はてなキーワード: 異性愛とは
私は記事元のおっしゃる通りオタクオカマです。気持ち悪いと言って頂いてどうもありがとうございます。
今後もそう致します。
私は皆と同じが嫌です。
「http://anond.hatelabo.jp/20070927065044」の人とトラックバック欄に書いている人達は多様性がない人達です。
死んでほしいやら精神異常者で隔離しろやらの差別は残念に思います。
異性愛の男は群がり、皆同じ部品のような競争に行くでしょうが、女性的で自身を護る同性愛の男性はそのような競争は降りて他の道を見つけて創造的な道を創り出す人が多いでしょう。
私を含めた同性愛、ゲイは部品的な男と女、老人、中年、若者、子供を踏み台にしてクリエイティブな方向に向かいます。
ショタには大きく分けて男性向けショタと女性向けショタがある。当然、この二つの指す実体は違う。
女性向けショタの代表格はつくも号氏で、この人の描く少年は適度に筋肉も付き、割りと現実に近いといえる。私は男なので特に語ることはない。
男性向けショタの代表はぽ~じゅ氏だ。顔のつくりは二次元だから問わないこととして、問題は体型だ。
ぽ~じゅ氏の描く少年は、上半身はともかく下半身が丸い。とにかく丸い。尻も太もももほどよく丸みを帯び、柔らかそうだ。ニーハイやTバックがよく似合う。実際にこういう体型の少年がいたら、性ホルモン分泌異常が疑われるレベルだ。
ショタという名称に隠されがちだが、女性体型と男性器のギャップが織り成す魅力は、ふたなりに通じるものがある。現実には異性愛の男性が圧倒的多数派なわけで、女性の要素を残した少年が男性向けと称されるのは自然だろう。
よだれをだらだら流しながら、同性愛者の恋愛を覗き見て下らん欲求を満たしてる連中は滅べばいいと思うんですヨ
とかなんとか言ったら『男オタクだって、普通に男女の恋愛とか見てるじゃん! だったら私たちにだって(ry』とかそういう微妙にピントのずれた反論がやってくるんですよね、まあ鬱陶しいことこの上ない
あのね、社会的な承認を受けている異性愛と、同性愛をいっしょくたにしないでくださいヨ、と僕は思うわけです。というか、いっしょくたにしてないからこそお前らは同性愛の観察を好んでるんだろ? と
異性愛者とセクシャルマイノリティの具体的な差異って何かというと、自殺率なんですね
異性愛者の自殺率に比べて、セクシャルマイノリティの自殺は、最大で5~6倍に上るんだそうです。しかも、これは申告があった人間に限定した上での統計ですから、潜在的な自殺者はもっといるんでしょうね。そうなると5~6倍とか言ってられませんわな。まあもっといるでしょうね、どう考えても。イカソース
http://www.nhk.or.jp/heart-net/mukiau/shirou3.html
要するにね、普通の異性愛とかと違って、セクシャルマイノリティの恋愛っていうのは、極めて濃密に死と近接してるという訳なんですヨ
命掛けてんですヨ、と。そこには異性愛者における些か穏やかな恋愛とは違って、たくさんの血が流れてるんですヨ、と。たくさんの人間が死んでるんですヨ、と
そういうのを涎垂れ流しながら喜んで見てるクソ蛆虫共が、とっとと世の中から撲滅されることを僕は願ってやまないわけです。アーメン
18歳で大学進学のため一人暮らしして、生まれてエロ動画を検索してみた。
そのときはどれを観てもかけらも興奮しなかったし、観てると笑えてくるありさまだった。
そして20歳のとき、VIPに貼ってあったのを踏んだのがきっかけでゲイ向けのエロ動画を見つけた。
男子大学生のオナニーものと、20代後半くらいのサラリーマンのオナニーものと、
興奮した。男優の顔がうつっているし、エロに入る前に普通に話しているシーンもあるし、
しっかりと人間に見えるところがよかったんだと思う。
ストレート男性向けのAVは、男優は性器しかうつらなかったり、
無言で高速腰振りをするマシーンのようで、まったく人間味が感じられなくてダメだった。
女優の声も気持ちよくて出るような声には全く聞こえなかったし、単調だった。
でもゲイ向けのは男優が人間らしく喋っているところ、表情の変化もちゃんととらえられていて、
・男優と女優がキモくない。具体的に言うと見た目35歳未満で太ってない。
というのを条件に、色々探すようになった。
痴女ものも好きなことがわかった。男優のリアクションがちゃんと映るから。
ただ、最近彼氏が出来たので他の男のエロ動画に興奮していることに罪悪感がわいて、
自主的にエロ漫画に切り替えるようになった。
少々長くなりますのでご了承ください。
新たなる代用語として充てられている感はあるが、
それでも依然として、
同性愛・性同一性障害・ニューハーフ・トランスジェンダー/トランスセクシャル・インターセックス(両性具有者)
といったセクシャルマイノリティと混同している人が目立つ。
各々の定義は、とりあえず現在はwikipediaに記載された定義が最もベターだと思う。
(実態と異なる部分も少なからずあるが、うまく区分けされまとめられているように思う)
ニューハーフという定義だけは曖昧で、厳密にはLGBTのセクシャルマイノリティには当てはまらず、
性自認が男であろうと、恋愛対象が女性であろうと、性ホルモンを投与してなかろうと女性の恰好や仕草をして
それを売りにして"水商売・風俗産業"に従事する者達を指す言葉なのだが、
近年は「将来的に女性として生きる事を目指していて、性ホルモンを投与していて見た目も女性らしく見える人」を指す言葉でもあるようなので、
広義的にLGBTのセクシャルマイノリティに分類しても良いかと思っている。
仕事のためや趣味だけでニューハーフをやっている者もいるので、LGBTに含まれないニューハーフがいるのも事実だが。
ここで、その「LGBT」とは?
セクシャルマイノリティの区分けを大別して国際的に以下のように区分される。
T・・・トランスジェンダー/トランスセクシャル (性別変更者)
※セクシャルをセクシュアルと呼ぶ事もあるが、
さて、現実世界で男の娘と定義されるようになったかつての女装子達。
一般理念としては、「身体の性別が男性で、性同一性障害ではなく性ホルモンも投与しておらず、
ただのファションの一環としてや性的嗜好により女性の服装を纏ったり化粧をする者」という定義だと思う。
しかし中には性同一性障害の人で、女性化の一歩として女装から入る人もいる。
まだ性ホルモン等もやっていないので周りから見れば女装にしか見えない。
本人に性自認を聞かない限り判断はできない。
そういう人は外観から見れば女装者だが、正しくは「性同一性障害のトランスジェンダー」という区分けになる。
性同一性障害であろうとなかろうと、性ホルモン投与を始めたり、
身体の手術を行えば、「ニューハーフ」という区分になる。
(ここで、ニューハーフとは水商売・風俗産業に従事する者という定義に当てはめれば、
性ホルモン投与を開始しても、一般職だったり学生だったり無職であればニューハーフではなく
「トランスジェンダー」という区分になる。広義的な意味ではニューハーフという区分でもいいかもしれない)
トランスジェンダーは、まだ完全に工事が終わってなく女性化の途中段階の人で
トランスセクシャルは性転換手術も完全に終えた人を指す。法律と性器の外観以外にこの2者に大きな違いはない。
(同じトランスジェンダーの中でも性ホルモン投与が始めたてで身体の肉付きがまだ女性的になっていない場合は見た目の違いは顕著な事も多い)
同性愛とは周りからの判断で決まるものではなく、本人の性自認によって委ねられる。
本人が「自分は男だ」と自認していて、かつ同性を好きになる事が同性愛。
本人が性同一性障害などで「私は女だ」と認識していて男性を好きになる行為は
本人にとっては「異性愛」。これらは「性的指向」と呼ばれるもので、
見た目や仕草に決まりがあるというわけではない。
冒頭で書いたように、女装を嗜んだり、女言葉を使ったりしていても
当事者が「自分は男だ」と自認した上で男性を好きになる事は同性愛であるし、
まだ見た目は男のままでも、性同一性障害であるなら異性愛という認識になる。
「幼い頃から自身を女性だと思っていて、それまで男として暮らしてきてもいずれ女性の恰好をして性ホルモンや性転換などの治療を受け、
なおかつ24時間女性として暮らす事を望む者」という事が精神医学のガイドラインで決まっていて、恋愛対象が男か女かは特に問われない。
実状としては性同一性障害にも関わらず親との関係や環境上の理由により、男の姿のまま一生を全うする者もいるので
一概にどうと言えない。
しかしそういった者の中で男性が恋愛対象の性同一性障害者は、周りからは「同性愛者の男性」であると思われても仕方のない部分もある。
また、中には性同一性障害ではないのにも関わらず、自己判断で性ホルモンを投与したりいずれ手術に望む者もいる。
そういう者もトランスジェンダー/トランスセクシャルに分別されるが、精神医学上では「異性化願望症」と判断される。
ちなみに、性同一性障害の当事者からは、そういった異性化願望症の当事者を嫌悪/排他する傾向にある。
元々は、「普通の男性なのだが見た目が美少女にしか見えない少年」
といった意味であるようなのだが、創作世界から現実世界に派生し、
一部では、綺麗で女性らしい見た目であれば
性自認も恋愛対象も関係なく一律に男の娘と呼ぶとする者もいるが、
いったいどこまでを定義していいのか、当事者達にとっても悩ましい問題である。
そもそも、創作世界においての萌えに限定しては混同してもいいのかもしれないが、
現実世界においてのセクシャルマイノリティや性的嗜好を一括りするのは禁忌であると思う。
なぜならば現実世界においてセクシャルマイノリティの分野はデリケートな問題であるからだ。
当事者間においては、趣味で女装を嗜むだけの者にとってはニューハーフと同一視されたくない、
ニューハーフや性同一性障害のトランスジェンダー/トランスセクシャル者にとっては、
趣味で女装をしているだけの者と同一視されたくないというデリケートな思いがあるからである。
近年においては、ニューハーフ職に属していないトランスジェンダーやトランスセクシャルも大勢いる。
そういったニューハーフに属していないトランスジェンダー/トランスセクシャルと女装少年を同一視して男の娘と区分してしまっている傾向はある。
はたから見れば、どちらも同じく男性に生まれ女性の恰好をしたり生活をしている者と見えてしまうのだが、
それでも性同一性障害などで性ホルモン投与をしたり女性として暮らしている当事者と、ファッションや趣味だけで女装を楽しんでいる者とは大きく異なる。例えこの両者が、見た目がすごく綺麗な女性である前提としても。
または現実世界でも「セクシャルマイノリティではないし女装もしてないが女性のような顔つきをした者」だけに限定して使う事が望ましい。
1歩譲って、女装を嗜む者も含んでもいいと思うが、現在、現実世界でメディアに男の娘と区分されている者の中に、
性同一性障害者や、性ホルモン投与者などがいるなら、男の娘という区分からは外して分けて考えるべきなのだ。
そういう者はトランスジェンダーであり、いくら綺麗でも女装を嗜むだけの者とは異なる。
困った事に、セクシャルマイノリティの当事者の中でも、綺麗な女装男子といっしょになって「自分は男の娘」だと呼称している者もいるということ。
見た目が綺麗で女性的だという褒め言葉的な称号の名の元には同じなのかもしれないが、
見方を変えれば、あなた方が性同一性障害で苦労しようが、性ホルモンや外科手術によって頑張ろうが、
世間にとってはいつまで経っても、ノンケだけどただ女装を嗜んでいる者達と同一視されてもしょうがないという事。
逆に言えば、ただファッションとして女装を楽しんでいる者も、セクシャルマイノリティの当事者といっしょになって男の娘だなんて言ってるうちは、
あなた方も、「男が好きなの?」「女として生きてくの?」「手術するの?」「性同一性障害なの?」と言われてもしょうがないという事。
ここは、あとで編集で消せるから、見る人いるかどうかわからないけど、コピペしてみよう。
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こんな前のに、わざわざコメントするのも、変かもしれませんが思った事があります。
鋭い舌鋒大変素晴らしいと思います。
これくらいの細かい見方を、実親には向けられてないようですが、ブログ主さんの実親の方はそんなんじゃないんだと思います。しかし、これだけの鋭さを里親全体に向け、里親団体の矛盾里親制度の矛盾を個人の里親の人や志望の頭が足らないような無邪気さを持つ人に向けるとしたら、実親についてこちらのブログにあるポエムだって、実親のわかりにくい虐待や異常心理の犠牲になった人たちにとっては、親という神話や宗教を補強している、やめてもらいたいと思わない事もないですよ。
しかし、それは受け取る側の問題だと認識するしかないわけですよ。
別に、自分の親の素晴らしさや良さを表現して悪いわけはないし、虐待する親がいたとしても、虐待しない親もいる、愛情深い親も居る
それは、事実して受け入れないと仕方ない部分としてあきらめるわけですよ。
里親制度と実親制度は違ってる部分が大いにあり、里親制度は公費を大量に使ってます。実親制度の場合は、制度としてさえ認識されてません、それが当たり前で古来より続いてきたものだから・・・
しかし、社会の責任というのは、近代国家の理念からいうと、どちらの制度の不備に関してもあるはずですが・・・
僅かばかりの、はっきりした暴力や死に至らしめるような虐待という形で、現れない限り、実親というのは、自然に愛情を持って子供に接する事ができる人、子供の事を思わない親は無い、などという事になってしまうわけですよ。
ここで挙げられていた里親の下心的(性的ないみじゃない)なもの、全部自分中心、感謝されたがる、押し付けがましいなど(このとおりの言葉ではなかったかもしれないけど)、全部実親の”一部”にも当てはまります。
あきらかに、営利目的なものと、人格障害的な里親と、ただの無神経な人や、人間のエゴからくるものと、それぞれ分けて考えないと、的確な批判とは言えないのではないでしょうか?
このエントリにコメントしてる里親の人のコメントを見ると、確かに犬猫となら問題なくやって行けるかもと思ったり、子供に精神的に依存しそう(というか考え方が既に依存してる)な人もいました。
それと同じにしないでくれ~!!と言いたくなるのでしょう。
書いていて、途中で気付いたり、よくまとまってないですが、実親でもこの程度の人はいます。虐待と関係ない部分で。
愛情というのは自己愛から同性愛へそして異性愛へと進むとか、言われてますが
エゴを含まない愛は無いし、愛情の根底には自己愛があるとも言えるのではないでしょうか?
中には、そんな本能的なものではなく、思慮深い愛情を持っていて、自分や家族や関係ない第三者的な人にも、関われる人もいるかもしれませんが
普通に、可愛い可愛いと何か小動物を愛でたり、子供を愛でたりする単純な本能的な温かさを持つ愛というか、そのようなものを持つごく普通の人について。
それを普通と言ってしまってはまずいのかもしれませんが、所謂大衆的愛、里親になりたがるような頭が足らない、知的レベルも高くない専門里親になる知識も根気も無いような層についてです。
なぜ、このブログを読むかというと、児童虐待は強烈な人権侵害でもあり、里親制度の構造的卑劣さとともに、許すべからざる行為であるという事もありますが、
この↓記事などの秀逸さに啓発されるからでもありました。
http://xxxxxxxxxxxxxxxxx(伏字にしときます)
今のここの記事でも、実の親への健全な愛着を愛着障害と決め付ける、とか、その子供を可愛がった人を悪く言う事の説明をみて、ああなるほどなと思いました。
私は長年ずっと離れて(避難して)暮らしていて経済的にも関係のない実親から、故人を悪く言うFAXを私と利害の対立していてかなり理不尽な事(住んでいる建物を住んでいる状態で立ち退かせたいから壊した。他の賃借人は全部無料で追い出した。私は出るに出られなかった。壊すまでの期間が2ヶ月無かった。私が調停を申し立て法律に則った交渉をと言っていた)をしてきた業者を経由して送って来られ、驚いていたら(その他の内容も異様だったため)、業者と一緒に鍵を無断交換し、施錠して置き鍵もせずに、ドアに「カギをとりかえましたので、連絡下さい。xxxxxxxx(携帯番号)両親の名前」が書かれ私をフルネームで呼び捨てにした紙が貼ってある状態にされました。
警察が民事扱いとして中途半端に介入したので、余計混乱したし、東京で日弁連会長の宇都宮弁護士が家賃を払ってない人たちがされた鍵の無断交換で、不法侵入と器物損壊で告訴状を出していたと知ったので、検察に告訴状を持って行ったら
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「親を告訴するなんて」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
と言われ受け付けてもらえませんでした。
FAXと建物破壊画像など http://goo.gl/P1GMG
弁護士も宇都宮弁護士と違って弱者救済を謳っているところには結構酷い人もいました。
アパートの保全をするという事で電話相談で話した弁護士が紹介した弁護士は、保全できないと言いましたが、後でそこと関係ない弁護士には「おかしいな、仮処分申請出せるはずなのに」と言われました。相談時に借家が壊されて損害賠償請求した訴訟の資料も持って行って話しているので余計おかしいです。建物を壊しても何の権利も侵害してないんだったら、その訴訟で勝たないはずだからです。保全するのは保全命令を出す地方裁判所の保全課で弁護士は仮処分申請を出す手続きをする事ができるだけで、自分で保全命令は出せないですが、仮処分申請は出せるし、私にある権利をないもののように説明するのはおかしいです。
相談してたのに壊されたなんて、おかしいのに、どこも取り合わないし、親は全力で業者の味方をするし・・・
他にも某巨大掲示板では、親から逃げている人の情報交換のスレッドがあります。どこまで本当か証明はできないですが、URは保証人無しで入れるなどの情報や住民票ロックの方法も出てました。
里親はいくら虐待しても追っては来ませんが、実親は追ってきます。虐待しておいて年老いたら当たり前のように介護要員としようとするらしいです。親が職場や大学院に嫌がらせ(本人は嫌がらせではないというらしい)来て辞める事を余儀なくされたり、お金をせびりに来たり、子供の名義で借金したりするという書き込みもありました。(真偽の証明はできてませんが)
そこで見た書き込みで「家族と言うのは宗教団体に似ている」というのがありました。
以下コピペ
73 :名無しさん@お腹いっぱい。 :2006/10/02(月) 12:03:11 ID:bMrFeuQL(4 回発言)
自立しつつも他人に思いやりを示せる人間になる。
ところが、運悪くオ○ム真理教のようなカルト教団に生まれてしまったら、
自立させないように、間違った洗脳を受ける。
家庭においては、教団=家族、教祖=親、信者=子供という形式を取る。
親の教えこそが常識で、子供は親に際限なく尽くすべきという洗脳をする。
子供がその教えに反抗し、自立しようとすると、教祖である親の呪いの言葉が聞こえてくる。
カルト宗教の場合は「地獄に落ちる」「教えに逆らうと天罰が下る」、
家族においては「親不孝者」「お前は悪い子だ」といった呪いの言葉が頭をよぎり、
親に逆らうことに罪悪感を感じる。当然、心情的には逆らわない方が楽である。
脱退した信者を追いかけて連れ戻そうとするかのように、どこまでも追いかけてくる家族もいる。
洗脳が完全に解けて、「親が間違ってたんだ」とはっきりわかる子供もいれば、
結局、罪悪感と奇妙な居心地の良さから、家族のところへ戻っていく子供もいる。
もちろん、一生何の疑いも抱かず、有害な洗脳をされたままの子供もたくさんいる。
日本はまだまだ、親や教師の言うことをきくのが良い子とされる意識がある。
こうした土壌が、子供を行き詰らせる原因となっている。
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里親の批判になぜ啓発されるかわかりました。
里親の愛情に含まれているエゴを完膚なきまでに叩きのめすからです。
トイレの水を飲ませるというほどの犯罪的な酷さ(犯罪的じゃなく証明されれば犯罪として捕まるはずですが)ではなくても、エゴの部分を指摘するのを見て、啓発されるものがあったんだと思います。
里親というものの矛盾は、制度を営利目的で利用する人以外にも、親と言う立場になりたい人による犠牲や迷惑もありますが、そのあたりの滑稽さ(こっけいさ、笑えるって事です)を考えると、”親”というものの全体を皮肉る事にもなるのではないかと思います。
しかし、こちらでは、実親に対しては、大甘な視点、視線を送られているので、まあそういうものなのだなぁと思うわけです。
滑稽さというのは、親のエゴも身内なら許して貰えるのに、里親だと許されないからです。(こちらのブログの理屈ではそうなっているように読めます。)
そのあたりが、実は血縁関係にある実の親子でも、親は子供にエゴを押し付け許してもらっている、という事実を浮き上がらせているように思えます。
もし本当にホモやレズが「人類と言う種の存続を脅かす突然変異」なら、男役の男と男役の男、あるいは女役の女と女役の女が愛し合わなければならない。
が、それは出来ない。それは人間が、愛や性という概念に対して本能的に「男性と女性」という役割分担を決めているから。
つまり、ホモは男の内にある女性性(女性らしさ)を愛しているだけで女を愛していることに変わりは無いのだ。
男性の中に女性が、女性の中に男性が部分的に存在しているのは心理学的によく知られているし、ホモやレズといった嗜好が古の時代からあったことを考えれば
人間は人を愛するとき、あるいは誰かに対して愛情を感じるとき、本能的に見た目を通り越した内側、心だけを見ているということなんだろうと思う。
これは、見た目だけをより美しく、魅力的にする人間への批判的反応がなぜ支持されやすいのか(そして、それに対する反論はなぜ理性的になされることが多いのか)の答えでもある。
ちなみに、これらの考察から、バイセクシャルはホモなら攻める側、レズなら受ける側に多いという推論も導き出せる。なぜなら、ホモの攻める側は男性そのものだから、相手の見た目は男でも女でもどちらでもいい、レズの受ける側は女性そのものだから、相手は男であっても女であっても同じだからである。個人的な経験で言っても、ホモでバイを自称する人間は圧倒的にタチ(攻める側)に多い。
女の人の写真を集めてない男の人は少数派だけど
男の人の写真を集めてない女はたくさんいる。
女自身にはたいして興味がない男でかつ異性愛者ってのはかなり少数だと思う。
造形の美醜は見ればわかるし
性格の良い悪いも話せばわかるけど
みんなが言うような特別な「かわいい」という感情がわいたことがない
困ってるところを見ても特別にかわいそうとか感じることも無い
何も感じないというわけではない
これはいったい
世間のみんなが言う「かわいい」が外面だけの大げさな誇張なのか
どっちなのだろう
このような話をすると訳知り顔のテンプレしか言えない安っぽい馬鹿がすぐ
「今はそんなこと言ってても誰かに恋したらウンタラカンタラ」と言い出すもんだけれど
それは異性愛者に「そのうちバリバリのゲイになれるよ」と言うぐらい無責任な言説に過ぎず
そんないい加減な未来の話をしてるのではなく、
こういう感情は何なのか
障害なのか病気なのか案外みんなこんなもんなのか
という話をしている
話は大変よくわかる。
それって生まれつきの特徴だよね。
でも異性を好きなりなよとは言わない。無理に決まってるから。
くそつまんない映画、くそまずい食材、くそ嫌いな有名人、くそ不愉快な音楽、努力で好きにはなれないでしょ?
好き嫌いは本人の意思ではどうしようもないんだよ。
っていう文を読んで、
なんで
になるんだろう。
・生まれつき異性を好きじゃない(それでもなんかの理由で異性が必要とする)人間が割り切ったスペック上げに精進する
のどちらかになるはず。
vanish_l2 さんとこのブコメに☆つけてる人は
日本語検定落第じゃないのか。
ゲイ向けAVのジャンルとしてノンケ(異性愛の男性)ものというのがあって、中々の人気を誇っている。
ゲイがノンケを犯し、男の良さをわからせるみたいな方向性は理解できる。
でもノンケが女とセックスする様子をゲイ視点で盗撮するっていう系統のものが謎。
アオリ文句も「硬派なノンケも女を前にすると獣に!」「女相手だと勃ちが違う!」「大喜びで女を犯す!」みたいなもので、
一瞬女性向けかと思ったが、女相手に腰を振っているノンケの尻の穴がアップになる構図など、どの女も必要としていないだろう。
もっとロマンチックな演出をしている女性向けAVというのはまた別にあるし。
「清楚な大和撫子も白人男のデカマラには大喜び!」「白人ペニスに群がる日本の女たち!」みたいな動画を喜んで観るようなものだろう。
共感できる存在が出てこないし、性的に欲している存在が別のカテゴリの人間に横取りされる感じ。
腹立たんのか。とにかく意味不明。
こいつらが何を言い争ってるのか把握したのでまとめた
まずkurahitoが執拗にFrancesco3にセクハラを続けている
「Francesco3とはファックしたくないファックファック」と狂ったように騒ぐkurahito
''kurahito" 因みに実母とファックしたいと思った事はありますが、F子みたいなのが母親だったら
ファックしたいとは思わない。客観的にw親密に見えたとしても。 2010/12/15
"kurahito" 私がファックしたいと思う基準は親密性もさることながら責任能力。
F子みたいに電波な母親とファックしたら後々面倒に決ってるので桑原という感じ。教員もしかり。 2010/12/15
ひとりはてブタワーをのぼりながらファックの話を続けるkurahito
みんな遠巻きにしている誰も止められない
ここでNATSU2007登場
"NATSU2007" あーはいはい 貴方の発想って一事が万事「女が俺に欲望されないから嫉妬してる」
しかないんだね。だから「ファックしたくない・お前には欲望しない」と見当違いに吠える。
珍しい心性じゃないが。むしろ何度目だナウシカ。 2011/03/21
"kurahito" これは一般論だが「夫がロリエロ/近親姦漫画を隠してました。おぞましいです」は嫉妬だと思うが。 2011/03/22
嫉妬脳の恐怖wwwwwww
なぜか女から欲望されている事を疑わないのは
キモヲタ全般に共通するが
こいつらの自意識過剰の理由を誰か説明してくれwwwwwwwwww
"NATSU2007" それら全て「欲望されない女の嫉妬」と定義するならゲイ男性も当然忌避される筈だが
逆に好かれてる位だ。さーどうする理屈に合わないな。「ホモが嫌いな女子はいません」が
二次に限るとしても「おこげ」も存在する。 2011/03/23
"kurahito" 浅っ。腐女子やオコゲは「ヘテ男に欲望されねばならない」という心的負担のない
安全圏からゲイ男性を視姦してるだけでしょう。 2011/03/23
"NATSU2007" メタブ え、小児性愛者や人形愛者は「ヘテ男」で括られるわけ?幼少年しか欲望しないペドは?
ゲイ男性と同じ立場の筈だが幼女を欲望するペドと同じように"おぞましがられている"と思うんだけど。 2011/03/24
"NATSU2007" メタブ あとこれ"kurahito氏自身"が「ヘテ女に欲望されねばならない」
痛い所を刺されkurahito泣きながら逃亡wwww
"kurahito" ↓「異性愛⊃人形愛、近親姦、小児性愛」なんだが。私のことを知りもしない癖に
知ったような書方するし、知ってほしいとも思わないし、他者に敬意を払えない
自称ライターさんもウザイからこれ以上レスしません。 2011/03/24
"NATSU2007" メタブ, 性 これじゃ父息子・兄弟の近親姦や少年性愛者も「ヘテロ」となる。
「ヘテ男に欲望されたい女の嫉妬」メソッドではそれらが忌避される説明がつかない。
どこまでもヘテロ目線だから破綻するんだよ。底が浅いのはどっちよ 2011/03/25
(私も散々ナツと呼び捨てにされ失礼な事書かれた)、
知りもしない他人の事を知った様に書いてきたのは貴方じゃないの。
ついでに
知りもしないFrancesco3のことを知ったように論評するkurahitoと
それをブーメラン返しで自覚させるNATSU2007
"kurahito" 私が見聞きした限りではF子は娘に対して異常に他人行儀な気がするんですよね。
異常に距離感が掴めてないというか。「親子は他人の始り」をどこかで認識し損ねたかのような。 2011/03/10
"NATSU2007" メタブ, 転移 私が見聞きした限りkurahito氏は母親への恨みを母の表象の
以上
堪忍バッグの緒がきれたNATSU2007がバッサリ斬った構図だが
イメージ操作したがっているid:kanoseやそのお仲間の遣り口の薄汚さには
ノドにスッパい物がこみ上げてくるのを抑えきれねえ。まるwwwwwwwww
AV出演者は世間から卑しいものとして見られるのが当然→AV嬢は蔑まれる覚悟をしなければならないし、
蔑まれる覚悟があるものとして見なされなければならない。
日本にくる外国人が異質なものとして見られるのは当然。異質なものとして見られる覚悟が無いなら日本に来るな。
部落出身者が卑しい身分として見られるのは当然。卑しい身分と見られる覚悟が無いなら、部落出身を名乗るな。
同性愛者がきもい奴として見られるのは当然。きもい奴として見られる覚悟が無いならカミングアウトするな。
イスラム教徒が危険なテロリストとして見られるのは当然。テロリストと見られる覚悟が無いならイスラム教徒になるな。
萌えアニメオタクが幼児性愛の犯罪者予備軍と見られるのは当然。犯罪者予備軍と見られる覚悟が無いなら萌えオタになるな。
こう例示すれば、これが差別主義者の、差別主義者による、差別主義者の理屈であることがわかるだろう。
貶められ、侮辱されるのは自己責任だ、などという言説には呆れるほかないよ。
>そういう女だ、って見られてしまう事実がもう何やっても絶対に揺るがないからだよ。
>風俗嬢と聞いて悪いイメージを持つ方がいる限りこれは揺るぎないと思うの。
>そして悪く思うのが当然で、そう思う人はいなくならないとも思うの。
なぜ「絶対に揺るがない」という前提なのか。
かつて黒人なら野蛮、女なら無知、同性愛者なら異常者と見られてしまう事実があった。
それらの認識は長年に亘るもので、あたかも「絶対に揺るがない」認識のように思われていただろうよ。
だが、それは社会が成熟してくるにつれ少しずつ変わっていったんだよ。
黒人だから白人と同じトイレが使えない時代は終わったし、女性だから進学できないとか、選挙権がないという時代は終わったし、
同性愛者が異性愛者と同じように結婚できる社会が形成されつつあるんだよ。
性産業に関わる女は「そういう女」という偏見だって同じこと。その偏見にNOと言える社会が形成されれば、
性産業従事者が性産業従事者であるという理由で差別を受けることはなくなるはずだ。
ではなぜ現状、その差別があたかも「絶対に揺るがない」かのように存在しているかといえば、
それはまさに「性産業に関わる女性なら卑しいものである」と、彼女らを貶める言説が許されているからだ。
すなわち偏見と差別が「絶対に揺るがない」社会の形成に貢献してるのがこの元風俗嬢増田やその賛同者だ。
石原慎太郎の「同性愛者は足りない」発言だとか「漫画家は卑しい」発言に対し、
「同性愛者は足りなくないし、漫画家は卑しくない。そんな差別をするな」
と言う人間に
「同性愛者や漫画家が、差別を受ける覚悟をしていないように思うのは止めろ!そういう奴が一番差別をしている」
僕は異性愛者なのだが、それでも時々Google画像検索で『ガチホモ ブリーフ モッコリ』などと書き込んでは雄臭いモッコリブリーフ画像を見たり、ついつい『あー、チンポしゃぶりたい』などと発言してしまう。ノンケなのに。
同性愛者には申し訳ないのだが、同性愛はやはり笑いのネタになってしまう。どうしても。しかもかなり気軽に、その場の空気をギャグ化することが出来てしまう。だから、仕事などで体が緊張していたり、つらいことを忘れたいときには、ガチホモ的な事物を見たり発したりして、自分の空気を軟化させたいのだと思う。
つらいことが多すぎるから、ついついガチホモネタに頼ってしまう。まるで麻薬のようだ。今日もニコニコで『Hattendo』タグを検索している。動画を探しているときは、やはりドキドキワクワクする。欲情はしないけど。だから僕は、ガチホモさんたちにありがとうといいたい。ありがとう、ガチホモさんも僕が生きている理由の一つなのかもしれない。
性という言葉に囚われずホモ・ヘテロについて考えてみるべき、と示唆する書き込みに刺激を受けて書かれた面白いエントリ
http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20110205/1296895274
今日の社会におけるヘテロは実は劣化ホモ。真にヘテロ(「異性」愛)と呼べるのは女×女のみ、という説。面白い。
が、それを踏まえて感想を少し。
そこで性別に話を持ち込むところに、すとんとは落ちないものを感じる。つまり、
他者を他者として(すなわち己とは「異」なる性として)エロス的に欲望すること=ヘテロ
他者のなかに自分と同質のものを見いだしてつながろうとするプラトニックな欲望=ホモ
…と定義するなら、結論は対象の性別は問題ではないということになるはずではないか。
同性(同じ性別間における)愛においてもヘテロ的関係が成り立つと言えるなら、異性間においても可能でなければ話の筋が通らない。現在多くの場合どうか、という話と、本質としてどうかという話は異なるのだから。
たとえば、昔、小林秀雄が友人の同棲相手とどろどろしまくる関係を経たあと「女は俺の成熟する場所だった。書物に傍点をほどこしてはこの世を理解して行かうとした俺の小癪な夢を一挙に破ってくれた」と述べたのは、異性間でも相手の他者性と向き合うことが可能であるということを示す一例ではないか。
ただ、このように考えを進めるとき、(言葉の意味は変化しているにせよ)その先において我々はまた「ヘテロ>ホモ」という構図にすっぽりとはまってしまう恐れはないか。そこから更に先まで考察が必要であると思う。
正確にはそうだけど、実際は
される事が多いと思う。
これはバイセクシャルという概念が同性愛異性愛に比べてマイナー&
男のバイセクシャルはあまり居ない→(同じくあまり居ない)ゲイと一緒くた扱いだけど
女のバイセクシャルは珍しくない→(一般的とされている)ヘテロと一緒くた扱いにされがち、なんじゃないかと。
「異性」でも「同性」でも、どっちでも良い人は「バイセクシャル」って言って、別人種だよ。
「異性愛者」は異性じゃなくちゃダメだし、「同性愛者」は同性じゃなくちゃダメなんだよ。彼ら、彼女らには、恋愛の条件に「性別」が入ってるの。
異性愛者の女同士は抵抗がない人が多いけど
私は女で(たぶん)異性愛者だとは思うけど、仲のいい女の子に告白されたら喜んで受け入れると思う。
「こんな昔のエントリ持ち出して何なんだお前は私怨でもあんのか」とか思われても困るので
放浪息子の件で久しぶりにmiyakichiさんのダイアリ見たら唐突に思い出しただけだと予防線を張りつつ
http://d.hatena.ne.jp/miyakichi/20070324
倖田來未は性別関係なく男にも女にも股を開けるのかもしれません*1が、同性愛者はそうじゃありません。少なくともレズビアンのあたしは、もしも「“愛”に性別は関係ないんだから、性別にこだわらず異性ともつきあえ」なんて言われたら泣いて抵抗しますよ。あくまで同性を好きになるのが同性愛者なんだから、性別はすごく、とっても、大いに関係あるんです。
だそうだけど、ここで思ったのは
異性愛者(とされている)の女性が『女性ともつきあえ』と言われても大多数は別に泣いて抵抗しないんじゃないかなあ、と。
異性愛者(とされry)の女性の多くはそこまで「男性でなければ絶っっっっっ対に無理!!」とか思ってないと思うんだよなー。
大多数は「女性は男性と付き合うのが世間的に『普通』だから」「別に女性と付き合ってもデメリットはあれどメリットが無いから」
倖田來未もこれが彼女のファンの多く(異性愛者(とry)の女性)の共感を得られる、と認識しているからこそこういう事を言うわけで、
ファンの大多数が「女性と付き合うなんて有り得ねえよ!!」と思っていると認識しているとしたら言えないだろう。
つか、エントリ主のmiyakichiさんもそう思っているから
「男にも女にも股を開ける」倖田來未を異性愛者だと断定してる…んだよね?
すると「同性愛者=同性でなければ絶対に駄目な人」「異性愛者=異性でなければ絶対に駄目な人+別に同性でもいいけど異性の方が都合良いから異性と付き合う人」
と言う非対称な定義になる気がするんだけど。
セクシャルマイノリティ業界では↑の定義が一般的なんだろうか?