はてなキーワード: カルロスとは
カルロスゴーンも結局逃げ切れなかったのにお前が逃げ切れるとでも?
増田に聞かれて記憶とともにYouTubeを探っていたら、数あるモノマネ動画も出てきたのだが、その中でも「これ、オリジナル越えているだろと思ったのがあったんで、ご紹介したい。
実に50年前の曲である。それが令和のモノマネ番組のネタとして出てきて高得点を叩き出すんだから訳が分からない。
だけどこれで笑わない人がいないぐらいネタとしての完成度がずば抜けている。そしてモノマネとしてそっくりなのもすごい。
見どころとしては後ろのエアギターである。実は元ネタもエアギターなのもある意味でおかしい。
モノマネ自体は非常に真面目なモノマネなのである。なのだが始まった途端に司会の東野幸治が大爆笑している。のちに東野はこれまで見てきたモノマネの中で一番インパクトがあったモノマネとしてこれを選んでいる。
だってこれ知っている人が見れば笑うしかないハイコンテキストなネタだもん。
80年代の日本製AORの一大プロジェクトとして誕生したオメガトライブ。初代voを担当したのはソロデビューさせると騙して加入させた杉山清貴。
ファーストアルバム完成後杉山は大喧嘩の末脱退。その後釜として充てがわれたのがなぜか日系ブラジル人のカルロス・トシキだった。
たしかにその澄んだ歌声は今までにないものだったが小刻みすぎるリズム取りにたどたどしい日本語と相反するように流暢すぎる英語のギャップが聴いたものに?マークを与えた。
全体的に小ヒットぐらいでフェイドアウトしたのも言わずもがな。カルロス氏は音楽活動の後ブラジルでニンニク栽培で成功している。
そんなユニットだから完全再現すればそれだけでネタになるのも仕方ないことで。
例えば1997年頃までは学校で中くらいの成績収めてたら、月収400万以上は普通に稼げた。
だが、今は上位2〜3割くらいの成績収めてないととても月収400万も稼げない。
世の中に存在している職種は変わって無いので、今も昔も開いたスペースへ
学校の成績に見合った形ですっぽりと収まる。だが、今は存在している職種
それぞれで定期昇給が無くなっているので、20年前と今とでは同じ職種でも
年収が違うのだ。初任給が同じだが、その後の昇給が無いので、年取って行くごとに昔とは賃金がかけ離れて行く。昔は開いたスペースに収まると、年々賃金が上昇したのだ。
企業の経営者はカルロスゴーンみたいに超富豪になりたいわけだが、自社の社員達の給与が年々上がって行き、株式配当の出さないといけなくなると、経営陣の
取り分が減るのだ。
よって企業の経営者層は政治に働きかけ、労働者の非正規化と法人税、所得税減税をどんどん進めて行ったのだ。
シングルマザーの貧困化や弱者男性問題もこの流れを受けた悲運なのだ。
っていうとなぜか見下すなとか共産主義者だなとか弱小男性の方から言い出すんだよね
そんで人権活動してる奴らはオレらに女と職をあてがえとかいい出す
これ見て俺は思ったね
ネットフリックスにドラゴンクエストユアストーリーがあったから「サウスパークの代償」「怖いもの観たさ」で観てみたら、あんなコテコテのオタクイジメ以外は本当に名作だった。「よくまとめられたな」と感心したくなる出来。
冷静になって「いやいや、ネットフリックス以外も配信している。むしろAmazonプライムビデオで大人気」と勘ぐりながら調べてみたら、マジでネットフリックス独占配信。これはあれですわ。
山田孝之は勇者ヨシヒコだけではなく、電車男 闇金ウシジマくん 全裸監督 と数々の異様な作品で主演をやってきました。とくに全裸監督はネットフリックスで初めての日本実写 フェミニストを激怒させまくっていると悪名高い。
もはや彼がサウスパークの会社でしか配信出来ない作品に追い込む気で作らせた令和の奇アニメと勘ぐってもばちが当たらない。
ネットフリックスがゲームをモチーフにしつつゲーマーを侮辱しながらカルロスゴーンを賛美する作品を山田孝之も何らかの濃い役で参加させるのなら……俺が許す。
だって、狭量左翼の仇敵サウスパークの会社だもん。現実世界でオタクフォビアとキモオタが激しい嫌がらせをするというドラゴンクエストユアストーリーの続編が作られてもおかしくない(悲しい事に山田孝之の力をもってしてもネットフリックスに頼らないといけない)
五賢帝は、1世紀末から2世紀後期に在位したローマ帝国の5人の皇帝、またその在位した時代のこと。しばしばネルウァ=アントニヌス朝とも称される。共和政時代から続いてきた領土拡大が一種の集大成を迎え、ローマ帝国始まって以来の平和と繁栄が訪れた。パクス・ロマーナと呼ばれる時代の一角をなす。
貞観の治(じょうがんのち)は、中国唐(618年 - 907年)の第2代皇帝太宗の治世、貞観(元年 - 23年)時代(627年 - 649年)の政治を指す。この時代、中国史上最も良く国内が治まった時代と言われ、後世に政治的な理想時代とされた。わずかな異変でも改元を行った王朝時代において、同一の元号が23年も続くというのはまれであり、その治世がいかに安定していたかが窺える。
16世紀中盤から17世紀前半までの約80年間はスペインが史上最も繁栄した時期であり、黄金世紀(Siglo de oro)と呼ばれている。スペイン君主のカルロス1世が神聖ローマ帝国皇帝に即位した際には、ヨーロッパにも本国以外の広大な領土を持つなど、その繁栄の様は「太陽の沈まない国」と形容された。
19世紀後半のヴィクトリア女王の時代、近代イギリスで最も繁栄し、多くの自治領、植民地を所有し、工業生産・金融の面で世界経済のヘゲモニーを握り、第二帝国の時代ともいわれた。国内政治では保守党と自由党の二大政党が交互に政権を担当する政党政治が機能し、文化面でも世界をリードしパックス=ブリタニカを実現した。
ベル・エポック(Belle Époque、仏:「良き時代」)とは、厳密な定義ではないが、主に19世紀末から第一次世界大戦勃発(1914年)までのパリが繁栄した華やかな時代、及びその文化を回顧して用いられる言葉である。19世紀中頃のフランスは普仏戦争に敗れ、パリ・コミューン成立などの混乱が続き、第三共和制も不安定な政治体制であったが、19世紀末までには産業革命も進み、ボン・マルシェ百貨店などに象徴される都市の消費文化が栄えるようになった。1900年の第5回パリ万国博覧会はその一つの頂点であった。
第一次世界大戦の特需にアメリカは大いに沸いた。アメリカ経済は空前の大繁栄をとげ、戦前の債務国から世界最大の債権国に発展した。世界経済の中心はロンドンからニューヨークのウォール街に移った。大衆の生活は大量生産・大量消費の生活様式が確立する。一般には「黄金の20年代」と呼ばれ自家用車やラジオ、洗濯機、冷蔵庫等の家電製品が普及した。1920年には女性への参政権が与えられるようになった。ベーブルースによる野球人気やチャップリンの映画、黒人音楽のジャズなどのアメリカ的な文化が開花した。
いつ?