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2019-05-23

半年分の毛玉と私

私の頭には半年放置した毛玉があった。

ある日、髪の毛を梳かそうとしたら、全く櫛が通らない場所があった。その日はたぶん急いでいたし、私の普段髪型が髪を結んででかめのヘアクリップで留める、というものだったから、仕方ないと放置したのだと思う。

洗えば大体の絡まりは解けるだろ、と思ったが、その絡まりは全くほどける気配がなかった。

ガムでもつけられたのか、というくらい強固に固まっていた。髪の割と上流部分で。

所詮ただの絡まり、と、普段髪型から見えないのをいいことに私はそれを放置した。

髪を梳かすときは、その部分で一度櫛を止め、絡まりのしたからまた梳かしなおす、という無駄行為をしていた。

髪を洗うときはその部分を毎回いじってはみるものの、ほどける気配は皆無だったので無視していた。

ここまで読んで大体想像つくと思うが、自分でも驚くほどズボラで恐ろしい。

きっと自分は明らかに体調が悪くても病名がつくのが怖くて病院に行かないタイプだ。

そして気付いたら半年経っていた。寒い冬を毛玉と共に乗り越えてしまった。上流にいた絡まりも少し下の方に下りてきた気がする。

そもそも美容院にもここ半年以上行っていなかった、という事実に震えた。

元々肩くらいの長さにしていたのだが、この長さが一番髪がはねるし朝めんどうだった。

結べる長さならばはねていようが絡まっていようが多少は隠せる。そんなことを思って放置した毛玉。この毛玉は私の人生のものだ、と思った。

そんな毛玉今日お別れした。

せっかくここまで(無駄に)伸びている髪だ。胸の下くらいまである

そんなとき、ヘアドネーションという活動を知った。

病気事故で髪の毛を失ってしまった人のために、髪の毛を提供する(ウィッグとして活用する)活動のことだ。

こんなズボラ人間の髪の毛はいらないかもしれないが、最寄り駅の近くにヘアドネーションに協賛している美容院があるらしい。やってみたい、と思った。

余談だが、以前にもだいぶ美容院をサボったあと、ショートヘアにしてもらったことがある。

美容師さんが散髪後の髪を見て「断髪式みたいだね」と言っていたし、アシスタント女の子失恋ですか?と遠回しに聞いてきた。ズボラなだけの自分が恥ずかしかった。

ヘアドネーションは30cm以上の長さがあれば大体可能らしい。

そして完全に乾いた髪をいくつかの毛束に分けて結び、決まった長さで切るそうだ。

すると毛玉はかなり邪魔になる。梳かすのにいちいち引っ掛かるうえ、櫛だけでほどくのは不可能だ。

ぐだぐだ書いたが、とりあえずこんな流れで毛玉を除去した。

まず目の粗い櫛で髪全体を梳かす。そして髪を濡らし、姉の超ダメージ補修ヘアトリートメントを毛玉付近に塗りまくり10分ほど放置

そして再び目の粗い櫛で毛玉部分をとかそうとするも、ほどけなかった。

まぁ、想定内だ。こんな程度でほどける毛玉じゃない。

髪の先端に近い方から少しずつ少しずつとかしていく。話は元から毛は先からってね。ほどけなかった。

まだ慌てる時間じゃない。どうしてもほどけない箇所がある。もはや髪の毛なのか。そういった皮膚じゃないのか。

仕方ない、と毛の根本を掴みながら全力で毛玉と戦った。力こそパワーだ。ブチブチと音がして髪が抜ける。そして櫛が折れた。

所詮100均の櫛よ。我の強靭毛玉相手ではない。敵ながらあっぱれだ。

あらかじめ用意しておいたもうひとつの櫛を手に持ち、再び全力で引っ張る。

ブチブチブチブチ、と皮膚ごと持っていかれそうな痛みの後に、毛玉が手元にやって来た。

直径5cmくらいあったと思う。マッククロスケのハリウッドバージョン(想像)みたいだった。もしくは小さめの祟り神。

なぜか縮れていた。私の後頭部で何が起きていたのだろう。

ゾッとした。こんなもの半年間寝食を共にしていたのだ。

皆も決して毛玉放置せず、都度倒して欲しい。

このことを書いたのは、書けば後に引けなくなって(心理的に)、ヘアドネーションもとい美容院へ行くだろうという思惑があるからだ。

続報を待て。

2018-01-31

さようなら時天空

時天空をご存知だろうか。時天空モンゴル出身力士で、土俵上での華麗な足さばきによって知られている。かく言うわたし時天空の足技が好きだ。本人には申し訳ないが時天空が一番好きな力士というわけではないけれど、しかし、彼が勝つと思わずにやりとしてしまう。

土俵の上で時天空はいつも、仏像のようなふてぶてしい顔をしている。立ち会い、ぶつかって両者まわしを取る。相手力士の真っ赤な顔。だが時天空は、素知らぬ風に足をかける。相手力士は、しまった!という顔でバランスを失い倒れる。

時天空は裾払いが得意だ。蹴手繰りだって飛び出す。

時天空相撲は、わたし相撲だと漠然と思い描いているもの輪郭から、時折大いにはみ出す。だからわたし時天空が好きだ。柔道のようだと思うかもしれない。モンゴル相撲のブフは、もしかたらこんな感じなのかもしれない。時天空相撲は、イマジネーションを広げてくれさえする。あの器用な足でまた何かやらかしてくれるのでは?そんな期待をこめて、毎場所テレビを見る。

そこまで言うなら時天空相撲を見てみたい、もし可能であれば生で国技館で見てみたい、と思っていただけた方がもしかしたらいるかもしれない。願わくばいてほしい。しかしその望みは叶わない。なぜならば、時天空引退してしまって間垣親方になってしまたからだ。では親方として、警備をしたり解説をしたりチケットをもいだりする、あの仏像のようなご尊顔を拝せるのでは?しかしながらその望みも叶わない。なぜなら元時天空間垣親方は亡くなってしまたからだ。時天空2017年1月31日に亡くなってしまった。今日はちょうど一周忌だ。だから上の文章は、本来ならば動詞を全て過去形にしなければならない。

から相撲が好きだったわけでなく周りに詳しい人もおらず、面白そうだしいっちょ見てみますか!と思って見始めたわたしのようなミーハーな若輩者にとって、時天空はありがたい力士だった。なぜなら、時天空と言えば足技だと覚えておけばいいから。とりあえず時天空が来たら足技が出るのを待てばよかったので安心だった。本当は足技が失敗することもあったし足技は特に出ず押し出しで勝つこともあったけど、とりあえず時天空といえば足技。これで間違いがなかった。

力士の立ち会いはよく軽トラックの衝突にたとえられるが、ぶつかられて上半身はその対応をしておきながら、よくもまあ器用に足をかけられるな、バランス感覚はどうなっているんだと常々思っていた。

それに時天空は、四股名SFみたいでスケールが大きくて格好いい。旭天鵬(現友綱親方)に似てるという意見散見されるが、土俵上の時天空は、旭天鵬からお母さんみたいな雰囲気を全部抽出しきったあとみたいなおっかない顔をしていて、でもどこか荘厳で、鎌倉後期の仏像みたいで、思わず拝みたくなってしまうようなところがあった。

同僚と国技館相撲を見ていた時のことだ。幕内の取り組みが始まって当時は平幕の下の方にいた時天空が出た。

「この人は足技がすごくて!」

などと僭越ながら紹介した直後、時天空が裾払いを決めて勝ったことがあった。同僚は普段から大相撲を見る人でなかったからピンと来てなかったようだったが、わたしは嬉しかった。思いが通じたような、どこか共犯者めいた気持ちが満ちた。むずがゆくなるくらい嬉しく、誇らしかった。これから応援しよう!と思った。

でもその時はまさか、その場所とその次の場所が、土俵上で時天空を見られる最後になるとは思わなかった。

肋骨骨折で休場というニュースを見て、時天空がケガなんて珍しいな、十両落ちちゃうのでは?と思ったが、その後実は悪性リンパ腫だと知りショックを受けた。場所のたびに休場の発表があり、十両に落ちているのを国技館チケット売り場の電光パネルで見て、やっぱりと思うと共に早くよくなってほしいという気持ちが募った。

わたしは、時天空手紙を書こう!と思った。もしかしてまり読めなかったりして?と思ったが、時天空日本語ペラペラだし、たとえ読めなくてもそういうのは気持ちから出そう!と身勝手なことを考えた。ふりがなをふったら逆に失礼か?などと考えながら文面を考えていた矢先、ツイッターで久しぶりに時天空という文字列を見た。リンク先には引退間垣襲名会見のニュースがあった。

引退はさみしかったがその何倍も復帰が嬉しかった。丸坊主になった時天空は、痩せていたけど想像していたほどではなかった。しかし、目を真っ赤にして涙を流しながら会見していてはっとした。わたしのなかの時天空は、土俵の上のむすっとした顔でしかなかった。しか仕事からそうしていただけであって、こんな心許なさそうな表情もするんだと思ったらこみ上げてくるものがあった。でも同時に、モンゴル力士のなかで真っ先に日本国籍をとり年寄名跡を持っていたことを知り、さすが時天空だと思った。ぜひ後輩を指導してあの足技を継承してほしい。引退はとてもさみしいことだったけれども、帰ってきたことに対する嬉しさのほうが何倍もある。

お相撲さんやっぱり違うな!と思った。元々の体力があるから病気も治るんだな!よかったよかった!わたし安心してはしゃいでいた。

その後すぐ元時天空間垣親方大相撲中継で向正面で解説をしていた。名前を呼ばれると「ハイッ」といい返事なのがかわいくて、それと現役時代と比べて顔が少し穏やかになっていた。時折満面のスマイルを見せるので、うおー時天空こんな一面もあったのかー!とさらに好きになった。解説日本語が上手なだけでなく的確で詳しく、ついこの間まで幕内にいただけあってこの人と組んだ時はこうだったああだったと、話が尽きないので、聞いていて楽しくためになった。力士たちは「時天空関ととるのは嫌だった」とか「もう二度ととりたくない」とか「足技だけは教えてくれない」とか言っていて、声に出して笑ってしまった。

時天空という力士幕内からいなくなってしまたことは残念だったけれども、これだけ解説も上手だったら楽しみなことが増えたと思っていた。当時は大島親方だった旭天鵬も、もう一度断髪式すればいいって言っていてその通りだと思った。

わたしそれからすっかり安心しきっていて、その次の場所間垣親方が休場していることを全然知らなかった。テレビの映らないところで警備とか協会仕事をしているんだと思い込んでいた。でもそんなことはなかったらしい。元時天空間垣親方は、2017年1月31日に亡くなってしまった。

時天空が好きだった。全く知らない人の「時天空サッカー」というツイートを見たときに、なぜだか明確に好きだと思った。モンゴル平原をまわし姿でサッカーする時天空。似合う!足技はブフで培ったもの柔道東農大スポーツ交換留学に来た時のものかと思っていたが、柔道部だったころはそこまで足技に力を入れていたわけではないらしいとも聞く。ではあの足技はなんだったのか?やってみようと思ってやってみたらできたのだろうか。乗馬で鍛えたインナーマッスルが、相撲にも活きたのだろうか。

朝青龍のことを知って、自分もいっちょやってみようと来日して入門。稽古をしながら大学にも通い、卒論日本語で書き上げたというスーパーマンぶりには目を見張る。卒論テーマは「ダイナミックモデルを利用したモンゴル国人口動態に関する研究」、興味深い。

わたしはにわファンなので、相撲を見始めた頃の時天空はすでに30代なかばベテラン力士幕内下位定着たまに十両陥落くらいのイメージだったが、三役経験もあるし前頭一桁代だった時期も長い。時間前に立ち会いをしたり、まわしがとれかけたり、なかなかにバチバチだった時代があったようだ。

亡くなったことがどうにもショックで、当時は巡業の写真などをずっと探しては見ていたのだが、土俵の下ではにこにこしている写真ばかりで意外だった。名古屋場所トゥクトゥクに乗っている写真赤ちゃんをだっこしている写真後援会の人たちとじゃんけん大会をして負けているところ。ウインク

解説動画を探していていたときに、酔った時天空が「iPhone4彼女の顔を見ながら電話したい」と言っている動画を見つけてしまったりした。時天空はとても楽しそうで明るくていつも笑顔で、すごく人生を楽しんでいるように見えた。幸せそうだった。解説の時もそうだった。見ているこっちが笑ってしまいそうになるくらいだった。

一年経った今でも時天空のことを思い出す。病気さえなければまだ幕内相撲をとってたのではないかと思ってしまう。足で足をバーンと蹴ったりひっかけたり、器用に相手バランスを崩して勝っていたと思う。

時天空が亡くなってすぐ、入門直後はきまり悪くなると日本語がわからないふりしてごまかしていたこととか、部屋が世論問題視されていた時に懸賞金を手紙と共に返したこととか、時天空の人となりが感じられる話が世に氾濫して、そのどれもに心動かされ泣いてしまっていた。でも、亡くなってしまってその話を知るくらいなら、知らないでいていいから元気でいてほしかった。じゃんけんが弱いのもお酒が強いのも知らなくてよかった。おっかない顔の足技師としてにやにやさせてほしかった。40歳までは関取だと思っていた。やっぱり、あまりにも早すぎたと思う。

日々、自分の頭の中を好きなものでいっぱいにしていないとやっていけない。時天空もまさにその一部だった。でもその部分は時天空の形の穴になって、他の力士で埋めようとしてもなかなか埋まらない。時天空は、お腹は出ていたけれども膝下が不安になるくらいほっそりしていて、他の力士はそこがひっかかってしまうから駄目だ。

時天空は膝下に脂肪がなくてひきしまっていて美脚だった。その脚が器用に動いていた。またあんな足技が得意な力士が出てきたら面白いけれども、でもたとえ出てきたとしてもそれはまた別の力士で別の魅力があるんだろう。だから時天空の形の穴は埋められないのかもしれない。埋めなくてもいいのかもしれなくて、埋められないことそのものが、時天空という力士が代え難い魅力を持っていたということの証明なのかもしれない。

追記:ニュース相撲関係の悲しいことばかりが続いてつらくなる。口に出すのもおぞましいような表現特定力士侮辱する言葉はもう見たくなくてインターネットが縁遠くなる。協会のこととか理事長選とか、にわかファンわたしにはよくわからないしあまり興味もない。わたしはただ、土俵の上で色んな力士がそれぞれの最高の状態相撲をとっているところが見たいと思う。それを見てわくわくしたいと思う。

2017-07-06

恒例の夏の断髪式

ちんちんの周りの剛毛である

便器にすわった俺は片手に中型のハサミをもち、もう片手で毛を包み、切る。切る。切る。切っていく。

そして流した結果、毛詰まりを起こして水浸しになった今のトイレがあるというわけだ。やれやれ・・・

2013-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20130202165354

けじめとして断髪式挙行>運営側は急病のためしばらく休養と報告>どこから(笑)髪を切った写真漏れ

>実は髪を切ったメンバーを慮っての休養扱いだったと公表して同情を誘うとかどうよ?

 
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