いたかった。現に、弊社やその周りの会社では早ければ入社後1週間、2~3年後までに辞めてしまう、またはメンタル疾患にかかる人が急増している。

なにしろ、育てないで、新人といえども「即戦力」を求めるからな。付いてこられない、精神的疲労は大変だろう。

今年の新人君と話をしてみたが、情報系の院卒のれっきとした修士でありながら、16進数バイナリテキストの区別が分からなかった、という驚愕の事実。これで「即戦力」?

ゆとり」世代、の一言で方つけてしまうのは、少々酷かとは思うのだが、採用判定する方も「ゆとりジジィ」としか思えない。

まぁ、うちの部は、会社の中では「墓場」と言われていて、この部から出て行くには「自殺」「精神疾患による退職」の2択しかないのだが。

こうやって脱線した時の、リトライのすべが無いのも事実だよなぁ。

「そりゃ、実力が無いだけ」「努力が足りないだけ」

一刀両断にするのは、いかがなものかと。まぁ、分からなくもないけどね。

前述のような事を書けば、ほとんどの人は

「辞めればいいじゃん」

と言う。まぁ、それも分かるわ。実際その通りだし。別に社畜じゃないし、会社に未練も無いから。少なくとも今の会社、出来れば「職人」を蔑ろにする風潮のIT業界からは離脱したい。

が、IT以外、他に手に職が無いのも事実

サービス業なんていけない。ぶっちゃけしまえば、サービス業(例えば接客業等)って、いわゆる「感情職業」じゃないですか。一度鬱病やって休職した経験のある自分にとって、感情職業は無理。

転職エージェントとか見ていても、やはり「キャリア」。「即戦力」だよねぇ。

最近mixiの(少なくとも自分にとっては改悪だった)状況に対する、mixi使っている人達の反応や、Twitter非公式RTに関するページを読んでいて、「そんなに嫌なら、使わなきゃいいじゃん。自分に合ったもの自分で作れよ。」と思う。無料サービスアプリなんだから文句たれてないで、使うの辞めればいいのに。

なんか、弊社のある課長を思い出したわ。ある有名なフリーソフトを使っていて「これ、使いにくいから、作者にクレームメール入れるわ」とか……。おいおい。使いにくいなら使わなきゃいいだろう、フリーソフトなんだし。相手(課長)の常識より、自分常識を疑ったわ。フリーはいえ、クレームをつけるという常識が、昨今の風潮なのか、と。

と、思うのは、前述した「(会社を)辞めればいいじゃん」と同じなんだろうか?

少なくとも、金銭や契約が関わっている以上(他、労使契約労働基準法等)、違うと思うんだよね。

と、書いても、例えば、喫煙者愛煙家と言うか?)にたまにいる「金と税金払って吸ってるんだから、どこで吸おうと勝手だろ」というのと同じなんだろうか?

いったんレールから外れると、ほとんど復帰のすべが無いってのは、なんだかなー、と思う。

するとこう言う。

「じゃあ、日本から出て行けば?」

これも「(会社を)辞めればいいじゃん」「使わなきゃいいじゃん」と同じなのかな?

自殺する気は無いから、会社は辞めるけどね、耐えられなくなったら。自殺するくらいだったら、引きこもり生活保護の方がいいわ。

1900年以来、第4位の大地震であれだけの災害だったにも関わらず、死者・行方不明者数が、スマトラ島沖地震チリ地震よりも少なく、かつ、「年間の総自殺者数」の方が多いってのは、どうかと思うわけだが。

ちょっと、最近、閉塞感を感じるので、つらつらと書いてみただけ。

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