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はてなキーワード: 科挙とは

2022-01-12

今年こそ科挙受かりてえな。

今年無理だったら宦官になる。

2022-01-05

多様性なんていらない、必要なのは実力主義

近年多様性重要性を説く人々が少なからずいる。その中には所謂マイノリティ女性配慮することを求める者も少なくない。配慮方法についても様々なものがあるが、女性比率を○○%にするといった形を採ることがある。

しかしこれらは全くのナンセンスの様に感じられる。

所謂多様性重要性を説く方々は、多様性自体が良い結果をもたらすかのように考えているようだか、そんなに単純な話なのだろうか。

もし多様性が全ての問題解決するような因子であるならば、誰もが取り入れるに違いない。

だが、そうはなっていない。

本来はどの様な場合でも、ある行為を行う上で最も適した人間が配置されるべきであり、その過程においてより健全競争というものが求められるべきだと考える。

その結果、属性の偏りがあろうと何の問題もない。それが老い男性でも、若い女性でも、マイノリティであってもだ。

その様な実力主義という文脈の上では、属性理由排除することはないだろう。排除するべき理由としては能力がないからだ。

見せかけだけの多様性配慮し、実力がない人間分不相応地位に就かせることの方が問題であると思う。

より健全競争環境下での、超実力主義

これこそが本来考えるべき問題だ。

--

この場において健全競争環境と何かについては述べてはいない。それはより実力主義に重点をおいたためである。また能力主義との違いは何かと問われると、明確な違いを指し示すのは難しい。

個人的には、現在の“教育による格差再生産”を和らげ、階級上昇の機会に富んだ社会健全競争環境と考えている。

その目的を達成するための手段としては、公教育さらなる拡充と科挙的な試験実施等が考えられ、それらがより(現在との比較的として)公正で公平な競争環境を創るのではないだろうか。

2021-10-29

anond:20211028164044

皇族は昔から地方豪族の娘息子との政略結婚勢力維持している

しか中国科挙のような試験制度を作らず、世襲制政治をしてきたことは大きな特徴だろう

それで今度は司法分野と政略結婚をしてみた(日本会議あたりのお膳立てか)

しか政治家の世襲制は変わってないようだし、司法独立という概念ますます危うくしている

天皇制民族全体のためにはならないとすれば、外国からは支持されるだろうけどね

2021-10-14

実際昔の中国で虎になれたらメチャクチャ嬉しいだろ

類稀なる詩才なんかよりよっぽどすげえよ、虎の肉体

しかもデケエくさいからなあの虎

人の知能持ったバカかい虎、ハンパねえよ

銃なんかが普及現代にいてもかなり怖いのに、車もないような、科挙なんかやってる時代の話でしょ

無敵じゃん

そんなんもう、都に行って大暴れだろ

暴れる→逃げる のサイクルで国滅ぼせる可能性すらあんじゃん

まあ弓矢は怖いけどさ、山に隠れたら多分そうそう当たんねえわけじゃん

勝てるって

なりてえよ虎に

2021-09-13

anond:20210913022127

なお、中国では実際に学習塾規制を始めたので、同じ道を歩んでおる。

いや、そちらは科挙で既にご存知のはずでは??と思わなくもない

2021-07-02

宋教仁が天寿を全うしてたら中国はいまごろアメリカを超えて世界一大国になっていただろう

宋教仁は、中国伝統学問を身につけていたが、科挙廃止に伴い革命志向するようになった。宋は終始孫文対立した革命であると言われる。革命戦略については孫文の唱えた辺境根拠地革命に対し、宋は長江流域における都市革命を主張し、中部総会を設立した。

内閣制と大総統

また、宋は孫文の唱えた大総統制に対し、議院内閣制を主張した。孫文が強力な権限を持つ大総統による統治を望んだのに対し、宋は民主的議院内閣制を主張したのである

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%8B%E6%95%99%E4%BB%81

大都市を先に発展させる → 鄧小平理論とおなじ

議院内閣制 → 李登輝改革と同じ

現在台湾のような素晴らしい国に発展して世界一大国になっていただろう

2021-05-23

せっかく虎になったのに藪に隠れてんなよ

李徴、精神性が雑魚すぎる

俺は虎になったら、可能な限り暴れ回るぞ

ヒトの賢さをもった虎として、殺せるだけ殺すぞ

頑張れば10人くらいはいけるやろ

しかもその10人っていうのは現代の話だ

科挙とかやってた雑魚時代だったら絶対もっともっといける

槍とかしかないんだし、恐るるに足らずですわ

街道を通る人間をチマチマ襲うっていうのはあまりにヘボすぎる ケ・マリコナーダ

一流人間が集ってそうなところにいって、バンバン食い殺して、暴力詩才ねじ伏せろよな

虎にならそれができるんだ

しかもあの虎、たしかかなりデカかったはずだ

人間の知能をもったデカい虎×銃すらない中国 そんなん虎の勝ちやろ

喋れるしな

喋りながら人をぶち殺しまくってたら、絶対そのうち崇められるようになるはずだ

詩人よりも虎の神のほうがすげえじゃん普通に考えて

虎の神になれよなあ

2021-05-20

anond:20210520221516

官僚だけでなく政治家にも科挙がほしい。とてもわかる。まともな答弁が出来ないばかりか、カンペを読むのもおぼつかない輩が総理をやっている現状は由々しき事態だ。

問題は、今の与党を見ていると、彼ら彼女らは揃って不正をしそうだということ。厳格な不正の防止措置必要だが、現与党はそこに抜け道をつくるだろう。

2021-05-16

【速報】政治家免許制度導入!!

年齢制限の導入(60歳以上は×)

ストレス耐性や社会性など、心理テストを導入

日本の歴史解釈など、中学生レベル学力テストを導入

マナー失言といった、常識を問うテストを導入

秘書官がいなくても咄嗟質疑応答論理的に答えられる能力を、複数名の大手企業採用担当者が判定

 

科挙復刻だね。

2021-03-28

anond:20210328103217

裕福さ(≒生まれ)での仕分け差別として、対抗(≒階層ムーブ)する手段として選んだ学歴能力での仕分けも、構造的には前者と何ら変わってないの面白いな、ってのが元増田の主張では。

科挙だって階層を飛び越える現実的かつ最強の方法だったし。富裕層が圧倒的に強かったのは変わりないがそれは今の学歴も同じだ。

やりよう次第で前世から階層が動くこと自体はどうでもよくて、どうあれその後階層が決定されること自体差別本質がある、的な話かと思った。

あと直接関係無いがじいちゃん時代高卒ほぼほぼ現代大卒かそれ以上のエリートな気がする

学歴能力差別って保守じゃね?

リベラルと言えば良い学歴!良いお賃金!なので私は偉い!人間価値は生まれではない!ですがその考え方は科挙と言いましてですね、家柄だけでやるとどうしようもないしでも結局出来ないアホを使っても仕方ない。折衷案として中国4000年の中で編み出された歴史の重みによる効果証明を経たもの能力学歴がある奴が出世する権力握る方が良いのはまぁそうだが「人類平等人類皆に人権を」を崩す理由の一つであるならそれが保守的ものであるのは疑いようもない。

歴史の重みで遺伝子に刻み込まれ差別って最強機能否定する割に能力学歴差別するのには全くためらいがないのは少し面白い

2021-03-14

anond:20210314081057

科挙ってなんか作文とか詩とかの能力ないと受からんってイメージだったけど

そんな儒教知識だけでどうにかなったん?

士農工商

はてぶで見たんだが

https://twitter.com/rootport/status/1370298176272429065

「一番優秀なやつらが投資銀行ヘッジファンドを目指してしま現代」を「一番優秀な頭脳の持ち主がみんな儒教ばかり研究していた科挙時代」を笑えないと。ここから見ると儒教研究価値を低いものだとしているようだ。でも、この人が投資銀行ヘッジファンドで働くことの価値を低くみているのは、儒教の「士農工商」の序列意識のものではないのだろうか。

2020-12-02

科挙ってそういえばなんだ

何?

2020-11-01

anond:20201031193024

例えば、議会のようなシステムローマが滅んでも世界中に引き継がれて、たまにファシストのような失敗例があるものの、とりあえずはうまく機能しているじゃん。

科挙システム大学受験官僚制として世界中に引き継がれて、いろいろな問題はらみつつも、まあうまく機能してる。

国家が滅んでも、成功した制度は、別の国にパクられて引き継がれることがある。

でも、現在も残っている主要国では、子供強制的に引き離して国が教育するということはどこもしていない。

そして、かつてそういう政策をやった国家は全部滅んだ。

から、そういうシステム現代でもうまく行かないだろう。

2020-10-06

中国科挙を受ける秀才たちは30で通れば御の字、

死ぬ寸前のような老人になるまで挑戦する者もいた。

役人になれれば栄華ともなるが、当然ながら試験に通るまでは身入りのない浪人

せいぜい代筆や家庭教師になるくらいの副業しかできず、

結婚もできず金もいから遊ぶこともできない。

鬱々と楽しまぬそんな彼の前に美しい女性が現れた。幻覚ではない。

夜な夜な彼らの部屋の窓の外に現れ、婉然とした笑みを投げ、誘惑してくるのだ。

男が大喜びで褥に引き入れるもしなを作って抵抗せず、

唯々諾々と寄り添ってくるので、遂に懇ろになってしまうのだった。

女はそれからというもの、堂々と昼間から家にではいりし、

眉を潜める男の老母を尻目に台所に入り込み、持ち込んだ肉を料理して振る舞う

貧しい男が飲んだことがないような旨い酒を勧め、夜はいつも浪人と共に彼の寝所で寝るのだった。

まりにも女が頻繁に通ってくるので

結婚もせぬ女が男の元に通うのは近所の体裁が悪い、

結婚して家に入ればお前も身の証が立てられよう、と老母が女を諭すもの

女はなぜかにっこり笑って言を左右にしては断る。

私のような卑しい身分のものは偉い管理様の嫁になどなれませんわ、

妾がせいぜいでございます

などと殊勝なことをいってくるので男はたいそう喜んだもの

老母の方はいよいよ怪しく思い、女が買い物に出た隙に扉を立てかけ、

狼の血を戸板に塗り立てて締め出してしまった。

あんきれいな女がこんな田舎でうろついているなんて

いずれ鬼か幽霊だ。決して開けるんじゃないよ」

と続けて老母がきつく男に言ったものの、

男のほうは女の柔らかい頬やしなしなとした柳腰恋しくて仕方ない。

そこで老母の目を盗み、こっそり夜に戸板を外し、女を導き入れてしまったのであった。

朝、起きて外れた戸板を見た老母が仰天し、慌てて男の部屋へとびこんだものの、

時はすでにおそく、男は寝所で事切れていた。

怒り狂って窓から外を覗いた老母の視界には、大きな珠を大事そうに持つほっそりとした狐が一匹。

おかあさま。おかげさまで私の仙丹がこんな大きくなりましたわ。おありがとうございます

怒った老母が人殺し、いやらしいこの女狐が、道士を呼んでぶち殺してくれる、と口汚く罵るも、

おかあさま。私、仙狐の端くれとしてまさか無償修行の助けを借りたわけではございません

旦那様には悦楽の限りを尽くしていただき、贅沢な酒食を持って尽くしました。

きちんとお代は払いましてよ、土地神でも大山府君にでも、お好きなだけ訴え遊ばして。

ホホと笑うや身を翻し、

フワ、

と空に舞い上がるや絹の領布を翻して飛んで行ってしまった。

後に残るのは馥郁とした香の香りと、服を乱した男のどこか幸せそうな顔ばかり。

一人息子を失った哀れな老母は、しんなりと汚れた床に膝をつくのであった。

2020-09-02

anond:20200902164505

逆に科挙に受かってたら「科挙受かってんのに韻を踏まないんですね~」と嫌味を言われるまである

2020-08-31

いつになったらテストスマホ持ち込み可になるの

スマホ検索したらでてくる情報覚えさせても意味ないじゃん

暗記力だけで測ってる現状って円周率を一番多く言えた人が一番頭良いって言ってるようなもんだぞ

科挙からなにも進歩してねえ

2020-07-24

Wikipediaマンダリン科挙制度の項目をガン見したほうがいい人が結構多いな。

ことは優勢か劣勢かではなく国が傾くかどうかの話なので。

2020-06-20

中国史大事抜粋年表

1 『北京大学版 中国文明掲載の「大事年表」をベースに、wikipedia中国の歴史年表」「夏商周年表」その他の記事で補った。

2 大事中、更に重要と見なしたもののみ掲載

3 < >内は王朝又は時代名(主要な王朝名のみ)

.

前1800頃 黄河中流域に二里頭文化(夏文化)出現 <夏>

前1600頃 殷(商)の創建(殷(商)・太乙(成湯)) <殷(商)>

前1250頃 高宗武丁の統治。甲骨文の使用

前1050頃 殷周革命(周・武王) <西周

前770 周の東遷(周・平王) <東周><春秋時代)>

前453 三晋(趙、魏、韓)成立(諸侯に列されたのは前403) <戦国時代)>

前359 秦において商鞅第一次変法が実施される

前350 秦が咸陽遷都する。秦において商鞅の第二次変法が実施される

前256 秦が東周を滅ぼす

前247 贏政が秦王として即位する(秦・始皇帝

前221 秦が燕・斉を滅ぼし、秦による中国統一成る。秦が貨幣度量衡文字統一する <秦>

前210 秦・始皇帝崩御する

前209 陳勝呉広の乱

前206 秦滅亡。鴻門の会。漢の高祖元年

前202 項羽滅亡。漢(前漢)成立。 <漢(前漢西漢)>

前154 呉楚七国の乱

前136 儒教官学化 ※異説多し

前115 均輸法(漢・武帝、桑弘羊)

前110 平準法

8 王莽皇帝を称する <新>

18 赤眉の乱

25 劉秀が皇帝を称する(後漢・世祖、光武帝)。後漢洛陽遷都する <漢(後漢東漢)>

166 第一党錮の禁

184 黄巾の乱 <三国時代)>

200 官渡の戦い

208 赤壁の戦い

220 後漢献帝曹丕(魏・文帝)に禅譲後漢滅亡、魏成立)。九品官人法制定 <魏>

234 蜀漢諸葛亮陣没

249 魏で曹爽が粛清され、司馬氏が実権を握る

263 蜀漢滅亡

265 魏・元帝司馬炎(晋・世祖、武帝)に禅譲(魏滅亡、晋(西晋)成立) <晋(西晋)>

280 晋が呉を滅ぼし、晋による中国統一成る

291 八王の乱

304 劉淵が大単于・漢王を称する(前趙成立) <五胡十六国時代)>

311 永嘉の乱

316 西晋滅亡

317 東晋成立 <東晋

439 北魏・太武帝北涼を滅ぼす <南北朝時代)>

485 均田法発布

581 禅譲により北周が滅亡し、隋が成立する <隋>

589 隋が陳を滅ぼし、隋による中国統一成る

610 隋・煬帝大運河を竣工する

613 楊玄感による反乱、隋の統治が崩れる

618 李淵皇帝を称する(唐・高祖) <唐>

619 租庸調制の実施

624 唐による中国統一成る

626 玄武門の変。李世民皇帝即位する(唐・太宗)

640 貞観律令

660 武則天執政

668 唐が高句麗を滅ぼす

690 武則天皇帝を称し、国号を周と改める

703 中宗が即位し、国号を唐に復する。武則天崩御

755 安史の乱(~763)

780 両税法施行。租庸調・雑徭の廃止

845 唐・武宗による宗教弾圧仏教景教、祆教、マニ教)、会昌の廃仏(~846)

875 黄巣の乱(~884)

904 朱全忠、唐の実権を握る

907 朱全忠への禅譲(梁・太祖)。唐滅亡。梁の建国 <梁・五代十国

916 契丹耶律阿保機皇帝を称する(遼・太祖) <遼>

960 趙匡胤皇帝を称する(宋・太祖) <宋(北宋)>

1004 澶淵の盟

1038 李元昊皇帝を称する <西夏

1069 宋において王安石の新法が行われる

1084 司馬光資治通鑑』が完成する

1086 司馬光、宋の宰相になる

1115 完顔阿骨打皇帝を称する <金>

1125 金が遼を滅ぼす

1126 靖康の変、金が北宋を滅ぼす

1127 南宋高宗即位 <南宋

1165 南宋と金の間に和議が結ばれる

1206 モンゴル部のテムジンボルジギン氏)、ハンを称する(チンギス・ハン、元の太祖) <モンゴル帝国>

1227 チンギス・カン崩御モンゴル西夏を滅ぼす

1229 オゴデイモンゴルの大汗として即位する(オゴデイ・カアン)

1234 モンゴルが金を滅ぼす

1236 モンゴルのバトゥ(チンギス・カンの孫)らによる西征

1260 クビライがモンゴルの大汗として即位する(クビライ・カアン。セチェン・カアン。元・世祖)

1264 アリクブケ、クビライに降伏する

1267 モンゴル帝国、燕京に遷都する

1271 クビライ・カアン、モンゴル国号を元に改める <元>

1279 元が南宋を滅ぼす

1281 弘安の役

1351 紅巾の乱

1368 朱元璋皇帝を称する(明・太祖、洪武帝) <明>

    明が元の首都大都を攻略する。元の北遷(北帰) <北元

1371 明で海禁令が出される

1388 北元の滅亡

1399 靖難の変

1402 明で朱棣が皇帝即位する(明・太宗、永楽帝

1403 鄭和による第一次航海

1421 明、北京遷都する

1435 この頃より宦官の専政がひどくなる

1449 土木の変

1616 女真族ヌルハチ満州中国東北部)に後金建国する <後金(清)>

1638 ホンタイジ後金のハーンとして即位し、国号を清に改める。

1644 清が明を滅ぼす(北京陥落)

1673 三藩の乱

1683 台湾の鄭氏政権が滅亡

1689 ネルチンスク条約

1696 ジュンガル部討伐

1716 地丁銀制

1728 キャフタ条約

1798 白蓮教徒の乱

1840 アヘン戦争(~1842) <近代中国

1850 太平天国の乱(~1864)

1856 アロー号戦争

1860 円明園炎上

1861 西太后の垂簾聴政(~1908)

1884 清仏戦争

1894 甲午戦争日清戦争)(~1895)

1899 義和団の乱

1904 日露戦争(~1905)

1905 清・光緒帝、科挙廃止する

1908 清・光緒帝並びに西太后崩御

1911 辛亥革命

1912 清朝滅亡 <中華民国

1915 日本による二十一箇条要求袁世凱皇帝を称する

1928 張作霖爆殺事件、張学良の易幟

1931 満州事変

1932 満州建国(~1945)

1934 中国共産党による長征

1935 遵義会議毛沢東中国共産党のトップ

1936 西安事件

1937 中国抗日戦争日中戦争)(~1945)

1939 第二次世界大戦(~1945)

1945 日本降伏

1946 国共内戦(~1949)

1949 中華人民共和国成立 <中華人民共和国(新中国)>

1950 中国朝鮮戦争に参戦(1951年終戦

1951 三反五反運動

1957 反右派闘争

1959 チベットダライ・ラマ14世インド亡命する

1958 大躍進政策の開始(~1958)

1966 文化革命の開始

1976 毛沢東の死去。文化革命終結

1978 鄧小平中国最高指導者になる。改革開放政策の開始

1997 鄧小平死去。香港返還

2012 習近平中国最高指導者になる

2019 湖北省武漢市で新型コロナウイルス(COVID-19)感染者が発生

2020 新型コロナウイルス(COVID-19)の世界流行

2020-02-13

東京国科学博物館東洋館と「出雲大和展」に行ってきた。

二月一日

 間もなく、特別展「人、神、自然ザ・アール・サーニ・コレクションの名品が語る古代世界-」が終了すると気づいたので足を運んだ。自分美術館に通う習慣を身に着けてから大体十五年が経過しているが、東京国立博物館東洋館をきちんと観たことはない。いい機会だと思い、東洋館全体をのんびりと回ることにした。

 特別展の会場は東洋館の二階にあり、会場そのもの常設展最初の部分、すなわち中国西域仏像のあるあたりを抜けた後にある。特別展の内容そのものは興味深かったが、コレクション全体が雑多なもの構成されているというか、あまりにも時代地域に幅がありすぎて、どのように展示したらいいのか少し迷っているような印象を受けた。とはいえ普段はなかなか見られないマヤ文明仮面などをじっくり見られたし、普段なら絶対しないような比較をする楽しみもあった。知らなかったのだが、グアテマラのほうがメキシコよりも良質の翡翠を産出するらしく、文明の中心地の人々は必死になってそれを求めたり、乏しい材料で何とか良いものを作ろうと苦心したそうである

 で、常設展に関してだが、展示スペースが地下階から五階にまで渡っており、ざっくり見ても三四時間はかかった。その中で特に面白く思われたのは、中国朝鮮半島の品々だ。というのも、青銅器勾玉などの作りが、日本とよく似ているところもあればまるで異なっているところもあり、比較する楽しみがあるからだ。また、饕餮の刻まれた祭器の類も自分は好きで、根津美術館に立ち寄った時にはのんびり眺めている。理由はわからないのだが、自分はそれと同じくらいに玉の類にも心惹かれる。西欧君主たちの王冠も立派だとは思うが、金やダイヤモンドではどうも少しまぶしすぎる。自分東アジア文化好きな人間だからそう感じるのだろうか。

 とはいえ自分が好きなのはどうやら宋代までらしい。どうも、明代になると技巧的になりすぎるというか、色が鮮やかすぎるように感じられる。確かに黄色などの発色は鮮やかだし、竜のうろこなども実に細かく表現されているのだが、技術的に優れていることが美しさに直結するかどうかは別問題だ。自分としては唐三彩と呼ばれる、赤や緑や土の色を活かした陶器が美しいと思う。ある程度の素朴さがないと、親しみが持てない。台湾で見た、清代象牙を削って作った細工なども、優れてはいるが技巧をひけらかしすぎているように思われる。

 あとは、天然の石を削ってザクロ見立てていたものはよかった。故宮博物館にあった、翡翠だか瑪瑙だかを削って作ったのと同じ発想で、天然の石の色彩や質感を生かしながら表現しているものだ。あとは漆を刻んだものもよい。色がおとなしくて上品だ。

 もう一つ興味をひかれたのは、漢代画像石だ。学生時代古典教科書の表紙に出ていたので覚えていたのだが、実物を見たのは初めてである。宴の様子が見て取れるようで、ある者は楽器を弾き、またある者はボードゲームをしている。そのボードゲームの盤は真上から見たように正方形表現され、遠近法無視されている。エジプト絵画と同じで、何が書かれているかがわかりやすいことが、写実性よりも優先されたのだろう。十字軍時代チェスをする騎士を描いた絵画でも、似たようなことをしていた覚えがある。

 そうだ。途中のフロアでは「生誕550年記念 文徴明とその時代」という、また別の企画展をやっていた。自分は書に対しては無知なのだが、解説によれば、文徴明は科挙には合格しなかった人物だそうであるしかし、温厚な人柄と勤勉実直な性格で、やがて文章校閲に関する職に就いた。九十年の生涯のうち三年しか勤務しなかったが、一流の人々と交わることでその才能を開花させた、とのことだ。人生仕事だけじゃないよな、という気持ちをまた新たにした。

 自分にはそれこそ古代中国官僚のように、職を退き水墨画に描かれたような山奥に引っ込んで、時折訪れる友人と琴棋書画をたしなむ、みたいな生活にあこがれる傾向があるのだが、ほどほどに働きつつ、土日に友人とボドゲをしたり美術館に足を運んだりするのは、十分近いんじゃないか、って近頃は思っていて、そんな気分になれたのも、今日気分転換成功たかなのだろうな、という気がした。

 近々、同じ敷地内の法隆寺宝物館にも行こう、と帰りの電車で考えた。あそこのカフェは閉館間際になるとほとんど人がいない穴場なのだ


二月八日

 特別展出雲大和」にふらりと向かった。前回の「正倉院世界」がとてもよかったので、これも行くしかない、と思われたからだ。

 おおよそ弥生時代から奈良時代初期にかけての日本美術を楽しめる。特に銅鐸などは、教科書で見たものもたくさんあり、懐かしく思われた。国宝重要文化財ごろごろとある三角縁神獣鏡も大量に見ることができた。恥ずかしながら、これが中国神仙思想と深い関係にあることを知らなかったので(忘れていたので?)、そこに刻まれていたのが解説を読むまで西王母だとはわからなかった。しかし、こう考えると日本への道教的な要素の導入は、かなり早いのだな、と思われた。

 他にも多くの埴輪があり、細かく当時の祭祀の様子が説明されていた。これは知らなかったのだが、出雲の周囲では四隅突出型墳丘墓という、独特の形をした古墳が広く分布しているそうである。そういうまじめなことをしかつめらしい顔をしながら読んでいると、自分は振り向く鹿を表現した埴輪肛門があるのに気づいた。正確には肛門ではないかもしれない。埴輪を焼くうえで必要技術的な要請から開けられた穴なのかもしれない。しかし、尻に穴が開けられていたのは間違いない。

 下世話な話だが、自分動物彫刻を見るといつもその性別を確かめたくなる。別に馬の彫刻に陰茎と陰嚢があって何が面白いのかと問われればそれまでなのだが、生真面目な騎馬像にもそういうものがついているかと思うとどことなく愉快な気持ちになる。それから、先週観たような民俗学的なものであっても、素朴な男性像と女性像ではどんな風に性器表現しているかを確かめるのは、文化ごとの感受性が端的に表現されていてなかなかに面白い。

 脱線が続くが、本当に不思議なのは世界中の文化男性器と女性器を絵にしたり彫刻にしたりすることが普通に行われているし、中には神々として崇拝することだってあるのに、ギリシアローマに由来する彫刻絵画では、女性器も陰毛もすっかり省かれてしまっていることで、これは男性像の性器も小さいほうがよろしいとされたことと関係しているのだろうか、などと何かと勘ぐってしまうのである

 閑話休題。この特別展で私が一番見たかったのは、七支刀である。「日本書紀」を読んでからぜひ見てみたいと思っていたものだ。刻まれた金の文字はかすかにしか読み取れないが、専門家でも何でもない私が「月十六日丙午」とある部分を読み取れたので楽しかった。だいたい、こういう文字の刻まれものを見るのは楽しくて、ほんの二つか三つの変体仮名をしっているだけでも、巻物を見る楽しみ増えるというものだ。

 ほかにも、神社奉納された刀剣や武具などもあったが、私はそれらには、古代の品々ほどには心はひかれなかった。あとは、「出雲国風土記」が朗読されているコーナーがあったが、そこでは本当にハ行がファ行で発音されて、チやヅがティやドゥと読まれていた。

 帰りは東京駅田舎そばを食べて帰った。非常に歯ごたえのあるそばだが、定期的に食べたくなる味だ。いつもは昼に寄ることが多いので肉野菜そば天ぷらそばだけだが、夕飯なので野沢菜と肉味噌れんこんをつけた。ちょっと贅沢をしたので気持ちよく眠れた。

2020-02-02

anond:20200202093844

トップが多少馬鹿でも優秀な官僚に支えてもらえる科挙発明たから、

隋は唐・宋と同じように長期政権になれる下地はあったのに、二代目が馬鹿すぎてダメだった・・・

2019-12-16

日本に学ぶことは多い」「これから中国時代」、日本人のノーベル賞中国人はどう見るか

本文: 

https://www.afpbb.com/articles/-/3250602

魚拓

http://archive.md/Ktinc

http://archive.ph/7IzGO

10月26日 東方新報2019年ノーベル化学賞(Nobel Prize in Chemistry)は、リチウムイオン電池を開発した旭化成Asahi Kasei Corporation)名誉フェロー吉野彰(Akira Yoshino)氏の受賞が決まった。止まらない日本人ノーベル賞ラッシュに、中国では「なぜ日本人ノーベル賞を受賞し、中国人は受賞できないのか」と話題になっている。

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 今月9日に吉野氏の受賞が決まると、中国メディアは速報を流すとともに、「外国籍を含む日本出身者のノーベル賞受賞は通算28人に達し、特に21世紀に入ってから米国に次いで受賞者が多い」と言及ネットメディアを中心に、日本中国をさまざまな角度で比較している。

 まず目立つのは、日本を称賛する分析だ。「日本人ノーベル賞受賞者は、子どもの頃に自然科学に関心を持ち、その体験がその後の研究の支えになっている。子ども好奇心や天性をそのまま伸ばす日本教育の特徴が大きい。中国はかつての科挙制度から現在受験競争まで、詰め込み教育ばかり重視されている」「日本紙幣肖像福沢諭吉樋口一葉野口英世で、政治家でも軍人でもない。学者芸術家尊敬する社会意識関係している」「日本は基礎研究が盛んな一方、中国研究商品開発に結びつくものばかりだ」

 また、「中国国内総生産GDP)で日本を抜き、日本に対し優越感に浸る中国人もいるが、日本総合力、技術力に比べれば中国はまだ劣ることを冷静に認識すべきだ」という意見もある。

 その一方で、「日本ノーベル賞受賞者は今後減少していく」という日本国内の見方も同時に伝えている。日本人研究者の論文発表数や論文引用される数は年々減少し、国際的科学競争力は低下する一方だ。

 ノーベル賞20~30歳代の研究成果が数十年後に評価されるパターンが多いが、日本政府が各大学への補助金や基礎研究費への教育振興費を削減しているため、日本の若手研究者の教育環境は著しく悪化している。2015年のノーベル物理学賞(Nobel Prize in Physics)受賞者の梶田隆章(Takaaki Kajita)氏は「このままでは日本から受賞者は生まれなくなる」、2018年ノーベル医学生理学賞(Nobel Prize in Physiology or Medicine)の本庶佑Tasuku Honjo)氏も「かなり瀬戸際に来ている」と警鐘を鳴らしている。

 そのため、「日本ノーベル賞ラッシュ前世紀の遺産」「中国研究者の論文数・被引用数は米国に次ぐほど増えており、将来は中国人のノーベル賞ラッシュが起きる」という意見もある。

日本に学ぶことはまだまだ多い」「これから中国時代」と対照的意見交錯する状況は、ノーベル賞に限らず、日本経済社会に対する中国見方全般と重なっているようだ。(c)東方新報/AFPBB News

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少し前の記事だけど、この分析は冷静的。一読する価値はある。これみる前からだけど、本当に日本科学研究危機感を持っている。

2019-12-05

anond:20191205222631

科挙じゃあるまいし、そこまで努力せんでもなれるぞい

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