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はてなキーワード: ノンフィクションとは

2012-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20120125203951

まあ、そこは、ほれ、初出が2chニュー速VIP(+だったかな?)だったわけだし、まとめサイト拡散される事も最初から織り込み済みだったんだろう。

俺はそれが嫌だからこの類のノンフィクション風長文は増田に書いてるし。

http://anond.hatelabo.jp/20120125230101

目的釣りというよりは、再確認みたいな行為だと思ってくれ。ある日、なんかどうでもいいきっかけで「あ、こういう話って受けそうだな」みたいな筋書きがふっと頭をよぎるんだわ。

そしてその日のうちに流れを整理して増田に投げる。で、一晩放置して反応を見る。トラバの数とかはてブの数、Twitterの反応とかを見て、「うむ!」と満足するわけ。

ピコーン!って来た日は大概はてブの数だけでも200とか300とかいく話が出来上がってる。

2012-01-16

http://anond.hatelabo.jp/20120116193725

現状を改善するために行動を起こすのは、ヤンキー漫画に限らず多くのフィクションで見られる普遍的なテーマですが?

あ、ごめん、ノンフィクションにも多かったわw

2011-10-13

自分母親先祖遊郭してたって、聞かされた増田いる? いないと思うけど (今は親は固い職業)

小学生の時聞かされた。

変だよね、こんなの。

遊郭としてたと言っても、すぐ前の世代ではなく、その前にやめて地主になって、それをある宗教寄付して、無一文の状態になって・・・と色々あったらしい

その色々が続いてない事も無いから、こんな事を言ってくるのかもしれないが   ( 精神的にいろいろあるからかもしれないが、別に親は生活やお金には困っていない。全然余裕なのに・・・ )

それにしても・・・

から私に関する事だけ、洞察力が欠落したような事を平気で行う人だった

実の母親から、お前の幸せを願ってません と宣言されるようなものだし

普通健全な家庭の特に専業主婦の人が聞いたら嫌がるようなことを好んで言う傾向もあった

(別にエロい事と言う訳じゃないですエロい人ではないと思います)

言わなくて良い事実とか、厭世的になるような事とか

例えば、森村誠一氏の小説を読んで、なぜそんなものを読むのか聞いたら、「私は本当の事が知りたいもん」と言ったりされたりとか

森村氏は優れた小説家だと思うけど、年若い人が見ると、厭世的になったり人間不信になる可能性もあると思う。私に勧めてきたわけではないけど、こういう事も踏まえた上での答えとしては適当ではないと思う。

本当の事と言っても、小説フィクションなので、本当の事が知りたいなら、ノンフィクションドキュメントルポを読むべきだと思うし。

言うとしたら、氏は、厭世観を持つような事実を扱いながらも、それだけではない深い何かがあるとか、それを超えたものもあるとか、何とか言えないものなのだろうか、と思う。

世の中にあるものを無批判に肯定的に受け止めるのではなく、時には皮肉や風刺も、クリティカルな思考をするために必要なように、社会の暗黒面を描くのもより良い情況を目指すためには、有効だとか、視点としては、そういう目も必要だから、とか何とでも良い言い方は色々できると思う。

しかし、彼女場合はそんな事をわかって読んでいたのではないような気がする。

何を考えているかからない。

これは離れて暮らしている今もそうだが

どういう人間だったかと言うのが、チグハグすぎて思い描けないし、人に説明もできない。

これは父にも言える事だが。




それで、トラバはしてないけど、さっき書いた恋愛に夢が描けない話

これに繋がらない事もないわけだが

人様のお嬢さんを金にものを言わせて攫ってきて、性的搾取をしてきた先祖・・・と考えると、他人にそんな事をした人間の子孫は、恋愛なんてできない、と思いつめてしまった部分は、小学生だったので、少なからずあると思う。

小学生ごころにはきつすぎる。

ある程度、自己防衛的な思考や論理的な判断力が、育った状態でしかも安定した身分の状態の大学生くらいになってから先祖歴史として話すのなら、わからないでもないと思うが・・・



遊郭というのは、気になるから、何かの折に目に触れたものを読んだり、本を立ち読みしたりして、調べた範囲でも、摩訶不思議構造になっている

江戸時代とそれ以降での違いというのもあるし、江戸時代でも、遊郭というのとその他のものでは、だいぶ違ったようだった



世界皮肉でできている

江戸時代にも一番多かったのは吉原ではない

病気で亡くなった江戸を描く漫画家杉浦日向子さんは、このあたりちゃんと書いていた。(ただ地名を正確に書いてたというだけだけど)

明治以降国家神道として神道流行らせたりする時に、その町のイメージが悪くなってはいけないという配慮からなのか何かはよくわからないけど、映画でも何かの作品でもその町を舞台にしたものは、江戸時代心中モノが描かれたりしてたけど、今は全然ない。他の町も吉原以外は似たようなもので、特にタブーだかたというわけではなく、吉原通俗的にそのような場所として有名だからわかりやすいからかもしれないが。( 江戸時代吉原と今のとではだいぶ趣が違うけど )

ここにも、私は皮肉を感じてしまう事がある。

有名な江戸時代人形浄瑠璃歌舞伎の演目で、伊達の殿様に切り殺されてしまう太夫の話がある。実話かどうかは定かではないらしいが、その太夫の死体が流れ着いた淵や、亡骸が祀られたとされている寺か神社もあるらしい。この話は、武士より武士みたいな形で亡くなってしまった遊女というところが皮肉なのだと思う。 創作だとしたら、こういう人身売買に誑かされて鼻の下を伸ばしている武士に対する皮肉もあったのではないかと思う。

遊女の腹から生まれた大名 で検索すると 23人もいたと記したページも出る

http://kkubota.cool.ne.jp/saihouji.htm

皮肉

江戸時代でも人身売買は悪いとわかる倫理観はあったと思う。わからないわけがないと思う。

それなのに、簡単に誑かされてしまう。

2011-08-22

http://anond.hatelabo.jp/20110818155831

子供とき読書感想文というのがあって、あれが実にくだらないと、子供心に感じた。だから、絶対に本当のことなど書かなかった。いい加減に書いて、つまり先生が喜ぶようなことを書けば褒められた。実際に、それで賞状をもらったこともある。ああ、くだらない思い出。

本を読んで、その感想を文章にすることは、自分の考えをまとめる、という訓練としては、そこそこの価値がある。気持ちというのは、なかなか他人に伝達できないものから、その局所的なものを一般的にする行為価値がある。しかし、そもそも、人に伝えたい、という気持ちがまず大切であって、「わかってもらいたい」という動機がなければ、文章はけっして良くはならない。その気持ちがない状態で書けば、ようするに入試小論文に見られる、おきまりの構成、テーマ常套句の嵐になって、読めるけれど、意味のない文になる。そういったものをいくら書いたところで、それは文章を書けることにはならない。

それよりは、この頃の流行ブログの方が、少しはましだと思う。誰ともわからない相手に(そんな者はいいかもしれないのに)、気持ちを伝えようと前向きになってアウトプットする素直さは、非常に平和的で、社会的で、そして善良である

自慢したいことや、同情してほしいことや、知ってほしい気持ち、褒めてもらいたい行動、そういうものが誰にもあって、それをこれほど公的かつ私的に(つまり遠いけれど身近で)書けるシステムは今までなかっただろう。この際だから読書感想文なんかやめて、ブログ学校先生が読めば良いのではないか

まず、小説フィクション)の感想文というのは、小学生にやらせるやらせない以前に、そもそも馬鹿馬鹿しいものなので、これは、教育どうこうの問題ではない。もし、国語時間に文章を書くことの訓練をさせるつもりならば、小説ではなく、絵画であるとか、古建築であるとか、まったく別分野の芸術に対する感想を文章にさせてはどうか。文章になっているもの感想を書かせると、単に8割はその内容をピックアップするだけで、創造力、文章力の訓練には適さない。出版社に勤めて、本のあらすじを書く仕事を将来するのならば、多少は役に立つだろうか。それ以外に、小説のあらすじを把握する意味価値もまったくないと思われる。そもそも、本の裏表紙にある「あらすじ」が僕には無意味だ。

 一方、ノンフィクションに対する感想文というのは、ある程度、論理的な思考を養う意味では、効果があるかもしれない。受験小論文で試される学力もここに近い。つまり、求められているものは、論理性、着眼などである

 おそらく最初目的は、子供に本を読ませること、だったと思われる。僕は、子供に本を読ませる必要は感じない。読みたいものがあれば、必ず自分から読むだろう。それが人間だ。

 繰り返しになるが、文章を書くときに必要なことは、読む相手を想定すること。その人に伝わるように書く、という訓練が重要だ。読書感想文は、誰に宛てた文章なのだろうか? いったい何のために書くのだろうか?

2011-08-12

もしドラ作者「エースの系譜」あとがき全文

もしドラ」は処女作ではない。

から十三年前の一九九八年に、二九歳にして小説家への転身を図った僕は、およそ三ヵ月という期間をかけて、

真の処女作成るこの作品「エースの系譜」を書き上げた。その執筆の経緯をここに記しておきたい。

うん、そうなんだ。すまない。「もしドラ」作者の次回作を期待して買ったと思うが、実はこっちのほうが先なんだ。

でも、この本を見たとき、君は、きっと言葉では言い表せない 「ときめき」みたいなものを感じてくれたと思う。

殺伐とした糞小説の中で、そういう傑作を忘れないで欲しい

そう思って、このあとがきを書いたんだ。 ついでに俺とこの小説の馴れ初めを聞いていってくれないか



三十歳を目前にして小説家になりたいと強く願った僕は、まず手始めに四百字詰め原稿用紙にして六十枚ほどの習作を書こうと試みた。

六十枚とした理由は2つあって、

始めての作品だったから短めに仕様としたことと、

もう一つは、文藝春秋から出ている「Number」という雑誌で当時、スポーツノンフィクション新人作家を発掘するコンクールが開かれていたのだが、応募規定が六十枚だったことである

その時ぼくは、「Number」に掲載されているようなものを書きたいと思っていた。

といっても、スポーツノンフィクションを書きたかったのではない。

Number」に掲載されている記事のようなテイストで、フィクションを書きたいと思っていたのだ。


なぜ「Numberテイストフィクションを書きたかったのかといえば、その文体に惹かれていたからだ。

Number」の文体には「Number文体」とでも呼べるような、ユニークな特徴があった。

簡潔でリーダビリティに富みながら、遠く特の修辞法や言い回しによって読者をワクワクさせるケレン味も兼ね備えていた。

それをフィクション適用すれば、フィクションノンフィクションの境目が曖昧になる虚実皮膜の魅力を小説に持たせられるのではないかと考えたのだ。

そうしてNumber文体小説を書くことは決まったのだが、どうせなら内容や分量も「Number」に準拠したものにしようと考えた。

さらには、それを洒落で「Number」の新人賞に応募しようとまで考えたのだが、これは後述する理由で断念することになる。

ともかく、そういう狙いをもってぼくはその作品の準備をし、執筆に取り掛かった。

小説を書こうと思った僕は、自分が好きだった雑誌Numbers」の文体を参考に執筆を開始することにした。



肝心の物語は、とある高校の野球部舞台にしようとした。

高校時代、ぼくは拠ん所ない事情から野球部のない学校に通っていたのだが、そこで野球をするには軟式の同好会へ入るしかなかった。

そのため、甲子園への道ははじめから閉ざされており、そのことが、甲子園出場が幼い頃からの夢だった僕にとっては身を引き裂かれるような痛恨事となっていた。

そのため、いつからか「今のこの状態から甲子園に行くにはどうすればいいか」と、その道筋を夢想するのが癖となった。

そのことを書こうと思ったのだ。

高校時代自分学校はどうすれば甲子園にまで辿りつけるかと考えた道筋のあらましを、小説にしてみようと思ったのである

題材は、高校野球にすることにした。



書き始めに際し、僕はその夢想の道筋---則ち野球部のない高校が甲子園に出るまで---には、最低でもおよそ十年間の歳月がかかるだろうと見積もっていた。

から最初は、その十年の歴史をあらかじめ設定してあった六十枚という分量の中で書ききろうとしたのである

ところが、いざ書き始めてみると予想外のことが起こった。

その夢想を追憶するうちに、次から次へとさまざまなエピソードが思い浮かんで、筆が止まらなくなったのである

おかげで、予定の六十枚にはあっという間に達したのだが、内容はというとまだ本の一年半分ほどしか書ききれていなかった。

そこでぼくは、方向転換を余儀なくされた。

分量を、当初の予定だった六十枚に納めることを諦め(同時に洒落コンクールに応募するのも諦め)、この先何枚かかるか分からなかったが、とにかく十年を描き切るまで書き続けようと決めたのである


そうして三ヵ月が経過した後、ぼくはとうとうそれを書き上げた。

書き上げた時には、原稿用紙は六百七十枚にも達していた。(当初予定していたもの十倍以上だった)

「緻密に選手クローズアップするNumber文体」と「10年間の分量を原稿用紙60枚」。どっちもやらなくちゃいけないってのが小説家のツライところだな。

覚悟はできてるか、俺はできてる。

(中略)

とおもってたんだけど無理だった。ごめんてへぺろ☆(・ω<)



するとぼくは、その書き上がった現行に対し、不思議な感慨を抱いた。自分が書いたものであるにもかかわらず、自分ものとは思えなかったのだ。

いや正確に言うならば、その分を書いたのが自分だという実感はあった。しかしながら、そこに書かれている物語自分が考えたものだとは思えなかったのである

それはまるで、もとからこの世界存在していたものであるかのようだった。

いや、もはやある種の「事実」のようであもあった。

ぼくのしたことは、その事実テキストとして書き起こしたにすぎなかった。

まり、まるでスポーツノンフィクションの作品を書いたような気持ちだったのである

そのため僕は、書き方についてはともかく、内容については大きな自信を抱くこととなった。

なにしろ、自分が興味をいだいた事実を取材して書いたような気持ちだったから、誰が読んでも面白いだろうと信じて疑わなかったのである

そのため、これを誰かに伝えたいと強く思った。伝えて、その面白さを共有したかったのだ。

面白いものができた。



そうしてぼくは、これを世に出す算段を巡らせた。

初めは、幾つかの出版社手紙を添えて原稿を送付した。

しかし、そこではなんの答えを得ることも出来なかった。

いつまで経っても返事は来ず、そのまま数カ月が過ぎた。

そこで、今度は電話で問い合わせてみた。原稿を送付した出版社に対し、

原稿は届いているか、届いているなら読んでもらえたのか、読んでもらえたのならどんな感想だったのか---それらを聞こうとしたのである

しかしながら、そこでも芳しい答えを得ることは出来なかった。

何人かの編集者は実際に応対してくれたし、一人は会って話をしてくれたが、しかしやっぱり、前向きな返答を引き出すことは出来なかった。

評価されなかった。



それから、ぼくの苦悩の日々が始まった。三年をかけて、さらに四作の小説を書き、小説家として世に出ることを試みた。

しかし、紆余曲折の末、ついに挫折するに至ったのだ。

その試みを諦めざるを得なくなり、おかげで、それらの作品が出版にいたることはついになかった。

そうしてぼくは、小説家への転身を諦めたのである

小説家を諦めたぼくは、以降の人生を勤め人として生きることを決意する。

落ち込んだ。



ただし、小説は勤めの傍らで書くつもりだった。

ぼくの敬愛するルソーゴッホという画家は、絵は売れなかったがずっと描き続けた。

カフカ宮沢賢治も、生前は脚光をあびることはなかったが、死ぬまで書き続けた。

そういう存在に、ぼくもなろうとしたのだ。

小説出版しなくてもいいから、死ぬまで作品は書き続ける---そんなふうに生きていこうと決意したのである

立ち直った。



ところが、そんなぼくに青天の霹靂ともいえるできごとが、やがて訪れる。

処女作を書いてから十年後の二〇〇八年、ダイヤモンド社編集者である加藤++さんから小説執筆依頼を受けたのだ。

そこで、ぼくの胸中にはさまざまな物思いが去来した。

思わぬ形で描き上げた処女作のこと、それからの三年間の苦労、さらにその後の勤め人としての生活---そうしたことがぐるぐると駆け巡った。

チャンスがキタ

ところで真のアルファブロガーま○めさんはいなかったことになってるね




その時、ぼくは決意した。

この作品は、二百万部を越すベストセラーにしようと。

そうしなければ小説家としてのぼくの人生はいよいよ完全に閉ざされたものになってしまう。

あるいは、ぼくの書き上げた「エースの系譜」を含めた五篇の小説は、永久にその出版の機会を失われてしまう---そんな危機感を抱いたのだ。

チャンスに浮かれることなく気を引き締めた。



そうして書いたのが、「もしドラ」だった。

すると、二〇〇九年十二月に発売されたこの本はすぐさまベストセラーになり、幾度も版が重ねられた。

大ヒットした。



それから半年が経過した二〇一〇年五月、講談社マンガ編集者である村松++さんから連絡を頂いた。

要件は、「もしドラ」をコミック化したいというものだった。

しかし、この時は既にコミック化に関しては別のオファーを頂いていたから、彼にはそれを断る旨を率直に伝えた。

その上で、無碍に断るにも失礼かと思い、何か別の形で貢献できることはできないかと考えた。

その時ふと脳裏をよぎったのは、十二年前の記憶だった。十二年前、あれほど強く世に出したいと願いながら、結局それが叶わず、今もパソコンハードディスクの奥に眠ったままの、「エースの系譜」のことだった。

これを世に出すことはできないか---ぼくは、会いに来てくれた村松さんにプリントアウトした原稿を託すと、「もしご興味がおありなら、これをコミック化してもらうのはどうか」ということを打診した。

チャンスを活かしてヒットをものにしたら、さらにチャンスが広がった。



すると数カ月後、村松さんからぜひコミック化したいとの返事を頂いた。

それは、僕の積年の願いがかなった瞬間であり、嬉しかったのと同時にホッとさせられた出来事でもあった。

このままこの物語を眠らせておくのは、何よりこの物語に対して忍びないと思っていたからだ。

ところがその数カ月後、さらに思わぬご依頼を村松さんから頂く。それは、これを単にコミック化するだけではなく、小説としても世に出さないかというものだった。

村松さんが言うには「この小説はとても文学的なので、コミック化したときには、表現の特性の違いなどから、この文学的魅力がいくらか薄れてしまうことになる。しかしそれは非常にもったいない。この作品は、物語としての魅力もあるが、純粋文学としてもとても魅力的だ。それを十全に表現できるのは岩崎さんの書いたこの原稿以外ない。だから、それをこのまま眠らせておきたくはない」とのことであった。

ついに、ぼくの願いは十三年越しにかなった。



そうして「エースの系譜」は、実に十三年という長い月日を経て、ついに世に出ることとなった。その小説版編集には柴山++さんにあたっていただいた。村松++さんと柴山++さんのお二方には、大変お世話になった。この場を借りて、お礼を述べたい。ありがとうございます

最後に、この本はぼくの幼なじみである+++++くんに贈るということを、ここに記したい。小学校一年生の時、クラスメイトだった+++++くんの家に遊びに行った折、そこで彼の持っていたマンガドカベン」に出会ったぼくは、たちまちその虜となった。そのことが、後にぼくが野球にのめり込むきっかけにもなったし、マンガ創作活動に対する興味を抱くことのきっかけにもなった。これがなければ、ぼくは「もしドラ」や「エースの系譜」を書いていなかっただろう。++くんが、ぼくにこの物語を書く契機を与えてくれたのだ。++くん、ありがとう

そして伝説・・・




熱い、熱いぞ岩崎先生。申し訳ないけれど、小説より彼のあとがきの方がおもしろかった。

ぜひ彼の熱い人生を「アツイホノオ」の島本先生コミカライズしていただきたい。

2011-07-26

フクシマ後、松本龍の一件をみて景山民夫を思い出した

チェルノブイリ事故の後、当然のごとく反原発運動はあって、

「危ない話」の広瀬隆氏あたりが有名だけれども、

景山民夫氏やいとうせいこう氏が論陣をはっていたのだそうだ。

http://www.geocities.jp/goki_con/e/54.html

イラ小学校低学年頃で、残念ながら、その頃の記憶はまったくない。

それから5,6年後(オイラ中学生)、

幸福の科学フライデー被害者の会を名乗ってデモ訴訟をやる騒ぎがあり、

その広告塔だったのが、景山民夫氏。

(ちなみに当時、ビートたけしは俺は加害者の会だ、という冗談を言っていた)

この件で彼のことを初めて知った。

その後も、彼は料理の鉄人あたりに出演していたし、

直木賞受賞作である、「遠い国海から来たCOO」が映画化されたこともあって

日テレ40周年で製作された角川映画なんだが公開が春樹氏の逮捕と重なった!)

どんな人だろうと気になり、彼のエッセイを読み出したのだ中学3年~高1のころ。

ちょっとオトナな話が多いので、オトシゴロのオイラはすぐに引き込まれていった。

原発の話題も多かったが、科学の子(もちろん学研的な意味で)を自負していた当時のオイラは、

そこにはあまり共感はできなかった。

(その後、核をテーマに「パンドラの選択」という小説を出されるのだけれども、これはあんまり面白くない)

3.11の後、ふと読み返したくなって、中古本を買ってきたのだが(残念ながらほとんどの著作が絶版)、

週刊朝日での連載をまとめたエッセイ集では、原発関連企業CMにはでません!なんて話があって、

勝間和代の一件もあって非常に興味深い。

さて、景山さんは、放送作家出身で、

昭和40年代日本テレビ業界を扱った長編小説の「ガラス遊園地」がある。

この中で、佐藤首相の引退会見を描いた場面がある。

例の、「テレビ真実を伝える」「NHKはどこにいる?」発言のシーンだ。

ここで、ある登場人物が「最後最後になって、佐藤首相もとんでもない名言を吐いてくれたんだね」と解説。

アメリカ大学で、「ノートルダムのせむし男」の映像

編集してナレーションをつけることで、

学園紛争映像に作り替えてしまった映像を見た話を主人公にしてみせる。

ナレーションコメントを付け加るだけでなく、編集して発言の順序を入れ替えれば、

逆の意味にしてしまうことも可能だと。

この後、テレビを見て育つようになれば、日本人フィクションノンフィクションの区別がつかなくなる、という話が続く。

この話を読んで、オイラはとても背筋が寒くなった。

指摘されたとおり、自分は無批判にテレビが伝えることを信じてしまっているではないか

これ以降、オイラテレビを信用しないことに決めた。

さて、最近、この話を強烈に思い起こさせる一件があった。

我が郷土、福岡選出、部落解放同盟プリンス松本龍氏の言動と

それをめぐる報道だ。

http://www.youtube.com/watch?v=TpvGCRA4228

http://www.youtube.com/watch?v=rCuBxebD4-Y

村井知事自衛隊出身であること

地元漁協が強く反対しているこにも関わらず、知事漁港集約を進めようとしていること。

この2点を知っていれば、だいぶ受ける印象が違うのではないか

あれって本当に「叱責」?

松本氏が起こっていたのは知事が遅れてきたことに対して?

この剣幕に知事もおもわず苦笑い、ぐらいのコメントだったら、はたしてどうだったか

どうしても私には、松本氏の最後の軽口が、

テレビ関係者を立腹させてしまたから、

印象操作をされてしまったようにしか思えない。

イラはあまり松本龍に好意的な印象をもっていなかったのだが、

この件ではついつい同情してしまった。

2011-07-20

http://anond.hatelabo.jp/20110719164432

書いた増田です。これは(書いてないことはあるけど)ノンフィクションなので念のため。ネタばらししてる人がいるけど、それは別人。自分でも他人から聞いたらネタだろと思うからネタだと思われても仕方ないか

自分はただの客で、店の人ではないですサッカー台って専門用語だったのか!スーパー業界の人ではないので、本で読んだかテレビで見たかどこかで聞いたんだと思う。

財布は全然いいものじゃなくて、長財布とボックス型の小銭入れで両方1000円くらいの安物。3年くらい使っててそろそろ買い換えようと思ってるところ。現金は両方あわせても3000円くらいしか入ってなかった。

近所の井戸端会議情報によると、あのおばさんはスーパーに限らずいろんなところで「もらってあげる」をやっている有名人だそうだ。なんかすさまじいエピソードをたくさん聞いてしまった。

2011-07-09

明日をコマとしてではなく、人として生きたいのなら。

震災以降ずっと気になってる事。

不謹慎厨に怒られそうだと思って

ツイッターじゃ言えない事。


あの

体験談みたいな新聞記事。

今日もおばあちゃんが自殺したってのが流れてきた。


いろいろあった震災体験談の多くは

どういった意味のあるものか理解出来ない上に、

遺族が死んだ事を 特定の新聞記者にの

淡々と具体的に しかも死んだ直後に話すことができるのだろうかという

よくわからない疑問。


あれだけの震災で人が死ぬと

実感も無く、そういうもんなのかもしれない

悲しみがどうこうって  そういうもんなのかもしれない


でもなんか疑問。

それと

新聞記者は どういう目的でそれを描いてるのか。


ノンフィクションライターって仕事がある

ありのままを伝える仕事ってのは必要なのかもしれないが

俺には震災エンターテイメントにみえてならんのだけど。


原発もそう

菅総理についてもそう。

全部がそう見える。


理由を見つけて

悲しんだふりをする 綺麗に見られたい層と

理由を見つけて

政治を分ったフリとして 正義を気取る層。

別に悪い事じゃない

一種の自己実現自己顕示自己陶酔

誰にでもある欲求で 別にそれを咎めるつもりはないが


これらの問題の根底には 自然災害しか地震という

日本人にとっては切ってもきれない

一生つきまとうであろう問題があっての事。

それをまるで他人事のように処理し

欲を晴らす行為は 本当に 綺麗なのか正義なのか。



災害の記事を読んで無関心なわけではない

そりゃ90何歳のばあちゃんが原発不安自殺したって聞けば

悲しい出来事だと感じるくらいの余裕は俺にもある

でもそれはそれなんだ。

その自殺を利用して

マスコミは どんな結果を欲しがったのか。

それが気持ち悪くて仕方がない。

そして自分の意思を持たない大衆




ドヤ顔デモ活動を行って

投票いかないバカたれども。


俺がどうこうじゃない

棚にあげるつもりはない。

俺もアホなのは承知の事。

脊髄反射ならサルでもできる。

そう思う。




思考は自我の中にある。

自我と思考はイコールで結べるが

自分自我イコールにならない。

考え方を忘れたら

人はただの道具になる。

情報発信力のある人間のコマにしかならない。

そうなりたいなら自由だけど。

そうなりたくないなら 脊髄反射をやめるべき

プロパガンダのようなニュース動画サイト情報に踊らされるのをやめるべき。

いや、むしろ見ないべきだ。


もし誰かがその記事を読んで

悲しんだり怒ったりって事をしなくても

明日は同じようにやってくる。

その事実には 残酷性のようなものも感じるとは言え

自分を保つ処世術としてこれ以上効果のある事は無い。

明日をコマとしてではなく、人として生きたいのなら。

2011-06-09

(補足)妻と結婚して3年以上過ぎた。

こんにちわ

一ヶ月前に書いたものがホットエントリになってびっくりしました。

http://anond.hatelabo.jp/20110502165746」の続きです

新たについたトラックバックにも、返信しようかと思いましたが、手に負えなさそうなので、補足を記して、まとめてご返信とさせていただきます

 

まず、妻が「物が捨てられない人」ということを過剰にアッピルしてしまったことで、はてな界で伝説になってる xevra先生をはじめ、多くの方にご心配であったり、「パーソナリティ障害なのは確定的に明らか」「このままでは旦那の寿命ストレスでマッハなんだが・・」のような破壊力ばつ牛ンのエスパーレスをしていただき、恐縮でございます。深い悲しみに包まれたあまり、思わずブロント語が出てしまいました。

 

さて、それ以外の誤解ですが、「改善していない」ことはありません。

みなさんが大好きな使用済み生理用品は、ここ半年はまったく見かけません。

鼻をかんだティッシュは、完全ではありませんが見かけなくなりました。ゴミ袋も気がついたら替えてくれることも増えました。少しづつ改善されております

また個人的に素晴らしい変化だと思ったのが洋服と雑誌を捨てられるようになったことです

 

改善していく過程は全く書きませんでしたが、書くと長くなるので、要点だけ記します。

最初は怒鳴ってケンカすることが多かったですですので「怒らず冷静に対応した」というのも誤解で、最初は怒っていました。ただ、ご存知のように言って直るぐらいなら苦労はしないわけで、私も情報を集めて、試行錯誤しました。

私が率先して掃除をしてしまうと、妻は機嫌が悪くなります。どうしてかはわかっていました。私が掃除をすることで「自分掃除もできないダメな妻」と感じてしまうのです。そこはよく話をして「ダメ妻だとは思っていないよ。大好きだよー」とフォローしました。基本的には注意しつつ褒めつつヨシヨシナデナデしつつといったところです

それから、洋服を捨てられるようになった話ですが、たまたま見た「ティム・ガンのファッションチェック」があまりに素晴らしかったので、一緒に見るようにしたところ、しばらくして、洋服を整理するようになりました。ティム・ガン△。

 

ちなみに「創作はないか」というご意見をいただいております

しかに脚色はされていますが、英語で言うとノンフィクションです

2011-05-14

http://anond.hatelabo.jp/20110514183600

嫌儲よりもノンフィクション至上主義(事実じゃなければ価値を感じない)か、

創作話に釣られる事を恐れてる(作り話に感情を動かされるのは恥ずかしいと感じてる)ような感じがする。

事実かそうじゃないかって所にこだわってる様子だから

2011-04-04

不謹慎について

俺にとってスマトラ地震リビア大量虐殺も今回の東日本大震災もあまりレベルは変わらない。経済的に打撃を受けたってポイント

東日本大地震の方が少しレベルは高いけど。

そもそも不謹慎とか自粛とかって、震災にあった本人とか、友達・家族が亡くなった人に対して気を使おうっていう意味だと思う。

別に俺は地震で大切な人は失っていないし、俺の回りの人も同様だ。それなら何を自粛する必要があるのだろうか?

最近地震の事を風刺した事で少し冷たい目で見られたりもしたけど、その人たちの中に不謹慎の対象になる人はいなかったと思う(も

ちろん確定的ではないが)。

この自粛ムードって結局は、悲しんでる自分が好きなオナニー野郎がノンフィクション悲劇を見て涙するのと同じレベルだと思う。

結局は単なる野次馬で、悲劇に参加した気分になる為や、自分に酔う為に寄付献血はすれど、自分人生や命を賭してまで被災者を助

けるつもりはない。(人生を賭している東電社員自慰感情よりも責任感で動いてるんだろうし)

もちろん、募金で助かる命もたくさんあるし、オナニーが悪い行為だと言っているわけでは決してない。かく言う俺も昨日もオナニー

たし。

ただ、そのオナニーや自粛の空気を他人に強要して、悲劇共感できない・しない人間を「心のない・冷徹な」といった冷たい目で見る

のは確実に間違いだと思う。

寄付する自分が好きなら他人に関わらずに寄付すればいいし悲劇に悲しむ自分が好きならいくらでも悲しめばいい。

自分自分の演技に気付かなくたって別に生きていけるし、俺個人としては見ていて嫌悪感を覚えなくもないけど我慢できる。

大なり小なり自分に酔わなければ、生きていくのって難しいし。

でも、そこを全部理解しろとは決して言わないが、強要しない為にはある程度理解する事も重要な事も事実

別にがんばろう日本とか思わない。

放射性物質が俺の地域まで流れてきそうなら、そこで初めて危機感に目覚めて東電を応援するつもり。

あとは、俺自身や俺の家族・知り合いの為に、経済を一刻も早く回復させたいからはなるべく使って遊んで人生楽しんで、経済貢献

したい。

何か異論がある人は受け付けるんで、ぜひ言ってほしい。俺なんか間違った事言ってる?

あと、今まで電気を貰っといて、こんなになったら「だから原発反対だったんだ」っていう人ってどうなの?

2011-03-20

ある本の思い出

確か1987年ごろ、東京バブルで浮かれていたころ、

東京大震災」だったか、そのようなタイトルの本を読んだ気がする。

半分フィクション、半分ノンフィクションのような本だった。

首都圏でも直下型地震が起こりえること、起こった場合に想定される被害内容について科学的に解説しながら、

同時にシミュレーションノベルが進行していくような本だった。


その本の最後に「生活に様々な支障が生じた東京から企業が脱出してしまい、大阪が復活した」とあった。

当時飛ぶ鳥を落とす勢いの東京を見ていると、この本の結末の「経済の中心が東京から大阪に移る」というのが

絵空事、荒唐無稽と思っていた。


・・・あながち荒唐無稽でなくなってきた・・・

2011-02-28

http://anond.hatelabo.jp/20110228020716

90年代後半あたり(当時中高生)は、猟奇殺人とか通り魔とかのニュース見るのが楽しかったな。

別に誰と語るわけでもなく。他人の不幸や失敗が楽しいわけでもなく。あれは単純に、厨心をくすぐる、刺激的なエンターテインメントだった。

犯行声明だとか、生首だとか、白昼の惨劇だとか、被疑者自殺だとか。自分人生とは切り離された扱いの、フィクション的なノンフィクションという。

そして、当時はそういう感覚が、表立ってではないにせよ、ある程度共有されてたような記憶があるよ。

2010-11-25

彼女が死んだ話

 僕が雪村に出会ったのは、大学研究室新入生歓迎会ときのことで、そのとき歓迎する側にいたのが僕で、歓迎される側にいたのがいっこ下の雪村だった。

 彼女は、長くきれいな黒髪の落ち着いた女の子で、お嬢様という感じではないが、どこか品のある立ち居をしていた。



 僕は彼女とは別のテーブルにつくことになり、でも彼女のことが気になったのでたまにそちらの方へ目をやったりしていたのだけれど、ちゃんと正面に座って話す機会は、ひとつ上の先輩がくれた。

真田くん、ちょっとこっち来てよ」と先輩が僕を手招いて呼んだ。「この子エーティーフィールド張ってて、俺ひとりじゃキビシイよ」

 先輩なりのジョークである



 それで僕は、彼女の向かいに座って話をした。雪村は聡明で、控えめで、微笑みながら人の話にうなずき続けることができるタイプ女性だった。

 でも僕は自分のことが話したいわけではなくて、彼女のことが聞きたかった。僕はゆっくりと、何か自分と合うような話題がないかと探した。彼女趣味読書で、好きな作家恩田陸(←「ああ、あのガチホモミステリの……」)。よく読むのは講談社ノベルス(←今にして思えば恩田陸講談社ノベルスあんまり関係ない気がする)。映画も好きで、好きな監督スタンリー・キューブリック(←『バリー・リンドン』)とピーター・ジャクソン(←『乙女の祈り』)。ピクサージブリも好き。好きな漫画は『夢幻紳士』『百鬼夜行抄』『うしおととら』『タブロウ・ゲート』……。まともにやったゲームは『ファイナルファンタジーX』くらいで、時間カウンタが止まるまでやって(←大学受験が終わってから暇だったようだ)、「全てを越えし者」を倒すところまではいったとか。あと何かのレースゲームは前に進めなくて諦めたという。



 僕はといえば、好きな作家星新一で、好きな映画は『ショーシャンクの空に』で、好きな漫画ジャンプチャンピオンヤングジャンプヤングマガジンスピリッツモーニングだった。僕はその程度の文化パワーの人間だった。

 雪村は本当に本が好きで、暇なときには一日一冊くらいのペースで読んでいた。「『雑食なのでなんでも読みます』とか言うやつは信用できねえよ。そういうやつは絶対に大して本を読んでない」と吐き捨てる友人が僕にはいたが、雪村は本当に雑食で、ノンフィクションを除けばなんでも読む女の子だった。小説漫画も。



 その新入生歓迎会の日は、友達が帰るというので、彼女もそれについて早めに帰っていってしまった。僕はもっと残っていってよと頼んだけれど、穏やかに断られてしまった。

 次に僕が彼女と話をしたのは、それからしばらく後の教養の授業のときのことで、雪村は教室最前列に座って、社会学だったか文化人類学だったか講義を無視してペーパーバックを読んでいた。

 勇気を出して隣りに座って(←勇気を出したのだ)、何読んでるの、と彼女に訊ねた。雪村は手に持った本の表紙を見せてくれた。G.R.R.マーティンの『玉座をめぐるゲーム』だった。もちろん僕にはまったくわからなかった。



 それからも僕は、折にふれては勇気を出して彼女に話しかけていった。レポートがあるので……と断られてひどく落ち込んだりもしたけれど、ついに僕は彼女を連れて名古屋城デートにいくことに成功した。名古屋城はつまらなかったけれど、彼女といるのは楽しかった。

 そして初めて彼女から漫画を借りた。『夢幻紳士』だ。

 これはおもしろかった。本当に。



 それからも授業で隣りに座ったり、食事に誘ったりして、僕らは付き合うことになった。僕は実家に住んでいて、彼女下宿をしていたので、よく彼女の家に泊まって二人で本を読んだり、映画を見たりした。本山ゲオがあったので、近所でレンタルができて助かった。



 でも不思議なことに、幸せなことはそんなに長く続かないもので、僕と雪村が二人で東尋坊を見に旅行に行ったとき、泊まった旅館でカニを食べて一緒の布団で寝たあと、彼女は僕の知らない何かに引っ張られて、僕が寝ているうちに布団を出て服を着替えて旅館から脱げ出して、東尋坊の先から海に飛び降りしまう。

 東尋坊では死ねないという話があるけれど、やっぱりそれは嘘で、飛び降りればちゃんと死ぬ。雪村がそれで死んだのだから間違いない。



 彼女を失った僕は悲しくなって、雪村が死んだというそのこと自体よりもむしろ雪村が僕に一言も告げずに死んでいったことに鬱々と悩んで、こりゃだめだ、このままじゃ何も解決しない、と思ってそのまま十五の夜ばりにバイクで走り出す。でもそのバイクは別に盗んだものじゃないし行き先もきちんとわかっていて、僕は一直線に福井まで行って、雪村と同じように海にダイブする。そして生きて浮かんでくる。本当に死にたいのなら、そのための飛び降り方をしなければならない。



 病院のベッドでしばらく暮らすことになった僕は、とりあえずアマゾン小説漫画と学芸書とDVDを注文しまくって、それを片っ端から消費する。雪村が生きていたときにはこの女はまたなんか読んでんなあとしか思っていなかった僕が、いまさらになって雪村の触れていたものたちに目を向け始める。村上春樹を、伊坂幸太郎を、恩田陸道尾秀介舞城王太郎を僕は読む読む。雪村のようにペーパーバックをぺらぺらとはいかないが、翻訳者感謝しながら、ヴォネガットカポーティフィッツジェラルドを読む読む。福満しげゆき藤田和日郎増田こうすけを読む読む。カントを、デリダを、ヴィトゲンシュタインをホフスタッターをドーキンスを読む読む。そんでDVDはよく考えたら病室じゃ見られねえなと思ってそのままジャケットだけを眺める。いいじゃんアマデウス時計じかけのオレンジタクシードライバー



 そして読みたい本をあらかた読み終えてしまったので、そろそろ家に帰ってDVDでも見るかと思って僕は退院する。退院するために荷物を片付けてきれいな服に着替えて、もう忘れ物はないよな、と思って振り返った病室に雪村がいるのを見て僕はびっくりする。

いまさら化けて出てんじゃねーよ」と僕は言う。



 でも雪村は生きていた頃と同じ顔で、僕がさっきまで寝そべっていた病室のベッドに腰掛けている。いつもと同じように黒い服ばっかりを着ていて、別に幽霊だからって白いベッドが透けて見えたりはしない。

「いやーいいじゃん。嬉しいでしょ」と雪村は言う。



 そんな口調じゃねーよ。

廃人への渇望

今日は、パチンコについての日記を書きたいと思います。



平日、僕が通勤する時間から…

パチンコ屋さんの前には自転車や車が何台も止まっていて、大学生なのかフリーターなのか分からない青年や、「会社どうしたの?」というサラリーマン年金暮らしであろうと思われるおじいちゃん・おばあちゃんなど、沢山の人が通い詰めているのを見掛けます



僕が社会人になりたての頃、友達に誘われてパチンコを始めました

何回かやっている内に味を締めたのか、起きたらパチンコ屋にいた…というような末期に近い状態に。

何を言ってるのか分からないかと思いますが、これはノンフィクション事実であり…それほどにハマっていたのです




・『所得が低い人ほどのめり込む人が多い』という統計

調子が悪いと¥5,000が10分で溶ける、スロットなら更に加速

・友人からの『勝ったら奢る』という謎の押し付け

・友人が給料ボーナスを突っ込んでいるにも関わらず負け続けている

・負けが込むとストレスが溜まり、顔が歪む

タバコの煙が凄く、空調・清掃が追いついていない為、気持ち悪くなる・臭い

・他人の当たりを嫉み、心が荒んでゆくのがハッキリと感じ取れる

朝鮮など、他国への貢ぎ行為・搾取




暇潰しにもなるし、トータルで20万ぐらいは儲かっていたのですが、これらの要素で僕は辞めることに至った訳です

今考えると、何故ハマっていたのか…?

派手な演出・当たった時の爽快感など思い当たる節はありますが、あそこまで熱中していた理由は明確には思い出せません。



でも、ハマるってことは楽しいと感じてたってことなですよね。

形はどうあれ幸せだった、ということです

DVカップルたいですね。違うか。



仕事では上司やお客さんとのコミュニケーションに疲れ、東京には友達はおらず、特に趣味も無く、相思相愛な相手もいない為、今の生活にはさほど刺激がありません。

目から生気が消えてるような、頬が数年つりあがってないかのような、気がします。

皆、何して毎日過ごしてるのでしょうか?



水商売クラブなど、夜遊びの刺激に逃げるのは、この年になったらダメと思ってるのですが(そもそも先立つものが無い)、どうして良いか分かりません。



没頭できる何かが欲しい

重度のオタクとか世の中では叩かれ放題ですけど、凄い羨ましいです

2010-11-19

http://anond.hatelabo.jp/20101119144901

それと収入は関係ないと思うよ。内容で勝負するならともかく。逆に、内容の充実した本を書いているノンフィクションライターとかが報われない現状をどうにかした方が。

2010-10-17

http://anond.hatelabo.jp/20101017231648

うん、おっさんごめんね。

今後はそういう体でいくんだよね。

これ以上、野暮なことは言わないから

今後もそのノンフィクションの体の奴

まってるよ。

時間帯あわないときはちかんとかで検索して

見るようにするよ。

がんばって!

2010-09-15

人生相談を読む作法について

ブクマで感心しているブックマーカーは、フィクションの読者の立場で捉えている。

ネタだと思っているわけじゃないけど、現実だとしてもコンテンツとして消費しているってやつ。

探偵オタキングの鮮やかな謎解きが唯一無二の正解だと受け止めるから褒める。

元増田ノンフィクションとして捉えている。

だから探偵オタキングの鮮やかな謎解きが不正解である可能性を認識して、褒めない。

コンテンツとして消費はそうだろうが(ネットで読む人生相談にそれ以外どうしろと?)

「唯一無二の正解だと思ってる」だとか「元増田だけが別の可能性に気付いてる」とかは勘違いだよ。

みんなソレぐらいわかってて楽しんでるだけ。



葉書メールでの人生相談場合

慎重にあらゆる可能性に配慮した回答と言うのは

「この情報だけではわかりません」と常に何も答えないことだ。

それではコンテンツは成り立たないので、

相談者の書いた情報とそこから捉えたメタ情報だけから

こうでしょう、と回答するだけのこと。



そして相談者が提供した情報と露呈したメタ情報を読み解く限り

「問題あるのはとーちゃんよりむしろかーちゃんだろ」という「解」答は

鮮やかだし最も説得力がある。




元増田のような人は「自分だけが別の視野、他の可能性を見てる」と考えるんだけど

みんなのようなコンテンツ消費の前提に達していないだけだったりする。

みんながショーだと知って消費してるプロレスを、

プロレスやその消費作法への無知ゆえに「あれはお芝居だ!」と「発見」してしまう人みたいに。

http://anond.hatelabo.jp/20100915074146

http://anond.hatelabo.jp/20100915033158

ミステリー脳かも。

後期クイーン問題

探偵による謎の解決が真であることを、読者は知ることができるが、登場人物は知ることができない。



ブクマで感心しているブックマーカーは、フィクションの読者の立場で捉えている。

ネタだと思っているわけじゃないけど、現実だとしてもコンテンツとして消費しているってやつ。

探偵オタキングの鮮やかな謎解きが唯一無二の正解だと受け止めるから褒める。



元増田ノンフィクションとして捉えている。

同じ世界に生きる者としての立場で心情的にコミットしている。

だから探偵オタキングの鮮やかな謎解きが不正解である可能性を認識して、褒めない。

2010-08-12

http://anond.hatelabo.jp/20100812200959

オタクエロゲリアル恋愛比較対象になるようなリアル物語だと思っている」と一般人認識されて突っ込まれる。

間違い。つうか正反対。

一般人エロゲリアル恋愛比較対象になるようなリアル物語だと思っているからオタクに突っ込まれる。

次元の違い、フィクションノンフィクションをきちんと区別できないのが一般人(笑)で、画然と区別できるのがオタク

2010-07-22

http://anond.hatelabo.jp/20100722120104

友達が暴走族レイプされてドラッグ漬けにされて妊娠して堕胎したり、恋人はすごい重篤な病気でもちろん最後の方には死ぬわけであっても「ノンフィクション」であり、多くの人は信じるからな。そんなもんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20100722115838

小説ではなくノンフィクションの体裁で書いてる以上

ディテールの詰めが甘ければ知ってる人に突っ込まれる、当たり前のことだろ

2010-07-19

何を言われているのか

http://anond.hatelabo.jp/20100719214425

全く理解していないようなんで、おせっかい。

元々の元増田とも、横元増とも、相手をしていた人とも、まったく違う、ただの増田

末期癌の夫に4カ月付き添った。小説を書いてる。

夫を亡くして初めて「命の重さ」を実感した。だから、どれほどむかつこうとも「死ね」とか「殺すぞ」とか、匿名の相手には言わない。なぜなら、その人は言葉を紡ぐことで、ようやく命をつないでいる人かも知れないから。

軽々しく「命」をネタにされたことに憤るのなら、軽々しく「死ね」「殺すぞ」と書くのは、自分に刃を向けたも同然のことになると気づいてほしい。そういった言葉自体が「命を軽々しく扱っていること」になるからだ。

私も元々の元増田医療関係者だとはまったく思っていないし、

>>愛されて愛されて、抱きしめられて、見舞いも何人もくる患者さんの横で

このくだりでは(見舞い客の来ない患者さんに遠慮せいってこと? 私、責められてんの?)と思ったので、元増田の投稿文を快くも思ってはいないのだけれど。

私自身、ものを書いて、誰かにメッセージを届けたいと思っている身なので、元増田の「ただ、そこにある命を慈しみたい」というメッセージは素直に受け止めた。

フィクションか、ノンフィクションかで、かなり評価の分かれる話だろうから、はっきりさせてもらいたい気持ちはあるけど、しょせん、増田だしねえ。

あんまりカリカリ来るようなら、牛乳でも飲みなよ。青年

2010-07-02

「誰かの奴隷になりたい」と言ったらドン引きされた

「誰かに隷属して、一生命令に従うだけの人生を送りたい」

大学食堂

月曜日の2限が終わり、学生教職員が昼食の為に行列を作る。

ガラス窓の向こうの中庭では音楽系のサークルが一昔前の音楽演奏していた。

僕は何とはなしにそちらに耳を傾けつつ、次の言葉を発した。

「別にマゾだとか被支配欲とか破滅願望って訳じゃないんだ」

「むしろ、誰かが僕を支配しなければならないという状態に縛られてる状態が欲しいんだ」

「こんなにどうしようもない僕なんかを、ね」

ここまで話して、日替わりラーメンの新作「麻婆ラーメン」に口を付けた。

麺を何口か啜り「これは罰ゲームに使えるな」と呟いた。

「谷倉に食わそうぜ。最近後半組の瑞希さんと仲良いしな」

対して、向かいの席に座った芦原は定食Aのステーキを切り分けながら相槌を打った。

「今度の必修のレポートが終わったらまたやろうか。北森も呼んでさ」

良いなそれ、と言いつつ芦原の視線は配膳に固定されている。

いつもの事だと流して、左で菓子パンを手にこっちを見ている凪川を見た。

「話を戻すとさ、支配されてるのに支配してるって言う矛盾みたいのが良いと思うんだ」

幼女二次元は?」

芦原がニヤニヤして横やりを入れた。

「それ十分条件……いや、必要条件だな」

「このロリコンが。お前が捕まったらネットで晒し者にしてやる」

はいはい、と流して話を続けた。

「この矛盾はね、結局相手も隷属してるってのが素敵なんだよ」

「犬の散歩で言うなら、縄の付いてる部分こそ違えど、飼い主と犬は繋がってるって事でしょ」

「けど、飼い主は自分から縄を離せる」

凪川は眉根を詰めて言った。

「都合の良い対象として扱われたいのか?」

「いいや、違うよ」

「もし、飼い主も自分で縄を離せなかったらどうする?」

「僕は、その状態が欲しいんだ」

「形としては支配されてる、けどそれは惰性に過ぎない」

「いつ支配され返されるか分からない。それでも支配し続けなければならない、離れられない」

奴隷となった相手の従順な姿に安心しつつも、時折絶望に浸って欲しいのさ」

「…………お前の考えは変態すぎる。俺には良く分からん

凪川は渋い顔をしてこちらを見ている。

場違いだと思いつつ、こいつに倒錯的な性体験をさせたいと思ってしまった。

顔に出ないように取り直しつつ、言い返して反応を見ることにした。

死にたいと四六時中言っているよりは良いだろ。性的エネルギーは活動の活動源だ」

「方向性が道徳的ではないのは良いのか」

「0°がまともだとして、720°でも傍目には分からなければ良いのさ」

道徳的であるかどうかは過程じゃなくて結果にあると思うよ」

「その結果が支配関係なら180°だろ。それに、俺らに言ったら過程が分かってるから意味ないだろ」

依存してるから良いのさ。愛を受け止めておくれ」

「口唇期まで戻れ。歪んだパーソナリティ矯正してやる」

光源氏計画か、はたまたプリンスメーカーか」

フルメタルジャケットの方だ、良かったな」

軍隊プレイで男に撃たれるのがお好みかね?」

「お前に掘られるくらいなら石鹸リンチの方がまだ耐えられる」

「痛いのが好きなら、そうとはっきり言えば良いのに」

「どう解釈すればそうなる変態バイペドフィリア地獄に落ちろ」

今日も厳しいな、少々古いがツンデレ愛情表現かね……とにやりとした。

凪川の目にあるはっきりとした嫌悪については、今は深く考えたくない。

芦原は黒檀色の瞳を探る様に向けている。

「…………良いんだ、今さえ楽しければ。どうせ刹那的にしか生きられないし、受け止められないから」

「あっそ、好きにすれば」

「ごめん」

それから3限開始までは何事もなくいつもの日常が戻って、4限に解散した。

モノレールから見える景色は変わらなくて。

銀朱に染まる最寄りのバス停で降り、鍵束でドアを開放する。

その日 友人が一人死んだ。

午前6時、その報せが映ったディスプレイを見つめていた。

7月の初めに、人が死んだ。

名前以外はノンフィクションです。

読んで頂きありがとうございました。

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