はてなキーワード: 大道芸とは
なんだかテレビに随分な逆風が吹きつけているように見受けられる。無理やり推し進めたデジタル化に世論は割合反発を強めているし、ネット世論ではフジテレビ騒動から業界が抱える根幹の問題としての電波利用のモラルハザードが周知されることになってしまった。そしてこの度の島田紳助の引退である。この件は政治的側面から語られることも多く、そこらの事情通はこの引退はまだ端緒に過ぎず、ここから続く一連の出来事を見守る気構えでいるようだ。そのあたりは情報の真偽を確かめる術を持たないので知らない、けれど彼の引退(ここでは敢えて「勇退」とでも言うべきか)は少なくとも「テレビに関わっている人達」に大きな影響を与えたし、そして今後与えていくことになるんだろうと思う。庇護のもとにあった芸能人は勿論、視聴率の稼ぎ頭として頼っていたテレビ局、そしてなにより様々な背後関係になど感心も向けずに、ただテレビのスタートして彼をモニターの向こうから見守っていた何千万の無辜の市民は芸能界の一時代を築いた彼の引き際をどう見守ったのだろう。
テレビを慈しむ人々というのはそれはもう絶対的になっていて、少しインターネットに触れるようになり物知り顔になってしまうと見落としがちな側面なのだけど、やはり依然として社会において支配的な行動様式というのは朝新聞を読んで、ご飯を食べながらテレビを観て、そして学校や会社で話題の中心を占めるのは「昨日テレビで見たあの話」なんだ。これはWEBの業界にいたり、ネットを主要な情報源にする仲間たちと群れ合うようになると薄れがちになる感覚なのだけれど、人々の中でそのような旧態依然とした行動様式を採る人々というのは未だ支配的なのは明らかなんだよね。
娯楽としてのテレビがこれまでかくも人々の関心の総量において支配的であった理由というのはそこまで明確ではない。戦後豊かになって時間ができはじめて、生得的に「惰性」という性質を持ち合わせたがゆえのに、ただ受動的に、そして非常に楽な形で情報を受け取ることができるメディアとして非常に便利な箱は家庭に頒布され、今日までアタリマエかのように人々の話題の中心で在り続けた。そしてテレビのCMなんていう綺麗な俳優女優の顔でしか認識しないような広告に莫大な広告費がぶら下がることになってきた。
インターネットがこれらの流れを崩すことになるかもしれないよね、なんて話は梅田氏以来、ネット牧歌論的な肯定派の中で何度も云われ続けてきたことではある。しかしこれまではそれはただの業界人のポジショントークであり、楽観的すぎる夢物語として終始してきた。しかしいよいよ本当に人々の眼がひらかれる時が来ようとしているのかもしれないね。テレビを「面白く」してきた、有能な大道芸人が辞世し、その箱を通して見る風景が相対的な魅力を失う、同時にスマートフォンはじめとするより開放的な情報体系としてのインターネットへのアクセシビリティが拡充されたときに人々は情報の扱い方を緩やかにでも変えていくのだろう。
大袈裟なのかもしれないよ。でも人々の考え方において大きな影響を与えてきたのは教育とマスメディアの中で、そのうちの後者がいま大きく音を立てて崩れようとしているように少なくとも自分には見える。能動的に情報を得ることを覚えた人々は、ネットで調べたあの面白そうなお店に行ってみようということになるかもしれないし、新しい趣味を始めることになるかもしれない。結局これまでのテレビというものが多様な人間の余暇生活の中で過大なシェアを占めていたのが、「その中の一部」へと収斂していく過程を僕らは見ているのだと思う。それは明らかに始まっているし、鼻息を荒げるには実はまだ早すぎるのかもしれない。でも僕はその崩壊の彼岸にある景色は今より少し綺麗なものが見れるんじゃないかなあと、少しだけ期待をしているんだ。
そこで、男は一計を案じました。
男は大通りに出てふらふらとしています。すると、通りがかった女に肩がぶつかりました。いえ、ぶつけたのです。
「おうおう、どこ見て歩いてんだ!」男はわめきたてます。
腕がないとはいえ、大道芸人。声も通れば見世物の作法も心得ておりますから、あたりにはたちまち、人だかりができました。
女も女で必死に言い返しますが、人さえ集まれば女に用はありません。肩がぶつかったことなど、どうでもよかったのです。
男は女を怒鳴りつけると、あとは無視してしまい、今度は集まった人々に芸を披露しはじめました。
たいした芸ではありませんが、なにしろ見る人の数が数ですから、おひねりなどもそれなりに飛んできます。
男はほくほく顔で、女は歯噛みするばかりなのでした。
「決して炎上に近づいてはいけないって、おじいさまが言ってたわ。」
隣の人スッゲー臭いんですけど、そいつウゼエと思っても問題ないですよね
的なブコメを見て思うんですが、やっぱりそうだと思うんですよね。
やっぱり勉強してればまだニートだの無職にはならないような国だし(無職やニートになった人は例外なく「勉強」不足でしょ)
そういう意味でバカなんだろうなーって思うし(文字通り勉強しかしなかったとかね。一途ってのは褒め言葉じゃありませんよ)
やっぱりバカって見下されて当然だし(偏差値の低い高校生の喋り方って猿みたいですよね。知性が備わっていない。カラスよか学習できなさそう)
ああいう人間やめた人ってふつうに気持ち悪いし(大道芸にしてもなんにしても規範から外れてるってのは気持ち悪いよね。わざと冒険とか言ってる人いるけど痛々しいだけだし気持ち悪さも加味されるからやめてほしいんだホント)
まあそんなわけで、内心から湧き上がる差別感情を押し込めるってのは無理があるんですよね。
で、それを飼い慣らして無差別気取る俺カッコイイってのは僕が中学二年生に通った道なんだけど、
上のブコメ周りはそういう人たちがおとなになってもそれを引きずっているような感じでやっぱり気持ち悪いよね。
実態はそうでもなかったんよ。
武士階級はさておき、人口の大半を占める農工商身分の女性は今の女性より奔放だった。
商家や旅館の女将なんて、旦那の遠出を良い事に歌舞伎役者を真っ昼間から別宅(旦那に内緒で買った家)に引っ張り込んだりとか普通にあって、それを嘆く瓦版や読売とかある。その結果愛人の子供を身ごもってしまって夫婦で大げんかするんだけれど、「今更ガキの一人くらい増えた所で屁でもねえや!」と旦那が大見得切って、結局我が子として育てた、なんて話が美談として残ってたり、「うちのカカアなんか家事もろくにしやがらねえ!」と笑いを取る大道芸みたいな物もあった。
「出会いがないなぁ」という声をよく聞く。「出会っても関係が続かないんだよなぁ」という声も聞く。素敵な女の子と出会い、そしてその出会いを一度きりにせず、ずっと付き合っていくためにはどうすればいいのだろうか。出会ったその瞬間からすべきことを順に書いていこうと思う。
相手と出会って、まず必要なのは「ツカミ」である。ツカミとは、簡単に言えば「この人の話をもっと聞いてみたいな」と相手に思わせることである。そのためには「あ、この人面白い!」とか、「この人、楽しい人だな!」と思わせればいいのである。
ツカミにはいろんな種類がある。初対面だとまずは自己紹介をするんだろうけれど、それに絡めて「すべらない話」をする人も多いだろう。でも、トークがどうも苦手で…という人もいる。
トークというものは二つに分類できる。自分が話すことと、自分が聞くことだ。基本的に、「うまく聞くこと」が会話を盛り上げるコツなのだが、初対面の相手と話すときには、まず自分が話す割合の方を多くして、つまり自己開示を先に行い、相手の自己開示を促すという作業が必要になる。
そこでは、自分はこういう人間ですよ、というプレゼンの能力が求められる。そのプレゼンはわかりやすく、しかも面白く楽しいものであったほうがいい。でも、これがなかなか難しいのでみんな困っているのである。
そこで、ここでは自己プレゼンをツールを使って行う方法を提案したい。そのツールとは、マジック(手品)だ。マジックにももちろん練習が必要で、マジック中のトークにも練習が必要なのだけれど、トークオンリーによる自己プレゼンのよりは定式化されている分、練習も容易であると言える。
マジックは、デパートのおもちゃ売場などで買うことができる。インターネットでも購入できる。Amazonでも販売されているので探してみて欲しい。練習がそれほど必要でなく、インパクトの大きいものをうまく見つけたい。私のお勧めは「サムチップ」と呼ばれるものだ。シルクのハンカチを消すという単純なマジックなのだが、うまく使えば効果は大きい。
マジックを演じるときに頭に入れておいて欲しいことは、相手を楽しませようという姿勢が大事なのだということ。マジックを完璧に演じること、相手に「不思議!」と思わせることが大事なのではなく、「この人は楽しい人だな」と思わせることが大事だと心得て欲しい。プロのマジシャンをイメージするとしたら、マギー審司のような人をイメージして欲しい。不思議かどうかよりも、楽しいことが大事だ。
ちなみに、マジックよりももっと練習が必要だが、大道芸のようなことをするという方法もある。メジャーなのは、ジャグリング。駅前広場なんかでジャグリングを披露していると女子高生が寄ってきて、楽しくお話ができたりする。私の知人にFという男がいるが、彼の特技は大道芸とマジックだった。別に彼は女の子と話がしたくてやっているわけではなく、純粋に好きでやっていたのだが、横で見ていた私は、これは女の子を惹きつける素晴らしい技術だと感動した。
さて、以上がツカミについてであった。ツカミに成功すれば、女の子は「この人ともっと話がしたいな」と感じるモードに入っている。だが気を抜いてはいけない。ここからが本番だ。出会いをその日一度きりにしないためにはどうすればいいのか。
女の子が求めているのは「理解」だ。女の子のの話をじっくりと聞き、その子のことをしっかり理解しようとする男は少ない。だから女の子は理解に飢えている。
つまり、女の子と信頼関係を築くためには「この人なら私のことをわかってくれるかも」と相手に思わせることが重要なのだ。その日のうちに相手を完全に理解するのは不可能だが、その可能性を感じさせることができればいい。
そのためにはどうすればいいのだろうか。それには、相手の悩みを聞き出せばいいのだ。その人の個性は、悩みに最も現れるからである。
では、どうすれば女の子の悩みを聞き出せるのだろうか。「ところで、君って悩みある?」なんていきなり聞くわけにもいかないし…。
その答えとしては、例えば占いがある。相手の運勢を占ってあげる。あなたはこういう運命ですと。これからこんなことがあるよと。では、占いの結果を踏まえ、どのように会話をすればいいのか。
占いというのは、「このままでいるとこういう運命になる」ということである。なので、占いの結果がいいものならば、今まで通りの努力を続けるといいよと告げる。あるいは自分の生き方の正しさに気づけばいいんだよということをアドバイスする。今どんな努力をしているのか、今どんな生き方をしているのか、ということについて尋ね、それを肯定するという形で話を進めればいい。
占いの結果が悪いものであれば、「じゃあどういう風に変えていけばいいのか考えようか。運命は自分で変えていけるんだよ」と言って、一緒に考えてあげればいい。
占いにもいろいろある。有名なのは手相やタロットや四柱推命だろう。何でもいい。自分が興味を抱けそうなものにしよう。私が好きなのは手相。手相を見てあげるときには、距離的にかなり近づかないといけないし、手を触るというスキンシップもとれるので個人的にはお勧めだ。
なお、「こういう手相ならこういう運命」「タロットでこのカードが出たらこういう運命」といったことを覚えるのは意外と大変。だから、基本だけ頭に入れ、あとは本を持ち歩いてそれを一緒に見ながら占いをするというのもアリだと思う。別に得意げに知識を披露する必要なんて無いのだ。女の子は占いが好きだから、一緒に本を見ながらでも楽しんでくれるはず。「今、占いの勉強してるんだよ」って言いながらカバンから占いの本を出すのは何ら不自然なことではない。
占いよりももうちょっと科学的なものの方が話しやすいという人なら、心理テストがいい。心理テストも女の子の大好物。大学でも心理学科なんて女の子ばかり。。大学で心理学を学んだような人なら、こちらの方がいいかもしれない。交流分析・エゴグラムなどというものは、女の子との会話に使いやすいと思われる。興味のある方はインターネットや書籍で調べてみて欲しい。
心理テストの種類もいろいろあるが、どれを使うにしても「あなたはこういうタイプだよね。当たってる?そうか。じゃあ、こういう苦労があったりするんじゃない?」っていうふうに話を進めていけばよいのだ。
占いを使うにしろ、心理テストを使うにしろ、一番大事なことは、相手の悩み、相手の話をじっくり聞いてあげることだ。そしてここで意識すべきなのは、相手の考えや行動を否定するアドバイスはしないこと。相手が「○○で困ってるんだ」と言ってきたら「それは君が○○だから悪いんだ」とか、「それなら、こうすべきだよ」というアドバイスをするのは基本的にはNG。「そっかぁ、それはつらいよね」と同調する。これが一番大切。僕は君の味方だよ、ということをアピールするのが正しい。そうすれば、相手は「この人は私のことをわかってくれている」と感じることになる。そう感じてもらうことを目標にして会話をしよう。
以上で、だいたいの流れは見えただろうか。具体的にイメージしてみて欲しい。目の前に現れた初対面のきれいな女の子。簡単な自己紹介を終えたあなたは、カバンからマジックグッズを取り出す。マジックを披露し、女の子に楽しんでもらう。「ところで、今、占いの勉強してるんだけど」とあなたは切り出す。そして彼女の運命について二人で熱く語る。最後に彼女は言う。
「また話、聞いてね!」
ここに書いたことは、そんなに難しいことには思えないはずだ。やる気になれば誰にだってできる。さあ、君も今日から占いの本とマジックグッズをカバンに入れて持ち歩こう!そこからすべてが始まる。あなたに素敵な出会いがありますように。
くだらないことから、……やはりくだらないことまで増田にいろいろ記事を書いてきたが、そうだ、苦手なジャンルの記事も書いてみよう、ということで、音楽の記事を軽く書く。
とは言え、私はほとんどアニソンしか聞かないので、さて何を書こうと思ったとき、前々から思っていた疑問である「駅前で演奏している生の音楽に(音楽のセンスのない私が)たまに異常にインパクトを受けるのはなぜか?」をちょっとだけ言及したい。
もちろん、音楽にはちゃんと音楽理論があるらしいので、的外れかも知れないが書いていきたい。
まず、やはり私がインパクトを受けるのは、「演奏が(ある程度)うまい奏者」だと思う。別の楽器から紡ぎ出される……別の場所から空気の振動として、自分の体それ自体にも伝わってくる音色やリズムがアセンブルされて一つの調和になってしまうという驚き、インパクトというのはあると思う。ヘッドホンやスピーカーでは、あまりその辺が分からない。もっとも、私の使っているオーディオがしょぼいから、という面は大いにあるだろうが、音響の良い映画館で音楽を聴いても、やはり、何か違うなあ、と思ってしまうのも確かだ。
それでもう一つ思ったのは、月並みだが、ライブかどうか、という面が大きいのではないかという点だ。
なぜ、ライブかどうかが重要かというと、観客の心の一部に「演奏者の失敗を期待している自分」という面があるからではないかとと思う。それを別に責めている訳ではなくて、スリルの裏返しでもある訳だから、それも含めて観客は楽しんでいるし、演奏者もそれも含めて楽しませようとしているのではないか。
だから、そういう意味……ストリートパフォーマーという意味で、大道芸人とミュージシャンは一緒くたにされるのだろうと思う。
そして、題名の件に話が移る訳だが、「良いコンサートは眠くなる」らしい。私もネットで見た発言なので、そうらしい、としか言えないが。おそらく高級なクラシックコンサートやハイソな現代音楽のようなコンサートの話をしていると思うので、ふーん。そうですか。おにぎりおいしいです。としか言えない面はあるが、何となく理由は想像できるような気がしてきた。
要するに、無茶苦茶設備が整ったホールで、マナーの良い観客の前で、一流の演奏者が演奏する訳だから、もはや「精密すぎて」もはや人間が演奏しているのか、機械が音を出しているのかよく分からない境地に達しているのではないだろうか。……いや、そう書くと語弊があるか。「安心感」が異常にありすぎるということだと思う。
だから、街の雑踏の中では、「それなりにうまい奏者がうまく弾ききれるか」という面で、スリルを感じた衆目の目を惹きつける、という様な意味では、なかなか良くできたシステムだと思うし、「良いコンサートは眠くなる」という話は、なかなか贅沢な時間の使い方で大変結構なことではないか、などと思う。
今日は7時過ぎに起床。
7時半過ぎに朝ごはんを頂く。
毎度のこと東京へは観光に来たわけでは無かったので、とてもブルー。
さすがに今のままお世話になるのはごめんだ。
家に居るのも気まずい。
せっかく田舎から来たのだからいろいろ見て回らねば。
おじさんに、秋葉原に行ってくるといったら
そっちの方に行くなら上野とかアメ横とか雷門とか見てきなさいといわれたのでとりあえず見に行くことにした。
秋葉原は一度入ってみたかったところだったが、やはり一人で行ってもなんか虚しい。
とりあえずヨドバシカメラと近くのファミリーマートと楽器屋とかに行って見た。
楽器屋のドラムとかあるフロアで、小出シンバルの特集がされてたニュース番組かなんかの映像に見入った。
自分はドラムを叩くのだが日本にシンバル職人が居るなんて知らなかった。
DTMのフロアでナノコルグに触って遊んだりした後上野へ向かう。
上野へ行って適当に歩いてたらアメ横についた。すごい賑わいぶりだ。
気持ちの切り替えができていたら何かいろいろ買っていたとこだろうが
すぐに歩いて通り過ぎた。
そして、上野公園へ。
すごい広いかった。とりあえず適当に座ってファミマで買ったタピオカミルクティーとパンを食べたかったので
適当に歩いていたらアコーディオンの音が聞こえたのでそこへ向かうと大道芸人がアコーディオンを弾いていた。
座って聞きながら昼食を食べた。
その後浅草へ向かうものの東京メトロがどこから乗ればいいのか分からず
改札口を通ってしまったのでいったん一駅のって上野に戻ってから浅草へ。
駅から出たら金のうんこみたいなのが見えた。あれってなんなんだっけ?
まぁ、いいや雷門へ向かうもののたどり着くまでちょっと時間がかかった。
雷門をくぐって店が並んでるとおりをまっすぐ行って次の提灯あるところまで突き当たった。
お賽銭を入れて拝んだ、あとおみくじを引いた。なんてこった「凶」だった。
途中で電車を降りるの忘れて焦ったけど、気付いたところで降りたら目的地行きの電車あったのでそれに乗ったら帰れた。
戻ってきたのが17時くらいかな・・・
晩御飯を19時過ぎに頂く。
後は話をいろいろした。明日は下北沢に行ってみようと思うとか。
そのあと、親戚宅の近くを散歩した。
東京で仕事探すとかでかいこといったけど、親戚に迷惑かけるし帰るとか
家出して住み込みで働こうと思ったけどそれこそ心配かけるし迷惑だとか。
友人が、じゃあバンド組もうぜとか。専門学校なのに独学でやってきた自分より下手の人しかいないとか信じられなかったけど。
自分はもうちょっと思ったことを遠慮なしにいったほうがいいとガチで思う。
思ったことを言えない、それなのに裏ではぐちぐちいうめちゃくちゃたちの悪いタイプ
事なかれ主義なんだよなぁ・・・安定を求めるが上に言われるがままって言うか・・・
自己開発セミナーとか行ったら変わるもんなのか?とか考えたりする。
どうすれば誰にも迷惑や心配をかけずにうまく社会的に復帰できるのだろうか
4ヵ月で会社を辞めてしまって次の仕事探すにしても何も無いから資格を取ろうとかバイトしながら音楽やるとか
都合のいいことばかり考えてしまう。
だいたいこういうことは昨日にも増田に投稿していて
なんだ、まだ何もして無いじゃん。
自分の甘さがわかってるなら4択。
1)慰めて欲しい
2)甘さを克服したい
4)EASYモードでお願いします
1か3か4→せっかく生まれてきたけど運が無かったと思え。
というのを見つけた。自分は18歳でこの先まだ長いので覚悟を決めればやり直せる
もともと音楽をやって生きたい。
まだその覚悟ができてない。そこがだめなんだろうな。ちくしょう。
この記事の中でも何回も「とりあえず」がいっぱい出てきてお分かりのことだと思う。
100人ほどは観客がいたであろうか、かなりの人が大道芸人を囲むようにしていた。
見物客は前の方の人たちは座って見物をしており、
私は座っている人ゾーンの後ろで立って見物をすることにした。彼女は私の前で座って見物。
そして、私のちょうど左前には高校生ぐらいと思われる女の子が立っていたのだが、
夏ということもあったのだろうか、なかなか際どいスカートを履いており、
紳士である私としては、チラ見で満足していた。
大道芸はかなりすばらしいもので、観客をグイグイ引き付ける魅力があった。
観客の視線は大道芸人に集中していたと思う。
しばらくすると、後ろの方から男がやってきた。
その男はグイグイと前の方に体を滑り込ませるように、無理矢理入り込んできた。
「お?なんだこいつ?」という多少違和感のある入り込み方だった。
私は最初、このおっさんはよほど大道芸人がみたいのだなあ と思っていたのだが、
手に持っていたトートバッグを前に突き出すような格好をしていた。
私の視線はトートバッグの中に吸い込まれ、赤色の光を目撃する。
バッグの中にはよくカメラについているような幅広?のストラップのようなものも確認できた。
最初は盗撮だとは気づかなかった。
その男はすぐに離脱し、後ろのほうに下がっていった。
トートバッグの中身が気になった私は、後ろを振り向いてその男を目で追った。
その男は、観客の最後尾でトートバッグの中に手を入れて、何か操作をしていた。
そこで私は気づく。
その男は撮影したもののチェックを行っていたのだ。
私は前に座っている私の彼女にかがみこんで「盗撮しているやつがいた」と報告。
彼女は「ええっ?」と狼狽していたのだが、
残念ながら盗撮されていたのはあなたではなくピチピチギャルだ。
この時点で私は盗撮は終わったのだと思っていたので、大道芸の見物を続行した。
その間、観客のポジショニング争いというか、上手く説明できないのだけれど、
立ち見の観客の移動が少しあり、ピチピチギャルはちょうど私の前の位置に来ていた。
その時彼女は座っての見物は止め、私の右横に立って見物していた。
そして性懲りもなく再びやつがやってきた。
私の前に無理矢理割り込んできたのだ。
恐らく満足のいく画が撮れていなかったのだろう。
今回はしっかりとバッグの中身を確認できた。
盗撮犯の存在を彼女に報告していたので、ここで何もしなければ男が廃る的な、
彼女の前でいい格好をしなければ、という考えが浮かんでは消え浮かんでは消え。
数秒考えた後、撮影を邪魔することを決意した。
とりあえずトートバッグを軽く蹴り、ブレブレの画にしてやろう作戦を決行。
これで、ピチピチギャルの下着は撮影は出来ても、ろくに見れたものでは無くなるはずだ。
この作戦により、男が撮影を諦めてくれる事を期待したのだが、男はその場を動かなかった。
盗撮がばれているのは気づかなかったのであろうか。
そこで私は非常に困った。
男がそれでいなくなってくれれば、最小限の努力で盗撮から女の子を守り、彼女にもいい格好を見せれたのだが、
男はまだ動かない。
私ははっきり言ってひ弱で、争いは好まず、事なかれ主事で、見た目は草食系でベッドの中だけ肉食系を自負しているのだ。
しかし、横には彼女がいる。これで何もしなければ幻滅されてしまうという恐怖があった。
私は再び決意する。
男の肩を2度叩く。
男は「前を遮るな」と後ろの観客に注意されたのでも思ったのか、ほんの少しだけ横に移動しただけで、撮影は続けていた。
仕方がないので、もう一度男の肩を叩く。
ここで、やっと男がきょどり始めた。首をグルングルン動かし、周りを確認し始める。
とりあえず私は「盗撮を見ていたぞ」と念を送りながら男をじっと見つめる。
私と目が合った男は、その場を離脱。
男は数メートル離れた所で大道芸の見物を続ける振りをしているが、まだ周りを気にして首をキョロキョロ。
私はまだ男から視線をそらさず、男を監視し続けたのだが、その時点で私の頭は真っ白。
捕まえたほうがよいのかとも考えたが、足がすくんで動ける自信がない。
というか私は足が悪いので、追いかける事が出来ない。
そして、周りの観客が大道芸を楽しんでいる空気を壊したらまずいなあ等ということも思ってしまう。
結局、再び私と目が合った盗撮男は、盗撮がばれていたのを悟ったのか、
そそくさと移動し、人ごみに消えていった。
私はもう大道芸を見る気は失せ、一部始終を見ていた彼女とその場を後にした。
彼女からは「あんたは良くやった」と慰めの言葉を頂き、彼氏としての面子は保てたようだが・・・
後から、ああすれば良かった、こうすれば良かったと後悔の念がどんどん沸いてきた。
盗撮中にその男の耳元で「いい画がとれたら後で見せてくださいよ」とか言える余裕があればよかったのだけれど、
チキンな私は肩を叩いた後は完全に真っ白だった。
彼女からは、「もしあいつがナイフでも持ってたら刺されてたかもしれないぞ!」と言われ、
確かにそうだなあと思ったが、当時は全くそんな事を考える余裕はなかった。
今思えば、2回目の盗撮をしに来た時点で交番からお巡りさんを連れてくるのがベストだったのかなあとは思う。
そういえば盗撮されていた女の子には盗撮を知らせなかったなあ。
頭が働かなかった。
盗撮を目撃という時点でかなり動揺していたのです。
しかし、一番腹立たしいのは盗撮犯である。
私みたいな者にわかる様な盗撮をするんじゃない!と言ってやりたい。
賛否両論あると思うが。
http://anond.hatelabo.jp/20090308152436
元増田さんがまだ残ってるかどうかわからないけど、もし居たらぜひこの記事について意見を聞かせて欲しいんだ。
http://slashdot.jp/~TarZ/journal/450116
ちなみにMEIKOというのは初音ミクと同じクリプトンから、初音ミクよりずっと前に売り出されていたボーカロイド。
平沢進氏が自分の楽曲にボーカロイドを使っていたなんて、本人が発言するまではほとんど誰も気付いていなかった。
この事実についてどう思う?
あと、個人的な意見を言うとryoさん(Supercell)はあんまりボーカロイドの調整が美味い方ではないと思う。
(楽曲自体は素晴らしいところがいっぱいあるし、いっそのことこれをキッカケに生身の歌手のための作品を作るプロになってくれたらいいんじゃないかと思ってるけど)
だからryoさんの作品だけでボーカロイドすべての「実力」を見切ったつもりになられると、いちボカロFANとしてはちょっと悔しい。
平沢氏のように、生身の人間とまがうばかりの調整をさせる人もいれば、ボーカロイドならではの特徴を生かして、ボーカロイドでなければ歌い得ない作品を作ってる人もたくさんいる。
(ここで迂闊に紹介するとその作者に迷惑がかかるかもしれないので控えますが)
ボーカロイドというのはまだまだいろんな可能性を秘めた新しい「楽器」なんじゃないか、少なくともその可能性は大きいはずだと思ってる。
まず否定ありき、で入ってきてる人には、その可能性はなかなか気付けないのかもしれないけど……。
もしかして、50年、100年後になってふり返ったら、実は今の私たちは音楽の歴史の大きな転換点に立ってたんだと気付くかもしれないよ?
ただ単にボーカロイドという技術の話じゃなく、プロ、アマチュア、という区別や、著作権というものの在り方そのものもどんどん変わってゆくのかもしれない。
(ニコ動におけるボーカロイドのもう一つの魅力は、ひとつの楽曲があらゆる人にどんどん引用、改変され、名作にはあっというまにアンサーソングが作られたり、たくさんのPVや「歌ってみた」動画が作られてゆくこと。こんなことは今の著作権にがんじがらめに縛られたプロの世界ではなかなかできない。作品レベル云々ではなく、そういった生々しい”躍動感”に惹かれている人も多いはず。本来、「生きた文化」というのはそういうものであったんじゃないか、河原で演じられる大道芸に投げ銭を投じるような、即席で吟じられた和歌に返歌するような、そんな時代がネットによってもう一度復活しようとしてるんじゃないか、とさえ個人的には思っているのですが)
せっかくこんな面白い時代に生まれ合わせたのに、元増田さんみたいに凝り固まってるのは、なんとなく勿体ない気がします、よ?
http://anond.hatelabo.jp/20090215141559
これを読んで、何だかなあ…と思ったけど、同時に多くの人が誤解していそうな部分だとも思ったので。
ツッコミどころだらけだけど、片っ端からやってると多分訳が分からなくなるので、
さて、元のエントリにはこんな「良くありそうな誤解」が出てくる。
総合学習は即刻廃止。うちの学校では「一輪車の乗り方」を教わったわけだけども、人生においてまったく何の役にも立っていない。
こういうクレームあるよね~。
「算数の公式なんてつかわねえよ!」とか「理科の知識なんて役に立たない!」とかも実はこれと同じだ。
だけど、例えば理科で石の勉強とかするのも、実は石の種類の名前覚えるのが重要なんじゃないんだ。
いや、「理科の知識」の習得も重要だよ?でも、そこにはもう一つ、隠された使命がある。
学習指導要領を元に見てみよう。
小学校学習指導要領(平成10年12月告示、15年12月一部改正)-第2章:各教科-第4節:理科-文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/shuppan/sonota/990301/03122601/005.htm
…文字多い?読みたくない?
全くだね。そこで、まずは「目標」の部分だけ見てくれるかな。例えば、岩石についてやる6年生ならこんな感じだ。
(1) 生物の体のつくりと働き及び生物と環境とを関係付けながら調べ,見いだした問題を多面的に追究する活動を通して,生命を尊重する態度を育てるとともに,生物の体の働き及び生物と環境とのかかわりについての見方や考え方を養う。
(2) 水溶液,物の燃焼,電磁石の変化や働きをその要因と関係付けながら調べ,見いだした問題を多面的に追究したりものづくりをしたりする活動を通して,物の性質や働きについての見方や考え方を養う。
(3) 土地のつくりと変化の様子を自然災害などと関係付けながら調べ,見いだした問題を多面的に追究する活動を通して,土地のつくりと変化のきまりについての見方や考え方を養う。
さあ、キーワードは何だろう?
そうだね、「見いだした問題を多面的に追究する活動」「見方や考え方を養う」辺りがキーになりそうだ。
「自然の事物・現象について感じる」「問題解決能力を獲得する」「科学的な見方や考え方ができる」
知識はその一部でしかない。むしろ岩石を観察して、そのデータを元に系統別に分類したり、
その過程で生じた疑問に対し、調査したり理論的に考えられる事が重要だ。
一輪車だって同じだ。
体力というのは大雑把に「筋力」「持久力」「調整力」に分けられる。
このうち「調整力」という言葉は耳慣れないと思うけど、これは「出力調整の能力」つまり「体を上手に使う能力」だ。
調整力はさらに平衡性(バランス感覚)、柔軟性(体の柔らかさ)、敏捷性(運動速度変更の正確さ、すばやさ)、巧緻性(動作の巧みさ)
に分けられる。
もう分かったよね。一輪車や竹馬は、なにも子どもを大道芸人に仕立てるために練習していたんじゃない。
じつは平衡性強化訓練だったわけだ。
体育とは別の、もっと複数の教科横断的な目的があってやっているはずだけど、そこまでは分からないや。
研究授業とかの一環だった可能性なんかがあるかな。
あ、意外と知られてないけど、学校って研究機関的な側面もあったりするんだぜ?
勉強として知識を詰め込むだけが目的なら、学校での教育はとんでもなく無駄だらけだ。
だけど「勉強」は学校に課せられたミッションの一部でしかない。
「集団での共同生活の基本」だとか「心身や情緒の育成」だとか、まあそういうことも考えてるのよ。と。
だから、「数字を覚える歴史」じゃなくて、もっと教え方考えなきゃな。
http://anond.hatelabo.jp/20081105135432
http://d.hatena.ne.jp/dystopia/20081022/1224691024
先月受け取ったメールで知り合い、チャットで意気投合し、今月から付き合い始めた。
これまで5人くらいと付き合ったことがあるけれど、一般的な女の子と比較して
といった点が目立つ。
見た目は福田康夫を少し丸くしたようなかわいらしさがあるのだけれど、要するに中身は雄だ。
初めは戸惑いもあったが、案外こういう女の子とつきあうのは楽で楽しいと分かってきた。
いろいろ縄張り・バナナ・毛づくろいなどを試そうとするなど好奇心が強い。
群れの長の資格も持っているというのに大道芸系の資格も取ろうと勉強していて向上心の強さがある。
体毛の薄い俺を上手にグルーミングできない自分に「ウキーッ、キキキッキーー///」と恥ずかしがる。
問題はどうやって知り合うかだけれど、職場(動物園)という戦闘モードの時に誘うのではなく、ジャングルが狙い目としか。
初めの一歩が難しいだけで、後は一般的な女の子よりも付き合いは簡単かも。
だって普段雄同士でしている会話と同じでいいんだから。
最近つくづくそう思うんだけど、より体重が増えている感じがするね。
TIGERの発音の難しさにはついていけないものを感じる。
遠くから口から火を噴いてくるカルノフ気取りとか、しゃがみ中パンチをペシペシ当てることに生きがいを感じている
香具師とか、条件反射で上アイゴーに合わせて中スラしてくる香具師とか、僧侶というより
大道芸人のような感じがするんだよな。伸縮炎吐ドリル浮遊みたいな。
自分より強い奴を探すためにストリートファイトしてる人が激増してるんだよな。
とうとう多段ヒットもしなくなったし、既に本来のタイガーアッパーカットから
かけ離れたタイ式対空もどきに堕落した感しかないな。何年たっても四天王と
持ち上げてくれるシャドルーの待遇の良さが問題なのか、何が問題かわからないけど。
元:
http://anond.hatelabo.jp/20080112112232 に引用されている http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/news/1200055740/ の 15-37 をそのままコピペ。
15 : 養鶏業(アラバマ州):2008/01/11(金) 21:57:19.53 ID:CaN6Dfpr0
はてな民はネト充。
16 : ひちょり(神奈川県):2008/01/11(金) 21:57:30.95 ID:GOia/J7R0
嫌儲には悲壮感が漂っている
17 : クマ(神奈川県):2008/01/11(金) 21:58:30.44 ID:dEySg2Ih0
>>12
18 : 市民団体勤務(中部地方):2008/01/11(金) 22:00:07.90 ID:/Wu4xB5G0
19 : 酪農研修生(東京都):2008/01/11(金) 22:00:40.51 ID:vm2f1dyn0
ブクマ厨がわんさか
20 : 味噌らーめん屋(福岡県):2008/01/11(金) 22:00:43.69 ID:dskwDtAZ0
21 : コピペ職人(アラバマ州):2008/01/11(金) 22:01:19.40 ID:ugMd6lQN0
非モテとか語って何が面白いんだろうか・・・
22 : 週末都民(愛知県):2008/01/11(金) 22:01:51.02 ID:0Wi53/l60
何だかんだ言ってお前らも似た者同士だけどな
23 : 産科医(関西地方):2008/01/11(金) 22:02:25.50 ID:mzWvivAJ0
24 : インストラクター(千葉県):2008/01/11(金) 22:03:36.08 ID:DnIQuwfd0
+も確かに気持ち悪いが鬼女の陰湿に比べればぜんぜん可愛い
25 : 司会(アラバマ州):2008/01/11(金) 22:03:49.07 ID:NV9BP7sy0
確かにキモい面もあるけど
たまに有意義な文章が読める分+やニュー速よりマシだな
26 : 通訳(樺太):2008/01/11(金) 22:04:32.36 ID:Rl1mqXNHO
+は鬼女のすくつ
27 : DCアドバイザー(秋田県):2008/01/11(金) 22:04:38.71 ID:23jyjE1z0
匿名でも固定IDでもキモイってのが結局日本のネットの限界なんだと思う
28 : パティシエ(石川県):2008/01/11(金) 22:05:29.42 ID:nzzaciSI0
不気味さでいうとこう
29 : 味噌らーめん屋(福岡県):2008/01/11(金) 22:05:50.72 ID:dskwDtAZ0
>>25
たぶんこいつははてな民
30 : 大道芸人(東京都):2008/01/11(金) 22:05:52.08 ID:mxI2tEGv0
+は頭悪いキモさ
結局はどっちもキモイ
31 : ドラッグ売人(関東地方):2008/01/11(金) 22:06:08.42 ID:6xTSH2e50
twitterとか気持ち悪い
32 : コピペ職人(アラバマ州):2008/01/11(金) 22:06:45.82 ID:ugMd6lQN0
>>28
初音騒動以来+の人達が怖い
33 : インストラクター(千葉県):2008/01/11(金) 22:07:10.81 ID:DnIQuwfd0
34 : AA職人(樺太):2008/01/11(金) 22:08:09.88 ID:CDjJivLfO
>>33
35 : 私立探偵(大阪府):2008/01/11(金) 22:08:36.68 ID:D5Z/sZ7l0
36 : 踊り子(コネチカット州):2008/01/11(金) 22:08:54.95 ID:kcTTmeEFO
昨日もたってたぞ
37 : ニート(静岡県):2008/01/11(金) 22:08:55.64 ID:Jt4LcNYg0
はてなのやつらはまじきもい
日本でも、実際に大道芸を見ていると、たいていの芸人さんは芸の締めに面白い口上だとか楽しい仕掛けを用意して、お客さんがお金を入れたくなるような工夫を全力でこらしている。実は、最後のお金を取るところまでが芸なんだよね。あれは。ああ、こいつにお金を払ってあげたい!と思わせてナンボってところがある。
見世物小屋をたてて囲い込むやりかたじゃなく、売る側のありかたとか、売るしくみの工夫も大事だと思う。
巷でよく話題になる記憶術。テレビなんかでも記憶法みたいな感じでたびたび紹介される。
いわく、「体の一部と対応させて結びつけて覚える」。
いわく、「語呂合わせにして物語にして覚える」。
そういうやりかたで、意味のないモノの羅列を瞬時に記憶する人や、
これはいい、と、たびたび記憶術を試そうと訓練するのだが、まったく身につかない。
そんな迂遠な思考過程を踏まないで、そのまんま覚えて、繰り返し暗誦すればいいではないかとさえ思う。
この関係は、ローマ字入力に対する、かな入力と似ていると思った。
確かにかな入力は効率がいい。
ローマ字入力ならば、ひらがなひとつにつき基本的に2タッチを要するが、
かな入力だと、ひらがなひとつきにつき基本的に1タッチとなる。
特に普通にローマ字によるタッチタイプよりも早く入力が出来るまで訓練するのが一苦労である。
生半可なレベルにしかならないのなら、わざわざ覚える必要はない。
今までやってきたとおりにやればよい。別の方法を覚えるのは混乱するだけなのだ。
今更なんだから、無理せず、今までの人生で積み上げてきた、自然な覚え方をするのが一番だと思った。
身に付けても、冒頭に上げたような円周率の記憶とかにしか使えないなら、大道芸レベルである。
その点も、タイピングと同じような気がする。