はてなキーワード: 異性愛とは
読んでみて、一瞬、ちょっと自分に近いタイプの方なのかな、と思いましたけど、
どうも私よりも、かなり生理的にきてるらしいので、ちょっと違うかもしれませんね。
*
というか、私はそもそも男ですけれど。
どちらかというと、私は、そのほかの方が分析してらっしゃるような
「自己愛強すぎ」+「自己観察強すぎ」タイプかもしれません(たぶんだけど)。
で、まあ、キモメンでもなんでもなかったけれど、
<恋愛してしまう自分>なるものが意味不明というか、ワケワカランというか。
告白とかされても全部、断ってました。
別に、童貞であることに対するコンプレックスとかもなかったので「モテたい」というのは特になかったですれど、
まあ、「なぜ、ヒトは恋愛とか、そんなにしたいとか思うかな?全くワケがわからないとまではいわないけれど、いいって言われてもなぁ…困る。」
とかしか思ってませんでした。(今でも、けっこうそういう感覚は強い)
家族やら周囲からはいい年になっても、そういう噂の一つもなかったので、
それでも、いちおう、数年前に、
幾重もの意味で「この人だったらいいかな」と思える人に出会えて、つきあい始めたました。
…と思ったのも束の間、
相手が<恋愛>に求めるものと、こちらのテンションの低さがスレ違って結局わかれました。
つきあい始めた瞬間は、一時的に<恋愛している自分>を反省的に感じすぎることもなく大丈夫だったんですけどね…。
数ヶ月したら、もう無理で、「ユーはテンションが低すぎるヨ!」とのことで…
別に「恋愛している自分が、生理的に気持ち悪い」とまでは言わないけれど、
なんか、自分が、自分でないものの演技をしているような違和感がありまくりで。
<恋人>であることを前提にしたコミュニケーションとかとれませんもの。
友達の一種、以上の何かはむり。
そして、「そのコミュニケーションでオールOK」と口では言ってくれることがあったとしても、
実質的には「もうちょっと努力してくれないと、厳しい。寂しい」というのが先方にあったようで…。
どうも、難しい。
*
去年からまた別の人と付き合いはじめましたけれど、
やっぱ、まだ<恋愛>感が違いすぎるというか、
クリスマスイベントとか、バレンタインイベントとかにベタにはまってしまえる自己像は獲得できないので、またわかれるかも。
一応、いまの相手は、こっちが<恋愛>に求めるテンションがすごく低いことを理解してくれてはいます。
それは、まあ救いと言えば救い。
そうは言っても、「おつきあいをしている」ということの意味が、
相手にとってはすごく薄く感じられている雰囲気なので、
こちら側が、ある種の「努力」をしないと、長期的には難しめなのかな、と。
まあ、人間としては好きな人ではありますし、「努力」が不可能な範囲だとも思わないので
可能な範囲で努力はしてますけれど、努力をするためのインセンティヴは
「せっかく好いてくれている人に、ひどい傷つけ方とかをしたくないから」
という以上のものが無くてですね…。これはけっこう困りもの(主に自分が問題)…。
この状態で保ち続けられれば、このまま続くかもわかりませんが、
ちょっと今、自信がありません。
*
…なんか、元増田さんへの応答というか、ほとんど一方的に私の話ですけれど、
次に別れたら可能な限り独り身でいようかと思っております。
相手を傷つけるようなことさえしないで済むのであれば、独り身でいることにそれほど強い問題は感じていません。
まあ、自分もある種のセクシュアル・マイノリティだとは思っています。
同性愛でも幼児性愛でも非性愛でもないので、どういう名付け方がされるべきかは、ナゾですけれど。
一応、異性愛者として性行為をすること自体は嫌いではありませんし、できますから、
その意味では「ふつうに異性愛者」ですけれど、「ふつうの恋愛」はまず不可能ですね。
「むり」、としか言いようがないし、特に、そのことを病気だとも、問題だとも捉えていません。
平均的なセクシュアリティの方との折り合いがちょっと付きにくいだけで、
恋愛を強制するような文脈の、無神経な会話に混ぜられると、
イラっとすることは少なからずありますが、
ちょっと我慢すればいいだけのことなので、我慢をしています。
関係の濃い人には、
やんわりと自分のわけのわからないセクシュアリティをカミングアウトするようなことはしていますが、
そこまで周囲の拒否反応強くないですしね。
ただ、元増田さんと同じく思い起こしてみれば小学生ぐらいの頃まではけっこうオマセさんで、
元増田さんと決定的に違っているため、特に参考にならないのは、
もっとつまらない、本当に生理的なものです。
客観視したくてしているわけではなく、私ももっと感情に流されたりのめりこみたい。
と、まあ、こういうほどのことは無いのですよね。残念ながら。
自分で自分に異物感ぐらいまでは覚えるのですけれど、吐き気を催すようなことはないです。
「なんか、変だけど、そのうち慣れるかも」ぐらいの感じ。
慣れれば、慣れたで問題なくなる確率もけっこう高いですし、
付き合ってみて、多少は慣れてきたのも事実としてはあるので、
「単に、機会にめぐまれなかったのが、長引いてこじれただけの人」かもしれず、
自分でもよくわかりませんが、なるようになればいい、ぐらいの感じです。
うーん、まあ、参考になるかどうかわかりませんけれど、
単に人を好きになれない問題は、
「好きになるとか、それはそれで素晴らしいかもしれないけど、自分にはまあ、別に、どうでも…」
以上でも以下でもない、と思っている人間がいる、ということでご参考になれば。
あと、一つだけ、どうでもいいひっかかり方をしたのが、
という記述ですが、これはまたちょっと違うかも知れないと思いました
ラブプラスとかの盛り上がりにしてもそうですが、
「××ちゃんを好きだとか言ってしまう、自分ってどうよ?おれは、つきすすむぜ!(笑)」みたいなネタ感覚とが入り交じっているように思います。
人によっては、どちらかというと、後者の「ネタ」感の強さと「萌えの表明」が入りまじっているように感じられます。
もちろん、「ベタに二次元にのめり込んでいる人」もいるのだとは思いますが、
「××子を好きだと言ってしまうオレ」自体をネタにして楽しんでる感覚と表裏一体じゃなきゃ、あれだけ沢山カミングアウトはできないだろうな、と思います。
少なくとも「××子萌え」をカミングアウトしている人の大半は、そういう人かなぁ、と。
特にモテない人が自虐的にカミングアウトするのは、それはそれでけっこう楽しそうなコミュニケーションだと思いますし。
長くなりましたが、こんなところで。ご参考まで。
最初に言っておくと、オレはゲイじゃないし、ゲイの知り合いもいない。
だからすべてオレの妄想なんだけど。
不思議だったんだよ。
ボーイズラブって、男と男の絡みじゃん。
そこに女は全く関わりがないのに、なんで女ばっかり好んで読むんだろうって。
最近のメディアはゲイに対してかなり緩やかになって、テレビドラマや映画なんかでも、ある意味同性愛がひとつのテーマとして確立されている。
それで、そういった物でゲイを見てて思うのは、本当にこいつらの愛ってのは異性愛とは違うんだなってこと。男が好きなのは見ててわかるんだけど、女が男を好きなのと同じように男が好きなんじゃない感じ。当然、男が女を好きになるみたいに男を好きなんじゃないんだよ。
たとえば、ブラザーズアンドシスターズのスコッティは、オレでも可愛い顔してるなって思うんだけど、どう可愛いかっていうとゲイ的に可愛いとしか言いようがない。
根本的に、女のことが好きな男と、男のことが好きな男は違うんだ。
で、そこに持ってきて、ボーイズラブのキャラを見ていて感じた違和感がわかった。
ボーイズラブのキャラたちは、女のことが好きな男だ。ボーイズラブの世界では、女のことが好きな男たちが男同士絡んでる。
攻めは男として攻めてるし、受けは女として受けている。
考えてみればその通りで、結局女が好きなのはゲイじゃなくて普通の男だからだ。
もしも自分が愛しているキャラが自分たち女に興味がないとしたら、たぶんボーイズラブ好きな女たちは発狂すると思う。
そうするとボーイズラブの存在ってなんなんだろう?
同性愛の世界を描いているように見せて、結局は女の妄想でしかない。
っていうことを週末ずっと考えてたんだけど、オレ頭おかしい?
今まで自分(女)は異性愛者だと思っていたけどもしかしたら違うのでは、と思い始めた。
今、友人(女性)がとても気になる。ずっと一緒にいたいっていうか、二人で出かけたり(要するにデートか?)、手をつないだり、っていうか、一緒に暮らしたいと思ったりする。
なんと言えばいいのかわからないけど好きなのは確かで、でもその「好き」がどの「好き」なのか分からない。
女性同士だし、仲がいい女性同士ならありがちだよ~、それは単に友情だよ~って言われたらそうなのかもしれないし、
あんまり「同性愛者です」なんて軽々しく名乗るのは失礼なんじゃないかって気もする。
いわゆる「なんちゃってレズ」でしょ、って言われそうで、怖い。
そういわれたら、そうなのかもしれないし、何しろその辺が自分で分からない。女性同士だと普通に手を握ってデートっぽく遊ぶ人って割りといるわけだし、単なる依存気味な友情だとか言われたら反論する手立てがないっていうか。
ただ今までは「といってもキスとかしたいわけじゃないし」って思っていたんだけど、この前一緒に遊んでいて唐突に抱きしめたいとかキスしたいとか思うようになった。だからこそそうなのか…?と迷ってる。
同性愛者でありたくないとか、そういうことじゃないんだけど、
一応腐女子と言われるような立場でもあるため、「なんちゃって同性愛pgr」な視線を昔っから浴びてるから、その視線にどうも怯えてるっぽくて。「自意識過剰」「自分が変わってる人って思いたいの?pgr」な、あの視線。
あれが怖くて仕方なくて。
そもそも、その「好き」の感情は恋愛だとか友情だとか、わざわざ決める必要なんてないのかもしれない。
けど、宙ぶらりんな感じがして、困惑する。
恋愛なんだったら恋愛だったで、違うなら違うで、はっきりさせたいっていうか。
そうでもしないとどちらにせよ先に進めない。
結局判断するのは自分なのかもしれない。「なんちゃって同性愛でしょpgr」って言われたくないから、他者にお墨付きをもらいたがってるだけなのかもしれない。(正確に言うと、別に私は男性に性的な思いを抱かないわけじゃないから、どちらもなのかも、と思っているのだけど)
人見知りな自分が久々に仲良くなった人がいた。
ゼミで激論を交わしたのがきっかけ。まぁ、Fラン大のしょうもないゼミのしょうもない議題だけど。
お互い、はじめて「議論を交わせる相手」に大学で出会ったのだ。同じ言語を話す人間、というか。
それが楽しくて、大学の帰り、休みの日、暇があれば色んなことを話した。
本当に自分の言語が伝わるのか、同じ言葉を同じ意味で話しているのか、確かめるように話しまくった。
本の趣味、ネットで見るサイト、聴く音楽、どれも全然違ったがどういうわけか言葉は通じた。
そういう友達は、恥ずかしながら今まで生きてきて二人くらいしか僕には居なかった。
久々にできた友達が嬉しくて、もう相手に夢中になってた。
ある日、自分がいつも考えている漠としたものについて話した。
でたらめな中でも揺るがないような、確固としたもの。本質的なもの。なんて呼んだらいいか分からない。
そうすると、相手は「素敵なものと呼びなさい」と言った。
そして、それに続けて
「そういう素敵なものはね、男と女の間にあるんだよ」といって、笑った。
ものすごいショックだった。たしかに僕とその人は男と女だけど。
じゃあ、そういう「素敵なもの」は男と男、女と女の間には無いっていうのか?
友達は素敵なものじゃないのか?
なんでだ。なんで性別なんかに捉われて関係が決められなきゃなんないんだ。
その場は適当に誤魔化して、それから努めてあまり会わないようにした。
そうしてしばらく経った頃、「いま、付き合ってる人がいるよ」というメールが来た。
意味が分からない。それをなんで僕にわざわざ報告するのか。
恋愛対象として見てないから大丈夫だよ、っていうメッセージなのか?
なんかもう、相手が何考えてるのかも分からないし自分がどうしたいのかもよく分からないし
何より、「性別なんか」のことで相手を見る目が一変してしまった自分が嫌だ。結局僕も「性別なんか」に捉われている。
別のエントリで一度追記したのですが(http://anond.hatelabo.jp/20091212190210)、改めて。
ブコメを見て、はっきり言うと「馬鹿馬鹿しいな」と思ったので追記には書かなかったのですが、
ややこしくしてしまっているようなので明記すると、僕の性別は男で、相手は女性です。
僕が同性愛者の女性(FtM志向の人?)で、相手が異性愛者の女性というのはちょっと面白いなと思ったけど。
僕が一番違和感を感じたのは、
仮に僕と相手が同性同士だったら、相手はそんなことを言い出しただろうか、ということと(本当に「コレさえついてなきゃ」です)、
(彼女の発言に限らず)友達の発展型というか更に特別な上位関係みたいに恋人関係が言われていることです。
僕と彼女が仲良くなりはじめた頃も、同じゼミの連中にも度々「付き合ってるの?」みたいに聞かれたけど、
二人とも「そんなんじゃない」と即答していたし、相手とジェンダーみたいな話もしたことがあったので、
なんでそういう「異性同士で仲良くなったら恋人になる」みたいな認識が当たり前のように通ってるんだろうかということです。
余談:「元増田です」のエントリを書いた直後に相手から「ちょっと話がしたい」とメールが来ました。
はてな界隈や2ちゃんは行かないと聞いていたので増田に書いたんですけど、
まさか、とは思いつつもあまりにタイムリーなのでぎょえーと若干怖くなりました。まさかね。
ともかく、相手の好意に対して即ギレして逃げまくった僕の行動はどう考えても馬鹿だったと反省したので、フラットな気持ちで会おうと思います
色々とコメントを下さった皆さん、ありがとうございました。
人を恋愛方面で好きになることはめったになく、4年間好きでい続けたのは同性という喪女まっしぐらな感じなんです…(でも性的な興奮を覚えるのは男性に対してですし、自分は異性愛者なんだと思いますが。)
主導権を握るのが嫌だと思うのは、今まで三人付き合ったことがあって、そのうちの二人は
私「今日はネオロマンスライブ行ってきたー!」彼氏「いいな、俺も○○のライブ行ってみたいけど…でもチケットの取り方分からないし…」私「とりあえずネットで見てみたらいいのに」彼氏「ええー…」←言うほど行きたくないのだろうかと思い放っておいたら私にチケを二人分取れと念じていたらしいことが後で発覚
こんな感じで、食事に行きたいだとかゲーム屋に行きたいだとかそういう欲求を悟ってやって「じゃあ私が行きたいから行こう」と話を持っていかないと駄目な感じで、要するに疲れたからです。
それこそ彼氏を本当に彼氏として好きなんだったらそのくらい可愛いものだったのかもしれないですけど。プライド捨てるくらいには好きじゃなかったです。
ちょっとアンケート。
世の親の方々にこれを要求(??)するのって難しいと思います?
2「子供がいつか抱くようになる性愛は異性愛に限らない場合もあることを想定しろ」
1は、宗教を信じている親(になる人)に対して。
2は、まあ……すべての親に対してということになるのかな。「性愛を持たない場合もある」ということも含めて。
現段階での自分の中での答えとしては、「今の世の中では、やはり現実的じゃない要求」。家族を作ろうとするそれそのものが、すでに性愛を介したプチ宗教構造みたいなもので、親としてはそれが超前提だからこそ親・家族をやろうとしている訳で。
ただ、「現実的じゃない」と思って”しまう”のも、「日本だから仕方ない」という諦めを伴いつつ、想像力が追いついていないだけなのかな、という気もする。
生物学的な性と性自認、それに性的指向の組み合わせを考えると、性同一性障害のうちのさらに少数派の存在が見えてくる。
いろいろと議論はあるだろうけど、ここでは簡単のためにそれぞれの値域を次のように決めておく。
性的指向に関しては同性愛、異性愛とおくと混乱しやすいので、便宜上このように書くことにする。
そうすると、それぞれの組み合わせは2×2×3=12通りとなる。が、両性愛を含めると組み合わせがやや多くなるのでここでは触れないことにする。
ここで、最も多い「普通」の組み合わせは次のようになる。
次に、よく見かける同性愛の議論の組み合わせ。(下の二つとどちらが多いのかは数字を見つけられませんでした)
そして、性同一性障害を持つ方の多数派の組み合わせ。
最後に、かなりの少数派だと思われる組み合わせ。
この場合は外見には異性愛なので、性同一性障害の症状が軽い場合は何の問題もないように見られそう。けれど、やっぱり人との関係において違和感を感じるところがあるんじゃないか、身体的同性は似た体を持ちながら異質の存在として映るんじゃないか。
「セックスだけ目当て」でも嬉しいという男の発想ですね。
女が相手を選ばなければ男より体験しやすいのは「恋愛」ではなくて「セックス」。
女性にとって好きじゃない異性とのセックスは「苦痛」だと感じる人が男性よりも傾向として多く、「恋愛」とは全く違うものですので、「選ばなければ恋愛できる」というのはナンセンス。「選ばなければ」というのなら、非モテ男もガチホモに狙われたらちゃんと逃げずに喜んで掘られたりしゃぶられたりするのだろうか。君が言っているのはそれと同じですよ。「恋愛対象外な人間にセックスの対象として迫られても拒否らなければいい」と言っているんですから。同性愛でも異性愛でも同じことです。
もう一度言いますが、女が相手を選ばなければ男より体験しやすいのは「恋愛」ではなくて「セックス」。
そもそも「選ばなければ女は恋愛できる」「男は余ってる」という発想によって、非モテ女がとことん可視化されてないことがよくわかる。
横だけど、実在のゲイと関連付けることを目的としてないから無罪、ていうのは本当にアリなのかな。
悪気がなかったら何してもいいってもんじゃないというのが社会通念じゃないっけ。
自分では知らなかったからそんなつもりはなかったけれど、差別的表現にあたることなんてたくさんあるだろ。
そしてそういうのは知った時点で配慮するっていうのが成熟した社会のあり方とされてるんじゃないっけ。
ゲイの人でBLを見て嫌な気持ちになる人がいるってのは充分理解できるよ。
ネタとして消費されてもびくともしないほど市民権を得ているものじゃなくて(異性愛はこっち)、もともと多数の偏見に晒されているものだからこそ、それもただの偏見の一種にしか見えないという面はあると思う。
そう見えるという自覚があるからこそBL愛好者はそれを「後ろめたいもの」として扱って世間の目から隠れてきたのではなかったか。
lisagasu 俺の経験則:801への嫌悪・偏見をあらわにしつつ「現実のホモにあやまれ」等「同性愛差別ではありません」的言い訳を付け加えるヘテロは大抵ホモフォビアの持ち主。 2009/10/23
「萌えオタを嫌う人は二次元美少女や三次元美少女が嫌いなんじゃない、萌えオタが嫌いなんだ」と言う格言があるが、
この場合も同じだと思う。
「801を嫌う人は二次元ホモや三次元ホモが嫌いなんじゃない、801(と言う女の欲望充足用にアレンジされたホモ)が嫌いなんだ」と。
lisagasu 男の欲望充足用の異性愛表現は腐るほどあるのに女の欲望充足用の同性愛表現だけを憎むならホモフォビアとミソジニーのコンボでは?/元増田の本音は「ホモ好きがデカイ面して私を不快にしたのをあやまれ」だと思う 2009/10/23
おお寝る前に見たら何だかすごい怨念に満ちたブクマが返ってきたー
・「男の欲望充足用の異性愛表現を憎んでいない」とどこに書いてあるんですか?
・女性オタク界隈では「ホモ」と言った時は「801」を指すので(これもリアル男性同性愛者完全無視でひどい話だが)
元増田の「ホモセックスなんか見たくもねえ」は「801セックスなんか見たくもねえ」だと私は解釈しました。
「お前ら生きている意味ないよ」
と言ってるも同然なんだな。
種の保存だどーのこーのとか
嗜好するのが異性とか、同性とかって前に
学ぶべき物がたくさんあると思うよ。
ペンギンも良い話なんで、ちゃんと読むといいと思う。
うっうわあ わあああああ
自分の状況とすごく似ていて声がでてしまいました…。
この気持ちがなんなのかを考えるのがこわくて明確に言語化していなかった部分が、元増田の記事を見てはっきりしました。
私の場合、彼氏と10年ほどの付き合いで、ときめきからすっかり縁遠くなっているのと
好きになった女の子とは居住地が離れていて、ただ会うだけでけっこうなイベント感がある、
このへんのせいかなと自分に言い聞かせていました。
こうして書いている今も彼女のことを「好きになった女の子」と書くのがすごく抵抗がある。
いろいろはぶいて、客観的に人に説明するならそうなるんだけど…。
このくらい心が揺れていたら、異性ならば踏み込んで肉体的な接触を図っていたかな。
むしろもう二人きりで会わないかな。
何の疑いもなく異性愛者だと思っていた自分が揺らいでこわいです。
ホモフォビアみたいなものも感じているんだと思います。
結局は私が世間的に友人関係で済まされるラインを踏み越えようとアクションするかしないか、の問題
本当にそうですね。相手のあることですし。
あとTBの方の、
好きだ、という感情は強くなっていけばぜんぶ恋愛感情につながっていくんじゃないでしょうか。そして生殖する生きものとしての身体がある以上、好きという感情によって引き起こされる身体の反応は、その気持ちが強ければ強いほどかぎりなく性的なものにならざるを得ないのではないかと。
この言にも深く考えさせられました。
元増田です。
色々コメントを頂いて、そんなに特別なことではなかったんだな、ということに気づいて少し安心できました。
それから、トラバ・ブコメに、性的な対象として見られるかどうかを恋愛感情であるか否かの判断に含めて考えるというご意見があって、今まで意識しなかった視点だったので色々考えさせられました。
相手のことが大事とか嫉妬だとか好きくらいなら相手の人間性が好き。
触れ合いたい、唇柔らかそう、キスしたらどんな感じだろう……まではあるんですが、肉体関係まで持ちたいかどうかの想像は、相手を汚すような気がして罪悪感を感じます。
一方、相手の女の子が彼氏と性的関係を持っているのかも、と思うと、なんだか辛くなってわーってなります。
その女の子だって普通の人間なのだから、勝手に神聖視するのは失礼な話だと頭では思うのですけどね。
ここで、性的欲望を伴わないからやっぱり恋じゃないのかなぁ、と思いましたが、ふと考えてみれば彼氏に対しても特に性的な行為をしたいとは思っていません。
そもそも、異性愛者で若い女性の場合、男性と付き合いたいと思うときに、特にこの人とセックスをしたい、というほどまでの恋愛感情を持って付き合う人はそんなに多くないんじゃないかと思います。
私や周りの女友達のコイバナをサンプルとした実感なので、世間の多数派の認識とはズレている可能性はありますが、少なくとも恋愛経験の少ない女性の場合はそんなにレアなケースでもないでしょう。
付き合った後に、自分は積極的にしたいというほどでもないけれども、大好きな相手がしたいというのだから、その望みを叶えてあげたい、と考えてセックスに至ったという話も良く聞きます。
私自身もそんな感じでしたし、仮に好きになった女の子と付き合ったとして、その女の子がセックスをしたいと言えば喜んで欲しいからすると思うし、別段その手の申し出がないならキスやハグだけで構わない、と思います(想像の範疇でしかありませんが)。
かといって、私や私の周りにいる性的なことに淡白な女性の恋愛を、恋愛ではないとするのもなにか違和感があるのですよね。
とのことなので、あくまで“生きやすさ”を求めるならば、恋愛ではないと思っておいたほうが楽、というのはもっともではあります。
実際、恋愛か友情か、かなり曖昧なところにあるとは思うので、別のトラバの方が仰る、
でも、好意を持ったとしても、その先にいくかどうかですよね。今後に関わるほど重要なのは。
とのお言葉のように、結局は私が世間的に友人関係で済まされるラインを踏み越えようとアクションするかしないか、の問題に尽きるような気もします。
彼女の周りの人に対する嫉妬で辛いとか、彼氏に対する(勝手な)罪悪感で辛いとか、そういう私の心の問題はとりあえずおさえる努力をしてみて、もうおさえきれない、となったときに現状を変える検討をしてみようかな、というのが増田を通じて得られた現在の気持ちです。
今度、その人と二人で映画に行く。
もし、好きな人が男性だったら、けじめをつけるため彼氏がいるのに映画なんか行かないだろうし、その気持ちをきちんと見極めて、場合によっては彼氏と別れ話をすることになっただろう。
だが、生憎と好きになったかもしれない相手は友達の女の子だった。
その友達とは、一番の親友とか、長年の付き合いとか、そういうのでは全然ない。
だから、彼女にもおそらく他にもっと仲のいい友達はいるし、私にももっと付き合いの長い友達はいる。
ただ、キツめの性格の子が多いバイト仲間の中で、人当たりの柔らかい彼女と一緒にいるのはとても居心地がよくて、その人間性に惹かれた。
大学での専門分野が近いこともあって、最近はよく二人でバイト上がりにご飯を食べに行って、色々話し込む。
一緒に映画を見に行くことになったときは、思わず声が震えた。ついさっきも、彼女のことを考えていたら思わず涙が出て、ああこれは困ったな、と自覚するに至った。
実は、今までも何度か、女性に好意のような感情を持ったことはある。
そもそも、初めて「好きかも」と思ったのは、女子校の運動部の先輩だ。
けれど、思春期に同性に対して恋愛にも似た感情を抱くことはよくあると聞くし、周りにも「○○先輩格好いい」などときゃあきゃあ言っていた女の子は多かった。
また、それ以降の「好意」も、恋愛関係の愚痴を言う友人や、振られて泣いている友人を見て、「守ってあげたい」「私が彼氏だったら泣かせたりしないのに」などと考えて友人の隣に立つ自分をちょっと妄想したりするくらいの軽いものだった。
だから自分でも、いわゆる「なんちゃってレズビアン」みたいなもの、或いは友情の意味での「好き」を取り違えているのだろう、と分析して、それ以上深くは考えなかった。
考えないようにしていた、と言った方が正しいかもしれない。
とにかく、自分は異性愛者だということに疑いを持ったりすることなんてなかった。
そもそも、人と比べて私はそう惚れっぽい方ではない、と思っている。
彼氏とはもう3年を越える付き合いになっているけれど、彼氏の前にも後にも恋愛感情を抱けるような男性は現れなかった。
今は付き合いも長くなっているので、恋愛のドキドキ感よりは家族や親友にも近い安心感がある。
そんな相手を失いたくないからといって、彼氏とはこれまでの付き合いを続けつつ、好きな人とデートしてドキドキ感を楽しむ、なんていうことは不誠実なのではないか、と悩んでいる。
仮に好きになったのが男性だったら、それは世間的にも非難されることだろうし、私の価値観としてもどうも許せそうにない。
これが好きになったのが女性だから許される、というのも何か変な話だ。
かといって、新しく好きになった女の子とどうこうなろうという気は全くない。
好きになった女の子にもやっぱり彼氏がいるし、話を聞いているととてもいい人そうなので、彼女には是非その彼と幸せになってほしいと思う。
とは思いつつも、彼女が恋人とデートした話や、彼女が他の女の子と仲良くしているという話なんかを聞くと、どこか胸が痛むし、嫉妬のような感情すら覚える。
これは表に出してはいけないものだと割り切って、ニコニコしているように努めているけれど。
好きになった彼女との付き合い方にも悩むけれど、「もしかしたら女性が恋愛対象になりうるのかもしれない自分」を発見して、自己認識が揺らいでいる。
これからどうしたらいいのだろう。
僕は、いわゆるセクシャルマイノリティだ。
セクシャルマイノリティっていうと、「同性愛? 両性愛?」って言われそうだけど、ネットで調べて見ると、ほんとはもっと人によってタイプも程度もバラバラで、いわばグラデーションのようになってるらしい (いわゆる「普通」の人でも、100%混じりっけなしで異性愛!! っていうのは、逆に少ないんだそうだ)。
僕の場合、生物学的には男。精神的にも男。でも好きになるのは男性も女性もで(どういうわけか、好きな男性のタイプと好きな女性のタイプにはあんまり関係がない)、ただし男性を好きな気持ちの方が強い。そんな感じ。
いろいろ考えた結果、カミングアウトはしないことにした(だからここに書くのがある意味初カミングアウトだ)。たぶんバレるから、こっそり同性と付き合うこともしない(としか思ってなかったはずなのに、異性とも付き合うことなく童貞のまま今に至るが)。だけど、好きなタイプの人がいれば好きになっちゃう。それは止められない。そんな感じ。
普段できるだけ人に迷惑がかからないといいなと思って過ごしてるけど、やっぱりかかっちゃってるよなぁと思うことが2つあるので、ここで書かせてほしい。
一つ目は、好きなタイプの男性を目で追っちゃうこと。例えば友人であったり、後輩であったり、コンビニのレジであったり、すれ違った人であったり。ちょっとした服装とか細かい仕草とかで「わー、この人いいなぁ」とか思っちゃうことがあって、その度につい見てしまう。女性の仕草に置き換えて考えてみてもらえば、「普通」の男性にもある程度わかってもらえるんじゃないかと思うけど、僕の場合の問題はその対象が同性だということだ。正直言うと、「いいなぁ」と思った人を、用もないのにじっと見てしまうこともある。たぶん周囲の人にはバレてるんだろうな。興奮すると顔に出る方だし。で、そういうことすると気持ち悪いだろうなというのもわかってる。僕にも「こういうタイプの人に色目使われたりしたら気持ち悪いと感じる」っていうのはあるので。わかってるんだけど、見ないようにしてるんだけど、つい見てしまっている。悪意はないんです。できるだけ見ないように努力もしています。でも気持ち悪いよね。本当にごめんなさい。
二つ目は、セクシャルマイノリティの「先輩」にあたる人たちに対して。セクシャルマイノリティっていうのは、その名の通り少数派なわけで、特に生理に関わる部分の話なわけで、多数派である「普通」の人たちから見たら、どうしたって「よくわからない。気持ち悪い」というのが最初に出てきちゃうのは仕方がない。その上で、現在のように「セクシャルマイノリティっていうのは黙殺したり排斥したりすればすむようなものじゃなくて、社会の中に確かに存在しているんだ。それなのに一方的に差別や偏見を受けるのはおかしいんだ」という主張が認められるようになってきたのは、「世間がどうだろうが、自分たちはセクシャルマイノリティであることを公言してやってくぜ!」ということをやった人たちだったり、そもそもセクシャルマイノリティって何なのかということを真剣に考えた人たちがいたからだ。僕が特に悩んでいた頃に、ネットでそういう人たちが発信している情報に触れられてどれだけありがたかったことか。でも、僕が今やっているように、カミングアウトもせず、セクシャルマイノリティの中で好きになれる人を探すこともせず、みたいなのは、極論すれば彼らに対する裏切りのようなものだ。戦ってる人から恩恵だけ受けておいて自分は安全地帯、みたいな。本当にごめんなさい。
あと、こんな文章目にしたくもなかったという人にも、ごめんなさい。どうしても一度言葉にしたかったのです。
君は分かっていないよ。僕は元増田の気持ちがよく分かる。「そんなに情熱的な恋愛する人ばかりでもないよ」とか、そういう問題じゃないんだ。そもそも全くわかないんだ、そういう気持ちが。「性的に」好きだという気持ちが。アセクシャル(まあ元増田がそうかはしらないが多分それに近くはある)ってそういうものなんだよ。
情熱さの多さ少なさじゃないんだ。
性的に好きにならないから、だからそもそも『付き合う』という概念が分からないともいえる。
だから、元増田の言う「恋愛感情がわかない」「性欲がない」はすごく解るけど、だから即「付き合う必要がない」って結論になるのは、いろんな付き合うがあるのを知らないんじゃないのかな、って思う。
彼氏がいる人みんなが、彼氏が欲しくて仕方がなかったわけじゃない。
燃えるような恋をして、性欲を満たすのが、彼氏の役目とは限らない。
自分の人生の近くで、自分以外の人のこともちょっと大切に思って、一緒に緩やかに助け合いながら人生のイベントを過ごしていこうよっていうのって、結局は友情に近い親密さだと思う。
だからそもそも、性的な「好き」が分からない者には、「特定の誰かとカップルになり、ずっと暮らす契約をする・ずっと仲良くする約束を交わす」ということがまず分からない。逆に言うと、君はそういう発想が出てくる時点で、やはり恋が前提にある。
恋でなければそもそも、「付き合う」だの「カップル」だのという言葉にならないし、恋でなければなおさらそうする思いにかられることもない。そもそも二人でずっと付き合っていくと約束あるいは契約する意味はどこにある?君が異性愛者ならば、同性の友人同士でそんな事をするか?君がたまたま異端で、するとしても、そこで紹介しているようなカップルは、そんなことはしないだろう。
単に「恋の情熱度が薄まっていて、家族により近い」というだけで、基本的には恋愛であることに相違ないのだ。だからこそ「付き合う」という概念が出てくる。「友情に近い親密さ」と言っていても、基本的にはやはり「恋愛」なのだ。その「薄まってはいても基本的に・あるいは出発は性愛」というのが、結局大きい。恋愛だからこそ「二人だけで」いたいと思うのだ。
そこからして僕らには既に「分からない」のだ。
アセクにとって「情熱的さの濃さ・薄さ」は問題ではない。それがいくら薄まろうが、恋である以上、分からない。
君こそ恋愛至上主義に染まりきっているんだよ。
つまり、性的指向(いずれの性別を恋愛や性愛の対象とするかという性傾向)が無く、異性愛者としての性質も同性愛者としての性質も持っていない人をいう。
と次に書いてあるよね。性的指向を持っていない人をアセクという事が多い。
そもそも性的欲求ってのも、一言じゃ言い切れない問題でね。何かと定義する問題もある。
っていうか、とにかく色々その辺は難しいから気になるならもう自分で調べてくれ。色々サイトによって言ってることも違うし。ただいえるのは、そう簡単に断言できる問題じゃないってこと。それだけ言って置きたいだけだから。貴女は何か、さっきから簡単に自分の理解できないものをバサバサ断言しては切り捨てる傾向があるみたいだから余計にね。
モテない女ですと自嘲はしてるけど、そもそも本当はそこまで彼氏が欲しいと思わない。
とはいえ、それとは別に、モテないのは事実。(だからこそ余計「彼氏欲しくないんだよね」は言い訳がましく聞こえるし、結局「モテねー!」と言ってた方が話が早い)
ときどき私が「彼氏欲しくない」事を知った人から、「なぜ欲しくないのか」と聞かれるんだけど、それは逆だと思う。
「欲しくない」ことに理由は特にない。「欲しい」人に理由があるだけで。
物を買うときもそうだけど、たとえば可愛い服なんかを誰かが買うときに、買わない人に「どうして買わないの?どうして欲しくないの?」とは言わないと思う。欲しくないのは単に欲しくないからとしか言い様がなくて、どちらかというと欲しい方に「可愛いものだから」とか「昔の冬服捨てちゃったから」とかそういう理由があるのだと。
それと同様に、「なぜ彼氏が欲しくないのか」と聞かれても、なんか、どうしようもない。そもそも生まれてきて物心ついたときには誰も「番の相手が欲しい」みたいに思っていなかったわけで、私の場合ずっとそれが続いてるというだけの話。
だから、別に確固たるポリシーがあるわけでもないのに、たまたま?「恋人が欲しい」というのがマジョリティになっちゃったから、別になりたくてなったわけでもないマイノリティの自分は「そんなマイノリティの道を進むのだから何かよほどの考えが」みたいに思われる。でも別にそういうわけじゃない……
昔から「でもそのうち好きな人ができるよ」とか言われてきたけど、結構な年になった今、結局一人も恋愛的な意味で好きになった事がない。もともと性欲がほとんどないし(思春期に少しあったけど、もう20過ぎてからはほぼ無い)、セックスもしたいと思った事が生まれてこの方一度もない。(寧ろ、性的な事はタブーな家庭に育ったためか、性的なものには反射的に微妙な不快感を感じる)
自分が直接言われたわけではないけど、人生相談系の本とか、新聞とか、ネットとかで、恋愛しない人に対してよく「誰かを好きになる努力をすべき」とか「そんな事言っていられるのは若いときだけだ」とか言われるのを見ると複雑な気持ちになる。
誰かを好きになる努力をするって、なんか本末転倒な感じがする。なんのためにそれをするかといえば恋人を作るためなわけで、じゃあなんで恋人を作らなきゃいけないのか……普通はそこが「好きになったから」とかじゃないのか……大体「努力して」恋愛的な意味で、好きになれるものだろうか?(そういう意味でなくば可能かもしれないが)
で、もう一つの「そんな事言ってられるのは若いときだけ!後悔する!」もよく目にするんだけど、それは確かに、後になって突然恋愛したくなってもそれじゃ遅い、みたいな事はあるかもしれないんだよね。それは少し心配するんだけど……でも、だからといって「後になってしたくなるかもしれないので、今したくもないけど恋愛をして、したくもないけど、セックスをして、したくもないけど結婚する」なんてことはできないので、結局「そうかもしれないけど、でもどうしようもない」んだよなぁ……
まあ、そもそもモテないんだから、「できない」可能性も充分あるわけだけどw
そもそもモテない自分が付き合える・結婚できる男性なんていうと、「暴力ふるう」とか「共働きだけど家事育児全部おまえね」みたいな男性しかいない気がする。いや、そんな男性にもスルーされるかもしれないけどさ。美人で性格いい人でもそういう悪い男にひっかかってる事例を見ると、なんかとても自分なんてまともな男性には相手してもられないだろうなという一種の諦観みたいなものが生まれてくる。
「結婚しないなら老後一人よ、さみしいでしょ」とかいうけど、結婚したって女の場合高確率で相手の方が先に死ぬしなぁ……
で、これもそうなんだけど確かにそうかもしれなくても、だからといって「老後寂しいかもしれないのでそのためだけに」結婚するなんてできないし。
確かに微妙に不安といえば不安なんだけど、だからといってどうしようもなく……
恋愛感情も沸かない、性欲もわかないような人間は、どう生きていったらいいんだろうな。
確かに将来大丈夫なのかなとは思うんだけど、だからといってなぁ……
恋愛感情普通にわくようになったところで、その上モテないんだから更にどうしようもない気がするけどw
日本は恋愛至上主義だし、かといって海外も結構公の場ではカップルで来るべしみたいな所あるし、性的なマイノリティの運動はたいがい「同性愛」であって、それは結局マジョリティと性的な感情がわく対象が違うってだけで、私から見れば異性愛と同じに見える。
あ~~、ホント、「そもそもそういう感情がわかない」人間はどうすりゃいいんだろう。
ワンピースにはたくさん可愛い女の子が出てきます。でもワンピースを読んでいる男の子はみんな女の子が好きなわけではありません。それで私はいつも「この人の中ではノーマルな恋愛観しか存在しないんだ。」と思い込んでいました。それがどうでしょう。この本の中ではニューカマーと呼ばれる性的なマイノリティの人たちがすごい活躍をしていました。ボンちゃんとルフィの間に友情が成立するように、同性愛者と異性愛者だって偏見なしに友達になれます。私たちが、偏見という監獄の中に彼等を閉じ込め、日の当たらない処に追いやっていた。そんな作者の叫びが聞こえてきます。彼等がルフィと脱獄しているということはそういうことです。今やっと、声なき者の声に耳を傾ける漫画家が現れました。 - http://okena0.blog45.fc2.com/
初めて自分がバイセクシャルかもしれないと思ったのは、大学に入ってからのこと。
高校二年生でものすごく仲が良かった時期があったにも関わらず、それ以降まるでただの顔見知りのように心が通じなくなってしまった女友達のことを、思い出したときだった。考えてみれば、私が彼女を賞賛し「大好き」と言って憚らないさまは憧れの男の先輩を見つめる目と同じだったし、それが原因で彼氏に嫉妬されたこともたびたびあった。彼女と特にいざこざがあったわけではないけれど、当時の心の離れていきようも(私からしてみれば)すれ違いが原因で別れたカップルのようだった。付き合っていた彼氏と別れたことがきっかけで思い出した彼女の存在が、自分の中でどんどん大きさを増していって、(高校時代は同じ部活だったし)(みんなに「仲が良い二人」と認識されてたくらいだったし)、いま普通に友達で全然おかしくないはずの彼女がまったく届かない遠くにいることに愕然として、何度か泣いた。
さらに思い返してみれば、幼稚園から小学校三年生くらいまで、好きになる人は断然女の人の方が多かった。
もちろん男の子で好きな子もたくさんいて、当時は「好きな人は男の子の中から選ぶ」という概念を当然のごとく持っていたから、自分が特定の女の人に対して抱いている感情が「好き」の類いのものだなんて想像したこともなかったけれど。そのとき女の人(女の子といわないのはわりと年上が多かったからだけど)に対してしていた妄想は、年齢にしてはエロティックなものが多かったように思う。例えば、その人が熱を出して寝こんでいるのを、私が必死に看病して頼られる、だとか。その人が虫歯(その時の私にとって最大級の病気だった)で苦しんでるのを、歯医者に連れていきもせずに二人きりで耐える、だとか。同じような妄想を「好き」な男の子に対して抱くこともあったし、なんとなく、女の人を好きになるのは高校時代の彼女に対してだけの一過性の萌芽じゃなくて、自分に最初からそなわった個性なんじゃないかなと考えるようになっていった。
でもその一方で、自分はただの異性愛者だろう、って思う気持ちもあった。
それは別に両性愛が苦しいからってわけではなくて、自分が彼女に対して持っている執着心を「愛」っていうきれいな言葉で片付けたいだけじゃないかとか、心のどこかにバイセクシャルっていう存在に対しての憧れがあるからじゃないか、とかそういうことだった。男の子で付き合いたいって思うくらい好きな人もいたし、「女の人を好き」ということが自分の中で全く切実な問題じゃなかったから、この問題は誰にも相談することなしにしばらく放置されることとなった。
でも、実は、ずっと心のどこかに引っかかってたんだと思う。
昨日まで大学に入ってからできた友達男女あわせて数人と、一週間くらい旅行してきた。その一日目の晩、さっそく飲みでのガチ語り合いになったとき、自分でも驚くくらいするすると言葉がでてきた。
「私、『今後一生関われなくてもいいから、ただ幸せにだけなって欲しい』って思う人って、じつは女の子なんだよね」
ざっと概要を話すと、ある男の子にバイなのかどうか聞かれた。そうだと思う、と答えると「なんとなく気づいてたわ」って。その人は自分もバイっ気があるし、周りにバイもガチゲイもいるし感性の鋭い人なので、わりと気づけるんだと思う。すごい新鮮だった。「自分がバイかもしれないし違うかもしれない」って問題を、「恋人とラブホに行くか」とか「彼女に二股かけられてた」とか「改宗しないと今の彼氏と結婚できない」みたいな問題とおんなじ重さ、気軽さで話せることがあるなんて思ってもみなかったから。その場には男の子も女の子もいて、「性的欲望はあるの?」とか「それは苦しいことではないの?」とか聞かれたけど、私があまりに淡々としていると、ふーん、という感じでただ受け止めてくれた。
私にとってバイであることは、告白すべきかどうか迷う問題、ではなかった。それは今まで全く切実な問題ではないと思ってたから。今好きなのも、好きになってきたのもたいてい男の子だし。でも自分の恋愛観とか人生観とかを語るうえで、一二を争う重要な要素ではあった。なのにそれを全く無視してたから、今までずっと息苦しかったんだ。
なんかすっきりした。
いい友達ができて、よかった。
*09-09-10追記しました。
今付き合ってる相手との関係に行き詰まりを感じている。
付き合いは1年半くらい。相手は異性ではない。
かといって自分たちは同性愛者でもないが、異性愛制度の枠外にいることだけ明記しておく。
Kは実家住まい。増田は一人暮らし。会う時はいつもKが増田宅に来る。
Kは実家が嫌いで、ある意味増田宅を避難所扱いしている。息抜きの場というか。
知り合った時からKは鬱を患っていた。現在も通院し薬を服用している。
今はまずまずの小康状態と思うが、ひどく気落ちして何も出来なくなる事が多く、
たまにバイトするくらいで定職についていないためほとんど金がない。
(病気は家で静養すればいいから生活費は必要ないと思っているらしい。
増田も経済的にそれほど余裕があるわけではないが、Kの鬱を承知で付き合っているし、
Kが来るのは週末だが、増田は最近仕事のシフトが変わり、週末にも仕事が入る事が多い。
Kとしては、週末には家族が家に居るので、あまり顔を会わせたくないと言う。
先週の木曜は夜勤シフトで、翌金曜の朝に一度帰宅し、昼から夕方までまた仕事をしてきた。
夜にはKが来るから、仮眠をとる間もなく夕食の準備をしてKを迎えた。
ちょっと疲れていたが、その日はわりと楽しく穏やかに過ごせた。
翌土曜は、夕方から夜まで仕事だった。Kは増田と一緒に家を出ることになっていた。
増田は前日睡眠不足だったし、夕方から仕事なので体力を温存しておこうと思い、
午後遅くまで横になっていた。
起きると、Kは漫画を読んでいた。
Kは1日3回薬を服用しているので、3食きちんと食べなければならない。
何か食べたのかと聞くと、まだ何も食べていないと言うので、
急いで食事をつくって一緒に食べた。
その後、シャワーを浴びて出てくると、Kはリビングでごろんと横になっている。
それを見てにわかに腹が立ってきた。
休日モードのKに対し、増田は仕事モードだからイライラするんだろうか。
そう思ったが、モヤモヤした気持ちにフタをして、その日はKと別れた。
台所のシンクには汚れた食器が放置してある。洗濯もしなければならない。
Kは手ぶらで遊びに来て、出された食事を食べるだけ食べ、洗い物も片付けもせず、
Kの部屋着を洗って干している時、増田はまるでKの愛人ではないかと思えてきた。
増田は、Kと過ごす時間をなるべく楽しくしよう、Kの負担をできるだけ少なくしよう、
不便のないようにと気を使っている。
けれどもKは、K自身がのんびり過ごす
増田宅に来ているようで、二人で過ごす時間を大切にしようという姿勢は見られない。
Kの負担を少なくしようとすればするほど、増田の負担が増すばかり。
Kと一緒に過ごすことまで“仕事”に思えてくる。
増田にとってこの家は生活の場だ。腹が減ればメシも食うし、汗をかいたら風呂にも入る。
汚れ物は洗わなければならないし、ゴミも出るし、片付けも必要だ。
「顔を見たいだけ」とKは言うが、実際にはそんなキレイ事では済まない。
けれども、Kにとってこの家は、一種のリゾート、旅行先なのだ。
嫌な現実を忘れられる避難所で、何もしなくてもメシや着替えが用意されている。
何役もこなさなくてはならないというのに。
誤解のないように書いておくが、増田は決して世話好きなタイプではないし、
自分ばかりが「あれしよう」「ここに行こう」と提案して、
主導権を握るのは好きじゃない。
Kの場合は、「どこ行く?」「何食べる?」と聞いても、
考えられないし決められなくて混乱するばかりなので、
そういう心理的負担を少なくしようと思って代理しているまでだ。
するといつの間にかKは、何でも増田に任せておけばOK、と思うようになったらしい。
増田の考える事やる事言う事全て正しいのだと、増田を絶対視するようになっていった。
だから、K自身は考えたり判断したりしなくて済むと思うようになっていった。
「それは危険だからやめてくれ。
不安だらけだし自信なんてないのだから、当てにするな」と言ったが、
どこまで理解されているかはなはだ心もとない。
かといって、「Kはどうしたいんだ、自分の考えを言ってみろ」と詰め寄るのも、
Kにとっては辛い事なのだ。
この先どうすればいいのか迷う。
ここに書いた事をそのままKに伝えれば、
Kは増田に気を使って緊張しすぎて疲れてしまうに違いない。
かといって、今のままでは自分が潰れてしまいそうでしんどい。
嫌いになったわけではないが、Kは増田にとって大きな負担になっている。
そう言えば、Kが素直に従うことは分かっている。
二人の時間をよりよく過ごすために、
自分で考えて、自分の意志で、進んで何かをするという事がない。
増田が働きかけなければ、Kはいつまでもその場でじっとしている。
それじゃまるで自分一人でいるのと変わらない。
いや、一人でいる方が負担がない分ずっとましかもしれない。
相手を思うだけで疲れが吹き飛んで元気になったり、
嫌な事があってもまた頑張ろうと思えたりする、心の支えのようなもの。
でも、今の増田にとってKはそうではない。
会った時には少なからず嬉しい気持ちがあるが、去った後には気が滅入る。
考えれば考えるほど気が重くなる。
何を思って増田に会いに来るのか分からないKが不気味にすら思えてくる。
鬱を承知で付き合っているなら、相手に何も求めず、
ひたすら尽くすしかないのだろうか。
増田があまりに狭量なために、こんな苦しい思いをするんだろうか。
すれ違いや不満を感じているのは増田だけであって、
Kは今の付き合いに満足しているのだと思う。
このすれ違いはKの病気のせいというより、
お互いのコミュニケーション文化が違うからなのかもしれない。
その一方で、鬱になってからのKはかなり退行していると感じる。
鬱以前のKはバリバリ頑張る優秀な人だったとKの友人から聞いているし、
付き合いが進むにつれ、Kの意思表示は少なくなっている。
家族との関係のまずさが鬱の原因の一つだとも考えられる。
実際、家族は病気で不安定になっているKの助けにはなっていないらしく、
Kがうちで漫画読んでごろごろしているのはリラックスしている証拠だろうから、
その姿を見て和めれば幸せなんだろうけど、いまはそうは思えない。
増田の気持ちをネガからポジに切り替えられる何かがあればいいのだが、
なんかもう疲れたよ。
好きな人と一緒にいれば幸せ二倍、苦労は半減と思っていたが、今は真逆だ。
幸せ半減、苦労は二倍。
そろそろ潮時なのかなあ。
長文すまん。最後まで読んでくれた人、ありがとう。
>「捨てちまえそんなゴミ」
そう思わないこともないが、「役に立たないヤツ=ゴミ」とは思いたくない。
仕事の付き合いではないから、役に立つ/立たないの二分法では考えられない。
なんか、自分はKに利用されてるだけなんじゃないかと思う自分がいやだ。
(鬱持ちの友人が何人かいるので、相談して情報を教えてもらった)
最初の数回は付き添っていった。薬は確かに飲んでいる。
処方箋を見せてもらった事もあるし、Kの事も知っている医療系の友人から
「この薬は副作用がちょっと心配」「これは今のKには量が多すぎるのでは?」
とアドバイスをもらった事もある。
K自身がどうなりたいのか(病気との付き合い方とか)、
どうしたら楽でいられるのか、何ができて何ができないのか、
ちょっとずつでいいから言語化してみてくれ、と何度か話し合ったことはある。
あまり急かしても逆効果だろうからゆっくりでかまわないんだが、
増田が働きかけないと、これまでそういう話し合いをしてきた事をKがすっかり忘却しているので脱力する。
いつも振り出しに戻る感じ。
Kが自分の事すらろくに考えられない状況なのだという事はわかっている。
だったら引きこもって療養に専念すりゃいいだろとも思うが、
いかんせん実家の居心地が悪いため、なかなか療養にならないという事情もある。
かといって増田がKの生活や療養を全面的にサポートするわけにもいかず。
Kの鬱は二次症状だろうと思っている。病院の医師もそう見立てている。
一次的なものについては、ここでは触れない(すまん)。
上記の友人たちからは、「長くかかるだろうねぇ。少なく見積もっても5年かな」と言われている。
この事はKには伝えていない。
Kに対する不満やすれ違いについては、これまで何度かKに話している。
「ちょっとずつでも変わりたい」とKは言うが、
実際には先に書いたように振り出しに戻ってばかりで埒があかない。
ケンカになったこともある。ケンカというか、増田が頭に来て一方的に怒ったりとか。
でも今回は腹を立ててKに怒る気力もない。
とりあえず、ここまで。また思うところがあったら追記するかも。