作り手の「やってあげてる感」が透けて見えるからじゃないかな。
反ヘイトの人が、安倍首相がいいともに出た時に「○んでくれるかな~」と書いてあるのをRTしてて(○内は自主規制で削除しました)
ヘイトスピーチはNG派の人達が、いくら偉い人相手でも、これはダメだろレベルの
酷いことを書くのってどうよと強く感じております。
右の人の特定国民に対する中傷もそうだけど。互いに相容れないのはわかるが
どちらも人を動かして上手く行く喜びだけで動いているんじゃねえかよ。
ネットで右の人はインドアでおまえらの主張に同意する人たちだけで、特定の主張をやってるぶんにはいいが、街で迷惑かけんな。
ネットで左の人は差別に糾弾することは必要だというのはわかるが、無許可デモや恫喝まがいのことはすんな。
そして、どちらも少しは人を許容しろ。
その前のエントリからよんできてね(はーと(だって別れてたんだもんしょーがないじゃん俺にいうなよ
FreeBSD使うけどMacは使いにくいね。個人的な不満はHome/End/Pgup/PgDownが独立キーになってないこととDel/Backspaceの区別がないことくらいなので使えといえばなんでも使えるわけだが。
ホラーもお笑いも言ってしまえば感動の押し付けなのに、いわゆる「お涙頂戴もの」に対して嫌悪感抱いてしまうのってどうしてだろう。周りの人見てもそういう人が多い。たんにワンパターンだから?「これで感動するんだろ?ドヤ」みたいな雰囲気が漂うから?それとも笑いたいからお笑いみるようにはいかず、「感動モノ見て感動する」っていうのが気に入らないからなのかな。みんなが感動しているからとかいう理由もありそうだけど、クオリティが低いからというのはナンカよく分からないし、見てもないのに嫌悪抱いている人が多いから室の問題では無い気がする。誰か腑に落ちるようなピンとくるヤツないですかね。これだけじゃないというか複雑なんだろうけどもっと大きな割合を占めるコレってやつがあるんじゃないだろうか。人それぞれって言えばそうなんだけど。
でも、FreeBSDとか使ってたらコマンドとかはむしろLinuxよりMacのが使いやすいかもよ?FreeBSD使いがMacを好むかどうかは知らんが。
UbuntuやらRedHatはすべてLinuxのお仲間なので。
これはお互いに言える事なので、そりゃ、お前はそう思うんだろうな、ってだけで。。。
まぁやりゃできるのだが、めんどくさいを極めた結果としてコマンドライン使ってるのに、調べるのはもっとめんどくさい。あと変なエラーが出ると大変なのでPCライトユーザにはまったくおすすめしない。
何が言いたいのか全く分からん。
Windowsのコマンドはよくわからんが、最近は情報が多いので特に…あと下手にコマンドいじるよりはフリーウェアを探してくれば良いと思う。
(あんたが言うシェル環境ってのはちょっとしたことを命令するだけの話なのな?)
えーと、どこを見ればいいのかも分からん。単に、BSDコマンドはGNUコマンドと違うところがあってワカンネ、ってこと?何が不満?どこが違うかご存知?sedとか?
Linuxは慣れてるディストリビューションならCUIだけで十分。慣れてない奴はめんどくさい。
CUIだけで十分、って、シェルをCUI以外から使うことがあるのか。。。?まったくもって意味が分からん。
Linux使いなら自分で変えろよ。。。標準で比べる意味が分からん。
これらまとめろよ。。。
おまえ、いったいなにやってんの?
だから、使いやすいとか使いにくいとか関係なくて、圧倒的なシェアを取ってしまってるからそれを使わざるを得ないだけ。
そういう話だと思うけど?
昨日バーに行って飲んでたらメニューに
とあったので注文した。
お腹も減っていたのでA4もあればかなり満腹になるだろうと思った。
A5の半分サイズもなかった。
俺も大体似たようなことをたまに思うんだけど
なるたけ加担しないように気をつけて生きられるならそれでもう非凡だと思う。
彼(女)らは自分の力で状況を打破していくよ。
原因は二つ。
1つは、Macってのはちょっとコンピューターに詳しくなった時に、知ってるとカッコイイ!って思っちゃうものだから。
で、ブログにくだらないこと垂れ流すのは、その、ちょっと詳しくなった、って言う勘違いの人が多いから。
もうちょっときっちり知ってくれば、恥ずかしくて言えないことも、知らぬが仏で、恥ずかしいことも分からず書いてしまう。
Windowsユーザーだと意識が低いので、そんなことしないのです。
もう1つ。Macのアプリには(iPhoneのアプリも同様)アフィリエイトプログラムがある。
良く、Macのアプリとかで、数千円するアホみたいに高額なブログのエディタが良く紹介されてたりするが、
Windows(or Android)ではそういった物がないのでそれらを積極的に紹介する様なブログは少ない。
(そういうサイトは、例え、アドセンスなどのアフィ目的だとしても、高いから良い、という見せ方はしない。そんなものは紹介者にとってなんのメリットもないから)
くも膜下出血が頭をよぎったんだけど(もちろん発症してたら書き込む余裕なんかないが)
薬の離脱症状で抑うつ状態が引き起こされているのではないでしょうか?
特にマイスリーのような短時間型の薬では、血中濃度の変化が激しくて、離脱症状が起きやすいらしいです。
「MacはUnix互換」とかMacユーザはいうが、Linuxユーザからするとディストリビューションが違うので正直使いにくい。別に調べりゃ使えるしLinuxユーザというのは黙って調べる人たちなので文句を言わないだけで、好んでMacをUnixのように使おうとは思わない。GUIがクソだが便利なLinuxユーザからすればMacはGUIがすげぇ糞なディストリビューションだ。情報少ないし。
なお、これは他のLinuxについても言えることで、Ubuntu使いからするとRedhat系は使いにくいし、Redhat系からするとUbuntuはコマンドがわからんことが多々あるので若干めんどくさい。もちろん他のディストリビューションも同じ。BSDとかあんまり使いたくない。まぁやりゃできるのだが、めんどくさいを極めた結果としてコマンドライン使ってるのに、調べるのはもっとめんどくさい。あと変なエラーが出ると大変なのでPCライトユーザにはまったくおすすめしない。
最近はWindowは一発ポンで入ることが増えてきたので便利だと思う。Cygwin使うよりはVM使ったほうが楽でねーかと個人的には思うが。PHPなどはXamppがあるのでむしろWindowsのほうが楽。文字コードが面倒だが。
なおLinuxは常に糞めんどくさい。すでに入ってるパッケージのバージョンが古いが、ディストリビューションによっては上げるのに四苦八苦とかふつうにある。サーバー関連のプログラム以外はいまどきWindowsとかMacとかのほうが断然楽だ。
Windowsのコマンドはよくわからんが、最近は情報が多いので特に…あと下手にコマンドいじるよりはフリーウェアを探してくれば良いと思う。
Linuxは慣れてるディストリビューションならCUIだけで十分。慣れてない奴はめんどくさい。
Windowsも良いとは言わないが、不便はない。細めのフォントが好みなのでむしろWindowsのほうが見やすい。
そりゃiOSアプリを作るならXCodeしかないし、XCodeは悪く無いと思うが、C/C++とか書く時は使いにくい。
WindowsアプリつくるならVisualStudioしかないし、最近のVSは使いやすいので特に文句はない。C#も良い言語だと思いますよ。すごくよく考えられてると思うし。
Webアプリケーション系もnetbeansなんかはWindowsのほうが軽い印象があるなぁ。ただC++はnetbeansだと補完機能が弱めになる気がする。まぁそもそもWindows上でMSのライブラリ使わないC++とか書きたくないですね。色々違うし。
LinuxのIDEはEclipse一択みたいな感じになっているが、正直Javaはいいが、それ以外は微妙。と言うか糞重い。netbeansが個人的には好きだが、前述のとおり補完機能がEclipseより弱いかんじがするのであんまり。Rubyはすっげぇ使いやすかった。C++で一番軽いIDEはQtかな。Vim?いうほどいいかね…まぁEmacs派なんですけどね
そりゃiOS開発するならMacしかないだろう。Windowsアプリケーション開発するならWindows機使うしかないのと同じでな!!!
LinuxでGUIのあるアプリケーション作るとか、考えたくないな!つうかGUIつかいたくないからLinux使ってんだよ!
Macは選択肢が少なすぎる。金だせばなんでもできるが、カネがないとストレスが溜まる。あとかねかければかけるほど周辺機器もグレードアップしなきゃいけなくなる感じがするのだが…正直Unix系のマインドに反しすぎていると思う。
あといまおれのMacbookProはバッテリが膨らんできてパッドが使えなくなったんだが、Mac対応のマウスがないのでコピペすらできない。キーボードも純正のやつ使いにくくね?プログラマとしてはHome,Endあたりはキー一個で対応して欲しいですし、Backspaceキーがないのは意味がわかりません。deleteキーって書いてるけどそれBackspaceやん、ほんとのdeleteどこいった!!!とにかくキーボードがひどいのでMac使ってプログラミングしようという意欲がおこらない。むしろ俺がMac嫌いな理由の一番がそれですね!
しらねぇがLinuxで音楽制作しようとする奴はアホだと思う。
が、若干コントラストが強目にでるか?という気がする。
Mac以外のディスプレイを自分で細かくカスタマイズしたほうが実際にあってる場合もあり、なんとも言えない。
ちょちょっといじる素人用フリーウェアが貧弱すぎて辛い。いやらしい成金に札束で顔はたかれているような気持ちになる。
いいわすれたがLinuxでデザインやデジタル現像しようっつうやつはアホだね。Ubuntuならあるのかなぁ…でもさいきんUbuntu重すぎて…
しらん。
MSOfficeは使いやすい。Officeを貶してる奴はだいたいOfficeを使いこなしていない。
LibreOfficeとか一昔前のMSOfficeじゃないですかーLinuxだとそれしか選択しないけど使いたくねぇ…それならGoogleDriveのをつかうわ…一太郎とか悪い冗談はやめていただきたい。
ただ、Latexを使う場合はLinuxは使い良いとおもう。もちろんWindowsならLatex用のエディタあるんですけども!
WindowsとMacで特に違いはないが、あえていうならMacはフリーウェアが少ない。
Linuxをホームユースで使いたがる人がいたら止めたいが、最近はWebだけでも色々できちゃうので、別段問題ない気がしてきた。
9. Macは性能に対してコストパフォーマンスが高い(……かも)
スペック対価格を比較すると、CPUやメモリやらのコストパフォーマンスが悪くない、と思います。
10年前は「Macは高くつく」という印象だったものが、ここ5年で「Macって割安」という印象に変換したと記憶しています。
むしろ使ったらMacって割高…って思うと思うけどなぁ。最近のWindows機は安いしデスクトップなんて価格破壊完全に起こしてるし、使い始めてからもほとんどお金がかからない。情報も多いし。なんか情報が全体的に五年くらい古い感じがしますね。もしかして2009年ごろからいらした方が書いたのでしょうか。
何をもって"無駄"と判断するか、非常に難しい論点ではありますが。
へんてこなアザラシのマスコットがデスクトップを泳ぎ出したり、なんとも言えないモッサリ感の明るさ調整ソフトが突如画面に出現したり。なんて事はありません。
常駐ソフトウェアはWindowsは決して多くないし、あるならメーカプリインストールアプリじゃねぇのっていう。
明るさ調整ソフトってそれはディスプレイのやつだろ?Windowsのせいじゃねぇよ。むしろMacはそういうの調整するときに探すのが大変。いや、あかるさ調整くらいならキーボードでできるけどさ…
常駐ソフト気にするならLinuxが一番管理できると思いますし、LinuxにくらべればMacもWindowsも似たようなもんです。
http://b.hatena.ne.jp/masudamaster/20140322#bookmark-187432830
おじさんはねぇ、君みたいな可愛いねぇ、子の悶絶顔が大好きなんだよ!
お返事どうも。
言いたいことはわからなくはないんだけれど。
それに対してお金を払おうと思う人が、批判されるのは変な話だ。単なる個人の趣味に難癖つけてるのと同じだと思う。レス増田は違うのかもしれないけれど、そういう意見も見るので、これは愚痴。
いや、そういうことじゃなくてね。あるいはそういうことであっても別に構わないのであってね。
あなたみたいなのは「近視や肥満の人の野球大会」を感心して観ているようなものだ、と言っているの。近視や肥満が野球選手になる上で致命的な欠陥でないというのは、例えば古田敦也とか中村剛也とかその辺の例を挙げればわかってもらえるよね。
で、もしあなたが近視とか肥満というのに何か特別に感情を揺さぶられるという特殊な感情の持ち主であるという自覚があり、なおかつあなたは純粋に「野球」というものを楽しんでいるのではないという自覚があるのでないかぎり、それは「個人の趣味」とは言えないと思うよ。
もちろん、そういうことが全部悪いとは言わない。例えば将棋の女流棋士制度というのは実際そういうものだからね。将棋というゲームには男女差はないのだけれど、実際問題として普通のプロになる基準をクリアできる女性がこれまで現れなかった(最近一歩手前まで来ている人はいる)からこそ、普及だとかいろんな大人の事情で別の制度が設けられている。で、女流棋士が実力で普通の棋士(これまで全員男性)に及ばなくともそれなりにファンがついているのは、良くも悪くも色んな意味で「女である」ということを売り物にしているから、と言わざるを得ないよね。「男社会を切り崩す」というジェンダー的に「正しい」見方であれ、オヤジのスケベ心であれ、そういうあらゆるものを換金していることになる。で、将棋連盟の側もファンの側もそれについては百も承知であるわけだ。
そういったことを自覚した上で「そんなことは百も承知だ、それで何が悪い」というのであれば、それはそれでまあ「個人の趣味」と言えなくはないと思うよ。
でも、佐村河内やフジ子・ヘミングの件についてそれが当てはまるのかな。将棋と違って、クラシック音楽において身体障害は致命的な不利とは限らないわけだ。野球における近視や肥満だってそう。少なくとも「近視・肥満野球」については、野球ファンは「そんなものをプロ野球と同列に並べないでくれ」というよね。で、それについて文句を言うのであれば、文句を言う方がおかしい。
あるいは「リケジョ」という言葉について考えてもらってもいいよ。科学界における女性はクラシック界における身体障害者よりもっと障壁が少ない場所にいる。そして、科学には「女性枠」なんてものは当然ない。つまり「リケジョ」というのは女性が理系に進むことへの本人や親の偏見を取り除くための方便でしかない。にもかかわらず「リケジョ」っていう概念はジェンダー的に不適切だとヒステリックに叩かれるし、実際それなりの危険がある概念であることは間違いはないよね。
そして、クラシック音楽への「障害者枠」については少なくとも「リケジョ」よりもはるかに社会的にまずいものだ、ってのはわかるでしょ?
障害者が障害を使って金を稼ぐ事自体が健常者と同じ扱いではない、という観点は、分からなくもないけれど、それを言ったら、年寄りに席をゆずるな、年寄りだから働かず年金貰って生活するなんて甘えだ、子供も身の回りのことや収入も自分でやれ、と言いたくなる。言わないけれど。
少なくとも、そういう年齢に甘えてる世代よりは、自分の障害を使って自分の稼ぎを自分で得ようとする彼等彼女等の方が、マシだと思う。
野球の例でいうと「マスターズリーグ」ってのがある。これは、かつての名選手が今となっては無様な姿をさらす草野球を、笑いのネタになることを承知で売り物にしてるというものだね。これが問題でないのは、選手の側も観客の側も野球の技術ではなく別のものを求めている、という共通了解があるからだね。
でも、クラシック音楽はそうではないでしょ。一部のマニアを除いてはなかなか敷居の高い世界だし、ポスドク問題と同じでなかなか商売にならない厳しい世界。ファンを獲得するには、結局本当に質の高い作品の質の高い演奏を世に出し続けて、それに偶然触れた人が急に感化されるのを待つしかないっていう厳しい世界でみんなやってるわけだよ。
そんな中で、「現代のベートーヴェン」とかいって粗悪な作品を売られることは、本当に質の高い作品や質の高い演奏家がスポイルされるリスクを高めてしまう。「クラシックなんてたいしたことないじゃん」と思われてしまったらそのせいで才能ある音楽家が何人も葬られることになるかもしれない。女流棋士とかマスターズリーグとちがって、「本物」のおまけではなく、「本物」と競合してしまうんだよ。
そういう意味で、何が「本物」であるかがわかりにくい世界で、「本物」と勘違いさせて贋物を売り出すというのは問題のある商売だと思うよ。ホメオパシーとかと同じだと思うけど。